不知火海沿岸で生まれた赤ちゃんのへその緒に残るメチル水銀の濃度が、水俣病の原因企業
チッソが水銀を含んだ工場排水を停止した1968年以降も、国内の他地域の新生児より
高かったことが21日、国立水俣病総合研究センター(水俣市、国水研)などの調査で分かった。
国水研は「水銀曝露[ばくろ]と水俣病発症はすぐには直結しないが、不知火海での汚染の
広がりを知るにはデータ集積が今後も必要」として調査を続ける。
調査は2006年度から4年間、水俣市や津奈木町、鹿児島県出水市など7市町で実施。
氏名や誕生日などが明らかな101件のへその緒で測定。元熊本学園大教授の原田正純医師らが、
かつて調査した170件と合わせて解析した。その結果、小児性・胎児性患者の行政認定で
目安となる1ppm超の高濃度のメチル水銀が検出された時期は47〜68年で、最高値は
4・65ppmだった。チッソが水銀を触媒にアセトアルデヒド生産のピークを迎えた50年代
後半から60年に、へその緒の水銀濃度も極端に上昇する傾向がみられた。
また、排水停止後の70〜74年に出生した21件でも最高0・82ppmを検出。21件の
水銀濃度の高い方からと、低い方から、それぞれ4分の1にあたる数値(パーセンタイル値)を
みると、不知火海沿岸は0・33−0・14ppmで、東京の0・19−0・09ppm、福岡の
0・12−0・08ppmなど6地域を2倍ほど上回った。75〜89年の13件は0・19−
0・05ppmで、他地域と同水準だった。
国の中央公害対策審議会は91年に「(排水停止の翌年の)69年以降は水俣病が発生する
レベルの水銀汚染はみられない」と答申。これを根拠に、国は水俣病特措法による未認定患者の
救済対象の出生年を原則69年11月末までとした。その一方、出生年による線引きに批判が
相次いだことを踏まえ、69年12月以降の出生者については、へその緒などの水銀データが
あれば対象に含めている。(渡辺哲也)
ソース:
http://kumanichi.com/news/local/main/20100522002.shtml