騎兵が好き。

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1愚礼
戦場の華、騎馬隊。
好きな人も、そうかなと思う人も書いてみて下さい。
2名無しさん@らいとふっと:2001/01/07(日) 12:36
重騎兵より軽騎兵が戦術上有効だと思ふ。

理由:騎兵の特長は機動性にあり

賛否求む。
3⊂(´ー`⊂⌒ヽつ:2001/01/07(日) 14:01
ドラグーン
4愚礼:2001/01/07(日) 21:53
二番さんへ
軽騎兵は有効だが、決定打にはなりえない。
モンゴルも、シメは重騎兵だったとか。

重騎兵も、統率さえあれば
かく乱される間もなく一気に軽騎兵を破砕できたんじゃあ?
あと、軽騎兵の役目は
かく乱と偵察、あと追撃だそうです。
52:2001/01/07(日) 23:50
>>4
確かに軽騎兵は主戦力にはなりにくいですね。
蒙古の例を出されてしまってはお手上げですな。
敢えていえば騎兵を使った闘い方は、電撃戦、包囲殲滅戦、追激戦の
ように機動力が重要になってきます。
仮に歩兵などの複合兵種と連携できる場合には、重騎兵よりも軽騎兵
の方が作戦に柔軟性が出てくるように思うのですがいかがでしょうか。
また、重騎兵vs軽騎兵の闘いであれば、軽騎兵は弓でアウトレンジ攻撃
で相手を霍乱させたあとで逃げ出げさせてもらいます(勝敗はつかない
でしょう)。
6世界@名無史さん:2001/01/08(月) 00:08
>5
あの〜、電撃戦はあくまで、「戦車」を用いた縦深突破作戦に対する
固定名詞なので、この場合は引き合いに出されない方が無難かと…
75:2001/01/08(月) 00:17
>>6
失礼しました。
「敵の陣営が定まらないうちの後方攪乱」ということで。。。
8名無しさん:2001/01/09(火) 15:57
奇兵隊
9名無しさん@そうだ選挙にいこう:2001/01/09(火) 16:04
竜騎兵の定義ってなんだろ。
10世界@名無史さん:2001/01/09(火) 18:21
>9
ドラグーン・マスケットを持っているかどうか。
……ではなく(由来はそうなんだけど)、明確な定義となるときつい。
竜騎兵は元から騎兵だったのではなく、本来は乗馬歩兵だった。鉄砲もった連中を馬に乗せたら移動が早くていいじゃん、という発想。自動車化歩兵と同じだね。
だから初期は下馬して戦闘をしていた。それがいちいち下りるのめんどくせえとなって、普通の騎兵と変わらなくなってしまった。それでもナポレオン戦争の辺りまでは任務によって重騎兵と区別されていたけど、じきに名称でしか違いがあらわせなくなり、現代に至る。
イギリスなんか今でも竜騎兵連隊がのこっている……はず。
119:2001/01/09(火) 19:04
おお、やっとわかったよ。
ありがと^^>10

イギリス、やっぱ伝統と格式の国なんだな。
12世界@名無史さん:2001/01/09(火) 21:50
>10
ドラグーンだけでなく、ランサー・キュイラスなど全部残って
ます。但しキュイラス以外は馬に乗ってませんが…
フランスではエリゼ宮警備部隊は近衛竜騎兵です。
1310:2001/01/09(火) 22:55
>12
ロイヤル・スコッツ・グレイ(第二竜騎兵連隊)がありましたっけ?
そういえば1969年にブルーズとロイヤルズが合併してブルーズ・アンド・ロイヤルズになったとき、第一近衛竜騎兵連隊(ロイヤルズ)の名は引き継がれ……たんだっけなあ。
ほとんど忘れかかっているので、よろしければご教授ください。
14世界@名無史さん:2001/01/09(火) 23:11
モンゴルは軽騎兵・重騎兵が半分ずつの編成でしたな。
1510:2001/01/10(水) 00:08
13の続き。
自分で英軍の編成を調べてみました。
そしたらあるわあるわ。軽竜騎兵や槍騎兵、フサール(軽騎兵)、ちょっとずれるがヨーマンリーまであった。
でも竜騎兵が戦車に乗っているのは流れとしては正しいとしても、見てくれとしてはどうかなあ。
かつてのマスケット銃は、いまや戦車砲でした。
16世界@名無史さん:2001/01/10(水) 01:00
旧ドイツ軍にも第一騎兵軍団がありましたね。
内実はバリバリの装甲軍団ですけど。
17世界@名無史さん:2001/01/10(水) 16:12
すいません、重騎兵で決定打って具体的には
刀でブスリですか?
現代っ子なのでイメージが湧きません。
18世界@名無史さん:2001/01/10(水) 16:45
槍じゃないの?
19世界@名無史さん:2001/01/10(水) 17:02
重騎兵はランサーとサーベルでした。が、WW1で
突撃ーてやったら機関銃で掃討されて全滅しました。
アンバリッド博物館に素晴らしい胸甲が保存されて
います。
馬はアングロ・サクソン種という馬鹿でかい馬でし
て突撃は勇壮だったと言われてます。
20名無しさん@らいとふっと:2001/01/10(水) 20:48
WW2のポーランド騎兵も勇敢だったけど、史実の通り。。。

今のアメリカ軍で騎兵といえば戦闘ヘリ部隊になります。
流れとしては、馬→戦車→ヘリ。ちょっと脱線。
21名無しさん@らいとふっと :2001/01/10(水) 21:08
スキタイ萌え
22名無しさん:2001/01/11(木) 02:34
スキタイが好きたい!
23名無しは無慈悲な夜の女王:2001/01/12(金) 19:26
テキサス州では現在でも騎馬警官が活躍しているよ。
24名無しさん@らいとふっと:2001/01/13(土) 00:00
コンクリートは馬の脚痛めそう。
でもかっこいい >>23
25世界@名無史さん:2001/01/13(土) 00:51
中世の兵種ってほかにどのようなものがあったんでしょうか。
歩兵、騎兵、弓兵くらいしか分からないんですけど。
26世界@名無史さん:2001/01/13(土) 01:37
>>25
ヨーロッパに限らなければ、銃兵、砲兵、象兵、工兵も。
27世界@名無史さん:2001/01/14(日) 00:52
26さん、ありがとうございます。
銃兵……銃(マスケット銃?)で攻撃。
砲兵……キャノン砲などの大型の火器を扱う。
工兵……架橋などの、技術任務に当たる。
こんな感じなんでしょうか。

象兵(ぞうへい?)とはなんなんでしょう。
検索してみたんですが、ゲームの記事ばっかりでした……。
28世界@名無史さん:2001/01/14(日) 01:45
散兵なんてのも
29世界@名無史さん:2001/01/14(日) 02:36
>>27
ペルシアやインド、アフリカの野生象がいる所で使われた兵種で、
文字通り象使いが象に乗って突撃します。
一緒に弓兵が乗っていることもありました。

象兵はは火器が発達していなかった頃には、他の兵と比べると
桁違いの破壊力を持っていました。
ただ、いっぺん走り出すとなかなか止まらないので、
そこらへんを逆手にとられると弱かったそうです。

象連れてアルプス越えた人もいましたね。
30愚礼:2001/01/14(日) 03:00
散兵って…
でかい盾持って槍投げる兵隊だっけ?
(エイジオブエンパイアじゃ無いンだから…。)
31世界@名無史さん:2001/01/14(日) 04:16
>>30
私もAoE以外では知らないなあ。ゲームの創作じゃないか。銃が
登場すると隊伍から外れて散開狙撃する兵の意味で通るが、中世に
散兵と言われても……。英語のつづりが知りたいなあ。
32世界@名無史さん:2001/01/14(日) 09:47
中華人民共和国の人民開放軍では今なお騎兵部隊を編成しているぞ。
しかも核戦争下の運用を考えて馬用の(!)放射能防護服まで用意しているぞ。
あ、君たち信じてないな。これ見れ↓
ttp://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/VCD_2.htm
33世界@名無史さん:2001/01/14(日) 09:52
さんぺいってあれでしょ。
独立戦争の時にアメちゃんのミニットマン達が使った戦術。
当時の方陣を組んだ戦術の穴を徹底的に突いた結果。
「隊を組まずバラバラに攻めろ」と。
34名無しさん@らいとふっと:2001/01/14(日) 22:25
>>32
見たよ。でも「今なお」かなあ?
1964年の映像のようだけど。。。
詳しい人説明きぼん。
3525:2001/01/15(月) 00:00
>>29
ありがとうございます。
ゾウに乗るんですか。まさかとは思ったんですけど、本当だったなん
て……。
面白い兵種があるものですね。
勉強になりました。
36名無しさん@1周年:2001/01/15(月) 17:03
>35
サウジアラビアには駱駝兵がいるぞ。
37世界@名無史さん:2001/01/16(火) 04:37
『坂の上の雲』で秋山好古が留学した時、プロイセン騎兵は仏騎兵に較べて、劣るから
日本騎兵は仏を手本にする事に決めた、とあるが、司馬遼太郎氏は何の史料を基にしたのだろう。

日本人に合うかどうか別にして、プロイセンの騎兵がそんなに劣るとは思えないが・・・
38世界@名無史さん:2001/01/16(火) 04:46
>>17
重騎兵の最大の武器は重量(極論だけど)
敵兵を殺すのではなく、隊列を乱す事こそ主目的です。
通信機や拡声器がなかった頃は、肉声や打楽器といった物でしか指示を伝達する事が出来なかった為、隊列の維持が大変だったようです。

3937です:2001/01/16(火) 04:48
↑ですが、司馬遼太郎批判ではありません。七年戦争を勉強して、ちょっと
疑問が浮かんだので。
40世界@名無史さん:2001/01/16(火) 04:50
>>34
アメリカにも狂った兵器の開発があったんだし、割り引いて見た方が良いよ。
充分笑える絵だけどね。
中国というと軍事板でもっと凄いのがあったな。
21えもんの芋掘りロボットみたいな自律型歩行ロボット。
自分の意志で会話可能らしい(笑
41世界@名無史さん:2001/01/16(火) 11:28
フランス騎兵は猪突猛進!!
プロイセン騎兵は機動防衛が得意!!
42世界@名無史さん:2001/01/16(火) 14:50
>>37

司馬はデタラメだらけだから、深く考えちゃダメ。
4337:2001/01/17(水) 04:30
>>41,42
ありがとうございました。参考にいたします。
44世界@名無史さん:2001/01/17(水) 10:40
GLAY?
45世界@名無史さん:2001/01/17(水) 13:30
>31
散兵はスカーミッシャー(skirmisher)ですね。
私も中世には存在せず、ゲームだけの世界だろと思っていたんですが、断言はできないみたいです。
9世紀前後(前後は100年ほど)の東ローマ帝国にあったらしく、投槍兵によって支援された弓兵のようです。
弓兵はまばらで自由射撃をしていたらしく、かなり散兵っぽいです。が、弓兵の一部に後世の人間が便宜上skirmisherと
名づけただけのような気もするので、やはり「中世の散兵はゲームの創作」と言ってもよさそうです。
46名無しさん@1周年:2001/01/17(水) 16:17
>>32

おもろい。(笑)彼らやおうまさんのその後はあまり考えたくないな。
しかし、人間ってやつは本当に...

