なぜ中国の科学技術は欧州にぬかれたの?

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1世界@名無史さん
マルコポーロは元を、欧州より進んだ社会に感じていました。
それなのに数世紀のちにはなぜ抜かれてしまったのでしょうか。
2名無しさん:2001/01/08(月) 19:26
それは科学に対するスタンスが違うからでしょ。
欧州は物理的に有機的に物事を捉えようとするけど、中国って
どこかあっちの世界から物事捉えようとか、抽象的に捉えすぎて
形骸化しちゃってることって多いじゃん。
ちょっと私ドキュンだから、頭のいい人がもっと詳しく書きコしてくれ
るでしょう。
3ど〜でもいいけど:2001/01/08(月) 19:46
まず、科学技術ってひとまとめにしているけど、これを一緒にする
のは現代的というか日本的な考え方で、科学と技術は一応分けて考
えたほうがいい。
科学についていえば、西欧の場合も支那の場合も、古き黄金時代の
呪縛から、どのように脱却するかが問題だった。
西欧なら、アリストテレスの自然哲学の体系、支那なら陰陽五行な
どの思想体系だね。
技術の方は、産業革命のような生産様式の変革との連携が問題とな
る。その時代での高度な技術が存在しても、皇帝の玩具を作るだけ
に終わってしまっては、継承も発展も見込めないということ。
では、なぜ違ったのかってことだけど、これが結構難しいんだ。
思想界のビッグマン達でさえ、アジア的停滞だとか、労働規範の精
神性について、特に根拠も示さずもっともらしくのたまうだけで、
はてな?って感じだし。
支那が、それ自身で完結した世界として、思想的、政治的、経済的
に完成されすぎていたって見方もできるけどね。

4:2001/01/08(月) 22:23
 研究環境の違いでしょ。大学が中世のころから
あった西欧と、研究環境をつくろうとせず、その研究
環境のお膳立てにすら興味を示さない中国諸王朝
に技術開発科学研究が進展するはずないじゃない?
 中国の科学など所詮実学、しかも社会政治上の
科学にしかならないんじゃない?
 あとは技術を商品化しえてそれを国家が保護する
体制を中国諸王朝はとりえなかったこと、これも、
技術停滞の一因といえます。
5:2001/01/08(月) 22:29
 >>4 でいう大学は儒教の経書ではなく、学究
施設のことを指します。
6世界@名無史さん:2001/01/09(火) 09:05
7世界@名無史さん:2001/01/09(火) 09:08
すまそ>6は失敗だ。
中国の科学技術は欧州にぬかれたかは
既出ではありませんが「鉄・銃・病原菌ってどうよ」スレッドの14以降でで有用な議論が為されていますので、そちらでどうぞ。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=975374244
8痛いよー:2001/01/09(火) 12:59
科学技術とは直結しないが、
「大国の興亡」の作者が、鄭和の大遠征以後の中国は視線が内部にのみ
向かっていたので成長が中断してしまった旨 指摘してるよ
9日本@名無史さん:2001/01/09(火) 14:49
鄭和の大遠征って、実状はアラビア系イスラム教徒である鄭和が、
アラビア人の行動範囲を動き回ったもので、中国の偉業として評価するのは、
間違いだと思う。
10世界@名無史さん:2001/01/10(水) 16:04
儒教の教えは守旧の教え。当然科学技術の進歩に目を向けない。
だいいち科学技術を進歩させる必要性は「満たされた」中国にはない。


11世界@名無史さん:2001/01/10(水) 17:25
物事の見方、考え方が違うだけで、そんなに大差はないです。
西洋医学と東洋医学どちらも優れていますし、細かな細工は
西洋人には出来ない。西洋が優れているように見えるのは、
自分がアメリカナイズされているからです。私はヨーロッパ
メーカー製品の販売やってるけど、ほとんどが中国製ですよ。
12世界@名無史さん:2001/01/10(水) 17:42
進歩主義はいや
物の見方に大差無いとかそういうのはどうだろう
差という概念はなんか直線的思考っぽくてどうかなって思いまちゅ
13世界@名無史さん:2001/01/10(水) 19:02
だから、すでに議論されてるって。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=975374244
14世界@名無史さん:2001/01/10(水) 20:17
地理条件・初期完全統一
15世界@名無史さん:2001/01/11(木) 12:17
ヨーロッパは日本の戦国時代がずーっと続いていたようなもん。
国家間の競争原理が働いていたわけ。
16世界@名無史さん:2001/01/11(木) 19:40
日本の戦国時代があのまま続いていれば、すごいことになったかもな。
当然、大砲も蒸気船も開発初期の段階で欧州から仕入れていただろうし、
ハワイなんか薩摩か伊達あたりの植民地だったかも。
17日本@名無史さん:2001/01/11(木) 19:45
>>16
信長が生きていれば(遠い目
18世界@名無史さん:2001/01/11(木) 22:09
>>16
キリスト教が、日本を席巻してキリスト教国には、成らないまでも仏教徒との間でどろどろした殺し合いが起こります
19>9:2001/01/12(金) 19:18
>鄭和の大遠征って、実状はアラビア系イスラム教徒である鄭和が、

おまえバカ?鄭和がアラビア人って聞いたこともない
20世界@名無史さん:2001/01/30(火) 14:44
鄭和は、1371年(洪武4年)に生まれ、1433年〜1435年(本によって記述が異なるが、何故か宣徳10年である事は確からしい。)のいずれかに没している。明初期に活躍した。姓は馬。馬哈只(マハッジ)の次男。先祖が元代に西域から昆陽(雲南省晋寧県)に移住した、代々イスラム教徒の家系。
21世界@名無史さん:2001/01/30(火) 16:30
馬(マ)姓はマホメットの「マ」で、
漢化したムスリム(いわゆる回族)に多い姓だね。

そうすると鄭和も現代の分類だと(無意味だが)回族になるんだろうか。
22しんどばっど:2001/01/30(火) 17:21
イスラムの大航海時代というのが、
歴史教育の空白になってるのが困るね。
23世界@名無史さん:2001/01/30(火) 17:37
進歩主義を非難しても科学には発展があることは否定のしようがない。
ギリシャ以来抽象的論理に優れた西洋と、具体的な思考を好む中国。
どっちがいいとは言えないだろうけど、科学の発展には差が出来ると思う。
それよりもイスラムが西洋に抜かれたことの方が俺は不思議。
24世界@名無史さん:2001/01/30(火) 18:13
簡単だよ。中国もアラビアも人間としての完成を第一にするから。
科学者もアルフワリズミ、ウマルハイヤーム、イブンシーナーなど
総合的な科学哲学者でなければ受け入れられなかった。
少なくとも尊敬されたり王侯貴族の支援を受けられはしなかった。
日本は中間くらい。将棋や和算狂いが社会的に認知されていたが
その一方で出る杭を叩く悪平等の社会でもある。
そしてヨーロッパがその逆ってのはわかるだろ。
25世界@名無史さん:2001/01/30(火) 18:16
現代の数学などは毎日数時間の研究を10年続けてようやく
第一線の成果が出せるという。科学はそれだけ奥深いものだから
没頭できる専門家を育て(他の側面は廃人であっても)尊敬する
文化が必要だったということ。そしてそれは自然には成らず、
実現できたのはルネサンス以降のヨーロッパのみであったと。
26世界@名無史さん:2001/01/30(火) 18:29
古代メソポタミアで文明が発祥して以来、文明の中心地は時代によって常に変動している。現在我々がたまたま欧米が文明の中心地になってる時代に生きてるだけ。ヨーロッパが文明の中心地になったのは18世紀以降なので欧米時代になってからまだ300年しか経っていない。歴史的に見れば支那が文明の中心地であった時代の方がはるかに長いし、そのような時代は過去に何度もあった。
27世界@名無史さん:2001/01/30(火) 18:35
26みたいなこと言ってても仕方ないぞ。
人間の努力で歴史の流れは変えられるもの。
だから歴史には原因があるのだよ。
28世界@名無史さん:2001/01/30(火) 22:17
産業革命がそれまでの歴史の文明の中心の交代とは桁が違うことくらいわかれよ。
もちろんこれから欧米が影響力を失うことは十分にあり得るが、
それにしたって欧米の文明を受け入れて他の地域が逆転するってことだ。
欧米の文化がそれこそグローバルスタンダードになってるんだ。
こんな時代は今だかつてないよ。
29世界@名無史さん:2001/01/31(水) 01:05
>>28
>欧米の文化がそれこそグローバルスタンダードになってるんだ。
その通り。
だが、これは欧米の文化的伝統が東洋より優れていたからというより、
列強諸国の絶えざる競争の結果、科学技術を軽視または抑圧するような
国または体制は生き残れなかったと見るべきだろう。
このへんについては「鉄・銃・病原菌ってどうよ」スレッド参照
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=975374244

ましてや欧米人が人種的に優れていると考えるのは言語同断。
しかし、多くの欧米人は自分たちが優れてた人種であると
無意識的に思いこんでいるだろう。
30世界@名無史さん:2001/01/31(水) 05:56
>27みたいな奴の事。歴史って何かわかってない。
31世界@名無史さん:2001/01/31(水) 07:32

なんで?
32世界@名無史さん:2001/01/31(水) 17:16
>>29
ズレてるぞあんた。
誰もそんな話してない。
3329:2001/01/31(水) 19:45
そうだね。スマソ。ずれてる。
俺の言いたいのは、中国がヨーロッパのように
いくつかの帝国に分裂して、お互いに競い合っていたら、
中国の科学技術は欧州にぬかれなかったんじゃないかということ。
34徳川家光:2001/01/31(水) 20:17
満州人が明に攻めてきたとき、明から日本と朝鮮に支援要請があった。
日本がこれに応じて明に出兵し、
中国が華北の清と華南の明に分裂して戦争を続け、
中国海岸部の領土を割譲された日本もそれに巻き込まれる。
そういう東アジア大三国時代が続いていたら、
各国が軍備競争して技術と経済が大発展しただろうな。
鉄板で装甲した船で海戦するのが前提になるだろうから、
東アジアで製鉄業が発展し、蒸気機関も開発されそうだ。
35世界@名無史さん:2001/01/31(水) 22:23
>>34
そうだな。日本と中国大陸との間がドーバー海峡並に近かったら、
そういう事態も起こり得ただろう。
しかし、そうなると日本独自の文化が育ちにくかったのでは?
ノルマンコンクエストならぬ上海コンクエストで中国人がドドッと
攻めてそう。
36:2001/02/01(木) 01:20
 17世紀
 ガリレイの研究環境:ピサ貴族 ピサ大学・パトバ大学
 ケプラーの研究環境:独学研究が阻害されない環境
               だったが三十年戦争にあう
 血ハーヴェー、圧ボイル、力ニュートン:エリザベス1世治下
                          ジェームス1世治下
                         チャールズ1世治下の
                         イギリス
                         →重商主義採用
                     →独占権賦与による工業育成
  光波ホイヘンスの研究環境ー海上貿易王国としての
                     自由オランダ

  徐光啓『農政全書』『崇禎暦書』ー明朝中国
37世界@名無史さん:2001/02/03(土) 14:14
中国で科学技術の発展が停滞したのは、権力者たちがそれによって自分達の地位が脅かされると考えて押しつぶしたためらしい。
38世界@名無史さん:2001/02/03(土) 22:16
>>37
それは西洋科学の導入のときの話じゃないの?
39世界@名無史さん:2001/02/03(土) 23:23
火器類の武器が中国で発展しなかったのは意外だよな。
40世界@名無史さん:2001/02/04(日) 01:20
科挙で知識人が昔のことばっかり勉強してたからってのはあってる?
41世界@名無史さん:2001/02/04(日) 03:30
>>40
合ってそうだね。それに結局あれじゃないの?
西洋はギリシャの時代から物理とか数学が盛んだったじゃん。
近代化ってことではそれが有利に働いたんじゃないの?
中国でも墨家とかでは物理とか数学とか盛んだったらしいけど、
ユークリッドもアルキメデスも出てないもんな。
42世界@名無史さん:2001/02/04(日) 03:39
ギリシャの科学はイスラム経由でヨーロッパに渡ったのでは?
43世界@名無史さん:2001/02/04(日) 03:42
じゃ、アメリカが発展してるのは、歴史が短くて過去の事を勉強
する事がすくなくていいからってのは合ってる?
44世界@名無史さん:2001/02/04(日) 12:40
概念化するとそうなるね
合理性を追及する理想国家だから科学技術が発展するのは当たり前
だけど合理性を究極まで追及した先に待ち受けるものは・・・・・!?
45世界@名無史さん:2001/02/07(水) 05:24
>>42
そうだよ。だから何なの?
中国と関係ないじゃん。
46世界@名無史さん:2001/02/07(水) 05:42
>>43 >>44
その他に移民の国なので世界中から色々な人材が集まるっていう有利さもあるでしょう。
文化的に多様であれば何をやるにしても発想のタネが豊富だということになるし、多種の民族がそれぞれ得意な分野で活躍すれば苦手なことがほとんど無いオールマイティーな国になる。
トップレベルの頭脳が亡命などでアメリカに来ることも多い。

広大だから自然環境の点でも色んな環境の土地が揃ってるし。
47世界@名無史さん:2001/02/07(水) 07:01
やはり「東洋になぜ資本主義が発達しなかったか?」
と根本はおなじなのでは?
48それを言うなら:2001/02/07(水) 11:35
ラテンアメリカだって環境条件は似たようなもんなのに、
どうしてラテンアメリカは停滞したのか、
も説明できないと、単なるこじつけだと思うよ。
49世界@名無史さん:2001/02/07(水) 12:19
 ラテン・アメリカはカトリックの牙城。カトリックに自由な
発想は期待薄。たとえ独立したにせよ、現地スペイン系
の権力が優位だった。だから発想のタネが豊富だという
こともない。
 ラテン・アメリカと中国ではラテン・アメリカの方が活力
があるのは、カトリックと中国思想の違いによるものでし
ょう。科学技術もラテンアメリカが優位な気がする。
50名無しさん:2001/02/07(水) 21:45
理学,工学系では数学が大切だ。それを漢数字でやっていては埒があかない。
これも一つか。
それから権力が科学を支持しなかったのではないか。
勝手にやっていると,疑惑の目で見て怪しいと讒言され処刑されるというわけだ。
皇帝が科学好きでないと,難しかったのではないか。
政治権力が強すぎたから。
51世界@名無史さん:2001/02/07(水) 21:56
インディアン…、おっとっと、先住アメリカ人の名とかという部族が高所での作業が得意なので、アメリカのとび職人はほとんどその部族の者だそうです。他にもこのような例は少なくないはず。このように、多種の民族が混在して各自が得意な分野で活躍すれば有利だと思うんだけどな。

しかし、多種の民族の混在は民族紛争のタネにもなるわけだから、民族紛争を押さえることに失敗するとむしろ不利な条件になってしまう。
52ど〜でもいいけど:2001/02/07(水) 22:25
>>50
ギリシャもローマも計算しにくさでは、漢数字とどっこいの数字を
使っていたように思うが。
算用数字は、インド起源のアラビア経由で普及したとされているが
インドでは数学の天才は出現してもあまり科学が発達したとも思え
ないな。
53yumiko:2001/02/07(水) 23:41
欧州では思想弾圧されても国を移ればいい
中国じゃ全滅しちゃう
54yumiko:2001/02/07(水) 23:43
だから中国でも王朝が弱く国がばらけてた時代は発展著しい
栄や春秋戦国時代ね
55世界@名無史さん:2001/02/08(木) 05:12
中国でも日本でも数学の天才はいたでしょう?
でも理論数学が発展しなかった。
56世界@名無史さん:2001/02/08(木) 09:57
宋代の技術の進歩はめざましいもので産業革命まであと一歩のところまで行ってたそうな。

結局、支那文明が技術トップだった時代にはまだ産業革命のレベルにとどかず、ヨーロッパがトップに立った時代に、ちょうどそのレベルに到達したといういだけのことだと思う。
57世界@名無史さん:2001/02/08(木) 11:36
いくら金融資本や農業資本が発達してもだめってこと。
工業資本の育成を怠ると、産革には届かないよ。
58世界@名無史さん:2001/02/08(木) 19:43
しかし産業革命が起ったところでその後が続いたのか?
ヨーロッパでは産業革命よりも前に既に微分積分は発見されてたぞ?
それに市民社会もな。
西洋文明を贔屓しすぎだと言って中国を持ち上げる人って多いけど、
西洋に対する対抗心の強さ故に過大評価してる部分も多いと思う。
59世界@名無史さん:2001/02/09(金) 12:01
>>58
それはわかってるんだって。
何でそうなったかってのが、このスレッドのテーマなの。
60世界@名無史さん:2001/02/09(金) 12:24
市民社会はギリシャ時代からあったでしょ。
ヨーロッパ社会じゃなくて地中海世界。
61日本@名無史さん:2001/02/09(金) 16:39
一部のエリートが有能なだけではダメで、庶民層の文化・教養水準が
高くないと、産業が広範囲に発展しないと思う。
早期に市民革命が起こった西欧諸国と、江戸時代に町人文化が栄えた日本が
その条件に適っていたと思われる。

トロイの発掘で有名なシュリーマンが、世界一周の旅に出た時に、
日本にも立ち寄っているが、世界に類例のない女性一般の教養の高さ、
蒸気機関を使わない中での最高水準の技術、清潔好きなどを指摘している。
講談社学術文庫にあるから、興味の向きは読まれたい。
62日本@名無史さん:2001/02/09(金) 18:47
H.シュリーマン (著), 石井 和子 (訳)
「シュリーマン旅行記清国・日本」講談社学術文庫 1325 ¥720(税別)
63世界@名無史さん:2001/02/09(金) 18:55
>>60
近代市民社会と古代市民社会とではまったく異質なものだし、「ギリシア時代からあった」という言い方はあまりにも粗雑過ぎる。古代ギリシアと近代ヨーロッパとは連続してない。

