1 :
世界@名無史さん:
結局は資本主義市場経済が優勢になるという歴史の趨勢を見抜けず、
社会主義政権なんてものを成立させてしまった。これだけでもひどい。
南の政権だけで解決できないほど社会主義の癌がひどくなったもんだから、
善良な西側陣営の盟主が仕方なく正義の鉄槌を振りかざし、多大な犠牲を払った。
ジャングルに隠れたもんだから仕方なく枯葉剤を蒔かれた。
村人もゲリラを支援するもんだから、仕方なく焼かれた。
完全にベトナムが悪い!
2 :
世界@名無史さん:2010/02/10(水) 14:39:03 0
ベトコンは糞だな
3 :
世界@名無史さん:2010/02/10(水) 14:40:12 0
ベトコンを支援していたのはソ連
4 :
世界@名無史さん:2010/02/10(水) 14:42:14 0
ロスケは糞だな
なんだイリノイの立てたスレか
6 :
世界@名無史さん:2010/02/13(土) 03:08:30 0
7 :
世界@名無史さん:2010/02/13(土) 19:40:05 0
ベトナム人最低だな
自分が悪かったくせに
癌を治療してくれようとする正義の味方を恨むなんて
結局は間違いに気付いて資本主義取り入れてるくせに
しょうがないよ。
指導者の格が違いすぎた。
「民族の自由と独立ほど尊いものはない」をスローガンに、裸足で寒村を回って
貧民に慈愛の手を差し伸べるホーおじさんと、
キリスト教かぶれで白人べったり、
貧しいストリートチルドレンをベンツで撥ね飛ばしながら
国民の年収に相当する高級葉巻をスパスパ吸ってる金満ゴ・ディン・ジェムだったら、
誰だって前者を選ぶ。
9 :
世界@名無史さん:2010/02/13(土) 21:40:36 0
>>8 アメリカはなんであんなゴミを選んだのかね?
10 :
世界@名無史さん:2010/02/13(土) 22:45:14 0
ベトコンを支援したロスケは糞wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>>9 反共、反ソでありさえすればどんなゴミでもよかった。
南米でも、やりたい放題。
南ベトナム国民は本当に気の毒。
12 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 02:02:44 0
>>9 マッカーシー旋風の影響で、アメリカの東アジア専門家が壊滅したから。
これでホー・チ・ミンへの接触も途絶え、本人はキリスト教徒のコネを駆使して、
バオダイさえも押しのけて、庇護を勝ち取った。
アメリカの東アジア政策って、本当によくキリスト教のコネが利用されるよな。
実は外交音痴なのでは。
13 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 02:23:39 0
>>8,11,12
当時、もっとマシな反共民族指導者として、他に誰が候補に挙がりますかね?
14 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 09:16:07 0
事故死しなければズイタン(維新)帝。
ドゴールも接触してて、流刑地から引き出そうとしてた。
あと、日本とのつながりが強すぎたが、クオンデ侯もいたな。
15 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 11:00:41 0
>>13 >もっとマシな反共民族指導者
こういう選考対象の限定も、赤狩りの影響だな。
そしてアジアに対する無知から、結局キリスト教のコネに頼ってしまう。
アジア人のキリスト教徒なんて、元々碌な奴が居ない。
キリスト教徒なら聖書が絶対だから信用できる。
そうでないと共産主義に転んで裏切るかもしれない。
と言うのが当時の米の考えなのでは?
