1 :
名無しさん@1周年:
なぜ近代資本主義は東洋に起きなかった?
また、宗教改革やルネサンスにあたるものはあった?
2 :
なたるま:2000/07/03(月) 18:20
京大学派によると中国では宋代の文化がルネサンスなんだって。
中でも宮崎市定なんか西アジアのルネサンスは
アッバース朝期だってまで言い切ってた。
3 :
岩波文庫「プロテスタンティズムと資本主義の原理」後書きを読むべし:2000/07/03(月) 20:23
強欲ではなく敬神としての蓄財、ってテーゼは、わたしみたいな
個人商店主にとっては、いいなあと想います。
ま、ふるすぎるテーゼですけどね。
最新学説、フォローお願いします
↓
4 :
なんつうか:2000/07/03(月) 20:34
ぜんぜんわかりませんが,
中央官僚は確かに科挙制度で選抜された超エリートだけど,
地方じゃ相変わらず,
内国関税の徴税吏が権限を乱用して過酷な収奪をする,
という。
近代化以前の官僚制が,資本主義のエトスの育成を
阻んでいたと考えられないでしょうか。
5 :
名無しさん:2000/07/03(月) 21:43
日本が近代資本主義に移行することが容易だったのは、
江戸時代に商業・金融業・運送業といった産業が、日本という
限られた世界の中ではあったものの、成立しかつ成熟していた
からです。識字率も抜群に高かった。
商人のモラルも今よりはるかに健全でしたし、倫理規範として
武士道や心学のようなものが人々の中に共通の要素として
働いていた。
その意味では、徳川時代を通じて日本は近代的な資本主義の
段階に特有の形ではありますが、到達していたといえるかも
しれません。
・・・というのが、聞きかじった話。(苦笑)
6 :
山本七郎が:2000/07/03(月) 23:07
なんか書いてましたね
7 :
名無しさん@1周年:2000/07/03(月) 23:24
東洋になかったわけじゃありません。先物が世界最初に始まったのは
日本ですよ。江戸時代の商品経済の発達は充分資本主義の範囲内に
入ると思うのですが。
8 :
えーと:2000/07/04(火) 00:44
商品経済自体は,かなり昔からある。古代地中海世界にまであったんだから。
でも,そういう資本主義的な要素を持つ商品経済が存在することと,
それが「資本主義社会」であることとは厳密に区別されねばならんでしょう。
資本主義的な社会というのは,要するに労働と労働生産物のほとんどの部分が,
商品生産へと振り向けられる社会を指します。
しかるに近世日本において,商品経済が社会的に支配的であったとは,
言い難いでしょう。巨大な封建制的要素が頑として存在します。
9 :
>6:2000/07/04(火) 06:29
七平じゃないですか?
10 :
名無しさん@1周年:2000/07/04(火) 07:35
機械工業が一定段階に達してなくて商業資本だけの場合、
資本の拡大再生産には限界がある。
商業資本が限界以上に成長しようとすると地主資本になり、
結局は封建経済に吸収されることになる。
11 :
>7:2000/07/04(火) 13:19
先物はギリシャ時代にあったんじゃなかったっけ?
12 :
名無しさん:2000/07/04(火) 19:28
伊予宇和島の伊達藩では、鍛冶屋が曲がりなりにも
蒸気船を作ってしまった。
ほとんどヒントもなしにだ。当時の日本はそこまで
工業能力が発達してたってこと。それが後につながった。
13 :
名無しさん:2000/07/04(火) 20:50
後につながったのは確かだけど,技術力が発達すれば
それが資本主義に直結,というわけにはいかないんですなあ。>12
技術は,しかるべき社会的経済的諸条件のもとで使われて,
初めて資本主義の原動力となるでしょう。
14 :
アミン:2000/07/05(水) 20:21
奴隷貿易による巨大な資本蓄積がなかった,というより,しなかったから。
15 :
アミン:2000/07/05(水) 20:27
というか,いろいろ要因は考えられるけど,エートス論だけじゃダメだよ。
16 :
名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 00:03
なんで近代資本主義なんてものが起きなくちゃならないの
と考える方が面白いんじゃないの?所詮そんなもの病気だよ。
17 :
名無しさん@1周年:2000/07/06(木) 00:28
日本の技術者は、単品ではいいものを作るけど、そいつをシステムとして展開するのが下手。
西欧の近代資本主義は産業革命が前提だった、けれど日本には幕藩体制があったため、ブルジョア民主主義の帰結としての産業革命に至らなかった、ということ。
>16
それをいっちゃあつまんないよ。
18 :
>16:2000/07/06(木) 01:17
いや,まさになぜそういう病気が発生したかを知りたいからこそ,
1の提題があるとおもうのだが。
19 :
あやぬ :2000/09/14(木) 06:51
あんまり正確に的を当ててる奴が居ないので俺が言っときます。この板のタブーかもしれないけど。
電波文書だなんて言わないでね。
東洋に資本主義が起きなかった理由は西欧みたいな奴隷やら植民地が無かったから。
西欧が何故あんなに発達したかというとアメリカ大陸から持ち込んだ金が有ったから。
産業革命も資本主義も実はルネッサンスだかゲルマンの伝統等が原因で起きたのではなく
アメリカ大陸を奴隷化したから。
これが真の資本主義&産業革命が起きた理由。何故イギリスで起きたかというと鬼畜米英で解るように
英国は鬼畜だから。特に金に対する欲が。
東洋人はエゴに対して評価をしなかったけど西欧人はエゴは素晴らしいものだと思っていたのが
大半だったのも外に目を向けなかった理由だろうし、先ず第一になんでか知らないけど
中国や日本は統一→内政→腐敗→大乱→統一に戻るだけど西欧は小国家乱立が当たり前で
欧州、ヨーロッパ(欧羅巴)統一なんて考えた事が無かったし、考えた事がある奴なんか
ヒトラーくらいだし。
そのためどうしても白人は外に目が向きやすいんだよ。
その対象がアメリカ大陸さ〜。俺はアホだからこれ以上くわしく書けないから下を参照〜
http://www.zorro-me.com/kto/kto001.html
20 :
名無しさん@1周年 :2000/09/14(木) 07:57
>>16 >なんで近代資本主義なんてものが起きなくちゃならないの
これは言えるかもしれない。
西欧がアメリカ大陸の銀を手に入れなければ、アジアの経済に入っても来れなかった(ここら辺、フランク入ってます(笑))。
そうしたら今の形の資本主義が形成されずに別の世界システムになっていたかもしれない。
もし、だからせんない話なんだど。
21 :
名無しさん@1周年 :2000/09/14(木) 09:51
近代資本主義が発展したのは「利益の追求を認めない風土が有る」から
逆説的に発生促進したと聞いております。
逆に利益の追求が公認されてる社会風土だと、追求するだけに留まって
前段階の中世的資本主義から脱する事は不可能とか。
22 :
getta@末広:2000/10/30(月) 14:54
世界帝国ってどこでも知的麻痺をおこすよね
それじゃない?
23 :
名無しさん@1周年:2000/10/30(月) 16:03
東洋では
労働力の社会的・空間的流動性が相対的に低かったから(身分制の残存)。
私有権が確立されてなかったから(共同体保有が残存)。
国家による金融ツールの法的保障が無かったから(利子率の高さ)。
ヒト・モノ・カネ、でこんな感じでどう?
24 :
日本@名無史さん:2000/10/30(月) 20:14
制度史学っすか?>23
利子率低くしても、開発はうまくいかなかったし(インド・南米)
共同体的保有は、中国にはまったくないし、
労働力は、非常に社会的・空間的流動性が中国にはあったよ。
でも、制度でみるのはおもしろいですよね(笑)
25 :
世界@名無史さん:2000/10/30(月) 20:58
結局、人をものにかえられるキリスト教の裏付けがないと苦しいのよ。
近代化は。絶対的なものがないと、私有権も確立されず、なあなあで
すます。
日本はキリスト教の代わりに天皇もってきて近代化に成功したけど恨
まれている。
キリスト教の神の方が歴史上よっぽどひどいことしてるけど(w
身分制や共同体とかの問題も、絶対的なものがあって社会的なものを
ばらばらにする内面が確立されているかいないかの問題に還元される。
26 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2000/10/30(月) 21:28
電波はいやだ
>26
電波はおまえだろう。
28 :
23:2000/10/31(火) 01:41
> 24
中国の話、もっと教えてぇ!
土地に限らず、財産なんかも個人所有なの?家とか一族の規制が
強かったってイメージがあるんだけど、全然間違い?儲けたら
儲けただけ自分のものになって、財産の多寡によって社会的なステ
ータスも上昇する、ってのが整ってないと資本主義って発達しない
気がする。
インドはカーストが効いてるんじゃないかな。共産主義政党が政権
とったケララ州は生活水準高いし。南米は全く知識なし。
29 :
世界@名無史さん:2000/10/31(火) 02:07
資本主義を飛び越して、社会主義思想が全く独自に芽生えたのが日本。
芽生えて継承される事もなく消えちゃったけど。
江戸時代中期に社会主義的な思想を表した医者、なんて名前だっけ?
30 :
世界@名無史さん:2000/10/31(火) 03:02
安藤昌益
31 :
>25:2000/10/31(火) 03:27
中国は人肉食の風習が未だにあるんだろ?
んなとこで資本主義なんておきねー。
「中国→カニバリズム」なんてお粗末な連想しか出来ないドキュン発見!
33 :
日本@名無史さん:2000/10/31(火) 08:41
何でも食うなら人肉も食うだろう、という論理なのかな?
>29
原始共産制的な考え方は、中国でも多く見受けられる思想でしょう。
ま、せいぜい31はよ死淋病でオナニーでしょうな(ワラ
35 :
世界@名無史さん(29):2000/10/31(火) 16:57
>>30 あ、安藤昌益だったね、ありがと〜
>>33 いや、もっと進んでたよ。
安藤昌益で検索かけたページからの抜粋によると、
『安藤昌益は18世紀の江戸時代にあって、封建社会に対する徹底的批判と、万民平等による農耕中心主義を主張、孟子、孔子の道徳教理とは農民に対する階級支配を合理化する支配思想に外ならず、人間の一切の社会的、政治的、経済的差別の廃止と男女同権の平等主義を主張、その超時代的進歩性はメリエと著しく近似する。 』
のだそーです。
36 :
29:2000/10/31(火) 16:59
あ、中国よりもっと進んでるってのは、男女同権論や孟子、孔子の否定のあたりね。
基本的に農村共産主義=原始共産主義ってのじゃ変わらない。
37 :
23>24:2000/10/31(火) 17:26
>土地に限らず、財産なんかも個人所有なの?
そうです。
>家とか一族の規制が強かったってイメージがあるんだけど、全然間違い?
間違いです。個人が生きていくために家・宗族という共同体を作り、
外敵だらけの社会に対峙するのが中国社会です。だから、人と人との
結合を極めて重視するのであって、規制されているのとは違います。
>儲けたら 儲けただけ自分のものになって、財産の多寡によって社会的
>なステ ータスも上昇する、ってのが整ってないと資本主義って発達し
>ない気がする。
同感ですね。近代資本主義はなにゆえ誕生しなかったのか、は面白すぎて
本当に手に負えません(笑
>35
でも『墨子』も似たような評価のされ方を海外でされてますよ
38 :
void:2000/10/31(火) 21:18
>37
そうそう、んで中国ってとこはいち早く貴族階級が廃れて
官僚制国家になったんですよ。少なくとも宋代にはね。
さらに言いますと宋の方針として、言論で士大夫を殺さないって
のがありまして、要は言論の自由の芽生えみたいなもんがあったわけです。
残念ながらこっちは発展しなかったわけですが。
だからかつての中国が眠りを貪ってたわけではないんです。
康熙帝なんかもロシアとの関係を重視してましたし、問題は
その後の清朝の衰退期が西洋諸国進出の時期とぶつかったことではないかと。
23 > 24=37
レスどうもです。
> 間違いです。個人が生きていくために家・宗族という共同体を作り、
> 外敵だらけの社会に対峙するのが中国社会です。だから、人と人との
> 結合を極めて重視するのであって、規制されているのとは違います。
Eric Jonesっていうイギリス人経済史家が、個人的なネットワークを
重要視する経済関係(取引関係)と西欧風の文書化された契約による
経済関係では、後者の方が効率的だったので、ヨーロッパはアジアに
勝利したんだ、ってなことを言ってました。これが事実かどうかはわか
りませんが、商業上のトラブルをすぐに裁判で解決しようとする態度や
裁判所外で活躍する法律家(attorney/solicitor)の存在は、欧米に
独特な考え方かな、って思います。
> 近代資本主義はなにゆえ・・・本当に手に負えません(笑
ですよね(笑。退職間近の大先生方にがんばってもらうほか無い。
> 38
> 問題はその後の清朝の衰退期が西洋諸国進出の時期とぶつかった
> ことではないかと。
中国の場合、これが一番問題なのかも。でも、そうすると斜陽期の
江戸幕府との対比でおもしろいことが言えそう、って思うけど、そ
ういう研究はすでに腐るほどあるのかしら・・・?
40 :
39:2000/10/31(火) 23:12
さげちゃったので、あげ
東洋に資本主義が起きなかったのは
西洋のような植民地獲得(大侵略)がなかったから。
じゃあなんで東洋では起きなかったかっていうと、
イエローモンキーなのと(中国だけじゃないけど)
中国とか日本とか韓半島とかってのは
まず最初に統一されちゃってるから。
特に中国なんかは、あのだだっぴろい中国大陸を首都(中国)一つで
まとめなきゃならないから、外に目を向けてる暇なんてないの。
で、まとめる時になるべく信用できる奴を統治者に任命しないとならない。
そこで、血縁主義。
欧州統一なんてヒトラーくらいしか考えた事無いでしょ?
42 :
世界@名無しさん:2000/11/01(水) 04:32
シャルルマーニュとかナポレオンは考えてなかったの?
あ、忘れてた。
でも、統一思考者より領土拡張者が多いと思う。
よくいえばOH、BABY外に目を向けるタイプが多く、競争原理が強い社会。
44 :
世界@名無史さん:2000/11/01(水) 12:49
つーか、資本主義(株式会社制度)は、貿易船への投資のリスク分散が始まり
だったのでは?
#保険と同根
ベネチアなんかで地中海貿易に行われていた一回限り(東地中海を一周してきて
収益を投資額に従って配分して解散)のものが
大航海時代の英国の東インド会社などのように恒久的なものになり、
やがて「資本と経営の分離・投資分だけの有限責任」というこの方法が幅広い分野
に応用されて資本主義システムになったわけで
資本主義社会は、ヨーロッパ特有の状況に適応して少しずつ商業システムが進化(変
容)してきた結果。
民族性や宗教などは余り関係ないのでは?(つーか、モラルや考え方などは社会構造の
変化に従い、後から新しい社会構造を肯定する形でついてくる)
45 :
世界@名無史さん:2000/11/01(水) 13:46
近代化の原因が産業革命に求められるなら、東洋で物理、化学、数学が発
達しなかったから。資本の蓄積に求められるなら、明清が銀貨幣経済と冊封体制に
こだわったためと東洋史の方がいっておりました。
貿易による生産と投資の効率化は重要(リカードでしたっけ)ですが、
ほとんどの東洋諸国が鎖国状態で私貿易が制限されていた。
信用(信用取引、投資の増大)と貿易(生産の効率化)が経済発展の
重要要素ですが、当時の経済大国の明朝があくまで冊封体制にこだわった。
それでも明朝末期には手工業組合や流通関連の組合が次々と組織されたが、
銀貨幣供給のため増税したことが原因でこれらが壊滅してしまったとの話です。
元朝時代には投資家や兌換紙幣などが登場し、南シナ海とペルシャ湾を
つなぐ海運ルートも成立していたわけですから、明朝の冊封体制強化のための
海禁政策が及ぼした影響は計り知れないということらしいです。
46 :
世界@名無史さん:2000/11/01(水) 14:00
>>76 >福田和也がなんか田中芳樹をもちあげている
これって、ホント?
47 :
46:2000/11/01(水) 14:02
すいません
スレ違いです
48 :
世界@名無史さん:2000/11/01(水) 16:02
近代資本主義と産業革命のかかわりは当然ですが、
それと同様に、少し前の複式簿記と近代的両替法(信用状等)の
発明もワットの蒸気機関と同じくらい重要だと思うのですが。
49 :
24:2000/11/01(水) 20:45
>>39さん
いや、僕もジョーンズ氏の意見に賛成できます。
(僕はダグラス・ノースぐらいしか読んでないのですが)やはり、
形式合理性が貫徹できないと経済活動を大規模組織化できない、とい
う面は非常に大きいと思いますね。
>>44 資本と経営の分離という考え方自体は、世界中見られます(伝統中国も)
が、有限責任は極めて異例であったことに留意すべきだと思います。
特許状等、イングランド銀行を始めとした銀行業ぐらいしか見られなかっ
たでしょう。分散した遊休貨幣資本を集める上で、これ以上素晴らしい
システムはありません。有価証券の通用性を含め追求していくべきかと。
>>45 僕の分野でもありますから、あまり賛成できません(論破してやると考えている【笑】)
なぜなら海外貿易が信用構造に組み入れられるのは、西洋でも19世紀
であり、それまでは自己資本で行われていたからです。むー。
>>48 同感です。とくに近代的両替は今後全力で解明がなされるべき分野でしょう
50 :
45:2000/11/02(木) 13:51
>海外貿易が信用構造に組み入れられる
このような話はしてませんが…
51 :
もぐもぐ名無しさん:2000/11/02(木) 13:53
45さん、
ゆっくり読んでやっと興味深い事おっしゃっていることがわかりましたが
もうちょっと漢字を減らして読みやすくしていただけませんか?
ちょっと長くなってもいいですから
専門の方ならそれほどでもないのでしょうが
わたしみたいな知的好奇心が強いだけの素人には大変で
目がちらちらして痛くなりました
煽りじゃないっす
52 :
もぐもぐ名無しさん:2000/11/02(木) 14:02
>50
49さんの言いたいことは、西洋において海外貿易が
信用構造に組み入れられたのはつい最近のことなので、
産業革命と同時期となる近代資本主義の初期の段階においては
(18世紀ですよね)、西洋も東洋も自己資本による
貿易(取引)が主流だったことから、
近代資本主義そのもの成立との相関性には疑問が残る、
ということですか?