>>61
日本はともかく、英国の庶民の教養水準が高かったとはとても思えないのだが。
64続き:2001/02/09(金) 19:05
日本の民度が高かったことの指摘ばかりで、英国の民度が高かったことは指摘してない。常識的に考えて、当時の日本の民度が(他国と比較して)高かったことなどいまさら指摘する必要があるとも思えないのだが。それよりも、いかにも民度が低そうなイメージのある当時の英国についての指摘はないのか?
65世界@名無史さん:2001/02/09(金) 21:49
>>64
イギリスは他国との競争があったからね。
当時の日本みたいに火縄銃や大砲の開発や生産を止めたら、
たちまちフランスやスペインに攻め滅ばされていただろう。
だから、がむしゃらに富国強兵を目指して、庶民はそれの犠牲になった。
逆に日本は平和で庶民からの収奪の少ない国になった。
その犠牲として、軍事力の発展は阻害された。

66世界@名無史さん:2001/02/09(金) 21:55
>>64-65

中国もまわりに競争相手がいないからな。
統一されて、皇帝が科学や技術の発展を嫌えばそれまで。
国の発展は止まり、安定した平和が訪れる。
科学や技術の発展をわざと止めるのは、一見愚かな決定に見えるが、
もしかしたら賢明な政策だったのかもな。
科学技術の発展は安定状態を破壊し、
社会に大きな変化とひずみをもたらす場合もある。
そういうことを本能的に知っていたのかも。
英国の産業革命時の庶民の辛酸を見れば、
必ずしも国の発展=国民の幸福ではないことがわかるだろう。
67林士文(リン・シーウェン)@天地会:2001/02/09(金) 22:00
女真の侵攻と金建国の段階ではまだマシだったが、
蒙古の侵攻と元建国(⇒宋滅亡)で中華文明は大打撃を
受けたのだ。それはイスラム文明にも言える。
68世界@名無史さん:2001/02/09(金) 22:16
宋代の支那は文明レベルでは世界最高水準だった。
蒙古に征服されて衰えはじめたが、それでも元代の文明レベルは非常に高いものだった。しかし、元ではイスラム系の技術者を重用してたところから判断するとその頃にはすでに支那の文明はイスラム文明よりも劣っていたかもしれない。
明代に入っても初期の頃にはまだかなりのレベルが維持されていた。
支那文明の衰退が本格化したのは明中期から。明初には永楽時代の積極政策があったが、その後、明朝は消極的、復古的な安定重視政策に移ることになる。開明的だった宋と比べると、抑圧的政策の明の時代に文明が衰退して行ったのは当然だろう。
69ランケ@ゲルマニア:2001/02/09(金) 22:24
宋滅亡後の支那並びに東洋には文明は存在しない。
70世界@名無史さん:2001/02/10(土) 17:28
>>66
徳川幕府もある程度同じようなことをしてるよね。
政権を維持しようとしたら自由な学問や発明は許されないものなんだろうな。
71世界@名無史さん:2001/02/14(水) 01:49
平和な世界というものは智識の大衆化をもたらすと思います
そのような意味で江戸時代は日本の近代化の元になったのではないでしょうか?
ってのはもう外出ですかね
72世界@名無史さん:2001/02/14(水) 03:02
>>71
日本で大衆文化が花開いたのは戦国の気風が廃れた元禄時代。
支那で大衆文化が花開いたのは対外的には非力だった宋。
武力を誇示する社会では大衆文化は窒息。
73世界@名無史さん:2001/02/15(木) 01:49
>>68
なんで世界最高水準の文明をもつ宋が蒙古に征服されちゃったわけ?
軍事には力いれてなかったって事?
宋を買い被りすぎじゃないの?
74世界@名無史さん:2001/02/15(木) 04:28
>>73
宋は武力の点では非力でしたよ。
軍人のクーデターや軍閥が力を振るうことを恐れて軍人の地位も低くなってましたし、軍の上層部は文官だったりと、軍の力を弱めるためにありとあらゆる工夫をしてました。
軍閥の跋扈によって乱世となった唐末五代のようなことにならないようにしたのです。

世界最高レベルの技術力と経済力を持っていながら武力はさっぱりという国なら身近なところにその実例があるでしょ。
73氏も現代の日本人であればこういう事情は理解しやすいはずですが。
75世界@名無史さん:2001/02/17(土) 19:41
>74
韓国?北朝鮮?中国?
わからねぇ
76世界@名無史さん:2001/02/18(日) 00:46
>>75
それはイルボンのことニダ。
77世界@名無史さん:2001/02/18(日) 01:49
中国では宋代が一つの峠だったんでしょうね
それからの中国は坂道を下るばかり。
現代の日本も一つの峠を越えたのかもしれない。
78世界@名無史さん:2001/02/19(月) 21:52
宋の技術力、経済力は凄まじいものだった。
モンゴルに征服されてなきゃ本当に産業革命が起きてたかもね。
人口も半端じゃなかったみたいだし。
当時は他の地域の文化を圧倒的に凌いでいたのにもったいない・・・
その後の中国は衰退期だね。

そんな彼等もモンゴル支配下では最下層の身分・・・・
モンゴルは漢人をもっと敬うべきだったんじゃないかな。
79日本@名無史さん:2001/02/19(月) 22:46
いや、このスレッドを否定するようで申し訳ないが、
技術力ってなんだ?
抜かれたなんて、どうやって判定するんだ?
80世界@名無史さん:2001/02/20(火) 02:18
日本も江戸時代には和算が発展して、分野によっては欧州を抜いていた。
そして微分も積分も発見されていたけれども、それらが逆の操作である
ということを見つけられなかったために、体系的に発展しなかった、
と大学の教授が言ってた。
81世界@名無史さん:2001/02/20(火) 03:12
>>78それは少し大袈裟かもしれない・・・
82世界@名無史さん:2001/02/20(火) 05:14
>>78
大袈裟だよ、宋がいくら経済発展してたっていっても
遼の軍事力に屈服する形で平和を買い取り
遼の貿易ルートを活用できたからだろう
この頃の東アジアは宋だけみてても何もわからない
政治の中心は覇権国である遼にあった
83名無しのオプ:2001/02/20(火) 23:08
もっと大きな視点でとらえてみて、、、、
文字のフォーマットの違いってことは?
中国を中心とした文化圏は漢字を代表とする表意文字、
欧州は表音文字であったがために、15世紀以降欧州は
活字文化の発達が顕著だったのに対して、中国では木版
印刷中心の印刷形態から脱することができなかった。
何故なら漢字はアルファベットと比べて数千数万の選択肢
があるため、活版印刷にはどちらかといえば不向きであり、
そのために西欧と比べて社会に普及する書物の情報量が
次第に逆転した。漢の時代に紙が発明され、唐の時代には
木版印刷で大量の書物が印刷された中国はそれまで書物の
多さという意味では世界一だったと思う。実際、活版印刷
も明か宋の時代(ちょっと記憶が定かではなけど、確か
「キッショウ」とか言う人が作ったとか、うるおぼえで、、)
に発明されていた。一方、ギリシャ・ローマ時代以降の
西洋はルネサンスがおこるまで、悶々としたもので、
書物という点では、修道士がつくる写本がせいぜいであった
とか、、でも15世紀に活版印刷の発明がおこると、100
種類に足らない文字のフォーマットをもった西洋の書物の
総量は一気に東洋のそれを抜かし、ルネサスンス・大航海
時代を経て、一般民衆に浸透し、マスメディアを作り、文学
を発達させ、知の総量を一気に高めていったのではないかな?
勿論科学技術という点で考えても、それが発達する要因は、
社会が、いかにその知識を保有し、分配するかという所に
あるはずで、その点で、書物の多いさ多様さは重要な要因の
はず。まあ、全部が全部、この理由ではないにせよ、その
一因はあったんじゃないだろうかね
84世界@名無史さん:2001/02/20(火) 23:58
>>83
その通りでしょう。
18世紀の初め頃までは世界に存在する書物の90%は漢字で書かれていたと聞きます。
その頃までは支那は世界でもっとも高い文明度を誇ってました。
書物量の逆転後、阿片戦争が起こり、そのときには支那文明はすでに西欧の英国一国にも勝てなくなってました。
書物量が逆転したのがいつなのか正確に知ることは無理でしょうけど、たぶん支那と西欧との力が逆転した時とほとんど同時だったのではないかと思います。
8583:2001/02/21(水) 00:43
もっと言ってしまえば、産業革命後にこの文字のフォーマット
の違いは決定的なものになると思う。通信技術の発達がそれで、
表音文字を使っている文明では通信の発達が盛んになる素地が
あって、さらにタイプライターなどの書記活動を楽にする
ツール、また遠隔地へメッセージをとどける電信などが次々と
発明されるのに対して、表意文字の文明ではそれに対抗する技
術の発達が阻害された事が挙げられるのではないかな、
ことコミュニケーションメディアの技術の発展という点で
表意文字は距離の克服、スピード、多様性という点で大きな
ハンディキャップがあったことは確実に言える。
その点、日本は仮名があったからある程度は対応できたんだろう
けど、、、
近年のインターネットを初めとする技術でようやくこのハンディ
がなくなったのかもしれないけど、、、
86日本@名無史さん:2001/02/21(水) 01:46
庶民の識字率が日本では、表意文字を学ぶ労力が大きかったので、
それにより庶民の頭の巡りを良くして、発展したことも考えられる。
その見方では、日本の発展は説明できないので、無理があるぞ。
87世界@名無史さん:2001/02/21(水) 02:09
漢字に不便な面があることは否定しないが逆に便利な点もあることをお忘れなく。
GUIのアイコンを指して「西洋人は4000年遅れてやっと漢字を発明した」と言った支那人が居るそうだ。
漢字の視認性のよさは大きな長所だし、日本が出版大国なのも漢字のおかげである面もある。
台湾は人口2000万の小国なので出版大国とは言えないけど、人口比で比較すれば充分に出版大国だ。
中国については出版大国ではないけどそれは貧しいからであって漢字のせいではない。

もちろんアルファベット文字の利点も少なくないことは認めるけどね。
漢字の利点も認めてくれ。
88名無的発言者:2001/02/21(水) 02:14
表意文字と表音文字の混在する日本式の表記法は、人間が本を読むにあたって
表音文字だけの英文に比較すると多くの情報を短時間に得ることが出来るという研究結果を見たことがある。
89世界@名無史さん:2001/02/21(水) 04:17
漢字文化圏では街に文字があふれてる。
香港など特にそうだ。
ヨーロッパの街と比べればその差は一目瞭然。
縦にも横にも書けるので看板に字を書きやすいのだろう。
横にしか書けない文字では看板に書きにくいことも多い。
9083:2001/02/21(水) 18:30
もちろん文化的、芸術的漢字の便・不便ということを
論じているつもりはない。
活版印刷・電信・タイプライターなどを初めとする。
メディア技術との親和性についていっている訳であって、
数千数万という種類がある文字が、これらの技術に
不向きであったこと、逆に表音文字である欧文がこれら
の技術との親和性があったことが、ひいてはルネサンス
以降の西洋の知の蓄積作業に大きな影響を及ぼしたのでは
ないか、ということをいっている。
実際メディア技術はそれまで中国の方が優れていて、
識字率や印刷物の数では東洋のほうがはるかに高度であっ
たのに、何故、西洋のそれが2〜3世紀ほどで追い越した
のか、このことと文字のフォーマット、表音文字と表意
文字の違いには大きな関連性があるのではないか、といっ
たまでのこと。
書物の印刷において、ことその量という意味では木版印刷
も活版印刷も、その機能においてそれほど変わらないけど
多様性という意味で大きな違いがある。
前にも述べたが中国で活版印刷が発明されていてもあまり
使われることがなかったのは数千数万種類の文字からわざ
わざそれぞれを選びだす方式が、1ページそのまま掘り起
こす作業より楽だとは思われなかったことと考えてはよい
のではないか、まあ楽だとしても欧文におけるそれとは断
然の違いがあるはずで、蔵書の多様性という点での格差が
広がっていったとは思う。
漢字はその文化的、芸術的な面で多分に文明を刺激するも
のであるという認識はもちろんある。欧文に比べて、文字
そのものを芸術とする傾向は漢字圏の文明の特権でもある。
字数・画数が多いのと、シンボリックなことがこういう芸
術を助長する要因になるんだろうけどね。
91世界@名無史さん:2001/02/21(水) 18:37
長分ウゼー。
92日本@名無史さん:2001/02/21(水) 18:49
>>90
必要は発明の母で、日本の文字は活版印刷に不向きだったから、江戸時代には
もっぱら木版印刷が行われたが、その結果、文字も絵も手間はたいして変わらないので、
挿し絵の多い本が多く出版された。当時の江戸や京の観光案内は、
文庫で復刻されているから、見てみるのが良い。
更に、浮世絵のように、多色刷りで精緻な技術にまで達成し、西洋美術家の賞賛を得た。
江戸時代の日本の出版文化が凄かったことは、朝鮮通信使なども記録に残している。

要は、デメリットをメリットに変えるだけの、文化的基盤が存在するか否かでしょう。
人間は、楽をするとどんどん怠け癖が付いて、だめになる場合も多い。
日本は文字体系が複雑なのに、昔から識字率が非常に高かったのに、
西洋では僅かなアルファベットを覚えれば済むのに、そうでなかったように、
観念的な硬直した発想で物事を判断せず、実態に即して判断すべきであろう。
93世界@名無史さん:2001/02/21(水) 18:50
>>90
オラも同意。
83はかなりいい所憑いてると思うぞ。

9483:2001/02/21(水) 19:22
>91
ごめんよ

>92
>デメリットをメリットに変えるだけの、文化的基盤が存在するか否かでしょう。

なるほど、そういう考えも一理あるか、、
ただ私が言いたい事は文化・芸術方面の蔵書はそれで増える
要因は大いにあるが、研究や論文などの蔵書に関してはやは
り欧文による活版印刷のほうに理があるような気がする。
このスレで問題にしていることが技術力であることを考えた
からこういう論法をとったわけだす。
95日本@名無史さん:2001/02/21(水) 19:30
>こういう論法をとったわけだす。

それでは近代日本が発展したことを説明できないわけで、
もう一度考えて見てください。
96世界@名無史さん:2001/02/21(水) 19:36
活版印刷の普及前の技術レベルでは同じ内容の文章を少ない字数で表記できた漢字が有利だった。だから世界の書物の90%が漢字で書かれていたという状況にあった。
18世−20世紀の技術レベルではアルファベット文字有利だったということだから、将来また漢字有利な時代が来るかもしれない。
GUIが普及した状況をみるとそういう時代はすぐ目の前まで来てるかもしれないよ。

漢字は視認性に優れているが、日本の漢字かな混じり文はタームとしての漢字を浮き上がらせる効果によって漢字だけの文章よりさらに視認性に優れているかもしれない。
97あやめ:2001/02/21(水) 19:43
支那の文字情報の検索の不便さには悩まされます。漢字の非体系性には
毎度字典を利用して慣れている者でも戸惑うことが多いです。漢籍の旧
版本は全く句読が施されていない白文の海、そこから必要な部分を発見
しようとするのは苦労の連続です。
最近の出版でさえ欄外の余白に篇章の見出しが付いてないものが少なく
ない。それが冊数の多いものだったりすると一々第1冊を引っ張り出し
て目次を確認しなければなりません。索引を付けてる本も極めて稀です。
まして聖書みたいにテキスト中に引照用のナンバーを振ってあるものな
ど先ずない。古籍出版社の標点本「資治通鑑」に事件記述ごとの番号が
付されているのは、極めて例外的な珍しい配慮というべきでしょう。し
かしこの本も1万ページほどもある最後の部分まで辿らないと奥付に達
しない(精印4冊本の場合)。離れになったらどういう素性の版本かも判
らなくなってしまうという大雑把さです。総じて漢籍は利用者の便を考
えていません。
科挙の勉強に専念していた旧時代の書生は膨大な経書の本文の丸暗記は
もとより、注疏の細部まで通暁していなければならないという苦行を強
いられていたわけで、特定の環境の人士に知識が独占される結果となっ
たのも無理ない次第ですが、上記の無配慮状況もそうした伝統に連なる
ものと言えそうです。
98日本@名無史さん:2001/02/21(水) 19:45
>江戸時代の日本の出版文化が凄かったことは、朝鮮通信使なども記録に残している。

将軍吉宗の1719年に来日した、朝鮮通信使・申維翰『海游録』(東洋文庫)は、
大坂の出版状況に驚きを示しています。
「そのなかに書林や書屋があり、膀をかかげて、曰く柳枝軒、玉樹堂などなど。
古今百家の文籍を蓄え、またそれを復刻して販売し、貨に転じてこれを蓄える。
中国の書、我が朝の諸賢の撰集も、あらざるはない。」
と、出版が経済的に成り立っていることも記し、
「大坂の書籍の盛んなること、じつに天下の壮観である。」
と評しています。

