/ ||
>>1 .|| ∧_∧
| ||乙_|| (・ω・`)
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
| | ( ./ /
>>1乙
祖国の父なのに金鉱労働とかどういうことだよてめー
>>1乙〜
海外旅行、未経験でローマかギリシャに行きたくなってきた想い
このスレで言うのもなんだが、観光はローマがおすすめかねえ
ギリシャは財政破綻や治安も気になるか
古代ギリシャ文化は素晴らしいの一言なんだが、長くてすまんかった
そりゃ最初は旅行社先導のパック旅行が安牌じゃないかねえ
J○Bはやめとけってうちのおかんが言ってた
そしてローマで鞄を置き引きされて大のイタリア嫌いに、という黄金のパターン
ばっちゃなんかナポリで車ごと盗まれてるしな
アメリカは軍艦を。。
あ、それは事実ではないそうです>戦艦盗まれた件
ばっちゃは伝聞調で書いてるから伝説の存在自体は本当なんだろうけどさ
フランス ポン・デュ・ガール
ドイツ カラカラ浴場
イギリス ハドリアヌスの長城
あたりに行ってみたい
以前トルコ行ったが飯がうまかったな
欧州はイスタンブールの欧州側しか行ってないや
軍艦のお話は、WW1時に潜水艦をナポリで盗んだ話なのだっけ。
イスタンブールアジア側はイランやろ
ローマ史的に
いやいや数百年ローマ領だろうアナトリアは
アナトリアはそうだけどw
世界遺産のテーブル露天風呂は小アジアだったな
トルコにもいろいろローマ遺跡は多いな
トロイアもあるし
大英博物館はいいぞ
なんかこの流れ見てたら博物館など行きたくなってきた
とりあえず今度、国立西洋美術館行ってこよう
イタリア土産に生ハム買って帰って成田の税関で没収、という黄金のパターンもあります。
生ハムは火が通ってないから没収ってことかね
肉類は検疫がうるさいんだよな
調べたらbseととりいんフルで全部あかんのかw
この間イタリアの有名生ハム工場で、
予約の中に伊勢丹があったけど、アレは良いのか?
ドラマ「ROME」観てて気になったのだけど、内戦期のカエサル配下のゲルマン、ガリア騎兵ってローマ式の軍装服装じゃなかったのかな?
蛮族スタイルの方が威圧効果高かったのだろうか
>>20 ローマ時代のコインだけでも10万点を所蔵してて触らしてくれるんだよな
昔中東の某国行ったらアラブ人が自分で掘り出したとかいうローマ時代のコイン売ってたっけな
シリアかエジプトかトルコあたりが多いんだろうな
ローマに限らず古銭は贋物が多くてなあ
でも本物でもそんな高くはないんでしょ、今は?
銅銭なら偽者作るまでもない値段だったはずだが
和同開珎は贋物めっちゃ多いよ。
2000年前のコインが土産物屋で買えるってのもすごいな
古銭があったらとりあえずヴェスパシアヌスごっこしたい
こいつはくせえーッ!
ションベンの臭いプンプンするぜッ!
うちの田舎では千300年くらい前の瓦が簡単に遺跡あとを掘ればでてくるんだが
当時の焼く技術が未熟だったせいか非常に柔らかい
そういうわけで道路に文字書くチョーク代わりに使われてる
いがいとそんなもんよ
柔らかい=石灰質が多いってこともあるのかなあ
近くの寺の縁の下の砂を子供の頃漁ってたら古銭が出てきて拾って帰ったなぁ
昔の贋金だったらそれはそれで価値があるミラクルだな
1000年後には21世紀の古銭の偽物も価値が出てそう
地中海地方で古代の遺物の発掘調査してる学者なんかも、ローマ文明の遺物が出るとがっかりするんだってよw
海漁れば遺跡ごろごろだそうだな
ヘビは東アジア人や原住アメリカ人では神だというに
>>44 ローマに破壊される+その上でローマが反映しまくる、のコンボだからなぁ
皇室の3種の神器はオリジナルは壇ノ浦に眠っているけど
偽物の今あるやつも900年受け継がれてきたから天文学的な価値があるでしょう。
オリジナルは神社にあるんじゃないの?
今のイタリアは過去の栄光の産物を食い物してる堕落した国家に成り下がってしまった
つーか別の国だし
イタリア人って自分達の祖先がローマ人だっていう意識がないらしいね
大陸の国は人や文化の入れ替わりが激しいからな
日本みたいな国のがレア
>>48 三種の神器のうち、鏡は平安時代にたびたび御所が火事に遭って、損傷して
銅屑のようになってしまったと言われる。藤原道長が再鋳を進言したが、
怪異があって断念したと史書にある。
剣は壇之浦に沈んで、頼朝が漁師を多数雇って潜らせたが、遂に見つから
なかった。勾玉は箱ごと壇之浦にプカプカ浮かんでいて無事戻った。
ドゥーチェ「ローマ帝国の栄光を復活させるのだ!」
ドイツとハンガリーを倒してノリクムとパンノニアを奪回せねば
実際にオーストリア併合をめぐって独伊は開戦寸前になった
そういやローマ時代のガラス製品が日本まできてたんだよな。交易の繰り返しとはいえ果てしないロマンを感じるな
彫刻やインフラの技術が伝来してたらと思うと胸熱
一応仏像はヘレニズムの流れだろう。それ以前には仏の彫像を作る習慣はなかった。
仏像を破壊したタリバンは氏ね。
ギリシャの神殿を破壊したキリスト教徒も氏ね。
彫像という形式が伝わっただけで、それを支えるリアリズムの精神は伝わらなかった。
へーじゃあ三種の神器のうち、勾玉はホンモノなんだ
クズになった鏡って今保存されているヤツなの?
それは謎。今の皇室の三種の神器の由来は不明。
のちの南北朝時代に南朝が三種の神器を持って行って云々という
話があるから、その頃には復活していたんだろう。
連書き
当時の記録にも「剣が失われたのは、武家の世になる兆であろうか」とか
書かれていて、鏡の話は出て来ない。つまりよくわからん。
ローマにはそういうレガリアはあったのかな
宝珠を手に持つ皇帝の図像は軍人皇帝時代からあるらしいけど
王章も王冠もないのがローマの売りじゃなかったのか
ヘリオガバルスの隕石は七不思議っぽい
指輪
ゾロアスター教やペルシャ文化も日本に伝わってきてる
ディオクレティアヌスはマジで自分亡き後にテトラルキアが機能するとおもってたのだろうか
生きてる間に機能しなくなっちゃったから…
彼の構想の、各方面軍団司令官が皇帝である必要性がいまいち掴めないんだよなあ
司令官が独自に動いたらまずい時代になったんじゃないの?
ガリア帝国の二の舞になりかねんし
専制体制になって、権力分散がうまく行かなくなったんじゃね?
それまで配下に任せてたことも皇帝自身がやらないと、
任せた奴にすぐ乗っ取られるとか。
正帝一人と副帝三人にしなかったのはなんでだろうね
>>75 穀倉地帯であり、かつ交易の中心地である東方を握っておけば、
自動的に西方より有利になる、と考えたのかもしれない。
>>75 正帝1人じゃ機能しないから、どの途別の国になるしか無かった
せっかく分割したけどオリエント軍だけではササン朝に対抗出来なかったらしく、
副帝ガレリウスがイリュリア軍を率いてわざわざペルシャへ遠征していた。
ダキア人であるガレリウスはおそらくゴート族からダキアを奪回したかっただろうけど、
前線での指揮が苦手らしいディオクレティアヌスに邪魔されてしまったようだ。
ガレリウスは正帝に昇格後もオリエントから統治せずにイリュリアから統治し続けた。
>>13 カラカラ浴場ってドイツにあったのか
ローマ近郊だと思ってた
いや、ローマにあるで
ドイツってローマからは外国やん
ドイツで風呂といえば温泉地バーデンだな
一度いってみたい
そこローマ人が風呂作ったとこじゃないか
まぁそうだけどw
ドイツの大体が外国
でドイツとローマと風呂ならバーデンだなぁとw
古代ローマ時代でそれなりの人口密度があった地域はイタリア半島とナイルデルタとトルコ南西部だけ
記録残ってないのかもしれんけど、ギリシャも多分結構人いたんじゃね?
ゲルマン化したブリタニアやスラブ化したイリュリアとトラキアは、
ガリアやヒスパニアに比べて人口密度が希薄だったのだろうね。
シリアとイラクと北アフリカは同じセム・ハム語地域なので
アラブ化したとされ、イランやアフガンはアラブ化していない。
ラテン語とケルト語も印欧語内で近縁なので西欧がラテン化した。
小アジアはトルコ人侵入直後に牧草地化して人口が激減したらしい。
古代ローマには100万を越える人口がいたけれど中世には7万まで減少した
アウレリアヌス帝がローマに城壁を築いた後、
城壁外の市街地がしだいに放棄され人が去り
西ローマ時代には25万人ぐらいに減っていた。
当時の経済の中心はもう東地中海方面だからねぇ
其方儀不届千万付御腹申付者也依如件
ぐはっ誤爆
ちょっと毒ニンジンの汁飲んでくる
小加藤
老婆天国
イタリアも地震多いんだよなー。ヨーロッパプレートとアフリカプレートが
アルプスで衝突してるんだっけ。つまりイタリアはプレート的にはアフリカ。
さすがに日本には及ばないが
ローマの時代から火山と温泉地の記録があるしな
あと黒海沿岸の都市アンキアロスも温泉地として有名だった
ポンペイの様に丸ごと飲み込まれた町が火山列島日本にはあるのだろうか?
村なら浅間山ろくとかに
帰雲城一帯とか
おばあさんを背負ってしんだ若い女性の死体が出てきたことあったよね
ハンニバルはローマ市を攻めるべきだったのか?
都市の攻略とかめっちゃ手間かかるし被害も甚大、
所詮よりあい世帯なハンニバル軍で都市攻略戦を戦い抜けたか疑問なんだよな
攻城戦じゃ士気も下がるし、補給確保できてないからつらいだろう
ローマがかつて蛮族に支配されたこともあったけど持ち直して逆襲したこともあるし、
ローマを占領してローマ帝国には勝てないと思っていたかもしれない
一軍全部寄り合い世帯とか巨大過ぎだろハンニバル家
ハンニバルがどうこうというよりカルタゴ本国の日和見が敗因。
都市の名前に自分の家の名前が残ってるとか、うらやましいなあ
カルタゴ本国=朝廷ならばバルカス家=武士みたいだね
バルセロナ?
ハンニバルとカルタゴ本国の連携の取れなさぶりを見るに
ハンニバルが戦争始めなかった場合、バルカ家がヒスパニアに独立王国作ってたんじゃないかという気が
海軍がザコな時点でカルタゴ本国からイタリア半島に支援なんか送れないでしょ
>>111 ハンニバルが戦争を始めなかった場合、ローマはイタリア本国とシチリアと
サルディニアとコルシカ以上には領土拡大しなかったとされるよね。
東方はセレウコス朝がアナトリアまで支配し続けて、おそらくパルティアも
アナトリアとシリアを支配する事になっただろうね。おそらくキリスト教は
パルティア領内に広まったけど西欧には伝わらなかったと思う。
いやいや
そもそもサグントウムに勢力拡大したのが直接の原因じゃん
地中海沿岸に勢力はのばしたろう
>>114 西地中海でバルカ王国やカルタゴ本国と争い続けるだろうけど、
地中海全域を統一する大国家にまで成長しなかったと思う。
ハンニバルのイタリア侵攻に対して焦土戦術で対抗した結果、
イタリアに大量の流民が生じて彼らが将軍らの私兵になったので
ローマは帝国化したとされる。後のイスラムもイエメンのダムが
崩壊して大量の流民が生じて彼らがジハードの戦士となった。
ともに多くの農民が土地を失った事が大征服の原動力だったから、
イタリアもアラビアも以後再び大帝国を建設する事がなかった。
ハンニバル「ローマはワシが育てた」
すげえ合ってる
まだローマ史の最後まで読んでないからよくわからないんだが
ゴート族やヴァンダル族のゲルマン系蛮族はフン族と対峙したとき、一方的にやられまくって自分達の土地を追い出されてしまったのか?
やられる前にローマのガリア地域に乗り込んできて居座ったってのが実態
フン族に打ち負かされ従属したのは東ゴート
西ゴートは東ゴートがフン族に負けたのを聞いてローマ領に逃げ込んだ。
ヴァレンス帝が対ササン朝戦の増援にする為に西ゴート族を受け入れた。
ヴァレンス帝の計画通りならば西ゴート族はペルシャ領へ向かうはずだった。
スペインじゃなくてイラクに西ゴート王国が建国したかもしれないわけだ。
>>116 第二次ポエニ戦争の時期と将軍の私兵が活躍する時期では、時間的な隔たりがありすぎだろう。
もう少し時系列考えてものを言うべき。
そもそも最近だと共和政末期に活躍した将軍達の兵は単なる「私兵」じゃなくて、
「各々の部隊を送り出した都市が、その将軍をパトローネスとして政府に意見を通すことを狙っている」という、
政治的な意味も持ち合わせた兵隊だった、という説もある。
実際共和政末期の徴兵方法って将軍が直接民衆に声かけたらぞろぞろ集まってくるわけじゃなくて、
都市ごとの有力者達に声をかけ、そいつらが実際に兵の頭数そろえて合流する、という方式だったらしいし。
しかし何で皇帝が率いるローマ軍がゴート族なんかに負けるんだよ?
ヴァレンス帝は軍の大部分を対ササン朝戦に投入していたので、
わずかな兵で西ゴート族と戦って敗北した。
>>116 私兵化はしてないし私兵化と帝国化は関係ないし
シチリアを手に入れたことから「市民」階級は没落し始めてるよ
やがてローマは流入してくるゲルマン系部族をフン族と同盟して殲滅するようになる。
ブルグント族の大量虐殺もローマがフン族との同盟において行われた。
>>125 皇帝直属のスコライと1〜2個の機動軍に加えてトラキア管区駐留の種々の部隊から
軍勢を編成したというのに「わずかな兵」ではないだろ
129 :
世界@名無史さん:2013/11/12(火) 11:23:06.98 0
京都大学学術出版会の『西洋古典学事典』をキチンと読んでから
書き込んで呉れ。
無知蒙昧な輩が多くて困るゆえに。
よいな。
久しぶりに来たなこの荒らし
カエサル時代は蛮族相手に野戦でほぼ常勝だったのに、アドリアノープルの戦いはなぜボロ負けしちゃったのか
カエサル時代ではケルト人や西ゲルマン人は剣と盾を装備した軽装歩兵が主力で
ローマ側はローマ式重装歩兵でこれを圧倒したけど、アドリアノープルの戦いの
頃にはゴート族やアラン族の重装騎兵カタフラクトに対抗してローマ側も同じ
カタフラクトを主力にしていたので、言うまでもなく数が少ない方が不利になる。
蛮族に対して軍事技術上の優位がなくなり質で数に対抗出来なくなっていた。
一言で「蛮族」と言っても、時代によって内情がかなり違うからな
カエサル時代の蛮族:ウホウホ、とにかく突っ込め
ローマ末期の蛮族:元ローマの兵もそこそこいる=戦い方も知ってる
一方のローマ軍の方に蛮族率アップ
ローマ初期は歩兵が中心なので装備が良い方が勝つ。
ローマ末期は騎馬が中心で騎乗技術の高い方が強い。
136 :
世界@名無史さん:2013/11/12(火) 20:27:10.46 0
>>132ローマといった農耕民が牧畜民に安定して
勝てるようになったのは支那で火薬兵器(銃)が
発明されてからだね
それ以前、どの地域も騎兵騎射をよくする牧畜民に
全然と言っていいほど勝てなかった。
牧畜民側も銃砲で武装するようになったがな
ジュンガル「呼んだ?」
共和制のローマ人は戦闘民族
帝政のローマ人は戦闘は外部発注の公家
帝政が広大な国土の統治に適してるのは間違いなかったんだろうけど
それでローマ人の質実剛健・尚武の気質が失われたのだろうか
質実剛健なウェルギリウス→風俗が乱れに乱れたローマを賞賛したオウィディウス
どこでも最初は先陣に立つものがリーダーとなるけど
一旦定着して権力持つと危険は押しつけるのが常だしな
共和政末期から質実剛健でなくなってきてるが
日本人も60年前はアメリカ相手に世界一勇敢だったと言ってもいいが、
今は贅沢に慣れて腑抜けてしまってるのかなあ
なんだかんだでコモドゥスが暴政しなかったらなぁ
ローマ市民が実質剛健を保っていたとしてもフン族がなだれ込んできたら支えきれないと思うぞ。
ローマ帝国は他の帝国に比べ遊牧民の脅威に直面するのが遅かった。
カエサルがローマ末期にタイムスリップしてなんとかするSFはよ
万里の長城を超えて中華をボコって、中央アジアの蛮族やゴート族をボコってローマ帝国まで侵入するってどんだけ強いんだよ
>>147 逆に現代人がローマ侵略しにタイムワープするのを阻止する映画があったな
151 :
世界@名無史さん:2013/11/13(水) 00:14:41.36 0
>>149支那の戦争を「戦闘行為」だと思ってるのはまだまだ
青二才やな。支那の戦争なんて経済行為や。アメリカと同じやでえ。
ほんで騎馬民やけどな。彼らを本格的に追い出せるようになったんは
射程距離が大幅に上がった銃火器によってじゃ。支那の発明やで。
遠くから予告なくやってくる牧畜民を、いながらにして撃ち殺せたんや。
火薬兵器はまさに農耕民の救世主やったんや。「発火方法」「文字」
「冶金術」「土器」と並ぶ人類史上最大の発明品が「火薬兵器」や。古代支那人はそれだけ
すごかった。いま?聞くな。病人や。かあいそうに。
騎兵の無力化がされたのは遅くて第一次世界大戦で戦車が登場してようやくで
第二次大戦の装甲部隊によって騎兵は完全に補助兵科になった。
153 :
世界@名無史さん:2013/11/13(水) 00:30:52.99 0
戦車と騎兵の無力化との関連は?
>>150 ロボコップと戦車が合体したみたいのが出てくるんだっけ
最後にタイムマシンが壊れて古代ローマに行って皇帝になるはずが
35億年前とか超古代へマッドサイエンティストが飛ばされてしまう
騎兵無力化は機関銃の発明が大きいんじゃなかったか
機関銃自体は重く機動力に欠ける。
装甲部隊の登場まで騎兵の機動力に代わるものは無かった。
機関銃で騎兵が無力化されたからこそ、銃弾に耐えられる装甲を
施した戦車が開発されたんだろ。
古代ローマのクリエンテスとパトローネスって3.11の時の日本と台湾みたいな関係ってことでいいの?
