2 :
世界@名無史さん :2012/04/03(火) 09:01:09.12 0
3 :
世界@名無史さん :2012/04/03(火) 14:54:09.26 0
竹島に韓国軍を置かせるように言ったのも朝鮮人だらけの民主党だからな 未だに勝手に侵犯しているなんて考えの人は居ないよな もちろんJAL、エルピーダは民主党による国策倒産 ここら辺は新聞読んでちゃ判らない 「オウムは統一教会をラジカルにしたもの」 「オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。」 【殺された石井こうきの発言から】 そうか、統一教会、オウム、朝鮮総連、民団→朝鮮人だらけの民主党 すべて繋がっている
サムズアップが古代ギリシャ起源っていうのは本当? wikiだとローマになってるけど
正確にはわかっていないらしいよ ただ、「帝政ローマの時代には確実にあったから、その文化の源流となったギリシアにもあったんじゃね?」ってな感じだろう
>>4 なんで
サムズなんだろう?
片手でやるから一本しか無いものを。
7 :
世界@名無史さん :2012/04/03(火) 17:19:06.21 0
ロシア帝国がアメリカ合衆国にアラスカを売却したときの金額というのは 何を相場というか基準にして算定したのですか? 領土についてまあこんなもんやろっていう感覚はどこから来るのか不思議です。
>>7 散発的な相対取引敷かない者で、相場もヘッタクレもあるかよ。
>>4 wiki見た感じ中世や大戦のフライングタイガース起源説もあるみたいね。
帝政ローマに関しても絵に描いてあるだけで、実際の意味はそこからの
推測に過ぎないから、起源はいつかやっぱり分からない。
10 :
世界@名無史さん :2012/04/03(火) 23:31:26.72 0
方向をゆびさすときに親指使うのってどの地域までなの? アラブ人もやるのかな?
>>7 カネを出す側ともらう側、互いに納得したら取引は成立する。
マンハッタン島は1ドルだったかな。
13 :
世界@名無史さん :2012/04/04(水) 11:03:17.99 0
僅かながら選挙の匂いが漂ってまいりました。 _____________ || | || ちょっと待て . . .| || . | || その民主党員 . | |l -――- | '"´: : : : : : : : :`丶 . 帰化鮮人| ':.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:ヽ______| /.::.::./.::.::.::.:j.::.::.:|.:ム;ヘ.::.:ハ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ,'.::.::.::i.::.::.::.:/|.::.:: l/ `|.::./7 :.::.::.::j:|.:!.:_:/´|_.::_」 くV <| |:ハ_::_ル'´ /⌒丶 j//V| |:::::::::i x==ミ _ 〈/.:|.::| |:::::::::i:'" ´ ゙̄Y}!.::.l.::| 八:::::::圦 、' _ "/_ノ.::,'.::j /⌒ヽ::::ト{\ _,.ィ__/.::/l:./ / 丶∧::| 丶 `ニ´ 彡// :厶|∧ {/ 丶ヘ| ノ / |:/ (こ ハ / }ヽ、 ∧ / 'x┴〈 }_ゝ、 / \∨ ∨ / ニW } ) 〈 _ノ∧ 厶=7 ,.-、) 人ノ }⌒ヽ `<__,>イ |__ノ| |/∨ / ヘ / │ 丶ノ.| | \ / ヽ \__/ | | ノ / >'"⌒\ 〃⌒\| ト、__/
前スレの最後の方、変なハングル推し韓国人がいたなぁ
>>13 みたいなAAを貼り付けるヤツは維新の会に入れるのかな
ネトウヨの特徴 [1]選民意識--「俺たちは、情弱の一般人とは違う!」 [2]善悪二元論--「チョンとシナは悪!悪を叩く自分は善」 [3]終末論--「売国政権or外国人参政権で日本が滅びる!」 [4]布教活動--「情弱の一般人に真実を知らしめなければ!」 ネトウヨ論法の特徴 特徴その1 『居丈高』 特徴その2 『質問返し』 特徴その3 『話題逸らしの誤魔化し』 特徴その4 『根拠のない決め付け』 特徴その5 『罵倒』 特徴その6 『一人で勝手に勝利宣言』 最終段階 『逃亡』
17 :
世界@名無史さん :2012/04/06(金) 12:08:59.90 0
スレどころか板まで違うぞ
18 :
世界@名無史さん :2012/04/06(金) 14:24:33.90 0
>>13 のAA物理板でも見かけたわ
いつものコピペ爆撃だから放置でおk
19 :
世界@名無史さん :2012/04/06(金) 19:58:06.05 0
インディアン戦争(フレンチ・インディアン戦争じゃなく)の通史というか、北米における白人入植者と先住民の抗争の歴史がまるっとわかるような本ありませんかね。 できれば日本語が良いですが、英語・ドイツ語でも良いです。
>>19 それこそ、現地で訊けよ。
英語できるんなら、北米は英語広く通用するから、ねごたりかのたりじゃろ。
アメリカンインディアン悲史は、通史とは真逆のエピソード集だけど面白かった インディアンに育てられたことで(もしくは混血)インディアン側に立って白人がアメリカ人と戦った歴史が確かにあったんだよな アメリカの理念、植民地という立場からの独立精神、移民国家っていう成り立ちはわかるけど アメリカ人(白人)はアメリカ(大陸)にアメリカ合衆国という一つの国家しか認めなかったんだよな(カナダ・メヒコはおいといて) インディアンに独自の国家を作らせなかったことだけはたいしたものだよ。
>>20 現地行く金があれば苦労しませんw
>>21 やっぱりそれくらいしか無いですか...。「悲史」は興味深く読んだのですが、できれば全体としての推移が分かる通史が欲しかったのです。ありがとうございます。
アメリカのAmazonでGreat Indian WarsってドキュメンタリーDVD買ったことあるな(たったの5ドルぐらい) 英語字幕はないけど1500年代から1860まで扱ってたな。インディアンの風習や文化、戦闘体系の変化も紹介してた。 インディアンの歴史に興味を持っいる人がこのスレにいてくれて嬉しいよ。 俺が興味を持ったのは、Gray Owlっていうカナダの環境保護活動家だったインディアンが 実はインディアンにあこがれて一人で移民してきた白人だったって本を読んだことがきっかけなんだ。 2chに北米先住民スレがなくて寂しい。彼らは侍と同じ時期から鉄砲(それに近いもの)の技術を手に入れてたんだぜ。
>>22 アメリカやカナダの参加者の多い掲示板で訊けよ
>>19 >>22 ちょと古いものでよければ、
「アメリカ・インディアンの歴史」(富田虎男)が1960年代までを扱っていて、
「ネイティブ・アメリカン−先住民社会の現在」(鎌田遵)が最近の事柄を扱っています。
通史としては前者がわかりやすくてよいかと。
>>21 先住民に不利な制度を定めようとする時に、
白人側からの反論がちゃんとあったのは逆に驚きでした。
>>23 昔はあったんですがねえ。
遠近法がヨーロッパでしか発展しなかったのは何故ですか? 見たままを書くというもっともシンプルな方法なのに。
「遠近法」といっても単に遠くのものを上に書く、程度なら世界中にある。 ヨーロッパで発達したのは「透視図法」ってヤツ。 これは「アイ・レベル」を定めてそこに消失点が集中するように描く技法で 「見たままを書く」のではなく、どこにアイ・レベルや消失点を定めるかという計算がいる。 東洋では俯瞰図のようにして遠くのものを上に描いて絵巻物やミニアチュールを 描いてきたのに対して、ヨーロッパでは遠くのものを「小さく」描いてきた。 しかし透視図法が発見されていない中世の絵ではアイ・レベルも消失点もバラバラで 不自然な絵になっていたので、なんとか「見たまま」に近い自然な絵を描くには どうすればいいか研究して透視図法に行きついた。
日本の葛飾北斎や運慶快慶は白人の古代ギリシャ文明からその製作技術を学んだと されている。前者はギリシャ起源の透視図法。後者はギリシャ彫刻起源の仏像から。
絵の具が発達して無くて階調を出せなかったって理由はないかな。
古代ローマ時代の壁画とか見てるとトリックアートのはしりみたいなのまであってかなり遠近法も発達してたみたいなのに中世の写本はリアルさでは惨敗だよね ローマ法とか受け継いでるし中世西ヨーロッパのゲルマン諸国もそういうの受け継いでてもいいと思うもんだが ああ、でもローマの後継国家な上に文化先進地域ギリシアのお膝元のビザンツ帝国の写本を見ても絵は平面的だしなぁ…… やっぱ国家がどうこうというより古典古代の人間中心主義から中世キリスト教世界の神中心主義へのシフトとか精神面のほうに原因があるのか?
別に抽象的だから劣っているというわけでもなかろう
新旧パッチワークで作られた「コンスタンティヌスの凱旋門」を見ると、 五賢帝時代に作られた物からひっぺがしてきた部分は見事でリアルなのに、 コンスタンティヌス時代に作られた部分は中世そのままで、稚拙の一言。 キリスト教の影響もあるが、3世紀後半からの戦乱で技術レベルが低下したのだろう。
>>29 水墨画では遠景をを淡く描く「空気遠近法」が使われている。
そしたら松林図屏風も空気遠近法なのか?
35 :
世界@名無史さん :2012/04/09(月) 17:15:26.62 O
日本の寺社は荘園管理や流通に携わり武力を持って政治に介入したりしてたけど キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教の寺社ではどうなの? やっぱり似たような感じ?
キリスト教の教会や修道院は荘園管理や流通に携わり武力を持って政治に介入してたよ イスラム教に聖職者はいないけどムハンマドやカリフやウラマーやスーフィー教団は似たようなもんだよ ヒンドゥーもそんな感じ
イラン革命のイマム・ホメイニとか、オマンと首長国連合の分裂の原因の今むとスルタンとの抗争とか。
38 :
世界@名無史さん :2012/04/09(月) 20:43:24.77 0
フス戦争の頃は初期の火縄銃じゃなくて火槍じゃなかったっけ?
42 :
世界@名無史さん :2012/04/10(火) 09:43:08.94 0
以前別のとあるスレッドで(確か中世時代の戦争でどこの国が最強か?みたいな内容でした) ヨーロッパはそもそも日本より気温が低く作物が日本ほど取れず中世ヨーロッパ の作物収穫量は常に中世日本の凶作レベル、豊作の年でようやく日本の平均レベル とか書いてるの見たことあるんですけどこれは本当ですか? 毎年日本の凶作レベルしか作物取れないなら、どうやってみんな食べてたんですか? 日本より人口少なかった リアルに日本より餓死者や飢餓者が多かった 肉食文化で家畜の肉や魚喰ってたから作物は少なくてもOK とかですか? あとヨーロッパは各国とも人口少なくて戦争も日本なら戦国時代数千対数千、中国なら 三国時代数万対数万が当たり前だけどヨーロッパの戦争は数百対数百も珍しくないし 多くても千や二千程度でしかも機動力無い西洋甲冑だから正面からドーンとぶつかり合って混戦なって終了ってレベル という書き込みもありましたが事実ですか?
なんで戦国時代と西洋甲冑比べてんの
小麦の収穫率は中世イタリアや南仏でもせいぜい4倍、山間部やドイツ・フランスでは2倍しかない。 なので小麦は富裕層が食べる高級食材で、庶民は大麦やライ麦、カラス麦、レンズ豆を食べた。 こちらは耐寒性があり、栄養価も高く、収穫率も6倍とそれなり。ただし牛馬の餌にもする。 あとは野菜としてキャベツやカブなどもあるが、牧畜や漁労・狩猟のウエイトも大きい。 豚は森に放してドングリを食わせ、太らせてから屠殺して塩漬け肉にする。 米の収穫率は、奈良時代の下級田でも7倍、上級田で25倍。 庶民は米+雑穀だったし、中世日本でもたびたび飢饉や疫病はあったが、 中世欧州では記録を見ても飢饉が常態レベル。近世にジャガイモが入ってようやくましになった。
45 :
世界@名無史さん :2012/04/10(火) 13:02:54.73 0
>>42 今でもヨーロッパの国は人口が少ないだろう
ドイツやフランスでさえ一億いっていないだろう
46 :
世界@名無史さん :2012/04/10(火) 13:37:11.02 0
>>44 詳しい情報ありがとうございます、知識豊かですね
ちなみにその収穫率ですが日本の4倍や2倍って意味ですか?
大麦やライ麦の六倍とありますが、日本でもライ麦とかレンズ豆作ってたんですか?
日本は米が主食だから小麦の生産量が少ないの分かりますが、麦が主食の西洋で二倍四倍は少ないですね
それと米の収穫率の7倍25倍は、何と比べての7倍25倍ですか?
ヨーロッパと比較してなら当時西洋で米が食べられていたのですか?
質問が多くてすいません
47 :
世界@名無史さん :2012/04/10(火) 13:57:11.50 0
仏 6500万人/63.3万Km2 独 8150万人/36.7万Km2 伊 6000万人/30万Km2 英 6160万人/24.5万Km2
48 :
世界@名無史さん :2012/04/10(火) 13:59:50.38 0
>>46 種に対する収穫量
4倍とは1粒の種を蒔いて4粒の実を収穫すること
本当にその程度の数字なのか? 再生産できない、絶滅レベルの値だぞ。
だから一部富裕層以外白パンなんて一年に数日の祭りでしか口にできなかったんだな アルプスの少女ハイジのペーターがパンが白いって驚く話があったが十九世紀でも黒パンしか食えない貧乏人がゴロゴロいた
米の場合大正になるまで北海道では一倍未満、百粒撒いて収穫は二桁が当たり前で下手すりゃ一桁 その北海道よりも冷涼な北欧でイネ科植物を栽培するっていうのがそもそも無茶
>>50 口にする回数関係ないだろ。
撒いて期待値が2倍かそこらだと、タネを取って品種を維持することが難しいと言ってんだよ。
>>51 フィンランドとかスウェーデンとか、穀物の自給率100%超えてるよ。輸出できるレベル。
そりゃ現代は北海道だって米作ってる訳で、話が違う。
きららまずいよな。 牛丼はきららということだけど、 牛丼以外に需要ないだろ。
>>53 北欧4国合わせても日本の人口の8割くらいしかいないからね
58 :
世界@名無史さん :2012/04/10(火) 21:46:54.80 O
税としての小麦って、上納する物だけを指すと思ってたけど、 例え自家消費はできなくても、取り置いた種麦から育てて、 翌年も代理栽培する手間そのものを指すような気がしてきた
>>57 穀物の自給率に、人口の多い少ないは関係ないだろ。
アメリカなんて三億人居て穀物輸出してるぞ。二億ならインドネシアにバングラデシュにパキスタン。
日本では米は「主食」という概念だけど、 ヨーロッパには「主食」という概念は無いんですよ。 小麦は「主食」というほど普遍的に食べられるほど生産性は高くなく、 とにかく生産できるものを生産し、食べられるものを食べる。 一つの作物が特に「主食」として食べられる、ということがなかった。
>>42 ペストの大流行な。
あれでヨーロッパは土地が剰った。
まあライ麦でもピロシキは食えるわけだし。 近代に入ってもロシア・フランス・インドが欧州の生命線だったし、 各国の大体の外交方針もこれで決まってたからな。小麦はホント 厄介な火種になる。
小麦発祥の地、バビロニアではな。 小麦は大木になるんだってさ。 ソースは ヘロドトスの「歴史」
アテナイは小麦をシチリアやスキティアから輸入してたし ローマはエジプトや北アフリカからの輸入に頼っていた
大量に取れるっていうのがなぜかねじ曲がって大木っていうことになったんだろどうせ。 メソポタミアでは小麦がたくさんとれる→なぜだろう→多くみのるんだから小麦のタケがおおきいんだよ →メソポタミアの小麦はタケが大きい→メソポタミアの小麦は大木
そういえば、今でも西洋料理のコース料理なんかだと メインディッシュといえば肉とか魚で パンは添え物扱いだな〜。
67 :
世界@名無史さん :2012/04/10(火) 23:20:19.25 0
「オウムは統一教会をラジカルにしたもの」 「オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。」 【殺された石井こうきの発言から】 そうか、統一教会、オウム、朝鮮総連、民団→朝鮮人だらけの民主党 すべて繋がっている
>>59 関係あるよ
同じ耕地面積で同じ量作っても人口の多寡で自給率は変わる
収穫率が低かろうと養ってる人口が少なければ輸出は出来るってことだしな
人口少ない国が輸出してるからってそれが即ち大量生産できてるってことじゃない
必要な分以上に作ってるってだけのことだ
2007年、OECD加盟国の穀物自給率は オーストラリア175%、フランス164%、アメリカ150%、カナダ143%、チェコ133%、 スウェーデン128%、フィンランド及びルクセンブルク126%、スロバキア117%、 ハンガリー116%、ドイツ102%。 100%以下の国では ポーランド99%、オーストリア及びデンマーク98%、イギリス92%、トルコ89%、 イタリア74%、アイルランド及びニュージーランド73%、ギリシャ71%、 ノルウェー及びスペイン69%、メキシコ68%、 スイス49%、ベルギー48%、韓国30%、日本28%、ポルトガル24%、オランダ16%、 アイスランド0%が全30ヶ国の並びだな。 で、次に農産物の輸入については、これは2008年のデータでしかも主要国の括りだが、 一位がドイツの830億ドル、アメリカが824、中国が669、イギリスが584、日本が567。 輸出に関しては ドイツ708、アメリカ1183、中国302、イギリス250、日本27。 で、こうして見て何がわかるかといえば、輸入・輸出の量は 穀物自給率とそこまで密接な関係には無い。少なくとも額に関して言えばそうなる。 近場に安い穀物供給国があれば国内ではそれを使う事になるし、 高く売れる国には交通・通商利権をもってそれを運ぶわけだから、自給率自体は 不便さの現れとみる程度でいいだろう。
アジアの漢語文化圏で広まっている「干支」の暦法ですが この暦法の元年となる年は、何時頃誰が決めたのでしょうか? 紀元前***年に、@@王が今年を「甲子(きのえのね)」とする とか決めないと、以後続きませんよね
西暦50年に庚戌と決めたのが始まりと考えて良い。
中国の戦国時代には、天球を十二に分割して各々に十二支が配され、
木星の線対称上にあると仮想される「太歳」の位置により、その年が対応する十二支の名で呼ばれた。
漢代には十干と十二支を組み合わせた「干支」により、太歳の位置がより細かく設定された。
これが現代の干支紀年法の起源となるが、何年がどの干支かは学者により諸説あった。
また太歳(木星)が天球を一巡する周期は十二年に少し足りず、それを調整する必要があった。
西暦紀元前104年、漢の武帝は秦以来の暦を改め、この年を太初元年として太初暦を制定した。
この年の干支は、「史記」によれば甲寅であったが、
前漢後期から新代・後漢代にかけて何度か改暦が行われ、干支の順序もしばしば混乱した。
西暦85年(後漢章帝元和二年乙酉)に四分暦が制定され、以後は太歳や木星の位置によらず、
機械的に六十干支を順番にあてはめていくことになった。
http://www.ffortune.net/calen/calen/fromqa/qa106.htm
74 :
世界@名無史さん :2012/04/11(水) 21:48:16.81 0
朝鮮総督府は多くの朝鮮人官僚を抱えており、 郡守、面長(郡長、村長)は朝鮮人が原則として任命されていたほか、 道知事半数程度が朝鮮人であった。 一方、台湾総督府にも台湾人の職員が多く採用されたが、 徹底した差別により高位高官への昇進の機会は閉ざされていた。 州知事・庁長、市尹(市長)は全て日本人であり、 台湾人の警察人員は全て巡査以下だった。 同じ植民地なのに、なんでこのような違いがあったのだろう? また、現地人が冷遇されていたにもかかわらず、 台湾の方が戦後親日的になったのはなぜなんだろう?
>>71 西はロシア、南はマレー圏・インド圏にまで広まってるけれど・・・・・
76 :
世界@名無史さん :2012/04/11(水) 22:43:46.13 0
┏━━━━━━━━━━━━━━┓
┃┌───┐ ┃
┃│.ワイプ.│ テロップ.. ┃
┃│ 画面 │ テロップ.. ┃
┃└───┘ ┃ <ナレ:次の瞬間! と、そのとき!
┃ 【YouTubeの動画垂れ流し】 ┃
┃ ┃ <SEを被せる(ど〜ん、どし〜ん
┃ 流れるテロップ・・・・ ┃ どか〜ん、ぴろぴろぴろぴろ・)
┃ ┃
┃ やたらとデカイ ┃
┃ テロップ ┃ <SE:え〜
┗━━━━━━━━━━━━━━┛ ナレ:このあと、○○にスタジオ騒然!(CMへ)
/\ /\ /\
SE:え〜 SE:あははは SE:へぇ〜
テレビで
女性に人気の
とか言っているのを見て真に受けて買い求めに走る女とか見てると テレビっ言う宗教の信者なのかと思ってしまう
もちろん買いに走る振りをさせて(やらせ)収録することもあるが
やらせインタビュー(裁判傍聴業者)
http://blog-imgs-44.fc2.com/h/i/m/himablo21/20100922213922a0d.jpg
それは十二支であって六十干支ではないが トルコやイランにまで広がってるのはモンゴル帝国の影響だろう
6世紀末頃の突厥碑文には、すでに十二支獣による紀年法があるので テュルク系諸国には早くから十二支が入っていたようだ
79 :
世界@名無史さん :2012/04/11(水) 23:34:19.02 0
朝鮮半島の正確な地図(日本地図で言えば、伊能忠敬の地図クラス)が 作られたのは何時頃、誰の手によるものでしょうか? 伊能忠敬みたいに一人で測量して回ったのではなく、複数の(無名)役人が 測量してまとめ上げられた場合は、誰が命じて作らせたか?を教えて下さい
>>74 台湾が戦後親日になった理由は…。
共産党に敗れた国民党が逃げてきて台湾を支配し台湾人を弾圧したから。
二・二八事件があったし、何十年も戒厳令を敷いていたしね。
「まだ日本人の方がマシだったかも」という比較の問題。
中世は兎も角として、近世の日本と西欧を比較すると、王権の力の強さが全然違うような気がするのですが、 何故西欧は日本と比較して弱かったのでしょうか?
質問の前提が理解出来ない
近世日本の王権って、天皇でなければ江戸幕府のことか? 絶対王政時代の西欧諸国と比べりゃ、そんなに強くないと思うぞ
モンゴルは・・・いかに世界を変えたのか・・・
>>84 実際に変わったことを書くと、
○漢人が最下層に置かれて唐以前の国際色豊かな文化が影を潜めて
朱子学などの保守思想が台頭した。
○イスラム商人などがある程度自由に行き来し、途中の諸国もなくなった分、
通行税なども若干緩和されいわゆる東西の通商が活発化した。
○広州などは色目人つまりアラビア仁への徴税丸投げで イスラム商人をはじめとしてアラビアの思想、宗教が以前にもまして 流入した ただし、宋帝国樹立以前の五代十国の頃には南漢という地方政権が 存在し、一説にはアラビア人の政権だったとみる向きもある。
オイラート部、タタール部とかの「部」って何ですか?
88 :
世界@名無史さん :2012/04/12(木) 08:38:03.32 0
部族
簡単にいうと、世界が荒廃した。 特に中央アジアの人的被害のすさまじさは特筆すべきもので、 人口は激減、文明そのものが大きく後退した。 今日に至るまでこの地域が遅れているのも、 これが原因ではないかといわれている。 モンゴルの殺戮はたんに住民虐殺だけではなく、 オアシス農業の基盤であるカレーズ(カナートともいう)地下水路に及び、 オアシス都市の人口支持力を大きく低下させた。 元々、この地域は先進地帯といわれていたけれど、 モンゴル侵攻以降、以前の繁栄を取り戻すことはついになかった。
>オアシス農業の基盤であるカレーズ(カナートともいう)地下水路に及び、 >オアシス都市の人口支持力を大きく低下させた。 たしかデヴィッド・モーガンのモンゴル史にそんなことが書いてあったけど 訳注で「この部分は根拠がない」とされていた
92 :
世界@名無史さん :2012/04/12(木) 12:41:22.11 O
東アジアへの影響は?
93 :
世界@名無史さん :2012/04/12(木) 12:43:24.43 O
フランコが死ぬ前のスペインで民主化運動はありました?
中国も被害甚大だった。 たぶん、華北の人口の半分くらいは殺されているだろう。 チンギスハンは華北平原の住民を皆殺しにして、 奪った土地を牧草地に変えようと思ったらしいが、 耶律楚材が反対したので、取り止めたという伝説がある。 まったく、乾燥地帯は”悪魔の巣”だな。
95 :
世界@名無史さん :2012/04/12(木) 13:46:21.51 O
高麗だってな。 中国より小さいから被災率は中国より高いんじゃないのか?
>>96 ま た 日 本 か
いい加減に朝鮮の方々も少しくらい併合時代の日本の功績を評価してほしいもんだな……
そりゃ功罪あるのは間違いないし、謝罪も一切合財必要無しとまでは言わないけどさ
特に政治的思想なんざ持ってない俺でも流石にそう思うぞ
98 :
世界@名無史さん :2012/04/12(木) 15:10:34.55 O
自演うぜえ 次
>>97 それどころか、大韓民国は自前で国土の測量やってなくて、朝鮮半島の南端がどこなのか東端の緯度経度も判らなかったり。
はい、次
102 :
世界@名無史さん :2012/04/12(木) 16:39:45.33 0
古代に運河作ったり寺建てたりするのに人が多数動員されるじゃないですか。 その作業に動員された人の宿泊施設ってどうなってたんですか? たとえば隋だと? 適当に屋根と壁立てただけの建物の中で雑魚寝?
>>96 海岸線は海軍が測量するんじゃなかろうか?航路部とか
ロシアも勝手に測量してそうだが
世界史の授業で古代ヨーロッパの歴史上色んな民族の名前は出てきますが、 どんな人達がどんな生活をしてどんな社会を築いていたのか全然具体的にイメージ出来ず困っています。 とりあえずガリア人とゲルマン人を調べようと思いましたが、ゲルマンをタイトルに冠する本はほとんどなくて ケルト人はなんか作られた歴史が混ざってるとか最近の研究でも政治的な思惑がかなり影響してるとかでなんだか実際のところよくわかりません。 また、ゲルマンもケルトも雑多な民族の集まりだから中身知らなきゃ意味ないとも言われましたが その混ざってる人達の名前を見ると教科書で見たこともない人達が出てきて、 結局どんな人達の集まりなのかやっぱりわからなくなってしまいます。 このあたりを理解するのに何かオススメの本はないでしょうか?(あまり図書館が利用できないので購入出来る本だとありがたいです) 今のところ読んだ(これから読む)本は以下です。 ・図説ケルトの歴史 鶴岡真弓、松村一男 河出書房新社 ・ケルト人の世界 パウエル 東京書籍 ・アーリア人 青木健 講談社 ・東ゴート興亡史 松谷健二 中央公論社(これから)
高校生のわりにいろいろよんでるやんガチやん。 興亡の世界史シリーズのケルトの水脈とか、 新訳ガリア戦記(中倉玄喜)とかもう余裕で読んどるやろたぶん。 最低でも県立図書館にはあるだろうからそこで借りるんや
>>105 直で攻めて行ったユリウス・カエサルですら、ゴッチャだよ。
ガリア・シス・アルピナ(ガリアでアルプスのこっち側の部分=今のいにーすとかジェノバとかモナコとかのあたり)は
その頃にはすっかりローマ化していたし、ローマ化していないガリア人は、東・北からの圧力に耐えかねてトコロテン状に
押し出されてアナトリアやらイベリアの西端やらにがんがん移動していたし、紀元前の状態で既に実態なんて
よく解らんようになっている。
108 :
世界@名無史さん :2012/04/13(金) 16:37:00.64 0
関係ないんですけど、中国の史書で、「○○、姓○○、字○○、××人。」とあるときの ××の部分は本人の育ったところではなくてその人の先祖の出身地だっていうことを知ったのってみなさんいつですか? 自分はけっこういい年言ってからえそうなのと思いましたよ。
うんこ
111 :
世界@名無史さん :2012/04/14(土) 13:30:46.91 0
ティムール帝国の人たちって、朝青龍顔の弁髪オヤジだったの? コーカソイドの血の濃厚に入ったイケメンだったの?
>>110 正確な地図、な。
その本、日本で言うと律令時代にはあった六十余州図レベルだろ。
115 :
世界@名無史さん :2012/04/14(土) 16:42:22.48 0
_______ __ // ̄~`i ゝ `l | / / ,______ ,_____ ________ | | ____ TM | | ___ // ̄ヽヽ // ̄ヽヽ (( ̄)) | | // ̄_>> \ヽ、 |l | | | | | | | | ``( (. .| | | | ~~ `、二===-' ` ===' ' ` ===' ' // ̄ヽヽ |__ゝ ヽ二='' ヽヽ___// 日本 ______________ __ |街宣車両の正体 朝鮮人工作員 .| |検索|←をクリック!!
ローマの測量技術はいかほどだったの?
月や太陽までの距離と大きさぐらいは分かった。 ただその精度はそれほどよくなく0.何パーセントかのズレがあったそうな。 その原因が地球の陸地距離の測量が大雑把だったせい(2800kmくらいを3000kmで 計算してた)だからはずだから、小さくなるほど分からなくなる、 まさにタレスのおとぎ話みたいな感じだったんじゃないかと。
119 :
世界@名無史さん :2012/04/15(日) 00:09:25.45 0
120 :
世界@名無史さん :2012/04/15(日) 00:15:31.86 0
古代の王朝どうしの戦争って宣戦布告をすることが多いのしないのが普通なの? まずはじめに使者送って「これから〆にいくんでよろしく」みたいな手紙渡して、 でそれが戻ってきたら進軍はじめるの? それとも何もなしに進軍して、国境越えたあたりで守備兵が気づいて 中央に急いで馬走らすみたいな流れ?
