第一次世界大戦

このエントリーをはてなブックマークに追加
1ルイポルトvバイエルン
今日、朝日新聞に第一次世界大戦の塹壕が原因で家が傾いて大騒ぎ
になっているという記事が載っていた。
そこで第一次世界大戦を語りたいと思うのだが皆さんはどう思いま
す。
2世界@名無史さん:2001/03/21(水) 12:10
いかがなものか。
3NaNa:2001/03/21(水) 12:59
バルカン・・・
4世界@名無史さん:2001/03/21(水) 13:29
大戦中50万人くらいが味方の援護射撃と誤射で死んだそうな・・・・
砲兵陣地は前線の後方10キロぐらいのところにあるのに
敵と味方の塹壕は3〜500mmで対峙してる。砲兵士官が
電話を聞き間違いたり、司令官の指示で援護射撃と称して突撃中や
突撃をしない味方に発破をかけるために砲撃されたそうな・・・・・
5名無しさん@1周年:2001/03/21(水) 14:17
後ろから味方に射撃されちゃたまらんな
6世界@名無史さん:2001/03/21(水) 15:28
>4
3mmで対峙ですか?蟻さん以外無理では?
7世界@名無史さん:2001/03/21(水) 15:32
袖擦りあうも会うも他生の縁と申しまして・・・
8世界@名無史さん:2001/03/21(水) 16:24
ソンムの任務は損務だ。
9世界@名無史さん:2001/03/21(水) 18:25
いろいろ妙な話が残ってますよね。

・機関銃に肉弾突撃
 頭の固い将軍達のせいで何度も行われたとか・・・ひでぇ

・敵味方仲良く戦闘
 あまりに膠着状態が長く続いたために、一種特殊な雰囲気ができ、
 「相手が撃ってこない限り打ち返さない」的な暗黙の了解が
 できたらしい。
 この話、心理学のよい研究材料となってます。

・パイロットも仲良く
 初期の飛行機パイロット達はみな競技会などでの知り合いだったので、
 仲良く飛んでいたらしい・・・
10世界@名無史さん:2001/03/21(水) 21:01
>>9
>機関銃に肉弾突撃
二百三高地のばたばた兵隊が倒れるシーンを思いだした。
乃木さんは頭の固さも相当だがそれ以前に機関銃を知らなかったのでは?
他の話は19世紀以前の戦争の影を引きずっているみたいで
ちょっとだけ心和みました。
11世界@名無史さん:2001/03/21(水) 21:41
>>9,>>10
>機関銃に肉弾突撃

不思議なのは、欧州列強の連中が日露戦争に観戦武官として来ていた
のに、乃木の愚を教訓にしなかった事です。

やはり人間は自分で痛い目に合わないと気づかないのか。
12>10:2001/03/21(水) 21:46
ちょっと誤解があるようですが、
日露戦争は実戦で陣地防御のために機関銃が使用された史上初の戦争。
第1次世界大戦は、その日露戦争の後に起った戦争。
(間違っても日露戦争は第1次世界大戦の後ではありません。)
13ルイポルトvバイエルン:2001/03/21(水) 23:27
>10・11
君たちは映画の見過ぎです。史実は第一次総攻撃時にロシアが
設置していた機関銃はゼロで、陥落時でも50挺も持ってませ
んでした。実際の被害は砲弾による破片で、死傷者の4割です。
14WW1ファン:2001/03/22(木) 00:06
いろいろ語りたいのですが、
>>7氏のレスが、なんともいえず好き、
としかいまはいえません
15世界@名無史さん:2001/03/22(木) 00:17
>・機関銃に肉弾突撃
> 頭の固い将軍達のせいで何度も行われたとか・・・ひでぇ
えーと、確認のため、この「頭の固い将軍」の考えについてもうちょっと詳しく
言っておくと、
「十分な量の砲弾を使って砲撃すれば、敵の機関銃を全滅させることができる」
というもの。要するに「重砲>機関銃」。
ところが、実際には相当の砲撃を加えても機関銃はかなり生き残った。
これが将軍の誤算ということ。火力の重要性はよく言われるけど、この点を理解しなければ。
時代は移って今の2ちゃんでも、似たような種類の間違いをしてる人がよくいるだろう。
例えば、対戦車ヘリがそろっていれば、戦車は役立たずで不要である、とか。
第1次大戦の将軍を笑うことはできない。
16ルイポルトvバイエルン:2001/03/22(木) 09:15
モルトケの考えた西部戦線攻勢計画だが、何故故にシュリーフェン案から
変更されたのか?という点が気になる。いつから検討に入り、予想実施時
期はいつだったのか?という点なのだが。
17世界@名無史さん:2001/03/22(木) 11:38
戦車は実は戦局に決定的な影響を与えはしなかった、とか。
18塹壕突破の回答として:2001/03/22(木) 12:26
連合軍は戦車。
ドイツ軍はシュトルム・トルッペンこと浸透戦術。
194:2001/03/22(木) 12:27
300〜500mの間違い、まあそれは常識の範囲内でわかってる人にはわかってる
と思うけど
204:2001/03/22(木) 12:45
一応旅順攻防戦では日本軍は完璧では無いにしろこんなことやってる
・塹壕を掘る
・軍服カーキ色に変更
・手榴弾の使用
・攻城重砲の使用
・坑道を掘り地下からの保塁爆破
・突撃ラッパの使用禁止
・要塞の完全封鎖
要塞を攻めるのに1年間でいろんなことを学び
実行したんだから日本軍は別に責められない。

実際は保塁を奪取はできるんだけど維持ができず奪還される。
第一次世界大戦も第1の塹壕を突破できても第2・第3・予備・・・・
と後が続かないまたできに増援隊に奪還されてしまうそんな繰り
返しです。機関銃砲座にいる将兵も匍匐前進で100人位襲ってきたら
もうぼこぼこにされるでしょう。
21世界@名無史さん:2001/03/22(木) 12:46
>>16
左翼に配置された王族の司令官達からその軍の薄さをつきあげられて
小モルトケが妥協したとか聞いているが。
224:2001/03/22(木) 12:46
20>1年未満だった
23名無しの骨を拾うものなし!:2001/03/22(木) 12:49
有名な話を一つ(私は物理の時間に学びました)
ある国の飛行機乗りが飛行中、自分の近くに何か小さい物が"浮かんでいる"のを発見した。
不思議に思って掴んでみると、それはとても熱かった。
・・・・・・・・・・そう、それは密かに迫った敵の放った弾丸だったのです。

つまり、自機と弾丸の相対速度がほぼ0に近かったのです。
熱いのも当然、手袋をしていなかったら(高度を飛行中にそんな事はありえないとしても)手は焼きついていたでしょう。
24世界@名無史さん:2001/03/22(木) 12:54
イプールで最初に毒ガス食らった部隊ってセネガルだか
とこだかの外人部隊(植民地)だったような
25世界@名無史さん:2001/03/22(木) 12:57
それは第二次大戦のドイツのフランス侵攻ののとき、
にフランス軍パイロットがドイツ機の放った弾丸・・・・・・・
のエピソードで第1次大戦だったかな?
26名無しの骨を拾うものなし!:2001/03/22(木) 12:57
"一般"には知られていないけど、植民地兵もかなり参加してるんだよね。
グルカ兵やインド兵団、アフリカ部隊なんかも。

