☆5月4日付 編集手帳☆
作曲家の武満徹さんは語ったという。「東北地方の鳥は『ドレミファ』という西欧的な音階
で鳴いているように聞こえる」と。
東北弁を“日本一美しい言葉”と評したのは、戯曲『なよたけ』で知られる劇作家の加藤道
夫さんである。「東北弁が標準語だったら、日本でオペラの完成は一世紀早まっていただ
ろう」と。ドレミファのさえずりと、オペラを連想させる柔らかな響きと――鳥と人の言葉は同
じ一つの風土から生まれたらしい。
日本一美しい言葉が日本一悲しい言葉になった春である。憩いの緑を津波に奪われた鳥た
ちにとっても今日は、明るく歌えぬ〈みどりの日〉だろう。
新聞の写真で見た白砂青松の景勝地「高田松原」(岩手県陸前高田市)の無残な光景が忘
れがたい。大津波はアカマツやクロマツ約7万本を美しい砂とともに押し流し、見渡す限り、が
れきと泥の荒れ地に変えた。そのなかに、樹齢200年ほどのアカマツが1本だけ奇跡のよう
に残り、「この指とまれ」とでも言うように天を指さしている。
指にとまるのは季節の鳥だけではあるまい。復興を心に誓った地元の人々もそうだろう。
(2011年5月4日01時16分)
▽ソース:読売新聞
5月4日付 編集手帳
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20110503-OYT1T00702.htm