【社会】被告の暴言苦?被害者の母が自殺…横浜のOL殺人
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ミス・たわし(060918)φ ★:
被告の暴言苦?被害者の母が自殺…横浜のOL殺人
横浜市瀬谷区で2000年に会社員渡辺美保さん(当時22歳)が殺害された事件で、美保さんの母、
啓子さん(当時53歳)が今月1日、電車にはねられて死亡していたことが分かった。神奈川県警では
自殺とみている。
殺人罪などに問われた穂積一被告(28)が1審判決の法廷で「お前ら(家族)が駅に迎えに行かな
かったから娘は死んだんだよ」と家族に暴言を浴びせており、父の保さん(57)は「(被告は長女と妻
の)2人を殺した」と憤っている。東京高裁は29日、無期懲役とした1審の横浜地裁判決を支持し、穂
積被告の控訴を棄却する判決を言い渡した。
県警の調べによると、啓子さんは1日午後2時半ごろ、横浜市瀬谷区の相鉄線三ツ境駅近くの踏切
で普通電車(8両編成)にはねられ、搬送先の病院で死亡した。遺書はなかったが、踏切に靴がそろ
えて置かれていたことなどから、県警は自殺とみている。
1審判決は昨年3月28日にあった。主文の言い渡しが終わると、穂積被告が「裁判長、一つ質問さ
せてください」と証言台に立ち、マイクをつかんだ。裁判長は認めなかったが、穂積被告は廷吏に引き
ずられて退廷させられながら、傍聴席の家族をにらみつけて暴言を吐いた。
1、2審の判決によると、美保さんは2000年10月16日夜、自宅最寄りの三ツ境駅から歩いて帰る
途中、路上で中学時代の同級生だった穂積被告に車ではねられて失神し、近くの農機具置き場で首
を包丁で刺されて殺害された。
事件後に体調を崩していた啓子さんは、穂積被告の言葉を聞いて「がっかりした」と話していた。保
さんは「被告は、人間性のかけらもない。民事裁判も起こして責任を問いたい」と怒りをにじませた。
県警幹部は「被告が美保さんの同級生で、啓子さんの心は大きく揺れていた。被告の言葉が自殺に
つながったのではないか」と話している。
穂積被告は03年9月に自首して犯行を自供したが、起訴直前に否認に転じ、「テレビや新聞で知っ
た内容を基に作り話をしただけ」と、無罪を主張していた。
(2006年8月30日3時6分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060830it01.htm
2 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 04:12:51.52 ID:bz7STtYf
2ゲト
残されたお父さんカワイソス(´・ω・`)
3 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 04:18:46.17 ID:C0N+GxHo
これはひどい
4 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 04:18:57.67 ID:Y1HhK+R2
一君。君には死あるのみ。
5 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 04:58:48.64 ID:tlpu31sM
どんな事があろうと、生き抜く事が、大事なんじゃないかな?
辛いこと、悲しいこと、理不尽なこと、生きていれば色んな事がある。
自分が生きていく礎を、他人に求めるものじゃない。大事な人を無くしたなら尚更だ。
何故、娘の分まで生きて、生きて、生き抜こうと思わない?
所詮、自分だけが可哀想なんだな
6 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 05:12:54.63 ID:hW1gixKf
お父さんには、多額の請求書が来るんだろ?
生き地獄だな。
7 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 05:16:36.23 ID:/DMHMmoO
また横浜w
最近、横浜の大阪化が著しいな
8 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 05:22:42.04 ID:6q9rYSWy
デューク東郷はまだか?
9 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 05:27:22.06 ID:/DMHMmoO
また横浜か・・・
関東人って酷いね
なんか日本人と思考回路が違うってゆーか・・・
10 :
名前をあたえないでください :2006/08/30(水) 05:53:13.50 ID:Bipk0LuM
憎しみの連鎖
11 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 08:15:27.49 ID:gGCXsc/x
また相鉄か・・・。
うわ、想いだけで人をぶん殴りてぇ。
13 :
名前をあたえないでください:2006/08/30(水) 08:48:27.70 ID:dtUTnOR/
こいつに入れ知恵してる糞弁護士が主犯だな、誰か消してこいよ。
14 :
名前をあたえないでください:
うちのばあちゃんが死ぬ半年前くらいかな。
半ボケで徘徊すんだけど、決まって夜7時に駅にいてさ。
記憶が減退して、うちのおかんが高校出て働き始めた頃まで
戻っていたようだ。毎日、雨の日も風の日も迎えに行ってたんだな。
最後俺が車で迎えに行って、連れ帰るんだけどさ、
俺を当時の親父と間違えて『娘をよろしくお願いします』
なんて、何度も繰り返してて。
孫の顔もわからんごつなってもくさ、親心だけは無くならんっちゃね。
それからしばらくして老衰で死んだけど、やっぱし
親ちゃ、そういうものたいね。