付篇の『日本聞見雑録』には、
「国内の書籍は、我が国から往ったものが百をもって数え、南京から海商たちが
持って来るものが千をもって数える。古今の異書、百家の文集にして書肆で刊行
されたものは、我が国に比べて十倍どころではない。」
と、日本の出版文化の圧倒的な拡がりを記載しています。
9983:2001/02/21(水) 20:09
近代日本の発展に関しては、西欧文明を上手く取り込んだからで
あって、西欧で発明されたものを土台にして、技術力をあげた。
では逆に、西欧文明を全く取り込まずに独力で技術発達があった
かというと、それは無いと思う。あったとしてももっと緩やかな
ものであったのではないかな。近代日本に見られる技術の発展形
態はキャッチアップ型、改良改善型のものであり、独自の文明圏
が編み出した技術というのではないよね。
10083:2001/02/21(水) 20:11
いつのまにやらいっぱいのレスがついていて、、、
99の発言は95さんに対してです。はい。
101日本@名無史さん:2001/02/21(水) 20:14
>>99
その技術力を上げるのに、アルファベットではなく、主として日本語によったわけで、
説明が付かないことは変わらない。
10283:2001/02/21(水) 20:16
ちなみに95さん近代日本というとどの辺りからの時代を
さすのでしょうか?99の発言で私は維新以後をイメージ
してしまったのですが、、、
10383:2001/02/21(水) 20:31
>101
技術の輸入ということに関してはもちろん文字フォーマットに
よって影響をするものではない。独自で技術を発明することと
他国から技術を取り込むことは全く違う。独自で発明すること
はその文明圏での知の蓄積・それに携わる人々の数・豊かさ
などの様々なファクターが重なりあってそれが起こる訳。
技術を他から輸入することはその国の国民性に大きく依存する
と思うが、排他性とか、信仰とかね、、でも
一度輸入してしまった技術を自国の物として活用し改良できれ
ば、その国の技術力はまるで一足飛びで上がると思う。
これじゃ説明になってない?
10483:2001/02/22(木) 00:55
97のあやめさんの意見でちょっと触発されたけど、
東洋における勉学は丸暗記が非常に多いよね、私も坊さんをやっているもんで経文は意味を考える前に
暗記して読めることがことに重要視される。その結果、どうしても視野は内向き、保守的になりやすい。
科挙の試験でも指定された漢詩に対する感想文が試験のお題目だったとか、それも500字ぴっしりで、
しかも意味が通っていること、文体がしっかりしていることとか、こと形式的なことを重要視する訳で、
もちろん内容に対する吟味も重要ではあったんだろうけど、、、

基本的に表意文字系言語であれば、索引や字引などの考え方は表音文字系言語よりも希薄であるのではな
いか。故に系統立てや機能性、合理性よりもむしろ、情緒や抑揚に重きが置かれるのではないかな。それ
は一字に万字の意味を含ますような作業によってつくられる漢詩や梵文、和歌などに代表される文化だ。
これはどちらかといえば近代産業革命の基礎となった合理的な考え方と対をなしている。アーサーCク
ラークがいう芸術などを代表するソフトインテリジェンスとコンピュータを代表とするハードインテンリ
ジェンスという分け方を使うのであれば、表意文字はソフトインテリジェンスに重きをおいたものである
のではないかな。だからといって漢字文化では字引や索引がありえないといっているのではなくて欧文の
表音文字のほうが、より合理的、機能的な方向に進む可能性があったのではないかということを言いたい
だけ。文明圏に住む人々がどのような思考形態を持ち、それがどのような要因で形成されるかを考えたと
き、その人々の周りの風土と歴史の他に、自分たちが作り出した言語、文字からもたぶんに影響を受ける
のではないか、それが漢字圏の人々にとっては西欧に見られる合理的思考の方向性よりも、文学的、情緒
的な方向性に働いた要因のひとつなのではないかと思う。40さんとか41さんについての解答のひとつ
にもなると思うけど、、、

でもまあ、それだからといって東西の技術発展の相克にすべてがすべてこの問題を絡めるのは無理がある
ね。もちろん65さんや66さんみたいな外的な要因、戦争やそこから生まれる国際競争も技術の発展に
大きく寄与するのは確かだと思う。文明発達の歴史には様々な要因が絡み合っているからね、、、
105世界@名無史さん:2001/02/22(木) 01:11
こゆいスレじゃの。あまりのめりこむでないぞ。
106世界@名無史さん:2001/02/22(木) 11:43
濃いね。
このスレッドの内容を掘り下げれば、1冊本が書けるよ。
「アルファベットと漢字」−なぜ中国の科学技術は欧州にぬかれたのか
107世界@名無史さん:2001/02/22(木) 11:51
>>104
私はダンスやってるんだけど、
歌舞伎や京劇の踊りの指導って、踊り全体をまず覚えて全体の流れとして
教えて行くんだよね。
対して、クラッシクバレエとかはダンスの一つ一つの型に名前がついていて、
ダンスを細かく分析分解して、要素還元的に教えてくれる。
もちろん人によって違いはあるんだけど、基本的に
東洋=ホーリスティック、西洋=要素還元的みたいね。
このスレッド読んで、はじめてわかった。
東洋と西洋では一事が万事そうなんだね。
108世界@名無史さん:2001/02/22(木) 12:36
世界の文明は支那とヨーロッパだけではない。
他にも大きな文明圏が少なくとも二つは存在する。印度とイスラムだ。
印度とイスラムも視野に入れて比較することによってこそ支那文明とヨーロッパ文明も理解しやすくなるだろう。

未来技術板で出てた話題だが、現代の世界の中心がもし印度だったら、技術は中世レベルのまま理論科学は恐ろしく発達していただろうという意見もあった。
109世界@名無史さん:2001/02/22(木) 13:14
でも粒子加速器や電波望遠鏡が無ければ物理学だってどこかで頭打ちでは?
110108:2001/02/22(木) 13:25
>>109
その通りだ。コンピュータが無ければ印度の得意な数学だって頭打ち。
だから私はその意見に全面的に賛同はしない。
向こうで出てた意見の一例として挙げてみただけ。
111日本@名無史さん:2001/02/22(木) 13:45
日本の江戸時代では、大衆は医学など実用になるものを尊ぶ文化であり、
応用の効かない儒学者などは軽視された一方、実利に全く繋がらない、
現代日本と同じくオタク文化が栄えていたように、中国などとは全く違う。
地球の大きさを知りたくて、殆ど自費で測量旅行に出た伊能忠敬は、良い例でしょう。

その伝統は、その後も受け継がれ、生活が困難だった戦前も戦後初期でも、
日本のアマチュア天文家が、地道な努力を重ね、せっせと新天体を発見したように、
諸外国には類例のない、大衆のオタク文化と言う面で、日本文化の独自性も
世界的に評価できると思う。

この背景があったからこそ、マンガ/アニメ、TVゲームで世界をリードする
状況が生まれたのではないでしょうか。
112世界@名無史さん:2001/02/22(木) 14:35
詩文などもそれを理解するには膨大な予備知識が必要だった。
日本の文化は昔からオタク文化としての性質を持っていたのだ。
113日本@名無史さん:2001/02/22(木) 16:08
伊能忠敬の測量の緻密さは驚異的で、伝記本を読んでその方法に驚きました。
歩測の場合は数名で同時に歩いて、数え間違いがないようにチェックし、
高低差があるときは、その影響を除去するために、道の傾斜角を計って、
補正を行っています。歩測が困難な岩礁では、鉄製のメジャーで計り、
それも出来ないときは、縄で計っていますが、縄の伸縮による誤差を除くため、
毎回鉄製のメジャーで検定しています。

また、誤差が累積しないように、夜は天体観測を行い、緯度を正確に求め、
高い山などの目印の磁極からの偏角を求め、三角測量の方法を使っています。
経度についても、江戸・大坂・長崎で、月食やガリレオ衛星の食の同時観測を試み、
誤差を減らす努力をしています。

なお、地方毎の図が出来てから、日本全図の完成が遅れたのは、広域を表すには、
地球が球体である影響が目立つので、図法上に落とすための、膨大な計算のためでした。

アバウトさを排除した精緻な測量とデータ整理は、オタク人間気質ならではでしょう。
これが、庄屋の隠居の人物が、幕府付きの天文学者の弟子になって始めたところが、
当時の諸外国では、まず考えられないことでしょう。

その後も、日本のアマチュア天文家が、次々と新天体を発見したのは、
星図を丸暗記するくらいの、長年の努力を重ねた結果であって、
これと言った利益も生まない、単なるオタク趣味に執念を燃やした人が多く、
それを受け入れる社会風土が存在したのが、日本のユニークさでしょう。
114あやめ:2001/02/22(木) 16:43
>107
インドなんかも音楽にしてもターラとラーガそれぞれを幾つかの形式で
構成し、要素分析的に体系化していくやりかたで、因明のような論理学
が成立しやすいメンタリティの土壌があったようです。アーリア的伝統
というか支那とは異質な文明という印象です。
115世界@名無史さん:2001/02/22(木) 17:16
その割には、プロの研究者が少ない&待遇が悪いんだよな、日本は。
116日本@名無史さん:2001/02/22(木) 17:24
>その割には、プロの研究者が少ない&待遇が悪いんだよな、日本は。

江戸時代には、庶民のオタク研究者(大学者の本居宣長も本業は医者)の
レベルが高かった一方で、官制の儒学者達が能なし揃いだったように、
役立たずのプロの研究者は、冷や飯を食わせて置けばいいじゃん。
117世界@名無史さん:2001/02/22(木) 17:24
>>115
だから日本では伝統的に「研究」なんてのはオタクが趣味でやるものっていう意識なんだよ。
だからそれに報酬を払うのは惜しむのだ。
118日本@名無史さん:2001/02/22(木) 17:43
その一方で、江戸時代にも、実生活に役立つ医者には多額の金を払っていたぞ。
西洋人の記録でも、幕末・維新の日本の医者のレベルの高さが書かれている。
明治時代にも、日本人医学者で大発見をする人もいて、ノーベル賞候補に上っている。

要するに、実生活の役に立つか、数多くのオタクに支持されるか(アニメ・ゲームなど)
でもない、単なる独り善がりの研究で、多額の金を貰おうとする方が厚かましい。
勘違いしているのは、人気のないオタク研究者の方でしょう。
119ええと:2001/02/22(木) 17:48
漢字が中国の発展にハンディキャップになった以上に、
ローマ数字はヨーロッパの発展のハンディキャップだったと思う。
インドアラビア数字が導入される前は、
数桁の割り算ができるというのは特殊な専門技能だと思われていた。

イスラムの勃興が起きなかったとしたら、
製紙法やインド数字はヨーロッパに伝わらないわけで、
最初に産業革命を達成するのは東アジアになったと思う。
120世界@名無史さん:2001/02/22(木) 17:48
要するに日本の場合は民の力にまかせた方が良いと言う事か。
121日本@名無史さん:2001/02/22(木) 17:49
>>117
元々は、伊能忠敬が地球の大きさを知りたいと言う、オタクな発想から始まった
日本の測量だけど、最初は僅かな補助金だったのが、成果が大きいことが分かると、
大々的な国家事業となって、庄屋の隠居である伊能忠敬も、勘解由の役職を得て、
日本各地で盛大な歓迎を受けるようになったってこと。

115=117のように愚痴をこぼすダメ人間は、外国でも通用しないだろうな。
122日本@名無史さん:2001/02/22(木) 18:00
>>120
その通りでしょう。政府が提唱したインパクなんてのも、単なる補助金のトンネル組織で、
内容がくだらなさに、石原都知事が怒って、東京都は参加を拒否して、醜態をさらしました。

そもそも、日本がIT後進国という前提が間違っており、ずっと以前からのPOSシステムを
利用した流通、iモードなど携帯電話を利用したネット利用とか、世界最先端であって、
森首相を初めとする政府首脳やクズ官僚がIT音痴なだけでしょう。

日本は、補助金漬けのエセ民間は潰して、独立心のある優秀な民間起業者を、
妨害することなく、自由に活動できるようにすれば、将来は明るいと思うよ。
12383:2001/02/22(木) 18:14
ああ、スレのタイトルから内容が離れていく、、、、
124109:2001/02/22(木) 18:22
>108
スマソ わかってないわけがなかったね。
物理学や化学などを応用した機械無しでどれだけ人間が理論科学を発達させうるかという課題は面白いかも。

・・・医学などはそこそこ現代に近づくんじゃなかろうか?漢方レベルで停滞するだけかな。
125日本@名無史さん:2001/02/22(木) 18:22
>>123
近代になって中国が没落したのに対して、中国文化圏の周辺に位置した、
漢字文化圏の日本が発展した理由を考えることは、この問題を考える上で、
大きな鍵となるだろうから、この議論は無駄ではないと思う。
126世界@名無史さん:2001/02/22(木) 19:57
>>124
少なくとも、数学は紙と鉛筆の世界だよ。コンピュータがどうのと言っていた人が
いたけど、一部にそういう分野がないわけじゃないけど、本流ではない。
コンピュータが実用化されなければ、応用分野がなかっただろうと考えられる数学
の分野は多いけど、理論とは別モノ。
インドの数学は、近現代になってもちょっとトンデモ風の天才が出現することで知
られている。なんでそんなことが解るのか、という質問に「女神が教えてくれるん
だ」と答えたインド人数学者は有名。
文字との関係は知らないけば、古代の0の概念の発見は、数学史上でも、やはりト
ピカルなことだと思う。
印象だけで言うと、現実の問題からあまり離れない日本や支那の算学者、理論体系
を重んじる西欧の数学者とは、ちょっと系統が違う感じがするね。
127リンク:2001/02/22(木) 22:30
上で言及されていた未来技術板のスレッド 架空の世界史(技術文明編)
http://salad.2ch.net/test/read.cgi?bbs=future&key=975294558
中国の問題から離れた話題はこっちに移った方がいいかも。
128名無し→しりとり:2001/02/25(日) 08:10
あげる
129名無しさん:2001/02/28(水) 00:22
中国の科学技術は歴史的に低い。誤解されている。
第一科学という言葉だって、日本が作ったのだ。
新しいものを作り出す力はないのではないか。
エジプトと同じだ。文化的には衰退し手いる。
130世界@名無史さん:2001/03/03(土) 15:50
中国って確か明時代くらいにユークリッド幾何学が導入されて
数学に大きな影響を与えたって聞いたことがある。
中国はやっぱり理論科学の発展が極端に遅かったんじゃないかな?
中国単独で、イスラムのぼっ興がなかったとしても、
ギリシャの数学が伝わらなかったとしたらニュートン力学も、
マクスウェルの電磁気学も、もし中国で発明されたとしても
実際に西洋で発明されたよりは遥かに遅くなったんじゃないの?
もしそうなら産業革命が仮におきたとしても、その後の
飛躍的な科学技術の発展はやっぱりなかったと思う。
131名無史さん@公演中:2001/03/03(土) 18:17
1人や2人科学の天才が現れたって、それだけではどうなるものでもないよ。
要は、その科学技術の恩恵を社会が教授できる土壌があるかどうかだと思う。
確かに火薬とかの3大発明は中国起源だし、紙も地震計も中国人が発明した。
でも、その発明品の恩恵を蒙ったのはごく一部だろ?
ごく一部の人間の間でしか普及してないモノでは、それを改良発展して
もっと優れたものをっていう進化がはたらかないんじゃないのかなぁ?
ヨーロッパはその点、中国よりもはるかにキャッチアップできる土壌に
恵まれてたと思う。
132世界@名無史さん:2001/03/03(土) 18:26
>>131
三大発明が中国起源っていうのは事実なの?
中国から世界に伝わったんじゃなくて
世界の各地域で別個に開発されたってことはないの?
133世界@名無史さん:2001/03/03(土) 21:00
少なくとも、火薬は中国起源でしょう。
しかし西洋の活版印刷はグーテンベルクの発明。
東洋にはそれ以前からあったが、これは東洋の影響に
よるものではなく、西洋で独自に開発されたとみて
よいだろう。
羅針盤は……私はよく知らないが、たぶん、西洋は
イスラムから学んだのだと思うが。
134>132:2001/03/03(土) 21:10
宋の時代なら、この版にもある宮崎翁が詳しい。
特に経済史的な観点から、中国史を見ているのは
経済学部だった俺にとっては、かなり説得力のある
ものだった。ほぼ産業革命が起こる寸前までいきながら、
結局なしとげられなかったのはなぜか?とかね。
135世界@名無史さん:2001/03/06(火) 18:06
ならば、主食で説明はできないものかな?
 東アジアの稲作と欧州の麦作とでは単位面積あたりでの
 扶養できる人間の数が前者が圧倒的に多いし、
 かつ、やはり、前者がよ労働力の集約を要求するから
 稲作文化は内向きで麦作文化は外向きだ、と。
 ゆえに域内で完成された経済単位を持つ中国は
 外征に興味を持たず、欧州は活発に行った、って説だけど。
 それゆえに、資本主義や科学の進展に対しても
 淡白で動機付けに乏しかったんではないかなあ?
136世界@名無史さん:2001/03/06(火) 22:49
>135
でも中国って南部は米が主食だけど北部はそうでもなかったんじゃ
ないですか?
137世界@名無史さん:2001/03/07(水) 15:09
産業革命の寸前まで行ったというのがそもそも過大評価なんじゃないの?
西洋において産業革命の発端となったものの一部が中国で達成されかかってただけとか。
日本の和算が積分を発明したっていうけど、
ニュートン、ライプニッツの微分積分とは程遠いものだったのと同じで、
他と関連つけられない単発の発明にしかなりえないものだったとか。
138日本@名無史さん:2001/03/07(水) 16:18
なぜ中国は後れをとったかだけど、逆に言うと、中世以降の西洋がなぜあんなに速やかに発展したかが不思議だ。
じっさい、イスラムも抜かれているわけだし。中国が遅れたんじゃなくて急発展した西洋の特異性が問題だと思う。
私は、ヨーロッパ社会が、比較的人口が少ない段階で水力利用を積極的に進めたのがその最大の要因だと思う。
いわゆる技術史上の中世の産業革命がヨーロッパであったことがかれらの優位性を決定ずけたのだろう。
欧州の封建領主は農奴が手回しの石臼を使うことを厳禁し(見せしめに石臼を没収して教会の踏み石に使った)、
自らの所有する水車小屋を使用させた。このような人的労働の排除が生産機械の発展を促したのだろう。
これに対し中国では安価な人的労働の存在が相対的に発展の妨げになったのではないか。
13983:2001/03/07(水) 16:39
お、しばらく来ていなかったら、なんかしっかりした議論している。
主食理論か、農業文化的なことって、結構あるかもね、
何故、中国では大航海時代がおこらなかったの?とかね。
まあ、海のシルクロードっちゅうのはあったけど、それは沿岸を
伝っていくもんだったからな、遠洋航海でアメリカまではいかなかった
だろうし、、そこを植民地化することもなかったよね、、
まあ植民地化って競争だから、中国が複数の国に分裂している状態で
しかも、遠洋航海できるだけの大型船の建造、羅針盤の発明などが
なければ、あんまフロンティアスピリッツも起こらんだろうし、
それと地政学的に考えたら西欧みたいに地中海とか北海とか入り組んだ
地域ではないから、遠洋航海の技術をわざわざ作る必要もなかったん
だろうしね。
産業革命の寸前まで行ったというのは、石炭を使用することによって
火力革命が起こって、それが鉄の生産を助長したっていうことで、
当時の宋の鉄の生産高(年7000トン)から産業革命が起きてた
と推論しているわけだよね。ただし、西洋の火力革命が自然科学と
密接に結びついているのに対して、宋の時代は学問的には朱子学中心の
考え方で、その発明を考証したり、推論したりの発展はしなかった。
何故、空気を暖めると膨張するのか、とかってことを理論で証明しよう
としなかったんだろうね、でもこういう事を理論で証明しないと内燃機関
を発達させることはできないよね。
結局中国の発明とか技術って長い年月の経験の内で生まれたものが多い。
朱子学は明の時代に陽明学、清の時代にようやく考証学を生んだことで
ようやく世の中の現象を理論立てて説明しようとするんだけど、時すでに
遅しだったね。結局、漢字圏の学問って個々の分野分けするのが不得意
で、自然科学的な発想に発達するのに恐ろしく時間がかかるもんなんじゃ
ないかな。
140世界@名無史さん:2001/03/09(金) 08:05
>>139
そうすると自然科学の分野で西洋に先んじていたイスラムが
近代化出来なかったことの方が不思議だな。
14183:2001/03/09(金) 15:22
イスラムの発達がなかったのは、石炭を使用した火力革命が
なかったから、中東から中国にかけてのアジアって森林が文明によって
乱伐されたから、荒廃した土壌になっちゃったんだよね、、
宗の時代に石炭を火力燃料として使うことを覚えたんで、
文明としてはワンステップがあがったと思う。
どういうことかというと都市が形成されてある程度の人口がやしなえ
なければ文化、文明の発展もないでしょ。宗の時代の首都(名前忘れた)
人口が100万くらいだっていうけど、これは産業革命の担い手となった
欧州の各都市と比較しても決して劣るもんじゃない。
100万の人間をある地域に密集させる状態を可能にしたのは化石燃料
の使用がないとあまり考えられないよね。
結局、多くの人間が一カ所に集中して、労働の分業化と文化の多様化が
うまれなければ、どのみち産業革命は起きないと思うのよ。
集中した人口っていうのは商品への大きなニーズを呼ぶし、大量生産の
必要性と生産の効率化が不可欠となるからね。
だからこの時点で、このスレッドで引き合いに出される文明の比較は
宗の時代の中国とルネサンスを経た欧州を比べるべきだと思うけどな、
イスラムやペルシャではこれほどの人口集中が無かったろうから、、
142世界@名無史さん:2001/03/09(金) 20:38
江戸も人口100万都市だったけど化石燃料って使われてたのかな?
143あるいは:2001/03/09(金) 20:57
石炭以外の産業革命というのも可能な経路だと思う。
日本とかロシアみたいに森林の豊かな地域なら、
木炭で産業革命という可能性もありえたと思うし、
中東なら最初から石油という経路もありえたんじゃないかな。
144世界@名無史さん:2001/03/09(金) 21:07
近代科学ったって、インドの数表記がアラビア経由でこなければ、
微積もくそもない。
特別にヨーロッパが進んでたわけではない。
つまるところ、近代資本主義につながる社会体制の問題。
社会が要求するかしないか。
そんでなければ、科学技術など求められない。
でキリスト教の世俗内禁欲の問題に行き着く。
14583:2001/03/09(金) 21:10
>143
ただ、日本とロシアに関しては、日本が中国から絶えず文明の利器を
輸入していたし、ロシアもヨーロッパから伝播したものを使っていた訳
だから、宗の時代の中国、それとルネサンス時期の欧州を比べることは
できないよね、基本的に欧州が停滞した中世から抜け出して、イギリスで産業
革命が起きた時間の長さ(400年くらい)を考えただけでも、文明が
産業革命を起こす準備期間って結構いろんな条件が必要だと思う。
人口の問題もそうだし、自然科学の発達もそう、後はその地域が本気で
衰退しない程度の戦争も必要だろうし、、
146世界@名無史さん:2001/03/10(土) 00:12
今までの議論をまとめてみる。
西欧が中国を凌駕した理由
@地形が複雑だったため、統一が困難で、
 複数の国が長期間国力を競い合い、
 様々な技術が発達した。