インディアナ・ジョーンズを参照されたし。
27ルイポルトvバイエルン:2001/03/22(木) 18:56
>21
そこに謎があるのですよ。実はモルトケ着任とほぼ同時に第20・21軍団
が編成されて配置換えが行われている。つまりそれ以前から変更計画が無け
ればこんな芸当は出来ません。私が考えているのは、当時開発中だった戦車
の投入を想定した新作戦案があったのではないか?という事です。
シュリーフェン案では独仏国境の防衛ラインを迂回する作戦ですが、戦車と
いう新兵器(実際はさして役に立たなかったが・・・)が開発され、次の戦争
(あくまでもWW1が1914に起きていないという想定)に投入する場合、
国境の防衛陣地突破は戦車を使う事になります。もし、この計画があったと
するならば、敵との戦車戦&突破作戦用に南部に戦力が必要になるのです。
どうでしょうか?
28世界@名無史さん:2001/03/22(木) 22:12
>>27
その時点でドイツで戦車の開発が始まっていたと言う根拠の出典は何?
29世界@名無史さん:2001/03/22(木) 22:29
>>23 >>25
まさかとは思うけど、本気にしてるんですか?
この板は文系なヒトが多そうだから、ひょっとしてとは思うんですが、
いくらなんでも、ネタでしょうね。
でも、この話を信じているとすると、う〜ん、わからん!
30世界@名無史さん:2001/03/22(木) 22:46
何故23に誰もつっこまん……。
つっこむ価値も無いって事かい。

で、27
イギリスでホルトタンク開発始まったのが1915だよね。
で、ドイツ側ってのは17年位までに試作戦車幾つかつくって
殆ど戦車制作を放棄してるよね。
正直、このww1を通して戦車を戦争の主軸に考えてる人間なんて誰も
いないと思うんだけど。

みんなww1の戦車の有用性をww2辺りとごっちゃにしちゃってない?
ww1で戦車は殆ど情勢に貢献してないでしょ。
1918年、11月辺りから殆ど戦車なんて稼働してないよ。
31名無しさんの主張:2001/03/22(木) 23:05
wwTとwwUはどっちが戦死者が多いの?
32世界@名無史さん:2001/03/22(木) 23:54
イギリス・フランスに限定すればWWIの方が多いのは知っている。
33世界@名無史さん:2001/03/23(金) 08:10
>>31
全ての犠牲者なら第二次世界大戦。
ソ連で途方もなく死んでいる。
34世界@名無史さん:2001/03/23(金) 09:13
1912年の新編成は第7軍所属(西部最南端部隊)第15軍団
から連隊を抽出して第6軍に組み入れ、東部に第20軍団を編成
するという物。北部からの部隊抽出はほとんど行われていない。
ちなみに参考文献はドイツ語の服制と部隊表が載った厚さ20cm
を超える本。
35世界@名無史さん:2001/03/27(火) 04:43
あれ。結構いいスレと思ったのに落ち込んでる。
WW2に比べて語られない戦争、ココで語ろうよ。
36世界@名無史さん:2001/03/27(火) 10:01
>28
ドイツの博物館に史料があるよ。
37世界@名無史さん:2001/03/28(水) 10:25
東部戦線では結構第2次世界大戦並みにドイツが進出してるが、
それについてはあまり語られない・・・・
38世界@名無史さん:2001/03/28(水) 11:20
>37
ロシア軍は崩壊してましたからね。革命後は最悪な状態でした。
開戦時はお笑いですから・・・

白山羊さんから暗号着いた、黒山羊さんたら読めずに食べた
仕方がないので暗号打った、さっきの暗号内容なあに?
黒山羊さんから暗号着いた、白山羊さんたら読めずに食べた
仕方がないので暗号打った、さっきの暗号内容なあに?
(配役・白山羊レンネンカンプ、黒山羊サムソノフ)
39日本@名無史さん:2001/03/28(水) 12:00
日本に取っての第一次大戦はシベリア出兵だろう。
40世界@名無史さん:2001/03/28(水) 12:29
>>39
いや、それだけじゃないけど・・・。
地中海にまで行ったし。
41世界@名無史さん:2001/03/28(水) 13:36
>40
そしてオーストリア海軍の攻撃を受けて犠牲者を出しました。
42世界@名無史さん:2001/03/28(水) 13:42
でもドサクサで南洋諸島を手に入れた。
43世界@名無史さん:2001/03/28(水) 13:56
嘘の大本営発表だとか、合理性の無い精神主義だとか
無茶な白兵突撃だとか、第二次大戦で日本の専売特許
のように言われている愚挙はすでにこの時期の欧州で
先にやり尽くしてると聞いたが。
44世界@名無史さん:2001/03/28(水) 14:00
女子供を動員して砲弾を作らせるのもイギリスが第一次大戦で
始めたこと。
45名無しさん:2001/03/28(水) 15:05
日本海軍地中海派遣部隊萌え〜
なんで陸軍は派遣しなかったんだろう?
46世界@名無史さん:2001/03/28(水) 16:25
>45
陸軍の派兵は英国政府が依頼してきましたが拒否!!
これが不信の種になり日英同盟延長なしの遠因です。
47世界@名無史さん:2001/03/28(水) 16:45
第一次は第二次よりも奥深い。
真珠湾シーン流して満足してるNHKは
第一次の旅順攻防映像でも発掘せよ。
48世界@名無史さん:2001/03/28(水) 16:47
さらに言うと、拒否の遠因は日本参戦時のごたごたです。
日本は最初に局外中立を表明しといて、イギリス外務省に
参戦しようか?と打診したら拒否された。仏露はもちろん
イギリス陸軍省・海軍省ともに参戦を喜んだんだけど、
最初にイギリス外務省がゴタゴタの原因を作った。
原因はオーストラリアにあったというけど。

http://ww1.m78.com/honbun-2/japans%20participation%20to%20ww1.html

あと、金剛級を派遣してくれって話もあったんだけどね。
49世界@名無史さん:2001/03/28(水) 17:57
「欲しがりません勝つまでは」
この標語は第一次大戦時のドイツだっけ?
50異邦人さん:2001/03/28(水) 18:05
>>47
旅順攻防?独逸の巡洋艦か何かが攻撃してきたのか?
51世界@名無史さん:2001/03/28(水) 20:59
>47
WW1であったのですか?シュペー艦隊は日本に寄港した後、
エムデンのみインド洋に向かい、残りは太平洋を横断した筈
ですが・・・
52世界@名無史さん:2001/03/28(水) 21:08
>45
>なんで陸軍は派遣しなかったんだろう?