121 :
世界@名無史さん :2012/04/15(日) 00:54:46.76 0
640 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/02/18(土) 15:05:47.13 ID:sskgsjsc0 [2/2] 『平清盛』プロデューサー在日朝鮮人 磯智明(反日・天皇制度廃止論者)のプロデュース作品 @『監査法人 (2008)』反体制・反社会 A『最後の戦犯 (2008)』反日・天皇制度廃止・反体制・反社会 B『リミット -刑事の現場2- (2009)』反体制・反社会 日本放送協会 、、 〒150-8001 東京都渋谷区神南2-2-1 韓国放送公社(KBS) 〒150-0041 東京都渋谷区神南2-2-1NHK東館710-C ←よく痴漢やヤクで捕まるのはここの工作員
>>118 天体じゃなくて地図の話
ローマはどの位正確な地図を持ってたの?
サボイ家って本当にあったの?
本当はなかった説があるのかよ
127 :
世界@名無史さん :2012/04/15(日) 18:00:56.43 0
ミシマの生首が当日夕方のニュースで流れたらしいが
勢力割拠地帯での戦争って、 常識的に第三勢力は事前根回し済みか、静観となる筈ですけど、 各者の手違いや混乱、もしくは意図的介入で 文字通りの三つ巴(それ以上)に陥ってしまった会戦ってあるんでしょうか?
WW2のスイス上空だと 枢軸機を追って連合機が侵入してきたら 両方スイス機に殺されたとか、しょっちゅうあったような
<=( ´∀`) ( ) 朝鮮人は宇宙一ニダ | | | 〈_フ__フ Λ_Λ < ;`Д´> あ… ( )ポロ | | | ヽヽ (__フ_フ =( ´∀`) 朝鮮人だらけの東京のテレビ局が日夜流す、デマや歪曲に騙されないようにしましょう。
131 :
世界@名無史さん :2012/04/16(月) 07:44:46.62 O
地図そのものは失われたが、世界で始めて経度と緯度を使っていたため、 1400年後になっても記述された座標から再構成できた
133 :
世界@名無史さん :2012/04/16(月) 13:35:03.36 0
近世欧州の傭兵って戦場で負傷してカタワなったり、片目つぶれたりした人は その後どうなるのですか?故郷に帰って畑耕す人生?
近世フランスにはオテル・デ・ザンヴァリッド(廃兵院)なんかの施設があったね
質問していいですか? 某作家の西洋史の小説を読んで、西洋史に興味もったんですが 小説の特性上、それぞれの時代から部分的に抜き出した話になるので もっと歴史全体を体系的に学んでみたいと思ったんですが いい方法ありますでしょうか? やっぱりその国の年表などから追ってくのがベターですかね。
教科書マジオヌヌメ
>>133 右手をなくしても鋼鉄の義手をつけて戦い続けた「鉄腕ゲッツ」なんてのもいる
シンガポールってなんで発展したの? 昔行ったことあるけど隣のマレーシアに入ると格差がすごかった
東西南北の貿易航路の一大要衝、マラッカ海峡を抑える位置にあるため。 19世紀に英国の「海峡植民地」の首都となり、自由貿易港として栄えた。 また独立後は人民行動党の開発独裁で、経済政策が強力に推し進められた。
>>138 英国植民地時代に、政治的・軍事的・商業的に、あの辺の中心都市となり、華僑系の住民が
多く住みついたので、独立後も経済的なネットワークや資本を活用できた
シンガポールだろうとマレーシアだろうと 中途半端な英語を喋るところは同じだよ
142 :
世界@名無史さん :2012/04/16(月) 23:02:27.45 0
サブサハラのアフリカについて仮に民族分布別に境界線を引いたらこうなるっていう一例を地図にしたものってありますか?
>>135 市販されてる概説書10冊も読めば大学史学科卒業レベルになれるんでないかな
>>143 山川の上が青下が白の表紙の本と、
講談者の緑の背表紙の本と、興亡の世界史を全冊読破しておぼえたら歴史何級?
暗記することが歴史学習の目的ではないけれど、 全部覚えれば1級くらいは十分にあるといえるだろう。 そこに書かれた嘘を見破れるようになれたら、 有段者、黒帯といえるんじゃないかな。 さらにいえば、物事を論理的に考える力を養うことが歴史学習の真の意味なんだと思う。 がんばってください。
うむ 過去を知り、そこから自らの視点で現在や未来の物事を見通す視点を養うこと これぞ歴史を学ぶということの本懐
何級って歴史検定の何級じゃないのかよ まあ概説書10冊丸暗記するレベルなら1級いけるだろうけど 黒帯ってどういう次元だよ
149 :
世界@名無史さん :2012/04/17(火) 20:21:39.53 0
スイス政府著「民間防衛」より転載 某国元首:費用のかからない方法で敵(国)を滅ぼすことができる。 魅力でひきつける宣伝は効果的な武器だ。我々の意図を美しい装飾で包み隠そう。 文化は立派な隠れ蓑になる。音楽・芸術・旅行などの口実で仲間をつくり、一方的な文化交流をしよう。 彼らは徐々に罠にはまっていく。 韓流、AKB商法の正体 もちろん、韓流、AKBは捏造ブームである。 ヨン様ファン? もちろん在日ババアの動員ですよ。 テレビは愚民の思考を止めるために存在し、そのためにテレビ業界が役人、政治家により手厚く保護されていることを忘れないでください。
くだらないこじつけでスイスの民間防衛を貶めるのはやめろ
「おぼえれば」と言っている時点で歴史学のセンス無いし、 「何級」ってのがもし歴史学検定(ってのがあったとして、しらんけど) それが暗記量問われるものだとしたら、そんな検定は歴史学とは全く関係ないよ
受験世界史コンプかなんか知らんが過剰に暗記叩きするのもどうかと思うわ 歴史学のセンスとか言う前に専攻外の範囲でも概説レベルの知識ぐらいは頭に入ってなきゃしょうがないでしょ
最低限覚えないといけないことはあるけど、 じっさい最低限でいいんだよ。 大事なことだけ覚えていればいいわけで、 そこら辺の区別がつくようになるまでが、 たいへんなのかもしれないね。
キャーカッコイイ
専門板の住民は(全ての地域・時代を)広く抑えるのではなく (特定の地域・時代を)狭く深く抑えてるイメージだ
それでも、言ってることが矛盾するようだけど、 暗記することにも意義があると思うね。 とにかくぎゅーぎゅー詰め込んでいくのがじつは近道なんだよ。 そういうことをやってるうちに、嫌になって、 大事なことだけ覚えようと、考えるようになる。 そこからが歴史学習のほんとうのはじまりなんだと思う。
>>155 俺とかまさにそれだわ
興味あるところは論文漁ったりするけど興味ないところはマジで高校世界史レベル
欧州史覚えるにはドイツ史 ユーラシア史覚えるにはロシア史 近世〜現代世界史覚えるにはイギリス史から掛かれば 全容が掴めてお得
>>135 です。
ど素人の高校生以下で申し訳ないですが
小説やマンガ読んでて×××年とか書かれててもどの辺りの時代かピンとこないんですよね。
日本なら日本史の全体像はなんとなく分かってるのでまだいいんですけど。
なのでその国や地域の全体の歴史をある程度頭に入れてから小説なり読んだ方が面白いかなと思って質問しました。
やはり概説書?や教科書がいいですかね。本屋で探してみます。
日本史をとっかかりに西洋史を見ると 倭国の時代がローマ帝国〜西ローマ滅亡頃 飛鳥・奈良・平安初期がフランク王国 平安・鎌倉がヴァイキング〜十字軍 室町・戦国が百年戦争やルネサンス、大航海時代、宗教改革 江戸時代が三十年戦争、清教徒革命、絶対王政、フランス革命にナポレオン…
161 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 08:09:58.85 0
古代オリエントとか、いまだに全然おぼえられない。 エジプト関連で断片的な一般常識ていどの知識があるくらい。 オリエント史って、王朝名や王様の名前の羅列って感じで、 あとは荒れ地や砂漠の遺跡くらいしかイメージがわかない。
古代オリエント史は昔ゼカリア・シッチンの古代核戦争についての本読んだおかげで興味持てたな 本の内容自体は荒唐無稽もいいとこだったけど
オカルトとか興味ある人は旧約聖書の絡みである程度の興味は持てそう。 俺は教科書には「初めて鉄の武器を使った」程度の記述しかない謎の民族ヒッタイトが 漫画のネタに出来る位色々判ってる事を知って衝撃を受けた。(『天は赤い河のほとり』)
166 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 12:26:04.77 O
ラストエンペラー溥儀はチキンラーメンが好物だったそうですが、 冷戦下かつ日中国交正常化前の中国ではチキンラーメンはどのようなルートで入ってきたんでしょうか?
今でも北朝鮮産の松茸とかたまにスーパーに並んでるし正式に国交のない台湾も重要な貿易相手国 政治うんぬんと民間レベルの交易は必ずしも同調しないんだぜ
168 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 13:29:35.01 0
日中国交回復前にもLT貿易という民間貿易があったはず。
169 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 19:24:51.38 0
オリエント史の難しいところは、 エジプトにせよメソポタミアにせよ時間の感覚をつかみにくいのと、 エジプト以外は服装など風俗のイメージをもちにくいから。 インド史にも同様のことがいえるが。 そこが中国史との大きなちがい。
170 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 19:32:03.46 0
なぜソ連などの東側諸国は、消費財を生産したりして国民生活の質を上げようとせずに、 ひたすら重化学工業優先の経済運営を行っていたのですか?
>>170 それって戦後すぐの日本もそうだよね
傾斜生産した方が効率が良いからだろ
選択と集中の原理だ、発想は同じ
東側は失敗し、日本は成功したに過ぎない
172 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 20:16:28.36 0
>>169 オリエント史とかインド史って、受験勉強みたいに理屈抜きに丸暗記するしか、
詳しくなる方法ないのかね。
中国史や西洋史は普通に本読んでイメージつかめるけど、オリエントや古代インドは、
わけわからん地名や人名のオンパレードで全然面白くない。
風景写真も暑苦しいし。
聖書や神話でのオリエントは輝いてるんだがな ペルシャが夜襲でバビロニアを滅ぼしたっていうダニエル記のあれは史実?
Λ_Λ <=( ´∀`) ( ) 朝鮮人は宇宙一ニダ | | | 〈_フ__フ Λ_Λ < ;`Д´> あ… ( )ポロ | | | ヽヽ (__フ_フ =( ´∀`) 朝鮮人だらけの東京のテレビ局が日夜流す、デマや歪曲に騙されないようにしましょう。
175 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 20:50:54.33 0
子役の芦田なんちゃらが1日に本を30冊?読むとか言ってたけど、 2chの歴オタは1日に歴史関係の本(新書とか)を最大何冊まで読める?
176 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 21:24:17.17 0
30ページです
>>170 近代戦を戦うには重工業が必要だからだろう。
>>175 俺だって、芦田なんちゃらが読むような本なら、一日に30冊ぐらい読めるぞ。
>>175 論文1〜3本ってところかな。休日ならもうちょいいけるけど。
サニー使ってるが検索にかかる時間もあるし目も疲れるから、
あんまり沢山は読めないね。
日本人として官庁資料は一通り読まないといけないんだろうけど
外交青書や外国人犯罪、農業白書とか一部しか読めないのが社会人の悲しさだ。
181 :
世界@名無史さん :2012/04/18(水) 23:13:09.77 O
>>170 あとアメリカに対しての宣伝に使うためって理由も有る。
芋が沢山有るよか、月にロケット飛ばした方が西側に威張れる訳だ
宣伝するのは、アメリカや西側に対してというより、むしろ第3世界の国々に対してじゃね? 君らアメリカに頼らなくても、こっちにだってこんなに技術力があるんだぜー、こっちこいよ、みたいな
>>171 傾斜生産した方が効率悪いだろ
バカな政府がそれやってかえって経済悪化させアメリカから緊急援助を受けて誤魔化してたけど
実証的研究を無視して傾斜生産神話を垂れ流すマルクス歴史学者をはよ追放せい
186 :
世界@名無史さん :2012/04/19(木) 03:44:51.73 O
芦田愛菜ちゃん、検索したら1ヶ月で50冊じゃねーか それも多い月で。年間300冊だってばよ こうやって間違った伝聞がひろまるんだな
当時世界最強のアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)の遠征軍の一部がバクトリアに残り 近接する秦の始皇帝はその系統として頭角を現したから、あれだけの偉業を為せたのである。 始皇帝は東アジア人ではない。ギリシャ・マケドニア風の風体である。 ・・という説はどれくらい信憑性が有りますか。 もしくは信憑性の有る部分は、この中に有りますか。
一応自分で調べてみたところ、アレキサンダーと始皇帝は1世紀程度しか違わず、 バクトリアと秦は隣接?近い?場所のようです。 可能性がほとんどない、とは言えないように思いました。
>>187 信憑性はゼロですな。
その話は、ギリシャ人が、ある代で秦の王家を乗っ取ったということが前提になるが、
ギリシャ人が秦に攻めこむ動機がない。
ギリシャ人はインドあたりが世界の端だと思っていてそこから向こうは得体のしれない土地だった。
ただでさえ僻地のバクトリアより東にいきたがる人はそうそういないし、
実際に略奪するうまみもない土地だ。
そして秦を乗っ取るには戦争が起きたことになるが、
それを示す戦争を記録した文献がない。
少なくとも勝者となったギリシャ人の王家がそれを書き残すはずだ。
秦王は西方のどこぞから来た虎の子孫であるといったような伝説すらない。
またギリシャ人の部隊が軍事力で当時の中華の諸国に勝てる保証がない。
秦は当時は遅れていたとはいえ列国の一つなわけで、相当の兵数がないといけない。
それが用意できたという証拠が必要だろう。
ちなみにギリシャ人が王家を乗っ取ったあと
バクトリアのギリシャ人が大挙して中国に移住したということもありえない。
というのは兵馬俑にギリシャ人の顔つきをしたものがないことからだ。
他にもどうして始皇帝なんてもろ中国語の称号作って バシレウス使ってないの?というのもある。 一代や二代では支配層は言語的に同化されないぞ。
せめてもう少しなんらかの根拠があるならともかく、1世紀程度しか時代が違わなくて場所が比較的近いって たったそれだけのことで、よくまあそんなトンデモ説に信憑性があると思えるもんだな
アレクサンドロスがバクトリアを征服したのは前328年頃だが、 当時の秦は強大な恵文王の時代で、張儀を用い六国をしばしば破り、巴蜀を征服している。 続く武王は早死にしたが、昭襄王の時代は長く続き、周を滅ぼし楚を駆逐し、一時は西帝を称した。 「天下」の半分は彼の時代に征服されており、始皇帝はそれを受け継いだにすぎない。 バクトリア総督ディオドトスがセレウコス朝から独立して王となったのは昭襄王の死の前後。 また、秦代にギリシャ文字が使われていたり、ギリシャの神々が崇拝されていた形跡もない。
>>192 ありがとうございます。
いえ、古代中国人が白人だったとは思ってません。中国の辺境の地の秦の更に上層部の話です。
195 :
世界@名無史さん :2012/04/19(木) 21:07:28.34 0
しかし酷いスレタイだな。
>>193 ありがとうございます!
バクトリアを征服した頃、既に強国だったのですか。その変ももう一度調べてきます
>>193 重ねて詳しい説明ありがとうございます。
始皇帝の親は、父が昭襄王の孫の子楚(荘襄王)、母が趙姫といって趙国邯鄲(河北省)の歌妓。 実父とも言われる呂不韋は衛国濮陽(河南省)の出身で、どう見てもギリシャ人ではない。
199 :
世界@名無史さん :2012/04/19(木) 22:27:49.66 O
秦が勃興期ならともかく、なんで大国になった時に入れ替わりがあると思うんだ?
漢代の報告では長安から大宛(フェルガナ)まで一万里、大宛から大夏(トハラ、バクトリア)まで二千里ほど 途中には月氏や塞・烏孫などの遊牧民がおり、アレクサンドロス抜きのマケドニア兵が進めるかは怪しい グレコ・バクトリア王国はこれら遊牧民の侵攻によって滅ぼされている タリム盆地のオアシスルートを通ろうたって、漢並みの大国か遊牧騎兵でもなけりゃ進軍さえ難しい まあ占星術関係ならメソポタミア発祥のがイラン・西域経由で戦国時代に来てるらしいけど 天球を分割する十二次が十二宮とほぼ同じだとか
あ、すみません。
>>192 にカチンと来て上のレス見逃してました。
友達に聞いてちょっと信憑性有るなと思っただけです。
みなさんのレスちゃんと読んで一晩考えてきます。
世界史に詳しい諸先生方が否定的なのは分かりました。ありがとうございます。
秦はむしろ騎馬民族を起源としていたんじゃなかった?
先祖が上手に馬を飼ったので、と史記には書いてあるな。
>>187 世界地図(もしくは歴史地図)をとっくと眺めてごらん。
アレクサンドロスが征服した東の端と、
戦国時代の秦がどれだけ離れているか。
離れてたんですか・・orz
そういや、なんでローマは大秦と呼ばれたんだろうな 大夏はトハラの音写としても
ローマの存在が中華世界に伝わったのは漢代で、はるか西方にはかつての大帝国秦に勝るとも劣らない大帝国があるらしい、ってことで大秦国ということになったらしいよ
シルクロードは、よく知られているが実はローマに渡ってコロッセオで闘った中国人たちがいて、そこ道をドラゴンロードと呼ぶ ソース、バキ 板垣恵介著
「大秦」が漢文史料に登場するのは三世紀の魏略が最初で、三国志の注に残っており、 記述からしてローマ帝国やその東方領土を指すと見られる。 ただ、その最後のあたりにはこうある。 「大秦の西に海水があり、海水の西に河水があり、大河の西には南北に連なる山脈があり、その西には赤水が流れる。 赤水の西に白玉山があり、西王母が住む。その西には長く続く流沙(砂漠)があり、 その西には大夏・堅沙・属瑶・月氏の国があり、その西に黒水がある。ここが伝聞の及ぶ最も西の端であるという」 ローマ帝国の西には大西洋と南北アメリカ大陸があるが、ローマ人さえ大西洋の彼方を知っていたはずはない。 大秦をイタリアやエジプトと見ても、大夏や月氏は明らかにローマやパルティア(安息)より東の国で、イベリアやマグリブではない。 実はここでいう「大海」は青海湖のことで、西域の伝聞が狭くおぼろげだった古い時代の文章が残存混入しているらしい。 大秦とは陝西の秦国そのものだったのだが、どんどん伝聞が西へ延びて行って、ついにローマのことになったようだ。 「かつて條支(シリアかイラク)は大秦の西にあるとされたが、実は大秦の東にある」と書かれているのもこの誤解のせい。
>その西に黒水がある これって黒海のこと?
アラル海やカスピ海も知らない時代に、黒海を知っているとは思えない。海でなく水とあるから川のこと。 「山海経」大荒西経には「西海の南、流沙の濱、赤水の後、黒水の前に大山あり、 名を崑崙の丘という。神あり…名を西王母」とあり、本来は弱水ともども崑崙の周りを流れる神話的な川らしい。 青海湖から西へ西へ進むと楼蘭の南に出るので、ここでいう白玉山はそのあたりか。 崑崙の玉(翡翠・軟玉)はホータンから来たともいうから、タリム盆地の端ぐらいまでは伝聞があったのだろう。 大夏(トハロイ)や月氏はもともとこのあたりにいた種族で、匈奴に玉突き式に押されてバクトリアまで来ている。
212 :
世界@名無史さん :2012/04/20(金) 06:52:57.40 0
黒水城(カラホト)というのがあったな。場所は違うけど。
>>200 >>天球を分割する十二次が十二宮とほぼ同じだとか
一年が十二ヶ月だからじゃねーの
自分に逆らうものには容赦無いスターリンが、何故チトーにはモスクワに 暗殺者を送り込むと脅されただけで、彼の暗殺は勿論、自身の後のソ連の最高指導者の フルシチョフとブレジネフがそれぞれハンガリーとチェコスロヴァキアにしたように、 軍事介入でチトー政権を転覆して、自分の意向に忠実な政権を樹立することも断念したのでしょうか?
>>205 アレクサンドロスはインダス川で引き返した。インドの西の端だ。
秦の支配は河西回廊に及ばないはず。敦煌とかあの辺のオアシス都市の辺りを支配するのは漢の武帝の頃。
つまり遥か遠く離れてます。
216 :
世界@名無史さん :2012/04/20(金) 13:15:45.91 0
それにしてはインダス平原に到達してからエクバタナに帰還するまで 5年も西トルキスタン地方をうろうろしているんだよな。
おみやげ何にするか悩んでたのかな
僅かながら選挙の匂いが漂ってまいりました。 _____________ || | || ちょっと待て . . .| || . | || その民主党員 . | |l -――- | '"´: : : : : : : : :`丶 . 帰化鮮人| ':.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:ヽ______| /.::.::./.::.::.::.:j.::.::.:|.:ム;ヘ.::.:ハ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ,'.::.::.::i.::.::.::.:/|.::.:: l/ `|.::./7 :.::.::.::j:|.:!.:_:/´|_.::_」 くV <| |:ハ_::_ル'´ /⌒丶 j//V| |:::::::::i x==ミ _ 〈/.:|.::| |:::::::::i:'" ´ ゙̄Y}!.::.l.::| 八:::::::圦 、' _ "/_ノ.::,'.::j /⌒ヽ::::ト{\ _,.ィ__/.::/l:./ / 丶∧::| 丶 `ニ´ 彡// :厶|∧ {/ 丶ヘ| ノ / |:/ (こ ハ / }ヽ、 ∧ / 'x┴〈 }_ゝ、 / \∨ ∨ / ニW } ) 〈 _ノ∧ 厶=7 ,.-、) 人ノ }⌒ヽ `<__,>イ |__ノ| |/∨ / ヘ / │ 丶ノ.| | \ / ヽ \__/ | | ノ / >'"⌒\ 〃⌒\| ト、__/
219 :
世界@名無史さん :2012/04/20(金) 14:29:47.32 0
なんだ? 大日本愛国党員よ
先にカーブルからソグディアナに行って、ベッソスやスピタメネスと戦ったのち カーブルに戻ってインドへ向かい、ポロスには勝ったが引き返した 帰り道は荒野ばかりのゲドロシアとカルマニアを通る苛酷な道 北東はシル川沿いのフェルガナ峡谷の入り口のフジェンドまで到達している
マリアの夫ヨセフが 東方賢者を通じて仏教に触れていたという創作小説を読んだ事があるんですが、 実際に仏教は西方にはどのように伝播したんでしょうか? 偶像崇拝を禁じるイスラムよりは ロザリオやイコンを認めるキリスト世界に受け入れられていそうですが
>>214 スターリンは何度も暗殺者を送り込んだが、全てチトーの秘密警察に逮捕された。
ユーゴ国内の反チトー派を煽動したが、これもチトーに粛清された。
東欧諸国の反ソ連勢力を「チトー主義者」として弾圧したが、ユーゴ本国にはどうにも手が出せなかった。
第二次大戦直後でソ連も疲弊していたし、ユーゴとソ連の国境は直接接していないし、
思い切って攻め込んでも、山岳パルチザンで鳴らしたユーゴ軍に対して勝利できる保証はない。西側もユーゴを支援するかもしれないし。
そのうちに中国が共産化し、朝鮮戦争が起こりで東アジアの動きを警戒していたら、スターリンが脳卒中で死んでしまった。
>>216 元々アレクサンドロスのインド遠征ってのが
ダレイオスの支配領域の再統一行動に過ぎず
ぶっちゃけペルシア征服の一貫でしかない
うろうろしてるんじゃなくて単純にペルシア王として土豪の強い地方の慰撫してるだけ
チトーはソ連の支援無しで革命・対独戦争した男で 非同盟諸国の第一人者といえる
ギリシャまで布教されてたのか 倭からブリテン島まで広がる一大仏教圏がユダヤ教・各多神教と共存、となっていれば 旧世界はさぞ平和だったろうに
仏教がタジキスタンのメルブ遺跡より西に伝わったという確実な証拠は無い。
640 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/02/18(土) 15:05:47.13 ID:sskgsjsc0 [2/2] 『平清盛』プロデューサー在日朝鮮人 磯智明(天皇制度廃止論者)のプロデュース作品 @『かんさほうじん (2008)』反体制・反社会 A『最後の戦犯 (2008)』反日・天皇制度廃止・反体制・反社会 B『リミット -刑事の現場2- (2009)』反体制・反社会 大河の画面が汚いのも、役者が大根なのも、衣装がぼろぼろなのも、役者の下品な立ち回りも、 画面が薄暗いのも、役者が汚いのも全ての原因は NHKが汚れているから 史実うんぬんの話ではないのですよ。あの大河は役者、セット、演出等が、いまのNHK内部の汚れ具合を見事に反映しているのです。 薄汚れた空間内で繰り広げられる捏造・妄想(=今年の大河)は、反日・在日の脳内を表しているのだ。
ダルマによる征服を、天に愛された王(アショーカ)は最上の征服とみなす。
それはこの地でもかの地でも、六百ヨージャナの彼方にても最上である。
そこにはアムティヨコ(アンティオコス2世)というヨーナの王がいる。
その向こうには四人の王たちがおり、名をトゥラマヤ(プトレマイオス2世)、
アムティキニ(マケドニア王アンティゴノス2世ゴナタス)、マカー(キュレネ王マガス)、
アリカスーダロ(エピロス王アレクサンドロス2世)という。
≪アショーカ王岩石碑文第13教勅≫
http://en.wikipedia.org/wiki/Edicts_of_Ashoka
>>228 チョンとシナしか知らないお前がそれを言うか?
>>230 馬鹿に関わるとお前も馬鹿に見られるぞ
スルーしろ
あ、そうだった。トルクメニスタン。
モンゴルの侵略に負けたイスラム系の領主だったと思うんですけど、 敵軍が迫っているのに財宝ばかり眺めて過ごす ↓ 当然敗北 ↓ モンゴル軍の司令官に「そんなに財宝が良いならこれでも見てろ」と財宝だけ 山のように置いた部屋に幽閉される ↓ 財宝を目の前にしたまま餓死 みたいな末路を辿った人の話を聞いたことがあるのですが、具体的な名前が分かりません どなたかご存じないでしょうか?
バグダード・アッバース朝最後のカリフ・ムスターシムのこと。 ただ別の史料では「敷物に巻かれて軍馬で踏み殺される」という、 モンゴル伝統の貴人の処刑法で死んだとする。
>モンゴル伝統の貴人の処刑法 これに限ったことじゃないけど近世以前の処刑ってとんでもなく非人道的なのが多いよね フランス革命のせいで虐殺と粛清の象徴になってるギロチンも元は一撃で首を切り落とす画期的な人道的処刑器具だってのも納得だわ
非人道的ったって、軍馬の大群に踏まれりゃ即死するし 霊力の宿るとされる血が地面に流れないから、遊牧民的には一番上等な殺し方なの (簀巻きにして川に放り込んだり、釜茹でにしたりするのも同じ理由) ぽんぽん首をはねられるギロチンで、どれだけ首が飛び血が流れたことか
>>215 ありがとうございます!
なんて答えていいか知識が無いので分かりませんが、諸先生方のお答えは
全て熟読させて頂いてます
今際の際くらい 石川五右衛門みたいに死に方を選べればいいんだがな あまり言われないけど 中国の銃殺の方が日本の絞殺より人道的だよね
植民地化前のモロッコってオスマン帝国とはどういう関係にあったんですか? 従属化の圧力などはなかったんでしょうか 独力でスペインにもオスマン帝国にも抗しうるほどの国力を持っていたんですか?
>>227 カスピ海の西のカルムイク。オイラト人がチベット宗派の仏教を信仰している。
「国の借金」について 日頃メディアや、反日工作員が必死になって「国の借金」という単語を使い 財政破綻論を展開させていますが、現実、現在の日本には「政府の借金」1000兆円近く存在いたしますが、 「国の借金」は存在いたしません。 朝日新聞やNHKは、雇い主である中国共産党より日本人に対して不安や政府に対する不信を持たせ、煽るために 局内の共産党員を使用して既に数十年間、「国の借金」を連呼し続けております。 <違和感なく「国の借金が1000兆円もある」という幻想に浸ってしまっている一般の方々は、朝日新聞やNHKに見事に騙されて続けている訳です> 数十年もテレビや新聞から情報を得てきた方々の中には、「メディアが嘘を付く訳ない」と思う、そう思いたい方もいるでしょう。 しかし、長い目で見れば、もともと戦前から日本を転覆させるために存在してきた報道機関ですから、 これくらいの嘘は朝飯前で御座います。 それでも、「国の借金は1000兆円ある」と考えをお持ちの方は、複式簿記の勉強をしてから、日本のバランスシートをご覧ください。 実質中国の広報機関であるNHK、朝日新聞は、これからも嘘を付き続けます。デマを流し続けます。捏造し続けます。 ---そのニュース 核心はヤラセだ 長文失礼いたしました。---
245 :
世界@名無史さん :2012/04/21(土) 16:50:55.75 0
大航海時代にポルトガルが領有した北大西洋の島嶼だが、 アゾレス、マデイラ両諸島はポルトガルがいまでも領有しているのに、 なんでベルデ岬諸島だけポルトガルから独立したのだろうか?