中国のロボットっていや、木で出来てたように思うが、違うのだろうか。
随分おめめのぱっちりしたロボットだったさ。
47愚礼:2001/01/17(水) 23:12
>32番さん
少林寺映画に出るアレ、木人みたいな奴かな?
あと、中国で重騎兵が盛んだったのは、三国志のころから
南北朝のころらしい。
特に南北朝のころはあぶみが伝わったおかげで
重装になったらしい。
さらにこのころは、西洋で言うランス突撃のような事もやっていたとか。
48愚礼:2001/01/18(木) 22:05
>44番さん
アレですよ、アレ!!ロズウェルに落ちた奴!!
彼は、私の遠い親戚です。
49世界@名無史さん:2001/01/18(木) 22:53
>>45
中世じゃないけどアレキサンダー大王の軍隊にはいたんじゃなかった?>散兵
50世界@名無史さん:2001/01/19(金) 08:59
散兵の扱いに近い「軽装歩兵」なら、古代の軍隊には割とありますよね。
歩兵や騎兵の前哨をつとめる兵科として。

騎兵が職業騎兵に変化するのは、「あぶみ」の登場が大きくモノをいっています。
あぶみがあるなしでは騎乗の難易度が違うとか。
5145:2001/01/19(金) 11:47
>49
いましたね。軽装歩兵ですな。父王フィリッポス2世のころはギリシアの影響で槍、大王の頃(の後期)は弓だったようです。
射程の関係で重装歩兵の前に出ざるをえず、結果的に散兵戦術となったのでしょう。
52パン・タデウシュ:2001/01/19(金) 13:41
>20
おお、わがポーランドの誇り高き騎兵部隊を知っている人がいたか。
1920-21年にソ連に勝利して白ロシアとウクライナの一部を獲得して以来、
軍備の近代化に必要な予算に苦心していたのだ。
獲得領土のインフラ整備も急務であった。
だから、ナチに率いられたNiemcy(人間の言葉を話さない野蛮人→ドイツ人)の
連中の卑怯な電撃作戦には、旧来の騎兵隊でさえ使わなければならなかったのだ。

近世でいえば、我らが英雄タデウシュ・コシチューシコのポーランド人部隊は
ジョージ・ワシントンを助け、アメリカ独立戦争で大功をたてた。
ヤン3世・ソビエスキ王率いるフサールはウィーンを包囲したオスマン・トルコの
大軍勢を蹴散らした。
それよりまえ、14世紀には、わが重装騎兵はグルンヴァルドでドイツの侵略者に
止めを刺した。

騎兵といえばポーランド人なのだ。
5352(続き):2001/01/19(金) 14:15
WW2でも、アンデルス将軍率いるポーランド軍団
(共和国軍=ロンドン亡命政府軍=非共産党系)のイタリア戦線での
活躍を忘れないで欲しい。
54愚礼:2001/01/21(日) 10:19
>52番さん
熱烈なるポーランド騎兵への想い、有難うございます。
そう言えば、ポーランド騎兵とは
『ウィング=フッサー』
ですかね?
14世紀には、もうフッサーは登場していたのでしょうか?
55世界@名無史さん:2001/01/21(日) 10:46
ポーランドの国旗は現在でも槍騎兵部隊の長旗!!世界で一番長い
国旗です。
56世界@名無史さん:2001/01/21(日) 15:51
小林源文先生のサイトから。
ttp://www.genbun.net/so-retu/00_01/so-retu13.html
ああっ、ポーランド騎兵に栄光あれ!
57世界@名無史さん:2001/01/21(日) 19:45
ホーエンフリードベルクのバイロイト竜騎兵と
ロスバッハのザイドリッツ騎兵隊もお忘れなく。
58パン・タデウシュ:2001/01/22(月) 10:07
>14世紀には、もうフッサーは登場していたのでしょうか?
と、いうと、グルンヴァルドで我がポーランド・リトアニア連合国軍が
ドイツ騎士団を殲滅した時代か?
その頃は、フッサール(ポーランド式の発音)ではなく、従の歩兵を従えた
シュラフタ(士族)達の重装騎兵が主役だった。
グルンヴァルドの戦いは映画化しているので、機会があれば見て欲しい。
フッサール(羽付軽装騎兵)が主流になるのは、銃撃戦が盛んになってからだ。
重装騎兵では、甲冑が邪魔になる。
フッサールといえば後の、私の敬愛するヤン三世ソビエスキ王の軍が有名だ。
ヨーロッパ世界(ウィーン)をトルコ人の侵略から救った。
直後の混乱期に乗じてやって来たスウェーデン人どもの侵略にはかなり
苦しめられた。
ちなみに、グルンヴァルドでは、自由自在に馬を乗りこなすタタール人の
軽装騎兵が我々の前衛として闘ったが、これはフッサールの原型ではない。
ポーランド人の一部がタタール人から教わった曲乗り術を現在も保存している。
現在のポーランドの東南のほうで、今も見られる。

ところで、これは19世紀の話だが、私についての映画が、神保町の岩波ホールで
現在上映されている。アンジェイ・ワイダ監督の最高傑作といわれているものだ。
騎兵とは関係ないが、ポーランド人の騎士魂の感じられる映画だ。
是非、見に行って欲しい。
59ナイペルク伯爵:2001/01/22(月) 11:16
>58
見ました。オルゴールによるポーランド国歌が素晴らしいです。
ワイダ監督は表立っては言わないが共産主義時代のロシア支配を
批判しているんだと感じた映画です。
60パン・タデウシュ改めタデウシュ・ソプリツァ:2001/01/22(月) 12:15
>59
>共産主義時代のロシア支配を批判...

ロシアの帝国主義を批判していた要素もあるので、そう解釈しても
間違いではない。

ただ、ポーランド人は必ずしも悲劇によって描写されるべきではない。
ポーランド人のロシア軍士官が裏切り者として名剣スツィゾリクの
露と消え、立派なサムライのロシア副官は、反乱したシュラフタを
理解し、内々に処理した。
また、シュラフタ同士の無益な抗争の描写や、フランス軍への
過剰な期待(英雄ドンブロフスキ将軍はまた別として)。
これらには、ポーランドが何故大国のエゴに翻弄されたか、そこへの
内省も込められているのを理解して欲しい。
61ナイペルク伯爵:2001/01/22(月) 12:48
>タデウシュ・ソプリツァ様
あの映画の本編は素晴らしいです。ですが、表に見えない事を
訴えるクセがワイダ監督には必ずあります。歴代の彼の作品が
物語っています。今回の映画は何を訴えようとしたのか?
それに興味を惹かれています。ワイダ監督が単なる歴史劇を描
いたとは思えません。その伏線がポーランド国歌たるマズルカ
なのでは?と考えています。
62名無しさん@1周年:2001/01/22(月) 12:57
ポーランド騎兵隊がモンゴル騎馬軍団に大破させられた敗因って・・
63タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/22(月) 13:22
>61
>今回の映画は何を訴えようとしたのか?
ナイベルグ伯爵殿、その答えは私の59のレスの後半部分にある。

>62
3つある。
1つは戦術、重装騎兵のみならず当時のポーランド騎兵は小回りが
きかず、馬から引きずり下ろされると、重い甲冑が逆に足かせとなった。
また、従者達も、小さなモンゴル馬に曲乗りをしながら襲い掛かる
モンゴル人に翻弄された。
2つめも戦術。当時ポーランドにおける方言の分化が激しく、また
外国からの傭兵も多く居たことにより、戦場内のコミニュケーションが
うまくいかなかった。そのため、バトゥ軍の誘い込みによる包囲作戦に
かかり、前衛など一部の部隊がモンゴル人のおとり部隊を深追い
するのを止められなかった。
3つめは2つめと関連があるが、戦略。バトゥ軍の電撃的侵攻に対して、
通常はそれぞれの領地で牧歌的な生活を送っていた各シュラフタの
連合体で構成していたポーランド軍の十分な召集が間に合わなかった。

ところで、今でもクラクフの聖マリア教会では毎時ラッパを鳴らすが、
ラッパの音色は突然止まる。これはバトゥ軍の侵略時、ポーランド軍の
ラッパ手が、矢で射殺された瞬間を再現しているのだ。
64タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/22(月) 13:26
>61
ナイベルグ伯爵殿、失礼した。59ではない。
私の60のレスの後半部分を読んで下され。
65タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/22(月) 13:31
思い出したので続けるが、ナイベルグ伯爵殿は日本語版パンフレットを
お買いになられたか?
そこにはヴァイダ(ワイダ)監督の挨拶があるが、そのポーランド人と
しての自己批判的なニュアンスを読み取っていただければ、
よりこの映画や原作を楽しめると思う。
66ナイペルク伯爵:2001/01/22(月) 14:17
>タデウシュ・ソプリツァ様
買いましたよ!!あくまでも私が思う範囲なのですが、現在の
ポーランドは結局はヴァチカンや米国が連帯を支援して実現し
た所がありますよね。でも連帯自身はグダニスクですから実際
はプロイセンのあった場所!!更にポーランドの大半は未だに
CISの支配下にある。これが本当の意味でポーランド独立な
のかというと否となる。映画の舞台は正にその場所です。