53 :
もぐもぐ名無しさん:2000/11/02(木) 14:06
52の文面は49さんへの質問でした
54 :
もぐもぐ名無しさん:2000/11/02(木) 14:38
48@`52>49
それと、44さんは民族性や宗教を近代資本主義の成立(あるいは
社会構造の変化)の前提というかんがえに否定的のようですが、
近代カトリック社会の布教活動(植民地拡大とほぼ同義?)と、
その前後の時代におけるプロテスタント諸派の成立が、
それぞれ資本の増大と資本主義的精神の確立に深く関わっている
(つまり、近代資本主義成立の伏線?)ような気がするのですが、
49さんはどうお考えですか?
ここはもうちょっと補足して説明したいのですが、長くなりそうなので
あとで書きたいと思います。
>44
44さんの言われる「ヨーロッパ特有の状況」について少し
噛み砕いて説明していただけますか。
わたしもヨーロッパにはその地域特有の状況があっただろうと
思いますが、よく考えればそれがほとんど民族性や宗教に起因
することしか考えつかないんです。
素人ですのでわかりやすくおねがいします。
55 :
もぐもぐ名無しさん:2000/11/02(木) 15:22
48@`54>49
>分散した遊休貨幣資本を集める上で、これ以上素晴らしい
>システムはありません。
そう、私も48で複式簿記を持ち出したときにそれがあたまに
ありました。
単式簿記しかないまま、大規模に資本を集って投資したら
その管理は一体どんなことになっていただろうと想像して
ちょっと空恐ろしい気持ちになったもので。
56 :
24>もぐもぐ名無しさんへ:2000/11/02(木) 18:59
>>52 そうです。分かりにくい書き方をして
>>50さんにご迷惑をおかけし
ました。ありがとうございます
>プロテスタント諸派の成立が、
>それぞれ資本の増大と資本主義的精神の確立に深く関わっている
>(つまり、近代資本主義成立の伏線?)ような気がするのですが、
>49さんはどうお考えですか?
うーん。ウェーバーの議論は、マルクスの下部構造論に対する鮮やかな
カウンターとして把握され、また価値が認められるべき「一発芸」(失礼!)
なのであって、論証不能の命題にこだわるのも・・・と思ってます。
システムに対する「環境」の大切さ、と見るべきなのではないでしょうか?
>そう、私も48で複式簿記を持ち出したときにそれがあたまに
>ありました。
実は中国の伝統的両替商も、単式簿記で、20世紀に入ると
しきりに複式簿記の導入が連呼されたあげく、導入がうまくいかなかった
という事例がありまして・・・。それでというわけではありませんが
両替商は衰退していきます。
近代って面白いですよ、まったく
57 :
文章がこなれてないので書き直します:2000/11/02(木) 21:46
うーん。ウェーバーの議論は、マルクスの下部構造論に対しての鮮やかな
カウンターとして、把握されたりまた価値が認められたりするべきの、
「一発芸」(失礼!) というべきものなのではないでしょうか?。
基本的には、ウェーバーのそれは論証不能に属する議論であって、
こだわるのは良くないように思えます。
現在、改めてウェーバーの議論の意味を吟味するとするならば、
経済「システム」をとりまく「環境」の大切さの強調、と見るべきなの
ではないか?と考えております
58 :
世界@名無史さん:2000/11/02(木) 22:09
ウエーバーの議論は論証不能?
小室直樹の議論を読めば、単に資本や技術を蓄積した例は世界各地に
あるのに何故近代資本主義が成立しなかったかについて勤労のエトス
があるかないかという所が説得力あると思うが。
何故、ソ連が失敗したかも、中国が苦労してるかも、勤労のエトスを
持てる精神環境が用意されているか否かだということ以外にない。
59 :
49>58:2000/11/02(木) 23:28
では、新教は西欧各国いたのに、
資本主義を発展させ産業革命にいたり、工業化の端緒を作ったのは
「18世紀の国教会イギリスであった」理由の説明になりますかな?
たしかに面白い、ウェーバーは。
しかし面白いことと正しいことは必ず両立しません(笑。
むしろ考え方の一つとして、止めておくべきだと思いますよ。
60 :
世界@名無史さん:2000/11/02(木) 23:47
だからイギリスとアメリカはプロテスタントの本家で、個人主義が発達
した訳でしょう。
資本主義の精神が自明でなかった、ドイツでマルクスなりウェーバーな
りが資本主義とは何か論じたわけだが、そもそもそんなもののなかった
ところにいくら資本や技術を投入しても近代化は成功しない。
南北問題、ソ連の失敗。
何か?
61 :
60:2000/11/03(金) 00:52
ここでいう個人主義は、統制のとれてない欲望むきだしの個人と
いう意味ではなく、逆に絶対的なものを前にして、無力な個が合
理的に己を律するという態度が育ったところという意味。
パウロ・プロテスタントの近代西洋や武士道+天皇教の日本とか
儒教的合理主義の新興アジアとか。
62 :
M:2000/11/03(金) 01:15
西欧列強と米国は帝国主義、ロシアや日本やタイは絶対主義、中国やイランは封建主義と発展段階が19世紀には異なっていた。
帝国主義ー金融資本が国内市場を独占し、さらに利益追求のために国際市場を独占すべく後進国を侵略し、武力を背景として植民地獲得のために進出する性向。
絶対主義ー没落する封建諸侯と台頭する市民階級との勢力均衡の上に立った国王官僚制の専制政治体制。
封建主義ー国王権力や地主権力が農奴や手工業者に労働を強制し小作料手工業関連税を取り上げて国家を経営する主義。この体制の経済は、領主制商品経済体制である。
以上を見れば、地主勢力の没落の速さが資本主義の発展の速さを決める。イギリスがもっとも早く地主勢力が没落し、地主勢力の没落の遅いところが、資本主義の発展を阻む。
63 :
M:2000/11/03(金) 01:25
訂正
1段落目の2行目、
19世紀には→19世紀末には
失礼しました。
64 :
世界@名無しさん:2000/11/03(金) 01:47
> M
そういう一本道の発展段階論って、今も力を持っているんだろうか?
封建制って地方分権が基本なんじゃ(19世紀末清は官僚制の中央集権
国家じゃないの)?地主と封建領主は、借地農・領民に対して、人格
支配の点において、性格が異なると思うんだけど・・・
65 :
M:2000/11/03(金) 02:07
封建制は地方分権だろうが中央集権だろうが農奴や手工業者から国王権力または領主権力が税金を徴収することには変わりはない。権力の集中分散にかかわらず、手工業者や商人資本の要求より領主権力の欲望が上回っていた段階は封建制、商人資本の要求が曲がりなりにも通る国家に段階は絶対主義、商人資本の要求が国家の利害になる段階が帝国主義だが、清朝中国は滅ぶまで商人の利害が国家の利害に少しでも反映されることはなかった。
66 :
M:2000/11/03(金) 02:10
訂正
65
3行目
商人資本の要求が曲がりなりにも通る国家に段階は
以上を以下に訂正
商人資本の要求が曲がりなりにも通る国家の段階は
67 :
世界@名無史さん:2000/11/03(金) 02:29
>65
そんな無茶な分類はない。
欲望が上回るって何なんだ。
さらし上げ。
68 :
M:2000/11/03(金) 02:31
資本主義経済と領主制商品経済の違い
資本主義経済は生産性の高度化を追求する。投下資本に対して回収率を高めることを追求する。利益重視。
領主制商品経済は領主の取り分が高くなることだけを追求する。この方法は専売権力を高めて領内の商人活動を権力従属下において取り分を高くしても、単に取り分だけを高くしてもいい。資本投下は領主制商品経済にはなく、領主制経済は領主に従属する商人資本や農民がみずからの残された資産のなかから、再生産を追求する。
69 :
M:2000/11/03(金) 02:34
清朝中国の財政経済は滅ぶまで領主制商品経済の国家版だった。
70 :
世界@名無史さん:2000/11/03(金) 02:39
>68
じゃ、資本主義と領主制の発展段階の違いや地主階級の没落時期の違い
はどうして生じたんだ?
それがいえないとそもそも説明になってないぞ。
71 :
M:2000/11/03(金) 02:42
領主制経済の国家版の清朝中国には資本の育成などなく徴税を高めたり、貨幣改鋳に領主取り分だけを追求した。絶対主義経済だと重徴だけでなく資本の育成もありうる。
72 :
世界@名無史さん:2000/11/03(金) 02:50
江戸時代は領主制で明治は絶対主義ということ?
だとしても日本は何故近代化した?
清朝以降は?
現代インドは、領主制?
領主制から絶対主義に切り替わるきっかけは?
イギリスやフランス以外はあれはまらないぞ?
73 :
72:2000/11/03(金) 02:56
あれ→あて
74 :
72:2000/11/03(金) 03:03
商人の意志が領主の欲望を押さえるとかいう階級闘争史観では、そこま
で民主化していなかったのに近代化したドイツとか日本とか韓国とか、
逆に政府は近代化したくてしたくて仕方ないのにできなかった中国なり
インドなりアジアアフリカ諸国を説明できない。
そもそも、そういう単線史観が破錠したから論じてるのだろう。
75 :
M:2000/11/03(金) 03:04
地方分権型領主制商品経済(=封建主義)は中央集権の絶対主義に転化しやすかった。イギリス、日本はこれに匹敵する。中央集権型領主制商品経済は、
領主あるいは領主制官僚に資本育成意識が生じない限り、絶対主義に移行するのは難しいが、これは、フランスやタイがこれに匹敵する。フランスの絶対主義は商人階級を保護した。保護した上で王政の協力者にした。
タイも君主自身が開明派で商人保護意識に目覚めたが、これはイギリスのインドビルマ侵略以降だった。
中央集権型領主制商品経済で失敗した例えが中国と朝鮮で、為政者の権力か税収拡大をめぐっての政争にあけくれた。
他のアジアは領主制武力が西欧植民地主義的絶対主義に比べて弱く、植民地にされた。
76 :
M:2000/11/03(金) 03:10
要するに領主制商品経済と他の資本主義との違いは商人を保護しきれるかどうかにかかっている。商人の利害を保護や理解しきれない国家権力や領主権力は資本主義化に遅れをとる。アジアにそんな権力が多かったことが資本主義が起きにくかったことへの説明になる。
77 :
世界@名無史さん:2000/11/03(金) 03:21
じゃイギリスなりフランスなりでは商人の利害を保護しようと何故した
のか?
スペインなりポルトガルなりはどうして海外貿易に積極的なのに資本主
義で遅れをとったのか?
南アメリカは?
イタリアなりは商人保護していたけど産業革命に乗り遅れたわけは?
アメリカのようにはじめから領主がいない場合は?
ピョ−トル大帝やエカテリーナのロシアは?
78 :
日本@名無史さん:2000/11/03(金) 03:24
絶対主義ー没落する封建諸侯と台頭する市民階級との勢力均衡の上に立った国王官
僚制の専制政治体制。
とか
地主勢力の没落の速さが資本主義の発展の速さを決める。
とか、
未だに古色蒼然たる理論を信じている奴がいるとは…
74さんの指摘に従って、最近の研究に目を通すことをお勧めしたい。
そもそも、イギリスの絶対主義が「絶対主義」と呼べるような代物かどうかも疑わ
しいし、19世紀を通じて、政治的ヘゲモニーを握っていたのはジェントリーだろ。
他人の質問に全く答えず、自説を繰り返すのみ。しかもそのベースになっているの
はもうとっくに破綻した一国史観、単線的発展段解説。それでインテリ気取りとは
かなりイタイ。さしあたり川北の解説書を片手に世界システム論でも読んでみれば。
79 :
M:2000/11/03(金) 03:41
78さん、スレッドの問いに答えさえすればそれでよいのだ。他の質問にはたとえ答えになっていなくても。
世界史の授業に重商主義とか重農主義とかを習ったはずだから、それから勉強しなおせばいかが?知らないのなら、また別スレッドにまた議論しましょう。
東洋は西洋のそういったものが東洋に来るまで、また来たあともそれに追随するか否かを迷っていた。迷う時間が短いほど、植民地化は免れているのだ。
80 :
M:2000/11/03(金) 03:49
>77
一部しか答えていないことを許して下さい。あとはまた少しずつやれたら説明します。
イタリアが乗り遅れたのは商業資本の対外進出がイギリスよりも消極的で地中海や黒海利権にとどまったこと、またそれ以前に国家の統一が遅れたことではないの?
81 :
M:2000/11/03(金) 03:54
スペイン、ポルトガルがイギリスに負けたのは、イベリアの両権力者が、重商主義に徹し切れていない封建制の残滓もあったせいで内政が不安で西欧諸国同士の戦争にも近代以降勝つことは少なかったから。
82 :
世界@名無史さん:2000/11/03(金) 04:26
>80、81
資本主義になりきれなかったから、戦争に負けるのであって因果関係
が逆だと思うが?
更にイギリスは戦争に負けたとしても経済で勝ちつづけられたに決ま
っていると思うが?
それと、植民地と経済発展はリカードの比較優位説が示すとおり因果
関係はないし、アメリカもドイツも日本も別に資本が海外進出したか
らでなく逆に資本が投資されたから発展したのだが。
そもそも貿易は先進国同士でやるもので、それ以外の国との貿易が経
済成長で決定的な役割果たしたことは一度もない。
重商主義とか帝國主義とかいってる段階で終わっているが。
83 :
世界@名無しさん:2000/11/03(金) 04:50
う〜ん。何回か読み返したけど、Mさんの主張がよくわからない・・・
資本主義的な生産に関わらず、生産には、土地と労働と機械設備(資本)が
必要ってのはいいですよね?土地や資本が私有されていて、「自らの労働の
他には売るものの無い自由な労働者」の労働力を利用して生産を行うのが、
資本主義的生産だってのもいいですよね?(よくなかったら、批判をお願い
します)
で、これと、
> 要するに領主制商品経済と他の資本主義との違いは商人を保護しきれるか
> どうかにかかっている。
って、どういう風に関連させて考えればいいんでしょう?商品の取引は別に
資本主義に特有な現象じゃないですよ。
あと、
> 資本主義経済は生産性の高度化を追求する。
> 領主制商品経済は領主の取り分が高くなることだけを追求する。
って、追求する主体は前者は資本主義的な生産者、後者は領主ですよね?
で、その主体としての資本主義的生産者が政治的なヘゲモニーを握っている
のが資本主義経済体制下の国家で、領主階級が政治的な意思決定を握って
るのが封建的商品経済下の国家って考えてらっしゃるんですよね?
う〜ん、どうも、領主と地主をどう定義されてるのかがわからない。78さん
が言うように、イギリスでは19世紀を通じて(力は弱まったけど)土地利害は
政権を握りつづけたし、他方で、イギリスの地主や借地農は、かなり合理的で
資本主義的でしたよ。
どう考えても、イギリスの農業革命や産業革命の展開と日本のそれが同一直線
上にあるとは思えないんですけど・・・また、70さんの指摘した、
> 資本主義と領主制の発展段階の違いや地主階級の没落時期の違いはどうして
> 生じたんだ?
ってのが説明できないと、やっぱ答えにならないと思う。
ちょっと、話は変わって・・・
そもそも、「国民国家」ってものそのものが、資本主義を発展させるための
西欧の発明品だと思うんだが、いかが?
Mって日本史版でも南蛮貿易がどうの、徳川政権の管理貿易政策がどう
のとやってるのな?
こういう人なんだな(w
85 :
M:2000/11/03(金) 10:15
>82
勝ち負けは戦争だけに限定はしていない。こちらのいう勝ち負けは全体的な経済的な勝ち負けでもある。
市場が狭くて資本増殖がしにくい(=利益増加による資本増殖がしにくい)環境の場合、海外に資本が進出して資本の増殖を追求する。イギリスの場合、市場が手狭だから、海外に資本進出して資本増殖を追求した。
>83
領主制下の商人資本は資本は私有しているが土地は領主制の支配下には行っている。
資本主義体制下の商人資本は領主制のと土地支配の規定を受けない。収奪だけがすべての領主制経済と商人保護意識のある、絶対主義的官僚制権力が指導している経済は異なる。
地主階級が没落しなくても資本増殖の意志に地主が規定されれば、それで資本主義である。地主階級の利害と資本増殖利害が調整される体制を絶対主義と呼ぶ。しかし資本増殖の意志に地主が規定されれば、地主地代を高める地主利害は資本増殖の意志に規定されることになり、商人階級の資本増殖の意志がそのまま国家の利害に反映される段階を帝国主義と呼ぶ。
地主階級の勢力没落とは地主地代増殖が収奪だけではなしえなくなることを指す。資本家が同時に地主でもある場合は資本家利害として資本増殖の意志が貫徹されるから、土地も資本として扱われる。これは地主階級の利害ではなく、資本家階級の利害である。イギリスのように地主階級が資本家階級をも兼ねられれば絶対主義に移行するのは世界で最も容易である。その場合、収奪だけの地主階級は増殖資本の影響力にのまれて没落する。「地主階級の没落」とは収奪だけの地主階級の没落を指す。
地主階級が資本主義的利害を持てばもはや地主を通り越して資本家階級である。
発展段階の違いは地主の商人資本利害の保護意識があるかないか濃いか薄いかに生じる。薄ければ資本主義的発展など遅れるし下手すれば没落する。濃ければ資本主義的に発展する。
86 :
83:2000/11/03(金) 18:45
> Mさん
資本主義的な農業生産は、
1 Owner occupiersの場合
農地は私有、農具・種・牛馬等の資本は自前、労働力は家族労働+市場で
調達される労働力。生産物を売却したお金は、自らと労働者の間で分配さ
れ、手元に残った資金から土地改良等の資本投下が行われ、翌年以降の生
産が行われる。
2 tenant farmersの場合
農地は借地、農具・種・牛馬等は自前、農場の施設(排水溝・建物等)は
地主によって提供されることもある。労働力は家族労働+市場で調達され
る労働力。生産物の売却で得たお金は、地主への地代・自らの取り分・労
働者への賃金として分配される。資本投下は地主と自分の双方が行うが、
生産に関する意思決定は、基本的にはFarmerのもとにある。
って感じでよいと思うのですが、「収奪だけの地主階級」ってのは、こうした
まとめかただと、どうなりますか?
農地は私有、農具・種・牛馬等も私有、労働力は人格的にも支配している
農奴。生産物は売却される前に、領主と農奴の間で分配され、領主はその
後、自分の取り分を売って金にすることもある。
って感じでしょうか?で、この図式だと、収奪ってのはどの部分でしょう?
それと、政治的なパワーバランスの話と、生産方法そのものの話をわけて書
いていただくとわかりやすいんですけど。
ちょっと、整理しますね。
1.「収奪だけの地主階級」にとっての生産財は何か?その性格は?
2.「収奪だけの地主階級」は生産したものをどう処理したのか?
3.収奪の具体的な定義を教えてください
の三点です。あと、もうひとつ付け加えてもらっちゃいますと、
4.「商人資本」は、前期的商業資本をイメージしてますか?具体的には穀物
商のような商人ですか?
