どうせ林彪が日本軍戦闘部隊と正面から戦って大勝し
常勝日本軍を初めて破った英雄なんだという中共のプロパガンダを間に受けたんだろう。
実際はゲリラになって負傷者を移送していた無防備な輜重部隊を急襲し
200人かそこらの損害を出しただけというのが事実。
それも戦闘やってた中のごく一部で、
作戦全体では中国軍は数千人も損害を受けて壊走してしまっている。
酷い負け戦の中で、ほんのささやかな一矢を報いたというだけを
勝った名将だと大騒ぎしているんだからな。
俺は衣部隊の師団長をやっていたが、山東省の解放地区では八路軍にほとほ
と手を焼いた。当時の判断を言うと、俺はあと一年と山東地区では日本軍は
もつまいと思っていた。衣部隊全滅を覚悟していた。討伐に行くと八路軍は
逃げてしまって、こちらの損害ばかり積み童なってゆく、とうとう旅団長一
人は狙撃されて戦死だ。(中略)実際問題として、ソ連相手の北進を命じら
れた時、私はほっとした。ゲリラ戦で次第に戦力を消耗させられるよりも、
満蒙で大いに戦った方がすっきりするという感じだった
第59師団師団長 藤田茂
>>298 ゲリラ戦に弱いということはよくわかった
台湾の隣の福建省も完全に制圧できなかったからな
住民もグルになったゲリラ戦には手を焼いたことだろう
結局中国には勝てませんでしたというわけだ
その八路軍の活動も
国民党軍があってこそのものだったんだろうが
一見ゲリラ戦においては活躍できたかのように思うのは、
国民党軍が日本軍の正面戦力を一手に引き受けていたから。
日本軍前線部隊が国民党軍と交戦・対峙しているからこそ、
手薄な後方の輜重・後備部隊を小規模ながら襲撃できていたわけで
国民党との共同した作戦でも、中共は日本軍と正面から戦うのは拒絶し続けていた。
その結果、ゲリラで多少ばかり戦果をあげられても
攻撃を一手に引き受けている国民党は煽りをくって大損害。
結局戦っても戦っても日本に敗戦続きという有様になる。
中国は広大すぎて、占領地の警備部隊の密度は非常に薄い。
中共が攻撃できるのはそういうごくごく一部の少数の部隊だけで
全体的に日本軍の損害は、大部隊の決戦をしている国民党との戦いで受けた被害がほとんど。
取るに足らない損害ではあるが、
主力部隊のはるか後方にいる、警備部隊や輜重部隊には嫌がられたというだけの話。
八路軍討伐にあった部隊が戦果を得られなかったり
待ち伏せ喰らって大損害受けることもあったそうだが
まるで北ベトナム軍とベトコンだな
だが、討伐はいつも空撃であろうか、いやそうではなく之は大部隊を以って討伐した場合のことで、
小部隊で出掛けると殆ど補足するのである。しかし、此の場合には之亦、殆ど例外なく不利な戦斗となるのが多い。
損害を累計すると敵に比して我が方が非常に多いことになるのである。
鈴木中将
それを見ると中共は一人で漁夫の利を得ていることになる。
さすがにそれでは国民党軍も腹に据えかねるものがあったのか
時には日本軍と一緒に中共軍を攻撃するような事件すらあった。
>>309 ゲリラは私服を着て隠れているんだから
ゲリラを倒そうと思えば村を焼き払って怪しいのを皆殺しということを
徹底的に繰り返すしかないんだよな。
ベトナム戦争でアメリカがやったサーチ・アンド・デストロイ作戦のように。
微々たる損害であったにせよ何にせよ
ゲリラ・テロ戦術をやられている以上一人残らず摘発して殺すなんてのは無理な注文だからな。
それこそアレクサンドロスのジェノサイドみたいな事をやりでもしない限りは。
世界の軍事費の半分を占める超軍事大国でも
イラクの反米ゲリラ如き少人数に損害を重ねているのを見ても
現代にいたるまで対処しようのない、やったもん勝ち戦術。
ゲリラは禁止されているといっても、国際法なんて紙切れみたいに思っているんだし。
そんなもんに悩まされたというのは苦労話にはなっても
近代軍隊の戦闘の比較とは無関係だよな。
総括すれば
日本は中国に勝てず、長期戦に持ち込まれて負けたということだ
今や近代戦闘はゲリラ戦が主なようだが
ドイツ軍とか1個旅団がまるごとパルチザンに壊滅させられていたりするしな。
街中で食事中とかに急に民間人に銃撃されればどんな軍隊でもどうしようもない。