A漢字よりアルファベットの方が活字にしやすく、
 知識を広く行き渡らせることが容易であった。

B科学が発展しやすい文化的な基盤が整っていた。

C化石燃料の利用の発展などの産業革命が起こりやすい条件が整っていた。

こんなところですか?
147世界@名無史さん:2001/03/10(土) 00:55
機種依存文字使うな。駄無が。
148世界@名無史さん:2001/03/10(土) 13:16
>146
グーテンベルグの発明があっても、それ程有効ではなかったよ。
識字率でヨーロッパを上回る文明など、いくらでもあった。
日本の江戸時代の庶民は絵草紙読んでた。
そんなことはヨーロッパでは考えられない。
戦争で争ってた国はいくらでもあったし、衰えない程の戦乱状態なんて定義不能。
化石燃料で石炭の使用は中国が早かった。
幾何学はギリシアでも数論はインドだし化学はアラブ、中国(火薬とか)。
149世界@名無史さん:2001/03/10(土) 13:38
ニーダム曰く、フランクリンの電磁気学もルーツは羅針盤を実用化した中国であっ
て西洋では無い。
そもそも紙の実用化自体中国。

@いろいろな科学や技術の発展は直線的じゃない。
A頭や簡単な観測でやれるような技術では洋の東西でばらばらに行われて、どこが
優れていたとかはいえないし、すぐ追いつける。関孝和とか。

そのレベル超えた精密な器具や技術を社会レベルで必要とする社会。
具体的には祈りかつ働けのキリスト教文明の資本主義への発展が近代科学を可能に
した。
水車による説明にしろ、修道院における自給自足が元だし、何故水車技術でも進ん
でいた中国やイスラムをヨーロッパが追いぬいたのかになると、やはり社会が必要
としていたからだと説明理由が戻ってしまう。
儒教やイスラム教で農業や商業資本に寛容でも産業資本には敵対的社会と世俗内禁
欲思想の発生した西洋では条件が違いすぎる。

分裂とかアルファベットとかエネルギー事情とかでは説明になるとは思えない。


150世界@名無史さん:2001/03/10(土) 14:43
>>148
個々のファクターには反論出来るが、
それらすべての条件がヨーロッパでは揃っていたということか?
151世界@名無史さん:2001/03/10(土) 15:10
キリスト教文化の下地は大きな要素だろう。
キリスト教という宗教は、唯一絶対で絵にも描けないはずの神様が
自分に似せた人間を作り、あまつさえ、その人間として地上に生ま
れてイエスになった、神と神の子イエスと聖霊は三位一体という、
ムチャクチャな教え。
その教えに説得力を持たせるために、神学が生まれた。大学で神学
が研究され、これが「真理を追究する」という姿勢につながり、こ
こから、真理を追究する方法として「論理」そして「科学的手法」
が発達することになる。
152世界@名無史さん:2001/03/10(土) 15:23
「大国の興亡」だっけか。
特定の文化・技術が迫害に会うことがあっても、
他の国に逃れて研究を続けることができた。
それに気づいた為政者たちは容易には迫害を起こさなくなった。
※ナント勅令廃止とユグノーの移住がいい例。
だから技術の発展が阻害されることが少なかったんだとか。

この論を端的に言うと、
「言論の自由は技術を発展させる」わけですね。
で、欧州には相対的な言論の自由があった、と。
153世界@名無史さん:2001/03/10(土) 21:59
>>152
いや、欧州には相対的な言論の自由があったというのは
結果としてそうなったわけで、欧州が中国を抜いた原因ではない。
欧州で
>特定の文化・技術が迫害に会うことがあっても、
>他の国に逃れて研究を続けることができたのは、
地形が複雑だったため、統一が困難で、
複数の国が長期間国力を競い合いっていたためだ。
中国で迫害された技術者が朝鮮や日本やベトナムに移住するには遠すぎたし、
これらの中国周辺の国々は中国と国力を競い合う関係ではなかった。

 
154世界@名無史さん:2001/03/10(土) 22:35
>>149
悪しき相対主義にとらわれてると思う。
羅針盤の発明が中国だから電磁気学のルーツが中国?
本気で言ってんの?
関孝和の数学なんて当時の西洋数学と比べられるようなものじゃないよ。
155世界@名無史さん:2001/03/10(土) 23:03
俺は歴史なんか素人だし余り興味もないが、ひとつ言わせてもらう。
西洋の科学技術の発達はプロテスタント教徒の増加によると思うのだが
いかがだろうか? 従来の思考にとらわれない自由な思考と個の確立により、
相乗的に発展していった思うのだが。
156水虫:2001/03/10(土) 23:33
>154関孝和の数学なんて当時の西洋数学と比べられるような
    ものじゃないよ

日本が遅れてたということ?
157日本@名無史さん:2001/03/11(日) 10:54
>149
水車技術ではイスラムも中国も、ヨーロッパ中世よりはるかに遅れてましたよ。
イングランド『ドゥムデイズブック』(1086)によれば、
わずか人口140万のこの地に5624台の水車があった。
これほどまでに水力エネルギーを使用するのは全く驚くべきヨーロッパの特異性である。
中国、イスラムにはこのような高密度、普遍的な水車の使用は全くみられない。
修道院だけの話ではないのです。
たとえ宋がどれほど発展していたとしても、そのほとんどが人力によって支えられていたという事実に注目すべきです。
水力の使用は完全な例外だった。
私は、近代化以前の非ヨーロッパ社会は、イスラムも中国も本質的に「古代社会」だったと思う。
古典古代のように奴隷はいなかったが、社会の主要なエネルギー源が人力・畜力にとどまっていたのは、
明らかに「古代」の特徴である。あえていうなら、「アジア的古代社会」であったとおもう。
したがって、宋が一足飛びに産業革命を起こすはずもなかった。
その前に水力の極限までの十分な利用という段階を経なければ、
近代資本主義など支えようがなかったからである。
15883:2001/03/11(日) 18:05
水力からエネルギーを取り出す方法は西欧は徹底しているね。
イギリスの産業革命の発端になった綿工業の振興において水力紡績機の発明
(1765)がある。これのおかげで綿製品の大量生産が可能になった。
また逆にイギリスは貿易立国だから、ヨーロッパや植民地各国の需要もすごく
あったから、この発明が要求されたと考えることもできる。

159152:2001/03/11(日) 18:18
ミクロとマクロ、必然と偶然がごっちゃに・・・

>>153
あ、もちろんそうです。その辺も「大国の興亡」に書いてあります。
160春の花はもうすぐです:2001/03/12(月) 23:07
四大文明の中で最も遅く開花した文明が中国文明でした。
そして、中国文明よりも遅く咲いた文明がヨーロッパ文明でした。
確かに近代の科学技術はヨーロッパ文明の沃野に咲いた一輪の名花と申せましょう。
被子植物の花が裸子植物の花よりも遙かに美しいように遅咲きの花はより美しく咲くのかもしれません。
しかし、今や東アジア全体に拡大した中国文明は未だ発展途上であり科学技術についても今後の推移を見守るべきではないでしょうか。
カナタイプを知る旧世代にとって電脳社会は漢字表記に最適の表現空間になっています。
電車の中でiモードに夢中の親指姫達が案外、新しい時代の科学技術を築くかもしれません。
161世界@名無史さん:2001/03/12(月) 23:13
なんか古臭い表現っていやらしいね
162軍事板より転載:2001/03/13(火) 09:33
これを見るとなぜ中国が西欧に負けたのかわかります(笑

http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/tamasiitop/robotyuugoku/robotyuugoku.htm
163世界@名無史さん:2001/03/13(火) 11:51
>>162 笑わせていただいた(^^;
164世界@名無史さん:2001/03/17(土) 11:31
83さんの指摘はわかるが、では何故、人力以外の使用を西洋が持続的の発展させた
か、他の社会では切り替わらなかったかを考えないと、発展してたから発展するの
トートロジーに見えてしまう。
経営とか禁欲とか神以外無に等しい存在として個人を物として取り扱うとかの社会
的態度に結局は原因が求められると思う。
165>164:2001/03/17(土) 11:43
ヨーロッパの場合は中世の疫病によって人口が激減し、
労働力不足から畜力・機械力の利用が進んで、
工業化以前にも労働生産性が他地域よりも高くなった、
という説明が一応があるよ。

でも、人口激減なんて中国でも何度も起きてるんだよなあ(^^;
166世界@名無史さん:2001/03/17(土) 12:06
漢字も一つの要因だと思う。これを創った人は独創的だと、
これを頭から丸暗記して、使うだけの方が、既成概念で物事を考える
癖がついて、想像力、独創性が低下する危険があると思う。日本も同様。
なので、漢字は極力最低限の数に絞って欲しい。
167世界@名無史さん:2001/03/17(土) 12:33
一時的な理由を説明することと、持続的に他の地域と決定的に違う
理由とは別だと思う。
168名無しさん┃】【┃Dolby:2001/03/17(土) 13:14
>>166
そりゃ日本人は創造性がないって外人が言うときの決り文句じゃんか。
169世界@名無史さん:2001/03/17(土) 13:20
中国人の、のんびりした国民性のせい
170はらぺこ:2001/03/17(土) 13:47
applesと林檎
確かにappleの方が覚えやすいや。
knowledge of physics   物理の知識
あれっ。英語の方が理解しにくいように思えるけれど、そう想うのは俺だけ?

 

171世界@名無史さん:2001/03/17(土) 15:44
いまどきウェーバーもないだろ。
彼自身、技術史的な知識は十分でなかったし
だいたいプロ倫だって、彼自身が一般歴史学を意図したものでなく、
比較宗教社会学の書物としてかかれた本だから、
かなり意識的に精神的な要因だけで説明しようとしたきらいがある。
はっきりいって今のまともな学者でウェーバーを真に受けてる者はいないぜ。
禁欲的な倫理とか、神の前に無に等しい教えなんて者は、
それこそローマ帝国の時代から普及してだのだから
その時代に何で産業革命が起こらなかったのよ。
小アジアでも、エジプトも皆キリスト教はひろまってたのだから。
そこで近代化のろしがあがってもいいわけよ。
つーか、イスラム教だっておなじじゃん。
今のアフガンで近代化が起きてもいい訳よ(爆笑)
近代化みたいな大きな歴史の因果を精神だけで説明するのは、
まるで説得力がないよ。
今に神風が吹くとか騒いでいた旧日本軍とかわらない。
いかに精神がどうあろうと物的に達成できないものは達成できない。
キリスト教を奉じ禁欲を念じれば近代化が達成されるなんてあまりにもお気楽。
アフリカでもプロテスタントの多い国はあるはずだがね。
172166:2001/03/17(土) 16:07
漢字が全て悪いとは思わないです。
情報を圧縮しているので、いろんな面で頭の回転が速くなる。
でもそこが罠で、理路整然とて、高速で情報処理がすすむと、
無駄なシナプスの結合がなくなって、一見ばかばかしいような
突飛なアイディアがでにくくなる傾向があります。

それと、人間の脳細胞と時間は有限で、この
有限のリソースを膨大な暗記に消費してしまいますので、
深い思考、模索、創造に費やすエネルギー比率が減少します。
かつて、日本が漢字を限定したのは、そういう理由だと理解しています。
173はらぺこ:2001/03/17(土) 16:56
outputの人口とinputの人口では、圧倒的にinputの人口の方が多い。
記述効率では洋字がまさるが、情報吸収効率限定すれば洋字より漢字が勝っている。
174はらぺこ:2001/03/17(土) 17:11
outputの人口とinputの人口では、圧倒的にinputの人口の方が多い。
記述効率では洋字が勝り、情報吸収効率では漢字が勝るとすれば、社会全体としては漢字の効率が勝る。
もっとも朝日新聞は四月から数字表記を原則的に漢字から洋字に変更した。
たしかにe-mapで地図検索する場合、一丁目では検索不能であり1丁目だと検索可能である。
遠からず新聞表記も縦書きから横書きに変わり、実用文において漢数字はアラビア数字に席を譲るであろう。
しかし、私は漢字及び漢字文化圏の前途に希望を捨てていない。
映像の世紀に相応しい文字表現は表音文字の単一表記ではなく象形文字と表音文字の分かち書きだと信じているからである。

175世界@名無史さん:2001/03/17(土) 18:19
>171
長文御苦労様。
ただし、内容がないよう(w
176世界@名無史さん:2001/03/17(土) 18:49
めんどくさいので上のレス読まないで書くが
競争原理が科学技術の発達に関与するのであれば、大国がしのぎを削った中国戦乱史も大したものだったが
新兵器の開発という独自性は見られなかった。(火薬の発明は発明と言うより発見に近いのではないか・そのへんのエピソードは忘れたが)

日本の戦国時代でも鉄砲を改良したぐらいで、無から何かを発明できるはずだという(日本科学精神に基づいた)視点・観点は無かったように思える
(勿論、現代にしろ)

科学兵器の発達が戦争に拠るのであれば、どこかの原住民が相も変らず隣の部族をヤリもって追い掛け回している事実は説明できない

科学精神の発現を歴史性(文字・記録)に求めるのであれば、中国史など恐ろしく完成され体系化された文化を持つ中国人が
「オレら、何千年も似たようなことやってるな」と鬱になって、原爆でも開発しようとする方向に流れてもいいはずだが流れなかった。


結局、それぞれの考える前提。詰まり思想・宗教上の差異(観点の違い)に還元されるのではなかろうか

177世界@名無史さん:2001/03/17(土) 20:00
なかなか読み応えのあるスレじゃわい。

178世界@名無史さん:2001/03/17(土) 22:03
中国の科学技術は世界一ィィィ!!!!
http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/kikaku/kahou/kahou7.htm
貴様ら!!これを見てもまだ中国の科学技術が欧州以下だと言えるのか?
第三次世界大戦で勝ち残るは中国ぞ!!
http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/kikaku/kahou/kahou4.htm
行け行け中国、行け行け先行者。

