酒の肴(さかな)として根強い人気を持つ東北の珍味・ホヤが旬を迎えた。身が厚くなる5〜8月、
水揚げが最盛期となるが「最近見ないな」という酒客のつぶやきが聞かれる。韓国への輸出急増
や、軟化症に似た症状が広まっているためらしい。【藤田祐子、ソウル・中島哲夫】
「海のパイナップル」と呼ばれるホヤは見た目はグロテスクだが、弾力ある歯ごたえの後、清涼感
と甘みが広がる。
全国生産の7割を占める宮城県。同県の養殖ホヤの収穫高は年5000〜6000トン程度だったが、
02年7242トン、03年1万79トン、04年1万1486トン−−と急増した。輸出が好調なためだ。
財務省統計では04年まで項目さえなかったが▽05年280トン▽06年502トンになり、統計上
の行き先はすべて韓国だった。
同県石巻市の寄磯漁港から活魚輸送専用トラックの荷台に積まれたホヤは一路、山口県下関市
まで走る。運転手の男性(36)は「あさってには釜山の夜市に並んでるよ」。仲買人の渡辺芳保さん
(55)は「米国に輸出した冷凍ものもあるが買い手は在米韓国人」と打ち明けた。
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背景には韓国のホヤ不漁がある。01〜03年ごろに殻が軟化して身が溶ける原因不明の病気が
まん延し、養殖ホヤがほとんど死滅した。「ふにゃふにゃ病」と日本の漁業関係者は呼ぶ。南海岸
の主産地、慶尚南道・統営沿岸の水揚げは95年に約1万3000トンあったが、05年4128トン、
06年3441トンと激減した。今年は4月までで約1700トンにとどまっている。
韓国で「モンゲ」と呼ばれるホヤはコチュジャンなどと食べる刺し身の人気メニューだ。「日式」と
呼ばれる刺し身中心の料理店が日本産を歓迎する事情もあるようだ。養殖期間が1〜2年の韓国産
に比べて、2〜4年の日本産は大きくて調理しやすく、一気に取引が増えた。海から遠いソウル市場
でも、日本産が3割を占めるという。
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宮城には注文が殺到した。03〜04年ごろには生産量の7割が輸出に回った。前倒し収穫で種ホヤ
が減り、成長が追いつかず、05年は6883トンに急減した。国内流通量も減り、漁連関係者は「元々
『通の味』。このままでは古里の味が忘れられてしまう」と懸念する。
追い打ちをかける事態も生じた。今年2月、県内の一部地域で韓国からの稚ホヤ持ち込みが判明。
韓国とよく似た症状まで確認された。県は「封じ込め作戦」に乗り出す。病気の拡大防止と根絶のため
来夏までに周辺の全ホヤを水揚げし、海域を“リセット”する。発症のない水域も含む厳しい措置だが、
県水産業基盤整備課は「荒療治でも早期の徹底的な対策が肝要。一日も早く安全宣言したい」と言う。
東京・築地の築地市場の取引価格は1個50〜100円と昨年同期よりやや高めだ。
宮城出身者が集う東京・内神田の「季節料理 竹仙」では10年前からひと皿550円の値段を守る。
瀬古恵美子女将(64)は「のれんにかけても値段は変えられない。でも、手に入りにくくなってね」
と語る。
■毎日新聞 2007年6月4日 東京夕刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070604dde001040064000c.html