>>146 ゲルマンやローマはめっちゃ怖がってたけど、なだれこむほどフン族は多くなかったという…
上で蛮族蛮族言われてるけど、その蛮族のスティリコが最後のローマ人将軍と言われるほどローマ人たちは腐りきってたし
蛮族の移民を受け入れようがいまいがどっちにしろ詰みだったように思える
>>154 ああーそんなやつだった
古代の皇帝より現代の一般人の方が遥かにいい身分なんだがな
腐ってたというより病気だったといったほうがいいんじゃないだろうか
ローマ末期
寿命だと思う
機関銃自体は機動力を持たない。馬に代わる兵科の自動車が本格化するまで
部隊を展開するのは第1次大戦まで騎兵の機動力に依存していた。
瀕死の病人
最近は「なぜ衰退したか」ってあまり問題にしない、とものの本で読んだ。
現代に関する危機意識があって歴史を現代に活かしたいって視点があるからこそ
衰亡論が盛んに唱えられるんだけど
現代みたいになるようになる、どうでもいい的な視点だとそうなるんかなあ
一見クールで学問に相応しい態度かもしれんが俺はそういうの好きじゃないな
東ローマ帝国となって1000年以上存続した
そういう意味じゃなくて、「衰退した理由」より「どのように変化していったか」の方をむしろ問うているらしい。
実際、衰退した理由なんて複合的すぎて、あり得そうな理由はいくつも挙げられても、
それら各々がどれくらい寄与したかを判断するのは不可能だと思う。
学者も結果出さなきゃならんしな。
ローマ帝国が人類共通の理想の国家なら話は別なんだろうね
西洋人の基盤となってるキリスト教こそが
どう貶めようと偉大の名に恥じないローマ帝国の屋台骨を揺るがしたという現実とのジレンマだろう
これはこの先も絶える事無い
>>164 機動性が機動性がって、何かずれてるな。機関銃はアンチ騎兵兵器として
有効だと言ってるだけで、騎兵を代替できるとは一言も言ってないんだが。
>>171 屋台骨を揺るがしたというが、どのように?
先にローマの屋台骨がゆるいできたから
社会不安につけこんでキリスト教が広まった
支那の太平道や仏教と同じだな
つけこんで、という言い方もなぁ。
むしろ何でそんなに受け入れられたのかを考える方が健全じゃね。
キリスト教こそローマ人が生み出した世界最大の発明だぞ
キリスト教は長らくアナトリアとシリアが中心で、西方にはあんまり
古代ローマ帝国の滅亡、って要するに西帝国の滅亡だから、
西側の政治史に着目するのが一番手っ取り早くて、かつ真実に近いと思う。
昔からローマとかの衰亡に見る日本の今とか
なんかこじつけて日本はもうダメだ系のが氾濫してるから
嫌気さしてるんじゃないの
ローマ史の政治レベルの高さ見たら今までの牽強付会的な日本はダメ論とは比べ物になら
そもそも、まるで国家体制が違うものを比較してどーすんの、というお話
多少違うだけで応用できることはあるわさ
目的は国民の幸福という一点において共通してんだから
国家は国民の幸福のためにある、なんてお題目、近代近くにならんと出てこんだろう。
実質的にそうなるように行動してることもあるが。
アリストテレス「国家は人間の共通の利益のための団体である」
×アリストテレス「国家は人間の共通の利益のための団体である」
○アリストテレス「国家は我等部族の共通利益のための団体である」
アリストテレス「国家は我等市民権保持者の共通の利益のための団体である」
やっぱり奴隷って家畜と同じ扱いで、人間のうちに入ってなかったのかねギリシャじゃ。
動物に野生動物と家畜が居る様に
人間にも市民と奴隷が居るってのが古代のギリシャ地方の一般的な考え方じゃね
優れた人が主人となり、劣った人は奴隷になるのが
個々人にとっても共同体にも最善なのだそうだ
なおバルバロイは奴隷向き
じっさいはバルバロイに農奴化されたんだが
アカイア・ミケーネの奴隷の扱いは酷かったようだが、
ポリス時代のギリシャの奴隷制は比較的緩やかだったのではないか。
良くローマの奴隷を引き合いに「古代の奴隷と帝国主義時代の黒人奴隷は違う」と言うが、
古代全般の奴隷ってのはどうだったの?
>>192 元老院議員の秘書も、貴族の子に幼少からつけられるお供の同年代の子も皆等しく階級的には奴隷扱い
料理人や髪結い職人なども、家内使用人も、船漕ぎや鉱山労働者も同じく奴隷には変わりない
ローマの奴隷の実態は後代の疑似家族、会社員、本来の意味の奴隷も全部含んでる
ちなみに医者と教師はローマ市民権与えられるので奴隷ではないし、
職業剣闘士も儲かる&モテるぶん自由民がかなり多く、奴隷の剣闘士は三分の一ぐらい
高技能取得者などは自由を買い取り解放奴隷にランクアップすることは多々あったし、
持ち主の死により遺言により解放されることも同様に多かった
それら解放奴隷も、元の持ち主とはクリエンティス・パトローネス関係を結び相互援助する関係になる
(財産管理とか選挙応援とかで)
奴隷っていうとベンハーに出てくるガレー船を漕ぐ奴隷のイメージがある
>>193 それはローマの奴隷の話でしょ。
他の国の人が「奴隷の子や孫が為政者やっててギョッとした」みたいな話があるし、
古代からしてもローマの奴隷は例外的なものだったのでは?
ローマスレで古代奴隷について聞かれたらローマの奴隷の話されるのは仕方ないだろ
ローマ以外の古代の奴隷全般のことについて聞きたかったらそう言っておかないと
質問文みると古代全般の奴隷について〜でローマは除くとは言われてなかったし
実際奴隷の扱いなんて国と時代によって違う
帝国主義時代の奴隷と一口に言えるものでもない
職業によってピンキリとしか
農場鉱山ガレー船に送られれば帝国主義時代の黒人奴隷と対して変わらん
技能奴隷ならば下手なローマ市民以上の生活だ
南米のスペイン人にとっては、現地人はタダみたいなものだろうし、アフリカから輸入するとしてもたいした値段はかからなそう。
古代ローマの奴隷のほうは、たまにしか手に入らない戦争捕虜だから粗末にはできないんじゃないのかな。
アケメネス朝ペルシャの奴隷とかイメージわかない
なぜなに学習図鑑は強烈な劇画シーンの連続だった
イルカが攻めてきたり幽霊が長嶋の足の足を引っ張ったりと、浪漫満載の子供向け推薦図書が家にあった
でその中でピラミッド建設のために石を引く奴隷たちに鞭を打っていたレギオンのシーンを憶えている
何でローマ兵が…はご愛嬌、でも子供の頃のイメージって一生もんだね
いくら頭じゃわかっていても、鳥羽根ヘルメット被ったローマ兵が奴隷に鞭打っていないとどうもしっくりこない
イルカがせめてきたりって歴史の話で?
>>195 その趣旨ならローマスレで聞くな、世界史全般のスレで聞けよ
>>202 2ちゃんでも割と有名だよ。インパクトがあるからね。イルカが攻めてきたぞ!でググるとわかる
余談にはなるが同時期で同じ作画の「日本は沈没する!」も怖さ満点
正にビジュアル版五島勉、ローマモノならお子さま向けの「図解弓削ワールド」
ちなみに当時は間もなく氷河期が到来すると言われていた
>>191 帝政ローマと比べて比較にならない程劣悪待遇だったよ
>>192 古代欧州全般の奴隷は概ね帝国主義時代の黒人奴隷と合致する
まともな生存環境に在ったのは少数例、帝政期のローマはマシだけど基本同じ
古代の帝国主義って変な言葉だなぁ
アケメネス朝は奴隷だったユダヤ人を解放したりして使役する奴隷に不自由しなかったのか。
食わせる食い物がなくなったのかもしれん
大量の奴隷は便利な道具である一方、社会不安の源やからな
古代西ローマ末期の蛮族の浸入は、大規模だったってのと、言うほど凄くなかったってのがあるみたいだけど、実際どうなの
常備軍持ってるローマがノーマル蛮族に瓦解されるって不思議でたまらない
>>212 だったら、大規模が正しいんじゃないかい?
ローマ軍と蛮族の戦略や装備の格差が縮まったローマ末期、後は人的損失を考慮しない蛮族が数で優ってたらどうしようもない。
便宜上「蛮族」と呼ぶけど、リメスの手前と向こうじゃ構成民族なんて変わらんし。
蛮族の侵入で崩壊したというよりは、今まで雑多な民族を束ねてきた政治機構が変質・摩耗して、
国家そのものが自壊した、と言った方が近いかと。
ローマ人の初期って商業も手工業も無くて略奪で経済を賄ってたそうだな
とんでもない蛮族国家じゃないか、モンゴルと変わらん
神話の時代w
トロイアと無理やりつなげすぎだろ
でもこういう駄目な部分が西洋人の良さなんだよな
シナ人みたいにモラルも完璧ってのがいないところが
ん、中国人ってモラル良かったのか?
文明的で人徳者が多いのが中国文明だぞ
野蛮な略奪軍事国家だらけの西欧とはその辺が違う
蛮族の浸入の意味は
日本に中韓がガンガン入ってくるのに似ている
ローマはフン族の登場までペルシャや漢のように大きな遊牧勢力と対峙しないで済んだ
ローマはパルティアやサルマタイと対峙していた
三世紀のローマ世界の危機
ゴート族がリメス周辺の中小の蛮族と共闘戦線を確立して強力な部族に発展
ドナウ川を越えてローマ世界に侵略
一方オリエント地方ではササン朝ペルシアにシリアまで攻め込まれる
疫病が大流行
皇帝セヴェルスによる軍団優遇政策
税制の高騰
機能を失う元老院
マデュエスや冒頓のような傑出した首長がローマではアッティラまで登場しなかった
フン族の間違い?
ゴート族はローマには強気なくせにフン族相手になると尻尾まいて逃げてしまう
対フン族だとあいつら殺しにかかってくる。対ローマなら最悪逃げるか盟約結んどけば延命は出来る。
気がつけば向こうの都合の良い人物を即位させられたりして弄ばれるけどなw
>>213 >人的損失を考慮しない蛮族が数で優ってたらどうしようもない
なんか第二次大戦のソ連軍を思い起こした。
ドイツが戦術的勝利を多少重ねた程度では、
どうにもならない人数と物量。
戦車に生身むき出しの歩兵たちが
たくさん乗っかって運ばれていく
「タンクデサント」は赤軍の伝統w
機銃照射で次々落とされていこうが、
後方から替わりがいくらでも来ますからw
230 :
世界@名無史さん:2013/11/22(金) 20:02:17.15 0
古代ローマ人の平均身長=168センチ
古代ゲルマーニーの平均身長=150センチ以下
なににカエサルの軍は
恐れてたんだ?「ゲルマーニー兵に対して噂が流れたので
カエサルの兵は恐慌をきたしたがカエサルが説得してこれを
沈めた」ガリア戦記
金髪かな?
深い森
ドイツに先制攻撃されて、技術力も経験も統率も負けてるんだから
人海戦術による飽和攻撃しかないわな
人的資源が豊かだったのは確かだが、赤軍そのものもめっちゃ強かった
ソ連は鋳型で戦車の砲塔を製造していたがドイツは出来なかった。
これで戦車の生産効率に大きな差が出来たという。
アメリカと核や宇宙開発で争ってたんだから、
全盛期のソ連は何気に侮れない。
無理矢理古代ローマに話題を戻すと、
あんな感じにローマ帝国と同等に渡りあえた大国はあったんだろうか?
ローマ以外って時点でパルティアかササン朝ペルシアしかねえなあ
どっちも首都まで攻め込まれてるが
しかしパルティアは無名ですね…。
どんな国だかわかりにくいし。
歴史好き遊牧騎馬民族好きとしては、
パルティアンショットの存在はでかいのですが、
一般人では聞いたことも無い人のほうが多いでしょう。
ローマの拡大期ならカルタゴがそのライバルなんだろうけどな。
地中海西を二分して戦ってたし。
あれはカルタゴが渡り合ったんじゃない
ハンニバルが渡り合ったんだ
オウィディウスのアルスアマトリアで、何も関係ない本なのにパルティアは罰せられるだろうなんて書かれてて笑ってしまう。
どれだけ嫌われてたんだよw
ローマ=アメリカならばカルタゴ=南軍だろうかな
ヘレニズム諸国=英仏独など欧州列強
パルティア&ササン朝=ロシア&ソ連
カルタゴは殲滅されてしまったけどアメリカ南部は健在
カーター、ブッシュ親子、クリントンらは南部出身
>>238 第一回はハンニバル関係ないし、第二回もどこまでハンニバルだけの意思か、というのはそう簡単ではない。
本国がハンニバルにまともな援軍よこさなかったのも、ローマによって制海権奪われてる現状があったわけだし。
面白い例えだな
ヒスパニアは西海岸になるのか
西地中海=北米、東地中海=欧州って感じだな
ヒスパニアはそのものずばり中南米かな
大カトー「それにつけてもおやつはカール!」
ロシア・ソ連はパルティア・ササン朝というよりサルマタイ・フンに近い。
ルーシは正統なるモンゴルの後継者だからな。
上の例えっぽくすると、ナチスドイツ≒無双カルタゴでソ連軍≒不屈のローマ っぽいかとおもう。
あとまあ当時のソ連の督戦隊的なイメージって西側プロパガンダもあったりするよ(例えばソ連軍の野戦病院充実度は当時は高水準だったり)
ローマが黒海北岸に侵攻しなかったのは
アケメネス朝が苦戦し敗退した事例を踏まえたのか。
ローマがここを押さえられればフンの台頭は防げた。
失敗したら中欧、下手したら本土まで攻め込まれたかもしれないが。
江戸幕府がウラジオストクを守るようなもんだよ
無理すぎる
ボスポロス王国が属国だったから
海路でクリミア半島へ上陸して北上
ドニエプル河とドネツ河の間を征服して
ドニエプル河とダキアのドニエストル河で
バルト海南岸から南下して来たゴート族を
東西から抑え込む事が出来たかもしれない
>>248 アケメネス朝が遠回りしてトラキアからスキタイに遠征したのは謎だよな。
ハンニバルのイタリア遠征の様な敵の意表を突く作戦だったのだろうか?
正攻法でアゼルバイジャンから北上した方が成功しそうに思える。
帝国本土から北上すればボルガ河とドン河までを征服してスキタイに
対する足場が確保出来そうだが、サウロマタイが手強くて出来なかった
のだろうかな。トラキアとアゼルバイジャンの東西から同時に兵力の
多さを生かして攻めれば、より成功しそうなのは言うまでもない。
ローマがスキタイと戦う姿を想像すると
イタリア第8軍がドン河畔でボコボコにされて
枢軸軍が総崩れになる姿が思い浮かぶ
ペルシャのスキタイ侵攻の際にはスキタイはボスポロス王国などギリシャ殖民都市から
住民を連れ去り建物や井戸を破壊し使えないようにしたためペルシャ軍は兵站の維持が難しくなった。
>>249 上手いな。ウラジオを守ってロシアの南下を阻止すれば
江戸幕府は続いていた、みたいなもんか。
>>119 フン族は遊牧民故、持久戦が伴う攻城戦が苦手
支那はフン族対策として攻城戦が有効的なことを知っていた
一方ゴート族は城を持つことがなかったので、雪崩れのように攻め込んでくるフン族にはなす術もなく殺されるか敗走するしかなかったのだ
李牧もフンが攻めて来ると戦わずに城へ籠って応戦しなかったしな
>>229 ドイツがソ連侵攻したさい、ソ連の兵力を20個師団と踏んでたら、147師団いて、しかも後から後から湧いて出たらしい。
そんで初期のあの赤軍の敗退かね?w
まぁ、それが電撃作戦の妙なんだけどね。
圧倒的な機動力で敵を粉砕、首都or要衝を陥として降伏させる。これが電撃作戦の肝。
ところがソ連みたいな広大な領土を持ってる国は、いくらでも撤退して抵抗可能。
そこにきて-40℃の冬到来+人命無視の物量作戦だからね。
人的資源と気候だけで勝ったみたいなのは過小評価
T37だののピンポイントですぐれた兵器をひたすら作って、
本隊から分断された小隊数人ですら降伏せずに最後まで奮戦して、
大戦でも屈指の強戦車ティーガー相手に
ウォッカから作った火炎瓶投げて視界ふさいで
時代遅れの対戦車ライフルで肉迫して搭乗員ぶち殺した赤軍が強い
ついでに有利な消耗戦に持ちこめたのが強み
トハチェフスキーとか有能な人を粛清した後に
ジューコフみたいなのが湧いてくる底力もある
ゾルゲのようなスパイを活用して日本軍の参戦は無いと確信して
精鋭のシベリア軍をドイツ戦線に差し向けたのもある
アカは民族的な繋がりと違って、各国の政府中央とか富裕層にいきなり湧いてくるから怖い
人命無視の無視の物量戦って、
良く兵隊は従うよね。
逆らっても収容所なり銃殺なりで死ぬのは変わらないんだろうけど、
>>253 スキタイらは何故かマケドニアのようにペルシャへ反撃の遠征をしなかった。
アレクサンドロス大王がペルシャに攻め込んだ時、便乗してカフカス山脈を
越えてサウロマタイとかが攻め込む事はなかったし、敗北したダレイオス3世
を東からサカ族が襲う事もなかった。
ローマの場合だと西ゴート族の侵入に乗じてヴァンダル族とかもローマ領に
侵入したから、マケドニアがペルシャ帝国全土を征服したように、西ゴート族
は西ローマ領を独占する事が出来なかった。
スキタイ王アタイアスはダレイオスの侵略の報復としてペルシャ目指して
足がかかりにトラキアに進軍を開始したがマケドニアのフィリッポスに破れ、
アタイアスは戦死、この後スキタイとサルマタイの抗争が激化し、
サルマタイが徐々に勢力を拡大しスキタイを追い詰めていく。
スキタイも一枚岩ではないからな
>>261 優秀な指揮官は人心を掌握する術に長けているからな
人心掌握にも長けていたカエサルですら悩まされた兵士のストを
一度も起こさせなかったスッラさんぱねーっす
スターリン的な部分もあったのだろうかと
スッラは金持ちとかじゃないよなぁ。いやそれ相応の資産はあったかもしれんが金をばら撒いて
ストを抑えるとかじゃなくて
とても人望で抑えてたとは思えない。親衛隊とか督戦隊見たいなのがいたんかなぁ
独裁官辞めたときの逸話からしても、人徳というより凄みがあったのは確かだろう
古代でスト起された武将の比較対象
アレクサンダーの場合:ギリシャからインドくんだりまで何年も遠征、勝っても勝っても帰れない状態
スキピオの場合:不明、ケチではなかったと思われるが
カエサルの場合:第9・第10軍団に足元見られたし、足元が揺らいでも仕方がない内戦突入中
ハンニバルもなし、ディアドコイ戦争のエウメネスも演説で味方に説得という面白い逸話持ち
まあアレクの場合は将兵に同情するな。
「まだやるのかよ!」とウンザリしたんだろうな。
カエサルがスト起こされたのってポンペイウス党の残党狩りしてた時だし、厭戦気分マシマシだったんだろう
ローマの物語でお馴染み塩野七生が新刊を12/18に出すみたい
神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世のお話
273 :
世界@名無史さん:2013/11/25(月) 12:44:31.72 0
>>272 > ローマの物語でお馴染み塩野七生が新刊を12/18に出すみたい
> 神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世のお話
おー、以前から塩野先生には
フリードリヒ2世の本書いてほしいな〜って思ってたが・・・
フリードリヒ2世がもっと日本人に知られるいいきっかけになるといいですね
あーいかにもばっちゃが好きそうな君主だよなw
ルネサンスとはなんであったのかでもちょろっと触れられてた人だよね
サイレントマイノリティじゃなかった?
