千歳のまちづくりを進める市民団体ちとせタウンネット(村中敬維代表)は、1950年に発表され
た「千歳音頭」の作詞者北郷雪夫(本名・福田清)さんの所在に関する情報の提供を、市民に呼び
掛けている。同団体は「千歳音頭」をまちづくりに生かしたいと構想。市民に広く発信する上で、
著作権者の許可が必要だからだ。
「千歳音頭」は50年に千歳観光協会(当時)が、支笏湖の支笏洞爺国立公園への指定(49年)
を受け、千歳・支笏湖の宣伝を目的に制作した。作曲者は東辰三さんで、公募で決まった詞は北郷
雪夫さんが寄せた。詞には、支笏湖や美笛鉱山、飛行機の「銀の翼」など、千歳をほうふつとさせる
フレーズが盛り込まれている。
かつて千歳市内の盆踊りなどで盛んに踊られた「千歳音頭」。小学校でも教えられるほどだったが、
70年代を境に廃れていった。市総務課市史資料調査員の守屋憲治さんは「74年に市民納涼盆踊り
大会が始まる。振り付けの難しさや、3歩進んで2歩下がるような振りが行進に向かず、踊られなくな
った」と背景を話す。
同団体が今年3月に開催したミナクール祭りの企画で、舞踊の千歳毎床会が千歳音頭を披露した
ところ大好評。来場者も踊りの輪に加わり、お年寄りからは昔を懐かしむ声が聞かれた。ちとせタウ
ンネット業務執行理事の松隈早織さんは「復活させて、千歳の伝統として根付かせたい」と意気込み、
市民団体や町内会に配布したい考えだ。
課題になるのが著作権。権利は著作権者の死後50年間保護される。保護期間内の利用には
原則として著作権者の許可が必要。日本音楽著作権協会(JASRAC)によると、作曲者の東さん
は発表の年に亡くなり現在著作権は消滅したが、北郷さんの著作権はまだ保護期間にある。
著作権法には、営利目的外の利用は許可が無くても可能との例外規定もある。しかし同団体は、
北郷さんやその家族の許可を得たい考えだ。
北郷さんの情報は少なく、現在の所在や連絡先は不明だ。応募当時は市外の人だったとの
情報もあるが、守屋さんは「(応募当時は)稚内市内の新聞記者だったらしいが、新聞社に問い
合わせても記録はない」。手がかりは極めて少ない。
「千歳音頭」について松隈さんは「私たちの文化を守らなくては。広く情報を集めたい」と語る。
千歳の伝統復活のために、北郷さんの子供や親戚をはじめ、知人などの関係者に情報提供を
呼び掛けている。
連絡はちとせタウンネット 電話0123(電話番号省略 ソースを確認ください)。
ソース 苫小牧民報社 (2011年 4/28)
http://www.tomamin.co.jp/2011c/c11042802.html 画像
1950年に発表された千歳音頭のレコード(右)左は1950年代後半に再版されたレコード(ともに千歳市所蔵)
http://www.tomamin.co.jp/2011c/cp11042801.jpg 依頼がありました
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