ヨーロッパでは米を補給できないからです。
ロシア軍がウォッカがないと動けないのと同じように、
日本陸軍はお米のご飯がないと動けないのです。
53世界@名無史さん:2001/03/28(水) 22:58
>>52
二次大戦では食べ物無しで戦わせたじゃん。
54世界@名無史さん:2001/03/29(木) 15:29
>53
だから二次大戦負けたのよ。
55世界@名無史さん:2001/03/30(金) 22:14
「ドライブ・オン・パリ」というアメリカ製のボードゲームがあるのだが、
プレイすると誰もがドイツ側プレイヤーに言うセリフがある。
「もっと右に展開するべきだ…」
大モルトケ&シュリーフェンの言葉が理解できます。
56世界@名無史さん:2001/03/30(金) 22:46
>>55
ドイツ側から見て?連合国側から見て?
57元祖名無しサン:2001/04/01(日) 07:42
ドイツがフランスに宣戦布告をしなければ東部戦線に全軍投入でき、
イギリスも敵に回すことなく同盟軍の大勝利に終わったかもしれない。
58世界@名無史さん:2001/04/01(日) 11:38
>56
ドイツ側から見てです。フランスから見た右側は地形が悪くて
(実際、高原や森林地帯が多いです)フランス側は進撃しづら
い地形です。機動兵器(自動車やトラクター・ワゴンの類)が
ないと英仏海峡側と同じ速度は維持出来ないでしょう。

>57
ドイツが宣戦布告しないのならフランスが宣戦布告してきます。
59日本@名無史さん:2001/04/01(日) 14:58
オーストリア軍てヘタレかと思ってた。
60世界@名無史さん:2001/04/01(日) 20:47
>59
現代において、第一次世界大戦で最も有名な将校(将軍&兵隊なしで)と
言えばオーストリア海軍の潜水艦艦長さんでしょう。先進国でこの人知ら
ない方ってかなり少ないと思います。
61世界@名無史さん:2001/04/01(日) 21:06
>>60
歴史クイズかの。
ならば、答えはトラップ男爵じゃが、スレが違ってはおらんか。
62名無しさん@1周年:2001/04/01(日) 22:51
>>59
なんか、王宮前の喫茶店で作戦会議やってたんで、スパイに情報が
筒抜けだったらしい
63世界@名無史さん:2001/04/02(月) 01:30
オーストリア陸軍はヘタッテます
64日本@名無史さん:2001/04/02(月) 08:05
アルデンヌの森を第一次大戦で突破していたら?
65日本@名無史さん:2001/04/02(月) 08:35
順序が逆。無意味。
66世界@名無史さん:2001/04/02(月) 09:53
>>9
遅レスだけど、
> ・パイロットも仲良く
これは、初期の軍用航空機には空戦能力がなく、専ら偵察用だったからです。
敵同士手を振ったりしてたそうな。
67世界@名無史さん:2001/04/02(月) 09:57
>60、61
でも、軍人として、潜水艦艦長として
どんな活躍したのかは、ぜんぜん知られてない(私も知らない)ぞ。
トラップ男爵。
68世界@名無史さん:2001/04/02(月) 10:32
>63
ヘタッテいると言いますが、1914年冬以降はドイツ軍の協力
もあって東部戦線はロシアを撃退し、1915年にはセルビアを
制圧、1918年半ばまではイタリアの1/4を制圧してますが

>67
当時の小型潜水艦(魚雷2本)で装甲巡洋艦「レオン・ガンベッ
タ」を撃沈、その後商船を4万トン以上沈めました。オーストリ
ア海軍潜水艦隊の商船撃沈総数は約20万トン
戦後、マリアテレジア騎士十字勲章を授章し、男爵になりました。
69世界@名無史さん:2001/04/02(月) 10:35
>64
第一次世界大戦でもドイツ軍はアルデンヌ・ルクセンブルク
高原を通過しております。そこにあったリージュ・ディナン
要塞に手を焼いています。
70世界@名無史さん:2001/04/02(月) 15:59
オーストリアのオークションにフェルナンド公暗殺の際に割れたガラスが
売りにでております。
71お薦め本:2001/04/02(月) 19:13
『世界大戦原因の研究』鹿島守之助‖著 (鹿島研究所出版会)
72世界@名無史さん:2001/04/03(火) 12:41
73名無しさん@1周年:2001/04/03(火) 14:04
>>62
ちょっとしたエピソードで、
喫茶店で会議をしていたせいで、
同じように、朝方、喫茶店でコーヒー飲むのが習慣の、ウィーンの歌姫が、
敵国スパイより更に早く情報を聞いてたとか。
74世界@名無史さん:2001/04/03(火) 19:06
age
75名無史さん:2001/04/05(木) 22:25
>シュリーフェン計画
あの計画を計画通り実行すると、
もっとも外側に展開するドイツ軍は毎日毎日敵を撃破しながら30キロも40キロも
歩いて進撃しなければならなかったそうな。
もちろん重い背嚢かつぎながらね。
シュリーフェンは所詮机上の天才に過ぎぬ。
つか、こいつがこんな架空戦記みたいな作戦たてたからドイツは負けたんじゃ。
イギリス参戦は明らかにシュリーフェン計画のせい(ベルギーを侵略したから)。
ゲームは兵士の疲労まではルール化してないからねえ。

>52−54
ワラタ。

>68
オーストリア軍、みんなドイツに助けられての戦果じゃん。
よく知らんけど、セルビアを屈服させたのはマッケンゼンでしょう。
76世界@名無史さん:2001/04/06(金) 09:12
>75
「ドライブオンパリ」というゲームですが、一度戦闘すると戦闘力がダウン
するため司令部周辺で休ませないと次の戦闘で盤面排除になる公算が大です。
その損害を無視してでも強行突破するか否かというゲームです。

セルビア攻略作戦はオーストリア2個軍、ドイツ1個軍、ブルガリア1個軍
が投入されました。これに対峙した連合軍はセルビア3個軍、英仏合同軍で
す。セルビアの1個軍のみ生存し、あとは壊滅しました。この時のドイツ軍
司令官はマッケンゼンです。
77吾輩は名無しである:2001/04/07(土) 00:03
そういや、生まれて初めて買ったシム・ゲームはアバロンヒルの
「8月の砲声」だったな・・・
78世界@名無史さん:2001/04/13(金) 00:23
アバロンヒルのボードゲームかぁ、学生の頃に徹夜で遊んでました。(藁
PCのゲームと違って、盤上に駒を配置するのが大変だった。
79世界@名無史さん:2001/04/15(日) 20:00
ドイツのオークションにヘッツェンドルフ参謀総長の勲章が売りに出てます。
80日本@名無史さん:2001/04/15(日) 21:20
ロバート・グレーブス『さらば古きものよ(上下)』(岩波文庫)

必読!青年というより少年将校であった著者が
淡々と塹壕戦その他について語る。
身近にいた負傷者を刺し殺して自分の楯にした兵の話とか。
(この兵、どうもおとがめなしなんだけど、緊急避難ということか?
それとも相手がドイツ軍兵士だったのか、文中でははっきりしない)
慰安所の話も出て来る。

