1 :
世界@名無史さん :
2006/12/31(日) 14:29:03 0 フランス革命の歴史的意義って何? 王政を倒したまではいいけど、 ロベスピエールが独裁して、めちゃめちゃになっちゃって、 結局ナポレオンが権力握って、王政に戻っちゃったジャン。 ナポレオンが倒れた後も王朝が変わっただけで王政は変わらなかったし 二月革命が起こった後も、またルイナポレオンの王政に戻ったじゃん。 結局1871年まで王政が残っていたし、20世紀末まで王朝派のクーデター計画とか あったんだよな。結局フランスってイギリス流の代議士による議会制民主主義 を導入してやっと国として収まったんだよね。やっぱり、イギリス流の議会制民主主義 は世界中を幸福にしたんだけど、フランス革命はそういうの全然ないんだよな。 近代文明はやっぱりパックス・ブリターニカとその後継者のパックス・アメリカーナの影響が による物であって、フランスなんて近代史において全然影響ないんだよね
>>1 フランス革命がなかったらベルばらは生まれなかっただろう。
フランス革命以前の王政と以後の王政はまるで違うが…
4 :
世界@名無史さん :2006/12/31(日) 15:04:35 0
「ミラボーのアトリエ」が翻訳されないと話にならない。
フランス革命が各国の革命の火種になった。もちろん各国でもフランス革命以前からこの潮流はあったが、 この革命によって革命の驀進が始まり、収集がつかなくなった=次第に王政維持がもはや不可能になった。 フランス革命が起きなくても他の国でおきていたのだから重要ではない、と言うのなら、その革命が 火種になるのだから最初の革命自体が重要なことには変わりない。 いずれにせよフランス革命は当時の王権社会を根本から覆した事件だから世界史に於いて重要な機転。 ハプスブルクもプロイセンも、当時の欧州、どの国もフランス革命には震撼した。
7 :
世界@名無史さん :2006/12/31(日) 23:57:27 0
やっぱりギロチン! 革命を芸術にしたのは、血に飢えたギロチン斬首台!
フランスは革命無しに改革することはできなかったのでしょうか?
9 :
世界@名無史さん :2007/01/01(月) 03:39:00 0
「可能性はあったが、そうならなかった」で終わってしまう質問だ。 倒幕無くして改革はすることはできなかったのでしょうかと同じだ。
革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標をもってやるから、 いつも過激なことしかやらない。 しかし革命の後では、気高い革命の心だって、官僚主義と大衆に飲み込まれていくから、 インテリはそれを嫌って、世間からも政治からも身を引いて世捨て人になる。
11 :
世界@名無史さん :2007/01/01(月) 10:04:43 0
フランス革命に限らず、日本ではやたら「革命」が美化されているように 思うが、気のせい?
フリーメーソンの陰謀
13 :
世界@名無史さん :2007/01/01(月) 10:04:46 0
フランス革命に限らず、日本では「革命」が過大評価されているように 思えるけど、気のせい?
イギリスや北欧諸国では革命がなかったはずだけどな。 なのに日本は革命を一度も経験していないから前近代的だ、みたいな ことがよく言われる。
15 :
世界@名無史さん :2007/01/01(月) 11:09:03 0
>>14 イギリスに革命が無い?
清教徒革命や名誉革命はどうなるのです?
>>15 ピューリタン革命はイギリス本国では内戦と呼ばれている。
これを「革命」と呼ぶのは一部の歴史家だけ。
名誉革命って、実態はオランダのウィレム3世による無血上陸作戦の
成功といったほうがいいでそ。
内戦と革命の違いとは?
体制側が勝ったら内戦 反体制側が勝ったら革命
明治維新が革命か否かも、人によって意見が分かれるな。
単に武士から天皇への権力移譲だから。
>>20 でも国家のシステムはつくりかえられてしまったな。
同時代の清朝と比べればよくわかるけど。
較べなくてもわかるだろ
23 :
世界@名無史さん :2007/01/01(月) 19:11:50 0
もと駐仏大使の小倉和夫が、フランスには私立大学はなく、予算だけでなく 人事権もすべて政府が握っているので、「これでは大学の自治など、まるで ないじゃないですか。あなた、権力の介入があったらどうするんですか」 と尋ねたら、相手のフランス人は「お前の質問は、それ自体が間違っている。 政府は、我々市民を守るために存在している。だから政府は、大学の自由を 守るために存在している。したがって大学の自由を政府が犯すということはない。 なぜならフランス革命以来、我々市民が政府をつくっているからだ」と答えた というエピソードを語っていた。 アングロサクソン諸国との違いに驚かされる。
24 :
世界@名無史さん :2007/01/01(月) 19:17:43 0
>23 その割には、暴動が多いな・・・
スレとは直接関係ない話だけど、欧米では中国の辛亥革命はどう評価 されてるの?
26 :
世界@名無史さん :2007/01/01(月) 19:35:45 0
>>1 フランス革命は偉大だったと思うけど、日本ではフランス革命の影の部分
(ヴァンデの虐殺とか)、
あるいはフランスの後進性や反近代主義についてあまり知られていない希ガス。
たとえばルイ14世のもと、コルベールが行った産業・海軍育成政策は、現代で
いえば開発独裁国家がよくやる方法。(当時はオランダやイギリスのほうが
進んでいた)
また、19世紀末のフランスではナショナリズムと社会主義思想が結合して、
「国民社会主義」と呼ばれる観念が創出された。この思想家の一人である
モレスは、金融資本主義・集中された産業と政治権力・イギリスとユダヤ人を
激しく攻撃し、フランスは大搾取者であるイギリスの金本位制に対して正直な
農業諸国民に加担して銀本位制をとるべきなどと主張していた。
>>24 暴動には政府要人が、直接対面形式で話し合いを行ってる。
ttp://d.hatena.ne.jp/kiyonobumie/20061209 思想としての“共和国”―日本のデモクラシーのために
ドゥブレが試みたのは〔・・・・・・〕実はフランス型の<共和国(制)>と
アングロ・サクソン型の<自由主義的民主主義国家>は根本的に異なる
ふたつの類型なのだということを明らかにしつつ、同時に、新自由主義的
な世界秩序の盟主ともいうべきアメリカの自由主義(〔ドゥブレのいう〕
デモクラットとは、民主主義者というよりは自由主義者のことです)を
排し、フランス型共和国の理念を擁護することでした。
29 :
世界@名無史さん :2007/01/02(火) 18:22:01 0
18世紀末〜19世紀のフランスって、なんであんなに政治的な振幅が激しかったの? フランス革命→王政復古→七月革命とルイ・フィリップによる七月王制→ 二月革命と第二共和政→ナポレオン3世による帝政…
30 :
世界@名無史さん :2007/01/02(火) 21:56:02 0
ブルボン復古王政=大貴族、上級聖職者の利益代表 オルレアン王政=新興資本家の利益代表 第二共和制=過渡期のごった煮体制 第二帝政=ポピュリズム型開発独裁、全国民の利益代表を宣言するも敗戦で崩壊 という事で、各階級が自分たちの利益を各々の体制に託した と理解しているんだけど、これでいいの?
31 :
30 :2007/01/02(火) 22:01:17 0
>振幅が激しかった
>>30 に述べたように、フランスで社会が推移するにつれて
当時の実力層の利益代表者が政権を取ったと理解しているんだが
多分異論反論あると思うので宜しく。
32 :
世界@名無史さん :2007/01/02(火) 22:09:09 0
18世紀初頭からフランス革命が起きる前の80年代までは、 フランスの経済成長は大幅に伸び、その率はイギリスを上回っていた。 しかし、フランス革命により、大幅に後れを取ることになった。 という見方もあるな。
『カリブからの問い ハイチ革命と近代世界』(浜忠雄、岩波書店)を読むと、 18世紀フランスの輸出額の伸長率は約5倍(価格上昇を考慮すると約3倍)で、 イギリスのそれを上回っており、これを実現したのは植民地貿易の盛行 だったと書いてある。 フランスの貿易構想の変遷をたどると、 18世紀初頭:食糧の輸入と輸出を機軸とする 18世紀中葉:原材料輸入と製造品輸出を機軸とした「いまだ早熟ながら 工業国型の構造」へと転換 18世紀末:植民地産品の輸入と再輸出が目覚しい発展を遂げた結果、再び 食糧輸入、食糧輸出という18世紀初頭に見られた貿易構造へと転換 となっている。
34 :
33 :2007/01/02(火) 22:37:03 0
つまり、18世紀フランスの経済は繁栄の陰で植民地産品に依存せざるを えないという弱点を抱えていたわけで、ジョージ王戦争(1744-48年)、 七年戦争(1756-63年)、アメリカ独立戦争(1779-81年)の時期には輸出額が 大きく下落している。 さらに植民地体制は黒人奴隷制と、排他制度(コルベールが1660年以降に 創設したフランス領植民地に対する貿易の禁止体系。フランスの植民地 から外国の商品・商人・船舶を排除して本国による独占を企図した) という構造的矛盾を抱えていたことも指摘されている。
>>1 >イギリス流の議会制民主主義は世界中を幸福にしたんだけど、
>フランス革命はそういうの全然ないんだよな。
ナポレオン法典についてはどうでつか?
>>35 建設にかかるコストが増大とか、
ふざけすぎてて使えない糞カード
37 :
世界@名無史さん :2007/01/03(水) 22:21:06 0
アメリカ独立戦争の影響は、イギリスも受けている。 工業製品の輸出は、 対ドイツ向けは1716年で全体の36%にすぎないが、 1787年には60%近くを占め、植民地への依存度は 徐々に少なくなっているけどな。
国内関税はなぜ撤廃されなかったのだろうか?
39 :
世界@名無史さん :2007/01/04(木) 13:03:13 0
少なくとも、ルイ16世のキチガイ王妃さえいなけりゃ、革命は起こらなかった。 ワガママ杉なんだよ、あの糞女ww 国民のこと何も考えてないし。 この王妃の悪評ぶりが、革命を正当化している。
40 :
世界@名無史さん :2007/01/04(木) 13:44:23 0
ヴァレンヌ事件がなければ、国王の人気は衰えず、処刑まで至らず。 立憲君主制を維持したままだったかもしれん。
41 :
世界@名無史さん :2007/01/04(木) 14:15:49 O
流れをぶった切って悪いが、(精神分析の手法を用いてる)評論家の岸田秀的には、革命をやらかした結果の代償があまりに大きく、それを認めてしまうと多くの犠牲が無駄思えてやり切れないから、革命の成果を強調・賛美しているとのこと。 ようするに、フランス人は自己欺瞞に陥っていて、それが根拠のない大国意識(フランス流中華思想?)となって迷走しているとのこと。 岸田は歴史に関しては専門外ですが、こんな意見はどうですかね?
42 :
世界@名無史さん :2007/01/04(木) 14:27:28 0
>革命の成果を強調・賛美している いまどきそんなことを言っている人間は少ないんだがw
43 :
世界@名無史さん :2007/01/04(木) 17:26:32 O
>>42 つまり、自由・平等・博愛の看板にこだわるのは、革命における数少ない成果だから未だにしがみついているってこと。
歴史学的には欧米や日本でも革命の暗部に光を当てているのかもしれないけど、高校くらいまでの学校教育の中なんかには反映されてなさそう。
特にフランスでは、学校教育で革命を否定的に教えるのは難しいんじゃないかと思うけどね。
44 :
世界@名無史さん :2007/01/04(木) 19:18:28 0
ナポレオン1世が敗北したあとは、もうフランスがイギリスに勝つ望みは なかったんでしょうか?
>>44 ナポ没落後のフランスはイギリスとは友好国なので争う必要は無かった。
>>46 つナポレオン三世
つ産業革命
つサン・シモン主義
明治維新と同じだろ。江戸時代は暗黒時代で、士農工商の身分社会だった。 明治維新によりみんな平等になりましたと(実際は違うけど)。
国民国家やナショナリズムという概念は、英仏以外の地域(例えば中東欧)に 輸出された場合、害のほうが大きかったのでは?
ドイツやイタリアは統一へ向かったんじゃなかったけ。 これは害なのか?
>>50 うーん…
統一ドイツはフランスにとっては面倒な相手だよなあ
でもその地域がバラけてると外交は更に錯綜しただろうし…
ハプスブルク帝国崩壊後の中東欧は悲惨。
53 :
世界@名無史さん :2007/01/05(金) 16:59:26 0
革命以前は農民は奴隷だったので 革命を評価するのは当然。 王侯貴族は国民虐待の上に 富を享受していたのでギロチンも当然。
そうも単純じゃなかったんだよ。トルストイ読んでみなよ
幕末の事情を知りたいといった奴に司馬遼太郎を薦めるようなモノだな。
明治維新以前は農民は奴隷だったので 維新を評価するのは当然。 将軍士族は国民虐待の上に 富を享受していたので没落も当然。
57 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 03:56:58 0
ロベスピエールが失脚しなければなあ・・・orz テルミドールのクーデターにフーシェが一枚かんでたのは事実なんですかね?
58 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 14:51:16 0
君主制滅亡の模範になった。 国民解放の聖戦だよ。
59 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 19:59:59 0
ナポレオン1世がスペインに介入しなければそのまま大陸を支配できただろうか。 英仏露の三すくみ状態で。
60 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 20:11:14 0
>>59 あの辺りから、誇大妄想的になってきたんだ
ロシア遠征が致命傷
61 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 21:57:00 0 BE:150813942-BRZ(5000)
スレ違いかもしれないけどヴァンデ戦争関係者で生き残った主要人物っているんですか
62 :
世界@名無史さん :2007/01/06(土) 22:52:40 0
>>60 というか、あの革命は元から誇大妄想的だった。人権宣言とかキチガイの文章みたいだし。
病的な妄想が頂点に達したのは例のロベスピエールの最高存在の祭典の頃。
この手の妄想は今でも続いてたりして。。。
>>62 理性や合理性を追求しすぎてこうなったの?
神様は要らなかった(厳密には、神様の寄生者だが)。 ↓ だから捨てた。 ↓ 市民は不安になった。 ↓ かわりを仕立てた。
65 :
世界@名無史さん :2007/01/07(日) 20:12:14 O
フランス革命には陰謀説があると 友人から聞いたんですが、 資料がみつかりません しっている方いましたら 教えてください
権謀術数は数知れず
67 :
世界@名無史さん :2007/01/08(月) 23:45:23 O
>>66 そうなんですか!?
よろしければ資料とか教えてくれませんか?
フランス唯一の栄光の歴史だから
69 :
世界@名無史さん :2007/01/09(火) 17:23:04 0
革命後は国民はもっと貧乏になった。
70 :
世界@名無史さん :2007/01/09(火) 17:52:50 0
革命後、暗殺だらけ。 生まれ変わりは存在すると、ビラを撒く。
暗殺だらけなのは革命前もじゃん
革命暦が普及していたら、こんな評価どころじゃ済まなかったか。
74 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 09:32:23 0
フランス人自身がフランス革命を過大評価するのは分かるけど、 他国の人間までもがフランス革命を過大評価するようになったのが なぜかわからん。
>>73 歌壇は大変だろうね。名前は風流ちゃあ風流だけどさ
働き詰めなのは変わらんだろうし…
>>74 俺達もやらね?ってのが多いから?
76 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 11:55:34 0
不敬極まりないサヨ革命。
77 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 17:41:07 0
ポール・ジョンソンという英国の歴史家が書いたナポレオンの伝記があるけど、 彼を完全に独裁者扱いして、全体主義への道を切り開いたような書き方。 一方、クリスチーヌ・オクラン著『語り継ぐヨーロッパ統合の夢』(日本放送 出版協会)では、ごく一部のヨーロッパ派は、ナポレオンとヒトラーに共通 するものがあると指摘するが、ナポレオン法典や領主制廃止などの業績から みてこの比較はまったく当たらないと書いている。 スペイン人やロシア人はフランス革命とナポレオンをどう評価しているのかね。
スペイン=侵略者 ロシア=↑に同じく じゃないの?ナポの評価なんて被害者視点で見ればこんなもの。 英雄扱いしているのは当事国のフランスと部外者の日本くらい。
79 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 19:16:26 0
>>65 そもそも「陰謀」という言葉の定義は「目的達成」までの「過程」を「極秘裏」に進行させる事。
革命自体が非合法の「犯罪」なのだから、当然計画段階では極秘裏に進行させた筈。
これは仏革命に限らず、ロシア革命その他でも同じ。
ここまでは陰謀論者・反陰謀論者の間であまり見解の相違はないと思う。
議論になるのは、おそらくここから先で
「現実に行われた工作活動」がちゃんと歴史に書かれているかという点。
つまり同種・同系統の工作を現在も進行形で行っているために、
「急所」の部分を書いてはいないのではないかと言う点。
>>67 に関してはコシャンを読めと。未訳なので自分も読んでないけど
80 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 20:55:54 0
>>65 世界最大の秘密結社フリーメーソンが、裏で手引きしたのは有名な話だな。
これはユダヤによる世界戦略の一環で、アメリカ独立戦争に次ぐ
第二のプロジェクトだった。
>>79 論点がずれてる。もっと別の角度から検証する姿勢も必要だな
81 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 21:03:21 0
>>80 いや・・・
だからそのコシャンというのが、そのフリメ陰謀論で一番スタンダードな基本文献なんだが・・・
82 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 22:08:59 0
>>73 一週間は10日で計算しやすかっただろう。
83 :
世界@名無史さん :2007/01/11(木) 22:13:23 0
左翼の陰謀
>>少なくとも、ルイ16世のキチガイ王妃さえいなけりゃ、革命は起こらなかった。 ワガママ杉なんだよ、あの糞女ww国民のこと何も考えてないし。 この王妃の悪評ぶりが、革命を正当化している。 でも巨乳
85 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 10:25:45 0
国王処刑して、平等の共和国になったのに 皇帝の帝国に逆戻りするのが間抜けだね。
86 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 10:50:40 0
ルイ16世夫婦の一番の罪状は、政治力皆無だったこと。 その場合でもリシュリューやマザランほどでなくとも有能な大臣がいれば なんとかなったのだが、それもいなかった。
87 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 11:14:11 O
「罪と罰」を読んだ限りでは、ナポレオンは血塗られた天才的な英雄として、主人公の憧れになっていた。 これがロシア知識人の一般的なナポレオン観なのかはわからない。
88 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 14:36:05 0
フランス革命が無ければ皆さんを国家権力と資本家の搾取から守る「人権」は無かったのですよ! と、高校のときに習った、予備校のキチガイ教師にwwwwwwww それ以来、フランス革命には肯定的印象が無い
89 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 15:03:33 0
それは好い先生についたね
90 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 15:54:53 0
フランス革命あたりから、「歴史家」とかいうのが出しゃばってきたからじゃない? 「俺が歴史を批評してやるぜ」みたいなのがわらわらと
91 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 18:03:32 O
>>49 オスマン帝国をいじめるために、バルカン半島においては有益だったが、他の地域で興ることに対しては疎まれた
>>88 あれはブルジョワ革命=自由主義台頭なんだからむしろ資本家に搾取する権利を与えたんでねーの?
私有財産保証が国家権力からの不当な搾取を防ぐのはわかるが。
実際、革命前にフランス政府に対しての債権者たちは借金返済を渋る政府によって罪をふっかけられ処刑されてたし。
少し考えるとバンバン死刑を執行した革命がナショナリズムを芽生えさせたってんならともかく、人権と結びつけるのは難しいよな…
92 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 18:21:52 0
何故共和国からナポレオン帝国に逆行したの? 平等のために命かけて闘ったのに
93 :
世界@名無史さん :2007/01/15(月) 19:00:37 0
「平等」は大衆扇動する時の煽り文句に過ぎなかったから 「自由」もそう。 有名な事件で実際に動いてた大衆はエキストラ。 女将さんの「ベルサイユ行進」とかモロそう。
>>92 戦争に勝ちまくってナポレオンがかっこよかったから
95 :
世界@名無史さん :2007/01/17(水) 00:43:06 0
世界史勉強するときなんだかんだで基点になる出来事だと思うがね
96 :
世界@名無史さん :2007/01/17(水) 03:04:01 0
実はイギリスの産業革命が最大の革命だったりして
97 :
世界@名無史さん :2007/01/24(水) 15:13:31 0
98 :
世界@名無史さん :2007/01/28(日) 18:15:48 0
国王と王妃を殺す必要がどこにあったんですか? たいした罪状もなく、形ばかりの「裁判」。
99 :
世界@名無史さん :2007/01/28(日) 18:19:33 0
>>98 イデオロギーで熱くなった革命家連中の狂気と打算の賜物
打算の面からは、敵対勢力の利用という不安材料の芽を摘み取るため
100 :
世界@名無史さん :2007/01/28(日) 18:27:26 0
廃位させ、王と王妃を平民と同じ身分にさせただけではあきたらず、処刑までした。 ただの「殺人」だ。 一般人の人権を奪った革命が」「自由・平等・博愛」だと評価されるのはおかしい。 ソ連崩壊までは賛美されてきたフランス革命も今は批判が多いそうだけど、当然だ。
ソ連邦解体とは、余り関係ない。 200周年がくるまでに批判体制が生まれていた。 フランス革命が評価されるのがおかしいのではなくて、 評価される部分がだけを見てきたがマイナス面が 考慮されていないという批判であるのだから。
>>96-97 産業革命はなかったという人もいる。
多数派ではないが。
103 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 16:06:33 0
ttp://web.kanazawa-u.ac.jp/%7Ekasuya/TatakauFuransugoGenbun.html 「日本人だって、明治時代の解釈が米国人史観だけだったらいやでしょう」。
歴史家でもあるフランス国立図書館のジャンノエル・ジャヌネ館長は、英語に
「闘い」を挑んだ理由をこう例えた。
「危機」は昨年12月に姿をみせた。米ネット検索大手グループが、米英の
5図書館の蔵書をデジタル化し、検索できるサービスを始めると発表したのだ。
1500万冊が無料で閲覧できる巨大なネット図書館の誕生だ。
以来ジャヌネさんは「ネット世代が、米国的な視点にしか触れられない未来は
危険だ」と警鐘を鳴らす。英語の書物が大半だから、というだけではない。
「文化は知の寄せ集めではない。様々な知を関連づける体系こそが文化。それが
米国の一企業に独占されることが危険なのです」
例えばフランス革命直後の時代を英語の検索エンジンで調べると、「ギロチン」
や「粛正」など血なまぐさい話題が多くヒットする。「権利の平等や貧困者の
救済も実現した。善意で単純に割り切れない複雑な時代だったのですが」
つ『フランス革命の省察』(E・バーク)
105 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 17:41:23 0
ドミニク・リーベン『帝国の興亡(下)』(日本経済新聞社)には、 1789年のほとんど宗教的ともいえる神聖さを吹き込まれ、後にはロマン主義的 な民族主義者からも影響を受けた民主主義諸国は、いまや必ずしも帝国より 近代的に見えるわけではない。むしろ、多文化主義、グローバル化、ヨーロッパ 連合(EU)の時代においては、ジャコバン主義的国家あるいは凶暴な民族的 ナショナリズムに比べれば、神聖ローマ帝国あるいは1900年当時のハプスブルク 帝国の持つ側面のほうがましであるようにみえる。民族的ナショナリズムは 20世紀前半にヨーロッパを荒廃させ、さらに21世紀に入ってもアジアの広大な 多民族国家で簡単に勝利を収める可能性がある。 という記述があった。学者の中には、“帝国”が国民国家に比べて不当に 貶められていると考えている者もいるようだな。
106 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 18:59:39 0
その意味で「歴史の歴史」を考える場合 「フランス革命の歴史」は特に面白い。 例えば16C前半の宗教改革前後の歴史記述は大体ランケが大枠を作り、 細部の精密化や事実認識の深化はあったにせよ、それが20Cまで継承される。 ところがこの「革命の歴史」の場合、ある意味歴史家たちの闘争だから。
107 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 20:10:31 0
>>106 近代主義マンセー的な歴史観ってのがあるよな。
ルネサンス、啓蒙思想、フランス革命、産業革命などを讃美する。
これに対してこんな歴史観がある。
ttp://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~miyajima/_txLXK9D.html ヒュシーの出発点は、自分たちが悲惨な欧州大戦を経験したことにある。前述したよう
に、ヒュシーはヴェルダンで戦っていたとき「ひとつの時代の終焉」を確信したが、彼が
いう「ひとつの時代」とは、「教皇革命」に始まるヨーロッパ世界(もっと正確にはカト
リック教会圏)の時代である。結果的に、それはナショナリズムを生み出し、悲惨な欧州
大戦を引き起こした訳だが、もともとヨーロッパはひとつの世界であり、お互いに相互依
存の関係にあったことを、ヒュシーは前線の悲惨な体験によって思い知らされるのである。
「教皇革命」から欧州大戦まで、つまり11世紀中頃から20世紀初めまでの900年
間を「ひとつの時代」と考えるヒュシーの歴史観からすれば、ルターに始まる古代、中世、
近代という時代区分は間違っているということになる(17)。ましてやルネサンス
賛美などは愚の骨頂であり、それはフランス革命後のフランスが、ドイツの宗教改革
に対抗して創りだした神話に過ぎないというのである(18)。ちなみにイギリスは
イギリスで、フランス「革命」に対抗して産業「革命」なるものを自分たちの偉業と言い
立てることになったという(19)。
こうしたヒュシーの近代批判は痛切で、政治をキリスト教の影響から解放したとされて
いるマキャヴェッリのシニシズムは、ヒュシーに言わせればカトリック教会の腐敗の結果
に過ぎず、だからこそルターによる宗教改革が必要になったのだということになる。
また、国家主権論で有名なジャン・ボダンもヒュシーに言わせれば、アイデアをルターか
ら借用しながら、ルターが説いた主権者の義務、つまり聖書の教えを政策に生かす努力の
方は無視して、ヨーロッパに欧州大戦という惨事をもたらす原因を作ってしまったという
ことになる(20)。
108 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 20:25:13 0
フランス経済が破綻したから革命が起きたんだよな ロシアも革命前は経済が破綻していた
109 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:27:23 0
>>107 いずれもっと詳しい人に訂正してもらうとして
長くなるけど革命史の変遷を書いとこう。
◎まず同時代から、ナポレオン体制下にかけては
ジャーナリスト(起こした人たち)によるパンフレットの「ひたすらな賛美」
ロベスピエールとかダントン、マラーといった革命家たちの本職は
たいていが弁護士やジャーナリストといった「雇用主」のある職業だが
そこはタブーとして触れられないパターンが、これ以降定式化される。
110 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:28:48 0
◎続くナポレオン体制下から、それがポシャッてからの20年間?ぐらいにかけては ギゾー・ティエリ・ティエールらのブルジョワ風のやっぱりマンセー史観。 キチガイ度は同時代の賛美に較べると、かなりマイルドになってるが 今読むとやっぱりおかしいかも。。。 王政復古期は革命に関わった人間がかなり処刑されたりしてるが、にも拘らず 学界やジャーナリズムが革命マンセー一色だったのは非常に興味深い。 ギゾーやティエールは学者というにはあまりに政治的で、後に政治家としても使われてる。
111 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:30:25 0
◎ギゾーやティエリの次には、ミニュやビシェがきて 「人類史の頂点的」史観は継承ないし強化されていく。 ◎この傾向が頂点に達したのがおそらくミシュレの時代。 ミシュレ、ルイブラン、ラマルティーヌ、キネあたりが 古典的フランス革命観の完成期といえるのではないかな? フランス革命の歴史形成には歴史家以上にジャーナリストが 多く関わっていて、ルイブランやラマルティーヌはそう。 ミシュレの「フランス革命史」は今日では文学としての評価の方が高いかも
112 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:32:50 0
◎そこに衝撃を与えたのがテーヌの「近代フランスの起源」 これまで革命の残忍な部分は多くは隠されていて、仕方なく出す場合でも 輝かしい正当化をともなって叙述されることが多かった。 テーヌは、一般に史家が感激を表す部分も冷静に通し 残虐シーンもバシバシ取りいれ、タブーだった各コミューンの不自然な動きにも触れる。 テーヌというのはすこし陰険なところがあって、 もともとエコールノルマルに首席で入るくらいの頭の持ち主なのに 過去に思想問題から教授試験に落ちた経緯から(グランゼコルは革命防衛のため出来たガッコ) ペイペイの時にこのテーマで書いてもモミ消されると考えたのか 自分がフランス最大級の文芸批評家になって、到底無視できなくなった晩年に 畑違いの分野で分厚い本を書いたのでは?と思われるきらいがある。 仏大革命と同系統の勢力がバックにあったパリコミューンの鎮圧直後で 彼らの勢力が一時的に弱まってた事もあって、この本は一気に古典になる。 第一部はアンシャンレジーム期記述の名著として「日本」でも翻訳済み。 肝心の残虐描写イパーイの二部だけなぜか「日本」ではカットされてしまったが ルボンの「群集心理」はじめ、いろんな本にかなりの量が 抜粋されてるので大体どんな内容かわかる。
113 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:33:48 0
◎この後登場するマンセー派はこの本との対決から出発する。 オラールしかり、マティエしかり、ジョレスしかり 19世紀末から20世紀初頭にかけてのこの時期はジョレスのように 「社会主義」の立場にたってフランス革命を賛美するというパターン。 ソルボンヌでは、オラールとマティエが勢力を二分。 「フランス革命史の歴史」には不可思議なところが多く 革命史形成に携わった史家に「ジャーナリスト」がやたら多いのもそうだが ソルボンヌに初めて革命史の講座が設立されたのも、なぜかやっとこの時期。 それも初代教授に就任したのはオラール。 「フリメが起こした革命の歴史をフリメが教えてどうするの?」 って突っ込みは誰か入れたのかな?
114 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:36:50 0
◎この頃、本格的な「フリーメイソン陰謀史観」も登場する。 それが古文書学校出身のコシャンで、今まで噂的だったものを初めて実証に持ち込む。 テーヌにもその種の記述は多少あるが、彼の主な関心は同時代的に並ぶものない筆力で 残虐描写をする事に注がれており、こっちはあまり興味はなかったのかな テーヌはどちらかというと仏の群集心理研究に道を開いた。 学界の双璧のオラールとマティエは当時 「ダントンとロベスピエールはどっちがエライ?」 というアホみたいな論争を大真面目に繰り広げていたが、 反コシャンという点では完全に一致して共同戦線を張る。 コシャンは第一次大戦で戦死。流れも途絶える。もちろん「日本」では未訳。
115 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:38:28 0
◎このあとオラールの講座を引き継いだのがルフェーブルだっけ? マルクス主義の立場からの革命賛美はジョレスを継ぐかたちだけど 経済的な面の実証研究なんかで、1960年代に入るまで革命史の第一人者。
116 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:40:45 0
◎ただ、結局テーヌの衝撃は大きく(ボディーブローで効いて来た?) 現在の革命史には、そういう部分の記述は不可欠となった気がする。 何年か前亡くなるまで この分野で主導的史家だったのはフランソワ・フュレで 元共産主義者なのに、トクヴィルの影響が強く、 革命の「意義自体」に関しても否定的。(このひと手法はアナ−ル的) 「惨劇はあったが民主主義には役立ったかも」というのではなくて 「社会経済的観点から観た疲弊は致命的で、民主主義にも現実にはほとんど寄与してない」系の結論
117 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:48:13 0
>肝心の残虐描写イパーイの二部だけなぜか「日本」ではカットされてしまったが >もちろん「日本」では未訳。 日本では「ピューリタン革命」と呼ばれている事件は、イギリス本国では「諸内戦」 と呼ばれている。イギリスでこれを革命と呼ぶのはごく一部の歴史家だけ。 日本における西洋史の紹介・翻訳の仕方を見ていると、ある種のイデオロギー・ 党派性が反映されているのではと疑いたくなってくる。
確かに西南戦争といっているのも九州だけだな。 普通は丁丑の乱。なぜ不平士族の反乱が戦争なのか理解に苦しむ。
119 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:55:54 0
南北戦争は英語では“American Civil War”つまり内戦と呼ぶ。
120 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:56:10 0
いちゃもんつけて修道院やら何やらをさんざん破壊し尽くした罪は重い まぁこれがあったから文化財保護の発想が生まれたとも言えるが
121 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 21:58:43 0
欧州人曰く王権に反抗して新しい政治体制を作ったのは欧州人が元祖らしい。 アレクサンドロス三世が東方遠征してヘレニズムを花開かせたように、 フランス革命は、空前絶後の大革命なんだと。
122 :
世界@名無史さん :2007/01/30(火) 22:00:07 0
ナポレオンに対する評価も、イギリスでは「残虐な侵略者」という イメージらしいね。 漏れは最近までそのことを知らなかった。
124 :
世界@名無史さん :2007/02/01(木) 00:42:10 0
フランスでは、1804年のナポレオン法典で、未婚女性はおろか、既婚女性も 未成年扱いと規定され、不動産の売買などが禁止された。 ナポレオンの最初の妻、ジョゼフィーヌが浪費家で、ナポレオンの外国遠征中に パリ郊外のマルメゾンの館などを衝動買いしたため、既婚女性も「民事的無能力者」とし、 不動産購入などの際には「夫の許可」を必要とするようにしたのが起源だとか。 この「女性の未成年者扱い」は1938年まで続き、パスポートを申請したり 銀行口座を開いたりする場合は、夫の許可を必要とした。 しかも夫は、1965年まで「妻の職業的活動」に反対もできた。 (産経新聞 2006.5.24) >夫は、1965年まで「妻の職業的活動」に反対もできた。 (´・ω・`)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
>>122 イギリスではナポレオンはヨーロッパを戦争に巻き込んだ野心家ってとこなのかな?
