成年後見制度がスタートして七年たった昨年三月現在、利用累計(申立件数)は十二万三千件。
百七十万人の認知症患者に対して、十分の一にも達していないのが現状だ。後見人不足も指摘
されるなか、「市民の力」に期待が集まっている。 (広川一人)
「親族後見人の弊害が指摘されているが、やむにやまれぬ場合もある」
品川区社会福祉協議会の斉藤修一品川成年後見センター室長は、親族後見の実情を説明する。
子やきょうだい、親など本人の親族が後見人になることは、相続など財産上の利害が絡むため
望ましくない。しかし、報酬を払わずにすむ親族を後見人にせざるを得ないケースは少なくないという。
認知症の八十代の夫の後見人になっている七十代の妻を、同センターが後見監督人になって
支える例がある。
資力に応じ家庭裁判所が報酬を決める「法定後見」なら、利害関係のない弁護士や司法書士、
社会福祉士など専門職後見人が付くこともできる。だが、月三万円が報酬の相場とされる
民間専門職の「任意後見」では、経済的理由から契約をあきらめる人もいる。
同制度の普及が進まないもうひとつの理由に、後見人不足もある。一九九五年から地域の
権利擁護活動を行う同センターは、現在区内の高齢者など七十件(法定六十六、任意四)の
後見人になっている。陣容は、六人の常勤職員と三十人の非常勤職員。後見監督人も担っており、
増え続ける後見人需要に応えることは難しくなっているという。
民間専門職後見人も手薄な状態は同じだ。司法書士らがつくる社団法人「成年後見センター・リーガル
サポート」の松井秀樹専務理事は「リーガルの後見人候補者二千六百人の受任件数は六千件超。
数が年々増えるため、新たな引き受けは難しくなってきた。専門職や親族に次ぐ第三の後見人として
市民後見人は不可欠」と話す。
市民後見人は制度当初からリーガルサポートが提唱していたもので、自治体やNPOなどに養成された
一般市民による後見人をさす。公式の名称ではなく、東京都は、献身的精神の強い「社会貢献型後見人」
と呼んでいる。都は二〇〇五年度から養成講座を開き、これまでに百七十三人が修了、町田市や品川区、
板橋区などで計七人が後見人に選任されたところだ。
松井専務理事は「市民後見人が選任され始めたので数は増えるだろう。しかし、市民後見人の監督を誰が
担うかなど見えていない」と指摘する。保険加入などトラブル発生に備えた対策や、市民後見人をバック
アップする体制などの問題もある。
日本成年後見法学会の新井誠理事長(筑波大法科大学院教授)は「市民後見人活動の条件が整うまでは、
トラブルの多い任意後見を避け、法定後見だけ扱った方がよい」と指摘する。財産詐取などの問題も起きて
いる任意後見で不祥事を起こし、市民後見人の信頼を損なわないようにとの助言だ。
また、高齢社会NGO連携協議会は、市民後見人を支えるNPOの設立を呼びかける。社会福祉協議会や家裁、
地域包括支援センターなどの関係機関と連携し、活動を下支えする考えだ。
専門職後見人が財産や暴力団絡みの困難な事案を扱い、市民後見人は日常の金銭管理のような安定した
活動を扱うなど、活動範囲を分担させる考えも出ているが、関係者の共通認識はまだ醸成されていない。
松井専務理事は「四月から裁判所や社会福祉協議会などと、市民後見人の活動の枠組みを
協議する場を持ちたい」と話している。
http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2008022702090846.html