>>240 1509年から150年続いたモロッコのサアド朝は、東のワッタース朝フェズ王国を征服したが、
オスマン帝国に対してはスペインと結んで牽制する一方、
王子をオスマン皇帝の宮中に出仕させて機嫌を取り、友好関係の維持につとめた。
この時に出仕していた王子が英主アフマド・アル=マンスールで、国内の統治機構を改革し、
スペイン・オスマン両国と友好を保ちつつ、南のソンガイ帝国を征服して最盛期を築いた。
次のアラウィー朝は欧米諸国と通商協定を結んだが、18世紀末から鎖国体制に入り、
19世紀には仏英西の圧力を受けて開国、1912年に仏西に分割されて保護領となった。
オスマン帝国もアルジェリア・チュニジアがフランスに奪われ、モロッコ救援どころではなかった。
>>246 ありがとうございます。よくわかりました。
セウタやメリリャを失ったのは混乱期のようですね。
スペインが栄える時代にはサアド朝の元に安定していたのでそれ以上の侵略を防げたということですか。
ソンガイまで進出できるほどの強国だったんですね。
大航海時代以降の西ヨーロッパ人の感覚では、 太平洋は、 西半球大陸のさらに西側の西の海 なのか ユーラシアを東に突っ切った先にある東の海 なのか、どっちなんだろう?
249 :
世界@名無史さん :2012/04/21(土) 18:58:59.41 0
ちょっと日本史よりなのですが、関ヶ原の戦いの前、 諸大名の間で石田側か徳川側かどちらにつくかの駆け引きが行われた際に、 琉球王国に、お前どっちにつくよ?っていう手紙は来たのですか?
島津の属国寸前だからあえて言えば西軍だろ 一見荒唐無稽に思えるが 三国志の時代、倭国は魏陣営に付いてるしな
>>248 少なくとも、大航海時代の初期には、さらに西の海の方の感覚だろう
そもそも太平洋を最初に見たヨーーロッパ人はパナマを横断したバルボアだし
太平洋を最初に横断したマガリャンイス(マゼラン)も、2人目のドレイクも、
東から西へ横断している
某国政府著「民間防衛」より転載 某国元首:費用のかからない方法で敵(国)を滅ぼすことができる。 魅力でひきつける宣伝は効果的な武器だ。我々の意図を美しい装飾で包み隠そう。 文化は立派な隠れ蓑になる。音楽・芸術・旅行などの口実で仲間をつくり、一方的な文化交流をしよう。 彼らは徐々に罠にはまっていく。 韓流、AKB商法 もちろん、韓流、AKBはやらせブームである。 ヨン様ファン? もちろん在日ババアの動員ですよ。 テレビは愚民の思考を止めるために存在し、そのためにテレビ業界が役人、政治家により手厚く保護されていることを忘れないでください。
>>251 ジョバンニ・モンテコルビノが海路でペルシャ湾・インド経由でモンゴル帝国支配下の支那に到来しているから、
太平洋を最初にみた西洋人は、彼かその前だろう。マゼランより200くらい前。
何故日本は世界最大の文化国なんですか? 古来より中国やインドのほうが人口が多いにも関わらず残った文芸作品の数では日本が圧倒的だし ヨーロッパなんて近代語の詩人は12世紀頃からしか現れていません 日本は9〜10世紀には詩人がいたし、俳句、和歌、漢詩など種類も圧倒的です 何故日本はここまで特異なのでしょうか
それはあなたがそう思っているからです。 次
インドに関しては基本的に記録を残さない風土だからだろ 中国は文革
その代わり 国際感覚と危機意識のパラメータが犠牲になったけどな 職階で言ってみれば他の国が武士・商人の気質、日本は公家・工人の気質
まじで文献数中国より多いの?
259 :
世界@名無史さん :2012/04/21(土) 22:02:41.95 0
>>258 支那の研究者が日本の本を読んで驚いて研究し直したという例はあるよね。
儒学の分野で。
260 :
世界@名無史さん :2012/04/21(土) 22:21:44.37 0
>>254 それには異なる複数のレベルで問題点を指摘することができる。
一つは文献の質だ。文芸作品の数は多くて凡庸なものばかりよりは、少数の質の高いものがあるほうが文化的に価値が高いだろう。
日本での文芸作品が、たとえば中国と比較して質が高いと言えるか。否だろう。少なくとも是とはできない。
加えて近代の国民国家では、どうしても政治的なイデオロギーがからみ、特定の文芸作品が持ちあげられる。
昔から我が国はこんなにすごいんだぞーと自慢したがる愚かな人がどうしても出てくるからな。
その色メガネを取り除いて文芸作品の価値を測ることができるかという概念的な問題を先にクリアせねばなるまい。
もう一つは文献の分野だ。文献というのは、詩には限らない。歴史、宗教、音楽、工業、医術など色々な分野がある。
文芸作品だけ日本は数が多いといくら言ったところで、他の分野で負けているなら「文化大国」は名のれないとは思わないか?
その点、中国と日本では、中国のほうが圧倒的に勝っているといえるな。
261 :
世界@名無史さん :2012/04/21(土) 22:47:24.07 0
>>254 もう一つは文献の量を通時代的に積み上げて数えているという問題だ。
仮に平安時代に色々作られたとしても、戦国時代だけ取り上げてみればどうだ。
時代が時代であるから後代に残るような文芸作品は減る。
そもそもなぜ奈良時代から加算して圧倒的と表現するのだろう。
この時代の日本は文化大国、この時代の日本は文化衰退国というように、
時代ごとに優劣をつけて、複数形の、日本の文化大国度なるものをあつかえばいいのではないか。
なぜそれをせずにひとくくりにして「日本」としているのだろう。そこに本来考慮すべき前提を飛ばしている違和感をおぼえる。
もう一つは、伝存する文献の量が多いほど価値がある、文献が多ければ多いほどよいといえるかという問題だ。
文献が多く残っているのは望ましいことかといえば、それは望ましいと言える。
しかしなぜ望ましいかといえば、「現代人が昔に関する情報をより多く手に入れることができるから」だろう。
歴史学者が史料の新たな発見にこだわるのは新しい情報が欲しいからだといえる。
だが、その情報の多さというのは、現代人とっての価値であり、昔の人間にとっての価値ではない。
昔の人間にとっては、後世にできるだけ多くの文献が残ることは結果ではあっても目的ではない。
多くの文献を残さなかった昔の人間に罪はない。
タイムマシンが発明されて、現代人が秦の始皇帝を拉致してきて、貴重な文献を焼いたという「焚書罪」で裁判にかけたとしよう。
そのとき始皇帝はどう弁明するか。
「勝手に後の時代の人が文献を貴重だと思っただけで、自分らにとってはこれは無益だと思ったから焼いたんですよ」と言うだろう。
現代人がより多くの文献を手にできないのは、ある意味いたしかたないではないか。
「文献が多く残ってるから文化大国」というのは、あまりにかつ安直かつ一方的だ。
262 :
世界@名無史さん :2012/04/21(土) 23:12:10.09 0
公平にみて、日本人の美術に関する感性はすぐれているよ。 なんでか知らんが、とにかくそうだ。 どんなに日本嫌いでも、その点は否定しようもない。
なんでかな。 少数の趣味人が集まって、 自分の好みを一生懸命語って、 こうしたらもっとよくなるんじゃないかみたいなことを、 あーだこーだとやっているうちに洗練の極みともいうべきレベルに達するという、 現代のサブカルチャーの隆盛にも通ずる文化が昔から存在したということじゃないかな。 でも日本の美はどことなくこぢんまりしているというイメージもあるね。 箱庭的でもあるという感じだ。
千年後の人間が、どうやって平成時代の映像・音楽・文学を 文献としてしてるか興味はある 幾らアーカイブスといっても BDだってCDだってデジタルフィルムだって劣化するだろう 10年前のメモリーカードなんか、もう読み取れないからな
文明が今から地続きのまま存続してるという仮定なら1000年後も公文書の一部や文学作品なんかは何らかの形で保存・管理は確実にされてるだろうからな 俺らには想像すら不可能な手段だろう
>>263 公平にみて、日本人の美術に関する感性はすぐれているように、日本人には感じられるわな。
ようは攻撃力が高いか防御力が高いかの違いでしかないんだよな
芸術事が得意で、駆け引きは苦手って辺り 悪い業者に騙される工房主みたいだな日本人
270 :
世界@名無史さん :2012/04/22(日) 01:41:30.49 O
>>258 大陸は何回か焚書があったんで。
文革いこうの道教の復活に日本の支援があったりする
>>265 割とまじで一部学者に危惧されてることだけど、予算が足らんのでデータの保存が難しいと言うのが現状
271 :
世界@名無史さん :2012/04/22(日) 07:49:39.34 0
>>259 俺もそれ聞いたことあるけど具体的な話は聞いたことない
2ちゃんのデマじゃね?
272 :
世界@名無史さん :2012/04/22(日) 08:14:21.16 0
具体例をだせない馬鹿
274 :
世界@名無史さん :2012/04/22(日) 08:18:08.92 0
ヒント 考証学
まんま焚書って本があって日本だけに残っていた
宣帝とか、宣宗って、だいたい中興の祖タイプの人のようだけど、 むしろ亡国の原因を作ったとしか思えない北周宣帝は、なんでこんな諡号なの?
>>263 どうも日本人的主観に思える
日本の芸術分野で海外の教科書でも扱われるようなものって印象派に絡む浮世絵師以外に何かあるっけ?
音楽に至っては完全に国内での生産消費で留まってるよね
磁器(柿右衛門)、文学(古典文学といくつかのノーベル賞)、詩(俳句)、庭園、園芸(盆栽)、建築 この辺りは海外でもそれなりに影響や広まりを見せていると言っていいんじゃないかな 教科書に載ってるかどうかは知らんがそれは重要な事か?
西洋の東アジア研究者で 中国:朝鮮:日本:モンゴルの比率ってどれ位なんですか?
質問から回答まで白人様の評判が気になって仕方ないような書き込みばっかりですね
盆栽は中国にもある 詩も詩経とか唐代詩人とか李白とか・・・
282 :
世界@名無史さん :2012/04/22(日) 16:58:32.76 O
中国は王朝変わる度に破壊し過ぎ とうちんこうは文革で断絶したし明楽は異国の日本にしか伝わってないとか…
景徳鎮のことか? あれも復興に日本の技術者が手を尽くしたとか聞いたことあるな
磚(レンガ)などは再利用可能だ。 経年で疲労した構造を解体再構築しないと 建物が危険な状態になるので、破壊は仕方ないと思うぞ。
285 :
世界@名無史さん :2012/04/22(日) 19:24:01.80 O
そんな事言いだしたら、日本でも大きな寺の瓦なんかもう作れねぇし。 修復に中国の釜で特注したと言う
1 名無しさんにズームイン! [] Date:2012/03/28(水) 08:28:15.02 ?ID:NWYs/2ZP Be:
やらなけゃいけない
電○の各局への圧力が半端ないんです
昨日、一昨日前田AKB卒業ネタやった情報番組全てが前田AKB卒業ネタ中の毎分視聴率ダダ下がりしました。
各局本音では毎分視聴率ダダ下がりするこのネタははやりたくなかったけど原子力村以上に電○からの圧力が凄いんです
なんか海外でも日本でAKBがバカ売れしてるっていう情報に騙されてAKBヲタになった人が最近気付き始めてる件
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1334516585/ 税金垂れ流しのヤラセブーム
次
289 :
世界@名無史さん :2012/04/22(日) 23:19:23.03 0
ジャガイモとかトウガラシなどとはちがって、 アメリカ大陸から持ちこまれたけども結局一般化しなかった野菜って何がありますか?
>盆栽は中国にもある 『江戸奇品解題』 「奇品」とは「かわりもの」という意味で、斑入りや葉変わりなど、人為的に手を加えることなく自然に変異した植物の「葉」に、美と希少性を見出す鉢植え文化を指す。 江戸時代半ばに日本で生まれた世界唯一の文化で、「奇品家」と呼ばれた江戸の粋人たちは植木の葉の微妙な変化を独自の感性でとらえ、深い愛情を注いで栽培した。 花の美しさを愛でる植栽や、人間が自分好みに手を加えて育てる盆栽、植物をモノとして扱おうとする近代園芸とは全く異なった文化であり、 この作者は中国の盆景(盆山)と日本の鉢植えは(影響は受けているが)全く違うと言っているが?
中国にもあるんじゃなくて 中国人の成金が今必死で買い漁ってるってのが正解
なんで中国ってあんなに創造性を失ってしまったのか 清末〜民国期からこの調子だから文革も関係無いしね それだったらそれでプロレタリア文学とか生まれても良いのに、それも無い
>>290 じゃあふたつの別のものがあるでいいじゃん
日本が中国のものを輸入しなくなったからでしょ 西洋のほうばかりで中国は今どんな小説が書かれてるのかさえ分からない
>>290 だがソメイヨシノだって江戸時代に人為的に作られた品種だし、
江戸時代に流行った朝顔だって手を加えてないと言えるのか?
その著者の言う事はイマイチ信用出来ない。
清末以後の中国は、近代日本から漢訳された西洋文明を学び取り続けた結果、 朝鮮半島ともども近代日本の模倣文明と化している
今の中国とイスラム圏は文化的に面白みが無いな 芸術や音楽では西洋より遥かに遅れている
298 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 09:57:16.64 0
論語の「子曰述而不作信而好古竊比於我老彭」という一文が 中国人の著作活動を抑圧してしまったのだ
>>289 トマティーロ。トマトに似てるが、ホオズキみたいに皮の中に実があるヤツ。
>>290 奇品は、それこそ、支那が本家だろ。
斑入り、珍色、変わり花、変わり葉がそれこそ多種多様。
東洋蘭なんて、日本にも在来種から選抜して栽培化した品種群があるけれど、審美意識の発想やら
栽培の様式(鉢の形や命名規則)やらは、支那から移入している。
@弥生時代の丸木弓の射程はどの程度なのでしょう? A推定になるかと思いますが、2-3世紀の日本で弓は直射でしょうか曲射でしょうか? B魏志倭人伝では倭国の武装は弓盾矛となっていますが、機動隊の様に盾だけを装備した兵士というのはありえますか?
302 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 10:49:50.87 i
すみません、sageてましたorz @丸木弓の射程はどの程度なのでしょう? A推定になるかと思いますが、2-3世紀の日本で弓は直射でしょうか曲射でしょうか? B魏志倭人伝では倭国の武装は弓盾矛となっていますが、機動隊の様に盾だけを装備した兵士というのはありえますか?
機動隊だって警棒持ってるんじゃないの? それはともかく、実際どうだったかは不明だから何を創作するのも自由。
305 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 14:11:54.65 0
一騎当千という言葉がありますが、このような人物は歴史上に誰がいたのでしょうか? 不確かなものも含めて教えていただけませんか? 私が知っている限りでは 三国志の張飛:100万人相手に啖呵を切った(戦ってはいない) 項羽:自分の軍が負けそうになったけどこの人個人が暴れたら自軍が勝ったって聞きました(詳細不明) 戦国武将可児才蔵:一度の合戦で17の首を挙げた(一騎当千には程遠い) 戦国武将本多忠勝:数十の手勢で数千の軍に立ち向かった、一人で数百の部隊に 立ち向かった(何の時の戦いでいくつ首を挙げたかは不明) ぐらいです 本当に千人斬りしなくても一人で何十何百も倒したり撃退して退散させた話があればお願いします 完全に一人じゃなくても多少部下を引き連れていてもOKです
真っ先に連想するのはシモ・ヘイヘだなw
本当かどうか知らんが17世紀フランスの剣豪シラノ・ド・ベルジュラックは 100人相手に決闘始めて二人を殺して10人ぐらいに傷を負わせたという話が伝わっている
中世ヨーロッパの十字軍あたりの兵隊と、古代ヨーロッパのローマ帝国の兵隊が同兵力で戦った場合 戦闘力は相当変わるものでしょうか? 普通に考えれば科学技術が発達した中世の兵隊の方が圧倒的に強いと思うのですが、あの重装備が利点もあると思いますが欠点もかなりあると聞きました。 (モンゴルの軽装兵にしてやられたとか) 日本の鎌倉武士みたいなものであまり実用的ではない見た目を重視した鎧で実は戦闘力としては 古代ローマ帝国とさほど変わっていないとかそういうことはあるんでしょうか? 皆さんどう思いますか?
仏典の涅槃経に、如来の力を例えて「一人当千の大力士」という
310 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 14:49:19.43 0
>>308 そういう異時代比較スレはたくさんある。そっちでどうぞ。
>>310 答えないなら無視して頂いて結構なのでほっといてください
何でも質問スレッドですので
それは質問ではなくお題トークなので別スレでどうぞと言っている
>>312 どっちが強いと思うかという質問です
いちいち自治しないでいいのでひっこんでなさい
315 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 14:57:51.56 0
質問だとしても誰もその正答を持ち得ないし、質問にも意味が無いし、答える意味も無い。
>>315 推定のことを正答がないというんだったら歴史上の質問に回答なんてほぼないと思いますがね
近代日本軍と織田信長が戦ったらどちらが勝ちますか?という質問に、あなたは「実際戦ったわけじゃないから戦ってみないとわからない」と回答するわけですね
で、無視すればいいのになぜ自治したがるんですか?
308は答えが無いのは知っててやってるんじゃないの?
十字軍の強さと名指しするならその背景戦術人員構成資金繰りなんかまで含まれるから 単に装備の違いだけに焦点をあてるなら 同じ数で戦わせてなんていわずひたすら材質について調べたほうがいいと思うよ
>>316 まともな人が無視してもお前と同類の阿呆がいちいち答えたがって下らない話で盛り上がり、
スレの正常な進行が妨げられる可能性があるからです
なのであらかじめ阿呆には他所にいっていただくのが最善策となります
320 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 15:20:08.22 0
古代エジプトでピラミッドの作り方が分からなくなって いやー俺らのご先祖はどうやってこんなもん作ったんだんべか状態になったのっていつですか?
321 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 15:23:53.45 0
>>319 あなたがつまらない自治をすることで余計に混乱している現状をどのようにご認識で?
>>320 ぜんっっぜん知らんけどbc1700あたりじゃね
>>320 中王朝時代。
一応、中王朝期の後の第2中間期(13王朝)までピラミッドのようなものは作られていたけれど、
大規模で整った形の四角錐形の立派なものは第1中間期の混乱で技術が失われた
324 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 15:30:58.91 0
>>320 2500年前にヘロドトスがピラミッドについて書いたときにはすでに目的がはっきりしなくなってたから
少なくとも2500年前にはロストテクノロジーになってたとしかわからないな
325 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 15:39:47.94 0
技術って失われるもんなんだねぇ 豊臣秀吉が奈良の大仏よりでかい仏像作ろうと思ったけど技術が失われてて作れなかったって話も聞いた
昔は技術なんか一部の人間のものだったから 政変なんか起こったら巻き込まれてあっというまに失われてしまう
328 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 16:03:38.13 0
奈良時代から断絶無く大仏を作り続けていれば失われることはない。 伊勢神宮のように。
奈良時代の瓦や大仏なんて、実際に作っていたのは朝鮮人様だったんだから 朝鮮様が帰国したら技術が失われてしまうのは当然のこと
帰国?
アナール学派って今どうなってるんです? まだ影響力ある?
ある本に「<神聖ローマ帝国の誕生> 800年(中略)カール大帝の頭に、教皇レオ三世は冠を置き、神聖ローマ帝国の皇帝カール・オーガストゥスと名乗ることを許した」とあります 神聖ローマ帝国の誕生は962年オットー1世の頃だと習った気がするのですが800年という考えもあるということですか?
333 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 21:31:58.90 0
>>332 ドイツ人としては偉大なるカール大帝をその歴史の祖としたいという感情もあるんじゃないのかな
日本ではオットー1世からとするのが一般的だがドイツではカール大帝からとするのが一般的という違いらしい。 「神聖ローマ帝国」の名称が出来るのはもっと後で、カールにしろオットーにしろ「ローマ皇帝」の筈。
カール戴冠と神聖ローマは関係無いでしょ カールはフランス神聖ローマはドイツ
カール大帝はフランス人だったのか。 そういう話ははじめて聞いた。
337 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 21:44:56.56 0
俺の感覚だと、800年のカール大帝から始まったというのが感覚としてはぴったりくるな その後のオットーが帝権を獲得できたのもカール大帝のフランク王国のあとを引き継ぐ国家と言うことで授けられたものだろうし
>>335 おいおい、そりゃないよ
カール大帝の作った「ローマ帝国」は分割されて東西フランク王国になった
これは今のフランスドイツ他を含む大きな帝国だった
その東フランクから出来たのが神聖ローマ帝国
カール大帝はフランスのみの君主じゃないんだよ
勘違いしてもらっちゃ困る
ちょっと気になるのがフランスの君主だってんならフランス語読みすりゃいいのに何でドイツ語読み採用?
カール大帝の死後も、彼に始まる「ローマ皇帝」の位は一応存在しており、 オットーの戴冠はそれを受け継いだものと当時は解釈されていた わざわざ分けるのは、フランスやイタリアを含むフランク・ローマの皇帝ではなく、 フランスを除く「ドイツの」ローマ皇帝としては初代であるため
340 :
332 :2012/04/23(月) 21:59:06.04 0
ありがたやありがたや
341 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 21:59:51.64 0
なんか冷静に考えると、ドイツが他国であるローマ帝国を名乗るって滑稽だな 日本で言ったら中国の隋がほろんだときに急に大和朝廷が「我が国こそ正統な隋」って名乗りだしたようなもんだろ なんかちと恥ずかしくないのかな
ゲルマン人の大移動後に、自分達もローマ人になったんだっていう 強弁かもしれない。
あほか ヨーロッパは色んな国が古代ギリシアローマの末裔とか言ってるだろ 言語的にも地理的にも交流が深かったし日本と中国の比較で語っても意味無い そもそもローマのウェルギリウスの叙事詩はトロイア方のギリシアの神の子アエネアスが放浪の後にローマ帝国を建てたって話だし
344 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 22:19:22.05 0
>>343 それにしたって明らかに民族性も違うのに普通名乗らんだろ
国を獲得支配するのに都合がよかったってのはわかるけどさ
上層階級は色んな血のつながりでローマ帝国の皇族階級とも繋がりあって抵抗ないのかもしれんけど庶民は意味わからんかったと思うわぁ
昔の庶民は国民意識ないからねえ
お前が西洋の爵位の感覚をわかってないだけだろ 最高位の爵位としてローマ皇帝を名乗るのは何もおかしくないわ
>>341 ロシアのツァーリも東ローマ皇帝の意味だが、何か?
ローマは多民族帝国で、キリスト教の神は全人類の神だから、 貴族層の推挙と高位聖職者による戴冠があれば、理論上はなに人でも皇帝にはなれる 東ローマだってギリシャ語が公用語だけど正統なローマ帝国だし
349 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 22:40:08.90 0
だからさぁ そんなすぐかっかして喧嘩腰になるなよ 昔って変なことがあるよなぁってだけのことだから 島国の日本人にはいまいち理解できない感覚と言うか
>>341 「ローマ」が最早都市ローマを指すのではなく
一種の国家形態や支配者とか別の物を指す言葉として使われてたんでないかな
東ローマもローマ持って無いけどローマ帝国を自称してたしね
351 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 22:47:11.95 0
今さらなんですが、鉄仮面の正体はやはり ルイ14世の異母兄ですか。ドージェ・ド・カヴォワは小物過ぎますよね 自分なりの新説を立てようと思いましたが放棄しました。ブルボン王朝が露と消えて300年、 この話だけが面白すぎるかなあ、皆さんは誰だと思いますか?
>>351 そういうのは専門のスレ行くか立てるかしてくれ
「どう思います」ってのは質問じゃなくて発問だから場違いなんだわ
一度だけならまだしも二度目は勘弁して欲しいね
ルイ14世本人。 幼い頃に入れ替った。
フランス王家の強烈な支援が加わって アヴィニョン市が移転教皇庁を死守していたとしたら、 ヨーロッパの中でローマという言葉の意味合いも弱まったんで無いかな 寧ろ「北京、京都は東洋のアヴィニョン」とか語彙まで代わってたんでは 繁栄の代名詞であるバビロンが今やイラク西部の廃墟でしかないように
>349 横からですまないが、後世の人が時代を遡って適用してる呼称を、当時の人たちが選んで名乗ってたと思ってないかい? 理解できないのではなく、たぶん君が勘違いしてるだけだと思うぞ。
356 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 23:14:39.22 0
素朴な疑問。 (1)フォーンテーヌブロー宮殿やチュイルリー宮殿の完成した当時 ・外壁の素材 ・内壁の素材(板張りなのか石張りなのか) ・床の素材(廊下も) ・扉の素材 ・窓はどうなっていたのだろう? 以上は何だったのでしょうか?石積みには見えないけど・・・。 (2)18世紀前半頃のフランスの庶民の家の材質は何だったのでしょうか? 中世は木造だったそうですが。
357 :
世界@名無史さん :2012/04/23(月) 23:25:27.83 0
>>355 ええ?
ローマ帝国皇帝っていう呼称もなかったの?
カール大帝は一体何と呼称されていたものをローマ教皇にもらったの?
>>357 カール大帝でwikiみればよろし
ローマ教皇がローマの皇帝と言って戴冠はしたけれど、それ自体「越権行為」。
それまでそういう習慣はなかったから。
つまり「そういうもの」ではなかったから、カールはローマ皇帝とは認められていなかった。
そもそも一国の王様が、一つの宗教のトップによって認められるなんか変でしょ?
教皇が何を言ったところで、って話。
ゲルマン人のフランク族の王がローマ皇帝というのもおかしいが、 それだけ実力があるならローマ皇帝ということでいいじゃないか。 皇帝というのはある文明圏で最も力のあるものに与えられる称号なんだから。
>>358 いやいや、ゲルマン蛮族がローマ皇帝を名乗るのがおかしいとかいう話についてなんだから、
カール大帝ひとりの話はどうでもいいよね?
それとももしかして最初からカール大帝限定の話をしてるつもりだったの?
>>359 皇帝というのは皇帝を自称した人が使う称号
>>360 どっちかっていうとゲルマンが突然名乗りだしたってより
ローマの人が第3ローマ作った様な感覚じゃないの命名的には
ローマ教王はオットーにローマ皇帝の位を上げたらしいよかってに
ローマ教王によって据えられるローマ皇帝が収める第2ローマの名前が神聖ローマではイカンのかな
皇帝というのは漢語であり、インペラトールやカイザーやバシレウスやパードシャーとは厳密には別物 コンスタンティノポリスには正式な「ローマ人のバシレウス」が存在するのに、 勝手に「ローマ人の」アウグストゥスやらインペラトールやらを名乗るのは僭称というもの というわけで東ローマでは「フランク人のバシレウス」としてカールを承認した
アレ神聖ローマって名前付けはおかしいって話は終わって今は皇帝の話だったのかメンゴ
>>325 けど、奈良の大仏、何度も破損して、最初からあるのは右膝だけだということだけど。
技術がなかったのではなく、秀吉が早く作ろうと金漆塗の木製大仏にしたのが方広寺大仏 初代は完成前に倒壊し、秀頼が金銅仏にしようとしたが熔融出火して失敗 家康が1612年に金銅大仏を完成させたが、これも半世紀後に地震で倒壊し、結局木製になった 東大寺の大仏は、1180年に焼失したときは5年後に再建されたが 1567年に焼失してから100年以上仮復旧のまま放置され、1691年にようやく再建された 金も技術もあったが、信心と平和がなかったのか
369 :
357 :2012/04/24(火) 03:31:59.03 0
なんか変なことになってるな。 358にだけ返信しとくが、厳密に言うと無いよ。 帝国の自称にローマが冠された公文書は13世中頃が最初で、それ以後に使われるようになります。 それ以前だと、神聖帝国という呼称はありました。 カール大帝ですが、戴冠時の教皇による呼称は「偉大にして平和的なローマ人の皇帝」です。 この「ローマ人」には、あなたが考えてるような人種や民族的な意味はありませんので勘違いされないように。 自称や他称は「皇帝にして尊厳者」です。 ちなみにオットー大帝の呼称も「至高なる皇帝」で、ローマの冠名はつけられてません。 オットー二世から「至高なるローマ人の皇帝」に変化し始めます。 皇帝や帝国は「普遍的世界の唯一最高の支配者」を意味しますので、本来なら支配地域を限定するような単語はつかないのです。 時代が進み、皇帝の支配力が下がるにつれ、最初は「ローマ」次に「ドイツ」が帝国の呼称に含まれていきます。 15世紀末に「ドイツ国民のローマ帝国」が公文書で初めて使用され、帝国領内のドイツ地域だけを指す呼称として広まりました。 13世紀以降、帝国の実態は、既にドイツ地域が主ではありましたが、それが世間的にも広く認知されてくのは、14〜5世紀以後のことなんです。
あ、まちがえた、369は355本人ですw レス相手が357で358は違った。 ごめんなさい
インドネシアの9月30日事件は「軍部左派」によるものと説明されていて、 その後のインドネシア共産党弾圧に利用されましたが この軍部左派はインドネシア共産党との繋がりがあったんですか? 何をもって左派としてるのかよくわかりません
372 :
世界@名無史さん :2012/04/24(火) 15:03:13.37 0
ナポレオンって軍事的には優秀なのに、外国で自分の身内に権力与えるなんていう 露骨に反発されかねないようなことをしたのはなぜでしょう? やっぱ人の子だからですか?
