1 :
世界@名無史さん:
3 :
世界@名無史さん:2013/11/25(月) 10:06:07.24 0
4 :
世界@名無史さん:2013/11/25(月) 17:37:13.82 0
前スレの終わりのほうで話題になっていたカペー家(とその「分家」)による王朝。
始祖のユーグ=カペーの名はその後の王は誰も名乗っていない。
“宮家”のカペー系ブルゴーニュ家にはユーグ1世〜5世がいたり、同じく“宮家”のヴェルマンドワ家の
初代もユーグ1世だったりするけど、フランス王やその他の国で王になった者も誰も名乗っていない。
ジョン王みたいに忌避されるわけもないと思うので「恐れ多い」とでも思われてたのか?
>>4 アンリ1世の兄がユーグを名乗っているね。
父ローベル2世に先立って早世、子供もいなかったから
アンリ1世が継承したけれど。
西フランク王ルイ5世の死去、ロベール家のユーグ・カペーの即位で
フランス王国が始まったという見方は後世の歴史家による後付けじゃないか。
ロベール家からはユーグ・カペーの祖父ロベール1世やその兄ウードが
西フランク王になっているから、西フランク王でも矛盾しない。
カペー朝の王で初めてルイを名乗ったのもルイ6世であってルイ1世とは名乗っていない。
6 :
世界@名無史さん:2013/11/25(月) 19:04:28.47 0
王制末期かつ唯一の複合名のフランス王のルイ=フィリップは別にして
ユーグの名を名乗る王が1人だけというのはなんか意味深い気はするな。
アンリ1世の兄も実際に即位したらユーグの王名を名乗ったのかどうか。
名乗ったとしたら後世の王も普通に名乗って「ユーグ16世」とかいたのかもしれんが。
ナポレオンですら「3世」までいるのにな。
8 :
世界@名無史さん:2013/11/25(月) 19:34:23.82 0
アンリ1世の兄ユーグは父のロベール2世と共同統治王として即位していて
「ユーグ2世」だったんじゃないのか?
まぁ普通に見られる系図には記されてないけど。
カペー朝初期には父子で共同統治王として2人の王が並んでいることが多かったような。
ルイ=フィリップ2世が即位する前に王制は廃止されてしまった
だから他の王とは異なりルイ=フィリップ王はルイ=フィリップのまま
歴史的にもルイ=フィリップと呼ぶのが正しいわけだ
>>9 ルイ・フィリップ1世って呼ぶこともあると思うけど。
正統王朝派から見たら
「ブオナパルテよりはましだが、やはり簒奪者」の
ルイ・フィリップ王。
ルイ・フィリップもアンリ5世の摂政で満足してれば良かったんだよ。
フランスは正統王朝が続き、オルレアン家も面目を保てた。
>>10 あるかもしれないけど、それは慣例的なもんでしょ
彼の正式な王名はルイ=フィリップ
彼は大抵の場合、ルイ=フィリップと呼ばれているし
Wikipediaでも彼の記事名はちゃんと「ルイ・フィリップ (フランス王)」になっているよ
>>13 wikiにそう書いてあるからそうだってのも疑問だが、
そのwikiですら『・・・フランス語: Louis-Philippe I・・・』と
『T』と記されているではないか。
あだ名は洋梨 ルイ・フィリップ
>>14 ホントだ
フランス人もおっちょこちょいだな
自分の国の王の名前を間違えるなんて
17 :
世界@名無史さん:2013/11/25(月) 20:38:44.20 0
シャンボール伯は七月革命のとき、パリ伯は二月革命のとき、
それぞれの祖父から譲位されてるはずだが、ほんの一瞬の王位とはいえ、
なんで正式にカウントされないのだろうか?
シャンボール伯は七月革命当時、ボルドー公を名乗っていたのに、
なんで侯爵より下の伯爵をその後ずっと名乗るようになったんだろう?
あと、シャンボール伯はアンリ・ダルトワと呼ばれることもあるが、
ブルボン姓ではなくアルトワ姓に改めたのか?
>>14 たぶん彼の孫のパリ伯フィリップがルイ・フィリップ2世と呼ばれることがあるから、
ルイ・フィリップ1世とも呼ばれるのでは。
パリ伯フィリップはフィリップ7世とも呼ばれている。
ちょっとした名前の違いだけで延々と議論するおまえらすごすぎ。
21 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 00:18:22.12 0
>>13 > Wikipediaでも彼の記事名はちゃんと「ルイ・フィリップ (フランス王)」になっているよ
>>16 > フランス人もおっちょこちょいだな
> 自分の国の王の名前を間違えるなんて
これを本気で言ってるとしたら失笑を禁じ得ない
たぶん
>>20も同一人物だろうな
23 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 00:35:47.78 0
アルトワ(ダルトワ)は祖父シャルル10世がアルトワ伯だったから
オルレアン家のフランス人の王は、ルイ・フィリップ1世で問題ない
当時の貨幣にも『ルイ・フィリップ』銘のものと『ルイ・フィリップ1世』銘のものが出されている
24 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 06:18:07.58 0
始皇帝の宗家の当主って今なにやってるの?
>>17 フランス王族の名乗りは王の息子がド・フランス、次男以下はその称号が子孫の名乗りに
なるから、アルトワ伯の孫として出生時からダルトワ。ボルドー公を避けたのは、亡命中
祖父(ポンテュー伯)も伯父(マルヌ伯)も伯位を使っていたからだと思う。
26 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 07:20:44.31 0
ところで、話題のきっかけになったユーグ=カペーは「1世」無しでいいのか?
治世中は名乗っていなかったとしても
>>8が書いているようにロベール2世の長子が
正式に「ユーグ2世」として即位しているなら後付けでも「ユーグ1世」と称されると思うのだけど。
それともユーグ2世は即位していない?
27 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 08:50:16.31 0
ピピン(Pippin)てどういう意味なの?
かなーりけったいな名前のような気がするんだが
28 :
20:2013/11/26(火) 08:59:25.06 0
>>26 歴代にユーグ2世を数えるならつけるべきだし、数えないならいらない。後者が普通かな。
この頃の共同統治は在世中に継承者を確定させる手段みたいなもので、実質は立太子的な
感じだしね。院政期の天皇っぽいところもちょっとある。
君主以外で女性や子供が就ける役職なり身分ってある?
地方領主なら女性や子供も就ける場合もあると思うが、長官とか将軍といった役職は無理だよね
東アジアではその両方とも天皇や皇族を除いて女性や子供は就けないはず
>>30 ヨーロッパなら総督に王族女性を任命することはあった
前スレで出ていたイタリアの旧王家の確執について。
本家のピエモンテ=ヴェネツィア公エマヌエーレ・フィリベルトが
分家のサヴォイア=アオスタ家に対し「ディ・サヴォイア」姓を名乗るのを
禁止する訴訟を起こして、2010年に訴えが認められたらしい。
姓の名乗りを禁止するって人権上問題があるんじゃないか。
日本で言えば徳川宗家が徳川一族に対して
「宗家と三家三卿以外は徳川を名乗るな。松平を名乗れ。」
と訴訟を起こすようなもの。
33 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 18:08:34.37 0
ユーグ・カペーってよく考えたら異質な名乗りだな。
家名というか姓まで含めて名乗るのは、シャルル・ドゴールとか名乗るようなもので、
君主の名乗りとしては特異なケースだと思う。
新田氏の子孫に徳川(得川)を名乗るなって訴訟起こされたり
源氏の子孫に源氏を称するなと訴訟起こされるようなもんか。
>>33 グスタフ・ヴァーサやミハイル・ロマノフのような例もある。
前者はグスタフ1世とも呼ばれるが。
36 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 19:04:21.05 0
そういやミハイル=ロマノフも同じ名乗りの君主がいないか。
ユーグ=カペーと同じく始祖の名を名乗るのは“恐れ多い”のか。
どっちも“恐れ多い”って感じではなく凡庸なイメージが。
どっちの親父も強烈な個性のある人物だったにしても。
38 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 19:20:40.41 0
なんつーかね。
ユーグ=カペーの時代のフランス王というか西フランク王というかのは
今でいう町内会長のようなもんで、役得も特に無いのに押し付けられて就く「役職」で。
ユーグの父のユーグ大公は諸侯としては大諸侯で居心地がよく、
自分の親父(ロベール1世)や伯父(ウード)が王として苦労していたのを知っていて
自分は王になろうとせず「大諸侯」として居心地のよい地位に安住していたわけで。
ユーグ=カペーは王の地位を押し付けられて祖父や大伯父同様の苦労はしたが、
役目を投げ出したりせず、子孫にも引き継いでいった結果が遠い子孫の大繁栄につながったと。
39 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 20:03:12.15 0
カペー朝の“西フランク王”がザクセン朝やその後の“東フランク王”に
そう劣っていたわけでもないのに皇帝位を“東フランク王”に独占され続ける
(フランソワ1世が挑戦したことはあるけど)のはなんで?“イタリア遠征”するのに
地理的に近いから?
“選帝侯”なんてのもドイツ諸侯ばっかりで、つまりは“選帝”といっても
選べるのは東フランク王=ドイツ王であって、皇帝冠を与えるのは教皇だよな。
教皇が皇帝冠を与えるってのもなんか不可思議だが。イタリア遠征されて脅迫を受けての授与か。
>>37 カペーはあだ名だっけ。
それが後に家名になった。
ユーグ=カペーの即位後はランカスター家やボナパルト家を除いて、
ユーグの男系子孫が王位を世襲していたんだから、
ルイ=フィリップまでカペー朝あるいはロベール朝という扱いでもいいような気もする。
ナポレオンは皇帝になってもナポレオン・ボナパルト?
43 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 22:51:22.54 0
44 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 23:08:42.20 0
もし、リベラル派の平成天皇が秘密保護法の署名を拒否した場合、どうなるの?
摂政がたつ
>>44 その時は代役が立てられて代わりに署名するまで
まあ拒否はしないだろうけど
今上はどんな法案でも立憲君主の立場を貫いて粛々と署名をこなしてきたから
内心はともかく、今回の秘密保護法みたいな治安維持法じみたクソ法でも
署名なさるだろうよ
47 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 23:23:05.22 0
>>46 それじゃ、開戦のときの昭和天皇の過ちを繰り返すことになるなあ。
ときには立憲君主の道を踏み外してでも、国民を守るのも君主たる者の務めだろうに。
ナポレオンも母が貴種であるナポレオン2世もド・ボナパルトとならないのはなぜだろう
同じくベルナドット王朝の王族もフォンが名乗りに使われてない
>>44 平成天皇ではなく今上天皇ね。
国会で可決した法律の公布を拒否することは憲法上できないんだが、
もし拒否した場合には皇族を摂政か国事行為臨時代行にして
法律を成立させるんだろう。
皇族が全員拒否した場合にはどうにもならない。
法案への署名拒否と聞くと、ベルギーで議会が可決した妊娠中絶法案への
署名を国王ボードゥアン1世が拒否したことを思い出す。
立憲君主制を揺るがしかねない大事ではあったが、
内閣が代理で署名して成立させた。
>>30 ヘンリー2世はまだ10代の頃にスティーブンを攻撃するためイングランド上陸軍の将として任じられたことがある
51 :
世界@名無史さん:2013/11/26(火) 23:38:47.45 0
立憲君主といえども、今回のような国民の自由や権利が脅かされるような事態には、
国民を守るために、自己の良心と信念に従って、悪法への署名は敢然と拒否してほしい。
あえて大時代的な時代錯誤な言い方をすれば、ウヨこそ「大御心」を尊重し、
陛下の「忠良なる臣民」や「赤子」を悪法から守って欲しいと思うはずだろうに、
所詮は右派政治屋どもは、単なるファシストなんだな。
52 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 00:14:24.20 O
>>49 その点を法学部の教員に訊いたことがある。
天皇による拒否は勿論違憲だが、違憲だから無視して良いのかといえば違うらしい。
法律は天皇の署名無しでも成立するが、内閣総理大臣や最高裁長官の任命を拒否されると任官不可能だそうだ。
因みに「摂政を立てて」というのも難しいとか。天皇の心身に故障があれば別だが、正気の天皇が国事行為を拒否した場合(イメージとしては後醍醐天皇の「主上御謀反」やルイ=ナポレオンのクーデタに近い)、摂政は立てられない。
正気かつ健康で執務可能な天皇が居る以上、摂政を立てる根拠が無いから。
「違憲上等」みたいな天皇が即位すると、実はとんでもないことが出来てしまうのが日本国憲法。
国事行為臨時代行は天皇の承諾が無いと置けないだろうから署名拒否する天皇の下では無理。
摂政は皇室典範に書いてある規定を満たさないと置けないから天皇の心身に異常が無ければ無理。
強制して署名させることは不可能。強制したとしてもそんなものは明らかに無効。
署名しない天皇を退位させる方法も無ければ、署名しないことに対する罰則も存在しない。
署名無し=公布無しで法律を成立させられるか否かが最大の問題だろう。
54 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 02:21:43.92 0
『ボナパルト』ではなく『ナポレオン』を王朝の名称としてもちいたから
ナポレオン1世の兄でスペイン王ホセ1世以下兄弟たちも
妹婿でナポリ王となった・ジョアヒム・ミュラもフランス帝国の皇族として『ナポレオン』を公的な名称として用いている
べルナドット(ベルナドッテ)はスウェーデン王になったのだからドイツの『フォン』をそもそも使用するわけない
摂政や臨時代行の要件には、心身の問題と並んで「(重大な)事故」があるときという包括
的な要件があるので、国事行為を拒否する天皇はそちらに該当するものとして、摂政を立
てることになるだろう。
皇族がみんな拒否すれば、しょうがないから国事行為なしですますことになる。形式的に
は内閣による「助言と承認」があればよしということにして、以後天皇は無視。いずれ裁
判なり選挙なりで決着をつけることになるけど、まあ裁判なら国事行為の拒否は無意味と
いう結論になるだろう。
つーか、憲法には国事行為に内閣の助言承認が必要なことと、
政治的権能が無いことは書かれていても、
天皇による国事行為の拒否が不可能であるなんてどこにも書かれていない。
>>50>>31 しかし2人とも王族だよね
やはり臣下で幼少や女性ってのは無理か
>>57 書かれていないのは想定されていないだけなので、書かれている国政に関する権能を持た
ないという規定と整合するように、拒否はできないし拒否しても法的な意味はないとする
のが法解釈というもの。書かれていないからどうにもなりません、なら裁判官いらない。
60 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 08:59:49.22 0
勿論拒否が可能であるとも書かれていない
>>55 wikipediaによると、
> 衆議院内閣委員会 昭和54年4月11日で「重大な事故」の例として宮内庁次長は「失踪」「生死不明」「戦時中の捕虜」などをあげている。
らしいから国事行為の拒否は重大な事故には明らかに該当しない。
なので摂政や臨時代行を立てることは不可能。
>>56 内閣の「助言と承認」と天皇の行動が矛盾するときにどちらが優先されるかは規定が存在しない。
「助言」はあくまでも助言であって命令ではないので強制力が無い、とも取れる。
「承認」は「国事行為をすること」への承認であって「国事行為をしないこと」への承認とは解釈できないのではないか。
そもそも助言と承認=命令だったとしても、国家機構の内部で命令に従わない機関が存在する場合に
執行を担保する手段は基本的には罷免ではないのかな?死ぬまで罷免できない天皇の場合はどうなるんだろうか。
あともう一つの問題として、保守系の内閣と天皇の合意の下で
法律は公布しない、選挙は行わない、不信任が決議されても新首相の任命もしない、となった場合もどうなるのだろうか。
天皇が日本国憲法は無効だと宣言したらどうなるんだろう?
>>59 書かれていないから違う、というのは元首論における憲法学者とやらの常套手段である
元首が誰かなんてどうでもいいと思うんだけど、
天皇=元首
天皇≠元首
それぞれ必死に書いているのがこのスレにときどき現れるのはなんで?
一般社会でも、企業のオーナーが代表取締役になっていないとか
宗教界でも例えば東西本願寺とも大谷家当主は代表役員になっていないとか
普通にあるけど誰も問題にしていないし、彼らが軽く見られているわけでもない。
誰が法人(国家も含んで)を代表しているかなんて別に重要ではないと思うが。
まぁ、たしかにこのスレは「『1世』をつけるのかつけないのか」、「複合名を省略するのは可か不可か」など
どうでもいいこと・重要でないことを延々と議論するスレだ、とも思えんではないが。
>>32 結局今のサヴォイア本流は女子しかいないから
今後はアオスタに請求権が回るから関係ないだろうに
王家を巡る裁判といえばレジティミストの“ルイ20世”が
オルレアニストの“アンリ6世”に対して
・フランス王家の長は自分である
・フランス王家の長及びそれに付随する称号を名乗るな
・フランス王家の紋章を使用するな
とかいう訴訟を起こしたけど、
「当法廷は共和国の法廷であり、共和国の法廷としてはそのようなことに関知しない」
と訴えそのものの審議を拒否されたことがあったな。
68 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 13:17:53.71 O
>>64 天皇が元首と書かれていないのは確かだが、他の誰とも書いてないんだよね。
ついでに言うと、アメリカ憲法にも元首の規定は無いと思ったな。
つまり解釈で導き出す話。
69 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 14:19:23.32 0
70 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 16:39:50.67 0
>>67 称号や紋章を商標登録化して民事で争うことなら、可能なのだろうか?
72 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 16:57:29.80 0
ベルギーのボードワン1世の事例と絡めて、立憲君主一般の話として話すのなら、
スレちがいというわけでもない。
ベルギーだけでなく、ルクセンブルクでも似たような事例があったはず。
73 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 17:07:20.92 0
ルクセンブルクでのケースは、以下のような感じ。
安楽死法案が議会を通過しても自分の良心にもとるので署名はしない、
法として成立させないとアンリ大公が言いだした。
そこで、大公の権限を制約するよう憲法を改正すると首相が応じた。
この結果、大公が持っていた立法にかかわる権限を制約する憲法改正が
2009年3月に実現した。
そして総選挙を受けて発足した内閣は、大公に配慮する必要がなくなった。
数少ない実権のある君主国が、また減ったわけだ。
>>71 「『1世』をつけるのかつけないのか」、「複合名を省略するのは可か不可か」など
の議論をするのはこのスレだろ
75 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 17:33:40.57 0
>>73 少し違うけど罪刑法定主義みたいなものか
自らの信条に従い名目上の権利を手放す
どうせ行使できないならいっそって考えなのかも
76 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 18:18:06.85 0
ベルギーやルクセンブルクのように、結局、政府の意志どおりになったとしても、
君主が自分の良心や信念に従って、意地を通すことに意義があると思う。
天下の悪法、治安維持法の再来、秘密保護法への署名をアキヒト天皇が拒否することで、
国民へのアピールは大きいと思う。
>>67 ルイ20世がじゃなくてアンリ6世が訴えたんだろ?
当時、ルイ20世はまだ10代でそんな事出来る状況じゃなかったし
子供もいないし文字通りただ一人の状況だった。
78 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 20:05:33.33 0
>>77 訴えたのはアンリ7世(当時クレルモン伯)だったと思う。
79 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 20:20:22.54 O
>>76 秘密法案推してるのって
天皇崇拝者多いかな?
イギリス貴族院は有名だけどプロイセン貴族院やハンガリー貴族院みたいなマイナーな
貴族院に関する日本語文献ってないのかな
81 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 21:00:51.02 0
日本人は、なんだかんだで天皇主義者が多いし、
非インテリ層ほど、その傾向が強い。山本某の直訴も、その現れだと思う。
だから、現天皇が自分の心に正直になって、ベルギー王やルクセンブルク大公のように、
自分の良心に忠実に行動したら、面白いことになるかもしれない。
正解はアンリ7世がルイ20世に対して
>>67のような訴えを起こしたことがある、ということでいいのかな?
フランス共和国の裁判所も見識ある決定をしたような気も。
共和制下の裁判所が正統王家を判定するというのも、
共和制下の裁判所の判決を錦の御旗に正統性を主張する元王家というのも絵にならないし。
>>82 当初、訴えられていたのはルイ20世の父のアルフォンス2世じゃなかったか。
アルフォンス2世が事故で亡くなって、ルイ20世が10代で継承することになった。
現代のフランスで王制が復活することはまずないと思うが、
復活するとすればレジティミストとオルレアニストのどっちが有利だろうか。
84 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 21:41:40.72 0
フランスは、戦後、王政復古の可能性があった。
戦後、フランスが低迷していた頃、当時の首相がイギリスに英国王を元首とする同君連合か、
国家合同を申し入れたらしい。
ただし、英国側からはマトモに相手にされず、立ち消えになったが。
血統的にはレジティミストはルイ14世の子孫でオルレアニストはルイ13世の子孫なので
レジティミストの方が嫡流といえるか。
セゴビア公ハメイが病気のためスペイン王継承権を弟に譲って、
現スペイン王は弟の子のフアン=カルロスなわけだが(つまりはハメイ系はブルボン家最長系)、
後になって「ブルボン家家長の継承権まで放棄したつもりはない」と言い出したのは
フェリペ5世がフランス王位継承権を放棄したのかどうかはっきりしないのと併せて
どうなのかと。
86 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 22:00:41.61 O
>>81 面白いは面白いし支持も集まるかもしれないが、たとえば国家機密が露見したことによる不祥事が発生したら、責められるのは陛下ご自身。
親政にはそういうリスクがある。
確かにレジティミストのほうが嫡流なのだろうが、
フランス王位継承権の放棄が有効かどうかという問題に加えて、
スペイン王アルフォンソ12世がブルボン家の男系の血筋を引いているか
にも疑義がある。
系図が正しいのかどうかは確かめようがないが。
88 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 22:35:26.49 0
19世紀末には逆にセビリア公がオルレアン家の「フィリップ8世」を、紋章を使うなと訴
えてる。ずっとこんなことしてるんだね。
なんでセビリア公?と思ったら、貴賤結婚でスペイン王位継承権がない家系だから、条約
が禁じた仏&西王位ダブルゲットが生じない自分たち優位ということみたい。何でもあり。
なんでスペイン王だけ「〜世」と呼ぶのが定着してんの?
セビリア公もセゴビア公もアンジュー公も皆「〜世」って呼べばいいじゃん
91 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 22:56:01.24 0
こんなにグチャグチャでなんでもありなら、かつての英仏合併案じゃないけど、
もう、英国王に仏王位請求者を兼ねてもらった方がいいな。
英国王も、かつてフランス王位を主張してたんだし。
フランスでも貴賎結婚したら王位継承権を剥奪されるんじゃないかと思ったが、
実際に剥奪されたという話はあまり聞かない。
アンリ6世の子のエヴリュー伯ミシェルとラ=マルシュ伯ティボーくらいで、
しかも両者とも後に継承権が回復している。
93 :
世界@名無史さん:2013/11/27(水) 23:37:38.18 O
>>92 アンリ2世も4世もメディチ家から妃を迎えてるよね。
フィレンツェ公の家なのは確かだけど、形式的には神聖ローマ皇帝がイタリア王を兼任してたはず。
それでも君主の家というなら、領封貴族の家も君主扱い?
>>87 アルフォンソ12世って父親疑惑の人か。「うちの先祖が彼の父親」って主張する貴族もいるからな。
フランスのアンリ四世のミイラ&ルイ16世の血染めのハンカチとオルレアン家のDNAはY染色体が違うらしいよ。やっぱりオルレアン家は・・・と思ったら、ミイラやハンカチの方の出所が疑われてる。
本当にアンリのミイラか絶対の確証はないらしいし、ハンカチに至っては・・・というわけで。
ミイラとハンカチのY染色体が一致してるなら気になるけどね、確か珍しめのYだから。
ヨーロッパで存続している王家はここ数年の法改正で
ほとんどが第一子優先継承になった。
スペインは男子優先だけれど第一子優先に変える話がでたこともある。
フランスで万一王政復古できる状況になったとしても、
男系男子継承に手を付けない訳にはいかないと思う。
>>93 メディチ家は君主と言えば言えなくもない。
当時、貴賎結婚になるか問題にならなかったのか。
貴賤結婚はドイツだからね。もともとフランスにはない。アンリ6世が結婚のごたごたで
息子たちの継承権剥奪とか言い出したときも、フランスの法ではそんなことできないよと
言われてたんじゃなかったっけ。王でも継承ルールを変えられない的な感じで。
97 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 01:40:38.45 0
>>49 ベルギーやルクセンブルクでは、
リベラルな政府の法案に、
保守的な君主がさからったんだな。
愛子ではなく悠仁さまが皇位継承したらまた欧米諸国と日本国内のリベラル派が
日本はいまだに男尊女卑が続く遅れた国だとかケチつけてくるんだろうな。
99 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 02:05:58.53 O
>>98 天皇は共和制下のフランスの王室みたいな私的な存在でなく、
国事行為を行う、公的な存在だからね。
そういう批判も仕方ない。
男女差別をなくすために男女関係なく第一子が王位継承ってことが多くなってきたけど
生まれるのが早い遅いで差別するのはよくないってことにはならんのだろうか?
っていうか王制そのものがそもそも差別制度なわけだけど。
101 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 03:52:53.70 O
>>100 自分も前からそれ思ってた。
君主制というのはそもそもが「王族という特権階級の成員しか王になれない」という不平等に立脚してるのに、その不平等を温存して何が男女平等かと。
102 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 04:52:44.40 0
カトリーヌはウルビーノ公の、マリーはトスカーナ大公の娘で、形式上は君主の娘か。ど
ちらも起源は神聖ローマ帝国の伯領だっけ?領邦君主並みと言えないこともないのかな。
103 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 09:08:34.84 0
17〜18世紀頃のパルマだのサヴォイだのトスーカーナだののイタリア諸侯は帝国諸侯?
サヴォイア家は18世紀になっても選帝侯の地位を望んでいたとも言われるが。
>>93 ドイツの領邦諸侯は君主扱いで貴賤結婚に抵触しない。
ドイツがそうなっているのだから恐らくイタリアも同様。
フランスの諸侯も他国の王族と婚姻関係を結ぶ例が多く、
フランス諸侯の家系が他国の国王になることもあった(イングランドやイベリア諸国)ので
彼らも貴賤結婚に抵触しないのではないかと思う。
>>103 だいたいヴェストファーレン条約以降の地図だと神聖ローマ帝国の範囲からイタリアが外されている。
ただ、条約ではスイス・オランダ及びフランスの獲得したアルザス・三司教領が帝国から離脱したのは確かだが
イタリアを離脱させる内容の規定があるのかどうかは分からない。
あとサヴィイアはもともとブルグント王国内なのでイタリアが外れても帝国に残留した可能性はある。
ハプスブルク家から愛子に婿を迎えて天皇にするってのはどうかな?
愛新覚羅家から貰う方がまだ現実味がありまっせ。
いっそ李氏でも。
尚侯爵家から未来の皇后を迎えて欲しい
>>107 そういや李王家の中核構成員は旧皇族つーか旧準皇族つーか。
>>100 そうだね。
第一子優先にしたって、生まれる順番による差別じゃないかと。
そうするくらいなら、くじ引きや王族の合議で継承者を決めたっていいと思う。
それを言い出したら、選挙王制にしてもいいくらいで、
現代のドイツのような象徴大統領制と大して変わらなくなる。
そこで太子密建ですよ
112 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 20:03:29.58 0
天皇が任意に好きなやつに譲位できるようにするのが一番いい。
それなら、廃太子しようが孫に直に譲位しようが、文句はない。
じゃあ俺に譲位してくれないかな。
いいよ
ポーランドは国王を貴族の選挙で選んでいたこともあったんだから、
元首のポストは大統領ではなく国王にしてもいいんじゃないか。
ドイツを再び領邦君主制に戻して皇帝位は五年毎に国王同士の選挙で選ぶようにしてもいいだろう
118 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 23:00:20.92 0
ドイツの旧王侯には、ナチスに加担した罪があるから無理。
119 :
世界@名無史さん:2013/11/28(木) 23:48:34.68 O
なんで王侯貴族が成り上がりもののヒトラーなんかに加担したんだ?