でも、訳語が変。「連隊司令官」っていいのか?
連隊長というべきじゃないの?ほかにも大隊で司令官とか。
81世界@名無史さん:2001/04/20(金) 16:53
>80
「連隊指揮官」の誤訳?
82世界@名無史さん:2001/05/02(水) 05:42
??
83日本@名無史さん:2001/05/03(木) 23:36
83
84世界@名無史さん:2001/07/12(木) 00:40
大戦中50万人くらいが味方の援護射撃と誤射で死んだそうな・・・・
砲兵陣地は前線の後方10キロぐらいのところにあるのに
敵と味方の塹壕は3〜500mmで対峙してる。砲兵士官が
電話を聞き間違いたり、司令官の指示で援護射撃と称して突撃中や
突撃をしない味方に発破をかけるために砲撃されたそうな・・・・
85世界@名無史さん:2001/07/12(木) 00:44
>>84
まて、いくらなんでもその距離だと
塹壕が崩れるぞ
86世界@名無史さん:2001/07/12(木) 07:52
>敵と味方の塹壕は3〜500mmで対峙してる
オモロイ
87世界@名無史さん:2001/07/12(木) 10:17
関係ないけど、滝沢なんとかという
ヒットラーの総統司令を訳した本も
軍集団「A」とか訳してるな・・・・
88世界@名無史さん:2001/07/12(木) 12:24
いくらなんでも、mmはmの間違いだよね。
塹壕の間隔3mでも、けっこうすごい状況だとは思うが。
敵の塹壕の3m先に塹壕掘ってる図を想像すると笑える。
89ななし:2001/07/12(木) 19:38
まあ、300〜500m でしょうね。ガリポリでは 10m とかいう場合が
あったそうですけど。
90名無しさん@ご利用は計画的に:2001/07/14(土) 18:04
|
|⌒●…★
|冫、)
|` / ループシテルヨナ キガスル ボソ
| /
|/
91梵阿弥:2001/08/13(月) 12:49
>>47 旅順じゃなくて青島でしょ。
どなたか、東アフリカでのパウル・フォン レトゥ=フォルベック将軍の戦い振りを教えてくれませんか。
白人2百、黒人2千で本国停戦まで戦い抜いたそうですが。
軍艦エムデンとか、ドイツにはゲリラ戦の名人が多いね。
92世界@名無史さん:01/08/27 02:37 ID:M5/nbTEw
>>75
へたれ小モルトケが東部戦線に部隊を引き抜かなかったらそれでも成功したというのが
定説だったと思うんだけど
93世界@名無史さん:01/09/08 16:45
>80

>身近にいた負傷者を刺し殺して自分の楯にした兵の話とか。
この本に書いてあることは信じない方が無難です。
金儲けのために書かれた嘘で塗り固められた伝記として有名ですので(藁
94世界@名無史さん:01/09/08 17:59
>92
定説とまでは言えないかも。ドイツ軍右翼は、結構補給で苦労したらしいし
(重砲、弾薬の移動とか)。
最初の計画通りだったら、途中で息切れした可能性はある。

ただ、小モルトケ版の改造シュリーフェンプラン用の配置と考えても、
やはり右翼の兵が足りなかった。
あの東部戦線に送った部隊はタンネンベルクには間に合わなかったらしいので、
結果論として引き抜いた意味がなかった、という点に関しては定説かもしれません。
95世界@名無史さん:01/09/15 14:33
サラエボ事件から大戦勃発までの経緯を教えてください。
あとWW1に関する本でよいものありませんか?
96現役SE:01/09/15 14:48
フォレスターの「鬼将軍」(早川文庫NV)という小説がお勧め。
古いタイプの軍人が近代戦にどのように対応していったのかがわかってよいよ。
97世界@名無史さん:01/09/15 19:02
>>95
リデル・ハート「第一次世界大戦」上下

世界で最も権威のあるWW1本です。この間再販されたから買うとよい
9895:01/09/15 23:28
>97
ありがとうございました。
99AIR SHIP:01/09/27 22:07
 「8月の砲声」,上下。 この本も良いと思います。
100世界@名無しさん:01/09/28 12:35
100get
日本は軍需景気でかなりトクしたが、シベリア出兵では後のシベリア抑留の元をつくってしまった。
101梵阿弥:01/09/28 13:20
>>100
大正デモクラシーは好景気の生み出したものと考えてよいでしょうか。
102世界@名無史さん:01/09/28 13:47
>>100 >>101
あれは軍需特需というよりも戦争バブル…ヨーロッパの工場が軍需品生産
でフル稼働して民生品供給が出来なくなったので鉛筆やクリスマス用品等
を大量生産してボロ儲けした。だが、戦争が終わると一挙に需要が冷え込
んで過剰投資された工場は開店休業、資金を貸し付けた銀行は不良債権を
多数抱えた。更に関東大震災で事業活動が止まった時、政府の緊急支援策
として債務支払いの延期(所謂震災手形)が行われ、これが5年間表に見
えない不良債権となった。この不良債権が莫大になった頃、日本は完全に
供給過剰に陥って卸価格が大暴落を起こしデフレーション状態に突入した。
政府は緊急救済策を検討したが、私企業に対して公的資金の投入はオカシイ
となり震災手形公開の要求が議会で行われている時、東京渡辺銀行への日銀
緊急融資が行われた。これは急を要する話しだったので、事後報告の形で融
資が行われ渡辺銀行はその場を乗り切った直後、片岡大臣が衆議院にて渡辺
銀行が破綻と誤まった発言をした…
103世界@名無史さん:01/09/28 13:53
震災手形は、最近、住専問題とかで再現されたね。
不明瞭な公的資金導入で。

アメリカみたいに80年代バブル清算のとき
S&L(郵貯みたいばものでんがな)救済時、徹底的に審査して
経営者訴追もふくめた債権回収ってのは、日本的歴史土壌じゃ難しいですね。
104世界@名無史さん:01/09/28 14:03
>>103
一応審査はあったんじゃないか?
この企業は幾ら水増し請求を受け入れてくれるとか…
この企業は何回、高級接待してくれるとか…
この企業は何をくれるとか…

・・・(藁
105昔エコノミスト誌で読んだ:01/09/28 14:12
中坊さんお一人が頑張ってもあかんのです。アメリカの弁護士訴訟社会いうのは
あまり好きじゃないが、SEC(証券取引委員会)やRTC?(整理公社)
による捜査は、やはり法の元での平等というアメリカ的理念を貫いて、
90年代の米国経済繁栄を実現しましたから(笑)

あれですよ。今回のテロ捜査でのテロリスト資金凍結とかで噂流れるかと思いますが、
アメリカには俗称TIGERいう<全銀行オンライン捜査用データベース>いうのがあって、
コンピュータによって国内全銀行口座を調査できる国家的システムがあるのです。

たしかコロンビア・カルテルとの麻薬戦争のとき、導入が決まったと思うけど。
憲法違反とか警察国家とか大分騒がれましたが。

ああいうシステムを認めるアメリカの<若さ>が羨ましい
106梵阿弥:01/10/19 12:06
前後がとっても気になります。バルカン戦争とか、コルチャック将軍とか。
107世界@名無史さん:01/11/18 02:49
a
108世界@名無史さん:01/11/18 03:45
開戦時の同盟国皇帝の優柔不断ぶりはすごかったそうですね・・・
とくにドイツのウィルヘルム2世は自分で開戦の決意が下せず駐オーストリア大使
に一任したとか・・・ベードマン・ホルヴェーク首相の謀略説も噂されている・・
109世界@名無史さん:01/11/18 12:08
キューバ危機のとき、JFKは「8月の砲声」とかいう本読んで、盲目と錯誤による戦争突入を
一番恐れたそうだけど、・・・・・
どんな本??
110世界@名無史さん:02/01/04 21:15
児島襄もWW1がらみの本書いてなかった?
111世界@名無史さん:02/01/09 00:43
誰かシュトルム・トルッペンについて教えて欲しいよ。
あの浸透戦術が電撃戦の元ネタとかレン・デイトン(この人も総括が早すぎて、ちょっと結論急ぎすぎのような)
がいってたけど、究極の散兵戦術なんでしょ?