それもあるだろうけどやっぱり裏切る可能性が低いからじゃないか?
無能な親族を王位に就けつつ一番優秀なリュシアンを冷遇するのがなんとも
>>372 新しく得た領土に自分の仲間に統治を任せるなんて、それこそ、古今東西普遍的なことだろ。
376 :
世界@名無史さん :2012/04/24(火) 19:25:46.45 0
第二次大戦後、ナチス政権はユダヤ人の大規模な殺害などから悪名高いですが、 そのナチス政権のイデオロギー的な危険さは理解しつつも イギリスとフランスはソ連に対する牽制のためにナチス政権のやることを おおめに見る向きがあったことって、(ナチス政権それ自体と比べると)それほどは大きくあつかわれませんよね。 このあたりって近代史の宿命なんでしょうか?
377 :
世界@名無史さん :2012/04/24(火) 19:39:02.36 O
>>375 これが古代や中世なら不思議ではないが
近代だから
近代つっても、まだお上が外国から来るのは普通の時代で 民族主義や国民国家が普及するのはもう少し後 各国のハプスブルク家だってまだ健在だし
国民国家ねえ。 選挙だって血縁有利。 公務員だって既に身内が同種の公務員になってると就職簡単じゃん。 企業だって、経営と所有の分離ができてるところなんて少なくて、 創業者一族や縁故がずらっと経営陣に並んでるところ多いじゃん。
380 :
世界@名無史さん :2012/04/24(火) 20:44:53.83 0
>>376 宥和政策については戦間期の国際政治に関する書籍や英仏独等の各国史で必ず触れられているが。
綱川政則著『ヒトラーとミュンヘン協定』や佐々木雄太著『30年代イギリス外交戦略 帝国防衛と宥和の論理』、大井孝著『欧州の国際関係 1919‐1946―フランス外交の視角から』
等を読んでみるがいい。
>>376 まあ宥和政策自体、当時の史料にない戦後の責任回避の為の造語だしなぁ。
実際にはバルト連合、中欧協商連合、東方ロカルノ等々、ドイツに対して常に
圧迫を加え続けていたし、これはソ連の国際連盟加入等の受け入れと
結びついている。
つまり、ソ連に対して英仏は戦債や石油界のナポレオンらの利権の国有問題を始めとする
経済的な衝突――結局のところ、これが一番の問題ではあるのだが――があったが、
政治的に牽制しあっていたわけではない。もちろん干渉戦の際に
見られるように、労働者のストがある以上、本格的に敵対できる関係にもない。
直接の要因ではないが、ワシントン条約即ち日英同盟の破綻による
シンガポールやインドを中心としたイギリスの軍拡とその軍国主義化は
ドイツに緊張を与え、再軍備の世論を作り出すに至るなど、
むしろ融和無き外交こそが最終的な戦争への道に繋がっていた。
おおめに見る向きなんて「当時は」存在しないよ。
-=-::. / 朝 鮮 人\:\ ♪ガッガーーウィイ .| 教 祖 様 ミ:::| ミ|_≡=、´ `, ≡=_、|;/ ||..◎ .| ̄|. ◎ |─/ヽ いい加減、ストーカーするの止めてくれる? |ヽ二/ \二/ ∂> /. ハ - −ハ |_/ | ヽ/ヽ/\_ノ / |ナンミョ〜ソフォ〜レンングエ~キョーーナンミョ^フォテンジ゙エキョヤーーー . \、 ヽ二二/ヽ / / ナンミョ^フォーーーーーーレンゲヨー アニョハセヨーーーーーー . \i ___ /_/ ,. < ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ > 、 / 谷 垣 ヽ _ 〈彡 Y彡三ミ;, 先生!支持率が上がりません!助けてください! {\ \|_ \>ー 、 ト三三ニ:} 人{ >、,___.>、/三 ヾ\ |わ三彡;! 先生に見捨てられたら、もう自民党は終わりです! /./ トミ;,_ Y/ \>ノー〜=- " V / /!  ̄ ̄ ゝ | / _ 助けてください!おながいします! し/'┴──----─''| ン}\-ヾ彡 ヾ、___ノー'''`
383 :
世界@名無史さん :2012/04/25(水) 13:03:56.44 0
クロスボウってビザンツ帝国で使われてたの?
384 :
世界@名無史さん :2012/04/25(水) 14:57:15.48 0
ちょいと曖昧すぎた 出来ればバシレイオス二世の治世に使われてるか知りたい
歩兵の弓は主にスキタイ弓が使われていたらしいけど…… クロスボウが使われてなかったかどうかまではわからん 誰か頼んだ
東ローマ皇女アンナ・コムネナ(1083〜1153)は、1096年の第一回十字軍が持っていたクロスボウについて、 「これはtzangraといい、われわれのまったく知らぬ蛮族の弓である」と記している。 彼女はバシレイオス2世(958〜1025)より後の人間だから、十字軍以前の東ローマにはクロスボウがなかったともいう。 中世西欧では、1066年のヘイスティングズの戦いでクロスボウが使われている。 しかし、前4世紀のギリシャにはガストラフェテス(腹当て)というクロスボウが存在したし、 ヘレニズム諸国やローマにも大型クロスボウ(バリスタ、スコルピオ)があった。 イスラム世界ではクロスボウを「フランクの弓」と呼んだが、十字軍以前からあることはあったらしい。 ノルマンやフランクだって東ローマにたびたび来ているし、知らないってことはないと思うが。
387 :
世界@名無史さん :2012/04/25(水) 17:06:19.23 0
なるほど、ありがとうございます 騎馬民族の複合弓を輸入して使ってたくらいだし クロスボウは知ってても「速射に優れた複合弓でいいや」 って感じだったのかな・・・
夏王朝以前の竜山文化時代、都市国家が争いあう戦乱の世が あったようだけど、それが史記にはあまり 書かれていないのは何故だろう (記述としてはシュウと黄帝の戦いくらいだし)
>>389 司馬遷から見て“中華世界”ではないから。
記録する文字がなかったか、伝承が途絶えた。 最古の甲骨文字は紀元前14世紀頃で、殷商も後期のこと。 夏王朝や三皇五帝や蚩尤などが文字資料に現れるのは、せいぜい春秋戦国時代から。
メディアは全部抑えてある。教団名を出したり逆らえばどうなるかわかってるだろうな? < _-=≡:: ;; ヾ\ > < / ヾ:::\ > < | |::::::| > < ミ|-=≡、 ミ≡==- 、 |;;;;;/ > < || <●>| ̄| <◎> |── /\ > < |ヽ_/ \_/ > / > < / /( )\ |_/ > < | | ` ´ ) | > < | \/ヽ/\_/ / | > < \ \ ̄ ̄ /ヽ / / > < \  ̄ ̄ / / \ > / /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \\ \ \ ___ / ー\ ナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウ /ノ (@)\ ナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキ .| (@) ⌒)\ ナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッ .| (__ノ ̄| | ///;ト, ナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウナンミョ \ |_/ / ////゙l゙l; ナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウナンミョ \ _ノ l .i .! | ナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウナンミョ /´ 公明 `\ │ | .| ナンミョウホウレンゲッキョウナンミョウホウレンゲッキョウナンミョ
393 :
世界@名無史さん :2012/04/26(木) 00:31:11.96 0
タモリの番組で阿部寛が褌を締めてローマ風呂に入る場面が出て来ると言ってたけど、 『西洋古典学事典』の「テルマエ」の項目を見ると、 男性は日本と同じく全裸で入ってたらしい。 評判の事典だけあって、「ハドリアーヌス」とか「カラカラ」とか「エラガバルス」とか 映画『テルマエ・ロマエ』に関連する項目を読んでみたら、 メチャクチャ面白かったぞ! FELLATIOの逸話も、しこたま出て来るしネ
ヘリオガバルス帝といあば古代ローマ屈指のネタ皇帝ではないか 彼の逸話は常軌を逸してるとかってレベルじゃない
雑談は雑談スレで。
盤上ゲームには 発祥国の国柄が表現されていると聞きます。 将棋で取り駒を使えるのは、日本の戦では 敵将兵は虐殺されずに 秀吉政権のように味方として取り込まれていくことが多かったから、 シャンチーで大河があるのも地理特性と聞きますが チェスで女性(女王)が最強な謎にも背景があるんでしょうか?
>>将棋で取り駒を使えるのは、日本の戦では敵将兵は虐殺されずに秀吉政権のように味方として取り込まれていくことが多かったから、 宗教戦争でもない限り古今東西前近代では普通のことで日本に限ったことじゃないし むしろ玉金銀桂香という名前どおり賭け将棋でお宝をやりとりしてたからってのが通説じゃなかったっけ?
質問です 儒教において孝行の概念は、本来は社会秩序の安定や年長者の経験を受け継ぐための、功利主義的な 概念だったと思うのですが、何故、中国や朝鮮などでは、功利を無視した孝行が常態化したのですか?
いや元々から祖先崇拝だし
>>399 孝行はそれによって名声が高まる為、立身出世の手段でもあったから
功利主義の顕れと見る事でも出来なくもないね。
特に後漢〜隋までの豪族や貴族勢力が根を張ってた時代は
孝行は重要なステータスだったわけで。
402 :
世界@名無史さん :2012/04/26(木) 20:14:14.08 O
>>398 聞いてもいない事を語り出す上に聞き返す
これがダメなオタクです
403 :
世界@名無史さん :2012/04/26(木) 20:22:16.81 0
古い時代のものは別として、 鋳造貨幣に円形のものが多いのは実利上の理由があるのでしょうか?
>>403 変形や改鋳などが判別しやすいからじゃないのか?
四角い奴も使ってると削れて丸くなるから
丸いほうが割れ難い 昔、コメットというエゲレスの旅客機が角窓を採用して事故をおこしてから飛行機の窓は丸窓になった
407 :
世界@名無史さん :2012/04/27(金) 08:27:24.52 0
NikonFも初代は角窓だったが、やがて丸窓に変わった。
そしたら、長方形とか小判型を作っていた江戸幕府は、 割れても良いという考えだったのか。 はたまた、割れない高度な技術を持っていたのか。 なんてふと思った。
若いころは勉強はまったくの苦手でした。高卒です。 幼稚な質問とつたない文章ですがお付き合いください。 日曜日、テレビで「タイタンの戦い」という映画を放送していました。 わからない言葉が多かったので少し歴史を勉強してみようかと思い本を買いました。 ひと通り読んでみたところ、しかし、もやもやとした疑問が生まれました。 本の内容は、人類が洞窟で原始的な生活を送っていた章の次がギリシャ文明という次第です。 え? と思いました。 洞窟生活からパルテノン神殿までいくらなんでも一足飛びすぎやしませんか? と。 その間にいろいろとあったでしょう。 それで他の本を買おうと探していますが、なかなかよいものにめぐりあえません。 人類が文字も持たず洞窟で暮らす時代から、パルテノン神殿やピラミッドを造り哲学が謳われるまで、 いつ、どこで、なにがあったのか、詳細に書かれた本をご存知の方はいらっしゃるでしょうか?
410 :
世界@名無史さん :2012/04/27(金) 11:22:19.10 0
キューバ危機直前のソ連邦って 北極圏から見たら、確かに資本圏+離反中国に包囲されてるんですけど キューバで賭けに出る位なら、それ以前に どうして対中関係を軽視したんですか? 逆に、アメリカについても ベトナム戦争の間、 ソ連の物資が中国経由で北越に流れているのを掴んでいながら どうして、中国の反ソ感情を利用して補給遮断を図ろうとしなかったんですか?
412 :
世界@名無史さん :2012/04/27(金) 11:35:49.05 0
ひとことでは言えない。一冊の本の分量がある。
>>408 小判や朱金は通貨というよりも地金だよ。もともとは、ね。
幕府が地金生産を独占していたために、それを悪用して、度々品位を下げて誤魔化しをしたんだが。
>>411 ソビエト・中共の関係は、たまたまその時のボスの路線・方向性の違い。
大同小異の小異の方で、戦争したところで精々小競り合いで、核兵器まで持ち出すようなものではない。
アメリカと中共、アメリカとソビエトは、核爆弾突きつけあいながらなんとか戦争にならずにいる危うい状態、
戦争になれば核爆弾打ち込みあうこと必至。
キューバはアメリカの目と鼻の先。アメリカが中南米に影響力を及ぼすにあたって戦略上とても重要な位置。
キューバにソビエトの核爆弾なんかが置かれると、アメリカでもアメリカの息のかかった中南米の国のどれも
いつでも簡単に攻撃できる状況になる。中南米諸国からすると、アメリカの意向よりも、ソビエトの意向の方が
重要になったりする。
415 :
世界@名無史さん :2012/04/27(金) 12:02:50.00 0
>>411 外交は国内の権力闘争による延長でしか無い
中ソ対立なんてまさにそれ
416 :
世界@名無史さん :2012/04/27(金) 12:03:23.93 0
この前、公園でヒゲもじゃの麻原彰晃をもっとモジャモジャにしたような 原始人のようなホームレスを見たんですが、テレビや写真で見る限り、 ヒゲもじゃの原始人のような土人は見ないんですがカミソリもない土人は なんで髭もじゃではないのでしょうか? 今のアマゾン土人も髭なんか生えてません。アメリカ先住民は我々と同じ モンゴロイドです。乞食も土人も同じような環境で何ででしょう?
417 :
世界@名無史さん :2012/04/27(金) 12:40:57.06 0
サライェヴォ事件のあとオーストリアがセルビアに参戦した時点で これはバルカンのケツ持ちを自称してるロシアが参戦して、 でオーストリアを助けるためドイツも加わって、でイギリスフランスと という具合に連鎖的な参戦を予見してた人って欧州各国の政府の人間or知識人の中にわずかにでもいたんですか? 概説書ではオーストリアは楽観的に考えてたと書いてるようですけども。
>>416 テレビや写真に写ってる時点で、テレビや写真の在る文明水準にまで達してるわけだから・・・・・・
『平清盛』プロデューサー在日朝鮮人 磯智明(天皇制度廃止論者)のプロデュース作品 @『かんさほうじん (2008)』反体制・反社会 A『最後の戦犯 (2008)』反日・天皇制度廃止・反体制・反社会 B『リミット -刑事の現場2- (2009)』反体制・反社会 大河の画面が汚いのも、役者が大根なのも、衣装がぼろぼろなのも、役者の下品な立ち回りも、 画面が薄暗いのも、役者が汚いのも全ての原因は NHKが汚れているから 史実うんぬんの話ではないのですよ。あの大河は役者、セット、演出等が、いまのNHK内部の汚れ具合を見事に反映しているのです。 薄汚れた空間内で繰り広げられる捏造・妄想(=今年の大河)は、反日・在日の脳内を表しているのです
>>411 毛沢東は自分とスターリンを同格としてみていたから、
かつての部下でスターリン批判をしたフルシチョフを修正主義者といってばかにしていた。
そんな毛沢東にたいし、フルシチョフは顧問団引き上げを通告し、
事実上経済援助を打ち切ったことで、中ソ対立は深まった。
中国が独自に核開発をしようとしたことも理由のひとつといわれている。
キッシンジャー、ニクソンの訪中はベトナム戦略も視野に入れてのものだろ。
ベトナムでの共産側の勝利はほぼ確定しつつあったから、
アメリカとしては出口戦略を探る必要があった。
アメリカにとってベトナムは冷戦のある局面での戦いに過ぎなかったわけで、
中国を抱き込んでさらに大きなソビエト包囲網を作ったわけだから、
南ベトナムを失っても、アメリカは冷戦を有利に展開したといえる。
>>417 けっこういたようだが、
それでも起こるのが政治というものみたいだな。
しかし、たとえ戦争になっても、
それが数年に及ぶ大戦争になるという見方をする人はそれほど多くはなかったようだ。
それ以前の大きな戦いとしては普仏戦争があったわけだけど、
数ヶ月で終わっているし、
今度もそうなるだろうと、それぞれの陣営が思っていた。
実際には数年に及ぶ大戦争になって、
ヨーロッパの君主国家がほぼ一掃されるという結果になった。
>>421 ほぼ一掃って・・・・・?
第一次世界大戦後に残った君主国
イギリス、スペイン、モナコ、ルクセンブルグ、ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、リヒテンシュタイン
ユーゴスラビア(セルビア)、ブルガリア、ルーマニア
第一次世界大戦後に残った君主国で自前の君主が居ない
アイスランド
建前上は残ったが実質的には共和制
ハンガリー
第一次世界大戦を機に君主国でなくなった
オーストリア、ドイツ、ポルトガル、ポーランド、リトアニア、フィンランド
第一次世界大戦後に君主制を導入した
アルバニア
>>413 ときどき改鋳しないとデフレになるので、品位のさじ加減しないといけないんだよ
>>422 >第一次世界大戦後に残った君主国
イタリア抜けてんぞ。
イギリスとスペイン(イタリア)以外はどれも中小国だけどな。
>第一次世界大戦を機に君主国でなくなった にロシアが抜けてる方がでかいんじゃないか?
F・ルーズベルト政権の閣僚・高官には、親ナチス派はいたのでしょうか? 菅原出『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』では、 当時のアメリカの政財界には、フォードやケネディ、ブッシュ各一族など、 親ナチス派が多くおり、彼らがヒトラーを財政的に支援し、アメリカが第二次大戦に 参戦する前はもちろん、参戦後も、ダレス兄弟を中心に親ナチス派は大統領のルーズベルト と財務長官のモーゲンソーを中心とする反ナチス派と、アメリカ内部で対外政策の主導権をめぐる 熾烈な暗闘を繰り広げながらあの戦争を戦ったという趣旨の主張がなされていたのですが、 国家元首と重要閣僚を相手に、閣僚でもないダレス兄弟が中心になって対外政策の主導権争いというのは 現実的な構図ではないという印象を持ったもので。
アメリカには表の政府と影の政府があるからな。
まず米国の場合、親ナチスとは親ドイツ、要するに機会均等主義、 経済的侵略をドイツに対し図り、その競争者を攻撃するという意味だが、 これは存在しなかったといっていい。 ドイツは経済的には膨大な輸出と膨大な輸入で成り立つ国でいわば同類、 競争の対象にはなっても利権獲得の対象にはならないから。 この観点からみていくと、必然親中小資源国・親ソ連であったのが分かる。 ただモンロー政策と呼ばれる南米侵略政策から、反英としての観点を持っており、 ドイツに対し強く出る事の少なかったのも確か。 フランス・イギリス・加えてアメリカの世論がドイツに対し敵対的であっても、 39年春の警告電報でさえ非常に曖昧な言い方を取り、 ヒットラーは何が言いたいのか分からんと切れてた。
1 名無しさんにズームイン! [] Date:2012/03/28(水) 08:28:15.02 ?ID:NWYs/2ZP Be:
やらなけゃいけない
電○の各局への圧力が半端ないんです
昨日、一昨日前田AKB卒業ネタやった情報番組全てが前田AKB卒業ネタ中の毎分で視聴率がダダ下がりしました。
各局本音では毎分視聴率ダダ下がりするこのネタははやりたくなかったけど原子力村以上に電○からの圧力が凄いんです
ブーム捏造、枕営業、自社買い、サクラの動員そして
AKBの捏造ブームのために税金が大量に使われている証拠がこちら
やっと気付いた「AKBに電通が絡んでる」ではなく「AKBの正体が電通」な件 その127
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1335468718/ テレビの捏造ブームに騙されるな
>>423 なんねえよ。
徳川時代の日本の本位通貨は米穀だもん。
どんどん消費されていくんだから。
コメが取引の基準になるのは分かる皆欲しがるもんな なんで西の方は太古の昔から金でやりとりしてたんだ大した利用価値もないだろ
米は通貨として考えると問題が有り過ぎるだろjk
帝国主義時代のヨーロッパでは、イタリア>>>スペイン&ポルトガルだったの?
>>409 その本には「古代オリエント」という項目は無かったんでしょうか?
メソポタミア文明とか、その辺を調べてみたら?
>>435 どの辺の時代を想定しての質問か判断に苦しむ。
スペインやポルトガルが勢いの有った大航海時代にはイタリアは分裂していた。
イタリアがファシズムだったWW2前頃はスペインやポルトガルの存在感は小さい。
司馬遷から江沢民まで 歴史捏造の歴史
ユスティニアヌス1世時代の東ローマ帝国は、同時代にササン朝を挟んでいたエフタルとの同盟などは考えていなかったのでしょうか? ちょうど彼の即位した6世紀前半はエフタルは強大化していたし、敵の敵と手を組むのはあり得なくはない話だと思うのですが…… 使節を送る手段は蚕を中国宮廷から盗み出させたユスティニアヌスならいくらでもあったと思うし、エフタルとも利害は一致していただろうし
ユスティニアヌスの目は、まず西方に向けられていた。 532年にササン朝と平和条約を結び、イタリアへ侵攻。 しかし540年にササン朝とも戦争を始めてしまい、両方とも戦争が長引いた。 当のエフタルは、533年にミヒラクラ王が死んでから衰退しはじめ、 6世紀半ばには新興国の突厥とササン朝の連合軍に滅ぼされてしまった。 東ローマはさっそく突厥(西突厥)と手を組み、ササン朝に対抗することとなる。
441 :
世界@名無史さん :2012/04/28(土) 11:56:28.59 0
オバマ大統領が目指しているアメリカの社会保障政策は、 ジョンソン大統領が掲げた「偉大な社会政策」と同じようなものですか?
京都の事故
44 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/04/12(木) 20:06:17.25 ID:LKXz/REk0
かつてはてんかん患者の自動車免許取得は法的に制限されていたが、
2002年6月の道路交通法改正によって、発作が起きても意識障害を伴わない又は、
発作が就寝中に限るなどの患者は、公安委員会の検査や、医師の診断書を提出するなどの条件付で取得に道が開かれた。
日本てんかん協会の運動で、てんかんでも免許取得が可能になった。
その結果、案の定、2002年以降、てんかん患者のひきおこした重大な事故が急増
2011/04 栃木・鹿沼 6人死亡 (持病を隠蔽、過去に事故2件)
2011/04 島根・松江 1人死亡 (持病を隠蔽、薬飲まず)
2011/05 広島・福山 4人重軽傷 (過去に事故2件)
2011/07 愛知・岩倉 2人死亡 (通院歴なしで不起訴)
2011/10 鹿児島・姶良 1人死亡4人重軽傷 (過去に物損事故、薬飲まず)
2012/02 栃木・宇都宮 6人重軽傷 (昨年7月に事故、運転しないと誓約書)
すると2002年の法改正で可能になった、てんかん患者の自動車免許取得を既得権益とする
共産党が支援している日本てんかん協会は
「てんかん患者の権利を守れ」と法務大臣に要望書を提出
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1334225953/ その三日後にまたしても死亡事故発生
2012/04 京都・東山区 7人死亡9人重軽傷 (数日前に発作、姉と相談)
日本てんかん協会 (共産党の支援団体)
住所 東京都新宿区西早稲田2-2-8
>>権利を守れ
>>西早稲田2-2-8 差別利権で食ってる団体だな
よく西洋思想は無意味で、東洋思想は西洋思想より先を行っていたと言う人がいますが そのようなことが何故いえるのですか
>>445 ハイデガーより道元のほうが先にハイデガーの思想を考えてたとか
西洋の宗教は暴力的で東洋の仏教は非暴力的だとか
>そのようなことが何故いえるのですか に対する回答自分で言ってんじゃん>道元のほうが先にハイデガーの思想を考えてた からなんでしょ 歴史上注目できる100億の項目の中から 東洋のほうが優れてた事実を持つ2.3をピックアップ抜き出せばそりゃそういう言い方もできるだろうよ ただ全ての項目を比較検討できるわけでもないし、こういう見方をした場合という範囲を限定する一文はどんな歴史解釈にもついて回る すべての意見は恣意的解釈されてる、東洋が優れてたという人もいる、こういう根拠で言っている、違うものもある とだけ心においてひとつひとつ自分で判断していくしか無いでしょ 特に暴力性なんて精神的なものの場合ハイこっちの勝ちなんて断じることは不可能なんだから、あるのは違いであって優劣じゃないと思うしね
もちろん無視したいんですが無視できない場合はそんな比較が無意味だと知るには誰の何を読めばいいですか
そういった反ヨーロッパ中心主義、反キリスト教、反プラトンの思潮自体も西洋から発祥・発展したものだ、という事実が 東洋思想の程度を如実に物語ってるよね
450 :
世界@名無史さん :2012/04/28(土) 16:51:05.72 0
★人間を無知にさせるための道具★ 1.テレビ (どのチャンネルも、芸人.オカマ.在日.カルト信者) 2.スポーツ (無知に与えられた娯楽ゲーム。マスコミを使ってスポーツ奨励 サッカー野球陸上スケート・・皆背後に役人、政治家) 「愚民には政治や世の中のことを考えてもらうよりも、球追っかけてくれてたほうが都合がいいの」
次
452 :
世界@名無史さん :2012/04/28(土) 18:37:21.65 0
イラクとかシリアのようなアラブ人が多い地域では、 学校教育ではオスマン帝国はどのようにあつかわれているのですか? バルカンのように悪玉的な感じですか?
今の(も)イラクやシリアでまともな学校教育ができるとは思えんが オスマン帝国はイスラム国家だったし、イギリスの方が悪玉なんじゃね
イスラム圏では欧米が「悪玉」だろ。 オスマン時代にアラブ人が迫害されてたわけじゃなし。
アルメニア人からしたらあれだろうけど、イスラムの盟主ではあったしなあ 日本語で読める外国の歴史教科書って、アラブ圏はエジプト(それも30年前の)しかないんかね
質問です 東南アジア史では シュリーヴィジャヤ とか、 チャムパーのヴィジャヤ王朝とか、 「ヴィジャヤ」という単語をよく目にします (フィリピンには《カタカナ表記で》ビザヤ地方もあります。これも同語源?) これって、どういう意味ですか?