126 :
世界@名無史さん :2007/02/01(木) 16:51:56 0
革命が途中から過激化したのは英の小ピットが煽ってたという説もある 英仏のライバル関係の下で、国内をメチャメチャにしてやろうという・・・ (アメリカ独立を仏が援助した事に対する報復なのか) ジャコバン派自体がもともとは、英に近いノルマンディー出身議員の院内会派だったし。 結果的にナポレオンは混乱を収拾して英に向かってきた
127 :
世界@名無史さん :2007/02/01(木) 17:53:50 O
革命のきっかけはフランスの財政破綻。 維新のきっかけは江戸幕府の財政破綻。 指でチョンと押せばガラガラと倒れる。
128 :
世界@名無史さん :2007/02/01(木) 17:58:29 0
ブルボン朝の財政難は初代のアンリ四世から続いている 一種の「病根」なんだよな。
>>126 小ピットはアメリカ独立革命の頃から
市民革命には同情的だったような
130 :
世界@名無史さん :2007/02/02(金) 14:32:02 0
>>106 外交の歴史を見ると、ある一つの権威が全体を覆っている状態(帝国)と、
勢力均衡の時代とに分かれるような。
冷戦もある意味帝国の時代だったのかな。
131 :
世界@名無史さん :2007/02/02(金) 15:28:13 0
ここにいるひとってフランスいったことあるの?
132 :
世界@名無史さん :2007/02/02(金) 16:53:54 O
よい質問じゃw
一応観光で行ったことある。
>>130 オーストリア=ハンガリー二重帝国はある意味画期的な政治体制だと言うわけですね
135 :
世界@名無史さん :2007/02/02(金) 20:18:01 0
フランス革命の遠因はやっぱり外交革命だと思う カウニッツって外交官としてはえらかったかもしれないけど・・・・
136 :
世界@名無史さん :2007/02/03(土) 22:29:01 0
アメリカ独立戦争を援助したブルボン王家って アホ? 共和国作りの手助けとは、自らの首を絞めたような。
137 :
世界@名無史さん :2007/02/03(土) 22:41:45 O
フリードリヒ二世やマリアテレジアがまだ生きてたらどうなってたんだろう・・・ フリードリヒはオーストリア継承みたいに領地獲得に動きそうな気が・・・
138 :
世界@名無史さん :2007/02/04(日) 02:38:14 0
生きてても80代の老人に何ができる?
正直、マリア・テレジアに関しては、彼女が政治をやりすぎたから 娘たちが「自分たちが政治に干渉すること」を当たり前のように思ってしまった、 という可能性もあるんだよね。 跡取り娘だった母親とは立場が違うのは分かってるけど、あくまで娘視点で見たら 「お母様もやってたのに、何で私が政治に口を出してはいけないの?」 となるんでないかと。 マリア・テレジア本人は自分は例外だと分かっていたようだけれど、 母親が政治してるのを日常的に見ている娘たちには、自分の母親が例外だとは なかなか分からないわけで。
未来の難敵に援助したロシアやドイツも十分愚か。
>>136
大英帝国の絶対的支配が完成するよりはマシ。 あの不愉快な連中が今も頂点に立ち続けていたとしたら、ゾッとするわ。 アメリカ人が覇権を握るのも不愉快だが、イギリス人に呉れてやるよりは遥かにマシ。 中ソが握るのは最悪なので、結局アメリカ人が一番マシ。
>>140 100年以上後の話と十数年後の話を一緒にして論じる時点で
どうかと思うがね。
個人的には、ある事件の影響について当事者個人の責任問えるのは
せいぜい50年、国制規模の変革でも100年くらいのもんだろう。
アメリカ独立戦争が逆にフランスに影響与えた訳だし 結局民主啓蒙の旗頭が、大憲章の昔から今までアングロサクソンであることに変わりは無い ロシア革命の方がまだ重要
近代共和制の親とも言えないだろうな。 王族脱走未遂事件まで、ジロンド派の提唱する 立憲君主制が施行される運びだったんだし
赤クメールやらコミーの憧れだから
>>143 ロシア革命による共産主義の動きも結局20世紀にだけ大きな影響を与えたという形になるんじゃないかと。
それなら「国民国家」という形式が未だに世界に大きな影響を与えている訳だが
それが普及する原因になったフランス革命の方が遥かに重要だろう。
/⌒\ ( ) | "| | | | | | | ( ・∀・) /~ ヽy/~\ ‖ `/ )=∞ =/_フっ `~(__Y_)┳┳ ⊂ニニニニニ⊃| マラー暗殺される。全裸で
149 :
世界@名無史さん :2007/02/25(日) 18:36:23 0
>>146 というか
リアルでは単なる内乱に過ぎなかったフランス革命そのものよりも
その後の西欧ジャーナリズムによる「革命の報道」や「革命の歴史記述」の方が
近代史的に重要な意味を持つ。
生前はB級大統領のケネディが暗殺後米メディアの中で伝説化され偉人になったように
ミシュレが幻想を与え、トックビルが修正しようとしたが、 マルクスが再燃させた。 つーところだな。後は馬鹿な左翼がギャラリーとしてウロウロしていたけどなw
151 :
世界@名無史さん :2007/03/10(土) 02:21:35 0
「絶対主義時代」は、権力が中世に比べれば、絶対的だったのかも知れないが、 革命政府の方が「絶対主義」。
>>151 大体世界のどこでも革命政府を名乗る連中は、それまでの人類の歴史上ありえないほど
強権的で専制的だな。
153 :
世界@名無史さん :2007/03/10(土) 06:50:51 O
>>152 やっぱ、革命政府自身が正統性に自信がないから、スローガンを叫びながら強権的になるんじゃない?
体制がひっくり返ると、「オレより格下だったあいつの言う事は聞きたくない」とか「あいつが偉くなれるんならオレだって」と思う輩が溢れて纏まらなくなるだろうしね。
154 :
世界@名無史さん :2007/03/10(土) 07:59:14 0
>>1 >イギリス流の議会制民主主義は世界中を幸福にしたんだけど、
返す返すも凄いスレだな
>>144 近代共和制自体は、国王の処刑と廃位により、“護国卿”
クロムウエルの専制が先駆けだろうな
>>151 絶対王政ほどの普遍性は無いからでしょ
>>152 ただ、それが結果において、悉くダメかとなると、どうかな?
155 :
世界@名無史さん :2007/03/10(土) 08:28:33 0
ナポレオンの実子のナポレオン帝政が続いていたらフランス革命はどんな評価になっていたんだろうか。 今、ナポレオン7世とかが即位してたとして。
157 :
世界@名無史さん :2007/03/17(土) 00:55:43 0
フランス革命は誤解が多い × フランス革命で、農民は無償で土地を得た。 ○ フランス革命で、有償で土地を得た。その中には農民も少しはいた。
158 :
世界@名無史さん :2007/03/18(日) 21:36:59 0
× フランス革命以前、多くの土地は貴族や聖職者が所有していた。 ○ 多くは第3身分が所有
159 :
世界@名無史さん :2007/03/18(日) 23:55:26 0
フランス革命が偉大でないと困る人が多いから。
まあ、民主主義とか共和制とかそういう理念よりも、ヨーロッパ最大の国の王権が暴動によって 滅びた、って事のインパクトの強さだよな。 今で言えば、アメリカで暴動が起こって大統領制が破棄されて、暴動を起こした側がいきなり 王制なり皇帝制なりの成立を宣言したとしたら、似たようなインパクトを世界中が受けるのではなかろうか。
161 :
世界@名無史さん :2007/03/19(月) 20:38:53 0
『ユダヤ七大財閥の世界戦略―世界経済を牛耳る知られざる巨大財閥の謎』 太田龍 著 日本文芸社 版 1991年11月 発行 P21 イザック・ブルュムシェン(1887年ポーランド生まれのユダヤ人、1904年にフランスに来た)が、 1914年に執筆した『優秀人種の権利』(『ル・ドロワ・ド・ル・レース・スペリク』=パリ図書館蔵) という小冊子には、こんなことが書かれている。 「ユダヤ民族はついにフランスの主人公となった。・・・・・・我らはフランスよりフランス人を追放 することを欲するものではない。我らはフランス人が我らの征服に対して謀反するときにのみ 弾圧を加える。従順で勤勉なる土民(フランス人のこと)は、我らに欠くべからざる者である。 我らにとっては支配機関を手中に握り、命令を出すことができれば足りるのである。 20世紀になると同時に、(フランスにおける)ユダヤ人の治世は開始された。フランス史とは、 ユダヤ人によるフランス征服の歴史にほかならない。我らの征服の歴史は、18世紀の マッソン結社の干渉に始まり、20世紀に至って我らが尊敬されるほどの完成の域に達した。 ・・・・・・」 P216 アメリカ合衆国建国の祖の一人、ベンジャミン・フランクリンは死の直前(1789年)、 議会で、次のような注目すべき演説を行なっている。 「諸君にしてもし本憲法草案においてこの人民(ユダヤ人)を合衆国より排除しないならば、 彼らは二百年を出ずして大群をもってこの国を支配し、蚕食し終えるであろう。 ・・・・・・彼らはすべからく我が憲法によって排斥されねばならない」
162 :
世界@名無史さん :2007/03/19(月) 21:55:54 0
フランス革命は、絶対王政の中で、民衆の革命によって 一番最初に倒れた革命だから、他国への影響度が大きいため?
163 :
世界@名無史さん :2007/03/21(水) 19:13:10 0
ロベスピエールが独裁的な恐怖政治を行なって支配した。 というのもあやしいよな。 公安委員会は支配下に置いても、警察権力としての保安委員会や 財政委員会は独立していたのに・・・
164 :
世界@名無史さん :2007/03/21(水) 20:16:04 0
フランス革命って単にフランク王国からの絶対君主制をローマ政(民主制)に 変えただけなんじゃ・・
165 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 17:57:57 0
東大では
世の中に革命全てがまやかし
単に俺たちは凄い事やっているんだって
主張したいやつが「革命」
って用語を作って、鼓舞するために使われているんだって
といってた
フランス革命も情報革命も外交革命もロシア革命、無論明治維新も
革命なんてたいそうな物じゃなくて
数学的に単なる段階的な革新をコツコツ積み重ねているだけで
ある意味歴史の必然なんだってさ
革命なんてすべてまやかし
産業革命もフランス革命も、実際は永い気期間をかけてい
小さい革新も段階的に積み重ねていただけのもの
って考えが主流になりつつある
>>1 は恐らく東大生だ
166 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 18:02:05 0
俺の持論だが
世の中の革命全てがまやかし
単に俺たちは凄い事やっているんだって
主張したいやつが「革命」
って用語を作って、鼓舞するために使われているにすぎない
といってた
フランス革命も情報革命も外交革命もロシア革命、無論明治維新も
革命なんてたいそうな物じゃなくて
数学的に単なる段階的な革新をコツコツ積み重ねているだけで
ある意味歴史の必然なんだってさ
革命なんてすべてまやかし
産業革命もフランス革命も、実際は永い気期間をかけてい
小さい革新も段階的に積み重ねていただけのもの
1の次は2しかありえず3や4になることはありえない
人類の歴史も同じですべてあらゆる行程は1から2 2から3にすすむだけ
フランス革命なんてたいしたものじゃない
>>1 は恐らく東大生だ
確かに 産業革命って実際は段階的な革新にすぎなかったて主流にはなりつつあるな 外交革命に至っては冷めた目で見ればただの軍事同盟だし 大げさにする必要も無いよな
168 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 19:23:08 0
>>162 例えば世に知られる清教徒革命は国王軍が議会軍との戦争に敗れて、
国王は処刑、その後に成された革命だが。
大陸欧州は国内的に内紛を抱えて、介入する処じゃなかった。
対して、フランス革命は主だった周辺の国々は容喙したし(欧州の
王族なんて親戚縁戚が絡み合って他人という事も無し)、
ナポレオン戦争では、その覇権と共に「革命」が全欧州へと輸出
されようとした
>>166 革命と云う用語は余りにも頻繁に使われているから、
食傷してしまったのだね。別に革命と云う単語自体を
死語にしても構わんけど、じゃ、どう言い換えたらいい?
169 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 19:30:00 0
>>163 で、問題はその統治下に成された施政が、なのだが、
無償での農地解放や人権宣言は歴史に残るだろ
>>164 それだけで充分だろ。現代の眼から見れば、だから?
と思う事暫しでも、歴史的には一つの大きな節目になる
170 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 20:44:35 0
委員会制度がよくわからん。 国民公会=議会の一委員会がなんで事実上、政府のトップなのか?
171 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 22:24:40 0
国民公会=立法 各委員会=行政・司法・警察 か?
172 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 22:25:51 0
欧州みたいに歴史記述の少ない地域だと一度の革命が大事件みたいに 人々の記憶に残るからじゃないの?それと近年からの白人至上主義の 政治的宣伝もあって。ヘレニズムなんかと同じ。支那なんか革命に次ぐ 革命の連続なのに。支那革命は単に易姓革命(権力者の首だけすげ変わって 統治制度は変わらない)という評価はおかしい。支那だって周の封建から 秦の皇帝政、それから官僚制、騎馬民族のクリルタイなんかのように、何度も 政治のやり方は変わっている。欧州のみが「人治からすばらしい民主制に 革命によって変えることが出来た」というのは完全なプロパガンダでしょう。 大体欧米は白人のみが民主制であって、カラードは音楽やスポーツ以外まったくと 言っていいほど権力をもてないのに。冗談きついぜ
173 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 23:25:24 0
中国はたびたび民主制や共和制になったのか? 統治制度は変っても大枠は変らないのでは?
174 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 23:31:47 0
階級闘争史観を信じたい共産主義者にとっては 共産革命の前段階として必要だから。
175 :
世界@名無史さん :2007/03/22(木) 23:49:19 0
そもそも民主、共和って分類が西洋史観 実際に住んでいる人からみれば、統治者がかわっただけ
統治者が貴族階級から平民階級に移ったのは「だけ」では済まされない気もするが
177 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 00:00:33 0
>>176 そりゃどんな政権交代にせよ「だけ」ではすまないだろ。
なんでフランス革命だけ「だけ」では済まさないのかを議論してるんだろ。
>>177 貴族階級→貴族階級だったらそれ以前からいくらでもあるって事だろ
>>178 貴族階級→非貴族階級だっていっぱいあるだろ。
力と血の法から、金と知の法に変わっただけ。
181 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 00:30:37 0
日本でも天皇親政から貴族独裁そして軍事政権と変わってきているが、 それを階級闘争とは捉えられないだろ、 フランス革命は階級間の闘争と考えて、 前統治者をギロチンにかけてしまうところが異常なんだよね。
>>181 古代ローマ人が王を追放して共和形を作ったって故事のパクリ。
>>179 交代した後、その非貴族階級は大抵貴族化したと思うけどな
>>183 ボナパルトが肯定になった挙句に身内を貴族に列しただろ。
挙句の果てに王政復古。
185 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 01:09:05 0
今の民主制だって 世襲議員や資本家が(爵位は無いけど)貴族化しているから おさめられる方から見たら同じ
187 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 01:34:42 0
貴族化した資本家をギロチンにかけて労働者階級が政権を奪取しなければならないね。 共産社会には階級がないと考える馬鹿が居る限りフランス革命は偉大だよ。
188 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 01:35:50 0
こんなところにまでウヨウヨかよ
189 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 01:39:21 0
中国には共産党という貴族が居るんだから、笑っちゃうよね。
190 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 01:52:04 0
ウゼエな
臭ウヨ
流れ的に
>>185 のかき込みは別に共産主義や中国をマンセーしたものにみえないんだが?
なにが何でも中韓を持ち出してくんだな
本当に読解力が無くてしかもうざい
191 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 01:59:08 0
193 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 08:10:21 0
マラーはなんで殺されたんだ
194 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 16:33:08 0
>>173 民主制か否かなんてその国の立場でどうとでも取れる。
たとえば日本人の団塊の世代なんかが信じてやまないアメリカの民主主義だって、
結局白人の少数支配だし、金持ちじゃなきゃやってられないし、
欧州なんてのも結局白人至上主義で選挙による平等なんて建前にすぎないし。
196 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 22:48:51 0
建前だけでも平等 建前も実際も不平等 選ぶならどっち
197 :
世界@名無史さん :2007/03/23(金) 22:56:48 0
建前だけ平等って 負けた人の責任を貴様の努力が足りなかったからだって一蹴できるから 便利な制度だよね
>>197 よう努力不足を他人に責任転嫁したい世代君。
199 :
世界@名無史さん :2007/03/24(土) 23:03:17 0
欧米が支那やミャンマーに「人権思想が足りない!」なんていちゃもんつけられるなら、 欧米だって「人種差別撤廃が全然なってない!」といっていちゃもんつけられる。 アメリカなんて実際にこの論法で侵略戦争まで起こしているんだから。 近代民主主義なんて欧米白人が自己に都合のいいようにでっちあげた価値基準にすぎないのさ。
200 :
世界@名無史さん :2007/03/25(日) 02:46:48 0
溺殺刑のような人権思想に基づいた処刑方が世界に広まらなかったのは何でだろ。
ドイツでは溺殺刑は残酷すぎるというので、18世紀までには廃止されたけどな
202 :
世界@名無史さん :2007/03/25(日) 12:06:24 0
>>199 中国のように国内で虐殺やってるような国はどう考えても人権意識なんて
無いでしょ。
203 :
世界@名無史さん :2007/03/25(日) 13:15:33 0
国外での虐殺はいいのか?w
それは論点が違いすぎる
>>202 だからそれを199の論法で返すと
アメリカやヨーロッパのように国内で差別やってるような国はどう考えても人権意識なんて
無いでしょ。
となるわけでしょ。
国民全員が差別主義者なわけがない
207 :
世界@名無史さん :2007/03/25(日) 22:40:52 0
大体アメリカやフランスの移民暴動だって、 それを鎮圧した際に出た死者をもって「虐殺」なんていわれたら、 それこそ欧米なんて数万単位で「虐殺」してるだろ。犯罪犯すのは 黒人やカラードが多いんだから。 白人のウソによってなりたった楼閣はいつ崩壊するのやら。 特に第二次大戦後の極東国際軍事裁判史観はさすがに欧米白人は やりすぎだと思うよ。 ウソで成り立った国なんて長くは持たないよ。
>犯罪犯すのは >黒人やカラードが多いんだから。 それ偏見とちゃう? 「白人のウソ云々」ってとこは見破っておられるのに・・・・
209 :
世界@名無史さん :2007/03/26(月) 23:40:04 0
レジュームチェンジ万歳! 安倍総理も「戦後レジームの脱却」がんばれ
個人の犯罪が、一家や親族に及ぶのが廃止されたのは、 ヨーロッパのほうが早いのそれとも遅いの?
黒人やカラードが犯罪を犯す比率は高い。 しかし、社会環境は生活環境を考慮していない。 多くは貧しいことが多い。 もしも金持ちだったらはたして少額の盗みをはたらくだろうか? もちろん、金持ちでも少額の盗みをはたらくだろうが。 恒産無き者は恒心無し
マリーアントワネットが居たから革命がおきたと思ってた俺w
213 :
世界@名無史さん :2007/03/27(火) 23:22:32 0
ヴァレンヌ逃亡がなければ、ルイの人気は落ちなかった。 すべての元凶はオーストラリア女、赤字夫人
214 :
世界@名無史さん :2007/03/28(水) 00:44:06 0
いや どっちみち同じ 別の口実を見つけてた
赤字女が来る前から 財政やばくなっていたし
217 :
世界@名無史さん :2007/03/31(土) 18:47:38 0
革命のバックに居たのは、ロンドンの金融屋たちだと思うね。 フランスの強い王権は、商売の邪魔だったんだよ。
>>1 当時の文化の中心地が、王権神授説否定して共和主義革命やったら、
そりゃあすごい影響力になるんじゃないか。
219 :
世界@名無史さん :2007/03/31(土) 22:59:00 0
革命というか単に古代ローマ帝国の植民地だったパリを フランク王国からなる専政からローマ政に戻しただけだろ なにが革命だよくだらない ついでにフランス人は人権宣言なんかで詐欺行為を働いている ロックの話なんて矛盾と論理破綻だらけじゃねーか 産業革命といいほんとうに欧州人って田舎者だったんだな 世界の歴史を全然知らねーでやんの
220 :
世界@名無史さん :2007/03/31(土) 23:08:18 0
フランク王国=フランス
222 :
世界@名無史さん :2007/04/01(日) 16:15:23 0
>>1 世界で始めてのブルジョア民主革命だからだろ
223 :
世界@名無史さん :2007/04/08(日) 03:29:27 0
>>218 パリが文化の中心になったのは19世紀後半の第二帝政期。
この時期の都市計画で、今の整然としたモダンな町並みが出来た。
それ以前のパリは中世以来の小さな道が入り組んだスラムに近い町並みだった。
だからバリケードを組みやすく革命の温床になったとされる。その意味で
オスマン知事によるこの都市計画を「革命の都パリ」改変計画と観る論者もいた。
「道幅を異常に広げすぎてバリケードを組みにくくしたのではないか?」
確かベンヤミンがエッセーでそんな事を書いてた気がする。
フランス大革命、七月革命、二月革命と革命しやすい町だったパリも
この都市計画以後の革命はみんな失敗してる。(パリコミューン 五月革命)
ブルジョア民主革命とはなんなのですか? それが本当に偉大なことだと言えるのかってことでしょ。
225 :
世界@名無史さん :2007/04/08(日) 21:13:18 0
支那なんて数え切れないほど「革命」を起こしてるけどな
226 :
世界@名無史さん :2007/04/08(日) 22:28:06 0
ブルジョワ民主主義革命だと正確な歴史的規定を受けている割に どういうブルジョワがどういう風に資金を出してたのかは 未だ歴史記述ではタブーなのがおもしろい革命
国家を「国王の持ち物」でなく「国民の持ち物」と主張したのが一番重要でしょう。 その概念から国民国家が誕生した訳だし。
日本文化チャンネル桜は、平成十九年三月三十一日をもってスカイパーフェクTV!Ch.767における
24時間放送を休止し、同Ch.241「ハッピー241」の夜の時間帯で放送を続けることになりました。
※「ハッピー241」での放送時間(4月1日?)は、以下のとおりです。スカイパーフェクTV!
の受信環境があれば、どなたでも無料でご覧になれます。
【月?金】18:30?21:30/23:00?24:00
【土・日】21:00?24:00
http://www.ch-sakura.jp/index.html
229 :
世界@名無史さん :2007/04/10(火) 06:55:25 0
>>227 絶対王政期の思想的基盤はあくまで王権神授説なんだが。。。
国民国家もリシュリュー期あたりが源泉だし
>>229 源泉があってもそれが体制化した事の方がよほど重要だろ。
231 :
世界@名無史さん :2007/04/10(火) 17:38:13 0
革命というのは名ばかりでクーデターみたいなものやな
>>231 むしろクーデターで無い革命はあったためしがなかろう。
233 :
世界@名無史さん :2007/04/10(火) 19:18:05 0
いいクーデターと悪いクーデターがあって フランス革命は悪いクーデターだよね
フランス革命自体は起きるべくして起きた必然的な出来事。 あそこで第三身分のブルジョワ層を味方につけて特権階級の力を削ぐ、といった芸が出来なかったルイ16世が無能だっただけだ。 国王で無能なら殺されても仕方がない。
>>234 結果から見れば権力闘争に明け暮れフランスを暴力の嵐に陥れた「無能な」第三身分を味方につけろと?
236 :
世界@名無史さん :2007/04/11(水) 20:52:09 0
>>227 そんなん支那だって主張してるよ。社稷は民草によってなりたっており、
皇帝とはその民の生活を助け、苦しみをのぞき、エビスから守るためにあるのだ、と。
だから皇帝がその役目を放棄ないしは職務怠慢だったら民衆が「革命(天命改まる)」を
起こして現皇帝を廃し、新しい皇帝を擁立するんだよ。人類に良さそうな概念はなんでもかんでも
欧州と古代ギリシャ起源だと思ってるんじゃねーよ。
237 :
世界@名無史さん :2007/04/11(水) 21:24:29 0
>>230 体制化にすら寄与してない。むしろそれを防げた。
>>234 ナポレオン戦争まで含めると
結果的に「国民で無能なら殺されても仕方がなかった」
という展開に至っちゃったんだな。この革命は。
だいたいブルジョア革命という考えそのものに大した意味がない。 要は社会の進歩により増大する情報をどうしたら適切に処理できるかって事でしょ。 この時期は先ず議会をうまく起動させることが最大の目標だったはず。 国王はそれを考えていた、が、第三身分の連中があまりに欲が深かったばっかりにむちゃくちゃになってしまった。 議会すらまともに運営できない国民が、革命がどうとか言ってみても仕方がなかったってことさ。
ルイもアントワもナポレオンもアルスもみ〜んな馬鹿!天才は103系だけで充分。 ____皿_皿┌""┐二二┐皿_皿___ _皿_皿┌""┐二二┐皿≦≦”≧_── / =.(∞).=ヽ‐─────────────| |──────────────| |─___ |┌┬┬┐|ll |]|]|┌┐|]|]|┌┐|]|]|┌┐|]|]|┌i| |i┐|]|]|┌┐|]|]|┌┐|]|]|┌┐|]|]|┌i| |i┐─── |└┴┴┘||| | | |└┘| | |└┘| | |└┘| | |└゙| |゙┘| | |└┘| | |└┘| | |└┘| | |└゙| |゙┘___ |_。________。_|||_|_|_|__|_|_|__|_|_|__|_|_|____|_|____|_|_|__|_|_|__|_|_|__|_|_|____|_|_── . _|_|_lxロl_|_|_〔」oL三」oL〕 U└┘U 〔」oL三」oL〕 〔」oL三」oL〕 :EEEEl: 〔」oL三」oL〕 〔」oL ̄ ̄ ─`====´└┴─└┴────└┴─└┴‐└┴─└┴────└┴─└┴‐└┴─
240 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 01:14:36 0
民衆もアホだったとは思うが 少しでも当時のフランスを研究している人にとっては 「ルイ夫妻に過ちが無かったとは言い切れない」と結論づけるだろうだろう 革命当時の日記に「何も無し」と書くボンクラでは民衆が愛想を尽かすのも当然
>>240 その「民衆」は誰だったのか、って問題はあるわな。
242 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 12:50:52 0
あの当時のメディアでは、何をしてたにせよああいう取り扱いだな 個々の言動はほとんど関係ない。
「パンがなければ〜」 情報源が何であれ、それらしきものを手に入れたマスメディアが どれだけ自分勝手な被害妄想を勝手に脹らまして当然のように情報を改竄してしまう存在かも証明する一文
244 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 17:18:19 0
>>237 死の重みが全然違う
国民は勇敢に戦場に闘ってフランスの国威を高めていって死んだ。一人一人は神となった
ルイは無様に命乞いをしながら馬頭の中でクビチョンパされた犬死に。魂は地獄へ堕ちた
245 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 18:09:45 0
エベールが マリーアントワネットの近親相姦ネタ(五歳の王太子と)を煽ったり あの当時のジャーナリズムは2ちゃん以上なのよ
国内の不満をそらすための対外戦争が革命の結果ではないか? 騙されて戦場に散った国民よりも王朝の歴史を背負って処刑された国王は地獄に堕ちるのか? ヴァンデの大虐殺で死んでいった人々はどうなんだ?
247 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 21:09:57 0
御国の為に勇敢に闘って散っていった国民は神になった ヴァンデは国民の士気を下げるだけでなく、外国と共謀して 国内をかく乱しようとした。日本の刑法に置いても外患罪は死刑一択なわけで 国王ともども魂は地獄へ落ちた
248 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 21:13:55 0
ルイは処刑される前に国王剥奪されており 刑死する前は一国民として処刑された 王朝の歴史を背負って死んだわけではない そこらの乞食が処刑されたのと同じ
元国王は一国民としてどんな罪で処刑されたんだ? 単なる気違いによる狂った所業でしかないじゃないか 経済はダメ、治安もダメ、外交もダメ、何もできない奴らが妄想だけで国を動かそうとした。
250 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 21:57:34 0
何いっているんだ。
>>249 のような
日本語も駄目、法律も駄目、歴史も駄目というやつに
何でルイが処刑されたかおしえてやる
第八十一条 【 外患誘致 】
外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する。この条文は未遂犯も適用する
251 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 21:58:57 0
外患罪で国を売ろうとして刑に処せられた犯罪者と御国のために勇敢に闘った兵士を一緒にするとはなんたる無礼
252 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 22:04:22 0
フランス革命の後、国民は最初から国王を処罰する気はなかった 国民の多くはルイを信じていたし、人気もあった 立憲君主として、年金ももらえたわけだし 暫くの間謹慎していれば王家も存続していたはず しかし、国から逃亡してオーストリアの軍隊を招き入れようとしていた これは明らかに国に対する反逆であるはず 国民は泣く泣くルイを処罰せざるえなかった。外患罪は死刑一択である まさしく、泣いてルイを切る だったわけ
253 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 22:14:23 0
外患罪というのは刑法の中でもっとも恥ずかしく、重大な犯罪である。 ゆえに刑法はそれを重く扱い量刑は死刑しかおいていない 殺人罪であれば個人の問題だし、ケースバイケースもあるだろうから懲役から死刑まできわめて弾力的な措置がとられる 内乱罪は国に対する罪であるけれども 外国の手を借りず自分の手でやる分正々堂々としている分まともである 日本の刑法で、例外的に死刑以外に、名誉刑罰の禁固刑がかせられるのは内乱罪だけである ルイはこちらで反革命をすればまだよかったけど いずれにせよ外国の力を借りるという真似は下劣であり許されるべきではない
だからその国民とは何なんだって話でしょ、 王党派を虐殺、キリスト教を停止し、妄想だけで混乱させるばかり、 自分たちと違う意見の持ち主は外患罪で処刑かよ。 気違いじゃん
255 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 22:25:37 0
>>254 王党派も外患罪適用だよ
イギリスの軍隊を招きようとしてた愚劣な連中
処刑は当然
宗教の自由はあの当時は制限あって当然
国家総動員体制なんだから
戦前日本と同じ事情。
国民とはフランス国民のこと
そしてそいつらは王党派や王家がせっせと外国に手紙を書いてた時に
勇敢に戦場で戦っていた英雄達のことだ
どちらの意見が尊重されるべきかいうまでもない
戦前日本でいえば
国王、王党派=共産党員
国民=最前線で闘っている兵士
王党派はフランス国民じゃない自分たちだけが国民だって言う奴らが気違いだって言ってるの。 騙されて戦場に向かうことが英雄か?
