【この道】殉職・宮本邦彦警部(上)無私の心−産経新聞[03/01]

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1P・S 差し押さえ(070315)φ ★
 ■誠実、誠心、誠意 人々にしみ渡り
 《天国の宮本さん、その節はありがとうございました》
 達筆の手紙が産経新聞社に届いた。差出人は窃盗罪で逮捕され、警視庁板橋署に拘置中の男(54)
だった。東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で女性(39)を助けようと電車にはねられた
同署常盤台交番の警部、宮本邦彦さん=当時(53)=の殉職を留置場で読んだ新聞で知り、
筆を執った。便箋(びんせん)に4枚。宮本さんへのあふれる感謝の気持ちがつづられていた。

 男は以前にも警察のやっかいになったことがあり、刑務所を出たばかりのことだ。
身寄りのない人を受け入れる保護施設への道を常盤台交番で尋ねた。笑顔の宮本さんがいた。
 雨だった。宮本さんはていねいに道を教え、傘まで貸してくれた。
 「自分を大切に。同じ過ちを繰り返すなよ」
 その後も交番を通るたびに「頑張ってるか」と優しく声をかけてくれた。
 《どんなに助けられたか。今でも宮本さんが『頑張れ』と言ってくれているよう》
 男はいま、再び犯罪者の身となったことを悔い、新たに誓う。
 《更生という二文字に向かって一心不乱に邁進(まいしん)するだけです》
 
>>2以降に続きます。)




産経新聞/IZA
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/41326/
2P・S 差し押さえ(070315)φ ★:2007/03/01(木) 19:49:25 ID:???
 (>>1の続き。)
                □ □ □

 今月6日夜、宮本さんが受傷したとの知らせに友人らは耳を疑った。だが、ほかの署員は
別の事件で交番をあけており、女性は「死んでもいい」と強引に踏切に飛び込んだ…と、
切羽詰まった状況が次第に明らかになると友人らの思いは確信に変わった。

 「あいつなら自分を盾にしてでも飛び込んだはず。置かれた状況のなか、
自分ができることを最大限果たす。それがあいつの強さだから」

 宮本さんは昭和51年、札幌市の北海学園大学を卒業後、警視庁に採用され北海道から上京した。
この年は前年に「戦後最大」と言われた不況の波が、まだ列島をおおっていた。

 警察学校時代、四角いメガネにいつもニコニコ笑顔をたたえ、「宮ちゃん、宮ちゃん」と友人らから
慕われていた。器用ではなく、敬礼の際、緊張から体が右に傾いてしまっていたことを友人らは覚えている。

 一方で頑固なほどに芯(しん)が強かった。何十キロもの装備を着けての走り込みで倒れ、
友人らが手を貸そうとしても「大丈夫」と拒んだ。剣道もうまくなかった。だが真冬の夜も1人黙々と
素振りを続け、友人らを追い越して入段試験に合格した。「道産子ならではの愚直さがあった」(友人)
 翌年春、半年間の教練を終え、それぞれの配属先が決まった日、中庭で皆で涙にむせびながら「この道」を歌った。

 ♪どんなにつらくても歩いていこうよ この道を
 学園紛争の嵐が吹き荒れた昭和44年。警視庁の機動隊員ら若い警察官を励まそうと、
当時の秦野章警視総監が友人の作詞家、川内康範氏に依頼し、できた歌だった。
 そして、寄せ書き。それぞれが夢を記すなか、宮本さんは力強い筆跡でこう書き残した。
 「誠実、誠心、誠意…宮本」

>>3に続きます。)
3P・S 差し押さえ(070315)φ ★:2007/03/01(木) 19:49:46 ID:???
(>>2の続き。)
                □ □ □ 

 宮本さんの無私の行動に、多くの人々は心を揺さぶられた。
 「正義感、警察官魂を引き継ぐ」。同僚の警察官はもちろん、常盤台交番には1万人以上もの人が
記帳や献花のために列を作った。記帳台がなくなった現在も献花に訪れる人は絶えない。

 宮本さんの回復を祈るメッセージがあふれたインターネットの「2ちゃんねる」で、
引きこもりとみられる男性はこう書き込んだ。

 《こんなお巡りさんもいるんだね。おれ、ちょっとだけ人を信じてもいいような気がしてきた…。
もう随分外に出ていないけど》

 留置場の男だけではない。自殺するつもりだった女性の命を救った勇気と正義、そして命をかけた
使命感はいま、人々の生き方まで変えようとしている。

                  ◇

 住民や友人らの証言から「地域警察官・宮本警部」の歩んだ「道」をたどった。
 

                ■□■
  《宮本邦彦警部の略歴》
昭和28年2月 札幌市で生まれる
  51年3月 北海学園大学経済学部を卒業
    10月 警視庁に採用、上京
  52年4月 大森署地域課(当時、警ら課)に配属
  55年4月 第6機動隊に配属
  58年9月 町田署地域課に配属、南大谷駐在所に勤務
平成6年12月 巡査部長に昇進
  10年3月 千住署に配属、地域課や警務課留置係に勤務
  16年2月 板橋署地域課に配属
  17年2月 常盤台交番に勤務
  19年2月 女性を助けようと電車にはねられ殉職、警部に2階級特進
        政府が正七位と旭日双光章の緊急叙勲を、東京都が知事顕彰
        をそれぞれ決定
4名前をあたえないでください:2007/03/01(木) 19:57:51 ID:WcQAyAS3
産経は真面目に記事書け
5名前をあたえないでください:2007/03/01(木) 19:59:06 ID:+j0Z+cf2
本当に惜しい人を亡くしました
宮本さんのご冥福を心からお祈りいたします
6名前をあたえないでください:2007/03/01(木) 20:01:13 ID:aQPB6CdW
糞女はどうした?
7名前をあたえないでください:2007/03/01(木) 20:10:55 ID:Z2BOfZn+
ううむ。
記事読んでるだけでも、仕事に関してはちゃんと出来てなかった人なのかもしれない。
ずっと地域課、一部留置だし。
よくいる、不器用なのに基本疎かというタイプ。

何にせよ、これは警察不祥事の一つだとおもうが、美談にせざるを得ない事件。
本来は大失敗なんだけど、死者を悪く言えないメンタリティが物事を見る目を曇らせてる。
警察内部では不祥事扱いにしてる筈だが。
8名前をあたえないでください:2007/03/01(木) 20:15:26 ID:/GMdfXBa
まあどうしようもなく愚かな一生を送ってしまう人間もいるわけだが



宮本氏のような生き方死に方も悪くないと思った
9名前をあたえないでください :2007/03/01(木) 21:00:04 ID:GsFIVPoZ
>>7
チョン国人か。
チョンにはわからないだろう。
10名前をあたえないでください :2007/03/01(木) 21:01:07 ID:GsFIVPoZ
>>7
チョン国人か。
チョンにはわからないだろう。
11名前をあたえないでください:2007/03/01(木) 22:07:01 ID:Z2BOfZn+
>>9
違うけどね。

これ、流れをよく見ると、最初の保護の扱いで凄い失敗してるのが分かる。
多分、同僚達も同じこと思ってるよ。
でも、亡くなられたから、もうあれこれいえない状況になっている。
ご冥福はお祈りするが、失敗した点はちゃんと追及されなければ次の人たちが困ると思う。
12名前をあたえないでください
>11
同感ですね。死を美化するより、2度と無いように検証すべき。
お涙頂戴を垂れ流すだけのマスコミはクソだな。