散兵のはじまりって、近世ではアメリカ独立戦争?
112世界@名無史さん:02/01/09 01:01
WWTだったら東部戦線が面白いな。
本当はWWTに加えては逝けないのだろうが、ブレスト講和後の
露西亜内戦やウクライナ独立戦争、ポーランドソ連戦争やバルト三国独立戦争等
複雑怪奇でもう訳がわからない。独逸軍残党も色々動き回っていたし。
113シュテファン・ツヴァイク:02/01/09 01:30
コーカサスあたりまで進駐したんだよね
114世界@名無史さん:02/01/10 01:33
>>67
 しかもその潜水艦は拿捕したフネだったとか。

 ところで故・石原裕次郎主演で
「青島要塞爆撃指令」という映画があります。
参戦した日本軍が水上機でタイトル通りの事を
するそうですが、見たことある人います?
115世界@名無史さん:02/01/10 02:30
「青島要塞爆撃命令」ね。
佐藤允とか夏木陽介とか加山雄三とか出てるけど裕次郎は出てない。
公開当時に見たけど爆弾を手で落とすシーンとか面白かった。
116世界@名無史さん:02/01/10 09:34
>戦時の同盟国皇帝の優柔不断ぶりはすごかったそうですね・・・
>とくにドイツのウィルヘルム2世は自分で開戦の決意が下せず駐オーストリア大使
>に一任したとか・・・

つーか、ウィルヘルム2世は最後まで戦争の回避を望んでいて、
また交渉での解決に楽観的だったそうだ。軍部が、動員を
早くかけないと間に合わないので、どんどん事態が進展して
しまったんでは。
117世界@名無史さん:02/01/10 10:56
>114
ドイツ兵が普通のフリッツヘルメットにピッケルハウベの角部分を
くっつけた格好だったのを覚えてる。
118世界@名無史さん:02/01/10 11:11
シュトルム・トルッペン
夜明けにかけて少数で敵の拠点を奇襲して夜明けの大部隊の
の攻勢にさいして、突破口を開く目的で行われた。と書いてあった。

実際映画とかである昼間に笛の音で突撃するのは初期の頃で、
実際や暗いうちから匍匐前進をして接近明るくなってから突撃
塹壕を占領というのがパターン。でもそれだと、敵の反撃で
第1線は占領できても、第2第3と続くを兵力が壊滅状態で
すぐ敵に阻止部隊が来て、塹壕をを強化する前に奪還されてしまう。
シュトルム・トルッペンはその主力部隊の損害を最低限度に
押さえるために前もって敵の拠点をつぶすのが任務。
それには特別な訓練と一時的に敵を圧倒する火力が必要。
119世界@名無史さん:02/01/10 15:04
>>115
 公開当時って何年前ですかw
120115:02/01/10 17:47
人間も古いもんでw
日本初の航空戦、対空戦にしては語られること少ないですよね。
121世界@名無史さん:02/01/10 23:14
              | またーりと塹壕戦モナ
              \__ _____
                   ∨
                ___
               /o__⊥  /
             ∠=√´∀`)/
             //  つ≠∩ヨ===┯
           ___   /
         /o__⊥ /
        ∠=√,,゚Д゚)/
         // つ≠∩ヨ===┯
            /
            ∧
         / ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         |  いやなまたーりだなゴルァ!!!
122世界@名無史さん:02/01/10 23:17
              | 機関銃も欲しいモナ
              \__ _____
                   ∨
                ___
               /o__⊥  /
             ∠=√´∀`)/
              /  つ≠∩ヨ===┯
           ___   /
         /o__⊥ /
        ∠=√,,゚Д゚)/
         / つ≠∩ヨ===┯
            /
            ∧
         / ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         |  自分で買え! ゴルァ!!!
      
123世界@名無史さん:02/01/16 14:50
塹壕戦はホント悲惨だったらしいです。
敵の毒ガス攻撃も、ネズミを殺すという点では歓迎されたとか。
124世界@名無史さん:02/01/16 19:49
ヨーロッパ史上、大きな会戦にはよくベルギーの
地名がかぶせられているけど、この国って大国が
戦争をやりやすいような条件がそろってるの?
125世界@名無史さん:02/01/17 02:53
フランスへの侵入路っす
126世界@名無史さん:02/01/20 21:17
ある本に包囲殲滅戦の完璧な例として、
・タンネンベルクの会戦
・カンネーの会戦
・湾岸戦争
の三つがあげられていましたが、これってホント?
127世界@名無史さん:02/01/20 21:36
>>124
独仏国境へ行くと判るのですが…
両国が越境し易い場所がルクセンブルクなんです。だから昔から北のジブラルタル
と言われここを押さえれば相手が降伏すると言われました。(普仏戦争の直接原因
はフランスのルクセンブルク併合計画)
ルクセンブルクから回廊を通るとバストーニュへ抜けます。更に進むとブリュッセ
ルとアントワープです。
EUが出来るとルクセンブルクは重要拠点になりました。EU銀行はルクセンブル
クに、EU議会もルクセンブルク、NATO中央軍司令部もルクセンブルクです。
これは独仏の妥協案としてルクセンブルクになったのだそうです。
128世界@名無史さん:02/01/21 12:07
>125,127
ありがとうございます。
ワーテルローとか、バストーニュとか、
大きな戦争では必ずベルギーの地名が出てくるので
不思議に思ってたんです。
そういえばベルギー南部には古城が多いですね。
やっぱり中世以来戦乱が多かったのかも。
129世界@名無史さん:02/01/21 14:33
湾岸は包囲殲滅とはまた違うんじゃないの?
130世界@名無史さん:02/01/21 15:42
>129
空爆によって所期の目的が達せられると地上部隊による
攻撃を開始しました。
クウェートの正面を突き、しかもクウェートの海岸に海兵隊を
敵前上陸させるように見せかけてイラク軍をひきつけ、
実は西側から長躯イラク軍の背後にまわり込んでクウェートを
包囲し、イラクから切り離すという包囲戦です。
クウェート防衛のイラク軍は完全に袋のネズミとなりたいした
抵抗も見せずに降伏しました。
131世界@名無史さん:02/01/21 17:48
塹壕戦ではネズミが死体をあさって横行し、
シラミが泥まみれの兵士を苦しめた。
関係ないけどWWUのスターリングラード攻防戦では
暖を取る燃料も無く、配給はパンくず50グラムという状態でも
シラミがびっしりわいたらしい。
恐るべしシラミの生命力!
132世界@名無史さん:02/01/27 22:26
第一次世界大戦は「戦争犯罪人の処罰」という考えかた、あるいは
中世の正戦思想の復活という点でも画期的だったような気がします。
連合国にはドイツ皇帝ウィルヘルム二世を戦争犯罪人として処罰しようと
いう動きがありましたし(亡命先のオランダが引渡しを拒否)。
それまでは「戦争は国家間の決闘」という考え方でした。
133世界@名無史さん:02/01/27 22:57
>>132
>「戦争犯罪人の処罰」という考えかた
私はこの考え方が世界をおかしくしたのだと思います。戦争は二国(若しくは数カ国)
の考え方の違い(国境はどこなのか?…経済のあり方…等)が全く妥協出来ない状態に
なった時、戦争が起こると考えてます。そういう意味では喧嘩両成敗で戦後処理は行わ
れねばならないと思うのです。ですが、「戦争犯罪人の処罰」はあくまでも敗戦側の人
間だけが追及されています。WW2を例に挙げれば、仏独両国の戦争犯罪処理は本来、
フランス人が裁かれるべきです。ですが、戦争を仕掛けた張本人は裁かれてません。WW1
でも暗殺を支持したセルビア王国は裁かれてません。
「戦争犯罪人の処罰」はあくまでも戦勝国の正当化理由付けに過ぎないのではないでしょうか?
134世界@名無史さん:02/01/28 00:12
>>132
敗戦国全体ではなく敗戦国の指導者の責任を問うということでは、
第一次大戦ではなくて第二次大戦が歴史の分かれ目でしょうね