梵語vijayaから。 vijay(略してjaya,jai)は「勝利、征服」、vijayaは「勝利する者、征服者」を意味する。 印欧祖語の*weyk-から来ており、ギリシャ語のnike/nikator、ラテン語のvic-/victor、英語victory/victorと同じ。 シュリーヴィジャヤは「吉祥・勝利」、ジャヤワルダナは「勝利をもたらす」の意。 東南アジアのみならず、インド文化圏に広く称号・地名・人名として見える。
>>452 シリアでは悪玉だね。基本的に独立運動が美化されてるから。
イラクでは普通に昔あった外国って感じで、あまり興味を持たれてない。
旧ユーゴ諸国のモスリム人学校では美化されまくってるんじゃないかな ブラジル日系人の天皇崇拝や ニュージーランド人の大英帝国崇拝を見るに
前近代の遅れた専制国家として扱われているんじゃないの。 オスマン帝国がすぐれた国家なら、 ケマルが革命する必要はなかったわけだし、 ケマルがはじめた世俗主義革命が、 ナセルに引き継がれて、中東全体に広がっていったイメージだわ。
1 名無しさんにズームイン! [] Date:2012/03/28(水) 08:28:15.02 ?ID:NWYs/2ZP Be:
やらなけゃいけない
電○の各局への圧力が半端ないんです
昨日、一昨日前田AKB卒業ネタやった情報番組全てが前田AKB卒業ネタ中の毎分で視聴率がダダ下がりしました。
各局本音では毎分視聴率ダダ下がりするこのネタははやりたくなかったけど原子力村以上に電○からの圧力が凄いんです
ブーム捏造、枕営業、自社買い、サクラの動員そして
AKBの捏造ブームのために税金が大量に使われている証拠がこちら
やっと気付いた「AKBに電通が絡んでる」ではなく「AKBの正体が電通」な件 その127
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/mor ●ningcoffee/1335468718/
AKBの宣伝に税金を使い、その税金が民主党に流れている
テレビの捏造に騙されるな
教育は知らんが少なくともエジプト人はトルコ大嫌いだな。シリアもそうかな ケマルだってアラブの春の宗教回帰見れば、あいつみたいなのがムバラクやアサドを生み出したんだから好かれるわけないわな
歴史にはあまり詳しくないのですがポール・ケネディの大国の興亡って本を読みました。 次にお勧めのヨーロッパの通史を教えてください。
>>457 >>456 です。詳しい説明ありがとうございます。
ヴィジャヤとヴィクトリーが同語源とは勉強になりました。
aquaのように文化や民族の移動とともに東西に広がったかんじですね。
王朝時代の中国の軍隊って、社会的にどういう存在だったんですか? 近世までのヨーロッパじゃ傭兵集団としてプロフェッショナル、日本では幕府という軍閥として支配階級 という存在だったと思うのですが、中国の軍隊というとピンときません。
「好鉄不打釘、好人不当兵」(よい鉄は釘にならず、まともな人は兵にならず) という諺があるほど、宋以後の軍隊はならず者の集まり
文官の下に武官がいたハズだが、あの国って軍隊は傭兵軍じゃなかったっけ? 日清戦争の時に日本陸軍が戦った左宝貴の部下の清兵も、傭兵軍だったはず。
>>465 近代に近づくにつれて、中国の軍隊の質は悪くなってく。
基本的に社会の屑が行き着く果てという感じ。
国家としてはそこそこ金があるので、洋務運動などを見てもそれなりの軍備は
揃えられるがそれを扱う人間の質はあんまり上がらない。
武官自身もどんなに優秀でも、文官より扱いが下だからねぇ。
科挙が社会の隅々にまで浸透してたからねぇ 官僚=エリート、社会的地位最高ランクだしな
秦漢でも徴兵制ではあったが、犯罪者を赦免するかわりに兵隊として辺境へ送り込んだりしてるな 騎兵は遊牧民の傭兵とか、辺境の荒くれた若者を募集とかそんなんだし まあ中世欧州の傭兵だって、下っ端は基本的にクズだけど
武科挙(軍人を抜擢するための科挙、ペーパーテストだけでなく武技の実技試験もあった)っていうのも あったんだけどね 伝統的に中華では文人の方が武人より上に見られてたので、文官の科挙の方にばかり人は集まって、 武科挙の方はあんまり人気がなかったみたいだ
>>467 清にはもともと八旗という正規軍(というか旗本みたいなもの)があった
が、それが清の時代が長く続く間に特権にあぐらをかいて官僚化し、戦争ではろくに役に立たなくなって
いた(その辺も幕末の旗本に似ている)ことが、アヘン戦争あたりで露呈してしまった
それで、太平天国との戦いあたりから、郷勇(地方の義勇軍)に頼るようになり、それがしだいに傭兵的な
性格の軍閥となっていって、日清戦争ぐらいには完全に軍事を任せられていた
>>465 昔は今みたいに仕事があるわけじゃないからね。
ガリ勉くん→官僚
普通の人→農民
で、ヤンキーというかDQNの就職先が兵隊(上述されてるようにまともな人間は兵にならない)。
つまり、ヤンキーをほっておいて盗賊や反乱軍とかになられては困るから、
「やんちゃ」な人たちを国家が給料だして雇い、悪い事をしないよう縛りつけておくかんじ。
ぶっちゃけ、人民解放軍というか、現代の世界中の軍隊にも、そういう側面はある。
なので、とてもガラが悪い。
盗賊はすくが如く、官兵は剃るが如し、らしい。
つまり、盗賊は襲う村がなくなると生活できないから、
村を襲ってもほどほどにしか奪わない(髪を櫛ですいて、抜ける程度)が、
その後で兵隊が村にやって来て、完膚なきまでに略奪する(髪を剃るように何も残らない)。
で、「これは盗賊の仕業」とうそぶく。
中国の兵隊はこんなかんじ。
『中国の大盗賊・完全版』(高島俊男著、講談社現代文庫)を読めば良くわかると思う。
474 :
世界@名無史さん :2012/04/29(日) 23:59:02.67 0
『平清盛』プロデューサー在日朝鮮人 磯智明(天皇制度廃止論者)のプロデュース作品 @『かんさほうじん (2008)』反体制・反社会 A『最後の戦犯 (2008)』反日・天皇制度廃止・反体制・反社会 B『リミット -刑事の現場2- (2009)』反体制・反社会 大河の画面が汚いのも、役者が大根なのも、衣装がぼろぼろなのも、役者の下品な立ち回りも、 画面が薄暗いのも、役者が汚いのも全ての原因は NHKが汚れているから 史実うんぬんの話ではないのですよ。あの大河は役者、セット、演出等が、いまのNHK内部の汚れ具合を見事に反映しているのです。 薄汚れた空間内で繰り広げられる捏造・妄想(=今年の大河)は、反日・在日の脳内を表しているのです
475 :
世界@名無史さん :2012/04/30(月) 06:02:52.77 0
>>472 >それが清の時代が長く続く間に特権にあぐらをかいて官僚化し、
それは「貴族化」と言うべき
兵隊なんぞはチンピラゴロツキで十分 肝腎なのは将校下士官で少なくとも欧州ではむしろ貴族でないと将校になれないというぐらい地位が高かった
日本も 幹部=エリート 曹候補=士よりはマシな人 士=ミリオタ、行き場のない低学歴、更正目的で入ってきたワルetc.って感じだからな 他の国もそうだろ、特にアメリカの海兵隊。 安土時代までの軍隊だって 名誉を重んじる武士と 自軍が崩れたらスタコラ逃げ回る虫けらのような雑兵の群れで構成されてたから 兵隊そのものというより兵隊内カーストの話だな
478 :
世界@名無史さん :2012/04/30(月) 10:01:02.67 0
>>472 八旗は旗本というよりは。五大老とか十六神将とかに近い感じだけれど・・・・
>>479 オレは
>>472 じゃないが。何言ってんのかさっぱりわからん。
ひょっとして三国演義のことでも言ってるのか?ここは世界史スレだぞ。三戦板 やゲーム板へ行け。
八旗は女真族の軍事組織と行政組織とが一体化したものだ。前王朝の金代の猛安・謀克(ミンガン・ムクン)制度と同じようなもの。
現在でも内蒙なんかでは〜旗として行政区画として残ってる。
まさか、三国演義を史実と思っているとか? だとしたら相当に頭が煮えてる。
>>480 清国の旗人というと上級特権層だ。
徳川時代の旗本というと幕府直参なだけで士分としては中下級だろ。
「旗」の字が共通でも中身は随分違う訳で。
無職時代の孔子は楚にもわざわざ就職活動しに出かけてるけど 周王を差し置いて王を名乗って、しかも中原から蛮族扱いされてる楚に仕えるなんて 儒学的にどうだったんですか?
八旗の各単位の長官となると、 満州貴族の中でも相当なものかもしれんけど、 下っ端はあくまで下っ端ということじゃないの。
満州人は狩猟民族だから、 狩りで生計を立てていたので、 行政単位がそのまま軍事単位であった。 だから、八旗の長官は満州貴族だけれど、 下っ端の兵卒は庶民。
>>483 もちろん問題有りだが、孔子は金が有るときは肉の切り方が悪いと文句を言って箸をつけないくせに、
貧乏してるときは弟子が何処かから持って来た肉の由来をあえて聞かないご都合主義だから。
487 :
世界@名無史さん :2012/04/30(月) 15:02:08.18 0
やらなけゃいけない
電○の各局への圧力が半端ないんです
昨日、一昨日前田AKB卒業ネタやった情報番組全てが前田AKB卒業ネタ中の毎分で視聴率がダダ下がりしました。
各局本音では毎分視聴率ダダ下がりするこのネタははやりたくなかったけど原子力村以上に電○からの圧力が凄いんです
AKBの宣伝に税金が使われ、その税金が民主党に流れている。
ブーム捏造、枕営業、自社買い、サクラの動員そして
AKBの捏造ブームのために税金が大量に使われている証拠がこちら
やっと気付いた「AKBに電通が絡んでる」ではなく「AKBの正体が電通」な件 その127
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/133 ∵5468718/ ∵を外して貼り付け
テレビのやらせブームに騙されるな
孔子はタブルスタンダートだったと。
489 :
世界@名無史さん :2012/04/30(月) 15:24:14.37 0
蒸留酒の製法って、何時頃アジアに伝来したのでしょうか? また、そのルートはシルクロード経由でしょうか? それとも海上貿易による経路からでしょうか?
海上じゃね? 確か日本には、朱印船貿易の頃、東南アジアから伝わったはず。だから今でも焼酎や泡盛のように九州以南が本場。 シルクロードでは醸造酒の葡萄酒だな。唐代すでにワインブームがあった。 現在も中国のワインは不味いが、新彊の葡萄は美味い。
蒸留酒の歴史
http://www.k3.dion.ne.jp/~okkuu/fw3-2.html 蒸留という技術は、紀元前に中東で発明され、ギリシャやインドに伝わったらしい
中東やインドも「アジア」なので、「中央アジア、東アジア、東南アジアに伝来」ということであれば
海のルートも陸のルートもあったとしか言えない
中国には、確実なところでは元代には中東系の蒸留酒(アラック、アルヒ)が存在したが、
宋や唐にはすでにあったとの説もある
シルクロードを伝来した葡萄唐草の文様が薬師寺の薬師如来像の台座に有ったな。
>>488 更に仕官した弟子に「何故自分を推挙しないのか?」と文句を言ったりもしてる。およそ君子らしくない。
プラスに捉えれば自分が天下を改革するんだという目的さえ見失わなければ大概の事は許されるという
考えなんだろう。
493 :
世界@名無史さん :2012/04/30(月) 16:59:55.11 0
中世の地中海交易にたずさわる商人は、 取引の際に現代の倫理観からみるとあくどいorエグいことをやってましたか?
こうして考えると孔子って道徳的な人間とは言えないよね。 まぁ、神話みたいに人格を捏造してまで持ち上げられずに、不道徳な逸話も残ってるだけ好感は持てるが
赤塚不二夫がマンガの題材にするぐらいだからな 矛盾に満ちていて面白いんだよ>孔子さま つまらんガチガチにしたのは趙宋の時代の朱熹
老子の規律正しい一面や 墨子の好戦的な逸話もあると面白いんだが
>>475 中国史じゃ貴族は唐とともに滅亡したことになっているが
>>493 異教徒との戦争に来た軍を同じ信教の商業上のライバルの帝都に向かわせるなんてのも朝飯前よ
大友宗麟って大谷吉継や清水宗治なみの清廉な人間だと思ってたのに 「宣教師の」奴隷貿易に加担してたと聞いて二重にショックだった
>大友宗麟って大谷吉継や清水宗治なみの清廉な人間だと思ってたのに ハハッ、面白い冗談だ
502 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2012/04/30(月) 21:15:38.59 0
>>452 イラクは知らないけどシリアは普通にオスマン帝国への印象はあまり良くないよ。
今でもトルコとシリアは仲悪いしね。
>>454 が言うような反欧米思想を持つ人でも、
オスマン帝国が後進的だったからこそ、欧米の支配を受けることになったのだと、
考える人がいるからね。第1次世界大戦中に起きたアラブの反乱はアラブ人の、
そういう感情が出てしまったものだと言える。
>>462 も言うようにエジプトにおいても、
オスマン帝国及びムハンマド・アリー朝に対する一般的な印象はあまり良くないね。
アラブナショナリストにとってこれらの国は欧米によるアラビアの植民地を招く原因に、
なった後進的な専制国家というイメージだからね。特にシリアはその傾向が強いかな。
イスラームの盟主だからそんなに悪いイメージではなかったという訳でもないよ。
悪いことは奴隷貿易だっていうけど 奴隷の主は現地の人が戦争で略奪してきた捕虜たちだって話が本当なら 売り買い以前に人としての待遇を一切剥奪する捕虜制度の時点ですでに最悪なんじゃないの 奴隷を作るにあたって西洋人はどういうことをしたんだ 現地人が略奪してきた人たちを売りに来たから買っただけだと西洋人があまりに第三者過ぎるんだが ああいう話って本読んでもあんまな載ってないか乗ってるとなんかウサンクサイ内容でよく判断つかないんだが、バカデスマヌー
>>496 老子は実在したのかどうかすらよく判らないので逸話は少ない。
墨子の好戦的な逸話は知らんが、天下を飢餓から救おうと畑を耕したが農夫一人にも及ばなかったとか、
弟子(とその父兄)は学問を金儲けの道具としか考えない奴ばかりでなかなか理想が形にならないとか、
面白い話は有る。
>>503 何が言いたいのかよくわからん
俺は
>>497 じゃないけど、
>>497 は
>>493 の質問に対するレスであって
で、その質問の
>>493 は「現代の倫理観からみるとあくどいorエグいこと」を尋ねている
戦争捕虜だろうがその時点で最悪だろうが、人間を商品として売買する奴隷貿易は
それ自体があきらかに『現代の倫理観からみると』あくどい
子ども十字軍とかジャンヌダルクとか、 その存在はともかくとして子どもがなんか世界史においてやったこと ってなにかあったら教えて下さい
>>506 イギリスの産業革命の時のラッダイト運動をおっ始めたネッド・ラッドは確か少年だった筈。
14歳で即位し4年で殺された、ローマ最悪の変態皇帝ヘリオガバルス
小便小僧のモデルは爆弾の導火線の火を小便で消したそうな。
幼君は山ほどいるからなあ ヘリオガバルスの「やったこと」というと、エラガバル神を一時ローマの主神にしたことか
>>507 ネッドラッドは世界史の授業でやった気がします!ありがとうございます!
>>508 若く即位した皇帝・君主は盲点でした!
若いみそらで大人真っ青の酒池肉林やって頓死とか、伊藤誠みたいな奴だな
>>509 トリビアの泉で現代のダイナマイトを小便小僧の小水で消す、みたいな奴やってたな
結局消えずに粉々に吹っ飛んで跡形も無くなったのには笑った
順治帝なんか数え十三だから今なら小学六年生で親政し、初っ端から佞臣数十名を処刑して朝野を震え上がらせてたよ
516 :
世界@名無史さん :2012/04/30(月) 23:10:01.37 0
某国政府著「民間防衛」より転載 某国元首:費用のかからない方法で敵(国)を滅ぼすことができる。 魅力でひきつける宣伝は効果的な武器だ。我々の意図を美しい装飾で包み隠そう。 文化は立派な隠れ蓑になる。音楽・芸術・旅行などの口実で仲間をつくり、一方的な文化交流(聞こえは良いが実際は押し付け→韓流)をしよう。 彼らは徐々に罠にはまっていく。 韓流、AKB商法の正体 もちろん、韓流、AKBは捏造ブームである。 ヨン様ファン? もちろん在日ババアの動員ですよ。 テレビは愚民の思考を止めるために存在し、そのためにテレビ業界が役人、政治家により手厚く保護されていることを忘れないでください。
>>503 もともと
>>493 の、中世の地中海商人についての質問から始まった話だから、中世ことを言っているんだよね?
>人としての待遇を一切剥奪する捕虜制度の時点ですでに最悪なんじゃないの
中世の戦争捕虜というのは、もちろん現代からみれば人権無視だが
本来なら殺す敵を、身代金をとるか奴隷として売り払うか、とにかく金のためとはいえ、
殺さずに生かしてやっているわけで、当時としてはむしろ人道的
貴族のような身分の高い捕虜なんかは、身代金が届くまで大事に扱われた
>現地人が略奪してきた人たちを売りに来たから買っただけだと西洋人があまりに第三者過ぎるんだが
逆、逆!
中世では、ヨーロッパは、奴隷を買う側ではなく、売る側だよ
ろくに物産がないので、同じ西洋人を奴隷としてイスラム世界にせっせと輸出した
西洋人が奴隷を売る側から買う側になるのは、大航海時代になって、新大陸に奴隷労働力の需要が起こってから
ヴィンランド某という中世ゲルマン圏の漫画で 長期間労働の対価として自分の地位を買い戻せる奴隷制度があったけど、 これとは別に希望断たれた終身奴隷制もあったんですよね? さらに異色なものとしては 古代ユダヤ人社会で、餓死寸前まで困窮した人間が 自ら奴隷就活をして食いつなげる制度があったみたいですが
>>519 金で売り買いされる人間が奴隷なのだから、ユダヤ人社会でなくても、困窮した人間が自分自身を奴隷として
売ることができたし、理論上は、奴隷は誰でも金さえあれば自分自身を買って自由になることができた
奴隷の身でその金を作ることが大変なだけで
俺が不勉強で知らないだけかもしれないが、終身、奴隷身分のままでいなければいけないということは、少なくとも
中世ヨーロッパではないと思う
そういや日本は朝貢貿易で奴隷を何度も中国に送ったが その奴隷はどういう扱いされたんだ?
宦官
ヨーロッパでの中世から近代にかけての騎士による軍事体制から歩兵主体の戦術に変わったのはなんでだろ? 火器とパイク戦術、あと密集隊系の発達から騎兵突撃を止めれるようになったのはわかるんだけど、他にも要因はあるよね?
高いし練習メンドイから
コンゴ民主共和国の主要言語がフランス語なのはなぜですか? 私的植民地からベルギー領に変わるまでフランスが入るスキがないんですが
ベルギーの公用語がフランス語なんだからその植民地の公用語がフランス語なのは当然だろ
>>526 ベルギー本国自体の公用語が、オランダ語とフランス語
国全体ではオランダ語話者の方が多いが、首都ブリュッセルの市民の8割はフランス語話者
だから、コンゴが植民地だった頃に派遣された官僚とか、植民地側から留学した人材なんかに、
フランス語話者が多かったんじゃないか?
529 :
526 :2012/05/01(火) 06:00:54.86 0
>>527 わかりやすい説明ありがとうございます。
527さんのヒントを元に今調べてベルギーの主要言語がフランス語の他にオランダ語とドイツ語でベルギー語なんてないんですね。
朝早くから教えてくださって本当にありがとうございました!
>>528 重ねて詳しい解説ありがとうございます!
面積3万の土地にそんな事があったんですね
531 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 06:33:44.49 0
ルイ14世はどうしてナントの勅令を廃止したんですか? 明らかに失策なのに
532 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 08:23:25.31 0
プロテスタントがウザイからだろう アメの福音派の連中を見てみろ あいつら、日本に来てまで、日本人の神社信仰を攻撃するのだぜww
始皇帝の墓なんて秦滅亡後に真っ先に盗掘されそうなものなのに 20世紀に至るまで見つからなかったのは何故ですか?
535 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 08:50:35.95 0
中国人は徹底して現世利益にしか興味がなく、天上界や地下世界には興味がなかったから かな?(笑)
536 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 08:54:00.30 0
土木重機が発達する前は地面を掘り返すのはコストがかかりすぎていたから むやみやたらと盗掘なんかしなかったからじゃないの? 項羽が墓を暴いたとの言い伝えがあったから
でもなんとか国の○○侯だのなんとか王の弟の妃の○○だのの墓ですら徹底的に盗掘されてる というのに、古来から幾多の文献にその墓地が記されてる上に超有名人の始皇帝の墓が荒されなかったってのも変な話じゃない?
>>531 もともとナントの勅令は、ユグノー戦争で双方ヘトヘトになったので、戦いをやめるための妥協の産物
カトリック側にしてみれば、いつかは廃止したいと思いつつ、でも廃止したらまた内戦になってしまうから
廃止できないでいた、そういうもの
しかし、それから87年が過ぎて、ユグノー側もあの頃のような熱狂も覚めてきたし、国王側の軍事力
だって当時より強大になっている
「そろそろ廃止しても大丈夫じゃね?」ってわけで廃止
539 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 11:35:08.00 0
つうか始皇帝の墓を一番荒しそうなのは現代中国人じゃないの? 西安に行ったとき、未発掘の遺跡が道路沿いにポコポコ点在してたけど 放って置いて大丈夫なんだろうか? 中国人のガイドさんにはさすがに悪くて訊けなかったが
540 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 11:35:23.61 0
何と! そういうことか!
541 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 11:37:11.34 0
フランコはなぜ第二次世界大戦で枢軸国側に加わらなかったのですか? スペイン内戦でドイツが支援してやったのに
542 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 11:43:16.31 0
そのスペイン内戦で双方とも疲労困憊 フランコは共和派の残党狩りと国家立て直しに忙しくて外国に派兵する余裕なし
てっきり、トルコと同じく どうせまた米参戦で負けるだろうと思ってドイツの秋波を避けたのかと ジブラルタルを枢軸が使えるだけでもかなり違ってたな
>>543 ジブラルタルには、当時も今も、英国領があるんだが
545 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 17:06:48.66 0
西太后の妹で光緒帝の母はどういう性格の人だったか気になります 何か詳しい資料があったら教えて下さい
>>541 小国で勝者になったってなぁ。
ポルトガルが英国に加わって参戦するなら
もしかしたら多少の領土は取れるかもしんないけど、
英国の進駐に対して抗議している以上、その望みはないし。
第一次見て分かるように、利用価値があるなら中立だろうが貰えるが、
そうでなければただの無駄骨にしかならん。
努力賞が欲しいならまず外交カードを揃えなきゃ、
頭おかしいと笑われて終わるだけ。
547 :
世界@名無史さん :2012/05/01(火) 19:30:16.94 0
ソ連末期にゴルバチョフがグラスノスチをせずにペレストロイカで経済再建だけを進めてたり、 何もせずに現状維持の政策を続けていたらソ連は崩壊せずに東欧圏も維持できた可能性はあったんですか?
イギリスは19世紀に2回、20世紀に1回と、計3次に渡ってアフガニスタンと 戦争をしていますが、2次以外はイギリスの負けなのでしょうか?
戦争における勝利というのは、それによって何らかの利益がどれぐらい得られたかによって決まる。 そして利益というのは領土なり、金なり、(王政時代には時に)名誉なりなわけだ。 イギリスのアフガニスタンに対する戦争の目的は、アフガニスタンを自国の勢力下におき、 市場・原料供給地として重要なインドの防波堤にすることだ。 アフガニスタンとの戦争で、軍を動かすに見合う結果があったかといえば、 第一次には特になかったので敗北、第二次は勝利といえる。 第一次大戦後は、アフガニスタンの独立は認めて影響力が後退したものの、 結果的にはアフガニスタンがソ連に脅かされてインドに危険が及ぶというところまでははいかなかったし、 イギリスは大戦で疲弊していたから、 敗北には含まれるものの、大きくはない敗北だと思う。
しばらくは維持できてもシェールガス革命で最後の綱のエネルギー輸出の優位性もなくなって破滅するだけだろう
>>541 条件次第では参戦もアリと考えていたが、その条件があまりに過大でドイツが頭を抱えてるうちに戦局が枢軸不利になっていった。
>>138 > シンガポールってなんで発展したの?
> 昔行ったことあるけど隣のマレーシアに入ると格差がすごかった
シンガポールは御存知の通りマレーシアの州のひとつだったが、
リー・クアン・ユーの政党(名前忘れた)が力を付け過ぎてマレーシア
から疎まれて一方的に破門(?)された。自ら望んで独立国家になった
のではなく、強制的に独立させられた形。
1.マレーシアとの交渉で独立の条件に「マレーシアからの水の安定的
な供給」を含めて、これを国連にも認めさせた。シンガポールは山がない
から川もない。だから水が文字通りの生命線だった。
2.次に国際関係を作るために旧・英連邦に加入することを希望して、
これを認められた。ここから、国際社会からの承認を得ていった。
3.イギリス軍の駐在を出来るだけ長く引き伸ばした。独立した瞬間に
他国の軍隊を追い出そうとする他国と違って、超現実的な政策を取った。
4.冷戦時代、中国人の多いシンガポールはインドネシアから敵対政策
を受けていたし、近隣諸国からも中国の手先と誤解されていたので、
シンガポールは「近隣諸国が中国と国交を正常化するまで、シンガポール
は中国と国交を結ばない」と名言。実際、ASEAN諸国の中で最も遅く
中国と国交を回復した。一方、国内の共産勢力を徹底的に弾圧して、
西側諸国からの信頼を得た。
5.中国人、マレー人、インド人という他民族国家であったが、
民族紛争を回避するため、特定人種が特定地区に集中しないような
民族分散政策を取った。
>>138 6.言論の自由、報道の自由、集会の自由を「シンガポールのような小国に
そのような贅沢は許されない」と禁止し、政府を批判する外国誌を廃刊にする
などの言論統制を実施。事実上の一党独裁体制を敷き、政治的安定を
はかった。
7.中国から入ってきた秘密結社を国家が弾圧して徹底的に潰した。
今でもシンガポールにはマフィアがいない。国家がマフィアみたいなものw
8.発展途上国として日本を含む先進国からODAを積極的に導入、
「先進国」とされた後も、法人税率を他国より遥かに低くし、外資の投資規制
をほとんどゼロにして積極的に外国からの投資を募った。
人件費が上がって製造業の拠点にならなくなった後は、世界の金融センター
を目指していち早く産業構造の転換を行なった。アメリカが好きそうな
自由貿易を最も実践しているのがシンガポールだが、これは食料自給率
ゼロパーセント(食物は100%輸入)のシンガポールだから可能な事だと
言われている。
9.公務員の給料を民間企業なみに引き上げる代わり、徹底的に公務員の
腐敗防止策を打った。違反した者は厳しく罰した。
10.ASEANを提案して実際に組織した。ASEAN組織後は会議を積極的に
シンガポールで行なうなど、今でもASEAN内の発言力は強い上、
ASEAN自体の発言力が世界的に高まっている。
11.狭い国土(淡路島と同じぐらいの規模)を徹底的に計画的に開発した。
外国との交易を重視し、世界で最も優れた空港と言われるチャンギ空港を
建設。現在はターミナルが4つあるが、5つ目の建設計画もある。
>>138 12.優秀な外国人にPR(永住権)を与えて、自国内に住まわせ仕事を
させて国の発展をはかっている。現在では約500万人の人口のうち
100万人以上が外国人である。
13.「効率性」と「継続可能性」が建国以来のモットー。
効率が悪いことや、継続可能でない一時限りの政策は打たない。
徹底したリアリスト。
・・・ここら辺かな。以上は初代首相リー・クアン・ユーの自伝その他から
の情報。
555 :
世界@名無史さん :2012/05/02(水) 06:52:46.60 0
>5.中国人、マレー人、インド人という他民族国家 誤字乙
誰がどうみても弁護できない世界史上の売国奴って誰ですか? 例えば宋の秦檜は従来売国奴扱いされてましたが、近年では現実主義的な観点から 宋を延命させたという意見も見られてますよね? 私が知りたいのは、そういう評価も全く聞かれないような人物です
質問とは関係ないけど売国奴って比較的スケールの小さい事にしか使われないよね 滅びるにしても直接的原因にならないような 強国を前にして白旗振りましょうって進言した人やソレを行った指導者が最も決定的だよねそれで国名無くなっちゃったら間違いなく売国だよその名の通り まあ戦争の時折小遣いもらって門を開いた位が一番直接的で全く弁護できないスケールの小さな売国人だよね
>強国を前にして白旗振りましょうって進言した人 これに関しては一概にそうとも言えないんじゃないか? 大国には勝てないから一時的に臣従し、面従腹背で機をうかがうこともあるだろう その指揮をする前にその人物が死んだりして結果的にはそのまま併合されたりもするが その手の人物を一義的に売国奴とは呼び辛い気がする
秦の末期、項羽と関中一番乗りを争う劉邦は武関の守将が元商人である事に目をつけ、 金で買収して通してもらい、関中に一番乗りして秦は滅んだ。 こういう事?
単に大国に降伏しただけだったら、
>>558 も言うように、一概に売国奴とは言えない
たとえ国家はなくなっても、大勢の兵士や国民を死なせるよりは、大国に降伏した方がよいと考えて、降伏を
選択したのかもしれない
あるいは、現在の国家体制が腐っているので、他国に滅ぼしてもらった方がまだ社会がよくなると信じて
外国に内通するという場合もあるだろう
「売」国奴というからには(まして
>>556 が求めている、再評価もされない人となると)、そういう思想犯、確信犯は
除外して、あくまで私利私欲、私怨、保身などの身勝手な理由で、降伏したり利敵行為をして、相手の国から
地位や財産を得た人物に限定すべきだろう
とりあえず、俺に思いつくところでは、明末清初の呉三桂がそうだな
西欧とかイスラムには呉三桂みたいな人はいないの?
563 :
世界@名無史さん :2012/05/02(水) 15:11:03.07 0
ノルウェーの場合資源さしだしてれば お前らゲルマン人だから俺らドイツ人にしたがう範囲で悪いようにはしないって ナチスからめこぼしされる立場なわけで、 それを利用せずに抵抗してぼこぼこにされるよりは、 史実どおりにはないにしろそれに近い展開のほうがよかったんでないの?
アメリカだが、 国務省高官アルジャーヒスは売国奴で有名だな。 ヤルタにも参加して国家機密がだだ漏れになったといわれている。
22 :可愛い奥様:2012/02/19(日) 20:10:14.60 ID:BAiCWuwH0
AKBを全面に出したバスが走ってて
http://www.akb-sg.net/akbus01.jpg バスに書かれたリンクに行ったらAKBのページがあって
クールジャパンとは関係ないショップやカフェの広告が出てて
http://www.cooljapan.com.sg/akb48_live.html クールジャパンとは関係ない現地のAKB企業HPへのリンクが貼ってあり
経済産業省の文字の真上で是非リンク先に訪れて下さいねと書いてある Please visit the official AKB48 Singapore website for the latest schedule of highlights!
www.akb48.com.sg
これのどこが日本の利益になるの?
税金使ってAKBと秋元康のバックにいる民主党への利益誘導をしてるだけでしょ
>565 んで質問は?
>>556 マヌエル・アマドールかな。
元々社会運動屋として金貰って騒動起こす請負人として知られていたが、
パナマ運河買収の為にアメリカの依頼受けて独立させたので一躍名を上げた
文字通りの売国奴。
>>562 クヴィスリングは確信犯・思想犯の範疇じゃないかなぁ。
569 :
世界@名無史さん :2012/05/02(水) 21:35:04.56 0
元号は、日本以外にも歴代中国王朝や、ベトナム王朝でもそれぞれの元号が使われていたとのことです。 なぜ、元号を時々変更するという、複雑な制度にしてしまったのでしょう? 中国は建元を、日本は大化を吉兆何があろうと延々と続けるとしなかったのは? 特に疑問なのが、当時としても、複数の元号を跨いだ過去は表現しにくく、未来は絶望的に表現しにくかったと思うのです。 新元号の制定と広報、書類の書き換えも面倒ですし。 このような欠点を我慢してまで、頻繁に元号を変えていた情熱はどこから湧いてきていたのでしょう?