 それはともかく、あの映画のラストには感動します。彼らが
義勇軍として東ポーランドの解放!!当方ナポレニック時代は
大好きなのであの衣装が素晴らしいです。
67タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/22(月) 14:57
>66
>でも連帯自身はグダニスクですから実際
>はプロイセンのあった場所!!更にポーランドの大半は未だに
>CISの支配下にある。これが本当の意味でポーランド独立な
>のかというと否となる。

伯爵殿、

戦前のポーランドはポーランド人以外の多くの民族を抱え、
むしろ多民族国家だったのだ。またリトアニア独立によって、
国土も内陸に封鎖されたような状態であった。

ところが、第二次大戦後それまで千年以上にわたるドイツ人の
東方植民は彼らのの敗戦によりすっかり押し戻され、旧西ドイツとの
合意によるポーランド西方の領土確定で国民の大部分(最近の公式統計で
は98%)が自分はポーランド人(民族)だとするほぼ純粋な
国民国家(ドイツ人は1.3%ほど)になり、また北方の領土「奪還」により
シュチェチン・グダニスクなどの良い港を得ることができて、現在、
ポーランドとしては10世紀の建国以来の最も良い地理的・民族的条件を
持っているため、国民の不満は小さく、現CIS内部の「東方領土」に
対する野心も、一部の極右(連帯-AWS内部の派閥としても存在する)が
騒いでいる程度だ。

ヴァウエンサ(ワレサ)は、ヤルゼルスキ大統領からでなく、
それまで続いていたロンドン亡命政府から政権を引き継いだのだ。
その後の彼は醜かったが。私はヤルゼルスキ氏の潔さが好きだ。
それはさておき、ポーランドは歴史上もっとも良い状態で
独立しているのだよ。
あとは経済(EU参加)問題だけ、と捉えてよいのだ。

「連帯」運動もプロイセンとの関わりはない、と考えてよい。その前、
1950年代にシュチェチンで暴動があったが、それも含めて、両者の
現象は、これらの港町の住民が、自由主義国から入るさまざまな情報に
接しやすかったからだ。

映画については、できるだけ沢山の人に見て欲しいが、当時の
ポーランドの時代背景についての予備知識が多少必要だろう。
68世界@名無史さん:2001/01/22(月) 16:12
ヒヒーン
69ベレジナの水死体:2001/01/22(月) 17:47
ほう、第二次大戦の一番の勝者はポルスカの皆さんですな。
当方、お国のNATO加盟は東方防衛よりも「ドイツが難癖つけるのを防ぐためじゃねーのか」と思っていました。はい。
あと意外に親日国家だと聞きましたが?
70ナイペルク伯爵:2001/01/22(月) 22:47
>タデウシュ・ソプリツァ様
そりゃダンチヒとシュレンジェンに住んでいたドイツ人は全て一掃され、
残れば殺されたし、未だドイツに自国難民と呼ばれる方々が200万人
います。彼らの墓はポーランド政府によって壁石や敷石にされ、墓のあっ
た場所にはポーランド人の墓が置いてある。歴史の抹殺を行っています。
ですが、ドイツとしては戦前の過ちを繰り返したくないからオーデルナイ
セ線を受け入れてます。ですが、政権が変わったらどうなるか判りません。
少なくともドイツの新聞でズデーテン問題は解決していないという主張は
見ました。
71ジーモン@ケー二ヒスベルク:2001/01/22(月) 23:05
シュレージェン・ポンメルン・東プロイセン奪還!
ポラック殲滅!
72オスカルの祖母:2001/01/22(月) 23:25
あたしらカシュバイ人は、黙って耐えるしかないね
73愚礼:2001/01/22(月) 23:39
おおい!騎兵を愛するポーランド、東欧の同志達よ!!
もっと、東欧の騎兵について語ってくれ!!
仲良くね(^^;)
7461:2001/01/23(火) 09:47
ドイツは西欧との中間地点ですが、東欧の一部とみてお聞きしたい。

正確にはドイツ騎士団・ポーランド騎兵隊の連合軍が蒙古騎馬軍団に撃破された訳ですが、
ドイツ騎士団の蒙古征西軍への敗因も、
ポーランド軍とほぼ同じでしょうか?
75タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/23(火) 10:34
経済のこの複雑な国際化の時代に、チェコのズデーテンなど領土問題で騒いでいるのは、ネオナチなど、古い農民思想をもつ民族主義者か社会不満の捌け口の見つからない失業者だけだ。現在そのような考え方はポーランドでもドイツでも、時代遅れの考え方だ。ポーランドでも、例えばシレジア人(シュレジェン人)などの中には、自分達はポーランド人でもなくドイツ人でもなくシレジア人だと言う者もおるが(カシュープ人についても似たようなもの)、ポーランド「国民」として生活することを拒否するのが古いロマン主義の馬鹿馬鹿しい考えなのは百も承知だ。戦後のドイツ人の墓の破壊など、よくご存知だが、そのような「歴史の抹殺」が民族的規模で行われたのは、戦後の混乱と怨恨の残る、ずっと前の時代だということを、忘れてはならない。少なくともこれからの両国において、民族主義が社会思想の主流になることはありえない。なぜなら、経済の構造が、戦前とは全く異なって、国家を超えた企業間の相互扶助及び競争の関係になってきたからだ。

これから騎兵の話に戻りたい。
76タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/23(火) 11:05
ナイベルク伯爵殿、

まず、58について、私の記述に誤りがあったので訂正したい。

>フッサール(羽付軽装騎兵)が主流になるのは、銃撃戦が盛んになってからだ。
>重装騎兵では、甲冑が邪魔になる

に、ついては
(羽根付軽装騎兵)→(羽根付重装騎兵)
重装騎兵→旧来の重装騎兵
と、してほしい。

それに対して、17世紀頃、フッサールの前衛となった軽装騎兵は
ドラゴン(龍のドラゴンとは別)と呼ばれ、全体として、
ホロンギェフ・パンツェルナ(直訳:装甲戦隊)と構成していた。
77タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/23(火) 11:11
>69
>ほう、第二次大戦の一番の勝者はポルスカの皆さんですな。
そうともいえないのは、その後40年間の歴史を見れば明白。

>あと意外に親日国家だと聞きましたが?
日本についての多くの情報が入るようになり、真実を知るにつれて、
かつての憧れは消えた。少なくとも反日国家ではないが…。
78タデウシュ・ソプリツァ:2001/01/23(火) 13:18
>74
レグニツァ(リーグニッツ)の戦闘なら、ドイツ騎士団はシレジア公
ヘンリク2世率いるポーランド(・ヨーロッパ連合)軍の第4陣だ。
第1陣はおもにチェコ人の歩兵、第2陣はポーランド・ドイツ等の
農民と軽騎兵、第3陣はポーランド人シュラフタ(士族)の軽騎兵が
中心であり、第5陣はヘンリク直属のポーランド重騎兵団だった。

また、以前の説明に加えて、その頃のヨーロッパ人騎士は、日本の
源平合戦と同じく、「やあ、やあ、我こそは…」のスタイルであったから、
戦う相手の身分など気にせず馬上から自由自在に毒矢を放つモン
ゴル人相手には、やりにくかったのも当然だ。
79世界@名無史さん:2001/01/23(火) 17:45
ふと思ったんですけど、
東欧にはモンゴル以前から南ロシア草原の遊牧騎兵は
ちょくちょく侵入してたんじゃないかな?
中世ハンガリー史なんてクマン族がしょっちゅう顔を出していた記憶が。
モンゴルも南ロシアの(主にトルコ系の)遊牧民も
生態はあまり変らないはずだから、
モンゴル帝国軍が驚異だったのは
なにより遊牧騎兵の組織性が凄かったことなんだろうな、と。
80愚礼:2001/01/26(金) 22:24
何しろ、中国文化の影響があったンじゃあ?
中国兵法+騎馬民族って
鬼に金棒のような気がする…。
81ツィミスケス:2001/01/27(土) 17:16
ちょっと古い話にもレスつけるけど、勘弁してくれ。

>38
騎兵がくさび型陣形とるのはこれが理由みたいだぞ。
実際、中国の初期の騎兵って方陣組んでたらしい。
いつからくさび型陣形になったのかはようわからんのだが……。

>45
ビザンツは周辺の諸民族混合だからわかりにくいかもしれんけど、
対戦相手のイスラムは散兵と呼ぶに足るものを持ってたみたいだぞ。
で、イスラムとかスラブに押された原因は弓術の衰退と考えた
ビザンツ皇帝が弓術を奨励したらしい。
ちなみに、ギリシア系でもっとも早く軽歩兵が確認できるのは
「アナバシス(悪名高き岩波より)」だろう。
ペルシャの弓兵から重装歩兵を保護するために
ロドス島出身の重装歩兵を投石兵にしたてあげた
のは評価されていいんじゃなかろーか?
(全編とおして撤退戦だから、合同戦術の描写はないけど)

>79
つーか、ユスティニアヌス帝のころの東ローマには
すでにフン族の傭兵騎兵隊がいたし、かなり一般的に入ってきてたようだ。
モンゴル騎兵の凶悪な所はやはり遊牧民の機動性と定住民族の組織性が
合わさった所だと、俺も思う。
弓騎兵だけならハンガリー騎兵とか、アラブ系騎兵だってかなり有能だったようだし。
82ツィミスケス:2001/01/27(土) 17:21
ところで、別の掲示版で
中世の西欧にも弓騎兵はいた!っていうのと
クロスボウは騎射に向いてる!っていう説を唱えてるやつが
いたのだが、実際はどうだったのであろうか?

