塩野七生はどうよ?

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8683=75
>>85=82=74
そうだな。
これ以上続けると、このスレの主旨から離れすぎるだろう。
けどオレの方にも、最後にあんたに言っておきたいことはあるな。

このスレには「塩野のローマ人の物語を読むくらいなら、ガリア戦記を読め」なって意見はなかったはずだ。
もしあるなら、レス番号付で指摘してくれ。

あったのは、「ローマ史の原典を読むなら何から読んだらいいか?」って質問とその回答だけだったはずだ。

>歴史物語「しか」読まなくとも、読まないよりはずっといい
そりゃそうだな。
しかし、それでは「歴史物語である」理由はない。恋愛物語を読むのも、推理小説を読むのも人それぞれだ。
もちろんそれで構わない。

>たとえば教養としてのローマ史なら、大きな流れと、個々の人物のエピソードを知っているだけでも、十分なんだ。
それは違う。
それは教養ではない。ただの知識の寄せ集めだ。

「歴史では、何が史実とされるかの結論よりも、何が史実とされるって結論に至ったかの推論過程の方が重要」
これはよく言われることだ。
「より公正な推論過程」を自分なりに理解してはじめて「教養としての歴史」ってことが言える。

素人には邪馬台国が九州か機内かそれともほかのどこか、決定する事は困難だ。
しかし、九州説、機内説、その他があることを知ってはじめて「教養としての歴史」の入り口に立つことができる。
それぞれの説にどんな長所、欠点があるか自分なりに理解できればなおよい。

オレの方であんたにわかってほしいのは次のことだな。
塩野七生を歴史物語とわかって楽しむのは何にも悪いことじゃない。左の件は、このスレではほとんど全員が認めてる。

ほかの人がどう思うかは知らんが、「塩野を読んで、歴史書を読んだつもりになっているのはガキだ」これは俺は譲る気はないし、譲るべきではないと思ってる。
塩野のところに別の作家を入れても一緒。