第二次大戦が枢軸国と連合国のイデオロギー戦争であるという側面と、
終戦直前に戦勝国側が割れて、敗戦国を自分の陣営に組み入れなけれ
ばいけなかったからですが・・・

でも結果的にそのほうが良かったですよね
敗戦国を完全に滅ぼして国民を皆殺しにするなり奴隷にするなり
すれば別だけど、
重い賠償金と屈辱的な外交関係で報復を加えるだけだと20年も
たたずに恐るべき力を持って復活する。

#ヲタネタですみませんが、ガンダムの一年戦争後もそういうイメージ
135梵阿弥:02/01/28 14:53
>>127
そういえば第一次大戦当時のルクセンブルグ公国は永世中立でしたね。ドイツ軍の領内通貨を
認めたけど。その後はどうなったのでしょう。ベルギーと共に永世中立は止めたんですかね。
136世界@名無史さん:02/01/28 16:32
第二次世界大戦では、ドイツは中立国でも遠慮会釈無く
攻め込みましたから、ルクセンブルクもドイツ軍の
占領下に置かれたと思います。
永世中立をやめたのは、ベルギーとデンマークかな?
オーストリアは東西陣営の駆け引きの結果中立国になったけど。
137世界@名無史さん:02/01/28 18:10
>>134
とはいえ、国家が分割されたドイツは「敗戦国を完全に滅ぼして」に近い
状態だったかもしれない。
138世界@名無史さん:02/01/28 18:21
>134
たしかにそうですけど、ソ連のように、ヒューマニズムの発達が
未熟で、近代国家の水準に達していない交戦国の場合、占領地の
住民は悲惨ですね。
例:満州の日本人、東欧のドイツ人など
「マルキシズムが人類の唯一の真理であり、世界史の必然である」
と信じ込むようになって、相手に対する配慮なんてなくなってしまった。
もっとも、これは日本の皇国史観も同じですが。
139世界@名無史さん:02/01/28 19:46
>>135 >>136
ルクセンブルクは正確には1868年以降非武装・永世中立国でした。
これが最も良いと考えたいたのですが、WW1時には領内通過と駐屯
を認めました。この結果マリア・アデレード女大公は23歳で退位さ
せられ軟禁されました。1940年には再度ドイツから蹂躙を受け、
シャルロッテ女大公及び政府はロンドンに亡命、反ドイツ運動を呼び
かけて自由ルクセンブルク軍を自由ベルギー軍と共に派遣します。
9月のマーケットガーデン作戦終了後、第1軍が占領しますが、12
月のアルデンヌ攻勢で主戦場となり、5000人に上るルクセンブル
クレジスタンスが戦死します。戦没者/国民では三番目の被害です。
1月ブラッドレー将軍が司令部を設置してます。
戦後、シャルロッテ女大公とジャン公子(去年引退)が凱旋し、
1948年ベルギー、オランダ、英国の4カ国でブリュッセル条約を
締結して非武装中立政策を放棄、NATOの礎を作ります。その後、
NATOを組織し現在中央軍司令部が設置されてます。
陸軍500名、空軍10機所有(E−3Aのみ)
140世界@名無史さん:02/01/28 21:16
>>63 オーストリア陸軍はヘタッテましたが

オーストリア陸軍が弱かったのは、多民族の混成部隊で統率がとりにくかった
のも原因の一つではないでしょうか。
軍の要職はハプスブルク家の天下りで占められ、有能な職業軍人の数も
少なかったのです。
前線に向かうときには将校は客車に乗りましたが、兵士は馬と一緒に
貨車に詰め込まれ、両者の間には一体感どころか対立意識さえ生まれていました。
東部戦線においては、チェコ兵が同じスラヴ民族のロシアと戦うのを嫌がって、
戦線から離脱するものが大勢出ました。
141世界@名無史さん:02/01/28 21:27
>>140
にしても、東部戦線だけならまだしも、バルカンでもヘタっていましたし、
民族的な問題の少ないイタリア相手でもヘタっていますからね。

めぼしい活躍といえば内陸国なのに潜水艦による戦果だったりしますし。
142世界@名無史さん:02/01/28 22:59
>141
確かに、オーストリアは文化のレベルは高かったけど、
そのぶん軍隊は文弱の徒の集まりで、戦争が進むにつれて
ドイツ軍の支配下に入らざるを得なくなりましたね。
12の民族からなる兵士たちを一つに結びつけたのは、
質の高い軍楽隊と華麗な軍曹だけでした。
143世界@名無史さん:02/01/29 00:20
>>142
華麗な軍曹って誰?
144世界@名無史さん:02/01/29 00:49
>>143
軍装だと思うが
145世界@名無史さん:02/01/29 00:52
>143
ゴメンナサイ。
「華麗な軍装」のまちがい。
トホホ・・・
146世界@名無史さん:02/01/29 01:39
オーストリア軍の死傷率は90%もあった。動員された兵のうち10人中9人が無傷ではない。
これは第2次大戦で多くの犠牲者の出たソ連・中国・ドイツ・日本をはるかに上回るもので
はっきり言って異常だと思う。とんでもない死傷率。
ロシアとの戦いはそこまでひどいものだったのか。実際の戦闘記録見てみてもやられまくっている。
ロシア軍の蒸気ローラーに押しつぶされたのだろう。
唯一カポレットの戦いでイタリア軍を破ったことだけが救いか。
147世界@名無史さん:02/01/29 05:52
>>146
でも、カポレットはドイツ軍が主体だったような。
んで、カポレット以前はヘタレなオーストリア陸軍とヘタレなイタリア陸軍
とで不毛な消耗戦。こりゃ最弱国決定戦やな…。
148世界@名無史さん:02/01/29 06:18
昨日、テレビでオーストリアの紹介で「ヨーロッパの小国オーストリア」
といいやがった。
中欧の大国だろう(゚Д゚)ゴルァ
149世界@名無史さん:02/01/29 08:02
>>142
>12の民族からなる兵士たちを一つに結びつけたのは、
程度の差はあるが、フランツ・ヨーゼフへの忠誠心も入れてくれ。
150世界@名無史さん:02/01/29 10:54
>>141
vトラップ艦長マンセーだな…WW2でも潜水艦艦長オーストリア出身
多かったしな…
151 :02/01/29 11:03
二重帝国崩壊後、ドイツ軍に組み込まれたポーランド系部隊はヨーゼフへの忠誠
ならともかく、同じドイツ系のカイゼルには忠誠を誓うことは断固拒否したそうな。

