蝉時雨(せみしぐれ)の主役がミンミンゼミやアブラゼミからツクツクボウシに引き継がれると、残暑の中にも秋の気配が
色濃くなっていく。
日本のほぼ全域と中国、朝鮮半島に生息するツクツクボウシは「法師蝉」「寒蝉」の名で、歳時記に秋の季語とされている。
≪秋風に 殖(ふ)えては減るや 法師蝉≫ (虚子)
「ツクツクボーシ」と、自分の名前を連呼するようなユニークな鳴き声は、夏の終わりの風物詩とされてきた。
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「こんな時期に?」
岡山理科大学生物地球システム学科の中村圭司准教授が“季節外れ”のセミの声に首をかしげたのは、岡山で最初の夏を
迎えた1998(平成10)年のこと。
まだ7月初旬だというのにニイニイゼミやアブラゼミと競うようにツクツクボウシが鳴いていたのだ。
気象庁の生物季節観測には、この年の岡山でのツクツクボウシの初鳴きは7月6日と記録されている。
「故郷の大阪での記憶をたどっても、こんなに早くツクツクボウシが鳴いたことはない。1カ月以上も季節がずれた感覚だった」
この年が例外ではなく、99年以降も早い年で7月初め、遅くても7月中には初鳴きが観測されている。岡山ではツクツクボウシが
「盛夏のセミ」になっているのだ。
昆虫生態学が専門の中村さんは「昆虫の生活史がこれほどずれるのは極めて珍しい」と話す。
原因としてヒートアイランド現象や地球温暖化に伴う気温上昇が考えられる。2005(平成17)年、大学院生と共同で温暖化と
ツクツクボウシの発生時期の関係を調べた。
気象庁の生物季節観測のデータが残っている1953(昭和28)年以降の記録から、50〜60年代には8月初旬ごろだった
初鳴きの平均日が、90〜2000年代は7月中旬にまで早まっていることが分かった。約50年間で半月も早く鳴き始めていたのだ。
岡山市の年平均気温は、この50年で約2・5度上昇。平均気温が高い年に初鳴きの早い傾向があった。また、全国的に平均
気温の上昇率が大きい地点では、初鳴きが顕著に早期化している傾向も読み取れた。
7月と9月で、出現するツクツクボウシに個体差はなく、気温が10度を超えてから羽化するまでの積算温度(超過温度と日数
の積)は50年前も現在も変わっていないという。
中村さんは「ツクツクボウシが早鳴きタイプに変化したわけではなく、気温上昇の影響で羽化の時期を早めた」と結論づけた。
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ただし、気温だけでは説明できないこともある。岡山よりも年平均気温が高い広島や神戸では初鳴きの平均日は8月初旬。
岡山に比べて約2週間も遅いのは不思議だ。アブラゼミなどのほかのセミは、初鳴きの早期化がツクツクボウシほど顕著な
わけではない。
地域差や他のセミとの比較は「今後の課題」としたうえで、中村さんは「本来の出現時期がアブラゼミなどより遅い分だけ、
ツクツクボウシは温暖化の影響を長く受ける。岡山は冬の気温が低く、瀬戸内沿岸であるのにミカン栽培に適さないという気候
の特性も、関係しているのではないか」と推測している。
温暖化が日本人の季節感を変えていく。岡山のツクツクボウシはその将来を先取りして、夏の盛りから鳴いているのかも
しれない。
ソース(MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/life/environment/080906/env0809060842000-n1.htm 図表=岡山市の年平均気温とツクツクボウシの初鳴き日の推移
http://sankei.jp.msn.com/photos/life/environment/080906/env0809060842000-l1.jpg