干支があるからそれでいいじゃん・・・
アッシリアやローマは「某と某が執政官だった年」で延々と記録をつけていたので、 いわば毎年「元号」は変わっている(まあ建国紀元とかはあるけど)
>>569 元号は支配者が空間のみならず時間も支配していたことを示すものだからね。
皇帝は天子であって、天命を受けて即位する
革命・即位・瑞祥は天意であるから、天子は天意に随って改元を行う
また天子は天下における時間の支配者であるから、
改元・改暦は天下に天子の権威を示すことでもある
過去や未来は
>>73 にあるとおり六十干支が連綿と続いているから、
それを年数にあてはめて計算すればよい
昔は今のような歴史教育もないし、 何百年も見渡せるような年号は必要ない。 自分が生きている間に起こった出来事とか、親の昔話とか 一般人にはその程度カバーできれば充分。 何十年、程度なら干支でいける。
ローマで使われた暦は 執政官名 ↓ ローマ建国暦 ↓ ディオクレティアヌス暦&インディクティオ ↓ インディクティオ ↓ 世界創造暦 という流れでいいのでしょうか? それとも他にもあったのでしょうか
暦というか紀年法だな 前のが廃止されたわけではなく、ほぼ併用されていたが
>>569 災害などの悪いことがあったら、もうこれ以上悪いことがないよう、縁起をかついで改元する
逆によいことがあっても、それを祝って改元して、よいことが続くように願う
現代から見れば、非科学的でバカげたことに見えるけど、台風、洪水、地震、疫病、不作などの災害に
対してなすすべもなかった時代の人たちは真剣だった
>439には負けるだろうけど、 アルゼンチンで行われたモサドのアイヒマン拉致工作、 潜水艦を使った日本の米本土爆撃みたいに 最寄りの策源地から、作戦地があまりにも離れ過ぎてて 一見無謀なのに成功した工作・作戦は他に有りますか?
>>528 オランダ語と言うかフラマン語は地域差が大きすぎて標準化すらままならん哩語として
結構遅くまで公用語とされなかった。
フランス語は大陸きっての大国が標準化しているし、王侯貴族はみんな縁続きだから、
その大国のフランス語は、本国に王様が居なくなっても、王侯貴族の言葉だった。
ブリュッセルにフランス語話者が多いのは、そりゃ、王城のお膝元だから、貴族に官吏に
外国からの使節に出入りの商人に・・・・とフランス語が必要だから。
一見無謀ってことはないけどなぁ。 距離は関係ないよ。国力があるかどうかだ。 作戦に必要な物量も倫理も、力がなけりゃどうにもならんしな。 ビンラディン暗殺だってパキスタンでなくイギリスだったら(或いはアメリカでなかったら) 無謀だったろうが、実際には両国の力関係を見れば現実的。その途中にパキスタン人の誰を 拷問にかけようが殺そうが(それが無実だろうと)非難はされなかったろう。 リトヴィネンコも然り。もっとも、英露関係を踏まえればこれは良好になったから 始末されただけで、別に露が強引に処理したわけじゃないだろうな。
というか素でベルギー語があると思い込むほど単純素朴な人間がいるんだなあ
ベトナム戦争時のアメリカ軍って最終的にどういう戦略を想定してたんですか? 陸・海・空で大規模の軍勢を投入して全土を制圧するでもなく、何がしたかったのかよく分からないのですが
>>579 >潜水艦を使った日本の米本土爆撃みたいに
成功したのか?計画段階で頓挫だろう。
むしろ風船爆弾の方が戦果が有った。1例だけだが。
フラマンてフラマンなのにフランス語じゃなくてオランダ語なのが紛らわしくて納得いかない
>>584 実行しましたよ、オレゴン空襲。
ちなみに実行したパイロット本人は、日本では何の勲章も受けず
戦後アメリカで英雄扱いを受けた
ベルギーに永住しようとしたらオランダ語・フランス語・フラマン語・ワロン語全部勉強なのか
588 :
世界@名無史さん :2012/05/03(木) 14:27:13.39 O
>>585 しかもスペインのフラメンコと同じ語源。
>>586 へー、伊400型の件しか知らなかったよ。日本軍がもっと喧伝して有名になってても良い筈なのに。
590 :
世界@名無史さん :2012/05/03(木) 15:19:58.34 0
>>587 いやフラマン語とワロン語は呼び方が違うだけでオランダ語・フランス語と同じ言語だから
2つだ。方言差があって多少は異なる。
薩摩弁を薩摩語、津軽弁を津軽語って言ってるようなもんだからね
>>583 南越の自存自衛の確立
韓国も北朝鮮も独立国家であるように北越と南越が並存しても不思議じゃないだろ
>>586 防衛研究所には無いみたいだけどな。
当時貧民層が多く治安が悪かったようだし、戦争と共にこの格差は拡大したろう。
山火事とか労働者による放火とかを補償するのがメンドイから
日本のせいにしただけじゃね。
>>529 コンゴ植民地はベルギー以外の外国資本が大々的に導入されてたかから、国際語としてフランス語が便利だったろうね。
何故アメリカは、21世紀の現在もプエルトリコを州にせず自治領のままにしてるのでしょうか?
春秋時代の越、前漢時代の百越、東越、現代の越南(ベトナム)って関連があるんですか?
百越は「多くの越」という総称で、越とは長江以南に住む様々な種族を指す。 東甌(東越)やビン越(福建)は、春秋戦国時代の越王国の末裔とされる。 ベトナムの主要民族であるキン(京)族は、直接に春秋戦国時代の越王国につながるわけではないが、 広い意味での百越の一派ではある。
帝政時代のロシアとアメリカ合衆国の関係は良好だったのでしょうか? 10月革命以降の米露(ソ)関係は、デタントなど一時期を除き、悪いもしくは微妙ですが。
海戦による英海軍撃滅や大陸封鎖令の他に、ナポレオンがイギリスを屈服させる方法は 無かったのでしょうか?
599 :
世界@名無史さん :2012/05/04(金) 01:31:48.98 O
>>596 百越族が建国したから「越」国なのか、
越国やその末裔の支配下にあった民族だから百越なのかどちらなんでしょうか。
占領すればよい
模試でリグ=ヴェーダの『』をつけ忘れたのですが減点されますか?
602 :
世界@名無史さん :2012/05/04(金) 10:04:40.18 0
レンズっていつ頃から使われてたの? アルキメデスのシュラクサイ攻略でローマの船を云々とかいってるけど 望遠鏡とかってそのころからあったのかな
使われ出したって言うならやっぱ17世紀入ってからじゃない オーパーツだなんだっつって古代の遺跡からも磨かれた水晶やガラスでレンズっぽい形してるのも出てきてるらしいけど あとアルキメデスの逸話はレンズと言うより鏡?
17世紀からってのは、望遠鏡による天体観測であって レンズそのものの使用はもうちょっと前からじゃないかな 600年の歴史を持つ(世界遺産にも登録されてる)ベルギーの バンシィのカーニバルでは眼鏡を掛けた仮面の男「ジル」の 行列が祭りのクライマックスを盛り上げるそうだから 祭り発祥の当時からレンズが使われて、知的階級のステータス として知られていたことが判る ちなみに、レンズの概念は古代エジプトのヒエログリフからも 伺えるらしく、皇帝ネロもエメラルドのレンズを付けて闘技場観戦を したとの記録もあるらしい
越人は現在のタイ・ベトナム系の人々 全身に入れ墨していたとか海に潜って貝を採集していたなど、倭人と生活習慣が似ている (これは魏志倭人伝が越人を模して倭人を創作した可能性がある) 歴史的には この越人が台湾から沖縄を経由して日本に稲作を伝えたと言われている 古代弥生米も同じジャポニカ米なので
607 :
世界@名無史さん :2012/05/04(金) 16:34:25.35 0
今日は憲法記念日だから、それにちなんだ質問をいたしますが ウヨ・サヨはいつごろからあったのでしょうか? フランス革命の時の議会の席順で決まったと一般的に言われていますが? あの時代から時代環境が違うのにたいていの国ではウヨ・サヨと相手に レッテルを貼って攻撃をしているような気がしますが?
18世紀後半、独立戦争・フランス革命での 王党派と共和派の対立顕在化からだ アナーキスト(極左)・社会主義(左翼)・リベラル(左派)・自由主義(右派)・伝統主義(右翼)・レイシスト(極右)と 今で言う姿に分かれてくるのは19世紀後半。
心性の原理で 今の自分が恵まれないのを 体制と天皇制含む社会伝統のせいにするか、在日・部落のせいにするかの違いだけ 政治論抜きで、酒飲ませて一緒にアニメ見せたりすると 案外仲良くなれるんだよウヨサヨは。 三島と全学連も共通点見つけられたし、菅と与謝野は碁で友人同士
611 :
世界@名無史さん :2012/05/04(金) 18:09:05.07 0
済州島からきた朝鮮人 北朝鮮にいってその後どうなった?
612 :
世界@名無史さん :2012/05/04(金) 18:28:04.30 0
中継貿易でもうけていたころの琉球王国の一人当たりGDP的なものって分かりますか? 資料の不足とか算出の方法に問題があるんでしょうけども、 どのぐらいの経済力があったかという漠然としたイメージがつかいみたいのです。
フランス革命の議会の席順は単に右翼左翼の語源になっただけで、互いに右・左と呼び合った訳ではない。 むしろ山岳派(高い座席・急進派)と沼沢派/平原派(低い座席・日和見)のほうが 当時はウヨサヨ的なレッテルとして使われていた、がこっちの用法は残らなかった。
1800年前後に生きていたヨーロッパの人々の気持ちや風俗が書かれている 本はありますか?
615 :
世界@名無史さん :2012/05/04(金) 21:00:23.26 0
616 :
世界@名無史さん :2012/05/04(金) 22:58:51.67 0
中東、北アフリカ諸国で1970年代以降イスラム原理主義がなぜ台頭したんですか?
第三次中東戦争でボコボコにされて電波宗教と陰謀論に逃げた
619 :
世界@名無史さん :2012/05/05(土) 00:35:15.85 0
エリゼ宮、パレロワイヤル、フォンテーヌブロー宮殿 ヴェルサイユ宮殿、リュクサンブール宮殿、ルーヴル宮殿 フランスの宮殿はいろいろあるけど 格式が最も上位なら5ツ星、もっとも下位なら1ッ星とした場合の採点をしてください。 よろしくお願いします。
>>616 そのころのイスラーム諸国の多くは経済が停滞し、経済格差も広まって国民に不満が高まっていた
そしてその困窮の原因は伝統的イスラームの教えの軽視と西洋文明の浸透にあると考えたから
その結果「ムハンマドの教えに還れ」という運動が盛り上がった
むしろアラブ世界に自由主義・社会主義かぶれの反イスラームが蔓延していたことのほうが異常 そういうのはトルコの不信心者だけでいい アラブの春は民衆がそれを糺して「原理」に戻したイスラーム革命。 まあ、最大の反イスラーム国であるサウジで革命が成功しなかったのは残念だが
アラブの春はそういう面があるのはいなめないんでないの? アラブの春は (1)独裁体制の崩壊と民主化 (2)リビアでのNATO諸国(フランスイギリスイタリアアメリカ)の (反政府派への支援の形での)戦争の関与 (3)世俗主義政権が倒れたことによって、イスラム主義が政治的に影響力を持つ (4)アフリカ連合のさらなる形骸化 があげられるわな。民衆が本来イスラム主義的かという点と、反イスラムが異常な状態かという点はちがうと思うが、 結果的にはそういうことになったといえる。
しかしイスラム化しても根本的な話、民族問題は解決しないから意味無くないか?
現実逃避出来るじゃん
>>642 アラブの春については中東調査会の中東研究や
諸々のレポートを読んで貰えば分かるが、毎度おなじみイラン嫌いの
山内のイスラム論的には君主制の勝利・共和制の敗北って感じかね。
イスラムの流れそのものはスンニやシーアなどが
相変わらずナショナリティと結びつき、汎イスラム的な団結力には
結びつかない事が再度確認された感じ。
朝鮮史に詳しい方にお聞きしたいのですが、 現在の朝鮮民族のルーツはどこにあるのでしょうか? ツングース系と思われる王朝が多く現在の朝鮮民族は どこから現われたのかいまいちよく分かりません。
629 :
世界@名無史さん :2012/05/05(土) 23:18:40.73 0
| |l ̄| | |l民| | |l主| | |l党| | |l_| | .|_∧ | .|`∀´> | .⊂ ノ | .| ノ  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 民主党とAKBの関係が遂に明かされようとしている 秋元康の後ろには蓮訪 蓮訪の後ろに前原、枝野 そして民主党全体 税金を使ってAKBを宣伝し、その税金が民主党に流れている AKB自体が、税金目当ての捏造ブーム
後漢においては前漢の皇族はどういう扱いをされてたんですか? やっぱり優遇はされていたんですか
初歩的な質問かもしれないのですがアドバイスお願いします。 1940年にドイツはノルウェーを侵攻しましたが先日少し調べた所、イギリスがノルウェーに侵攻する前に先手を打ったとありました。 イギリスはノルウェーを支配下に置くつもりだったのでしょうか。それともドイツに襲われる前に保護?するつもりだったのでしょうか。 その前後の流れがいまいち分かりません。アドバイスお願いします。
>>632 戦略的に、必要だろ。
ドイツ東部と北海・大西洋との航行を断つ目的。地図見れよ。
何も答えになってない。馬鹿だろお前
635 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 14:38:48.38 0
どう扱うつもりだったのかという質問で どうして必要だったのかの質問なんて確かにしていないし、 ただ蘊蓄言ってみたかっただけだろうね。
どう扱うって、んなもの、敵船の航行を見張ったり邪魔したりするだめだろ
一般論と勝手な憶測で答えるな。馬鹿が。
要は中立候補国にイギリス野郎が侵略しようとした所を 善意ある我らが第三帝国が守ろうとした訳だね。 やはり枢軸は正義だな
640 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 17:10:33.60 0
3B政策3C政策って今だんだん廃語っぽくなっているようですけども、 その用いられなくなっていった経緯はどのようなものですか?
641 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 17:22:52.94 0
当時のマスコミが煽った勝手な名称で実際はそんな政策実在しないから
>>632 ストラトフォード作戦だな。
元々ノルウェーは鉄鉱の重要な産地だし、ここを得る事は重要な意味を持つ。
ドイツ侵攻と共にオスロ駐在の英領事・仏領事の資料が押収されて、
大体ドイツの侵攻より十時間後に南ノルウェーの三港を起点とした
侵攻を企図していたこと、これはノルウェー政府の黙認の上で、
その場合、(少なくとも政府レベルでは)大人しく英仏の占拠を受け入れ、
連合国側に参戦することにしてた事などが分かった。
後にはドイツに相手が変わった売国奴政策だな。
これらの公文書について詳しくは(今もあるかどうか知らんが)当時の
ドイツ白書を一通り見るのがいいんでね。
>>640 簡単に説明すると、
大戦の後にはバクダッド鉄道がドイツから離れた事もあり、死語になった。
加えて3A政策のアジアについてはベーリング鉄道が30年代初頭の調査で
どうも無理じゃねという事が分かり、更に起点をなす支那の利権を始めとした
各種鉄道利権を(イギリスへの膨大な借金により)支那が買い戻し、
事実上これの独占が不可になった事、
ロシアが東清鉄道への興味を失い、それを英国への対抗勢力とするのも
難しくなった事、アメリカにおいてはともかく、ヨーロッパにおいては
自動車との競争により国有化に近づき、大量の投資を集める事が
困難になったなど、鉄道情勢の変化が挙げられるかね。
644 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 17:41:04.75 0
丸投げしたいんですけど
麺を鍋で3分間ボイルするのが3B カップにお湯を注いで3分待つのが3C
646 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 17:53:25.96 0
江戸時代の日本は(比較的)識字率が高かったよみたいなことをいって、 でそれで日本はすごいんだみたいなことをホルホルする人っているじゃないですか。 その源となっている江戸時代ageの空気っていつから出て来たのですか? 明治時代には近代化のために江戸時代を遅れている風にとらえる傾向が強かったでしょうし、 戦後は経済成長はなやかなりしころでそういうことはあまりなかったでしょうから、 結構近年なんですかね?
>>646 大老井伊直弼もヒコにゃんでイメージupしたし
識字率は江戸幕府の実力者井伊一族の名誉回復になると思う。
オレはヒコにゃんが怪しいと思っておる。
>その源となっている江戸時代ageの空気っていつから出て来たのですか? バブル期の江戸ブームの辺りじゃ?
649 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 18:11:08.49 0
西晋滅亡から明建国までのシナの歴史の流れを把握できる良い書籍はないでしょうか? 私が持っている世界史の教科書は中国史に割いているページ数が異様に少ないので、 教科書の場合は出版社も教えていただけるとありがたいです。
>>638 >>642 とてもよく分かりました。ノルウェー政府公認の英軍侵攻にドイツが先手を打ったのですね。
いままでのモヤモヤが取れて感謝です!
>>649 とりあえず岩波新書の中国の歴史(上中下)はどうだ?それ程難解でないから高校生でも読める。
652 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 18:51:11.94 0
>>651 ありがとうございます。
近いうちに購入してみます。
653 :
世界@名無史さん :2012/05/06(日) 23:30:46.64 0
ハル・ノート出す頃のアメリカって、日本と戦争やる気まんまんだったの?
武器の売買でアメリカが「俺は(儲けるなら)売るかもしれんよ」 といったのが各国が軍縮に同意しなかった大きな要因であるように、 またワシントン条約の結果、日英の軍備増強が図られたように、 戦後、全体的に大戦準備を食い止める努力をしていたというよりは、 むしろそれを積極的に進めていたのは確か。 これは「戦争の危機」がないと愚民共が納得する軍需産業の需要はないし、 それを演出する政治をしなきゃ資本家達から嫌われる。 ただ、あくまでも危機はデモストレーションであればいいのであって、 本当に起きて欲しいとは思ってない。そういう意味ではブチ切れた 日本は憎まれてる。
あと、誤解のないようにいっておくが、 当時の「力の外交」の価値観として、儲けるために他国を利用し 軍事的緊張を高めるというのは、ドルという絶大な力を持っていた アメリカには許されてるから、 この点について日本が正当化される事はあり得ない。
656 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 00:36:09.38 O
秀吉と家康はキリスト教を弾圧しましたが、理由は植民地化を防ぐため。 他の途上国が植民地にされているとあの時代にどこで情報を仕入れたのでしょうか? もしキリスト教を許可していた信長が将軍になって織田幕府を作ってたら 日本は植民地だったでしょうか? だとしたら明智光秀はそういう意味でもっと評価されるべきでは? 謀反人より日本の植民地危機から救った武将みたいな
信長は天正4年に嫡男に家督を譲って国内は任せていたから 世界征服を狙っていた。 だから、植民地になる恐れなんかなかーたよ。
当時スペインやポルトガルと戦争状態にあったオランダが世界中にふれ回った。 当時の日本は銃火器においては世界屈指の高火力といわれていたから、 そう簡単には征服できないだろう。 すくなくとも、インカやアステカとは違うということだな。 じっさい、スペインのスパイが本国にそのような報告をしていたともいわれる。 宗教というのは難しい問題だな。 近代に入って、信教の自由を受容できるくらいに国家水準が上がっていないと、 野放図な宗教寛容は国を乱す元になる。 秀吉や家康が禁じたのは正解だな。 信長も民衆が反抗するようになれば、 秀吉、家康以上の熱意をもって弾圧しただろう。
秀吉に船乗りの財産没収された挙句、家康が出ていけと言った時点で引き下がってる時点でお察し下さい そもそも後になればなるほど両方とも大軍を船に乗せてやって来る余裕がなくなっていく。 ポルトガルは16世紀半ばからさっさと右肩下がり、1580頃にはスペインに実質併合。 そもそも元の人口が大したことが無いので、近場のモロッコ侵攻時も本国軍は1万が良い所で後は傭兵(つっても数千、金かかるし)。 スペインのマニラ制圧の際も500人しかいない訳で、エンコミエンダ制の範囲内が精一杯でしょう。 そもそもスペインはカトリック馬鹿丸出しで戦争しまくってたせいでそもそも余裕が無い。 そんな兵隊都合する暇があったら稼ぎ頭のネーデルランドの反乱に流し込む方が先でしょう。 フェリペ2世の時分には国庫が4回破綻しとるし、そもそも危険な綱渡りをやってたのが実情。 それでも馬鹿が出来たのはオランダ経由で入って来るバルト海の富と新大陸の銀のおかげ。 信長が死んだ頃にはとうとうオランダ北部が実質独立してまた戦争、既に経済状況が怪しくなって来る。 秀吉の頃にはアルマダ敗戦、ズブズブとイギリスとも戦争開始。 1590年からは増税、悪貨鋳造でインフレが加速、また国庫破綻、経済は完全に右肩下がり。 あとはスペイン暗黒の17世紀へ転落まっさかさま。 スペインが日本で無双したければ、かなり早い時期に恐ろしく薄いチャンスを狙わないと無理かと。
660 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 10:28:33.71 0
>>654 満州から手を引け、というのもデモンストレーションだったと?
一時的に撤兵したらアメリカも態度軟化させたと?
661 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 10:30:11.53 0
>>654 満州から手を引け、というのもデモンストレーションだったと?
一時的に撤兵したらアメリカも態度軟化させたと?
>>660 アメリカ資本が日本に進出してドル散布政策していたと思うよ。
基軸通貨にしたがっていたのは、ルーズベルト時代から一貫していて
それは戦後に確立するのだからね。
663 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 11:10:44.49 0
上杉謙信女説っていう無理のある説があるじゃないですか。 では日本以外でもだれそれは実は男or女っていううそくさい説はあるのですか?
>>663 生涯独身だった人は一度は女性説が出てそう
スウェーデン王カール12世とか、ミイラが保存されてるにも関わらず一時女性説があったと聞いたような
まぁ確かにね 「ミイラがちゃんとあるじゃん」と言っても「それは女であることを隠したかった当人が用意してた影武者の死体だぜベイベ」と言われると筋は通るものな 事実かどうかはともかく
戦国バサラとか戦国無双とか、 ああいうのうそだから。
ああいう「馬鹿ゲー」をやった後、「女性説」を真に受ける人って 何も考えてないよね。
自分の子供に男がいるいないでは凄まじいデメリットがあるからな 世界中の長い歴史の中で深く考えないでよしコイツは男だっていっちゃう王様もソレなりにあったんじゃないか どうせ身内ばかりに囲まれて暮らしてるしな男って書いとけなんて言われてたら後世からわかりゃしない
永楽帝朱棣のように傍系から簒奪かけてしまうこともあるので 世子・世孫をたててもムダな時はムダ。
670 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 16:39:20.32 0
いま「冬のライオン」という12世紀の英国を舞台にした昔の映画を見てるのですが この頃のフランス国王ってフランス諸侯から貢物や税収を得てなかったのですか? フランスでは諸侯に対する国王の権限ってどんなものがあったのでしょうか? なんかこの映画ではヘンリー2世がフランスのフィリップ2世に対して横柄なんですが。
>>670 形の上では国王の臣下でも、ヘンリー2世はアンジューやアキテーヌなど、フランス王の王領よりも
はるかに広大な領地をフランスに有していたのだから、そりゃ横柄にもなる
中世のフランス王の王権の弱さはガチ もちろん中世とはいっても時代がくだるごとに少しずつは強化されていったが そもそもカペー朝の成り立ちからしてもフランス王権が弱いのは自明なわけで フランスの王権強化は十字軍と百年戦争終結以降 つまり近世になってから
674 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 18:29:54.99 O
カペー家以外の諸侯が王になる可能性もかなり高かったのだろうか?
675 :
670 :2012/05/07(月) 18:53:25.49 0
みなさま回答ありがとうございました。 国王なんだから諸侯であるアキテーヌ公は年貢などを国王に差し出さなきゃいけないと 思っていたけど、そうじゃないってことなんですね。 ヘンリー2世の後、じわじわと王権を強めていくわけですね。 アドバイスされたことを頭にいれ、理解を深めていく所存です。
>>675 それぞれの所領からの上がりは諸候の物。江戸幕府だってそうでしょ。
諸候の領地を縮小して王権を強化し、やがて領地を失った者は王宮の廷臣になって行く。
677 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 19:12:01.93 0
>諸侯であるアキテーヌ公は年貢などを国王に差し出さなきゃいけない それに近いことをやったのが豊臣〜徳川のいわゆる「天下普請」
初期状態では共に諸侯分裂状態から絶対王政まで統一したフランスと『死亡』したドイツ(神聖ローマ) どこで差がついたのか……
679 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 20:20:13.15 0
王統断絶が繰り返され、大空位時代があったのが決定的要因
統一というのは戦争がないと進まないものだよ。
681 :
世界@名無史さん :2012/05/07(月) 20:31:51.67 0
という統一見解で・・・
カペー朝は代々男の世継ぎがいたので300年以上続いている 分家筋のヴァロワ朝、ブルボン朝も含めれば800年以上
683 :
670 :2012/05/07(月) 20:39:29.66 0
>>676 言われてみれば江戸幕府と同じことなんですねっ!目にウロコがいっぱい張り付いていました。
>>677 なるほど ありがとうございます
>>683 ただし江戸幕府の場合は幕府から与えられた所領を継承する段階でも代々、幕府の許可が要るけど、
あちらは個人の所有物だから王が口を出すとか無いし、婚姻や相続で所領が特定の個人に集中する
事もあり得る。
>>661 満州については、そもそも当時ポーツマス条約(追加第三条)が
継続し適用されてたんだから撤兵しなきゃならんので、
アメリカ以前の問題だろ。
>>655 しかし、そういう各国は東京裁判がインチキだったって結論も暗黙なんだよな
これを正当だと思ってるのは日・中・北南朝の4カ国だけで
鉄道警備隊は対象外だったので、偽装名目が立てられるザル条約
>>686 正当だと思ってるのはアメリカはじめ連合国。
勝者が都合のいいように敗者を裁くのは当たり前。
むしろ連合国主体でアジアの利益はほとんど考慮されていないから
中国・朝鮮がどれだけ納得してるか怪しい。
690 :
世界@名無史さん :2012/05/08(火) 10:04:17.80 0
日本がまあ陸軍とかがトチ狂っていたからあり得ない話だが 万が一にアメリカに譲歩して一時的にせよ満州から撤兵したらどーなっていたのかね 太平洋戦争は起こらない アメリカはそれでもユダヤ系の圧力あったから強引に対独宣戦布告 ナチスは崩壊 中国はまた国共で仲間割れ、最終的には国民党が勝つ? アジアの国の独立はさらに遅れる(まあヨーロッパの国々も相対的に地位低下していたとか植民地みたいなものをいろいろな意味で持ちづらくなっていたから早晩手放していたとは思うが) こんなとこか?
満州を手に入れた以上中国との戦争は不可避 そうなればアメリカが出てくるのは確実だから 満州は日本の命運を終わらせた存在なのかもしれない
スレチもいいとこだが一言だけ言っておこう 本当にこの国の政治家はどの政党も人間のクズばっかだな
次
695 :
世界@名無史さん :2012/05/08(火) 19:57:08.62 0
ブータンについての質問なのですが インドの諸王国が次から次へとイギリスに侵略されて 英領インドに併合されていく中でなんでブータンは 独立を保つことができたのでしょうか?
>>695 ぶっちゃけあんな山のところとってもうまみないから
影響下においとけばいいって考えた
イギリスの保護国だったろ
直接支配する意味もないくらい何にも無いところだったから
ブータンはインドじゃないもの。 顔見ればわかるだろ。
1910年のプナカ条約により、1949年までブータンはイギリスの保護国となり 宗主権下の藩王国と同列に扱われた
>>688 一概に連合国と言うけど
豪州・・・天皇処刑
ソ連・・・天皇・関東軍追及
米国・・・調整に追われる
中国・・・妥協的
印度・・・日本無罪
全然思惑違うよね
一概に連合国の思惑が叶えられた裁判でもない
702 :
世界@名無史さん :2012/05/08(火) 23:19:40.03 0
質問です。 中国の史書を見ていると日本は呉の太白の子孫、 もしくは越に滅ぼされた呉の遺臣が建国した国と書かれており、 どうも当時の倭人も一時期はそう自称していたようです。 もちろん、本当に日本人の祖先が呉の人だとは思いませんが、 文化的には江南の文化はどの程度、古代の倭と関係があったのでしょうか?
百済に南の六朝文化が渡来してきているので 7世紀頃は強い南朝の影響がヤマトにもあったと思います。
稲作とか、漢字の読み方(呉音)とか、鉄器とか、
>>702 3000年前〜2200年前というのは中国の春秋戦国時代で北からの野蛮人の圧迫を避ける形で
南進したり当時開けていた海上交通で逃れた人は相当居たようです。
中国南西部、ベトナム、日本に同じDNA型が見られるのはそのためだろうと。
ただ、既に日本に住んでいた縄文人と交配する形で徐々に移住してきたので、
呉(春秋)が祖先というより、縄文人+呉人が日本人の祖先でしょう。
入墨 なれずし 銅鐸 養蚕 呉服
707 :
世界@名無史さん :2012/05/08(火) 23:44:16.02 0
歴史書に書いていないデタラメいうな! 人類学の仮説を世界史板で使うのはヤメレ!
歴史書に書かれたもの以外は 現代の歴史学では扱わないんですか?