18 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 17:58:45 0
いっそアメリカが責任持って統治者を送り込めば良かったのでは。
で、治安が落ち着いてから政権を引き継ぐ。
あんなのに任せるよりその方が良かったし、民衆も支持したはず。経済もスンナリ軌道に
乗っただろう。当時のベトナムの経済規模なら大した財政負担にもならず、投資は容易。
アメリカも南ベトナム上層部の腐敗っぷりは知っていたはずだが、”他にいない”って無理して彼らを援助
したから。
19 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 18:46:37 0
>>18 フランス人の統治者を追い出したあとに、それは無理だろう。
20 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 18:50:38 0
アルジェリアに流刑になってたハムギ帝(1943年没)がもう少し長生きするか、
上記のズイタン帝(1945年事故死)が擁立されてれば、保守派の核になりえたかも。
少なくともナイトクラブの皇帝バオダイよりは骨のある人たちだったから。
21 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 20:34:28 0
>>1 中共より先にベトナム民主共和国を承認してホーチミンを支援しておけば問題なかった。
実際、大戦中は援助してたんだから。カストロの時と同じで、自分で敵を作って泥沼に陥っただけ。
北の共産主義なんてナショナリズムのための手段でしかなかったんだから
ナショナリズムを満足させてやれば北を取り込むことは可能だったはず。
そうすりゃ北は共産主義だって放棄するだろう。
23 :
世界@名無史さん:2010/02/14(日) 22:20:23 0
対日戦争が終わって、ホーチミンが独立を宣言するんだが、
フランスはそれを認めず植民地回復へ動く。
アメリカもどちらの立場に付くか迫られ、欧州での勢力バランス崩壊を危惧して、
フランスを応援することを選択し、ホーチミンとの関係が悪化。
(フランスはソ連と結ぶとまで言って、アメリカに譲歩を迫った。)
当初は周辺に味方がおらず孤立していたホーチミンだが、中国内戦で共産党が勝利。
ホーチミンもバオダイ帝擁立に動くフランスに対し焦りを感じ、中国共産党に協力を要請。
北京政府は、国連での一刻も早い代表権承認を求め、フランスを含む大国との交渉に動き、
ベトナムのことなど後回しにしていたが、安保理であえなく否決(米仏は反対、英は棄権)。
ここに至って中ソのベトナム民主共和国承認に繋がり、
対抗して米英仏もバオダイによるベトナム国承認する事で、
武力による解決以外道はなくなった。
当時の第三世界の民族主義者や愛国者達は、みんな共産主義を利用した。
ホーチミンもルムンバもそう。
共産主義こそが、当時蔓延っていた帝国主義や白人優越主義に対抗し得る、唯一のイデオロギーであったし、
共産主義陣営こそが、欧米の植民地支配からの脱却を目指す第三世界への支援者であった。
その事情を全く理解せず、あるいは敢えて無視して強引な介入を行った事こそ、アメリカの最大の過ちだ。
その事実を加味すれば、ベトナム戦争の責任を全てベトナム側に背負わせるのは無理がある。
ベトナム人が最も求めていたのは、「民族の独立と自由」であり、共産主義はその目的を達成する為の手段に過ぎない。
アメリカの上層部はその現実を理解せず、「祖国の共産化」こそが、ベトナム人民の目的であると勘違いをした。
その読み間違いが「ドミノ理論」という被害妄想を引き起こし、パニックに陥ったアメリカは、
ますます南ベトナム政権への傀儡化と介入・支配を強めて行った。
愚かなことである。
ベトナム人の本当の目的である、「民族の独立と自由」を阻害する戦略をアメリカはとったのだから、
彼等の理解と協力など、到底得られる訳がない。
ベトナム人の多くにとっては、共産主義か資本主義かなど大した問題ではなかった。
民族の独立と自由こそが彼等の最大の目標であり、アメリカ軍の介入はそれを脅かす
帝国主義的な蛮行に他ならず、その時点でアメリカは敗北していたのだ。
ベトナム戦争は完全にアメリカが悪い。
26 :
新発見:2010/02/15(月) 17:58:44 O
27 :
世界@名無史さん:2010/02/15(月) 18:33:31 0
28 :
世界@名無史さん:2010/02/15(月) 19:58:17 0
49年6月14日 バオダイを首班とするベトナム国独立
49年10月1日 毛沢東 中華人民共和国の成立を宣言
50年1月13日 安保理 毛沢東政権の国連代表権を否決
50年1月18日 中国 ベトナム民主共和国を承認
50年1月31日 ソ連 ベトナム民主共和国を承認
50年2月14日 中ソ友好同盟相互援助条約締結
中越ともスターリンの後ろ盾を求めたのは、悲願(「独立」「国連代表権」)達成が遠のいたから。
それまではアメリカに対して太平洋戦争中からの関係継続を模索していた。
この後、中国は国連代表権獲得に21年、ベトナムは南北統一による完全独立達成まで26年を要する。
>>20 その2人なら、そもそもバオダイみたいに「ベトナム民主共和国最高顧問」の肩書き放り出して
フランス側に寝返ったりしなかったろうけどね。
スパヌウォン殿下みたいに「戦う君主」として、ベトミン側で国民の尊敬を集めたかも
30 :
世界@名無史さん:2010/08/13(金) 19:59:31 0
ホーおじさんはベトナム戦争の時には実質引退
31 :
世界@名無史さん:2010/08/13(金) 21:16:12 0
アメリカ人やフランス人とベトナム人の関係が実際どうだったのかが問題だ。
あたかもベトナム戦争前や最中も台頭だったかのように描くのはおかしい。
南ベトナムが存続しても畸形化した収奪経済が存続するだけだろう。
白い主人はどこまでも収奪者としての地位を温存しようとし続けた。
32 :
世界@名無史さん:2010/08/14(土) 08:23:45 O
Vo Nguyen Giap
33 :
世界@名無史さん:
イノリいはソ連とベトナムは叩くが中国はなぜかたたかない