サイレントマイノリティはエッセイ集じゃん?フリードリヒについては触れられてなかったような
ローマ人は、ガリア人やゲルマン人に比べて体格で劣るということだけど
現代でもイタリアとフランス・ドイツなどでは身長差って結構あるもんなのかな?
古代は肉食と穀物主食の違いだろう。現代はそんなに変わらないはず
なるほど
昔はローマ人は魚とか穀物とか日本人みたいな食生活だったからあんまり大きくならなかったんか
フン族は肉食だが小柄じゃないか
現在のオランダ男性の平均身長は平均182p
でもこれは移民系オランダ人を含めてのもの
金髪碧眼に限れば平均187か188cmになるらしい
調査元は忘れたが、信用のある所
逆にイタリアは173か4だっけ、まぁロンパルディアはデカそうだが
ゲルマン混血の末裔が多い割には今の日本とあまり変わらない
その調査はどうだろうか
ドイツやオーストリアで平均身長180cmなのに、オランダ人の白人だけ187cmとは考えられないと思うが
いま世界の平均身長をみてたらポルトガルだけ平均170cmと突出して低いのが気になった
なんでだろう
>>282 理由としては、まず一人当たりの牛肉の摂取量が世界一
それから肉牛の餌の内訳
オランダでは大量のステロイドを投与した牛を食用としているらしい
元々デカい民族にデカくなる食事を与えた結果だと説明していたな
それででかくなるなら俺もその牛肉食いたかったな
>>280 中国の記録ではフン人は背が高く容貌魁偉とある
バルカン半島の連中もやたら背が高いぞ
要するに
西洋人>フン>漢民族ってことかな
>中国の記録ではフン人は背が高く容貌魁偉とある
フン≠匈奴だし五胡時代の匈奴の君主に大柄な人物が多かったのは確かだが
匈奴の部族が大柄だったとまでは記載されてない。
カエサルって180くらいあったんでしょ?
フン=匈奴なのは知っての通りだけど
史記、漢書に匈奴は騎射を善くし大柄だと記されている
フン=匈奴は永遠の謎。そもそも離合集散の激しい騎馬民族の「同じ」とは何なのか。
匈奴の一部がフンに含まれていたとして、同じものと言えるのか。
ハンニバルって、英雄っていうより無謀な戦争で国を滅ぼした旧日本軍上層部みたいなもんじゃない?
インド人はエフタルをフーナと呼んだからフンザもフン族に由来するのかも。
フンザでは印欧語ではないブルシャスキー語が現在もなお残存している。
おそらく匈奴と烏孫と月氏らは印欧語族ではないコーカソイドで、元々は
タリム盆地で農耕をしていたがタリム盆地の砂漠化で遊牧民化して、さらに
東へ移動したのであろう。楼蘭とかは一旦は砂漠化で住民が去った後に、
より砂漠に適応したイラン人が西から移住したようだ。
ヨーロッパに侵入したフン族はモンゴロイドらしいので、おそらく冒頓単于
に征服されたモンゴロイドの異民族だったのだろう。
南匈奴=西ローマならば、フン族=ビザンツ帝国だったようだ。
かも
だろう
ようだ
>>293 第二次ポエニ戦争開戦の経緯って未だにようわからん部分ではあるし。
ポリュビオスによる史料はどちからを極端に悪し様に扱わない点では両者にわりと公平な部類だけど、
彼独自の歴史理論に合わせて語るため、という点でかなりバイアスかかってる、
という専門家の指摘を読んだことがあるな。
>>295 いつも妄想全開のコーカソイド馬鹿なんで
お薬飲むまで放っておいて
>>293 ○滅亡確定のカルタゴを一人で背負って立ち、大国ローマ相手に孤軍奮闘した名称。
○平和共存を望んだカルタゴ内の危険分子、ローマ相手に戦争を仕掛け、結局カルタゴを滅亡させた。
どっちにでもとれるな。
フン族と13世紀頃のモンゴル帝国のモンゴル族っていうのも似たような感じだけど違うんだっけ?
ローマって基本的に騎馬民族に弱いな
当時のローマなど欧州や近東から見て東方の習俗を持つ騎馬集団であることだけは似ている
大陸側にも長城を造ってれば良かったのかね
カルタゴって、ハンニバルの父ちゃんがスペインを手に入れて
シチリアを失った以上の利益を得て全然滅亡寸前じゃなかったと思うんだよなぁ
戦術的には天才でも戦略的には凡才ってことなのかな
攻城兵器を調達して都市ローマを陥落させればよかったのか
周辺諸国をイタリアへ進軍させて滅ぼせばよかったのか
ハンニバルが首都攻城戦やり始めたら、周りをローマ野戦軍に囲まれてジリ貧になりそうだが
アレシアの戦いより条件悪そう
ローマ攻めてるあいだに同盟市から攻められるから無理っしょ。
戦闘で勝利重ねれば、同盟市が離反するはず という目論見が崩れたんだから、その時に撤退すべきだった。
まぁ、撤退したらしたで条件はさらに悪くなるだけなんだが。
ハンニバルにしたら、あの状態でローマ本国と同盟市が一枚岩だったことが常識外だったんだろうね。
同盟市云々より、制海権を終始ローマに握られてたことの方が問題かと。
おかげで、せっかく半島を縦断して南イタリアを取った利点がクソほども生かせてないし。
海運国とあろうものが、ローマに海軍力で負けてたのが最大の敗因やな。
>>307 そういや、今まで海軍持ってなかったローマが何とか巨船を作っておっかなビックリ海に漕ぎ出して、いきなりカルタゴ海軍破ってたな。
カルタゴって、本当に海洋国家か? 単に海辺に国があっただけじゃね?w
カラスに関しちゃ、あれ使って倒した分だけ海難事故で失ってるようなもんだしなぁw
1次でシチリア、その後のイザコザでサルディーニャを取られたせいで、
まともに海軍育成する意義が薄れて伝統がすたれちまったのかもな。漕ぎ手一つにしても技能職だし。
十数年もイタリアで粘ってたんだし、カルタゴ本国がガレー船団を
再建する時間もあったと思うんだが。
>>302 ライン河とドナウ河が天然の堀だった
ブリテン北部にはあれほどの大河川が
なかったから長城を造った
ブリタニアは全島を支配してしまえばわざわざ長城を作る必要も無かったのに
全島支配してどうすんねんあんな不毛の地
少し上で身長差の話題が出てたけど、
蛮族たちより低身長なローマ軍が強かったってのは好きな話だなぁ。
現代のサッカーなんかでも、
スペイン代表たちは平均身長が他国より低いのに、
トップレベルの強さだもんね。
クロマニョン人は180平均の長身で、 頑健かつ寒さに強かったのに現世人類の祖先と違い絶滅したし、
肉体的に劣った側が知恵知識と創意工夫で生き延びてるってのがいいね。
クロマニヨン人って人類の直接の先祖って考えられてるんじゃないの?
滅んだのはネアンデルタールで
バスク人ってクロマニヨン人の子孫らしい
カナリア島の原住民も骨がクロマニヨン人そっくり
ネアンデルタール人は背が低いが頑健かつ寒さに強かったのに対して、
クロマニョン人は長身だけど華奢で肉体的に劣っていた。
ネアンデルタール人は声帯が発達していなかったからコミュニケーションが上手くできずに滅亡したと聞いた
でも色んな所で交雑してて混ざり合ってるんじゃなかったか?
クロマニヨン人が人類の先祖みたいに習うけどさ、あれ違和感あるんだよなぁ
あれ西洋人の先祖だろ
日本人の先祖に当たる新人の化石はまだ発見されてないんか?
ローマ帝国の流れを追うと一通り西洋史がわかるんだな
この本を中高生ぐらいで読みたかったよ
そしたら世界史楽しく授業受けれただろうな
>>321 古代ローマ、ギリシャ、エジプト、メソポタミア
イギリス史、フランス史、イタリア史、ドイツ史、キリスト教、ユダヤ人、ルネサンスの歴史がわかればかなり人生観変わる
ローマが初めて東洋というか中国と接触をもったのはいつ頃でどういう経緯か知ってる方いませんか?
脅威はすべて排除するのが安全で反映するのが当たり前だと世界中のみなが思っていて
現代でもその戦略の下で行動するのが一般的なのに
古代ローマ時代に潜在的な緊張感を持ち続けるのが良いと主張したコルクルムは天才だよな
戦後の日本はアメリカの傘の下で経済に力を注いで力を蓄えた
ソ連と中国という最強の共産国家が近くにあったけど、
それでもソ連と中国が大きな脅威だと認識している人は少なくて、
前大戦の反省もあって軍事や国防にはすげー手を抜いてきた
だけど唯一北朝鮮とかいうやんちゃなザコ国家が
日本に目に見えるちょっかいをかけ続けてくれるおかげで、
それをダシにして自衛隊の強化とか防衛網の構築をすることができる
北朝鮮がなかったら、今になって中国になめられないように軍備を整えようとしても遅かっただろうな
やっぱりほどほどな脅威は必要だよ
ローマもカルタゴあって市民が質実剛健な態度を保ち続けていたら蛮族に滅ぼされなかったかも
もっともカエサルあたりの混乱でカルタゴに滅ぼされてた可能性もあるけど
日本は法がくそだから軍備の増強は意味ない
ローマ帝国の辺境はゲルマンやパルティアなど商業民族のカルタゴよりも
はるかに好戦的な敵に直面し続けていた。
ローマが領土拡大し過ぎた事はイタリア本国を堕落させる事になったが、
辺境属州は質実剛健であり数多くの将兵と軍人皇帝を輩出し続けた。
なんでローマはゲルマニアは征服しなかったんだろう
寒いし耕作地がないし征服するほどの価値もないところってことだろうか
>>327 その通り、集約的農業も発達してない貧乏な土地・民族しかないからだろう。
タキトゥスの『ゲルマニア』によると、当時は貴金属なんかもほぼ見つかってなかったらしいし。
アウグストゥスはライン軍団をエルベ河へ移転させて、ライン軍団と
ドナウ軍団を一体化させたくてゲルマニアを領有しようとしたから、
ゲルマニアの土地自体には魅力を感じていなかったようだね。
ライン軍団のままだとガリアの防衛には役立つけどイタリアの防衛には
寄与しないから、エルベ軍団にしてイタリアの北もカバーしようとした。
ゲルマニアの土地は奥深く、東に行けば行くほど果てしなく大地が広がっていて
どこに果てがあるのか当時の人たちはわからなかった
仮にゲルマニアを制覇してもその東や北にはまた新たな強力な蛮族が数多くいたのだ
>>324 戦後は中国はともかくソ連の脅威はしっかり認識されていたよ
リアルで核戦争の危険があった時代だったし
現在活躍しているイージス艦も元々は対ソ連だし、防空識別圏云々でわかるように哨戒を密にやってるのもベレンコ亡命事件の反省から
対北朝鮮用のミサイル防衛をになうイージス艦はじめ、現代の自衛隊を装備や練度は冷戦時代の防衛の遺産が多い
ローマもイタリア半島はともかく辺境はずっと蛮族の脅威に晒されていたし中東方面のパルティア及びササン朝もあっただろ
あんまりいい加減なこと言うなよ
日本の自衛隊は北海道にソ連が上陸することを想定して唯一の機甲師団が作られてる
海自は対潜水艦に特化してるがこれはソ連太平洋艦隊が潜水艦主体だったから
>>327 アウグストゥス帝はイタリアを守る為にエルベ河以西を征服しようとしたが、
帝国後期の軍人皇帝とかはイタリア出身ではないから、寒い欧州属州出身の
者が多くゲルマニアの寒さにも耐えられそうだが、征服しなかったようだ。
イタリアに代わってオリエントが本国とみなされ、コンスタンティノープルの
城壁より西のバルカンと西ローマ領はゲルマンに荒らしまわられてしまったが、
帝都より東のオリエントはササン朝の脅威から守り続けた。
>>330 当時の地図見てみたいね
スペインの西の海がどこまで続いてるのかわからないようにゲルマニアの奥がどうなってるのかわからんかったのかな
カエサルみたいな迷信をあんまり気にしなさそうな人でもゲルマニアの森には一角獣がいるとか信じてたんだろ
>>335 なんでインド洋が内海だと思ったんだろう?
>>335 面白いなぁ
でもこれって不思議だけど、地球が球だってわかってる人の地図の書き方じゃない?
北極を中心とした扇形になってる感じで
再現って書いてあるから、平面だったのをあえて扇型に書き換えたんだろうか
>>334 大昔のアルプス以北の大森林なんて普通に考えて凍りつきそうな恐怖を
感じない?島国日本でも人里を超えた山奥への恐怖は昔話でたくさん題材になっている
今でも富士の樹海の話を子供が聞いたらションベンちびるよ
ましてや大陸内の森林面積なんか考えたら・・
>>335 カスピ海とアラル海がいっしょになってしまっているね。
アレクサンドロス大王がホラズムに行かなかったからかなのかな?
ホラズム王はアレクに使者を派遣して黒海北岸経由でギリシャへ
帰還するならば道案内すると申し出たけど、アレクはそれを断って
インドへ向かった。
>>337 なにが「でも」なのか良く分からんのだけど
古代ローマ時代の学者は、地球が球状であることは普通に理解してたし、
プトレマイオスも当然のごとく理解してた
今でも日本で山奥の村に入ったら
すげー排他的な人間が原始的な宗教崇めてて
変な超能力持った長がいる
とかいう都市伝説が通用するくらいだからな
昔の最果ての地とか根本の人種も文化も違うしレベルが違うだろうねえ
あっそうなの?
じゃあ不思議じゃないんだな
地球が球なのわかったのもっと近代かと思ってた
ヘタリア第8軍がドン河でボコボコにされたのを見ると
何故ローマが黒海北岸に侵攻しなかったのか頷ける
>>212 大規模な常備軍があるといっても、国境線の長さを考えると少なすぎるという意見がある。
やれパルティアだペルシアだと言って西方の軍団をごそっと東へもって行った結果、
西が手薄になったらしい。
(それが原因のすべてでないにしても)
>>212 大規模な常備軍があるといっても、国境線の長さを考えると少なすぎるという意見がある。
やれパルティアだペルシアだと言って西方の軍団をごそっと東へもって行った結果、
西が手薄になったらしい。
(それが原因のすべてでないにしても)
常に戦争になっても勝てるくらいの常備軍を置いとくのは難しいな
特にローマくらい国境が広いとなおさら
大国の常備軍なんて莫大な維持費かかるからね、国が傾くくらいの
しかも軍司令官もうまく抑えておかないと反乱のタネになる、といって押さえつけすぎたり無能だと敵に敗れる
三世紀の危機のあとどんどん軍は肥大化していくけど、それは一方でどんどん帝国の国力を食いつぶしていった
そう考えると全世界地球規模で戦力を即座に派遣できる現代のアメリカは化け物だな、国防費削減でこれからはヤバいけど
軍事費はどんどん膨大になっていくけど、国力はそうはいかない
一番怖いのが軍縮で国内の兵士に反感持たれることだからなー
20世紀以降そういう理由で反乱起こしても国民がついてこないからマシになったかなあ
>>350 これからそれが起こるのが中国じゃね?25年連続軍事費アップだっけ?
25年ということは、中堅以下の将校にとっては「予算が毎年増えるのが常態」
ということだから、俸給ダウンや早期退役に耐えられるかな…。
軍人さんに仕事与えるために戦争とかローマでもやってたし、中国もあぶないかも
軍が商売やってるからそれなりに耐えるだろうけど
軍の商売自体が民業を圧迫して社会の停滞につながると思われ
そしてこの特権廃止はクーデターフラグだから廃止もできん
2.26事件は大正末の宇垣軍縮が遠因という説もあったな。
中国軍は国家・国民の為の軍ではなく中国軍の銃口は外国だけに向いているわけではない。
>>353 そして人民は地方政府より軍に縋るようになって軍閥化。
この道はいつか来た道清朝末期。
清末民初って地方政権乱立したのに張作霖→張学良ぐらいしか世襲がないという中国らしからぬ状態だったな
>>350 アメリカも退職軍人がデモ起こすぐらいになってるしなあ
アメリカの退役軍人は昔から政治的に活発。退役軍人協会は保守派の一大勢力。
勲章着けた爺さん達のデモはアメリカ名物。
日本人として怖いのは
中国が内乱を避けて戦争を起こす行き詰った政府のいつものパターンで
日本と戦争することかな
最近の挑発は日本から先に宣戦布告させるためなんじゃないかと邪推したりもする
せやかてあんさんここは古代ローマスレでんがなまんがなw
中国の言ってる事は北朝鮮レベルになってきたな
幼稚すぎて相手にする価値が無い
まぁこれで日本に正当性がある事が世界中に知れ渡ったからいいけどな
そういや来年はアウグストゥス逝去2000年記念だけど、イタリア行く奴とかいる?
なんかイベントでもあるの?
>>360 現実は、中国は創成期成長期に居て時間が経つ程問題が解消して行く
日本は完全な衰亡期にどっぷり突入していて長年の積弊が膨らみ、拡大再生産される一方
中国は最低でも150年は安定しているけど、日本は100年に大分欠ける時点で現政権が崩壊するは
よそでやれ
いまいちカエサルのやりたかったことがわからないんだけど
共和制体制を崩して、どういう体制にしたかったん?
