■「恋は尊とくあさましく無ざんなるものなり」(「につ記」)
樋口一葉は、石川啄木や永井荷風とならんで「近代以降の最高峰」とよばれる日記を残している。そのなかに、「色いと白く、面(おも)て
おだやかに少し笑(え)み給へるさま誠に三才の童子もなつく」とつづられた男性がいる。12歳年上の小説の師、半井桃水(なからいとうすい)。
旧対馬藩出身で、当時まだ「小(こ)新聞」だった朝日新聞の初代釜山特派員。出会ったころは新聞小説家だった。
「女性の書く小説では女の言葉が荒っぽい。自分は女であるという安心がある。その安心が油断になるのだ」。桃水の助言の一つである。
「女子は話の上では打解(うちと)けないで手紙になると打解ける」といって手紙文を注意したこともある。
一葉は独身を通した。死後、公開された日記で桃水は「心の恋人」として登場していた。驚いたのは当の桃水だった。「私はあの人を女性
と見ていなかった。最もよく知ったつもりの私は一葉女史を少しも見る目がなかった」
のちに桃水は次の結論に至る。「自分は、歌うべくして実現せぬ理想の恋の対象だったのではないか」。至言だろう。冒頭の一文を記した
日記で一葉は恋における肉欲を否定し、こう記している。
《恋は心にありて人にあらず》
ソース(MSN産経ニュース、文化部編集委員・関厚夫氏)
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/091128/acd0911280311000-n1.htm