257 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 22:35:13 0
王党派はフランス国民だけど 犯罪を犯して言い訳が無い 外患罪適用されれば処刑一択 イギリス軍使って反乱を起こして抵抗するようなら鎮圧しなきゃならんでしょ
ダントンやロベスピエールなんて連中を信用できるわけねえべ、 監禁しといて何が外患罪だ。 革命が成功していれば、人民服を着たロベスピエールが首領様になってふんぞり返るだけだっただろう。
259 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 22:47:20 0
監禁といっても保護措置として必要だっただけ 逃げられたらたまらんよな 暫くの間我慢しているだけで解放される可能性は高かったはず 一家家財まとめて逃げれるくらいのもは監禁というより軟禁だよな 非常に寛大な措置ではなかろうか
何故軟禁 きちんと国王としての権威と威厳を保つことを約束していればよかったことじゃん。 すべての国民と信頼関係を築いてこその国民政府ではないか? 何の努力もしないで暴力で押さえつけることが革命か?
261 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 23:04:17 0
王権「停止」ってわかるか 今は止む得ない事情で、権利を停止するけど あとで復帰させるよって含みがあるんだが 立憲君主として復帰させる予定だったと思うよ。 ウァレンヌがなければね 王党派も国王も外国を招き入れようとしてなければ処刑は無かったはず 内乱罪だけなら禁固刑という選択もあったからね しかし、外国の軍隊と連絡をとった時点でもうアウト 法の精神のもと、たとい親愛なる国王でも、復帰させる気であったとしても 処罰は免れない
国境をはさんで国と国が隣接する欧州だから、 その辺のことに関しては我々とは感覚が違うよな
263 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 23:13:41 0
>>260 >きちんと国王としての権威と威厳を保つことを約束していればよかったことじゃん。
軟禁後の国王夫妻はそれなりに待遇は与えられていたよ
でかい屋敷と召使い数人与えられて
>すべての国民と信頼関係を築いてこその国民政府ではないか?
そのとおりだが、その信頼関係を一方的にやぶったのは国王
>何の努力もしないで暴力で押さえつけることが革命か?
散々努力しても、馬鹿に付ける薬無しと断じて処刑したから「革命」
最後は法の精神のもと刑法の条文にそって王を処断した。
264 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 23:17:41 0
アンチ革命派は すぐに 「問答無用で国王夫妻を断頭台へ連れて行った。野蛮だ」と プロバガンタを流すが それはおかしい 断頭台へ送られる前にいろいろ紆余曲折があって、 国民の信頼を破る最終的な原因を作ったのは国王の側であることを省略している
革命期のフランスで最大の悪は、国王でも革命派でもなく、数々の特権を貪りながら国王にも国家にも報いなかった多数の第一第二身分の屑どもだろ。 そもそもこいつらが免税特権の廃止に同意してりゃここまで話がこじれなかった。
266 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 23:30:21 0
第一第二身分は自力で反乱起こした分 どこかの外国勢力の力を借りようとした奴よりマシだろ 内乱と外患って似たようなもので全然違うよ 内乱罪ってのは名誉的な意味合いが強いので一般刑法犯より良い待遇を受ける けど、外患罪は売国奴。殺人罪などの一般犯罪以上に愚劣のレッテルを貼られる
貴族どもの国の借金について何も考えない態度について小一時間
268 :
世界@名無史さん :2007/04/13(金) 23:40:13 0
貴族は国に後見した功労者なので免税は当然
貴族どもはあれだけ特権を与えられながら、むしろ封建時代の特権を絶対王政によって奪われたと、王家を憎んですらいたってのがなんとも。
270 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:01:54 0
この時代に外患罪ってあったの?
ないよ 動議が出されて可決されれば即処刑、要するに事後法
272 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:28:33 0
当時罪刑法定主義がなかったとしても 外患罪が罪に当たるっていうのは常識だろ 罪刑法定主義が確立する前なら殺人起こして罪にならないかといえばそうではない
273 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:29:19 0
外患罪が悪いことだと思っているから夜逃げ同然で逃げ出したんだが
夜逃げ同然なら馬車が気に食わないとかけちつけて決行一ヶ月も延ばしたりしねーだろ。
荷物積み込み杉とかな
276 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:38:12 0
「共和国万歳!」と言ったって、結局、ベルサイユ宮殿という観光名所のおかげで食っているくせに (´,_ゝ`)
277 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:39:52 0
鎌倉時代に元軍と連絡とって 日本に上陸させた奴がいたとする 鎌倉時代に外患罪がなかったとしても そいつは捕まったら問答無用で処刑されるのは当然だとは思わないだろうか 外国の軍隊を呼ぶっていうのは常識的にやってはいけないことだと思う 法律が無い時代でも処刑されて当然かと
278 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:42:39 0
>>276 フランスを観光立国だと思っているのが馬鹿
フランスは観光だけで食っている訳じゃないし
一部だが、ベルサイユを破棄してビル建てた方が儲かるんじゃないかという声もある程
ルイ16世がダメでも弟擁立して退位させるだけで良い。 それだけで王党派を殺さなくてすんだはずだろ。 本当は共和国万歳にもっていき自分がふんぞり返りたかっただけじゃないか。
280 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:53:40 0
>ルイ16世がダメでも弟擁立して退位させるだけで良い。 それをしようとしてたんだけど。 そのための王権停止 制度も整わないないうちから王政復古も難しいからな 王党派が反乱起こしたのは兵役拒否から やつらは国王が処刑されなくてもイギリス軍を招き入れていてた 御国の為に頑張っている兵士がいるのに、外国と連絡取り合ってまで兵役拒否をする連中がいていいはずがない 外患罪を適用し全員処刑が妥当 ふんぞりかえっていたといっても先に信頼を破ったのは国王 処刑は妥当。国のトップが外患罪じゃ国民に示しがつかなくなる
281 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 00:57:50 0
どんなに理屈をこねようと、”元”国王と”元”王妃の首を刎ねて殺したというキチガイ沙汰を 正当化できません。 国外追放で十分ではありませんか。 その後、貴族から農民まで、何の罪もない多くの人がギロチンにかけられた事実は、 革命=集団ヒステリー以外の何物でもないことを表しています。
282 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:01:49 0
外患算が何の罪も無いとはこれいかん じゃあ、ある共産党員が 日本に支那の人民解放軍を入れても 国外追放で住む訳か 死刑以外無いよ。それくらいもっとも厳しい位置づけなんだから 外患罪は死刑一択なんだからギロチンの嵐でもしょうがない
283 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:07:02 0
あるフランス人がいっていた 「王党派や国王の何が悪いか?? 反乱を起こしたことを文句を言っている訳ではないそのような小さいことは大目に見れた」 「ただし、外国の軍隊を招き入れようとしたことが問題だった。これさえなければ王党派も国王も恩赦されていただろう」
284 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:08:28 0
昭和帝は外患誘致に問われて死罪にすべきだったな
285 :
Ryuju ◆RlujhF6VrA :2007/04/14(土) 01:08:45 0
>>277 ただ、ルイの場合はフランス国王であり、一応正統な政府の代表たりうる立場だから。
その例で言うと、北条時宗なり亀山天皇(上皇?)なりが元に通じていたことになる。
この場合、彼らは形式上、外交ルートを通じて国外から援軍を呼ぶ権利を持っている
わけで、それを国内の反政府勢力に用いることは必ずしも違法ではないかもしれない。
分かりやすい話をすると、日本で暴動が起きて政府が米軍に出動を要請した場合、
それは外患罪になるのかどうか? ということ。
ルイやマリー・アントワネットの認識はこんな感じだったかも知れない。
286 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:10:24 0
まあ確かにどんな理由があっても、外国と連絡とっちゃいかないよな 外国の介入を招いた事例って大抵は後々紛争の種になるし。 王党派も国王も別の手段をとれば良かったね。 他人を当てにしちゃうのは良くないことかもね
>>281 アホか。アホなんだな?
国外追放なんぞして外国の軍隊つれて戻ってきたらそれこそ目もあてられんだろうが。
脳味噌腐ってるなら素直に死んどけ。
288 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:12:37 0
>>285 当時の国王王権停止をされていて外交権などあるはずがない
王党派など烏合の衆はさらにいうまでもない
国王は、元首としてではなく他国の国王の縁戚をもって外国と交渉した
王殺しをして外国王の恐怖心を煽ったことについて懸念なかったのやら
まさに馬鹿と馬鹿との激論
291 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:20:10 0
>>289 犯罪を犯したら処罰するしかないだろ
外国からの圧力で恩赦したりするのか
そういえば、かつて日本政府が、李承晩政府の脅しに乗って
日本にいる一般刑法犯の在日を恩赦して全部釈放したことがあったな
その後、釈放された犯罪者どもが日本に加えた危害については語るまでもない
外国の圧力は怖いが、それでも国内の犯罪者を取り締まる権利が無ければ
もはや主権国とはいえない
阿部謹也先生によると、中世以前には無能な王はよく民衆に殺されてたらしいよ。 革命とは違う話だけど
293 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:23:39 0
294 :
Ryuju ◆RlujhF6VrA :2007/04/14(土) 01:25:05 0
>>288 情報漏洩が発覚して王権停止の流れだったようだけど。
王権停止後はタンプル塔幽閉で大して情報もなかったはずだ。
ヴァルミーでフランスが勝利したのはその後。
295 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:25:43 0
296 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:26:20 0
>>293 昭和帝は外患誘致はしてないだろ
しかし、ルイについては弁護のしようがなくやっている
王であっても刑法犯は処罰しなければならない
297 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:32:08 0
仮に元首であっても外国の軍隊を招いていいか ありえない話だが 北条時宗が執権の地位を利用して、元軍を招き入れていたら 問答無用で殺されていたと思う
299 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:35:23 0
ルイは外患罪で殺されて当然と結論が出ました。 外患罪は 古今東西あらゆる刑法犯の中で最も罪が重く 構成要件に該当した時点で、言い訳不要です。死刑一択です 同情の余地はありません。はいおしまい
300 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:40:24 0
301 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:43:11 0
国王が外患罪をやっていることは間違いない それを含めて弁護するのならそちらの方が気違いだろ
302 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:46:17 0
外国の軍隊を招き入れて自分の政権をとろうということがどれだけ愚かしいことか
当時でさえ国王の処刑はギリギリまで意見が分かれたんだ
>>299 のようなタカ派だっていただろう
ジャコバンとか
304 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 01:52:33 0
>>303 確かにその通りかもね
逃亡事件に関しては、死刑にしろって声が出ても仕方ない気がする。
フランス革命のような暴力を賛美している限りフランスに未来はない。 21世紀になっても暴動が起きる国なんだぜ。
306 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 10:33:41 0
外患誘致の売国奴をを速やかに葬ったフランスは立派 だからこそ今フランス経済は好調なんだ 日本も見習ってブサヨや売国政治家を始末してフランス革命の原点を追い 見直すべきだ
あんた、ちょっとノリが違うわ
308 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 10:57:31 0
ノリが違うって事実だろう フランス経済は今や欧州トップの成長率なのが現実よ
309 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 11:21:17 0
最後の二行のことでしょ
よくフランス人の事を「心は左にサイフは右に」と言うけど、 西欧で、あれだけ左翼政党が強い国は、他にないんじゃないかな? 基本的に考え方がリベラルだし、日本風に言えばプロ市民ばかり。 フランスに見習え、と言うなら、もっと日本も左翼政党が強くならないと。 そして国民はもっとデモやストライキをやらないといけないね。
311 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 18:26:29 0
フランスの左翼政党日本のそれと異なりは国を売ったりしない愛国政党であるるんだがな
312 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 19:08:56 0
なんか今日はえらく延びたなこのすれ 外観誘致説をまに受けてる馬鹿は そもそもフランス革命自体が、外部からの策動で起こった一種の外患誘致なのを知らなかったんだな
313 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 19:17:05 0
フランスで長年「左翼」といわれた急進社会党は、実際には日本の自民党みたいな、 田舎の自作農や商店主、自由業者のような旧中間層のための政党なんだが。
314 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 19:22:49 0
それ以前に、フランス社会党はしっかり国売ってるんだが。。。
占領下ナチスと上手くやったのは社会党の方で、反ナチはドゴールの右派。
>>311 はミッテランの死後に出てきた有名な疑惑を知らんのか?
>>314 社会党がナチスと上手くやったなんてありえないだろ。
疑惑ってのがヴィシーへの荷担を指してるのなら途中で回頭してるし。
それに反ナチなら共産党だってやってるぞ。愛国政党とはほど遠いが。
316 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 19:43:58 0
なんもしらんやつだな
317 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 20:15:57 0
>>312 そりゃまた初めて聞く珍説だな
ソース掛けてくれ
318 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 20:18:15 0
ミッテランは元々、王党派のアクシオン・フランセーズの一員だった。 戦時中はヴィシー政権に協力して勲章までもらってる。 なぜか、その直後あたりからレジスタンスに転向してるんだが。 戦後もはじめから社会党だったわけではない。 第四共和政では中道左派的なスタンスでしばしば入閣しているけど、 アルジェリア問題では独立反対で、アルジェの反乱軍とも通じてたらしい。
319 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 20:21:48 0
ルイは外患罪で殺されて当然と結論が出ました。 外患罪は 古今東西あらゆる刑法犯の中で最も罪が重く 構成要件に該当した時点で、言い訳不要です。死刑一択です 同情の余地はありません。はいおしまい
320 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 20:25:55 0
ヴィシー派の中心は対独協力派ではなく、伝統的保守派。 第三共和政のアンチだった王党派やカトリック、行政府の権限強化を望む勢力。 典型的な対独協力派は、むしろ社会主義者からの転向者の方に多い。
321 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 20:28:22 0
>>317 うすのろだな。
フランス革命に至る前準備としてジュネーブで何回か都市革命やってるのも知らんのか。。。
その時失敗してフランスに亡命した銀行家が革命政府の財政の中枢を占めてる。
「ミラボーのアトリエ」が翻訳されないことにはどうもならん
>>316 社会党の成立時期ぐらいしか知らない無知な人間に疑惑ってのがなにか教えてください。
323 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 20:31:52 0
>>319 自作自演乙
外患誘致で有罪なのはむしろ少数の革命集団だと言う結論が出ました。
オーストリアへの援軍要求も今現在の国際法における
人道に対する罪とかそっちの線で解釈可能なんだが
>>321 亡命者云々ってだけで外観誘致か
簡潔に革命集団のどの派閥が、どの勢力を誘致したのか答えてくれ
325 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 20:49:58 0
だから資金源がそれなの ミラボー エティエンヌ・グラヴィエール他数名 それよりお前 外患誘致って言うこの時期以後に厳格な概念が確立した法制での糞ネタ話を間に受けたかたちで続けるつもりなのか?
>>325 俺はルイの外患誘致どうこう言ってるやつとは別なんだ。
ただフランス革命が外部からの策動って気になったから書いただけで。
最後の行には全面的に同意。
>>323 21世紀になってもサダム・フセインに対する死刑判決みたいな適当な裁判がまかり通るんだぞ。
人権が嫌いなら北朝鮮へどうぞ。
329 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 21:46:30 0
あの包茎王は個人的には嫌いなんだが 処刑自体の罪状はでっち上げみたいなもので 実質的には各国へのプロパガンダ的色彩が濃い。 「一票差」ということ自体普通ありえないし。 本音は3ジェストの「人は罪無くして王たりえない」と言ったとこかなあ
330 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 21:59:44 0
いやいや外患誘致があったのは確実 ルイがやったのは単なる亡命じゃない久手オーストリアの軍事介入を要請した 手紙がある。外患誘致は死刑一択なのだ 逃亡事件が無ければ、国王は処刑されなかった可能性が高い 逃亡事件が起こるまでルイは王権停止にならず立憲君主として存在してたのだ
331 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:04:14 0
「人は罪なくして革命家たり得ない。」 の方が余程真実に近い。
>外患誘致は死刑一択なのだ その概念そのものが国王夫妻の処刑後にできた概念なんじゃないの? ルイ視点から見れば 自国で内乱が起きたから外国に援軍要請した って事なのでは?
333 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:10:21 0
普通反乱を鎮圧した軍隊はその国の内政干渉にくるのは目に見えている訳だが じゃあ、おまい。 鎌倉時代に、北条時宗が御家人の反乱を鎮圧する為に 元軍を上陸させることが許されるのか 常識で考えてほしい
名誉革命なんざ反乱軍が外国の援軍呼んで国王に迎えてるがな。 まあ、実際には主導権は逆だったんじゃないかって説もあるが。
335 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:12:21 0
国王は逃亡事件がある前なら 立憲君主としての地位を与えられていたはず それで満足せず外国の武力を用いて国内を混乱させようとした罪はおもい
336 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:15:08 0
鎌倉時代に、北条時宗が御家人の反乱を鎮圧する為に 元軍を上陸させることが許されるのか 常識で考えてほしい 外患罪は死刑一択 この場合は北条時宗が執権の地位を乱用したとして処罰される可能性が高い
337 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:20:59 0
まだやってるのか パリコミューンのときは鎮圧をビスマルクの独軍に手伝ってもらったが なんら法的な問題は起きなかった
338 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:21:44 0
ドイツの話しななんて聞いてない 鎌倉時代に、北条時宗が御家人の反乱を鎮圧する為に 元軍を上陸させることが許されるのか 常識で考えてほしい
勝てば官軍。
>>338 日本の常識≠フランスの常識
つか何で他国の例を受け付けないのに日本の例を持ち出すの?
しかも何故そんなにしつこい??
詳しいことはよく分からんが 外患誘致が処罰の対象になるのは国民国家成立以降のことじゃなかろうか? ダメ親父が家庭内暴力に怯えて親戚に頼ろうとした、という構図なら、 親戚は暴力息子を取り押さえて親子の話し合いをさせても当然だろう。 頼った先の親戚が息子以上の悪人だったら目もあてられない惨状になるだろうけど。 ヨーロッパの王族には血縁関係があるから親戚筋の仲裁が役立つけど、 北条時宗はべつに元のトップと姻戚関係があったわけじゃない。 単なる朝廷と幕府に対する裏切り行為。
342 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:26:04 0
>>337 じゃあお前は
日本の国内でデモがあったとして
それを日本政府が人民解放軍に鎮圧要請しても問題は無いというんだな?
その後、引き続き政府の要請で
人民解放軍が日本に駐留して、日本を蹂躙したとしても
全く問題はないというんだな?
有り得もしない仮定出してきたな
344 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:29:40 0
>>341 近代国家が成立する前から
外国の軍隊を招き入れるって普通死刑だろ
鎌倉時代に国家概念は存在しなかったとしても
元軍を招き入れた賊が日本国内にいたとしたら
どのような地位であったとしても
即刻処刑だと思う
345 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:33:28 0
それにドイツの例は国王側が勝った例だから参考にならない 処罰する側がいなくなれば違法もくそもないよね 死人に口なし 例を出すなら、外患誘致が失敗した事件の例を出してくれ
346 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:36:36 0
国民国家の概念が出来る前に外患誘致云々を説いても仕方ない。 国王にとってみれば、 「内乱を鎮めるために妃の一家の勢力に頼る」のは ごく自然の行動だっただろう。
347 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:40:36 0
>>344 でも
あの当時は革命自体が死刑なわけで
援軍を派遣したオーストリーの方は嫁に行った娘の嫁ぎ先で
使用人が家を乗っ取ってるぐらいの理解だろうから、国家としても承認してなかったはず。
つまり「死刑」であるにしても
国ごっこをしてる人たちが下した死刑というか・・・
オウムの落田耕太郎さんリンチ殺人事件みたいなもんじゃね?
フランス人権宣言にでてくる「至高存在」ってなんなんですか?
349 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:58:41 0
至高存在=神様
350 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 22:58:47 0
それと、昔キッシンジャーが書いてたけど、 ウィルソン主義の元祖はメッテルニヒの正統主義にあったらしい。 メッテルニヒの正統主義はウィルソンと思想的には反対だが、国家が共有する価値観に 反する国に対しては「集団安全保障」で対処する事は国際法的に正当化されるという理論。 この場合、フランス以外の国はほとんど王制だから充分その要件を満たす。 皮肉な見方をすれば、現在のジェノサイドなどに対する干渉もこの論理を引きついており、 この場合外患誘致にはあたらない。 事実、この論理でシャトーブリアンはスペインの革命に干渉してひっくり返してる。 外患誘致というのは、なんかあまり意味のない理屈だな
351 :
世界@名無史さん :2007/04/14(土) 23:16:01 0
メッテルニヒっていつの人 ウィーン体制っていつの体制だっけ 無知はカエレ 集団安全保障体制はナポレオン戦争後であり フランス革命には適用されない
352 :
世界@名無史さん :2007/04/15(日) 07:54:19 0
キリスト教圏では三十年戦争みたいな宗教戦争がもともとそういう発想での戦争だったんだな。 欧州にはそういう概念がはるかに大昔からあるということ。 そこがわからなければ今世紀の国際裁判の概念が理解できない。 (今世紀は、守るべき共通の価値が人権に変ってるだけ)
353 :
世界@名無史さん :2007/04/15(日) 15:41:48 0
フランス革命という国家破壊の暴力は、フランスの国教カソリック教会 に対する蔑視から始まり、次にこの既存宗教を絶滅する運動へと拡大して、 ついには大規模な原爆のごとき爆風となった。 日本では今、革命フランスのキリスト教撲滅という宗教内戦の暴力破壊 のための詭弁にすぎない『政教分離』という悪魔の教理によって、宗教の 破壊が着実に実行されている。その先には必ず、日本の全面破壊という 事態が発生する。 『靖国神社潰し』 の影には 『日本潰し』 の狙いがある。 国家には迷信と奇蹟と神秘のある伝統的な宗教礼拝と儀式が満ちて いなくてはならないのだ。そして政府とは、宗教の強制をしてはならないが、 このような偏見に基づく礼拝と儀式を、宗教否定の邪教的イデオロギー から守る権力でなければならない。 「神の摂理を論破し、神は正義でもなく善でもないと主張して、われわれの 敬神性や神への信頼は高まるのだろうか。 このような宗教破壊に用い られた装置は、同じく政府を成功裡に転覆する道具となるだろう」 ───エドマンド・バーク
なんか随分と論点がずれてるな。 語りたいのはフランス革命がもたらした結果に関してだろ?
杖と翼 木原敏江著 少女漫画だけど、お薦め
356 :
世界@名無史さん :2007/04/17(火) 18:26:40 0
アンシャン・レジームの遺産で食っている「共和国」ww フランス&オーストリア
フランス革命の理想と矛盾って何でしょうかね?
フランス革命は理性を重んじる合理主義者の革命だった。 彼らは非合理的なキリスト教の信仰に替えて理性を信仰した。 「エートル・シュープリーム」なる理性の神を崇拝し、 「理性の祭典」なる儀式まで行った。 これじゃ悪い冗談だ。 彼らは狂信的合理主義者だったのだ。 狂信的合理主義なんて矛盾以外のなにものでもないが、 しかし、それはフランス革命以後も近代的政治運動につきものの暗部となった。 狂信的合理主義の革命政府は前近代の非合理的な伝統文化を廃し 合理的な革命暦や合理的なメートル法を定めた。 自由を求めたはずの革命政府が恐怖のギロチン政治を行なった。 革命政府のギロチン政治はブルボン朝の専制より酷かった。 その悲劇は世界各地の民族主義、共産主義、ファシズム、ナチズムなどの近代的政治運動において フランス革命よりさらに大規模に猛威を振るった。 それらの近代的政治運動は、皆、狂信的合理主義だった。 近代社会において、圧政からの解放を求める革命や独立運動が成ると 以前の圧政よりもっと酷い圧政が行われる。 この矛盾もフランス革命が元祖だろう。 ポルポトはロベスピエールの子孫なのだ。
ギロチンはそもそもに死ぬときの痛みを少しでも和らげるために、ってのが考案の発端だったのに それが純然なる恐怖の象徴になってしまったってのも何だか皮肉な話
360 :
世界@名無史さん :2007/04/24(火) 18:58:25 0
ギロチンが出てくる前の死刑の方法ってもっと残忍だったんだよな ルイ十五世暗殺未遂で処刑された奴の死に方なんか・・・
普通に斧なんかで斬首するだけで首切り役人が下手だと、 首が飛ぶ前に刃が肩に食い込んだりしてかなり悲惨だったらしい。 日本でも介錯人がガタガタ震えてまともに首落とせなくて、 切腹した当人に「落ち着け」とかなだめられたなんて話があったような。
斧以前は剣だったので、切り損じはもっと多かったそうな。 斧になってちょっとましになったそうだが、絞首刑よりは即死率が高く、 おもに身分の高いものに許された「名誉ある処刑法」だった。
363 :
世界@名無史さん :2007/04/24(火) 21:10:30 0
処刑される側からいえば、剣>斧>ギロチンの順でリスクが大きい。 でもギロチンでさえ、ツワイクの「フーシェ」にはこんな話も。 ところがこの機械は今まで一度も使った事がなかったから、刑史の不手際 のためにシャリエの処刑は身の毛もよだつようないまわしい拷問となった。 三度も鈍い刃は落ちたが、死刑囚の頚骨はたち切れない。民衆はこの指導者の 縛られて鮮血に塗れたからだが、まだ呼吸をしながらこの恥ずべき拷問に のた打ち回っている有様を見て見ぶるいしている。ついに刑史も見るに見かねて 刀をふるってこの不幸な男の首を胴体から切断したほどであった。 害者は革命の天使アンドレシャリエ。
364 :
名無し :2007/04/24(火) 22:08:46 0
>358:「狂信的合理主義なんて矛盾以外のなにものでもないが、 しかし、それはフランス革命以後も近代的政治運動につきものの 暗部となった」 本当に正しいと思う。共産主義はヒトラー以上の大虐殺をしたが、 民主主義を偽装したので許されている。人間の言語による錯覚であり、 人間が愚かな動物であることを証明している。
>共産主義はヒトラー以上の大虐殺をしたが、 民主主義を偽装したので許されている。 は? 別に許されてないだろ。少なくとも共産主義政権が転覆した国では。
>>364 ボルがどうやって権力を持ったか知らないの?
まあ黙認したSRの態度もどうかと思うが。
それ以前に、誰も共産主義が民主主義なんて思ってないし。 偽装ったってバレバレだしね。どこぞの耐震偽装より遙かに。
368 :
世界@名無史さん :2007/04/26(木) 10:00:41 0
>>367 そうかね?
日本でも、戦後はそれんほう顔まで時は
共産主義が最高の民主主義だという主張が支配的だったぜ。
369 :
世界@名無史さん :2007/04/26(木) 10:02:42 0
戦後はそれんほう顔まで時は →戦後は、ソ連崩壊時までは
ほうれんそう顔って何? POP EYE?
>>368 ねーよ。そんな論調が支配的だったらとっくに共産党政権ができてる。
戦後の日本はアメリカ追従が支配的論調。
報告 連絡 相談 これらをまとめて「ほうれんそう」と呼ぶ。どうでもいいけど。 大学のレポート課題でフランス革命とヴァンデ戦争が出たのでここに来たけど、 どこか良い資料載ってるサイトとかありませんかね? Wikiだけだとレポート内容が似たり寄ったりになりそうで怖い。
『ドイツ第四帝国の勃興とユダヤ戦略』 宇野正美|日本文芸社
http://item.rakuten.co.jp/book/417046/ P75
・・・・このようなときにドイツ統一問題が浮上してきたのである。EC統合すなわち1992年を
目前にしたフランスはその目算を完全に狂わされてしまった。
しかもフランスにはヨーロッパ最大のユダヤ勢力が存在している。その数、約80万人。
ミッテラン大統領の夫人がユダヤ人ならば、統一社会党党首ファビウスもユダヤ人である。
フランスのユダヤ人たちはそのマスコミをほぼ完全に握り、金融も握っている。これはアメリカ
と同じ形態である。加えて最高裁判所の長官、さらに多くの裁判官たち、弁護士等に至っては
言うを待たない。
フランスをいわば陰においてコントロールし、フランスを完全に握ってきたのは彼らユダヤ人
であった。彼らがまたドイツ統一をいかに恐怖心を持って見つめているかがおわかりいただけ
るであろう。
☆『ユダヤの告白』全部読めるスレ☆
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1050571661/
374 :
世界@名無史さん :2007/05/15(火) 03:56:42 0
浅間山がふんかしたから大気を覆う灰で欧州が寒冷化してフランス革命がおきました だから日本のおかげです 見たいナコと大学で習ったんだが本とですか
なわけねえ 確かに18世紀の全般的不作は引き金の一つとされてるけど もっと根源的な封建制の悪が大本
376 :
世界@名無史さん :2007/05/19(土) 20:33:02 0
俺は引きこもりじゃない、革命のモグラと呼んでくれ
>>374 なぜ、フランスでおこったのか?
なぜ、フランス以外でおこらなかったのか?
>>375 フランス革命はフランス絶対王政の構造的なひずみの破綻で、封建制は関係ないだろ
379 :
世界@名無史さん :2007/06/01(金) 22:35:28 0
遠因はナントの勅令廃止
ジャーナリスト、ミシュレの功労と米国の独立支援したから。
381 :
世界@名無史さん :2007/06/08(金) 16:00:46 0
382 :
世界@名無史さん :2007/06/08(金) 16:13:43 0
>>23 まるで旧共産主義国家みたいな言い草
ドイツでもそこまで政府を信用してなさそう
アメリカでもケネディ暗殺の陰謀説否定とかなら
それに近い言い草するけど
383 :
世界@名無史さん :2007/06/09(土) 12:27:21 0
>>356 イタリアだってそうだぞ
フランスが花の都になったのは、第二帝政期でアンシャンレジームではないがな
>フランスが花の都 お前は頭のなかで蛆虫でも飼ってるの?
385 :
世界@名無史さん :2007/06/09(土) 12:30:20 0
>>334 なぜその後オランダの方がイギリスに引っ張られる側になってしまったんでしょうか?
ノルマンディー公国は、ノルマン・フランス語や諸制度をイングランドにもたらしたが
オランダ文化はイギリスにたいした影響を残していない
386 :
世界@名無史さん :2007/06/09(土) 12:31:11 0
388 :
世界@名無史さん :2007/06/09(土) 12:47:38 0
パリのみならず今日の国民国家フランスが形成されたのも第二帝政期だな 小ナポレオンはもっと評価されてもいい
389 :
世界@名無史さん :2007/06/09(土) 13:37:15 0
そしてそれら全ての起源はフランス革命。 よってフランス革命は偉大
アメリカ独立戦争の方が早い
391 :
世界@名無史さん :2007/06/22(金) 19:01:32 0
誰かフランス革命以前の社会状況を風刺した画で 貴族と聖職者が杖を突いた農民におんぶしてる画像 持ってませんか?
>>1 安定しすぎていたそれまでの王制が倒れたことが意義
別に市民のための歴史的意義があるわけではない
393 :
世界@名無史さん :2007/06/23(土) 22:08:23 0
すべての成文の近代憲法は仏国の革命からきたわけで 英国は未だに成文憲法無しw
394 :
世界@名無史さん :2007/06/23(土) 23:29:37 0
>>393 はもちろんマチガイ
1776年から1789年までの間に北アメリカの諸州が相次いで
成文憲法を制定した。これらが世界で最初の成文憲法である。
イロコイ族のワムパムは文章には入らないかな
396 :
世界@名無史さん :2007/06/29(金) 18:03:51 0
マクシミリアン・ロベスピエール どんなけカッコイイ名前なんだよ!!