その後の共和制→帝国への流れはカエサルの意思に反してるように感じられるんだけど
>>367 どう見てもカエサルの意思まんまじゃん>帝政
国土が広がるにつれて国政の全てを元老院が管轄する共和制の限界は
カエサルじゃなくてもグラックス兄弟の時点で分かってた
責任ある最高権力者の元に内閣・官僚を組織して運営し、
それを元に高度な地方分権を認める帝政の方が現実的だということ
共和政=元老院による寡頭政治
帝政=第一人者による独裁政治
独裁じゃねーよ、緊急勅令的なことはできるけどそれも結局は元老院のあとでのチェックを必要とするし
何より元老院とローマ市民の支持を失えば皇帝の正当性すら消失する
こんなチェック機能ががんがらじめの制度が独裁と言える訳ねー
独裁政治じゃなくて、めんどくさい政治だよな
>>371は実生活でも周りから浮いちゃってその都度気の効いたこと言おうとしてますます評判下げちゃう子なんです
そっとしておいてあげてください
事実上は独裁じゃねーのか
それでも体裁整えなアカンあたりが社会制度の熟成を語っていて古代ローマすげーってなる
単に国政の中心がどこにあるかで
国会や民会:民主制
元老院や委員会:寡頭制
皇帝や国王:独裁制
と分類されるだけの話であって、実態がどうかはまた別だってこと
現代政治に至っては3つのいい所をなるべくかみ合わせて出来てる
帝政ローマ後期はともかく前期は建前でも事実上でも元首政だろ…
アテネとかスパルタとか都市の代表が集まって会議を行ったギリシャ政治に比べれば
ローマ1都市の意向がローマの支配地全域を支配するのだから独裁的に見える
元首政と帝政の違いをちゃんと説明できるのだろうかのう
ペリクレス時代のアテナイ海上帝国というのもあるが
朝鮮民主主義人民共和国は民主主義
そう考えると民主主義ってなんなんだろうな
政権の正統性を民衆の多数決に求める政体
決して民衆の多数決で政策が決まるわけでない
正統性を神やら血統に求める制度は最近はやらんみたいやが
そうそう多数決で政策がきまらないというのは皮肉でもなんでもなく
「法定されている」
フランス革命の時は神(っぽい何か)に民主主義の正当性を保証して貰ったり
供物を捧げたりカルト全開だったという
人権の根拠である自然法はまさに神っぽいなにかから来たという電波ではあるな
一応今でも有効や
封建制→中央集権を実現する為の王権神授説に対抗した民権神授説がフランス系の民主主義
ローマは「元老院と人民」が主権者だがどっちが上なんだ
米国でいうと元老院は共和党で人民は民主党、とよく言われるが
>>388 ローマ帝国は皇帝が元老院等の貴族階級を支配し
貴族階級が平民を支配する階級社会
主権者は皇帝とその眷族、次が貴族、搾取されるのが平民
ヒッタイトやミケーネは奴隷の反乱で滅亡したようだが、
ローマは国家を覆すような反乱は起きていない。
>>389 釣り針でかすぎ
>>388 実際の政策決めてるのが元老院なんだが平民会の議決は元老院越える
平民会は重要政策を大まかに決めるみたいなまさに現代議会見たいなモンだね
元老院の細かい政策決定をさらに少数の人間でやるのが元首制である帝政
主権者は貴族も平民も含むローマ市民
貴族がローマ市民、平民は何の権利も無い賎民
お花畑は程々に
ああ辞書を調べてから反論をどうぞw
階級間対立の調整者として元老院の上に皇帝を置いたんだろう。自作農没落、
貧富の差拡大で元老院階級(=金持ち)やり放題になった状況を是正するために。
>>348 それがディオクレティアヌス帝の四頭政だろ
>>394 平民にとっては貴族政よりも君主政の方が良いっていうしね
そんな伝聞系じゃなくなんでいいのかまで掘り下げろよ
義務教育で付き合わなきゃいけない歴史じゃねーんだぞ
カエサルが生涯で敗北したのって
ウェルキンゲトリクス、大ポンペイウス、ラビエヌスの3人で全部ですよね?
頭髪にも勝てなかった
オリーブの葉の冠で隠せてただろうがぶっとばすぞてめえ
衆議院(民会)で決まったら参議院(元老院)でひっくり返せないのと同じか
ポンペイのが有名だけど
古代ローマの選挙ポスターって面白いよね
>>401 後から別の元老院議決で上書きして無効化出来るけどね。
民衆をあおってる奴を潰さないとまた上書きされるし、暴動になりかねないから、
無効化するとしたらまずその、民衆を煽ってる政敵を潰してからだけど。グラックス兄弟の例みたいに。
>>398 ガリア戦記のグレートブリテン遠征見るにどうやら戦略的には負けてるっぽいんだよな
散々苦しめられたあと最後に押し返す一戦やって逃亡って感じを
隠してるように思える
自分の感想なんでそういう説があるかはしらん
>>404 俺も同じような感想。
ベルギガ平定のための布石の最後の段階が首尾良くいかなかったって読み取れた
現在のブルターニュ辺りの平定に続いて、ゲルマニアでの示威行動
(ブリタニア遠征のために切り上げ)ときての遠征で、現地で有力な
クリエンテスも形成できず
>>404みたいな顛末になったからなあ
ベルギガじゃないベルギカだった…
ブリタニアへ軍隊率いて渡ったってだけで大事件ではあるな
>>404 ただの威力偵察だと思うんだがな
撤退=失敗なんてのは軍事上の常識からも外れる
シーザーが渡ったときのブリタニアってゲルマニア以上の未開人?
文化レベル
ガリア>ブリタニア>ゲルマニア
古来フェニキア人やギリシャ人とも交易はしてたし
平野部は温暖で農耕に適し河川交通もさかん
南部では貨幣も流通している
カエサルが渡った時のブリタニアでは大陸からベルガエ人が入植していた。
カエサルはベルガエ人と戦ってブリトン人を助けたけど、カエサルが去ると
ブリタニアでのベルガエ人の覇権は回復した。
なんだかんだでコンミウスは親ローマになったからおk
>>405 おお同じか。よかったw
俺理系だから友達にこういうの語れるのあんまいないから頓珍漢なこと言ってるかもって
不安になんだよねw
>>408 うーん
でも軍が崩壊しそうになってるようにおもえる
あと威力偵察という概念は当時はあんまりないんでね?
ベルガエ人はケルト人説とゲルマン人説があるけど、
ベルガエ人がゲルマン人ならば、アングロ・サクソンの侵入の
はるか以前にブリテン島はゲルマン化し始めていた事になる。
威力偵察の概念が無い時代だからありえなーいなんて言ってたら
カエサルの帝政も当時は帝政という概念なかったから現代人から見ても王政だよね!って理屈
仮に負けかけて、報告でごまかしたと思われてたとしたら
反カエサル派が大規模な宣伝に利用しただろうし、ガリア統治にも
影響があっただろうけど、そういうことはなかったようだから
たいしたことはなかったように思うな。
失敗してたら元老院派だけじゃなくて親ローマのガリア民族も動揺しただろうしな
ポンペイウスは生涯一度しか負けなかったとか聞いたな
項羽だな。最後の最後で負けて滅亡。項羽は勝っても勝っても味方がどんどん
減っていって、どうも人格に問題があったようだがポンペイウスはどうなんだ?
>>408 一度目は威力偵察だろうが、二度目は結構大軍を率いてるし、それに見合った
結果を出したとは言い難いな。ブリタンニアがガリアに手を出せない状態に
持って行けたかというと。もっと多数の部族から人質を取るとか、ブリに
拠点を作って監視とかができてない時点で失敗と言われても仕方ない。
威力偵察のコストがかかりすぎるよ
近代の上陸戦でそういうことやるようになったが
カエサル以外に古代でそんなことやってるのは本当にすくない
威嚇のための侵攻はあるが
ならカエサルだけがやるのは不自然
>>420 政界入りしたはいいけれど元老院議員に足引っ張られまくってやる気なくして
きれいな嫁さん貰ったしもうあとは悠々自適でいいかーって思ってたら
カエサルに対抗してくださいお願いしますって引っ張りだされて
軍を指揮したはいいけれど実践から遠ざかりすぎてて指揮の腕が鈍りまくってた
ポンペイウスは人柄もいい人だったんだよね
でもこれと言って確固たる政治信念がない人だったから、元老院の政治家にいいように操られて
カエサルと戦って負けた
しかし昔の資料がどこまで正確なんか知らんが、兵力が半分なのに勝負を挑むカエサルってキチガイだろ
まあ時間がたてばたつほど不利になるから一か八かの勝負だったんだろうけど
>>421 実際相当の間ブリタニアからガリアにヒャッハーしに来る蛮族がいなくなったんなら効果あったと言えるだろ
カエサルの前はポンペイウスが「出る杭」で、元老院に嫌がらせされてたんだよな。
やがて、はっきりと反元老院スタンスのカエサルが実力をつけてくると、元老院は
ポンペイウスを引き込みにかかる訳だが、そこで話に乗るポンペイウスが分からん。
カエサルを潰したら、元老院はまたぞろポンペイウス叩きを始めるだろうに。
といって「ワシが終身独裁官になっちゃる!」というほどの抱負も気概も
なさそうだしなポンちゃんは。
>>425 そりゃ結果論だろ。カエサルのブリ撤退の時点で「ブリタンニアがガリアに
与える脅威を減殺した」とはとても言えない状況だった。
そのころブリタニアってガリアにとってなんか脅威になってたんか?
なんかまとまった船団すら持ってなさそうなんだけど
ガリアやベルガエからブリタニアへ逃げ込む連中がいたから
逃げてもローマ軍は追ってくると知らしめる、とか
遠征当時対して軍事上の実績がないカエサルとしてはなんか大きな計画して
ガリアに名を知らしめる必要性はあったかもしれんしな
>>428 ゲルマニアからベルギカへ、ベルギカからブリタニアへ移住するゲルマンの
民族移動のルートをカエサルが分断しようとしたのでベルガエ人らは激しく
抵抗した。
カエサルはライン河ではなくセーヌ河かロワール河を属州ガリアの北の国境に
した方が良かったのかもしれないね。
属州ガリアが邪魔でゲルマン人がブリタニアに移住出来なくなり、南や東の
ローマ領を狙うゲルマン人が増加する事になってしまった。
ゲルマン人とローマ人の関係って
漢民族と北にすむ遊牧騎馬民族の関係とほぼ同一と考えて間違いじゃない?
東と西の大国で同じような現象になってるのって不思議な感じがするけど必然なんだろうな
たとえゲルマン人がブリタニアへ行っても
遅かれ早かれ遥かに豊かなローマ領ガリアへ向かってくるんだが
ゲルマンとローマはツングース系と漢民族の関係だろう。
遊牧騎馬民族となるとスキタイやフンになる
カエサルのブリタニア遠征は、ローマに「俺は北海超えて未開の地に遠征出来るほど軍事力と財源もってんのよ」ってアッピールじゃね
当時はまだスッラの記憶が残ってたろうからそれっぽいことしてみたかったとか
>>403 >上書きして無効化
上から続けて読んできてたから、
オリーブの葉の冠で少ない頭髪を
上書きして無効化したという話題なのかと思ってしまったw
>>424 カエサルがガリアではしゃいでる間に起こった食糧難にかこつけて、五年間ものプロコンスル権限をもぎ取った奴が「いいひと」とかありえねぇ。
スパルタクスの乱でクラッススの功績を横取りするわ、三頭政治崩壊後はしっかりカエサル攻撃するわ、どう見ても共和政末期の梟雄の一人っしょ。
ポンペイウスは軍功をあげる名誉欲しかないから政治家であらねばならなかった時代にはあわなかったんだよ
軍事力保持のために保身に走らなきゃならないのは当然だし。それすらやる気あんまなかったからな。
有力者を失脚させようとする元老院のクズどもに祭りあげられたのはウザかっただろうけど、カエサル攻撃して軍功あげれそうって喜んだんじゃねw
政略結婚でおしつけられた妻でもちゃんと愛したり、捕虜の大量の美女をノータッチで送り返したり人間的には剛直だけどいい人
>>437 その辺も本人が積極的に政治活動した結果でなく、
別荘に引きこもってるうちに反カエサル派がポンペイウス持ち上げた結果に過ぎん
この本読んでると「象は味方を踏みつぶして逃げた」ばっかりなんだけど、なんか役に立ったこともあるんか?w
ディアドコイ戦争の頃は双方戦象持ってるからなー
エウメネスVSアンティゴノスのガビエネの会戦、
アンティゴノスVSセレウコス同盟軍のイプソスの会戦、
どこでも戦象は重要な働きしてる
だんだん象が未知の生物じゃなくなって対策が練られて、役に立たなくなってったってことやろか
戦術はともかく兵器は対策し易いし直ぐ時代遅れになっちゃうよね
対策たってスキピオがやったスルー戦術か大王やカエサルみたいなひたすら奮闘ぐらいしかなくね?
歩兵集団にぶつけられるより、両翼の騎兵にぶつけられるのでも効果あるのはピュロスが証明したよな
ティムール「俺は違うと思うけど」
まぁまず象の上にのって高いところから戦場見れるってだけで充分効果あるんじゃないですかね
インド系の国は象さんそうやって使ってたっぽいし、巨象がいるってだけで寄せ集めの兵士の士気があがるし、前線にいなくても役に立つ
>>444 ガザの戦いで軽装歩兵たちにプトレマイオスは戦象対策として鎖でつなげられた鉄製の釘を持たせた
戦闘がはじまると象が来そうな所に即席の防御柵をつくって足止めし、そこで投槍
負け戦用に置いといたらええんちゃうやろかな
撤退するときに象を突っ込ませたら、そっちに気を取られてる間に逃げれそうな気がするんだが
>>439 それはねーべ。
兵を集めてスッラに合流したキャリアのスタート地点からして、キンナ派だった都市の有力者を追放するよう働きかけてるしな。
食料調達を理由に五年間の全陸海に渡る命令権を得て(ただ得ただけじゃなく、ちゃんと活動して得点稼ぎしてる)、
その後元老院と争い繰り広げ、ルッカ会談で再度カエサルやクラッススと共に元老院を抑えつけて、
命令権が切れた同年に今度は同僚無しの執政官に収まってる(後で同僚立てたけど)。
ポンペイウス劇場も人気取り政策と見なせるしな。
政治的才能の有無はともかく、活発に活動してるし、政治的野心が薄いってのは状況証拠に合致しない。
象の話してんのに空気読めないもしもし
このもしもしちょっと自分の妄想にとらわれてるタイプだからスル―したほうがいい
ディアドコイ戦争の頃はファランクス相手にも猛威振るってたからなー
象には象をぶつけるってぐらいの
ロマ物もガリア戦記内乱記も歴史書じゃなく物語って事を忘れてるだろ
格好の悪い部分は書かれて無いし、数字も気分で書いてる
>>格好の悪い部分は書かれて無いし、数字も気分で書いてる
そういうところもあるだろうけど、数字は捏造することもねーし
少なくともお前の主張よりはロマ物の方が信用できる
ディアドゴイ戦争の時に猛威をふるった象が、なんでカルタゴ戦役以降いいところなしなんだろう
ファランクスは密集してハリネズミになることで効果を挙げる陣形
だから象で陣形を寸断されることには弱い
しかしレギオンは分散しても戦える
だからスキピオが考案した道をあけて素通りさせるってのが通用して、
象を無力化することに成功した
以後は密集隊形をとらなくなって象への対処も楽になった
というのを適当に考えてみたがどうだろう
象の役目は単に突っ込ませるだけじゃなくて、臭いで馬を怯えさせる防壁の役目もあるから、
その辺も考慮しないと。
その辺は体系化されてないだろうなぁ
ラクダの臭いで騎兵を撃退したハルパゴス
馬はその巨体以上に象やラクダの匂いを嫌ったというけれど
そんなに臭かったっけ?と思う
ヒトコブラクダとフタコブラクダのどっちかな
ラクダは半端なく臭い
フタコブラクダは中央アジア原産で「バクトリアのラクダ」と呼ばれる
アフロアジアに広まってるのはヒトコブラクダ
モロッコでラクダに乗ったけど、降りるとき結構怖いな
合図出すとガクッと膝を折ってくれるんだけど、注意していないと高所から振り落とされそうになる
乗ってるときは安定している、さすがに砂漠の船と言われ軍事でもラクダ騎兵などが使われただけある
象とラクダ:ハエがたかってる
馬:ハエがそんなにたかってない なんでなんだろうか
アントニウスってなんで最後の方バカになっちゃったの?
もともとバカだったのかもしれないけど
もう売国奴を超えた売国奴でしょ?
ローマの領地の東をエジプトにくれてやるみたいな。頭おかしいとしか思えないんだけど
どこに正当性があると思ってたんだろ
エジプトの神殿でクレオパトラと並んでエジプト人の拝礼を受けるとか、
ローマ的にはかなりヤバいよな。エジプトじゃファラオは『王にして神』
だが、ローマ人の拒否反応はハンパないだろ。
嫁がオクタヴィアヌスの姉でめっちゃけなげな良い女だったから
当時のローマの男どもがブチ切れちゃった
まぁ正直戦争になっても勝てると思ってたんだろ
そこら辺のアントニーの破滅描写はROMEドラマで上手く描かれてたな
まあカエサルも後継者には選ばん人材だったんだろう
アエティウスってもともとバカだったのかもしれないけど
もう売国奴を超えた売国奴でしょ?
カルタゴをヴァンダル族にくれてやるみたいな。頭おかしいとしか思えないんだけど
どこに正当性があると思ってたんだろ
ヴァンダル族引き入れたのはアエティウスじゃなくて
ボニファティウスの方じゃなかったっけ
アエティウスとボニファティウス、スティリコと東ローマの対立が、
ヴァンダル族や西ゴート族の移動を誘った。
援助与えて移民を国境付近での防衛に使おうとしたら
超大量に不法移民がやってきて、補助金払えるわけねーだろって言ったら移民たちが「じゃあ略奪するよー」ってなっちゃった
スティリコとかは蛮族の子孫であったけど契約を守る概念がしっかりしてたから忠誠つくしてた
ローマ「お前等養えないわ」
ブルグント「じゃあ勝手に住み着くわ」
ローマ「・・・こいつ等誰か始末してくれないか?」
フン「ヒャッハー!」
ヴァンダル族の移動を見るにつけ旧人類がアフリカからアメリカに渡るのに何年かかったか興味深い
でも大西洋横断するのには相当かかったんだよなー
愛国心欠如、政治無関心の日本ですら民主政権の売国政策には怒り新党だったからな。
アントニウスの大馬鹿野郎。
そういうプロパガンダもオクタビアヌスの上手いところであったんだろうな
ローマを押さえてたのも大きいと思うが
>>476 あ、もうそういうのはいいんで巣に帰ってください
>>474 それはまさにローマ帝国が滅亡した後のブリタニアだ
カレドニア人を撃退するためにデーン人を呼び寄せたら逆にデーン人にやられてしまうという
480 :
世界@名無史さん:2013/12/04(水) 10:40:43.53 0
造船技術はローマってどうだったんだ?
なんかバイキングだけずば抜けてた印象なんだが
アングロ・サクソンやヴァイキングは北海の荒波を越えてブリタニアに
到達する事が出来たけど、ベルガエ人やローマ人はドーバー海峡からの
最短ルートでブリタニアに上陸していた。
カエサルの時代と比べて民族大移動の頃には、ゲルマン人の造船技術と
航海技術はかなり進歩したようだ。
地中海向けと北海向けじゃ船の構造からして違う
北海ってほっといたら西に行くのかね?