長くなっちゃいましたが、よろしくお願いします。
87 :
M:2000/11/03(金) 21:56
>86
「で、この図式だと、収奪ってのはどの部分でしょう?」
「生産物は、売却される前に、領主と農奴の間で分配され」、というところが、まったくの不足で意味の一部にすら足りませんが、これにあたり、そのいかに分配されるべきかを地主側のみが一方的に決めてそれを強制強行することが収奪です。ま、以下もご参照下さい。
整理された問いにお答えします。
1.土地だけ。あとの生産財はすべて農民持ちにやらせる。
2.生産(収穫)量に一定または特定基準利率をかけてその分の収穫物量を徴収するだけ。残りの収穫物は農民の処分裁量に任せる。
3.収穫量または生産量または収入額(以上をまとめて生産手段という)の一定または特定基準利率の徴収量または徴収額を地主階級のみまたは支配階級のみが一方的に決めルール化しそれを農民または納税者に強制強行すること。
4.後期的商業資本。商品は限定していません。
88 :
M:2000/11/03(金) 22:05
訂正
3.・・・・一定または特定基準利率の徴収量または徴収額を地主階級のみまたは支配階級のみが一方的に決めルールし、それを農民<または商人資本>または納税者に強制強行すること。
<>が追加部分
89 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:42
90 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:42
91 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:44
92 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:44
93 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:45
94 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:45
95 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:46
96 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:46
97 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:46
98 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:46
99 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:47
100 :
ヒロヒト:2000/11/03(金) 23:47
100
101 :
名無しさん@避難民:2000/11/03(金) 23:54
あ〜あ、ついてきちゃった。
102 :
86:2000/11/04(土) 00:26
>Mさん
レスどうもです。
だいたいわかりました。ポイントは、「一定または特定基準利率の徴収量または
徴収額を地主階級のみまたは支配階級のみが一方的に決めルール化し、それを農
民<または商人資本>または納税者に強制強行する」点、特に、「一方的に決め
ルール化」する点だと思います。
そうすると、英国史に照らし合わせると、問題になるのは領主裁判権と国王裁判
権の相克、あるいは慣習法と議会制定法との相克あたりでしょうか。そうだとす
ると、17世紀の市民革命がポイントになってくるっぽいですね。あと、18世紀末
から19世紀にかけての選挙法改正を通じた国会議員の出自の変化も重要でしょう。
こうした現象に対応する東洋の歴史的な経験って、具体的にはどんな感じで記述
されてるんでしょうか。
>101
偽者、手打ちだから相手にしないように。
>102
あまりまともにMを相手にしないほうがいいと思うが。
面白いけど(w
現象の一部分についての説明としては真実だけど本質とは関係ないな
(w
>104
どうも。
俺自身は、数量史をやってるんで、帝国主義とか階級闘争史観とか
と対極にいるんですよね。しかも、かなりミクロなことやってるん
で(ある工場で年間何をどれだけどういうふうに作ってたか、とか)
国家間での紛争っていうようなレベルまでもってくまでに、考えな
きゃなんないことが、ありすぎるんですよ。で、自分なりにそうし
た史観と自分が見てるミクロな史実がどうマッチしてて、どうマッ
チしてないのか、どんな風に敷衍されてああした理論になったのか
みたいなところを見極めておくことも重要かな、と。
106 :
世界@名無史さん:2000/11/04(土) 01:43
ここ、荒らされてるのにいいスレになってきてる。不思議だ(笑)
>105
おお、頑張ってください。
108 :
M:2000/11/04(土) 15:23
102に対する答えにはなりませんが好き勝手わがままをいうことを許して下さい。
中国は、領主制商品経済国家版たる清朝中国が滅んでもなお、領主制商品経済は解消されずに続き、これが解消されるのは、日中戦争のドサクサ以降です。抗日戦争を整える過程に貨幣制度も蒋介石政権は整えました。しかし、大陸の人望を得たのは中共のみ。資本蓄積は日本資本主義による旧満州地区のみのまま社会主義国家へと移行しましたから、近代国家に進むのも一苦労だったのが中国でした。
イランも近代国家としての形を上から強行したのがパフレヴィー王朝以降からでした。米国の支援を得ての近代化強行=「白色革命」でした。しかし民族資本の育成がままならずに彼らの人望を失い、彼らはイスラム法学者たちに寝返ってパフレヴィー政権も倒壊しました。
トルコはボナパルティズム国家(=農民と労働者と資本家の各利害を政党または軍閥が調整する国家)形成を1923年オスマン朝滅亡により、成功し、近代化にイランよりは成功しています。しかし経済運営がうまくいかずに低迷し、ようやくいま成長段階にあります。
109 :
世界@名無史さん:2000/11/04(土) 17:21
Mさんも頑張ってください。
ここの論争好きになった。
Mさんも頑張ってください。
最初、「チベットが〜」スレ立ててるの見て、マゾなのでMとつけてるのかと思いました。
111 :
H:2000/11/05(日) 18:41
H=86=102=105です。
中国・イランの例を見ると、資本蓄積・資本形成がキーになると思います。
英国の場合、農業においては地主(実際には農作業を行わない貴族+αク
ラスを想定してます)が、借地農を募る際に農地が優良であることも重要
だったので、地代の一部を農地改良に投資しました。借地農は牛馬や農具、
19世紀中期になると脱穀機等を準備しました。製造業主の出自については
あまり知らないのですが、例えば、ウェッジウッドの場合は、彼自身も製
陶工の徒弟からはじめて、自己の貯蓄を元に大工場へと転化していったの
ではと思います(この点、詳しい方、フォローお願い)。
英国は工業化の初期段階には、周りに工業国が皆無だったので、必要な機
械設備が手工業に毛が生えた程度のもので良かったという特殊条件もある
のですが、後発国で工業化に成功した諸国にとっては、やはりある程度の
規模のカネの集積が民間でみられる、ということが重要なのかな、と思い
ます。日本の場合、江戸期からすでに三井や鴻池といった資本の集積が見
られますし、雄藩が各地に存在したことは、三菱の例を考えると、藩レベ
ルでの富の蓄積がうまく民間に移譲された、ってことも言えるのかな、と
思います(日本史についてはど素人なので批判お願い)。
ちなみに、ですが。
18世紀の段階で、従業員規模で比べると、三井に匹敵するのは東インド会
社くらいしかなかったらしいですよ、イギリスには。
112 :
世界@名無史さん:2000/11/06(月) 12:55
私はやはり、ヴェーバー的な視点から抜け出せないのですが。
つまり、経営者と労働者双方における功利(経済的合理性)の道徳化が
鍵になったのではないかと。
西洋ではプロテスタント的禁欲主義からというのはヴェーバーの論ずる
ところですが、
東洋ではまず明治維新前後に世界に目を向けた下級武士出身の
人々(坂本竜馬や渋沢栄一などの起業家。三菱の岩崎などの大資本家については
大いに疑問だが実務を担当していた人々なら多分)に、
そして最近の中国や韓国の起業家たちの中に
西洋の近代資本主義の精神と共通するものがあるように感じられるのですが。
70年代以降英国その他がリセッションに苦しんだのや、80年代からの日本が
どこかおかしくなってきたのはその精神が失われてきたことの顕現では
ないでしょうか?
各国における近代資本主義の揺籃期には、功利と道徳が同義となるような
思想が不可欠ということで、東洋には西洋の近代思想の流入までに
同様の思想をベースにした独自の社会構築が間に合わなかったということでは?
113 :
世界@名無史さん:2000/11/06(月) 13:11
112>56
ヴェーバーのは演繹的に論証するのはほとんど不能かもしれませんが、
近代における英国系米国人や維新前後の日本の起業家・戦後の多くの労働者達の
メンタリティを考えるとき、少なくともかなり真理に近いような気がしますが、
いかがですか?
114 :
H:2000/11/06(月) 19:48
> 112
思想(メンタリティー?)の問題と制度的な問題をわけて考える必要があるの
かもしれません。おそらく、両者はインタラクティブで、「思想→社会構築」
といった関係とともに「社会のあり方→思想」という因果関係も考えなくては
いけないのかな、と思います。
ある社会の内部から、「功利と道徳が同義となる」ような思想が内発的に出て
くるのか、外生的に与えられなければならないのか、という問題を考える必要
があると思うんです。そうした思想が西洋で生まれたのは単なる偶然なのか、
西欧社会の内部にそういう思想を育んだ歴史的必然があったのか、という問題
です。うわっ、そういう風に考え始めると、キリスト教がゲルマン社会に根づ
いたのはなぜか、とかになりそうですね・・・
115 :
世界@名無史:2000/11/06(月) 20:25
以前読んだ本のなかで、イングランド人の合理的、個人的思考
及び習慣、法制度は、13世紀以前にすでに確立されていたように
かかれていました。
そうするとウェーバーの結論はイングランドには当てはまらないことになる。
ちょっと古い本なんで、今の学説がどうなのか知りませんが
116 :
世界@名無史さん:2000/11/06(月) 20:31
>114
112じゃないですけど、結局、キリスト教なり、日本の鈴木正三なりの
世俗内禁欲の思想がないと、制度があっても、実際は近代化は無理なの
ではないかと。
内面も含めて制度として考えたとき、パウロ=プロテスタンチズムの禁
欲思想抜きに近代化はありえないと思いますが。
117 :
H:2000/11/07(火) 01:35
> 115
遠因はそこまで遡れるのかもしれません(俺自身は中世は全く知らないので
なんとも言えないです、すいません)。法制度に関しては、もうちょっと時
代がくだってからでないと「確立」まではいかないのではないかと。
> 116
すいません。鈴木正三知らないのですけど、どんなこと言った人なのか
教えていただくとありがたいです。蓄財が肯定されてないと、資本主義
の展開はみられないって意見は同感です。
118 :
↑:2000/11/07(火) 06:48
こいつよくこの板でブラクラ張って居る奴だからあいてにしないほうがいいよ
>ALL
119 :
H:2000/11/07(火) 08:40
> 118
俺、貼ったこと無いんだけど・・・Hってコテハンの人が
他にもいるなら、変えるけど・・・
120 :
世界@名無史さん:2000/11/07(火) 11:58
112>114
>キリスト教がゲルマン社会に根づいたのはなぜか
難しい問題ですが、近代資本主義に関してはそこまで広範に考える
べきかどうか、ですよね。むしろもう少しつかみやすい所から…つまり
「当時の」カトリック教団の免罪符乱売を堕落と感じたフス(ちなみに
スラヴ人でプラハ大の学長ですね)などの活動家そしてその後の
カルビンやルターなどや特定の市民(?)が禁欲的なプロテスタント
諸派を形成していく思想的・事象的変遷を検証していくことから
近代資本主義の発生原因を追求したヴェーバーの視点は、かなり鋭い
と思うのですが。
121 :
世界@名無史さん:2000/11/07(火) 12:18
112>115
ここに多重構造的で弁証法的なヴェーバー独特の説がよく誤解されて
しまう原因があると思うのですが。彼は、合理的思考や資本主義という
ものは前の時代にも他の国にもあったと言っていたと思います。
彼の論点の大事なところを宗教+功利とはまたちょっと違う座標軸で、
つまり合理性+資本主義という観点で読み取ると、後の二つが互いに
いかにして結びついて近代資本主義の精神を形成したか、そして
カルヴィン派という非常に禁欲的な宗派をはじめとした
プロテスタント諸派の非合理な教義(或いは信団)がその結びつきに
なぜ、どのように関わったか、ということだったと思います。
すると彼の中では、昔のイングランドに合理的精神や制度が確立されて
いたということが事実でも、中国やアラビアに彼の言う「伝統的
資本主義」ならすでにあったという事実と同程度(江戸期の日本のも
これでしょうか)に、「古典的なもの」と認識されていると思います。
実際、13世紀のイングランドに「近代的資本主義」は見られないことから、
この事実は彼の論拠を補足こそすれ、反例とはなっていないようです。
どうでしょう?
素人なので私の解釈に重大な誤解があったら指摘してください。
後々の読書の為に大変参考になりますので。
122 :
世界@名無史さん:2000/11/07(火) 12:30
112>116
しつこくヴェーバーを持ち出してきてすみません。
キリスト教徒いうか、カルヴィン派をはじめとするプロテスタント諸派
の禁欲的思想が、歴史的な結果として近代資本主義の精神の形成に最も
重要な役割を果たした、というのは、一見矛盾するようですが、
ヴェーバーの鋭い指摘によって、何となく理解できましたのですが、
鈴木正三の思想とその社会への関わりについては、私は全く
無知ですので、彼の論点をかいつまんで教えていただけますか?
123 :
49:2000/11/07(火) 18:29
お久しぶりです。ながらく旅行に行ってレスが遅れました。
>>60 オランダはなぜ成功しなかったのですか?それに国教会はプロテスタントと違いますよ。
因みに原因を帰すには限界があることを指摘しているだけで、ウェーバーは間違っていると
申しているわけではないです。
>>113 むろん重要な要因とは考えていますが、日本・中国(余英時)に資本主義の精神がみられたとする
研究が現在ある(本当!)ように、あとの時代の我々がいくらでも「発見する」ことができ
るのですよ。むろん、日本・中国は資本主義化にいたらず、制度そのものが輸入されたわけですから、
当然、その現象は、勤労の精神があったのに輸入せざるをえない、資本主義の「挫折」と把握されざるをえません。
そのような把握の仕方が、果たして資本主義がおきなかった議論にふさわしいかどうかは、
趣味(史観【笑】)の問題と言えましょう。
>>114 重要な指摘と思われます。システム的にトートロジーにしないと、システムの安定を説明できない
と思われます。同感です。
>>121 むしろ、
>>115さんの指摘されたような事実は、ウェーバーの議論の根本的問題であると思われますが?。
後代において判明している歴史的事実=「資本主義のイギリスにおける形成と発展」「西欧のプロテスタ
ンティズムの存在」の2つを強引に結びつけようとすれば、いくらでも結びつけることは可能なのです。
両者に親しい関係がないはずがないのですから。むしろ近代理性において否定されたはずの「宗教」をも
ちだし、近代資本主義の発展を導き出そうとした、発想の転換=近代の再検討こそ、ウェーバーの真骨頂
じゃないかと考えています。
124 :
世界@名無史:2000/11/07(火) 18:45
115>112
指摘できるほどの考えはないんですけど...
なにしろウェーバー読んでないもんですから(ちょっとイタイですね)。
以下うけうりと私見のごたまぜです
私もプロテスタンティズムが資本主義の育成に
重大な役割を果たしているとは思います(現代人が考える以上に宗教は
生活を規定していたと思いますので)、しかし宗教改革以前に
近代資本主義的精神が発生しているとしたら、起源の部分に
ついては間違っているのかなとも思います。
近代資本主義=資本家が労働者を賃金で雇い商品を作り売りさばく。
資本家が政治的主導権をとる体制
こういった定義でいいんでしょうか?
資本主義=モノ(土地)、カネ、ヒトの三要素を投入し利潤を得る行為
こちらは経済学で言う狭義の資本主義で、こういう行為自体確かにはどの時代
どの地域でも、発生していると思います。
ローマ時代の資本主義的土地経営(ラティフンディウム)
宋の王安石による新法
江戸時代末期の大阪、江戸近郊の市場商品作物
お金が流通している場所では資本主義的思考は必ず出てくると思います。
あと近代の部分ですが、なにをもって近代、中世とわけるか定義が難しいです、
自分は身分的な自由、所有権に対する神聖さが、広範に認められたときが、
分かれ目ではないかと勝手に考えています。
江戸時代でも、中世でも、一般庶民(人口の大半を占める農民)には
古典的な自由権というのはなかったと思います。
またその思想自体が浸透していたこともないと思います
13(14世紀かも)世紀のイングランドでは動産、不動産の所有権は
個人が握っており、売買も自由、誰に相続するのも自由(寡婦なんとか権てのもありますが)
これが一般的な農民に広がっていたとの事です。
身分的なものでも、商売の自由、移動の自由が広く認められ、
出自によらずお金がたまれば階級も変化するという、
(一足飛びに貴族になる事はないでしょうが)流動的な社会であったとのこと。
そのころの庶民ですから、識字率はかなり低いので日記等ではなく、
マナ裁判所の遺言状、土地台帳、教会の住民台帳を検討した結論らしい。
とりあえずイングランドの小農が他の国の小農に比べて格段に自由で
豊かであったのは本当らしい。
長くなったのでまた書きます。
125 :
名無しさん@通りすがり:2000/11/07(火) 19:17
>>123 >オランダはなぜ成功しなかったのですか?