共産主義に脅威を感じていたからじゃないの。ロマノフ一家がああなった直後だし。
ドイツ第三帝国(ナチスドイツ)の元首は皇帝ではなく総統なのに、帝国を自称する僭越ぶり
123 :
世界@名無史さん:2013/11/29(金) 07:34:08.56 0
>>119 バイエルン王家みたいに当主以外は全員、収容所送りになった例もあるが、
ザクセン・コーブルク・ゴータ公みたいに親衛隊か何かの名誉幹部になった例もある。
親衛隊の名誉幹部は旧王侯や貴族が多い。
124 :
世界@名無史さん:2013/11/29(金) 07:35:57.59 0
>>122 ライヒは「国(くに)」って意味で、帝国にも共和国に使われる。
ワイマール共和制の国号もライヒを使ってる。
125 :
世界@名無史さん:2013/11/29(金) 07:39:32.92 0
ザクセン・コーブルク・ゴータ公は「親衛隊」じゃなくて、「突撃隊」だった。
いずれにせよ、ナチ党に加担していたのは事実。
親衛隊の上層部にも、旧王侯が名誉幹部として多く参加している。
和風なら勲二等って感じか。Sirはつかないけど、名前の後にKBEはつく。
どこぞの大公の居城はナチス親衛隊によって虐殺された人々の
死体埋め場に使われていたらしいな。たぶんその大公も承知してただろう。
元皇帝ヴィルヘルム2世の皇子ヴィルヘルム・アウグストは
突撃隊中将。外国人記者を呼び集めて
ゲッペルスが「旧皇族としていかなる敵意も総統閣下には抱いていない」
って会見をさせてる。ウィリアム・シャイラーが取材して『ベルリン日記』に書いているが
見ているほうが情けなく思ったらしい。
会見のしめくくりは皇子の「ハイル・ヒトラー!」だったそうな。
>>118 それをいったらドイツの一般市民だって国防軍軍人や親衛隊隊員になってナチスに加担したが
130 :
世界@名無史さん:2013/11/29(金) 23:37:47.29 0
旧王侯は権威主義体制の国家で、特権階級としてのポジションにいられれば、
ナチスでもなんでもよかったんだな。
131 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 00:06:59.76 O
日本の皇族も似たようなポジションだったかもな
戦後、プロイセン王国以来のドイツ軍国主義を支えてきたドイツ東部のユンカー(地主貴族)はソ連軍によって完全解体へ
領邦君主も選挙王制で選出、ということか。
そういや皇帝がハプスブルク家世襲と定められていたというわけではなく、
代替わりには選帝侯の選挙を経ていたわけだが、
ハンガリー王位やボヘミア王位も同様に代替わりには
ハンガリー貴族、ボヘミア貴族の選挙を経て即位していたんだったか。
国王選挙を任期制、普通選挙制にしても悪くはないか。
135 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 08:06:21.71 0
もう大統領を「皇帝」や「国王」って改称すればいいだけってことになるな。
ポーランド国王選挙権者って人口の10%ほどもあって、
明治初期の日本の選挙権者よりも多いような。最初期は1%くらいだったか。
もちろんポーランド選挙王制の有権者は世襲制で日本の制限選挙の有権者は納税額で変動するもので、
高位華族の家族でも選挙権が無い者も多かったようだけど(華族の当主は貴族院の選挙権被選挙権はあった)。
137 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 08:40:15.80 0
>>136 華族は衆議院の選挙権も被選挙権も無いだろ
高橋是清は衆議院で立候補するために隠居して息子に爵位を譲った
皇太子、秋篠宮、悠仁さまのうち誰が次期天皇になるか選挙で選べればいいのにな。
139 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 08:52:34.50 0
>>137 2行目の記述から分かってはいると思うが、
華族の当主は衆議院関係の選挙権は無いが、
当主以外の「家族」は納税条件を満たせば(普通選挙移行後は無条件に)
衆議院の選挙権はあったよ。なので、136には「高位華族の家族・・・」と書いた。
華族の当主が70代の爺さん、跡取りが40歳前後になっても政治的な権利無し、ということも割にあったと。
140 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 10:00:25.74 0
高位華族の当主以外の男子で選挙権がないって、公侯爵クラスの次男以下ってことになるが、
大名華族や勲功華族はカネ持ってるから、摂家や清華家などの堂上華族に限られるな。
141 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 10:10:17.37 0
ん?長男でも爵位継承前は無いだろ?
衆議院で強力な政治基盤を築いていた原敬は
叙爵されてしまえば全てを失ってしまうので
叙爵から逃げまくっていたな。
>>140 公侯爵の次男以下は分家して男爵になれる場合もあったっけ
143 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 11:59:56.98 0
>>140 どうなんだろ?衆議院選挙権の当初の条件は直接国税15円以上の納税。
当時の直接国税つーと、地租か所得税。
いくらカネ持ち華族でも当主生存中に広大な土地を次男以下に譲るのかどうか疑問。
財閥出身の男爵なら当主以外でも所得税で満たせるかもしれんが。
144 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 14:35:21.85 0
>>141 でも、その後の政党内閣を見ると、是清は子爵のまま、内閣を組織している。
是清が爵位を息子に譲って総選挙に出馬したのは、そのあとの第二次護憲運動のときだが、
首相になった加藤高明自身は爵位持ちの貴族院議員。
憲政会=民政党も政友会も、爵位持ちの貴族院議員として組閣してるケースも多い。
原も、暗殺されなかったら、首相引退後、叙爵されてた可能性はあるな。
明治維新で成り上がった連中が華族ってなんか気に入らんわ。
>>135 ぶっちゃけ、殆ど肩書きの違いでしかないと思うけどな
ドイツのような象徴的な大統領は特にね
違いを挙げるとすれば任期制か終身制か、世襲制かそうでないかくらい
戴冠式(即位式)だって、大々的に行うのはいまやイギリス他、一部の国くらいだし
大抵はかなり簡素だったりオランダのように戴冠式自体行わない
国だってあるしな
147 :
世界@名無史さん:2013/11/30(土) 21:52:03.22 0
そのうち今ある王制も潤ってるミニ国家以外はどんどん縮小していくんだろうな
だったら社会的権威や財産をそれなりに維持してるドイツ諸侯の方がそれよりましかなと脇から見ると思える
148 :
世界@名無史さん:2013/12/01(日) 13:25:59.52 0
確かにドイツの諸侯とか、廃止された王家の方が王家同士や貴族とか、
身分の釣り合った相手といまでも結婚してて、格式を保ってるな。
現役の王家とか、どこも自由結婚で一般人ばかりと結婚してるから、
そのうち納戸係のオーウェン・チューダーみたいなヤツの子孫ばかりになって、
廃止された王家より血統や家計の面で見劣りしてくるのは否めない。
選挙王政にして、象徴大統領を国王と呼んだ方がマシになりつつあるw
149 :
世界@名無史さん:2013/12/01(日) 15:21:00.46 0
本物のお嬢様が王子と結婚したがらないのもそこなのかな
今更王家と結婚しなくても権威や財産はあるしパパラッチの餌になるのも嫌
結局王子と結婚するのは家柄がほしくて注目されたい女性が多くなる
お嬢様は自分の仕事持ってることが多いしそれなりに稼いでるからね
150 :
世界@名無史さん:2013/12/01(日) 15:27:13.08 0
その一方で、日本では竹田殿下がともちゃんから衆人環視の中で交際を拒絶された。
あの人は傍系の傍系だから、曾祖父だかが皇族だったとしても
とっくに臣籍降下してるくらいの血筋じゃね?
男系男子であることには変わりないから、三笠宮系の
女王殿下のいずれかとくっついてたらともかく
トモさんとこの娘さんはどっちもしっかりしてそうだからな
>>150 小室の使い捨てのあんなメンヘラ馬鹿女のどこがいいんだろうねえ
竹田は好きじゃないが、竹田ならもっとマシな女といくらでも付き合えるだろうに
本人が気にいってるんなら誰でもいいだろ。
いくら傍系の傍系といっても男系男子を残すのが最優先で、
本人がガンガン子作りする気になれる女性が最優先だ。
まぁそれでも注文つけるとすればもうちょっと若い女性ならな、というのはあるにしても。
将来、悠仁親王が気にいった女性に周りが文句付けて
婚期が遅れるようなことはあってはならない。
旧王侯貴族だからこそ同じ旧王侯貴族の娘と結婚しなくちゃいけないんじゃないの?
王位も失った上に庶民と結婚したらそれこそ一般人とかわらなくなる。
王位を失った以上自分たちの高貴さを保っていくためには
どうしても同じ旧王侯貴族と結婚しないといけない。
>>153 んじゃ、どこの馬の骨ともわからんメンヘラ馬鹿女が相手でもいいのか?
ヨーロッパみたいにバツイチで麻薬歴がある妃でも容認できるってんなら大丈夫か
>>155 東アジア圏の伝統では問題はないかと。
1世紀前なら皇后はそれなりの人物を、
本人の気にいる女性を側室で、というのはあるんだろうけど。
157 :
世界@名無史さん:2013/12/01(日) 20:07:59.44 0
>>151 どうだろうな。
竹田くんの父親が結婚した当時には既に伏見宮・閑院宮が継嗣なく断絶の可能性が高まっていた頃だろうし、
この時点で宮家継承に関する皇族同士の養子縁組をある程度許容(ただし継承順位は変えない)していた気がする。
準則の五世代目降下規定もなし崩し的に撤廃されていそうだし。
世襲親王家の二家は、昭和天皇か三笠宮家の子孫から継嗣を出す形になりそうだが、
常陸宮はその時点で既に独立して宮家を建てているし、秋篠宮は事実上もう一つの世襲親王家である高松宮家の継嗣にされていたんじゃないか
というわけで、三笠宮の三兄弟のうち長男が継嗣、次男が伏見宮、三男が閑院宮を継ぐ算段にななっていたのではないか。
他方、明治以降新設宮家については存廃の議論も出そうだが、
梨本宮・東伏見宮については廃止止む無し、臣籍に降りた甥たちによる継承が確定しているからこれはそのまま消えるだろう。
一方で北白川宮・山階宮についてはそれぞれ竹田宮の本流・伏見宮の長男系統だし、存続を認めちゃいそうな気がする。
北白川宮には竹田くんの次伯父(伊藤忠の竹田氏の父)が継承するとして、山階宮は直系が全員臣籍降下しているだろうから、誰を養子にするだろうか。
ここで継嗣世代に次男以下がいる宮家を考えると、久邇・東久邇・竹田の三家だけ。
うちこの時点でも未婚と思われるのは竹田恒和氏だけ。東久邇家に至っては、ご当主様が臣籍降下を強要させそうな気がするし。
まあ、無茶だし可能性は低いけど、今宮家の継嗣として存在する可能性が無かったわけでもないw
伏見宮は継がせるとしても伏見宮系の中からで、三笠宮の次男に継がせるということは無かったと思うがなあ
159 :
世界@名無史さん:2013/12/01(日) 20:56:43.09 0
伏見宮は、たぶん久邇宮家の誰かが継いだんじゃないかな。
昭和時代なら皇后の実家だし、同じ伏見宮系の中では長系になるし。
世襲親王家は明治当初でも「当主不在でも存続する宮家とする」と決めていたからな
久邇宮家には邦昭王の次男がいるにはいたが、どうしただろう
博恭王は伏見宮に「復帰」という形で華頂宮当主を次男に譲って伏見宮を継いだので
伏見宮分家の皇族は全て「復帰」という形で伏見宮を継げたのかな?
162 :
世界@名無史さん:2013/12/02(月) 12:02:01.47 0
>>161 あれは皇室典範増補前の話だからどうだろう
実の親子関係ではあったのだから、養子縁組ともまた違うだろうし・・・
163 :
世界@名無史さん:2013/12/02(月) 19:31:36.04 0
日本人がウホウホ言ってた頃、中国では王朝樹立
中国には既に国家が出来てた時代、俺たち日本人はまだ原始生活してたんだよな orz
日本人が洞穴に住み、物々交換で物を手にいれ、石槍で獲物を追い求めて野山を駆けずり回っていた頃、
中国では既に宮殿や居城が築かれ、単位を持ち、通貨によって取引が行われていた
日本人が西洋から近代文明を取り入れて人権や民主主義を確立してたころ
中国人はいまだに人権も民主主義もない前近代的な生活をしていたよ。
中国の皇帝の子孫ってあまり聞かないな。
唐は滅亡時に哀帝とその兄弟が朱全忠に殺害されたが、
歴代皇帝は皇子が多かったから、傍系まで全滅ということは
さすがにないだろう。
宋も靖康の変で靖康の変で皇族の多くが金に連行されたとはいえ、
傍系が残っていたから孝宗や理宗が即位できたのだろう。
元に滅ぼされた時に皇族が全滅したとは考えにくい。
子孫で有名なのは趙孟頫くらいしか知らないが。
上の投稿で「靖康の変で」がかぶった。
英語版ウィキペディアを調べたが、
宋(北宋・南宋)の皇帝の家系の記事名が「House of Zhao」だった。
中国の皇帝の一族はHouseよりもClanのほうが近いような気もする。
日本には秦の始皇帝や漢の霊帝の子孫がいるよ。
自称子孫が東夷の国で首相をしたと知ったとき始皇帝はどう思っただろう
中国皇帝って何かしらの宗教的地位って持ってたっけ?
欧州王家が世俗の地位を失っても没落はしなかったのはそれによるのも大きい気がする
中国歴代王朝では王朝が変わっても、新しい王朝は終わった王朝の後裔に爵位を与えて
終わった王朝の先祖を祭らせるのが慣わし
>>171 とはいっても、多くの場合は旧王朝の後裔は歴史の闇に消えていく。
例外的に、殷の後裔は周王朝に宋の土地に封じられたあと発展し、
春秋期には覇者に数えられることもあるような大きな存在に。
他にこんな例はあるのかな?
173 :
世界@名無史さん:2013/12/03(火) 08:57:13.37 0
>>172 劉備や劉裕の系譜を信じるなら漢の劉氏は?
174 :
世界@名無史さん:2013/12/03(火) 09:12:22.54 0
>>173 劉備や劉裕の例は知っているが、
宋の場合みたいに紂王の兄という嫡流ともいえる家系が
代々爵位を継承していたような例というかなんというか。
175 :
世界@名無史さん:2013/12/03(火) 09:42:01.77 0
漢献帝の子孫の山陽公は5代ほど、後周恭帝の子孫の鄭王は10代ほどと
わりに長く爵位を継承したけど歴史の表舞台に出てくることは無かったか。
最後の山陽公が家族もろとも五胡十六国の前趙の手で皆殺しにされているという形で
歴史にでてはくるが。
イギリスって王位継承順位が何百何千番目とかまで決まってるけど
旦那が浮気してできた子供や奥さんが不倫してできた子供や養子はどうなるの?
中国安徽省の西逓村には唐の昭宗の皇子が隠れ住んだという伝承があるね。
李姓から胡姓に変えて続いたらしい。
あと、福建省の趙家堡にいる趙姓の人達は宋の皇族の子孫とのこと。
西逓村にせよ趙家堡にせよ、ヨーロッパの王族の子孫みたいに
代々君主の位を主張していた訳でもないみたい。
まあ、あからさまに皇位を主張したりしたら迫害される可能性もあるし
仕方ないだろう。
平家の落人伝説あたりに近いか。
『紫禁城の黄昏』に明の皇帝の子孫が出てくる。
朱鎔基元首相も子孫らしい。
>>176 まず非嫡出子には継承権がない。
妻が浮気してできた子供については、夫と子供の間に親子関係がないことが
証明されればさすがに継承権は剥奪せざるをえないだろうが、
証明されなければそのままなんじゃないか。
養子については、イギリスに限ったことではないが、
ヨーロッパでは家の相続のための養子という考え方を基本的にしない。
王位継承順位は実親子の血統によって定められる。
>>176 旦那が浮気してできた子供→庶子にはなし
嫁が不倫してできた子供→表向きは旦那の子なら嫡子だからあり
養子→あくまで血縁で判別
あと宗教宗派によっては弾かれる、本人がプロテスタントじゃないといけないはず。
180 :
世界@名無史さん:2013/12/03(火) 19:53:32.23 0
>>176 英国の王位継承法はPrincess Sophiaとthe heirs of her bodyを継承者に指定している。
heirs of his/her bodyはコモンローの用語で、嫡出(両親が婚姻)&直系というのが確立
した解釈だから、婚外子やその子孫には資格なし。養子も対象外。
ザクセン・コーブルク・ゴータ公カール・エドゥアルトなんて
第1次大戦と第2次大戦のいずれもイギリスに敵対する立場にあったのに、
イギリスの王位継承権は剥奪されていないんだな。
さすがにイギリス王族としての身分は剥奪されたが。
182 :
世界@名無史さん:2013/12/03(火) 20:13:09.34 0
>>181 >第1次大戦と第2次大戦のいずれもイギリスに敵対する立場
ザクセン・コーブルク・ゴータ家って、いわばウィンザー家の本家筋の当主なのにね。
183 :
世界@名無史さん:2013/12/03(火) 22:29:57.73 O
>>179 日本には養子で家を継ぐ伝統が確かにあるけど、天皇家や徳川家になるとさすがに男系男子でない人を後継者にはしなかったよね(分家があるのに他家から何度も養子を取った喜連川家には驚きを禁じ得ない)。
また、養父に娘が居る場合にはただの養子でなく婿養子にする。
ヨーロッパの場合、それがさらに強いと考えれば良いのかな。
因みに年配の歴史好きはフランツ・シュテファンのことを「ハプスブルク家の婿養子」というけど、彼は養子だったんだろうか。
妻と共同ではなく単独で皇帝になったからね。なのに妻が女帝呼ばわりで影が薄いところ
も婿養子っぽい。
>>183 フランツ・シュテファンとマリア・テレジア以降、ロートリンゲン家(=シャトノワ家、ヴォーデモン家)の家名が
ハプスブルク・ロートリンゲン家に変わったので事実上の婿養子的な意味合いはあるけど養子になったという話は聞いたことが無い。
その辺の言葉遣いに関しては、日本はマリア・テレジアのことを「女帝」と呼ぶ程度のレベルなので
正確さを期待する方が間違っていると思う。
家を継いだのはテレジア何だから養子というわけではないだろう
>>182 向こうには日本みたいな本家分家なんて概念はないんじゃないの?
同じ家門ではあるけれどザクセン・コーブルク・ゴータ、ウィンザー、ベルジック、サクスコブルゴツキは別物
それぞれが対等な君主ということだと思う
>>186 まあヴェッティン家は分割相続でぐちゃぐちゃになっちゃったからそうなっているとも言えるわけで、
カペー家は大国フランスを長系が一貫して相続し続けているせいか、
国王とそれ以外の一族の間の関係は日本みたいな本家分家的な関係に近いように見える。
女王や女性王太子の配偶者にはprinceの称号が与えられることが多いが、
これを日本語で「王子」と訳すことには違和感がある。
婿養子になったとの誤解を招きそう。
スウェーデンのヴィクトリア王太子の配偶者はダニエル王子と呼ばれることがあるが、
初めて聞いたときには国王の養子になったのかと誤解した。
>>188 その場合は「王子」よりも「公」の方が適切だろう
ヴィクトリア女王の王配アルバート公のように
190 :
世界@名無史さん:2013/12/03(火) 23:29:13.19 O
実は現代日本でも、本当の婿養子は少なくと、妻の名字を名乗ってるだけの人のほうが多い。
でも、そういう男性も「婿養子」と言われるんだよね。
女王の配偶者に限らず、本来は王子一般が公なんだろうけどね。
>>190 現代では養子にしても相続で揉める元になるだけだからしょうがないね
相続税対策なら孫を養子にした方がよっぽど有効だし
>>183 日本は天皇家は例外として、家名>血筋だから、実子がいても養子に継がせることは
珍しくないことだと思うけど。
西洋で養子に継がせることが無いとは言っても、
時代が下るにつれ多くはなっていくが、娘に単独で相続させるということは少なくて、
娘の夫と共同で相続させるという事例が多い。
フェルナンド2世死後のアラゴン王国(及びナポリ王国、シチリア王国等)の相続で
娘のフアナが息子のカルロスと共同で相続したような例もあるが、
とにかく女子に単独で相続させることはもともとはあまり多くはなかった。
娘のフアナと息子のカルロスって書くと二人が姉弟みたいだな…
"娘のフアナがその息子のカルロスと共同で相続した"に訂正で。
196 :
世界@名無史さん:2013/12/04(水) 00:05:32.00 O
>>178 フランス帝国は例外かな。
庶子にも養子にも継承権があって、実際にジョゼフィーヌの連れ子ウジェーヌはナポレオンと養子縁組して帝位継承権を持っていた。
そういえば、メキシコ皇帝マクシミリアンもイトゥルビデ家の皇子を養子にしてるけど、もしメキシコ帝国が順調に運営されてたら、次代からはイトゥルビデ家の皇帝が即位したんだろうか。
>>196 養子にはなってるし、帝室の一員ではあるけれど、帝位継承権はないよ。ウジェーヌが授
けられたのは、ナポレオンに次男が生まれなかったときのイタリア王位継承権。推定継承
者としてヴェネツィア公(Prince of Venice)の称号を帯びてる。
ナポレオンはフランス皇帝&イタリア王で、併合はせずフランス帝国を長男に、イタリア
王国を次男に継承させるつもりだったとか。継承者の称号はフランスがローマ王、イタリ
アがヴェネツィア公。本家はダメだけど分家ならって感じか。家族の手前、最大限可能な
息子扱いだったのかもね。
ナポレオンといったら彼には庶出の男子二人(うち一人は怪しいらしいが)いたけど
もしナポレオンがもっと長生きし、嫡出の二世がいなかったら
庶子でも跡継ぎ候補になれたのかな。
そういえば、ナポレオン没落後も妻の実家のバイエルン王室の末席に加えられて、たしか
バイエルン王位継承権ももらったんじゃなかったかな?男系全部絶えたらウジェーヌ子孫
がバイエルン王。養父にも岳父にも愛されてるね。
>>199 継承法は兄ジョゼフ&弟ルイとその直系男系男子に継承権を認めているから、庶子の出番
はないと思う。養子にできるのもジョゼフ&ルイの子と孫に限定されているし。
202 :
世界@名無史さん:2013/12/04(水) 07:15:47.34 0
え〜、じゃあ現在のボナパルト家当主であるジェロームの子孫は
継承法上帝位継承権は無いのか!?
>>202 第一帝政では継承権がなかったんだけど、第二帝政では継承権を認められたので、大丈夫。
1852年にナポレオン3世が、自分の直系に次ぐ継承者としてジェロームとその(ヴュルテン
ベルク王女との)子孫を指名して、1870年憲法でプリンス・ナポレオンとその子孫が正式
に継承者になってる。
204 :
世界@名無史さん:2013/12/04(水) 10:11:05.57 0
ジェロームの最初の結婚はナポレオンに認められなかったので、
その妻との子とその子孫には継承権は無いのかな?
最初の結婚で儲けた子(チャールズ・ジョゼフ・ボナパルト)は合衆国の海軍長官、司法長官を歴任したくらいなので
なかなか優秀な人物と思うのだけどな。
第二帝政の最初の継承法は、まずナポレオン3世の直系子孫、いなければナポレオン1世
の兄弟の子孫から養子が取れる(次代以降は禁止)、それもいない場合のボナパルト家内の
継承権や順位は皇帝が決めてね、だった。理論上はリュシアン子孫やジェローム初婚子孫
にも継承権を与えることはできたということか。
206 :
世界@名無史さん:2013/12/04(水) 21:56:18.63 O
>>197-205 とても勉強になった。有り難う。
一方のメキシコのほうはどうなんだろう? マクシミリアン皇帝がイトゥルビデ家の皇子を養子にしたのは、継承権込みなの?
207 :
世界@名無史さん:2013/12/04(水) 22:59:40.44 0
チャールズ=ジョセフ・ボナパルト
英語名と仏語名の複合名か。
米国人の母と仏国人の父をもっている人物らしい名かな。
208 :
世界@名無史さん:2013/12/04(水) 23:23:09.13 O
>>207 スペルは英仏とも"Charles"だから、親や本人は「シャルル=ジョゼフ」のつもりだったかもしれないよ。
209 :
世界@名無史さん:2013/12/05(木) 05:37:55.17 0
リュシアンといいチャールズ=ジョセフといい、
優秀な人物(ナポレオンの威光無しに立身を果たした人物)にかぎって
継承権から排除されていたりするな。
210 :
世界@名無史さん:2013/12/05(木) 06:13:22.85 0
英国王太子妃の例のように愛人→正妃と“昇格”する場合もあるが、
愛人時に生まれた子の扱いは庶子のままか子も嫡出子に“昇格”するのか?
(我が国の場合は民法上“昇格”する)
>>172-174で出てきた紂王と宋初代の啓は同母という話もあって、
啓の生誕時の母の身分は側室、紂王生誕時は正后に昇格していたので、
同母でも紂王が即位した、とも。(古すぎて真偽は知りようもないけど)
>>210 教会法が準正を認めているので、出生後の婚姻でも嫡出子になるのが原則。ただ、爵位等
の継承権は認めない国もある。英国でもスコットランドは継承可だけど、イングランドは
不可だし。あと、前婚継続中の出生(不貞の子)は準正不可とかあったかもしれない。
212 :
世界@名無史さん:2013/12/05(木) 11:32:10.58 0
チャールズ=ジョセフはジェロームの子ではなく孫。
ジェロームの最初の結婚で生まれたジェローム=ナポレオンの次男。
日露戦争終結の仲介をしたセオドア・ルーズベルト大統領のもとでの海軍長官。
また、司法長官時代にはFBIを創設していて、FBIの開祖として名高いそうな。
当時ナポレオン1世の時代から100年ほど、3世の時代から40年ほども経過しており、
1世や3世の直系子孫でもなし、帝位継承権が無いとか本人は別に気にしてなかったんじゃね?
政治活動には「ボナパルト」姓をおおいに利用していたとしても。
今、ボナパルト家で継承権のある人物は何人いるのだろう
>>210 ばら戦争の影の主役ボーフォート一族はもろそんな感じ
ランカスター公ジョン・オブ・ゴーントと愛人キャサリン・スィンフォードの間に生まれたから
庶子だったんだが、ジョンが2番目の妻に先立たれた後彼女と正式に結婚し、子供たちも
嫡子扱いになった。
ややこしいのは、ジョンはランカスター公の女子相続人ブランシュと結婚して
ランカスター公になった経緯があるので、ブランシュ@最初の妻の子たちはキャサリンの子たちが
ランカスターを名乗ることには絶対反対。
ボーフォートという別家名、王位継承権無しとという嫡子認定のわりに庶子みたいな扱いになった。
>>215 マクシミリアーノ殿下の着てる服は何だこれ?
217 :
世界@名無史さん:2013/12/05(木) 21:36:54.92 0
カペー家の子孫ってブルボン家しか残ってないの?
カペー家以外にロベール家の子孫っていないの?
>>217 嫡出の男系子孫はブルボン家のルイ13世の子孫しか残っていないみたい。
庶系の子孫を含めれば男系子孫はブラガンサ家やブルボン=ビュッセ家が
続いている。
女系も含めるのなら、イングランド王エドワード3世は母イザベラが
フランス王フィリップ4世の娘だから、エドワード3世の子孫はカペー家の
子孫ということになる。
219 :
世界@名無史さん:2013/12/05(木) 21:59:54.60 0
>>218 d、やっぱ嫡出男系じゃルイ13世からか
庶系でやっとポルトガル旧王室が入る程度か
現在のオランダ王ウィレム=アレクサンダーはアムスベルク家の当主でもあるが、
アムスベルク家の継承者はカタリナ=アマリア王女ではなく、
国王の弟のコンスタンティン王子になっている。
アムスベルク家はドイツ貴族の家系だからサリカ法が適用されているのかな。
フィンランド大公
非ブルボンの最後はルイ6世子孫のクルトネ家で、1733年に断絶。アンリ4世以前のブル
ボンはヴァンドーム公シャルル(アンリ4世祖父)子孫のコンデ家が最後で、1830年に断絶。
もし他にいたとしても公認されないと無意味だから、残るはルイ13世子孫のみで正しいね。
>>213 現存するボナパルト家の男系男子は、シャルル(1950〜)とジェローム(1956〜)の兄弟と、
シャルルの子ジャン・クリストフ(1986〜)の3人だけ。早く結婚しろ。ジェロームの初婚
子孫は1945年、リュシアン子孫も1927年断絶とか。あとは庶子だけかな。
224 :
世界@名無史さん:2013/12/06(金) 14:56:11.57 O
>>213 世が世なら皇太子なんだから、慎重に嫁選びしてるんだろうさ。
225 :
世界@名無史さん:2013/12/06(金) 16:09:21.05 0
>>217 ハプスブルク家がやってくる以前のオーストリアの領主、バーベンベルク家はユーグ=カペーよりも以前に
ロベール家から分岐した家系と言われるが、系譜がよく分からん。西フランク王の子孫ということにして箔でも付けようとしたか?
男系が絶えてゴチャゴチャあったのちハプスブルク家がやってくるんだが、
女系ででもバーベンベルク家の血統がハプスブルク家に入ってないか(前支配者の血統を取り込んで
正統性を得ようとしたかもと)調べたがやはりよく分からん。
正統性に関しては、ドイツ王たるルドルフ1世が、言うことを聞かない諸侯から
領地(オーストリア)を王権でもって没収した、という形なので問題はないのかな?