俺は資料見ても発見できなかったし、
ビザンツの資料見ても西欧は槍騎兵一色の印象があったので
ないだろうと思ったのだが。
83世界@名無史さん:2001/01/27(土) 18:28
クロスボウは矢をつがえるのに手間がかかるから
騎射には向かんのではなかろうか。
8445:2001/01/27(土) 23:55
>81
ごめん、俺が45で使った資料にもイスラムって書いてあった。東ローマは勘違い。
確かに本隊の前衛に並んで自由射撃をするんだけど、こいつら弓使ってるんだよね。だったら散兵じゃなくて弓兵でいいじゃん、と思っていたりする(散兵戦術だとは思う)。
それと、>>82の話だが、「百年戦争のフランス軍」(Osprey/新紀元社)に「クロスボウ騎兵」の記述がある。そのページにはクロスボウを手にした騎兵の壁画も載っていた。
ただ、今の手元に資料がこの本と洋書一冊しかないので、それ以上は分からない。
騎射したかというと……?
85世界@名無史さん:2001/01/28(日) 01:17
カラコール戦術みたいなことをやってたんじゃないですか?
あまり有効だとは思えませんが。
86世界@名無史さん:2001/01/28(日) 01:47
83さんの言う通りクロスボウは馬上じゃとても引けないので1発打ったら終りでしょう。
普通のより引きやすいタイプがあったのかもしれませんが、
それじゃ威力も有効射程も落ちますね。
ただでさえクロスボウは最大射程が低いですし。
蒙古騎兵のように遠距離からの連続射撃が出来てこその騎射だと思います。
実際いたとしてもマイナーなお飾り隊だったのでは。
87世界@名無史さん:2001/01/28(日) 06:52
ここの人はジェイムズ・A・ミッチェナーの「ポーランド」をどう評価します?
88世界@名無史さん:2001/01/28(日) 07:40
百年戦争だと、イングランドの長弓兵の一部も馬に乗っていた。乗馬
は遠征行に連れて行くための方策で、戦場では下りる。
89ツィミスケス:2001/01/28(日) 08:02
百年戦争後期〜末期の弓兵って
ほとんど乗馬弓兵(戦闘は徒歩で)だったようだ。

そのせいで、クロスボウもって乗馬してることだって
あったみたいなのだ。
オスプレイ・メンアットアームズの「ばら戦争」で
クロスボウもって騎乗してる兵士が1人描いてある
絵が掲載されてた。
90ツィミスケス:2001/01/28(日) 14:00
ちなみに、軽騎兵と重騎兵は2つセットで強力と考えた方がいいんじゃあ?

ヌミディア騎兵は投げ槍主体の軽騎兵だったけど
戦闘を左右するような騎兵部隊だったし。

軽騎兵で嫌がらせをして、陣形が乱れたところへ
重騎兵の突撃をぶち込むのが強力なコンビネーションだったみたいだぞ。
モンゴルとかマムルークなんかは重騎兵でも弓を持ってたっぽいし。
91世界@名無史さん:2001/01/28(日) 14:02
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     / ̄ ̄ ̄(,゚Д゚,) <  チキショー、ウヨクめ!
     ~ ̄> ̄> ̄>   ヽ   \_________
   カサカサカサカサカサカサ

   ゴキブサヨク
92世界@名無史さん:2001/01/28(日) 14:06
>>90
>重騎兵でも弓を持ってたっぽい
持っていたという事実が仮にあったとしても、それでは重騎兵とし
ての意味がなくなる。
些末な知識もいいが、騎兵の本質を踏まえて議論してもらいたい。
93世界@名無史さん:2001/01/28(日) 14:13


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   カサカサカサカサカサカサ

   ゴキブサヨク     
94ツィミスケス:2001/01/28(日) 14:28
>92
重騎兵が弓を持っていても重騎兵としての意味はなくならんだろう。

重騎兵としての意味がなくなるとすれば、
それは槍を持たなくなったら=突撃戦で力を発揮できなくなったら
だろう。
長距離戦もこなせる=重騎兵ではない
というのはどっから来るんだ?
95ツィミスケス:2001/01/28(日) 15:33
サーベル騎兵でも突撃戦をこなせたことを考えると、
槍を装備してなくても、重量からくる衝撃力があれば
重騎兵としての役割は果たせるんじゃないのか?
38のレスでも言ってる人いるけどな。

弓と槍は両方持つのはきつそうだが、
弓と刀剣なら大丈夫だろ。
9692:2001/01/28(日) 17:09
どうも重騎兵の定義が混乱しているようだな。
18世紀中葉以前の本来の重騎兵と、本来は軽騎兵であった近代の
胸甲騎兵をごっちゃにしていないか?
例えば、百年戦争の時代の重騎兵というのは、完全装備で乗馬にも
防御を施した騎士集団のことだぞ。
90が例示しているマムルーク騎兵は明白に軽騎兵に分類されている。
また、猟騎兵や竜騎兵のサーベル突撃は、兵種本来の用途ではなく
いわば奇策として行われていたものだ。だから突撃のタイミングを
間違えると、大量の損害を出すことになる。
明治の日本騎兵の生みの親である秋山好古が、士官学校での講義中
に「騎兵の本質とは...」とまで語って、突然、傍らのガラス窓
を素手でうち割り、血塗れの手を生徒に示して「これにある」と教
えたという逸話があるが、これは19世紀末には、軽騎兵の突撃の
意味が重量による打撃力ではなく、敵の虚をつく奇襲による効果に
移っていたことを示している。
猟騎兵や竜騎兵は、本来的には軽騎兵であって重騎兵ではない(竜
騎兵を中間兵種とする分類も多いが)し、近代に重騎兵と呼ばれる
胸甲騎兵も用兵上からは軽騎兵との差違は少なくなっているが、近
世以前では、重騎兵と軽騎兵の用兵上の違いは明白だったはずだ。
97世界@名無史さん:2001/01/28(日) 20:51
結局、近代以降で最も活躍した騎兵は、アメリカの騎兵隊かな。
インディアン相手にフル稼動してたようだから。
98世界@名無史さん:2001/01/28(日) 21:20
ギリシャ〜ローマ時代の軽騎兵は裸同然で
大きな衣を着ているだけだったそうだね。
99愚礼:2001/01/30(火) 22:35
ローマ時代、騎兵と言えば
ローマ人でない騎兵と言う、情けない話が…。
ゲルマニアやダキア(今のルーマニア)が主な騎兵の産地(?)だったそうです。
100世界@名無史さん:2001/01/30(火) 23:30
騎馬兵で矢を使うのはモンゴルのマングタイと
日本武士ぐらいかな。
101世界@名無史さん:2001/01/31(水) 03:11
>>100
イスラム世界でも騎射は普通だよ。
マムルークなんて元々トルコ系遊牧民だったわけだし。
102日本@名無史さん:2001/01/31(水) 03:22
99>じゃあ、映画「グラディエイター」に描かれてる
  主人公はローマ人じゃないのか。
103>102:2001/01/31(水) 10:07
当たり前。
ゲルマニア人奴隷(剣闘士)。
104世界@名無史さん:2001/01/31(水) 12:43
日本武士だけ長弓。他は短弓。なぜ?
105>104:2001/01/31(水) 13:42
長久ばかりでもないよ。
流鏑馬をみてもわかるように、騎射用には短い弓。
また、多くの場合日本の馬は西洋で言う駄馬の類で、騎馬戦には
向かず、戦場では下りて闘うことが多かった。そういうときは
当然長弓も使用できた。
106世界@名無史さん:2001/02/01(木) 15:04
>79
古くはタキトゥスのゲルマニアにイラン系と思われる騎馬民族と
普段馬を使わないゲルマニア人やスラヴ人(の祖先と思われる人々)との
接触について短い記述がある。
107世界@名無史さん:2001/02/02(金) 22:18
>102
小説を読むとスペインに家があるようだ。
映画の奥さんは結構西洋人離れした顔をしている。
正規軍団の将軍だからローマ市民であることは確か。

共和国時代だとハンニバルの配下でスペインとガリアと
ヌミディアの騎兵がローマ軍を苦しめてるね。
108愚礼:2001/02/04(日) 22:06
>105さん
それは『半弓』というのですかね?
109世界@名無史さん:2001/02/04(日) 22:22
あの映画見てると、ゲルマニア人て馬どころか弓すら使ってないね
みんな斧とかでかい棍棒ばかり振り回して、なんで弓がなかったんだろ?
110世界@名無史さん:2001/02/06(火) 13:11
>>109
ゲルマニア人でも当然故国の自由民は弓を使っていたが、
グラディエーター(剣闘士)は見世物のための奴隷であり、
弓の練習をしたことがなかった。
111世界@名無史さん:2001/02/06(火) 17:04
て言うか、映画の始めの30分ぐらいのゲルマニア軍との
戦闘でローマ軍は投石から大量の弓まで使ってるのに対して
ゲルマニア軍はなす術もなく一方的にやられてたんだよ。
普通は弓を撃ち返したりするじゃない?
112世界@名無史さん:2001/02/06(火) 18:49
>>111
「ローマ帝国のォォォ軍事力はァァァ世界一ィィィ!」
てのを際立たせるための演出でしょう。
この辺の戦闘はテラの投げ合いから始まるはずですが、
これは危ないからやらなかったんでしょうし。
113日本@名無史さん:2001/02/06(火) 19:12
テラって小石か何かを投げるの?
そう言えば映画の戦闘シーンでギリシャの火が使われてましたね。
114世界@名無史さん:2001/02/06(火) 20:08
テラ=投げ槍
115世界史:2001/02/06(火) 21:21
主人公のマキシマスって
名前はギリシア人みたいだけど
顔はゲルマンみたいじゃん
116世界@名無史さん:2001/02/06(火) 22:31
当時の騎兵って大半がスペイン出身だべ。
117愚礼:2001/02/07(水) 00:49
スペイン騎兵は、レコンキスタでも大暴れしたんだっけ?
ま、一番暴れたのは南アメリカなんだろうが…。
118世界@名無史さん:2001/02/07(水) 01:53
>>115