あの、いくら過去スレ読み返しても、意味がつかめないんですが。
ひょっとして、オランダは近代資本主義の確立に成功しなかったとおっしゃって
いるんでしょうか。まさかとは思いますが。
>それに国教会はプロテスタントと違いますよ。
こちらは、断言できます。アングリカン・チャーチはプロテスタントに分類され
ます。たしかに、典礼その他はカトリックにそっくりな点がありますがね。
126 :
49:2000/11/07(火) 19:32
>ひょっとして、オランダは近代資本主義の確立に成功しなかったとおっしゃって
>いるんでしょうか。まさかとは思いますが。
一応私は資本主義はどこの国にもあると考えています。
その上で、「イギリスが産業革命(工業化)に成功したわけとは何か?」
を追求しているから、このような書き方になっています。たしかに産業革命
は画期ではなかった、という説はありますけれども、近代資本主義は最終的に
工業化というタームで括らねば、画期性が明らかにならないと考えているため
です。たしかに分かりにくい表現だったかも知れません。
>アングリカン・チャーチはプロテスタントに分類され
>ます。
ありがとうございます。ただ、精神で清教徒とピューリタンは
全然違うという議論はありませんでしたか?このへんは自信ありません
127 :
偉そうな門外漢:2000/11/07(火) 20:05
近代経済学の視点が入ってないのが残念だ。
セイの法則が成り立ってないと無理じゃないのかなと思う。
>>126 えっと、清教徒=ピューリタンだと思いますが(^^;
国教会=アングリカン・チャーチは精神面で清教徒=ピューリタン
とかなり異なるというのは事実でしょう。
カトリックと先鋭に対立したのはピューリタンで、国教会はその名
のとおり、制度的非カトリックという程度にすぎず、はっきり言え
ば、宗教的ノンポリだと考えればあたらずとも遠からずです。
確かに、マックス・ウェーバーが想定したカルバン派やルター派の
プロテスタントと思想的に対応するのは国教会ではなく、清教徒で
すが、ウェーバーにこだわらなければ、宗教的ノンポリというのは
近代社会を成立させる精神基盤としておかしくはありませんね。
129 :
116:2000/11/07(火) 21:00
>122@`117
鈴木正三は世俗内禁欲の契機の薄い仏教を日本的に転倒し、(自分だけお経を読ん
で悟ってしまえばいい。そもそも仏教は)世俗のあらゆる事が修行であり、救済に
つながるという非仏教に転換した思想家です。
山本七平氏の「勤勉の哲学」「日本資本主義の精神」「日本教の社会学」参照
山本七平はうさんくさいと思う人も多いでしょうが、
(聖書関係、ユダヤ人関係)
空気の研究と日本教関係と日本資本主義関係は名著です。
130 :
49:2000/11/07(火) 22:01
>>128 しまった!!ご指摘の通り「清教徒と国教徒」です。誤記しました。
しかし・・・125様
>カトリックと先鋭に対立したのはピューリタンで、国教会はその名
>のとおり、制度的非カトリックという程度にすぎず、はっきり言え
>ば、宗教的ノンポリだと考えればあたらずとも遠からずです。
には参りました。グラドストン下のイギリス議会政治の研究を読まれている
ウェーバー専門家の方でしょうか?私はせいぜい『プロテスタンティズム・
・・』しか読んでません。失礼なカキコしてすみませんです
131 :
H:2000/11/08(水) 04:24
> 124
イギリスが他のヨーロッパ諸国に比べて、いろいろな点で自由だったという
のは、おそらくそのとおりだと思いますが、13、4世紀に動産・不動産の私
的所有が一般的な農民に広がっていた、というのはちょっと遡りすぎだと思
います。18世紀の議会エンクロージャは、まさに残存した農地の共同体的な
保有を解体するために行われたのですから。また、移動の自由も法的には
19世紀(完全廃止は20世紀かも。忘れちゃいました)までsettlement acts
というのがあって、救貧の対象になったものは強制的に出生地に送還された
りしてます。ただ、「一般的な農民」の創出自体は、14世紀の黒死病以降、
農奴が謄本保有農に転化していきますの、そのころまで遡れると思いますし、
江戸幕藩体制下で移動の自由が全くなかったと仮定するのが誤りなのと同様、
社会的にも空間的にも近代の早い段階で、流動性が確保されていたのは確か
なことだと思います。
> イングランドの小農が他の国の小農に比べて格段に自由で豊かであったの
> は本当らしい。
これが、イギリスで最初に産業革命が起こった最も大きな理由だったんじゃ
ないかと密かに思ってます。やっぱり、カネがないとなんも出来ないです
から(笑。
> 128
イギリスをearly modernからmodernへと転換させた市民革命は、ピューリ
タン主導ですよね。実際、17世紀の変化って、18世紀の工業化の開始の準備
期としてすごく重要だと思うんですよ。なんですが、僕は18、9世紀専門なの
で、17世紀以前ってイメージがうまくつかめないんですよね・・・
> 129
鈴木正三の説明ありがとうございます。日本史・東洋史の方の話を聞くのは
大変、刺激になります。
132 :
世界@名無史さん:2000/11/08(水) 12:01
121>123
>むしろ、
>>115さんの指摘されたような事実は、ウェーバーの議論の根本的問題で
>あると思われますが?。 後代において判明している歴史的事実=「資本主義の
>イギリスにおける形成と発展」「西欧のプロテスタンティズムの存在」の2つを
>強引に結びつけようとすれば、いくらでも結びつけることは可能なのです。
お気を悪くされると申し訳ないのですが、123さんのご意見は115さんのものと
同義反復的で私にはよく理解できないのです。と、いいますか、私のほうが
115さんのご意見を、ちょっと先回りしたのか123さんのご意見の内容と同義的に
解釈し、それにたいして121で123さんへの反論となるような内容のものを書いて
しまったのいうのが現状のようです。とくに、121の1・3段目を読んでください。
教条主義の罠には陥りたくはないのですが、この点では、私には今だ
ウェーバーの説に最も説得力を感じるのです。
さらにちょっと補足したいのですが、彼の論旨で難しいのは、読者の頭の中に
「近代資本主義はプロテスタンティズムなくしては発生しなかった」という誤った
命題が引き出されてしまう傾向があるところです。ところが実際の論点は
そうでなく、(ちょっと危険な試みですが)彼の真意を簡潔に言えば、
「近代資本主義の精神はプロテスタンティズム“社会”によってboost upされ、
結果的に近代資本主義の制度は世界の他の地域より早く進行した」というところで
しょうか。
133 :
世界@名無史さん:2000/11/08(水) 12:03
112>124
124さんのおっしゃる、その近代資本主義の定義はあくまで制度的な
ものであって、しかもさらに問題かもしれませんが、(彼の著書で
敬虔派について特に言及されているところだったか)職人層を中心と
した市民階級でなく資本家に着目しておられる点で(伝統的資本家なら
勿論ですが、もしもリヴァプールの海運業者のような大資本家なら
なおさら)ウェーバーの考える「近代資本主義とその精神」とは
基本的認識の点で、かなりの開きがあるように思えます。
このままでは論点のずれている事に気付かず、無意味な論争に陥る
危険がありますが、このトピだけではウェーバーの複雑な論旨を
説明しきるのはそれこそ大変なので、一度彼の本を読んでみることを
お勧めします。そうすれば、あなたとならかなり有意義なお話が
できると思いますよ。
134 :
世界@名無史さん:2000/11/08(水) 12:08
122>129
>鈴木正三は世俗内禁欲の契機の薄い仏教を日本的に転倒し、
>(自分だけお経を読んで悟ってしまえばいい。そもそも仏教は)
>世俗のあらゆる事が修行であり、救済につながるという非仏教に
>転換した思想家です。
ありがとうございます。カルヴィニズムにも通じたところがありますね。
うーん、そうすると彼の思想が何らかの形で社会に浸透する(例えば
プロテスタンティズムのような社会運動として)ことが無かったのが、
日本人としてちょっと悔やまれます。が、ん? 彼は明治期以後の人
ですか? ならば、歴史的に見れば、近代資本主義の精神のうち、
禁欲が経済的合理性に転化する思想は、その時までに多くの開明的な
起業家などの間に「別の思想的ルート」を通じて浸透してしまってい
ましたね。すみません。反論のための反論では無いのですが。
116さんのご意見を補足したいのですが、世俗内禁欲の思想は
江戸期の儒学各派やそれ以前の仏教各派の中にも見られると思います。
ただ、ウェーバーの考えるところのその経済的合理性への現象的転化
(近代資本主義の精神への変遷)が、大規模に行われなかった(開国も
含めて?)のが、日本が経済的に遅れて出発しなくてはならなかった
原因だと思います。ただ、プロテスタントも江戸の儒学も、
それぞれの思想家や思想運動が近代資本主義の精神どころか
その制度の形成を意図したものであるはずが無く、むしろどちらも
全く逆だったのが、面白いところなんですよ。
135 :
話の腰を折るようでアレなんですが:2000/11/08(水) 19:24
このスレ、凄く勉強になりますし、とても面白いです。
ええ、大学の共通課目の授業より。(苦笑)
>>129の方が言っている山本七平氏の「日本教」ですが、
これは日本人の宗教観自体が、一つの民族宗教である、としたものです。
これはなかなか説得力のある説ではあります。
我らがモーリー総理にも読んで欲しいものです。
136 :
名無しさん@1周年:2000/11/09(木) 06:24
age
137 :
世界@名無史:2000/11/09(木) 22:53
115=124です
続きを書こうと思ったんですが、レスいただきましたので返事ということで....
私自身近代的資本主義の定義ができないため、近代+資本主義と用語を
便宜的に分けて考えてみたのですが、ちょっと無理みたいでしたね、
Hさんの考える近代資本主義とは何でしょうか?
ひとによって考えは多少違うと思いますが、出発点から違うとまとまりがたいですから。
127さんがセイの法則をだしましたが、拡大再生産による経済発展を近代資本主義
の起源と考えていると認識しました(間違っていたらゴメンナサイ)
そうすると産業革命もしくはそれ以降ということになってしまいますし。
>13、4世紀に動産・不動産の私的所有が一般的な農民に広がっていた
この部分は以下にかえてください
イングランド小農は13世紀以前にすでに慣習として土地を保有しており、
土地の使用権、保有権は領主に対する所定の義務と登記料を支払ってさえいれば、
誰に売り払われようが、相続され様がマナ領主は反対できなかった。
日本の戦前の小作人に比べても、権利は保護されているようにように思えますね。
また、1348年の黒死病以前から農奴も慣習保有農として売買できたようです。
もっともこれが大陸で言う農奴といえるか疑問ですが、
もっといえばイングランドには純粋な農奴は最初からいなかったか、
いても少数派ではなかったかとも思います。
>近代資本主義の精神はプロテスタンティズム“社会”によってboost upされ、
>結果的に近代資本主義の制度は世界の他の地域より早く進行した。
私はピューリタンニズム=社会改革運動と捉えていますので
この意見には大賛成です。
特に1820年代アメリカの第2次覚醒運動は、
現代資本主義社会に直結するものがあると思っています。
ウェーバー土日にでも読んで見ます、それでわ。
138 :
わんわん:2000/11/09(木) 23:30
横槍すいません。しばらくウェーバーは読んでいないので的外れならすいません。
ウェーバーの論点は、近代資本主義はどうして西欧の限られた場所(と時代)にしか見られなかったか、ということだと思います。
その際、近代資本主義のメルクマールは産業資本の成立でしょう。この歴史観はマルクスと一緒と考えていいのでは。
資本主義=営利として見れば、人類の歴史とともに古い(岩井克人『ベニスの商人の資本論』はこれに関して面白い)。
で、近代資本主義を生み出した力として、「プロテスタンティズムの倫理」を、
世俗外的禁欲から世俗内的禁欲へ向かって追っかけるわけだけど、
これが近代資本主義が成立してしまうと消えてしまうというところがポイントだと思います。
フランクリンの話やアメリカ旅行後に書いたとされる部分は、「資本主義の精神」を表しています。
「資本主義の精神」といっても、現実の資本主義はそれを檻に閉じ込めて、精神なんか持ち出さなくても自動的に動くものだ、
というものです。
「プロテスタンティズムの倫理」から「資本主義の精神」への展開については、
大塚久雄的解釈として、山之内靖さんが批判してますね。
まあ、山之内さんの見解もオリジナルな解釈とは呼べませんけど。
139 :
名無しさん@2000:2000/11/09(木) 23:50
140 :
名無しさん@2000:2000/11/09(木) 23:53
141 :
H:2000/11/10(金) 07:59
> 137
レスどうもです。
> 私自身近代的資本主義の定義ができないため、近代+資本主義と用語を
> 便宜的に分けて考えてみたのですが、ちょっと無理みたいでしたね、
> Hさんの考える近代資本主義とは何でしょうか?
本来なら、「近代化」「資本主義化」「工業化」ってそれぞれ別々に定義
すべきものだと思いますよ。近代と資本主義はわけて考えねば!と思うん
ですが、僕も137さん同様、「近代」についてはうまく定義できてません。
イギリス起源の、みんながなんとなく「あれが資本主義だよな〜」って思っ
てる「資本主義」(笑)の本質は、僕は、「労働力の商品化」だと思って
ます。前工業化期の社会と工業化社会との決定的な差は農業人口の多寡だ
と思いますが、その前提条件として、農業生産性の上昇がなければ、そもそ
も、非農業人口を養えません。で、そのためには自己の土地に対する自由
裁量権が必要になると思うんですよね。自分の土地は自分の好きなように
改良できるし、いい土地になったなぁ、って眺めてたらいきなりマナ領主に
恣意的に取り上げられたり、ってこともない、ってのが重要です。
142 :
H:2000/11/10(金) 08:00
(つづき)
イングランドに大陸的な農奴が存在したかどうかって僕も疑問なん
ですが、黒死病以降増加する自由土地保有農や実質的に自由土地
保有農化する謄本保有農に関しても、やっぱりある程度はマナ領主
の恣意性の影響を受けたと思うんですが、そうした恣意性が国王
裁判権や議会制定法によってオーバーテイクされてく契機はテューダー
朝の成立だと思ってます。ばら戦争のおかげで、地方勢力がある
程度弱体化していきますから。で、そこに自由土地裁量権確立の
下地ができあがるわけで、イギリス史に沿って言うなら、そこが
中世と近代の分かれ目なんじゃないかな、と思います。で、最終的
に労働者が土地からきりはなされるまでには、まだまだ時間がかか
るわけなんですが。
どうしてもこの問題では、唯物論の階級闘争史観と、信用制度とか生産性がどう
とかの実証主義と、俗流ウェーバー理解の内面主義とがからみあってしまいます。
あえてウェーバーを擁護します。彼は自分が別に宗教がかったからそういうもの
で権威づけて近代化を説明しようとしたわけではありません。
過去にいろいろな合理主義的思想や生活態度が歴史上存在しました。
しかし、それらは伝統主義的な人間関係や歴史の中でつちかわれた思想や論理に
制約され、資本主義に必要な、真に近代化された物象化された行動様式を阻みま
した。
それが「近代」資本主義が西洋のみで生まれなかった原因です。
ひるがえって、キリスト教の社会では何故それが誕生したのか?
プラトンやアリストテレスの思想の方が、処女降誕や奇跡で病気を治すキリスト
教より合理的でしょうが、彼らは未開のゲルマン人にところにいって一から教会
組織から、何から作って文明化し教化し、フーコーの言う牧人支配で人の内面か
ら一から統制していくノウハウと不条理なまでの情熱を持っていました。
ギリシヤ哲学にも仏教にも朱子学にも歴史上のどの宗教にも合理思想にもそれ程
力はありませんでした。
キリスト教に何故それだけの力があるかというと、人々の行動の外面ではなく、
内面でしか救われないその特殊な宗教構造にあります。とても他人に入ってこれ
ないところだからこそ、ずかずかと入りこみ、責めさいなむことの可能な。
更に、人と神には絶対的な差があり、人など神の前では塵に等しい。
それ故にこそ、伝統的な生活や思想や行動を断ち切って、物象化された合理的な
労働とかに従事することを可能にした転換。いかに技術や資本があっても、宵越
しの金をもたない労働者やアラビアンナイトのような冒険もして大儲けするが儲
けたら、贅沢な暮らしにあけくれるといった企業家では資本主義は成立しません。
ただカトリックなら、まだいろいろ妥協する部分も多いのですが、宗教改革によ
ってキリスト教の外面ではなく、直接内面に働きかける宗教支配が復活し深まっ
たというのがウェーバーの理論です。
「夜中に名誉ある市民が俺は救われているのか、救われているのかといって巡礼
の旅にでてしまう」
ウェーバーのプロテスタンティズム論のハイライトですが、そこまで人を鷲づか
みし、不合理に支配する思想は歴史上なかった。そして逆説的なことに、そうだ
からこそ、合理的な生活態度が生まれて資本主義が成立した。
俗流ウェーバー理解のような、金儲けを嫌って敬虔な生活態度の道徳的勝利で、
資本主義も軌道にのったというよな甘いものではありません。
フーコーのような現象面に囚われるよりも、より過激で危ないところを見据えた、
内面も行動も全て含んだ権力様式としてのキリスト教社会論。
ウェーバーは権力理論として、近代の成立を解き明かした危ない思想家なのです。
そう読み変えられます。
144 :
世界@名無史さん:2000/11/12(日) 21:01
日本のことで述べておくと、ウェーバーの理論を受けて日本の秘密を解き明かした
思想家がいます。山本七平です。
伝統的な思想や論理は例え合理的であっても、近代化の邪魔になることの裏返しと
して、そもそも宗教も何もない、あったとしても日本化され世俗化されてしまう聖
徳太子以来の伝統の日本、論理ではなく対人関係とそれを説得するための空気と条
理しかない日本は逆説的に、中途半端な論理や思想を無効化して合理化しやすい要
素のある日本では、実際に仏教とは似てもにつかない鈴木正三や、いろいろな宗教
の世俗的かつ合理的部分を集めた石田梅岩のような、世俗内禁欲思想が確かにある
ことを証明しました。
だが日本において、それだけで近代化の原因論じるのには無理がある。
近代化はプロテスタンティズムのように、神と人のような、人が塵のような存在と
なって、誠心誠意駆り立てるような絶対的関係が成立しないと難しい。
上の方で書いた日本教とかの関係の著作の他に、「現人神の創作者」という著作が
あり、近代日本で誰の目にも無視できない天皇を中心とした国家の機軸がどうして
できたのか論じています。
更に山本七平を受けて、大塚史学や丸山政治学や川島法学などの学際的研究とつな
げながら、いろいろな資本主義と「近代」資本主義の関係を論じたのが小室直樹で
初期のカッパブックスとかのソ連、アメリカ、中国論がそれです。
上のウェーバー理解も小室氏の論を元にしています。
一番いいのはカッパではないですが、「日本の1984年」という著作で、プロテ
スタント史上欠かせないカルヴァンのジュネーブ支配がヒトラーにも想像できない
ほど過酷で絶対的だったことを論じながら、近代化の条件を考察しています。
山本・小室氏とも結構ヘタレな著作も多いですが、彼らの本領のでた著作は馬鹿に
できません。
145 :
コントのコント:2000/11/14(火) 07:04
えーと、イギリス産業革命の原因・背景に関して、
資本主義成立の議論の足しになればと思い、記させて頂きます。
1資本の蓄積:新大陸・アジアへの進出と第二次百年戦争・英蘭戦争の勝利そして
極端な重商主義の展開によって要件を満たしています。
2市場の形成:1と同じ事情から用件を満たしています。
3賃金労働者の供給:直接的には第二次囲い込み運動による都市への人口流出です
が、その遠因には
>>141>>142さんの言うように自由農(ヨーマン・ジェントリ)の
存在があります。また囲い込み運動は大農業の手法をイギリスに確立させ、農業生
産性の向上ももたらしており、供給のための要件を満たしています。
4王権(権力層)の抑制:市民革命により要件を満たしています。
5機械の発明・使用:ルネサンス以降の科学の発達によってその土壌は既に形成さ
れており、要件は満たしています。
ざっと思い付く限りこのような事があげられると思われます。
思想面からのアプローチは別の機会にひとまず置いておきます。
146 :
H:2000/11/14(火) 09:06
>143@`144
週末から『プロテスタンティズムの倫理・・・』を読み直してます。
改めてinspiringでおもしろいです。で、ひとつ疑問に思ったので
すが、ウェーバーの天職(Beruf)に関する議論を読むと、生活す
るのに必要な分を満たすだけ稼げれば、あとは働かない、といった
伝統的な精神が、労働が自己目的化している資本主義の精神に置き
換えられた、といった論調があると思うんですけど、「余計に働く
→個人の手元に余分に資本が蓄積される→資本主義的生産」といっ
た論理が働いていると理解したんですけど、僕の理解でいいんで
しょうか?よろしかったら教えてください。
> どうしてもこの問題では、唯物論の階級闘争史観と、信用制度とか
> 生産性がどうとかの実証主義と、俗流ウェーバー理解の内面主義と
> がからみあってしまいます。
歴史学が学問である以上、理論的な考察と堅実な実証はどちらも必要
だと思います。加えて、制度的な側面とある社会に共有されている規
範についての考察も双方とも重要でしょう。143さんも、「プロテスタ
ンティズムすなわち資本主義化」というのは間違いだというのは同意
されると思いますが、いかに技術や資本があっても、「資本主義の精
神」が無いところでは資本主義が成立しがたいのと同様、世俗内禁欲
が貫徹しているところであっても、十分な技術や資本がなければ、や
はり資本主義は成立しないのではないでしょうか。
ウェーバーを敷衍して、「自己の内部に直接訴えかけられるような仕
組みを持った社会は、資本主義の精神を生み出す素地がある」と解釈
するなら、「東洋に資本主義が起きなかったのはなぜ?」というこの
スレの問いに対して、「東洋には行動規範を転換させるような思想が
生まれなかったから」と答えることになると思うのですが、果たして
これは正しいのでしょうか?