226 :
世界@名無史さん:2013/12/06(金) 16:51:54.33 0
ルイ13世系統しかカペー家の嫡出男系が無いとしても、
かなりの家系があるような。とくにフェリペ5世の子孫とか。
ルイ=フィリップも男子が5人もいたし、どうだろうか。
ブラジル・ブラガンサ家も女性継承者にオルレアン家から婿をとって、今やオルレアン系だし。
ブラジル・ブラガンサ家はカペー家庶系から嫡出系にロンダリングしたとも言えるかな。
ルイ13世の嫡出の男系男子子孫がどのくらいいるのかと思って、
レジティミストの王位継承者を調べたら継承順位が130位までついていた。
でも、スペイン王アルフォンソ12世とその父方の祖父カディス公フランシスコ・デ・パウラは
出生についての疑惑がある。
カディス公の男系男子子孫は1位のルイ20世から始まって21位までいる。
43位から60位までがルクセンブルク大公家。
アンリ大公の三男ルイの長男ガブリエルは継承順位がついていないのは、
でき婚による出生だったからか。
ルイの次男ノアには継承順位がついている。
パリ伯アンリ7世はレジティミストの継承順位だと80位になっている。
不謹慎だけど
空港で倒れられた三笠宮家の彬子女王殿下が
SP?にお姫様抱っこされてる後ろ姿にうっかり萌えた
妹の瑶子殿下も体調不良っていったいどういうこった
229 :
世界@名無史さん:2013/12/06(金) 19:11:08.57 0
>>226 イングランド公爵第5位、ボーフォート公サマセット家はアンジュー家(プランタジネット家)の男系子孫なわけだが、
庶系ということで公爵の身に甘んじている。
将来現れる可能性の高い英王の女性継承者の夫君に選ばれ、その男子が王位を継承してアンジュー家の男系が王位に復活すれば胸熱だな。
>>224 カール大公はあまり考えず継承権の方を変えて男爵令嬢と結婚したな…
ハプスブルク本家当主という貴種中の貴種だから、
現役王族のように一般民に準ずるクラスでも大丈夫という判断だろうか。
離婚したとはい彼の姉ガブリエラ皇女は弁護士とはいえ一般人と結婚してるしね
父が王家出身ではない娘はPrincessと呼ばれないけど彼女達と会食したデビ夫人はそう呼んでたな
オットー・ツー・ヴィンディシュ=グレーツは侯爵家の次男なのに、義父のフランツ=ヨーゼフが
一代限りの侯爵位を与えてるってのはどういうことなの?シュタンデスヘルでなく領邦君主の
身分としての侯爵のこと?
>>228 多分、同じ食事をされていてあたってしまったんだろうな。
257 名前:名無しさん@13周年[] 投稿日:2013/12/06(金) 15:03:29.43 ID:5yXHJSbQ0 [3/4]
竹田恒泰が寛仁親王家に婿入りするという噂が一時あったが、真相を週刊文春が暴いた。
その話は実際あったのだ。そしてそれが実現しなかった理由を寛仁殿下が生前言っていた。
「とにかく娘があいつを嫌っているんだよ」彬子さま、瑤子さま、ありがとう!
https://twitter.com/tokky_ura/status/400934404148563968 この話マジなのか?まあ高級車何台も持っててテレビで自慢したり
朋ちゃんに告白したりちょっと行動がおかしい人だしな。顔もキモいし。
236 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 00:38:27.86 0
>>231 男爵令嬢って身分低すぎる。フランツ・フェルディナントなんて相手ボヘミアの伯爵家なのに
貴賎結婚ていわれて子供たちへの皇位継承断念させられたのに。
でもなぜフランツ・フェルディナント自身の即位は容認されたんだろうか。
貴賎結婚を理由に継承権を没収してカール1世を皇太子にでよかったんじゃね。
237 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 00:47:10.50 0
淫奔ブス承子を皇室から追放しろ
>>236 フランツ・フェルディナント本人の継承権が剥奪されなかったのは、
彼を中継ぎ的に即位させる意図があったからじゃないかな。
フランツ・フェルディナントが結婚した1900年には、
フランツ・ヨーゼフ1世は70歳になっており、
当時の寿命からしたらいつ崩御してもおかしくはない。
フランツ・フェルディナントの弟でカール1世の父のオットー・フランツは
当時梅毒を患っており、それがもとで1906年に亡くなっている。
カール1世は1887年生まれだから即位するには若すぎると考えられたんじゃないか。
239 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 02:11:29.06 0
フランツ・フェルディナント、皇太子なのにアラフォーで結婚とか晩婚過ぎる
フランツ・ヨーゼフも一人息子のルドルフを1889年に亡くしたんだから、
フランツ・フェルディナントをすぐに結婚させればよかったのに
三女のマリー・ヴァレリーなら年齢的につりあうのに婿にしようと思わんかったのか
日本じゃ傍系から天皇になる場合、先帝近親女子を后妃にして血統強化をはかるんだが
過去の近親結婚の繰り返しに懲りたんだろうか
カール1世の皇后にツィタでなくルドルフの一人娘でもおかしくはないな、
こっちは又従兄弟だから大して危険でもないんだが
240 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 06:06:59.14 0
>>239 傍系男子と娘か姉妹を結婚させて継がせるのはフランスにも顕著に見られる例だな
継承権はあくまで男系に基づくが、正統性の補強のような意味で
241 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 06:55:38.44 0
>>236 でも帝国が存続してたら全くの庶民と結婚というほどではないにしても国民人気は上がるだろう
お高くとまるより国民に身近って印象を与えるから
今王制を維持するにはある程度の身近さは必要だけどやり過ぎると王制の意味が薄れる
象徴大統領で十分機能してる国があるからそっちでいいやんという風潮が強まる
242 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 11:11:02.25 0
ベルナドッテ家は貴賤結婚云々というより、王の許可のない結婚は継承権を剥奪されるというシステムだが、
それが理由で貴種と結婚したのに継承権を剥奪された人がいた気がするんだが、誰だろう?
243 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 12:31:00.72 0
>>233 Prinzだとただの公子だから、Fuerstの称号を授けて家長と同格に引き上げたということ
じゃないかしら。英語だとどちらもPrinceだから見た目わかりづらいけど。
ヴィンディッシュ=グレーツ家は17世紀にCountになって、帝国議会入りもしているから、
君主家の端っこにはいるのね。1804年に駆け込みでPrince、議席はないようだから、公家
の皮をかぶった伯家か。そこから陪臣化だから、皇帝家とはさすがに釣り合わないね。
245 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 14:12:01.00 0
>>242 Countessが一人いたと思うけど、身分が足りている相手はいなかったような。
246 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 14:16:36.24 0
在特会は皇室支持?不支持?
247 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 15:16:39.39 O
>>238 フランツ=フェルディナントが無事に即位してたら、それでも「次はカール」という約束は守られてただろうか?
本朝の院政期よろしく、あっさり反故にされてたような気がする。現皇帝に「ご子息は卑しい血が入ってるので」と言える奴が居るか?
昨日テレビで、サヴォイア家の末裔の人が紹介されてた。現在のイタリアでは
旧王家の人はセレブ(芸能人)扱いでちょっと人気らしい。
249 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 16:42:07.57 0
>>247 どうなんだろうね。
子への皇位継承はいったん継承権を放棄した以上は難しかったかもしれんな。
彼の子たちは高位貴族に列せられたとはいえ、ハプスブルク=ロートリンゲン家の成員とはみなされない
ほぼ庶子と同様の扱いだが、父が即位していれば、ここまでの扱いはなく、同家の成員=皇族としての扱いくらいは受けられたのではないかと。
250 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 16:53:19.59 0
>>220 一人のもとに統合された“家”を再分割することもあるのか。
たとえば場合によっては、ハプスブルク家とロートリンゲン家を再分割ということも?
私的にはロートリンゲンの代替地であるトスカーナを治めたハプスブルク=トスカーナ家が
ロートリンゲン家を称するのがもっともらしいような気が。
>>248 人気あるのに、なんで国民投票で王政廃止したんだろう
ムッソリーニも以外に評価されてるようだし
我が国でも戦後君主制廃止を問う国民投票を実施していたら
当時の情勢としてどうなっていたやら。
皇太子の廃嫡を国民投票してみたいな。
255 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 19:14:27.01 0
256 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 19:23:07.00 0
ついでにフランツ・フェルディナント大公だけど、ウィキでは
フランツ・ヨーゼフ皇帝は弟カール・ルートヴィヒの3人の息子(=甥)から後継者を選ぶことにした。
三男フェルディナント・カール大公は平民の娘との貴賤結婚のため除外され、
次男オットー大公(カール1世の父、「麗しのオットー」と呼ばれた)は漁色が過ぎて性病にかかり、1906年に没した。
よって残った長男フランツ・フェルディナントが皇位継承者として認定されるようになった。
と書いてあった。普通3人兄弟から選ぶなら長幼の序で長男になるんじゃないの。
フランツ・ヨーゼフ1世が指名して皇太子になったの?それとも皇位継承法の規定で自動的に決まったの?
オーストリアの皇位継承ってどうなってるの。
>>250 ハプスブルク=ロートリンゲン家は両家の継承法の違いが問題になるようなことは
現時点ではないから再分割ということにはならないと思う。
オランダではウィレム3世の死後、オランダ王位とルクセンブルク大公位が分かれている。
似た例としては、イギリスでウィリアム4世の死後、イギリス王位とハノーファーが分かれた。
ルクセンブルクとハノーファーはサリカ法が適用されるため女子が継承できなかったから。
ただし、ルクセンブルク大公のほうは後に継承法が改正されて女子が継承している。
257の続き
他に分離した例としては、デンマークがある。
1460年以降、デンマーク王がシュレースヴィヒ公とホルシュタイン公を兼ねていたが、
オルデンブルク家の嫡流が断絶するに前後して、王位と公位が分離している。
オルデンブルク家の有力な分家にアウグステンブルク家とグリュックスブルク家があったが、
男系では前者が、女系を考慮すると後者が本家に近かった。
グリュックスブルク家からクリスチャン9世がデンマーク王に即位することになるが、
デンマーク戦争の結果、シュレースヴィヒ公とホルシュタイン公の位を失っている。
両公位はアウグステンブルク家が継承し、アウグステンブルク家の断絶後は
グリュックスブルク家の本家が継承している。
クリスチャン9世の子孫の現在のデンマーク王家は
グリュックスブルク家の傍流にあたる。
>>257 「家督」の分割って理解しにくいなぁ。
ハプスブルク家ってロートリンゲン家だけでなく、
婚姻によって多数の「家督」が統合した結果
広大な領地を治めていたわけで、
「嫡出の長男」が継承できなかったら、各地の継承法の違いから「領地」「家督」の分割につながるのか。
ちょっと上の方で、カペー家は分家を用意して男系を繋いできたけど
ハプスブルク家は数世代前に分かれた分家が継いだら領土分割につながる、というのもそういうことかと。
カペー家は西フランク王=フランス王としての“地位”の強化に努めたわけだが、
ハプスブルク家は東フランク王=ドイツ王=皇帝としての地位は脆弱なまま推移し、
多数の私領の統合体の“領主”という立場であった。カペー家(とその分家によるフランス王家)は
フランス王の継承法のみを考慮すればよかったのに対し、ハプスブルク家は多数ある各私領それぞれ異なる
継承法を考慮し、全てを一体に継承するには“嫡出の長男”以外には難しかったと。マリア=テレジアの継承ような
イレギュラーが発生すれば大混乱が生じる。
フランスもカペー(本)家→ヴァロワ家継承時に100年に及ぶ大混乱が生じたけどね。
欧州の王室を並べて紹介した本にオーストリアは唯一強固な当主の概念があったから内紛が少ないとあった
その本その次に紹介してたのがイギリスでその変遷との対称性が強調されてた
それにしてもなぜイギリスはあれほど纏まりが無かったんだろう
263 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 21:20:51.44 0
>>260 フランスといえばナバラ王国と同君連合でカペー家が王位に就いていたけど、
ヴァロワ家になる時に女系可のナバラとサリカ法のフランスで別れたよね
その後ブルボン家が王位に就くようになってルイ13世の時フランスに併合された
その後も形式的にフランス王がナバラ王も名乗っていたそうだけど、
ナバラの王位継承法もフランスのサリカ法と同じにされた上で吸収されたってことか
もし王に王女しかいなくてイギリスとハノーファーのようにもう王女がナバラ女王になって分立せずに
弟がフランス王(兼ナバラ王)になるってことだよね
ハプスブルク家もベーメン王位やハンガリー王位を得た時に継承法をサリカ法に変えて
ベーメン王とハンガリー王をオーストリア大公位に統合できなかったのか
サリカ法に変えたらマリア・テレジアが継承できなくなるんでね?
結婚結婚で所領増やしていったからこそ直系優先だったのかなーと。なんとなく。
あと、フランスとナバラ、フランスとブルターニュ公国はフランス側が吸収した形だけど
オーストリア「大公」がベーメン・ボヘミア「王」を吸収するってのはやっぱまずかったとか?
ナバラ王位はフランス併合後にサリカ法が適用されると仮定すると、
レジティミストのフランス王位請求者ルイ20世が請求者になる。
サリカ法が適用されないと仮定すると、パルマ公女アリシアが請求者になる。
この他に、スペイン王ファン・カルロス1世もナバラ王を名乗っているからややこしい。
ルクセンブルクはオラニエ=ナッサウ家がドイツに持っていた領地を放棄した代償で、この
領地は男系男子が絶えたら他のナッサウ系に移る取り決めになってたから、オランダと別
にして継承規定も引き継いだのだそうな。
同君連合が解消されたのは、ルクセンブルクの継承規定はナッサウ=ヴァイルブルク家の
同意なしに変更できなかったから。ギヨーム4世の時は既に他のナッサウ系は全滅してて、
最後の男系男子。継承規定は長女が継承となってて、その先は何もなし。
だから「6人娘とその直系男系男子」なんて継承規定を新たに作れたということみたい。
すぐに女系可に変更するなら、なんでオランダと一緒に変更しなかったの?と思ってたけ
ど、過去のしがらみはめんどくさいもんだ。
269 :
世界@名無史さん:2013/12/07(土) 23:24:55.66 0
い
270 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 05:34:27.99 0
英国でも
>>211によれば微妙に継承権が異なる。
現王太子夫妻のように、愛人→配偶者という経緯をとる
継承者夫妻が結婚前に出産・結婚後にも出産ということにもなれば
最初の出産で生まれた者がスコットランド王に、結婚後最初に生まれた者が
イングランド王に、という事態に?
271 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 06:00:11.33 0
ルクセンブルクってオランダとの同君連合が今でも続いていたら
ルクセンブルクは国際的には独立国とみなされずオランダの飛地州っ
ていうような扱いだったような気が。
ちょっと知識ある人は「あの飛地は大幅な自治権がある」というくらいは知っていて、
「本土と飛地は同君連合関係で本質的に独立の可能性を秘めている」とまで知っているのは
このスレの住人くらいだったかも。
272 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 10:20:29.94 0
そういえば、先頃の英王位継承権改正は英連邦君主国各国ごとに承認を行ったわけだが、
どこか一つでも反対したら、その国だけ後々別の王様を戴く形になったわけだよな
仮に中米のリゾート国家だったら、その国にそこだけの国王となった王族が移住するのか、
結局総督を置く形になるのか、どうするんだろう
>>272 小なりといえども一国の君主だから、移住するのかな?
自国の王がずっと不在で総督まかせだったら、王様イラネってなるし。
ベルギーがオランダから独立したときにルクセンブルクの領域の半分以上が
ベルギーに割譲されているが、ルクセンブルクがベルギーとの同君連合という形式を
取らなかったのはナッサウ家の家領という性質があったからか。
もしイギリスで王制が廃止されて共和制になったら、
英連邦王国の王位はどうなるんだろう?
各国の王位は独立しているから、イギリスで王制が廃止されても、
英連邦王国の王制が自動的に廃止されることはないだろうが。
276 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 11:51:14.90 0
>>275 もともと共和にしたがってる豪州が一気に共和制に移行するだろうから、
そうなるとドミノ現象で大半の英連邦王国は共和になりそうだな。
一部の国が君主制を維持したら、英王室はそっちに移住するんだろうか?
>>256 1713年のPragmatic Sanctionが継承法とされてるから、いわゆるsemi-Salic。長子継承だ
から、自動的。選んだみたいな表現は、想像で書いてるんじゃないかな。
スペインはフェルナンド7世が国王の時に、
サリカ法を廃止してイサベル王女を継承者にしたという記述をよく見かけるが、
そもそもスペインはフランク王国の領域ではなかったからサリカ法が適用されないんじゃないか。
サリカ法が適用されないから、ハプスブルク家やブルボン家がスペイン王位を獲得できたのだろうし。
ブルボン家がスペイン王位についた後に継承法にサリカ法が導入されたということなのか。
サリカ法云々はもともとヴァロワ朝への継承を正当化するために持ち出されたこじつけの
根拠で、効力のある法として存在したりはしてないので、ただの継承法の類型の名として
読んだ方がいいよ。そもそもゲルマン系の原則は分割継承だしね。
ハプスブルク家はあまり男子に恵まれないのか、分割しても絶えちゃって再統合、という
パターン続き。分割禁止と男系男子の長子継承を定めたのは1621年で、フェルディナント
2世の時。1635年には将来手に入れる領土も対象に加える修正をしてる。
1703年にレオポルト1世が、男系男子が全部絶えたときは女子継承可と定めて、いわゆる
semi-Salicに。ただし、長男ヨーゼフの娘が優先。結局次男カール6世が最後の男系男子
になって、継承者は兄の娘。
それはヤダと普通のsemi-Salic(最後の当主の最近親の女子が継承)にして、自分の娘を
継承者にしたのが1713年。戦争になったけど結局これが以降の継承法、ということみたい。
>>282 カール6世は1713年に国事詔書を出して分割禁止と長子継承を定めたが、
マリア・テレジアはその時点ではまだ生まれていない。
その時点ではまだ男子誕生の可能性もあった。
1716年に誕生した男子は早世してしまって、
マリア・テレジアに相続させざるを得なくなった。
284 :
282:2013/12/08(日) 15:47:09.34 0
>>283 そうでした。訂正ありがとうございます。
1921年に、ハンガリー議会が1713年の国事詔書を無効とする議決をしている。
国事詔書が無効になったとすると、ハンガリーは選挙王制に戻ったのか。
結局、1946年の王制廃止まで国王が選出されず空位のままだったが。
286 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 16:03:08.43 0
>>285 以前このスレでハンガリー副王家のヨーゼフ=アウグストを国王に選出しようとしたけど
戦勝国にハプスブルク家の成員の即位が認められないので、とりあえず空位にしておいて
ほとぼりがさめるのを待っていた、という話があったな。
287 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 16:27:06.08 0
王なき王国の摂政って、なんかカッコエエ。
>>287 一応は独立国家のはずなのに、統治機構が全く機能してなくて
国家としての体を成していないジャップランドとどっちがかっこいい?
291 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 18:47:51.32 O
>>286 あった。
で、ホルティの治世って相当長かったんだが、結局ほとぼりは冷めなかったのかね?
292 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 19:43:26.22 0
ほとぼり冷める前に2次大戦始まるわ、共産化されるわ、
“本家”のオットーが「ヨーロッパピクニック」をやって
副王家がややかすんで王制復古派が「本家派」と「副王家派」に分かれるわと。
294 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 20:46:32.50 0
>>276 本領のアンジューないしノルマンディーから追われて植民地のイングランドに逃れた歴史のある王家だからねぇ。
今度はそのイングランドから追われてセントクリストファー・ネイビスあたりに逃れるのもアリかと。
カール1世がスケベ心出さなきゃヨーゼフ大公が穏当に継いでたっしょ
ただ不幸なのは、神聖ローマ崩壊時のようにハプスブルクが権威を保てるだけの私領が無かったこと
片田舎の島に落ち延びて傍系が国王ってんじゃ、そりゃあ嫌になる
296 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 21:25:41.67 0
>>293 天皇を元首から象徴に格下げしたのは、そのアメリカのGHQ民政局なんだが。
297 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 21:47:56.32 0
>>295 カール1世、第一次大戦中のポーランド王国建国でもやらかしたよな
当初、ハプスブルク家の皇族の1人を国王にって話だったのに
自分がポーランド国王になりたがったために承諾せず引き延ばし、
その間にオーストリアは戦況がやばくなってドイツ頼みになっちゃって
結局ドイツから国王を出すからそれでいいよなってことになった
298 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 22:02:03.87 O
299 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 22:09:21.02 O
>>297 実際にドイツ諸侯を王に迎えたフィンランドやリトアニアのその後を見ると、たとえハプスブルクの王を迎えてもあまり意味が無かったかも。
300 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 22:23:14.91 0
>>298 いや、1946年の時点では、明らかにGHQは天皇の権威の低下とか格下げを狙ってたよ。
マッカーサー本人というより、実際に草案作った民政局のスタッフ連中が。
その後、スウェーデンがわけわからんことやったから、相対的に天皇の地位が上がったけど。
301 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 22:43:47.06 0
>>299 確かに結果的には意味はないね
中央同盟国が負けちゃったんだから
カール1世は敗戦でオーストリア皇帝・ハンガリー国王の座を失い、
敗戦国の一皇族が幸運にも一国の王になるなんて我慢できんか
302 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 00:29:37.99 O
>>301 江戸時代には結構実例あるけどな。
やらかした本家が旗本に格下げ、無関係な分家は大名として存続というのが。
>>301 カール1世は自分じゃなくて息子のオットー氏を推薦していればオットー1世として
迎えられていたかもしれない
304 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 01:44:14.89 0
ヴィルヘルム2世とかどんな心境だったんだろうね
ホーエンツォレルン本家はドイツ帝位・プロイセン王位を失い亡命
分家はルーマニア国王として中立どころか連合国について戦勝国に
敵側で参戦した際には怒って一門から除名したそうだけど
自分は国を追われたのに、王冠を守るどころか領土まで拡大しやがって
と恨んでいたんだろうね
まあルーマニア程度が味方であっても敗戦は変えられなかっただろうが
305 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 01:53:12.99 O
306 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 01:57:52.86 O
>>304 それを言うならホーエンツォレルン=ジグマリンゲン家側だって言い分はあるだろうよ
せっかく分家からルーマニア王家として歩み始めたってのに本家のドイツ帝国が
勝手にオーストリア側で参戦したばっかりに面倒ごとに巻き込まれたんだから散々だったろう
同一家門で複数人が王位を持っているなら
戦争時にはあえて敵対する勢力にそれぞれ加担して
どっちが勝利しても一門の存続を図る、というのもアリかなと。
309 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 10:46:02.64 O
>>308 真田家みたいだな。
いや、真田家が実践した手法だからこそ、同じことをやる家が他にあってもおかしくないか。
保元の乱では源氏は親子でわかれて一方は残ったみたいに
平治の乱でも義平や朝長は頼朝が嫡男になったんだから反対側につけばよかったのに。
那須家なんて平氏方10人に対し源氏方は与一1人だもんな
>>301-304 やっぱりヨーロッパでも長幼の序を逆転させるというか、
本家よりも分家のほうが偉いという状態になると軋轢を生みやすいのかな。
かつてのデンマーク王家のオルデンブルク家は嫡流が断絶したけれど、
グリュックスブルク家本家の当主がオルデンブルク家の家長とシュレースヴィヒ=ホルシュタイン公を称している。
本家は法的には一般人になってしまったのに、分家のほうはデンマーク王位とノルウェー王位を保っている。
日本でも、細川忠興の長男忠隆は父に勘当されたため家を継げず、
弟の子孫が熊本藩主家となり明治維新後に侯爵になった。
忠隆の子孫は男爵になれたものの感情的なしこりはあったそうな。
現在一門で複数の複数の王位を持っているのは
英国とベルギーのヴェッティン家、スペインとルクセンブルクのカペー家、
デンマークとノルウェーのグリュックスブルク家といったところくらいか。
戦争になっても王家の意向でどこと同盟するかと決められるような時代でもないけど。
314 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 18:40:55.63 O
>>312 七月王政下での正統王朝派も、やはり悔しかったのかね。
今川氏は二代将軍足利義詮に自分たちは兄の家系だと言って顰蹙かったらしい。
>>314 それは悔しかっただろう。
しかも、ルイ・フィリップ王の父のオルレアン公は王族でありながら
ルイ16世の死刑に賛成していた。
親子二代にわたる反逆など決して許せんかっただろうね。
ザクセン=コーブルク=ゴータ家の嫡流は本領の公位を継承し続け、
次子以下が、英国王配→子孫は英王、とかベルギー王とか、上位の君主号を得られるチャンスがあれば
次子以下に譲っているな。まぁ、当の本人にとっては“英王”ではなく“王配”だったり、
いつまで続くか分からない新興国の移植君主だったりするんだけど。
>>314 ルイ・フィリップは復古王政期の叙爵を認めなかった。
正統王朝派は
「神聖な王位を裏切り者の傍系王族が簒奪した」
「我々の新しい仲間の地位を認めない」
「新興ブルジョアばかり贔屓している七月王政」
と(当然だが)怨みまくってるよ。
大貴族たちは七月王政の間、屋敷の門を閉ざして
正統王朝の喪に服していたそうな。
で、屋敷の中では亡命した正統王家の為の募金パーティとか開いてた。
319 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 20:34:46.38 0
>>304 オランダに亡命したカイザー一族にルーマニア国王から親書が届き、
このたびは遺憾なことになりましたが、同族の誼として
ルーマニアにいらっしゃるのなら王族としてお迎えいたしましょう
なんて書かれていたら発狂しただろうね
>>321 原発安全厨は脳の容量が1bitしか無いから放射する物が何もないよなww
>>321 放射能で静かに熟成された福島産の地酒は美味そうだな〜
なあ?
外国王室にテロ行為を仕掛ける中世ジャップランドww
死ねよww
>>322-323 ここは王室や旧王室について語り合うスレだ、放射脳プロパガンダ垂れ流したいなら
よそのスレいくかチラ裏にでも書いてオナッてろ
>>325 王室絡んでるだろうが
ジャップがテロ行為を仕掛けるという形でなww
>>321 俺は原発反対派で、それでなお
(どうせ平均寿命一杯でも後30年くらいしか生きられんから)
福島産のものは支援の為に食うって立場なんだが
この酒蔵に絶望的なまでに「国際感覚」が欠けているのは確かだろうよ。
もう諸外国では福島産なんて汚染品としか看做されてないよ。
中傷でもなんでもない事実。日本産品の禁輸品リストとか見たらいい。
>>325 何?おこなの?
カルト原発脳おこなの?
ベルギー王レオポルド1世も、後のジョージ4世の一人娘シャーロット王女の夫だったし、
もともとは将来の女王の夫という前提だったんだよね。ベルギー王位も婿殿への処遇的な
意味もあったのかしら。
コンゴ自由国で自由にやらかしたレオポルド2世が家庭的に薄情な人間だったって
何かで読んだ記憶があるけど、出典とかある?
レオポルド1世はベルギー王に即位する前年にギリシャ王への
即位要請を辞退している。
王位を辞退するなんてもったいないが、その後のギリシャの歴史を見ると
正解だったかもしれない。
>>330 そんな出典なんて調べなくてもコンゴ自由国なんて国を作る時点で
レオ2の人間性が知れるだろうよ
>>331 旧ビザンツ帝国の王位を蹴るとは勿体無いな
>>333 当時はもったいなかったのだろうけれど、レオポルドの辞退でギリシャ王に即位した
ヴィッテルスバッハ家のオソン1世にしても国王をやめることになっちゃったし、
その後に即位したグリュックスブルク家の国王にしてもロクな目にあっていない。
結局、共和制になってしまった。
ベルギーもナチスドイツに侵攻されたりと酷い目にもあったが、
それでも王制が続いている分マシか。
ベルギー王にはフランス王ルイ・フィリップの次男ヌムール公ルイも候補にあがっていた、
ヌムール公の子孫はブラジル皇帝のオルレアンス=ブラガンサ家として続いている。
ブレスト=リトフスク条約で北欧から東欧にかけてドイツ系王族の国々が建国予定となった時点で、ドイツは英仏と講和して休戦すべきだった
そうすれば、帝政ドイツは東方への影響力を確保した上で存続、後の悪名高いナチスの誕生もありえなかった
尤も英仏が講和に応じるかわからないが、ドイツ軍が占領していたフランス北東部とベルギーから撤収すれば、英仏もそれ以上の継戦は望まなかったのではないか
ビザンツ帝国最後の皇帝とギリシャ王国最後の王がどちらも
コンスタンティノスなのは何やら因縁めいたものを感じるな
337 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 22:45:16.95 0
>>335 1918年ではもう無理だろう
アルザス・ロレーヌを返還するからこれで手打ちって言っても
戦費かかりすぎだから賠償金無しでは引くに引けない
結局第二次は第一次の結果からみて必然だったが第一次は必然でもなかったので
第一次のほうが本当は重要なんだがなぁ
ベルギー国王選は3人が立候補?してたのね。ヌムール公(フランス王ルイ=フィリップ1
世の次男)、ロイヒテンベルク公(ナポレオンの養子ウジェーヌの長男)、テッシェン公
(オーストリア皇帝フランツ1世の弟)。
1位のヌムール公は17歳、2位のロイヒテンベルク公は21歳、3位のテッシェン公が60歳。
年齢だけで決まったわけじゃないだろうけど、議員たちには若い方が好まれたみたいだね。
ロイヒテンベルク公もポルトガル女王マリア2世の最初の夫になってるのか。
子供を作る間もなく亡くなったから、ポルトガル王になりそこなった。しかも二番目の夫
はザクセン=コーブルク=ゴータ家の公子でレオポルド1世の甥だなんて。獲得しそこね
た王位を二回ともヴェッティン家にもっていかれたのか。
ポルトガル女王の夫もイギリスのエジンバラ公みたいに
何とか公って呼ばれるのかな
>>342 マリア2世の夫になったフェルディナント公子は、ポルトガル王フェルナンド2世。女王
との間に子が生まれれば王の称号というのがポルトガルの慣習だそうな。イベリア半島は
夫が妻の称号を名乗る慣習が長く残ったということなのかな。
フェルナンド2世はマリア2世が崩御して息子が即位した後、ちょうどイサベル2世を追
い払ったスペインから、王になってくれと要請されてたんだね。ポルトガルの独立維持を
条件にしたから流れたというけど、断って正解だろうね。
地元の有力者を王に選んだセルビアやアルバニアのような例とあわせて
ベルギーや東欧諸国のように独立しても外国の君主を迎えることも多かったな。
ハンガリーのヨーゼフ=アウグストのような、3代前にやってきて以来地元に住んでいた「おらが殿様」を
王にしようとした“セルビア・アルバニア型”と“ベルギー・東欧型”の中間型はめずらしいか。
346 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 13:56:02.10 O
>>345 江戸っ子だって3代目からはOKなんだし、4代目なら「オイラたちの殿様=地元の偉い人」と思われて当然かな。
おらが殿さまを盛りたてようとみんながんがっているのに
殿さまの本家筋の公方様が都を追われてやってきて色々かき回すと。
>>343 それは女王の共同統治者としての王の称号ということ?
