世界史に於ける秀吉の朝鮮征伐の考察その7

このエントリーをはてなブックマークに追加
498世界@名無史さん
世界史版でも主張したことだが、日本の戦争目的は文禄の役(大明
征服)慶長の役(朝鮮南部の制圧)だったはずだ!
そのために文禄の役では16万〜20万人、慶長の役では14万〜18万人
の兵力を投入している。
戦争期間は文禄の役は約1年間、慶長の役は1年半程戦ったが、結局
外国に寸土もてにいれることができなかった!
やれ、朝鮮半島は寒くて凍死者が続出したとか、あるいは朝鮮半島
が貧しくて現地調達がうまくいかず餓死者がでたとか、また沿岸部
に建設した倭城は1つも落城していない、とか強がってみても、上記
目的を持って半島に侵略しながら、成果を挙げられなかったのは、
秀吉の戦争指導の不味さもあるが、日本軍が大してつよくなかった
ということだろう!
>>494
 秀吉も秀長も本来物量で敵を圧倒するタイプの将だから、明国内で
優勢な敵を相手に勝利できるとはとても思えない!