マキシマスとは、ラテン名のMaximusの英語読み。語尾がusで終わるから
ある典型的なラテン語名。
119世界@名無史さん:2001/02/07(水) 04:07
剣闘士と言えばグラディウスだな!
あれって刺突用の剣なんだよな。
120愚礼:2001/02/08(木) 23:34
グラディウスも、騎兵用は
馬上で振り回しやすいよう短めだったそうです。
121世界@名無史さん:2001/02/09(金) 15:30
刺突用というか、楯をならべて密集してたから、刀が振れなかっただけの話。
とくに刺突用とはかぎらんよ。
122世界@名無史さん:2001/02/09(金) 17:11
>>115
あれはまあ、ローマ側には極力金髪碧眼を出さなかったことは
誉めてやろうじゃないか。
123名無しさん脚:2001/02/12(月) 01:09
ハンガリー騎兵はいかがです?
124愚礼:2001/02/12(月) 22:28
中世のハンガリー騎兵はどうだったのだろうか?
西欧とは、多少違うと思うが…。
125いいスレが底まで沈んでたぞ:2001/03/06(火) 06:48
186 名前:世界史投稿日:2001/03/05(月) 19:41
騎兵は実は何のかんのいって実は第二次大戦前まで有効な機動兵器だった。
実際第一次大戦後のソ連=ポーランド戦争でもポーランド騎兵が勝利に
少なからず貢献している。
ワーテルローは英仏両軍とも騎兵の使い方を間違えた最悪の例。
騎兵だけで突撃し銃兵と分断されて壊滅している。
密集陣にしろ騎兵にしろ単科兵種では複合兵種の連携攻撃には勝てない。


187 名前:世界@名無史さん投稿日:2001/03/05(月) 20:47
>185
戦術の柔軟性。


188 名前:世界@名無史さん投稿日:2001/03/05(月) 21:29
>>186
第一次世界大戦前までの間違いでは?
赤軍のポーランド侵攻が失敗したのは、騎兵が有効だったからというこ
とではないでしょう。
日露戦争の時に、すでにコサック騎兵は日本の機銃に押されていますよ。

189 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2001/03/06(火) 06:46
ソ連・ポーランド戦争について私が知るところはまことに少ない。賛同者多数
と推量す。186はよろしく「騎兵が好き」スレで己の薀蓄を傾けるべきである。
お願い!

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=978837334&ls=50

126125補足:2001/03/06(火) 06:51
底からサルベージしたのはこのスレ。引用は「密集陣て有効なの」から。
127世界@名無史さん:2001/03/06(火) 07:29
騎兵が好きってあんた、騎兵はたいへんだよ。
馬は馬ン糞(まんくそ)たれるし。
餌も糞も量が半端じゃないぞ。
128下級騎士:2001/03/06(火) 10:03
騎兵は戦場の華ナリ。
129世界@名無史さん:2001/03/06(火) 10:36
第二次大戦時でも重火器数の差と全面防御という間違った戦法で
ポーランドはドイツの侵攻を食い止められなかったが、
森や丘や悪路などの地形や奇襲戦法を利用した騎兵の活躍でドイツの
重戦車部隊を退散させたケースもいくつかあったらしい。
最も有名なのはワルシャワの西、プウォツク市(?)近郊の戦闘だったか、
ドイツ側の被害は甚大だった。
圧倒的な物量の差で、ポーランドは戦略的に敗北したが、各戦闘では
騎兵の活躍がみられたのは注目に値する。
また、フランスはポーランドより短期間でドイツに敗北している。
>>128氏の意見は、第二次大戦初期の欧州でも成り立ったということ。
130世界@名無史さん:2001/03/06(火) 10:41
>>125
ソ連・ポーランド戦争では、騎兵の活躍でワルシャワ北東部まで
下がった前線をソ連領内まで一気に押し戻した。
いまでもワルシャワの奇跡と呼ばれる。
131密集陣スレの186:2001/03/06(火) 12:54
密集陣スレでここに誘われたので来ました。

個人的には騎兵といえばバラクラバでの英国軽騎兵旅団の
突撃がある意味感動的です。
A.L.Tennysonの詩でも騎兵の献身的勇気を称賛しています。
ですが内容はワーテルローのネイやポンソンビー(第二近衛竜騎兵旅団長)
に勝るとも劣らない内容で、洋服で有名なカーディガン伯爵とラグラン袖の
ラグラン元帥のコンビが砲列を敷いた露陣地に軽騎兵旅団を単独で突撃させ、
当然のことながら散弾一斉射撃により壊滅しました。
A.L.Tennysonも"Someone had blunder'd" (誰かがポカした)と書いています。
騎兵精神の発露の戦いだと思っていますが、それより納得したことは
ファッションの一流は軍事の一流とは限らない(当たり前か

132下級騎士:2001/03/06(火) 22:12
>131
ラグラン元帥ってラグランコート発明した貴族ですよね。
軍人として戦場に立っていたとは、思いませんでした。
133アラン@私塾:2001/03/07(水) 02:40
騎兵の最大の武器は、その機動力!
自動車化のあほー
134世界@名無史さん:2001/03/07(水) 02:51
そしてドイツの機甲師団に息の音を止められたと・・・・。
135日本@名無史さん:2001/03/07(水) 04:47
ラグラン伯爵はクリミア戦争のときの指揮官ですね。
136密集陣スレの186:2001/03/07(水) 09:37
ラグラン元帥はワーテルローで片手を無くしています。
クリミア出征時に着ていた外套が今で言うラグランコートです。
ちょっと騎兵から外れてしまいました。スンマセンm(__)m
ファッション板じゃないのでsageときます。
(`Д´)ゝ'Vive l'Emperor!
137世界@名無史さん:2001/03/07(水) 10:37
>>134
第二次大戦時、栄光のポーランド騎兵達のその後について、
知っている限りでは、陸軍の本体はルーマニア戦線まで退却、
国内ではロンドン亡命政府側の国内軍と親ソ派の国民軍の2系統に
収斂し抵抗運動を継続。
その他大部分(将校の殆ど)は一時ソ連領内にとどまる(一部は
スターリンによってスモレンスク郊外カチンの森で虐殺される)が、
非共産派のアンデルス将軍を中心にソ連領内で独立軍団を創設、
ソ連指導部と戦略方針その他において衝突し、ソ連を見限りイランを
通ってアフリカへ移動。その後アフリカ戦線からイタリア戦線に
前進、連合軍の軍団として南方からドイツ部隊を次々に
撃破(モンテ・カシノの激戦が有名)。
他方親ソ派将校達はソ連と共同でポーランド第一軍団を初め
複数の軍団を創設。かつての騎兵隊は近代的機甲部隊として
対独戦線を前進、ベルリンに至る。
ポーランドのテレビ映画シリーズ「4人の騎士と犬」は
そのうち一台の戦車の4人のポーランド人戦車乗りと一匹の犬の活躍を、
一部実話であるエピソードを交えて作られたもの。
138世界@名無史さん:2001/03/10(土) 08:22
騎士ってどんなのがいたの?
馬と象だけ?
139世界@名無史さん:2001/03/10(土) 08:43
>134
駱駝
140139:2001/03/10(土) 08:49
>134 ×
>138 ○

141秋山旅団:2001/03/23(金) 23:25
日露戦争の秋山旅団って騎兵集団は3兵科統合だったんだ。へえ・・・・
142秋山旅団:2001/03/23(金) 23:25
日露戦争の秋山旅団って騎兵集団は3兵科統合だったんだ。へえ・・・・
143世界@名無史さん:2001/03/24(土) 14:56
成功した騎兵突撃について教えてください。最後の栄光はいつなのでしょうか。
144143:2001/03/26(月) 00:35
むむむ。レスがつかない。
それじゃ、最後のなどと言いませんから、騎兵突撃が敵を蹴散らして勝った戦い
について教えてください。ぺこり。
145世界@名無史さん:2001/03/26(月) 01:39
>>144
ヘイスティングの戦いはオッケー?
ノルマンコンクエストの時の戦いだけど。
ノルマンディ公ウィリアム率いる騎兵隊が
ハロルド率いるアングロサクソン歩兵隊を蹴散らした戦い。
ただ、蹴散らしたと言っても、
突撃を何度もはねかえされたためウィリアム側が総退却して自分の陣を崩し、
そこにハロルド側がつけこもうとしてその陣を崩した瞬間を狙って騎兵隊を突撃させ、
歩兵の密集陣を撃ち破ったらしい。
これを「栄光」と言っていいものか?
146名無史さん@らいとふっと:2001/03/28(水) 21:56
サルベージあげ
>>144
日本史も可なら義経の鵯越がそうだと思います。
真正面からの激突ではありませんが、敵の予想し得ない
ところへの奇襲攻撃で、源氏を勝利に導きました。
147日露之朋友age:2001/04/02(月) 02:23
いやあ、ラウレンティス「ワーテルロー」面白いね!

どうせソ連陸軍全面協力だろうけど、白馬200頭そろえただけでもラウレンティスは
偉い
148世界@名無史さん:2001/04/02(月) 03:08
ロッド・スタイガーのナポレオンはいいよな。
でもそれ以上にウェリントンの役者が格好良過ぎ。
あれ誰?
149世界@名無史さん:2001/04/03(火) 09:51
ポーランドの騎兵は目的地に移動する手段で
自転車やバイクみたいなものだったらしいです。
戦車や機関銃に突撃するポーランド騎兵は
はドイツのプロガンダみたいだよ、ポーランド軍も最初は突撃をやったけど
すぐ無謀だとわかり、突撃はしなくなったらしいけど?
150世界@名無史さん:2001/04/03(火) 11:53
>>149
そう、平原でダーっと突撃したことはまずない。
騎兵で戦車に肉薄して攻撃したのは道路わきの森などかららしいよ。
ワルシャワの西のクトノ市(だったかな?)で大規模にやったらしい。
そのときは成功したけどそれ以外はうまくいかなかった。
第一危険すぎる。
151ポーランド騎兵:2001/04/03(火) 13:46
源文さんの「壮烈ポーランド騎兵」玉砕画は、騎兵が戦車に槍刀を
つきつけていて、まんまドイツ軍プロパガンダくさくてよろしくありません。