147 :
H:2000/11/14(火) 09:08
ちょっと脇道にそれますが、143さんは研究者としてウェーバーを研究
されているのでしょうか?
すごく勉強させてもらってます。ありがとうございます。
148 :
H:2000/11/14(火) 09:20
> 145
3の賃金労働者の供給についてなんですけど、僕自身、製造業への
労働供給ってどこからきたのか、まだ疑問なんですよね。145さん
のおっしゃるとおり、伝統的には第二次囲い込みによって都市に労
働者が流入した、って言われてますけど、囲い込み自体は労働集約
的なんですよ。囲い込むための柵を作るために結構、労働者が使わ
れてます。また、柵は定期的に直さなければいけないので。農業に
おける生産性上昇の理由として、施肥や排水の話もあるんですが、
こちらも労働者使うんですよね。肥料まいたり、溝掘ったり。なの
で、資本主義的な「農業」生産と囲い込みは、リンクしてると思う
んですが、製造業への労働供給については、僕の中ではうまく説明
できてません。
149 :
143:2000/11/14(火) 18:57
>146
東洋には行動規範を転換させるような思想が生まれなかった
150 :
143:2000/11/14(火) 18:58
すいません。
>146
東洋には行動規範を転換させるような思想が生まれなかったというのが
確かに私の理解です。
利潤は隙間に生まれますから(香港のように)そこそこ資本は蓄積され
る例があるとしても、大筋においてはこれで正しいと思います。
一国レベルで個人個人が経済学の合理的人間モデルのように行動するの
がそもそも歴史上不可能に近い。
今までの行動規範の縛りを転換しえた機軸のある国。キリスト教の西洋
や天皇中心に近代化した日本のような形でしかありえなかったのは事実
だと思います。
中国なりソ連なりアフリカなりの苦労は共産主義の非効率や帝國主義に
よる搾取に求めるより、彼らに行動を転換する規範がないことと理解し
たほうが実証的だと思います。
152 :
世界@名無史さん:2000/11/19(日) 17:41
キリスト教の一元規範と、その他の共同体の内と外を峻別する二元規範の差も資本
主義を考えるうえでは大きそうだが?
ユダヤのシャイロックや中国の儒教式ではその集団の枠超えて、発展することは
困難に思える。
駄目な親戚面倒みてやってては近代資本主義にはなりにくい。
皆、平等にこきつかえないと。ユダヤ教や儒教ではそれは困難だろう。
153 :
日本@名無史さん:2000/11/19(日) 19:07
今まさに東洋のあちこちに資本主義が興隆している。
154 :
世界@名無史さん:2000/11/19(日) 20:54
>153
それはそうなんだが、自発性の問題がこのスレだから。
東洋に資本主義が起きなかったのはなぜ?
156 :
>1:2000/11/20(月) 13:51
東洋から産業革命が起こらなかったのは何故?
東洋で飛行機や蒸気機関を発明出来なかったのは何故?
東洋人が放射線を発見できなかったのは何故?
東洋でピタゴラスの定理が発見されなかったのは何故?
いっぱい、あるな、ヘタレが多いのか>東洋人
実は大昔、「鳥のように空が飛べる乗り物はできないか」と考えた
男がいたが、隣の親父が
「そったらアホな事考えてる暇あったら、畑さぁ耕せ!」と一喝されて
終わったかもしれません。
>目先の利益を重視する=東洋人
西洋人は、「フムフム、面白そうだな、研究してみろや」と
なるらしい。この辺の差なんだそうだ。
157 :
日本@名無史さん:2000/11/20(月) 14:16
>「そったらアホな事考えてる暇あったら、畑さぁ耕せ!」と一喝されて
もともと天文大好き少年だった伊能忠敬は、50歳過ぎて隠居してから
地球の大きさを正確に知りたいために、蝦夷地まで出かけたわけで、
師匠の高橋至時が地図作製と言う名目を作ったのが、日本地図作製のキッカケ。
後には幕府の直轄事業となったが、この時点では殆どが伊能忠敬の自費研究。
日本は江戸時代からオタク文化が花咲いており、本居宣長にしても本業は医者で、
趣味で古事記など国学の研究に生涯を捧げたもの。
戦前戦後の日本でも、全くの趣味で新天体を捜索し発見する日本人は多く、
例えばこの点など、日本人の気質は東洋人の中でユニーク。
儲けを度外視したオタク文化が花咲いていたのが、日本の特質でしょう。
158 :
日本@名無史さん:2000/11/20(月) 14:20
日本では、江戸時代から先物取引市場があった。
上記のような、東洋人としては異質なオタク文化が花咲いていたことも、
西洋の産業革命に対して、早期に追いついた理由の一つでしょう。
159 :
日本@名無史さん:2000/11/20(月) 14:37
日本のオタク文化が、世界中に蔓延して、
マンガ・アニメやビデオゲームなどが世界を席巻するようになった。
パソコンの普及に際しても、かな漢字変換により、日本語を使いやすくしたり、
インターネットにしても、iモードと言う独自のスタイルを普及させたりと、
単なる西洋の後追いに留まっていないところが興味深い。
160 :
>>159:2000/11/20(月) 15:25
でもいつしかATOK/VJEは死に絶え、
MSIMEに巻き返されてしまうところが
悲しいところであるな。
ふつーvje
161 :
日本@名無史さん:2000/11/20(月) 15:39
その代わり、アミューズメント市場を狙ったMSXはファミコンに駆逐され、
アメリカでも、ビデオゲーム市場が拡大する一方で、パソコンゲームは伸び悩んでおり、
とうとう耐えきれなくなって、MSはX-boxを出さざるを得なくなったように、
世界のビデオゲーム市場では、日本勢はハードは寡占、ソフトも強い。
162 :
世界@名無史さん>157以降:2000/11/20(月) 18:25
日本人は東洋の中では島国なだけあって、儒教精神をまるまるうけつ
いではいないからね。そこが東洋の中でも中国と陸続きなだけあって
儒教精神にがんじがらめになっている韓国なんかと違うんじゃないかな。
日本はなんだかんだいっても独立独歩のところがあるし、東洋人でも日本人はイ
ギリス人とかドイツ人と共通するものがあるっていう意見もあながち
うそじゃないと思う。
オリジナルを吸収して、加工する工夫ができる民族だね。
ちょっとスレの主旨から外れているけど。
簡潔にいうと、東洋に資本主義が起きなかったのは植民地がなかったから。
じゃあなんで東洋では植民地獲得運動が起きなかったのか?
>日本@名無史さん
いいたいことはよく分かるけど、君の言うオタク崇拝で「植民地を獲得し資本主義を自力で興す」
ことができるの?日本人というよりは、韓国人のしてることに近い過剰自国文化礼賛(これが愛国心なのでしょう)で
「植民地を獲得し資本主義を自力で興す」ことができるの?
そもそもこのスレのテーマは「自由主義主観を語ろう」じゃなくて、「 東洋に資本主義が起きなかったのはなぜ?」よ。
それに西洋人がホントの恐れているのは、中・日・韓・台・北の連帯。だから中国や韓国は
西洋人から見れば、実に馬鹿臭く見える。特に東独逸に近いコーリアンは。
まぁ、日本は禁欲(ストイック)と勤労が揃っているので、マックス・ウェーバー曰くの資本主義の
東洋版みたいなのはあったと思う。鉱山も自慢しないのであれば、なかなか豊富だったし。
鎖国とはいっても、朝鮮半島や中国、阿蘭陀と貿易してたから、完全な鎖国とはいえないし、
完全に鎖国な国は、北朝鮮ぐらいなモノ。
でも資本主義を興すには肝心の植民地がない。
それを求めて(右の人は怒るだろうけど)戦争したら、アメリカ等の国に袋叩きにあったし。
資本主義=帝国主義
共産主義=独裁
つまらない文書なので、無視して構いません。
その異常なアンチ儒教はどこからやってくるのかね?
165 :
日本@名無史さん:2000/11/21(火) 13:48
>164
古代日本に、仏教と儒教が入ってきて、それに基づく祭祀を行ったことは、
続日本紀などにも見えるが、日本人は仏教の方を好んだようで、
儒教は余り省みられることがなかった。
聖徳太子以来、中国の属国となることを拒み、古来から独立精神を持っていたのも、
日本が早く西洋に追いつく要因になったと思う。
君の"儒教を良いと思うものは全て中国の奴隷"という、SAPIOを越えた既知害脳内妄想だ!」思想に負けました。
一生論破でも楽しんでください(はぁと
訂正
君の「儒教を良いと思う者は全て中華共の奴隷なんだ!」という、SAPIOを越えた
既知害脳内妄想に負けてあげました。
一生コヴァ論破でもして愉死んでください。(はぁと
じゃあ、論破されたよ〜ん♪
169 :
日本@名無史さん:2000/11/21(火) 17:37
目に付かないようにと、sageでコソコソ発言するな。>166-168
日本くらいしか、近代化に成功した例はなかったのは事実で、その理由を考察してみろ。
どうせ反日野郎だろうから、考え気がないかも知れないが(藁
170 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2000/11/21(火) 19:45
標題が違うだろ?>169
おまえは反日野郎は考察しないというが、
戦前戦後にわたって
日本が近代化に成功した経済的理由を考察したのは、
講座派と戦後のマルクス主義歴史学だぞ?
やっとやつらが「反日野郎」じゃないと認めるのか(藁
171 :
日本@名無史さん:2000/11/21(火) 20:11
>日本が近代化に成功した経済的理由を考察したのは、
>講座派と戦後のマルクス主義歴史学だぞ?
で、歪曲しまくった反日的な結論を導き出したんだろ(藁
マルクス教の狂信者ではなく、まともな学者の研究成果を知りたいな。
172 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2000/11/21(火) 22:43
>で、歪曲しまくった反日的な結論を導き出したんだろ(藁
>マルクス教の狂信者ではなく、まともな学者の研究成果を知りたいな。
あはははは、厨房丸出し(藁
結局そんなこと知らずに当てずっぽうに言ってたわけだな(藁
教えてやらんでもないが、ウヨ厨房に知恵をつけると観察の楽しみも
ないので、石井寛治『近代金融史研究序説』(東大出版会1999年)
の最初の方でも読んでみたらどうだね?
読んでここでコンパクトにまとめて発表してごらん(藁
一応東洋に資本主義が「おきなかった」理由だが、つきあってあげても
よいよ(親切だなあ)
173 :
世界@名無史さん:2000/11/21(火) 22:59
あんまし、マルクス、反マルクスで争そうな、下らない。
過去ログ読め。どちらも。
なんで日本史板のヴぁか丸出しの短角ショウト二次言論の白痴どもって、
反日・愛国でしかモノを判断できないんでしょうか?ちょっと疑問です。
どうせ政治思想板や共産党板や日本史板、マスコミ板のような腐れ板の常連なんでしょうね。
つくづく奴等には失望するよ。
愛国と思ってやってるみたいだけど、所詮は口先だけのご機嫌取リスト。
迷惑極まりない。政治思想板へ帰ってくれ。
それに天皇の神格化って儒教の影響うけまくりだよね。右も左も。
>>173 激しく同意です。政治思想痛でやってほしいです。
特にこういう意味無し誹謗議論は、、
厨房は無視して、僕等で議論を続けましょう。
175 :
あんまり次元の低い議論だと俺は回しちゃうぜ:2000/11/22(水) 03:03
わぁ〜、藁がいっぱいだ(藁
争い会ってるのは参人だけだし、日本@名無史さんは、日本史板の名無しだけど、
実際は、二、三人ぐらいの少数の人しか使ってないぜ。
別に→って訳じゃないが、何故かしら世界史板を潰そうと考えてる一部の日本史原理主義者だ。
それと、名無しは無慈悲な夜の女王。
あんまり低レベルウヨサヨ議論、ネタは無視してください。
どっちかがマジギレして自作自演始める前に話を続けようか。
151 名前:143投稿日:2000/11/14(火) 19:55
利潤は隙間に生まれますから(香港のように)そこそこ資本は蓄積され
る例があるとしても、大筋においてはこれで正しいと思います。
一国レベルで個人個人が経済学の合理的人間モデルのように行動するの
がそもそも歴史上不可能に近い。
今までの行動規範の縛りを転換しえた機軸のある国。キリスト教の西洋
や天皇中心に近代化した日本のような形でしかありえなかったのは事実
だと思います。
中国なりソ連なりアフリカなりの苦労は共産主義の非効率や帝國主義に
よる搾取に求めるより、彼らに行動を転換する規範がないことと理解し
たほうが実証的だと思います。
152 名前:世界@名無史さん投稿日:2000/11/19(日) 17:41
キリスト教の一元規範と、その他の共同体の内と外を峻別する二元規範の差も資本
主義を考えるうえでは大きそうだが?
ユダヤのシャイロックや中国の儒教式ではその集団の枠超えて、発展することは
困難に思える。
駄目な親戚面倒みてやってては近代資本主義にはなりにくい。
皆、平等にこきつかえないと。ユダヤ教や儒教ではそれは困難だろう。
だ、そうだ。
じゃあクソレスの屍を越えて始めましょか。
あ、それと参考までに
石井寛治『近代金融史研究序説』(東大出版会1999年)
http://www.utp.or.jp/shelf/199906/040165.html あぶくまアカデミー・ニュース2000
http://www.mmjp.or.jp/academy/mis/news.htm
176 :
マックス・ウェーバーを素直に読んで思ったんですが、:2000/11/22(水) 03:08
177 :
資本主義@名無史さん:2000/11/22(水) 20:40
続けようage
178 :
世界@名無史さん:2000/11/22(水) 22:22
>176
確かにそういう読み方もできるがこのスレ読むと日本史も含めて、
そうでない読み方も示唆されてるようだが。
数量史とかの人からみたら、近代化のメルクマークは何だろう。
また書いて欲しいが。
179 :
M:2000/11/23(木) 01:03
「社会主義国家」中国が重商主義を実施したら、在外華人資本が中国への投資を拡大させるだろう。しかし在外華人資本を増殖させる積極策のような重商主義政策を果敢に取っていかない限り、中国は在外華人資本に「搾取」(利益は本拠の東南アジアなどに送金し、再生産は回収率の高いものに限られる)されるだけであろう。
タイは重農主義政策で金融はイギリス香港上海銀行任せで、きた。しかし1942年に本格的に中央銀行設立に動いた。タイは華人資本経済優勢下にあって重商主義はタイ人と調整制限されたものにすぎず、重農主義として華人資本もともに保護して行く政策以外になかった。重農主義も立派な資本主義である。
インドやマレーシアやインドネシアは独立以後、重商主義(自国の民族民間資本保護育成)政策をとっているので、東洋に資本主義が起きなかったとはいえない。東洋の資本主義が遅れたのはなぜか、という問いが史実にふさわしい。
180 :
世界@名無史さん:2000/11/23(木) 01:40
なるほど、流石はM。●本●板の引き篭もりの連中なんかより知識はずっと豊富だね。
181 :
日本@名無史さん:2000/11/23(木) 03:04
世界史板に巣くっている反日サヨクは、
マルクス主義者のMに共感するようだな(わら
182 :
↑:2000/11/23(木) 06:59
出た、いつもの「強大なヤマト王権あげ」のキティギャイ。
昨日は「なりきってください」に乱入して、朝鮮人だのなんだの、電波の入りまくった狂人ぶりを遺憾なく発揮。
本物のクルッテル君です、こいつ。
183 :
世界@名無史さん:2000/11/23(木) 11:46
キティギャイゴキブヨ(末広かな?)を晒しage
184 :
世界@名無史さん:2000/11/23(木) 11:46
キティギャイゴキブヨ(末広かな?)を晒しage
185 :
名無しさん:2000/11/23(木) 17:09
ついでに
>倭国の前方後方墳体制に組み込まれた任那あげ。
と書いた莫迦キティである(ワラワラ藁
186 :
世界@名無史:2000/11/24(金) 21:01
久しぶりにきてみたら、アラシの大群が(絶句)
話を積み上げることができるなら、左翼右翼史観
どちらでもいいと思うが・・・
あとMさんについても一言。
歴史は外発的な要因と内発的な要因(内部経済)のぶつかり合いから
発展していくと思います。
そういった意味では、東洋が西洋のインパクトなしに近代資本主義を
発生することができるか、と問うこと自体意味がないのかもしれませんが、
タイやインドネシアの例はあきらかにこのスレの本旨と違うと思うのですが?
モノや情報を媒介としていまだ資本主義は広がり続けているていると思うので、
部族社会から一足飛びに資本主義になったとしてもなんら不思議ではありませんが
もし(マル経、西欧主義史観といわれそうですが)歴史経済に発展段階があり
それが東洋諸国にも当てはまると仮定した場合、なぜ近代資本主義が起きなかったか
といことを議論してきたと思うのですが?