ヨーゼフを裏切ってロシアの汎スラブ主義になびいて投降したチェコ兵士達も、
ロシア内戦に巻き込まれたり、シベリアを横断して満州へたどり着こうとして
虐殺されたりとさんざんな目にあったらしいが。
152世界@名無史さん:02/01/29 11:35
>>151
そしてシベリア出兵…今度は米軍が裏切って日本だけ馬鹿を見た

153世界@名無史さん:02/01/29 11:43
>148
中欧の大国(だった)国といえばハンガリーもそう。
トリアノン条約の後、旧領土の72%、人口の64%を
周辺諸国に譲る羽目に。
この失地回復のためにドイツに接近して火傷を負う。
154世界@名無史さん:02/01/30 21:28
第一次世界大戦でもう一つ画期的だったのは、大衆世論が初めて大きな
影響力を持ったこと。
開戦3年前に第二次モロッコ事件が起きて、ウィルヘルム2世が軍艦パンテル
を送り、一触即発の緊張が生まれたとき、
「万歳、すばらしい快挙だ」
「たとえこのような政策の結果、我々が今日予見できない情勢となっても
政府は前進すべきだ」
といった好戦的な見出しや記事がドイツ各紙の紙面を飾った。
ウィルヘルム2世は単に自分の虚栄心だけではなく、世論におもねって
ああいう政策をとったのかもしれない。
戦後、イギリスのロイド=ジョージは最初
「我々は復讐心や利己的な欲望に任せ、正義という基本原則を
ないがしろにしてはならない」
と言っていたのに、わずか一ヵ月後の総選挙では
「ドイツ人を最後の最後まで絞り尽くす」
といって英国大衆の喝采を浴びた。

155米よこせ!:02/01/30 21:57
>152

富山県魚津の漁村の主婦ですが何か?
156世界@名無史さん:02/02/01 11:34
チェコのマサリクやベネシュは、最初は連邦制を考えていたけど、
連合国がウィルソンの民族自決の原則を梃子にしてハプスブルク
帝国を解体する作戦に転じると、独立国家建設を構想し始めた。

>151
ロシアに投降したチェコ兵をマサリクが「チェコ軍団」に再編成し、
連合国側について戦ったけど、その一部がシベリアのチェリアビンスク
という小さな駅でたまたまハンガリー人と喧嘩を起こし、この一帯を
制圧した。
驚いたボルシェヴィキ政府は、チェコ軍団に武装解除を命じたが、反抗した
彼らはイルクーツクに至るシベリアの全鉄道を制圧し、反ボルシェヴィズム
勢力の中心になった。
チェコ軍団は連合国側から民主主義と自由の英雄とみなされ、チェコ人
救出のためというシベリア干渉の口実を与えることになった。
157世界@名無史さん:02/02/01 19:51
干渉戦争が始まったのは大戦中の事だったのを最近知った。
ドイツを放り出して連合国には余裕だったって事?
158世界@名無史さん:02/02/01 20:06
>157
この事件(チェコ軍団の事件)が起こったのは1918年5月ですから、戦争の
終わりごろです。
10月はじめにはドイツが休戦を申し出ます。
ドイツ軍を牽制し、共産主義政権とも戦うチェコ軍団は英米仏の人気を博し、
この三国は相次いでマサリクのチェコスロヴァキア国民会議を臨時政府として
承認します。
これがハプスブルク帝国崩壊の引き金となりました。
159世界@名無史さん:02/02/02 10:15
>154
シュテファン・ツヴァイク
「1914年におけるヨーロッパの民衆の大多数はほとんど半世紀にわたる
平和の後でおよそ戦争を知らず、戦争を英雄的でロマンティックのものと
して描いていた。荒々しい男らしい冒険ー単純な人々は戦争をこう考えて
いたのである」
160世界@名無史さん:02/02/06 22:10
フェルディナント大公の再現映画…あれ何の映像でしょうか?
161世界@名無史さん:02/02/06 22:26
>160
NHKが製作したのかな?
よくできてるね。プリンツイップの足型の話は初めて知った。
162くじら厨房:02/02/16 02:03
ヘミングウェイの「武器よさらば」読んだのですが、
分からなかったことがひとつ。

アメリカ人でイタリア軍に所属する主人公男と
イギリス人従軍看護婦が、正式に結婚できないって言ってるんです。
結婚しようとしただけで、女のほうが国に送還されるだろうとか
書いてあるし。

どういう背景で結婚できないんでしょうか?
ただ単に、軍規なのか、宗教の壁なのか、なんだか、
世界史全然なので分からないのです。。。
教えてください。
163   :02/02/16 02:29
エルンスト・ユンガーの『鋼鉄の嵐の中で』を読むべし。
164くじら厨房:02/02/16 02:51
>163
162あてでしょうか?
ドイツの話???
165世界@名無史さん:02/02/16 02:57
「八月の砲声」複刊あげ
166世界@名無史さん:02/02/16 17:07
フェルディナントが暗殺された後、帝国内は必ずしも一枚岩では
なかったらしいね。
ハンガリーは国内のセルビア人に気を使って、外交による事態の収拾を
主張していた。
オーストリアもセルビアに報復して、バルカンでの政治不安の要素を
取り除こうとしたけど、ロシアとことを構えたくはなかったし。
167世界@名無史さん :02/02/19 09:58
age
168世界@名無史さん:02/02/19 11:16
ドイツ皇帝ウィルヘルム2世はセルビアに最期通牒を与えながら、
ノルウェーにヨット航海に出かけていた。
皇帝は戦争への脅しをかけながら、開戦を予想していなかった。
しかし、度重なる強硬策はついに現実の戦争を引き起こす。
169世界@名無史さん:02/02/20 01:42
第一次世界大戦で、日本に抑留されていたドイツ人捕虜はすごく人道的な
扱いを受けたんだけど、坂東の捕虜収容所の所長は会津藩の出身だったん
だよね。
やっぱり「賊軍」として差別された地域の人間だから、ああいう心温まる
交流ができたんだろうか。
「戦争に騎士道というものが存在した最後の時代」って気がするね。
170世界@名無史さん:02/02/20 12:11
>169
日露戦争時の捕虜収容所があった松山市民としては黙ってられない発言ですな。
171世界@名無史さん:02/02/20 22:10
>>170
そう、松山も。
この時代の日本は国際法というものにものすごく気を使ってたね。
日露戦争における捕虜の優遇は世界に知られていて、今でも旧ソ連の
関係者が感謝の意を表しているほどらしい。
172世界@名無史さん:02/02/20 22:45
今、第一次世界大戦に関するHP見てたら「塹壕足」の写真が載っていた。
一種の感染症らしいけどひどくなると壊疽となり、切断するより方法が
ないらしい。
http://www3.kiwi-us.com/~ingle/trench/dysentry.html
173世界@名無史さん:02/02/21 00:45
>>171
WW2時代も国際法に気を使ってましたよ…但し日本はハーグ条約を基準に行動したが、
彼らは35年のジュネーヴ条約で対応してくれると思っていただけです。捕虜への食料
は優先されていたし(但し日本人の食欲を基準)、即座に後送していた(但し乗り物が
ないから徒歩で)。よくパイロットへの虐待があったとか、東京裁判での発言云々を持
ち出す方がおられますが、裁判は信憑性が低く、日本ではパイロットは戦時捕虜になれ
ないのです。(ジュネーヴ条約を調印してないので、迷子の保護義務はない)
174世界@名無史さん:02/02/21 18:24
>>169
この坂東俘虜収容所にいたドイツ人の中には、WWUでソ連に抑留されて
辛酸をなめたひともいたらしい。
二つの世界大戦で捕虜になり、天と地ほどの差がある二つの収容所生活を
体験したドイツ人なども、滅多にいるものではない。
175世界@名無史さん:02/02/21 20:15
>>「戦争犯罪人の処罰」という考えかた
>私はこの考え方が世界をおかしくしたのだと思います。戦争は二国(若しくは数カ国)
>の考え方の違い(国境はどこなのか?…経済のあり方…等)が全く妥協出来ない状態に
>なった時、戦争が起こると考えてます。そういう意味では喧嘩両成敗で戦後処理は行わ
>れねばならないと思うのです。ですが、「戦争犯罪人の処罰」はあくまでも敗戦側の人
>間だけが追及されています。WW2を例に挙げれば、仏独両国の戦争犯罪処理は本来、
>フランス人が裁かれるべきです。ですが、戦争を仕掛けた張本人は裁かれてません。WW1
>でも暗殺を支持したセルビア王国は裁かれてません。
>「戦争犯罪人の処罰」はあくまでも戦勝国の正当化理由付けに過ぎないのではないでしょうか?