398 :
世界@名無史さん :2007/06/29(金) 21:56:31 0
>>396 名前がかっこよくても生涯童貞だからしかたない
魔法を使って魅せたじゃんw
400 :
世界@名無史さん :2007/07/04(水) 13:43:02 O
フランス革命は国王が何かを失敗したくせに民衆から税金やらを搾取しようとしたのがきっかけで起こった 7月革命は言論出版の自由の問題で起きた 2月革命は参政権の問題で起きた ↑とまぁ、こんな具合に大まかに覚えています 馬鹿な私にとってうまい覚えかたありますか? 後、名誉革命とピューリタン革命の覚え方が微妙です 今度、公務員試験を受けるために勉強してます 浅く広くです
>フランス革命は国王が何かを失敗したくせに民衆から税金やらを搾取しようとしたのがきっかけで起こった この時点で大間違いなんだが。
402 :
世界@名無史さん :2007/07/04(水) 17:47:12 0
名誉革命は「オランダ軍の侵攻」を煽動されたプロ市民が大歓迎で出迎えたと憶えといていいよ
403 :
世界@名無史さん :2007/07/04(水) 21:55:11 0
7月14日パリ市役所で旧市会議員とともに常任委員会を結成した選挙委員は、バスチーユ城司令官に たいして、市民軍へ武器の引渡し、城塔をかためている大砲の撤去を数度にわたって要求させた。 最後の代表者は、軍使の白旗をかかげていたにもかかわらず、小銃の射撃をうけたので、市民の包囲 がはじまった。フランス衛兵の参加で強力になったサンタントワーヌ場末町の職人たちはユランと エリーにひきいられ、大砲をひいてゆき、城門を破壊するために跳橋に砲口をむけた。はげしい戦闘 ――この戦闘中に包囲者は約100人の死者をだした――の後、スイス兵数名とともに守備隊となって いて、食料不足のために何も食べていなかった廃兵らは、司令官ローネエにせまって降伏させた。 群衆ははげしい復仇に熱中した。軍使にたいして射撃を命じたと思われたローネエと、武器庫の存在 について選挙委員をだまそうとしたパリ市長フレッセルとはグレーヴ広場で虐殺され、その首は槍先 につきさされて運ばれた。 その後数日たって、パリ周囲の軍隊の食料供給にあたっていた枢密顧問官フーロンと女婿ベルチエ代官 とは市役所の街灯でつるし首にされた。二人の処刑に居あわせたバブッフは胸がつまり、妻へ送った 手紙のなかで、この時のことを思出して、こう語っている、「あらゆる種類の処刑、すなわち四つざき、 ごう問、車ざき、火あぶり、絞首および、いたるところで多くおこなわれた死刑などが、われわれに 非常に悪い習慣をあたえたのだ!支配者たちはわれわれを開化しないで野蛮にした。というのは、彼ら もまた野蛮であったからである。彼らは自分がまいたものを刈取り、また将来刈取るであろう」と。 アルベール・マチエ『フランス大革命』上巻(岩波文庫)p.101-102
404 :
世界@名無史さん :2007/07/05(木) 00:23:16 O
封建的特権の無償廃止ってどういう意味ですか?
405 :
世界@名無史さん :2007/07/05(木) 00:31:42 0
マチエは史料の恣意的引用で凶悪な愚民どもの蛮行の責めを 貴族階級に押し付けている!許すまじ!
406 :
世界@名無史さん :2007/07/05(木) 00:37:35 0
箕作元八『フランス大革命史』(講談社学術文庫・絶版)こそ 今読み返されるべき名著だ。
407 :
世界@名無史さん :2007/07/05(木) 00:43:04 O
ナポレオンは復活したらしいんですが 当時ザオリクでも使える人間がいたのでしょうか? ナポレオン復活という題名のページ見てこのスレにきこうと思い 慌ててきました
そもそもフランス革命の発端は、破綻寸前の財政問題を解決する議論から始まったのに……。 革命初期 「もうフランスの財政は破綻寸前なのに、貴族と生臭坊主どもは免税特権を振りかざして課税を拒否している。そんな事で財政再建など出来るか。貴族や聖職者にも課税しなければならない!」 革命中期(ジロンド派支配) 「フランスの財政問題は極めて危機的状況にある。貴族や教会から財産を没収でもしなければ当面の財政問題の解決すら覚束ない」 ジャコバン派独裁時代 「崇高な革命思想を持たぬ破廉恥な反動主義者は粉砕されなければならない。我々の革命を否定する諸外国も同様である。奴等を粉砕する為ならば、如何にフランス人民が窮乏し、財政赤字が拡大しようとも断固戦争を継続する必要がある。 (ジャコバン派はたった一年で10億ルーブルの借金を増やしている。王制フランスが60年で積み上げた借金は42億ルーブル)反動主義者は須らく抹殺されねばならないのだ」 もしもーし、財政問題は何処に行ったんですかー。
アタマがあきまへんに話が通じるわけない
なんでこんなbloodyな展開になっちゃったんだろう?
411 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 01:15:15 O
テルミドールの反動って・・ テルミドールって人名ですか?何なんですか?
>411 フランス革命暦の月の一つ
413 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 03:41:17 O
革命歴?とは?すいません馬鹿 中卒なんで・・・馬鹿にしてください
アホな質問する前にWikipediaぐらい見とけ
416 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 06:21:49 O
教えてくださいよー
417 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 07:55:57 0
418 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 09:13:52 O
ありがとうございます テルミドールは7月20日21日に起きた革命ということかぁ
携帯厨(゚听)イラネ
420 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 10:57:59 O
ヨーロッパユダヤが古代ファラオを懲らした様に、近世絶対君主システムを倒壊させたから
学問板で陰謀論かよおめでてーな。
422 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 13:35:08 0
423 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 14:03:29 0
陰謀論であってもつじつまが合うならそれは正統な理論だよ。
424 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 14:06:08 0
まあそれなりの根拠が必要だがね。 要するに、それなりの根拠があって、ある程度つじつまが合っているなら それは正統な史観として認められるべき。
陰毛史観のほうがいいな ルソー露出狂とか
426 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 14:57:53 0
>>100 確かにそう思う。いくら国王や王妃が悪くとも、やり過ぎでは・・・。
色々とやりすぎたからロベスピエールとかも処刑されたんでしょ?
長く続く絶対王政の象徴、国王一家を殺すことで全ての国民に王政の終わりを実感させた。 当時のフランス国民の大多数であった農奴達は無知だった 「国王がいなければ太陽は昇らない」と本気で信じていた そうして処刑することによって、共和制の正当性、国王が死のうと太陽は昇るということを無知な農奴たちにわかりやすいかたちで証明する必要があった。
フランスは農奴制だったのですか?
429 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 18:42:43 0
>>425 ルソーは変態だから。寺山修司も真っ青のエピソードが多い。
知的障害者に「性的イタズラ」して次々にコドモを生ませる。
↓
自分では育てたくないから、他人に育てさせようとして次々に捨てる。
↓
ヴォルテールにそのことを暴露されて逆ギレ
変態ぽい顔してるもんね、ルソーは
431 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 19:38:09 0
ルソー『告白』まだ読んでないけど 変態行為については自白しているの?
432 :
世界@名無史さん :2007/07/06(金) 21:53:10 0
かなり自白してる。マゾヒズムとか、 変態行為で町で通行人達に取り押さえられた話とか・・・ 「わたしはわたしの告白の暗い泥だらけの迷路の中に、実に苦しい 一歩を踏み込んだわけである。一番言いにくいことは罪のあること ではなく、滑稽な恥ずかしいことなのだ。もう今は自信ができた。
433 :
世界@名無史さん :2007/07/07(土) 00:31:59 0
君が私にしてくれた親切は君の内面のためのものであり、決して私のためのものではない それゆえ私は君に一切感謝しない
435 :
世界@名無史さん :2007/07/07(土) 01:40:32 0
>>434 それも「告白」?
ルソーってやな奴だな。
人権いらない人は北朝鮮で暮らせばおk
437 :
世界@名無史さん :2007/07/07(土) 03:09:43 0
人権の概念が確立されたのは何もルソー一人の功績ではない。
あの当時に2chがあったらルソーはさぞバッシング受けまくったことだろう
告白ねwカトリックの国柄らしい本だなw
441 :
世界@名無史さん :2007/07/08(日) 22:58:32 O
なんでフランス革命は、今日の世界でも代表的な革命なの? それだけ大きな影響が…
>>441 そりゃフランス革命の結果ナポレオン戦争が起こって欧州全体が戦渦に巻き込まれたからな。
443 :
世界@名無史さん :2007/07/08(日) 23:10:33 O
ちょっと…独裁したのはクロムウェルでしょ?
>>441 マルクスレーニン史観に基いた見方で
歴史上もっとも偉大なロシア革命、その原型となった革命だから、もっとも偉大な革命の原型であればそれもまた偉大でなくてはならないと
ソ連があってマルクスレーニン史観が強かった、ジョルジュ・ルフェーブルやソヴールなんかの解釈が主流だった頃にそうした見方が確立された
ソ連崩壊後にその見直しが進んで、伝統的なマルクスレーニン史観とそれに対抗するフランソワ・フュレ系のいわゆるレヴィジョニストグループが論争を続けてるのが現状かな
フランソワ・フュレの解釈では革命による破壊よりもそれによって生み出された物のほうを重視してるから、革命自体はそこまで重視されない
つまり未だにフランス革命が代表とされるのはマルクスレーニン史観の残滓。
445 :
世界@名無史さん :2007/07/10(火) 00:30:02 0
>>441 大陸型の革命の実験台になったからでは?
政治的にはほとんど不毛だった大陸型の革命の。
あ まあフランス革命をおこす前にも
その実験台としてジュネーブで何度か都市革命を起していたわけから
厳密に言うとこれが最初と言うわけでもないか
軍事史でみると革命によるフランス型徴兵制度の成立は大事件だと思うよ。 軍事革命以来の戦争形態を変化させ、人口ピラミッドが崩れるぐらいの影響力をもっていたからね それに革命がなければ成立しなかったし、成立しなければ革命は今のような形で終わっていなかっただろうしね
448 :
世界@名無史さん :2007/07/10(火) 20:10:56 0
>>213 ルイ16世の人気が落ちた理由はそうだと思うが、
革命の元凶はルイ14世の頃から続いてきた赤字や貴族らの裏切りも原因。
第一ヨーロッパとオセアニア間違えるような馬鹿がフランス革命の元凶なぞわかるわけないw
449 :
世界@名無史さん :2007/07/10(火) 21:11:05 0
フランス革命によってフランスでは何人が死んだの?
450 :
世界@名無史さん :2007/07/10(火) 21:21:00 0
>何人死んだの? ヴァンデの内戦での死者とか加えたら 数十万人は下らんだろう。
>>448 大陸移動を知らないDQN発見。
昔オーストラリアとヨーロッパは土続きだった。
そういえばちょっと前に、フランス革命の時のイデオローグの中には、王や貴族は野蛮なゲルマンの侵略者の末裔で、 それ以外の庶民はローマ文明にはぐくまれたラテン人だから、野蛮なゲルマン人たちを追放して偉大な共和制ローマを 復興するのだ、みたいな民族主義的な考え方をしていた連中が居た、と言うような話を聞いたが。実際どの程度 影響力があったのか知らんが。 ただ、そう言う志向があったという事を考えると、フランス革命がローマ帝国に似た帝政に移行していくのも 自然な流れだったのかな?
453 :
世界@名無史さん :2007/07/11(水) 00:36:18 0
「すでに述べたように、近代フリーメーソンはイギリスにおいて、もちろん それまでの伝統をふまえた上で、18世紀初頭に初めて設立されました。 さまざまな事実を相互に関連付けてみると、パリにおける最初の大東社 ロッジは、フランス人ではなくイギリス人の手によって創設され、そこに フランス人を加入させたのだということが解ります。それは1725年のこと でした。1729年には、この大東社の承認の下に、最初のロッジの一つが 同じくパリに創られました。 次いで同じくイギリス人の手で1726年ストックホルムに、1728年マドリッドに、 1729年ジブラルタルに、1731年モスクワに、1735年フィレンツェとジュネーブに、 1736年リスボンに、1737年ハンブルクに、1739年ローザンヌに創られました。 こう述べていくと切りがなくなります。私が言いたいのは、たとえイギリス 王国の場合とは違った性格を持っているとしても、イギリス人による同じ ネットワークの一環としてこれらのロッジが創られ、特定のオカルト的 =政治的な衝動のための外的な道具にされている、ということです。 もしもこの政治的衝動の深い根拠を問おうとするのなら、近世史をもう少し 広く展望する必要があります。この衝動はすでに16世紀から準備されて、 民主化運動となって普及していきました。ある国ではより速く、別の国では ゆっくりと、権力が大衆の手に委ねられるようになりました。この民主化の 衝動は近世史を通じて、加速度的にテンポを速めて普及していきました。 けれどもその際、もう一つの流れも、それと一緒に形成されたのです。 複数の流れが現れているときに、その中の一つだけを取り上げて考察 すると、判断を誤ってしまいます。ひとつの流れが世界中に拡がっていく時、 常にもう一方の流れがあって、はじめの流れを補完しているのです。
454 :
世界@名無史さん :2007/07/11(水) 00:36:52 0
人々は通常、その一方だけを見るように暗示をかけられているのです。 特に大学の歴史研究者は、一方の側だけに寄り沿って歩いて、歴史の 歩み全体を洞察する余裕を失っているのです。 民主化の流れの背後に、さまざまな結社の、特にフリーメーソン結社の オカルト的な力を利用しようとする流れが見え隠れしているのです。 オカルト的な力を利用しようとする動機は決して精神的であるとは言えない のに、一見精神的なフリをしている貴族主義が、フランス革命で大きな 役割を演じたあの民主主義と、手に手をとって発展してきたのです。 ロッジの貴族主義がひそかに出現したのです。 私たちが現代人に相応しく、社会に参加し、社会の仕組みに通じたいと 思うのなら、民主主義の進歩についての決まり文句に目を眩まされては なりません。ロッジの儀礼とその暗示的な力によって、支配力を少数者だけ のものにしておこうとする働きに、眼をしっかりと向けなければなりません。 西洋近代の世界は、ロッジの支配力から解放されたことが一度もなかった のです。常にロッジの影響が強力に作用していました。人々の考え方を一定 の方向へ向けるにはどうしたらいいのか、ロッジの人々はよく心得ています。 今日はそのようなロッジのネットワークの一つひとつの結び目のことを 述べたに過ぎませんでしたが、このようなネットワークはすでに出来 上がっています。ですから、自分の好む方向へ社会をもっていこうと 思ったら、ただテーブルのボタンを押しさえすればいいような体制が 出来上がっているのです。」 (1917年1月8日 ルドルフ・シュタイナー)
455 :
世界@名無史さん :2007/07/11(水) 22:01:08 0
革命の正体は金持ちによるクーデターだ。 フランス革命もロシア革命も明治維新も、本質は同じ。 大義名分は違っていてもそれは単なる口実に過ぎないから。 革命家は富豪の代理人なわけだな。犬といっても良い。 実は外国勢力が仕掛けたというのも共通点。 イギリス革命だけが内発的なものだったかも。
457 :
世界@名無史さん :2007/07/12(木) 01:15:36 0
いや、そのイギリスも名誉革命は実質オランダ軍を呼び込んだだけだし ピューリタン革命も支持者は毛織物などの商工業者で大陸との貿易に依存してる
458 :
世界@名無史さん :2007/07/15(日) 17:19:36 0
一日遅れの革命記念日あげ
459 :
世界@名無史さん :2007/07/15(日) 17:27:06 0
政府主催の革命記念日行事ってやはり大革命マンセーの立場で行われるの? 記念日のサルコジ演説邦訳とかあったら読みたい。
今年は恩赦無しだって。
金持ちがあえて政治不安を引き起こすわけがない。 現状で「金持ち」なのだから、リスクを背負ってまで するわけがない。
462 :
世界@名無史さん :2007/07/16(月) 22:04:48 0
463 :
世界@名無史さん :2007/07/20(金) 00:15:25 0
大革命あげ
464 :
世界@名無史さん :2007/07/21(土) 19:41:47 0
465 :
世界@名無史さん :2007/07/26(木) 10:06:16 0
はいはい、わしのせい わしのせい 〃勹 ノノ `ミ /y ッッ ッッミ / 彡 `゚ ゚l 〃 彡 "二二つ | 彡 ~~~~ミ ―川 川|リリリ|ミ―、 川 | ヽ z W丶ノW ヽ \\ / / | 天 \`i/ / 狗 |
ジャコバン派は貧民階級ではなくて、ブルジョワ階級だという説もあるよね。
>>466 こういうことだな
> 豊かさと高い知性がテロリストの条件?−英F.T紙−
> しっかりした教育を受けた専門家がテロリストになる。そのこと自体はもはや驚くに値しない。FTの同僚ギデオン・ラクマンが
> 強調するように、オサマ・ビンラディンはとてつもなく裕福な一族出身のエンジニアだし、彼の副官は医師なのだ。
>
> 「What Makes a Terrorist? (テロリストの作り方)」という新著を発表した米プリンストン大学の経済学者アラン・クルーガー氏は、
> 様々な証拠をきちんと体系的に検討して、この現象を研究。そしてたどりついたのは、テロリストや過激主義者の多く、そして
> 「ヘイト・クライム(不寛容な憎悪が動機の犯罪)」の犯人の多くは、比較的裕福な家庭の出身だというも結論だった。
468 :
世界@名無史さん :2007/07/28(土) 02:12:01 0
権力の座は雲の上といった感じの庶民よりも、 後一歩で権力の座に届かない人間の方が権力を渇望するんだろうね。 勉強ができるだけのただの人集団である日本の共産党とか。 概して家は貧しくない。
相対的価値剥奪というやつだな。
日本では北朝鮮製やロシア製の拳銃すら手に入れようと思うと1丁100万くらいするからな まあ暴力団あたりが多少ぼったくっているとはいえ ロケランやミニガンやマシンガン、サブマシンガン、アサルトライフルとかいくらするのやら まあ金持ちじゃないと無理だな 弾薬や世界中を回る旅費なんか生活費とかもいるだろ アフリカ最貧といわれるソマリアの一般人の奴らですらあんな高性能武器たくさんもってるのかも不明 どっから手に入れてるのかも不明
アフリカ最貧といわれるソマリアの一般人の奴らですらなぜあんな高性能武器たくさんもってるのかも不明 言葉訂正
いくら高性能でも必要以上に多く流入すれば安くなる。これも市場原理ですわ。
473 :
世界@名無史さん :2007/08/04(土) 21:07:48 0
>>471 西部劇でなぜ馬に乗ってるインディアンが鉄砲を持ってるのかといえば
あれはカナダから来ていた(つまり米と対立関係にあったイギリスが流してた)
474 :
世界@名無史さん :2007/08/05(日) 02:59:25 0
ロマンがあるから。それに尽きる!
475 :
世界@名無史さん :2007/08/06(月) 21:56:25 0
パンフレットの雨 まさにこの広汎な沸騰のさなかにおいて、国民の討議がおこなわれたのであった。半年以来、 検閲や、厳重な印刷法規をおかして、出版の自由が現実に存在した。昨日までは人にしられずに、 びくびくしていた法律家・司祭、およびあらゆる種類の文筆家は、数千のパンフレットのなかで 社会制度全体を非難し、このパンフレットは上流婦人から農村の貧民にいたるまで熱心によまれた。 ヴォルネェはレーヌ市でその『人民の前哨』を、ツーレはルーアンでその『善良なノルマンディー 人に訴える』を、ミラボーはエックスで『プロヴァンス人にあたえる』を、ロベスピエールはアラス で『アラス人にあたえる』を、シエイエス僧正はその『特権論』で、ついで反響の高かった『第三 身分とは何か』を、カミーユ・デムーランは『フランス人民への哲学』を、タルジェは『三身分 会議への公開状』を出版した。これらのパンフレットでは、およそ弊害という弊害はすべて書上げ られ、改革と名のつくものは、あますところなく調べられて、要求された。 スタール夫人はかいている、「フランス人の想像力にとって、政治は新しい領域であった。だれも みな、ここで一役演じている、とうぬぼれ、また自分のための目的を、あらゆるところから報ぜら れる多くの機会のなかにみた」と。 アルベール・マチエ『フランス大革命』上巻(岩波文庫)p.80-81
476 :
世界@名無史さん :2007/08/12(日) 02:25:40 0
テロリストとか、フランス革命の思想が、今もって現役だからだろう。
じっさいフランス人にとって、革命とは過分にロマンティックなものだからね。
>>470 アメリカ・ロシア・スウェーデンとかの武器商人が大量に売りつけてるから。
ああいう国を見ると教育の重要性がはっきりわかる。
ガキやキチガイが刃物もってうろついてるわけだからな。
そう言う意味で日本の江戸時代の識字率は驚異的だと思う。
日本が明治時代大躍進できたのは識字率が高かった事も一因だと思う。
479 :
世界@名無史さん :2007/08/26(日) 00:48:29 0
ttp://blog.livedoor.jp/negi_sato616/archives/29544164.html 絶対王制期においては「神が世界を支配するごとく、国王が国家を支配
する」が、その理念であった。国王の法とは神の法であるが、これは
古典力学法則と同等のものであった。一見無限に多様に見えるこの世界も、
その深層においては唯一の法によって支配されている。この時代の法の
理念はこのようなものであった。たとえば、グロティウスの国際法も
同様の理念に基づいている。したがって、法の宰領者も国王ただ一人
しか認められないのだ。
しかし、神の法とは理性の法であると主張することも、同様に可能だ。
デカルトに由来する18世紀の科学によれば、「第一原理」は機械法則
であり、世界の秩序は国王ではなく、機械的自然法則によって維持されている。
機械則こそが世界の理法であって、世界は機械則、すなわち人間理性に
よって構成されていなければならない。
481 :
世界@名無史さん :2007/08/26(日) 08:42:36 0
他国の革命と違い庶民が王様をキチンとぶっ殺したから
483 :
世界@名無史さん :2007/08/26(日) 11:14:24 0
ライフ人間世界史(全20巻)読んでみ。全国の図書館にきっとあるから。 イギリスの会社の編集した世界史の日本語版なんだけどさ、俺、中高生の時 ほぼ全巻読んで驚いたんだけどさ、フランス革命とナポレオンのことが一言も 書かれてないんだよ。完全スルーってやつ。 200年前の強敵は、今も不愉快なんだな。イギリス人にとっては。
484 :
世界@名無史さん :2007/08/26(日) 12:18:37 0
2000年に販売された米タイム社のミレニアム特集号読んだ時の感想。 この本は各世紀の代表人物を取り上げているんだ。 例えば、11世紀は、英ウイリアム征服王、13世紀はチンギス・ハン。 日本人では、12世紀に源頼朝、16世紀に豊臣秀吉、19世紀に明治天皇 が確か取り上げられていた。 ところが、ナポレオンは19世紀の初めの所で、豊臣秀吉と同じくらいの 短い解説記事、それも内容的には「ナポレオンはヨーロッパ全体を長年 に渡って戦争の傘下に巻き込み、死者は×万人にのぼった」としか記述 されていなかった。フランス革命はやはり完全スルーだったよ。 結論として、英米系の歴史書は、フランス革命とナポレオンを一切評価 してないらしいんだよ。 日本の左巻きの歴史学者は革命が大好きらしいけど。 あと「アメリカ独立革命」って教科書に書いてあるけどさ、あれは嘘。 「アメリカ独立戦争」だよ。何でもかんでも革命にすりゃいい、って もんじゃねーだろ。
植民地としてアメリカを見てたイギリスにすれば、アメリカが独立したのは革命なんだろうね
評価するしない以前にナポレオンの記述がそれだけってのはどうなんだろ?
487 :
世界@名無史さん :2007/08/26(日) 14:45:19 0
>>483 オーストリアの軍事史博物館には第二次大戦関係の展示物が一切存在しない。
第二次大戦は完全スルー。
ttp://blog.ohtan.net/archives/50954577.html このことを、イギリス人の手になるロベスピエール論を例にとって検証
しましょう。
少し古いところでは、英百科事典ブリタニカの1911年版(
http://en.wikipedia. org/wiki/Maximilien_Robespierre。5月25日アクセス)
が、ロベスピエールについて、次のように言っています。
「何千人もの他のフランス人の若者と同様、彼はルソーの著作を読んで
それれらを聖書(gospel)のように受け止めていた。この幻想が人生の
現実によって破壊されるされる前に、そしてくだらない(idle)夢や
理論の愚かしさ(futility)を教えてくれたかも知れない経験を積まない
まま、彼は国会(states-general)議員に選出されてしまった。・・その
彼は・・パリのジャコバン・クラブで彼に耳を傾ける(彼と同様の)ルソーの
使徒達と出会う。・・彼は自由主義的見解と実際的本能(liberal views
and practical instincts)を身につけていなかった。・・致命的な過ちは、
<彼のような>理論家に権力を持たせたことだ。・・<その結果が>恐怖政治
(terror)<だった。より正確に言えば、始まりつつあった>恐怖政治を、
ロベスピエールは、自分の考え(ideas)と理論を実行に移すために増幅
したのだ(intensified)。」
上梓されたばかりの、イギリス歴史学者スカー(Ruth Scurr)による
ロベスピエールの伝記、Fatal Purity: Robespierre and the French
Revolution のイギリス人女性作家による書評(
http://books.guardian. co.uk/reviews/biography/0,,1779041,00.html。5月20日アクセス)を
見ても、イギリス人のロベスピエール観は変わっていません。
「彼が学校で学んだ<古代>ローマ共和国の政治的理念(ideals)、及び
発禁図書だがベストセラーだったルソーの諸著作・・が一緒になって、
ロベスピエールの、社会的平等と正義の理念に対する深く確固たる信念が
形成された。・・彼は野心家で高度の自負心があった。・・後の1930年代の
ドイツにおけるヒットラーのように、彼が個人的に追求していたもの
(theme)と時代のそれとが合致した。・・<こうして>ロベスピエールと
共和国は一つに合体し、暴君(tyrant)となり、・・革命の敵であるとの
嫌疑をかけられただけで、死刑を宣告されても不思議ではない体制が
生まれたのだ。」
フランス革命の前と後で、フランス社会の体質はどう変化したの?
実は大して変化していない。
492 :
世界@名無史さん :2007/08/26(日) 19:42:15 0
フランスは革命後、封建制下での貴族による売官、縁故登用の反省から 中国の科挙制度を模倣した試験任用制度を創設した。啓蒙思想家たちが 誇張した中国像を信奉していたことや中国で布教したマテオ・リッチの 科挙制度を詳細に分析した報告書が西洋に伝わっていたことなど理由は さまざま。その後、日本もフランス経由で明治時代に同制度を採用した。 ちなみに中国は日清戦争での敗北後、敗戦原因は時代遅れの科挙制度に あるとして同制度を廃止してしまったのだから歴史は皮肉なもんだね。
493 :
世界@名無史さん :2007/08/26(日) 20:42:52 0
>>484 ウィキペディア見てたらAmerican Revolutional War が見出しになってたけどね
>縁故登用の反省から 現在のグランゼコールでは縁故登用がはびこっているそうでつ。
自由・平等・友愛 人権宣言 ナポレオン法典 メートル法 国民国家
>>495 メートル法以外後々大きな戦争の火種になったものばかりだな。
>>1 単純にカッコイイからじゃないの?
イギリスのようにダラダラと帰納法的に解決していくやり方は、ダサイし
わかりにくいよね。
498 :
世界@名無史さん :2007/08/27(月) 10:21:21 0
544 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2007/08/26(日) 23:49:32 ID:ffSLHd9B
>>482 日本ではフランス革命思想について日本語に翻訳する際、意図的な誤訳を行うせいも有るんですよね。
例えばフランス革命の基本思想とされる「自由・平等・博愛」のうち博愛は
意味をちゃんと調べると「兄弟愛」、あるいは「同志愛」と訳すべきものでしかなくて
「同じ思想を持つもの同士、身分などで分け隔てしてはいけない」と言う程度もので
思想的に対立するもの同士はオルグするか、さも無きゃぶち殺せと言うものでしかなく
まっとうな日本人なら反発してしまうようなものです
このような物を、あえて万人に対する愛情を意味する、博愛と翻訳したのは当然の反発を恐れた結果でしょう
いわゆる近代哲学の翻訳においては、やたらとこう言った意図的な誤訳が含まれて居ます
革命がこういった独善的な思想の元に推進されたことが隠され続けていることにはある程度留意して世界史を学ぶべきでしょう
博愛とさせた裏には、キリスト教徒の横槍もあるんじゃないの?
日本語への翻訳でなんでキリスト教徒の横槍が。
博愛って言葉はキリスト教がよくごまかしに使う言葉だから、 どこかでその辺の意図が入り込んだかなという想像。
フランス革命なんてアンチキリスト教アンチ教会の面も大きいんだから、そのイメージアップに キリスト教徒が協力する言われが無いだろ。
503 :
世界@名無史さん :2007/08/27(月) 18:36:11 0
その割に革命家には坊さんが多いんだな。 タレイラン フーシェ シエース
アンチキリスト商会に見えた
>>503 その参加した坊さん達は殆どが教会の財産横領して金持ちになったけどなw
それどこのキリスト教会でもそうじゃん
Get Me To The Church On Time 〜
508 :
世界@名無史さん :2007/08/28(火) 06:44:03 O
フランス革命について詳しくなりたいのですが 何かお勧め方法ありますか?できれば映画とかで詳しくなれたらいいなって思ってます
>>508 無理です。ちゃんと本を読んでください。
ミシュレやトクビルがいいです。
何のかんのでベルバラ読めば、大体の事は頭入るんじゃない? 詳しい勉強はそのあとにしても良いし。
ミシュレはやめておけ。ナポレオンが出てくる前で終わっているし、 長い割に全体像もつかみづらい。
フランス革命の成果というのは、結局それ以前よりも中央集権が進んだこと なのでは。
513 :
世界@名無史さん :2007/08/28(火) 17:40:25 0
グランゼコールを創立してフランス官僚制の父になった事と ユグノーの経済の独占がここで確立された事。フランス革命後現在にいたるまで ユグノー系とユダヤ系を除く本格的な取引銀行はフランスに存在しない。
そういえばヨーロッパでは「フランス革命はユグノーの陰謀」論も未だに根強いな。 小説の題材にもなったりする。
フランス革命で、最終的にジャコバン派が政権を掌握したのはなぜなんだろう。 フイヤン派やジロンド派あたりで「軟着陸」できなかったんだろうか?
>>515 革命なんてどこの世界でも、一端は超原理主義化するものだからな。特に暴力で打ち立てた革命は。
正当な手段で政権をとったわけではない、と言う後ろめたさを「正義」で打ち消そうとする。
それに軟着陸をしようとする勢力には「反革命的」と言う非常に簡単なレッテルを貼って攻撃できるからな。
過激で急進的であればあるほど正義。革命なんてそんなものだ。
>>516 明治維新でも廃仏毀釈なんてバカなことをやっている品。
ピューリタン革命は国王の処刑にまでいきついて、娯楽も禁止。
518 :
世界@名無史さん :2007/08/29(水) 10:21:15 0
廃仏毀釈は、明治政府がやらせたわけではなく、江戸時代に治安維持のため 檀家制度ができて以来、お寺の搾取に不満を抱いていた一部の地域で暴走したのが 原因と聞いたが。
519 :
世界@名無史さん :2007/08/29(水) 11:22:27 0
原因はどうあれ事実は事実だろうな 勝手に暴徒とか在日とか認定すれば 無実潔白になるものではないと思うけどな
フランス革命の意義は国王のいない政治体制に変革させようと したからだろうな。清教徒革命は動機が宗教。 アメリカ独立も国王からの離脱で同じ流れ。
そういえばフランス革命で反キリスト教志向が強かったのは、当時王権とキリスト教は セットだと考えられてたから、らしいな。神とカエサルの共謀。 フランス革命は(アメリカ独立も)キリスト教以前の共和制ローマへの回帰を志向した、という面も強いね。
>>520 神仏分離自体が旧来の神道と仏教のあり方と違う
わけだから混乱の原因つくったのは事実だろうな。
仏像を神社の境内から排除したと言うのは政策としては事実だな。
神仏分離は排仏なくして成立はしないはずだよ。
歴史的には神像自体は仏像が起源だし、寺院建築に触発されて
神社建築は増えた。同じ境内に寺社があったと言う
ことは他の境内に寺院を排除したと言うことだな。
神仏なんてものは分離できないから日本人はいまでも
葬式は仏教で祝いは神社だったりする。
神仏分離令と排仏運動を分離するのは単なる詭弁だろうな。
因果関係否定するようなものだからな。
だから廃仏とか言う表現するのかな?
