↑琉球史を世界史としてとらえる↓

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197しょう
>>192
>海賊好きさん
>図説世界史の地図見ると、倭冦の侵入範囲に明、朝鮮、ベトナム北部だけでなく琉球も入っているのですが、
やはり、かなり荒らされたのでしょうか。
倭寇関係は正直あまり詳しくはありませんが、
他国に比較して荒らされていなかったことが予想されます。

すでに181でも触れていますが、その頃の琉球の戦闘能力は高く、
倭寇によって捕虜にされていた朝鮮人を帰郷させていたり、
軍事技術(造船技術)の輸出も行っています。

また那覇港にも倭寇の侵入があったようですが、
那覇港には北と南に三重城(ミーグシク)と屋良座森城(ヤラザムイグシク)という両砦が、
天然の防御壁であるリーフの力もあり高い防御力を保持していて、
倭寇を撃退しています。

この両砦+リーフによって守られた那覇港の防御力はかなりのもので、
のちの1609年の薩摩軍は、この防御力をおそれ那覇港からの侵入を避けています。