ヒトラーの『我が闘争』を読んでていて疑問に感じたんですが 彼のいう所のアーリア人というのは歴史上に実在したんでしょうか アーリア人とは便宜的に人種をカテゴライズした1グループに過ぎず 本当に当時の人々がアーリア人としての意識を持っていたとも アーリア人文化といえるほど統一した文化があったとも思えないんですが
イギリスがインド支配を正当化するときの理由として 「インドとイギリスは同じアーリア人の末裔」って言い出したんですよ。
>>708 とりあえず税の記録、公文書、占いの記録、日記、教典、契約書なども扱うんじゃないかと
元々はコーカソイドと似たような意味だったはすです。
歴史は推理ゲーム 書いてあることを無視して書いてないことを想像する学問ってゆってた
714 :
世界@名無史さん :2012/05/09(水) 01:18:38.04 0
>>707 そうなると歴史書に書いてあるとおり日本人は呉越の末裔となる。
715 :
世界@名無史さん :2012/05/09(水) 01:33:21.02 0
それか天津神の末裔かw
>>709 起源の問題ではなく、
アメリカのWorld Almanac等、当時の社会では一般的に
進歩的白人=アーリア人種という意識があった。
帝政ロシアを除けば、これはユダヤ人も含む。
欧州の各国では実際のところアーリア人種のみが公職に就いていたし、
インド人や支那人といった黄色人種への差別はイギリスやアフリカ等、
各国でなされ、アメリカではまた黒人は黒人議員誕生から1920年までに
分かっているだけで5000件以上(被害者およそ数万人)の私刑が行われ、
うち殺人罪で起訴されたもの僅か二名と、
大体アーリア人種優越論は世界的な常識となっていた。
これを公的に法律化したのはドイツという事になるが、その特徴を
各国と比べた場合ユダヤ人排除にのみ求められる。この点では若干の差異は
あったにしろアーリア人の文化は近代において統一されていた。
日本では、よく戦国時代が漫画とかテレビゲームとかでよくあつかわれますが、 外国でも、この時代が知名度があって、ほかはそれほどないという差があると思います。 たとえば西欧だといつが知名度があるでしょう? フランスだとやっぱりフランス革命・ナポレオン時代?
例えばギリシャなんかだとギリシア独立戦争以前だと 古代ギリシア時代>>ヘレニズム時代≧古代ローマ時代>トルコクラティア時代>ビザンツ帝国時代 くらいかな
>>717 欧州文化ってラテン語的知識背景が濃厚だから(ゲルマンやケルト風な影響も他には見れる)
ローマ時代(主に帝政時期)が文化背景が各国共通認識になりやすいんじゃね?
語学的観点から英語勉強の自分的に述べてみると。
本当は現代の問題を書いてるんだけど、 それだと訴訟を起こされるから、 中世のヨーロッパのお話ですぅ、、、 って言って放送してるだけ。
ふと 思ったんだが、 ドイツやイタリアとかの人達も、明治維新で諸藩統一されたような統一国家時代経過してるから、 同じような 『ドイツ維新』や『イタリア維新』みたいな革命的出来事を重要視してるのかな? イタリアは歴学者以外はルネサンスやマキャベリズムの方が影響強そうだけど
開封の大昔の街が地下に埋もれているのは黄河の氾濫が原因と聞いたけど、 ローマの遺跡が地下に眠っているのは何故? テヴェレ川って、別に超大河というほどの規模じゃなさそうだけど
塵も積もれば山となり、地上に出ていた部分は風化したり、人為的に破壊されたりする 日本に黄砂が降るごとく、欧州にはサハラの砂が降り注ぐ 大河でなくても土砂は常に流れてくるから、数百年も堆積すれば埋まる
724 :
世界@名無史さん :2012/05/09(水) 16:36:37.13 O
>>717 ドイツでは三十年戦争が日本の戦国時代のポジションになるらしい
まあ一般的に、だいたい国が混乱してる時や、大きい戦争の時、また、国が大きく発展した時は知名度高いわな
一瞬萌えキャラ化されたグスタフ・アドルフを想像してしまった
>>722 ローマって街の上に新しい街を作ってきたんじゃなかったっけ。
前やってたテレビ番組では今のローマは3層目?くらいって言ってたような…
民神よりマルチ失礼します。 中世インド(東アジア)におけるイエズス会の活動について言及している論文で 何かオススメもの、皆さんが面白いと思うものなどがございましたら教えて頂けないでしょうか?
何故第二次大戦中にドイツによるウクライナの占領統治の担当者は、ハイドリヒがチェコでした ような、アメとムチを巧妙に使い分けた巧みな統治をせず、ムチ一辺倒の拙劣な統治をしたのでしょうか?
チェコは機関銃で有名なスコダ社をはじめとする東欧の軍需産業の中心地だったから、 総力戦の段階にあっては、アメとムチを使い分ける必要があったということじゃないかな。 ウクライナは農業地帯だから、事情は異なるし、ウクライナこそ主戦場であった。
>>721 ドイツは「維新」じゃなくて、プロイセンによる強引な統一。
そもそもそれ以前はハプスブルク中心に統一を進める意見もあったし、
プロイセンはどちらかといえば軍事で成り上がった新興国。
それにドイツは第一次大戦後に皇帝を退位させた本物の「革命」がある。
キャサリン・オブ・アラゴンがもし健康な男児を、それも複数生んでいたらイングランドの歴史はどうなっていたのでしょうか カトリックから離脱するようなことは少なくともヘンリー8世の御世にはなかったのでしょうか
735 :
世界@名無史さん :2012/05/10(木) 01:33:25.74 0
7年戦争直前でオーストリアとフランスが同盟しますが、 ちくしょうブルボンのやつらと組むなんて……みたいなことを書いた文書って残ってますか?
維新って英訳はモダニズム(近代化)だからな
若干板違いかもしれませんが質問です 今年のロシアの大統領就任式を見て思ったんですが、メドベージェフはどの瞬間まで「大統領」であったんでしょうか? プーチンが宣誓をした瞬間まででしょうか?
>>734 一見するとヘンリー8世の家庭の事情にみえる件ではあるけれど、
大きくはイギリスの国策に適った動きであると思う。
じっさい、イギリスから富を吸い上げるばかりで何ももたらさないローマ教会にたいし、
国民のほうが愛想を尽からかしていて、ヘンリー8世の行動をむしろ歓迎したのではなかったか。
ヘンリー8世はすぐれた政治感覚の持ち主であったし、
教会財産の没収等を通じて国内の統一と王権の強化を進めたといわれる。
遅かれ早かれ、そのような動きは起きたんじゃないだろうか。
>>737 政治の世界に最高権力の不在は許されないから、
プーチン大統領の宣誓と就任まで、
その地位にあったと思います。
>>739 ってことはロシアに関わらず大統領制をとっているアメリカなどもそうだと考えていいんでしょうか?
>>740 基本的には新大統領と前大統領が署名した就任書類の日付で交代するみたいだね
日本では国会による指名の後に天皇陛下の御名御璽による裁可が下って就任という形になる
任命式典で前首相立会いの下、天皇陛下が新首相に任命の官記を手渡した瞬間に任官される
他の国でも前・新両大統領の署名入りの紙を手渡す式とかやるんじゃないか?
アメリカの場合ではアメリカ合衆国憲法修正第20条によって大統領選挙一般投票翌年のアメリカ東部標準時1月20日正午から新大統領の任期開始となる
その任期開始とあわせて就任の宣誓が行われて、法的手続きが完了となる
つまりその日の午前11:59までは前大統領の任期ということになるね
Le roi est mort. Vive le roi!
中国では俗世を嫌い隠者となった聖人の逸話や 実際にそういった存在に憧れて隠居した著名人も多くいますが 西洋では有名な隠者って誰かいるんですか?
744 :
世界@名無史さん :2012/05/10(木) 14:42:42.64 0
修道院がそれに相当するんじゃないかな
聖アントニウス(80年間砂漠で隠棲)とか聖シメオン(塔の上で40年間暮らした)とか
>>741 アメリカは一応は明記されているんですね
さらに政治的空白で思ったのですが、ケネディ大統領が暗殺されてほぼその日のうちに次の大統領が就任しましたが日本の故小渕首相の死亡後、森首相が就任するまで若干の期間が空いていましたがそれはやはり君主である天皇陛下がいらっしゃるからでしょうか?
他の立憲君主制をとっている国も同じなのでしょうか?
747 :
世界@名無史さん :2012/05/10(木) 16:44:19.74 0
748 :
世界@名無史さん :2012/05/10(木) 16:48:58.71 0
>>746 君主がいるいないよりも、危機管理意識の問題じゃないかな
政治的空白の間に、大災害や他国の侵攻があったらどーすんだっていう
日本は災害の多い地震・火山国なのに、その意識が低すぎる
>>746 >森首相が就任するまで若干の期間が空いていましたがそれはやはり君主である天皇陛下がいらっしゃるからでしょうか?
首相指名には国会での投票がいるんだから、時間がかかるのはあたりまえなのでは?
流会にならない数の国会議員を東京に集めないとどっちみち無理って制度なんだから。
他の国でも、憲法などで定められた規定に則っての後継指名制度は、
暗殺・クーデターなどでの強引な指名を避けるための必要なプロセスと考えたら、
即座に就任できないことが当然なのではないでしょうか?
そのために、執務不能時の代行職とかあるわけですし。
総理経験者の閣僚宮澤さんがいたじゃないか?
アメリカの場合は、「水爆ミサイルのスイッチ」を誰が持っておくか? という問題があるよな
753 :
世界@名無史さん :2012/05/10(木) 19:18:33.46 0
余、朕のような君主専用の自称ってインドや中東にもありますか?
754 :
世界@名無史さん :2012/05/10(木) 20:43:10.00 0
ドイツ帝国のヴィルヘルム2世は先見の明が無いただの馬鹿ですよね? 祖父とビスマルクが苦心して作った帝国をあっけなく滅ぼしてしまって
イギリスの議会制度、イギリスの選挙、特に腐敗選挙区について書かれた本はありませんか?
>>747-752 みなさんありがとうございました
これからベルギーの政治的空白について調べてみようかと思います
スターリンは、何故最後まで国家元首(最高会議幹部会議長)の地位には就任しなかったのでしょうか? 実質的には国家元首も同然でしたが。
何故ソ連は第二次大戦直後の1946年に、中央官庁である人民委員部を省、 そのトップである人民委員を大臣に名称変更したのでしょうか?
>>743 ディオゲネスとかどうよ
隠者ってよりは露出狂だけど。
初の日韓軍事同盟が締結される雰囲気になってきた所で質問ですが 併合前の大韓帝国軍って、 第一次世界大戦時に、援段政策によって中国派遣軍が編成されたのと同様、 日本軍支援で構築されていたんでしょうか? もし仮に 併合前に対露戦争が再発したとしたら、日韓でこれに対する事になっていたんですか?
江華島事件から日韓併合までの間、
直接朝鮮の軍制に関与する事は無かった
>>760 支那通を軍事顧問として民国に多数送り出してたのとは事情が違うからね。
762 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 08:42:48.24 0
>>754 確かにこいつは誰の目から見てもただの馬鹿
俺の高校の世界史の教師は「若造」と呼んでいたなw
763 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 08:55:16.17 0
ヴィルヘルム2世の駄目な所は 自身に才能がないことを自覚して優秀な人材に任せればいいのに それを自覚せず一人ではりきってたこと 本人が無能でも優秀な人間に委任して治世が上手くいった君主なら山ほどいる
765 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 10:08:12.76 0
祖父もビスマルクも草葉の陰で泣いたに違いない イタリア王国もそうだな
君主のご意志は人民の計り知れないところにおわすのだから 君たち下賤があれこれ評していいような問題ではないのだよ
767 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 11:27:48.93 0
何言ってんだこいつ?
>>767 君、お許しを得てから発言したまえ。君主の御前であるぞ
バルス 次
>>754 逆
先見性はあるが、その先見性の実現のための足元を固める能力がなかった
むしろ先見性がありすぎて身を滅ぼす時代を先取りしすぎたタイプ
逆にビスマルクは当座を如何に凌ぐかという事に特化した人間で
ドイツ統一などは当座を凌いで気が付けば偶然のように手に入った結果に過ぎない
通説に逆張りすればいいってもんでもないような・・・
植民地争奪するから海軍増強したり 鉄道使った大輸送網構築を企図したり やろうとしてることは至極真っ当だよ それともドイツだけがヨーロッパに逼塞する? 無理無理 ヴィルヘルム2世の問題点は実現の手段が弱い 先見性はあるが先見性に伴った実行力がなかった
773 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 13:44:59.57 0
自分の教師も馬鹿と評価していた
我を賞賛することなかれ。賞賛を要せぬゆえ。 我に栄誉を与うるなかれ。栄誉を求めぬゆえ。 我を裁くことなかれ。我これより裁かるるゆえ。 (ヴィルヘルム2世の墓碑銘)
775 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 14:52:25.95 0
>>774 退位・亡命したあとではそれは空しい・・・
776 :
片岡数吉(カズヨシ) ◆RfalrQdqW73V :2012/05/11(金) 15:34:36.04 0
ナポレオンは何で世界を占領しようとしたのですか
人の権力への欲望に理由が必要かい?
778 :
片岡数吉(カズヨシ) ◆RfalrQdqW73V :2012/05/11(金) 15:46:32.96 0
じゃあナポレオンは只々権力を追い求めてた人ですか
779 :
片岡数吉(カズヨシ) ◆RfalrQdqW73V :2012/05/11(金) 15:49:32.36 0
たとえばアメリカの南北戦争は奴隷を解放するためにどうしても仕方なかったと行く気がするんですが
780 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 15:58:17.90 0
カズキチ君、貴殿は物事を単純化し過ぎるな
始皇帝の墓の兵馬俑はそれぞれ顔が違えて作られているっていうのは有名ですが、 その兵士の顔つきをまとめた「兵馬俑の顔一覧」的なものは出てますか?
782 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 16:38:27.71 0
「兵馬俑の顔一覧」か そういうものを作れと命じらて始めた人はそのあまりもの単純さにさぞや飽きるだろうなw
783 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 19:24:49.02 0
>>778 あの時代はまだ世界征服が面白かったのだよ
今は世界征服をしても、あんまり楽しくなさそうな気がする
世界征服以前に始皇帝の私生活を見ていても、
ワーカーホリックぶりを見ていると楽しいとも思えないのだが
>>772 ヴィルヘルム二世は、大体国力に則った一般的な選択をしたというのが当時の見方だな。
要は凡庸。演説については「君主」として、後に「代弁者」と称せられたヒットラーと
対比される程度には優れていたらしいが。
それでも20年代にはゲルマン民族主義に基づいて世界の征服を企んでいたが
民主主義が勝利したという「カイゼル野心論」は広く世界に知れ渡り、常識となっていたし、
30年代に近づくにつれ、欧州大戦の原因がただ経済的な要因のみによったという
現実的な理解は、ドイツの復興と資本主義の発達、継続的なプロパガンダの前に
失われていったとされる。
ルパンを読むとカイゼルほど魅力的な君主は古今まれな気がするんだけどな。
本人乙
787 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 21:25:37.29 0
じゃあ、ニコライ2世はどういう評価?
日本でいう「元寇」に近い意味の語は 日本以外でもモンゴルの侵攻を受けた地域にあると思うのですが、 なんと呼ばれているのでしょう?
>>783 岡田斗司夫『「世界征服」は可能か?』が
ここの住人にも面白いかもな
世界征服の目的を粛清、賞賛、暗躍、管理の4類型から見ている
ナポレオンは管理型だったろうな
行き着く先は、神経症的で非享楽的な、ブラック企業管理職となんら変わらない結果が待ってるという皮肉
ある意味前述のヴィルヘルムもこのタイプじゃないか
>>787 ユダヤの娘との恋愛のために帝位諦めようとしたというのが
イギリス・アメリカの一般的なユダヤ系歴史家に高評価を呼ぶか、
低評価にするためにその事実を隠すかだ。
>>788 > 日本でいう「元寇」に近い意味の語は
各国の現地語がわからないと無理でしゅ
ベトナム、ミャンマー、ウズベキスタン、イラン、
元寇って、英語訳あるの?
792 :
世界@名無史さん :2012/05/11(金) 22:46:26.89 0
タタール人の襲来とか?
「元寇」は江戸時代にならんと現れない語で 当時は蒙古襲来とか文永合戦・弘安合戦などと呼んでいた
ナポレオンは軍事の天才で、戦えば勝った。 勝ったらさらに進軍する、進軍したら勝つ。 そしてさらに進軍。 …の結果、ロシアまで行ってしまってあぼーん 世界征服なんてそんなもん。 アレクサンドロス大王もそのクチ。
>>794 ナポレオン 1797イタリア→フランス→1806ドイツ、9年で500kmくらい
織田信長 1567美濃→1582信濃〜備前、15年で500kmくらい
ナポレオンの方が年数が短い
なんで織田信長?
>>794 アレクサンドロスの版図はディアドコイが継承してるだろ、なんでナポレオンと同列なんだよ
セレウコスがマケドニアを再統一さえしていたら ローマ、カルタゴとの三国時代が到来してたと思うと胸熱、そして口惜しい
アレクサンドロスが西に向かってたらどうなってたの ローマみたいのができてたの
あまり巨大な版図は築けないか、あるいは築いてもすぐ崩壊したんじゃないか? なぜなら当時のギリシアより西の世界は石器時代に毛が生えたレベルの文明度のところが大半で、大遠征に兵の士気が持たなかったことだろう アレクサンドロスが西ではなく東へ向かったのも、この理由によるものがある
ルクセンブルクのヨハン盲目王がフランス王のために戦死したのは何故ですか?
アレクサンドロスの半世紀後に、エピロス王ピュロスが西方遠征している とりあえずイタリア・シチリア・カルタゴを征服する予定だったが、 ローマの意外な粘りと現地のギリシャ人の扱いづらさで失敗した
フェニキア人のカルタゴが勝利してたら 今の欧州対中東という概念は無かったのかな オリエントとヨーロッパが渾然一体になってたんだろうか アラビア正教が独立してたり北欧がシーア派だったり
ローマ帝国「・・・」
>>803 多分、カルタゴとゲルマン民族が対峙しながらイスラムの勃興を迎えるだけで、そこまで大きな違いは無かったりして
カルタゴが首都のカルタゴ国がビザンツ帝国のようにギリギリでも生き延びられたのかね 日の出の勢いのイスラーム帝国に首都落とされて死ぬ気がしないでもない
ベネチアみたいな商業都市として仮に中世まで生き残ってたら夢は広がるな イスラームの前にスペインか十字軍かジェノバかどこかに滅ぼされそうだが
それ全部イスラームのあとだろ 例え存続してたって間違いなくウマイヤ朝の征服で即死だわ
まずキリスト教かイスラムに改宗してないとな バアル崇拝じゃフルボッコだ
ウマイヤ朝より前にヴァンダル族に滅ぼされてたりして
イスラムに改宗するカルタゴとか
>>779 >アメリカの南北戦争は奴隷を解放するためにどうしても仕方なかった
その認識は間違い
南北戦争が奴隷解放の戦争だったというのは、いわば後付け
北軍側も、最初から奴隷の全面解放をうたっていたわけではない(少数ではあったが奴隷州なのに北軍側に
ついた州もあったので、それらの州の奴隷はすぐに廃止するわけにいかなかった)
実際には、奴隷制に立脚した農業を経済基盤とする南部の農業地帯と、産業革命が進む北部の工業・商業
地域とで、求める経済政策も違うし、軋轢もある、そのため南部側が分離独立を求めた戦争
奴隷についての政策はもちろん、その軋轢の中でも大きいものだったが、別に北部のリンカーンは、南部に
奴隷を解放しろと強要はしていなかった(むしろ彼は、南部に妥協を示していた)
だがそれでも南部連合が分離独立を宣言したので、国家の統一を保つために戦争となった
で、その戦争中に、南部の農産物を輸入している英国などのヨーロッパ列強が南部に味方しないよう、それら
の国の世論を味方につけるために、リンカーンは奴隷解放を宣言した
奴隷解放は手段あるいは結果であって、戦争の目的ではなかった
高校生です。山川出版社の世界史Bを使っています。 殷〜唐までの中国史、ゲルマン人の大移動から第4回十字軍までの範囲で ここは狙われる とかそういうのあったら指摘してもらえないでしょうか…
814 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 00:13:26.64 0
高校のテストなら先生の趣味で決まるからそれを対策するしかない 大学受験ならセンターの過去問みろ
>>813 SHI☆RU☆KA
ここは工房のためのスレじゃねーんだよ
>>797 なんで世界征服をしたか、という動機の点で。
世界征服を狙ってたんじゃなくてどんどん勝ち進んでいっただけだから。
>>803 ローマ帝国の時代までは「地中海世界」という概念だった。
東ローマが一時期北アフリカを征服したこともあるし、
対立概念になったのはそれより後。
カルタゴが地中海世界を支配してたとしても
イスラム帝国が北アフリカを征服したら終わり。
817 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 00:18:00.71 0
紀元前史上最強の戦術家と言えば? アレクサンダー? ハンニバル? カエサル?
費用対効果で言えば墨子じゃね?
春秋戦国時代付近は結構おもろしいよね 中華のピークはあの頃なんじゃないだろうか
820 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 01:30:09.30 0
秦帝国の時点で、既に中国は下り坂だからね。 北方騎馬民族が侵入するとどこも大体そうなる。
821 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 01:41:55.22 0
儒学の官学化が他の思想や芸術の発展を阻んでしまったところもあるからね。
どの辺を見て中華のピークと決めてるの
>>822 俺は諸子百家ですね。上記返信レスにもありますが、
あの頃の思想的自由度は中華にしては変態的に思えてしまって。
あくまで主観的ですが。
824 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 08:26:55.06 0
特定の思想や宗教がその文明の中枢になってしまう以前の 多用な文化がまだ交錯してた時代の方が好きという人はどんな国でもいるね
思想的自由度をやるぞ・・・ といっていろいろ言わせておいて よくやったと宴会に招いて、毒を盛るのですよ。 朝鮮王朝の思想論争とかそんなもの・・・
826 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 08:45:20.78 0
論敵を物理的に排除するって中国や日本でもけっこうあったぞ
各部族の土着信仰を包摂した、
多神教文化のもとが人間が一番豊かな気がするな
>>824 凄惨なモロク崇拝やアステカ多神教は別として
それを一絡げに一神教教義や社会主義で縛るのは人間には結局合ってない、
余計な争いを産むのは歴史が証明するとおり
多神教と私刑・私法は極めて密接な関係にあるんだから、 「凄惨な」と、さも人間の価値観を共通に決められると確信するなら、 一神教に発展せざるを得ないと分かるな。
もう少しかみ砕いて説明してもらえるとありがたいです。 多神教と私刑・私法の因果関係が分からないっす。
830 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 09:30:46.12 0
宗教の本質は区内管理で思想はぶっちゃけどーでもいいって ところから始めなきゃならんのか? どの程度宗教の基本を理解してるか分からなきゃ説明も難しいぞ。
区内管理からして聞いた事ないよ。ほぼ無知と捉えてもらっても構いません。
とりあえず
>>829 を中心に俺のような馬鹿にでも分かるよう解説してもらえると嬉しいです。
833 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 10:07:39.45 0
宗教を純粋な社会の統治システムとしてみる還元論的な視点は 現在の宗教学や民俗学ではあまり支持されないけどね
在欧ユダヤ人は異教徒だけどキリスト教世界の法律には従ってきただろ 区内管理って今一わからん
ときに仏教ってヒンズー教の分派だよなあれ
せやろか
あきらかに。
内藤湖南とか宮崎市定とか、京都大学系の東洋史家が、 中国の都市古典文明の黄金時代は春秋戦国の頃で、 ギリシャの古典文明に相当するものであるといってたから、 <春秋戦国=中華のピーク>はほぼ通説であるといってもいいんじゃないか。
839 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 11:46:42.55 0
その理屈だと大抵の文明のピークは周辺国を統合する大国が誕生する以前だよね ギリシャの古典文明もシナの春秋戦国も 多様な国家が存在してあらゆる思想家が活躍できる可能性が存在したことが その基盤になってるんだから 当時の思想家は自分の思想を喧伝できる権力者や国を探して奔放できるって自由さが 危険と同時にあったし
大帝国ができると、 どうしても思想の統制というのをはじめるからな。 漢帝国は儒教を国家イデオロギーに採用して、 その他の思想を圧迫して片隅に追いやっていったわけで。 軍事勢力としての強大化と、 文明としての向上は別次元の問題だね。 日本も戦国時代がいちばん輝いていたと、 たいていの人は思っているだろ。
841 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 12:32:27.15 0
>>840 >日本も戦国時代がいちばん輝いていたと、
>たいていの人は思っているだろ。
そうか?町人文化が花開いた江戸時代だろう。
江戸時代か大正時代のどちらかだろうね、甲乙付けがたい 春秋戦国も、思想文化から見ればの話であって 黄金時代となると宋代か清代のどちらか
あー…。一からはさすがに面倒過ぎるし初歩だけな。 多神教という言葉の元来は、啓蒙主義の時代の宗教学によって用いられた。一神教特に キリスト教を宗教の発展モデルの最終と見立てるこの時代の多神教の意味は、一神教との 比較であって、宗教モデルそれ自体の性質を検討したものではない。 しかしながら啓蒙主義のキリスト教に基づく宗教学が、資本主義の発達と、外国への進出、 宗教のカテゴライズの曖昧さなどから、次第に廃れていくにつれ、言葉は一人歩きし、 そのような宗教形態があるという理解を形成するに至った。啓蒙主義の時代の宗教学が そうであったように、現代の宗教理解においてもこの用語の指し示す意味は曖昧である。
845 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 13:24:06.20 0
>>835 >>841 仏教と、ヒンズーバラモン教の違いは
アートマンの実在を信じるかどうかですか?
輪廻転生をどう乗り越えるかの違いですか?
空の思想の有無ですか?
おれもはじめて聞く言葉なんだけど、 ”区内管理”というのは宗教を政治のツールとしてみる、 功利主義的な見方をいうんだろうな。 そりゃいまの宗教学や民俗学の連中は毛嫌いするだろ。 自分たちの商売あがったりになるんだから。
立場によって見解が異なる ヴィシュヌを祀る寺院を訪れた参拝者にインタビュアーが突した 「ブディズムとヒンディズムの違いは?」 参拝者はにっこり笑って答えた 「同じです」
>>845 カーストの肯定/否定
細かい教義は知らないけど、そこだけはガチ
ヒトラーが侍医のモレルに、アンフェタミンなど依存性と 副作用の強い薬物を投与されて年々心身を蝕まれていったという話は本当ですか?
ヒトラーのおっさんは自分の考えで、医者から処方された薬の 量を変えていたという話もあるからなぁ。
権威って何?
茶千家や天皇が持ってて首相や日銀総裁が持ってないもの
??????????????????首相や日銀総裁も権威は持ってるのでは?????????????????・
具体的に説明願いたい 権力との境目が良く判らない どちらも人を動かす力なんじゃないの? 歴史では権威が問題になる事が結構あるけどその正体はなんなのかが良く判らなくなってきた 文化背景が違っても似たような作用を持つ権威はあるし
>>854 誰がなっても国民から粗探しと袋叩きに遭う役割の、どこに権威が?>首相
いつも神経質で死にそうな銀行屋トップにしか見られてない>総裁
統治すれども軽侮されるのが民主主義国家の権力者
そこに権威は無い
>>855 人を従わせる力というものはいろいろあるが、その力の源によって種類を分けることができる。
金とか名誉とかを持っているものは人を従わせる力があるが、その源は一言でいえば「利益」だ。
ジャイアンはスネオを従わせているが、その源は一言でいえば「暴力」だ。
権威というのは「伝統」とか「社会的な通念」とかを源にしている力だ。
ニンゲンは不合理なもので、いままで長い間それをやってきていると、
それを変えることを嫌がる人が出てきて、それが人を従わせることにつながる。
それが権威だ。昔国を支配した王家が、今は実権は失っているが、
昔は国を支配していたことによって、今も元王の家系ということで一目置かれるということが起き、
実権がないからといって殺してしまうのははばかられるということが起きる。
で、首相になくて天コロが持ってる権威って?
そろそろ政権交代しそうだから会うの止めとこっかな〜、が首相で、 思わずオバマがお辞儀しちゃって本国から叩かれるのが陛下、とか?<権威
>>857 分かりやすい解説ありがとう
しかし伝統や社会通念が何故そこまで力を得ているのか…
初めは実力で従えていたはずじゃなかったっのか?
なのにいつの間にか実力よりも権威の象徴である地位や王冠を巡って争っている事が多々ある
実力を与えているはずの軍要職が時代を下ると形骸化してしまい地位に相応しい実力を伴わず権威化してるなんて事も
利益や権利と違って実態がないから文化圏が違う権威を見ると凄く不可解に見える
愛社精神と奴隷根性の違いって何?
>>860 それは君臨した時間。
最初は力で権力を手に入れていたものが、
世襲を繰り返していくうちに既得権益となり
その家に生まれたら自動的に付与されるものになる。
そして自動付与される権力を持っている家が王侯・貴族として
羨望の的になる。
実力よりも象徴的な意味で敬われるもの、
あるいはその敬意を利用して人を動かすものが権威、かな。
>>861 愛社精神というのはある企業で活躍することで
いろいろとメリットがあるからよしやろうという意欲。
奴隷根性というのは、首になりたくないから非合理的な命令とか
不条理な態度とかとられても耐えるor気にしないという心理。
あるいは企業が使用者側に都合のいいことを被使用者にすりこんで
それにだまされている状態。
苦痛・搾取が動機にあるかそうでないかのちがいやな。
だが悪いものをきれいな言葉で表現する偽りが世の中横行しているので、 奴隷根性の体のいい言い換えとして愛社精神という言葉が用いられる。 そこで愛社精神と奴隷根性は実際は同じことが多い。 同じような関係の言葉として略奪と徴発がある。 略奪と徴発は基本的にはその過程で暴行がともなうかともなわないかという違いがある。 略奪は逆らうやつは殺すのも普通。 徴発は強制的に物資を奪ってはいるが建前上は抵抗する人を殺したりはしない。 だが実態としては境界線はあまりない。
↑それ、世界史の質問?