イギリスでもメアリ2世の王配はウイリアム3世と王の称号持ちだよね
でも同じ王配でも大文字のPrince Consortはほぼ共同統治者と同じみたいだけど
349 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 17:21:23.47 0
>>348 確かあれは王配じゃやだ、俺も王にしろってごねたんじゃなかったっけ
まぁウィリアム3世の場合はチャールズ1世の孫と高位の王位継承権はあったわけだし、
オランダ軍を派遣して名誉革命をサポートしたわけだし。
少なくともヘンリー・テューダーよりは正統だな。
352 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 18:27:56.26 0
>ヘンリー・テューダー
血統にうるさいヨーロッパの王室で、一介の納戸係=セバスチャンの息子や孫が、
よく王族扱いになって、王位継承できたと思う。
エジンバラ公フィリップは継承権500位前後と、継承権が無いわけではないという立場ですが、
共同統治王の地位を与えるのはダメですかね。
354 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 18:45:27.69 0
妻に先立たれて1694-1702はウィリアム3世の単独統治だったわけだが、
その間の英国は“オラニエ=ナッサウ朝”といわれるのか?
355 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 19:43:31.45 0
カトリック両王のフェルナンド2世が王配じゃなく共治王としてカスチリャ王になれたのは、
アラゴン王家が同じトラスタマラ家の分家だったからか
>>348 ポルトガルはKing Consortみたい。実質的には王妃のQueenの男性版。統治名はあるけど
女王が崩御したら子が即位してるし、名前だけっぽい。
>>354 呼ばなさそう。単独とはいえ、権利章典の規定からしても妻の権利による統治だし。
358 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 20:18:27.96 0
子が生まれてその子が即位して名実ともにオラニエ=ナッサウ朝が成立していたら
親父の治世に遡って1689年又は1694年がオラニエ=ナッサウ朝の成立年とされたんだろうな。
オランダのオラニエ=ナッサウ朝は女系相続しても王朝名を変更していないね。
メクレンブルク朝とかリッペ=ビーステルフェルト朝とかアムスベルク朝とか呼ばれない。
王族の姓の名乗りもファン・オラニエ=ナッサウのまま。
女系相続が予定されているデンマークやスウェーデンも王朝名を変更するという話は聞かない。
360 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 21:05:24.04 0
英国はウインザーからウインザー=マウントバッテンに変えるといっているな。
361 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 04:58:58.27 0
フランスは男系絶対、イギリスは女系容認と継承法はかなり明確だが、
オラニエ・ナッサウ家は嫡流が絶えたとき(ウィレム3世の死後)は
やや遠い男系の傍系家系に(女系では近親者がいたのに)、ここ数代は女系で継承と
なんかその場でその場でテキトーに決めている感が。
362 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 05:33:24.29 0
男系絶対の国ってフランスに限らずドイツ諸国でもそうそう男系が絶えずに続くことが多いのに、
イギリスにせよ北欧にせよ女系可の国って不思議と男系続きにくいよね
363 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 06:45:23.58 0
>>362 フランスとかバイエルンはかなり遠い傍系に継承されたことがあって、イギリス基準なら彼らは王位継承の候補にもならなかっただろう。
364 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 07:06:54.26 0
イギリスでもハノーバー家の男系は残っているし、
ウインザー家も傍系では継続するわけだし。
365 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 07:13:33.87 0
日本式やドイツ式に考えたら、ウィリアム4世のあとはヴィクトリアではなく、
カンバーランド公(エルンスト・アウグスト)が継ぐのが普通。
366 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 07:20:30.68 0
>>365 というか継承法確立前なら姪と弟がいてわざわざ姪に継がせるという選択肢はあり得ない
367 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 17:28:15.72 0
>>361 ウィレム3世を継いだヨハン・ウィレム・フリーゾは男系だけではやや遠縁だが、
女系を考慮すれば、他に相続を主張していたプロイセン王のフリードリヒ1世と
オラニエ公フレデリック・ヘンドリックの子孫という点では同じ。
ヨハン・ウィレム・フリーゾは男系という点と女系でも補強、という点では正統性が強力かな。
ただし、女系のみを考慮するならフリードリヒの母は姉で、ヨハン・ウィレム・フリーゾの祖母は妹という点で、
フリードリヒの方が“長系”ではある。
ナッサウ家もそうだけど、ゲルマン系の家はもともと領地を兄弟で分割継承してること
が多いから、断絶したら他の系統というのが自然な感じはあるかもね。
ウィレム3世とヨハン・ウィレム・フリーゾは男系だと9親等、
女系だと5親等だからそんなに遠いというほどでもないな。
オランダ王ウィレム3世からルクセンブルク大公位を継承したナッサウ公アドルフは
ウィレム3世とは男系だと37親等も離れており、女系でも8親等離れている。
オランダ王位をアドルフではなくウィレム3世王女ウィルヘルミナが継承したのは遠縁すぎるからか。
ルクセンブルクの男系で37親等離れた継承はたぶんヨーロッパの王家では最高記録じゃないか。
フランスのヴァロワ朝→ブルボン朝や、デンマークのオルデンブルク朝→グリュックスブルク朝の継承も
男系では結構遠いけれど、女系ではそんなに遠くない。
ヴァロワ朝→ブルボン朝のほうは男系のみを指標にしているが、オルデンブルク朝→グリュックスブルク朝では
女系の血筋が重視されていた。
>>369 憲法がウィレム1世の直系子孫に継承者を限定してたから、最初からアドルフに権利なし。
371 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 20:00:47.78 0
平成天皇は、ベルギー王やルクセンブルク大公にならって、
人としての良心に従って秘密保護法のサインを拒否するのだろうか?
いまとなっては、それだけが最後の希望だ。
オランダもルクセンブルクも継承法はsemi-Salicで同じだったのね。でもオランダは初代
国王の直系限定だから、男系男子は品切れでウィルヘルミナに。ルクセンブルクは交換し
たナッサウ家領と同じで13世紀の先祖の直系限定だから、在庫があってアドルフに。
ウィレム3世は最初の王妃との間には3人も男子がいたのに、
3人とも男子を儲けることなく亡くなっている。
3人の男子に先立たれた後、ウィレム3世は再婚しウィルヘルミナ王女を儲けた。
60過ぎてから再婚して子どもを儲けられたのは運が良かったと思う。
再婚した王妃は若かったし、ウィレム3世は若い頃に浮気しまくっていたから
生殖機能は問題なかったのかもしれんが。
あ、ウィレム3世が再婚した時点では長男と三男はまだ存命だった。
長男と三男が子どもを儲けないまま亡くなったからウィルヘルミナが継承者になった。
375 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 20:47:26.81 0
オランダはインドネシアを失い、ベルギーはコンゴを失った時点で、
世界的には無価値な国になった。
376 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 20:51:48.08 0
オラニエ=ナッサウ家のウィレム3世って
オラニエ公のウィレム3世とオランダ王のウィレム3世がいるので
読んでてややこしい。
男系男子が全滅してウィルヘルミナ継承が確定的になった後、1887年に継承法が男子優先
の長子継承に変えられてるみたいね。これはウィルヘルミナ以後の継承法を明確にするた
めかな。ウィルヘルミナ自身の継承権はもともとあるし(最後の男系男子の長女)。
ちょいと質問
今上天皇は125代目だけど、2番目に古い君主制国家であるデンマークはマルグレーテ2世で何代目なの?
1890年にウィレム3世が死去してウィルヘルミナが即位してから、
1909年にユリアナ王女が生まれるまで、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公の
ヴィルヘルム・エルンストがオランダ王位継承権第1位だったんだな。
仮に同君連合という事態になったら、ややこしいことになっただろう。
1922年の継承法改正で継承権はウィルヘルミナの直系子孫に限定された。
ややこしいというのはドイツ帝国の“諸侯”とオランダの“君主”が同一人物ということになって
アンジュー家がフランスの諸侯とイングランド王を兼ねていてややこしかったのと同じ意味ということかな?
皇帝を輩出し(イングランド王も)、現在でも君主位を維持しているナッサウ家ってなにげに名門家系だな。
上の方で、欧州の名門家系は?って話題があったが、1位2位はカペー、ハプスブルクの両雄としても、
現存家系ではその次位にくるか。
382 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 22:21:45.51 O
>>380 それ言ったらハノーファー選帝侯は神聖ローマ皇帝の臣下なんだが、イギリスはオーストリーと上下関係あったわけじゃない。
>>380 そうね。オランダ王がドイツ帝国の諸侯という立場だったら、
第1次大戦ではどう行動したのだろうかと思う。
史実通りなら革命が起こってドイツ帝国の諸侯は全て退位に追い込まれたから、
オランダも王制を維持できたか分からない。
ドイツ帝国に参加しなかったルクセンブルクでさえ危うく革命がおきるところだった。
同じことはデンマークにも言える。
デンマーク王がホルシュタイン公の地位を失わず、ドイツ帝国の諸侯という立場だったら、
どうなっただろうか。
なんでドイツって第一次大戦後王制全部廃止しちゃったんだろ?
385 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 22:55:23.86 O
>>384 「ウチは君主制維持するよ」なんて州があったらややこしかったろうなあ。
まあ、インドネシアのような例もあるから「絶対不可能」とは言えないにせよ。
386 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 22:57:21.73 0
もっとも保守的なはずのバイエルンで、真っ先に国王が退位したので、
ドミノ現象でその他の諸侯が次々に退位してしまった。
カイザーはさすがに、プロイセン王位だけにはしがみつこうと粘ったが、
ヒンデンブルク以下将軍たちが身の安全を保証できかねると言ったため、
結局、オランダに亡命するはめになった。
どさくさにまぎれてバイエルン王国がドイツからの独立を宣言してれば面白かった
オランダ憲法はルクセンブルク大公を例外として他国との同君連合を禁止していたから、
ユリアナ王女が生まれる以前にウィルヘルミナ女王が亡くなったりしていたら、
ヴィルヘルム・エルンストは大公位かオランダ王位かを選ばなければならなかったはず。
1922年の継承法改正で継承権者がユリアナ王女だけというという事態になったのは
まずいと思われなかったのか。
1938年にベアトリクス王女が生まれるまで危うかった。
389 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 23:09:05.05 0
バイエルンは、革命当初は極左のレーテ共和国ができたりして左傾化したが、
すぐに右翼・保守勢力が政権を奪還した。
カールの権威主義的右翼政権のときは、ベルリン政府から半独立状態になって、
バイエルン単独での王政復古の好機だったのに、その好機をうまく利用できず、
ミュンヘン一揆ですべてぶちこわしになってしまった。
何よりもヴィッテルスバッハ家が、ハプスブルクのように積極的に動かなかった。
ハプスブルクは、それが逆効果でハンガリーから追放されてしまったが。
390 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 23:12:47.26 0
ハプスブルクといえば、オーストリアで保守派のキリスト教政党が政権を掌握し、
カトリック的な権威主義的右翼独裁政権になったときもお呼びがかからなかった。
よほど過去の圧制で国民から嫌われまくっていたとみえる。
391 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 23:31:30.54 0
ヴィルヘルム2世ってドイツの他の君主からどう思われてたの
あのアホカイザーがあほな戦争始めたせいで俺たちは王侯の地位を
失ったのに自分たちだけ財産抱えてオランダに逃げやがってと
恨まれたんだろうか
392 :
世界@名無史さん:2013/12/11(水) 23:42:10.23 0
しかし、今現在のドイツの王侯貴族って何やってるんだろう
積極的にノブレスオブリージュを行ってる人は割と目立つけど
本当の意味で人脈など含めすべてを失った人っているんだろうか
393 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 01:14:20.35 O
>>389 少なくとも結果を見れば、赤貧の中で死んだカール1世より、殿様としてそこそこ敬われ続けたヴィッテルスバッハ家のほうが正解だったな。
>>391 カイザーは確かにアホだけどカイザーが戦争おっ始めたわけでもないしね
お前らよりは頭いいよ。
軍部のヒンデンブルグとルーデンドルフが暴走して、無制限潜水艦作戦をやらかした結果、アメリカが参戦したことでドイツの勝利はなくなった
カイザーよりも軍部の独走が悪いのだが、プロイセン軍国主義以来の軍部偏重が招いた結果とも言える
397 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 05:25:30.86 0
そもそもカイザーがオーストリアを見限ればよかった
わざわざ援護射撃の宣戦布告などしなきゃよかったものを
398 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 07:42:38.84 0
>>382 まぁ、カペー家は王権をガンガン強化して諸侯に対する圧力を増していって
諸侯たるアンジュー家と「藻前は臣下だ、それを態度でそれを示せや、とりあえずひれ伏せや」「んなことできるか、イングランド王という立場では対等だ」と
摩擦を増していくけど、ハプスブルク家は所領は広大でもドイツ王・皇帝としては弱体なままで
ハノーヴァー家やその他諸侯に対して「藻前らは家来だ、いうこと聞けや」なんて言えなかったんで。
ドイツ(第2)帝国の諸侯は皇帝に対して何か明確な臣従儀式ってあったのかな?
あればオランダ王の立場ではアンジュー家の場合と同じくやりにくいかな。
実際のところフランツヨーゼフ1世ってオーストリア国民からどう思われてんの?
「圧制」とか言う人がいるが、よっぽどな暴君だったわけ?
ハンガリーではハプスブルク一門の“殿さま”を担ごうという
動きがあったのに、本家本元のオーストリアでは宗主は放り出されて
今に至るまで“王制復古”を望む声も聞いたことないしな。
>>400 シュシュニックがオットー殿下を担ぎ上げようとしたよ
ナチ公共が占領したせいでおじゃんになったけど
402 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 14:40:10.50 0
>>398 神聖ローマ帝国の場合は主君とはいえ選挙で選ばれてるからでかい顔もできんだろ
第2帝政の場合は、ドイツ皇帝=プロイセン王というのが既定で形式的選帝もないので
神聖ローマ皇帝より立場は大分強いだろう
ただドイツ諸侯はカイザーは主君で自分らは家臣という主従関係じゃなくて、
いわばカイザー=織田信長、他のドイツ諸侯=徳川家康みたいに
同盟の盟主がカイザーというプロイセン中心の同盟関係って感じじゃないの
>>400 そんな漠然とした話はいい
本当にフランツヨーゼフ1世は国民からボロカスに扱われるほど嫌われてたクズなの?
ぽっと出の王家ならともかくハプスブルク家といえばそれなりに
伝統と格式がある王家なのに人気がないってのが我々日本人には理解できない。
ハプスブルク嫌いはオーストリア政府のプロパガンダ教育の賜物でしょ
その理屈だと日本人の皇室好きは皇国史観の刷り込み教育のせいと言う事になる。
なんでやねん
長く続いた王朝がなんとなく人気あるのは当たり前なのに
嫌いなのは不自然という認識のもと
オーストリーはプロパガンダ
としてるんだろ
408 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 18:27:01.71 0
>>399>>400>>403 フランツ・ヨーゼフ個人とハプスブルク家は分けて考えた方がいい。
まず、フランツ・ヨーゼフがクズかどうかって質問だが、
個人としては超がつくほどのマジメ人間で、勤勉で誠実な人柄だった。
逆に言うと、そのため人間味に欠ける点があり、家族に対する情愛が薄かったようだ。
ただ、白髪白髯の老人になるまで長く在位したので、臣民の側にも情がわき、
フランツ・ヨーゼフ個人がとくに悪く言われることはない。
一方、ハプスブルク家自体は、3月革命の際、ウィーン市民を武力で弾圧したので、
当然、「圧制」に対する不満がドイツ系オーストリア人の間に強かっただろう。
だから、若いカール1世の代になるとボロぞうきんのように捨て去られた。
>>402 どうなんだろ。選挙で選出されたらそれなりの権威を備えるのではないかとも。
ハプスブルク家で初めてドイツ王に選挙されたルドルフ1世は
言うこと聞かない諸侯から“王権”でオーストリアを取り上げて自らの所領としたわけ
(ルドルフ1世即位時点ではオーストリアはハプスブルク家の領地ではなかった)で。
カペー家も“選挙”の論理で王位を獲得したんだし。
カペー家は王権の強化に努めてハプスブルク家は私領の増大に努めていたという違いというだけという気も。
410 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 19:32:31.87 0
なんでリヒテンシュタインはビスマルクのドイツ帝国に加盟しなかったの?
19世紀のドイツ連邦や、そのまた前の神聖ローマ帝国には所属していたのに。
カトリックだったから、プロイセン主導のドイツ帝国にははいりたくなかったんじゃないの?
選挙王制といっても伝統あるゲルマンの族長会議の
特別な軍事司令官選任の会議が発祥だし
権威は十二分だろう
どこの馬の骨が選ばれる民主的な選挙ではない
413 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 20:24:43.42 0
>>410 オーストリアとスイスに挟まれた位置にあってドイツ帝国に入るにしても本国から離れた飛び地になっちゃうから
あとハプスブルク家の家臣筋っていうのもあるかも
リヒテンシュタイン家って皇帝としてのハプスブルク家の家臣(直臣)であると同時に
オーストリア公(諸侯)としてのハプスブルク家の家臣(陪臣)でもあったのは、
欧州のややこしい継承関係の結果か?
>>410 まあでもそのおかげで王室は生き残れたわけで
416 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 21:35:20.36 0
皇帝の家臣といえばエステルハージ家とトゥルン・ウント・タクシス家も有名だけど
リヒテンシュタインと比べこの2家ってどうなの?
両方とも身分はフュルストで同等だけど
チェコスロバキアがチェコとスロバキアに分離した後、どちらかで何かの大臣を務めた
シュワルツェンベルク公爵家の末裔がいたような記憶がある。
>>417 大臣どころか、この間、チェコ大統領選挙出て落選してたがな
ドレフュス事件の真犯人だったエステルハージって
やはりこのエステルハージ家の縁者なのかな。
フランス貴族にまで縁者がいたって事か。
映画『逆転無罪』では逃亡先で取材を受けるたびに金をせびってた。
>>416 エステルハージ家だけ格下。Princeでも帝国議会の議席がなかったはず。他の2家はある。
421 :
世界@名無史さん:2013/12/12(木) 23:24:39.61 0
リヒテンシュタインは吹けば飛びそうなくらいの小さな国なのに
大国に翻弄されながらも時勢の煽りを上手く受け流して
飄々と生きてきた柳のようだ
>>408 三月革命の時は更に先代のフェルディナント帝だろ
それが原因で帝位を退いているが、フランツ=ヨーゼフ帝崩御から70年近く昔の話
424 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 07:15:44.28 0
だから、フランツ・ヨーゼフ個人の評価と、
ハプスブルク家の統治体制とは区別して考えなければならないってことで、
19世紀以来の反動的な圧制により、ハプスブルク家自体は嫌われていた。
フランツ・ヨーゼフが亡くなると、枯れ木が倒れるように王朝は崩壊した。
そのときドイツ系市民は、誰もオーストリアの君主制を維持しようとしなかった。
425 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 07:39:27.91 0
ドイツ帝国を放置してうまいこと連合国と単独講和できていればまた変わってたかも
426 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 12:12:50.40 0
>>424 つまり、3月革命で皇帝と首相を追い落とすほどの力を発揮したというのに、
それから68年もの間黙って皇帝を戴き続けていたということ?
確かに退位自体は別の要因もあるけど、嫌われていたんなら68年前の時点で王制廃止か、別の家に預けるんじゃない?
>>420 リヒテンシュタインは1713年、トゥルン=ウント=タクシスは1754年に帝国議会の議席を
得て、君主家になってる。ついでにシュヴァルツェンベルク家は1674年。
428 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 16:11:15.91 0
皇室が嫌われてたかそうでないかなんて当時の人間に調査でもしなきゃわからないんじゃね?
嫌われてたなんて言うのは所詮書き込む人間の推測にしか過ぎないんだし
429 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 17:35:10.89 0
>>425 単独講和って難しい。
1次大戦のロシアはシベリア出兵、2次大戦のイタリアはドイツの侵攻と、
元の味方から裏切り者扱いされて攻め込まれるわ、それに対して元の敵は(当然ながら)
あんまり味方してくれないし。
2次大戦ではイタリアでなく、我が国が早期の単独講和に持ち込んだとしたら
「元の味方」は地理的に攻め込むのは無理だったけど。
430 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 18:36:07.23 0
WW1敗戦の時のドイツ系市民の態度を見ると、積極的に支持されてた感じではないな。
日本の場合、敗戦で亡国の君主となっても、天皇が巡幸すると各地で歓迎されたが、
オーストリアの場合、ドイツ系議員が勝手にドイツ系オーストリア共和国を宣言しても、
軍部も官僚もそれをとどめることができず、共和派のなすがままになっていた。
国体護持にこだわって原爆投下やソ連参戦を招いても、まだポツダム宣言受諾に躊躇したり、
敗戦後も明治憲法と変わらない松本案で天皇主権を守ろうとした日本の政治家に比べると、
君主制もハプスブルクも簡単に捨て去ったオーストリアの政治家はあっさりしすぎだが、
このちがいは一体どこから来たんだろう?
431 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 18:46:08.37 0
日本は敗戦後も国家が解体されることはなかったけどあっちは解体させられたよな
諸外国も一民族一国家の流れに逆行する多民族の象徴たる皇帝は邪魔でしかなかった
外圧によるものじゃないのか
日本は明治維新の際
戊辰西南と内戦までやってかなり国民間でギスギスしたが
植民地化防ぐため国民の統一が必要だった
そのまさに「象徴」が神代から何となくえらい存在だった天皇
ローマ世界の後にカール大帝がカトリック利用して思想統一図るがそれみたいなもん
日本は都合のいいことに現人神がいた
その神格化がうまくいっちゃったのね
国王でなく神なんだから代替物がないのよ
この説は一応外人学者も似たこといってる
日本人全ての総氏神でやはり戦前の日本のエリート層に多く見られた武士階級の子孫は
源氏なり平家で天皇の子孫が多いんだから血の誇りもあるだろうし
木戸孝允は一時共和制を唱えてたことがあった。
当時の日本の庶民は天皇なんてなんなのかよくわからなかったらしいから
共和制にスムーズに移行できたかも。
日本で敗戦後に一旦共和制になっていたら大統領は吉田茂あたりがなっただろうか。
ドイツのヒンデンブルクは帝政復活派だったし、フランスのマクマオンも王党派だったが
いずれも君主制復活はできなかったな。
フランスの第三共和制の大統領を調べていて気付いたが、
ポアンカレは首相から大統領になった後に再び首相になっているんだな。
第三共和制の大統領は現在のドイツの大統領のような名誉職だろうし、
かつての国王や皇帝に相当するものだろうから異例ともいえる。
大統領や国王から首相というのはロシアのプーチンや
ブルガリアのシメオン2世の例があるけれど。
436 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 19:50:58.63 0
フランスの大統領や国家元首って、マクマオン、ペタン、ドゴールを除けば、
ポアンカレとミッテラン以外は地味でパッとしないな。
シラクとか猿居士は、最近の大統領だから記憶に残ってるだけで、あと数十年もすれば、
ルブランとかオリオールとかコティみたいに、お前誰だよ状態になるだろう。
437 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 19:55:20.33 0
第三共和政の大統領って名誉職的なものだったんだ。
初代大統領のティエールがパリコミューンの敵役としての
悪役スターとして強烈な人物なので(最終的に追いつめられたコミューンは
ティエールに降伏するくらいならプロイセンに投降しようという意見が多数派だったとも)
なんかイメージと違うな。
まぁ、パリコミューンを弾圧して、その後に隠居してもいいところに
名誉職的な大統領になったということかな。
438 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 20:05:25.75 0
>>437 はじめは王政復古までのつなぎだったから、名誉職だったわけじゃないよ。
ティエールは普通に実権をもった指導者だったが、オルレアン派から共和派に寝返ったから、
当時議会の多数派を握っていた王党派の怒りを買って辞職に追い込まれた。
その次のマクマオン元帥のとき、シャンボール伯が三色旗を拒否して王政復古が頓挫して以来、
選挙のたびに王党派がジリ貧状態になっていき、焦って王党派内閣を作らせたら議会軽視と批判され、
マクマオンは退陣させられ、それ以後、大統領は名誉職に祭り上げられてしまった。
フランスの第三共和制と第四共和制は議院内閣制で首相に行政の実権があったけれど、
政情が不安定で頻繁に首相が交代していた。
もし第二帝政崩壊後に王制が復活していたとしても議院内閣制を採用していたら、
たぶん大して変わらないだろう。
でも現実的に王制復活の可能性があったのは第三共和制か第四共和制の時代までだったろうね。
第五共和制では大統領の権限が大幅に強化されたから、象徴君主を戴いた議院内閣制に
するのも今さらな感じもする。
アフリカ系移民が今以上に増えてフランス文化のアイディンティティが脅かされたら
文化の体現者としての国王が求められるかもしれない
441 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 20:33:06.17 0
ヴィシー政権のペタン制国家というのも疑似君主的だったな。
現在の第五共和制憲法では共和政体を改正の対象にすることはできないとされている。
まあ、本当に君主制復活の機運が出てきたら、そんなものどうにでもなると思うが。
仮にフランスでオルレアン家が再び国王になるとしても、
象徴君主になるのは当然として、継承法を変えることを求められたら応じるだろうか。
ベルギーやオランダみたいに性別に関係なしに第一子継承にしろと言われたら。
男系男子継承を放棄することは、シャンボール伯が三色旗を受け入れることに相当するか、
それ以上に受け入れ難いことだと思う。
443 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 20:39:36.78 0
ペタンやドゴールのようなカリスマが国家元首なら、あえて王政に戻す必要はないが、
大半の大統領は俗物の職業政治屋だからな。
国家元首は君主か、疑似君主的なカリスマ的人物(軍服の似合う英雄)でないと物足りない。
444 :
世界@名無史さん:2013/12/13(金) 20:46:43.29 0
>>431 日本も解体されたのはされたよ
解体されて朝鮮、台湾を失ったんだよ
ハノーファーの王子が2000年のハノーファー万博でトルコ館の傍で立小便をしたらしい
アンリ6世、パリ伯がド・ゴールと仲が良かったって話だっただがどうなんだろうな
447 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 12:52:24.92 0
ド・ゴールは十字軍に従軍した先祖をもつ中世以来の小貴族の家系で、
革命前、ルイ16世に仕えていた先祖もいた。
ド・ゴールの祖父や父はカトリックで王党派思想の持ち主だったから、
ド・ゴール本人も心情的に王室びいきだったとしてもおかしくない。
それと現実の政治的行動は別問題。
448 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 14:15:32.88 O
>>447 ド・ゴールが大統領だったのは戦後だよな。王制が廃止されて100年以上経ってる(第二帝政を勘定に入れても100年近い)。
昭和40年代に「徳川に再び将軍位を」と主張するくらい時代錯誤なんじゃないか。
フランスに王政復古的な展望を抱いたってムダ
王政としては完全にオワコン国家なんだからどーでもいい
ボナパルト家を復位させようという動きはないの?
ボナパルト家は家名そのままのボナパルト王国を建国すればいい
サウジやリヒテンみたいに
ボナパルト王国初代国王シャルル・ナポレオン1世
ボナパルト王国初代対立国王ジャン・クリストフ・ナポレオン1世
453 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 17:52:50.92 0
>>449 ヴィシー政権のペタン制が続いていればよかった。
454 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 18:05:11.97 0
ペタン制の頃のペタン賛歌(事実上の新国歌)より
元帥よ、我らここにあり!
フランスの救世主たる貴方の前に。
我ら若人は誓う、
その道に尽くし、従う事を。
元帥よ、我らここにあり!
貴方は再び我らに希望を与えた。
祖国は甦るだろう!
元帥よ、元帥よ、我らここにあり!
455 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 18:06:59.37 0
貴方は間断なく
み国の護りの為に戦った。
親愛と共に人はいう、
ヴェルダンの英雄と。
その生命、その天稟、
その信条を我らに捧げ、
このたびもまた、
貴方は祖国を護るのだ。
(略)
戦役は無慈悲で
悲痛で醜いものぞ!
憎しみを打ち捨てて
労働を賛美し、
自信を胸中に持とうぞ、
新しき命運の下に。
ペタンはフランスであり、
フランスはペタンだからだ!