デーン人の侵入的に考えて
北海は南西から北東へ広がってるけど
あまり知られてないけど実は北へ行く程寒いんだぜ
>>476年
アントニウスとオクタヴィアヌスの東西対決ではパルティアに援軍を
頼んだりしなかったが、東ローマとスティリコの東西対決では双方が
西ゴートに派兵を求めたので、西ゴートの侵略を招いてしまった。
造船技術云々よりそのルートを利用できたか、できなかったのほうが大きい気がするが
アングロ・サクソン、ヴァイキングも最短ルート使える状況ならそっち使ってただろうしなー
むしろローマの場合地中海で使用してた穀物輸送船のほうが軍用に使われてたガレー船より北海での行動に向いている
西洋がその穀物輸送船を上回る巨大さの船を建造するのは大航海時代に入ってからかな
>>486 他のゲルマン人とかが邪魔だったからだろうね。
ベルギカがローマの属州ではなかったのならば、
ブリタニアがフランク王国でベルギーがザクセンに
ライン河の東がイングランドになっていたかもしれない。
ヴァイキングはユトランドからだとやはり遠過ぎるから
史実のルートしかないだろうね。
同時代史か年代記にどっかの補助軍兵士が脱走→故地への大航海ていう偉業?を成し遂げてるから技術的にはできたんじゃないかな
ガリア戦記の記述を見てもすでに当時の北海で使用されていた船は後代のロングボートの特徴を備えている
ただ後のノースマンが置かれたような切迫した環境にもなかったし
帝国後期〜崩壊後と比べると当時のローマ軍の防衛力は依然強力であり
長期航海の危険性を踏まえた上でも容易に遠征の見返りが得られるような状況でもなかった
こんな感じの理由だと思われ
あとアエティウスもボニファティウスも蛮族どもを懐柔できると思ったから招き入れたんだろう
そうは問屋がおろさなかったが相手がKOEIのゲームでいうと知力100越えは間違いないガイセリックとかじゃな
ただボニファティウスは勝ってた戦いでアエティウスからの一騎打ちの挑戦を受けて敗死
嫁に「俺がこのまま死んだらお前はアエティウスのような男の妻になれ」とか言い出すあたりバカであるのは間違いない
当時の大将同士の一騎打ちって、実際あったんかな。一騎打ちを良しとする気風そのものはあったんだろうが。
共和政期ならまさにスポリア・オピーマがあるし
帝政末期は相当にゲルマン化されてるから気風はあっただろうけど
まともな司令官がやることじゃない
やあやあわれこそは日本でも、司令官同士の一騎打ちなんてあんまり聞いたことないな
前線指揮官的な人ならたまにやるだろうけど
>>490 逸話が伝わってるのはローマの剣ことマルケルスぐらいだよなあ
大将同士でなく代表の勇者同士のほうが
マクシミヌス・トラクスとかなら喜んでやりそう
コンモドゥスは戦争嫌いみたいだがそういう決着の付け方なら喜んでやるかもな
お前ら今のイタリア人と昔のローマ人は民族が違うとか言ってるけど
血液型的に見るとOやAが多くて問題児とされるBやABは少ないんだぜ
ギリシャもそうだ、Aが一番多くてOが次ぎB、ABはぐっと少ない
ま、でもBやABが多くてもインドや中国みたいになるんだがな
で、古代ローマ人の血液型は?
血液型で性格が決まるなんてオカルトまだ信じてるのかよ
民族なんて曖昧なものより余程科学的だろ
シナもそうだBはイタリアに比べればやや多くなるがそれでも
Aより少ない、そして一番多いのはOだ
なんか掲示板のスレ減りすぎだろw
レスあったのまで消えてる
700ぐらいはあったのに今15か?w
このスレは生き残ったな
疑問なんだけど、なんでローマではキリスト教が入ってくる前から一夫一婦制になってたんやろ?
ギリシャもそうだったのかな?
男尊女卑は男尊女卑だったと思うんだけど、なんでそんなとこだけオリエントみたいに一夫多妻制にしなかったんんだろう
現実的問題として、女を独占できるほど経済的に恵まれたのは多くないだろ
ローマでも愛人とかならいるし
寡婦救済のシステムが違ってたからなんじゃない?
オリエントは金持が救う
オチデントはそうじゃなかったとか
相続の考え方じゃないの?
アメリカインディアンは全員B型だそうです
O型が基本なのにO型がいない人種はありえん
遊牧民の敵部族の女を娶る風習はそうしないと女が死ぬしかないからってのが理由の一つだった
まぁチンギスハンくらいだけどちゃんとそれを方針化したのは
>>503 そんなんポリス社会と市民の関係考えたらすぐわかるだろ
日本の封建時代みたいに庶民は一夫一婦だけど
皇帝とか貴族だけは一夫多妻みたいな方式もあり得ると思うんだけど
愛人をもつのが当たり前みたいな文化なんだから庶民もそれほど怒らないと思うんだが
市民権って考え方が社会の根本にある事くらい理解しろよ
市民権の概念と一夫多妻制は並立できんか?
現代でもサウジみたいな一夫多妻制の国はあるんだし、別に国民がそれで良しとすればいいような気がするんだが
仮に経済力があっても一つ屋根の下で妻妾争わせずに治められる男のがまれだよ
経済力があればあったで後継ぎ問題もあるし
>>516 経済力があるなら可能な限りそれをやれっていったのがムハンマドやテムジン
巨大な権威による推奨がないとやりたがらないんだろうね
>>327 昼なお暗き森が多いという、制覇には困難を伴わないではいられない地勢上の理由
非定着型の多いゲルマン民族の典型的な狩猟民族としての特色
ガリア人と違ってゲルマン人は他民族との融合を嫌う性向か強いこと
ゲルマン人もそれなりに農耕してたけど生活風習がローマ人と違いすぎというのもアンだろうね
ライン川、ドナウ川の輸送路としての役目も無視できんよな。
あそこを越えるとあとはエルベ川がある程度使える以外は陸路からの輸送に頼らなきゃいけないし。
あの辺りの海は、ゲルマニクスも海難事故に会ってたりして安全とはいえないしね。
なるほど
エルベに防衛ライン上げるには輸送が格段に困難になるな
非定着型で農耕って焼き畑でもやってたのかね
ばっちゃの次の本は誰だろうなあ?
アレクサンダー大王はやるのかな?
>>522 ふつうに農耕してたよ
東放りは劣るけどローマ人よりは高度な農具使ってた
最近ハリウッドでローマものが減ってると思うんだけど、アメリカ人のヨーロッパからの移民だって意識が
薄れてきてるんかな
元々ハリウッドの作るローマ物なんてユダヤ資本スポンサーの意向に則った
キリスト教を弾圧した悪玉帝国史観だろ
ハリウッドで大金つぎ込んで第二次ポエニかガリア戦記を映画化して欲しい
指輪物語みたいなかんじでいけるんじゃないでしょうかね
ベン・ハーはローマ物じゃなくキリスト教+ユダヤ映画
キリスト教徒がユダヤ教を一番迫害したってのにな
ユダヤ人はローマ帝国に感謝すべき
ベン・ハーは、ローマ帝国の壮大さがいい舞台装置になってるよな。
ガレー船とか地下牢とか凱旋式とか戦車レースとか。
まあ近年の歴史映画はグラディエーターが当たって、トロイとか
300とか後追いが続いてちょっと飽和状態かな。
カエサルの復権を誰かして欲しいな。学会ではそうでもなくなったけど、
エンタメ界ではいまだにスケベな独裁者だからな。
>>508 アメリカインディアンは全員Oだよ
古代ローマの場合はBインドのほうがのびのびしてるから
Bのほうが多かったんじゃないかっていう
>>529 しかし原点は一緒でもユダヤ教とキリスト教はえらく違うな
信仰の為なら国に楯突くのは一緒だが
ユダヤは宿主を殺すような寄生虫じゃないのに
>>531 もうばっちゃが十分過ぎるほどやったと思うが?
アメリカのエンタメ界はスパルタカス大好きだな
自由のために戦った闘士というイメージがアメリカ人の琴線に触れるんだろうけど
アメリカはどっちかというと立場的にはローマ共和国側だと思うんだが
エンタメは好き嫌い以前に、物語として盛り上がるかどうかの問題があるし。
>>531 カエサルはモムゼンが評価して以来ずっと評価高くね。
>>536 キリスト教は布教好きすぎるんだよw
そこがユダヤとの大きな違い
なんかローマの本読むと、キリスト教って害悪だなぁってつくづく思う
2000年以上前から法治によるかなり健全な国家があったのにキリスト教が普及されてからの1000年以上
論理的じゃない暗くてじめじめした時代が続くことになった
その主たる原因はキリスト教により政教分離が阻害されたことだと思うわ
キリスト教はローマ崩壊後の混乱を統一するための道具ではあるよ
古代ローマが政教分離でなかったとでも?政教分離なんて近代の概念だろ
それ以前に論理的じゃない暗いじめじめした時代って何だその曖昧かつ滅茶苦茶なイメージは
キリスト教化する以前にローマが衰退していたし、古代以来の技術も失われつつあっただろ
キリスト教化してからも東ローマはヘラクレイオスの時代まで古代以来のパンとサーカスや市民生活維持してきたし
イスラーム世界は黄金時代
ん?崩壊前から広がっていても関係ないぞ
全欧的な組織が消滅したあとの官僚機構が教会だったんだ
元首が神官職の最高位を兼ねて、ウェスタの女神という国家安寧を祈る公職があり、
軍事行動の前には占いや犠牲式を行い、歴代皇帝の相当数が神として祭られていたのに政教分離とかねーっすよ。
547 :
546:2013/12/08(日) 03:29:43.64 O
×ウェスタの女神
○ウェスタの巫女
548 :
世界@名無史さん:2013/12/08(日) 05:23:48.22 0
『西洋古典学事典』を読まずして
古代ローマは何も語れないぞ。
>>540 偶像崇拝禁止令によって数多くの遺産が破壊されたのは残念すぎる
キリスト教世界の神職の権力と、ローマ共和国時代の神職の権力じゃ桁が違うだろ、ばかか
キリスト教暗黒史観って誰でもヨーロッパ史をかじったら罹る中二病みたいなものなんだろうか
キリスト教徒自身が暗黒時代と言ってるんだからしょうがないw
日本は天皇が祭司を行ってるから政教分離じゃないっていってるレベルだわ
十字軍史や三十年戦争を見てもキリスト教を賛美するのは無理
教義の素晴らしさ云々の話じゃなく、他の神を認めない一神教の弊害は何よりも大きい
キリスト教を産み出せたのはローマ帝国のみ
それができなかったなら帝国は自壊してたろう
ロンドンにある博物館ならほとんど行ったことがあるが、ローマ帝国滅亡してからルネサンスまでの中世の展示物より紀元前の古代の展示物のほうが多かった
時代的には1000年近く進んでいても文明は退化してしまったと実感したなぁ
12世紀頃からルネサンスまでの美術品も宗教画しかないし
池上英洋の「ルネサンス歴史と芸術の物語」でも読め
美術でいえばゴシック期から宗教画が解禁になってルネサンスから人物画が出てきてバロック期から風景画が出てくる
実際にロンドンの美術館回ったやつに本を読めって、頭でっかちさが笑えるなぁ
俺は無神論者ではあるが
宗教が強大で人民の多くに受け入れられる優れた思想であることは認めてるよ
マックのハンバーガーは不味いと思うし食わないが
企業としてのマクドナルドは巨大で偉大な企業だろ?
宗教はあなたにとって悪かもしれないし不合理かもしれんが
巨大で人々にうまく受け入れられるような「市場に適合した」思想なんだよ
なんかその辺を勘違いしてるやつがいるっぽい
お前ら会話のドッジボールうめえな
人間は不合理なものを好むのだ
ローマ人も無数の迷信にとらわれていた
全ての病気はキャベツとワインと呪いで治る(キリッ
古代西洋の黄金時代はアリストテレスの死によって終わった
ローマなんてプレ暗黒時代もいいとこ
強い釣り臭を感知しますた!
古代西洋の黄金時代はミノア文明の終焉によって終わった
ギリシアなんて暗黒時代もいいとこ
そういやミノア・クレタ文明が滅びた後数百年は暗黒時代でしたね。
ローマスキーからしたら中世は一神教暗黒史観なのかもしれんな
ローマがオーパーツの塊というより
その後継のヨーロッパと古代中華帝国の後継たちが
めちゃくちゃ退化した感じだし
ミノア・クレタ文明が滅びた後、せっかく生まれた線文字A・Bも消滅して、
フェニキア文字を取り入れてギリシャ文字を新たに作らねばならなかった。
これがホントの暗黒時代。
ソクラテス「近頃の若いもんは文字なんぞ使いおって、バカになるぞ」
思想とか芸術みたいな曖昧なものは置いとくとして、
西暦0年前後と西暦1000年前後で比較して、小麦の生産効率とかは上昇してたんだろうか
農業関連の技術は大幅に向上してる
ローマ時代は胸帯型ハーネスもなくて家畜の力を十分に利用できてなかったし
水力風力の利用も中世に大きく伸びた技術だし
当時の(名もなき)知識人が大体禁欲的な修道士とかで
修道院でひたすら農業改良やってたからすげー発展してる
もっとも建築技術が低くて、インフラ整備の意志も低いから、
その辺はローマの方が↑なんじゃないかな
>570
中世初期の人口増加率はやばい
開拓農業技術の格段の進化のおかげだが黒死病でズドーン
以降近代に入るまで人口が当時の数に追いつくことはなかった
自然はうまいこと出来とるんやな
小麦の収穫倍率でいうと、フランク王国時代ではせいぜい2倍か3倍
12世紀頃から三圃制・重量有輪犁・気候温暖化で飛躍的に生産性が向上し、収穫倍率は3倍から4倍になったという
ローマ時代のガリアもそんなもんだが、地中海地方はもっと豊か
小麦って生産効率わりぃな
米を食え米を
>>572 建築技術は12世紀ごろから飛躍的に向上する
フライイングバットレスやリブヴォールトの発明によって過去数千年達しなかった高層建築が可能になり
また外壁で自重を支える必要がなくなったため、広大な内部空間や床から天井まで達するような巨大なガラス窓(ステンドグラス)などが可能になった
>>575 米は大量の水を必要とするから、栽培できる地域が限られる
中世でもイベリア半島やイタリア半島ではわずかに作っていたようだが
12世紀すげえな
十字軍&レコンキスタ効果もあっただろうけど
ローマにホメロスに勝る詩人なんているの?
ヘロドトスに勝る歴史家は?プラトンに勝る哲学者は?
何にもいないだろ?ローマはギリシャの遺産を食いつぶして
大食い大会をしていただけ、建築技術とやらもパルテノン神殿のほうが凄いしな
>>574-575 イル汗朝期のイランや少し前のシリアでは
天水、灌漑で播種量が大分違うものの収量は共に10倍前後
4倍って、非効率過ぎるな
じゃあエジプト最強ってことで
技術ってずーっと進化し続けるわけじゃないってことに結構びっくりするなぁ
豊臣秀吉が奈良の大仏よりでかい大仏作ろうとしたけど技術が失われてて無理だったってエピソード聞いて
へーって思った
その二倍ってのが植えた小麦に対しての比率なら
生産性悪いどころか危険だと思うんだが
一年飢饉あったら蓄えがゼロになるんだろヤバすぎる
倍率が低くて飢饉が起こるたびに人口減ったのは確かだが
さすがに二倍はなかろう・・・
>>582 もう全然ローマ関係ないけど、
現代の技術で蒸気機関を再現しようとした場合
エネルギーが足りなくて当時は動かせてた物を動かすエンジンが
作れないらしいからな
何気にオーパーツらしい
まあ誇張もあるだろうけど
神殿より公衆浴場や上下水道や道路網の方が実用的だな
アテナイではみんな路上で排泄してたから疫病がよく蔓延したそうだ
むしろ下水道って稀だろ
大麦や豆や雑穀は小麦の二倍の収穫倍率があったから大丈夫
あとは森に放牧した豚を屠って保存食にする
>>586 大都市には何処もあったんじゃないの
無いと水攻めされたら死ぬし、そうでなくとも数年攻囲されたら疫病で死ねる
農業面での技術の進歩も大きかっただろうけど
「信用」の創造も重要な差かな。一度現金全て没収された
教皇庁の財政再建をきっかけとして為替の利用が進歩し、
中世の経済革命がはじまったらしいから。
排泄物はそのまま捨てて
都市に放し飼いの豚が食ってた
有名な話だが17,8世紀ころまではヨーロッパの中心のパリでも
夜に窓から路地に排泄物捨ててた
その証拠としてヴェルサイユ宮殿にもトイレがない
とかいう説があるからな
でもこれも俗説の可能性ががが
いくら豚でも糞は食わねーだろwwwwwww
↓
食ってた…
中国じゃ豚小屋トイレが紀元前からあるってのに
路上に捨てた排泄物があまりにも臭すぎるので
パリを石畳の都にしてマシにしたという尊厳王の逸話がある
まあ根本的な解決にはなってないんですけどね
596 :
世界@名無史さん:2013/12/09(月) 03:24:37.55 0
『西洋古典学事典』も読めネエ連中ばかりが揃ってるから
トンチンカンな遣り取りばかりだゼッ!!!
路上に排泄物って古代ローマもやってたってことあんま知られてないよね
インスラにまで下水あるわけじゃないから、特に夜は外歩いてると…
いやローマは下水道も公衆トイレもあるから
あるから
ペストもローマ時代の入浴習慣がちゃんと残ってればあそこまで猛威を振るうことは無かったと思うんだ
全ての通りが綺麗なわけではないってのはしゃーない
排泄物を投げ捨ててたのは事実やで。
下水道や公衆トイレがあっても、足りてたかどうかは別の話やし。100万都市やからね。
インスラ街のテキトーっぷりも大概やったしな。
まーたいつものもしもしが湧いてきたよ
10世紀末から12世紀の温暖期を過ぎて寒冷化に向かう過程でペスト
素人目じゃ温暖化で耕作域が増えて豊かになって都市化が進む過程で起こりそうなもんだが
寒冷期=モンゴルヒャッハー=ペスト
関連ありそう。農耕民の力が弱まるからとか?
むしろペストでモンゴル帝国が崩壊したような気がするが
>>598 下水道があったのは公共施設や金持ちの家だけだ。
そこらのインスラに下水道があると思うか?
あと中世はペスト前後の時代まで場所によりけりだが風呂はあった。
風呂屋という職業があり、湯が湧くと街を歩いて宣伝していたそうだ。
全然風呂に入らないのは近世。
インスラの一階には下水があった
上の方には貧乏人が住むので上下水道はない
関係ないけど、島って単語を集合住宅を刺すのに使う言葉のセンスは好きだ
風呂屋は売春業もしばしば兼ねたから
賎業とされてたな
>>605 浴場があってのはごく一部の町だし
ローマみたいにあちこちに浴場があって毎日のように入る習慣があった訳じゃない
入れる日、あるいは曜日が決まっていて入浴の頻度は少なかった
習慣と呼べるレベルのものじゃない
>>600 それの根拠はアウグストゥス時代に書かれた本な訳だが
外国人やら属州民が入ってきて人口過密と共にいろいろ問題増えたのは事実だが
1世紀の間に上下水や公衆浴場、公衆便所が整理されてったのも事実よ
>>609 属州各地の植民都市はどこもミニ劇場、浴場、コロッセウムぐらいはあるんだってば
ローマにしかないとどうして思った
>>609は中世の風呂事情についてなんだが
紛らわしくてすまん
コロッセウムと言えばネロさんの時代まで男しか見れない見たいな制限あったって本当ですか?