ていうかむしろ逝け逝け(ボソッ
179176>>:2001/03/17(土) 22:16
昔、仏教関係で、悟りといったの究極的事象は言葉(ロジック)では表せないという
というのを読んだことがありますが、東洋では、物事をロジカルに分析する
学問が発達しにくい土壌みたいなのはあると思います。
180世界@名無史さん:2001/03/17(土) 22:43
>171
まあ、だいたい当たっていると思う。
歴史を動かす力はやはり精神より物質的なものの方が優位に立つと思う。
宗教とか、国民性とかは素人の床屋談義としてはわかりやすいが、
説明になってないんじゃないか。
仮に中国に科学的思考を阻む国民性があったとして、
じゃあなぜある時期までは先に発展したの?という疑問がでてくる。
18183:2001/03/17(土) 22:50
先行者か、、、ありだね、あのデザイン、、、
というか、あれを見て幕末に夷敵が攻めてくるってんで、水戸の徳川斉彬だったかな、
彼が作った兵器を思い出した。まあ兵器とはいっているが、寺の梵鐘を神輿に乗っけた
ようなやつで、なんにも攻撃力がないんだけどね、、、
まあ、それはさておき、ほんと、どうなんだろうね、今、西欧史の本を読んでいて
イギリスの産業革命の所を観ているが、銑鉄の生産から錬鉄の生産までの期間が
非常に短い。そこでは綿工業に使う工具や機械の需要が伸びたことを鉄鋼生産の
工場の要因としている訳だけど、、、要するに商品を作るための商品の需要だね。
それと興味深かったことは、その時点で、特許の考え方が存在していること、、
確かに特許っていうのは発明を生む原動力にはなるよな、、
権利と契約の論理だと思うが、、確かに東洋ではこれらの考え方って西欧に比べ
たら未熟だろうな、東洋の歴史で法律の概念ができてくるのはいつ頃なんだろう、
それとも全て西欧からの輸入なのかな?
182世界@名無史さん:2001/03/17(土) 22:53
確かに、今の社会変化をITに言及せずに現代人の「心持ち」だけで説明しようとしたら笑われるのがオチだろう。
183名無しさん:2001/03/18(日) 06:42
思いつきで悪いんだけど、
権利と契約の概念は日本では発達が早かったような気がするが。
年貢にしても武士階級が自由に収奪できるものではなかったし。

中国は。。。今でも契約の概念ないんじゃないの(笑
184世界@名無史さん:2001/03/18(日) 07:18
これだけ異なる文明をもつ東西だけど
日本がその異なる文明を2つとも内包できた事に
日本という国の存在がよく分からなくなってくる。
185RYU(176):2001/03/18(日) 09:48
発展というより、それぞれの文化的完成なのでは?

古代中国やマヤ文明の「先進性」に驚く必要は無いと思います
勿論「後進性」にも

現代中国や日本の科学技術の進展は「お付き合い」だと思います
もしくは「引き返せない」
186世界@名無史さん:2001/03/18(日) 09:57
184>>
ひとつには地理的条件があるんじゃないのかな。
島国だから外敵の脅威が格段に少なかった。
最も近くの大国である中国ですら、
日本を属国化しようとはほとんど考えなかったくらい、
東西文明の発生地点から隔離されたポジションにあった。
そのため、中国の文明を吸収しつつも独自の文化を
保持・発展させることが可能だったのだと思う。
黒船以降の西洋文化の洗礼も、
中国が列強に一手に食い物にされていたため、
それに学び、対応していけるだけの時間的猶予があった。
いわば、中国が盾になっていた、という構図だと思う。
結果的に、中国にも西欧にも遠いポジションを取れたため、
それぞれの文明に制圧されずに“内包する”という
いいとこ取りが可能になったのでは。
187世界@名無史さん:2001/03/18(日) 10:16
思想や宗教は19世紀までの科学技術の発展を考える上では、
必要不可欠だと思う。社会に対して保持していた影響力が、
現代とは比較にならないほど大きい。プロテスタンティズムが
19世紀アメリカの急速な成長の下地になっていたのは明らかだし。
西欧の中世的封建社会から市民社会の成立いたるプロセスで、
宗教の果たす役割が、貴族による支配の道具→自主と自律の精神を
尊ぶ市民社会の下地、という形で変化したのでは。
その変化が科学技術の急速な発展のスタート地点になったのだと
思うのだけど。
長文ごめん。
188日本@名無史さん:2001/03/18(日) 11:50
>183
日本には権利と契約の概念が早くから発達して、
中国には今でもないって、何で断言できるの?
中国だって税金をいくらでも収奪できた訳じゃないだろ。
今の日本でもビジネスの世界では時として契約が踏みにじられたり、
契約書外の暗黙の了解があったりするもんだよ。
もう少し統計的に事実を出してもらわないと。
189RYU:2001/03/18(日) 14:24
大航海時代にインドやフィリピンまで寄って来た南蛮人が日本に寄り付かなかったのは何故だろう
「東方見聞禄」に代表されるように、西洋人の憧れは「黄金の国ジパング」に凝結していたのにも関わらず

さて、漢民族ではないがモンゴル人が日本を支配下に入れようとふんばった事実を踏まえて
今度は日本列島に塗された「虫除けスプレー」に付いて議論していこうではないか
190RYU:2001/03/18(日) 14:29
寄り付き切れなかった<訂正

191世界@名無史さん:2001/03/18(日) 15:10
192名無しさん:2001/03/18(日) 15:43
近代科学の典型のニュートン力学をみると、その核心には東洋には生まれにくかった発想法があると思う。
人間は神じゃないから、あらゆる天体を詳細に把握できるはずがない。 では、どうするか?
ひとつの道は、対象とする天体の範囲を限定し、その範囲についてはできるだけ詳しくなろうとする。 たとえば「月のことなら何でも知っている」という境地をめざす。
もうひとつの道は、天体の範囲は限定せず、すべての天体についていっせいにあることを「忘れる」。 ニュートンの場合、「あること」というのは天体の大きさだったわけだね。 つまり「質点」の概念の誕生だ。 質点なんて今では高校生でも知ってるけど、天体に大きさがあるのを承知の上でそれを意図的に忘れるっていうのは、すごいね。
対象の範囲は限定せず、すべての対象からいっせいにあるものを捨象して「単純な法則」に至るという、この発想法は、本格的な形では東洋には生まれなかったと思うけど、どうだろう。
193世界@名無史さん:2001/03/18(日) 15:51
既出ですが、議論が堂々巡りしているので書きます。
みなさん「銃・病原菌・鉄」という本を読んで下さい。
この本に>176さんの疑問に対する答えが書いてあります。
この本を読まないと議論が始まりません。

この本の内容は・・・・・
人類はそれぞれの大陸で、なぜ異なった発展の仕方をしたのか?
壮大な人類史のミステリーを鮮やかに読み解く世界的ベストセラー.
ピュリッツァー賞受賞


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794210051/249-7867297-0788334

http://www.google.com/search?q=%8Fe%81E%93S%81E%95a%8C%B4%8B%DB&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&hl=ja&lr=

http://www.nikkeibp.co.jp/br/BIZ4-7942-1005-1.html

194RYU:2001/03/18(日) 18:40
thank you>193
さっそく注文した.....いところだが。
その本を読んだ上で君はどんな結論を出したんだ?>193
195くー:2001/03/19(月) 19:18
NHkで見た白熊は北極近くの島に住み半年海豹の群を待つ。
海豹は概ね毎年やって来るが、年によってはこないこともある。
海豹の他にはめぼしい食料のない島で海豹のこない半年を白熊は共食いで生き抜く。
極北における白熊の生存戦略は自然を征服対象とする西欧近代科学技術の根本戦略の原風景である。
砂漠の過酷な自然とと羅馬帝国治下における植民地収奪の中で誕生したキリスト教が、砂漠よりも過酷な自然と乏しい太陽光の帰結たる低農業生産力のヨーロッパ半島に布教され、火と水の文化をより洗練させて、水車はやがて石炭を利用した蒸気機関に席を譲っていった。
石炭採掘労働の過酷さは世界史の挿し絵で炭坑で働く児童労働者の姿として記憶されているかもしれない。
しかし、Only yesterday 前自民党参議院議員のM氏も又、職種を異にすといえども高校生の身で地の底に潜って働いていたのでした。

196世界@名無史さん:2001/03/20(火) 00:37
銃・病原菌・鉄が以前スレで上がってたので買って、今3分の1ほど読みおわりました。
無学な私にはいろいろ斬新な見方が書かれてて大変興味深いです。
なぜ西欧が中東やアジアを追い越したのかについて、いろいろこのスレで真摯な意見が出て
参考になります。もし、みなさん御推薦の書がありましたら後学のためにご教授下さい。
197世界@名無史さん:2001/03/20(火) 05:41
>>179
>悟りといったの究極的事象は言葉(ロジック)では表せないという
>というのを読んだことがあります
インドではその結論を導き出すために高度な論理学が駆使されてたのよ。
198179:2001/03/20(火) 12:32

悟りの体験からロジックの限界の結論を導き、
物理に対する研究を軽視する風潮が、
どこかにあったのではと思います。
日本の例で考えると、禅は、一切の言葉、論理を廃止して、
悟りにいたるプロセスのみを追求するそうですが、
そういう文化が支配的だと、言葉を使う学問は発達しづらい。
逆にいえば、悟りの世界と物理をリンクさせた研究は、
これからの学問なので、東洋の役割は大きいと期待しています。

あと、同一民族が、いってみればユーラシア大陸の一番おいしいところに集まって、
安定した農耕社会を維持してきたというのは、要因の一つと思います。
新大陸探検の航海術、新兵器開発の必要性も薄かった。

それと、中国のあの膨大な漢字。これも要因の一つと。
199世界@名無史さん:2001/03/22(木) 19:36
仏教っていうのは物凄く論理的な宗教だよ。
禅宗みたいなのは特殊な例。
仏教の論理学はディグナーガ等によってアリストテレスと
同じ形式論理学も完成させていたし。
仏教が原因で科学が発展しなかったのなら
西洋に於てもキリスト教が原因で科学の発展は遅れたはず。
現にインドでは狭い範囲でながら、西洋に先立って
微分積分の方法を考え出していた。
平均値の定理やロルの定理もインドで発見されていたらしい。
200世界@名無史さん:2001/03/22(木) 20:07
しかしインドでは仏教が思想の主流だったとは言えないんでないの?
201吾輩は名無しである:2001/03/22(木) 20:40
数学的能力はこれまで労働能力として評価されてこなかったが、先進諸国におけるソフトウエア技術者の不足から世界的に数学方面で卓越したインド人の能力が注目されている。
202世界@名無史さん:2001/03/22(木) 21:11
平均値の定理やロルの定理って、ちゃんと定式化してちゃんと証明することに意義があるんで、それ自体は大雑把に見れば「当たり前のこと」じゃないの?
微積分の基本定理のような「驚くべき発見」という性格はないんでは?
ちなみに日本の和算家も「微分」と「積分」はそれぞれ発見していたが、両者が逆演算であるという微積分の基本定理にまでは到達できなかったと言われてるね。
インドでは、到達できたのかな?
203世界@名無史さん:2001/03/23(金) 01:07
>178
ワラタ
204世界@名無史さん:2001/03/23(金) 03:59
>>202
日本にあったのは定積分だけ。微分も不定積分もなかった。
つまり関数解析の方法として微分積分が理解されていたわけじゃない。
インドの数学についてはよく知らないけど、わざわざインド人が発見した
なんて言われるくらいならちゃんと証明されてたんじゃないの?
それなら微分積分も関数と結び付けてちゃんと理解してたってことじゃないかな。
205204:2001/03/23(金) 04:01
ていうか日本には「関数」という考え方はあったのかな?
関数の概念がちゃんと存在しないと平均値もロルもないと思うな。
206204:2001/03/23(金) 04:13
よく考えてみりゃ関数と結びついてなきゃ積分はともかく
微分なんて有り得んよな。アホだった・・・。
207202:2001/03/23(金) 05:07
>>205
別に和算に平均値の定理があったなんて言ってないけど。 (199さんを参照)
和算家に現在の「関数とは写像のことなり」っていう考え方があったかと言えば、それは無かったに決まってる。 しかし、そんなことは実はそれほど本質的じゃない。

ヨーロッパだって、ディリクレが「関数には法則がなくてもよい」と言うまでは、関数とは何らかの法則か、規則か、まあ「超越的な式」だと思ってた。 現在の解析関数(テイラー展開可能な関数)にあたるものだけを考えてたわけだね。 しかし、現在の関数概念を持っていなくても十分に深い数学を展開していた。

ただしそこには厳密でない部分もあって、19世紀になってからコーシーが微積分を厳密に再編成し、平均値の定理の役割が大きくなったわけだね。
それ以前の段階では、平均値の定理なんて定理と呼ぶにも値しない「当たり前のこと」だったんじゃないの? (証明されてたと言ってるわけじゃないよ。) がんばってオイラーの著作でも読めばわかるだろうけど・・・。

和算の関数概念について調べたわけじゃないけど、「超越的な式」みたいな概念が全くなかったなんて、ありえないと思うな。 「コーシーの段階」になるまでは、それがあれば十分だよ。
和算で微分が発見されてたと202でうっかり書いてしまったけど、歴史の専門家じゃないので実は知らない。 発見されてなかったのなら、ソースを教えてくれないかな。
208205:2001/03/25(日) 02:24
>>204
205の2行目は独り言みたいなものだから気にしないでね。
和算に微分がなかったという根拠は岩波新書から出てる
「日本の数学」という本。かなり前に読んだからはっきりした
ことはあまり覚えてないけどね。
それを読んだ感じでは、日本の積分というのは図形の面積や体積
を求めるための手段でしかなかったみたい。
もちろん円周率とか三平方の定理とかあったわけだから「超越的な式」の
概念が全くなかったとは思わないけど、しかしそれに対する意識は
かなり希薄だったんじゃないかと思った。
和算っていうのはどうも文字通りの「算数」で、代数の問題や
図形の面積、体積、長さを求めるという問題がほとんどみたいです。
だから素朴に「傾き」なんてものにさえ興味があったかどうかさえも
疑問に感じる。ただ積分があるってことは曲線を式で表すという
ことは行われてたってことなのかな?
sin、cos、微分知らずで円の面積を求める方法ってのも、数学科じゃないし
俺の知識ではとても想像つかんな。その辺はよくわからん。
209207:2001/03/25(日) 17:44
208
岩波数学辞典の和算の項目を調べてみたけど、和算には微分にあたる概念があったみたいだよ。
最も有名な和算家は関孝和(1642?−1708)。 ニュートン(1642−1727)やライプニッツ(1646−1716)と同時代の人。 彼の業績の中で「微分」に結びつきそうなものをあげると・・・。
「数値解法に関するニュートン法と同様の方法の発見」、「整式の導関数の導入と判別式の概念の樹立」、「適尽方級法による極大極小論」、「ニュートンの補間公式に相当する公式」など。
関に続く建部賢弘(1664−1739)なんかも驚くような仕事をしてるけど、長くなるから省略する。
ただし、彼らにとって微分や積分は「概念」というより「計算術」だった、という批判はありえるだろうね。 「関数のグラフ」を考えていたのかどうかも興味深いけど、岩波の辞典ではわからない。

円の面積だけど、厳密さを気にしないなら簡単に出る。 内接する正n角形をとり、隣り合う2頂点と円の中心を結んで2等辺三角形をn個つくる。 nを無限大にすると2等辺三角形の面積の総和は円の面積に収束する。 2等辺三角形の高さは半径に、底辺の総和は円周の長さに収束するから、「1/2・高さ・底辺」から円の面積が出る。
210208:2001/03/26(月) 04:05
>>209
おお、そういや中学のときにその方法で円の面積求めれるって習ったな。
すっかり忘れてたよ。
211RYU:2001/03/26(月) 18:42
>179、197
ちょと極端かもしれないが
答え:「釈迦が必要なしとしたから」ではどうだろう
仏教徒にとって戒律とは絶対的なものである
例:帯妻の禁(例外:日本仏教)

どうかな?

仏教徒の目標はあくまでも「悟りを開く事」であるので、内的論理性や直感も制約され限定的であろうし(禅・唯識)
律宗の如く自らを外的規範に委ねる事で認識を形成していく方向に集約されるとおもうのだが。

キリスト教圏で科学が発達したのは、なんでだろうね。
仏陀は事実存在していたので証明する必要は無かったが(修行あるのみ)
宇宙の創造主たる神の存在は証明する必要が生れてしまったということですか?

教えて?

212RYU:2001/03/26(月) 18:54
あ、イスラムやインドでも科学的思考は発達していたんだったね

すると、仏陀が居なかったからかな
 つまり、支配的宗教が仏教のような精神衛生学じゃなかったから?

213世界@名無史さん:2001/03/26(月) 19:02
>211
まず第1に、ヨーロッパには、ギリシャ文化の下地があった。
第2に、神とキリストと聖霊というややこしい三位一体の関係のため、
聖書にさまざまな解釈が生じ、たとえば神とキリストの関係を論じるアリ
ウス派のような派が発生し、その多くは異端とされたが、異端を異端とす
るためにも正統な解釈が必要になり、神学が発達した。
これが、第1のギリシャ文化と結びつき、論理的に真理を追究しようとい
う姿勢につながった。
初期の大学はたいてい、神学のためのものだったのだ。
214RYU:2001/03/26(月) 19:06
てことは、単純に中国の支配的宗教が儒教であり、流行ったとしても儒教と言う風邪マスクを通過しやすい仏教道教(内面救済の為の)だったからですかぁ??