>>取るに足らない損害ではあるが、
>>主力部隊のはるか後方にいる、警備部隊や輜重部隊には嫌がられたというだけの話。
取るに足らないどころか、八路軍討伐にあった指揮官が戦死したり
師団長が全滅を覚悟したりするなどやばい状況だった
>>アレクサンドロスのジェノサイドみたいな事をやりでもしない限りは
それでどうにかなるのは中世まで
スペインでのフランス軍
中国での日本軍も
村落をいくつもつぶしたが、ゲリラを制圧できなかった
フランスもアルジェリアのゲリラを大勢殺したが
結局アルジェリアから撤退せざるを得なかった
>>314 中共に負けたなんて話じゃないがな。
ゲリラ戦術にしても、主要都市を悉く捨てて奥地に篭るにしても
潤沢な物資や資金の支援なしには続かない。
アメリカやイギリス、ソ連が中国に行なった援助額は
日本の正規空母が艦載機込みで60隻は買える額だからな。
これはどうしようもない。叩いても叩いてもキリが無い。
結局日中戦争は最初からアメリカの国力との消耗戦。
日本でのゲリラ戦といえば
天正伊賀の乱が有名
日本もアメリカやイギリスから物資をもらったりしているがな
というかアメリカ、イギリスはどっちにも兵器や食料を売りつけている
>>317 戦争やってんのに何考えてるんだよ。
大隊長、連隊長クラスの戦死など珍しくも無い。
つまり八路軍に損害を喰らったり
苦戦したこともあるということだ
八路軍よりモロ族のほうがすごい
こっちは師団長も殺されているし
日本軍を殺害した人数は米軍よりも多い
リフ族と戦っていたフランス軍VSモロ族と戦っていた日本軍
そろそろシャールとチハのどっちが強いか結論を出そうぜ
>>317 師団長が全滅覚悟って、全滅したのかよ。
どうせ二線級の警備師団の、ゲリラが捕まらずに損害ばかり増えるから、
このまま消耗戦すればこっちが全滅するとかいうような喩えだろあくまで。
ちなみに第二次上海事変の一戦だけで
中国軍は1個師団どころか1個方面軍が全滅するほどの損害を受けている。
将校の戦死も、中国の士官学校卒業者25,000人中、10,000人。
実に半数を一戦だけで失っている。
日本は仮に20個師団が壊滅しても、これだけで計算は合ってしまう。
日本は大勝とはいえ、それでも損害的には全滅判定を受けそうな師団が2〜3個はでている。
一戦だけでこの水準なわけで、他にも同等規模の大会戦が何度も行なわれている。
戦争全体から見れば微々たるもんなんだよ。警備師団の損耗くらいは。
329 :
世界@名無史さん:2008/07/22(火) 13:20:25 0
俺は衣部隊の師団長をやっていたが、山東省の解放地区では八路軍にほとほ
と手を焼いた。当時の判断を言うと、俺はあと一年と山東地区では日本軍は
もつまいと思っていた。衣部隊全滅を覚悟していた。
第59師団師団長
何度同じコピペ貼れば気が済むんだよこのコピペ荒し
そういえば陸軍は八割を中国においていたんだよな
つまり八路軍には苦戦したり損害をうけたりしたということだ
総括すれば日本は陸軍の主力を中国に差し向けたが
結局中国を打ち負かせずに撤退したということだ
ゲリラ戦も一つの戦術だ
終戦まで山東地区はずっと日本軍の占領地のままで、駐留部隊も健在だったわけだが。
点と線だけは占領していた
今のイラクと同じで
>>331 8割といってもそのうち4割は満州でソ連と対峙している。
中国に派遣されていたのは全体の半数程度。
中国は全軍だから分は悪いかもな。
兵力は常に3分の1以下だった。
相手はフランスなんだろ。
フランスがゲリラに勝ったためしなどそれこそ一度としてないだろ。
最盛期のナポレオン時代ですらスペインゲリラにいいように消耗させられた。
59師団って治安師団じゃねぇかw
占領地の治安部隊がゲリラ相手に損耗しました、という戦争にはよくある話じゃん。
大きな戦いの間に休息期間があるよりは
中小規模の戦いが連続して続いた方がつらい
敵に与える物質的精神的累計損害も大きい
これがゲリラ戦
総括すれば日本は中国を制圧できず
国民党を打倒できず、八路軍に手を焼かされ続け
最終的に負けましたということ
イギリスに支援されたスペインゲリラを殲滅できず
スペインから撤退したフランスと同様
総括厨