ペタン朝初代国王アンリ・フィリップ・ベノーニ・オメル・ジョセフ1世
今や王と大統領は肩書きの違いでしかないと言っても過言ではないので
あえて王制に戻す必要もないと言われればその通りなのかもしれん
>>453 ナチス傀儡のビシー政府はナチス滅亡と共に崩壊するので、存続はムリじゃないですか
459 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 20:07:27.60 O
フランス北部はどうするつもりだったんだか
ナチスの監視下に置かれるのは当然として、
オルレアン朝復活とかか?
ガリア帝国大管区にするつもりだったのかも
461 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 20:31:33.66 O
ペタンの出身地はフランスの北のはてだった
462 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 20:32:30.93 0
463 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 20:50:23.24 0
>>437>>462 コミューンが最後に追いつめられたペール・ラシェーズ墓地、
アニメではぐるりをプロイセン軍に包囲され、正面からティエールのフランス政府軍の攻勢、
コミューンの指導者は「女子供は背後のプロイセン軍に投降せよ」
敵国プロイセンに投降するのを潔しとしない人々に「プロイセンは少なくとも紳士的で、捕虜として扱ってもらえる、
ティエール側に捕えられたら命は無い」とか言っていたな。
子供向けアニメとしてやや難解だった気も。
>>462 こんなアニメあったんだ・・・
フランス製アニメ?面白そうだな。
ヴェルサイユ政府軍の超悪玉ガリフェ将軍は出てくる?
捕虜にした女子供に向かって
「諸君、諸君は我輩が残酷だと聞いているだろうが
諸君の思う以上に我輩は残酷なのだ」と喚き散らして
無差別に射殺させる奴。
465 :
世界@名無史さん:2013/12/14(土) 22:18:57.96 0
>>462 たしかにコミューンに対しての悪役っぷりは強烈だったが、
プロイセンの司令官に「藻前らは降伏すると言っているけど、
首都パリ市は全然そんな様子ではないではないか。そんな“降伏”は認めるわけに
いかんのでパリ市はもちろんのこと、藻前らも敵として攻撃するよ」と言われてうろたえたときの
ヘタレっぷりを見るにズォーダーの足元にも及ばない。
>>462 実際のティエールは、でぶ且つちび。
これだとまだましな容姿してる。
こいつ、私生活でも年増の愛人の娘と結婚した変質者。
母と子の両方とセックスしてる。
この年増の愛人がろくでもない女で
七月王政で首相ティエールの人気が落ちたら
なんと内閣支持率急上昇を目指して英国と戦争しろと
愛人を炊きつけてる。
ルイ・フィリップ王の冷静な判断で事無きを得たらしい。
ティエールはこのスレじゃ純粋な共和派以上に嫌われている感じだな
王党派から共和派に寝返った裏切り者という印象が強くて
それが王室愛好者には許せないのかね
469 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 06:33:35.12 0
>>463 ティエールとその一味に「王とか貴族とか嫌い」「貧乏人は氏ね」
「自由に商売させろ」「金持ちマンセー」というようなセリフを織り交ぜて
子供にも分かりやすくブルジョア共和派とはどんなものか“説明”していた感じも。
主人公とその周辺は貴族出身でコミューンに身を投じた人たち。
470 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 07:47:20.45 0
>>468 同じように王党派から共和派になった人物でもユゴーは高く評価されてるのにな。
青年時代は、正統王朝派でブルボン家を賛美する詩を書いて勲章や年金をもらい、
壮年期はオルレアン派になって、ルイ・フィリップから子爵に列せられ、貴族院議員になり、
二月革命のときにはパリ伯の即位で王政を維持しようと議会で演説したくらいなのに、
第二帝政の時代をはさんで政治的、思想的に成長し、バリバリの共和主義者になった。
ティエールは変節だが、ユゴーは揺るぎない信念による成長で、高く評価できる。
ユゴーも駄目だ 本当は自分がトップになりたかっただけ
472 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 08:58:20.99 0
いや、ユゴーは君主制とか王政という誤った古くさい価値観から卒業して、
共和主義という正しい思想に目覚めたのだよ。
ただの節操のない人間にしか見えんw
このスレ的には徹底的に君主制支持なら賛同されてたと思う
474 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 09:52:28.32 0
平成天皇は、結局、秘密保護法にサインしたな。
ベルギー王みたいな気概と一人間としての良心を見せてほしかった。
475 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 10:35:35.88 0
結局、事なかれの保身に走ったか。
おまえはネットの世界でしかほえられないんだな。
結局、事なかれの保身に走ったか。
一人間としての良心と気概をみせてほしかった。
今上は名君や救国の君主として歴史に名を残すチャンスを逸したな。
ネットでほざかずに行動しろよw
左翼って極右以上に天皇を過大評価するのが本当にキモイ
結局極端な主張する奴って
現実逃避してるか現実の認識ができない低能だから主張が極端
極右も極左もそういう同じ低能だから「転向」で極左から極右いったるすんだよw
479 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 12:28:52.11 0
>>470 ユゴーの政治的遍歴は、フランス19世紀政治史の縮図のようだな。
フランス国民が、君主の卑屈な臣民から自立した市民へと成長、進歩していった姿が、
ユゴーという一人格の生涯に凝縮されてるみたいだ。
掲げる旗印が違うだけで主張している内容は酷似してるもんなw
481 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 12:43:28.56 0
>>470 ティエールを「変節」というけど、最後に王政を見限って共和派になったのは、
暴力革命を防止するためには、はじめから共和制にした方が一番効果的だという、
経験則上、最終的に到達した結論なんだけどな。
だから、ティエールのめざしたものは、あくまで「保守的な共和制」であって、
パリ・コミューンの小市民や労働者たちを徹底的に弾圧した。
>>481 バカ殿に愛想つかした家老と言う感じだな
483 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 13:12:50.57 0
君主制である限り、ブルボンであろうがオルレアンであろうがボナパルトであろうが、
パリで暴力革命が起こる危険性が絶えない。
でも、はじめから共和制にしておいたら、共和派に武装蜂起の口実がなくなってしまう。
ベテラン政治家のティエールらしい「知恵」だな。
484 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 13:14:34.31 0
だから、当時、欧州を視察していた岩倉使節団の一員だった木戸孝允は、
ティエールのことを「なかなかの傑物」と高く評価している。
485 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 13:54:02.47 0
オランダ王国がインドネシア支配を肯定したって本当ですか
まじれす。
>陛下
>秘密保護法
俺はあの法は稀代の悪法だと今でも思ってるが
(「テロリズム」の定義がまじおそろしい。いくらでも拡大解釈できる)
あからさまに軍事クーデターやって独裁政権樹立でもしない限り
(たとえば自衛隊や警察の最高級幹部を買収して部隊を動員、反対派議員、メディア関係者を逮捕して
その事後承認を陛下に求めるとか)
象徴天皇の陛下は御署名なさるしかないだろう。
それに陛下に御署名を拒絶していただきたいというのは
安倍を圧勝させた主権者国民の責任放棄。
陛下に己の判断ミスの尻拭いをさせることになる。
軍事クーデターといえば、皇帝になる前の
「皇子・大統領」ナポレオン3世がやったのが
まさにそれだな。
それこそティエールのようなブルジョア政治家が
普通選挙を認めていれば大統領のクーデターも失敗したかもね。
逮捕されていく議員たちが殆ど普通選挙に反対していたから
労働者たちも至って冷淡。
蜂起を呼びかけた議員には「お前等の給料のために死ねるかよ」って罵声が飛んだらしい。
ちなみにティエールはやはり小物の悪人だと思うぞ。
寝床で逮捕された彼は殺されると思って醜態の限りを尽くしたそうな。
ナポレオン3世は大統領の職を最大限活用して
金や地位で買収しまくってるな。
元帥になったサン・タルノー将軍は上官数十人を飛び越えての抜擢だったらしいし
(これも意地悪い見方をすれば買収だろう)
下っ端の兵士たちにも少し上等な飯を振舞うことで人気を得た。
基地近くに住む自衛隊員の宿舎代を非常呼集に備えてという名目で
2万世帯以上無料化する安倍は、もしかしてナポレオン3世の手法に「学んだ」のかな?
安倍が学んだのはナチスでしょ
いかに国民を奴隷化しようかっていう
拡大解釈可能な法律だから反対というのもね・・
日本国憲法の拡大解釈振りをみてたら法って結局運用よ
選挙制度さえ守られるならどんな法も本質的にはどうでもいいよ
>>490 こういう思考放棄者があんな最悪な政権を誕生させたのかと思うと、もうね…
はいはい志位先生万歳と
お前ら的には小沢先生の方がいいか
493 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 17:05:19.97 0
いずれにせよ、いまの自民党政権が右傾化まっしぐら、軍国主義一直線なのは、
一国民として憂慮に堪えない。
>>489 そういえば、麻生が気がついたらナチス憲法云々とか言ってたな。
やっぱり、アレがあいつらの本音か。
アメリカや中国のほうがよっぽど軍国主義だろ。
俺はアメリカ人でも中国人でもないから。
だからなんなの?
>>494 意図的に誤解させる引用すんなよ
そんなこといってないわ
>>498 ナチス云々の発言は事実だろうが
音源もきちんと残ってるわ
500 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 20:55:48.85 0
ヒトラー内閣が成立してまもない頃、ポツダムの教会で行われた国会の開会式で、
帝政時代の元帥服をまとったヒンデンブルク大統領の前でヒトラーが挨拶をしたが、
そのとき空席のままの皇帝の玉座がしつらえられ、旧ドイツ皇族たちも参列して、
あたかも帝政ドイツの式典のような雰囲気で行われたという。
>>499 「あいつらの本音」
といってるからお前はマスコミが曲解した方の意味で引用してるだろうが
502 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 21:29:28.16 0
麻生「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。
だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。」
日本国憲法=ワイマール憲法
アベ自民党=ナチス党
アベ憲法=ナチス憲法
いい加減スレチの特定秘密保護法や自民叩きに構うのはやめよう
wwまぁたしかに此処までテンプレ罵倒だと502は単純にプロパガンダと良くわかるから
騙される馬鹿も502本人並みの馬鹿だけだろうシナw
505 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 22:02:32.85 O
>>500 本当かい、それ。
そういえばハンガリーも王が空位だったわけだが、儀式の際に空の玉座とか王冠とかあったんだろうか。
麻生のあれは擁護しようがないでしょ。
擁護派だって麻生は同じ文章の中で主張を
二転三転させてるんだって
苦しい弁護してたし。
祖父の吉田はナチスを礼賛していた(戦前の)「革新派」外交官からは
親英米だとずいぶん敵視されてたようなのにね。
507 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 22:29:01.37 0
>>505 ゲッペルスの演出で、帝政派(ユンカーや国防軍)とナチスの融和を企図したものらしいよ。
首相ヒトラーは空の玉座に恭しく敬礼するというパフォーマンスまでやってる。
内心では君主制復興なんか更々考えてなかったんだから悪質だな。
『ヒトラーのテーブルトーク』には
「昔は一兵士として忠誠誓った君主相手にそんなこと言うか」
思うくらい君主たちを馬鹿にする言葉が溢れてる。
ヴィルヘルム2世には「ユダヤの血」が流れてるとも。
キャロライン・ケネディ駐日大使の伯母さん、つまりキャスリーン・アグネス・ケネディは
英国貴族第10代デヴォンシャー公爵の息子ウィリアム・ジョン・ロバート・キャヴェンディッシュと結婚したんだけど
どちらも早世していたんだね。
ケネディ大使、もしかして英国貴族の親戚がいたかもしれないんだね。
キャロラインの息子って将来大統領になれるかな?
ケネディ家の嫡流って今誰なの?
>>501 曲解()
自民のナチス憲法草案を100回見直せやボケww
512 :
世界@名無史さん:2013/12/15(日) 23:46:03.85 0
結局、日本人は自分で民主的な憲法を作ることができない哀しい民族だってことが、
自民のナチス憲法草案やら安倍の改悪教育基本法から証明されたね。
GHQに占領してもらって、力づくで有無を言わさず民主化してもらわなかったら、
いまでも封建的な神権的絶対天皇制国家のままだったよ。
>>509 キャスリーン・アグネス・ケネディさんの旦那のハーティントン侯爵は
第10代デヴォンシャー公爵の長男で元々はこの人が公爵位を継ぐ予定だった
結婚してわずか4ヶ月後に亡くなってるから本当に束の間の夫婦生活だったんだな
ハーティントン侯爵亡き後に弟のアンドリュー氏が第11代公爵となった
>>512 それは違うぞ。明治期の民権運動家たちの作った憲法案とか
美濃部達吉博士の天皇機関説とか、その反証はある。
ただ安倍が救いがたい奴なのは認める。
515 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 01:16:25.36 O
>>514 自分はかなりのリベラルだと思うが、戦後民主主義者があまりに斜め上な主張を繰り返してるのも一因だと思う。
立憲主義は正しいにしても「だから憲法に国民の義務を規定してはいけない」とか(義務規定を持たないアメリカが例外)、有名な「改憲即戦争」とか。
「護憲派って馬鹿ジャネーノ」と思われているが故に、あんな改憲案でも「馬鹿が主張する護憲よりはマシ」みたいに思われる面はあると思うよ。
>>515 少なくともあんたは一般的な意味でのリベラルじゃなさそうだな
それ以前に立憲主義というものを根本的に履き違えてる
憲法は国家権力に守らせるものであって国民に守らせるものではない
簡潔に言えばこれが立憲主義
国民が守るものは憲法じゃなくて法律だ
いい加減巣にかえれ
自演すんな
519 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 02:44:54.13 O
>>516 >憲法は国家権力に守らせるものであって国民に守らせるものではない
芦部信喜はそうは言ってないな。彼は著書「憲法」の中で労働基本権について「私人間に直接適用される」と断言してる。
そりゃそうだ。雇う側(経営者)も民間人だが「憲法は民間人の俺には関係無い。団結権なんか認めない」とか言って組合潰しを始めたら、労働組合法のみならず直接憲法違反にもなる。
その証拠に、労働組合法に規定の無い管理職の労働組合は憲法を直接根拠として労働基本権を行使してる。
憲法の義務規定(納税など)については「あれは国家に納税権を受権しただけ」と言い逃れも可能だが(とてもそうは読めないが)、憲法も直接国民を縛ることがあるのだよ。
520 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 04:18:23.95 0
スレタイを見ましょう
まず王室どこにも関係していませんね
削除依頼出してとっとと帰ってね
521 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 06:51:18.43 0
悪法にも黙ってサインしかできないような君主が立憲君主というのなら、
いっそ木像か銅像でも飾っておいた方がマシだな。
ベルギー王やルクセンブルク大公なみの気概を見せて欲しかった。
イギリス人って自分で憲法つくることができない哀しい民族だったんですね。
523 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 12:54:54.74 0
>>521 もう一度スレタイを見直しましょう
ここは国王個人の政治観を話すスレではありません、「王室」を話すスレです
荒らしが定期的にわくな
もっぱら天皇を罵倒するもの
多分反天皇主義者こと自分はキチガイと宣伝したい奴だな
征夷大将軍が現在まで続いてたら天皇はどういう位置づけになってたんだろう?
526 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 19:14:05.82 0
>>525 ペリー来航以前の力関係で、幕府が開国、近代化を乗り切って銀魂状態だったら、
たぶん「京都の、よくわからないけど、なんかえらいオッサン」的認識で、
伝統芸能の家元か神主の総元締めみたいな感じだったんだろうな。
まあ、その方が天皇家にとって幸せだったと思うが。
527 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 19:54:35.33 0
象徴といっても、この政治が混乱かつ右傾化している状況で何にもしないんだから、
やっぱり意味がない。
常識的な君主なら、挙国一致の救国内閣の大命を降下すると思うよ。
今がその危機だろ?組閣の大命が出せないなら、自衛隊に勅をだすとか、
国家安寧の加持祈祷を指示するとか、改元するとか色々あるだろ。
>>524 極端な天皇崇拝者もまた然りだな
罵倒だろうと称賛だろうと天皇の話自体がそもそもスレチ
俺は保守派だけど今上は左寄りで正直嫌いだ。
皇太子はどんな政治思想を持ってるんだろう?
まあ皇太子の場合は嫁が問題ありだけど。
悠仁さまに期待するしかないな。
530 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 20:31:59.74 O
>>527 お前が日本国憲法破壊者だというのは良く分かった。
安倍とベクトルが違うだけ。
>>521 >>527 まあ正直気持ちは分かる
今上も思想的に賛同したがるとは到底思えんが署名拒否しても代役が立てられるだけだし
憲法的によろしくない行為だと言われれば、確かに反論できないので象徴君主としては
グッと私心を押し殺して署名するしかなかったんだと思う
>>525 徳川将軍家が太政大臣と関白を世襲して、武家と公家のトップを占めれば徳川時代はもう少し続いたかも知れない。
しかし、260年に及ぶ幕藩体制自体にガタがきてたので、結局薩長に倒されたのではなかろうか。
>>528 話振るのは罵倒派ばっかりなんで賞賛の例はいらんよ
>>533 慶喜が中興の祖として明治維新の歴史もあったかもね〜
トルコや清みるとなかなか難しいっぽいが
まあでも明治維新自体も奇跡みたいなもんだし
別の奇跡を妄想するのは面白い
536 :
世界@名無史さん:2013/12/16(月) 22:09:53.04 0
>>533 将軍職だけでは不足だったか
朝廷が信長にどれでもいいから選んでって
将軍関白太政大臣の三職推任をしたけど
どれでもじゃなくて全部くれか
537 :
世界@名無史さん:2013/12/17(火) 01:26:04.56 0
538 :
世界@名無史さん:2013/12/17(火) 18:25:47.47 0
慶応3年の大政奉還前後に徳川サイドでの新国家体制案がいくつか出ているが、
その中には慶喜が摂関を兼ねる案とかもあった。
一番、秀逸なのは幕府の目付だった西周の案で、将軍は「大君」として全国政権の長となり、
天皇はローマ教皇的存在として山城国に押し込めるというもの。
将軍、摂関、太政大臣の全てを兼ねるというのは一見非現実的なようだが、
実は足利義満が似たようなことを既にやっている。
将軍位を嫡子の義持に譲った上で、自らは太政大臣となり朝廷のトップに立っている。
さらに出家して俗世の身分から解放されたフリーダムな立場になって、独裁者となった。
(義満以降、摂関家は事実上、室町殿=足利将軍の家人同然になった)
義満の地位は当時の国際社会である冊封体制において「日本国王」として承認されたが、
慶喜もまた、大政奉還後、「日本国大君」として列強に自らを日本の代表と認めさせている。
結局、慶喜が錦旗に屈服するようなヘタレだったから、徳川王権の存続する好機を逸した。
天海僧正以降、上野に輪王寺宮を迎えていた意味がなくなってしまった。
奥羽の負け犬連中に担ぐ前に、慶喜が輪王寺宮を擁して、足利政権での北朝天皇のようにすれば、
またちがった展開も可能性もあったろう。
539 :
世界@名無史さん:2013/12/17(火) 19:19:06.77 0
全部くれ、と言うくらいなら“皇位”もくれと言えばよいかと。
全部くれ、と言うの皇位もくれというのと同意なのかもと。
540 :
世界@名無史さん:2013/12/17(火) 19:20:07.72 0
皇位まで望むと、弓削道鏡みたいになるのでムリ。
摂関、征夷大将軍、太政大臣の三職兼任が目一杯。
アウグストウスみたいだなw
世界史の話しましょうよ
じゃあなんか話題振って。
545 :
世界@名無史さん:2013/12/17(火) 21:59:55.86 0
もしシーザーとイエスの二大巨頭会談が実現してたらと思うと胸熱だな、とか?
皇帝が直々に 一カルトの首魁を尋問?
ジュリアス・シーザーとイエス・キリストは時代が合わないんじゃないですか?
インカ帝国は帝国なのになんでアステカ王国は王国なの?
江村洋著「中世最後の騎士 皇帝マクシミリアン一世伝」(中央公論社刊)、この本は名著で入手困難で
古本でも超高価だと言われてきたけれど、2000円くらいで購入出来た。
幸運だった。
ポルトガル王室由来のブラジル帝国が存続していれば、アメリカ大陸で貴重な君主制国家となっていたのに
551 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 00:09:42.37 O
552 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 00:15:23.10 0
将軍、関白、太政大臣の3つじゃなくて
将軍と関白の2つだけでよくね
太政大臣はなくてもいいような気が
家康とか秀忠は太政大臣になってるけど
太政大臣じゃなくて関白の方にすればよかったな
太政大臣の方を摂関家にあげることにして
太政大臣になりたければ徳川に忠実に仕えろ、
鎌倉期の関東申次のようにって感じで
>>551 国土が広いと帝国名称になるんでしょう
イギリス王がインド皇帝になったり、プロイセン王がドイツ皇帝になったり
カナダやオーストラリアが王国名称なのは、国土が広くても人口は希薄で帝国のイメージではないからでしょうかね
ブラジル皇帝ペドロ2世は極めて開明的な君主だった
その開明さが帝位を追われる要因にもなったのは皮肉だった
イギリス王はインド皇帝を、イタリア王はエチオピア皇帝を名乗ったことがあったけれど、
仮に共和制国家の場合だっだらおかしいかな。
フランス大統領がマダガスカル王を兼任とか、アメリカ合衆国大統領がフィリピン王を兼任とか。
植民地ではないが、フランス大統領がアンドラの共同大公を兼任しているという例はあるけれど。
>>555 そのフランス大統領の逆パターンでもしイギリス王が(イギリス王じゃなくてもいいが)
共和制国家の元首を兼務するとかなったらどうなるのかな
557 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 09:29:10.89 0
ナポレオンの征服によって1802年にイタリア共和国が成立、ナポレオン自らが大統領に。
その後1804年にナポレオンはフランス皇帝に。1805年にイタリアも王制に移行して
ナポレオン自らが王になるが、その間のナポレオンはフランス皇帝兼イタリア大統領だったと。
558 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 10:25:45.86 0
王や皇帝が別に大統領を兼ねても問題ないんじゃね
UAEはアブダビの首長がUAEの大統領やってるわけだし
559 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 12:35:13.02 0
レオポルト2世のコンゴ自由国での肩書はなんだったんだろ?
コンゴ自由国の政体が共和制なのかなんなのかはよく分からんけど。
ベルギー王でしょ。持ってる称号全部名乗るし。
オランダ統領(総督)はオランジュ公(オラニエ公)が兼ねていたが、
当時のオランダは建前上は共和国だが実態は君主国だな。
オランジュ公は君主というよりはフランス王国内の地方領主。
オランジュの領地は後にフランスに併合された。
今のオランダ王室とオランダ独立当時のオレンジ公って血統的につながってるの?
563 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 17:32:28.90 0
“共和国”時代のオランダには領主なるものは存在しなかったんだろうか?
>>562 一応、つながっている。
初代統領のオラニエ公ウィレム1世の男系子孫は曾孫の
ウィレム3世(イングランド王ウィリアム3世)の死去で断絶。
そのため、ウィレム1世の弟ヨハンの玄孫ヨハン・ウィレム・フリーゾが継承している。
ヨハン・ウィレム・フリーゾの父方の祖母はウィレム1世の孫娘だから、
女系ではウィレム1世の血筋を引いている。
ヨハン・ウィレム・フリーゾの曾孫が初代オランダ王ウィレム1世。
先代まで3代連続で女王が即位したが、現国王までウィレム1世の直系が続いている。
565 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 18:09:42.48 0
>>563 「共和国」といっても、元々はハプスブルク家領(その前はブルゴーニュ家領)の所領の集合体で、
ハプスブルク家領にとどまった南ネーデルラントには普通に大貴族がいた。
要するに、貴族共和国なんじゃないのか?
566 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 19:00:11.16 O
>>555 フランス大統領に「俺は君主」という意識はあるのかな。
勿論、自分がアンドラの君主だと知ってはいるだろうが。
567 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 19:10:12.44 0
でも、フランス大統領はフランス元首としてフォア伯の領主権を引き継いでるだけで、
公式に「アンドラ大公」とか名乗ってるわけではないのでは?
アンドラ「共同大公」ってのは、あくまで便宜的な呼び名で正式の称号じゃないでしょ。
だから、大公殿下とは言われてないんじゃないの?
568 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 19:16:32.14 0
アンドラ大公は正式な称号ではある。
しかしアンドラ大公という君主号より、大国フランスの「フランス大統領」の方が
国際的にも圧倒的に権威があって、本人も「アンドラ大公殿下(ないしは「陛下」」なんて呼称されるより
「フランス大統領閣下」と言われる方が気分が良いんではないかと思うぞ。
569 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 19:23:43.83 0
大統領として強大な権力を発揮できるフランスと
象徴君主として権力を行使できない(つーか行使するつもりも無い)アンドラと
どっちの意識があるのかというと・・・。
このスレ的には「大統領」より「君主」の方に権威を感じる向きは多いんだろうけど。
しかし、何でフランスの大統領がアンドラ大公なんだろうか。
フォワ伯→ナバラ王→フランス王と血統を根拠に継承されてきたのに。
ナバラ王を名乗っている人物は現在4人もいるから、
大統領を大公にしておくほうが良いのかもしれないが。
第一共和政政府がアンドラ大公位を放棄したのはまあ分かるが、
フォワ伯の血統でもないボナパルト家の皇帝がアンドラ大公に
なったのはおかしいような気がする。
571 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 19:57:06.83 0
そりゃ国を防衛するための口実だろうよ。
ウチの大公(の片割れ)はブルボン家の当主だ、なんて言って
シャルル10世やルイ=フィリップやらを迎え入れていたら
たちまち革命軍の侵攻を受けてとっくの昔にアンドラはフランス共和国に併合されて
このスレの住人にすら知られていない存在だったろうよ。
モナコ公国とかサンマリノ共和国とかの極小国を敢えて存続させる西欧は不思議だ
>>559 ベルギー王だと思うけど強引にコンゴ自由国独自の元首名を
名乗るならまぁコンゴ王かコンゴ元首ってとこだろうな
>>566 殆ど無いだろうね
アンドラを訪れることも殆ど無いみたいだし
君主というよりは名誉職みたいな感覚なんだと思う
>>559 どう考えても共和制じゃないでしょ
それにコンゴ自由国は「国」ってなってるけど、実体はレオポルト2世個人の私有領だしな
576 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 20:49:23.11 0
「コンゴ自由国」って、コンゴの現地民にとっての自由の大地ではなくて、
レオポルド2世が自由に(というか、やりたい放題に)支配する国って意味だったのか。
レオポルド2世って日本では知名度が低いけど
世界的には天皇裕仁やアドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリンや毛沢東なんかと同様の
大量虐殺者として知られてるからな
ヒロヒトは軍部のクーデタに怯える傀儡君主だったんだから勘弁してやれ。
>>578 詭弁だな
だったら麻原彰晃だって「信者の暴走によるものだ」って言ってたぞ
天皇裕仁が許されるのなら麻原彰晃だって許されていいはずだ
580 :
世界@名無史さん:2013/12/18(水) 22:32:41.80 O
フランス大統領が自室で「デヘヘヘ、俺王様(≧∇≦)」とか言ってたら嫌だな(-o-;)
>>579 その元ネタはおそらく天皇でなく東條とされてるやつだろ
煽るために捏造したな
どっちも戦犯
長生きした分天皇裕仁の方が東條英機より有名だろう
>>556 仮にイギリス王がパキスタンの大統領を兼ねていれば
エリザベス女王はエリザベス・ウィンザー大統領になるのかな?
そんなことないよなw
ブガンダ王が、ウガンダの初代大統領だった例はあるな。
国教会の首長がムスリムの国を統治かよw
>>583 イギリスの場合、国王や王族は姓を名乗らないから、
他国の大統領を兼任してもエリザベス・ウィンザー大統領とは呼ばれないんじゃないか。
同じヴェッティン家の一族でもベルギー王家では○○・ド・ベルジック、
旧ブルガリア王家では○○・サクスコブルクゴツキと名乗っているけれど。
フランス大統領が晩餐会にブルボン家やナポレオン家を招待するとき他の貴族と違う
敬称で手紙を書くって話があるみたいだけどどんな風に書くの?
>>586 もっと言えば、そもそも王だろうが大統領だろうが、結局は本人がどう名乗るか次第なので
中東辺りの君主のようにフルネームをそのまま君主名に用いるケースもあるし、
その逆に例えばバラク・オバマが「俺はフルネームが嫌いなのでバラクとだけ名乗る」って言えば
「バラク大統領」と呼ばれるようになるわけだ
>>587 かつてエリゼ宮の晩餐会では、招待客が貴族の場合、爵位付きの名前で招待状を出していたが、
戦後しばらくたった頃から、爵位付きの宛名はパリ伯とナポレオン公のみになったそうだ。
>>589 あ、そうなの
「デュク・ド・モンモランシー」で出してたのが「ムッシュー・モンモランシー」になったということか
591 :
世界@名無史さん:2013/12/19(木) 06:00:38.22 0
>>588 君主が統治名を自分で決めるのは知っているけど、
政治家一般が好き勝手に名前を決めるものかな?・・・
と思ったが、考えてみたらスターリンとか横山ノックとか不破哲三とか
本名以外で活動しているのがけっこういるか。
(日本の)公務員一般は戸籍名以外では結婚後の旧姓を使用する場合を除いて
職務を行うことは認められないけど政治家は例外になっているな。
1917年の宣言がヴィクトリア女王の男系子孫はウィンザーの名を帯びると決めてるから、
エリザベス王女がウィンザー姓だったのはたしかだね。でも結婚した女子は除外されてる
から、エディンバラ公と結婚した後はウィンザーじゃなくマウントバッテン姓というのが
自然な理解かな。
でも1952年の宣言でウィンザー家維持&子孫もウィンザー姓としたから、女王自身の姓も
ウィンザーのままという理解なんだろう。その後、1960年の宣言で子孫をマウントバッテ
ン=ウィンザー姓にしてるけど、女王自身については触れてない。
古代のゲルマン民族やローマ人の時代にも非嫡出子は相続権なかったの?