・・・でも、本当、騎兵って運用が難しいよな
152世界@名無史さん:2001/04/03(火) 13:53
>>151
>「壮烈ポーランド騎兵」玉砕画

あれじゃまるで集団ドンキホーテじゃん
153世界@名無史さん:2001/04/03(火) 14:27
>>ALL

みんな、オスプレイ・メンアット・アームズの世界の軍装シリーズ買ってる?
いきなりルイ14世やモンゴル軍から「フランス軽騎兵(ユサール?)」に
とんだんだもの。
出版社の販売戦略とはわかってるが、嬉しくって買いだ!!
154李密:2001/04/03(火) 18:41
>105

ひょっとしてルイス・フロイスの「ヨーロッパ文化と日本文化」ですか?
もしそうならば、日本の騎馬に関しては東国と西国で大きな違いがある可能性があります。
ルイス・フロイスは西国中心に見て回っただけでしたから。

「信長公記」や「雑兵物語」などには
「東国衆は馬上の戦いに長け……」などという記述があり、
また、地勢的にも関東平野は騎兵向きの平野中心の土地であって
騎馬が発達する土壌としては問題ないからです。
また、日本の馬が小さいことについては、
モンゴル馬を初めとするアジア種自体が全体的に小さいだけでしょう。
モンゴル馬は131cm〜142cmくらいの背が低くて頑丈な馬です。

>112、114

テラではなく、ピラ(pila)やピルム(pilum)では……
155世界@名無史さん:2001/04/03(火) 18:51
騎兵は兵站が大変だからなぁ。

1.馬はまぐさを食べる。
2.そのまぐさを運ぶために馬車でまぐさを運ぶ。
3.その馬車引き馬のまぐさもついでに運ぶ・・・
4. 2-3 無限ループ(笑

WW2のドイツ軍は燃料不足で苦しみましたが、
騎兵は食料不足で苦しんで田でしょう多分。
156李密:2001/04/03(火) 19:05
>123

ハンガリー騎兵についてはギボンの「ローマ帝国衰亡史」に
記述があったので少し引っ張ってきました。
ギボンが資料としたのはレオン6世のタクティカらしく、
10世紀前後のハンガリー騎兵と思われます。

「彼らはローマ軍の(ビザンツでしょう)戦術を多少経験した後には
剣と槍そして兵士の兜と馬の鉄の胸繋の使用を見習った。
だが、彼ら固有の切り札というべき武器はタタールの弓であり、
(モンゴルと同じ弓ではないと思います)
彼らの子供や奉公人はもっとも幼い年代から弓術と乗馬の2種類の
技芸を仕込まれた。彼らの腕は強く彼らの狙いは正確であって
彼らは馬を疾駆させながら素早く振り向きざま矢を雨のように射ることを
教えられた」

だそうで、スラブ系の騎兵隊は
遊牧民系の軽騎兵が源流となっているようです。
時代が降るに連れて重装化が進んだかもしれませんが、
西欧の騎士とは全く違ったものと考えた方がいいかもしれません。
157144:2001/04/03(火) 22:49
>>145 >>146 and others 密集陣スレ含め濃い議論が読めて嬉しいです。感謝多謝。
158世界@名無史さん:2001/04/07(土) 00:25
ジョンウェインの映画なんかに出てくる騎兵隊はどうなの?

>148
ウェリントン役はクリストファー・プラマーです。
159上げネタです:2001/04/07(土) 04:37
http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/meiji/meiji33p.htm

そうか。JRAには秋山旅団の苦闘が、根底にあったわけですね。
160世界@名無史さん:2001/04/07(土) 05:09
普仏戦争で、仏軍の包囲下に陥ってあわや全滅の危機に陥った
三万の独軍を、寡兵で持って仏主力を襲撃し、独軍三万を救った
というブレドー旅団という騎兵旅団のことを何かで読んだのですが、
伝聞的にしか日本では知られてないらしく、詳細はほとんどわかりません
でした。この世界史上でも最も騎兵の特性を最大限に生かし、古今東西に
稀だという戦果をあげたというブレドー旅団の襲撃について、どなたか詳しい
方はおられますでしょうか?
161世界@名無史さん:2001/04/08(日) 18:06
>>154確か中国で使われている馬はアラブ種だったから
   日本の馬のように小さい訳無いと思うんだけど
   中型ぐらいでしょう。
162日本@名無史さん:2001/04/08(日) 23:33
お。このスレに、一度、あのバラクラバのサイトこさえた人きてるな・・・。

163李密:2001/04/09(月) 05:20
>>161

アジア種でなく、アラブ種ならば大きくても全然問題ないでしょ。
アジア種もアラブ種なみにでかいぞ、といわれると
自分が調べた資料(ってほどのモンじゃないですが)を恨みます(死
164李密:2001/04/24(火) 11:33
どうやら、前漢の武帝以前と以後で
中国の馬の体格は大きく変わってるようですね。
汗血馬をもとに品種改良でもしたんでしょうな。

イスラムの馬を使って、品種改良した
ヨーロッパと同じか。
165世界@名無史さん:2001/04/24(火) 11:49
>>160
ブレドウ旅団の襲撃
1870年普仏戦争
メッツ西方のヴィオンビーユ付近で発生、普軍第3軍団が3−4倍の仏軍に包囲された状況で
予備のブレドウ旅団(胸甲騎兵,槍騎兵各1R(−)からなる900騎)は
軍団長から敵の歩砲兵を襲撃せよとの命を受けたブレドウ少将は地形を利用して
敵測方を迂回し乗馬突撃を行った。損害を受けつつ敵陣を突破し、砲兵陣地を蹂躙
その間普第3軍団は戦線を整理できた。
 ブレドウ旅団は続いて敵陣深く突進したが、仏のフォルトン騎兵師団(1400騎)の反撃を受け
さらに仏のヴィラブレク騎兵師団の攻撃を受けたために、再び敵陣を突破して後退した。


166165:2001/04/24(火) 14:06
補足及び訂正

各1R(−)=定数より少ない各一個連隊

×敵の歩砲兵を襲撃せよとの命を受けたブレドウ少将
○敵の歩砲兵を襲撃せよとの命を受け、ブレドウ少将 
167世界@名無史さん:2001/04/24(火) 17:02
>>164
日本の馬は小さいけど40キロの鎧を着た武者を楽々と
運んだそうですけど、速さはどうだったんでしょう。
後、日本では何故アラブ種との品種改良がなされなかったんですか?
168165:2001/04/24(火) 18:43
横レスですが・・・
1591年 宣教師ヴァリニャーノが豊臣秀吉にアラビア馬を献上しています。
1634年 オランダからペルシア牡馬が徳川家光に献上されています。
四代目将軍家綱の時代に、ペルシア馬の血が和種に掛け合わされています。
またナポレオン3世も良血のアラブ馬を26頭徳川慶喜に寄贈しています。

いずれの場合も、これらの西洋馬の血は発展することなく散逸し、和種の改良には
ほとんどつながらなかったようです。

アラブ種との品種改良がなされたのは、明治政府になってからで
それまで品種改良が見られなかったのは、幕府に対する遠慮からでしょう。
馬の改良を行うのは、軍備拡大と同じことですから。


169李密:2001/04/25(水) 11:01
>>167

日本の小型馬の特徴として去勢されていない事があげられます。
気が荒いままなので乗りこなしにくいそうですが、
代わりにパワーはあるみたいですね。
ヨーロッパでもアラブ種の馬が入ってくる以前は
去勢されていないポニーのような小型馬を使っていたらしく、
いわば日本はそのままで明治までいったということなのでしょう。

速さに関してはアラブ種よりは遅いのでしょうね。
ただ、持久力は負けないくらいあったんじゃないでしょうか。
同じく小型馬であるモンゴル馬の特徴も短距離での速さより、
長距離の行軍におけるタフさにあったようですから。
170吾輩は名無しである:2001/04/25(水) 14:50
太平洋戦争でも、中国戦線でどっかの飛行場奪取するのに、砲兵陣地
騎兵で蹂躙した事あるきいたな。

たぶん、それが最後だ。

もちろん国共内戦とか、1950年ごろまでつづくコサック反乱とかは知らないけど
171卑怯な例:2001/04/25(水) 21:44
1945年のソ連参戦でザバイカル方面軍が戦車師団とともに
多数の騎兵師団も満州に突撃させた。多分(間違いなく)騎兵突撃は成功でしょう。
172テレンス・マリック:2001/04/25(水) 23:17
問題は、「突撃突破した」と日報に記した日本軍前線の実体でしょうね。

>>165
・・・・しかしブレドウ旅団の戦史は読んでて、血わき肉踊るものがありますね。
うん。

THIN RED LINEって、わたしてっきり、バラクラバの17軽騎兵旅団のことかと
思ってたら、ロシア軍の騎兵突撃を2列横隊で撃破した93高地連隊(?)のことなのね。

だれだあ?
「理性と狂気をつなぐ一本の赤い糸」なんてもっともらしい説明したのは・・・?
173世界@名無史さん :2001/04/26(木) 02:27
騎兵好きにはたまらん歌じゃ

http://village.infoweb.ne.jp/~fwhk4659/bu.htm
174名無し:2001/04/27(金) 23:12
今日辞書を引いていたら,竜騎兵があった。
銃を持った騎兵と言うことだそうです。
英国では近衛竜騎兵連隊がまだあります。
175世界@名無史さん:2001/04/27(金) 23:30
がいしゅつでござりまする
176戦列歩兵:2001/04/28(土) 00:59
「竜騎兵の奴らは攻撃するとき歩いて行くくせに、逃げるときは馬に乗って行きやがる!!」
177某学生:2001/04/28(土) 10:18
中世イングランド(1300年代頃)について書かれた本に
下馬した重騎兵という記述が出てくるんですが、洋書の訳で日本が
ちょっと変なのでいまいちわかりません。どのよな理由で下馬したんでしょうか?
戦果はどんなもんなんですか?
178世界@名無史さん:2001/04/28(土) 10:25
訂正:洋書の訳で日本語がちょっと変:です
自分が変だった