>>522 それシーザー以来国教化まで300年の違いがあるから解釈に無理があるだろ。
信仰よりも制度としての共和制回帰ならまだわかるけどな。
ナポレオンの戴冠は法皇がやっているだろ。
>>521 しかし皇帝ナポレオンを歓迎し、その子孫まで人気があったわけだから
王制への敵意は特定の歴史観の作意があると思う。
国王個人への反感はあったかもな。
>>515 >>516 つーか、安定した制度の歯止めが効かなくなって暴走するんだろ。
より上位の権限が抑止しなけば下克上か群雄割拠状態になり
弱肉強食化してより強く過激で狡猾、容赦無い勢力が権力闘争には勝ちやすいと思う。
525 :
世界@名無史さん :2007/08/29(水) 12:47:12 0
廃仏毀釈は一部の暴徒のせいで政府に関係がないと言うなら 推奨の夜も一部の暴徒でナチスは無関係と言っているナチオタの暴論と同じだ 原因を作り出したのはヒトラーのユダヤ人差別発言が根本 政治家の発言政策が原因で暴動が起きたとするなら それは普通政治的責任を取らされる場面だと思うよ
>>524 「カエサル」ってのは王権って意味だよ。国教化とかそう言うのは関係ない。
王権とキリスト教が完全に癒着していたのは事実だし。
当時の西欧にとって「非王政」のモデルは共和制ローマだけだった。
>>525 だから政府は命令していないと言っているだけだろ。
政府が仏像ぶち壊せと命令するのと、暴徒が仏閣襲うのとはまったく意味合いが
違ってくるだろ。あんたの方がこじつけだ。
漏れは神社と寺が一緒の場所にあった場合、 神官?と坊さんがいて、坊さんの位が高い為に、 神側が切れて起きたって聞いた。 Zガンダムでいう、 同じ階級だったらティターンズが一階級上みたいなものか?
529 :
世界@名無史さん :2007/08/29(水) 13:25:53 0
>>527 お前は国語も理解できないようだな
命令してなくても暴動の原因を作ったのはどちら様で?
心境分離例はイデオロギー要素が強いだけでなく
政策的には無価値で、暴徒を暴発させた他だけの失敗例であったことは
明治政府ですら愚策であったことを認めている
ナチスのユダヤ人迫害と同じだな。両者を天秤にかけずして
バランスをとらずにすっころんだのと同じ
530 :
世界@名無史さん :2007/08/29(水) 13:35:35 0
wikiなんてださなくても廃仏毀釈が暴動なのは知っている 俺日本史担当だし とはいえ、神仏分離に原因があるなら ここは政府の失策だろ 米騒動は政府の命令で起きたのか? 違うよな? それなら政府は無関係。無責任? 違うよな? 時の寺内内閣はどうした? 無責任ということで継投したか? 違うよな? 政治的には同じなんだよ。命令も誘発も
なんのための国家かってことだよな
まあ、明治維新ほどの大変革の原理主義の暴走が、廃仏毀釈程度で済んだのは極めて穏健な方だろ。 別に坊さんつるし上げて殺した訳でなし。
日本史の知識がすごいのはよく解ったからよそでやってくれ。
534 :
521 :2007/08/29(水) 18:35:40 0
国王というのは神と一体化したものだったから、それを否定したことに 意義がある。ところが。 それがいなくなってみると、国家というものの単位の意味とか、自分の アイデンティティーとか共和制というのはそれを維持する意識が 難しい。専制者に支配されるのは愚かな国民にとって楽な体制。 それがナポレオンの出現であり、現在のソ連もそうだ。 アメリカやフランスやイギリスが先進国なのは、そういう市民社会を 自分で作り出したこと。
>>530 本当に日本史担当なら、米騒動は当時の大阪朝日の鳥居素川偏執局長が
寺内内閣倒閣の意図を持って煽った事ぐらいわかってそうなもんだが。。。
536 :
世界@名無史さん :2007/08/29(水) 22:24:10 0
一マスコミの社員が 煽ったくらいで影響力なんて対してあるわけないだろ 朝日の局長クラスで米騒動が起こせるなら 社長クラスは余裕で共産革命か日本沈没くらいやれそうだなwww マスコミの力を過信しすぎだよ 珍風信者さん
ルワンダでおきた住民による80万人もの虐殺事件は ラジオ番組による扇動が大きく原因したと言われている。
EUを見ていて思うんだけどさ、国民国家やナショナリズムというのは結局 どういう意義があったの?
>>538 EUはナショナリズムによって構成された国民国家の寄り合い、以上でも以下でもない。
逆説的だけど国民国家、ナショナリズム無しにEUは存在しない。
現在のソ連?? 冷戦はまだ終了していないのですか?
541 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:05:32 0
>>537 なんでもマスコミのせいですか
さすが、新風が負けたのはマスコミのせいだというお花畑は違うなww
マスコミは大抵の場合風見鶏だよ
国民が中国と戦争しろという世論になれば朝日ですら覆してチンドン記事を描くようになる
連中は火種を煽ることが精々で、新しい世論を作る程の力は無い
まして一マスコミの局長の記事なんての影響力なんて
たかがしれていて特筆すべき要素など何も無い
うん、尻馬に乗るのがたいていのマスコミの姿だな
↑ こういう小学生並みのメディア理解はともかくとして、 大阪朝日を中心に全メディアが一列になって煽った事も付け加えとこう。 ちなみに鳥居は批判を浴びて、この後辞職に追い込まれるが 実際には原内閣を誕生させた功の方が大きかったかな? 原敬が毎日新聞の編集総理だったことぐらいは知ってるんだろうな彼は
何も知らない日本史担当なんて生きてて何の価値があるんだろう
フランス革命時のマスコミ(そんなものあればだけど)はどうだったんですか?
546 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:17:47 0
>>525 >推奨の夜も一部の暴徒でナチスは無関係と言っているナチオタの暴論と同じだ
暴論もいいところだな。
・ユダヤ人青年によるドイツ外交官殺害事件をきっかけに起きた暴動である
ことは明白。外交官が死亡した直後に起きた。
・ゲーリングやヒムラーは当時ユダヤ人政策担当だったゲッベルスを激しく非難した。
2度とこのような暴動が起きないような対策が取られた。実際、水晶の夜以降
にユダヤ人迫害暴動は起きていない。
547 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:21:50 0
>>546 そんじゃ、米騒動は何で寺内内閣の責任になったか
説明してくれ
そっちの方が重要な論点だろ
米騒動は政府の命令でおこった訳ではないのに
なぜ寺内内閣は責任を取って総辞職したの?
誘発したからでしょ
548 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:24:49 0
あー また朝日がなんたらとかいうのはやめてね 反論するのもばかばかしい 日本が戦争したのは朝日が煽ったから 米騒動は朝日が煽ったから シベリア出兵は朝日が煽ったから 安保は朝日が煽ったから 高度経済成長は朝日が煽ったから くだんね 朝日は超権力者主かよ 日本の歴史は全部朝日が作ったとでもいいそうだな
>>545 フランス革命は大量の政治パンフレットが成立させた革命だぞ。
550 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:26:33 0
なんでも朝日が歴史を作ったと言うなら 日本史版を改名して 朝日版にして 朝日の歴史や人事などの変遷を詳しく教科書で学ぶようにすべきではないか
>そんじゃ、米騒動は何で寺内内閣の責任になったか >説明してくれ >そっちの方が重要な論点だろ ワロタ 「責任なのか」ではなく 「責任になったのか」という言葉を使ってる段階で薄々わかってんじゃねこいつ (朝日説に異様におびえながらも)
552 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:38:36 0
んじゃ、責任なのかでもいいよ 揚げ足取りしないで答えてよ 米騒動は寺内内閣の命令で起きたか? 命令でないなら政府は無問責ということになるが それならなぜ寺内は辞職したのか はいはいちゃんと答えてね 俺は 寺内内閣は米騒動や打ち壊しを命令した訳ではないが その政治的な判断ミスにより誘発させ そしてそれの責任を取って寺内内閣は辞職した と論理的に答えられるよ
どうでもいいから日本史板でやってこい
あまりよく知らない話を自分から持ち出してきた日本史担当さん これは知ってたかな? 戦前の財閥は、紙を供給する製紙会社を通して新聞を支配してたのは よく知られてるけど、三井→王子製紙→毎日新聞というのは その古典的な例なんだよん。
555 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:40:49 0
つーか 俺が質問しているのは 単純な政治的責任の所在なのだが 命令していなければ政府は無問責ってどこの封建社会の話なんだか
>政治的な判断ミスにより誘発させ 当時の朝日とおんなじこと言ってどうすんだこの馬鹿
557 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:42:47 0
>>554 猿でも知っている話だよ
今だって新聞社は経団連の言いなりじゃん
こんなやつらにどこまで歴史を作る力がある?
以上
君の理屈は俺の論の補強にしかならん
558 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:44:28 0
>>556 揚げ足取りおつーー
でも質問には答えてないねww
もう論破されたの
つまらん
寝ていい?
おれが返答するに値する根拠を答えてね
>>555 単に政権を担当をしていたという事実が
問題の処理の具体性にはほとんど触れず
そのまま自動的に結果責任につながるという論理自体
近代メディアが作り上げたものなのだが。。。
>>557 オオッ 知っていたのならどんな本で知ったのか教えて
561 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:48:53 0
>>559 あっそ
じゃあなんで寺内はやめたの?
米騒動を命令して起こした訳じゃないのだから続投すりゃ良かったじゃん
朝日の話は猛いいよ
新聞社なんて風見鶏だぜ
世論が障害者を虐殺せよみたいな風潮が大半を占めたら
連中は虐殺方法の具体的な方法を記事に載せるようになる
後追いなんだよ。基本的に
今まではだめだめだった日本史担当さんが 知っていたそうです。どんな本で知ったのかしら
>>561 新聞は風見鶏だって一番言ってるのは新聞なんだけどね
564 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:50:28 0
つーか 朝日の話はどうでもいいだろ 早く寺内がやめた理由を答えてね 教科書にすら 「米騒動の責任を取って辞職」とあるがね
>>564 アンタ何話そらしてんだよ
どんな本で知ったのか教えてくれよ〜
醜態だな
567 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:52:34 0
>>563 早く寺内内閣が倒れた理由答えてよwww
568 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:53:06 0
>>565 早く寺内内閣が倒れた理由答えてよwww
つまらない見栄を張るからこんな恥ずかしいことになるんだよ。
570 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:53:42 0
>>566 早く寺内内閣が倒れた理由答えてよwww
571 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:54:21 0
>>569 早く寺内内閣が倒れた理由答えてよwww
572 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:55:36 0
何度も言うが 命令でなければ政府は無問責という理屈なら 殆どの内閣の辞職は誘発系だから その辞職の理由が説明突かなくなるよ
さすがにかわいそうになってきた
↓
567 名前:世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:52:34 0
>>563 早く寺内内閣が倒れた理由答えてよwww
568 名前:世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:53:06 0
>>565 早く寺内内閣が倒れた理由答えてよwww
574 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 01:58:16 0
可哀想なのはどちらだか 朝日とかなんとかの話題そらしと揚げ足取りくらいしかできてないのわかっている??
いいからいい加減日本史板か政治論議板でやれ
576 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 02:01:02 0
米騒動は寺内内閣の指示ではないのだろ? まあ、あたりまえだよな。 んじゃ、寺内内閣は米騒動の責任なんてとらなくてもよかったのにな
ふたりともギロチン台に上がれっ!
578 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 02:04:17 0
誘発させれば命令なんぞなくても政治的責任は取るんだよ それが施政者 今は総辞職すればいいが、昔は責任の取り方がギロチンだっただけ なんもかわらん ルイも結局同じところだな
みんな喧嘩するくらいなら錠前作りでもしろよ。 心が癒されるぞ
580 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 02:07:05 0
まあ、世界史の話に戻るが 俺が言いたいのは 寺内内閣が米騒動を誘発して責任を取らされたように ルイやアントワも革命を誘発したんだから責任は取るべきだろ
581 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 04:29:35 0
そんじゃ 廃仏毀釈運動やユダヤ人虐殺も政府の責任ということか
20世紀の全体主義の起源を啓蒙思想に求める説もあるよな。
>>582 フランス革命自体が、理想を実現する為の、専制・独裁政治
の先便を付けたしな。ただ、それを以て啓蒙思想を元凶と見做すのは
どうか。西側のブルジョア・デモクラシーの思想的根拠にもなっている
からね
日本人がディベイトの訓練が出来ていないで論争が ケンカになってしまい、中心的な問題点が浮き彫りに なってこないよい例ではある。 ものごとを論理的に考えるのに数学はそのよい訓練法である。
>>583 全体主義の起源を宗教(終末思想など)に求める説もあるね。
586 :
世界@名無史さん :2007/08/30(木) 12:43:17 0
>>584 朝日がなんたらとか
話題そらししかできてないものね
政府は、命令が無ければ無問責と自己理論を震うのはいいが
それなら、さっさと寺内内閣が倒れた理由を教えてほしいものだ
文化大革命もフランス革命的なものを目指していたのかね。 中国人の性質を根本から変えるはずだったんだけど。
>>586 いいからお前は日本史板か政治議論板で思う存分語って来い。
9割がた自作自演だろうけど。
>>586 あんたが初めから知ってたのはみんなわかってるよ。安心しな。
俺が保障するから。
590 :
世界@名無史さん :2007/08/31(金) 13:55:47 0
>>582 タルモン「フランス革命と左翼全体主義の源流」ですね
要はオルテガのあの言葉だろ 18世紀の知識人たちはこともあろうに「全人類に向かって語りかける」 というとてつもない思い上がりを演じた。 ってはっきり憶えてないからこんなもんだったかな・・・
592 :
世界@名無史さん :2007/08/31(金) 17:27:15 0
フランス革命の真に偉大のところは王権を打倒した ことではなく教会を楔に縛り付けたこと、間違ってはならない。
フランス革命の後、二つの教育プランが作られた。 一つはコンドルセのプラン。知育中心主義で、教育の権力からの独立= イデオロギー教育の拒否、教育の機会均等、無償教育を提唱。 もう一つが、ミシェル・ルペルチエのプラン。徹底した徳育中心主義で、国民学寮案 (5〜12歳までのすべての子どもは国民学寮に収容し、「共和国の鋳型に 投げ込む」ことが必要との観点から、同一の服、同一の食事、体育、徳育、 労働実習を中心とした共和主義的国民教育を提唱。 スパルタか、プラトンが『国家』の中で描いた理想国みたい。
> (5〜12歳までのすべての子どもは国民学寮に収容し、「共和国の鋳型に > 投げ込む」ことが必要との観点から、同一の服、同一の食事、体育、徳育、 > 労働実習を中心とした共和主義的国民教育を提唱。 これナチスドイツがまさにこのまんまの事をやったなあ。
科学者のラヴォアジェを処刑したのは失敗だったと思うけどなあ。
知れば知るほどフランス革命は暗黒の歴史の原点ってイメージだな。
597 :
世界@名無史さん :2007/08/31(金) 23:47:08 0
日本や他の国でも革命は起こったがフランスのように酷い上層部じゃなかったから革命でも割と穏健に住んでいる
598 :
世界@名無史さん :2007/08/31(金) 23:49:56 0
>>597 ロシア革命や、中国共産党(大躍進政策と文化大革命)はどうよ?
>>598 その2つはむしろ民衆の方が酷い目にあったな。
つヴァンデの虐殺
601 :
世界@名無史さん :2007/09/01(土) 00:03:21 0
ヴァンデ内戦で最終的には何十万人虐殺されたんだろう?
戦後すぐから1960年代くらいまでは、「国たるもの革命をしなきゃ駄目だ」みたいな、変な潮流が 世界中にあったな。あれは不思議だ。
バークって、そんなに偉いんですかねぇ?
605 :
世界@名無史さん :2007/09/01(土) 00:28:33 0
>>603 第三世界の国々が次々と独立してナショナリズムが高まっていたことと、
マルクス主義の影響なのでは?
606 :
世界@名無史さん :2007/09/01(土) 00:31:18 0
中南米にはフランスをモデルとして国づくりをした国がけっこうあるな。 憲法もフランスのそれを真似たりして。
まあ革命って虐殺や処刑は付き物だけど フランス革命に「中世への回帰」と言われるくらい残忍なエピソドが多いのは やっぱり最初の革命だったから「実験」という意味合いがあったんだろうな (厳密に言うとこの革命のための実験の小さな都市革命もスイスであったが)
現在のフランスではグランド・ゼコールの卒業生が事実上の支配階級と化して いるが、アメリカでも特権層と下層階級の格差が広がりすぎて、アンシャン・ レジームの貴族社会みたいになってる…
610 :
世界@名無史さん :2007/09/01(土) 13:02:35 0
>バーク 中野好夫の解説書から入った俺は失敗したかも。 難しくて理解できない。かといって原著も難しいし。 ところで革命歌「サ・イラ」ってよく史書に出てくるけど どんな歌詞なのかな。CDあったら聴いてみたい。 革命派の中でも特に過激で下劣な連中がよく歌ったと聞くけど。
人権宣言発布の2ヶ月後に、市民を“能動的市民”と“受動的市民”に 分けている…
夏目漱石も難しくて文意を読み取れなかったというバーク
ドイツとロシアには、バークの哲学がぜんぜん流入しなかったというのは本当?
>>609 アメリカは元々貴族制みたいなもんだろ。名家名族ってのがメチャメチャ多い社会だし。
確かに狂信的合理主義者達にとってはキリスト教的コモンローを掲げる保守主義が最大の敵だった。
アレクシ・ド・トクヴィルはバークの影響を受けてるんだよな。
617 :
世界@名無史さん :2007/09/02(日) 13:10:55 0
◎フランス革命の神話化 1789年7月14日はフランスでバスティーユが攻撃された日として知られ、民衆の 勝利の記念日となっている。このときの攻撃によって囚人7名が解放されたが、 内訳は贋金づくり4人と狂人3人であったという。 (このときの囚人が政治犯だったと勘違いしている人は多いね)
狂人って一人がサドだっけ?
1791年9月20日、ヴァルミーの戦いにプロイセン軍の一員として参戦していた ゲーテが、『滞仏陣中記』に、 「ここから、世界史の新しい時代が始まる」 と感動を持って書いたというエピソードは有名だが、実際にはこの発言の 文脈も、予期せぬ後退に沈みがちな陣中で、意見を求められたので「受け」を ねらって即妙の答えをしたというふうに読める。しかもこの後にゲーテは、 「朝のパンを返してくれといった」とじつに瑣末なことを記している。 文脈からセリフだけが切り離されて一人歩きしているんだよな。
>>620 日本史で言うと安国寺恵瓊の「羽柴筑前さりとてはのものにて候」みたいなものか。
対仏大同盟負けまくって崩れちゃー作り直し5回(7回中最後の2回はもう勝ちが見えてたから除外)って 大英帝国もよくやるよね 本国が攻められる心配がなかったから気楽なもんか?
>>620 ヴァルミーの戦いはそもそもあの異常な退却から
総司令官ブラウンシュヴァイク公の革命への愛が感じられるわけで
当時プロイセンの陣中には疫病が蔓延していたとか。
625 :
世界@名無史さん :2007/09/02(日) 18:52:59 0
ヴァルミー会戦は、仏軍が「国民万歳!」と絶叫するのに恐怖した連合軍が ボロ負けして退却したというのは後から出来た神話、それとも事実?
>>625 銃砲馬蹄の音飛び交う戦場でいくら叫んでも、相手に恐怖させるほど響くと思うか?
>>625 神話でそ。
あの戦いは砲撃戦であって、白兵戦ではなかったのだから。
>>622 大陸荒らせればそれでよかったんじゃない?
ナポレオンも百戦百勝と言われているが、その実個々の戦いを見ると 無血開城の例が異常に多い
>>622 イギリスはウィリアム3世の時代からヨーロッパ大陸に統一された大帝国が
出現するのを防ぐのが国是だから。
その国是がいまだに有効なら、英露接近もありえる?
>>631 イギリスにとって大陸ヨーロッパの政治状況が都合が悪ければそうなるんじゃない?
633 :
世界@名無史さん :2007/09/02(日) 21:30:56 0
>>625 ポール・ケネディ『大国の興亡』(上)に、
フランス陸軍では―組織、人員の配置、武器、戦術などの―重要な改革が1789年に
先だつ2,30年のあいだに進行していた。革命によって新しい考え方を妨害していた
貴族がいなくなり、改革派は自分たちの考えを実行に移す機会をつかみ(数の上でも
優勢を占めて)、戦争に突入した。
とある。
ヤレヤレ ポールケネディかよ
欧州戦史にかけては専門だろ。
フランス革命を起こしたヤシらは共和制ローマに憧れていたが、現実のフランス共和国の 政治的不安定を見ると、ローマよりもむしろアテネに似ているような…
>>636 実際の共和制ローマはちょっと政治的混乱が起こるたびに暴力デモに粛清、さらには内乱がつきものだった。
しまいにゃローマ人自体が「いつまでたっても暴力がなくならないから共和制廃止しようぜ」って考えて
帝政ローマになったようなものだし。
20世紀には国境の外に追い出していた矛盾が 21世紀には国内に及んできたってことだね。 先進国限定だけど。
>>637 共和政ローマが帝政に変わったのは、領土が広大化しすぎたからでは。
>>639 そりゃ塩野の言ってる事だな。その理由も無いとは言わないが、実際には政権争いが異常なまでに
酷くなったせいだよ。共和制末期はもう内戦してるかローマ市内で敵対する勢力同士がギャング団雇って
紛争起こしてるかのどっちかだし。
塩野はローマの事を奇麗事でまとめすぎる。
中世末期〜近世のイギリスも、薔薇戦争やらピューリタン革命とその後の内乱 やらで政治的に不安定だったな。 安定するのは名誉革命〜ハノーヴァー朝以降かね。あのころから妥協によって 政治問題を解決するようになった。
日本史に例えると室町末期みたいなもん?
643 :
世界@名無史さん :2007/09/03(月) 11:47:28 0
質問なんだがバスチーユ陥落の際に国王はなんで逃げなかったんだ? また、正規兵で反乱軍をパリで撃退できなかったのかな?
正規兵が動かなかったのは彼らのほとんどが 当時のジャーナリズムに洗脳されてたから。 動いたのはスイス傭兵ぐらい。しかしそれも
>>643 前段の件は状況判断の誤りだな。フェルゼンによる逃避行にしても、
以前、ミラボーが忠告していたように、白昼堂々と軍隊を引き連れて国外に
脱出すべし、という事が可能なら逃げ果せたかもな
646 :
世界@名無史さん :2007/09/04(火) 01:48:33 0
>>643 当時の本人の日記に「本日:何事もなし」と書いてあったようだから
事態を正確に認識していなかったと思われ。
側近に「暴動か?」と問うて、「いえ、革命です」と言われたとも。
第一後世の目から見ればすべて明らかだが、当時の現場ではすべて五里霧中
足りない情報を元に極めて流動的な情勢に対して判断しなければならない。
正規兵でうんぬんはナポレオンならやったろう。「大砲の2,3発で革命は終わったはずだ」と
後でやった張本人が言うくらいだから。
だいいち国のトップですぐ逃げられるようなフットワークの軽い奴は早々いないぞ
信長の逃げの速さは異常。(だから名将であるわけだが・・・)
遊牧民族じゃないのだからさ。・・・
>>637 >>640 >>640 の言う通り、それは塩婆説だ。つうか小説家に説もへったくれも無いんだが。
だが、塩婆は共和政嫌いだよ。もっと差し引いて考える必要がある。
共和政ローマは、かなり安定した二階建組織を持つ寡頭共和制で、
グラックス改革の前くらいまでは、
「爆発的に拡大する都市国家」という怪物を支える体制としては、
驚異的に優れたものだった。
ギリシア諸都市などは、そのずっと手前で体制の限界に来ている。
だが、さすがに全地中海世界制覇などという状況が近づいてくると、
都市国家を前提とする体制では無理が生じてくる。
ついでに二階建ての一階=平民がガタガタになりつつあった。
同盟都市も空洞化して、ローマ都市連合の維持も困難になりつつあった。
それで、散々内乱をやったあげく、
なんちゃって東方帝国型の権力集中制を、あくまで共和政の枠で偽装したのが
帝政(元首政)ということだろ。
塩婆は、この一番重要なところで単なるカエサル厨になるので、役に立たない。
革命後のフランス政治を見ていると、危機的な状況に陥ったときには 権威主義的でカリスマ的な指導者が出てきて支配するというパターンに なっているような。 ナポレオン1世、ナポレオン3世、ド・ゴール。
ナポレオン3世は茶番劇
>>648 > ナポレオン1世、ナポレオン3世、ド・ゴール。
ふと気がついたが、この3人の後は全部、フランスの範囲が小さくなっているな。
651 :
世界@名無史さん :2007/09/04(火) 14:43:06 0
>>644 >正規兵が動かなかったのは彼らのほとんどが
>当時のジャーナリズムに洗脳されてたから。
絶対王政といってもこういうところは緩やかだったのかね。現在のテクノロジーが
発達した工業国のほうが、情報操作・情報管理が行き届いているかも。
>>651 >当時のジャーナリズムに洗脳されてたから。
「洗脳されてた」ってことは、情報操作がされてたということなんだよな。
つまり、情報力で王様の上手を行く勢力がいて、革命を煽っていたということ。
>>649 ナポレオン三世は案外名君ですよ。
あの最後がなければ、一世より上かも知れん。
今のパリはナポレオン3世が作ったようなものだしね。 彼がいなければパリは未だ、規模が大きいだけの、薄暗くて不衛生な中世都市だっただろうな。
20年も名君として君臨してたのに、 駆け引きが異常に上手い奴にちょっと足をさらわれると 歴史家も大衆も冷たいもんだな。。。
後藤新平が関東大震災後に東京の区画整理を不十分ながら行ったが、 もっと大規模に出来ていれば東京の街並みももう少しましになっていたのだろうか?
「エムス電報事件」だけどさ、当時はあの程度のことが開戦理由になる時代 だったんだな。 今とは考えられないくらい「国家の威信」というものが重視されていた。
「大量破壊兵器疑惑」だけどさ、当時はあの程度のことが開戦理由になる時代 だったんだな。 今とは考えられないくらい「国連の威信」というものが重視されていた。
>>657 国家の威信と言うより、あの程度の事が開戦理由になるほどフランスとプロイセンの関係は
悪化していた。フランス軍もプロイセン軍も既に戦う気満々で、戦争が起こるのは時間の問題でしかなかったよ。
プロイセンは勿論ドイツ統一のために、フランスはヨーロッパに置ける外交的孤立を打開する為に戦争が必要だった。
実際には今も昔も、国家の威信程度の事で戦争はしないよ。
ナポレオン戦争前のドイツには、314の領邦に加えて1475の帝国騎士領、あわせて 1789もの自立的権力が存在していたというのだからスゴイ。 ライン左岸地域はナポレオンのもとで強引に再編されたが。
イギリスがかたくなにナポレオンに抵抗し続けた原因は ナポレオンが、ハノーヴァー公国を潰したためだとする メッテルニヒの指摘は鋭い。全部当たってるかどうかは ともかくとして。
乱世の姦雄>叔父 治世の能臣>甥
ナポレオン3世も大統領から皇帝にのし上がったんだから それなりに乱世の姦雄だと思うよ 首相から総統にのし上がるのとどこが違うの?って言われたら困るから フランス内では評価がやたら低かったんだと思うw
>>663 若い時からイタリアの革命運動にかかわったり、フランスで二度も蜂起してとっ捕まったり、2度目に
捕まった時には刑務所から変装して脱獄したりと、前半生だけでも波乱万丈にもほどがあるからなあ>ナポレオン三世
個人的には刑務所に入る時「大ナポレオンの甥がこんなところに入れるか!」と、刑務所の敷地の中に
豪華な屋敷を建てて変わらず贅沢な生活をしていた、ってのが好きだなw
665 :
世界@名無史さん :2007/09/07(金) 21:43:56 0
ミラボーやラファイエットのように、貴族でありながら革命に参加した連中は、 まさか恐怖政治までいきつくとは思っていなかったんだろうか?
>>665 だって最初は貴族連中が主導してた革命だしなあ。
それこそ古代ローマ風の、もしくは清教徒革命のイギリスのような貴族共和制で落ち着くとしか考えていなかったかと。
革命とは直接関係がないが、フィロゾーフの中にも貴族が多かったな。 モンテスキュー、マブリ師、ジョクール、コンドルセ、コンディヤック、 ヴォーヴナルグ、ビュフォン、エルヴェシウス、ラヴォアジェ、ケネー、 テュルゴー・・・ ドルバック男爵は財産所有者と「愚かな大衆」を区別していた。
フランス革命が過激化した理由って、徴兵制で政府が最大にして唯一の武力を持ったせいだと思うのだが どうだろう? 国家権力、フランス革命の場合は議会を握ったものが全ての武力も手中にする。
669 :
世界@名無史さん :2007/09/07(金) 23:28:14 0
>>668 徴兵制に対する抵抗はどのくらいあったんだろうか?
フランス革命はパリ以外の地域がどんな状態だったのか、あまり情報がないよな。
理論を得意とするインテリが権力握っちゃったから、 現実との折り合いをつけないで、目的までの最短ルートを築こうとしたんじゃね。
サン・ジュストがロベスピエールのことを「全人類の議員」と呼んでいるが、 これってある意味思い上がりなんジャマイカ?
>671、ルソーのいう一般意思を具現化するのがウリだ!!って電波受けてたからじゃね?
673 :
世界@名無史さん :2007/09/08(土) 09:58:51 0
弾劾相手が国王でもダントンでも、サン・ジュストの演説は鳥肌もの
674 :
世界@名無史さん :2007/09/08(土) 10:34:48 0
フランス革命は何が原因だろう? まず、国王の贅沢とは聞いたことはあるがそれ以前にアメリカ支援や おじいさんの代の国外遠征らしいが詳しい人はいないだろうか?
