AM、FM、短波の民放ラジオ局13社が3月中旬から、地上波と同じ放送内容をインターネットでもサイマル(同時)放送する。一見すると
業界全体で「放送と通信の融合」に踏み切る英断のようだが、実は大事な点が欠けている。(江口靖二)
■ネット配信だが聴取エリアを限定
ネットでの同時放送を開始するのは、関東のTBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、ラジオNIKKEI、 InterFM、TOKYO FM、J-WAVEと、
関西の朝日放送、毎日放送、ラジオ大阪、FM COCOLO、FM802、FM OSAKAの合計13局である。3月15日に開始し、8月31日までの
試験期間を経て実用化するという。
今回の最大の問題は、配信対象地域がこれまでの地上波の聴取エリアに限定されるということだ。つまり大阪の人が東京のTBSラジオを
聞くことはできないし、東京の人が大阪の朝日放送を聞くこともできないのである。
なぜこうした中途半端なことが起きるのか。それは元々の放送免許がエリア限定で与えられており、ネット配信もそれを超えないようにすると
いう理由のようだ。しかし、せっかくインターネットを利用するのであれば、電波行政や地域独占の既得権に拘束されることなく、すべてのラジオ局
が番組内容で適切な競争をすればいい。実際、他地域の放送を聞きたいというリスナーは少なからず存在しているし、それを拡大させる努力
をすればいいだけではないか。
(中略)
■CM、権利処理など課題は多いが・・・
全国配信するにあたっての課題の一つはCMだろう。広告主や出演者、制作者側はその利用範囲(放送範囲)を限定してくることが多い。
広告主としては顧客がいないところにCMを流しても意味がないし、出演者側も露出が増加することによるタレントの商品価値の低減や、
競合する広告主のCMに出演する機会が減るといった問題があるためだ。
仮に、広告主や出演者が全国配信を許諾したとしても、すぐに広告費に換算してCM料金を引き上げることは難しいだろう。ラジオ局側と
しては当面はサービスとしてエリア外にCMを流すことになるが、通販などを組み合わせて売り上げを伸ばすといった手はある。
今回のネット放送はIPアドレスから地域を割り出して配信を限定するようだが、それが可能であれば、逆にエリア外の聴取者にはその地域
向けのCMに差し替えることも技術的には可能である。もちろん現実には各局のCMを管理しているシステムを相互接続する必要があり
簡単な話ではないが、それで立ち止まっていては意味がない。
(中略)
■地域性を維持しながら全国展開を
ネット放送の利便性は非常に高い。協議会がいうように、都市部ではラジオの受信環境は確実に悪化している。たとえばTOKYO FMは
「iPhone」のアプリケーションを経由してすでにネット放送を実施しているが、移動中の電車の中や地下街などでは、放送電波よりも受信状態
が良好なケースがかなり多い。逆に、ネット放送では遅延が発生するため時報が流せないとか、緊急地震速報が間に合わないといった危惧
すべき点があることは聴取者も含めて周知しておく必要はある。
ラジオ局にはエリア撤廃で完全競争に突入することに対する危機感が強いが、それを克服するにはラジオの持つ地域性を維持しながら
聴取者を全国に拡大することしかない。コミュニティーFM局である湘南ビーチFM(
http://www.beachfm.co.jp/)は、湘南という地域ブランド
をうまく活用しながら、スタジオから見える江ノ島や富士山の映像をネット経由で放送して全国から聴取者を得ている。街の声、街の音、街の
風景としてのラジオは、ネットにこそふさわしいメディアであるはずだ。
今回のようにエリア限定という骨抜きのネット放送で終わらせるようでは、ラジオの将来は暗い。試験期間中にインターネットという配信経路の
有効性と利便性が明らかになり、それがラジオ局の収益増に貢献することが確認されることを期待したい。
電通の調査では、09年のテレビ広告費は1兆7139億円で前年比10.2%減。過去10年間で2割近く減少している。ラジオの置かれた状況は
対岸の火事ではなく、テレビの問題でもある。
ソース(NIKKEI IT)
http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=MMITel000003032010