エドワード三世が初め百年戦争でさかんにおこなわれたという感じに
書いてあるんですが。
179世界@名無史さん:2001/04/28(土) 12:23
180世界@名無史さん:2001/05/04(金) 21:49
あげ
181世界@名無史さん:2001/05/21(月) 12:11
倉庫いき防止
182騎兵曹長:2001/05/25(金) 00:45
騎兵好きにお薦めの映画「ナポレオニック編」
1.ワーテルロー ネイ元帥指揮下の仏軍騎兵1万騎の大突撃を堪能せよ!
2.戦争と平和(ハリウッド版) 華やかなりし大陸軍を堪能せよ!
3.戦争と平和(ロシア版) とにかく堪能せよ!
4.アウステルリッツの戦い 小粒だがいろいろ登場する騎兵の軍服を堪能せよ!
5.英雄物語 TVモノだが堪能せよ!
6.デュエリスト とにかく軽騎兵を堪能せよ!
7.デジレ ナポレオンの愛馬ではなくベルナドット元帥の奥さんを堪能せよ!
8.ナポレオン(アベルガンス版) 若き英雄を堪能せよ!
9.ナポレオン(サッシャギトリ版) 皇帝を堪能せよ!
10.名誉と情熱 青銅の巨砲を堪能せよ!
11.勇将ジェラールの冒険 おっちょこちょい(死語)の軽騎兵を堪能せよ!
12.ラ・マルセイエーズ フランス革命を堪能せよ!
番外 華咲ける騎士道 ジェラール・フィリップを堪能せよ!
183騎兵曹長:2001/05/25(金) 01:01
騎兵好きにお薦めの映画「その他編」
1.進め龍騎兵 バラクラヴァの英軍騎兵大突撃に萌えろ!
2.アラビアのロレンス 駱駝に萌えろ!
3.アラモ サンタ・アナ軍に萌えろ!
4.黄色いリボン とにかく騎兵隊に萌えろ!
5.騎兵隊 とにかく騎兵隊に萌えろ2!
6.ダンディー少佐 フランス槍騎兵に萌えろ!
7.戦場のメロディ ポーランド騎兵の突撃に萌えろ!
8.砂漠の勇者 南アフリカ軍騎兵に萌えろ!
9.壮烈第7騎兵隊 カスター将軍に萌えろ!
10.敵中横断三百里 日本軍騎兵に萌えろ!
184世界@名無史さん:2001/05/25(金) 02:44
>>177 超遅だけどせっかく上がったので書いてみま。
察しの通り、むこうのごちゃごちゃの歴史用語と整理された日本語が
うまく対応してくれないことに問題がある。

メン・アト・アームズは、ちかごろの本のシリーズ名で知っている人
もいるだろう。直訳は「武装した男」だが、その真の意味は「完全武
装兵」であり、これが当時の最強兵種を意味している。つまりは完全
な鎧を着ている兵士のこと。

騎兵とは限らないし、歩兵とも限らない。重いから移動のためには馬
が必要なので、騎兵に見えるが、運用はどちらでもいい。

騎兵には、鎧を着けないか革程度の軽騎兵がいる。歩兵には、ナイフ
マンやスビアマンなど、持っている武器で呼び名が変わる軽装兵があ
る。いずれも白兵決戦兵種ではない。乱戦をまっこう受けて立つのが、
完全武装兵。戦場の華。騎士は称号に過ぎない。
185世界@名無史さん:2001/05/25(金) 03:07
騎兵の馬ってのは何歳くらいまで現役なんでしょうか?
ヨーロッパの障害レースでは10歳超えたのが結構出てくるみたいだけど・・・
186世界@名無史さん:2001/05/28(月) 00:10
日本の戦国時代に騎馬鉄砲隊って居たよね?(うろ覚え)

同時代のヨーロッパにはそれに相当するものはあったの?
187世界@名無史さん:2001/05/28(月) 00:40
186です。 ちょっと補足。

日本の戦国時代の頃にはまだ竜騎兵は居ませんよね?
それに日本の騎馬鉄砲隊は騎乗したまま射撃してたような気がするし。
188世界@名無史さん :2001/06/04(月) 05:32
大坂の陣で、伊達政宗が騎鉄砲隊を活用したけど、
真田幸村の塹壕を生かした鉄砲隊に、あっさりと
破られたって何かで読んだ。
189>84:2001/06/04(月) 06:22
“良い”と言うのがどういう意味でいっているのははっきりしませんが、Feudalismとしての封建制があったのは西欧と日本と言われています。そういう意味では中国や朝鮮は封建制ではありませんでした。
日本語で封建制というのは1)江戸時代の武士、知識人たちが中国古典の“封建制”を地方分権ぐらいに解釈し、徳川日本こそ儒教的な理想国に近いと誇った;2)西欧のFeudalismの訳語として“封建制”という言葉を使った;3)マルクス主義者などにより前近代社会という程度に(特に農奴制と関連付けらえ)使われた;の大きく3通りがあり(1は現在一般的ではないが)混乱を招いています。中国や南北朝鮮の学者が自国の前近代を封建制というときは無論3。彼らには日本の昔のマルクス主義者の影響が入っています。
190189:2001/06/04(月) 06:23
誤爆です:謝
191世界@名無史さん:2001/06/04(月) 10:56
2チャンネルの別の掲示板で見つけたけど
ここでは、本物の騎兵大佐の称号が貰えるらしい
http://www.kcc.zaq.ne.jp/dfahy603/coronel.html
192世界@名無史さん:2001/06/04(月) 13:46
上のページ見ました。狂ってるけど
おもしろい。
でも実はオレもなりたいなー
でもこれって名誉「大佐」ばっかり増えるてわけ?
193世界@名無史さん:2001/06/04(月) 14:25
>>191
なんかあのメガネヒゲのオヤジ、怪しくねぇか?
BBSも珍問答に満ち満ちているし。

ところで「乗馬本分者」って何だろう。
馬術をやっている人間なら誰でもいいのか?
194世界@名無史さん:2001/06/04(月) 17:09
わたしも見ました。メガネヒゲのオヤジも怪しいし、グラサン
勲章着用の「騎兵大佐」もおかしい。
怪しむより笑ってしまいました
でもなんかワレサ大統領とか政治家とか一応の人にはあってたけど
馬乗っている人ならだれでもいいんじゃない?
195軍服コスプレ:2001/06/04(月) 18:29
ここって制服あんのかな?じゃオレ入りたいけど・・・
196世界@名無史さん:2001/06/04(月) 21:43
騎兵隊で使ってる馬って何種?
197世界@名無史さん:2001/06/04(月) 22:28
アラブじゃない?
198世界@名無史さん:2001/06/04(月) 22:46
189番勉強になります。日本史になってしまいますが、
1.本格的な封建制のあった国が現在先進国になっていそう。
2.こちらのほうが興味ある問題ですが、封建時代、江戸時代の方が今より田舎がイキイキしてそうだ。
199世界@名無史さん:2001/06/04(月) 22:48
>>198

ある意味、究極の地方分権ですから。当たり前なのでは?>田舎がイキイキ
でも、地方色が無いのってすごく淋しいよね。本当、このごろそう思います。
200世界@名無史さん:2001/06/05(火) 01:02
>>191
新手のマルチ商法か?
だけど…………かっちょいい〜!オイラも入りて〜よ〜!爵位が欲しいよ〜!
201世界@名無史さん:2001/06/05(火) 01:29
イギリスで出版された馬についてのポケット事典の翻訳書を買ったんだけど、
中世ヨーロッパでは騎士を運んだのは重種馬だって記述があった…。
ホントかな?
たしかにヨーロッパの在来種に軽種馬はいないみたいだけど。
202世界@名無史さん:2001/06/05(火) 07:34
あはは、ほんとだ。あらてのマルチみたいだね
でもこれなら引っかかってもいいかな・・・・・
それに誰も被害届けださないんじゃない?だって
そうしちゃうと、自分が「貴族」だって否定ひちゃうものね
203世界@名無史さん:2001/06/05(火) 13:41
しかし親玉がカナダ在住というのが、また判断に苦しむところだな。
本格的に騙くらかすんなら、それらしくエゲレス在住としたほうが、
日本人はコロッと逝ってしまいそうだ。

これで軍服の類があったら、平和神軍に限りなく近いような・・・。
204世界@名無史さん:2001/06/05(火) 13:51
でも逆にイギリス在住っていうのだと余計うそ臭くない?
多分カナダだからみな信じるんだと思うけど・・・
でもデヴィ夫人の知り合いのビザンツ皇室パレオロゴ殿下も
イタリア在住だし・・・彼女も大真面目で「騎士」だって
ワイドショーでいってたよ
205世界@名無史さん:2001/06/05(火) 15:47
馬の甲冑はすごいが、動けなくなりそうだ・・・
206世界@名無史さん:2001/06/05(火) 17:12
そうか。逆にカナダだからいいのか。
しかしラテン帝国とかビザンツとか、よくやるよ。
「国が滅びたのに王だけが生き残るなんて滑稽だわ!」byシータ

ドイツ帝国の騎士団ってのは無いのかな。ちっとあこがれる。


207世界@名無史さん:2001/06/05(火) 17:25
あのメガネヒゲのオヤジは岡部芳彦というみたいだ。
googleで検索したら、したのとおり。
http://www.google.com/search?q=%89%AA%95%94%96F%95F&hl=ja&lr=&safe=off&filter=0

どうも馬に乗るみたいでもあるしな。偶然か?

