中国には、清朝滅亡後も皇帝が何人もいたこと。以下転載。
2 名前:AL_shin@exp
【大中華佛国】(1947〜1953,1983)
初代皇帝・石頂武(位1947〜1953)
…反乱を計画し、人民政府により処刑。
2代皇帝・石金キン(位1983)
…石頂武の子。1983年に農民をやっていた「丞相」李丕瑞の補佐のもと即位。
湖南省醴陵県(当時)の農村で再建国するが、県の公安局に鎮圧される。
【道徳金門皇帝】
丁興来(位1981〜1990)
…盲人。大別山で道徳金門教を創始して皇帝を名乗り、
「正宮娘娘」「西宮娘娘」「宰相」などの21人を位に封じ、「仙印」41枚を下賜する。
交通が不便な地域だったため、即位して10年後にやっと当局に発見され処理される。
3 名前:AL_shin@exp
【中原皇清国】
正皇帝・張清安 位1982
副皇帝・廖桂堂 位1982
…皇清を年号として大巴山に建国。
張清安は「玉璽」や「後宮」を持ち、丞相と文武百官を任命。『天律森吏』の書を頒布。
四川省巴中県(当時)を首都に定めようと計画し、巴中四川劇団の建物を皇居とする。
さらに台湾に対して「蒋介石を威国王に封ず」という綸旨を発し(郵便局を利用)、
「朕を救うため親征せよ」と命令。
結果、決起前に県の公安局によって滅ぼされる。
4 名前:AL_shin@exp
【聖朝国】(1980〜82)
…皇帝・林文勇
大巴山の儀隴山区に建国するも、県の公安局に鎮圧される。
5 名前:AL_shin@exp
【ユーホアン大帝】
…1982年に大巴山に住む曹家元がユーホアン大帝を自称するも、
まもなく滅ぼされる。
【朱仕強】
…1980年に大巴山の朱仕強が皇帝を称するも、
7日後に人手を連れた村書記がやってきて滅亡する。
6 名前:AL_shin@exp
【大聖王朝】(1986〜1988)
…女皇帝・晁正坤(位1986〜1988)が山東半島に建国。
巫術をおこない、童貞を集めて「後宮」を築く。
県の人民政府により鎮圧。
【万順天国】(1990〜1992)
…皇帝・李成福(位1990〜1992)。唐王朝の末裔を名乗る。
河南省(豫州)西部で安民党と万李起義軍を組織し、
農村が都市を包囲する方式により、唐王朝の皇帝位に返り咲き西安に首都を置こうと考える。
その後、派出所の警官3名によって滅亡。
【その他】
…皇帝・姓名不詳。70年代末か80年代初期に即位。
計画生育政策(一人っ子政策)への反対をきっかけとする。
農村で建国して皇帝を名乗り、大軍(数百人)を率いて県城に攻め入り県の医院を攻略。
医院内の医師・看護士全員を捕虜とし、計画生育用品をすべて破壊。
その後、人民解放軍の迅速な反撃によって県医院は包囲され、
皇帝は軍を率いて頑強に抵抗したが一敗地にまみれ捕虜となる。
この皇帝は死刑にならず、なぜか無期懲役となった。