そんなこと言い出すのはキリスト教の影響じゃん
>>591 普通の公務員は世間一般に名前の公表を強制させられることは無いけど
政治家は仕事の性質上、世間一般に名前を強制的に公表させられるわけだからね
だったらもっと自由に、本名以外の名前も名乗れるくらいの
融通があってもいいだろうよ、ということなんだろう
もちろん、公文書に署名する時などは政治家であっても本名を求められるだろうけど
確かプトレマイオス12世は11世の庶子じゃなかったっけか
ローマ法だと庶子は「母親の子」だけども父母が後で正式結婚した場合は父親の子として
相続を認められたような記憶がある
古ゲルマンはたしか庶子とかいう区別なく兄弟で平等な相続だよなぁ
599 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 07:02:07.65 0
でもアレクサンドロスにはヘラクレスっていう庶子がいたけど、
アリダイオスとロクサネの子が男児なら王にするってことで
後継者にしてもらえなかったんだよね
600 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 09:30:36.18 O
601 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 09:55:19.31 0
嫡子優先といっても大王死亡時にアレクサンドロス4世はまだ生まれておらず、
残された遺児かつ男児はヘラクレスただ一人だった
嫡子が生まれていない以上唯一の男児ヘラクレスが後継になってもよさそうなのに
大王に異母兄のアリダイオスがフィリッポス3世として王に即位できたのに、
誰もヘラクレスを後継に推そうとしなかった
ヘラクレスが庶子ならアリダイオスも庶子じゃないの
なぜアリダイオスがOKでヘラクレスは駄目だったんだろうか
602 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 15:01:54.14 O
603 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 15:20:27.28 0
604 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 15:32:13.44 0
いや、英連邦の場合、英国王が君主を兼ねてる英連邦王国の他、
マレーシアみたいに独自の君主がいたり、インドみたいに独自の大統領がいる国があるから、
英国王が連邦に加盟している共和制国家の大統領を兼ねてはいない。
確かに英連邦と英連邦王国は混同されやすいよね
英連邦は今現在英国王を君主に戴いている国とかつて君主に戴いていた国の連合体
その内、今現在英国王を君主に戴いている国のみの連合体が英連邦王国
>>602 ネアルコスはヘラクレス推しだったような気がするが、なんせ当のヘラクレスが大王死亡時に3歳か4歳だからなぁ
607 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 16:45:07.02 0
「帝国の後継者えらびは筋目をとおしてこそ」と、
ヘラクレス君(ぎみ)を膝にだきながら上座にすわり、
諸侯に礼拝させる・・・ような重臣はいなかったの?
仮にEUをひとつの国家だと考えれば、EU大統領がEUの国家元首で
イギリス国王やスペイン国王なんかはEUの中に存在する地方政権の領主
みたいなもんかね
610 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 18:35:30.24 0
アレキサンダー大王の末裔っているの?
wikiによれば初代ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世は帝国成立当初はドイツ大統領の地位を
望んでいたそうだが、もしそうなっていたらドイツ大統領兼プロイセン国王が出現していたのだろうか?
その場合、大統領職もホーエンツォレルン家が世襲していたのだろうか?
>>611 今のUAEみたいになるんじゃないかな、それか国王同士の互選でマレーシアみたいになってたかも
コモンウェルス構成国家の元首は必ずしもイギリス国王ではないけど
コモンウェルス自体の元首(総裁?)がイギリス国王じゃなかったか?
614 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 19:42:03.55 0
>>611 プレジデントって言葉には「議長」って意味もあるから、
旧ドイツ連邦でオーストリアが議長国だったのと同じことなのでは?
UAE大統領も日本語で「大統領」って翻訳してるけど、
各首長国の首長からなる最高評議会のプレジデントってことだから、
要は首長会議議長ってことだろ?
そもそもUAEは明らかに共和国じゃないのに元首を「大統領」と訳すから語弊が出てくる
「元首」とか、
>>614のように「首長会議議長」という風に訳せば良かったのに
イスカンダル
ん、じゃ漏れもひとつ・・・
カンダハール
619 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 23:26:06.87 0
>>616 アレクサンドロスの息子アレクサンドロス4世はカッサンドロスに殺され、
ヘラクレスもその後の抗争に巻き込まれて殺された
アレクサンドロスの異母兄フィリッポス3世と妃で姪のエウデュディケは
オリンピアスが粛清
アレクサンドロスの妹がカッサンドロスの妃となって3人息子が生まれたが、
兄弟喧嘩のあげく全滅
これで王家の血は根絶やしになったようだ
フィリッポス2世が暗殺されたのが娘クレオパトラとオリンピアスの弟
エピロス王アレクサンドロスが結婚する祝宴の最中の出来事だったが、
こっちは子孫残せなかったのか?
エピロス王ピュロスは子孫じゃないけど
マケドニア王家、殺し合いやりすぎで他に王族いなかったんかな
古代オリエントの話題は古代のロマンに満ちていて良いね
もっとどんどん語るべきだ
古代ギリシアには全く疎いんだが
「あのアレクサンドロス大王さまの御子孫だ。
皆でもり立てて大王さまの偉業を永遠のものにしよう」
って忠臣はいなかったのだろうか?
622 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 00:14:34.11 O
>>606 本人でなく母親や外戚が人望無かったんだな。
623 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 00:34:25.72 0
アレクサンドロスが跡目についてもっとも強きものなんて言わずに
ヘラクレスを後継者にするって言い残したらどうなったのかな
それでもやっぱり抗争に巻き込まれて終了だったろうね
王が早死にしたらあっという間に王家が絶滅するって脆すぎるな
帝国が解体した後に出来たプトレマイオス朝やセレウコス朝がけっこう粘り強かった
というのも面白いな
>>621 そういう考え方はあちらには馴染まないのかもね
毛並みのいいのを神輿に担いで実権は自分が握ろうってすごく日本的
(藤原氏みたいなの)
627 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 01:03:22.94 0
>>625 始皇帝の場合は回避しようと思ったらできないことではなかった
末子の二世皇帝胡亥でさえすでに成人だったんだから
扶蘇を追放せずに手元においておけば遺言が改竄されることもなく
扶蘇が二世皇帝となって李斯や趙高に壟断されることはなかった
>>621 一応、ペルディッカスはアレクサンドロス4世の摂政として頑張ってたじゃん
本当に成人するまで後見するつもりだったかはわからんけどw
王子たちが成人するまで大王が生存していてば
帝国の分裂は避けられないにしてもプトレマイオス朝やセレウコス朝が長続きしたように、
王子たちが帝国を分割して、その中に長続きするのもあったかも。
>>627 秦って皇族でも各地の“王”に任命されないどころか、軍功が無ければ禄さえ無いって
厳しい。その軍功も天下統一されてしまえば軍功をたてようもない。
不満をもつ皇族たちが二世皇帝に対して乱を起こして、主役たちが入れ替わるものの、
実際と似たような展開に・・・。
630 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 07:20:10.76 0
ギリシャ人って半裸に近い格好だったけど、マケドニア人も似たような格好だったの?
631 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 07:55:47.40 0
現在のマケドニア人はスラブ系だけど、
当時のマケドニア人はギリシャ系だったから似たようなもんだろ。
で、現在のマケドニア人が「マケドニアの歴史の偉人」ってアレクサンドロスを自慢して
ギリシャ人が「スラブ野郎がそれ言うか?」って突っ込むと。
ギリシャつってもユーゴあたりから来たスラブ人やトルコ人との混血になってるじゃん
633 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 08:26:29.98 0
血統的には混ざりまくり(欧州なんてどこでもそうだが)なんだろうけど、
言語的にあの国の位置でスラブ化もトルコ化もせず
独自性を保っているギリシャ人はすごいな。
まぁ、スラブ人からもトルコ人からも、(現在は)大したことないのに変にごちゃごちゃウザい
“韓国人”視されているようだけど。
634 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 08:36:07.03 0
フランスもアンドラ大公位くらいブルボン家かオルレアン家に譲ってやればいいのに。
635 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 08:43:46.96 0
両家で喧嘩されてもかなわんので、ボナパルト家にというのはどうかと。
ブルボン系はスペイン王位やルクセンブルク大公位があることだし。
もし将来フォア伯家と血縁関係にある貴族出身の大統領がフランスに誕生して
「これからは大統領じゃなくうちの家系がフランス側のアンドラ公を名乗るわ」と
いうことは出来るのか?
アンドラの住人(議会?)が「じゃ、おながい」って同意すればおけかと。
「ご冗談を(w」ってなれば駄目だろうな。
極小国とは言え、ナポレオン家が一国の元首に返り咲いたら面白い
アンドラは国興しのため、ナポレオン家を君主に是非迎えて頂きたい(笑)
アンドラ・ボナパルト公国
640 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 10:27:21.59 0
ナポレオンも変な野心やイロケを出さずにエルバ島で大人しくしてれば、
今頃、ボナパルト家がエルバ島皇帝だったのにね。
641 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 10:43:21.95 0
その場合ナポレオン2世がエルバ皇帝になるわけか
絶対嫌がるだろあんな小島の皇帝なんか
642 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 11:01:04.84 0
でも、モナコやリヒテンシュタインみたいな感じ残っててほしかった>エルバ帝国
離島で始まり、離島で終わった生涯だったな>ナポレオン
644 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 11:53:51.25 0
あんな小島で帝国とか名乗ったらいい笑いものだな
せいぜい公国がいいところ
645 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 12:07:04.35 0
本当に国名はどうなるんだろ。
エルバに赴いた後もナポレオン自身は「皇帝」を称することは認められていたけど。
2代目以降はどうなるかな。
647 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 12:25:15.44 0
今の話ではなく、ナポレオンやその次の世代くらいの時代はどうだったのかなと。
そもそもナポレオンがフランス皇帝名乗った辺りからロシア皇帝と神聖ローマ皇帝だけが
欧州で皇帝を名乗れるという慣例は瓦解しちゃってるからねえ
649 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 13:01:54.81 0
とは言え、本当に“皇帝”を名乗る欧州君主って
フランス、ドイツ、オーストリア、ロシアくらい?どれもそこそこ大国。
ブルガリアの君主号“ツァール”はちょっと怪しいか?
あとは植民地で皇帝を名乗っていたのがイギリスとイタリアか。
生まれ故郷のコルシカ島の領主にしとけば、案外気にいって脱出せずにボナパルト・コルシカ公国として続いたかも
651 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 14:03:44.90 0
ヒンデンブルクがヴィルヘルム2世の復辟を考えていた件だけど、
その場合帝政が復活するだけでバイエルンやザクセンみたいな
他の君主はほったらかしで皇帝だけが復活したのかな
ドイツ皇帝兼プロイセン国王じゃなくてドイツ皇帝単独みたいな
652 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 14:13:21.22 0
もう国内に諸侯つーか君主つーかが割拠するっていうのは時代遅れな感じの時期ではあったしな。
ヴィルヘルム2世の時代はプロイセン王国の存在は殆ど有名無実化してたからな
ヴィルヘルム1世が皇帝即位を渋ったのもそれが理由
>>652 UAEやマレーシアのように現在でもそういった例はないわけではない
655 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 14:37:46.73 0
そもそもバイエルンの右翼や保守派はヴィッテルスバッハ家の復辟を狙ってたしな。
ミュンヘン一揆のときのバイエルンのカール総監はバイエルン単独の王政復古派。
656 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 15:03:09.31 0
>>653 ヴィルヘルム2世時代にはプロイセン王国が形骸化していたってよく聞くけど、
これはプロイセン国王がドイツ皇帝を兼ねているって認識じゃなくて、
プロイセン王国地域は皇帝直轄領いわば日本でいうところの江戸幕府天領で
バイエルン以下の構成国は広範囲の自治権を付与しているいわば各藩
って感じになったって解釈でいいのかな
>>656 それでいいと思う
ドイツ帝国成立後も諸邦国は自治権を失うことは無かったし
各々独自の王室を抱えていて、各諸邦国の直接的な統治者は
皇帝ではなく、あくまで各諸邦国の君主だった
ドイツ皇帝は名目上は各諸邦国の君主を代表する盟主に過ぎなかった
元々北ドイツ連邦からスライド式に生まれたような国家だしな
>>655 バイエルンはドイツでは最も保守的な土地柄とされていて
王政復古に最も近い位置にあると言われていたが
第一次大戦敗北時に真っ先に王位を投げ捨てたのが
バイエルン王だったというのが何とも皮肉な話だな
第二次大戦後のドイツをいくつかの国に分けて強力にならないようにするという案が連合国で
一時検討されていたらしいが、東側のプロイセン人民民主共和国、フランス傀儡のライン連邦、
親英のハノーファー王国、バリバリ保守のバイエルン=ヴュルテンベルク連邦王国みたいに
分かれていたら面白かっただろうな
>>645 エルバ島はprincipalityと表現されているので、あえて訳すなら公国。ただし、一代限り
なので代々エルバ公になったりはしない。ナポレオン1世が亡くなれば消滅。
マリー・ルイーズはパルマ公国、ピアチェンツァ公国、グアスタッラ公国をもらっていて、
死後は息子とその直系子孫がPrinceの称号で継承とされていたので、何も起こらなければ
ボナパルト家はパルマ、ピアチェンツァ、グアスタッラ公家として続いた可能性はあった。
662 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 18:40:23.54 0
パルマはマリー・ルイーズの死後、ブルボン=パルマ家に戻されてたはずだが。
イタリア統一戦争のときのパルマ公はブルボン家だし。
>>662 何も起こらなければ、だから。マリー・ルイーズ一代限りに改められたのは1815年6月。
エルバ島脱出以前は、君主としてのボナパルト家存続を一応容認してた。まあ、ハプスブ
ルク家がパルマ公ナポレオンを容認したかは微妙だし、どっちにしても失ってそうだけど。
没落後のナポレオンはマルタ島に送って、ナポレオンが追放したマルタ騎士団に代わってナポレオン騎士団を創れば絵的に面白かった
ボナパルト家の当主はナポレオン公(Prince Napoléon)を称しているが、
名乗るのならボナパルト公じゃないのか。
ベルナドッテ公(Prince Bernadotte)みたいに。
本人がそのように名乗っているのならそれで良いのだろうが。
ボナパルトからナポレオンに改姓してるから
ナポレオン公のフランス語表記がうまくいかなかった。
それはともかく、ducではなくprinceなら公よりも王子と訳したほうが良いかも。
princeでも公とすることは多いが。
>>666 それは初耳。
現当主もボナパルトを名乗っていたと思うが。
ナポレオンなんで処刑されなかったんだろうね。この時代はおおらかでいいね。
第一次大戦のヴィルヘルムはなんで処刑されそうになったんだろう。
8世のジャンも7世のシャルルも姓はボナパルトのはずだねぇ
いつ改姓したんだろ
「ボナパルト家はナポレオンに改姓した」
これたまに見るんだけどソースは見たことないわ
>>668 ブリュッヒャー元帥はナポレオンを捕虜にしたら
即決裁判で銃殺するつもりだったそうな。
ロイド・ジョージが「カイゼルをビッグ・ベンに吊るせ!」と叫んだのは
確かにどうかと思う。ヴィクトリア女王の孫なんだし。
672 :
世界@名無史さん:2013/12/22(日) 21:59:49.23 0
全然関係ない話だけど、ロイド・ジョージが息子にジョージって名付けてたら
その子の名前はジョージ・ロイド・ジョージになったんだよね
今日の日経読んであっと思ったのだけど
来年は第一次世界大戦が始まって100年に当たる節目の年。
だから、欧州とアメリカの首脳が集まってしめやかなメモリアル式典が開催されるんじゃないかな?
勿論、欧州首脳の中には王室関係者は含まれるだろうと思うけれど・・・・・
675 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 01:50:24.12 0
ロイドジョージはチャーチルに次ぐクズだからな
>>671 カイザーを吊るせとは思わんが、法の下の平等を建前だけでも遵守すべきなら
たとえ王の血族であろうと法による裁きは必要だな
そもそもイギリスはピューリタン革命で王を処刑しているじゃないか
天皇裕仁もぜひ日本国民の手で処刑すべきだったな
678 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 07:58:07.39 0
>>676 オランダ政府が連合国への引き渡しを拒否したから>カイザー
あと、WWWTの戦犯裁判は通常の戦争犯罪に関するドイツ側の自主裁判で、
形ばかりのものにすぎなかった。
もし、WWWUのあと、陸軍や東久邇内閣の要望どおり日本側の自主裁判をやってたら、
同じような形式的なものになって、軍閥の首魁に鉄槌を下すことはできなかったろう。
連合国による裁判には、広田の処刑やBC級の将兵の場合、理不尽な面や冤罪もあると思うが、
東条とか土肥原とか板垣とかが吊されたのは当然だろう。石原が不起訴だったのはおかしいが。
679 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 07:59:48.16 0
>>677 むしろ、本人が近衛公のように自決すれば、「大日本帝国」の有終の美を飾れた。
680 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 08:03:29.68 0
>>676 第二次大戦のあと、ナチに加担した旧王侯の何人かは連合国に逮捕されたり、
非ナチ化裁判で収監されている。
681 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 12:29:26.42 0
>>679 そういえば、敗戦で自決した天皇って弘文天皇=大友皇子しかいないな。
処刑疑惑がある天皇には淳仁天皇=淡路廃帝がいるな。
682 :
祝◯天長節:2013/12/23(月) 12:58:08.59 O
683 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 13:21:50.14 0
右翼2人にはさまれて陛下も正直、嬉しくないだろうな。
684 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 13:24:56.96 0
麻生は、三笠宮や近衛家とかとのつながりもあるから、
まあ、親類というか縁者みたいなもので、仕方ないけど、
A級戦犯の孫でウルトラ国家主義者の安倍と同席するのは、
リベラリストでハト派の陛下としては、内心面白くないだろう。
685 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 13:49:21.75 0
陛下にとって右の腹痛野郎と左のお遍路野郎、
どっちと同席するのがより嫌なことなんだろうか
左翼天皇早く死んでくれないかな。まあ死んだら死んだでバカ皇太子が即位するからそれも嫌だけど。
>>686 結局、天皇制を最も潰したがっているのは左翼じゃなくて
君みたいな人たちなんだよね
688 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 15:10:48.45 O
>>648 ナポレオン1世は皇帝らしい皇帝だと思うけどね。配下に多くの王国を従えた大帝国を築いたわけだし。
英語版Wikipediaの「ナポレオン・ボナパルト」には「ナポレオンが神聖ローマ皇帝に即位するのを防ぐため、フランツ2世は神聖ローマ帝国を自ら滅ぼした」と書いてあるけど、ナポレオンとしては「(西)ローマ皇帝になりたい」と思ってたのかな。
ナポレオンは皇帝即位の際にこう言ったという
「余はルイ16世を継いだのではない、シャルルマーニュを継いだのだ」
690 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 16:21:36.94 0
皇帝なのに「余は」なの、「朕は」じゃなくて
691 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 16:33:29.50 0
そういえばナポレオンは市民を内心軽蔑してたそうだな
死した兵士に対して撃ったりするさまを下劣だと思っていたらしい
彼も貴族だからノブレスオブリージュの観念からよりよく導かねればならんとか思ってたんだろう
692 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 16:34:29.53 0
ナポレオンの場合は、「余」だよな。
余の辞書に不可能の文字はない
693 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 16:42:54.82 O
>>688 ナポレオンが神聖ローマ皇帝に即位してたら凄いことになってたろうな。ハンガリーやボヘミアまでフランス領になってたわけだ。
>>691 >死した兵士に対して撃ったりするさまを下劣だと思っていたらしい
それは本当に下劣だ。
>>668 ローマを飛び地支配してるしなぁ
意識はしてたんじゃないの
ハイチには王室と帝室が3つあるけどどれもそれに相応しい待遇受けてるの?
696 :
669:2013/12/23(月) 17:23:39.87 0
>>674 だから現家長の(座を争ってる)二人がどっちもボナパルト姓なのに、いつ改姓したんだよ?って意味で書いたんじゃないか
>>668 処刑されそうになったっつっても
殺されそうになったんじゃなくて島流しにされそうになっただけだがな
698 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 18:05:06.92 0
ところで神聖ローマ帝国の3種のレガリアは帝国解散の後どこ行ったの?
オーストリアが勝手にぱくってオーストリア皇帝のレガリアにしちゃったとか
君主制が廃止になった国の王冠とかは一体どうなったの
最後の君主が好きにしていいのかな
ナポレオンの帝冠はブルボン家の王冠とは別のものを新しく拵えたの?
ヴィルヘルム1世のドイツ帝冠はプロイセン王冠とは別のを作ったの?
699 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 18:07:07.56 0
ナポレオン公というのは爵位で、姓はボナパルトのままだろ。
>>698 あんた、ウチらは聖徳太子じゃないんだから
そんな一気に質問されても困るがな
ナポレオン公って日本で言えば徳川家みたいなもんかな?
>>698 ナポレオンの月桂冠はブルボン家の王冠とは別物
ヴィルヘルム1世の帝冠についてはよくわからんがヴィルヘルム2世は
皇帝即位に際して帝冠を新しく作らせている
レガリアについてはシラネ
703 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 18:39:06.20 0
>>687 間違いなくそいつ左翼じゃん
嫌儲左翼的な奴ら、2chらしく罵詈雑言を操るが思考は左翼そのもの
どっちでもいいよ
左翼も右翼もまとめて帰ってくんねーかな
今日天皇への内奏の様子が公開されてたね。いまどき内奏なんて時代遅れ。
天皇も首相も忙しいんだからそんなもんやらなくていいのにね。
おまえが天皇きらいなのはわかったから
東亜とかお前並みの低能がいる巣に帰れ
スレチ
過剰な天皇マンセーも天皇罵倒も根は同類だよね
ベクトルが違うだけで
>>693 「フランス人民の皇帝」から「ヨーロッパ人民の皇帝」にランクアップするんですねw
709 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 20:52:05.13 0
ナポレオンってその気になれば、「西ローマ帝国の復興」とか「フランク王国の再統一」とか
古典的スローガンを打ち出せる勢力圏を築いたけど、そういうのは時代遅れだったのかな。
>>691 スペイン戦役で、スペイン民衆のゲリラ活動に悩まされたから
>>710 画家のフランシスコ・ゴヤがその時の様子を
海外に描いてるな
海外じゃなくて絵画だった
この時代の市民兵ってモラルがアレだよな。
フランス大革命のとき、バスティーユ城塞の司令官を血祭りにあげたりとか、
やたら報復的な残虐行為が目立つ。
七月革命を描いた有名な絵でも政府軍の兵士の屍が身ぐるみはがされて半裸状態だし。
国王殿下80歳のお誕生日を
心よりお祝い申し上げます。
715 :
世界@名無史さん:2013/12/23(月) 23:08:02.31 O
>>708 ナポレオンが神聖ローマ皇帝に即位したらドイツやイタリアの諸侯は震え上がったろうな。形式的には皇帝の臣下なんだから従わない大義名分が立たない。
イギリス王も「お前、ハノーファー選帝侯だよなぁ?」と言われたら逆らえたかどうか。
>>715 つまり、ジョージ1世からジョージ3世までは形式上とはいえ
イギリス王は神聖ローマ皇帝の臣下だったってこと?
717 :
世界@名無史さん:2013/12/24(火) 00:22:55.62 0
>>644 >>652 アイシンギョロ家の権力放棄と引き換えに締結された「清室優待条件」では、
ラストエンペラー溥儀は、「島いっこ」どころか、旧皇宮の「紫禁城」のなかだけで引き続き「皇帝」を名乗ることがみとめられ、かつ「中華民国政府」が「各国君主と同等の礼遇でこれを待遇する」と定められていたのだぜ。
革命政府公認の「皇帝」号。
「紫禁城皇帝」。
王制末期のネパールもギャネンドラ王はずっと王宮内に篭りきりだったし
王制も形骸化していて殆ど王宮内王国って感じだったな
デンマーク王はホルシュタイン公を兼ねていた時期があったから、
その時期には形式的には神聖ローマ皇帝の臣下だったのかな。
同様に、ロシア皇帝のピョートル3世もホルシュタイン=ゴットルプ公の時期があった。
ピョートルの後はロシア皇帝は皇后エカチェリーナが継承し、
ホルシュタイン=ゴットルプ公は皇子パーヴェルが継承したが、
後にパーヴェルは公の地位を放棄している。
ピョートルやパーヴェルも神聖ローマ皇帝の臣下という立場だったのかね。
イングランドもウィリアム征服王からヘンリー3世の代まで
ノルマンディー公を兼ねてたから、その間は形式上は
フランス王の臣下だったってことか
ああ、間違えた。
>>719で、パーヴェルは公の地位を放棄したんじゃなくて、
デンマーク王が統治していたオルデンブルク伯領をもらう代わりに、
ホルシュタイン=ゴットルプ公領の統治権を放棄したんだった。
名目上のホルシュタイン=ゴットルプ公はロシア皇帝が継承していった。
現在のロシア帝位請求者は女性だが、ホルシュタイン=ゴットルプ公位は
サリカ法が適用されるから別の人物が継承している。
パーヴェルはオルデンブルク伯領を同族のフリードリヒ・アウグストに譲っている。
後にオルデンブルク伯は公、大公に昇格している。
神聖ローマ帝国は1648年に死んでるから、それ以降に主君とか臣下とか言っても実質的な
意味はないと思う。今の英国君主がカナダやオーストラリアに主君面するようなものじゃ
ないかな。
日本やネパールみたく復権がありうるから
それなりに意味があるだろう
724 :
世界@名無史さん:2013/12/24(火) 05:28:05.74 0
神聖ローマ帝国の終結は1806年、オーストリア帝国の成立は1804年。
この間は神聖ローマ帝国とオーストリア帝国が並存していたようで、
オーストリア皇帝位は神聖ローマ皇帝から(オーストリア大公に)叙されたもの(任命されたもの)、
と考えていいのかな?
725 :
世界@名無史さん:2013/12/24(火) 05:56:38.03 0
>>717 その後の中華の支配者が「ま、いいいか」とその状況を見逃し続けてたら、
今でもバティカンみたいな小国家が北京に存在してた?
世界中から多額の献金が集まるバティカンと違って、早晩財政的に立ちいかなくなるかな。
726 :
世界@名無史さん:2013/12/24(火) 07:05:19.93 0
>>724 いやこのオーストリア帝国はオーストリア本国・ボヘミアなどの
神聖ローマ帝国部分以外にも神聖ローマ帝国外のハンガリーも含めた
ハプスブルク家領地を一括して自称したものだから神聖ローマ皇帝としての
フランツ2世が自身にオーストリア帝位を付与してフランツ1世となったのでなく
勝手にオーストリア帝国成立、んでこれからはオーストリア大公・ボヘミア王・
ハンガリー王などなどあわせてオーストリア皇帝だと宣言して周囲に認めさせた
って感じじゃないの
後のオーストリア・ハンガリー2重帝国ってハンガリーは国王だから正確には2重君主国、
神聖ローマ帝国とオーストリア帝国が併存していた時期こそ2重帝国だな
もっとも神聖ローマ帝国で皇帝の権力が及んだ部分は自家領であるオーストリア帝国と
かぶる範囲だけだけど
ていうかこの2年間のフランツが2重皇帝だっただけだが
727 :
世界@名無史さん:2013/12/24(火) 07:59:12.53 0
なるごど。伝統的に正統な皇帝自らが、(別の)皇帝位を僭称したわけか。
>>720 何を以って形式的とするか知らんが
ヘンリー2世は王領まで出向いてフランス王に跪いてるんだから
ノルマンディー公兼アンジュー伯(兼メーヌ伯?)としては実質的にもフランス王の臣下でしょ
メーヌ伯位は母方からの相続なんだっけ?>>ヘンリー2世
>>730 メーヌ伯位は父方の祖母からの相続。
厳密には祖母→父→弟→本人の順で相続されたので、弟からの相続とも言える。
>>671 カイザーを吊るせとまで言った人間が晩年、ヒトラーを高評価するんだから
皮肉な話やね。 >>ロイドジョージ
1910年 大韓帝国滅亡(日本に併合)
1912年 大清帝国滅亡
1917年 ロシア帝国滅亡
1918年 オーストリア=ハンガリー二重帝国、ドイツ帝国滅亡
1922年 オスマン帝国滅亡(スルタン制廃止、24年にはカリフ制も廃止)
1945年 満州帝国、越南帝国滅亡
1947年 大日本帝国、日本国に移行。英領インド帝国、イギリスから独立
1975年 エチオピア帝国滅亡
1979年 イラン帝国滅亡(2月)、中央アフリカ帝国滅亡(9月)
いまのところ、中央アフリカ帝国が、長い人類史上、最後の帝国であり、
ボカサ1世が人類史上最後の皇帝なんだな。
いい加減釣りネタの更新しろよ
老人か
>>731 ありがと
ジョフロワ父さんの家系からの相続だったか
奈保礼恩 慕那波流徒
(ナポレオン・ボナパルト)
奈翁
奈破崙
那破倫
那破烈翁
拿破倫
拿破崙
拿翁
ナポレオンは漢字表記の種類がいっぱいあるんだよな
エリザベスは以利沙伯くらいしかないのに
エチオピア皇帝の系図とかわかるサイトってないですかね?