Mさんの個別のエピソード自体(失礼)興味深いのですが、念のため
187 :
ウェーバー派:2000/11/26(日) 07:40
何か荒れてるな。
マルクスは凄い思想がある。物象化論。
資本主義が何故発生したか、しなかったかの問題も、結局は人間を物象化して、
目的合理的に組織して行動させる原理があるかないかを論じればいいと思う。
キリスト教そのものではなく、キリスト教の中に世俗内禁欲の原理があって、
その為、近代資本主義が可能になったという説明は、事実として認められると
思う。
マルクスも物象化を言ってるが、資本や技術が蓄積すれば資本主義になるかの
ごとく言ってるのでその点に関しては減点。
188 :
ウェーバー派:2000/11/26(日) 07:47
インドなんか、産業革命期になっても、織物なんかイギリスは負けて
いたので、イギリスは職人の手を切って自国産業を保護したりしてた
らしい。
技術の蓄積は近代資本主義を凌駕していた。だがインドからは身分制
度が厳しくて、労働市場も組織できず、効率的資源配分ができないか
ら、本格的資本主義は無理だったと思う。自発的にはいつまでたって
も不可能だったろう。
189 :
ウェーバー派:2000/11/26(日) 08:11
ウェーバーの言う賎民資本主義(彼はユダヤ教徒を念頭においたが)
の考え方では、一国の内部である階級が技術や資本を蓄積して経済
活動が盛んになっても、勤労の精神や目的合理性等のその階級の原理
が社会に貫徹しない限り「近代資本主義」は成立しない。
だがそういう一階級資本主義でも、脱皮できる可能性のあったものも
充分あったと思う。
東洋では近代資本主義の成立のため、いろいろ邪魔なものがあった。
封建主義なり、親族とそうでないものの二重規範なり、イスラムの戒律
なり。これでは勤労の精神も目的合理性も阻害される。
そうであっても、技術なり、国家組織なり、信用制度なり、身分関係
なり、会社組織なりの何かが備われば、本格的資本主義が成立すると
いう例あげて欲しい。
ウェーバー説の相対化になると思う。
(これはウェーバー説の否定ではなく、彼の論点のいくつかは既に
ある程度までは真理と認めたうえで、近代の特異性、一回性を強
調する彼の論点を相対化するものだ)
日本の例もあることだし。
190 :
ウェーバー派:2000/11/26(日) 08:25
例をあげると
日本は
1 国家組織を封建から近代官僚制へ
2 鎖国をといて技術を導入できるようにする
3 キリスト教という機軸の代替としての天皇制
で比較的容易に世界第2の経済大国になった。
韓国では、日本農民が土地にしばられるのに対し、イギリスの囲い
込みに似て土地追い出されたのか出てったのか農民が都市で労働者
に転換したと聞いたことがある。
日本では農民のエトス受け継いで労働市場のないべったりした雇用が
基本だが韓国はその点、労働市場は自由らしい。
両班文化では、家産官僚制で勤労の精神も制限されるが。
息子が官吏で出世すれば、商売敵を潰すなど簡単な国では。
191 :
一研究者@名無史さん:2000/11/27(月) 04:35
少々古いが
>>172 石井寛治は、現在は講座派から脱却して
もっぱら「情報化」の研究に没頭しているぞ
(「情報・通信の社会史」有斐閣1994年参照)
『近代金融史研究序説』(東大出版会1999年) は初版は1966年
時代性(心性)を考慮に入れるべし。
現在の経済史は、むしろイデオロギーにとらわれない形で
論証していくのが、学会の時流になっている。
例えば藤井信幸という人物がいるが
彼は、彼は講座派の影響から脱却した上で、
経済工学一色の現在の学会の情勢の中で、
新たな論証法を確立しようとしている、数少ない人物。
(「テレコミの経済史」勁草書房1998年:後書き参照)
自らの、論のために他人の威を借りるあなたの態度
をここに注意しておく。
というーか、一研究者の立場から、先生方をあまり政争に巻き込まないでくれ。
192 :
コントのコント:2000/11/27(月) 05:53
>ウェーバー派
御見事です(笑)
普通、ウェーバーについて語る場合、唯物論を批判するあまり
心理的な要因に目を行き過ぎてしまいがちになり、
産業化における物的な要因(資本・土地制度・政治体制)
を無視した理論構成になりがちになります。
その観念化されたウェーバーの理論なら、いくつか批判材料が有りますが
ウェーバー本人のように、各国の実例から比較考察されるとお手上げです。(笑)
自分が
>>145で述べた事は、マルクスの言う産業化の観点と
ウェーバーの言う合理化(ここでは資本主義の精神)の観点
両者から近代化を述べなければ意味が無いと思い
バランスを取ろうとしたためですが、そのバランスが取れている。うん。
193 :
ウェーバー派:2000/11/27(月) 21:25
>145@`192
コントさんは論客ですね。
Hさんの言ってる労働力の商品化とかの歴史的事情は、どう見ます。
私の興味は社会学なので、歴史の実証は弱いので意見聞かせてください。
194 :
世界@名無史さん:2000/11/28(火) 02:01
age
195 :
世界@名無史さん:2000/11/28(火) 21:52
つうか、ある程度労働力の商品化や再生産後付けてそういう形の物象化があれば、
キリスト教とかの内面化のエートス論の批判できると思うが、マルクス派とかの
アジア式生産様式研究はどうなんだ?
196 :
世界@名無史さん:2000/12/02(土) 20:22
―――資本主義の定義は?
197 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2000/12/02(土) 22:28
「G−W−G’」で定義される再生産体制の成立でいいんじゃないか
198 :
コントのコント:2000/12/04(月) 00:45
遅くなりましたが
>ウエーバー派さん
えーとですね、労働力の商品化てー奴は、第二次エンクロージャーに
代表される農業革命が、直接の契機になっていると思います。
マルクス的な論証法になるのですが、「本源的蓄積」という言葉が有りまして、
意味は、自営農民の解体により、所有と労働が同一のものにならなくなっていく
現象と、それにより、他人の労働を収奪する事が可能になり、資本形成される
過程です。
第二次エンクロージャーは、イギリスにおける共同体の解体を促進し、
土地と労働が切り離され、本源的蓄積がなされていった事と
労働力の流動化現象が起きた事が大きいと思います。
その結果、農村から都市への人口移動が活発になっています。(続く)
199 :
コントのコント:2000/12/04(月) 01:03
198の続きというか蛇足
Hさんが
>>148で産業革命期の労働力の供給に、疑問視されてましたが、
産業革命初期の、都市の労働者不足はイギリスでも起きています。
その際、労働時間の延長と婦女子の労働力化が一時的に起こってます。
(この辺はトレベェリアン「イギリス社会史」1942などに詳しいです)
日本でも「女工哀史」のような現象が一時的に起こってますしね。
ウエーバーを扱う際に気をつけなければならないのは
彼自身は、元々法制史・経済史の研究者として出発しており、実証に基
づいた理論展開がなされており、いきなり合理化やらプロテスタンティ
ズムの倫理やら言っていたわけではないことです。
過去レスを見てみるとその辺の制度に関する関心が薄いようですね…
(逆に、その辺のバランスがよい、ウエーバー派さんの意見に感銘した
わけです)
200 :
わんわん:2000/12/04(月) 02:51
>198、 199 私はイギリス史はド素人だけど、聞き飽きた教科書的な説明ですね。数量史の人からの批判が聞きたい。「第二次エンクロージャーに代表される農業革命」ていうけど、じゃあなんで農業革命が起こったの? 農業革命がなければ産業革命は起きなかったの?
ヴェーベリアンとして言えば、ヴェーバーはもともとは古代農業史の研究者。ちなみに『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、ヴェーバーの研究の最終到達点じゃない。あの分厚い『経済と社会』にチャレンジしたという人の意見を聞きたい。
それから付言しておくと、行為の意味連関(「主観的に思念された意味」と「客観的に妥当する意味」の二重性)が問題になったのであって、心理的なものが近代資本主義を生んだなんていうのは大きな間違いでしょう。
前にもちょこっと書いたけど、ヴェーバーの言う近代資本主義の成立を問題にするならば、歴史上、それが初めてある特定の時期に特定の場所にだけ起こりえたか、が問題となるのであって、「東洋に資本主義が成立しなかったのはなぜ」という問題とは大きくすれ違っている。段階論にとらわれなければ、資本主義一般はノアの洪水以前からあることだもの。
201 :
ウェーバー派:2000/12/04(月) 22:11
>200
まあ、西欧以外では賤民資本主義に代表される1階級資本主義しかなかったという
のがウェーバーの理解で、それに対して東洋でも社会全体の合理化と資本主義化が
起こりえたか、えないかというのは、一つの問題としてあると思います。
で、日本のように明らかにその種の合理化の可能性を内包していた社会もあったわ
けで。
ただこれ以上はマジに数量史の人とかの意見も欲しいのだが。
202 :
わんわん:2000/12/05(火) 00:53
>201
どうも30年くらい前の説(大塚史学)にこのスレッドは完全に絡め取られているようなので挑発的に書いたのですが。学会などでは、いまや公然と擁護する人は珍しいのに不思議だなぁと思う。
一度西欧で成立したいわゆる近代資本主義(ピューリタニズムのエートス=市民的な経営および労働の合理性)は、西欧でも消えていってしまう。近代資本主義として産業資本が成立したけれども、その性格は賤民的なものに戻ってしまうと考えられる。その理由は、産業資本が国民経済よりもむしろ、貿易と資本移動を通じて他国の産業資本(世界市場)に結びつくからだと考えられる。別スレで「ジェントルマン資本主義」についての皆様の有益なご意見を頂けてその感を強くしました。
賤民資本主義(資本計算)が合理的でなく偶然的なものだったとも言えないのではないと思います。合理性の担い手が社会全般だったわけでなくて、社会のごく一部、もしくは限られた社会集団だったと考えられます。アナール学派のフェルナン・ブローデルの説は、ウェーバーの説に対するこういったアンチテーゼを示していると思います。
要するに、合理化=(近代)資本主義化っつーのはそう簡単にはいえないと思います。
現に、段階論として資本主義でなければ、世界中資本主義に溢れているでしょう。
203 :
世界@名無史さん:2000/12/05(火) 09:59
age
204 :
ウェーバー派:2000/12/05(火) 22:57
ウェーバーの天才は合理化はプロテスタンティズムのように、鷲づかみに人間を
捉える不合理な宗教から逆説的に生じたというところにあって、ブローデルとか
持ち出しても、そこらへんの特異性はわからないと思いますが。
合理化はそれぞれあっても、社会全体の合理化に結びつかないから、儒教でも、
イスラムでも近代化できなかったというにはこのスレでも論じられているから、
いささかピント外れに思える。
私の言葉の使い方も悪いが、社会全体を物象化して経済人に変えていくような
契機としての合理化があるかどうかが問題で、世界市場とかとは関係ない。
205 :
ウェーバー派:2000/12/05(火) 23:01
ウェーバーの天才は合理化はプロテスタンティズムのように、鷲づかみに人間を
捉える不合理な宗教から逆説的に生じたというところにあって、ブローデルとか
持ち出しても、そこらへんの特異性はわからないと思いますが。
合理化はそれぞれあっても、社会全体の合理化に結びつかないから、儒教でも、
イスラムでも近代化できなかったというにはこのスレでも論じられているから、
いささかピント外れに思える。
私の言葉の使い方も悪いが、社会全体を物象化して経済人に変えていくような
契機としての合理化があるかどうかが問題で、世界市場とかとは関係ない。
そもそも、他国の産業資本と結びついて、資本主義のエトスがお互いに発展す
るのなら、発展途上国は苦労していないと思うが。貿易や資本の移動ぐらいで
は資本主義がそう簡単に根付いていない事実だけでも間違ってると思うが。
206 :
ウェーバー派:2000/12/05(火) 23:03
>202
ウェーバーの天才は合理化はプロテスタンティズムのように、鷲づかみに人間を
捉える不合理な宗教から逆説的に生じたというところにあって、ブローデルとか
持ち出しても、そこらへんの特異性はわからないと思いますが。
合理化はそれぞれあっても、社会全体の合理化に結びつかないから、儒教でも、
イスラムでも近代化できなかったというのはこのスレでも論じられているから、
いささかピント外れに思える。
私の言葉の使い方も悪いが、社会全体を物象化して経済人に変えていくような
契機としての合理化があるかどうかが問題で、世界市場とかとは関係ない。
そもそも、他国の産業資本と結びついて、資本主義のエトスがお互いに発展す
るのなら、発展途上国は苦労していないと思うが。貿易や資本の移動ぐらいで
は資本主義がそう簡単に根付いていない事実だけでも間違ってると思うが。
3重カキコすいません。
208 :
わんわん:2000/12/05(火) 23:27
>206
私が言おうとしていることは、大塚久雄らが論じたような「国民経済」なんて幻想だっていうこと。何度も書くのは嫌なのですが、あったとしても近代資本主義は特定の時代の特定の場所に限られた一回きりの現象であること。その限りでウェーバーの比較宗教学は意味があって、社会全体の合理化が近代資本主義を生み出したことは私も異論がない。だが一度近代資本主義が成立してしまえば、そのエートスは失われてしまう。ウェーバーは資本「類型」として資本主義を論じたのであって、それを「段階」論にひきつけて解釈するのは私は間違いだと思います。
それから貿易や資本移動が資本主義を生むなんて私は一言も言っていない。資本類型として言ったにすぎない。
現在の移行経済圏や開発途上国だって一部を除けば資本主義にほかならない。それが資本主義じゃないと言うのであればあくまでも近代資本主義の理念型との比較でしかなく説得力はない。
段階説ではないんだが?
キリスト教なり、儒教なり、イスラム教なりの人間への支配の技法
や主体化の統治技術などはアクチュアルな問題で、それを考えるう
えで近代なりとの理念型との比較も必要だと思うが?
逆説的に発展史観にとらわれてるのはわんわんさんの方とお見受け
するが。
210 :
ウェーバー派:2000/12/06(水) 21:03
日本のように体制ちょっと変革すれば、経済大国になる国もあれば、いくら
援助受けても、成長しない国もある。
それに答えられないなら、ウェーバーの類型論じたって無責任と思うが?
ウェーバーの理論も社会学者の体制分類の自己満足にすぎないのか、
わんわんさんの理解ではそう読めてしまう。
211 :
世界@名無史さん:2000/12/07(木) 05:58
あげちゃおう♪
212 :
ところで:2000/12/07(木) 07:00
例えば東アジアと西アジアの違いに較べたら、
東アジアと欧州・西アジアと欧州の方が共通点が多かったりして、
「東洋」という一元的実体があるわけじゃない。
こういう非自明な概念は使わない方がいいと思う。
「東洋」なんて言葉を使うと、アフリカは視野から外れてしまうし。
21世紀の視点で問題を見直したら、むしろ、
「西欧と東亜以外の地域で近代化がうまく行かないのはなぜか」
という形で問題を論じるべきなんじゃないかな?
213 :
世界@名無史さん:2000/12/07(木) 19:02
まあそうでしょうね。
明治時代の名残ですね。
東洋、西洋の2分論は。
脱亜入欧ですからね。
214 :
逆に:2000/12/11(月) 07:31
近代資本主義が西欧ではなく東アジアで始まるためには、
どの時点で何を変更すればいいんだろう?
一つのチャンスは日本の戦国時代じゃないかな?
信長っていう例外要因がなければ、
大勢力が地域ごとに割拠する形で安定してしまって、
日本の統一はなかったんじゃないかという気がする。
島津領九州・毛利領中国四国・一向宗共和国関西……という具合に。
そこで、本土で手詰まりになった各勢力が海外進出競争すれば、
同時代の西欧に良く似た状況が実現するわけだよね。
そういう状況なら近代資本主義が日本で自生したと思う。
中国でも同様の状況を想定できるけど、要点は、
「西欧の恒常的状態だった戦国時代状況が他地域にもあれば、
近代資本主義がそこから自生したんじゃないか」ということ。
215 :
名無しさん@1周年:2000/12/11(月) 11:08
日本一国が分裂しててもダメですね。
やっぱり中国が分裂していて、日本も分裂していれば日本で
産業革命が起きたんじゃない?ははは。
216 :
匿名希望さん:2000/12/11(月) 14:49
おれは逆に信長が征夷大将軍になっていたら、楽市楽座を
発展した形で資本主義が生まれたと思うけど。
217 :
日本@名無史さん:2000/12/11(月) 14:53
自然科学が進歩したのは西洋で、それ無しには産業革命は不可能でしょう。
当時の東洋にはそう言う機運はなく、どちらにしても最初は西洋で起こったと思う。
日本人は新しいもの好きだから、海禁政策が無かったら、もうちょっと早く
なったかも知れないけど、大勢に影響ないと思う。
218 :
H:2000/12/19(火) 04:57
本当に久しぶりに書き込みます。気が付いたら、100番目以降に落ちてるし。
こういう硬い話題は、2ちゃには不似合いなのかもと思ってしまいます(泣。
僕は、数量史っぽいことをやってるのですが、この数量経済史って日本語は、
ちょっと曖昧なんですよね。これは、Cliometricsという意味と、quantitative
economic historyという意味の、二つを表現しうるのですが、前者の場合、計量
経済学を基礎としてます。すなわち、経済学の理論モデルをもとに計量モデル
を作って、それの妥当性を統計的に検証する、って作業を歴史上の経済事象
について行う、というものです。他方、後者は文字通り、従来、記述史料(文書)
をもとに制度研究がメインだった経済史に対して、もっと客観的な数値を包括
的に整備しよう、という立場です。
僕の立場はどちらかというと、前者に近いものなのですが、一般的に数量史家
は、(僕も含めて)資本主義の成立のように、経済システムそのものの変革に対
しては、分析ツール的に非常に弱いです。これは言訳なんですけど、歴史学
と経済学というのは、結構ディシプリンが違うんですよ。古文書が読めるように
なることと、経済学の実証研究が出来るような能力の双方を兼ね備えるのは、
なかなか難しいんですよね。なので、完全に競争的な市場が成立している、と
いう前提で計量モデルを作ることはできても、経済外的強制が価格の動きをコ
ントロールしているような状態をうまくモデル化できないんです(僕は)。
219 :
H:2000/12/19(火) 04:58
(続き)
ということで、わんわんさんやウェーバー派さんのリクエストにあるような、「数量
史家としての意見」というのは、なかなか難しいのですが、ひとつ言えることは、
人口は経済発展の重要なファクターだということです。これは、人口データが、
課税の問題もあって、どの国でもかなり古くまで遡って利用可能なので、関連
が研究しやすいということもあります。イングランドの歴史的経験を見る限り、
人口の増減と技術発展はかなり密接、かつインタラクティブにリンクしてます。
イングランドの人口は18世紀中ごろから、以前にないレベルで増加しますが、
これは、その前段階の農業における諸改革(ノーフォク農法の導入、漸進的な
囲い込み等々)の結果であり、さらには全体的な所得水準の底上げ(農産物
価格の下落による)から第二次、三次産品への需要増を喚起し、製造業部門
の技術発展を促します。農業技術だけに関しても、18世紀から19世紀にかけ
て、人口増加率と特許申請件数は、きれいな正の相関があります。
イングランドのみを考えた場合、こうしたリンケージを説明することができますが、
こうしたインタラクションを可能にした国家的な枠組みや、心性的な側面を説明
するのは、数量史は苦手です。さらに問題なのは、上記のイングランドの経験と
対比できるような、日本や中国側のデータがないということです(イングランドの
場合、物価データは14世紀くらいまで、人口データは16世紀まで連続的にデ
ータがとれます)。この辺も、日経史、中国史の方々にがんばってもらって、比較
研究が出来れば、面白いんですが。
220 :
世界@名無史さん:2000/12/19(火) 12:03
HageじゃないよHさんage
221 :
世界@名無史さん:2000/12/21(木) 01:50
ジェントルメンのキャラコage
222 :
>214:2000/12/21(木) 10:14
手詰まりになればことばが通じない海外より国内か琉球を
選ぶでしょう。秀吉の朝鮮征伐あれは大名家をもったことの
ない者の発想でふつうの大名は海外進出はやらないでしょう。
ふつうの商人は日本人町をアジア諸都市に形成していましたが。
近世日本に産業革命はないでしょう。なぜなら生産力を
あげなければならない環境にないからです。また史実として
在アジアの日本人町商人資本が機械制工業をとりいれた
例もありません。
223 :
わんわん:2000/12/22(金) 00:09
>218、219
日本にもE.H.NETみたいのがあればいいのですが。
さて、技術発展と人口増加の相関関係、それと人口と経済発展の相関関係はおもしろいですね。Hさんの説明は分かりやすかったです。いくつか疑問があるので、的外れでなければ回答をお願いします。
(農業の)技術革新から人口成長というのは相関関係(もしくは時間的な前後関係)にすぎないのか、それとも因果関係として実証できるのでしょうか。それと、技術発展は独立変数として考えられるのでしょうか。産業革命期、あるいはそれ以前の技術は、蒸気機関と農学を除くとほとんどが現場で経験的にもたらされたものですよね。そうすると科学の応用として技術を見ることはできないと思います。で、技術発展がいわば自律的に発展したのか、それとも他の要因とのフィードバックで発展したのか、こういった点が問題となると思います。
農業革命は、農業技術の革新と土地制度の変革との局面があったのは確かなのですが、それが何で起こったのか、私には釈然としないのです。
224 :
世界@名無史さん:2000/12/22(金) 03:18
簡単な話だ
東洋からアフリカ&新大陸までは西洋からアフリカ&新大陸までよりも遠かった
ただそれだけ
225 :
>224:2000/12/22(金) 03:55
そうか?