そういや19世紀になんたらとかいうキリスト教宣教師が中国で布教しようとして上手くいかなくて本国に帰って分裂症になったって記録がありましたね
「中国人はキリスト教を必要としないのだ!」とかいって

現代中国の事情はどうなんでしょう
韓国ではキリスト教徒は多いと聞きましたが
215白頭:2001/03/26(月) 19:06
創造主という概念から宇宙の設計原理という発想が出てきたけど、
そんな前提の無い地域では宇宙の設計原理という発想が出なかった。
虚心坦懐に見れば星空は光の点がランダムに散らばっているだけだ。
そこに何らかの秩序があると考えるには、
特殊な条件が揃う必要があった。
創造主の概念・占星術・数学的な宇宙というプラトニズム。
こういう神秘主義のないところでは、
科学は本草学みたいな実用学に留まってしまうのが当然だろう。
つまり、中国人はあまりにリアリストでありすぎたから、
科学を創始する事ができなかったのだ。
216RYU:2001/03/26(月) 19:21
実用科学と抽象科学 併用(補い合う)すればいいアルね

根っこが違うのだから「留まっている」という表現はいかがなものか...

注:私は中国人ではありません
217名無しさん:2001/03/26(月) 20:29
支邦には科学はなかった。技術はあってもね。
科学と言うの分類という意味だ。
言葉の定義から入りたい。
218RYU:2001/03/26(月) 20:37
参考

かがく くわ― 【科学】

〔science〕
(1)学問的知識。学。個別の専門分野から成る学問の総称。「分科の学」ないしは「百科の学術」に由来する。
(2)自然や社会など世界の特定領域に関する法則的認識を目指す合理的知識の体系または探究の営み。実験や観察に基づく経験的実証性と論理的推論に基づく体系的整合性をその特徴とする。研究の対象と方法の違いに応じて自然科学・社会科学・人文科学などに分類される。狭義には自然科学を指す。

219世界@名無史さん:2001/03/26(月) 21:13
>>209
和算で円の面積を求めるために使われてたのはその二等辺三角形の方法だよ。
というか和算の微分積分的な考え方はそこから始まった。円理という。
円理の初期段階での貢献者が関孝和、完成者が建部賢弘と言われるらしい。
22083:2001/03/27(火) 17:15
 自然科学の発展と科学の結びつきについて、東洋と西欧では違うっていう
議論になっているけど、どちらも宗教という阻害要因があったとは思う。
ただね、学問や発明をする人間はある程度の豊かな文明でないと頭数が揃わない
とだめだとも思う。豊かというのは、戦争があっても、学者や何かを発明される
ような人間が、職を持って働けるということ、それとそれらの人間が情報交換で
きるメディア的、システム的なもんでね、学問は理論と弁証、あるいは実際の証明
によって成り立つはずだから、どんな文化を持とうが、時間さえかければ、自然
科学は生まれると思うのだが、これ如何に。
221世界@名無史さん:2001/03/27(火) 18:25
だからそれなら何故西洋が飛び抜けて早かったかってことが問題なんでしょ?
222世界@名無史さん:2001/03/27(火) 20:29
厨房なのでよく解らないのですけど、唯物論者って220さんみたいな人?
223世界@名無史さん:2001/03/27(火) 20:38
>>220
その文化そのものが不変のものじゃないでしょうが。
文化が時間をかけて変化することによって科学が生まれたんだろ?
西洋だって文化が中世のままだったら近代科学は生まれてねーよ。
22483:2001/03/27(火) 20:39
>218
漢字文化圏は物事を体系化するのと分類化するのは弱いよね、
やっぱ表意文字の影響があるのでは、、

>221
もちろん、だからこそ、儒教や仏教のある文明から、自然科
学的な発想は生まれてこない訳ではないのではないかな?とは思う。
キリスト教文明もある意味では似たり拠ったりなのではと、、、
問題は社会の成熟度というか、法的な考え方や情報の流通(文字の形態も含まれる)、
社会の経済的要求、まあいろんな要素が絡みあっているけど、
宗教的なものに換言するのは如何かと思うのだが、、
225世界@名無史さん:2001/03/27(火) 20:47
厨房なのでよくわからないんだけど史的唯物論って何?>83
226吾輩は名無しである:2001/03/27(火) 21:47
キリスト教と資本主義の関係はよく議論されますが、自然科学とキリスト教の関係は声を潜めてしか語られることがありません。
それでも、ニュートン力学には何となくキリスト教の影が感じとれそうです。
又、パソコンのウインドウズの設計思想にはユダヤ教の影がないとは言い切れません。
しかし、例えば量子力学にキリスト教の影響はあるのでしょうか。量子力学を知らないので全く検討が付きません。
227世界@名無史さん:2001/03/27(火) 22:02
キリスト教から出発してキリスト教からかけ離れてきたって事は無いんですか?
<量子力学

当方、量子どころか相対性理論も解析力学もニュートン力学どころか初等力学すらおぼつかない文系厨房ですが
228世界@名無史さん:2001/03/27(火) 22:11
>226さん
ウインドウズ設計思想へのユダヤ教の影とは例えばどんなところに見られるのでしょうか
229名無しさん@1周年:2001/03/27(火) 22:24
ICON
230世界@名無史さん:2001/03/28(水) 10:06
自然科学はキリスト教から派生したと聞いたことがあるけど。
231世界@名無史さん:2001/03/28(水) 10:17
>229
アイコンってWINが先につくったんじゃないだろ。
232世界@名無史さん:2001/03/28(水) 11:17
>226ニュートンは神の実在を証明するため万有引力について
考察をめぐらしたのだ。
>230
西欧における科学の使命は元来、自然は無秩序ではなくそれに
秩序を与える超越的な意思=神の存在の証明にあったんだよ・
だから偉大な科学者は同時に偉大な哲学者でもあったわけだ。
233つうかさ:2001/03/28(水) 14:31
自分が工業化直前くらいの段階の社会に生きていると想像してみ。
和算なんて「計算パズル同好会」みたいなとこでやってたわけだし、
近代前期の西欧の天文学にしても「マニアックな占星術」だろう?
次の時代の発展の芽がそういう所にあるという後知恵なしに、
そういう連中を知ったら、キショイヲタクに見えるはずだ。
そういう奴らのヲタク趣味が実用につながる社会条件がなかったら、
歴史に影響しないまま埋もれていく方が自然なんだと思うよ。
ダヴィンチの発明ってそういうもんだよね。
234吾輩は名無しである:2001/03/28(水) 19:10
自然科学の成立は固有性の産物である。
従って自然科学は本来的に普遍性とは無縁の科学である。
克服対象たる自然を操作する論理技術の体系以上の存在ではありえぬ。
医学も又自然科学の一応用分野に過ぎず、普遍性とは無縁の学問体系である。
ある帝大卒医学部教授の裁判の判決を聞いて指が走ってしまった。

235名無しさん:2001/03/28(水) 21:48
はじめのほうのレスで出てたけど、宋が中国史上の黄金時代だったと思ってる人は結構いるみたいですね。
どんな点が優れてたんですか?
以前NHKの番組で、社会的弱者救済の施設があったといってたような・・・。
236世界@名無史さん:2001/03/28(水) 22:57
>235
宮崎市定さんがその観点で中国の近世を説明しているのがこの意見
の元でしょう。
237230:2001/03/29(木) 00:43
>232
神の証明というのならば哲学というよりは
神学から派生した、と見ていいの?
238実習生さん:2001/03/29(木) 01:16
「モンゴルの残光」豊田有恒
面白いョ。
239名無しさん@1周年:2001/03/29(木) 08:07
パスカルでもそうだが汎神論的キリスト教だな。
イギリスの帰納法的発想もまさしく各事物に
神が与えた法則が隠れているってな感じだな。
多神論に近いな。ハイゼンベルクが絶賛した古代ギリシャもそうだが、
古代ギリシャの抽象的な科学に具体的な実験を与えたイギリス経験論の源にも
素朴な汎神論的自然信仰が感じられる。
そしてそこに技術と科学の結合の萌芽がある。
道具たる技術と発想たる科学の結合はギリシャ科学や
キリスト教の影響が比較的少ない都市生活より自然を愛す
ヨーロッパ北部イギリスから生じたのは皮肉なものだ。
240世界@名無史さん:2001/03/29(木) 16:53
結局、資本主義が確立されていく過程で社会がどれだけ科学技術の裏付けが
必要だったかの差ということでいいんだろう。

どう言おうが、それ以前でどの文明が進歩していたとか、自由だったとか、
合理的だったとか、主張してもほとんど差はでてこない。
キリスト教の支配が偶然、世俗内禁欲を生み出したことが、それ以前の社会
や文明のゆっくりした発展との決定的差。

古典ギリシアが公理、証明法打ち出してても、無限少数展開可能にしたイ
ンドの数学無くして、極限もくそもない。
フェルマーもニュートンも、ユークリッドより、インド数学の弟子。
上で出てくるように、計算術でいいなら日本の和算も追いついている。
そのレベルでは差は無い。
241名無しさん:2001/03/30(金) 18:57
インド数学は日本に伝来しなかったのですか?
242無学で済まぬ:2001/03/30(金) 23:07
インド人は零の概念と0記号の両方を発明したのですか。
ニュートンは微積分による力学を構築しましたが記号はライプニッツに譲らざるを得ませんでしたがインドではどうだったのですか。
243名無しさん:2001/03/30(金) 23:45
同じく無学なので、史実ではなく感想を書きます。
「インド数学」に関する権威のある著作ってあるんですか?
あるならその内容を紹介してもらってから、それに基づいて考えればいい。
なんか虚像に基づいて議論してるような気が・・・。
244ええと:2001/03/31(土) 00:18
ヒンディー語の数字で零は「o」みたいな感じ。
でも、アラビア語の数字では「・」なので、
実はインドでも昔は「・」だったんだろうと思う。

日本語の文字では「パ」と「バ」の区別がつきにくいから、
手書き文字では、点や丸が大きくなる方向に変化してきたけど、
同様の事情で、ヨーロッパとインドで別々に、
「・」が丸に変化したんだろうと思う。
アラビア数字では五を丸で表記するので、
零が「・」のままに留まったんじゃないかな。

あるいは、漢数字で「二〇〇一」なんて表記するのと同じ理由で、
ヨーロッパ的字形に近づけたのかもしれない。
ともかく、インド数字→アラビア数字→ヨーロッパ数字、
という伝播の過程で文字の形は相当に変化したし、
各地域での後の変化もあるので、字形の比較にはあまり意味がない。

個人的には、マヤの二十進数字が一番論理的で美しいと思う。
245あやめ:2001/04/01(日) 08:08
>243
ゼロ関係では吉田洋一さんの「零の発見」(岩波新書)が戦前の古典的名
著とされてましたが、現在の研究者の一般向けの本としては林隆夫さんの
「インドの数学-ゼロの発明」(中公新書)が入手しやすく文系にも読み易
いです。ジョージ-G-ジョーゼフ著「非ヨーロッパ起源の数学」(講談社ブ
ルーバックス)はインカ・マヤ・エジプト・バビロニア・シナ・インド・アラビ
アの数学の概念を得るのに便利な本です。
246:2001/04/01(日) 08:27
数学板で似たようなスレがあるけどたいした情報はないみたい

http://cheese.2ch.net/test/read.cgi?bbs=math&key=982689364
247吾輩は名無しである:2001/04/01(日) 17:43
本スレッドの黙示的前提として近年の中国製消費財及び食料品の品質向上がある。
中国の消費財生産技術の発展はかっての中国文明の栄光を取り戻しつつある。
しかし、その生産技術は諸外国からの技術移転によることが多い。
本スレッドは過去を語って未来を見据えようとするものであるかもしれない。
ことに中国とインドの文明発展過程の相違は今後の両文明の推移を予見している。
248世界@名無史さん:2001/04/01(日) 18:22
3次方程式の解法などは相当先にアラビアでやってたはず。
カルダノとかとのつながりがよくわからないが、わかる人いますか。
虚数とかどうだったんだろう。
本がどこかに埋まっててみつからないのでお願い。
249世界@名無史さん:2001/04/01(日) 18:40
数学でアラブにヨーロッパが遅れてたのは事実だろう。
250名無的発言者:2001/04/02(月) 05:48
東西文明衝突の衝撃は千年後の今日まで残っている。
251249:2001/04/02(月) 21:40
数学全般というより代数学と数論だが。訂正。
252名無しさん:2001/04/02(月) 22:12
>>245
本の情報ありがとうございました。 「零の発見」は入手できたけど、他の2冊はまだです。
エミール・ノエル編著「数学の夜明け」という本を見つけました。
インド数学を扱った部分(13頁しかない)を簡単に紹介します。

BC8−4世紀ころ集成された幾何学書には、三平方の定理や2の平方根の近似値が書かれていて、作図や等積変形が扱われている。 ただしギリシアの幾何のような論証性はない。
AD6世紀初めの天文学者アールヤバタの著作では零を利用した10進記法が用いられている。 このころ基本的演算として加減乗除、平方、平方根、立法、立方根が使われていた。 アールヤバタは、平方根や立方根を筆算で求めるとき現在用る方法を既に使っている。 また2元連立1次方程式や2次方程式を解いている。 三角法や球面三角法もかなり発達していたらしい。
7世紀、ブラーマグプタによって代数が自立した分野になった。 彼は未知数を表すのに幾つかの文字を用い、分数と負の数を巧みに使って連立方程式を解いた。 ヨーロッパが同じ技法に達するのは16世紀である。 また彼はニュートンの補間公式の特別な場合にあたる規則を見いだした。
15世紀、マーダヴァは円周率の無限級数表示(を導く規則)を得た。 またサインとコサインに限ってだが、変数が微小増加したときの関数の展開(テイラー展開!)を行っている。 タンジェントの逆関数についても、級数展開に相当する計算も行った。

以上です。 微分の方向ではかなり進歩してたような・・・。 面積・体積など積分に結びつくものについては、この本では触れられていません。 原著は1985年に出ていますが、インド数学に関する発見が相次いでいると述べられています。 その後に「インドの微積分」についての発見があったのかもしれません。

 
253名無的発言者:2001/04/02(月) 22:18
森田さんを久しぶりに見ようとしたら、手嶋支局長が大活躍されていた。海老沢会長も大いに喜ばれたことでしょう。
乏しい知識を動員するとハリウッド映画13デイズに行き着いた。
キューバ危機での偵察機の戦略的役割が克明に描かれていた。
後世21世紀初頭における東西の単発的な衝突は海空において偶然に発生したと記されよう。

254世界@名無史さん:2001/04/02(月) 22:26
ワーキングメモリーは人間の脳であっても一般に稀少である。
計算をするに当たって数字が容量を消費することは最小限に押さえたい。
算盤の暗算は数字に置き換えを用いて数字記憶容量の最小化を図ったものである。
情報量の過剰な漢字は表音文字に比べて少ないワーキングメモリの使用で意味を読みとることが可能だったのではないか。

255名無しさん:2001/04/03(火) 00:43
>>248
252で紹介した本にアラビア数学の章があり、3次方程式関係のところだけ読んでみました。
アラビア数学で主にやられていたのは、3次方程式を変数変換で簡単な標準形に移すという研究だったらしい。 標準形になった3次方程式を根号を用いて解くところまでは行ってなかったようです。
ただしアル・ハイヤーム(オマル・ハイヤーム:詩人としても有名)は、円と双曲線など円錐曲線どうしの交点を用いていわば幾何的に3次方程式を「解いて」いる。
虚数との関係ですが、3次方程式の係数は有理数として3解とも実数の無理数のとき、実数の範囲での根号だけを使って解を表すことはできない。 たとえばファン・デル・ヴェルデン「現代代数学」§58に証明があります。 3次方程式の解法を探していたカルダノの時代に虚数が導入されたのは、今から見れば不可欠のことだった。
256世界@名無史さん:2001/04/03(火) 01:10
>>254
記憶の容量でなら、中国語の数詞はみな一音節だけど、
欧語だと二音節の語が多かったりするね。
意外に関係あるかも?
257世界@名無史さん:2001/04/04(水) 23:26
新庄選手の活躍が目覚ましい。
日本のプロ野球選手が大リーガーで通用する事を証明するためには野茂とイチローだけでは足りなかった。
中国が先進国の一員になる可能性は低くない。
しかし、未だ発展途上にある。
258世界@名無史さん:2001/04/04(水) 23:39
膨大な漢字の丸暗記は、脳に良くないと思う。
それだけで疲れる。
259世界@名無史さん:2001/04/04(水) 23:46
かんじはすこししかおぼえてないけれどわたしもつかれたもうねよう。
260名無しさん@1周年:2001/04/06(金) 13:36
漢字の暗記もできないドキュソに学問を語る資格なし
261名無しのオプ:2001/04/06(金) 14:19
暴論だが、科挙制度が中国の科学の発展を妨げたのではないか
と思う。
262248:2001/04/06(金) 15:47
>255
サンクス。
>虚数との関係ですが、3次方程式の係数は有理数として3解とも実数
>の無理数のとき、実数の範囲での根号だけを使って解を表すことはで
>きない。 たとえばファン・デル・ヴェルデン「現代代数学」§58に
>証明があります。 3次方程式の解法を探していたカルダノの時代に
>虚数が導入されたのは、今から見れば不可欠のことだった。
技術的必然性がある訳ですね。

263世界@名無史さん:2001/04/06(金) 18:22
太古から地球は太陽の周囲を回転していた。
しかし、輸送手段としての回転運動の使用は過去一万年以内である。
そして、積の計算による回転の数学的表示は過去千年以内である。
地球の周囲を回転する人工衛星は過去百年以内である。
前世紀極東にあって日本・中国・北朝鮮は人工衛星 新月 を誕生させた。

264世界@名無史さん:2001/04/06(金) 18:23
それにしても、中国一国と「欧州」ひとまとめを比較するのってどうなんだろう?
何か馬場一人と新日全部を比べてる気がする。

そもそも産業革命を「発明」したのはイギリスだけだし、
そのイギリスで産業革命を促した植民地政策はポルトガルやスペインが
やってた事を後追いしただけ。
今現在はと言えばこれらの国は停滞気味で科学技術はアメリカが
ダントツになってる。