ttp://www.unn-news.com/cs/cs960610.htm
●第三十一回全関西学生馬術大会最終日結果(九日・京都競馬場乗馬センター)
▽コンソレーション障碍飛越競技
              馬匹名     タイム
 優勝 池見憲一(神大) 「ハヤテ」    57"08
 2位 岡部芳彦(関学) 「月雪」     60"26
208世界@名無史さん:2001/06/06(水) 11:06
となりのスレッドに、中国で「騎兵」になれるって書いていたけど。
どういうことかな・・・・
209世界@名無史さん:2001/06/06(水) 12:23
やっぱ、トラとかに乗って戦いたいね
210世界@名無史さん:2001/06/06(水) 12:57
>>208
となりのスレッドに書き込んだ者で御座います。
騎兵になれるのではなく、騎士の資格を取れるのです。
内蒙古のどこだかに馬術学校があって、そこで勉強をして試験に通ると、
中国政府の国家資格(?)である「騎士」の資格が取れる、と。
211世界@名無史さん:2001/06/06(水) 17:33
確かに岡部芳彦ってヤツみたいだな。。。
実際コイツなにやってんだ?
まあ確かに一般人の出入りできなさそうなところ
には入り込んでいるが・・・・・
叶姉妹みたいなもんか・・・・・
ただあれか「騎兵大佐」ってことは一応軍人なんか?
212世界@名無史さん:2001/06/06(水) 20:28
まあ、どうでもいいんじゃない?
一応馬に乗れるって、上の方のレスで書いてるし
213世界@名無史さん:2001/06/07(木) 09:30
アラブ種は結構粗末な対応に耐えるて乗馬クラブできいたことが
あります。でも純粋なアラブではなく騎兵の馬は
アングロアラブが多いと聞きました
214ななし:2001/06/07(木) 09:34
>>213
それはサラブレッドと比較しているから。
215世界@名無史さん:2001/06/07(木) 13:40
ポーランドって不思議な国じゃのう
216世界@名無史さん:2001/06/07(木) 23:41
なんでポーランドなの?後、騎士団とか意味不明
217ローエングリン:2001/06/07(木) 23:48
騎士団って、セントアンドリューオブエルサレム騎士団でしょ。
確かに、いかれてるけどさ、ああいう「遊び」ってすなおに羨ましいよね。
それにしてもワレサとクリコフって、
連帯を弾圧しようとしたソ連最後の元帥だろ?
なんでそんな相反する連中と知り合ってんだろうな?興味あるよね。
218岡部芳彦:2001/06/07(木) 23:54
岡部です。実名はネットの作法に反します。
集いたい方は、当HPにお越し下さい。
お待ちしております。
http://www.kcc.zaq.ne.jp/dfahy603/
219メフメト2世:2001/06/08(金) 00:08
>>218見てきたけどやっぱいかれてる。
けど、一度だけでもやってみたい。ところで↑って本人?
220メフメト2世:2001/06/08(金) 00:08
>>218見てきたけどやっぱいかれてる。
けど、一度だけでもやってみたい。素直にあこがれるね。
ところで↑って本人?
221世界@名無史さん:2001/06/08(金) 05:47
別にいいじゃん、本名でも。タレントみたいで。
騎兵大佐だし・・・・
222NASAしさん:2001/06/08(金) 09:06
あんだけ直リン貼られていては「最近よく来る2ちゃんねるって何だろう」
とはなるわな。
223世界@名無史さん:2001/06/08(金) 15:35
今みたけどたしかに、一日100〜200ヒットは多い。
ここで紹介されたからかな、それとも元々「支持者」の多い団体なんか?
第一団体かもわからんけどな。
224世界@名無史さん:2001/06/08(金) 17:52
ここは内輪ネタかそれともマジレスか見分けがつかん!
225世界@名無史さん:2001/06/21(木) 17:18


     _∧
     プ  ミ  (゚Д゚ )
      \ ミ⊂   )
       (    / /⌒)=*
        | | |(__)| /
        |_|_|   |_|_|
        /_/_|   /_/_|
226世界@名無史さん:2001/06/26(火) 21:00
倉庫行き防止
227世界@名無史さん:2001/06/27(水) 03:50
武装した人を乗せた馬ってのはだいたい時速何キロくらいの
速さで走れたんだろう。
228???:2001/06/27(水) 15:57
魏・呉・蜀を比較すれば・・・
魏の騎兵が圧倒的に強いだろう。
229世界@名無史さん:2001/06/27(水) 18:41
>>227
参考にもならんと思うが、競走馬は大体時速60キロ前後

ただし一口に武装といっても軽重えらく差があるし
それを乗っけている馬もクォーターからノルマン(これくらいしか知らん)
までこれまた様々だぞ・・・
230世界@名無史さん:2001/06/27(水) 19:28
>>229
競走馬って言ったらたいていサラブレッドだし、
騎手は鞍も入れてせいぜい60kgだからなあ。
231世界@名無史さん:2001/06/27(水) 19:30
騎兵には「歌曲ウイリアムテル」がよく似合う。
232世界@名無史さん:2001/06/27(水) 22:07
>>227
16世紀ごろのコンプリートアーマーを着た騎士は
人間の早歩きぐらいのスピードだったらしい
233ドキュソ地底:2001/06/27(水) 23:18
えーと・・・中国古代の騎兵について詳しい人いませんか?
卒論で難儀してるんですが
234世界@名無史さん:2001/06/28(木) 00:14
>>233
古代って言っても幅が広いんですが・・・
235ドキュソ地底:2001/06/28(木) 00:30
>234
では戦国〜三国あたりでお願いできますか?
(聞いて大丈夫なのかな?)
236世界@名無史さん:2001/06/28(木) 17:52
>>235
騎兵の何を聞きたいのかが分からんことには
答えのしようがないのでは・・・
237227:2001/06/29(金) 21:27
>229,230,232
ありがと〜。
238世界@名無史さん:2001/07/05(木) 11:05
趙の武霊王の騎兵改革の話とかなら少し?
239世界@名無史さん:2001/07/05(木) 13:02
がっちり武装した歩兵も走れない。歩いて駆け引きするなら、戦場の
十メートル、二十メートルは、意外に遠い距離と想像するなり。
騎兵の速さもそれを上回れば速いのだろう。
240神聖ローマの間者愚礼:2001/07/06(金) 22:36
古代中国の騎兵といえば…
某モーニングの漫画では
騎兵がバンバン鐙使っていたが、ほんまいいんかい?
三国時代は、せいぜい片側だけ、しかも乗馬の補助くらいにしか
使われていなかったはずだが…。
241世界@名無史さん:2001/07/06(金) 23:49
馬が空飛ぶからねえ…あのマンガ
242世界@名無史さん:2001/07/07(土) 12:48
最近、鐙が出てくる三国志物漫画は、まともに見る気がなくなる
243世界@名無史さん:2001/07/13(金) 01:29
ぼろ服に棍棒持った兵士がでてくる三国志モノ漫画ならいい?
「いいだろ。鉄の剣だぞ」
「ふえー、初めて見たかも」
とか。
244世界@名無史さん:2001/07/13(金) 10:36
中国で重装騎兵ができるのは唐の時代
245世界@名無史さん:2001/07/13(金) 11:28
>>244
いや、既に北魏の頃から重装騎兵が使われていたぞ。唐代は寧ろ行き
すぎた騎兵の装備を軽装化して、軽装騎兵の比率を高める方向だった
筈。騎兵の重装化の頂点は隋代でしょ。
ただ、中国では騎兵の装備は重装化と反動による軽量化を繰り返して
いる。北方民族系の王朝でも、遼の騎兵は比較的軽装、金は重装備
元は軽装、清は重装という感じでしょう。モンゴル系は軽装騎兵の
機動力、女真系は重装騎兵の打撃力という感じですね。
246世界@名無史さん:2001/07/15(日) 01:32


     _∧
     プ  ミ  (゚Д゚ )
      \ ミ⊂   )
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247リトル愚礼(というより、愚礼):2001/07/15(日) 09:09
>>246
見た目は軽騎兵ですね。
248世界@名無史さん:2001/07/15(日) 11:24
鐙が無い時代の騎兵に見えますね。
249おgyn:2001/07/15(日) 12:12
うまい絵ですね
250オイポイ:2001/07/15(日) 12:14
俺は武田騎馬軍団が いい。
あと、ワーテルローの戦いでのフランス軍の
騎兵突撃が いい。
251世界@名無史さん:2001/07/15(日) 17:52
武田騎馬隊は騎兵とは言えないんじゃかったっけか?
252リトル愚礼(というより、愚礼):2001/07/23(月) 22:39
>>251さん
武田は、むしろ
「馬術の職人の集団」といった形で…
むしろ、馬を輸送等に使ったことが、強さの秘密だったとか。
とはいえ、騎馬武者の数は圧倒的に多かったようです。

で、南部はどうかな?
騎馬武者だけで部隊を編成したこともあると聞いたが…。
253世界@名無史さん:2001/07/24(火) 19:26
>>250
つまり玉砕的突撃が(・∀・)イイ!!ってことですか?
254YP:2001/07/31(火) 00:10
概出話かも知れませんが、“パルティアン・ショット”って知ってます?
英語で‘捨てぜりふ’の意味らしいんですが、元は騎馬民族のパルティアが馬上逃げながら
振り向きざまに射る攻撃法に由来するそうです。

なんかパルティアかっちょいいな〜 
255「ペルシャ猫」も:2001/07/31(火) 00:16
「パルティア猫」っていうとなんか精悍そうに聞こえる
256世界@名無史さん:2001/08/03(金) 11:16
講談社学術新書「馬の世界史」ってどうよ
257世界@名無史さん:2001/08/04(土) 06:36
>>256

買ってみた。読んでる途中だけど、ちょっと物足りない感じはする。
あと競馬に興味ないんで、その方面の話題はツライ。
せめて注つけてくれないと、理解できない。
258257:2001/08/09(木) 09:03
追記。
清軍が、数にまかせた戦い方とか書いてあった。
駄目だなこりゃ。西洋史専門らしいが……。

メソポタミアと中国とで、馬の繋ぎかたが違うこととかにも
言及しろよう。うう、本当にこの本は物足りないゾ。
259世界@名無史さん:2001/08/20(月) 08:39
日本にヨーロッパの「竜騎兵」みたいな兵種はいたの?
260もんごりあん:2001/08/20(月) 08:51
伊達の騎馬鉄砲隊って本当にいたの?いたならいた(日本語変)。>>259

でも下馬して戦う、という意味での竜騎兵じゃないねえ。
261世界@名無史さん:2001/08/20(月) 08:52
↑しまった名前が前のままジャーン……ぐふっ
262世界@名無史さん:01/08/27 10:32 ID:iXJvmBGs
この右側のお写真の方って、
ttp://www.jp-military.com/syutyou2/syutyou2.24.html

この騎士団の方では?
ttp://www.kcc.zaq.ne.jp/dfahy603/
263リトル愚礼
>>260さん
雑賀衆は、馬上で弾込めができたとか。
伊達も、鉄砲の研究は進んでいたみたいですから、
馬上からの射撃もやったでしょう。