次
アラブやインドのラージャのレガリアってどうなってるの?
868 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 21:08:59.49 0
現存する海外の王朝でイスラム教の預言者ムハンマドの子孫を 称している家はどこかないでしょうか?
直系はない ムハンマドの娘と4代カリフ・アリーの子孫ならヨルダン国王のハーシム家がある
ヨルダンのハーシム王家、モロッコのアラウィー王家など ムハンマドの子供のうち男子はみな早死にしたので、 末娘のファーティマがムハンマドの父方の従弟アリーと結婚し、子孫をなした これをサイイドとかシャリーフといい、聖裔と訳されるが、けっこう無数にいたりする イラクのサドル家やイランのホメイニもサイイド
871 :
世界@名無史さん :2012/05/13(日) 21:33:43.63 0
ありがとうございます、娘婿の子孫しか現在はいないのですね。 ですが少し気になるのはイスラム社会では 娘の子孫という女系でもその子孫としての正統性が認められるものなのでしょうか。
872 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2012/05/13(日) 21:41:24.97 0
>>871 子孫として正当性が認められてるからヨルダンなどで君主として君臨できるんでしょ。
まぁ、イスラーム圏も基本的には男系の継承が多いんだけど、ムハンマドの子孫なんかは、
女系しか残ってないからね。女系でもそれなりに権威が保ててるんでしょ。
ていうか、アリーは一応ムハンマドの父方の従弟でもあるし。
>>871 ムハンマドの娘ファーティマは正統な後継者ですが、何か?
女系にも相続権や継承権があるのかって意味の質問だろうよ イスラム社会では女性も財産の相続権はあるし その子供にも継承権は一応ある
>>871 日本近代的な、男尊女卑の思想は忘れたほうがいいよ。
脱線かもしれないけど、「トゥーランドット」(なんちゃって中国)とか 「アイーダ」(なんちゃってエジプト)とか、ヨーロッパのエキゾチックものオペラでは 皇帝や王の娘が婿を取って跡を継ぐ、という設定が普通にあるみたいだね。 女系の後継者がいないのは日本と中国ぐらい?
ヨーロッパ自体が女王とか女領主とか普通にあるからな。
878 :
世界@名無史さん :2012/05/14(月) 02:32:53.09 0
トゥーランドットなどの作品に関しては考証がしっかりしていないから 細かい所で自国の価値観が出てきちゃってるだけだろ そもそも作者も「私たちのよく知らない遠い世界」ってイメージに都合がよかっただけで 別に舞台はインドやモンゴルとかでもよかったんだろう内容から考えて エジプトは時代や王朝によっては女王は普通にいる
だいたいトゥーランドット姫ってどんな名前やねん!
トゥーラーン(蛮族、異国)のドゥフト(娘、姫様)というペルシア語
何故ゲーリングは、戦前のうちにモルヒネ中毒を克服できなかったのでしょうか? ゲーリングほどの高官それも独裁政権の高官なら、国民に気づかれずに、秘密裏に信頼出来る専門医の 治療を受けることは可能だったと思うのですが。家族特に夫人は尽力しなかったのでしょうか?
4ヵ年計画の責任者していた頃のゲーリングは最もエネルギッシュな指導者として評価されていたのだけれど、 ヒットラーの戦争計画には反対していたといわれている。 そのため、戦争がはじまるとヒットラーとの関係は気まずくなり、重要政策の意思決定から外されることが多くなった。 その頃からゲーリングのモルヒネ中毒は悪化していったといわれているけど、 敗戦を予感していたんだろうな。 家庭生活が安定していた時期にはモルヒネはあまりやらなかったといわれている。
ホントかよぉ、と思ったけど原作があるのか。
>>881 中毒患者本人がその中毒から脱したいと願うこと自体がまれだろ
家族は望んだかもしれないが、本人にその気がなけりゃ、それもその本人が社会的に重要人物ともなると
なかなか専門医の治療を受けるってことはなかろう
885 :
世界@名無史さん :2012/05/14(月) 22:24:29.82 0
モルヒネは、覚醒剤とかに比較したらおとなしい薬だしね。
>>877 爵位で「女男爵(バロウズ)」なんてのがあるくらいだしね。
ルネッサンス期の女領主というとカテリーナ・スフォルツァとかもいるね。
ん? バロネスじゃなかったっけ?
かなり高度な服を作る技術がないと温帯以北には住めない(冬に耐えられない)と思うんだが、人類って体毛がふさふさしている時代に服を発明したのだろうか? 熱帯なら服はいらないし、不思議だ。
当初は素っ裸で熱帯に住んでいた。 そのうち服を着てマンモスを追って北方に進出していった。
890 :
世界@名無史さん :2012/05/14(月) 23:17:27.07 0
毛皮とか。 満州の粛慎族とかは体に豚脂を数センチに塗っていたとか。
針と糸(動物の腱などを加工した)があれば服は作れる。 別に高度な服なんて必要ないし、火を起こせれば生存圏は広がる。 毛皮を二重三重に着こむだけでも、空気の層が出来て保温効果が 高まるし。
そう考えると人間の生存環境適応能力ってかなり高いよな わりと大型なのに地球上の陸地の90%で生存可能って動物全体から見てもかなりのもんだろ そりゃ生態系の頂点にも立つわ
>>891 針と糸なんて作れるようになったのはせいぜい5000年前だろう。
それまで日本には人類は住んでなかった?
衣服の発明は7万数千年前らしい。 人間に寄生するシラミのうち、衣服に寄生するコロモジラミという亜種がいるが、 これは毛髪に寄生するアタマジラミと約7万年前に分化した。 この頃インドネシアのトバ火山が大噴火して気候寒冷化がおこり、 人類が衣服を着るようになったと推測されている。
熱帯で服が作られたという説だね。 でもまだ毛だらけだったのかな? 服がないのに毛が減って行くのはおかしいよね。
>>895 人間は短距離走では動物にぜんぜんかなわないが、意外に長距離を走ることができた
だから初期の人類は、長時間、獲物の動物を追って走り、獲物の動物が疲れるまで追った
体毛が濃いと、そうやって長時間走った時に上昇した体温が逃げていかない(つまり、体温上昇が
限界にきて、長時間走れなくなってしまう)
熱帯なら、なおさらそれが問題となる
それで体毛が薄くなる方向に進化した
でもゴリラもチンパンジーもオランウータンも毛深いよ。
>>897 そりゃ、ゴリラもチンパンジーもオランウータンも、獲物の動物を追って長距離走ることはないんだから当然だろ
走らなくなった人類はまた毛深くなるのか?
>>899 それはまた別問題だな
文明を築いたことによって、人類は走らなくても生きていける環境になっているから
むしろ、たまたま毛深い人は、異性に嫌われて、子孫を残せなくなる確率が高くなり、種内淘汰によって
毛深くなる遺伝子は排除されるんじゃないか
7万年前までは人類は熱帯か亜熱帯にしか住んでなかったということでいいの?
いや、少なくとも温帯には進出していた もっと前に北京原人は今の河北にいたし、それよりは後だけどネアンデルタール人も今のドイツにいた
アクア説という有名なトンデモ理論がある
北京原人とか毛だらけでは?
>>903 10~20年前には子供・一般向けの科学本に堂々と載っていたものだが
歴史を感じるなぁ
質問です。 私は最近になってホロコーストを再調査するという旨の書籍を読んだのですが、 その中で、実際はユダヤ人の多くが骨で見つかっていることから 悪辣な労働環境と食事が原因とする餓死で死んだ可能性が高く、 よく言われるようなガス室による虐殺や 人間の皮をはいで家具にしたなどの逸話は 戦後の捏造で実際に起きたとは言い難いと書かれていました。 読んでいる分には面白かったですし合点がいった部分もあるのですが、 こうした説は史学では珍説の類なのでしょうか?
毒ガス室もとんでもな作りで大量に殺せるような部屋じゃなかったって話もあるからな。
史学では珍説というわけではない 相手にすらされない妄説という
909 :
世界@名無史さん :2012/05/15(火) 13:30:22.68 0
国によってはホロコーストの規模はもう少し小さかった可能性とか そういう方面での研究はタブー視されてるから ぶっちゃけあまり分かってないし進んでない
>>902 今のドイツにはいねーだろ。
何万年も大昔に絶滅してるのに。
911 :
世界@名無史さん :2012/05/15(火) 16:07:26.40 0
宝石っていくつも種類がありますが、その宝石の価値の高さの感覚、 たとえばダイアモンドが高いみたいなのは歴史的にいつ形成されたのでしょう?
>>906 ガス室だけで600万人殺した訳ではないから。
>最近になってホロコーストを再調査するという旨の書籍 「最近」じゃなくて、昔から、ユダヤ人の全員がガス室で殺されたなんて言ってる奴なんか存在しなかった。 ゲットーで餓死した奴やら、工事現場で斃死した奴やら、行動部隊に射殺された奴やら、そういうのをひっくるめて600万人なの。おk?
ガス室での被害者が少ないからホロコーストは幻だ!とか言いだしたのは最近かも
915 :
世界@名無史さん :2012/05/15(火) 18:00:28.67 O
>>913 あえて言い返すと、この手の虐殺の被害者って盛るせいなのかユダヤ人の基準を変えるせいか、被害者数が年々増えてきてる。
ナチス=悪と言う説はかなり出すことが出来るけど、それに疑問を呈すのは誰も受け止めないせいか、なかなか本当の所が分からないと言うのが正しい所
ホロコーストをなかったことにしたい、(実数より)殺された人の数を少ないことにしたいという人は 一定いるけども、その動機ってさ、わがドイツがこのようなおぞましいことをしたとして 他国に見られたくない、自国はすばらしいものだと思いたいっていうようなもんじゃん? それに対して、今のユダヤ人は別だけど、昔のユダヤ人は本当にゲスなやつだったんだよ、 だから殺してもよかったんだよ、って言って、ユダヤ人を殺したことは認めつつ 殺すことのほうを正当化するという方法も一応あると思うんですよ。 そっちの動きって結構あるんですか?さすがに強引すぎてはやりませんかね?
「ホロコーストはなかった、ナチは悪くない」といいつつ 「ユダヤ人は殺してもいいゲス民族」と主張する不思議な人たちなら普通にいますが 日本にも似たようなのが沢山いますね
こういう話になると世間は「ナチス=悪」で思考停止してて、みたいに言う奴もいるけど、 マトモな研究書ならそういう善悪の話じゃなくてどの時点のナチスの政策や思想がこれこれこのような状況下にいかに展開してそれが反ユダヤ政策にどのように反映されたか、 なんてことが極めて客観的かつ詳細緻密に書かれてある。 ホロコースト見直し論なんてのはそういう専門的な研究を存在自体全く知らない人間相手にハッタリかまして金儲けしようってだけのものだよ。
はっきり言って思想が絡むと議論も研究も何の意味も無い ただナチスドイツかユダヤ人かどちらに肩入れするかでどうとでも言える
>>916 >昔のユダヤ人は本当にゲスなやつだったんだよ、
>だから殺してもよかったんだよ、って言って、ユダヤ人を殺したことは認めつつ
>殺すことのほうを正当化するという方法も一応あると思うんですよ。
>そっちの動きって結構あるんですか?さすがに強引すぎてはやりませんかね?
ある。しかし正当化とかそういう話の前に、具体的に何が起こっていたのかを知ることだね。
例えばドイツ・ユダヤ人がWW1において一般のドイツ国民よりも戦意が低かったとかゲスだったとかいう証拠はない。
>>919 既存の研究を否定したいだけの奴はすぐこういうこと言い出すね
そういう自分がどっちに肩入れしてる立場かよくわかる
第二次世界大戦前は過激派以外のユダヤ人は殺していない。大戦後半にユダヤ人処分に困って見殺しが増えたということ。
ホロコーストの総犠牲者の8割は43年3月までに始末されている。 占領地の拡大で抱え込んだ大量のユダヤ人の処理に困ったというのもあるが、 ナチスのイデオロギーとして東方生存圏の確保とユダヤ人の除去が表裏一体だったという背景にも留意すべきだね。
ネットでよく「従軍慰安婦の正体はただの売春婦」 「南京大虐殺はゲリラを攻撃しただけで民間人は襲っていない、 ほとんどの一般人殺害の主犯は共産党や国民党」 なんて説を聞きますがこれも妄想説?
従軍慰安婦の正体はただの売春婦だろうな。 南京大虐殺はゲリラ掃討だけど、 民間人の兵士のことをゲリラというんだ。 戦闘があった。 戦争中は修羅場だからいろんなことが起こる。 戦争中のプロパガンダと事実が混同されて伝説ができた。 真実がみえにくくなっているのは残念なことだ。
>>923 >>924 東方占領地域だと、「占領行政に邪魔になり”そうな”人」は現地の判断で処分している。
住民のリーダーになりそうな知識人や地主とか、共産党員、ユダヤ人もそれらの枠に入る。
西方だと、結構現地のナチ党・SS指導者次第で取り締まりが厳しかったりゆるかったりする。
もっとも、中央はちゃんと取り締まれってずっと言っているけど。
>>925 妄想。
戦前は売春は非合法じゃないけど、強制的に軍に慰安婦にされた女性がいるのは事実だし、
南京では、ちゃんとゲリラ(というか敵兵)と市民をこっちゃにして殺したり、物資を奪ったりしたのも事実。
当時の日本軍高官の間で「情けない」とか批判されたり、後に別の場所で「入城式には先頭で活躍した○○部隊ではどう?」
「あいつら南京でろくな事してないし、あっちの部隊のほうがいいよ」って話をしたのが残ってたりする。
ホロコースト否定論者や南京大虐殺否定論者は ・被害者の意見は全てデタラメとする ・内部告発の意見も全てデタラメとする ・連合国による調査も全てデタラメとする ・だがホロコーストや南京大虐殺の存在を否定する意見は貴重な情報とする ・「中国政府がいうほどの人口は当時の南京にはない、よって存在しない」 など特に極端な説に反駁しただけでなかったということにする ・当時のドイツや日本にそういった行為を命令した痕跡も そのような報告もきていなかったと加害者側のソースを根拠に存在を否定する ・「存在したことが完全に証明できるまでは、存在しないものとする」 と都合が悪くなると不可知論を持ち出す などなど、ぶっちゃけ学問と言えるほどまともな調査してる人いない 先に言っとくけど 韓国や中国に対しては日本は既にこの問題は条約で解決済みだから 現代日本がそれを根拠に外交で攻撃された際には毅然とした態度で臨んでもいいが 存在しなかったと言い出すのは暴言
>>927 現地の判断つーかローゼンベルグ先生の判断だな。
だからぶっちゃけ誰か処分されて誰がされなかったのかの判断は
いまだに誰にも分からない。
次
931 :
世界@名無史さん :2012/05/15(火) 21:06:10.61 0
戦争犯罪の関連で質問ですが、 ソ連のシベリア抑留などの行為はソ連がハーグ陸戦条約に加盟していなかったので 人道的には問題があるが法的には全く問題はなかったって本当ですか?
>>906 この手の問題は「肯定か否定か」、0か1かの問題だけが論じられやすく、
それ自体が史学の調査とは云えない。
なぜなら連合国による調査にも内部資料にも、解釈の余地は残されているし、
実際矛盾の生じる点が多すぎる。
大体において906が問題としているのは餓死者に関する問題であって
ホロコースト否定云々ではないし、それを拡大し論じようとする傾向が
ホロコースト派にあるのは遺憾といわざるを得ない。
とりあえず餓死者云々については
ttp://ci.nii.ac.jp/naid/120002013968 この辺参考にしとけ。
北朝鮮は核不拡散条約に加入していないから、 核開発の権利があるわけか。 けっこうなことだな。
核は政治的・外交的な問題であって国際犯罪でもなんでもないぞ 他国は非加盟国である北朝鮮などがそんなものを所持すると困るから 外交、場合によっては軍事によって止めようとする意見が存在するだけで
話の流れが読めないけど俺は共和国の核保有は最初から決死擁護してますが?
犯罪であるなんて言ってないんだけどな。 そもそも法というものについての理解が欠けていると思うよ。 法というのは道具だからね。 法には法の源になる必要性があって、 それに適合しなければ違法なんだな。 これ以上の説明はしません。
次
>>915 ジプシーや同性愛者やポーランド人などユダヤ以外もホロコースト犠牲者に入れてるんじゃねーの
>>931 まともに答えている人がいないので解答すると、
明文法の上ではその通り、全く違法性はないです。
同時にハーグ陸戦条約を批准していないことから
ソ連兵の捕虜も権利が保障されていませんでした。
940 :
世界@名無史さん :2012/05/15(火) 21:57:49.11 0
ドイツ国民にすら食糧がろくに回ってなかったのが実情だから まず最初に収容所の食糧をどんどん切りつめていったことで 大量の餓死者を発生させ これが俗にいうホロコーストの被害者の大多数である ってのはそこまでおかしな説ではないぞ
>>911 時代時代で違う。例えばダイヤモンドはカットする技術が出来る以前は只の硬い石でしかない。
そして宝石では無いがガラス玉は古代に置いては宝玉だったが簡単に作れる技術が出来て
価値が暴落した。
ダイヤが一番価値あるというのは、たぶんヨーロッパが起源、 欧米の進出とともに世界に広まった。だから16世紀くらいから。 それ以前は地域によって、ルビーやガラスやきれいな貝、珊瑚がもっとも価値があったのでは。 中国は玉、日本は玉虫。
>>938 少なくともポーランド人の死者は別枠。ポーランドでの総死者数は500〜600万、うち半分がユダヤ人だ。
>>940 まず、細かいようだが一般のドイツ国民は大戦後半でもひもじくない程度の食料は保障されていた。
WW1の海上封鎖による飢餓がドイツ革命に繋がった経験があるから、そうならないようウクライナやフランスから十分な量の食料を集めた。
しかしゲットーでは早い段階から餓死続出で、ホロコーストの死者にはその餓死者「も」含まれるが、大多数ってことはないな。
944 :
世界@名無史さん :2012/05/15(火) 23:25:10.81 0
サブサハラのアフリカで「俺んとこの多数派部族がお前んとこの国にちょっといるから、 このへんお前らにやるかわりにそっちのそこを俺んとこにくれよ」って 領土の融通・交換をやろうっていう動きは戦後いくらかあったのでしょうか? アフリカ諸国のかかえる弊害の一つは国境でしょうからそこをいじろうというのは自然な発想だと思いますが
御木本幸吉の真珠養殖で打撃を受けて死んだ人もいたらしい。
>>940 パグラチオン作戦以降食糧事情は悪化したが44年後半まで国民の栄養状態は
2700kclを維持できたっぽい、うろ覚えだけど。
その後急激に悪化し、末期には2000kcal前後まで落ち込んだらしい。
ベルリン戦前に数百グラムのベーコン・ラードの特別配給を行ったりと
戦中を通して日本人よりかは良い物食ってる。
トルコ人がコーカソイドになったのはいつ
そんなのトルコ系のやつらが、ペルシャ人の舌抜きまくって言語クレンジングしたんじゃね?
>>935 イギリスは王国だけれど核保有しているんだけれどそこについての見解は?
共和国って北朝鮮のことだよお馬鹿さん
>>945 そこらへん、詳しく書いてるの無いかなあ。
天然真珠の価格暴落をむこうの業者はどう受け止めていったのか
いつも気になっている。
知ってるのは、天然が裁判で負けたことくらいだ。
中国の歴史上の人物名についてですが、五胡十六国時代くらいまでは漢字二文字が多数だったのに、それ以降現代まで漢字三文字が多数になったのは何故ですか?
単純に一文字の名だと被る事が多いから二文字が多くなったんでしょう。
>>952 姓の種類が比較的少なく、特に張、李、孫、馬、王、劉などの姓がありふれているので、
下の名前が1文字だけだと同姓同名が多くなってしまい、まぎらわしいから
前漢ぐらいに霍去病みたいな2文字の名がちらほら出はじめている
ただ、前漢末・新の王莽が、なんでも昔がよかったという儒教原理主義者だったので
昔は名は1文字だけだったからと、2文字名を禁止したため、後漢の頃はいったん
1文字名に戻っており、三国志に登場する人物の多くは1文字名となっている
五胡十六国時代に、北方民族系の2字の姓(慕容、宇文など)が増えたことも多少は
関係あるかもしれない
姓が2文字なんだから名も2文字でいいだろう、というように
周の時代にも宜臼、詭諸、夷吾、重耳、寤生、無忌、 禄父、無知、小白、滅明など二文字名はたくさんある 北方民族の複姓・複名は当て字
956 :
世界@名無史さん :2012/05/16(水) 16:10:15.56 0
アメリカ合衆国は俗に肥満大国など言われることがありますが、 アメリカがそのような肥満の増加を引き起こすような食生活になったのはいつからですか? 戦後?移民して日が浅い時期はワスプはイギリス流の食生活ですよねたぶん。
ご家庭で包丁持たなくなった時期も重なりそうだな。
19世紀末からアメリカはヨーロッパ以上に豊かな農業大国だな。
何故ヒトラーは、後継者にデーニッツを指名したのですか?
961 :
世界@名無史さん :2012/05/16(水) 18:39:14.60 0
中世欧州の野盗について、 一人当たり平均で奪える金額×成功率÷人数=一人当たりの裕福度 で計算するとおおよそどの程度もうけてたのでしょう? 身体的なリスクを無視すれば下層の農民よりは食えますか?
>>956 冷たいものを食べると
代謝が下がり脂肪が蓄積されやすくなる
炭酸やアイスクリームの消費が増えたのかと
963 :
世界@名無史さん :2012/05/16(水) 20:24:05.95 O
国の本拠地って大抵堅牢になってるけど 本拠地まで攻め込まれてる場合は大抵すでに劣勢で城の固さを生かしきれず崩落してないか?
つコンスタンティノープル
>>963 コンスタンティノープルは首都だけ残った状態でかなり持ちこたえてた気が
>>963 お前それコンスタンティノープルで同じこと言えんの?(AA略
ササン朝ペルシア、ウマイヤ朝をはじめとするイスラーム諸王朝、スラヴ系諸民族・諸王国、おまけに暴徒化した自国民やら造反した反乱軍まで数え切れない位に攻め込まれまくってる
それでも歴史上で陥落を許したのは二度だけ(ニカイア帝国による帝都奪回含まず)とか奇跡
首都まで攻められてるのに結構そのあとで国力回復して繁栄したりもしてるしな
本拠地を固めないで、最前線の要塞を堅固にするとベルギー経由で迂回される
ウィーンも二回オスマン軍に包囲されたけど凌ぎきってるな。
>>965 コンスタンティノープル落ちた時はまだモレアス専制公領とか残ってるけどねぇ
一応そこを軸にしてビザンツ再興運動してる
10年くらいで計画が無かったことになったけど
>>966 ビザンツ帝国は都市国家的な性格を色濃く残した海洋貿易国家なので
首都が攻撃にさらされること自体は致命的じゃない
971 :
世界@名無史さん :2012/05/16(水) 21:29:15.42 O
そういやコンスタンティノープルは何度も跳ね返してるな でもそれぐらいじゃね? ローマもデリーも北京もソウルもベルセポリスも 日本で言えば鎌倉も江戸もあっさり落ちてる 巨額の金を掛けて軍事的に固めても中々成果は挙げられないから無駄金な気がする
アメリカの首都ワシントンは、特に防備が強固というわけではないが ゲティスバーグ(緯度的にはワシントンより北にある)にまで攻め込まれて いたけど、戦争そのものの帰趨は終始一貫北軍の優勢だった
ウィーン包囲は?
ローマの城壁はピュロスやハンニバルを阻んだ あとでカエサルが破壊したが
>>960 本来はゲーリングが後継者だったんだけど、自分に権限を譲るよう求める電報をヒトラー宛てに打って失脚、
ヒムラーも勝手に和平交渉を進めたとして失脚、ゲッペルスは首相になるよう遺言されている。
よって党側には有力者がいなくて、陸軍軍人はクーデター未遂事件の後信用しきれなかったので
消去法であまり政治的な活動をしていなかった海軍トップのデーニッツが選ばれたのでは?
まあ、結局はヒトラーが決めたことで法律とかで決まっていたわけではないので、ヒトラーが死んじゃった後は
真因を求めることは不可能ですが。
>>971 日本史でも後北条氏の小田原城が上杉謙信、武田信玄の
二度の包囲を跳ね返してるぞ
>>971 いや、後北条や上杉のの篭城システムは、周囲の城から援軍がかけつける仕組みがあるので
跳ね返すというわけでもないのだよ。
>>971 春秋戦国時代は敵首都落とせないなんてしょっちゅうよ
980 :
世界@名無史さん :2012/05/16(水) 22:55:33.47 0
けっこう ・敵が首都まで攻め込んだものの首都を落す前に兵糧が尽きて帰還 ・敵が首都を落すのに時間がかかりその間に増援がきて返り討ちに ・敵が首都を落している間に本国で問題が起こったため和議を求められる なんてエピソードは春秋や史記、戦国策にも書かれているし 実際に首都を固めるのが役立ってることはあるようだ
>972 >戦争そのものの帰趨は終始一貫北軍の優勢だった よくわからん文章だが終始一貫北軍の優勢だったのは西部戦線 ちょいと度忘れしたが一進一退の東部戦線では交通の要衝だった都市の支配が数十回変わっていたはず >975 俺はシュペーアが断ったんじゃないかと思っているが根拠があるわけじゃないし所詮は藪の中だが…
金髪の野獣先輩が二代目になるっつう火葬があったが、ナチ的にはそれが一番だったのかな
>>980 敵の大将をしとめる寸前に本国からの停戦命令が
前近代では、君主と、その直属の部隊と、その部隊を維持する兵糧の備蓄さえ健在なら、他がどんな状態であろうと 国家そのものは滅んでいないからな 首都を固める意味はある
信長への謁見の際に宣教師がモザンビーク人の黒人奴隷ヤスケを連れていたそうですが なぜ布教活動に奴隷が必要なのでしょう? また、その国の偉い人に謁見するときになんで奴隷も一緒に謁見しているのでしょう? 帽子をかぶらずはだし以外は宣教師と同じ服を着ていたそうですし、宣教師にとっての 奴隷という身分はみんなの想像する鞭で叩いて強制労働、的なのじゃなくてお手伝いさん ぐらいの軽い意味なのでしょうか? それでもお手伝いさんごと謁見するのは変な感じがしますが 王様に謁見する時横にメイドがいたら「?」てなりますよね? 当時の宣教師に詳しい方がいたらお願いします
986 :
世界@名無史さん :2012/05/17(木) 08:36:28.06 0
当時の謁見は、主人以外に横に数人の身分の高い家来も居ましたし、 すこし下がって身分の低い荷物持ちも居たと思います。 珍しい物好きな信長が、土産を持ってきた黒人をみて興味を持っても不思議じゃないかと。
なんやかんやいっても、 ゲーリングがいちばん残った幹部の中では人望があったから、 例の電文工作の真相があきらかになれば、 ゲーリングが復権したんじゃないかな。 復権したところで、統治する国はもうないわけだが。
>>985 >宣教師にとっての奴隷という身分はみんなの想像する鞭で叩いて強制労働、的なのじゃなくて
そう、時代や地域、職場にもよるが、一般的には、奴隷というのは、みんなが思っているイメージほど
ひどい扱いは受けていなかった
なぜなら、奴隷は大事な財産であり、大切な労働力だからだ
退職や移動の自由がなく、金で売り買いされ、給金は出ない、または出てもたいした額ではないが、
衣食住は主人から提供される
やらされる仕事もたいていはそんなにムチャなことはなく、感覚的には、おそらく普通の使用人と
大差ないだろう
(ただし、例外はある。鉱山の奴隷とか、ガレー船の漕ぎ手の奴隷なんかは悲惨な場合が多い)
ローマ時代の教師奴隷とか
佐渡金山などで強制連行された人間も奴隷でいいのか?
アレは奴隷でなく犯罪者とかだろう(建前上は) 上で出たガレー船漕ぎ手や佐渡金山とかもそうだが、生活に困窮する平民にとってその手の命の危険があって犯罪者とかが投入されるような仕事は、普通の仕事ではありえないくらいに高給で、けっこう志願者もいたという話
奴隷は自分の身分を買い取るまで解放されない=買い取れなかったら一生奴隷 強制労働は労働が終われば解放されるという違い
奴隷教師、、、(;´Д`)ハァハァ
奴隷とはいえ教師のほうが立場は上なので 鞭でびしばし叩かれるのは生徒のほうだが
995 :
世界@名無史さん :2012/05/17(木) 14:17:39.72 0
中世ヨーロッパの石造りの城は居住性が劣悪だったというのは有名な話だけど、城の敷地内に住居用の木造家屋を立てて普段はそこで生活するなんてことはしなかったのかね? 日本の城でも天守閣を戦争用の軍事施設と割り切ってしまって、普段は天守閣とは独立した館で城主が生活していたこともあったけど、ヨーロッパでは同じことはしなかったんだろうか?
12世紀頃までは領主もドンジョン(天守閣)内で雑居状態で暮らしていたそうだが、 その頃からドンジョン内に領主用の寝室を作ったり、 大広間(どの城にも必ずある)を拡張して寝室を建てて本館としたりするようになった
1000ならなんかすごい遺跡があたらしく見つかる
次スレよろ。
999 :
世界史なんでも質問スレッド100 :2012/05/17(木) 16:53:42.49 0
1000 :
世界@名無史さん :2012/05/17(木) 16:55:25.73 0
1001 :
1001 :
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