★追悼 レヴィ=ストロース氏 「人間とは何か」問う、類いまれな知性 渡辺公三 立命館大教授
現代思想の巨星墜(お)つ-。
その喪失感は日々大きくなりこそすれ、薄れることはない。
この3年ほどレヴィ=ストロースの業績を見直す作業をしてきた。
そしてほぼ80年にわたるそのたゆみない明晰な思考が、
「徹底して考える」という意味でラジカルな姿勢を貫いたことを、あらためて確認できたように思う。
レヴィ=ストロースは構造主義人類学を確立したといわれる。
ロシア出身のヤコブソンが、互いに対立する限られた数の言語音の組み合わせから成る
シンプルな「構造」が、言語を成立させることを証明した。
レヴィ=ストロースは、ナチスの難を逃れ亡命したニューヨークでヤコブソンに出会い、
その言語学の教えから、ヤコブソンさえ予想していなかったすべての帰結を引きだそうとした。
人が無意識に聞きわける言語音の「構造」が、「自然」の生んだ生物の一員としての人間を、
「文化」をもった人間へと変容させたのなら、構造の概念を「人間とは何か」を問う
人類学の方法の基礎に置けるのではないか、と。
その着想の最初の試みが1949年に刊行された『親族の基本構造』だった。
生物としての生殖は、親族関係という「構造」が介在することで、人間の社会の基礎に変容する。
親族の構造が結婚によって結びつく集団のあいだの絆の形を決めるからである。
インセスト(近親相姦)の禁止という謎は、身内以外の者との絆を作れ、という掟にほかならない。
そして、人類学者たちを悩ませていた、いわゆる「未開社会」の親族関係の手に負えない
多様なデータを徹底的に読み込むことで、レヴィ=ストロースは、シンプルな特徴の
組み合わせによって、親族の構造とそのバリエーションが導き出せることを証明した。
50年代の豊かな模索の時期を経て、62年に刊行した『野生の思考』も、
64年から71年まで7年をかけて書かれたライフワークである4巻の『神話論理』も、
「自然」の母胎から生まれた人間がどのようにして「文化」を獲得したかという謎を、
「構造」という概念を駆使して解くことに捧げられている。
「構造」概念を深めて解こうとした「人間とは何か」という問い自体は、レヴィ=ストロース独自のものだった。
それは、ファシズムの台頭の脅威のもとで、フランス社会党の青年組織でおこなった政治活動と、
その政治活動をあえて放棄して試みたブラジル奥地への調査から得た20代の経験から導き出されたものだった。
「文明」世界を襲った戦争と殺戮の惨劇はどのようにして生まれたのか。
自然に寄り添って生きる「未開」の人々がもっていた何かを犠牲にして
「文明」が成立したのだとすれば、現代を生きるのにいかなるモラルが必要なのか。
「構造」の概念を徹底することでレヴィ=ストロースが解こうとしたのは、そのような問いだったのではないか。
この問いを自分なりに受け止めることが、わたしにとって
この類まれな知性への哀悼の意の表明となるだろう。(文化人類学者)
産經新聞
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/091123/acd0911230749003-c.htm