ベトナムからのアメリカ撤退をまけというなら
中国からの日本撤退もまけといっていいと思うが
負けだろう。八路軍と治安師団の小競り合いがどうとか関係なく。
そもそも支那事変は中国側がアグレッシブでそれに対応してたらいつの間にか戦争になってた、
無計画に始まった戦争だったので戦略が無かった。
何を目的にするか、何をするための戦争かと。その時点で負けだ。
ずるずると中国奥地に進撃して、英米を敵に回すという最低の結果になった。
その治安維持師団をなんか2級の部隊だと思っているのがいるが
優良な装備を割り当てられて対米戦に投入されたり
アメリカ軍をてこずらせたりした師団だってあるんだけどな
大戦中後期の「治安維持戦」は小競り合いのいきを越えている
まさに泥沼
日本が盧溝橋前から、
条約や相手主権を蔑ろに介入してた事は棚に上げ、
相手の停戦違反は鬼の首を取ったようにあげつらうw
>>344 >そもそも支那事変は中国側がアグレッシブ
そもそも日本側がアグレッシブに
華北まで第二満州もどきにしようとし
中国内を抗日一致に傾けていったのだがな
陸軍の急進派と石原は万死に値する
350 :
世界@名無史さん:2008/07/22(火) 21:50:05 0
この手の国粋スレは日本のことしかろくに知らないくせに
いい加減な知識で他国をおとしめて日本の素晴らしさを語るルサンチマンばっかだよなw
>>348 そんな事にしようと思ったのも
それもこれも停戦条約を無視して北支駐留軍を何度も攻撃してくるため。
日本が安全をはかるには他に手がなかっただけ。
>>345 山東に居た頃の59師団は間違いなく二線級だよ。
砲兵居ないもの。
ソ連に備えて朝鮮に転出する頃に、ようやく砲兵ついた。
つかなんで一線級師団を占領地後方の治安維持なんかに当たらせるんだよ。
後方に配置されている時点で戦闘に耐えない二線級だとわかってないとおかしい。
>>348 真珠湾前のハルノートがどうだとか、経済制裁がどうだとか言っても
最初にぶっ放したほうが攻撃側だぜ?
華北分離工作がいくら酷い工作でも、攻撃側は中国で変わらんよ。
ただ中国が戦勝国というのはなんか違うんだよな。
アメリカとかに利用されてた感じだから。
そう考えるとベトナムってすごいな
>>348 アグレッシブという意味では中国国民党はその成立時点からアグレッシブだった。
もともと双方の主権を尊重してくれるなら日本としては一切問題はなかったんだからな。
当初日本が中国で行なおうとしていたことはあくまで条約上認められている権益を守ろうという範囲でしかなかった。
しかし国民党は当初から革命外交方針というのを打ち出していた。
これは中国における諸条約について、国民党が結んだ条約でなく、
中国について不利であると国民党が判断すればそれは無効であるというとんでもない攘夷運動。
最初に槍玉にあがったのはイギリス利権。
1925年にイギリス領事館を中心とする国民党の武力攻撃が発生している。
この時は日本やアメリカも巻き込まれて
日本領事夫人が国民党兵に凌辱されるという事件にまでなった。
それでも日本の当初の方針は現在のような「協調外交」というものだったから
中国には融和政策をとって、報復しなかった。
米英は共同して軍を派遣して、南京無差別砲撃でこたえた。
中国は米英に攻撃しても危ういのが身にしみたため
次に攻撃の目標にされたのは弱腰の日本利権中心。
それ以降、満州事変までに発生した日本利権に対するテロ攻撃は
外交問題の俎上にあがったものだけでも年間100件という膨大な数。
それに危機感を抱いた日本も、協調外交の誤りに気付いて
強固姿勢に転換していろんな事件に関与していくことになった。
中国相手に協調しようとした、米英のようなアグレッシブの無さが最大の失敗。
そして他国権益を無効と宣言してしまった国民党が
無効とした条約における自国権益を盾にできるわけがないのは当然の理。
そして満州自体は事変直後に、国民党は条約で自分から認めてしまっているからな。
それは失敗だったから後で無効などといっても正当性はなく
自衛権で満州奪還のために日本を攻撃するなんて論理は成立しない。
>>355 ベトナムにしても中国とソ連が膨大な支援を注ぎ込んだんだから