詳しくない人はこのスレにいないだろう。
>>672 一般意志って、どうやってこれが一般の意志だって
論証するんだろ
-.―――--.、 ,イ,,i、リ,,リ,,ノノ,,;;;;;;;;ヽ .i;}' "ミ;;;;:} |} ,,..、_、 , _,,,..、 |;;;:| |} ,_tュ,〈 ヒ''tュ_ i;;;;| __________ | ー' | ` - ト'{ / .「| イ_i _ >、 }〉} < 漏れが一般意思だと言ってるんだから論証の必要なし `{| _.ノ;;/;;/,ゞ;ヽ、 .!-' \ | ='" |  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ i゙ 、_ ゙,,, ,, ' { 丿\  ̄ ̄ _,,-"ヽ ''"〜ヽ \、_;;,..-" _ ,i`ー- ヽ、oヽ/ \ /o/ |
ずれた頭の人は言うことが違う
でも実際に政府によって「一般意思とされた」事が政策として強制され、それに反対するものには 「反動反革命」のレッテル貼られて殺されちゃうんだよなあ、大抵の革命で。
>>666 俺も昔そう思ってたけど、詳しくみていくとけっこー一貫性あったりするんだよ
この革命の場合
そういえば黒い騎士って新聞記者だったんだな
ついでに古今東西で建国の大功臣はたいてい粛清されるんだよなぁ
683 :
世界@名無史さん :2007/09/09(日) 15:54:20 0
>>683 革命初期に主導権をとっていたのは
ミラボー、ラファイエット、シエース、タレイランなど。
それがパルナーブ、デュポール、ラメットのトリオに移る。
次に彼らが失脚して、ブリッソー、ヴェルニオに主導権が。
次にロベスピエール、マラー、ダントンの時代に。
最後のあたりになると革命の過激化って言われるんだけど
メディアの煽りや残忍性というトーンはバスチーユから
一貫してる。量的に多くの死者が出る以前からもノリは
ほとんど変わんない。
通常の革命叙述は、世論の決定要因をコミューンに帰しな
がら、コミューン自体やその活動家の叙述はあまり行わず、
国民議会の動きを追ったものが大半。不思議なのは
最初期の連中だけが死刑にならず、後はみんなギロチン行き。
(ミラボーは墓暴かれたが)
/⌒\ ( ) | / /| |/ / |グアッー! ( ・∀・) ) ( (__Y_) マラー風呂場で暗殺される。全裸で
>>684 > 不思議なのは
> 最初期の連中だけが死刑にならず、後はみんなギロチン行き。
それは結局、第二世代は第一世代に対してまだ穏健的だったが、第三世代は既に第二世代に対して容赦なかった、って言う
革命の過激化を裏付けてるだけじゃ無いのか?
>>686 第一世代の登場人物でも彼ら以外はかなり処刑されてる
688 :
世界@名無史さん :2007/09/09(日) 21:28:13 0
>687 やはり最強はタレーランなのか。
バラスだろ
カンボンかも
ラファイエットって、何してたの?
オーストリアで捕虜なってた。 ところで、オスカルって立憲君主制知らなかったのぉ? ラファイエットとは歳近いんだし(2歳違い)、同じ軍人だし(ラ・少将、オ・准将)、 ちゃんと話聞いてれば、あんなに悩まなかったのにねえ・・・
そもそもフランス革命以前に立憲君主制、つーか憲法という概念自体あったのか? 王権を制限するような成文非成文の基本法的なものは中世からあることはあったが。
>>693 > そもそもフランス革命以前に立憲君主制、つーか憲法という概念自体あったのか?
アメリカで既に憲法は成立している。
>>694 成立したのフランス革命始まる前の年ぐらいだけどな。
一応、イギリスは既に立憲君主的な体制に近かったが、単純な成文憲法があるわけじゃないから理解しづらいだろう。
まあ、モンテスキューあたりの著作に立憲君主的な方向性は書かれてはいたみたいだが。
革命後の憲法は政変のたびに改正されまくってる。 Kシュミットはフランス憲法は憲法の実験場っていってたっけ
>>696 でも結局憲法ってそんなもんだよなあ。
タイやトルコなんてクーデターのたびに憲法が変わっているw
698 :
世界@名無史さん :2007/09/10(月) 15:45:31 0
>>697 長持ちする憲法は、結構制定の沿革はいい加減なものであることが多い
理想に突っ走ったものより、妥協の産物の方が、一国の最高法典として適格なのかも知れない
ex.アメリカ合衆国憲法、フランス第3共和制憲法、ドイツのボン基本法・・
18世紀末〜19世紀前半のフランスは、ヨーロッパの厄介者という感じだな。 1894年の革命もあっという間に周辺諸国に伝播した。
700 :
世界@名無史さん :2007/09/10(月) 20:39:20 0
700get
701 :
世界@名無史さん :2007/09/11(火) 21:27:33 0
>>688 タレーランはジャコバン派支配の時代、米国に亡命していたが、スタール夫人に
あてた手紙で、
「ここに一年もいると私は死んでしまう」
と書いている。
18世紀のフランス人の目にはアメリカは簡略で味気ない、退屈な国と映っていた
らすぃ。
>>701 そりゃそうでしょ。その当時のアメリカなんて清教徒ばかりの変に生真面目で
殆ど娯楽の無い農本主義の国。
アメリカって女が相手するキャバクラみたいな飲食店禁止なんだよな。 キャバクラとソープじゃ敷居がかなり違うと思うが。
704 :
世界@名無史さん :2007/09/11(火) 23:14:01 0
19世紀になってもフランス人のアメリカ観はネガティブなものが多い。 「私は腐敗した宮廷の雰囲気のほうが百倍も気に入っている。ワシントンは 死ぬほど退屈だ」 「ごくまっとうな人間だって、頭の中で夢想しているのはドルのことばっかり」 「宗教は32もあるのに、ソースはたったの1種類しかないなんて!」 「アメリカ人の倫理観は吐き気がするほど俗悪に私には見える。米国上流の 人々の書いたものを読んだが、欲望しか見出せない」 「全般にアメリカほど精神的自立と真の自由がない国を私は知らない。(中略) 米国では多数派が観念を中心に大きな輪を描いて、その範囲の中でものを 書くことは自由である。しかし、あえてその境界の外に出ようとするなら その人には不幸が待っている」
>>704 21世紀の今でも言っていることは変わらないな、フランス人は。
706 :
世界@名無史さん :2007/09/12(水) 08:48:41 0
>>705 というよりアメリカの本質が変わっていないのでは。
21世紀の日本人がアメリカについて書いたものも似たような感じ。
707 :
世界@名無史さん :2007/09/12(水) 10:11:42 0
でも国王が倒れたのはフランスだけ イギリス以外の隣接地帯はどうして鎮圧できたんだろう?
708 :
世界@名無史さん :2007/09/12(水) 12:16:30 0
>>706 でもアメリカ人に言わせれば「フランス人のいつもの思い込み」でしかないだろ。
アメリカはフランスよりもずっと自由だとアメリカ人は考えてるし、実際にもそうだと思うよ。
逆にアメリカ人から見たフランスは、「一から十までお役所に支配されている管理社会」だし。
>>704 >「宗教は32もあるのに、ソースはたったの1種類しかないなんて!」
宗教のソースが一種類ってこと? 調味料のソースが一種類ってこと?
>>710 調味料。料理の文化が貧弱なアメリカをフランス人はよくそう言ってバカにする。
まあそのアメリカも流石にソースの種類は増えたよ。3種類くらいにw
なるほど。 フランス人は「食事のときに水を飲むのは、アメリカ人とカエルくらいなものだ」とも言ってバカにしてるね。
713 :
世界@名無史さん :2007/09/12(水) 15:04:06 0
アレクシス・ド・トクヴィルが彼の友人と二人でアメリカを旅行したとき、 ほとんどどこに行っても、“アメリカをどう思うか”と聞かれた。 当時アメリカは後進国であり、フランスは先進国だったことを考えるとよくわかる。 アメリカ人も日本人と同じようなことをやっていたんだなw
そのほかにもトクヴィルには「アメリカ人の国民的な虚栄心は、イギリス人の 虚栄心より何故いっそう不安定で、単調なのか」、「アメリカ人は自国では 神経質ではないのに、ヨーロッパで神経過敏になるのは何故か」などと いう記述がある。
スレ住民がなんか変わってきたな
716 :
世界@名無史さん :2007/09/13(木) 14:26:16 0
世界板って、ヤパーリアメリカ好きよりヨーロッパ好きのほうが多いの?
古代・中世・近世好きにはアメリカは眼中にないだろうな。そりゃ。
アメリカ史はあんまり味がないんだよねぇ・・・
719 :
世界@名無史さん :2007/09/13(木) 14:57:25 0
お前ら一回死ね。
18世紀のフランスでは、大型本だけでなく、小型で価格の安い本が売られる ようになり、あまり豊かでない人々にも本が買いやすくなった。 また、青本(ページ数の少ない、粗末な紙に刷られ、青色の表紙のついた 超廉価本)が大量に流布する。 さらに書物を購入しなくても、借りて読むことができる施設や商売が増加 したのも18世紀フランスの特徴で、国王図書館・修道院の蔵書・主要都市の アカデミー・書店の閲覧室などで読むことができた。また年会費を取って 書物や新聞を読ませたり、会員が自分たちで書物を共同購入し、回して 読んだりするシステムもできた。 こういう活字文化があったからこそ、革命でジャーナリズムが影響力を 発揮することができたのだと思われ。
721 :
世界@名無史さん :2007/09/13(木) 19:47:35 0
よく似た事情でグーテンベルクの活版印刷がルターの宗教改革に与えた影響が・・・
>>718 本来のアメリカ史はものすごく味がある。
日本のアメリカ学派がこれを面白くなくしてる。
722 :
世界@名無史さん :2007/09/13(木) 23:43:41 0
フランス革命→恐怖政治→青年将校ナポレオン登場→英雄ナポレオンが皇帝へ ここまでの流れは当時の人たちは熱狂しただろうな 劇的すぎるだろこれ
723 :
世界@名無史さん :2007/09/13(木) 23:52:08 0
黄巾の乱→董卓の恐怖政治→青年将校曹操登場→英雄曹操が魏王へ これと同じやん。
応仁の乱→戦国時代→信長登場→天下布武
725 :
世界@名無史さん :2007/09/14(金) 01:20:33 0
ユースタス・マリンズ著「カナンの呪い」 この大著の一頁一頁に、著者マリンズ氏膨大な学識が凝縮して居るが、 とりわけ熟読すべきところは、第五章 血に塗れたフランス革命であろう。 このフランス革命についてのマリンズの記述は、明治初年以降、日本の 西洋かぶれ極悪売国奴学問奴隷ども、極悪売国奴マスコミ人、文化人、 いわゆるインテリ、極悪売国奴官僚などによって、三十年間日本民族に 注入され続けて居る、フランス革命についての猛毒イデオロギーと、 一行一行、一語一語、衝突する。 マリンズによるフランス革命史の要点を、以下に記して置く。 (1)フランス革命の血の狂宴(オルギア)のための重要な布石の一つは、 ユグノー(キリスト教新教徒)の大量殺戮である。 (2)このユグノーに対する大量殺戮の、主たる仕掛人は、フィレンツェの メディチ家から来た、シャルル九世の摂政カトリーヌ・デ・メディチである。 (3)メディチ家の正体については、人間至上主義を暴露した本書の第三章に詳しい。 (4)フランス革命の実行計画は、一七八一年、ウィルヘルムバートで開かれた、 フリーメーソンの国際会議で練り上げられた。 (5)一七八九年、フランス全土に、二千のフリーメーソンの支部組織があり、 そのメンバーは十万人。 (6)フランス革命議会六百五十五名の議員のうち、四百五名はフリーメーソン。 (7)ジャコバン党は全員フリーメーソン。 (8)英国のシェルバーン卿は、フリーメーソンを通じて、ロンドンから、 フランス革命の全過程を、逐一、指揮した。 (9)ナポレオンが追放されたあとの一八一五年のウィーン会議までに、 ロスチャイルド家が、全ヨーロッパの事実上の支配者として登場した。
727 :
世界@名無史さん :2007/09/14(金) 07:22:53 0
この時期、まだフランスでは標準語というものが存在していなかったので、 革命政府の法令や布告は、いちいちアルザス語やブルトン語に翻訳されて 伝えられねばならなかった。 そのためパリの革命家たちが地方オルグに赴いたとき、言葉の壁で疑心暗鬼に 陥っている。
728 :
世界@名無史さん :2007/09/14(金) 18:42:16 0
729 :
世界@名無史さん :2007/09/16(日) 09:49:56 0
絶対王政というと、国王が国家のすみずみまで一元的に支配する、みたいな イメージを持っている人がいるけど、 実際には州・都市共同体・教区共同体・ギルド・特権会社・大学などのネットワークを 通して王国を支配していた。
絶対王政の「絶対」って、常備軍や官僚組織の整備で、国王権力が貴族などに対して「絶対的に」優位に立った、 って意味の「絶対」ってことじゃ無いの?
731 :
世界@名無史さん :2007/09/17(月) 12:20:48 0
>>729-730 本当に、中央政府の常備軍や官僚組織が、地域の住民に優位に立ったのって、
恐怖政治→ナポレオン独裁・帝政によってだよ
アンシャンレジーム時代には、高等法院などに王権は制約されていた
732 :
世界@名無史さん :2007/09/17(月) 12:22:19 0
地方や農村にとっては、大革命直後よりも、産業革命後の変化のほうが 大きかったんじゃなかろうか。 鉄道網が発達し、工業化が進展したことによって伝統的熟練を必要と しない労働が増え、職人組合が衰退した。 また、それまで村の司祭に委ねられていた教育が、国家の手に移る。
>>636 フランス政治が不安定化する理由は、
(1)人種構成の多様さ
(2)極度の中央集権構造への反発
(3)近代以降の経済発展の緩慢さ
からきているそうでつ。
フランスって国も、地方分権の流れが出来たら、あっという間に3つ4つに分裂しそうだな。
>>735 北のオイル語地域と南のオック語地域に分裂するかな?
その他にコルシカ、バスクあたりもきな臭そう。
>>736 フランスの場合旧植民地のコモロ諸島で独立した島はクーデター連発で残留した島は安定なんてあるし
(そんなもん見てりゃニューカレドニアだって独立する気失せる罠)
案外ずっとまとまってそうな希ガス
イギリスやフランスの場合、国家の歴史が古いので、分裂することはなさそう。 せいぜい国家統合の形がゆるやかになるくらいじゃないだろうか。
参加したくて3日前から過去レス読んでるんだが、長すぎてまだ半分も読めん。
>>738 イギリスの場合、スコットランドはあともう一押しあったら独立しかねない状況が続いてるが。
742 :
世界@名無史さん :2007/09/18(火) 19:48:47 0
>>738 UKの意味を再考せよ。「これからそれぞれ独立するか」と問う意味なら、知るかボケ
>>735 >>736 共和国原理に基づいてということなんだろうけど、
単一言語教育が本当に徹底して叩きこまれているから、
今更独立という方向には、なっていきにくいところだと思うけどね。
地方語教育が本当に生きているスペインなどは、
逆に、その宥和的態度が分離独立運動を活気付けているというのは
フランス領とスペイン領のバスク地方を比べればよく分かる。
フランス分裂の「危機」が来るとするなら、
EUでさらに極端な英語化が進行し、かつ労働力移動が更に激しくなって
標準フランス語の実用的地位が、フランス国内でも本当に没落した時だろうかね。
つまり、フランス語が英語と地方語の挟み撃ちにあうような状況だが、
さすがに当分は来ないだろうw
フランス革命期に奴隷制廃止と普通選挙の実施を強硬に主張したグレゴワール 神父は、同時に、フランス本国における方言撲滅運動の推進者でもあった。 「理性」と「人権」の勝利はフランス語という「文明」の言語を通してのみ 可能であるという信念が、フランスの「人権思想」と分かち難く結びついて いたのである。 ちなみにフランスは植民地においても、現地の人間に自らの母語や文化は野蛮な ものであるという信念を叩き込み、フランス本国と同じ教科書で、「我らが先祖 ガリア人は……」という記述を暗証させた。 この辺の事情はイギリス植民地と大きく違っている。
745 :
世界@名無史さん :2007/09/19(水) 14:24:29 0
> 「理性」と「人権」の勝利はフランス語という「文明」の言語を通してのみ > 可能である なんでここまで思い上がれるんでしょうかね? ナポレオンで戦争に勝ったから?
>>745 つーか、18世紀のフランスで、"Civilisation"(文明)といえばただ一つ、
「フランス・サロン文化」のことだった。絶対主義に反対した啓蒙主義者
たちにもこの見解は共通していた。彼らにとって「文明化する」、「啓蒙化する」
とは、端的に「フランス化する」ことだった。
彼らにとって、フランス文化は理性に適った至上かつ唯一の法であって、
この法に適合させることこそが「啓蒙」だったのだ。
この時代はフランス語は各国宮廷の共通語だったし、フリードリヒ2世や
エカテリーナ2世もフランスのフィロゾーフを招いたりしている。
747 :
世界@名無史さん :2007/09/19(水) 21:46:44 0
衛星映画劇場 ナポレオン 第一部 1927年・フランス NAPOLEON 10月2日(火) 午前0:50〜午前2:51(1日深夜) 共和主義の実現を目指す若きナポレオンの雄姿を壮大なスケールで描いた歴史大作。 斬新な映像表現を試み、「戦争と平和」「鉄路の白薔薇(しろばら)」とともにサイレント映画の 歴史に輝くアベル・ガンス監督作品。12時間に及んだオリジナル版を約4時間にまとめた復刻版。 第一部は、一風変わった少年時代から、青年将校となり政治的混乱の最中にあったフランスで大手柄 をたてるまでが描かれる。 (原題:NAPOLEON) 〔監督・脚本〕アベル・ガンス 〔撮影〕ジュール・クリュージェ 〔音楽〕カーマイン・コッポラ 〔出演〕アルベール・デュードネ、ウラジミール・ルーデンコ、アレクサンドル・クービッキー ほか (1927年・フランス)〔無声映画(活弁:澤登翠)/白黒〕
ソフィア・コッポラ監督、キルスティン・ダンスト主演『マリー・アントワネット』 を見た人はスレ住人にいるかな?
749 :
世界@名無史さん :2007/09/19(水) 23:40:28 0
>>746 サロンはフリーメイソン顔負けのかなり香ばしい工作もしてたりする。
レピナス嬢のサロンでは「今度ルソーとヒュームを会わせましょうよ」
みたいな事を実際やってた。
アカデミー会員の半分を作ったといわれるランベール夫人のサロン
(1710〜33頃)が最初に賑わって、そのメンバーが移ったのが
タンサン夫人のサロン。そのメンバーがさらにジョフラン夫人の
サロンに移る。だからこれら三つのサロンは同時期には被らず、
一つの流れにあるとみていい。それ以前にもランブイエ侯爵夫人
とか、ラファイエット夫人のサロンがあったけど本格的に
啓蒙主義の根城になるのはランベール夫人のサロンから。
もう一方の流れとしてデファン夫人→レピナス嬢のサロンという
系統があって、デファン夫人のサロンはジョフラン夫人のサロンと
対立関係にあった。これらの香ばしいオバハンたちの正体が一体
何者であったか?資金源は一体どこから来てたかというと、
旦那は大体ガラス工場主とかそういうユグノーっぽい新興ブルジョ
サロン文化は頭で理解できてもどうも実感としてよく解らない。 場としてはものすごい名物女将のいる高級料亭のような物かとも思うが。
よく知られているように、サロンでは女主人公が支配的な役割を果たしたし、 その他にも多くの夫人たちが出席していた。だから、その雰囲気は華やかで、 くつろいだものであった。当然、そこでの会話は自由で拘束されない形で すすめられた。そこではなにを話してもよく、ただ会話が巧みになされ、 わさびのきいたものであることだけが条件であった。それゆえ、政治の ことだけを、しかつめらしく、論理一貫して語るというようなことは、 およそ不人気なことだったのである。逆にいえば、そこでは政治とともに 愛が語られ、芸術上の話題と賭博上のできごとが同時に扱われるというような 雰囲気なのであった。 高坂正尭『古典外交の成熟と崩壊』(都市出版、2000年)
ルソーはサロン文化をこきおろしていたな。 彼の目には、サロンという場所は偽善的で虚飾に満ちたものに映って いたらすぃ。
>>752 きっとサロンでモテなかったからだろう。
フランス革命が過大評価されるのって、ジャック=ルイ・ダヴィッドをはじめとする 新古典主義の画家たちがつくりあげたイメージも大きいんでないの? 逆にロシア革命の場合、旧ソ連のプロパガンダ・ポスターを見てもまったく 魅力を感じない。
ロシアアバンギャルドは面白いじゃん
>>1 ナショナリズムと国民国家を生み出したから。
>>756 俺もその着眼点は納得出来るよ。自由平等博愛なんてことよりも、
そっちの方が重大だと思う。
758 :
世界@名無史さん :2007/09/20(木) 17:40:57 0
>>756 厳密に言うとそれは間違い。
ナショナリズムと国民国家を生み出したのはナポレヲン戦争の方だから
フランスの場合、まず六角形の国土という枠組みがあって、その領域内に 住む人間を“国民”に仕立て上げたのに対し、 ドイツの国民国家形成は領域の歴史的連続性を基礎にできず、言語や民族に 依拠せざるをえなかった。 日本の国民国家形成はどちらかというとフランス型に近いな。四囲を海に 囲まれていて、スラヴ人やマジャール人のような有力な少数民族もいない。
フランス革命のスローガンのなかで、「平等」は結局実現しなかったな。
761 :
世界@名無史さん :2007/09/20(木) 22:39:30 0
>759 フランスは民族の分布より国境を元に強引に「フランス人」を作り出したからね。 アルザス人やバスク人の扱いは近年までほとんど問題視されなかった(アイヌ人の扱いと一緒)。
フランスには「革命神話」が存在するが、イギリスにもホイッグ史観が
あるよな。
ttp://azuncha03.blog26.fc2.com/blog-entry-133.html 資料が揃えば投稿する予定だけれども、さしあたりホイッグ史観とは
何ぞや、ということを書いておこうと思う。
ようするに進歩史観、勝利者史観である。イギリス帝国華やかなりし
ころは、王権の抑制と議会の権限拡張を主導したホイッグが、都合よく
自分たちの歴史を書いたそのパラダイムがホイッグ史観である。ジェームズ2世
(1633-1701)はカトリック専制主義を目指したとして、またジョージ3世
(1738-1820)は積極的に政治に参加してホイッグのヒンシュクを買って、
歴史的悪役にするわけだ。かわって名誉革命やマグナ・カルタは歴史的
偉業であり、ウィリアム3世(1650-1702)はオランダという自分の領地を
かえりみずイングランドをカトリックの魔の手から救った、selfless
heroなわけだ。
(中略)
まず勝利者史観・進歩史観。これは科学万能主義、啓蒙思想とかと通底
するかもしれない。とにかく人類は発展・改善されつづけるのであり、
科学と文明によって愚かで不幸なことは次第になくなっていくという
考え方だ。モダニズムっていうのかな。マルクス主義史観も進歩史観と
いう点ではいっしょで、じっさいホイッグ史観と激しい対立はあまりないっぽい。
これがどういうことを導くか。まず国や地域ごとに進歩の度合いをヨーロッパを
尺度にはかることにつながる。アジアやアフリカは遅れた国であり、すすんで
教化しなければならないとする。奴隷制や植民地支配の正当化の論理にも援用できる。
つぎに、歴史上の人物を、現代の価値観をもって断罪するという側面も
有する。歴史家は裁判官のごとしである。17世紀中ごろには物騒な急進
思想であったホイッグ主義(議会が王よりも上であるという考え方)は、
先見性のあるすぐれた考えであり、当時の保守主義は愚かで蒙昧というわけだ。
763 :
世界@名無史さん :2007/09/20(木) 23:57:19 0
ホイッグ史観ホイッグ史観という割りに トレヴェリアンはじめ今日本で出てる本はホイッグ史観のやつ ばっかりで強烈な反ホイッグ史観のものは見当たらないな・・・ (まあアメリカ史もほとんどが民主党史観のばっかりだが)
フランス革命とナポレオン戦争によってフランス陸軍の体質が劇的に生まれ変わった、 と勘違いしている人がいるが、 もともとフランスという国は、当時の最大最強の陸軍国家であって、強い軍隊の 下地があった。 特に7年戦争後の軍事理論の革新(ブールセ、ギベール、マーユボワら)が フランス(ロシアでも同様の進展があった)では広く採用され、理解されて いたことで、オーストリアやプロイセンといった旧態依然とした軍隊との差を生んだ。 ナポレオンも彼らの学説を学生時代から学んで、それを生かしていったわけであって。
日本はその旧態依然としたプロイセン軍隊をお手本にしたわけですな
766 :
世界@名無史さん :2007/09/21(金) 12:07:17 0
>>765 ちょっと違う。ナポレオン戦争末期の頃には
プロイセンにはクラウゼヴィッツがいたし、(日本がお手本にする頃は
普仏戦争以後)、フランスが生んだ当時最高の軍事理論家ジョミニも
ロシア遠征時にはロシア側に寝返ってたのであっちの方にメンツが揃ってた。
逆転したんだね
>>765 旧態依然というのは傭兵に頼っていたという意味なのでは。
オーストリアもプロイセンも、ナポレオンに敗北してからは軍制改革を
行っている。
フランスの人口は2000〜2200万の農民、150万の都市生活者、その他ひっくるめると
総人口2750万人に達し、スペイン1050万人、イギリス1000万人、イタリア地域
1800万人、オーストリア2000万人、神聖ローマ帝国2000万人を凌ぎ、ヨーロッパの
15%、世界の5%の人口を擁していた。
よって、その動員数は莫大な数に達する。1794年に国民公会が徴兵した数は
120万人に及び、常備兵力80万という強大な軍備を保有した。
>>762 八十年戦争(オランダ独立戦争)にも似たような“神話”が存在していた。
フランス革命の記憶の新しかった19世紀には、この八十年戦争を市民革命の
先駆として称揚する立場が優勢だったが、今日ではこの歴史観は修正を
迫られている。
そもそもカルヴァン派民衆と連動して反乱の指揮を執ったのは、既得権を
守るためにフェリペ2世の目指す中央集権化に抵抗した大貴族層であって、
彼らの新教支持も、往々にして民衆の支持を得るための便法にすぎなかった。
カトリックからルター派、ついでカルヴァン派に改宗したオランニェ公
ウィレム1世も例外ではない。一見きわめて近代的に見える連邦共和国という
オランダの体制も、外国から新たな君主を招く計画がすべて潰えた後に
やむなく選ばれたものだった。その点から見れば、八十年戦争は絶対王政に
対する保守的貴族の反乱であり、フランス革命よりはむしろ、同じフランスの
フロンドの乱に近い性格を備えていたといえる。
オランダはバターフ共和国が市民革命との説が 最近は有力みたいですね。 傀儡政権だけど・・・
>>770 ドイツでもマインツ共和国がありましたっけ。マインツ市民からは
傀儡政権としかみなされなかった。
あと、共和主義運動としては「ライン左岸同盟」というのもあった。
傀儡だけど進歩的 まさに日本かと・・・
そうやってわざと傀儡の意味を取り違えて議論をミスリードしたがる奴って何がしたいんだろ?扇動?
エミール・コンブは、修道会を「国家内国家」、「近代社会の敵」と見なし、 無認可修道会系学校3000を閉鎖したが、なんとなくルイ14世のユグノーと ジャンセニストに対する弾圧を連想させる。 この時代、王権の絶対主義化は政治の領域を越えて、良心の領域にもおよんだ。
>>768 ん?オーストリア2000万人、神聖ローマ帝国2000万人とはどういうカウント方法だ?
それじゃあ、日本の仏教信者1億人、神道信者1億人つうのと変わらんぞ。
19世紀のドイツ語圏の人口爆発を考慮しても、
神聖ローマ帝国とは出入りがあり、かつ領邦がカオス状態なので単純比較は出来ないが
大雑把に、西部高低ゲルマン語−(オランダ+ブリテン)を「ドイツ語圏」と定義して、
フランスの人口と、ドイツ語圏の人口は拮抗していたか、後者のほうが多かったはず。
ただ、国民皆兵という、誰も考えたことのない政策のため
プルガサリ(北朝鮮の大量動員映画)状態で
フランス兵がとめどなく、前線の向こうから藁藁出現するという事態に、
他のヨーロッパ諸国がびっくり仰天したのは事実。
だが、これが効力を発揮したのは19世紀初頭までだったというのも、
フランスの戦争博物館の展示自身が、雄弁に物語る事実でもある。
戦争の話は1804年くらいで終わっているwww
>>775 ナポレオンのグラン・ダルメーは過大評価されていると?
フランス革命の成果はナポレオン法典じゃないの? 英米法の国以外は世界中のほとんどの国が影響を受けているでしょ。
激しく徴兵はナポレオンじゃなくてカルノーの手柄じゃね?(あのポジションにいてよくきのこれたと感心するが
ttp://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/franceREV.htm 動員の基準はといえば、
@18-25歳までの未婚・子供のない男子
A25-30歳
B30-60歳は必要に応じて議会が召集できる
であり、1794年からはジュルダン法が制定されて、徴兵制度が整った。
まず20代が動員され、五段階にわけられた年齢階層から、戦況の推移によって
動員される。兵役の期間は1-5年で、戦時には無期限だった。
はじめは免役者は認められなかったが、勉学中や祖国に有益な働きをする者は
1800年からは除外されるようになり、これはやがて兵役免除資格買取に繋がった。
大軍隊(グラン・ダルメー)の中核となるフランス軍はこのジュルダン法の下で
集められた。
>>778 革命戦争はすべてフランス側から宣戦布告しているよな。
そして自ら宣戦布告したにもかかわらず、フランスには戦争の準備が
まったくできておらず、軍の指導者たちは最初から開戦に反対していたが、
さらに彼らはすべて大貴族出身だったので、ロシャンボーやリュクネル、
ディロンら軍司令官は平民で革命派が多い兵士に信用されておらず、相互不信
から軍隊は敵と戦う以前に味方同士で足の引っ張り合いをしていた。
さらに兵士の大半も連盟兵など興奮して革命に参加しただけのド素人が主で
秩序も訓練もされてない部隊が多かったことから、兵士は銃の使い方も知らず、
そもそも銃も不足していたが、何かあると大混乱し、貴族士官の命令に
反抗したり、勝手に隊を離れたり、家族を連れてきていたり、気に入らない
味方の司令官を銃撃したりしたので、フランス軍は戦うたびに負けるという
状況になった。
国民公会がカルノーを呼び寄せて軍制改革をやらせなければどうなっていたことやら。
>>780 そのまま2chの集まりみたいな軍隊だw
782 :
世界@名無史さん :2007/09/22(土) 19:01:17 0
>>733 大革命は、パリの孤児院がなくなったとか、
かえって庶民の生活に悪影響を及ぼしたケースが多そうだ
783 :
世界@名無史さん :2007/09/22(土) 19:09:23 0
>>733 >産業革命後の変化のほうが 大きかったんじゃなかろうか。
産業革命の完成した第二帝政期に、貧乏人の生活は大きく改善された。
それ以前の裸足の人も多かった時代、北仏ではどうしていたんだろ?
想像するだけで、歩けなくなりそう・・
>>743 >フランス語が英語と地方語の挟み撃ちにあうような状況だが、
分離独立しようにも、アルザスやバスク、コルシカ(半数が本土出身だから無理?)
