109 :
世界@名無史さん:
>>107 いずれもっと詳しい人に訂正してもらうとして
長くなるけど革命史の変遷を書いとこう。
◎まず同時代から、ナポレオン体制下にかけては
ジャーナリスト(起こした人たち)によるパンフレットの「ひたすらな賛美」
ロベスピエールとかダントン、マラーといった革命家たちの本職は
たいていが弁護士やジャーナリストといった「雇用主」のある職業だが
そこはタブーとして触れられないパターンが、これ以降定式化される。
110 :
世界@名無史さん:2007/01/30(火) 21:28:48 0
◎続くナポレオン体制下から、それがポシャッてからの20年間?ぐらいにかけては
ギゾー・ティエリ・ティエールらのブルジョワ風のやっぱりマンセー史観。
キチガイ度は同時代の賛美に較べると、かなりマイルドになってるが
今読むとやっぱりおかしいかも。。。
王政復古期は革命に関わった人間がかなり処刑されたりしてるが、にも拘らず
学界やジャーナリズムが革命マンセー一色だったのは非常に興味深い。
ギゾーやティエールは学者というにはあまりに政治的で、後に政治家としても使われてる。
111 :
世界@名無史さん:2007/01/30(火) 21:30:25 0
◎ギゾーやティエリの次には、ミニュやビシェがきて
「人類史の頂点的」史観は継承ないし強化されていく。
◎この傾向が頂点に達したのがおそらくミシュレの時代。
ミシュレ、ルイブラン、ラマルティーヌ、キネあたりが
古典的フランス革命観の完成期といえるのではないかな?
フランス革命の歴史形成には歴史家以上にジャーナリストが
多く関わっていて、ルイブランやラマルティーヌはそう。
ミシュレの「フランス革命史」は今日では文学としての評価の方が高いかも
112 :
世界@名無史さん:2007/01/30(火) 21:32:50 0
◎そこに衝撃を与えたのがテーヌの「近代フランスの起源」
これまで革命の残忍な部分は多くは隠されていて、仕方なく出す場合でも
輝かしい正当化をともなって叙述されることが多かった。
テーヌは、一般に史家が感激を表す部分も冷静に通し
残虐シーンもバシバシ取りいれ、タブーだった各コミューンの不自然な動きにも触れる。
テーヌというのはすこし陰険なところがあって、
もともとエコールノルマルに首席で入るくらいの頭の持ち主なのに
過去に思想問題から教授試験に落ちた経緯から(グランゼコルは革命防衛のため出来たガッコ)
ペイペイの時にこのテーマで書いてもモミ消されると考えたのか
自分がフランス最大級の文芸批評家になって、到底無視できなくなった晩年に
畑違いの分野で分厚い本を書いたのでは?と思われるきらいがある。
仏大革命と同系統の勢力がバックにあったパリコミューンの鎮圧直後で
彼らの勢力が一時的に弱まってた事もあって、この本は一気に古典になる。
第一部はアンシャンレジーム期記述の名著として「日本」でも翻訳済み。
肝心の残虐描写イパーイの二部だけなぜか「日本」ではカットされてしまったが
ルボンの「群集心理」はじめ、いろんな本にかなりの量が
抜粋されてるので大体どんな内容かわかる。
113 :
世界@名無史さん:2007/01/30(火) 21:33:48 0
◎この後登場するマンセー派はこの本との対決から出発する。
オラールしかり、マティエしかり、ジョレスしかり
19世紀末から20世紀初頭にかけてのこの時期はジョレスのように
「社会主義」の立場にたってフランス革命を賛美するというパターン。
ソルボンヌでは、オラールとマティエが勢力を二分。
「フランス革命史の歴史」には不可思議なところが多く
革命史形成に携わった史家に「ジャーナリスト」がやたら多いのもそうだが
ソルボンヌに初めて革命史の講座が設立されたのも、なぜかやっとこの時期。
それも初代教授に就任したのはオラール。
「フリメが起こした革命の歴史をフリメが教えてどうするの?」
って突っ込みは誰か入れたのかな?
114 :
世界@名無史さん:2007/01/30(火) 21:36:50 0
◎この頃、本格的な「フリーメイソン陰謀史観」も登場する。
それが古文書学校出身のコシャンで、今まで噂的だったものを初めて実証に持ち込む。
テーヌにもその種の記述は多少あるが、彼の主な関心は同時代的に並ぶものない筆力で
残虐描写をする事に注がれており、こっちはあまり興味はなかったのかな
テーヌはどちらかというと仏の群集心理研究に道を開いた。
学界の双璧のオラールとマティエは当時
「ダントンとロベスピエールはどっちがエライ?」
というアホみたいな論争を大真面目に繰り広げていたが、
反コシャンという点では完全に一致して共同戦線を張る。
コシャンは第一次大戦で戦死。流れも途絶える。もちろん「日本」では未訳。
115 :
世界@名無史さん:2007/01/30(火) 21:38:28 0
◎このあとオラールの講座を引き継いだのがルフェーブルだっけ?
マルクス主義の立場からの革命賛美はジョレスを継ぐかたちだけど
経済的な面の実証研究なんかで、1960年代に入るまで革命史の第一人者。
116 :
世界@名無史さん:2007/01/30(火) 21:40:45 0
◎ただ、結局テーヌの衝撃は大きく(ボディーブローで効いて来た?)
現在の革命史には、そういう部分の記述は不可欠となった気がする。
何年か前亡くなるまで
この分野で主導的史家だったのはフランソワ・フュレで
元共産主義者なのに、トクヴィルの影響が強く、
革命の「意義自体」に関しても否定的。(このひと手法はアナ−ル的)
「惨劇はあったが民主主義には役立ったかも」というのではなくて
「社会経済的観点から観た疲弊は致命的で、民主主義にも現実にはほとんど寄与してない」系の結論