単独でなんとかしたわけじゃないのは中国と一緒だよ。
>>357 いやいやその後の話だよ。
上手く独立勝ち取れたベトナムに対して、
共産党に乗っ取られてしまった中華民国ということを考えると戦勝国と呼ぶには抵抗があるんだよな
国民党は不幸にも主力で、日本と戦闘正面を形成していたため
連戦連敗で何の役にも立たなかったというイメージが中国民衆に根強く印象づけられた。
中共はゲリラ戦に徹していたため、派手な負け戦ということも少なく
日本に対抗していたんだと国民の支持が急激に増えていった。
国民党の存在が日本に負け続けたというフラストレーションを吸収してくれなければ
中共が支持を集めることもなかったはず。
同じく「治安維持」についていた
第36師団はビアクで善戦
第35師団もニューギニアに転戦
第38師団はジャワ、ガダルカナル投入
当時の中国では治安維持活動という名の戦闘が行われている
また中国は後方ではない、戦線の一つだ
>>357-358 ベトナムも一つじゃないんだよな
ベトコンと北ベトナム軍は結構反目も多い
事実ベトコンは統一後消滅させられている
北ベトナム軍=共産党
ベトコン=国民党
ゲリラ活動や名目的な上下関係は逆だが
当時の中国での治安活動=中小規模の戦いがずーっと続く泥沼活動
>>360 それら全ては戦車や砲兵部隊も付属させられ前線投入されている。
第59師団は隷下部隊も二線級ばかりで砲兵すら持たない警備師団。
>>360 確か身軽な八路軍に対抗して起動力を高めるために
連隊数をへらしたり部隊をあえてつけなかったりしてたんだよな
>>362 結局そのゲリラ戦は戦局にほとんど寄与することはなかった。
終戦まで日本は攻勢限界に至るまでの広大な占領地を保持したままで
支那方面軍は戦力を完全に保持したままで戦線を維持して終戦を迎えている。
それら全ては戦車や砲兵部隊も付属させられ前線投入されている。
>>それら全ては戦車や砲兵部隊も付属させられ前線投入されている。
米英戦のときに
>>365 つまり多くの戦力を大陸に釘付けにされたあげく
ゲリラに振り回されていた
ビルマや太平洋がやばい時にも関わらず
師団なんてのは連隊や中隊の組み合わせだから改編次第でまるっきり変わる。
関東軍や支那派遣軍の一線級部隊を転出して随時編入し
戦力を大幅に向上させたりとか普通に行なわれていた。
今のイラクやアフガニスタンだってテロや攻撃が頻発している
治安は一向に回復していない、当時の中国もまさにあんな感じ
いやむしろ数が多いぶんそれ以下
いわゆる占領地も点と線のみで完全に掌握できなかった
治安維持というなの戦闘(むろん対米戦よりは規模が小さいが)
毎日のように起こっていた
中共がゲリラやったからって何なんだろう
ベトコンやタリバンにもできることじゃね
>>363 相手も任務も同じなのに
片方が一級片方が二級とは?
物資が足りなくなっただけでは?
日本軍の二級師団とは三桁師団
100から始まる師団で
ここは年齢が高い兵隊が多く割り当てられた
第59師団なんて最低ランクの丙編制だろうがよ。
甲編成の通常師団と差がないとか妄想している時点でおかしいんだよ。
>>373 特設師団は基本乙師団だから丙師団より水準は十分上。
>>375 100から始まる師団は二線級、丙師団は三線級という意味だろ。
「発端」
日本 華北介入〜制圧
中国 停戦中に事件
「拡大」
中国 南の日本軍(上海租界駐留)を攻撃。
日本 相手の講和要請を条件つり上げでフイにし、相手にしない宣言で、重慶まで追いかける。
当時の侵略定義はあいまいだが、相手主権の地に介入したのは、日中間で日本だけ。
上海租界も、主権者は中国。そもそも日本租界ですらない。
>>354 >華北分離工作がいくら酷い工作でも、攻撃側は中国で変わらんよ。
停戦中の事件なら、中東や半島でも多々あるが。
相手を不当な介入者と見なし、停戦中も散発事件を起こし、
相手のさらなる占領行為を誘因する点では、
中国(パレスチナ) VS 日本(イスラエル)
の構図にあてはまる。
中国は常備200万の日本の十倍の兵力をもっていたが
そのうち8万はドイツ軍事顧問団に訓練されて、
ドイツなどから輸入した最新装備を優先して与えられた優良師団。