といった周辺部くらいなもの
南仏は、もう地方語が日常会話で用いられていない
784 :
世界@名無史さん :2007/09/22(土) 19:26:39 0
785 :
世界@名無史さん :2007/09/22(土) 19:48:04 0
>>783 595 :世界@名無史さん:2007/09/14(金) 16:39:25 0
そう言えばパリなんてナポレオン3世のパリ大改造まで、道は汚物だらけセーヌ川はものすごい悪臭と死体がぷかぷか、
と言うのが日常だったそうね。
596 :世界@名無史さん:2007/09/14(金) 18:38:26 0
エデッイト・ピアフの母親もセーヌ川を死体で流れてったそうじゃん。
当のピアフは、母の遺体を引き上げて埋葬してやればと言われても
自分には母親はいなかったといって放置したらしいね。
ひどい母親だったらしいが、悲しい話でおじゃる。
ttp://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/franceREV2.htm フランス革命がおきて、平民の生活が貧しくなっては革命の意義を疑われる。
「乞食を廃絶する」ために、土地の細分化が行われ、国有地の売却が行われた。
土地所有者は400万から650万人に増加し、増加分の多くは生産性を高める
ための技術的知識を持ち合わせていなかった。
土地を増やすために農民は道路の舗装をはぎとり、農具の鋼鉄は質が悪く、
土地を広げたくても資金の借り入れは困難を極めた。馬は戦争でいなくなり、
ロバが代用された。国による農業知識の普及は積極的に行われず、なによりも
戦争の連続で労働力は兵士になってヨーロッパを駆け回った。
1781-90年の平均と1815-1824年の平均を比較すると、穀物の平均収穫量は・・・
小麦 9→8カントー
ライ麦 8→6.5カントー
大麦 11→8.4カントー
燕麦 5→7.3カントー 穀物平均 9→7.5カントーに減少した。
787 :
世界@名無史さん :2007/09/22(土) 23:27:17 0
>>786 >>783 なるほどね
政治理念より産業経済のほうが、民衆の生活には重要だな
サン・シモン伯爵の言うとおりだ
788 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 00:25:37 0
結果的に一世より三世の方が偉大だと。 キッシンジャーなんかは、ナポレオン一世とルイ十四世は リシュリューの築き上げた国家の資源を蕩尽しただけだとみてる。 ヒトラーがシュトレゼーマンの貯金をはたいたように。
カルノーは数学者でもあったんだな。ヴォーバンに関する論文も書いている。 理工科大学、工芸学校の創設、メートル法制定に功績を残した。 いつも思うんだけど、フランスを含めたヨーロッパ大陸の人々はなぜあんなに 抽象的思考に長けているんだろう。
790 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 09:31:43 0
>>789 この人の功績は、現代まで引き継がれているね
作ったものが、今後も存続しそう
ナポレオン法典の方は、大改正が済んだ
親族法が時代錯誤だったからね
791 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 09:38:57 0
>>788 三世は、普仏戦争の敗戦も早くから予測していて、それでも
「自分が前線で死ねば、帝政は存続する」
と思い、そうしたものの
最後に要塞では、家臣から皇帝自ら陣頭にたっての突撃を進言されたとき
「さらに1万、2万の兵が無駄死にするから、できない」
と返答して、プロイセン軍に降伏したそうだ
こと国の内側のことでは、随分配慮していた政治家だ
(軍事外交では、失点も目立った。ただし、対プロイセンについては、
軍事費の増額を4年前から主張。だが、議会が否決した。)
この人を再評価する近年のフランスは、海外拡張よりも内向きになってるのと、
英語圏のイギリスと仲良くしたいムードが強いんだろう
792 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 10:17:35 0
フランスってイギリスがいなければ戦争にも勝てないのに、なんで あんなに態度でかいのだろうか。
>>780 西南戦争のときの新政府軍も、農民を兵士として徴用したが、即席で集められた
農民たちはまったく使い物にならなかった。
号令にあわせて行進・整列したり、マーチのような音楽に合わせて行進することも
できない。
そこで明治政府は、近代的な規律化された国民を養成するために、西洋的な
体育教育や音楽教育を学校の義務教育に導入した。
イギリスってアメリカがいなければ戦争にも勝てないのに、なんで あんなに態度でかいのだろうか。
795 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 14:25:13 0
>>794 昨今のイギリスは、外交で、アメリカに逆らうことの少ない国だと思うぞ
796 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 14:30:42 0
>>780 将軍を選挙で選んだんだっけ?
現代の傭兵なら、正規軍と違って、人望ある人しかリーダーになれんものね
797 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 14:39:48 0
>>749-753 ルソーはもともとジュネーブ人で、フランス語圏ながら、外国人だもんな
私生活のいい加減さを知っていれば、あまり肩入れできない
でも、スタンダールほどブサイクでもないのに、なぜもてなかったんだろ?
ttp://diarynote.jp/d/58808/_0_530.html できるだけ客観的に見ることを心がけよう。まず最初の注目点。世界のどの
紛争地域で出会ったフランスのジャーナリストも、我々の中で一番忍耐強く、
勇気ある人々だった。よい仕事をするためには、危険に身を晒す覚悟を常に
持っていた。写真家もまた、仕事にかける意気込みと大胆さには敬服すべき
ものがあり、世界でも最高水準に属するであろう。
ところがフランス国内のマスコミになると、事情が変わってくる。メディアは
国家権力(フランスのマスコミは、直接的なり、間接的なり、政府からの補助を
当てにしている)に対して、うやうやしく、へつらった態度を取る。不正に
染まったジャーナリストもかなりいるし、多くは驚くほど怠け者である。
フランスで仕事ができるという幸運に恵まれた外国人特派員の多くの一致した
フランスのジャーナリスト評は、このようなものである。
800 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 15:14:09 0
>>799 最近は、無料のフリーペーパーとインターネットのせいで、
フィガロやルモンドも発行部数減少中だからな
TV普及後の映画業界みたいなもんだ
801 :
世界@名無史さん :2007/09/23(日) 15:49:08 0
ところでフランスの「サロン」て支那の食客なんかと同じなんじゃ・・
>>795 国益のためにそうしているんだよ。
フランスドイツと結託してアメリカに対抗すれば、直ちにヨーロッパの端の小国
に転落してしまう。アメリカと組んで大陸に対抗するのがイギリスの国益。
翻ってユーラシア大陸の反対のわが国は、米朝接近にテロ特措法失効、
二大政党がともに大陸派福田と小沢の手に。
大げさではなく戦後最大の危機に直面している。福田政権が長続きするような
ことになると、日本建国以来の危機に直面することになるだろう。
なんだかんだでイギリスって大陸側とも決定的な対立は避けてるような
そもそも大陸側が統一されてた時期のほうが珍しいじゃないか。 ついでに王自体ノルマン、プランタジネット朝にせよハノーヴァー朝にせよ大陸にも領土を持つ君主だったわけだし。
なんだかんだ二千年永らえてきたわが国だが、本質的衰退が始まる。 名前: 名無しさん@八周年 投稿日: 2007/09/23(日) 18:46:32 ID:ChVjHGYY0 ニュース速報 福田氏は外相に山崎拓、財務相に古賀氏を起用の方針。 by NHKラジオ
長部重康『現代フランスの病理解剖』(山川出版社) ・・・こうして政府は多数与党を擁すれば、一切の拘束なしに統治できる。なぜなら 国家は人民の「一般意思」を体現し、「個別利益」には決して妨げられぬ「一般利益」 を担っているからである。1958年に、フランスはすべての特性を備えた君主制に 生まれ変わったといえる。違いは、王に代わって「大統領―政府」の執行権が 登場したことであり、あらゆる権限はそこに集中する。宮廷内の儀典は生き続け、 逸脱者には厳しい烙印が押される。 (中略) 閣議とは、フランスでは合議による意思決定の機関ではない。所轄大臣が独白に より意見陳述をおこない、大統領が裁断を下す聖なる場なのである。担当分野 以外の発言は認められない。また大統領の国会に対する意思の伝達は、親書の 朗読によっておこなわれる。これに関するいかなる討議も許されない。なぜなら 大統領は、君主なのだから。 ※これを読むとフランス国家の体質は絶対王政期とあまり変わっていないように 思えるな。
絶対王政というより第二帝政期だな。ナポレオン三世政府とそっくり。
808 :
世界@名無史さん :2007/09/26(水) 11:42:25 0
日本じゃフランス革命についてはよく知られていても、ハイチの歴史について 知っているヤシはほとんどいないのが現実。
ハイチというと、水木しげるが詳しく漫画化してるな。
国民議会では、ミラボーの言葉を借りれば、 「黒人と有色人種を人間の中に入れるか、それとも駄獣のなかに入れるか」 について議論していた。
>>808 最初の栄光はどこへやらで後の歴史グダグダだし
あげくのはてにはデュバリエ父子の恐怖政治と来たもんだ
812 :
世界@名無史さん :2007/09/26(水) 20:59:40 0
>>806-807 なぜアメリカ式の大統領制にしないのだろうか?
>>810 大デュマの父親が、人種差別の犠牲者だ
侯爵の息子だが、母親が黒人奴隷だったからな
813 :
世界@名無史さん :2007/09/26(水) 21:01:50 0
>>811 英語圏の多いカリブ海諸国の中で、フランス語というのも不幸だな
米国への移民の社会上昇も遅い
ジャマイカ移民なんて、パウエル将軍まで出しているのにな
>>812 > なぜアメリカ式の大統領制にしないのだろうか?
下手にアメリカ式のスッキリした体制にすると、今の官僚天国が崩壊するからではなかろうか?
いや、マジで。
フランスの政治の変遷は第五共和政で終わりなのだろうか? また大きな変動があって、第六共和政成立かな。
頭の悪い俺のために誰かフランス革命を分かりやすく説明してください
「ベルサイユのばら」を見ろ。「ラ・セーヌの星」でもいいぞ。
フランスは変動の幅が大きいからなあ。またどっかでブルボン家の子息引っ張り出して、王政復古とかもやりかねない。
イギリスの『権利章典』は散文的で、具体的事実が列挙してあるが、フランス 人権宣言(正式名称は『人および市民の諸権利の宣言』)はえらく抽象的な文章だよな。 『人権宣言』には誰が市民の権利を行使するのかについての明文規定がない。 そのため「人の権利」と「市民の権利」の区別が分かりづらくなっている。 シエイエスは、 「少なくとも現状では、女性、子供、外国人、そして、公的施設の維持に何等 貢献し得ない者は、公的問題に何等能動的に影響力を行使すべきではない」 と表明していた。
821 :
世界@名無史さん :2007/09/27(木) 17:32:29 0
822 :
世界@名無史さん :2007/09/27(木) 17:40:34 0
>>819 欧州の現状、というより、世界の現状では、
戦後、王政復古が実現したのは、スペインとカンボジアくらいだけど
823 :
世界@名無史さん :2007/09/27(木) 17:47:29 0
>>777 そういえば明治期の日本の民法典論争は香ばしいものだったな
英法と仏法
>>1 フランスに限らず、日本では一般にヨーロッパに関して極度に美化されたイメージが
出回っているじゃんよ。
漏れは
>>1 がなぜそんなにアングロサクソンマンセーなのかわからん。
とりあえず英語圏の飯のまずさは異常
19世紀から、 近代化先進国・優等生=英仏、 近代化後進国・劣等性=独露・アジア・アフリカ諸国 という歴史観が存在しているから。
296 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/04/19(水) 14:32:02 ID:Q7clNCYx
80年代に欧米で「日本異質論」が席巻したが、結局あれは何だったんだ?
アングロサクソン諸国はともかく、ヨーロッパ大陸と日本の経済に
それほど大きな違いがあったようにはおもえないんだが。
大陸諸国の場合、天下り、政官財の癒着、終身雇用、株式の持ちあい、
敵対的買収に対する拒否、保護主義といった日本と共通する要素が
多いじゃん。
299 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/04/19(水) 15:36:07 ID:+weVp+2Y
>>296 > 80年代に欧米で「日本異質論」
それはアメリカ人の妄想。ヨーロッパの学会では、
アメリカ異質論の方が主流だったよ。
ttp://cavacava.blog40.fc2.com/blog-entry-11.html 僕が日本で大学生だったころはいわゆる市場万能主義盛んなりし頃で、みんなが
みんな肥大した日本の官僚機構をどう縮小するのかという話ばかりしていた。
で、日本っていうのは官僚大国なんだなぁと思っていたが、フランスへ来て見ると
日本なんて官僚大国の前頭くらいであることに気がついた。フランスにおける
伝統はもはや社会全体に浸透して民間部門さえもが官僚的になっている。
フランス官僚主義の伝統は19世紀の政治学者アレクシス・ド・トックヴィルに
よると絶対王政の頃からはじまっている。地方自治が骨抜きにされてしまったので、
あのような強大な中央集権国家ができあがったのである。(ベルサイユ宮殿を
ご覧あれ!)骨抜きにさせておくのにもっとも有効な手段だったのは「紙を大量に
使うこと」であった。つまり意味のないことでもどんなにくだらないことでも、
地方の役人にいちいち報告させ、大量の報告書をつくるように義務付けたのである。
そしてフランス革命は骨抜きの地方を骨抜きのまま引き継いでしまった。
プラグマッティクな精神は麻痺してゆき、ビューロクラッティクな惰性のみが残る。
自由独立の気風はみあたらず、共同体ではなく自己にのみに関する関心、極めて
悪い意味での個人主義が跋扈することとなってしまった。
830 :
世界@名無史さん :2007/09/27(木) 22:02:43 0
>>829 国有企業を民営化し、中小企業の強いイタリアとは大違いだな
中世末期のフランスの集権国家への移行は、社会的な条件の成熟を待つ ことなく王権が政治的に領邦権力を次々に寄せ集めることで進められた。 今でも地域によって異なる慣習法、相続慣行、家族制、農業形態などの 特性が色濃く残っている。 これによって強い官僚機構と王権の神聖化が必要とされた。 さらにフランス革命が経済的後退をもたらした結果、小農・小生産者が 労働者と資本家とに両極分解されずに広範に残存した。このため不均等発展が 強まり、地域間格差が増幅され、フランス社会はさまざまな利害集団の 間でモザイク状に細分化された。 その結果が極度の政治的不安定(五つの共和政と六つの反共和政)であり、 こうした不安定・不連続をカバーするために、安定した強固な国家機構が 必要となり、世界に冠たる官僚制ができあがった。
>>825 >フランスに限らず、日本では一般にヨーロッパに関して極度に美化されたイメージが
>出回っているじゃんよ。
とてもこんな理由じゃないだろ。
ところで啓蒙思想の最初の論客はヴォルテールにせよモンテスキューにせよ
イギリスマンセーだった。なのに革命批判の源流はイギリス系が強いかな
>>830 イタリアはみんな自分の自由に働きたいから、すぐ独立して中小企業が多くなるらしい。
>>832 ヴォルテールやモンテスキューは財産のある知的な人々による共和政を
望んでいたのでは?
マーク・リラ『シュラクサイの誘惑』(日本経済評論社)に、 大陸ヨーロッパ人は文化的差異や他者の問題について考えるとき、自分たち ヨーロッパ人の過去にあった多くの深刻でやっかいな事柄を、すなわちコロニアリズム、 ナショナリズム、ファシズム、ホロコーストを思いめぐらしているものだ。 これらの歴史上の出来事にかれらが正面きって取り組みにくいのは、その受けとめ手 となる節度をもったリベラルな知的伝統が、あるいは少なくともそのたくましい 継続的な伝統が、ヨーロッパに存在しないからである。たとえば寛容について 考えることは、ヘルダーの国民精神にかんするロマン主義的な理論の非リベラルな ことばや、単一の共和主義的市民権という厳格なフランス型モデルで考えでも しなければ、大陸ヨーロッパの哲学的伝統ではそもそも難しい。 と書いてあった。英米人から見たヨーロッパ大陸というのはこんなものらすぃ。
フランスでカトリック勢力が強い地域ってどこ?
837 :
世界@名無史さん :2007/09/28(金) 13:34:31 0
>>836 昔ならブルターニュ地方
現在のフランスでは、ないと思う
838 :
世界@名無史さん :2007/09/28(金) 13:38:20 0
国の経済全体の中長期的な成長、利害関係者総体の利益重視といった企業統治の目指す基本的価値
についてはフランス型の優れた点として従来通り維持されている。
一方、経営チェック機能の形骸化という弱点については、
米国流の企業統治改革手法を一部採用するかたちで、企業統治メカニズムの頑健さを保証するための
改善が施されている。
経営チェック機能改善に向けた具体的な改革の取組みとしては、
以下の方策が注目される。すなわち、
(1)経営監視機能が形骸化している会計監査役に実質的な機能を回復させることを企図し
「会計監査人高等評議会」を法務大臣の諮問機関として設置。
(2)取締役会において実質的な議論を行えるようにするため、取締役会の員数上限を引下げる
(24名→18名)とともに、同一人物による取締役の兼任社数を最大5社に制限。
(3)従来の自主規制では取締役会全体の3分の1以上とされていた「独立社外取締役」の
比率を過半数に引上げるとともに、その曖昧な定義のため顔触れがインナー・サークルの
一部エリート層に偏っていたことから、
「独立社外取締役」の定義を一段と厳格化。
(4)国有企業の民営化進展にもかかわらず、株主としての政府による経営監視機能を再強化。
http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/wps/kako/owp03j01.htm
ルソーはギリシャ・ローマのような小規模な都市国家で行われる政治を構想 していたが、フランス革命を起こした連中は、フランスのような大規模な国で それをそのまま実行できると思っていたんだろうか?
840 :
世界@名無史さん :2007/09/29(土) 07:39:54 0
>>839 エミールみたいな教育論書きながら、実際には自分の子を孤児院に捨てまくった
人格破綻者だからな
郷里のジュネーブなどスイス諸州をイメージした直接民主制が、
フランスのような大規模な国で実現できるわけがない。
ジャコバン憲法でさえ、普通の代議制+スイス式の会議制(議会に従属した政府)だ
地方分権なんが、ナポレオン以降と異なるが
841 :
世界@名無史さん :2007/09/29(土) 14:06:38 0
>>1 >フランス革命の歴史的意義
啓蒙思想とともに政治によって社会や人間は全面的に改造可能だ、という発想が
生まれ、それがフランス革命において大規模に実践されたことじゃないの?
今ではその発想がすでに廃ってる。
アメリカ人はイラクを民主化しようとしたけどな。
845 :
世界@名無史さん :2007/09/29(土) 17:49:54 0
イラクは、三分割するしかない レバノンよりも、統一は困難だ
イラクの場合、日本やフランスと違って部族というものが残っているからな。 単なる地域差の問題ではない。
イスラム地域はどこも部族が強力に保存されてる感じがあるな、アレはなんなんだろ?
貧困かな
>>847 中国・韓国には宗族がある。
アフリカにも部族や氏族がある。
まあアフリカもそうなのかもしれないが、イスラム圏では部族が国家内国家としてふるまっているよね。 アフガンは無論、多少なりとも近代的なパキスタンですらそうだし、あの強力な独裁者であるリビアのカダフィ ですら、国内の有力部族には頭が上がらない。 今のイスラム国家を部族の勢力圏別に色分けして行ったら、封建時代みたいなことになりそうだ。
>>850 イスラーム圏の場合、部族が実際に軍事力を持っているからだろうか?
近代国家は暴力を独占するものだが。
852 :
世界@名無史さん :2007/09/29(土) 21:52:52 0
アメリカの歴史家ハロルド・W・グリッデンは、 「アラブ部族制社会では、平和ではなく、争いが通常の状態であった。なぜなら、 経済を支える二つの主要な支柱の一つは掠奪のための襲撃だったからである」 「アラブにとっては復讐がすべてに優先する」 と書いているが、実は近代以前のヨーロッパの社会でも事情は同じだった。 古代や中世はもとより、三十年戦争の時代でも掠奪は合法的行為とみなされていた。 ヴァレンシュタインのような傭兵隊長は、現代人の目には軍閥の長のように映る。
853 :
世界@名無史さん :2007/09/30(日) 08:40:38 0
>>834 読み書きもできない人の多い時代じゃ仕方ないよな
それが改善されたのは、これまた第二帝政以降
衣食足りて礼節を知るって感じだなやっぱり。
ttp://oshiete1.goo.ne.jp/qa3373256.html?ans_count_asc=20 ジャンヌ関係の資料や研究文献が、多数発表されるのは、ナポレオン3世の
時代以降です。
ナポレオン1世の1800年ころではなく、ナポレオン3世の1850年以降に多数の
文献が出るようになっています。
ナポレオン3世は、フランス至上主義者で、フランスを徹底的に美化し、国民の
人気を得ました。
彼の性格、当時のフランスが置かれた国際情勢、研究文献の出現などを考えますと、
ジャンヌを英雄視したのは、ナポレオン1世ではなく、ナポレオン3世ではないかと
思われます。
856 :
世界@名無史さん :2007/09/30(日) 17:48:22 0
>>855 彼本人のフランス語には訛りがあったと聞くけどね
本当に、1世の甥かはともかく、異民族や外国人っぽい人間が
フランスの独裁者になった点で共通するものがある
857 :
世界@名無史さん :2007/09/30(日) 17:56:46 0
>>1 >イギリス流の議会制民主主義は世界中を幸福にしたんだけど、フランス革命はそういうの全然ないんだよな。
>近代文明はやっぱりパックス・ブリターニカとその後継者のパックス・アメリカーナの影響が
>による物であって、フランスなんて近代史において全然影響ないんだよね
19世紀前半に、ドイツやイタリアの民族意識が高まったのも、
国民国家が形成されたのも、フランス大革命とナポレオン戦争の賜物だが
フランス国内の人間には、災厄の方が多かったとしてもね
それに、アメリカ合衆国憲法こそ、モンテスキューの三権分立論にもっとも
忠実な政体だ
アンシャン・レジームの軍隊は、外国の貴族が将校として働いていたり、 スイス傭兵やドイツ傭兵がいたりで、現代人から見ると違和感が多いな。
>>858 国民国家以前では普通の光景だな。なんせ革命前のフランスはイタリア人が首相だった事も普通にあったわけで。
イギリスやロシアにいたっては国王皇帝が外国人w
マザランはイタリア人、ネッケルはスイス人。 オーストリアに仕えたサヴォイア公オイゲンはフランス貴族。
そういえば今のサルコジも2世とはいえ出自はハンガリー。ナポレオンだってフランスに編入されたとは言え 元々イタリア語喋ってるコルシカ人。フランスにはは基本的に指導者の出自をあまり気にしない風通しの良さがあるな。
フランスは基本的に同化する移民には寛容かと。 同化しない人間には非寛容だけど。
日本だって同化する移民には寛容だよ。同化しない人間には徹底して冷たいけど。
現代のムスリム移民との摩擦を見ると、フランスの共和国原理やフランス文化 というのは決して普遍的なものではないんだなと思う。
>>864 意識の上でも完全に政教分離なのかと思ってたら
どうもそうじゃないっぽいしね
まあフランス人にとっての受け入れる事の出来る同化の条件って、建前は別にして ・下手でもフランス語を喋っている事 ・キリスト教徒であること。カトリックならなお一層良し。 ・なるべく白人である事。 この辺なんだろうな。
でもイギリスの多文化主義モデルも限界に突き当たっているよな。 フランスのみならず、西欧文明全体が危機的状況にあるのかも。
近代以降、なぜフランス以外のカトリック諸国は振るわなくなったんだろうか? 典型的なのがスペインとイタリア。
869 :
世界@名無史さん :2007/10/01(月) 14:02:08 0
ttp://sasaki01.blog38.fc2.com/blog-entry-43.html 古来、中国では完全に信仰の自由が認められていた。中国には祖先教、儒教以外に
仏教、喇嘛教が信奉され、かの基督教は、一六九二年康熙帝時代に公許された。
「信仰の自由の使徒」と呼ばれたヴォルテールはこの点において、全く中国の
法制に魅惑されたのである。殊に雍正帝は「日本における基督教徒の叛乱」に
鑑み、宣教師の異教不認容主義が内乱を醸成することを憂慮し、断然宣教師を
駆逐した。この皇帝こそ政治と信教とを識別し、全然この両者を分離することが
出来たのであった。換言すればヴォルテールの理想は、中国皇帝によって実現
されたのである。それ故、彼は雍正帝の宣教師に与えた勅言を賛美し、帝をもって
「神が人間に与えた名君のひとり」とまで激賞したのである。
私の列挙した中国文明の特徴、道理の尊重、迷信の絶無、賢明な専制政治、法制に
現われた仁愛の観念、道徳の奨励、平等の精神、信仰の自由は、皆ヴォルテールの
精神であり、その提唱であった。そして中国思想がヴォルテールの生前から耶蘇会士に
よってフランスに西伝されたこと、また彼が著書中で中国の文物制度を賛美すること、
殊に彼の提唱の多くが中国思想と合致することに立脚して、この社会哲学者の
意識中に中国思想の影響を認めるものである。
870 :
世界@名無史さん :2007/10/01(月) 14:03:30 0
かくの如く中国文化はフランスに紹介され、百科全書家に接触すると 同時に、フランスの学会に進出して遂に支那学が成立し著名な中国学者を 生じ、中国人をもってエジプトの植民なりと断定する暴論まで、学会の 大問題をなしたのであった。それ故、ルイ十四世がフランス耶蘇会士を 中国に差遣した学問的大命が完全に成功した許りでなく、中国とフランス との思想的接触はフランス文化そのものの革新に資益したのであった。 恐らくルイ十四世は、かかる結果を来たそうとは夢にも思わなかったで あろう。実際、この大王は学問を愛してこれを保護しながら、学問の進歩に よって人知が進歩し、延いて人間生活の革新を促すべき事理を理解して いなかったのである。(306pより) 学問の進歩が重要なのは、まったく同感です。中国の「易姓革命」思想も、 フランス革命の思想的背景に、有るのかも知れません。
871 :
世界@名無史さん :2007/10/01(月) 17:51:43 0
>>866 南ベトナムにキリスト教徒が多くいたような
彼ら、難民になってフランスに定住したの?
872 :
世界@名無史さん :2007/10/01(月) 17:52:58 0
>>868 戦後のイタリアの復興は目覚しかったぞ
80〜90年代のスペインの経済成長も
ttp://blog.livedoor.jp/happy_blog_paris/archives/50777961.html そして、ここからが興味深いのですが
上位10%の世帯が、フランス全土、全ての資産の46%を占めているというのです
ちなみにその上位10%の世帯の資産額は382,000ユーロ以上。
下位10%の世帯の資産は900ユーロ以下なのです。
この上位10%の中でも、更に財産が集中している層があります。
それはISF(裕福連帯税)を払っている世帯です。
お金持ちだけにかかる税金であるISF。
資産から負債を引いた純資産が750,000ユーロを超える世帯が
このISFを課せられています。
フランスでは約30万世帯が、このISFを支払っています。
30万世帯といったら、フランス全体の僅か1.2%ですよ
いかにこの国では富が集中しているか、ということが
よく伝わってくるレポートでした。
>>864 もともと十字軍はフランスやドイツが中心。
カトリックの普遍主義の限界は中近東と言う実に近い地点ww
つまりぜんぜん普遍的ではなく願望と対立の題目なんだなw
>>857 しかし行政裁判があり、行政が裁判所人事に大きく干渉する罠w
アレクシ・ド・トクヴィルは、 「マホメットは宗教的教義ばかりでなく、政治的金言も、民法も、刑法も、 科学的理論も、天から下らして、コーランの中におさめたのである。これに 反して、キリスト教の教義としての福音は、人々と神との、そして人々相互との 一般的関係だけについて語っている。それ以外では、福音は何も教えていないし、 そして何も信じさせる義務を負わせていない。他の無数の理由のうちで、この 唯一の理由だけで、次のことは十分に証明されるのである。すなわち、それは、 これら二つの宗教〔回教とキリスト教〕のうちの前者〔回教〕は、啓蒙と民主主義 との時代に永く優位を占めることはできないであろうが、後者〔キリスト教〕は これらの啓蒙と民主主義との時代にも、他のすべての時代においてと同様に、 支配しつづけるように運命づけられているということである」 と書いている。
>>876 啓蒙と民主主義の時代に入って、キリスト教の勢力がどんどん減退して、逆に勢力を伸ばしているのは
イスラム教だ、ってのも皮肉な話だな。
フランスの植民地政策は「同化」政策と呼ばれるが、実際には植民地が拡大するに つれて、「協力」(アソシアシオン)政策と称して実質上の間接統治が行われた。 1937年の時点でも、セネガルの四つの「コミューン」住民以外でフランス市民権を持つ アフリカ人の数は、2000万人近い人口に対してわずか2500人に過ぎなかった。
879 :
世界@名無史さん :2007/10/02(火) 21:59:45 0
>>873 今日でも、銀食器なんて使用しているのだろうか?
880 :
世界@名無史さん :2007/10/03(水) 08:53:45 0
相続税もあるだろに 戦前の二百家族も没落したのに、いったいどういう人たちだ?
881 :
世界@名無史さん :2007/10/03(水) 19:35:31 0
>>875 ちゃんと三権が牽制しあってる罠
当のフランスでは、
「司法に権威はあっても独立はない」
とまで言われている
もっとも、予審判事の中には、かなり思い切ったことをする者も結構いる
この辺は、司法官組合のある西欧(ドイツ、イタリアも)ならでは
日本とは大違い
NHK教育、マリーアントワネット面白かった 後編にも期待
>>861-864 このへんの話題でさー、
同化する移民に対して不寛容なのと、
同化しない移民に対して寛容な民族とかっているのか?
前者はともかく、同化しない移民に対しても寛容なのってあんまり聞いたことが無い気が……
884 :
世界@名無史さん :2007/10/03(水) 21:41:44 0
>>883 イギリス政府が、ヒンズーよりもイスラムの方の言い分をよく聞く、
と、ヒンズーは受け止めているそうな
>>883 日本は在日韓国・朝鮮人に対して寛大だよ。
886 :
世界@名無史さん :2007/10/05(金) 14:17:34 0
>>704 フランス人にないアメリカ人の欲望って何?
地球の保安官
>>881 ん?論旨が一貫していないのでなんともコメントのしようがない。
確かにフランスの場合、司法は旧体制の象徴とされているから、
独立は無いし、何かと「権威」も攻撃されることになる。
極論すれば、裁量の無い判決マシーンであることを要求されている。
だが、予審判事には、扱う事柄の性質上、
ある程度の思い切った裁量が社会的にも許容されている。
だが、日本の検察官も、完璧な起訴便宜主義の下、かなり思い切ったことをしているんだが。
戦後日本は、刑事訴訟は英米的なので予審判事は存在せず、
検事は形式的には行政扱いだがね。
フランス、ドイツ、イタリアを無理矢理括って「日本と大違い」というのは、
ピンボケもいいところだなww
889 :
世界@名無史さん :2007/10/06(土) 05:35:54 0
>>1 近世ヨーロッパの共和制(ヴェネツィア、オランダ、クロムウェルの共和国、
ドイツの帝国自由都市)などはみな寡頭制だったが、フランス革命ではじめて
人民主権という考え方が打ち立てられたからでは?
890 :
世界@名無史さん :2007/10/06(土) 07:29:49 0
>>888 実情として、日本の個々の現場検事は、独立した権限はなかなか持たせてもらえない
特に、特捜事件クラスだと、検事総長、そうでなくても高検検事長辺りの意向も
訊かないと、動けない。
裁判官にしても、現状でもなお、「ヒラメ裁判官」が一般的だろう
891 :
世界@名無史さん :2007/10/06(土) 07:31:47 0
>>866 ・フランス文化を受け入れること
も大事だろ。トルコ人がモスク立てたりすんの大嫌いなんだから。
フランス人は大真面目に「フランス文化が汚される!」なんて他文化の流入を嫌うからな。
フランスに限らず、ヨーロッパの街並みにモスクはそぐわないよな。 東京のようなゴチャゴチャした無秩序な街並みならいいけど。 で、そこから大音量でコーランの朗誦が流れてきたりする。
>>890 >>891 そんな、検察官の権力志向のための自虐ネタを真に受けなくてもw
検察官は、一人一機関と言われて、日本の広義の行政官の中では例外的に、
かなり強力な個人レベルの裁量権限を現実に行使しているんだが。
99%有罪の精密司法と言われる現状では、事実上起訴が「一次判決」になっている。
起訴便宜主義は必要以上に激しく機能していて、ここで事件が強力な篩いにかけられる。
ある意味、大陸法の予審よりも強力な事実上の「予審」が捜査段階で行われている。
また、別の面から言えば、
戦後日本法は弾劾主義なので、糾問主義的な大陸法の予審判事とは、
別の権限問題が生じることになる。
検察は所詮一方当事者に過ぎないから、司法警察との間の線引きが問題となる。
予審「判事」から見れば低レベルの権限争いにみえるかもしれないが、
糾問主義を残す大陸法のほうが、旧社会的ともいえるんだなw
最初と二番目は矛盾するが、これは理念と現実の切り取り方の問題。
検察官の権限で言えば、むしろ強すぎることによる問題とも言える。
日本は法曹養成が、英米と大陸の中間のいわば「修習一元」なので、
法曹三者にはある種のギルド的な最低限の信頼関係がある。
修習○○期という、日本では最も強力な力を持つものの一つである「同期の連帯」がある。
ついでに言えば、この強力な官僚国家と言われる日本で、
普通は最高の雲上人の「事務次官」のポストが、
腰掛の通過ポストになっているのは法務省だけ。
検察官にとっては、法務事務次官は出世の途中階段でしかない。
895 :
世界@名無史さん :2007/10/06(土) 14:23:13 0
>フランス人は大真面目に「フランス文化が汚される!」なんて他文化の流入を嫌うからな。 しかし日本アニメは欧州で一番浸透している罠w
日本と並んでブラジル音楽のボサノヴァを持て囃してる国だしなw ボサノヴァはサンバ+フランスのカフェミュージックなんで先祖返りとも言えるけど
要するにトルコ人が嫌いなだけだろう。 何か歴史的経緯でもあるんじゃないの?
