【皇室】「天皇陛下の祈り」の崇高な精神性こそ余人をもって代え難い=日本国
1 :
ぇり@なんだか筆頭固定(第参拾五期・参拾六期担当教官)φφ ★:
天皇が執り行なう重要な儀式に宮中祭祀がある。
神々に感謝の祈りを捧げ、国家国民の安寧と平和を祈るものだが、その詳細は秘儀中の秘儀とされ
、広く国民の目に触れることはない。
その内容について、ジャーナリストの山村明義氏が解説する。
* * *
「天皇の祈り」の存続が危惧されている。
GHQの7年近い占領下を経た戦後、宮内庁によって宮中祭祀の「簡略化」が度重ねて実施されてきた。
事実、昭和天皇の時代から「ご高齢・ご健康への配慮」「政教分離違反の疑い」などという名目の
下、徐々に宮中祭祀の回数が減らされてきた。
例えば、昭和43年の入江相政侍従長時代に、毎月1回は御親拝により行なわれていた「旬祭」が削減
された。
この旬祭は本来、毎月1日、11日、21日に行なわれるが、平成21年からは5月と10月の1日のみの御親拝
に変更された。回数だけではない。
昭和50年には、浄衣をまとった侍従を宮中三殿に遣わし、天皇陛下に代わって行なっていた「毎朝
御代拝」を、モーニング姿で賢所の階段下の前庭で一拝する拝礼に改変。
また、近年では皇太子など皇族の代拝も、侍従から掌典次長に変えられたことがある。
これらの祭儀の「簡略化」が天皇陛下のご意志に沿って行なわれていたかといえば、かなり疑問で
ある。
元側近らの証言からすると、昭和天皇も今上天皇も、強いご決意をもって宮中祭祀にのぞまれてい
たことは、明らかだからだ。
何より、「簡略化」の最大の問題は、「天皇陛下のまつり」の本来の意義を宮内庁の官僚たちが理
解しないままに回数を減らしたり、祭祀の中身を変えているのではないかという懸念があることだ。
>>2以降へ続きます。
ソース:NEWSポストセブン
http://n.m.livedoor.com/f/c/6270460
そういう崇高な人物は、特亜人なんかと会っちゃいけないよな。
3 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 09:22:17.32 ID:+nDx8BI8
カルト信者の皇太子妃は余人でもって代えてほしい。
4 :
ぇり@なんだか筆頭固定(第参拾五期・参拾六期担当教官)φφ ★:2012/02/11(土) 09:22:57.96 ID:???
>>1からの続きです。
一方で、昨年までのご公務の日数は逆に増えている事実もある。
「陛下のご負担軽減」を訴えながら、宮中祭祀の親祭だけを減らしたことは、「天皇(日本)の精
神性の軽視」と指摘されても仕方が無い。
それでも先の高谷元内掌典は、こう語っている。
「たとえ陛下が(賢所での)御拝を減らされあそばされても、お仕えさせて戴いた私共には、陛下
が同じようにお祈りされているのがわかるのです。宮中祭祀は未来永劫、粛々と行なわれるものな
のです」
事実、東日本大震災の被災地への御行幸や、宮中祭祀での数々の天皇陛下の祈りが、震災で大きな
苦難に陥った日本国民に対し、強い勇気と鼓舞を与えた。
いかに周囲が止めようと、日本と日本人を守ろうとする「天皇陛下の祈り」の崇高なる精神性こそ
、余人をもって代え難い。
日本の歴史と伝統が綿々と続き、永遠に変わることはないはずの宮中祭祀の精神性を変えることだ
けは決して許されない。
終わり。
5 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 09:23:58.39 ID:XuY0bIpI
宮内庁にスパイがいるのかな
6 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 09:46:14.56 ID:M9lyFCax
あーあ、皇室の尊厳は3000年前から変わらない伝統行事への尊敬によって
保たれてきたのに
8 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 10:04:02.53 ID:G7qo62lv
最近地震が多いのはそのせいだな、息子にやって頂けないものか?
9 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 10:06:16.89 ID:Cl8ke+5q
>>8 アホか、日本はもともと地震国だよ!
過去の歴史においてはもっと地震が頻発した時代もあった。
宮内庁が反日なのは有名な話だ。
>>9 出口王仁三郎は、世が乱れると地震などが増えるって本に書いてたな。
もちろん王仁三郎は宗教家なんだが。
12 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 11:10:39.17 ID:tMl/wal0
カ・ル・ト
13 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 11:58:39.34 ID:rjMluLmZ
【明治天皇の教育勅語】
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。
そして、国民は忠孝両全の道を完うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、美事な成果をあげて参りましたことは、
もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます
国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じあい、
そして自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のために貢献し、
また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。
そして、これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私達の祖先が今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、このおしえは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、
また日本ばかりでなく、外国で行っても、まちがいのない道であります。
私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります
14 :
名前をあたえないでください:2012/02/11(土) 11:59:48.30 ID:rjMluLmZ
○昭和56年(1981)2月23日〜26日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はローマ法王として初めて来日した。この時、法王は慣例を破って皇居に天皇陛下を訪ねられた(2月24日11時皇居で天皇と会見。14時法王庁大使館で鈴木善行首相と会見)。
法王が外国を訪問してその国の元首や首相に会う時は、その国の方々が法王を訪ねて会いに来るのが慣例となっており、法王の皇居訪問は前例のないことなので、問題となった。
その時法王は、一身を捨ててマッカーサー元帥の前に立たれた天皇をたたえての訪問であることを、キリストの精神をたたえての訪問であることを、皆に説いた。皆は、その一言で納得した。
戦前狂惨の正体を喝破したローマ法王のピオ11世は、(反共戦争)(日中戦争・支那事変・日華事変)(1937年7月7日)が始まった年の10月に、全世界の3億5千万のカトリック信徒に対して、次のようなメッセージを出している。
「日本の支那事変は侵略戦争ではない。共産党と戦っている。共産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会、信徒は日本軍に遠慮なく協力せよと」。
当時、共産ではなく狂惨と喝破していたのは、全世界のカトリック信徒と日本だけだ。
右も左も、既に結論ありきで、事実を捏造するか、事実を針小棒大にして、既決の結論に帰着させようとする。森を見ず木だけ見て、既決の結論に合致する部分だけつまみ食いしている。私は右でも左でもない、
私にあるのは真実、史実、禍福史観(木ではなく森を見る)、真実史観、実事求是だ。私が昭和天皇を最大限に評価するのは、古今東西世界の常識をくつがえし、敗戦なのに逃げずに、天皇の役目護国のために十字架を背負い、命を懸けたことだ。
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世も称賛したこの無私の行動が、世界の評価を一変させていることを、日本国民はしっかり認識しなければならない
15 :
名前をあたえないでください:
天皇を人柱にして神の怒りを鎮めねばならぬ。卑弥呼のように。