あと剣闘士の待遇は良くて死亡率がめっちゃ低かった説と普通に死んでた説どっちが正しいの?
西側だとローマくらいにしか上下水道、浴場、便所が無いって凄い話だな
東側や東方世界には地方都市ですらそのくらいは在ったというのに
水が無い地域はしゃーない
ルテティアやロンディニウムやエボラクムのような辺境にすら
上下水道も浴場も便所も劇場もあったぜ
コロニア・アグリッピナやルグドゥヌムはいわずもがな
>>613 時代による
帝政末期は死亡率高く、1世紀は死亡率低い
プロ剣闘士の育成・補充は簡単じゃないので八百長というか興業化してた
剣奴、犯罪者の処刑としての試合はまた別
いわゆる殺し合う”決闘”はまれで高価だったって話を聞いたことがある
八百長というか
「漁師」という網もったほうが圧倒的に有利な試合はあったな
「お前の今日の相手は皇帝陛下だ!光栄に思え!」(鉛の剣を渡しながら)
>>606 インスラの2,3階に住んでいるのはオーナー一家や個人宅はもてないとはいえ庶民の中では裕福な層ですよ
逆に1階は店舗であることが多い
一般市民の家には下水はありません
>>609 入浴なんてそんなもんだよ
日本も江戸時代に毎日風呂入っていたように思われるが、あれは埃っぽい江戸の町だから
剣闘士は、基本両方マジでやるけど、片方がギブするか戦闘続行が困難になるとストップ。
で、開催者が戦いぶりとか観客の反応を見て、トドメを刺すか刺さないかを判断する。
トドメを刺した場合は開催者が追加で別料金を支払う。
という流れだったらしい。
つか時代によって違うんじゃないの?
昔に遡るほど死亡率は高そう
625 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 01:47:28.56 0
>>624 逆
共和制から帝政初期は低くて帝政末期は死亡率は高い
627 :
世界@名無史さん:2013/12/10(火) 04:51:14.98 0
『西洋古典学事典』をしっかりと読んで
もっと古代ローマのことを学ぶべし。
よいな。
帝政末期は学者によっては中世という扱いをするぐらいだから
帝政中期までは社会の中でも啓蒙主義が浸透してたんだろうか
?
インフラ充実度についてはロマ物の10巻読んで来いって
ギリシャ人にはアレクサンドロス大王という大征服者もいるからな
カエサルもアウグストゥスも目ではない
>>634 ここまではすごくいいんだけど、あとはただの斬りあいになっちゃってどういう風に陣形が役にたってるのかとか
全然わからないんだよなぁ
>>626 1世紀の剣闘士の死亡率が低いのはニュースにもなってたから
ネットでもググれば見つかる
トラヤヌス時代の風俗中心の本だけど古代ローマの24時間とかでも触れてた
帝政初期はローマ市民の奴隷を使った荘園経営が盛んになったせいで
剣闘士のお値段が上がっちゃったからな
>>637 元首政時代のは見たことある
共和政時代と帝政後期は見たことなかった
メンアットアームズのグラディエーターにも書いてあったかも
動乱期のほうが剣闘士の死亡率が高いてのはやっぱ民衆の不安を反映してんのかね
一般的な奴隷の虐待保護に関する制度については帝政後期のほうが充実してるんだが面白いな
というか見世物なだけに
観客に受けなきゃならないし過激になってくんじゃないの
現代のテレビと同じで
見世物でライオンを殺すのはかわいそうだ。
って動物愛護派は発生しなかったんだろうか?
>>641 観客の「殺せ!殺せ!」が増えていく気はするな。
平和な時代は見世物で興行だから集客できるヒーローが生まれて、ヒーローが負けても殺せないわな
混乱の時代は興行と同等以上に市民の意識変化やムード作りを狙ったんじゃないかな?
日本でも戦争末期は「お国のために」ムードで子供はゼロ戦に乗って敵艦に突っ込むことに憧れた訳だから
その反動が戦後に来て、直前の考え方は徹底して否定に誘導された
これと似たようなもんじゃないの?
それと剣闘士試合は基本的にお互いに死ぬことを覚悟しているわけでしょ?
逃げ回って試合にならないならともかく、勝敗が決した時点で負け側は相当の深手を負っていると思われるがね
その場で殺されなかっただけで、助けられても結局は死ぬケースが多かったんじゃないの?
混乱の時代はただでさえそこらじゅうが
自分たちにも影響する過激な刺激で満ちてるんだから
わざわざ見世物でまで過激さを要求しないともいえる
平和な時代は刺激が少ないから、
自分たちには影響しないところで過激さを要求するのかも
もしくは過激なものを見ることで自分たちが安全であることを再確認して
幸せな生活を満喫するとかな
後期のほうが養成所で育てられたような職業的な剣闘士が少ない(罪人や戦争捕虜、異教徒が多い)
とかあるのかね、調べてみると面白そうだが、そういう史料があるかどうか
現代のドイツ人ってローマ帝国にすら支配されなかったっていうのはやっぱり自慢なことなんだろうか?
それとも野蛮人だったっていう恥なことなんだろうか
俺らがモンゴル人に征服されなかった事を悔やむか?
馬鹿も休み休み言えw
チャーチル「大英帝国の歴史は、カエサルがドーバー海峡を渡った時に始まった」
イギリスはそうやってドイツに対して、「てめぇらの歴史は浅いんだよ」っていってるわけでしょ
日本人にはよくわからんけどさ
よりにもよってイギリスが言うのはお笑いだけどな
>>639 帝政後期のはコンスタンティヌスの剣闘試合禁止令を根拠にしてる本が多い印象
キリスト教視点じゃ「野蛮・退廃・悪のローマ」の象徴とされてるよね
この悪のレッテルは中世以後に造られたものだろうが
元々は相撲やムエタイのように神事の一種だったそうなので
その部分でもキリスト教に嫌われたのかもね
>>651 スペイン略奪と北米大虐殺で成り上がった
17世紀以降のぽっと出新興国だもんな
今のアメリカポジ
話を断ち切るようですみません
質問なのですが、ローマ艦隊の司令官で一番優れていたのは誰でしょうか?
時代が違うものを比較はできないけど、戦果を挙げた奴で言えば
アエガテス諸島沖の戦いでカルタゴ海軍を打ち破ったガイウス・ルタティウス・カトゥルスとか、
共和政末期の地中海を制していたセクストゥス・ポンペイウスとか、
それを、一度は敗れたけど海戦でうち倒し、後にはアントニウスの海軍をボコボコにしたマルクス・ウィプサニウス・アグリッパとか。
>>651 世界で最もローマ史の研究が盛んなのがイギリスなんだからしょうがないし
ヨーロッパっていうのはなにかと隣国や地方都市同士で競ったり争い事をするのが好きなんだよ
ウクライナ人はヴァイキングがルーシを作る前に既にスキタイが国家を築いていたとして
自国においてヴァイキングによって始めて国家が築かれたと言う西欧的史観に異議を唱えている。
どっちもスラヴ人じゃないけど。
>>649 似たようなことフランス史本にもケンブリッジ版ポーランド史にもあったなw
ポーランド史の場合は「ローマが来なかったからここを基点に出来ない。
しょうがないから支配者がキリスト教を受け入れた年にしよう」って流れだった。
実際、資料が文書とかなんとかわかりやすい形で残る文明がないと
現代の学問としての「歴史」では扱えないだろうな
ハンガリーの歴史はローマがパンノニアを属州にした時から始まるのか?
キリスト受け入れを歴史の基点とするのは
キリストしかかんがえないキリスト脳みたいなものでなく
単純に当時の知識階層僧侶が文字資料を残すからだろうね
いや、単に西方ローマ教と異端を信仰する宗教脳なだけだよ
ハンガリー人はフン族の末裔
フン族は黒人だからありえない
アッティラが死んでからのフン族の行方ってほんと分からんよな
ローマに海将なんかいないんじゃないかな
まず高級将校たる元老院議員が船になじみないし
いたとすれば帝政後期に騎士階級や蛮族出身者が
高級将校として出張って来た後のことだろう
あげるとしたらカラウシウスとか?
おいおい
海軍提督は元老院階級やがな
前執政官クラスの重職だ
なんせ初期から常備軍だったからな
制海権は戦争でもそれ以外でも必要不可欠やしな
名提督大プリニウス
デキムス・ブルトゥスがガリアの海戦で活躍してたが
あれは発想の勝利みたいなもんだからなあ
>>667 だからその「元老院階級」が船になじみがないって言ってんだろ
操船に慣れた一般人民をローマ市民権を与えて貴族に取り立てればいいだけじゃん
元老院階級は船の所有制限があるから貴族に取り立てた時点で(ry
本質的に土地に依拠した階級だし、それを奨励されている
高級軍人に騎士階級が積極的に入ってくるのがガリエヌス以降だったか
艦隊指揮に手慣れていたと確実に言えるのは、
>>656で言ったように、自ら海軍を鍛え上げて小ポンペイウスの艦隊を倒し、
アントニウス軍に対して完璧に海上封鎖かけて干上がらせたアグリッパだな。
わざわざ海が荒れてる日に艦隊を引っ張り出して訓練を行ったというし。
>>672 じゃあ海将はいないでなく
海の名将はいないというべき
たんにあんたが日本語間違っただけやで
たんにあんたの読解力不足か知識不足だけなんやで
それはアホのいいわけ
海将は海の将軍を指します
将軍という単語に名将という意味はありません
だいたい672の文章じたいもこちらで脳内補足したものなのに
将軍=名将でないってことな
将軍のなかに名将もふくむが
小学生相手並みの解説だがあなたにはそれぐらい必要だろう
というかね
ローマ艦隊の司令官で一番優れていたのは誰でしょうか?て話してて
大プリニウス(ミセヌム艦隊司令官)やカラウシウス(ブリタニア艦隊司令官)の話が出てんのに
「ローマに海将なんかいない」の「海将」をそのままの意味で受け取るのは
単に読解力不足か知識不足ですよね
バエティカのワインよりひどい
まず小さい間違いなら、指摘も冗談交じりにして
受け取るほうも「わりーわりー」で認めるところだと思うの。
どうみてもそんな真顔で言い合うような大層な話じゃないの。
二人とも引き際悪すぎるの
日本語が間違ってるという指摘に逆切れはミットもなおだけやで
自分も間違ってることに気付いてるから「反論」はできず
空気で察せないお前が悪いという「反論になってない反論」w
知識の問題という反論はもう馬鹿丸出し
日本語が間違ってるとの指摘にどうやらローマ知識が足りないといいたいっぽいが
この論理性のなさは基本的な知能が低い人間特有の反応だわ
日本にヴィリプラカの神殿があればこのような不毛な議論が少しは減るかもしれない不毛な議論が少しは減るかも知れない
コンコルディアもだな
あと誰か除草剤よろしく
まあその話の流れで海将とか出てきたら
「真の意味での」海将=優れた海の将軍
と解釈することはできるが、誤解を招く言い方だわな
少なくともその後の弁明で知識が足りない!とか言いきれるほどじゃない
文脈で理解してくれよ・・・とすまなそうに言うのがせいぜい
はぁ?どこの日本語が間違ってんだよ
てめぇがアホだから理解不能な曲解してアホな突っ込みしてきただけだろーが
本当にみっともないアホだな
もうあきらめろよ
お前ほどじゃねーよ
読解力も知識もないアホが
最低限の知識くらいつけてこいや
はぁ
とりあえず日本語の誤用という指摘に知識不足という反論がどれだけ頓珍漢かわからんと
まぁどうせそれも認めないか理解できん低能だろうが
だからどこの日本語が間違ってんだよ
そもそも単語の意味なんか単体で使われない限り、文脈に沿って判断するもんだろ
日本語は特にそれが顕著だ
この文脈で俺の使い方のどこが間違ってんだ?
素っ頓狂な突っ込みしてきやがってよ
あとなんだ?知識不足の反論が頓珍漢?
お前の好きな論理的な話をすると最低限の知識と読解力があれば
論理的に語句の意味てのは排除できるんだよ
それでここではこういう用いられ方をしているんだなと判断できるわけだ、わかったか?
盛り上がってまいりました!
685で済むのをいつまでやってんだよ……
>>684 その神殿、ご本尊の所にウィテリウスが(ry
685は第三者なのにそいつにも噛付いてるなぁ
よくカエサルの像を見るが、あれって本人にどのくらい似てるのかね。
カエサル生前か、少なくとも生前のカエサルに会った人が生きてる
うちに作られたカエサル像ってあるのかな?
まあ上野の西郷さんも、生前を知る人達がまだ生きてた明治30年頃に
作られたはずなのに全然似てないらしいから、難しいのかな。
コインの図像と像を比べてみたらわかるんじゃね
ローマコインの絵柄というのがまた、写実的とは言いがたい代物だからねえ。
ローマ以前のギリシャのコインを見たら出来がいいんだ。ローマって実は
そんなに技術高くないんじゃね?
コインは現代でも意匠化したものおおいで
帝政期のコインは写実的だぞ
広告の代わりだからな
属州民はコインや皇帝像を通じて皇帝を知る
ヘレニズム諸王朝のものもそうだ
コインは打ち出しだから技術というか元型つくる職人の腕によるんだろうな
まあローマの芸術面は基本ギリシアのレプリカだから本場には劣るんだろう
工芸関係はローマ時代もギリシア人がたくさん担ってたぞ
とするとなぜギリシア人の技術が衰退したかだが
自由を奪われたせいだ!
中世のきったねえ絵を見てて、
近代までみんな絵下手で人を描くのが苦手なんだなあとか思いこんでたけど
(日本も中国も近世まで意匠化した絵ばっかだし)
ポンペイの壁画見てウマすぎワロタwwwwwwwwwとか思ったわ
それでも遠近法はなかったんかねえ
アルタミラでさえ遠近法があるのに
あくまで理論として確立されたのが中世末期というだけやしね。
その、理論として確立、というのがデカいのも事実だけど。
パースの概念だな
今俺たちは、ローマギリシャ時代に培われた芸術がなんですたれたんだろうと感じているが
1000年後の人たちが今の時代を分析してももしかしたらそうなるのかもな
例えば音楽ではベートーベン、モーツァルト等の大芸術家のあと、数百年ろくな音楽ねぇなぁみたいな感じで
今現在あるポップミュージックがくだらないとしてもビートルズは歴史に名を残した
俺らがローマギリシアの芸術と中世の芸術比べて、
ローマギリシアの方がいいやwwwと思う人が8割だとしても
200年後に壮大な音楽の時代がスタートして20-21世紀の音楽ってクソだよなwww
とか言われるようになっても31Cにはビートルズ風ポップの方が好きな奴は2割くらいいるだろう
今の音階ってエオリアン・スケールとかリディアン・スケールとか
あるけどギリシャ起源なのか?
カエサルじゃなくジュリアス・シーザー名言集やな
シェークスピアは偉大つーか
創作の影響は凄いって事やな
カエサルよりシーザーのほうが強そうでいいな
濁音が入っているからかな
アウグストゥス→オーガスタス
アンソニーとかオーガストとか響きがショボい
カエサルの方は後の帝国が皇帝名として使ってるからな
カイゼル、ツァーリなど
カエサルやインペラトルは使ってアウグストゥスを使わないのはなぜか
アウグストゥスを始めとした時の権力者たちが、カエサルを神格化することでその後継者である
自分たちの正当性を際立たせようとした結果でないかな
豊臣秀吉が低い生まれの出の自分を高く見せるために、ほとんど忘れられていた天皇の権威をもちだして
関白太閤となって政治を行ったのに少し似ているかもしれない
ヨーロッパの王族、貴族で名前にアウグストを用いるところは普通に多いぞ?
フランスならさしずめオーギュスト
その後の諸王の王の称号として用いられるのがカエサル派生でアウグストゥスは無いのねって話じゃないかな
初代皇帝の個人名のイメージが強いから、支配者の称号でなく個人名に使われるのかな。
カエサルは家門名だけど、アウグストゥスは元老院から贈られた尊厳なる者の称号だしな
元はといえばカエサルは固有名詞で
アウグストゥスの方が一般名詞だから汎用性高そうなのに面白いな
なんだろうなー
東北の田村氏が坂上田村麻呂の子孫自称するから
田村って名乗るのと似たようなもんかなー
「征夷大将軍」から名字をひねり出さないような感じかな
でも、この例でいうと征夷大将軍がいつのまにか「田村」になっちゃったって話だよね
そこがアウグストゥスの深慮遠謀という奴だな、完璧に理解して継承したティベリウスこそ偉大というべきかもしれんが
ユリウス・クラウディウス朝じゃなくなってもカエサルが称号として残ったのが面白い
カイザーにしろツァーリにしろ
その名前そのものが皇帝を表すってのは凄いな
名前に特別な意味を見出して継承する
中国や日本でもなかなか無い
>>728 コンスタンティヌス1世以後のローマ皇帝の名には必ず「フラウィウス(Flavius)」
が入っているのも同例かな
日本の場合だと偉い人が名前の一部を部下に与えるとかその程度だもんな
戦国時代のある世代の武将はやたら晴の字が多い。武田晴信(信玄)とか
南部晴政とか伊達晴宗とか。将軍足利義晴がやたら晴の字を各地の大名に
与えまくった(当然謝礼も取りまくった)結果らしい。
王政アレルギーのローマで王とは別の、王とは誤解されない称号を編み出さなきゃいけないってのは難しいよな
皇帝だって三皇五帝という由来があるわけだし
結局カエサルの名を継ぐものこそが帝政の継承者として続いていったわけだが
以前から不思議だったが、なぜユリウス・カエサルという人物がそこまで
持ち上げられるのか。確かに逸話満載の面白い人物だが、初代皇帝の養父で、
独裁者になったが道半ばで暗殺されて、結局業績のほとんどは養子に譲る
形になった人物だが。
そこで死んだからこそ伝説になるんだろ
実質的に帝政を完成させたアウグストゥスが
努めて自らの業績を誇らないようにしていたから
その分カエサルが持ち上げられたのでは
カエサルがやたら持ち上げられる理由のいくらかは、そらもうアウグストゥスがせっせと権威付けに励んだからだろう。
カエサルは神になり、自分はその神の子だというのがアウグストゥス自身の権威付けの柱の一本だし。
某漫画でカエサルを質実剛健と評していたけど、
それは良くも悪くも保守的なイメージがあるから、
改革派には合わない気がする。
ガリア戦記の影響ってどれくらいあったんだろう
今読んでも普通に面白いが
>>728 西欧の土人は抽象的な観念を理解出来無かったんだろうな
というより自己の氏族を神格化するのは直接的で解り易く
原始社会や古代には広く見られる現象だし、
>>733の理由もこれ
紀元12年にハレー彗星が現れたが、アウグストゥスはこれを養父カエサルの
魂と見て、硬貨に『カエサルの星』を刻ませた。
紀元前12年だった
>>738 当時ノーベル文学賞があったら毎年受賞してるレベルだろう
キケロを無視しないで下さい
キケロの文章好きだな
あのこねくりまわした感じがなんか好きだ
アッティラって映画がレンタルビデオ屋にあったので借りてみたが、割と面白かったんだが
ローマに攻め込む前の、カタラウヌムの戦いの後殺されちゃったからなんか物足りなかった
なんで教皇と会った後に撤退することにしたのかをどういう風に描くのかと思ったらそのシーンそのものがなかった
747 :
世界@名無史さん:2013/12/19(木) 03:17:41.17 0
>>746 バトルシーンがやたら綺麗な芝生がでこぼこした丘陵地帯でやってて微妙な気持ちになった映画か?