>>897 歴史的には同盟国だったな、トルコとフランス。神聖ローマ帝国を共通の敵として。
899 :
世界@名無史さん :2007/10/06(土) 22:27:24 0
>>897-898 国内のイスラム勢力の増大を警戒してるのではないかと
出生率で、イスラム圏のアラブ、黒人が、白人を上回っている現状からね
同じEU圏内ということになると、大量流入を拒否し続けるのが、
難しくなる
900 :
世界@名無史さん :2007/10/06(土) 22:48:59 0
>>899 マジレスすると東欧諸国の時のように労働するなら許可制にして人の流れを止められるんだよ。
ポーランドがEU加盟した時なんかどの国もそういう対策採ったし
安い労働力の流入で本国人の失業率があがるって説も結果を見れば否定されたし。
じゃあなんで人が入ってこれないようにできるのに
「人が来る!たくさん変な奴が来る!」って言われてるかというと
それは野党が煽ってるからに他ならない。
で、日本でもそうだけどそれに合わせてマスコミが煽り始めるともう止められない。
余程のリーダーシップがあれば別だけどいまの主要国の政治家には少なくともいない。
全然関係ない日本からしてみると「何言ってんだ?馬鹿じゃん?」って思うけど本人達は大真面目。
欧州の政治はリベラルで無駄がないとか考えてるとホント拍子抜け間違いない。
>>900 右と左から「トルコ移民脅威論」の大合唱だからねえ、フランス。
仏スパイサスペンス作家ド・ヴィリエ、「常に素材はリトビネンコ事件など現実の事件」
仏作家ジェラール・ド・ヴィリエ(78)が自宅でAFPのインタビューに答え、アフガニスタンでタリバンと戦う
西欧諸国について、「可能なうちにアフガニスタンを撤退すべきだ」と語った。
ド・ヴィリエによると、タリバンは「完ぺきなシステム」を作り上げているという。欧米の治安部隊は戦闘機を
送り込むと、必ず市民の犠牲者が出ることになるが、タリバンはそれを利用して親を亡くした子どもたちを
自爆犯として育てるからだ。
また、英国軍には非常に同情しているという。「彼らは最悪の状況で戦い大きな危険を冒しているが、
行き詰まっている。外部の人間では、アフガニスタンをコントロールできないのだ」と、北大西洋条約
機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)のジレンマを的確に述べている。
(略
ド・ヴィリエは外国特派員としてのキャリアを経て1965年に作家となった。以後、年間4冊のペースで
「S.A.S. プリンス・マルコ・シリーズ」を書き上げており、今回発売された新著は171冊目。同シリーズは、
フランスだけでなく、ドイツ、ロシア、トルコ、日本でも人気を博している。これまでの売上げは合計
1億5000万冊、フランス国内だけで年間100万冊を売り上げているという。
だが、批評家からの称賛は得られていない。仏文学界において、右派の思想を持つド・ヴィリエは、
歓迎されないのだ。彼の書籍を並べたがらない書店も多い。空港や駅が主な販売所になっている。
(略
ド・ヴィリエは自らを英推理作家ジョン・ル・カレと米推理作家ロバート・ラドラムを合わせたような作家だと
表現しているが、フランス人であるがゆえに英語圏では成功できなかったことを残念に思っているという。
「私はフランス人であるという“のろい”に耐えている。フランス語圏と英語圏の間には鉄の壁があるんだ。
皆、外国語の本はあまり読まないからね」
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2293741/2212829 フランス文壇ってまだ左派が支配してるのか。
903 :
世界@名無史さん :2007/10/06(土) 23:29:50 0
904 :
世界@名無史さん :2007/10/07(日) 00:53:47 0
905 :
世界@名無史さん :2007/10/07(日) 00:57:40 0
ナンシーみたいな陰険な田舎都市に住むからだ。北方ではルーアン方面も痛い。
>>904 これは政府にとっては取り締まりの良い口実になるな。
襲われた警察はきっちりと若者を取り逃がしたというところがミソだろう。
?
政府の陰謀のマッチポンプって言いたいんだろ。 こういう事件はパリ郊外ではしょっちゅう起こっているってことも知らずに。
>>903 案内役のイゼー・ケルフィーという少女は、大学で政治学志望18歳と紹介されていた
から、高校生?高等中学生?なんだろ。主題は世界遺産の紹介からそれて、現代の街区の
礎の第3帝政期のパリ大改造の賛美調だった。当時のクリノリンドレス姿にコスプレさせた
案内役少女に馬車で現代の大通りを通行させるとはNHKの企画者も気合大だ。パリの
各所に刻まれた自由・平等・博愛の標語や人権宣言文を紹介し、革命記念日7/14当日の
パレード模様も伝え、一瞬だがサルコジの姿も捉えていた。市民デモ光景を映し、抗議デモに
あたる仏語は通りに出るが原義とも。
イゼーの同級生で、亡命提訴中国人の顔の一部に不完全な白いボカシを入れていたが、これは
中国当局へのNHK上層部のサインだったのかな?
910 :
世界@名無史さん :2007/10/07(日) 12:51:08 0
>>909 近年の第二帝政の再評価の勢いはすごいな
やはり、第五共和制=共和制版ボナパルティズムだから、
プロパガンダかな?
911 :
世界@名無史さん :2007/10/07(日) 13:00:22 0
>>906-908 なぜ日本にまで報道されたか?だよ
アメリカでは、児童誘拐事件は、白人の子どもだと大々的に報道される
が、非白人だと、ろくに報じられない
912 :
世界@名無史さん :2007/10/07(日) 14:31:52 0
>>909 >市民デモ光景を映し・・・・
移民者のデモだったか、参加者の肌の色が黒、黄、白と。抗議対象は移民法改正だった
かな?参加者の中年女性が、現在の情況を常に注視の必要がある、望ましくない情況に
権力が変転させるのは容易と、マイクに語っていた。コンコルド広場紹介時に、ここで
革命後ルイ16世がギロチンで処刑されたとの語りもあったな。
今週日本政府が、沖縄戦自決についての日本史教科書記事変更に春先と違い、前向き
姿勢をみせているのは、7/29の参議院選挙で示された民意の力に続く9/29の県民抗議
集会参加者数(実数は、数万だったらしいが)に驚き、翻意したのだろうな。'60年安保
以来のこの集会衆が、若し文科省庁舎か国会に集合したならと想起したろうからな。
【教科書抗議集会】「11万人という主催者発表、非常に問題」「『これは違う』と
いうと沖縄では“非県民”になりかねない雰囲気」★4
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1191727742/
フランス革命とぜんぜん関係の話ばっかりが続いているな。
>>911 > なぜ日本にまで報道されたか?だよ
警察車両が襲撃されたからだろ。
>>898 歴史的に、フランス人が好きな国ってあるのか?w
どこの国も嫌いなような気がしてならないw
>>913 まぁ、関係ない話からフランス人がいかに自国を誇りに思い
他国を内心馬鹿にしているかがわかると思う。
つまりフランス革命を持ち上げて
他のを「うちのまねじゃん」って思ってることもなんとなく想像つく。
>>915 アルゼンチン、カナダ、セネガル、ポーランド、ロシア
918 :
1 :2007/10/08(月) 11:38:07 0
革命政権って、史的知識が浅かったんだね。
983 :世界@名無史さん:2007/10/07(日) 23:41:38 0
パリのノートル・ダム大聖堂は、フランス革命時にかなりの損傷を受けた。
1793年7月、革命政権は、王家を象徴するものの消却を命じ、「首都の
大聖堂扉口にある石の王たちの首を切ること」を要求した。
パリ大聖堂西正面扉口側壁で、王冠をかぶって立つ人物たちが破壊され、
さらにはその上部の「王のギャラリー」にあった28体の人物も、全部壊されて
しまった。当時、扉口や、「王のギャラリー」に王冠をかぶって立つ人物たちは、
フランスの歴代の王たちを表現しているとされていたからである。
(実は、彼らは旧約聖書に出てくるユダヤの王たちであったのだが)
フランスの歴史
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1030388227/
ユダヤってことで、わかっててやったんじゃないの
>>918 当時、それらの像はメロヴィング朝の王たちのものだと思われていた。
その他にもグレゴリオ暦に替えて共和暦(革命暦)が採用されたり、
教会が閉鎖されて「理性の神殿」に転用されたり、教会の銀器や鐘が
没収されたり、聖具や聖画像が略奪・破壊されたりした。
>>903 世界遺産などといいながら政治宣伝が酷かったな。
いかにも移民っぽい少女が案内役務めているところから変だなと思ったが。
NHKの極左偏向はもうどうしようもない。
922 :
世界@名無史さん :2007/10/08(月) 11:59:39 0
>>921 もうNHK解散した方がいいな
国民から受信料強制徴収する資格があると思えん
923 :
世界@名無史さん :2007/10/08(月) 12:25:43 0
924 :
世界@名無史さん :2007/10/08(月) 12:32:23 0
>>923 先に、イギリスの二度の革命もあればアメリカ独立戦争もあったわけだが
予審判事の制度も、イギリスの治安判事の模倣がルーツだ
44 名前: マンセー名無しさん Mail: sage 投稿日: 2007/10/08(月) 07:19:18 ID: TiCCD3Bm NHKが、日本放送協会から朝鮮中央通信・東京支局になりやがった。 いま、朝7時ニュース、冒頭から十分間も北朝鮮・キムジョインルの経歴、半生 紹介を延々と垂れ流してやがった。 まるで今日、明日が、キム体制十年目と朝鮮労働党記念日のを祝賀するように。
仏王家の筆頭継承者はインド人?=「ブルボン」名乗る一家が実在
【パリ8日時事】太陽王ルイ14世らを生んだ欧州の代表的王家の一つ、フランス・ブルボン家の筆頭継承者が
インド人である可能性が浮上している。インド中部のボパール郊外に「ブルボン」を名乗る一家が実在するためで、
これを題材にした歴史小説「ル・ラジャ(ヒンディー語で王の意味)・ブルボン」が今、仏国内で3万5000部と
売れ行きを伸ばしている。
この小説の著者で、自らもギリシャ王家の末裔(まつえい)であるパリ在住の歴史家ミシェル・ド・グレース氏(68)は
2005年11月にインドを訪れて一家と面会した。その結果、「一家はブルボンの子孫だと確信した」と話す。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007100800176
928 :
世界@名無史さん :2007/10/08(月) 20:32:22 0
古代ローマ人によると、ガリア人は直情的で興奮すると何を始めるか分からない 人々であったそうでつ。 また、ガリア人はあきれるくらい扇動されやすくて、乗せられて反乱しては すぐローマ人に謝罪、そして人質の提供というのを繰り返しているんだけど、 そんなガリア人だからどこかの部族が反乱したと聞くとすぐ連鎖的に挙兵して しまうのだとか。
929 :
世界@名無史さん :2007/10/08(月) 20:45:34 0
>>928 彼らを束ねるのに、恐怖=テルールは不可欠なんだろ
ロベスピエール(18世紀フランス版ポルポト)、ナポレオン1世・・
930 :
世界@名無史さん :2007/10/08(月) 21:20:37 0
フランス革命で悪名高いのが「九月虐殺」だな。 連盟兵やパリの民衆が監獄を次々に襲撃し、そこに収監されていた 約2600人の囚人のうち、1100〜1400人を、人民法廷に おける即決裁判の結果を受けて虐殺。
931 :
世界@名無史さん :2007/10/08(月) 23:27:01 0
大革命で、何百万人死んだんだっけ?
932 :
世界@名無史さん :2007/10/09(火) 23:58:15 0
“革命”(revolution)という語の定義は何? 前の支配者を倒して、社会の仕組みを変革したら革命?
>>932 実行して成功した連中が「革命」って呼べば革命。
ムッソリーニもヒトラーも政権獲った時は自分たちのやったこと革命と呼んでおった。
934 :
世界@名無史さん :2007/10/10(水) 00:20:38 0
>>930 生きたまま内臓を引きずり出したやつだな。
でも数的にはカトリック農民を虐殺した事件の方が上かも。
残虐性ではフーシェが人間をまとめて大砲で処刑した件のほうが・・・
935 :
世界@名無史さん :2007/10/10(水) 21:33:42 0
ttp://www.econ.tohoku.ac.jp/~odanaka/cv/futsubun2005.html 第二次世界大戦後の終了からしばらくのあいだ日本のフランス史学を支配したのは、
イギリス経済史学者の大塚久雄が創始し、「比較経済史学」と呼ばれる学派・
研究潮流でした。同学派でフランス史研究を主導した研究者としては、フランス
経済史学者の高橋幸八郎が挙げられます。
同学派のフランス史研究のアプローチは「モデル・フランス」という言葉で
特徴付けることができます。歴史におけるアクターはすべて「未開」から
「文明」に至る「進歩」という単一のスケールのうえにプロットされ、速度は
様々であれ、基本的には前者から後者に進むものとみなされます。こんな歴史観を
「定向進化論」と呼びます。そして、戦後の日本では、「文明」の「モデル」は
イギリス、アメリカ、そしてフランスであり、これに対して日本はいまだ十分に
「文明」化されておらず、これらモデルを見習って「進歩」しなければならない、
と考えられました。そして、見習うためには日本を「モデル」と比較し、異同を
確定しなければなりません。ここから「比較」を重視するスタンスが生じます。
それでは、フランスを「モデル・フランス」たらしめるものはなにか、といえば、
それはフランス革命でした。というわけで、この時代のフランス史研究の中心は、
フランス革命を日本史上の事件、とくに明治維新と比較し、異同を析出することに
おかれました。その代表的な業績が遅塚『ロベスピエールとドリヴィエ』
(東京大学出版会、1986)です。
936 :
世界@名無史さん :2007/10/10(水) 21:37:58 0
>>935 情報量が多くなったうえに、瞬時に飛び交う時代には、
虚構も吹き飛ぶよな
>>935 日本の場合
フランス史は経済史畑が占拠し
アメリカ史は東大法学部の牙城だもんな
938 :
世界@名無史さん :2007/10/11(木) 17:33:03 0
フランスの近代史は、十字架VS三色旗の戦いだったわけだが、カトリック教会 という啓蒙時代以来の敵が文化遺産の中に落ち着いた今、三日月VS三色旗という 構図に移行しつつあるのかね。 1996年1月にはクロヴィスの洗礼1500年祭が祝われ、シラク大統領はバチカンで 教皇に会い、フランスを「ローマ教会の長女」という名で呼びつつ訪仏を要請した。
939 :
世界@名無史さん :2007/10/11(木) 21:43:23 O
流れきってすいません。 フランス革命のときに、何故ネッケルはルイ16世に罷免されたんですか?
>>939 保守派貴族+マリー・アントワネットのせい。
941 :
世界@名無史さん :2007/10/12(金) 00:55:09 O
>>941 テュルゴー、ネッケル、カロンヌと、歴代のどの財務総監も、最後には貴族・
聖職者の特権を廃止するしかないという結論に達した。
けれど貴族たちはこれに反発し、高等法院や宮廷の側近を使って改革を妨害
し続けた。
943 :
世界@名無史さん :2007/10/12(金) 10:17:20 0
>>942 フランスの権力者って、どうしてここまで柔軟性を欠いているのか
どこの国の権力者だって、自分の既得権益が侵されるとなったら アホみたいに目先のことしか考えなくなって自分の権益を守ろうとする。
>>945 そのころのイギリスは既に、新興ブルジョア層>>>>>ジェントル、じゃね?
947 :
世界@名無史さん :2007/10/12(金) 19:50:03 0
日本の廃藩置県は奇跡だな
>>947 日本も廃藩置県のころは、現実に社会を動かしてたのは、商工ブルジョア層>>>大名、だったんじゃね?
それに大名自身は、義務ばかり多くて自由の無い領土統治から開放される事を大喜びしたらしいがw
949 :
世界@名無史さん :2007/10/12(金) 21:00:22 0
>>946 選挙法の第一次、二次、三次の改正も、それで説明がつく?
労働者階級の政治的社会的発言権は、20世紀に入ってからも、なかなか強まらなかった気がするけど
テュルゴーは、資本主義的自由を妨げている封建的な統制と特権(農民の賦役労働、 穀物取引の統制、商人や生産者のギルドなど)の廃止を勅令をもって断行した。 こうした改革が旧制度の利益を享受していた貴族や御用商人、ギルドの親方などの 猛烈な反対を受け、また物価の騰貴に悩まされていた商人たち、土地からしめだされた 貧農たちたちからの反発も激しかった。 1774〜75年にかけて凶作があり、農民一揆が各地で起こったことと、彼の節約政策に よって有閑生活に不自由を感じ始めた宮廷貴族の反対により、改革プランは挫折 することになる。 つまり、テュルゴーの改革によって被害を受けるのは、封建的支配階級だけではなく、 人工の多数を占める貧しい農民と職人の中には、むしろ農村共同体やギルドといった 古い秩序の保護がなくなれば、生活の保障がなくなり、丸裸で資本主義的競争の 世界に放り出されることを意味した。
イギリスの第一次選挙法改正は、新興中産階級に参政権を与えることで 彼らを体制内に取り込み、伝統的な貴族・ジェントリーの政治支配を よりいっそう強化した。また参政権を得た中産階級も、それ以上の革命的 変革を望まなかった。 第二次選挙法改正の場合、1846年の穀物法廃止以来、万年少数野党の立場に 置かれてきた保守党の起死回生を図ろうとした政治力学の産物。
952 :
世界@名無史さん :2007/10/12(金) 22:01:01 0
>935 奈良時代のインテリの世界観のうち「唐」を「フランス」に書き換えただけだな。
>>948 いや藩主層は貴族院に残ったんだよ。
>>938 三色弁当野郎はフランス革命の普遍性なんか信じている時点で
カトリ沈む丸だしなんだよ。
カトリックとはもともと普遍的と言う意味だろ。
つまり今でもカトリック対イスラムだよ。
左翼の戦後の植民地主義も戦前の右翼のそれもフランス文化の普遍性
への盲信から英国とは違う植民地政策とっているだろ。
つまり普遍主義こそフランスの限界。
フランスはαからΩまでカトリックと言うことだなww
だからどうしても「フランス的」でないと気がすまず、
植民地にしたり戦争したりEUに加入させなかったりするんだろうな。
実に「進歩」がないww
なるほど発想の根本は時間的には歴史を通じて「普遍的」だw
>>954 普遍主義という点ではアメリカも同じだがな。
フランスのサルコジ大統領は、 「アフリカ文明は過去へと向いており、歴史がなく、季節のリズムにしたがって 生きている。ほとんどが農村で、人間的なチャレンジ精神の見られない世界の中で、 本能が理性より重要な役割を果たしている。ヨーロッパの優位性は事実として 明らかだ。ヨーロッパは『自由、解放、正義からの呼びかけ、(・・・)理性、 普遍的な良心への呼びかけ』であり、それに対してアフリカは微動だにしない 夢を貪っていただけだ」 と語った。
>>956 フランス語の記事でもいいからソースくらい提示しろよ。
ソース無いなら何の価値も無いぞ、その書き込み。
>>958 これ反サルコジの立場でかなり歪んだ記事にしてないか?どこを見ても、原文にも
そのアフリカでサルコジが行った演説の「正確な内容」が出てこないんだが…。
ttp://hibinoawa.blog10.fc2.com/blog-entry-609.html 歴史家でマリ元大統領の妻、アダム・バ・コナレが、サルコジに「充分な知識を
与えるため」に贈る教科書を作ろうとアフリカの歴史家たちに呼びかけたそうです。
サルコジは7月、アフリカ諸国を訪れ、26日に開かれたダカールの大学での講演会で
「アフリカの悲劇は、アフリカ人が歴史の舞台にちゃんと登場しなかったことだ
(…)。アフリカ人は未来に向かって飛び出すことがなかった(…)。自然が
すべてを決定する世界観の中で(…)、人間的冒険の場も進歩的観念の場もない」
と述べたそうです。
(ファイルしておいたル・モンドの記事からの抜粋ですが、残念ながらこの
WEB記事の本元はリンク切れ。読みたい方は、タイトル「Le faux pas africain
de Sarkozy, par Philippe Bernard」で検索してみてください。全文コピペした
サイトがいくつか見つかると思います。)
無知もいいところだ。
サルコジだけでなく、このテキストを書いたアンリ・ギアノはどうにも許せない。
大統領選の間も文筆担当していた。彼の書く演説のファッショ傾向には頭を
抱えたくなる。
といって、自分もアフリカの歴史や文化は知らないのですが。このアフリカの
教科書ができたら、私も欲しい。
参考: Yahoo Franceより
「L'epouse de l'ex-president malien met Nicolas Sarkozy au defi」
ル・モンド・ディプロマティークって恐ろしく偏った反日記事を書く雑誌だよ。 推して知るべし。
ナポレオンもヒトラーもEUも、ヨーロッパ大陸を統一しようとした香具師らは、 最初は勢いがいいが、途中からグダグダになって維持できなくなるな。
ヨーロッパの人間すべてを同じ旗の下に集わせようとすること そのものが無謀なんだろうな。
964 :
世界@名無史さん :2007/10/13(土) 12:13:52 0
>962 最初からダメダメなドーチェという例もあるぞ。
ナポレオンはシャルルマーニュ帝国の夢を追っていたが、彼もブリテン島は 支配していないよな。シャルルマーニュの支配領域はフランス・ドイツ・ イタリア・ベネルクス諸国に当たる地域。
966 :
世界@名無史さん :2007/10/13(土) 15:25:45 0
エマニュエル・トッドは、「開かれた同化」を移民問題の解決法とみなしている。 彼によると、一種の普遍主義に立脚していると信じられているアメリカに おいても、実際にあるのは未完の普遍主義にすぎず、黒人が人間の外部として 積み残されている。だからこそ、法的平等は勝ち得ても、黒人は相変わらず 種々の差別の対象となっているという。そのなかでフランスは、人間はすべて 平等であるという形而上学的な確信にもとづく普遍的な人間観を持った、 唯一の国として位置づけられる。したがって、「統合」などという婉曲な 理念は廃止し、端的な「同化」を移民受け入れ政策の公的な立場として 復活させるのに遠慮する必要などないというのである。 この場合の同化は、移民が持つ「人類学的システム」(人間観、政治・宗教観、 家族観、男女観など)をみずから破壊もしくは放棄し「多数派の慣習」を 受け入れることを意味する。 しかし現実の問題として、移民が持つ「人類学システム」を捨てさせる ことなど出来るのか? かつて植民地を支配したときでも、現地人をフランス人と同じにすることは 結局できなかったのでは。
>>932 >“革命”(revolution)という語の定義は何・・・・
革命の方?revolutionの方?後者は、動詞revolveの語意を既知であれば
おのずと。革命の方は、中国史スレで案内を請われたが宜しかろう。
969 :
世界@名無史さん :2007/10/13(土) 22:53:06 0
re・volve[ rivlv | -vlv ]
・ Several ideas revolved around in my mind.
いくつかの考えが思い浮かんだ.
2)(…を軸に)回転する((on ...))
・ The earth revolves on its axis.
地球は軸を中心に自転する.
2 循環する, 回帰する, 繰り返す.
3 〈考えなどが〉(心の中を)ぐるぐる回る;〈話などが〉(…を中心に)展開する((around ...))
・ Several ideas revolved around in my mind.
いくつかの考えが思い浮かんだ.
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=revolve&stype=0&dtype=2
>>955 フランスにはその地理的な環境からモンロー主義や孤立主義はない。
イタリアではなくフランスのカトリックが普遍主義に走るのはそれなりの
理由がある。6角形の国境の拡大や維持と言うことだろうな。
西欧のほぼ中心と言う位置が普遍主義の中心と言う幻想と必要性を
生み出したようだ。中華思想と似ているかもしれない。
華夷思想に似たものがフランス的なるものに対する慢心と違う文化への
啓蒙なんて言うおせっかい馬鹿を生むんだろうなw
アリストテレス哲学から進歩も啓発も普遍化もされていないように思えるけどな。
米国も米大陸ではそうなんだが、世界に対してはそうでもない。
大きな島国はやはり大陸の発想とは大きく違う。
>>956 多分一言で言えば「フランスにはアルジェリアの資源が必要だ」と言うことだなw
>>962 みんな北アフリカに先ず執着し、そして限界が生まれた。
アルジェ戦争で財政破綻したフランス左翼みたいなものだ。
>>965 文盲は北アフリカへの執着がないのが偉いところだな。
古代ローマも北アフリカを支配したが、結局は分裂しイスラム勢力に排除された。
欧州にとって北アフリカ(地中海対岸)は鬼門だ。
英仏植民地帝国の終焉もスエズ紛争からの撤兵で決定的になった。
エビアン協定で資源だけは確保したドゴールが屈辱のもとで核武装とEC構想に
転換した契機だな。英国は福祉引篭り国家へまっしぐらw
今もNATO諸国はどうしても地中海から紅海、アラビア海、ペルシャ湾と言う
テロ街道航路はとりたくないので太平洋-インド洋経由の日本の給油に依存したいわけだよ。
なるほどアキレス腱も普遍的だなww
971 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 08:35:37 0
>>969 ルネサンスは古代に返れ、宗教改革は原始キリスト教に返れ、という運動。
フランス革命を起こした連中が考えていたのはギリシャ・ローマの共和政と、
絶対王政成立期のフランス封建制。ルソーはこの二つを良き時代と考えていた。
封建制は、小生産者の自給的社会という一点において、スパルタと同様に
アンリ4世の時代が評価される。
>>948 そこでブルジョワジーに「置き換わった」という根底の発想が、なんともマルクス的だなあ。
16世紀末固有の体制に規定され、19世紀になっても
生産物地代で暮らさざるを得なくなった大名が、領主権の放棄である
廃藩置県によってくだらないプライド以外、一気に楽になったのは事実だが、
意外に官需依存傾向が強かった幕末時点での大ブルジョワジーの大半は、
幕藩体制とともに没落したので、「代わって社会の担い手になった」わけではないよ。
事実上、三井と住友「しか」残っていない。鴻池も残ったとは言いがたいだろう。
明治社会の上層部(在野勢力を含む)を担ったのは、
古典的通説どおり、西南諸藩中心の下級武士と、地方の豪農でいいだろう。
それでも近代化は進んだ。フランス革命史観の見直しも、同じような発想で進んでいる。
ブルジョワにとってではなく、ボナパルティズムにとって好都合な世界を つくりあげたことがフランス革命の主要な成果。
974 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 13:54:27 0
>>973 農民、ブルジョワジーなどの諸階級の利害調整を行う独裁政治?
>>972 三菱の岩崎家は郷士(武士と農民の中間)
渋沢栄一は幕臣、
大阪再興の五代友厚は薩摩藩士
975 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 14:01:46 0
>>070 >米国も米大陸ではそうなんだが、世界に対してはそうでもない。
>大きな島国はやはり大陸の発想とは大きく違う。
南ベトナムでの土地改革や、イラクでの民主化での失敗も、
フランスの失敗に比べればたいしたことない?
976 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 14:12:12 0
>>954 サルコジは、いくらかアメリカ式に改革する気のようだけど。
映画監督でも、リュック・ベッソンは、サブウェイの頃から、
アメリカ・コンプレックス丸出し
フランスからベルギーに移住してしまう人材も多い。
フランスの普遍性を本気で信じているフランス人って何割くらいだろ?
革命後のフランスを支配したエリートは、ナポレオンの意識的な政策に 多くを負っているが、基本的には地主と高級官僚の貴族たちであり、 これに、法律家、商人、製造業者の代表が―数と影響力の双方において より小規模ながら―付け加わった。エリートは新参の家系からと同様、 古い貴族の家系からも出ていて、富、教育、家同士のつながり、ローカルな 影響力、政治権力において、融合が成功したのである。彼らは法的な特権は 持たず、出自にもたいした重きを置かずに、能力を基準とした官僚エリート であると自らを見なした。
>>970 アメリカのモンロー主義はヨーロッパに対してだけであって、ラテンアメリカや
アジア・太平洋地域には昔から介入していたでそ。
979 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 18:08:33 0
>>976 前者は確かにアメリカに引っ張られているんだけど、
後者はどうかなあ?
フランスからベルギーに移住してしまう有為の人材移動は、
基本的にはパリの「地方都市化」の結果。
つまり、EU統合が深まる結果、
「EUの首都」であるベルギーに移住してしまうということで、
「パリは大阪になりつつある。ブリュッセルが東京にあたる」
と言ったフランス人がいた。
最近、また国民国家単位への反動が来ているみたいだけどね。
>>977 その階層が、一元的に行政権を握っているというのが、
「偉大なる行政権至上国家」フランスの特色だよな。日本ほどの緊張も無い。
革命前の支配層も、中世から続く帯剣貴族と、官職を買った法服貴族に よって成り立っていたからな。
982 :
世界@名無史さん :2007/10/14(日) 19:17:40 0
革命前でも、貧乏暮らしの貴族は、相当数いたろうね ロベスピエールも、貴族の血を引いてるという 19世紀、ブルターニュでは、病人の額に唾で十字をつけて 糊口をしのぐ貴族がいたというくらい
フランスの貴族は、イギリスに比べて範囲が広く、数も多かったからな
英国貴族は、爵位の保持を当主一人に限定すること、また爵位の継承はもっとも 近い血筋の年長の男子が行うことになっていた。 所領も年長の男子の相続で、次男・三男には分け前はまったくない。部屋住みの 身分が嫌なら家を出て、学者・法律家・軍人・実業家・植民地経営者として 活躍するしかなかった。 これに対し、ヨーロッパ大陸諸国では、父子・兄弟が同じ爵位を名乗り、相続も 分割方式をとったために、爵位のインフレが起こって権威が低下し、所領は 細分されて価値が下落した。ふくれあがった上流階級は、それでも安逸を貪り続け、 勤労を蔑視して、勤労者層の負担はますます重くなっていった。
英 近 所 身 活 こ 分 細 勤
>>975 その南ベトナムでは韓国同様やはりカトリック政権を支援したと言う
米国。カトリックの普遍主義をやはりケネディも信じていたんだろうな。
米国の異常な反共ファナティシズムを生み出したのもやはりカトリック
のマッカーシー。吉田茂も麻生と同じくカトリック。
ピューリタンとカトリックは意外と相性はいい。
ここいらはやはり中南米の影響もあるかもしれないな。
>>978 モンロー主義はもともと汎米大陸主義であって一国主義ではないよ。
またモンロー大統領の頃の米国はアジアに介入するほどの余裕はまだない。
本格的にアジアに干渉しだすのは日本を占領した後だよ。横須賀がその本拠地になる。
ttp://blog.livedoor.jp/negi_sato616/archives/29613018.html [1]画一主義:理性は万人において同一のものであり、したがって合理的
生き方というものが人によって違うはずがない。人と違う意見や好みをもって
いることは間違っている証拠であり、万人に妥当することが真理の証である。
啓蒙時代において自然とはまず画一性として用いられた。
[2]合理主義的個人主義:すべての個人は合理的存在であるから基本的に
類似しており、また、すべての個人の中に画一的に見られる要素だけが唯一
重要な要素である。すべての人間の内部に同じように輝く「純然たる自然の光
=理性」に導かれて、真理は一人一人の個人において独力で手に入れられる。