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前のほうに座ってこいでいたカヤと呼ぶ青年が急に手をとめ、猟銃をもつやいなやドンと
一発やったら、さるが落下した。少し離れた水中に落ちたので、潅木をかきわけ枝を
たたきおとし、倒木を伝い飛び越えて拾いあげたら、もうカンジェロ(食肉どじょう)が目玉の
なかに入り込んで、両目から一匹ずつカンジェロのシッポがぶらさがっていた。
カヤが面白そうに差しあげて見せたとたん、足をすべらせて水中にころがり込んだ。
彼は「アイアイ」といってすばやくおき上がってもどってきたが、ズボンをまくり上げると、
ふくらはぎのところにカンジェロが食いついて丸い穴をあけていた。出血がひどいので
その場でさっそく麻酔もせずに血管を結紮(けっさつ)して皮膚を縫合した。
神田錬蔵著『アマゾン河』(中公新書)の一節である。これは一九五五年から
一九六一年までを、熱帯病学者として、また医者として、広大なアマゾンの
あちらこちらを巡回して歩いた科学者の手記である。
とかくアマゾンというと、かれこれ十数冊も読んだが、著者が日本人であると
欧米人であるとを問わず、万事、話が太くて大きくなるという傾向がある。
みんな動機はアマゾンの偉大と怪異を伝えたいばかりについついそうなるらしくて、
本質的に無邪気なのだが、何も知らないで読むほうは眉にツバをぬったものかどうか、
迷わせられるのである。
その点、科学者の神田氏の手記は冷徹、平常のものとして読んでいいのではあるまいか。
ここにカンジェロという小怪物がが登場する。ブラジル在住の日本人はカンジェロ、
またはカンジロ、または“助平魚”と呼ぶ。ここには“食肉どじょう”とあるが、
赤紫色をした小さい魚で、どじょうにも似ているし、ヒルにも似ていて、歯と鱗がある。
魚類学者はナマズの一種として分類している。ここでは水中でもがくサルの目玉のなかにもぐりこみ、
水に落ちた青年の足に食いついて穴をあけ、いずれも瞬間的な早業だという特徴がある。
御叱呼や雲古が大の好物で、河岸の人家の便所のあたりうろうろする。レヴィ・ストロウスが
たしか『悲しき熱帯』のどこかで、丸木舟から立小便をするとこのカンジェロが御叱呼つたって
滝登りをし、尿道から膀胱へ入りこむのだという原住民のいいつたえを紹介していたと思う。
何しろそういう奇癖があって穴が大好物で、どこへでももぐりこみたがるので、
アマゾン流域で聞いた話では、インディオやカボクロのおかみさんは河岸へ洗濯へいくのに
この魚をよけるため、あそこへ「タンガ」と呼ぶ三角形の土器または木器をつけるというのである。
その三角形のツンパの上両端に穴があって、そこへ紐を通して、腰にくくりつける。
ある日本人移民の娘さんが河で水浴中にあそこへもぐられ、医者を呼ぶやら何やらの
大騒ぎになった例があるそうで、それ以来日本人はこの魚をあっさり「助平魚」と呼ぶことになった。
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