植民地だけでは資本主義はおこせないと思うよ。
まぁ、極端な金持ちにはなると思うけど
226 :
H:2000/12/22(金) 06:24
あがってる!うれしいですねぇ(笑。
> わんわんさん
219では、ちょっと単純化しすぎてしまいました。人口の大きさは、
複数の要因がかなり複雑に絡み合って決まってくるので、因果関係
を実証するのはなかなか難しいです。人口規模は直接的には、出生
率の上昇、死亡率の低下、人口流入の三つから決まりますが、近代
の人口成長は、出生率の上昇(人口成長の開始)→死亡率の低下
(人口の急成長)→出生率の低下(安定的な成長)というふうに進
んだらしいことがわかっています。西ヨーロッパの場合、出生率は
婚姻と密接に関わっており(結婚している人が増える=出産数増)、
加えて、結婚=親からの経済的独立というルールがあったので、な
んらかの理由で所得水準があがり結婚資金が用意されると、結婚→
出産→人口増、という形になっていたようです。で、この「なんら
かの理由」のなかに、農業の技術発展による穀物価格の低下=実質
所得の上昇、という理由も入りうる、ということはできます(逆に
これくらいの弱い説明しか出来ません)。他方で、219で書いた、18
19世紀の特許数との相関は、他の理由による人口増加が、食糧需要
を高めたことの結果と思われます。というわけで、細かく年代を区切
って、地域も区切って、ってやっていけば、ある程度因果関係を浮き
彫りに出来るかもしれませんが、一般的には「インタラクティブだ」
と言うしかないのではないかと思ってます(苦しい・・・)。
227 :
H:2000/12/22(金) 06:26
(続き)
技術革新については、人口(需要)の従属変数だと思います。
言い切っちゃうのはまずいかもしれませんが、例えば、米と
比べると小麦の人口扶養力は格段に低いので、増産に対する
インセンティブは常に働いていたと思いますし、一部の農業
技術で労働節約的なものは、発明自体は以前になされていた
にも関わらず、賃金が高騰して、労働節約のインセンティブ
が働くまで、普及しなかったものもあります。また、ケイの
飛び梭に始まる繊維業の技術革新も、飛び梭での織布→糸不
足→紡績技術の革新(ジェニー等)→糸余り→織布技術の革
新(力織機等)という連関がありますし。
うーん、なかなかうまく説明できてないですな。もうちょっと
考えてからまた書き込みますね。
アメリカ建国の父、ワシントンは庭の木を自分が切ったと正直にいった。
建国の母、フランクリンは「時は金なり」といった。
正直、勤倹が何物にも優先しないと、目的合理的な協働は成立しないし、決済に
金がおりてくるという信用がないと資本主義は出てこない。
資本主義国の支配者がその言葉の裏でいろいろ汚いことをやったのも事実だが、
同時に他の世界、他の時代の支配者が、ワシントンのような己の物象化、己自身
の支配に取り組まなかったことも事実。
帝政期ローマの貴族、ユスティノスが、コロシアムで剣闘士の戦いを観戦していた。
そのとき一緒に一団の罪人の公開処刑も行われた。
この野蛮な場において、罪人達の見せた静かな勇気は彼を驚倒させた。とりわけ、
この人々が「キリスト教」と呼ばれるよくわからない迷信を信じてるのに、プラト
ンやゼノンのレベルの哲学者の最高の境地を示して死を受け入れたことに混乱した。
後にこの集団の老人とあう機会を持ったユスティノスは、当時のプラトンの知に
よって神秘を観照するイデア哲学の知識をかざして論争した。しかし、老人はい
った、哲学によって啓明を得ることはできない。
「おまえさんの言うとおりなら、わしらの精神の中にはそんなにも強い力がある
ことになる。しかし、人間の精神には自力で神を見ることができるほどの力があ
るのか」
ユスティノスはキリスト教徒になった。
キリスト教の教理上、直接、人の内面に働きかけ、それまでの伝統的慣習的な人間
関係を切断して主体化して支配するテクノロジーが埋めこまれていて、資本主義に
も貢献している。
だから、近代化に宗教は一時的影響与えただけという、わんわんさんの見解には、
もっと深い内面的支配のテクノロジーまで問題を掘り下げないといけないと思う
ので同意しかねる。
と同時に、キリスト教の直接的影響なしに近代化も可能。
戦国武士の命を賭けた内的面支配の物象化の歴史遺産としての武士道。
それの世俗化として山本七平さんのいう、鈴木正三石田梅岩の勤労の哲学。
その素地の元にアメリカの教科書をそのまま翻訳して、アメリカンイデオロギー
=資本主義の精神で社会化し、近代化することでで黒船追っ払って再び鎖国しよ
うとした明治以降の日本の国民に対する教育支配。(日本人がワシントンの桜の
話を誰もが知ってるのはそのため。教育は実はアメリカ式だった。そこまでやる
国他にない。)
これらは直接的にはキリスト教のテクノロジーとは関連を持たない。
で、経済学者のクルーグマンも指摘するように、西洋と日本と他のアジア諸国の
近代化、資本主義化は違う。
それは違う基礎を持っていることだと思われる。
それと資本主義の精神だけで資本主義が生まれるわけではなく、他の諸条件と関連
してはじめて意味を持つ。
Hさんの言うイギリスの農業革命から、アジア諸国の近代化まで。
各国の時代、技術、慣習、社会集団、政治による違い等、近代化の諸条件は掘り下
げられたらと思いますので、カキコお願いしたいのでまたageます。
232 :
世界@名無史さん:2001/01/03(水) 19:11
age
233 :
考える名無しさん:2001/01/04(木) 21:48
イタリアとかに近代会計制度ができたと思うけど、それとイギリスの関係は?
農業革命や囲い込みといっても、労働力とか広範囲なものの商品化がなされて
ないと意味が薄いと思うので。
ギルドの親方が独占して、参政権まで制限されたところから、産業革命までの
流れが良くわからない。
ルネッサンスって上流はともかく下層民の移動はどうだったんだ?
234 :
世界@名無史さん:2001/01/06(土) 07:53
イングランド(イギリスじゃなく)は中央集権が進んだから、都市国家のイタリア
とかより労働力の商品化とか、先に進んだの?
後、江戸時代の株仲間って、カルテル、談合体質の業界団体みたいなもの?
235 :
考える名無しさん:2001/01/06(土) 10:40
余談だけど、stock と「株」が、
〈樹木の根本〉と〈企業の分割所有権〉という両方の意味で一致するのは、
「株」が訳語だということなのか、偶然の一致でそうなったのか、
以前から気になってるんだけど、誰か事情を知らない?
236 :
世界@名無史さん:2001/01/06(土) 11:28
訳語は考えて選んだんだろうと思うだけで知らない。
経営学とかで出てきそうだが。
237 :
H:2001/01/07(日) 06:00
>233
因果関係が逆のような気が。囲い込みも含んだ農業革命自体が、労働力の商品化
を促進したんだと思います。特に、囲い込み。以下、かなり単純化してますが。
中世においては、土地に対する権利は所有権と保有権にわけられます。前者は、
自由裁量権を伴います。つまり、他人に売るのも貸し出すのも自由です。後者は
土地を耕作する権利はありますが、売ったり貸したりは原則的にはできません。
また、所有者(=地主・領主)にいきなり出てけといわれる場合もあります。
が、出て行かなくてもいい場合もありました。その「出てかなくても良いかも
しれない」度は保有の形態によって決まってました。5エーカー(140m四方程度)
くらいあれば、一世帯が食べていけたと言われてますが、囲い込みってのは、
そうした土地保有権を否定する過程です。で、自分の土地が無いから食料生産が
出来ない→食えない→賃金を稼いでその金で食物を買う→商品化された労働者、
となっていきます。
ギルドによる営業独占は基本的には自治都市内のみで、都市の支配が及ばない農
村部での工業活動が、産業革命以前の製造業では重要です。実際、マンチェスター
やバーミンガムなど、産業革命期に重要な生産拠点となる都市は、自治権を持つ
中世都市ではなかったですし、当然ギルドなどは存在せず、存在していてもその
統制(営業時間・価格・品質等)は緩やかなものだったと思います。そういうと
ころでうまく蓄財してた人達が、貴族を操って国政に口出ししていく、で、18〜
19世紀に自由貿易を勝ち取っていくってのが大まかな流れだと思います。
単純化してますんで、補足お願い。イタリアの複式簿記との関係は良く知りません。
この辺もどなたかお願い。
238 :
世界@名無史さん:2001/01/07(日) 08:06
>237
囲い込みの説明ありがとうございます。
やっぱ、よくわからない権利追い出して、一物一価になる過程が
あったんですね?
後、ギルドのない農村部の新興工業地域から産業革命の種がでて
きた訳ですね。
イメージしていたものに近くて勉強になります。
239 :
世界@名無史さん:2001/01/07(日) 08:29
>231
確かに、飛ぶ鳥落とすクルーグマンも人的資本を集約しただけの
アジアのNIES諸国の成長は日本や西洋と別のパターンだとい
ってるな。
240 :
世界@名無史さん:2001/01/08(月) 21:35
>239
あのクルーグマンの説は、ソローの残差の解釈を間違っていると思う。
だってシンガポールなんかは残差がマイナスだけど、そうするとあの国は技術退歩しているのかと言うことになる。
ソローの残差で技術進歩を計ることは出来ないし、誤差も大きすぎる。
241 :
小スキピオ:2001/01/08(月) 21:42
>235
日本語の「株」ってのは、江戸時代の
「株仲間」とかいう組合みたいなもんの組合員?が持ってた
「株」に端を発してるんじゃない?
今も相撲協会では「年寄株」ってやつがあるよね。
確かあれもそうだと思う。
242 :
世界@名無史さん:2001/01/08(月) 23:13
株式の他に、市場・取引・相場・手形・切手・寄り付き・大引も在来語です。
これをもって、維新前の日本は西欧型資本主義経済に即応できる実態を整えていたと
網野善彦は言っています。
243 :
わんわん:2001/01/09(火) 03:28
>233
複式簿記がイタリアでつくられたことは、非常に興味深いと思います。イギリスとの関係は良く分かりませんが。
複式簿記は、中世都市の遠隔地商業と結びついている言えます。コンメンダ、ソキエタスなどの一時的な「組合」、その後の合名・合資・株式会社組織の商社は、利益の分配等を行う必要があった。当然、資本は合理的な運用がなされる必要があり、複式簿記が誕生したのでしょう。
「近代資本主義」の特徴である、合理的な資本計算に基づいて市場機会を指向する営利は、イタリアにもあったと言えるのではないでしょうか。しかし、Hさんが237の後半に書いているとおり、封建制が典型的には発展しなかったイギリスの農村から初期資本主義が出てくるとされています。
複式簿記はイタリアで作られたけど、原価会計(工業簿記)はもっとずっと後にドイツで発達する。なんでだろう?
244 :
H:2001/01/09(火) 03:30
>242
その話は、僕も聞いた(読んだ)ことがあります。
で、思うんですが、こうした金融の技術っていうのは、西欧を除いて日本が唯一
整えていたものなのか、それとも、他にもそういう技術を持っていた地域は存在
していて、自前で近代化する前に植民地化されちゃったということなのか、どう
なんでしょう。
また、少し話がそれますが、中国との対比で、ある国制史の方が、
江戸期以前から冊封体制から抜け出ようとしていた
日本は、江戸期に入って経済的には将軍家も含めて
各藩が「対等に」競争をしていたという状況に至り、
主権国家が対等な土俵で競争しあうという近代的な
国際経済システムに親和性があった。
ということを主張していたのを思い出します。言うまでも無く、冊封体制は都鄙
という縦の関係が前提としてありますので、中国にとっては、そうした対等な国
家間関係っていうのは、心理的に抵抗感があったのではないでしょうか。
245 :
わんわん:2001/01/09(火) 03:55
>ウェーバー派さんへ
私の文章力のなさが誤解を与えてしまっている箇所もあるようです。資本主義(化)、近代資本主義、近代化、工業化、経済成長など、それぞれの概念は、オーバーラップしつつも意味するところは違いますね。前のカキコにもあったけど、お互いの概念が違うと微妙なニュアンスが伝わりにくいです。ウェーバー派さんの意見はしっかりと読ませてもらいました。私の言いたいことは前に書いたので特に反論しません。でも場違いのクルーグマンまでもちだしてせっかくのウェーバー派さんの意見を混乱させないで下さい。
246 :
H:2001/01/09(火) 06:06
うへ、「都鄙」じゃないです。「華夷」ですわ・・・恥ずかしい。
247 :
ウェーバー派:2001/01/21(日) 09:49
イタリアとかの近代会計制度にしろ、中世に発生していた。しかしそこからは
労働力の商品化とかの本格的な近代は生じなかった。
近代は過去にあるものを利用しながらも、むしろ中世に反抗する勢力として、
誕生していった。
イギリスではマンチェスターとかの中世には都市でなかった農村部が近代産業
を育んでいる。
といった風にきれいにまとめられているけどそこらへんどうですか。
(岩波現代文庫・大塚久雄・欧州経済史)
労働自体の自己目的化、天職という概念が発生し、全階級に共有化され正当化
されない限り、伝統の中の階級維持に利用されて本格的な資本主義とはなりえ
ない。西欧にはキリスト教からそれが派生し、日本ではそれに対応するものが
あった。
技術や物資が蓄積しても、自己自体を含む明瞭な主体化、支配技術の無い国では
いつまでも近代と伝統の中間形態でしかあり得ないのが、今日の南北問題の主因
なのは事実でしょう。
ブローデルとかの説明する交換の働きの蓄積からではそれは生じない。ただ近代
がそれを利用したのは事実。イタリアの会計制度のように。ただそこらへんのか
らみは複雑で大塚久雄のように綺麗にはまとめられないと思うので、意見聞かせ
てください。
ただ、Mさんのように絶対王制とか階級利害で説明する方向は、それは近代資本
主義の結果であって原因ではない。単なる原因と結果の取り違えだと思います(w
248 :
世界@名無史さん:2001/01/21(日) 14:46
西洋は他の文明と違い、中世の段階で水車を積極的に取り入れていた。
水車(mill)は転じて工場(mill)の意味を持ったように、工場制度には必須の技術だった。
このことこそが中世から、商業資本主義、産業資本主義の段階へスムーズに進ませることが出来た最大の原因である。
中国は、他の技術では宋の頃まで西洋に勝っていたけれども、水車使用に関してはヨーロッパとはとうてい
比べられない。
非西洋社会は、工芸などでどれほど優れた技能を発揮していても、社会全体が本質的に人力、畜力の段階にとどまっていた。
だからこそ到底資本主義が芽生えることは無かったのである。
249 :
世界@名無史さん:2001/01/21(日) 15:49
ドイツで原価計算が発達した理由は知らないのですが、日本で
原価計算が発達した理由は、天皇制に関係あります。
と言うのも、軍隊に兵器等を納入するとき、原価に一定の利益率を
掛けて卸します。
したがって、正確な原価を計算しないと、天皇の財産を盗むことになり
不敬にあたるそうです。だから正確な原価計算制度が発達したとか。
250 :
世界@名無史さん:2001/01/21(日) 17:38
ふーん、いいねぇ、それぞれ事情があって。
近代的な複式簿記はルネサンス期のイタリアのルカ=パチョーリが
祖とされていますが、シュメールの粘土板にも複式簿記の概念が
読みとれるそうです。
252 :
わんわん:2001/01/22(月) 06:09
>ウェーバー派さん
大塚久雄の議論はよく知っているつもりです。大学のときに主要著作を読みました。それから数年間勉強してだんだんと大塚の業績が「時代の産物」であると思うようになってきました。私の態度を表明すると、ウェーバーの大塚流の解釈には間違いがある、というものです。ウェーバー派さんの意見は良く分かりますが、現在の学会状況から見て大塚史学が実証面でかなり厳しい立場に追い込まれているのは否定すべくもありません。実証面での弱さに加えて、それが批判される大きな理由は、丸山、大塚らに貼られた「近代主義者」というレッテルと関連しているように思われます。私は、そういう批判には組しませんが、大塚史学には決定的な問題点があると考えています。
私はウェーバーの「プロテスタンティズム倫理と資本主義の精神」や『宗教社会学論集』、『経済と社会』を、「近代化」のための「指針」とは読みません。つまり、「呪術からの解放」が近代資本主義および民主主義に不可欠であるとして、社会の合理化を目指した半世紀前の大塚とは問題意識が違うのです。神と直接に向き合い、自己を律する禁欲的プロテスタンティズムは、「普遍的に妥当する意味」において日常生活における自己規律を意味し、「主観的に思念された意味」において資本蓄積を指向する経済行為と読み変えられます。このような行為が社会の合理化、「近代資本主義」を生み出したことは明白です。こうして自己支配をする手立てを手に入れるわけですが、それは宗教の領域から経済をはじめ各領域の自律化ももたらします。
こうして生み出された「近代」がどういう帰結をもたらしたのか。20世紀の歴史はその清算につかわれたと言ってもよいでしょう。約1世紀前、ウェーバーが神経疾患を患うほど苦しみながら向き合ったのは、ほかならぬ近代ヨーロッパ、合理化の行き着く先です。かれにとっての実践的課題は、いかに合理化をはかるかではなく、合理化の徹底した近代にどう向き合うのか、であったと思います。
253 :
世界@名無史さん:2001/01/22(月) 10:52
ウェーバーが『プロ倫』執筆に際して、史料操作を
行っていたと主張する羽入氏の論文があるのですが、これは
どう評価されているのでしょうか。以下のように、ウェーバー研究
者にも痛烈な批判が加えられていますが、これは真実ですか?