749 :
世界@名無史さん:2013/12/19(木) 16:45:11.39 0
何はともあれ、
『西洋古典学事典』を読め。
さなくば、話がはじまらぬ。
分かったな。
ローマ、ローマ、ローマ♪
塩野がロマ物で書くローマ-パルティア間の関係と
ローズマリーシェルドンがローマとパルティア-二大帝国の激突三百年史で書いたローマ-パルティア間の関係が全く違うことに驚きを隠せない
結局ローマはパルティアを滅ぼす気だったの? シェルドンはローマが侵略的でパルティアは融和的だったと書いてるんだが事実なんだろうか
正直塩野さんはローマに好意的すぎるとは思う
753 :
世界@名無史さん:2013/12/21(土) 17:43:00.56 0
>>752 そりゃそうさ、イタリア男のペットなんだから。
>>752 お前が世間のどんなことに対しても捻くれたり上から目線だったりするから
相対的にばっちゃの好意が過剰に見えるだけなんじゃないの?
ローマ側が侵略的だったのは事実だろう
首都何回も落としてるし、国力的にもパルティアがローマを上回ったことはない
機会があれば属州化したかったかもしれんがそこまで体力はない的な、トラやんとか
俺もシェルドン今日届いたから楽しみだなw
後、フロンティヌスと食卓の賢人たち(京大)
評価ならともかく、好悪の感情なら人それぞれでいいじゃん
なんでそこまで思想統制したいんだ
塩野はこれは小説で〜ってスタンスだからまだマシ
見る側もそういう視点で見れる
ちゃんとした歴史の本でも自分の研究のメインを過大評価して
○○に××はなくてはならなかった〜的なのにしてるのが大半だからな
それでも司馬遼太郎の龍馬でも明らかに歴史小説なのに
龍馬が幕末におけるもっとも偉大な人物で唯一無二の存在とか思ってるのも多いし、
三国志演義系の小説だの漫画だの読んで劉備は正義、孔明は天才軍師とか
言ってるの多いのを見ると後は受け取る側の問題だろう・・・
塩婆が司馬遼の同類だという大前提を認識出来て無い阿呆が居るのが問題
司馬がばっちゃにむかって、歴史そのものと作り事の中間という誰も進まない道を切り開こうとしてるねって
話したのは知られた話だったっけ?
パルティアとて国力が上ならローマに攻め込みたかっただろう。パルティア
に取って代わったサザン朝ペルシアなんてローマの国力が低下した事もあって
暇と隙さえあればローマ領に攻め込んでいる。
そもそも論でいうと西洋とオリエントでは最初に攻め込んだのは、
ペルシャ帝国時代のオリエント側ってことでええのかな?
ディオクレティアヌスって歴代の皇帝の中でもとりわけのバカじゃない?
頭がお花畑というか
分割統治なんてしたら、内紛の火種になるに決まってんじゃん
時々とち狂った為政者がでてくるな
俺が生きてるうちは大丈夫だから、って無責任な制度導入されても後の人に災いが降りかかるわ
その種の話はあんまり意味無いんじゃね、結局勢いのある側が勢いの無い側
を攻めてるだけだから。
海の民がヒッタイトとかを滅ぼしたのが初めてじゃね?
海の民にはエトルリア人も入っているという説が。
ディオクレティアヌスさんは同僚正帝を無理やり走らせたり、引退させたり
引退後は引退後でひたすらキャベツ作るようなカリスマと純真さを持ち合わせたお方なので……
ちなみにローマ時代のキャベツは今のような丸ではなく平たいそうだ
野菜作りが趣味の日本人がケニアに赴任して、向こうで白菜を作ったら
結球せずだらーんと広がった状態になったそうな。寒い地域でないと
丸くならないらしい。
>>765 海の民がヒッタイトを滅ぼしたという説は最近では否定されてなかった?
海の民は家族を連れて移動していることが分かってるし直接的な関与はしてないよ
ヒッタイトは気候変動による旱魃と飢饉で内乱が起きて崩壊したらしい
南東部のカルケミシュとかに小帝国が残った
>>760 ササン朝は中央アジアを制したエフタルの属国の立場を強いられて
貢納金の捻出のためにローマ軍が旧領統一のため西側に出兵したところに空き巣していただけ
中央アジアは歴史上何度も大帝国が出現してるのに世界史での無視されっぷりは凄い
少なくとも当時のエフタルはローマより強国だった
戦いを最初から諦めて金で何とかしようとペルシャが考える時点でね
エフタルがササン朝を服属させるのは5世紀半ば以後だ
フン族もクシャーナ朝もササン朝にはかなわなかった
っつーか古代中世で騎馬民族か強いのはあたりまえやで。
牧草が確保できる地域に限るけど。
>>769 それとヒッタイトの反王政力と周辺の弱小国との結託もあったみたい
内部に亀裂が入った上に気候変動や地殻変動も加わり崩壊に向かったというのが今の説
あとヒッタイトは鉄を独占していたけど、製鉄技術を売って金儲けしようとしていたヒッタイト人もいて、製鉄技術を欲していたエトルリア人やギリシャ人と利害が一致してヒッタイト人が呼び寄せたっていう説も最近出てきた
騎馬がそんな強いならなんで自国民で騎馬軍団作らんのかな
乗馬のノウハウとその教育のコスト、軍馬育成のノウハウとコスト、運用に伴うコスト、強い≠万能、等々の理由。
結果、みんな妥協する。
>>774 土地は農地に使っちゃってるのに牧草どうすんだよw
農耕民のクセに騎兵多用した唐は馬匹の為だけに
わざわざ東西240`南北160`のアホみたいな官営牧場造ってるし
とりあえず競馬の馬主にでもなってみれば、月々どんだけ金が掛かるか
分かるんじゃね。預託料が中央競馬で月一頭60万だっけ。
ローマも遊牧帝国になればよかったのにな
スキュティアあたりに遷都しよう
馬は、牛飲馬食というぐらいでエサ代がめちゃめちゃ掛かるが、手入れも大変で、
欠かすとたちまち病気になったりする。
毎日運動は欠かせないし、汗を掻いたら洗ってやらないと皮膚病になる。
特に気をつけるのは脚まわりで、蹄は人間の爪と同じで伸びるので、時々削って
やらないといけないし、馬の場合脚を痛めると命にかかわるので、小さな擦り傷
でもケアしてやらないといけない。つまり人件費がめちゃめちゃ掛かる。
そういうコストがかかるのはわかるが、もしそれで強くなるんだったらローマは騎馬軍団持つべきだと思うけど
ローマで維持できないコストを蛮族が維持できるというのは理屈が通らんと思うが
戦車や飛行機はめちゃめちゃ高いから歩兵だけにしますなんていうあほな戦略があるだろうか
>>ローマで維持できないコストを蛮族が維持できるというのは理屈が通らんと思うが
遊牧社会なら成年男子は全員騎兵の訓練を幼年期から受けてきたようなもんだし
基本的に財産=家畜だから馬の数も多い
農耕社会になると財産は様々な形をとるようになり家畜ばかりというわけではなくなる
同じような理由で騎兵訓練も限られた階層の人々以外が行うには難しくなる
その中でも実際にそういった訓練を積むのは貴族階級や軍人としての出世を望むブルジョワ階級の一部に限られる
ほかの遊牧民以外の蛮族にも尚武の気風があるから(ああ、それはかつてローマにも存在したのだ!)
ある一定の階層以上の人間はこちらの場合は全員、子供のころから騎兵となるよう育っていく
複雑化した社会と経済が原因だろうな
だって蛮族の皆さんはなぁ。人間が家畜に合わせて生活してるんだもんな。
文明人には無理だよ。
文明パワーでコストのかからない馬とか発明しようぜ
やはり騎馬が生活の手段である人間と
騎馬は高級車乗り回すようなものである人間とは錬度が違うだろう
モンゴル帝国VSローマ帝国
ソビエト軍がフィンランドの鴨撃ち猟師にボコボコにされたのに似てるな
地中海世界では6世紀ごろまで鞍と鐙がなかったのも大きい
鐙どころか鞍なしで布ひいてランスチャージかますマケドニア人マジOP
そのころは中華でさえようやく胡服騎射という時代なのに
あとローマ時代には鞍はあったぞ機能的な奴が、6世紀以前に
>>781 戦車、飛行機は現代戦の戦略において「絶対必要」。騎兵は絶対必要とまではいかない。
近代以前には絶対必要な兵種だろ
何言ってんだ
騎兵なしで相手破る戦闘もあるからそうも言えまいよ
クレイシーやチェリニョーラとかさ
そんな特殊な例をわざわざあげてどうするんだ?
もしアレクサンドロスやハンニバルやスキピオやカエサルにインタビューできたらどう答えるかぐらい想像がつくだろ
古代はともかく、中世〜近世にかけては必ずしも必須兵種じゃないだろ
必須に決まってるだろ
まったく何言ってんだおまえらは
ベトコンは戦車も飛行機もないけど勝ったっていうような話かい?
らくだ多いアラブとか、日本戦国期だって馬の戦術的価値なんてたかが知れてるしな
らくだはそれこそ馬の代用というか砂漠における馬じゃん
日本はまあ大陸ほど大規模運用することはなかったけど
地形によっては歩兵でも騎兵に勝てなくはない
たしかに地形によっては歩兵で騎兵に勝てなくはない
だが騎兵は必要であることに変わりはない
騎兵には衝撃力だけでなく機動力と追撃力が備わっているからである
またまともな兵站が機能していなかった時代おいては
敵領土における徴発や略奪のために騎兵が果たした役割は計り知れない
伝令や偵察もそうだがこれは単騎でいけるから兵科とは言いがたいか
>>799 それはつまり戦場の選択が制限されるということで。
選択肢が減るというのはつまり不利という訳で。
ローマ兵は遊牧騎馬民族に弱いイメージがあるけど
ペルシャの重騎兵にはあまり負けてないよね
どういう違いによるんだろう
遊牧騎馬民族の機動力が苦手だったんだろうか
とりあえず前近代における騎兵不要論なんてのは
現代戦における戦車不要論やヘリ不要論並のトンデモだと気づけ
>>789 マケドニア族は元々遊牧民だからなw
あと鞍は所詮鞍だから、武器振り回すのに踏ん張り効か無いでしょ。
お前らは簡単に騎兵は必要って言うけど
実際にかかる経費と敵の揃え具合見たら、
あ、別にそんなにそろえなくてもいいか・・・ってなるだろうよ
敵が騎兵で攻めてきたら
金や物資で味方に引き入れてしまえばいいじゃない
現代世界で普通に過ごしているだけでもそうはならないことはわかる
>>804 ローマ時代の鞍は四方に角がついててある程度馬上でも動くことができたそうな
もちろん鐙の安定度には劣るが
>>808 木製鞍は移動時の姿勢安定には有効でも
鐙じゃないから踏ん張れ無いよ
ドナルド・キーンの本を読んでいたら「征夷大将軍はいわば護民官」と出ていたな。
>>810 鐙出現以前の過渡期に登場した古代の4 horn saddleは四方に角があって
戦闘時相手に切りつけるときとかに体の固定をサポートしてた
鐙が出現するとこの角は必要なくなって消え、いま私たちがイメージするような鞍の形になる
>>810 すごい切り口だがw、武士(非貴族)で武力を管理する立場とすれば
たしかにそう例えるのも間違いとは言い切れないか
摂政関白が執政官なのかね?パトリキの利益代表が摂政関白で、それに対して
騎士階級の権利を擁護するために立ち上がったのが頼朝か。
樽は結構早い時代にできてたらしいが(ガリア人が発明)アンフォラばっかりなのは
技術的にまだ密閉性が保てなかったとか、陶器と比べて木は腐るから出土しないとか
やっぱりワインはアンフォラじゃないとな(樽は今で言うペットボトルワイン)的な風潮があったんだろうか
謎だわ
樽は素材選ぶし技術いるしコストかかる
品質管理が手間で場所とるし
アンフォラはそのまま火にかけたりと使い勝手がいいし
ローマというかイタリアはあんまバッサバッサ木を切り倒しちゃうと生えて来ないんじゃね
/ ̄ ̄\
/ _ノ \
| ( ●)(●)
. | (__人__) アンフォラはそのまま火にかけないだろ
| ` ⌒´ノ 常識的に考えて…
. | }
. ヽ }
ヽ ノ \
/ く \ \
| \ \ \
| |ヽ、二⌒)、 \
ゲルマニアが鬱蒼とした森だから木材はゲルマン諸族から買ってたんじゃね?
レバノン杉を密伐採してゴニョゴニョ
フン族匈奴などの東洋系説あるけどさ、あれ嘘じゃない?
急に普段ほとんどみたことないような東洋人が襲いかかってきたらもっと風貌とかの記述が残ってるんじゃないか?
わかりやすく言えば漢民族に似てるとか
普段みてるゲルマン系の蛮族の一部族ぐらいのイメージだから特別記述されてないんじゃないのかな
顔が平ぺったくて目が小さくてってやつも、その記述自体が悪霊と魔女の子孫だとか
わけのわからんこと書いてあって信憑性がないと思うし
ローマ人は漢民族()のことそんなに知らないと思うの
そもそも匈奴が東洋系か謎。匈奴の一派鮮卑が「深目赤髯」だという
記録はあるが、多部族連合体という説もあり、全員そうだったのかは謎。
皆呂布
>>822 そんな記録は無いよw 捏造するなよ捏造民褥じゃないんだから
詩人が唄の中で物珍しい容貌をしていた赤髯碧眼の人を詠んだだけ
フンは匈奴を中核とする集団、下っ端には西方世界の蛮族も多かっただろうが
4世紀に後趙を建てた羯は匈奴の構成部族のひとつだったが、
その羯に属する孫珍や石宣は「目に小便が注げる」ほど深目であったというし、
冉閔が胡人の大虐殺をやった時には「鼻が高く鬚(ひげ)が多い者」を殺したという。
速攻でカウンターきたな
そのころに、漢人が西洋人を評した記録は残ってないんだろうか
>>825 羯は匈奴の被支配民族であって別の民族
羯、月氏、于顛はどれも同音か近似音でトカラ民族
『魏略』西戎伝や『後漢書』西域伝に、ローマ領のどこかと思しき「大秦国」の記述がある
西暦97年に甘英が安息(アルサケス朝パルティア)を訪れた時、
その西端の海の彼方に大秦国があると伝聞したが、海は渡れなかった
「人々は背丈が高く、整った風貌をしている」という
速攻でカウンターきたな
ここは学者さんが多くてすごいなぁ
シルクロードあっても実際にローマ人も漢人もお互いほとんどみたこともなかったんか
奴隷の一人や二人宮殿にいてもおかしくないと思うんだがなぁ
97年といえば、ローマではトラヤヌスがネルウァから後継者に指名された年
パルティアとローマの国境はユーフラテス川で、ローマ領との間に「海」はない
たぶん甘英は首都のセレウキア・クテシフォン(條支)までは行ったが、
ミルフ(塩)湖とかを「大海だ」と言われて引き返したのだろう
シルクロードって別に中国人が欧州までモノを運んでたわけじゃないだろ?
中国人は中央アジアぐらいまで運んで売って、
中央アジア人はその一部を中東くらいまで運んで売って、
アラブ人はその一部をイタリア商人に売って、
イタリア商人がそれをヨーロッパに売ってたんじゃないの?
エジプトからアラビア海を渡ってインド・東南アジアへ行く航路はすでに存在した
166年には象牙・犀角・玳瑁などをもった「大秦王安敦」の使者がベトナムまで来て
「安息が漢と大秦の間の貿易を邪魔しているので、海上貿易しましょう」と申し出ている
>>834 しかしその使者の献上品は東南アジア〜インドあたりの特産品で、
ローマっぽいものは何一つないという謎。
「安敦」は時の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスのことだから
インドや東南アジアから来た偽の使節だとしても名前ぐらいは知っていたのだろう
(象牙や犀角は一応アフリカでも産するが)
扶南国の港であったベトナム南部のオケオからは漢の鏡、インドの仏像、ローマ金貨が発掘されている
このローマ金貨は152年と156年のもので、アントニヌス・ピウスとマルクス・アウレリウスの横顔がある
>>836 ローマ人「これとか……(ローマの産物)」
現地人「ガラクタじゃねーか、悪いことは言わねー、こっちにしろ(現地の産物)、支払いは金で頼む」
エュリュトュリュア海なんとか記に書かれてるローマの物産って
金貨とワインと奴隷とエジプトの服と後何か有ったっけ?
そもそもローマの特産品て何だ?
他国の王様にプレゼントして喜ばれるようなものってあるか?
ローマ見物に来た属州民はローマ土産に何を買って帰るんだ?
土産話
ローマの特産品は平和と情報
あと金貨
要するに特になんもねぇのか
金もオリエントやエジプトから没収したもんやろ?
ヒスパニアで金がざくざく取れるから大丈夫だ
枯渇したら滅んだが
物品としては案外渡せるものないのな
石造りの建設技術とか持ち込めたら面白そうだが
ぐんだんへい「ヒャッハー!俺達が特産品だあ!」
江戸土産といえば浅草海苔が定番だったとか。軽くて荷物にならず、
比較的値が張るものなので、今も昔もお土産に好適。
「ローマ」というブランドが特産品とも言える
ローマ饅頭にローマ羊羹、ローマ雷おこしもあるよ!さあ買った買った!