要するにここでも何度か出ていた国家や権力の細分化と激しい競争の為に
ある国が発明したものを他の国が横取りして強大化していくプロセスを
積み重ねた結果が欧州全体の発展を促し、中国では長年の安定状況と
対外的な競争相手の不在が停滞を引き起こしたという事でいいんでない?
265世界@名無史さん:2001/04/06(金) 18:58
対外的な競争相手の不在が停滞を引き起こしたが、採油屋親子の懸命な努力によって虎は目覚めようとしている。
266世界@名無史さん:2001/04/06(金) 22:16
>264
ただ、中国一国でラテンとゲルマンあわせたくらいの文明圏だった
わけで、1でいうように、長い間、文盲率もたかいドキュソ文明だ
った(聖書がラテン語訳しかなくて、庶民に知識与えようとしなか
った。)ヨーロッパが逆転した発展の意味は大きいぞ。
イギリスが停滞してるといったって、資本主義でも政治制度でもア
ジアよりは上だよな。
267名無しさん@1周年:2001/04/07(土) 00:07
>>264
中国一国とヨーロッパ(特に西欧)は対比できると
思う。
春秋戦国時代あたりは中国もバラバラだった訳だし、
互いに競い合った。
ただ、秦が中国を統一し、文字や単位などを一つに
してしまい、さらに漢において儒教を国教とし、
中国全土に思想統制を行った。
これらの行為によって中国は一つ、統一されているのが
普通という意識を中国人に与えてしまったのかもしれない。
268世界@名無史さん:2001/04/07(土) 06:00
つまり、仏蘭西料理と伊太利料理と西班牙料理の差は広東料理と四川料理と北京料理の差よりも小さい。

269世界@名無史さん:2001/04/07(土) 06:23
中国は国内いや文明圏の統一で手一杯。一つの世界を
形成している。その中心が中華。彼らは実学のひと。
統一できればオッケー。ヨーロッパが植民した経緯を考えろ。
なぜ一国で支配できなかったか?
ヨーロッパでカール大帝のみが短期間成し得た統一を
中国がコンスタントに成し得ている理由は何か?
儒教が宗教でなくイデオロギーに近い理由は何か?
中国の植民化が他のアジアアフリカに比して短期間で済んだ理由は?
テクノロジーの実際の意味は何か?
答えはすぐでるよ。
270世界@名無史さん:2001/04/07(土) 07:48
>>269
俺にはでないよ。ちゃんと語ってくれ。

271世界@名無史さん:2001/04/07(土) 08:47
ただ、イスラム考えりゃわかるが、分裂による競争だけで
説明できるわけがない。
統一なり、儒教なるが悪影響残したのは事実でも、本質は
そこにあるわけがない。
ヨーロッパとの差は資本主義を可能にした職業倫理の確立
の問題に行き着くだろう。
272世界@名無史さん:2001/04/08(日) 18:32
地理の分野から考えてみたけど。
中国は比較的周りが山岳地帯や砂漠に囲まれてある程度
文明が広まってしまうとそれ以上は広まらず、
新しい文化が流入しにくいためその範囲の文化・技術が
同質化してしまう。それに対してヨーロッパはアルプス山脈などがあるが
それ以外は比較的交通に不自由ではなく人間の交流が容易である。
つまりヨーロッパでは文明の広がる土地が中国に比べ広く、その結果文化の差も
大きくなり政治的統一もなく切磋琢磨が生まれたのかと思う。
とりあえず素人考えなので。
273吾輩は名無しである:2001/04/08(日) 20:49
ヨーロッパ半島の穀物生産力は地中海世界に偏していた。
しかし、ヨーロッパの農業生産力の一方には牧畜があった。
牧畜の背景にはヨーロッパ半島を覆う森があった。


274世界@名無史さん:2001/04/14(土) 22:34
あげ
275世界@名無史さん:2001/04/22(日) 15:18
ヨーロッパ社会は基本的に小麦を主食とする粉食社会であった。
従って、粉をひくために早くから水車は必要な技術として広汎に普及していた。
これに引き替え米食社会では、白米を食するようになったのは早くとも江戸期、
多くの国では近代になってからであった。
その上、石臼を回すより、米をつくことは遙かに労力を要しないことであった。
戦中、子供が一升瓶に米を入れて笑いながらついている写真を見た人もあろう。
そのため水車動力はかなり遅くなるまで必要とされなかったのである。
イスラム圏も、粉食社会であったが、四季を通じて流水を容易に得られる地域は限られていた。
かくして四季を通じて雨量が均等している西岸海洋性気候のヨーロッパだけが、
機械動力の第一段階たる水車に親しむことができたのである。
このことは、カムやクランク、歯車といった、機械のシステムに早くからなじむこととなった。
これは中世にいたって、より工業的な過程に水車を用いることを容易にした。
14世紀頃からは、少しづつ科学も復興してきたが、もちろんその原因に、機械が身近なものとなったことがあるのは否定できない。
大航海時代に幕開けはこれらの技術と経済の発展の結果だったのである。
276世界@名無史さん:2001/04/22(日) 16:29
>275
日本が水車の無いので技術が遅れたというのもわからないでもないが、
逆に日本が近代化後すぐ資本主義の頂点に立てた理由が逆に説明でき
ない。
唯物史観だとそうなる。
277世界@名無史さん:2001/04/22(日) 16:33
>275
もっと、ゲルマンの個人の法の発達とか軍隊組織における個人への
権力作用の発達とか日本の信用の発達とかいろんな観点から勉強し
た方がいい。
278世界@名無史さん:2001/04/25(水) 23:26
>276
ところがその水車だが、日本においては非西洋ではまれなほど江戸中期以降水車が発達した国なのである。
これは、江戸期において都市を中心に白米を食するようになり、かなりまとまった量に精米が必要になったのと関係がある。
また、部分的には、清酒業、製糸業、伸銅などにも使われるようになった。
開港とすると、水車の発達はますます拍車をかけた。
このことは、明治初期の工業によほど大きな助けとなったと考えられるのである。
かくて日本の江戸期は、米食社会では珍しくアジア的古代社会から中世を独自に切り開いたと評価できるのである。
279世界@名無史さん:2001/04/26(木) 22:38
>その上、石臼を回すより、米をつくことは遙かに労力を要しないことであった。
>戦中、子供が一升瓶に米を入れて笑いながらついている写真を見た人もあろう。
>そのため水車動力はかなり遅くなるまで必要とされなかったのである

>かくて日本の江戸期は、米食社会では珍しくアジア的古代社会から中世を独自に
>切り開いたと評価できるのである

どっちなんだ。何がいいたいのだ。
技術が社会で発達してたからその社会は発達したのトートロジーでないなら
もっと分離して実証できるデータだせ。

減点。
280世界@名無史さん:2001/04/26(木) 22:51
>278
集団の心性とか、所有関係、法のあり方とか全てを捨象して、個々の
物とか技術とかいいたてても、通用する議論を作るのは無理だぞ。
281世界@名無史さん:2001/04/26(木) 23:04
>278
日本一つとっても貨幣とか流通とか商業資本の発達とかいろいろ
あるのに水車で全て説明するのは無理だぞ。
282世界@名無史さん:2001/04/26(木) 23:13
でもまあ、単に要素の一つとしてとらえるならば、興味深い説ではあるな。
水車説。
283281:2001/04/27(金) 20:28
>282
それは認める。
ただ、278で日本まで水車でどうこう説明しようというのが無理筋だし、
全て説明できるかの書き方にちょっとカチンときたので強く当たってみた。
284世界@名無史さん:2001/06/06(水) 19:50
age
285田中洸人:2001/06/08(金) 02:28
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/3422/mat11.htm
夏は冬よりも太陽から遠いことがわかります。
286名無し:2001/06/08(金) 21:43
支邦に科学なんて無かった。技術だけでしょう。
理科系の学校が無いし。
西洋にはギリシャ、ローマの文化があった。
支邦には何も無かった。
287名無しさん@1周年:2001/06/08(金) 22:05
しほうマンセー
288自転車小僧:2001/06/09(土) 02:13
最初に戻して良いですか?
中国の三大発明がなぜ中国で発達しなかったか。
過去レス全て読みましたが、中国でこれらがどう使われたかの
分析はほとんどなかったので補足説明させていただきます。

印刷術→経典やお札の印刷、結構広く行き渡っていたようで
    唐代には敦煌より西、南は四川、雲南にもあったそうです。
    活版印刷は唐代に実用化されていますが、木活字です。
    今の新彊あたりでウイグル文字の木活字も見つかっています
    が、やはり経典用。
    それから皆さんご指摘のように漢字は種類が多すぎるので、
    版木を彫る方が安く早くできます。それに職人は彫った字数
    で給金をもらえるので活字化には消極的だったようです。
    ちなみに西洋の鉛活字を使った中国最初の本は清・康熙年間の
    『古今図書集成』と言う百科全集です。さらに蛇足、有名な『四
    庫全書』は全て手書きで4セットのみ作られました。

火薬→ 武器としての使用もありましたが、一番多く消費されたのが、爆竹
    と花火。宋代にはすでに花火があったそうです。どうしても呪術的
    イメージから離れられなかったようです。ちなみに今は爆竹を禁止
    する都市が多くなり、爆竹CD、爆竹ビデオが売れています。
    カラオケに爆竹100連発があったのには笑えました。

羅針盤→確かに鄭和の大航海のような時にも使われました。発明当初は戦闘
    時の位置確認用に指南車と呼ばれましたが、皆さんご存知の風水に
    使われだしてからはほとんど占い用のみになってしまいました。
    やはり呪術的要素が抜けなかったようで。

一旦使い道が決まるとなかなか他の用途を考えつかないと言うのが本当の
所でしょう。中国人自身も三大発明を発展させれば世界を牛耳ることがで
きたのにと悔しがっていることでしょう。
ほか、中国の発明品としては、歯ブラシ、サングラスなんてのもあります。
289世界@名無史さん:2001/06/09(土) 02:16
>288
中国人がサングラス発明してたとはちょと意外。
詳細おしえて。
290自転車小僧:2001/06/10(日) 01:20
>288
中国宋代に裁判の公平性を保つため、裁判官の顔色、表情を読み取りにくく
すると言うことを行いました。そこで使われたのが黒雲母の薄い膜を貼った
眼鏡、今で言うサングラスでした。沈括『夢渓筆談』に記述があったかな?
記憶が定かでないのですみません。しかしサングラスが中国の発明である事
は確かです。古い肖像画にも黒い眼鏡を掛けたものがありますので探してみ
ては?
蛇足:宋代は裁判の記録が結構残っていて、遠山の金さんみたいな裁判官も
いたようです。『包公案』等参照。

ちなみに歯ブラシは禅宗の修行の一環として行われていた漱口で使われたのが
初めとか。骨製の柄に豚の毛が植えられていたそうです。
291世界@名無史さん:2001/06/11(月) 19:18
289>290
ありがとうございます。
なるほどー。
中国のサングラスや歯ブラシ、日本にも入ってくればよかったのになー。
292世界@名無史さん:2001/06/11(月) 19:32
「初めは中国>欧州だったのに・・」という点を無視した意見が多い。

「なぜ欧州>中国になったのか」ではなく、
「なぜ中国>欧州→欧州>中国になったのか?」が問題なんですよ
293あのさ:2001/06/11(月) 20:41
「科学」を手に入れてからの進歩の速度は、
それまでとは桁違いに速くなる。
「科学」を手に入れた文明は、他の文明を追い抜くことができる。

中世の地球を観察している宇宙人なら、
最初にその段階に到達しうる文明の候補として、
中国・イスラム・ヨーロッパの三つを上げ、
それぞれ一長一短あるけどおおむね互角と考えただろう。
その中のどれが最初にゴールするかは、
歴史的なタイミングみたいなものの結果だろうと思う。
歴史を何度もリセットしてやりなおすことができたら、
中国が最初にゴールする時間線もたくさんあるはずだよ。
294にょ:2001/06/11(月) 21:35
>292
まああくまでもそれは中世においてではないかいな?
年代的に言うと中国で唐がおこった時あたりから、
15世紀くらいまでの間、ヨーロッパはいわゆる中世的停滞
だった。でもギリシャ・ローマ文明の頃は科学に於いては、
中国に比較できないほど西欧は進んでいたとは思う。
295世界@名無史さん:2001/06/12(火) 00:18

何で地中海世界が衰退して、西欧が発展したの?
中国のみならず、ヨーロッパの捉え方が大雑把じゃないのかな?
296世界@名無史さん:2001/06/12(火) 02:08
ギリシア・ローマの「科学」といっても、古代中国に差をつけていたのは数学だけでは?
数学も実用に直結した部分はそんなに差がついてなかったのかも。
ギリシアが実用と直接関係ない数学を本格的に展開したことこそ、中国との決定的な差のような気がするけど。
どうでしょうか?
297292:2001/06/12(火) 02:34
>>294
『ギリシャ・ローマ文明の頃は科学に於いては、
中国に比較できないほど西欧は進んでいた』
・・・・・・・・・新しい意見だ。
298ななし:2001/06/12(火) 03:16
>>294
当時の西欧はケルト人がそれこそ野蛮な生活を送っていましたが…
299名無しさん@1周年:2001/06/12(火) 05:07
日本はどうよ?
300世界@名無史さん:2001/06/12(火) 05:28
日本はない
301世界@名無史さん:2001/06/12(火) 11:57
ローマが滅んでから
中国:5世紀〜17世紀までの12世紀の間、世界一
欧(米):18世紀〜21世紀までの3世紀の間、世界一

中国は少なくても隋(字違うけど)〜明の時代まで世界一
の技術大国であり、経済大国であり、軍事大国だった。
粗鉄の生産量は確か18世紀まで世界一だった。
302世界@名無史さん:2001/06/12(火) 12:08
>294
当時の西欧では、シャレコウベで杯作って酒飲むて話きいたよ。
303世界@名無史さん:2001/06/12(火) 14:02
奈良の大仏
世界一の銅溶接技術
304世界@名無史さん:2001/06/12(火) 15:49
>>301
最も凄かった分野は書物。
18世紀まで世界に存在する書物の9割は漢文で書かれていたと言われている。
現代では世界に存在する書物の半分が英語で書かれていると言われてるが、過去の漢文はそれよりももっと凄かったわけだ。
305世界@名無史さん:2001/06/24(日) 09:28
age
306世界@名無史さん:2001/06/24(日) 15:47
技術としての科学と、
学問としての科学の違いみたいなものが
あるような。

印象論だけど。
307世界@名無史さん:2001/06/24(日) 17:17
>>306
日本でも同じようなことが言えるね。
308アマノウヅメ:2001/06/24(日) 17:58
科挙が長く続きすぎたのが原因の一つじゃないでしょうか?

偉くなろうと思ったら子供の時から文系の勉強しかしないし、
社会全体が科学を一段下のものとみなしているので
人材が集まらないし。
309ドクトル・ゲー:2001/06/24(日) 20:59
>>308
それはあるかも。
310世界@名無史さん:2001/06/24(日) 22:07
>>301
イスラム圏も世界一と言えたのでは?
311世界@名無史さん:2001/06/24(日) 22:38
>>301
十二世紀ごろからはイスラムが世界一だろ。
特に医学は。
312世界@名無史さん:2001/06/24(日) 23:51
宋が滅んだ頃から技術力トップの座は支那文明からイスラム文明に移りました。

宋代は文化、技術、産業の点で支那文明の絶頂期。
しかし、武力は弱く、周辺から圧迫され続けた時代でもあったので、技術史、文化史にまで話題が及ばない通史的な世界史のなかではどうにもぱっとしない印象がある。
313世界@名無史さん:2001/06/25(月) 00:10
現代の病院制度はおおむね十三世紀ごろのイスラムが
元になっているらしい。
314アマノウヅメ:2001/06/25(月) 00:18
>>312
儒教が浸透してから、武力が弱くなったんじゃないでしょうか。
君子は兵を用いず、とかいって武器を使うことを見下しますからね。

戦争を奨励するわけではありませんが、戦力を増強しようと
努力すると、科学が進歩するのは事実ですから。
315世界@名無史さん:2001/06/25(月) 00:20
世界最高の技術と産業を持ちながら武を蔑視してて武力が弱かった宋は現代の日本に通じるところがある。
316世界@名無史さん:2001/06/25(月) 02:44
中国ではイスラム文化圏との接触が難しいが、
ヨーロッパなら簡単と言うより必然的に接触がある。
やっぱり、異なる文化体系との交流の多さが発展には重要なのでは。
ヨーロッパという地域で見れば、中国よりも多様性が高いだろうし。

現在のイスラム地域が近代に到るまで(は)
高い文明を誇っていたのも同じ理由だと思う。

イスラムが西洋に抜かれたのは、西洋も中国とイスラムを通さずに接触できる方法を
大航海時代によって得たことが大きいと思う。

で、問題になるのは、
大航海時代以降の場合、イスラムと西洋の
どちらが外向的・商業的に中国との接触が多かったのだろう。
317世界@名無史さん:2001/06/25(月) 06:51
>>312 それは「軍事的に強い国がエライ」という価値観で編者が見た場合で、
「文化的」な側面から見ると、宋の時代は絢爛たる物だと思うし、軍事的征服史に
重きを置かない編者が纏めた本を読むと、「宋代の中国だったら、住んでもいいかな…」
と、思わせる。
ある意味、今の中国のルーツは宋だし。
それに宋の時代の、遼や金との関係は、日本とアメリカの関係を連想させるし、
宋の時代の「学生運動」とか読むと、現代日本との類似性に色々感慨深い思いを
させられます。
余談でした。
318世界@名無史さん:2001/06/25(月) 10:33
遼や金に金を払って「安全」を買ってたんだから確かに現代の日本に似てるなあ。
319世界@名無史さん:2001/07/11(水) 18:02
320世界@名無史さん:2001/07/17(火) 11:49
古いスレだけど、読んでたらおもしろかったので、こっそり書き足してみる。