ハイレ・ セラシエ1世ってメネリク1世からかぞえて何代目になるんですか?
wikiればすぐにFamily treeの載ってるページあるじゃん
エチオピア帝位の請求者って今現在存在するのかな?
「シオンの聖マリアエチオピア帝室騎士団」というのがあることを知った
一番低いのでもいいから団員になりたい
745 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 00:21:45.35 O
>>722 それはハプスブルク家(途中1人ヴィッテルスバッハ家から皇帝が出たが)に、ドイツやイタリアの諸侯を圧倒する力が無かったからに過ぎない。
大義名分だけでは何の力も無いが、実力ある者が大義名分を手に入れたら無双だぞ。
史実ではナポレオンはドイツやイタリアにとって侵略者でしかないが、あれだけの武力に歴史的正統性ある主君としての名目を備えられたら反逆の理由が立たない。
746 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 00:26:52.07 O
>>737 「日本外史」で有名な頼山陽が1818年(ナポレオン存命中だ)に「仏郎王詞」という漢詩でナポレオンのことを詠んでる。
仏郎王詞にはナポレオンという名前は出てこないが、幕末までにはナポレオンって漢字文化圏では結構有名だったみたい。
>>745 ハプスブルク家の数百年に及ぶ神聖ローマ帝冠の独占を
一度だけとはいえ神ブロックしたバイエルン選帝侯は凄いな
バイエルンって金印勅書のときから選帝侯候補だったのに
選帝侯になるだけで時間かかったな
>>745 >>747 フランツ1世はハプスブルク家じゃなくてロートリンゲン家の人間だから
ハプスブルク以外からの皇帝は2人ではないかと。
もっと厳密に言えばヨーゼフ2世以降はハプスブルク・ロートリンゲン家であってハプスブルク家ではないんだけどね。
750 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 05:22:24.56 0
ヴィッテルスバッハ家としてはライン宮中伯として最初から選帝侯ではある
ハプスブルク家も選帝侯の地位を手に入れるのに時間かかってるよね
金印勅書の目的がハプスブルク外しだから当然といえば当然だけど
ところでカール7世は選帝でボヘミア王としての権利も行使しているけど
どうやってボヘミア王になれたんだ
ボヘミアもすでにハプスブルク家による世襲が確立していたはず
ならカール6世の次はマリア・テレジアが継承するはず
だけど1741年にはカール7世がボヘミア王になっている
これってナポレオンがやったみたいに正統性はないけど
武力でボヘミアを制圧して無理やり王に即位ってことなの?
>>746 「江戸のナポレオン伝説」で日本とナポレオンのかかわりを記していたな
八重の桜でも肖像画が出てたし
>>739 wiki も見たんですが メネリク1世からは略されていて全容がわからないものですから
ハイレ・ セラシエ1世が2百何代とかって聞いたんですが それもわからなかったもので
>>750 詳しくは知らんけどカール6世の兄ヨーゼフ1世の娘婿としての権利を行使すれば
ボヘミア王位を獲得することの正統性を疑われることは無いでしょ。
「ハプスブルク家による世襲が確立していたはず」と言うが、
カール7世の妻もハプスブルク家の人間なわけで。
もともとの継承法が兄ヨーゼフ1世の娘を弟カール6世の娘より優先していたから、17
13年の国事勅書を否認するなら、カール7世の妃の方がハプスブルク家の継承者と言えな
くもない。ヨーゼフ1世長女の夫ザクセン選帝侯も同じ。
といっても、たしか結婚の際に継承権放棄してたし、1713年の国事勅書にも同意してるん
だから、正当な主張とはとても言えないけど。領土の一部と引き換えに取り下げる前提の
権利主張で、ゆすりのネタみたいなもんだね。
756 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 09:50:07.81 0
だとしたらザクセン選帝侯妃マリア・ヨーゼファ、バイエルン選帝侯妃マリア・アマーリエに
継承権があるわけで夫である選帝侯はあくまで女王の王配にすぎず国王にはなれないはず
フランツ・シュテファンは神聖ローマ皇帝になったけどボヘミア女王はあくまでマリア・テレジア
でもマリア・アマーリエがボヘミア女王に即位してカール7世は王配になりましたならともかく、
実際はカール7世が王配ではなく国王になってしまっている
>>756 当時は妻が持つ権利を夫が行使して夫自身が国王となることは不当ではない。
フェルディナント1世だってボヘミアやハンガリーの王位継承権を持っていたのは妻だったけど
どうやら妻の方は共同国王にすらなっていないみたいだし。
まあこの時点では両国とも選挙王制みたいなものだったから、選挙で選ばれてしまえば一介の庶民でも正統ではあったのだが。
たった二人しかいない娘を二人とも弱小ロレーヌ公国なんかの兄弟と結婚させたカール6世はわりとアホだよね。
759 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 10:23:24.26 0
>>758 嫁取りで外戚から領地を女系相続して大きくなっていったハプスブルク家が、
婿取りでありえないぐらいアホな選択をしちゃったんだね
やっぱりオイゲンの言ったようにフリードリヒ大王を婿にするべきだったか
それとも外交革命がありなんだったらいっそのことルイ15世にするとか
758書いた後に気付いたけど妹のマリア・アンナがカール・アレクサンダーと結婚したのはカール6世の死後だったか。
要するに姉妹揃ってロレーヌ公兄弟と恋愛結婚した恋愛脳がいけなかったということか。
特にカール・アレクサンダーの方は領地無し、同盟としての意味も無しだったわけで、
マリア・テレジアにとっては唯一の政略結婚の駒をこんなところに使うのは無能としか言えない。
でも恋愛結婚ゆるす家風が円満な家庭と
子沢山という政治的によい結果も生んだぞ
マリアアンナは完全に無駄というか軍事的に害だったともいえるが
762 :
ソーカ:2013/12/25(水) 14:12:16.04 i
集団ストーカー
管理人 宇土成 による造語。
2ちゃんねるを中心に、主にネットで広められている。
疑心暗鬼の心理をつき、特定した人物を精神的に追い詰めるために発案された。
実際には存在しない。
娘の才覚と力量を理解していた故
んな訳ないかw
764 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 15:36:04.09 O
>>758>>763 結果オーライにしても、フランツ=シュテファンの婿取りは正解だったぞ。
カール7世のあと、ヴィッテルスバッハ家が帝位を断念したのは「とにかく金がかかる」という理由らしい。幾ら形だけでも皇帝には違い無いんで普通の諸侯とは桁違いに金が掛かったそうだ。
ハプスブルクのほうはと言えば元々ヴィッテルスバッハより金持ちだったのもあるが、フランツ=シュテファンはオーストリーの累積赤字を一掃してのけた。
マリア=テレジアがあれだけ戦争しても国庫は健全を保ったからこそ、ハプスブルク家はその後も帝位をキープできた。
765 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 15:42:46.66 0
>>750 >>カール7世がボヘミア王になっている・・・正統性はないけど
>>武力でボヘミアを制圧して無理やり王に即位ってことなの?
一応、ボヘミアは選挙王制が残存していて、ハプスブルク家当主も代々
選挙で選出される手順を踏んでいた。
通常時は故王の嫡出長男子を形式的に選挙で選出する“手続き”にすぎないものであっても
嫡出男系断絶時のような異常時にはこの選挙王制の論理がクローズアップされてくる。
“選挙”といっても現在のように公職選挙法があるわけでもないので、
「俺に投票してくれ」と買収も公然と行われるし、秘密投票でもないので、
「俺に投票しないヤシは武力で攻撃するよ」と威嚇も行われる。
なので、カール7世が武力でボヘミアを制圧し、選挙権のある貴族を威嚇したのは事実ではあっても
一応手続きを踏んで選挙で選出されたボヘミア王ではある。
ナポレオンの場合はこれらの手続きすら無視したけど。
同じく選挙王制が残存していたハンガリーでは比較的すんなりマリア=テレジアを女王に選出。
これを“恩”に感じたのか、以後のハプスブルク=ロートリンゲン家の
ハンガリー優遇、ボヘミア冷遇につながっていった一因とも。
766 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 16:11:51.36 0
>>764 フランツ=シュテファンって今風に言えば凄腕のファンドマネジャーだな。
国家の資金を運用して莫大な運用益をあげて「ハプスブルク国家」に貢献した。
フランツ=シュテファン自身の個人資産も運用して、同じく莫大な資産を築き、
戦費調達のため発行された国債に個人で保証人になれるほどの資産があったとも。
(現在では普通は無保証人・無担保で発行される国債ではあるが、当時は保証人や担保が無ければ国債といえど売れなかった)
今なおハプスブルク家が大富豪と言われるのはフランツ=シュテファンの貢献が大きい。
767 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 16:28:20.87 0
>>766 フランツ1世ってなんかものすごく気の毒な人だよね
マリア・テレジアばかり有能な女帝(皇后だが)として持てはやされ、
まるで女帝の付録で時に無能とかいわれたりする
実際にはマリア・テレジアが実権を渡さず何もさせてもらえなかっただけで、
フランツ1世自身も政治家としてもかなり有能な人だったんじゃないかな
結果論かもしれないがフランツの主張どおりオーストリア継承戦争の初期に
プロイセンと和睦すればシュレージェンの大半を取られることもなかった
嫁がやる気満々だったけどオーストリア軍は弱いので和睦した方がいい
というのは正解で実際にプロイセンに負けちゃった
>>758 オイゲン公「私はフリードリヒ王子を推したんだけどねぇ」
>>733に補足
帝国終焉の軌跡
1867年 メキシコ帝国(第二帝政)滅亡
1870年 フランス帝国(第二帝政)滅亡
1910年 大韓帝国滅亡(日本に併合)
1912年 大清帝国滅亡(辛亥革命)
1916年 中華帝国滅亡(袁世凱、帝政取り消し)
1917年 ロシア帝国滅亡(二月革命)、大清帝国再度滅亡(張勲復辟の失敗)
1918年 オーストリア=ハンガリー二重帝国(ハプスブルク帝国)、ドイツ帝国(第二帝政)滅亡
1922年 オスマン帝国滅亡(スルタン制廃止、24年にはカリフ制も廃止)
1945年 満州帝国、越南帝国滅亡
1947年 大日本帝国、日本国に移行。英領インド帝国、英国から独立(英国王、インド帝位を放棄)
1975年 エチオピア帝国滅亡
1979年 イラン帝国滅亡(2月)、中央アフリカ帝国滅亡(9月)
いまのところ、中央アフリカ帝国が、長い人類史上、最後の帝国であり、
好むと好まざるとボカサ1世が人類史上最後の皇帝。
神聖ローマ皇帝フリードリヒか
マリアテレジアの結婚生活はどれだけ不毛になったかわからんな
あんがい仲たがいして似たような歴史たどったかも知れんぞw
それだと当座は凌げても今度は御家断絶の危機になりそうだ。
>>769 清朝→中華帝国→清朝→満州国の迷走ぶりが際だつな。
やっぱり、中華は君主制と相性が悪いんだろうか?
フリードリヒ大王とマリア・テレジアの娘がブルボン家に嫁ぐのか……
774 :
(スリーサイズスリーサイズスリーサイズスリーサイズフリーサイズ):2013/12/25(水) 17:57:22.39 0
あれだよね
48手にパイズリはなくて
画期的な西洋の大尉なのに
ウヨだかサポはパイズリに否定的だよね
なんで?
775 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 18:02:58.31 0
ケマルやゴ・ジン・ジェムやホメイニやエチオピアのなんとかいうヤツは、
皇帝を追っ払ったあと、なんで自分が即位しなかったの?
とくにケマル・パシャとレザー・ハーンには大きな違いはないと思うのだが。
そもそもフリッツに生殖能力もしくは生殖の意思はあったのか?
ホモ説もあるが不能説もある
777 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 18:27:20.10 0
同じく武人として名をはせたカール12世に至っては生涯独身だったな
後継者を残すという王の役目を放棄した王を家臣たちはどう思っていたんだろう
778 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 19:08:57.40 0
フリードリヒがマリア・テレジアの婿になった場合、
やはり弟のアウグスト・ヴィルヘルムもマリア・テレジアの妹
マリア・アンナの婿という2重結婚になるんだよな
フリードリヒが種無しでマリア・アンナが不妊だったとしたら、
お家断絶になっちゃうな
その場合ヨーゼフ1世の長女が嫁いだザクセンに継承権がいくのか
フリードリヒはマリア・テレジアを気に入っていた説もあるから
種無しでない限り世継ぎはできるだろうけど
779 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 19:18:02.90 0
>>767 夫は“ファンドマネジャー”として凄腕、
妻は大政治家、ってことで、それぞれきちんと評価すればいいのかと。
『フランツ1世は財政の面では才能があったとされる』なんて評価している
解説が目立つけど、“きちんと”評価している表現とは思えない。
『フランツ1世は国家資産の運用を引き受け、莫大な利益をもたらし国家に貢献した』というくらい
書いてもいいかも。(経済学部で用いる経済史の教科書ではこういうふうに書いてあるけどね)
>>778 ハプスブルク=ホーエンツォレルン縁組帝国とか怖すぎるんですけど
カイザーはドイツ皇帝に対して使われることが多いよね
オーストリア皇帝もカイザーのはずなんだけど
782 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 22:11:32.16 0
単にカイザーっていう場合はドイツ皇帝というよりヴィルヘルム2世についてじゃないの
カイゼル髭のカイゼルってヴィルヘルム2世のことなんだよね
784 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 22:24:48.23 0
それに第一次大戦のカイザー戦もヴィルヘルム2世の御世だしね
称号がそのまま個人の代名詞になってる人物なんてヴィルヘルム2世くらいのもんだw
「ツァーリ」だと真っ先に上がるのは誰かな?ピョートル大帝?
788 :
世界@名無史さん:2013/12/25(水) 23:02:40.22 O
>>779 全く同感。
自分は地方公務員だが、財政部局に配属されて成果を出せば文句無く有能とみなされる。無論、財政だけが大切なわけではないが。
歴史学者が「フランツ1世は財政面では有能だった」とサラリと流している本をよく目にするが、失礼ながら政治や行政に疎いが故にフランツ=シュテファンの能力を評価できていないとしか思えない。
ピョートル1世以降はインペラトルだから、ツァーリだとイヴァン4世かなあ
ニコライ2世は本来の称号であるインペラートルよりも
伝統的なツァーリの称号を好んで称したという
ヴィルヘルム2世のカイザー(カイゼル)ほど定着はしてないだろうけど
確かにツァーリといえばニコライ2世に対して使われることが多いような気がする
「最後のツァーリ」とか
後は何だ、ドゥーチェのムッソリーニとカウディーリョあるいはヘネラリッシモのフランコか?
護国卿のオリバー・クロムウェルもかな
尊師なら麻原彰晃
794 :
世界@名無史さん:2013/12/26(木) 01:26:27.53 O
>>792 ドゥーチェとかカウディーリョとか、はたまたフューラーとかの肩書を使った人が他に居るのかい。
ドゥーチェってヴェネチアとか普通につかってたやん
796 :
世界@名無史さん:2013/12/26(木) 06:07:51.61 0
>>794 カウディーリョは南米の独裁者も使ったよ
護国卿Lord Protectorはリチャード3世も一時使ってたな
クロムウェルの悪名のせいで使われなくなったが
南米でも護国卿は使われてたね
800 :
世界@名無史さん:2013/12/26(木) 12:00:50.45 0
日本で単に「太閤」といえば豊臣秀吉をさすみたいに
ドイツでも単に「カイゼル」といえばヴィルヘルム2世なのか?
801 :
世界@名無史さん:2013/12/26(木) 12:58:44.59 0
単に義経っていったら山本義経のことじゃなくて牛若丸のことだしね
小泉っていったら今やキョンキョンじゃなくて純のことだし
麻生っていったらもうローゼンじゃなくて久美子だし
803 :
世界@名無史さん:2013/12/26(木) 19:29:44.40 0
>>791 最後のツァーリはブルガリアのシメオンじゃないのか?
>>801 あまちゃんブームのおかげで、また小泉といえば純一郎よりキョン2の方になったぞ。
ウクライナのスコロパドシークィイは君主扱いでいいのか
>>804 どうなんだろ。ヘチマンって称号は日本でいえば征夷大将軍に相当するものではあって微妙ではある。
当時「天皇」に相当する上位の地位の者がいたわけではないしなぁ。
>>800 「Kaiser」で画像検索したらヴィルヘルム2世の画像がかなり多くヒットするな
日本で単に「太閤」といえば豊臣秀吉、「尊師」といえば麻原彰晃を指すように
ドイツでも「Kaiser=ヴィルヘルム2世」というイメージの人が多いのかもね
807 :
世界@名無史さん:2013/12/26(木) 20:58:02.87 0
今年は日本軍国主義復活の年として、歴史に汚点を残すことにならなければいいが・・・
もう手遅れだよ。日本の民主主義と平和主義はオワタ・・・
昔のフメリニツキやマゼッパあたりは君主とみていいかもしれんが、
ウクライナ国の場合はまずもって「国」としての部分がどうよ?ってところあるからなあ
811 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 07:15:43.76 0
君主がリベラルで、臣下が右翼って珍しい国だね>いまの日本
明治帝昭和帝も戦争には反対されてた
平和を愛好するのは公家の長である天皇家の伝統だろう
リベラルとは微妙に違うとは思う
でも君主は平和主義おおいよ
ニコライも日露、第一次前に妥協しようと努力したしヴィルヘルム2もそうだ
813 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 07:57:36.35 0
セルビアに最後通牒突きつけてわずか2項目留保しただけで
喧嘩吹っかけたフランツ・ヨーゼフは例外的なわけか
しかもオーストリアってイタリア同様軍隊弱いのに
家族が殺されたんだから状況が違う
815 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 08:04:49.62 0
弱いイヌほどよく吠えるってやつだな。
816 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 08:08:36.89 0
家族っていっても無茶苦茶仲の悪い甥っ子じゃん
むしろ厄介者がいなくなった上、
戦争やる大義名分ができてラッキーとか思ってたりして
仲わるいけど君主が家族ころされてなにもしないというわけにはいかん
しかしハプは自分の恋愛感情を貫く皇族多いな
818 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 08:57:35.08 0
別に多くもないんじゃないの?
単に目立っただけというか
819 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 09:15:53.82 0
フランツ1世とマリア・テレジアが相思相愛の恋愛結婚っていうのは嘘だろ
1723年に婚約してるけどこの時、フランツ1世14歳、マリア・テレジア6歳
14歳の厨房が6歳児を相手に恋ってロリコンすぎるだろ
6歳児に恋も愛もあったわけじゃなかろうし
親父が気に入って結婚させようとしただけだよな
820 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 13:04:21.37 O
>>813 あれを飲んでたら戦争回避出来たのかな。
821 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 13:05:31.10 O
>>819 「可愛い子」「大好きなお兄ちゃん」くらいのことは思うだろ。赤ん坊じゃないんだから。
822 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 14:24:30.56 0
>>821 だとしたら、フランツにロリコン疑惑が・・・
823 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 15:05:14.89 0
フランツ、きめえ
ょぅι゛ょから責められる羞恥プレイは最高だぜ。
え?カネ?カネなら漏れの才覚でナンボでも稼いでやるぜ。ふはははは・・・。
10歳とうじといわれるあの肖像画が本物なら
かなりいけるぞ
>>821 恋愛感情があったのが本当だとしても、8つも年が離れているなら
フランツ1世は他の女性に目移りしたりしなかったのかな。
1723年に婚約したが、結婚したのは1736年で27歳になっていた。
フランツはマリア・テレジアとの間に16人も子供を儲けているし、
性欲を我慢できたとは考えにくいな。
浮気は一回はしてるはず
でも浮気は基本してないからあんなに子沢山なんだろう
受胎率は3%くらいだからそれこそかみさん相手に毎日してたと思われ
フランツは嫁公認で愛人いた気がする
リーニュ候と一緒に女遊びしてなかったっけ
個人的に王族は恋愛結婚するより政略結婚から絆を深める方がロマンを感じるな
「第一印象は最悪でした」ってパターンかw
マリアテレジア、あんなに妊娠・出産していても出産時に事故が起こらなかったのは
奇跡だと思う、18世紀の医学水準では。
831 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 20:45:17.20 O
>>828 妾の存在は当たり前だったようだよ。
フランツ=シュテファンより後のフランツ=ヨーゼフの時代ですら、ルドルフ皇太子の自殺を知った皇帝を慰めるためにエリーザベト妃が自ら連絡して夫の妾を呼び出したくらいで。
832 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 20:47:33.56 O
>>822>>823 中2男子が幼稚園年長の女の子を「可愛いな」と思っただけでロリコンかよ。
それだけでロリコン認定してたらロリコンじゃない男のほうが珍しいわ。
833 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 20:51:05.82 O
>>830 「超安産型」とでも言うべき女性が居る。陣痛すらあまり感じず、分娩室に入るか入らないうちに産み落として母子ともに健康、みたいな人。
マリア=テレジアはそういう女性だったんだろう。
男か女か家臣と賭け事をしたエピソードが
不謹慎でもありほほえましくもあり
妊娠中でも政治はおこたらんのがいい
数十年後は女性君主と王配の組み合わせが増えるな
王配に求められる資質ってどんなだろう
妻に助言できる程度に有能で自己顕示欲がないタイプかな
王配として一番評価されてるのってやっぱアルバート公?
政治的実権がちゃんと妻にあってかつ夫も業績残したパターンって少なそう
そりゃ実権が王である夫にちゃんとあって、かつ妻(王妃)が業績残したパターン程度に少ないだろう。
そもそも実権が無いのにどうやって業績をあげるのか?
業績をあげるとすれば、実権を奪うか与えられるかして仕事する以外には無いと思うけど。
実権ある君主の補佐役として業績をあげる方法もあるけど
それは配偶者の仕事というより臣下の仕事っぽい。
フランツ1世が財務の才で国家に貢献したのをもっと評価すべき、
という意見がちょっと上に書き込みがあるが、
それを否定する気はないけど、なんか臣下の仕事っぽいんだよな。
同じことをやるにしてもハプスブルク国家の財務大臣としてやっていれば
当時から今日に至るまで抜群の評価をうけていたと思うけど、「皇帝」「オーストリア大公配」が
自らやるのはどんなもん?という評価なのかも。
>>838 ああいう人は「はじめに結論ありき」だから触っちゃダメ
840 :
世界@名無史さん:2013/12/27(金) 22:48:13.53 0
フランツ1世って、いってみればビッグダディみたいなもんだろ。
841 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 08:31:11.89 0
>>838 財務面で活躍したのが男性ではなく女性(王妃)なら「内助の功」ということで評価されるのでは?
・・・と思ったけど財務面で大活躍した日野富子の評価は高いとは言えんか。
君主やそれに準ずる人物・その配偶者がこの方面で活躍しても歴史的評価は辛辣なものになる傾向があるのかな。
842 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 08:55:30.20 0
フランツにせよ、富子にせよ、国家財政ではなく自家の財テクに手腕を発揮しただけだからな。
前者はハプスブルク家、後者は富子自身の財産を増やしただけ。
843 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 09:27:42.90 0
フランツも日野富子もオーストリア継承戦争やら応仁の乱やらの戦費調達に尽力しているんだけどなぁ。
個人・家の財産と国家財政が未分化だった時代だからどうしても個人の私腹を肥やしているように見えるのか。
まぁ、フランツは戦費調達のための国債発行の保証人になるかわりに多額の保証料を受け取ったり、
富子は各大名に資金を貸し付ける形をとって、多額の利子を受け取っているので
私腹を肥やしたと言われても仕方なくはあるが。
もちろんオーストリア継承戦争やら応仁の乱やらが
国家のための戦争というより個人・家のための戦争ぽくはある。
844 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 09:28:31.07 0
フランツってどうやって金を増やしたんだ?まさかあの時代に株式投資ってわけでもなかろうし
自分の領地にこれはと見込んだ手工業者を誘致、「さそってくれるのはありがたいけど元手はないよ」という業者には
資金を投資してやる→その業者は大きく成長して投資した資本は何倍にもなって回収、ってな感じで。
もしフランツの時代が産業革命の時代だったら、この手法で更に莫大な資産を築いていただろうな。
そして「皇帝にして産業投資家」・「皇帝にして産業資本家」として名をあげていただろうなと。
846 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 09:50:40.55 0
フランツはハプスブルク家の財産を増やしたってだけじゃなくて、
産業振興に多大な功績を残したってことか
成長した業者は国に税金を納めるだろうし
847 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 10:18:29.21 0
ここまでのまとめ。
フランツはロリコンでビッグダディなみの精力で銭ゲバ。
>>845 最初、若かりし日にロートリンゲンの地で、
領地からのあがりが、同じ面積でも農地からあがる年貢よりも
手工業者からあがる地代の方が高いことに関心をもち、
「なら領地の農地全部を工業地に変えればいいじゃん」と思ったとか。
成長して自領を統治するようになって、さすがに自領全部を工業化、というわけにはいかないにしても、
自領の工業化を実践しているうちに、誘致・投資した業者が成長して、地代だけではなく、
投資の面でも収益があがることにも関心を持つように。
849 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 10:49:18.74 0
そんなフランツがいながらなぜ工業の発展でプロイセンに立ち遅れたんだ
ヨーゼフ2世以降の後継者がお馬鹿だったのか
そんな親父の資質を妻や子供たちが馬鹿にしていた、少なくとも軽視していたフシはある。
馬鹿にしていた場合、見習おうとしないどころか、工業化それ自体を否定するようになってしまう。
もう少し後の時代、産業革命の時代だったら尊敬を勝ち得て、子供たちも父を手本とするんだろうけど。
851 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 11:31:24.12 0
「融資」ではなく「投資」ってのもミソ。
あの時代は未だ利子を取る「金貸し」はキリスト教徒にとってかなりの罪悪。
だから異教徒のユダヤ人の仕事。
「投資」なら困っている人に金を与え、与えられた人が後に成功すれば
「お礼」として投資者にお返しする、という形を取れる。
852 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 14:21:05.48 O
>>848 末頼もしい少年だな。カールが婿にしたがったのもわかる。
>>850 入り婿ってのは軽んじられやすいもんだよ。まして表向きの仕事は全部カーチャンがやってんだから。
853 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 14:41:55.64 0
カール6世はマリア・テレジアに帝王学を授けなかったということは、
名目上マリア・テレジアでも実際は婿のフランツに政務を執らせると
いう考えだったのか
854 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 15:38:06.43 0
>>822>>832 ところで「ロリコン」てロリータ・コンプレクスのことでしょ?
使い方が間違ってる気が・・・
855 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 18:34:23.38 0
「フランツ1世」という皇帝名より「フランツ=シュテファン」というロレーヌ公名で
よく言われているのはロレーヌ公として認めるのはやぶさかではないが、
皇帝として認めるのはちょっとな・・・、という意識が働いているのかな?
856 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 18:42:12.45 0
ロレーヌ公としてならフランソワ・エティエンヌになるのでは
857 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 18:45:46.04 O
>>855 「フランツ1世」というとマリア=テレジアの夫なのか、初代オーストリー皇帝なのか、よく解らないからな。
858 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 18:47:03.87 0
ロートリンゲン公というならフランツ=シュテファン
ロレーヌ公というならフランソワ・エティエンヌ
もっと正確にいうなら
フランツ3世=シュテファン、フランソワ3世・エティエンヌ
だろうけど。
859 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 19:01:02.07 0
相撲取りでもなんでも生涯の最高位の称号で呼ばれるのが普通だな。
例外がフランツ=シュテファンと昭憲皇太后(最高位は「皇后」)
860 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 19:08:50.39 0
でも天皇>上皇なのに後鳥羽上皇って言われてるよ
861 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 19:19:29.40 0
後鳥羽上皇とか後白河法皇は正式な諡号は「天皇」だけど、
なぜか昭憲皇太后は正式にも「皇太后」なんだよな。
フランツ1世はどうなのか知らんけど。
862 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 19:30:35.15 0
昭憲皇太后になったのは、亡くなられた時に誤って皇太后で上奏しちゃって
それを大正天皇がそのまま裁可してしまったからじゃなかったけ
フランツ1世は神聖ローマ皇帝フランツ1世でしょ普通に
スペイン王カルロス1世=神聖ローマ皇帝カール5世はやっぱり、
神聖ローマ皇帝カール5世の方で呼ばれることの方が多いし
863 :
世界@名無史さん:2013/12/28(土) 20:12:09.17 0
カール5世って在位中、ウィーンとマドリードと、基本的にどっちに滞在してたの?