ガルムとワインにオリーブオイルなんかがイタリア半島での商品かな
ワインはギリシアに輸出し、ローマはギリシアワインを輸入したという・・
どうやら舶来ということでそれぞれの地で珍重されたとのこと
オリーブオイルは貴重な輸出品だったよね
アジアだとごま油か
オリーブ油は食用だけでなく
化粧、美容、薬、化学製品のもとだったし
ゴマ油よりは重要だったんでは
化粧、顔にそのまま塗る
美容、顔にそのまま塗る
薬、薬草を漬け込むのに使う
化学製品、燃やすか酸化防止
物は言いようだw
化粧はまさに化粧そのものにつかってたし
美容は男が体にすり込んだりしてた。防寒、健康のためでもあるが
薬はやけどや傷、内服など
化学製品は防腐や防錆剤
あとは宗教行事などにも使用
ごま油もアーユルヴェーダとかに使うじゃない
スペインの闘牛を見て感じたんだけど、あれはローマ帝国の遺産のようなものかな?
剣闘士と猛獣の戦いから闘牛と変遷したのかな?
ローマは奴隷社会と言われながら近世みたいに奴隷を外国に輸出するって発想は
無いよな。ゲルマン人がんがん捕まえて、パルティアとかインドにでも輸出すれば、
金も稼げてゲルマニアも平定できて一石二鳥な感じ。
労働力の需要は常に国内にあったんだから
貴重な労働力源をわざわざ売りに出す理由がないよ
>>857 中世スペインは牧畜を生業とする国だったから
プリニウスは「カエサルはヒスパニアの闘牛をローマに導入した」と書いているらしい
ローマ人は正月はどうしてたんだ?年初になんか祭祀はあったのか?
新執政官の演説とかは?
帝政期入ってからの話だが
ドミティアヌスが一番名誉ある年始の執政官を務めまくってすぐ辞めて
ほかの元老院議員にはその名誉も与えなかった上、執政官職の重要さも薄れてしまった
みたいな批判があった気がする
帝政になった時点で執政官なんて名誉職じゃないの?
名誉職に見えるのは皇帝専制時代も経験するローマを知ってる後世の俺らの視点ゆえだろ
当時のローマ皇帝はまだカエサル・アウグストゥスの名を継承して市民の第一人者にして軍の総司令官で
護民官特権を持ってて執政官の片方を兼ねてて、元老院と市民の承認を必要とするデリケートな地位に過ぎない
予定執政官がウジャウジャで、重要さもクソも感じられないです!
帝政とは名ばかりの貴族制だから問題ない
そもそもネロの後からは貴族上がりの皇帝なんて皇帝周辺に一体どんだけいるのって話
商人がカネ使って元老院階級に格上げして
野心ある庶民は軍人ルートで師団を掌握してから商人上がりの元老派閥とツルんでってなイメージ
では良いお年を
イメージかよw
もっと本読めばイメージ変わるだろうから勉強してくれ
今年はアウグストゥス没後2000年という古代ローマ関連ではかなり重要な節目の年だな
関連書籍も多く出るといいけど
ローマ建国紀元2767年あけおめ
プリンケプスから市民諸君への贈り物である!
>>774 軍人皇帝時代以降は騎馬軍団がローマ軍の主力になっていた。
パルティア対ローマだと互いに異なる戦術で対戦していたけど、
ササン朝対東ローマだと同じ戦術で対戦していた。
>>778 軍人皇帝らがドナウ属州の牧畜民出身だから遊牧国家ではないけど
牧畜民が農耕民を支配する国家になっていた。
南の宋を攻めていた契丹が女真に、女真がモンゴルに滅ぼされた様に、
ディオクレティアヌスらは出身地よりもオリエントを重視し過ぎて
蛮族らに滅ぼされてしまったので、マウリキウスやヘラクレイオス
以降の皇帝はオリエント出身者ばかりになった。
ディオクレティアヌスの出身地のイリュリアは
東ローマ時代にもローマ領でユスティニアヌス帝出してるが
ユスティニアヌス朝最後の皇帝マウリキウスがオリエント出身なのは
スラブ人の侵入でイリュリアが滅んでしまったからだろうな。
ユスティニアヌス帝はバルカン防衛よりもイタリア奪回を優先した。
皇帝の出身地別で見ると
イタリア→ヒスパニア→北アフリカ→シリア→バルカン→アナトリアと移ってるな
セウェルス朝とピリップス・アラブス、ゼノビアらがセム系で、
ゼノビアがアウレリアヌスに敗れてからはバルカン出身者の優位
が圧倒的となった。
>>814 陸路か船か運搬方法の違いがあるのでは?
アンフォラや陶磁器とかは陸路だと破損しやすい
樽や絹とかは振動とかで破損しにくい
古代イランでは金属器が発達したとされるけど
移動する遊牧民には土器は破損しやすくて
適していなかったからだろうね
市民諸君!それにつけてもおやつはカールであるべきだ!
カールタゴは食されるべきだってか
ゴート族の息子マクシミヌス・トラクスは、シリア出身の
アレクサンデル・セウェルスを殺して皇帝となるが、
フリギア出身のカルタゴ総督ゴルディアノスが反乱を起こす。
トラキア出身のフォカスはカッパドキア出身のマウリキオスを
殺して皇帝となるが、同じくカッパドキア出身のカルタゴ総督
ヘラクライオスが反乱を起こす。
アレクサンデル・セウェルスがゲルマンに対して消極的
だったのに対して、マウリキウスはアヴァールとスラブ
に対して積極的だったのが異なるが、ともに将軍でも
副帝でもない者に帝位を奪われてしまった。
でたー
この本の続きの西洋史しりたかったらなんか簡単で面白い本ないですか?
885 :
世界@名無史さん:2014/01/07(火) 10:03:17.06 0
ラテン語で喋れ
delenda est karthago!
887 :
世界@名無史さん:2014/01/07(火) 13:12:43.30 0
CARTHAGO
カルタゴはCでもKでもいいんじゃね?
889 :
世界@名無史さん:2014/01/07(火) 15:56:20.72 0
poeni
カルセエヂ
891 :
世界@名無史さん:2014/01/07(火) 19:12:14.10 0
カルケードーン
ラテン語の分かる奴が一人もいない古代ローマスレと聞いて
ギリシア語もわからん
古代ギリシア語なんかもってのほか
まあ今の時代、英語で全部訳されてるんですけどね
ドイツ語で苦しめられた性別というやつがラテン語にもあると聞いただけで
学者じゃないんだからラテン語なんて読めなくていいだろ
某杉山「ペルシャ語やモンゴル古文なんて読めなくていいだろ」
ヨーロッパの高校生くらいは読めたほうが楽しいのは確か
漢文を読めずに支那史を語れるか
帝国末期には疫病による人口減で奴隷でさえ貴重な労働力だったのに
機械化(水車、風車)がそう進まなかったのはなんでだろうな
商人である騎士階級の地位も向上してるのに
まあガリアには水力を利用した脱穀のための大水車場があったらしいが
技術者の質と量がアレだったから以外に答えは無いだろw
公共奉仕を担ってきた地方の名士階級が圧迫された時代でもあるから
投下資本がまずなかったんじゃないかな、あったとしても既存設備の保持が優先されただろうし
んで投下資本が充実してた帝政初期には人口も奴隷も充実してたから
奴隷買うか小作人雇えばいいやで機械化の投資も起きない
こんなところではないだろうか
紀元前後あたりは強くて、蛮族にも負けることなんてほとんどなかったローマ兵が
4,5世紀ぐらいになるとまったく歯がたたなくなった主な原因ってなんでですか?
平和ボケみたなことでしょうか
ローマの武器をゲルマンやフランクが生産する様になったし
ローマ軍組織も取り入れたからじゃね
水車とかめっちゃ金かかるんじゃないか?
帝政末期でもローマ正規軍とやりあった場合の勝率はローマのが上と聞いた
ハドリアノポリスの戦いくらいじゃないか?完敗したのは
ローマ軍のお家芸である会戦方式にゲルマン人が付き合わなくなったのだ
おかずにキリン、フラミンゴ=古代ローマ・ポンペイ−米大研究
【ローマAFP=時事】紀元79年、火山の噴火で埋もれた古代ローマの都市ポンペイの人々が、
キリンや、桃色の翼のフラミンゴを食べていたことが分かった。
米シンシナティ大(オハイオ州)の研究チームが、ポンペイ遺跡の飲食店約20店が集まる一角で、
当時の下水やトイレ、汚水槽、ごみ捨て場を10年にわたり調査した。
その結果、穀物や果物、豆、魚、卵、オリーブなどの木の実を食べていたことを確認。
インドネシア産の香辛料、スペイン産の魚を塩漬けにしたものや、地元産ではない貝やウニも食べていた。
(2014/01/09-07:29)
____________
▽記事引用元 時事ドットコム 2014/01/09-07:29配信記事
http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2014010900088 古代ローマの町並みがそのまま残ったイタリア南部ポンペイの遺跡=2013年12月(EPA=時事)
http://www.jiji.com/news/kiji_photos/0140109at06_p.jpg ▽関連リンク
University of Cincinnati
No Scrounging for Scraps: UC Research Uncovers the Diets of the Middle and Lower Class in Pompeii
No fries, but how about a side of giraffe leg? Surprising discoveries result from an excavation site in the buried city of Pompeii.
http://www.uc.edu/news/NR.aspx?id=19029 キリンやフラミンゴやワニまでまで食ってたのか・・・
ポイントは富裕層以外も食ってた点だな
富裕層は邸宅で宴会で、飲食店を利用したのは主に中下層だろうからな。
フラミンゴってアキピウスにあったよな
ワニは庶民的なイメージあるな
今の東南アジアでもワニの唐揚げとか食うし
いちいちどうかとは思うがアピキウスな
しかしポンペイ埋没ってティトゥス帝の時だよな。
その頃すでに東南アジア産のスパイスが入ってたのか…。
しかし穀物、果物、豆、魚、オリーブってまるでイメージ通りだな。
>>912 目の前の川で取れるのと、海を渡って輸入するのは違うだろ。
たとえナイル産だったとしても。
>>914 インド方面との交易はクラウディウス帝ネロ帝時代にすでに活発だったし
この2人が整備したオスティア港が5賢帝時代に増築され
海のシルクロードの終着点になって東西交易が本格化するのよな
ワニが養殖されてたって話なかったっけ
ローマ風呂漫画でもネタあったような
ヒメジやウツボは聞くがワニは知らんなあ
詳しい人に聞きたいんだが
有名なウツボに宝石の首輪付けてペットにしてた話の出典て
プリニウスの博物誌であってる?
920 :
世界@名無史さん:2014/01/10(金) 12:05:49.57 0
自分がカルタゴのことを知ったのは森本さんの「ある通商国家の興亡」でした
海外の紀行ものも興味深く読ませていただきました・・哀悼の意を表します
http://www.asahi.com/articles/ASG1952LBG19UCLV00H.html 評論家の森本哲郎さん死去 88歳
2014年1月10日05時03分
世界各地を旅しながら文明や歴史を考察した評論家で元朝日新聞編集委員の
森本哲郎(もりもと・てつろう)さんが5日、虚血性心不全で死去した。88歳だった。
葬儀は近親者のみで行う。喪主は長男進さん。
東京大哲学科卒、同大学院修士課程修了。
東京新聞を経て1953年に朝日新聞に入社し、学芸部次長や「週刊朝日」副編集長などを歴任。
日曜版連載「世界名作の旅」などの執筆で世界を巡る中で特にアフリカの砂漠にひかれ、
持ち前の哲学的知見をまじえて「サハラ幻想行」「文明の旅」「人間へのはるかな旅」などの単行本にまとめた。
72年にグアム島で元日本兵の横井庄一さんが発見された時は現地に向かい、
横井さんが隠れていた穴ぐらが人家の近くだったことを報じて話題になった。
921 :
世界@名無史さん:2014/01/10(金) 12:27:47.13 0
>>919 『西洋古典学事典』に出典入りで載っている
922 :
世界@名無史さん:2014/01/10(金) 12:29:06.80 0
『西洋古典学事典』の「アントーニア」の項目を
見てみろ
ラテン語多少わかるが、碑文見てニヤニヤするくらいしか使えない
史料の類は最低でも英訳されてるし、ポンペイの落書きとかは研究者くらいしか読めないし
古典ラテン語もしんどいのに俗ラテン語とか無理
>>914 ローマで紀元前後に埋葬された絹で纏われた幼女の遺体とか発見されてるし、
セネカも「セリス(絹)セリス、汝は貴婦人を裸にする」と詩を残してる。
入って来る量はほんの僅かだっただろうけど、東西交流はあったんだね。
皇帝の嫁さんが絹欲しいってねだっても、絹の支払いで貿易赤字になって国民には禁止してたから
皇帝が買うわけにはいかねーって言った皇帝が居たような
ディオクレティアヌスくさいけど確証はない
俺のイメージだと言いそうなのはディオクレティアヌス
ペルシャさんにカモにされてたからなぁ貿易
マルクス・アウレリウスの時は絹と象牙や亀甲を交換してた記録が残っているな
>>928 商取引を行なえる場所や時期、人間もローマ・ペルシア間で
厳しく規定されてたしね
紅海インド洋につながるルートも、アカバ湾から南に向かう航路がかなりの難所で
わざわざ上部エジプトから紅海沿岸に出て船出するルートが使われたぐらいだし
>>927 へー。ディオクレの嫁って贅沢嫁なのか意外
ペルシャが崩壊して治安が悪化したせいでアラビア半島まわりの交易路が発達して
イスラムさんの出番になっちゃった
ペルシアと東ローマがガチでぶつかりまくってたせいだろ
ということはセヴェルス帝の時代もパルティアボコって弱体化させたから同じ問題あった?
どうでもいいけどパルティアの寿命って漢帝国と同じくらいね
トラヤヌス時代もな
パルティア滅亡後はペルシャ旧領は異民族王朝の場合だけ長期間の統治に成功して
イラン系王朝は毎回短期間で滅亡させられた
937 :
世界@名無史さん:2014/01/12(日) 12:44:03.62 0
サーサーン朝ペルシアを忘れたかー?!?
紀元前23年にアウグストゥスが死にかけた病って天然痘?
腸カタルとかじゃね?
プリンケプスとかで妥協するあたり高ニ病かな
終身独裁官なんて名乗ったハゲが殺されたからしゃーない
独裁は悪、で暗殺が正当化出来るのが凄い
既得権益が絡むなら理解できるが、独裁アレルギーの賜物なら愚かとしか言いようがない
ローマ人は王アレルギーであって、独裁アレルギーじゃないのを見抜いた
オクタヴィアヌスはすげえなあ
王を嫌ってカエサルを排除したすぐ後なのに、
王じゃなくて皇帝(実質的)になるから大丈夫だよ!みたいなすり替えが上手い
ナポレオンも王を殺したフランス市民の前で皇帝になったしなすごいわ
皇帝ってのを中国的な三皇五帝からの皇帝と思ってると間違う
当時オクタヴィアヌスはそういう王でも中華な皇帝でもない新たな地位を創出する必要があったというだけ
大統領とでも意訳すればよかったのに
尊厳者っていい翻訳だとおもう
インペラトールだから最高司令官と訳しちゃいかんのか
明らかに誤訳だろ
無理に訳すなら、カエサル王朝の家統だから大惣領
終身大統領?
インペラトール:征夷大将軍
まあまさしく秦の始皇帝が創始した当初の皇帝って感じだな
後のヨーロッパの帝国に与えた影響から皇帝って呼ばれてるんだと思う
イスラムでは君主位をスルタンとかシャーとか日本でも呼ばせてるわけだから
インペラトルとか呼ばれてもいいよな
エンペラーかカイザーか
ギリシアだとバシレウスになる
ニューギニアではビッグマン?
インペラトルかプリンケプスかアウグストゥスか。オクタヴィアヌスは
プリンケプスと呼ばれるのを好んだというが、一番無難だからかね?
だって議会の伝統的な名誉あるちいでおすし
princepsの原義は「筆頭者(primus-caput)」
ないし「最初に(議会で発言する権利を)獲る人(primus-capio)」だから
議長とか首相とか元首でいいんじゃない
現代の歴史家まで元首政と言っちゃう人が出るぐらいには当時の人たちも騙されてる
でもそれでローマ人全体が幸せになるならそれでいいよね
>>958 日本の首相が自衛隊の最高指揮官なのと似た感じか
こう書くとたいしたことない様に見えるマジック
ローマ皇帝とは、ローマ市民全員をクリエンテスに持つパトロネスである!
プリンス政治
>>959 現代の歴史家が元首政と言うのは騙されてるっていう感じではないと思うけど。
騙されてるっていうか言葉どおりにしか受け止められない頭にカビの生えた連中
スウェーデン王国は客観的に見て共和政なのに王国と呼ぶのは言葉通りにしか受け止められない、みたいな
じゃあ単に帝政と呼べばいいのか?
地位のあいまいさとアウグストゥスのだましのテクニックを尊重して元首政と呼びたいが
>>967 国王が実権どころか首相任命権とかの形式的な権利すら持ってないスウェーデンを立憲君主制なんて言ってたら
>>964さんに「頭にカビの生えた連中」って呼ばれちゃうぞ!
金正日を王と呼ぶようなもんだろ
元首政でいいだろ
俺はそう習ったし
>>968 僭主制と呼ぼうではないか。スヱーデン僭主国
大秦王安敦
僭主制がいまいちよくわからんな
シラクサの例ぐらいしか知らないし
元首政はローマ帝政を指すにはどうもなあ
せんしゅ
ペリクレスみたいなもんだろ
僭主でも王でもない合法的な最高権力者
低学歴だと独裁と民主制の2つしか頭にないから説明しきれない
共和政主義者が泣くな
>>971 僭主は公的立場が王でなく実権あるという逆のやつじゃね
貴族の寡頭政治=共和制
奴隷がなんやかんやでローマ市民になるのは良くあるけど、
女奴隷も奴隷の身分を抜けられたものなの?
金溜められる機会とか早々無さそうだけど、
年代記とかには女解放奴隷の記述出てくるよ
むしろ女のが多いんじゃねーか?
元主人が奴隷解放して結婚とか、身請けとか
984 :
世界@名無史さん:2014/01/17(金) 00:55:19.67 0
つ 月桂冠
´・ω・)つ 市民冠
たておつ
立て宣言は983みたくローマ関連の名句をテンプレにしたら
粋かもなw
どうせローマ史オタクばっかいるんだし
契約は遵守さるべきである!
>>983 インペラトール!
>>980 金ためるだけじゃなくて、主人の温情とか、純粋に商売を手伝わせるためとか、遺言とか色々あるし。カップルをまとめて解放とか。
雑誌ニュートンを読んでいたらアルキメデスの原理が載っていた。
「シラクサの王ヒエロンが金細工師に王冠を作らせて…云々」
ヒエロンは王じゃなくて僭主だよな。僭主が王冠???
単純に一般層へのわかりやすさのためだろ
>>989 wikipediaによれば僭主から王になったと書いてあるけど
僭主って要は伝統や法によらない王のことだし。別に隠れてるわけじゃない。
ローマ皇帝すらかぶらない王冠を僭主ごときが…!
コホルスのレギオンって隙間空きまくりだけどあれ間から崩されなかったの?