中国が西洋に抜かれた原因は、やっぱり気候が大きいのではないか。
気候が温暖湿潤の中国は、麦よりずっと生産効率のいい稲作をすることで、
早くに生活に余裕を持つことができ、早い段階で高い文明を築くことができた。
逆に北ヨーロッパは気候が悪く生産能力が上がらないため、どうしてもお互いに
争う必要があった。それは産業革命の土台となる文明が芽生えるまでは、
足の引っ張り合いを強要するマイナス要因だったのに、一旦、文明的土壌が
完成すると、競争原理というプラス要素に転じて、爆発な推進をさせたんだと思う。

キリスト教史観の有利性を言う意見も多かったけど、宗教はどれも等しく科学には
抑制的じゃないかな? ヨーロッパ中世の暗黒時代を作った元凶はカトリックの禁欲主義
だと思うし、現在のイスラム圏の停滞もイスラム教の厳しい戒律から来てるんじゃ
ないかなぁ。むしろ仏教は縛りが少ない方なのでは。

でも宗教は結局人間の向上心を抑えきれず、産業革命みたいな形でいつかは爆発
するんじゃないだろうか? 宗教ではないけど、日本の近代発展も徳川時代の
現状維持主義で、たまりにたまった向上欲求が爆発した側面があると思う。

古いスレなのであえてさげておきます。
321便利な言葉:2001/07/19(木) 08:35
>>320
「一旦、文明的土壌が
完成すると」
・・・・なにこれ?
322バラバ:2001/07/19(木) 10:44
原洋之介氏の本を読んでごらん。
323おgyn:2001/07/19(木) 11:10
age
324トキオ:2001/07/19(木) 14:54
やはりイスラム・中国・欧州の三大文化圏の中で、
中国だけが孤立しているのが原因じゃない?
軍事的な脅威を感じないと技術は停滞するでしょ。
欧州の発展って、ウィーン包囲以降だと思うんだよね。

中国の場合、モンゴルや金などの諸民族による侵略も、
内に取り込んでしまう(中国化)してしまうから、
その意味でも真の軍事的緊張がない気がする。
325世界@名無史さん:2001/08/23(木) 02:49
中国は国土が肥沃で余りにも豊か過ぎたから、技術の進歩は軽視された。
326世界@名無史さん:2001/08/23(木) 06:17
>>325
そんなの迷信。でたらめだよ
327世界@名無史さん:2001/08/23(木) 06:29
あげ
328名無し:2001/08/23(木) 07:41
支那の社会は、個人的で技術は外に漏らさない。だから裾野が無い。
昔の日本もそうだった。

技術の共有は国家が確立してからだろう。
ナポレオンのロシア遠征用に,缶詰が発明された。

支那の歴代王朝は、常に国民を収奪しただけだから,
秘密主義が今も蔓延しているようだ。社会に信用が無い。
329世界@名無史さん:2001/08/23(木) 08:49
>>328
>支那の歴代王朝は、常に国民を収奪しただけだから
どんな王朝だってそうです。
330世界@名無史さん:2001/08/24(金) 01:22
包朴子あげ
331 ◆hdKm.ST. :2001/08/26 06:22
インドと中国→ヒマラヤ・・・・

中東と西欧→戦争だ!!研究だ!!

中国と中東→珍しい物をくれ。
332 :01/09/02 02:46 ID:LAjA4XFA
>>325みたく
はじめは「中国がリードしてたのに」って視点が欠ける奴が多い
333 :01/09/02 02:46 ID:LAjA4XFA
それは超歴史的事実だろ?
334世界@名無史さん:01/09/02 05:37 ID:LDEdgJ3c
一度頂点を極めた文明が再び世界史の主役となることは稀である。
しかし、中国は世界の工場として再び世界史の主役の座につこうとしている。
私の家の中は中国製の家具調度電化製品にあふれている。
2チャンネルへも漢字を使って台湾製パソコンでレスしている。
なぜ中国は再び世界の工場になったのか。
そしてなぜ世界の電脳部品工場はアメリカ西海岸と東アジアとイスラエルに集中しているのか。
なぜ中国がハードウェアに集中し、インドがソフトウエアに集中しているのか。
335世界@名無史さん:01/09/02 05:43 ID:PZVFOR2A
ただたんにヨーロッパにおける16世紀の
科学革命がなかったから。
336世界@名無史さん:01/09/04 20:21 ID:qO8CNk86
2000年、EUは中国に4兆8000億円の貿易赤字を記録したという。
少なくとも産業の力量はヨーロッパよりも中国の方が優越していた期間が長く、今日でも中国はヨーロッパに劣ってはいないのではないか。
337世界@名無史さん:01/09/25 21:41
338世界@名無史さん:01/09/26 14:01
ヨーロッパと中国の比較もいいが、俺にはもっと疑問
なのが、なぜイスラム圏は没落したのか?ということ。
あと上の疑問とは全然関係ないけど、なぜ小さなギリシャ
が一時的にでも中東世界を征服できたのか?
339世界@名無史さん:01/09/26 17:53
>>336
貿易赤字で判断してもしょうがない気がするが。
340世界@名無史さん:01/09/26 18:27
>>332
ていうかはじめはどのように中国がリードしてたの?
産業は発達してても数学や物理などの自然科学の分野では
イスラムや西洋に常に遅れをとっていたということはないの?
341世界@名無史さん:01/09/26 19:11
>>340
数学や物理学などが技術と関連するようになったのは「科学技術」の成立後。
つまり産業革命以降。
それまでは科学と技術とはそれぞれ無関係なものだった。

産業革命にしたって、初期の蒸気機関は職人的技術の範囲内で充分に製作可能なものだったが、内燃機関の段階になると、熱力学の助け無しには設計も製作も難しい。
342世界@名無史さん:01/09/26 19:44
中国はたくさんの混乱期があったじゃない。
でも必ず統一してきたよね。
民族はさまざまだが・・・
歴代王朝の最盛期は常に世界の頂点だったと思うんだよね。
中華人民共和国の最盛期もきっと頂点に君臨すると思う。
343世界@名無史さん:01/09/26 20:45
>>342
清王朝(17世紀中頃)ではどうかな・・・
344世界@名無史さん:01/09/26 20:52


342 :世界@名無史さん :01/09/26 19:44
中国はたくさんの混乱期があったじゃない。
でも必ず統一してきたよね。
民族はさまざまだが・・・
歴代王朝の最盛期は常に世界の頂点だったと思うんだよね。
中華人民共和国の最盛期もきっと頂点に君臨すると思う。



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345世界@名無史さん:01/09/26 21:10
ある意味、中華人民共和国の最盛期は文革期。
文革期の中華人民共和国は外からは輝いて見えた。
もちろんその実態が伺い知れなかったからではあるが。
346世界@名無史さん:01/09/26 21:14
>>341
だから成立までは早い遅いの違いだけだけど、
成立後の急速な発展は西洋だからこそのものだったんじゃないの?
中国で仮に産業革命が起きたとしても西洋がそうだったように
他の地域に対して圧倒的な差をつけることは出来なかったのでは?
それに時計とかのこと考えても実際は結構早い時期に機械の技術とか
では西洋がリードしてたのではないかという気がするんだけど。
347世界@名無史さん:01/09/26 21:17
トルコとかインドとかにも強大な文明があったんだから
いつの時代も中国が最強だったとは思えん。
それに元時代はモンゴルに支配されてた時代だし。
348世界@名無史さん:01/09/26 22:12
>>346
全く逆でしょ。成立するかどうかが重要で、成立後の発展はとんでもない
速度になる。log 読み直して。
349世界@名無史さん:01/09/26 22:30
>>346
造船についてなんですが

1405〜1433年、鄭和は永楽帝の命により、大小200隻の大艦隊を率いて
七度の航海を行い、インド洋を押し渡り東アフリカに達しました。
艦隊の主力を成す「宝船」は8000トンクラスの木造船で、62隻造られたといいます。
このころの明が所有した船の総数は、ヨーロッパ諸国の合計に勝るとか。

現に1498年にインドのカルカッタに到達したヴァスコ・ダ・ガマの旗艦(3隻艦隊)は
120トン程だったといいます。
350世界@名無史さん:01/09/26 23:11
>347
民族はさまざまって言ってるじゃん。
清だって女真族が支配してた国じゃん。

>349
その計画は途中で中止されちゃったんだよね。
造船所も縮小されたらしいし。
7度目以降も大航海が繰り返されていたとしたらどうだろう?
そのうち西から西洋諸国がやってきて利権を巡る争いがインドとかであったのではないか。
351例えば:01/09/27 00:45
日本でも戦国時代には社会の変化が大きかったし、
その線を延長したら環太平洋に進出して植民地帝国になっただろうね。
そうならなかったのは、徳川時代の社会の固定化が基本的原因。
中国も同様でしょ。逆に西欧は戦国時代がずっと続いた。

日本と中国を交えた東亜戦国時代みたいな社会情勢になったら、
社会を安定させるために発明を弾圧するなんていうことはできなくなるから、
東亜の技術は発展し続けて西欧を追い抜いたと思う。

満州族の侵略に際して、明から日本に援軍の要請があったんだけど、
家光がその要請に応じて出兵していたら、歴史は変わっていただろう。
清は華北の政権に留まり、華南には明が生き延びる。
援軍の代償として日本は台湾と福建省を割譲され、その後は、
清・明・日本が合従連衡を続ける東亜三国時代が現出する。
戦争の中で軍拡競争と技術開発が進展し、ついに明で蒸気機関が発明される。
鉄板で装甲した明の蒸気戦艦は、夷狄(倭人・満州人)を中国から追い払い、
更に夷狄の本国まで征服して巨大な統一帝国を築く。

人口・経済力・軍事技術の圧倒的優位を持つこの帝国は、
世界征服をしようと思えば簡単にできてしまう。
でも、そうなってしまったら結局は、
江戸時代風の平和な停滞が世界全体を覆うことになってしまうから、
2001年時点での科学技術の水準は、〈この世界〉よりも低いだろうね。
352世界@名無史さん:01/09/27 01:05
>351と若干かぶるがコピペ。

中国が数カ国に分裂した世界。
前提1.元を何とか追い払ったが、朱元璋が暗殺されて各地の
(元に対する)反乱勢力がその地に根付く。
前提2.清による明征服が、各地の明臣派勢力の連携により挫折。

分裂したといっても、各国の国力は下手なヨーロッパの小国よりは
上だろう。 互いに切磋琢磨しあって文明(と軍事力)を高める。
日本は“大陸の脅威にさらされて”ヨーロッパの文明にすりよった
「文明開化」を行う。
353世界@名無史さん:01/09/27 09:16
>>348
log読みなおしてもそのような合意はないようだが。
354世界@名無史さん:01/09/27 09:19
>>350
民族は様々っていうか元は中国じゃないでしょ。
あれはモンゴルの最盛期。
355世界@名無史さん:01/09/27 10:47
一つにまとまろうとする「中国」と分裂しようとする「欧州」
この民意の差が明暗を分けたんじゃないのか??
356>355:01/09/27 13:12
それが正しいとすると、一つにまとまりはじめている
欧州は今後衰退するということ?だったらいいけどねねえ。
357355:01/09/27 14:01
>356
まとまると言っても中国みたいに統一国家って訳じゃなく
あくまで、国家間の共同体である訳ですし
同じく国家間の共同体である神聖ローマ帝国の時代を考えれば、
必ずしも衰退するとは言い切れないでしょう

スレ違いだけど「分裂する意志が進歩促す」という考えからするならば
次世代は海運の要衝であり現在興亡の激しい東南アジア地域が
世界の中心になる可能性が高いと考えらます
358356>357:01/09/27 14:11
どうかなあ?今後欧州はよっぽどがんばんないと
没落の一方だと思う。つーか中国や東南アジアが
世界の工場化したら、なんで食ってくの?スポーツ?
ま、日本もおんなじだけど。欧州が他地域に比べて
多くの面で比較優位にまだあることは認めるけど、
今後その差をちじめられることはあっても、広げられる
ことは。。
あと東南アジアが中心になることは間違いないと思うけど
その時どう言う世界になってるかはわかんないなあ?
中国やインドがどの程度元気かでアジア地域の命運は
決まるだろうけど。(東南アジアは所詮中継地域なわけだし、
主体的に世界の枠組みをつくったり変えられるところで
はないと思うので。)
359世界@名無史さん:01/09/27 21:06
>358
>東南アジアは所詮中継地域なわけだし、
>主体的に世界の枠組みをつくったり変えられるところで
>はないと思うので。
歴史的に見て中継地点というのは各種文明の接合地点である訳だから
最新情報が入りやすく、反映するコトがおおいのでは??
イスタンブール、バクダットのように香港、シンガポールが文明の中心地として
世界の枠組を変える可能性は高いと思われ
360世界@名無史さん:01/09/27 21:24
なんでいつまでも中華主義から抜けだせない人間が多いのかね。
361世界@名無史さん:01/09/27 21:47
東南アジアねえ。あの地域がどこまでやれるかは
インドネシア次第だト思うのだがどうよ?
期待するにしてもまだ時間はかかる?
362世界@名無史さん:01/09/27 21:48
南米は?
中国やインドが有望だと言うなら十分有望な地域じゃない?
363世界@名無史さん:01/09/27 21:52
>362
南米は次々世代くらいじゃない??
すでに動き出してる東南アジア諸国に比べて
当分はアメリカに押さえ込まれて動けそうに無いし
364>362:01/09/27 21:57
南米って意外と他地域からのプレッシャーなさそう
というか孤立している感じがいなめなくない?
俺はやっぱこれからはアジア太平洋地域が強いと
思うし(どこの国が力をもつかは別として。)、
あとかなり将来的(百年、数百年後)にはインド洋
が面白くなるんじゃないかと見ている。アジアの次の
成長市場があるとしたら、復活しはじめる中東、
それからアフリカの黒人も少しは成長し始めるだろから。
でもこれは全く個人的な妄想。
365362:01/09/27 22:02
なるほど
366世界@名無史さん:01/10/14 09:33
階級と知識の側面から。
イスラムの大発展も、アラビア語の普及があったからと思うし、中国の発展も
当時としては画期的な文人文化(儒教)と科挙による誰でも上昇可能性があっ
たと思う。
ただ、それらは、次第に科挙を受けさせられるブルジョアとかにチャンス独占
されていったことで、壟断される。
ヨーロッパでは僧侶には栄達の可能性が開けていた。
日本の大発展は、百姓の子もその気になれば、最高の知識人と交流できた、日
本の階級と知識の差別の無さが大きかったと思う。だから下からの改革が出来
た日本と上からの中国で大きな差ができた。
これって重要だと思う。
367リトル愚礼@ロズウェル逝きます!:01/10/14 10:08
独り言だが…
南宋の時代、火器で防衛された難攻不落の襄陽を攻め落としたのは
アラブ人の技師が作った
ヨーロッパ式の遠投投石機(トレビュシュレッド)だったような。
368しろうと:01/10/14 15:24
中国語は表意文字だけで表音文字を持たないことが致命傷。
近代科学は、すべてを単純に記号化し、それを人間中心の自然観を視点にして
組み立て直すところからスタートしている。
それには表音文字の存在が不可欠だよ〜ん。
表音文字を持っていないと欧米からの科学技術移転にこれからも苦労するよ〜ん。
369世界@名無史さん:01/10/14 15:38
あの国の文字は、表音文字なのだが……
370366:01/10/14 21:44
クザーヌスもルターも百姓の息子だった。聖俗分離していて、そういう人間が頂点
に立ちえた社会に比べると、いくら文治(中国)やイスラム法の前に平等であって
も、社会の下克上が相対的にしかならない。
既に戦国で一回百姓が天下取った日本は聖俗分離が成されていなくても例外として
成功した。
やっぱ、人的に葛藤があり階級が絶えず再編成されないと発展しない。
371世界@名無史さん:01/10/14 22:48
 俺が思うにやはりインド数字が使われないことで数学が高度に発展できなかった
ことが最大の要因だと思う。算木による計算では数学の高度化は無理。単なるお家芸
のレベルになってしまったと思う。
 また西欧には二十数文字のアルファベットにより索引を作る索引の思想が存在し、
物事を知識を誰でも分かる単純な体系に整理し、かつ即座に利用(検索)する手段
を整えていた。しかし中国では索引が発達せず、書物も伝統的な四部分類(経子史集)
という四分類でしか分けていないため活発に利用することができなかったと思われる。
372366:01/10/15 22:14
つまらない話だけど、俗界の秩序を超越して、神なり天皇なりに結びつけば圧倒的
に力揮える世界、そこでないと本当の社会革新ができない。
微分積分も和算で迫れるレベルだし、時計の棒テンプによる調速器も、初期におい
て他の文明と比べて別に傑出した技術だったわけでもない。その気のなれば真似で
きるカラクリの一種にすぎなかったろう。
似たり寄ったりの技術レベルで西洋が遅れていたものなどいくらでもあった。
その状態からぐんぐん引き離された本質は、神の前に人間が無になる社会では、制
度や人間を好き勝手にいじれる。個人が絶対者と内面で結びつくから圧倒的な力誰
もが持つチャンスがある。現実の権力否定して資本主義始め近代社会が確立できる。
権力とは独立な固有な法則持った経済、文化ができる。
イスラム法は圧倒的であっても個人で好きに扱えるものではない。
礼拝とか外面的に結びつく(イスラム)や皇帝に擬似家族的に結びつく(中国)
では、政治と独立した経済も学問も確立しきれなかった。上からの改革となって
清の改革も挫折した。日本が下級武士が音頭とって全社会レベルで近代化進めら
れたのと比較すると決定的な差がある。
373世界@名無史さん
中国もイスラムも法で支配していてもなあなあで済む部分が多いのに対して、
カノッサの屈辱のように、世俗の権力持たないものが何かの拍子に圧倒的力を
揮える可能性のある社会、異端審問で徹底的に個人を痛めつけられるような社
会の方が社会の流動性は高まる。個人が裸にされるから。なあなあで済まない
から。