・ヴェーバーは『倫理』論文において、彼が『職業としての学問』
において我々に求めたほどには知的に誠実ではなかった
・各専門領域の第一級の専門家の目から見るならば、
ヴェーバーというのは一人の怪しげなディレッタントにしか過ぎない
・ヴェーバー研究は、とりわけ社会学領域におけるヴェーバー研究は、
ヴェーバーを絶えず弁護し崇拝してきた。ヴェーバー研究は、
他の専門領域からの批判に対してヴェーバーを守るために常に
勇敢に闘ってきた。社会学にとってはヴェーバーに対する批判は全て
、己の「生みの父親」に対する凌辱を意味した。まるで自分の理想化
した親に向けられた冒涜に対して応ずるかの如く。ヴェーバー研究は
己の敵に向かって激しく襲いかかった。そうした批判は全て、
不慣れな領域の問題に不思慮にも手を染めてしまった専門外の素人
達の単なる誤解から生じたものに過ぎぬとでも言わんばかりの高飛車な態度で
(羽入辰郎
「マックス・ヴェーバーの『魔術』からの解放─『倫理』論文における"Beruf"-概念をめぐる資料操作について」
『思想』 1998年 885号)
254 :
世界@名無史さん:2001/01/22(月) 10:53
↑改行が変でスマソ。
255 :
1:2001/01/22(月) 11:33
久しぶりに来てみてびっくり。レベルが高すぎてついていけません。
256 :
世界@名無史さん:2001/01/22(月) 15:34
age
257 :
ゲキガンガ−:2001/01/22(月) 17:56
はじめて投稿します。
僕は大学で歴史を学び、多少この辺の知識はあるほうなんですが、
ここに書かれてることはハッキリ言ってわかりません。
もっとわかりやすく書いて下さい。先端物理学の話ならともかく
100年前の議論ですよね?
もっと大衆にプロパガンダできるようなってるはずです。
とにかく、資本主義ってなんですか?
むずかしい言葉使わずに教えて下さい。
ウェーバーは資本主義の精神といっていますが、それは資本主義とイコ
ールではありません。
エチオピアもキリスト教国ですが、そこからは資本主義は生まれてきま
せん。水車の話が出てきましたが、資本主義が起こるには少なくとも2
つの前提条件が社会化されていないといけません。
一つは分業による対象労働への支配の技術が価値あるものとみなされる
こと。
もう一つは貨幣が一般化され、資本がそれ自体として過去と現在におい
て2重化されて意識されていること。シュメールの話がでましたが、複
式簿記で整備されうるように、人間の社会行動の中に貨幣を軸とした物
象化され労働を始めとして対象化されていること。
当然ですがそれらは「精神」とは別個に準備されているものです。とい
うかそれらがないと、「精神」は意味を成しません。
しかし、同時に「近代」以前においては、資本や分業があってそれを集
積する階級があってもそれは社会の互酬や再分配機能と、その中での身
分秩序の維持の脈絡の中にあり、それ以上の物象化した社会関係を作り
ませんでした。
しかし、近代資本主義において、中世以前の社会支配体制に接木される
形で労働自体の自己目的化による資本の再生産体制が社会を覆うという
事態が生じました。
中世型の物象化から近世型の物象化への転換が生じたわけです。
そこにおいては、中世的、身分秩序の固定化とは別な明らかに内面的な
自己目的化が生じています。それが「精神」です。
ウェーバ−のいってることはこういったことです。
そして、フーコー等ともつながりながら人間行動の物象化と権力の問題
に直結するもので、ウェーバー批判する社会学者はその点が甘いと思い
ます。(253さんすいません)
また、貨幣の一物一価の機能してない社会へのODAの問題とか契約の
守られない中国への投資の問題とか全面的に貨幣には還元されえない様
々な社会学上の問題とアクチュアルにつながっています。
中世的な物象化と近代の物象化の考え方のたたき台として、大塚久雄
をわざと挑発的にだしてみたのですが、(彼自体が近代万歳主義者で
あることはわんわんさんの御指摘のとおり。)つっこんでもらって、
そこで中世と近代の接木の現場について考察したいと思った以外に他
意はありません。
ちょっと誰にもついてける話じゃなくなって、257さんすいません。
>合理化の徹底した近代にどう向き合うのか、
で、わんわんさんと私の問題意識が同じなことは上の文章でわかって
もらえると思いますが、それと同時に合理化の不徹底な社会の問題も
あわせて考察する必要がある。どちらも密接につながっている。
労働の自己目的化「精神」と、「分業」「貨幣」「物象化」等の問題
の基礎を考察していく必要があると思うので、こうしてウェーバーを
参考に論じているわけです。
>合理化の徹底した近代にどう向き合うのか、
で、わんわんさんと私の問題意識が同じなことは上の文章でわかって
もらえると思いますが、それと同時に合理化の不徹底な社会の問題も
あわせて考察する必要がある。どちらも密接につながっている。
労働の自己目的化「精神」と、「分業」「貨幣」「物象化」等の問題
の基礎を考察していく必要があると思うので、こうしてウェーバーを
参考に論じているわけです。
そして分業や貨幣は中世以前の商業等と連続していますが、精神にお
ける主体の支配の問題については明らかに別な起源を持つのは事実だ
と思います。
2重カキコすいません。
263 :
ゲキガンガー:2001/01/23(火) 11:43
>ウエーバー派さん
なんとなく分かったような分からないような。
「労働自体の自己目的化」って何ですか?「金稼いで裕福になってやる!」
ってことですかね?そういうことが出来るようになった社会が資本主義という
ことですか?僕が思うに資本主義を定義付ける根本は「社会体制の構成員各個人の
私有財産が認められている」というのが資本主義の全てだと思うのですが、間違ってますか?
あと、「物象化」って何ですか?「資本論」をちゃんと読めば分かるんですかねえ。
あれ長いからあんまり読む気しないんですけど。
264 :
わんわん:2001/01/24(水) 01:07
手元にあんまり参考になるものがないので、間違いがあったら正してください。
1860年代から1910年頃、ドイツで「貸借対照表論争」がおきたそうです。これによって、貸借対照表の資産評価が、それまでフランスの影響を受けていた売却価額主義から、取得原価主義に移行していったそうです。売却価額主義とは会社がその時点(決算時)で解散したときにおける資産の価格を評価する。取得原価主義は会社は継続していくと考え、経営者の経営能力の評価のため損益計算を重要視し、貸借対照表も損益を計算することを目的とする。
ドイツでこの取得原価主義という考えが生まれた。資産の価値を考えるとき、原価を重要視するのは、商業ではなく製造業に関連していたと考えられる。どっかから買ってそのまま売るならそれを手に入れるまでにかかった価格が原価になるけれど、製造業の場合、単純な計算はできない。労働者を雇い、資本を用い、多種の原材料を購入して、生産過程を経て別の商品に作り上げる。そんなことで原価計算の必要が生じたのかもしれません。
イタリアでの複式簿記の誕生が「一時的な」「会社」と結びついていたのに対し、ドイツでの原価計算は、going concern、「経営(Betrieb)」と結びついていた。しかし、ドイツで原価計算が発展した理由はあんまり説得的ではない。
265 :
鎖国が無ければ…:2001/01/24(水) 11:36
緻密な議論が進んでいるところに大雑把な話を持ち込みます。
梅棹忠夫という人の「文明の生態史観」(中公文庫)に興味深い
説があります。既出、あるいは当然の前提、というものだったら
無礼のほどご容赦下さい。
で、要約すると、「東洋という概念は、『西洋ではない部分』という
意味しかない。従って、東洋という言葉自体に厳密な意義付けは
できない」ということを前提に、日本と西欧の歴史の過程が並行進化の
形態であったことを指摘する、という内容です。
で、「日本が鎖国してなかったら、日本も植民地帝国になっていて、
17世紀にインド洋でイギリスと矛を交えていたかもしれない」なんていう
空想を巡らせるのに持ってこいな内容なんです。
以下「文明の〜」の荒っぽい概説。
266 :
鎖国が無ければ…:2001/01/24(水) 11:36
ユーラシア大陸の歴史を見ると、ユーラシア大陸をななめに走る乾燥
地帯を中心に、東西に対照的な歴史進行が現れる。
模式図↓(●は乾燥地帯を表す)
西欧 東欧 ロシア ●
イスラム ● 中国 朝鮮 日本
● インド 東南アジア
1…乾燥地帯とその辺縁に現れる遊牧民族は、騎乗の習慣を利用して
強大な軍事力を持つ。
2…この軍事力は、数世紀ごとに猛烈に荒れ狂い、周囲にある、中国、
インド、ロシア、イスラムの各世界を食い荒らす。
267 :
鎖国が無ければ…:2001/01/24(水) 11:37
3…その結果、4地域には、遊牧民に対抗するため、強大な中央集権
政権が登場する。
4地域に共通するもの…壮大な宮廷、典型的官僚主義、複雑な民
族構成、植民地のかわりに衛星国を持つ、農民の無知と貧乏、巨大
な地主 などなど。
5…こうした強大な政権に、東欧、朝鮮、東南アジアは軍事的・政治
的に圧倒され、しばしば干渉を受け、自律的な歴史を築くことができ
ない。
6…これに対して、西欧と日本は、東欧、朝鮮、東南アジアが緩衝地
帯として機能するがゆえに、中央集権的な政権の必要性がそれほど生
じない。その結果として封建制が高度に発達する。
268 :
鎖国が無ければ…:2001/01/24(水) 11:37
梅棹さんが指摘しているのは、私が読んだ範囲ではここまで。
ここから先は私の推測。
封建制のもとでは、中央政権の統制がそれほど強く及ばないため、
思想や経済活動が多種多様に試みられる。その試行錯誤の末に産業革
命に至る偶然の積み重ねが生じる。
つまり、ユーラシア大陸に比べ、相対的な平和(あくまでも相対的
なものですが…)が維持されていたため、様々な試行錯誤を繰り返す
余裕が残されていた、ということではなかろうか、ということです。
ちなみに梅棹さんのこの論文、発表されたのは、1957年12月。
その後40年の間に、どのように論理に磨きがかかったのか勉強して
いないので、ご存知の方はご教示ください。
269 :
名無しさんSS:2001/01/26(金) 22:19
面白そうなので横から失礼。
>労働の自己目的化
労働の自己目的化は要するに、労働そのものが目的ということでいいと思います。
労働するのが目的なので、財産が出来ても休もうとせず、ひたすら労働するわけです。
ここら辺、日本人がよく批判されるのと似ているのだと思います。
日本人にその倫理がないとは信じがたいのですが。
それと、「プロ倫」を読んで思ったことですが
プロテスタント(カルヴァニズム)の教義が
「直接的に」労働の自己目的に影響するものとして、
1 選ばれようが選ばれまいが、休まず裕福になっても働くことが神の栄光を示すものである。
という「単純神の栄光型」
2 来世、神の楽園に選ばれたか不安であるため、選ばれた人間は神の栄光を示す。
ならば神の栄光を示す労働にいそしむ事で神に選ばれた人間だと思いこもうとする。
「不安解消型」
それぞれ違うプロセスの精神として影響しそうなので
個別に考える必要があるなと思ったのですが。
もちろん1と2が混ざり合うこともあるでしょうし。
それと、軍事的にみてもこのような精神を持ってる奴は強いと思うのですが。
植民地を獲得するにも何か影響があったのでは?
270 :
名無しさんSS:2001/01/26(金) 22:24
1 選ばれようが選ばれまいが、休まず裕福になっても働くことが神の栄光を示すものである
という>「単純神の栄光型」
2 来世、神の楽園に選ばれたか不安であるため、選ばれた人間は神の栄光を示すはずなので、
神の栄光を示す労働にいそしむ事で神に選ばれた人間だと思いこもうとする>不安解消型」
文章が変になったので書き直します。すいません。
271 :
世界@名無史さん:2001/01/26(金) 22:27
国民経済とは何か?を問う必要があると思う
あげ
273 :
世界@名無史さん:2001/01/28(日) 11:07
>269
神という絶対的カリスマの元での労働の自己目的化と、封建制、国民軍
という軍人の人格を捨象した目的行動への対象化は相互に影響しあって
ますとね。日本は天皇だけど。
>268
だから封建制は労働の非人間化への契機としてはインパクトありました
がそれ以外では弱いのでは。分裂した封建と統一した中国との比較とい
いう最近はやりのテーマですが。でも軍人強くても、統一してたら競争
の契機失われるからやはり重要か?
>269
ウェーバーで引っかかるところですが、要は神以外は芥子屑となるキリスト教の
人間支配として繋がっていると思います。自分など芥子屑だから全て注ぎ込める。
上でローマの殉教者の例をあげましたが、文盲にさえ主体的な自己犠牲を強いる
キリスト教の支配力があって始めての近代。
自分を神の兵隊と思った、クロムウェルの鉄騎兵とか、そういう風な軍事面とも
つながっている。資本主義、キリスト教の再支配、軍隊の強さは人間の対象的な
支配技術としてつながっていると思います。
相互に他方の進展があって始めてのその他の分野も発展する傾向が強い。
>271
大塚久雄が国民経済をとなえて、それが批判されたことを踏まえて出されている
のに肝心の私がそれ知らないでかぶる用語使ったから論争が混乱しているんです
ね。
で、私は実体的な国民の事考えているわけではなく、ある程度の階層で人間への
支配技術が行き届いてないと、資本主義はうまく機能しないという事でいってる
だけですね。
その点は、WASPと大航海時代に先行したラテン諸国との差とかの問題考えて
も証明されてると思います。禁欲が強調される程、資本主義は発達したイギリス
やアメリカの例みても、要は支配技術の強化が資本主義と結びついている。
で、イギリスの囲い込みによる所有の一意化や地代金納とかの物象化と、
人間の全経済活動の借方、貸方への書かれた物象化としての近代会計制度の
つながりわかる人いますかね。
教科書等だと、オランダの東インド会社が株式会社の始まりということぐらい
しかわからないのですが。
農業革命から株式会社の勃興期ぐらいの間が支配技術の変遷考える上で肝だと
思うんですが?
275 :
ウェーバー派:2001/01/28(日) 17:01
ゲキガンガーさんへ遅レスですが、
例えば金儲けようと思っても、自分だけでは作れるものもたかがしれています。
で、ある程度他者を物象化して利用する技術が進化していないと、そもそも金
儲けも成立しません。ここらへんのことは人類学の本が参考になります。
所有の明確化とかを長い間人類は避けていて、その上で互酬や再分配が軸でした。
更に他者の対象化した利用技術を社会に共有させる上で、労働自体の自己目的化
が生じる契機として、資本主義の精神があった。
こうして資本主義が近代化され確立されたというのはウェーバーの「プロテスタ
ントと資本主義の精神」という本が岩波文庫で出ています。
あぼーん
推測するに、ウェーバー派さんはプロテスタントの信者さんですか?
>275
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」ですね。修正。
>277
いや私は普通の日本人で神仏習合です。
279 :
わんわん:2001/01/30(火) 02:26
>ウェーバー派さん
株式会社は慎重に考える必要があると思います。イギリスでは株式会社が典型的には発達しなかったからです。確か1662年の法律で厳密な意味での株式会社がはじめて登場する。18世紀初頭には株式会社設立ブームが起こり、有名な南海会社事件が起こる。その結果、泡沫会社禁止法(Bubble Act)が制定され、株式会社設立の道が閉ざされる。例外は、公益事業など公共性の強いもので、勅許状もしくは特許状を得て設立するものとされた。したがってイギリスではパートナーシップという経営形態が主流であった。これが変化するのは、1844年からの法律改正のためである。
株式会社が発展するのは後発のアメリカやドイツです。ドイツはよく知らないのですが、建国以来アメリカでは銀行が株式会社の主たるものであった。んで、南北戦争後に、事業会社も株式会社形態をとることが多くなる。
それから前のカキコ(252)に関してですが、極端に言えば、私は近代を相対化する上でウェーバーを読んでいます。伝わったと思いますが念のため。
>鎖国が無ければ…さん
梅棹氏のその後の理論展開は知りませんが、最近では川勝平太氏がその観点を引き継いでいます。棉花、棉工業に関する実証がありますが、さほど精緻な議論が進んでいるとは思えません。
280 :
世界@名無史さん:2001/02/24(土) 03:41
age
281 :
世界@名無史さん:2001/02/24(土) 03:50
起きなかったんですか?
282 :
世界@名無史さん:2001/02/27(火) 11:16
梅棹の生態史観は村上泰亮らの多系的発展論などに影響をあたえている。また新京都学派方面には生態史観の影響の見られる人がけっこういる。日欧歴史発展のの平行現象自体は梅棹の発案ではなく以前から言われていたこと。梅棹のユニークなのは、それをユーラシアの地勢・自然と結び付け、中央アジアの遊牧民の活動を動力とした文明論、文明圏の区分を提案したこと。ウエーバーのいうプロテスタンティズムの役割を梅棹は真宗に見ている。西欧が外へ膨張したとき日本はエネルギーを内へ向けたためIndustrial Revolution ならぬIndustrious Revolution が起こったというのが速見融あたりだったかな?
283 :
世界@名無史さん:
西欧ではなくて
金朝支配下の河北でおこったとか16世紀インドネシアで発生したとか
いろいろ異説はあるんじゃないの。
まあ何をもって資本主義の起源とするかという前提によるが…