列強の常備師団とも同等以上の戦力だとみられていた。
顧問団の指導で上海郊外に近代要塞線を張り巡らせて
ファルケンハウゼンから一戦で日本を撃退できると太鼓判押されて気が大きくなっていたんだよ。
主力根幹部隊の全てと、
中国唯一の士官学校を出たエリートの大半を注ぎ込んで第二次上海事変を戦った。
その結果、一戦で士官学校卒業生の半分と精鋭部隊の全てを失ってしまった。
自軍の戦力と日本の戦力を読み違えたんだな。
>>379 >ファルケンハウゼンから一戦で日本を撃退できると太鼓判押されて気が大きくなって
気が大きくなって調子に乗ったのは日本もだな。
せめて満州で止まっとけと。
あんな形の日中戦や大東亜戦争にならなかったろうよ。
日本の租借地や居留地に何度も攻撃してくるんだぜ。
ここ10年くらい前からずっと。
早くなんとかしないと。って思ったんだろ。
別に何度も攻撃に耐えかねて華北分離工作した訳じゃないだろ。
単に欲張って満州権益を拡大したかっただけ。
傀儡政府建てて密貿易まがいまでするし。
「守るため」てのも便利な言葉で、
権益拡大の要素も入ったりする。
日本を守るため半島確保(日清・日露)
日露戦で得た鉄道権益を守るため満州全土制圧(満州事変)
満州国を守るため華北介入(分離工作)
では確かに際限もない。
満洲で止めときゃよかった。
フランスはどこいったんだ
脱線しすぎ
ファルケンハウゼンはむしろ開戦には消極的だったような
フランスはイタリアと甲乙付けがたいヘタレ国家だからなぁ
第一次百年戦争じゃ滅亡寸前で村娘の個人技で延命し、第二次百年戦争じゃことごとくイギリスに負けて唯一勝ったのがその後の影響考えたら絶対に勝ってはいけないアメリカ独立戦争というKYさ
フランスってかのナポレオン時代ですらたいして強いわけじゃなかったりする。
ウェリントンやネルソンにはほとんど全敗だしな。
最初に国民国家作って徴兵で大兵力を用意できたため、
数に物をいわせて敵国を打ち破っていたのが当時のフランス。
だから勝ったといっても損害は敵より多いというようなのが
ナポレオンが直接指揮した戦いでも珍しくない。
てかフランスの中ではずば抜けた軍事天才ナポレオンですら、
兵力優勢でなければ普通に負けてたりするし、軍事史的には平凡。
百年戦争ではブルゴーニュがイギリスよりだったし
ジャンヌダルクは結局何をやっていたのかよくわからない
ナポレオンが思い出すまでみんな忘れていたほどだ
シャルル7世だって忘れていたんだからな(笑)
百年戦争の勝因は内紛がおさまってブルゴーニュやイギリスより
兵力が多くそろえられるようになったから
>>389 いやナポレオンは強かっただろ
数で押したのもあるが寡兵で敵を打ち破った戦いだって多い
解放戦争やワーテルローの戦役のような敗戦も
敵より兵力が少なかったが敵の方が損害が大きかったりする
まあナポレオンの戦果も部下の将軍の働きや
カルノーの軍制改革によって機動力が改善された面が大きかったんだが
歴史的には常勝を誇るだけでなく、
半分以下の兵力でも圧勝するような名将は幾らでもいる。
ナポレオンは寡兵の場合があっても多少の差であって、ほとんど互角な戦力といっていい。
兵力が優勢なうちは順当に勝つが、互角以下なら勝ったり負けたりというのは
最低限の仕事はできる優れた軍人ではあっても、
それくらいの軍人なんて何時の時代でもどこにも居る程度のもので、
歴史的な視野で見れば名将というに足りない平凡さ。
もっともそんなナポレオンでも
あくまでフランスの中では不世出の際立った名将には違いない。
あの時代のフランス軍が強かったのは
数学者様のおかげであって、
補給と機動力が他国より優越したことが大きい
ナポレオンが平凡とすると
あの時代の良将はウェルズリーかダヴーぐらいになるが
397 :
世界@名無史さん:2008/10/23(木) 10:58:30 0
>>389 それを聞いて日本でも何とかなりそうな気がしてきた
ナポレオンが最低限か
随分と笑える論評だな
400 :
世界@名無史さん:2008/10/27(月) 06:21:46 0
大山巌>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>ナポレオン(笑)