マドリッドじゃねぇの?
もっとも、戦争だ公会議だ戴冠だ・・・で椅子の温まる暇があったかどうかはわからんが
オーストリアはフランツ1世、スペインはカルロス1世が
それぞれ二人いるから、まぎらわしくてかなわん
866 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 00:26:27.87 0
スペインのカルロス1世ってもう一人はファン・カルロス1世じゃないの
アストゥリアス王→レオン王→スペイン王の系譜でカルロス1世は1人しかいない。
フランス王シャルル4世がナバラ王としてはカルロス1世と呼ばれているが。
ファン・カルロス1世がカルロス1世と呼ばれることがあるけれど、
これは正しくないね。
というものの、自分が高校生の時に使っていた世界史の資料集では
スペインの元首が国王カルロス1世になっていた。
結構いい加減なんだなと思った。
>>867の資料集で思い出したけれど、
掲載されていたイングランド王、イギリス王の系図では
ハノーヴァー朝が1917年にウィンザー朝になったような記載になっていた。
1901年から1917年まで存在したサクス=コバーグ=ゴータ朝が
なかったことになっている。
869 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 09:27:18.29 0
ヴィクトリア女王の治世が長すぎたのと、息子が王位継承したこともあって、
ハノーヴァー朝とサクス(ry朝って、別王朝って感じがしない。
ジョージ王朝が現在まで、ずっと続いているって感じ。
どうせチャールズも、チャールズ3世じゃなくてジョージ7世になるんだろ。
870 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 10:20:47.32 0
そういえば河出文庫のカール5世を買ったけどまだ読んでない。
正月休みに読めるかな?
日本軍は真珠湾攻撃の後、ハワイを占領してハワイ王国を復活させるべきだった
旧ハワイ王族が、当時ハワイに居たかわからんが
872 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 13:22:23.72 0
東伏見伯でも擁立すればよかったんじゃないの
873 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 14:44:28.36 0
>>872 だめだろ。ハワイ王族の女系子孫でもなんでもない皇族から降下した一伯爵じゃ
ハワイ原住民も誰だよそれって感じだろ
>>871 人数的にはかなりいるらしい>旧ハワイ王族
おまけに王家は一つじゃないらしいし。
ハワイに日本軍を上陸させてハワイ王国復興を、ってのは実際案があったと聞く。
でも実現なんて無理だろうし、大体日本軍の上陸なんかできたのか?
一時的に島を占領できても
遅くとも2年後にはハワイ住民を地獄に巻き込んで玉砕だろう。
前に書いたことあるけど
戦時中陸軍省で「海軍大佐の高松宮殿下をフィリピン皇帝に」
って怪文書がまかれたことがあったらしいな。
実現してたら末路はほぼ確実にメキシコのマクシミリアン皇帝。
876 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 15:08:33.83 O
>>876 「大和民族を指導者としての八紘一宇、大東亜共栄の具体化」とかになるんだろうね。
フィリピン人にとっては余計なお世話、大きなお世話、
日本の天皇の弟が自分たちの何の関係あるんだ?
ってなるけど、そういう現地人の感情なんかおかまいなしだったんだろう。
フィリピン占領のニュース映画で公然と
「ジャズに、アメリカ文化にかぶれ堕落したフィリッピン人を
我々が目覚めさせねばならない」とかナレーションやってた時代なんだよな。
879 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 16:03:08.18 0
ハワイイ王国には、カメハメハ家、ルナリロ家、カラカウア家の3王家がある
>>867 ファン・カルロス1世は名前が長いから略されがちなんだと思う
カルロス1世はカール5世、ファン・カルロス1世はカルロス1世と
呼ぶようにすれば混同も防げるかもしれん
881 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 17:15:08.17 0
カメハメハ家は断絶して今は無いのでは?
ルナリロ家ってのはカメハメハ1世の異母弟の子孫なので、
カメハメハ家の庶流ともいえる。
カラカウア家はルナリロ家始祖(カメハメハ1世の異母弟)の異父弟の子孫か。
いずれにせよ、カメハメハ朝断絶後のハワイは選挙王制みたいな感じだったので、
現在のハワイ州知事は選挙で選出された「王」みたいなもんで、その王がアメリカ大統領に「臣従」していると。
>>880 カール5世は旧カルロス1世、ファン・カルロス1世は新カルロス1世じゃ駄目なん?
本人が名乗っている名称を勝手に省略したがる神経がわからん。
884 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 18:17:48.11 0
現国王は、カルロス国王だろ。
885 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 18:18:32.04 O
>>878 当時のそういう押し付けがましい上から目線の何様言論に触れるたび、朝鮮半島の近代化に対して礼どころか恨みを言う韓国人に少しだけ共感する。
886 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 18:57:50.04 0
>>878 はっきり言って余計なお世話だろうね
他国にいう前に自国のことをもっと徹底しろよ
戦時中でもニュースをニュースって言ってるんだよ
「臨時ニュースを申し上げます臨時ニュースを申し上げます」
ニュースなんて外来語そのまま使っちゃだめだろ
newにsなんだから新事でいいだろ
「臨時新事を申し上げます臨時新事を申し上げます」
それ以前に聯合艦隊をGFって略したりしちゃだめだろ
第一航空艦隊が一航艦なんだから聯合艦隊は聯艦だろ
たぶん、英語を排除しだしたのは開戦後しばらくたってからで、開戦直後はそのまま使用してたんではないだろうか
アメリカは今の情勢を見て原爆二発じゃ足りなかったかと
思ってるかもね
889 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 19:18:30.75 O
>>887 「加藤隼戦闘隊」なんかいきなり「エンジンの音轟々と」だからな。特に歌詞も変えず歌われ続けたたらしい。
因みに軍歌でも問題視された歌詞を変えることはある。「戦友」の「軍律厳しい中なれど」は「軍律違反を正当化しかねない」と昭和期には「硝煙渦巻く中なれど」と歌詞を変えている(現在のCDにはどちらの版もある)。
890 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 19:21:49.46 O
>>887 「加藤隼戦闘隊」なんかいきなり「エンジンの音轟々と」だからな。特に歌詞も変えず歌われ続けたたらしい。
因みに軍歌でも問題視された歌詞を変えることはある。「戦友」の「軍律厳しい中なれど」は「軍律違反を正当化しかねない」と昭和期には「硝煙渦巻く中なれど」と歌詞を変えている(現在のCDにはどちらの版もある)。
というか普通に海軍では使われてたみたいだし
あとエンジニアの親戚のはなしだとそんなものは職場では無視してたっていってたぞ
一応兵器作ってた民間人だが
892 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 19:42:51.12 0
893 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 20:36:25.40 0
ラジオ番組を「放映」?
894 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 20:38:00.58 0
895 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 20:41:12.83 0
厨房のとき聞いていたな。
放送の内容より、この番組の沿革の方が気になって調べたら、
NHK最古の番組であることに驚くとともに
開戦当日から放送が休止されていたのを知って
なるほどな、と思った記憶が。
896 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 21:00:58.96 O
>>895 英米と戦うんだから国民みんなが英語に堪能になって敵さんの情報獲得したほうが有利なんだがな。
897 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 21:03:23.55 0
>>886 news
ってのはあちらこちらからの情報ということで、東西南北の頭文字、
North
East
West
South
由来だろ?
新事の複数形というわけではないのでは?
新(にう)事(す)と、強引に当て字しちゃえよ。
899 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 21:19:28.57 0
あのまま帝国陸軍が残っていたらミサイルは今頃何て呼ばれていたんだろうか
900 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 21:22:42.12 0
弾機
901 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 21:26:02.84 0
英語が駄目で漢語がOKってことないだろ。
やまと言葉でどう言うのだろうか?
902 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 21:38:46.93 0
そもそも突き詰めたら漢字も駄目だと思うけどな
ひらがなカタカナも微妙なライン
903 :
世界@名無史さん:2013/12/29(日) 21:44:53.09 0
帝国内でアルファベットや漢字を由来としない文字といえば、
ハングルを用いるしかないということになるのか。
こういう言い換えは第一次大戦時、イギリス王室がサクス=コーバーグ=ゴータはドイツに由来するとしてウィンザーに改名したのが始まりなんだろうか
>>903 たぶん後世の偽造だけど、神代文字を使用すべき
「ゴータ」爆撃機がロンドン空襲のシンボルになっちゃったのが痛いね。由来もザクセン
=コーブルク=ゴータ公国の地名→社名でそのままだし、君主もジョージ5世の従弟だし。
907 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 00:06:09.73 0
>>901 清水義範がなんかそんな小説書いてた
適正言語として漢字・漢語を禁止。
現代文明の基礎的用語を、やまとことばで急造しようとして大混乱。
最後は、鹿児島県出身の軍人達がクーデタにより実験をにぎり、
「鹿児島弁をもってあらたな公用語とする」
という布告をだし、主人公(次々かわる新政権の言語政策に右往左往する一介のサラリーマン)が
「そげんこつではばくふはたおしきれもはん、おいやっとさーじゃした」とか
めちゃくちゃな鹿児島弁をムリにしゃべって、オチ。
908 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 00:09:31.26 0
>>901 漢語が駄目なら日本(にっぽん、にほん)も駄目か
大日本帝国は「おおやまとすめらみくに」とでも言えばいいのか
909 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 00:19:52.96 0
>>907 それを某半島国家がやってるんだな。
漢語の記憶がまだ話し手の念頭にあるうちはいいけど、
記憶消失後はお互い何を話し合っているのかわからなくなって
英単語・英語に頼るようになる。
>>909 朝鮮中央通信での張成沢への断罪の言葉がまさに漢語の羅列、羅列だと
翻訳文と男性アナウンサーの言葉で思ったんだが、あれ漢字を事実上廃止している北朝鮮の人たち
聞いていて完全に理解できていたんだろうか?
「万古の逆賊」とか意味通じるのかなあ。
ケマル・アタチュルクはトルコ共和国成立後、イスラム色を脱するためアラビア語・ペルシャ語由来の単語をトルコ語に置き換えている。
トルコ語にない単語は新たに創ってまで。
912 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 01:07:32.39 O
言語浄化やってない国は日本くらいかもな
明治以降、逆に漢語が増えた
ベトナムもずっと漢文使っててチュノムも一部使ってたけど今はラテン文字表記
まあなんとかなると言えばなんとかなるようで
914 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 02:03:28.31 O
>>910 そういう固い言葉のほうが、似たような言葉が無いだけ却って解るのかも。
韓国語で放水と防水が同じ発音になるのは有名でこれを嘲笑する日本人も多いが、実は日本語でも市立と私立、決行と欠航のように同発音で意味が逆という例は結構存在する。
絶対に漢字は廃止出来ないね。
>>914 そもそも中国語でも数万ある漢字に対して発音は数百しかない。
同音異義を嘲笑する輩がいるとは驚いたw
それはさておき当用漢字使用が義務付けられていた頃の文章ですら今見ると読みづらくて仕方がない。
漢字を廃止してしまったヴェトナムや北朝鮮では日常会話で齟齬や不便な事はないのだろうか?
917 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 05:26:10.74 0
『ノルウェイの森』の仏語訳が出たころは、
フランスでは未だ潜在的な反英気質が強くて(今はそうでもないらしいが)
ビートルズのNorwegian Woodを連想させる(実際Norwegian Woodがこの村上作品の題名の由来だけど)
題名では受け入れられないだろうと『La Ballade de l'impossible(不可能のバラード)』になっていたりする。
918 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 06:06:22.75 0
>>910 半島の南半では漢語は排斥されるるあるけど
北半では中国が(一応は)友好国なせいか
漢語を排斥しようという動きは無いそうな。
(一方で、北の民に無い概念「家賃」「銀行口座」「振込」等の単語は
通じない、脱北者に「家賃は毎月○○日までに指定の銀行口座に振込んでください」と言っても
チンプンカンプンとのこと)
分裂国家になって久しく、両者の国民の交流も無く
言語が分化しつつあるとも。
919 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 08:06:02.14 O
>>918 実は漢字を正式に廃止したのは北だけで、韓国では廃止してないんだけどね。
その証拠に北朝鮮の駅名票はハングルだけだが、韓国のほうはコレール(旧国鉄)も地下鉄も駅名票に今も漢字表記を残してる(日本人には大変有り難い)。
>>918 北鮮は中共を敵性国家として子供たちに教えるようになってるらしい
921 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 08:12:33.24 O
>>918 横だけど、北朝鮮には銀行無いのかな。
幾ら社会主義国でも「手元に現金置いとけば万事OK」とはいかないような気が。
922 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 08:20:50.16 0
90年代まで地下鉄の駅名票はハングルオンリーだったんだけど
日本や中国からの観光客が増えて漢字併記に改めたとか。
街中の案内票の併記に関して、我が国では以前は英語くらいだったのが
朝鮮語、中国語、ポルトガル語と併記だらけで見苦しくなりつつある。
そのうちフランス語やスペイン語、タイ語、ベトナム語も併記しかねん。
難読地名が漢字表記されていて、日本人は読めないのにハングル併記で
韓国人は読める、といった逆転現象もあるのはほとんどギャグかと。
外国人対策とは思うが、日本に来るくらいの人なら英語くらいそこそこ読めるだろ。
英語のみでいいのではないかと。
923 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 08:52:47.94 O
>>922 韓国のバス停や道路標識はそのとおりだけど、駅名票は一貫して漢字併記だよ。自分は鉄だから写真を見た。
924 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 09:01:52.92 0
>>923 そうか?コレールはずっと漢字併記だけど
昔ソウルの地下鉄で難儀した記憶が鮮明なんだが。
925 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 09:09:47.66 O
>>924 おや。
では自分は韓国国鉄が昔から漢字併記なのを「韓国の鉄道は全部」と勘違いしてたのかな。失礼。
926 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 09:24:06.08 0
韓国の漢字表記はどこ基準?
日本、台湾、中国で字体が違ってるんだが
>>926 所謂「繁体字」。正字体、旧字体。
台湾と同じだね。
928 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 09:29:29.47 0
トン、じゃあ塩はあの難しい字になってるんだ
929 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 09:29:44.47 0
930 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 09:55:02.13 0
なんか教保建物の教の字が新字体っぽい
旧字は確か偏がメナ子のはず
931 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 10:13:18.47 0
英語がダメならなぜドイツ語かイタリア語に置き換えなかったんだろう
特にドイツ語は医学など学問の言葉として使われていたのに
932 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 10:27:55.26 0
ドイツ語・イタリア語使用人口なんて日本語使用人口以下で、
「医学を学ぶ」「芸術を学ぶ」と各専門分野を志す者ならおおいに学ぶべき言語かもしれんが
国民広範が学ぶべき言語なのかどうか。
スペイン語やポルトガル語の方がマシかと。
フランス語もフランスが親枢軸側のビシー政権下にあったので、
フランス語もよいか。
933 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 10:36:07.53 0
動物園のライオンが獅子に変更になったそうだけどホント?
チーターは何て呼び方になったの
934 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 10:46:23.62 0
水前寺清子
東京マリとかw
むしろ図鑑などでは漢字表記をしてもらいたい。
シロナガスクジラやらコガタアカイエカ等と書かれるより
白長須鯨、小型赤家蚊の方がイメージしやすい。
>>929 台湾自体正字の「臺灣」でなく「台灣」表記だから
937 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 17:26:12.11 0
>>914 >実は日本語でも市立と私立、決行と欠航のように同発音で意味が逆という例は結構存在する。
>絶対に漢字は廃止出来ないね。
江戸時代以前に成立していた漢語は、カナにしても、意味がくっきりわかった。
【でっち】
【ばんとう】さん
おのれあやかし!【しょうたい】みやぶったり!
そこへなおれ!【せいばい】してくれる!
ととさま、かかさまは妹の【ぼだい】をとむろうため、まいにち【ねんぶつ】してございます
日本語のなかに同音異義語がやまほどできたのは、
明治期の文明開化をになった連中が、近代文明の語彙を翻訳するさいに、
発音にきわめて無頓着に訳語を粗製濫造したせいであり、
「日本語の本質的として」同音異義語がたくさんありすぎる言語なわけではない。
938 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 17:59:13.76 0
明治以降作られた訳語ってほとんど音読みになってるよね
望遠鏡なんて遠眼鏡でいいじゃんって思うよ
939 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 18:03:58.08 O
>>937 >江戸時代以前に成立していた漢語は、カナにしても、意味がくっきりわかった。
紛らわしい単語は使われなくなったのでは?
940 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 18:37:19.34 0
粗製濫造というが、明治の文明開化の洪水のなかで大量に押し寄せる欧米語との格闘で仕方なかったのでは?
941 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 18:52:16.63 0
ヲイヲイ、別に英語由来の外来語や音読みの漢語が悪いわけではあるまい。
まさかこのスレの住人は昭和15年〜20年ころの我が国が発狂していた時代の
外来語排斥主義者や今なお存在する「外来語排斥主義者」「漢語排斥主義者」「漢字追放主義者」
みたいなアホな思想の持ち主ではあるまいに。
お前らもういいから王室の話をしろよw
943 :
世界@名無史さん:2013/12/30(月) 20:49:17.42 O
横笛のことを古文で「ヨージョー」と読むのは、そのまま「おうてき」と読むと「王敵」になってしまうかららしいな。
ヨコブエでいいじゃん。
F1レーサーのミハエル・シューマッハがスキーの事故で
昏睡状態らしいけどオランダのヨハン・フリーゾ王子と
似たような状況だったのかな
946 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 05:09:04.71 O
>>943 似たような話があるね。
貴族がもつ笏は本来「コツ」と読むんだが「『骨』は嫌だ」というんで、ちょうど一尺あったんで「シャク」になったとか。
北海道の千歳もアイヌ語ではシコツというが江戸時代「シコツってどう書くんだ。まさか『死骨?』」という奴が多かったんで、似た発音で意味の良い「千歳」に改名したとか。
支笏湖はそのままだね。
947 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 05:37:28.81 0
君主はほとんど武人か神官を由来とするなか、
グリマルディ家は商人を由来とする。
歴史的にはメディチ家なんかも商人由来だが、
他になにか変った“職”から君主になった例ってどんなのがあるかな?
948 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 06:14:12.30 i
セルビア王家は豚商人か養豚業者の出だったはず。
949 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 06:36:27.57 0
なるほど。当時のセルビアでは畜産がさかんで
畜産に関わる指導者のところに人物や資金があつまってきたのか。
それを考えると、工業化の進んだ近代以降の先進国では産業資本家から君主があらわれても
いいような気もするけど、伝統的な君主を押しのけるのは難しかったか。
押しのけても「大統領」にはなれても君主は無理だったか。
プシェミスルは農夫から王になった究極の逆玉の輿
イヴァイロは豚飼いから
952 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 08:42:34.87 0
>>947 神官由来の君主って例えば何家?
欧州は日本の社家みたいに宗教は世襲じゃないはず
ミハイル・ロマノフの父はモスクワ総主教で
チェザレ・ボルジアは教皇の私生児だったが
日本の天皇家は神官の家系みたいなもんだろ。
954 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 09:25:02.61 0
今現在は世俗の王しかいないが元々は聖王との合議制だった国や地域って結構あるみたいだな
955 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 09:33:41.19 0
戦国大名の諏訪氏や阿蘇氏は神官出身の君主と見ていいのか
厳密には大名じゃないが本願寺も一応それに入るか
956 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 09:39:22.78 0
>>952 欧州ならモンテネグロのニゴシュ家なんかそうだな。
957 :
947:2013/12/31(火) 09:50:28.83 0
あるがとうございます。
セルビアのオルジェノビッチ家やカラジョルジェビッチ家は
畜産関連で身をたてた感じですね。
イヴァイロは元々豚飼いだけど、豚飼いで身をたてて君主にまでなった、
というわけではなく、扇動者・義勇軍の頭目として君主になったので
ちょっと自分が聞きたかった感じとは違うな。その点で劉邦や朱元璋も除外ということで。
君主ではないけど、豊臣秀吉も武人に分類されるかと。
プシェミスルがよくわからん。どういう経緯で君主にまでなれたのか。
958 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 09:55:09.21 O
>>952 サウジアラビアにはサウド国王家の他にワッハーブ家もあったと思うけど。
959 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 10:04:05.73 0
>>952 >>953 世襲ではないが、「教皇」はまさに現存する神官由来、というか神官そのものの君主。
960 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 10:24:56.35 0
現在ではアンドラ共同大公の片割れはウルヘル司教だな。
961 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 10:40:28.93 0
国教会や各国のルター派の首長を兼ねる英国王や北欧の君主も、
神官王と言えるの?
日本のアレは政教分離なんちゃらで、国葬すら神式でマトモに行えなかったから、
もはや神官王とはいえないけど。
962 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 10:42:20.91 0
オルジェノビッチ家とかカラジョルジェビッチ家なんか
貴賎結婚の次元ですらない下賎の成り上がり者だよね
コルシカ小貴族のボナパルト家にも遠く及ばない
そのナポレオンでさえ皇帝になってなかったら
オーストリア大公女を妃になんかできなかったろうに
それを考えたらフランツ・フェルディナント大公の
ボヘミア伯爵令嬢なんか大した問題じゃないレベル
出自が卑しかろうと一旦君主の座を手中に収めたら
貴賎結婚のハードルはクリアってことなのか
963 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 10:46:56.49 0
異教徒でアジア人の王家(日本とかタイとか)は、貴賤結婚に抵触するのかな?
ボカサ家みたいなのでも、一旦皇帝と認められたら、OKなの?
964 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 12:22:25.11 0
貴賎結婚禁止規定には抵触しないかな。
ただし、別の規定で困難を伴うかも。
オランダやスウェーデンなら国会の議決が必要だし、
ベルギーなら王の許可が必要だし。
イギリスはカトリックの婚姻相手は禁止しているけど
異教徒、仏教徒やムスリムとの結婚は継承法上は問題無いか。
そもそも貴賎結婚禁止規定を残しているのってリヒテンシュタインくらいか?
965 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 14:29:35.05 O
>>964 ボナパルト家は大丈夫だな。実例あるし。
ボカサ家やイトゥルビデ家やゾクー家も理論的には大丈夫なはず。君主の家であることには違い無い。
966 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 14:39:33.25 0
ボカサって君主を自称(僭称)した独裁者なのか、
独裁者から皇帝に即位した君主なのか、微妙なラインだな。
ウィキのボカサの項目は、前者っぽいニュアンスだし。
一代だけだからね
968 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 15:42:36.06 0
>>947 エジプトやメソポタミア、マヤなどは今で言う天文学者が起源らしい
天文学や数学の発展した文明では学者が祖というのが多いだろう
ただそれは神官に分類されるのかもしれないが
>>967 一代だけなら君主でないと言うなら、ナポレオンだってそうなるが?
>>936 そもそも「臺」の字と「台」の字は今でこそ旧字体と新字体の関係だけど、
本来は全く別の字で戦前は用法により使い分けてたのになあ
971 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 15:56:17.05 0
>>970 柿の「かき」と「こけら」みたいなもんか
使い分けってどんな感じだったの?
社台グループの台はどっちになります?
973 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 16:11:06.41 0
>>969 中断期間はあるけど、一応、甥が3世になってるし、
在位中、ハプスブルクの皇女と結婚して欧州王室ネットワークの一員になれたのは大きい。
974 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 16:15:22.81 0
>>962 オスマンの支配が長かった地域では世襲貴族は存在しなかったのでは?
文武の官僚もムスリムでトルコ化していて、
オスマンが去っていったとき多くは共に去っていったし。
となると、産業界で活躍していた者が声望を集めることに。
当時のセルビアの主要産業が養豚業だと。
養豚業といっても経営者クラスで、現場で豚飼いをしていたわけではあるまい。
同じようにオスマン支配の長く自前の貴種がいなかったギリシャ、ルーマニアやブルガリアは
他国から貴種を招くことになるが。
975 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 16:26:03.57 0
他国から招いたやんごとなき君主の脇を、地元の百姓だの肉屋だの大工だのが固めている。
それを受け入れる君主なら問題は無いが、「なんかキタない連中だなぁ」「なんかヤだ」と
地元出身の臣下を遠ざけて、自国から連れてきた貴族連中で周囲を固めだすと、
貴種にあこがれてわざわざ他国から君主を招いた地元の民の支持を失って・・・。
976 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 16:33:36.85 0
>>973 ナポレオン2世もかなり短いけど即位してるんだよね
現代社会のルールを作った欧州の君主とそれ以外では扱いが異なるのは当然なのかも
>>975 ノルウェー王はいかに振る舞えばいいかちゃんと心得ていたな。
ボカサも善政をしいたら君主として存続できただろうに。
まぁ皇帝僣称に至る経緯からしてありえない話だけどw
978 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 17:36:30.03 0
そういやノルウェーってのも地元貴族が全滅状態だったか。
旧オスマン領域のように貴族不在の地域に君主制国家が多く成立して
ハンガリーとかボヘミア、クロアチアみたいに
君主の脇を固めるにふさわしい地元貴族が大勢いた
旧ハプスブルク地域に君主制国家は根付かなかったよな。
>>970 「邪馬台国」や「台与」も、本来は邪馬臺国と臺與ですからね。
臺は物見台に由来し、台は鋤を土に入れて柔らかくすること、転じて心の和らぐこと。
ついでに与は與の一部(中央部分)の変形。
既存の君主家から娘をもらうのが、君主家としての承認になってるのかな。現ボナパルト
家だとヴュルテンベルクだし、ウジェーヌのところもバイエルン。テックやバッテンベル
クも英国とつながって復活した感じだし。
い
>>977 別ににフランス王やエジプト王を名乗ったわけではないんだから僣称ではない
984 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 18:28:13.97 0
ゾグは王家の出ではないけど、世襲の地方総督(土侯)の出身だというから、
日本で言えば大名家の出のような感じなんだろうな。
ボカサ帝ってニコニコ大百科にも載ってるけど
一貫して否定的な論調でなんだかなあと思った
確かにあの暴政は決して褒められたもんじゃないけど
暴政批判ついでに帝位まで否定してるかのような
書き方だった
極端に偏った思想の持ち主はああいうのは執筆すべきじゃないよね
まあネトウヨの巣窟といわれるニコニコじゃ仕方ないんだろうけど
986 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 18:57:39.84 0
>>985 ニコ百科見てきた。
>>皇帝として認められることはほとんどないのが実情である。
>>中国史の袁術あたりといい勝負である
いくらなんでも袁術以上に皇帝として認められているだろ。
さらに袁世凱以上でもあると。
・・・袁氏って帝位に肉薄(実際に名乗ってはいるけど)はするんだけどなぁ。
987 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 19:24:51.27 0
70年代末期の少年朝日年鑑の各国要覧でも、
中央アフリカ帝国、皇帝ボカサ1世は普通に認められてたのになあ。
988 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 19:37:28.35 0
カダフィーが王制に移行して自分がリビア国王になろうとしていたようだけど、
北のカリアゲ君は朝鮮皇帝に即位しようとか思わないんだろうか
3代も続いたらもう昔のオランダ世襲総督みたいなもんだろ
989 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 19:40:27.96 0
なんか金氏を世襲指導者と正式に規定したようなんで、
国号は「・・・共和国」、君主号は「第一書記」としたんだろ。
990 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 19:47:58.02 0
君主号が皇帝なら帝国、国王なら王国、大公なら大公国
君主号が第一書記なら国号も第一書記国にしろよ
朝鮮第一書記国
991 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 19:59:16.46 O
>>986 世界中が承認したんだがな>体制変更とボカサの即位。
992 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 20:01:27.07 0
993 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 20:05:02.80 0
>>991 非合法な革命やクーデターなら他国の承認を必要とするけど、
合法的に事を進めたので承認行為すら必要ではなく、
世界中が認めざるをえなかった、つーか別に改めて認めてもらう必要すらない、
というのが本当のところ。
>>985 皇帝=天皇がほかの君主より偉いって妄想がはびこってるからな
そうするとボカサの例はものすごく邪魔なんだろう。そういう論調になるのも不思議じゃない
995 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 20:08:48.85 0
>>990 皇帝をロシアではインペラートル、ドイツではカイザーっていうみたいに
日本では天皇という
天皇=皇帝だから日本帝国でいいんじゃないの
事実、天皇のことを日本国皇帝という表記もなされていた
昭和に入って日本国天皇に統一されたけど
それか皇御国(すめらみくに)から日本皇国にするとか
996 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 20:10:05.71 0
997 :
世界@名無史さん:2013/12/31(火) 20:13:58.77 0
>>993 そりゃ、日本国天皇を認めない、その配下の政権も認めない、
認めてほしければそれなりの政体を樹立せよ、そうすれば政権を「承認」してやる、
なんてどんな反日国でも言い出したりはせん罠。
>>995 皇帝の概念って国と時代で違う
正直言って、天皇=皇帝=エンペラーはどうかと思う
天皇はTENNOで良いじゃん
現実で言うと先進国の大国の君主は日本と英のみだから
「えらい」とはいえる
権原でいうとリヒテンシュタインとかのほうがでかいが
国が小さすぎてだからなにれべるだからなぁ
1001 :
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