戦争犯罪というか。国が敗れればそこの指導者は殺されるのは近代になってからのことじゃなくて
人間の歴史が始まってからずっとそうだったわけです。
近世から現代にかけて格好がいいから戦争犯罪なんていう言葉を使っているだけ。





176世界@名無史さん:02/02/21 20:28
>>175
戦争に負けると国が負けるは大きく違います。
戦争に負けたというのは軍事行動を停止して和平に応じる事です。
国が負けるというのは首都が占領された事です。
前者の場合、講和条約で賠償処理が話し合われます。
後者の場合は併合されます。運が良くて傀儡政権です。
戦争のほとんどは前者で処理されてます。
後者の代表格はインド・ムガール帝国です。

177世界@名無史さん:02/02/21 21:14
>>176たしかに日本は、アメリカの傀儡政権ですね。
ドイツはEUと米の傀儡ですね。いいのだか悪いのだか分からない。
今から何百年後にどこかの国で歴史が書かれるとしたら。
ローマ帝国時のグレートブリテンよろしく。
日本は米帝の一部と記録されることでしょう。
178世界@名無史さん:02/02/21 21:38
>>177
その時点で日本が世界を支配していると、現在の日本はアメリカの
世界支配に挑んだ国と記録されている事でしょう(w。
179世界@名無史さん:02/02/21 21:41
ローマの第二次ポエニ戦役においてカルタゴに適用した
「敵の完全なる破壊および打倒」みたいだね。
180世界@名無史さん :02/02/22 10:47
age
181世界@名無史さん:02/02/22 10:55
>>179
外務省のサイトに面白いコラムがあるよ…第二次ポエニ戦争後のカルタゴ
というコーナー。ローマに国防を委ねて経済活動に終始し、経済大国にの
し上がったが、それが結果的にローマの逆鱗に触れてついには滅ぼされた。
こんな歴史は辿りたくないものだ…だったかな?
182世界@名無史さん:02/02/22 12:38
辿りたくないものだ。
せめて賢い外交やってくれ>外務省
183世界@名無史さん:02/02/22 13:01
外務省は外交なんてしてね〜。
ある意味、日本の外交は通産省 (現・経済産業省) が担ってきたとすらいえる。
184梵阿弥:02/02/22 15:46
害務省のやってきた事と言うのは徳川 宗春の浪費による経済刺激みたいなものでしょうか。
元手がある内は上手く行きそうなのですが。
185世界@名無史さん:02/02/22 16:33
>>181
石原慎太郎父子はハンニバル父子になるかな(藁
186世界@名無史さん:02/03/06 02:16
もしオスマン帝国が第一次世界大戦に参加しないか、あるいは連合国側について
いれば、もうすこし長持ちしただろうか?
187世界@名無史さん:02/03/06 02:22
>>186
勝敗にはほとんど影響無いと思う。
問題はその後なんだけどね。
188世界@名無史さん:02/03/06 02:45
統一進歩団(エンヴェルらの急進派)が実験を握っていたのが
オスマン帝国にとっての不幸。
189世界@名無史さん:02/03/06 04:28
どのみちアラブの反乱は起こってただろうね。
190世界@名無史さん:02/03/06 13:39
第一次世界大戦で、イランは中立を宣言したけど、オスマン帝国とロシアは
イラン北部を侵犯。
無力なカージャール朝の軍隊にはなすすべがなかった。
191世界@名無史さん:02/03/06 19:20
>189
イギリスの戦時外交は、
1915年:フセイン=マクマホン協定(アラブ独立国家建設を約束)
1916年:サイクス・ピコ協定(オスマン帝国の3分割案)
1917年:バルフォア宣言(ユダヤ人国家の建設)
インドに対しては物資と兵員の協力と引き換えに自治を約束

こうしてみると、いかにもえげつないなあ。
192世界@名無史さん:02/04/03 11:39
>>191
そうか?
日本と同盟を結んでおきながら、それはムッソリーニがした事と言って
破棄して逆に宣戦布告し、未だ講和する意思がないイタリアの方が酷い
と思うが?
日本とイタリアは戦争状態ですからね…念のため…交戦状態ではないが
193世界@名無史さん:02/04/03 12:33
結論。
イギリスもイタリアも悪者。

ついでに中立条約を破棄して宣戦布告し、未だに北方領土を返還しないソ連=ロシアも悪者。

なんて事書くとまたチェーンになりそうだな。
194世界@名無史さん:02/04/03 12:38
つーか外交のパワーゲームの世界に善悪を持ち込むヤツはバカモノ。
195世界@名無史さん:02/04/03 15:22
ロシア軍の小銃の十分の一は日本製。
イギリスやフランス相手に儲けただけじゃないのよ。成金親父。
196世界@名無史さん:02/04/03 15:44
>>194
んだな。
「悪者!」とか言われても「だから?」と言い返されるのがオチ
197 :02/04/28 22:46

今夜の実況は こちらで

NHKアーカイブス SP ◆ 吉永小百合
http://live.2ch.net/test/read.cgi/endless/1019938314/
198世界@名無史さん
age