「リーマン・ブラザーズ破綻の翌日が日本の新聞休刊日だったため、そのニュースを新聞で読むことはできなかった」と、前々回
で述べた。
このとき、全米3位の証券会社であるメリルリンチは、急遽バンク・オブ・アメリカに身売りした。また、アメリカ最大の保険会社
AIGが実質的に政府の管理下に入った。アメリカの金融業界は、わずか数日間で姿を一変させてしまったのである。日本の新聞は、
この重大ニュースを必要なタイミングでは報道できなかったわけだ。
休刊日以外の日にも、新聞ではニュースが間に合わないという事態が続いた。たとえば、9月30日に米連邦議会が金融安定化
法案を否決したときには、翌日の朝刊はそのニュースを掲載することができなかった。
株価も為替レートも、めまぐるしく揺れ動く情勢に振り回されて、ジェットコースター並みのスピードで乱高下している。金融に
直接関係しない人でも、新聞だけでは仕事に必要な情報を時間遅れなく得ることができないと実感するようになった。
今回の金融危機はさまざまな点で新しい経験であったが、従来のメディアがスピードの点で対応できないことが暴露された点
でも、大きな事件だった。今のマスメディアは、社会のスピードがもっと遅い時代に確立されたものであり、もはや時代遅れに
なっていることが、誰の目にもはっきりとわかった。
「従来のメディアの体制では時間遅れになる」とは、実は私自身も感じたことである。このウェブ連載は4日程度の時間遅れで
掲載されるが、紙の雑誌の場合には、週刊誌でも時間遅れが2週間を超えることがある。
『週刊ダイヤモンド』の連載「超整理日記」では、リーマン・ブラザーズ破綻が生じたときには、その1週間後に掲載される原稿は、
すでに1週間前に送ってあったものであり、「いかにもずれている」と思わざるを得なかった。そこで急遽、原稿の差し替えを
編集部にお願いした。さらに、その差し替え原稿で「アメリカ政府が将来の納税者負担を考えずに救済策を決めた」と書いた
ところ、直後に下院が金融安定化法案を否決してしまった。しかし、この部分の修正は間に合わなかった。
これまでは、雑誌刊行までの時間遅れをあまり気にすることはなかった。遅いと感じたのは、1995年に「超整理日記」の連載を
始めてから、初めてのことである。この1年の間に、社会のさまざまな制度のスピードの違いが、明白に意識されるようになった。
しばらく前に、「インターネットの世界はドッグイヤー」と言われたことがあった。そのことが、インターネット業界だけでなく、
社会全体について言えるようになったのだ。社会の変化のスピードは、明らかに加速している。情報通信技術が信じられない
ほどの進歩をしているのだから、社会の仕組みが変わらないほうがおかしいのだ。なかでも、マスメディアの形態が変わらない
とすれば、まったくおかしなことだ。
(中略)
テレビは、内容のあまりの低俗さのために、視聴者が離れつつある。これまでも、仕事に必要な情報をテレビから得ようと
考えていた人はいなかったと思うが、全般的なテレビ離れが生じつつあるのではないだろうか。テレビの広告費が減少し始めて
いるのは、注目すべき現象だ。人々がテレビ離れを起こしつつあるいまこそ、紙の媒体が、ウェブと連携した新しい形態の情報
提供を始めるべきだろう。
そのような連携体制から最も強力なメディアが誕生することになるはずなのに、なぜこの方向を積極的に推し進めないのだろう。
その基本的理由は、「ウェブが敵か味方か」に関する基本的認識にあると考えざるをえない。現在の日本の新聞は、「止むを
得ずウェブに対応する」という姿勢であり、それを積極的に活用するという姿勢ではない。それこそが、問題だ。
(以下略。全文はソース元でどうぞ)
ソース(ダイヤモンド・オンライン、野口悠紀雄氏)
http://diamond.jp/series/noguchi/10043/