塩野さんの辛口話が始まりますた。
現代世相をローマから斬る。
細木の話よりは見る価値があるだろうけど
908 :
世界@名無史さん:2007/01/03(水) 22:29:58 0
ないないw
909 :
世界@名無史さん:2007/01/03(水) 22:50:38 0
910 :
世界@名無史さん:2007/01/03(水) 22:55:01 0
やっぱり、この婆さん、西洋かぶれだよなあ。
腹の底で「ボクは黄色いサルじゃないよ」って本気で思ってそうだw
かぶれじゃないさ、ローマ(カエサル)萌えなだけさ。
五木はよくこの進行で受けなたと・・・中世観というか、いつからいつ頃までと時代認識かみあってないし。
と思ったら、五木仏教史観番組続くのね。
913 :
世界@名無史さん:2007/01/03(水) 23:22:20 0
やっぱ作家は見た目が大切だな
五木寛之とか爺さんとしてはありえないルックスだしな
塩野七生も婆さんにしては妙にお洒落だし
>>902 同意。
シモーヌは近世以降のヨーロッパが植民地にしてきたことを棚に上げてよく言うわ。
特に前の二つは、そっくり東南アジア辺りの政治家にお返しされそうだな。
>>897 そりゃ西欧近代の話。
>>839は近代日本の話だろ。
江戸以降の日本人は本当に心の底からキリスト教思想嫌いであるらしく、
西欧近代を受容する際に、意識的にも無意識的にも
特にキリスト教と近代が不可分一体と看做されていた19世紀において
お見事の一言と言えるほどにきれいに、西欧近代から
キリスト教要素だけを拒絶・濾過・排除するか、代替物を持ちだして受容しているんだよ。
まずは濾過して排除する。排除するとどうしても体系が全部崩壊するものは
仕方なく代替物を用いるという方法を採る。絶対にそのままでは受容しない。
代替物のでっち上げの最も下手な例が明治国家神道になるんだけどね。
古典古代の宗教面についてはさすがに「ルネッサンス」を出来ず、
本来なら中東的なキリスト教を「飼いならしている」というのが西欧近代だから、
日本としては「欧米近代モデル」から倫理面がすっぽり抜け落ちることになる。
欧米の保守主義者が聞いたら目を剥くような、
「西欧文明は『精神性に劣る』」という「東洋文明精神性優位論」が
日本の保守論壇の100年来の暗黙の前提になっている。
>>899 それから、ローマの崩壊がローマ国制そのものの性質に因ることには同意するが、
東方の一神教が単純に魅力的だったなどという話じゃないんだけどね。
ローマの国制というのはギリシア諸都市と同じく
あくまでも都市国家を前提とするもので
広大な領域を支配するのには本来なら全く向いていない。
これが共和末の内乱の真の構造的要因であって、
帝政によって克服したかに見えたが、やはり無理があったということ。
メソポタミアからブリタニアまで支配するとなれば
ゆっくりとしかし確実に東方的専制に移行せざるを得ないわけで、
しかも領域国家化に従って都市民の市民メンタリティーが失われ、
基盤からもレス・プーブリカは全面崩壊して行くことになる。
そこに東方体制に適合する東方的な中東宗教である
キリスト教やマニ教が食い込んだというわけだ。
この先にあるのは史実が示すように「ビザンツ化」だ。
ローマは領域国家?
918 :
世界@名無史さん:2007/01/04(木) 09:57:11 0
>>904 日本にあるキリスト教と一緒ジャン。
自分たちに同化するキリスト教には寛容である。
920 :
世界@名無史さん:2007/01/04(木) 09:58:46 0
>>914 だな。
ローマ帝国は、近代ヨーロッパの植民地帝国にくらっべたら、
ずっと寛容な政治を行っていたからね。
属州民にもローマ市民権が与えられていたし、属州出身の皇帝までいた。
近代ヨーロッパの植民地民には宗主国民の資格は与えられなかったし、
植民地出身の大臣や議員はありえなかったからね。
>>917 近現代の「領域」観念と
古代世界での「領域」観念はイコールじゃない
…とどっかの本に書いてあったような。
>>920 アフリカ人やアラブ人の皇帝までいたんだろ。
そこまでは米ですら(今だ)やってないよな…。
日本人はキリスト教がきらいってことはないんじゃない?
ただ「(無意識的に)肌に合わない」だけなのではないかな。
不勉強なものだから、一般学者をひきあいにだすしかないけど、
日本人がキリスト教に好感をもつというのは井上章一とかが論じてる。
いっぽうで、韓国では国民の30%超(?)ものキリスト教徒がいるのに、
なぜ日本では1%にも満たないほどしか広まらなかったのかについては
(この点で、韓国における『ローマ人の物語』の需要のされ方は、
より切実なものになるであって、興味ぶかいと思ったりしている)、
河合隼雄などは「なんかようわからんですけど、
そこには『見えないバリア』があるんですな」と言っているよ。
たぶんその「見えないバリア」みたいなものが、
日本人の倫理性につながるのだろうけど、
それはまだ万人に向けてさしだせるほど理論的にきたえられてないね。
自分などは、そこで阿部謹也の「世間論」をもういちど読み直してみたい気がしているんだけど。
またローマの過大評価か
ローマなんて近代西洋に比べれば単なる地域勢力だろ
>>915 あのな西洋の人権意識や個人主義
それに民主主義などの思想面においても
キリスト教と深い関わりがあるわけで
日本が影響受けてないはずないだろ
ヨーロッパにおけるギリシャ・ローマ的なものはキリスト教によって変化してるんだよ
例えばギリシャ・ローマ思想を現代人がそのまま見るとかなりえぐいところがあるけど
キリスト教がそういうところかなり排除した
例えば身分差別や人種差別、人権無視などをギリシャ・ローマ思想はそれを前提に話を進めるが
キリスト教やイスラムは歴史的事実は別としてタテマエとしては人間の平等をといている
近代西洋が模範にしたギリシャ・ローマはキリスト教を通したギリシャ・ローマだ
それにキリスト教思想の中身は半分以上ギリシャ・ローマ思想からきてるから
キリスト教を否定すれば、中身のギリシャ・ローマ思想をも否定することにもなる
つまりプラトンもアリストレスもごみ同然ということになる
キリスト教は律儀にもギリシャ・ローマの思想を忠実に守って
ガリレオやコペルニクスなど近代科学も迫害したw
理由はギリシャ・ローマの科学に反するから
近代はギリシャ・ローマの科学やアリストテレス、プラトンの否定からはじまったもんな
ギリシャ・ローマは帰納法が存在しないからな
とにかくあまり美化しすぎないように
釣りじゃねーよ
キリスト教神学の中身はつまるところプラトンとアリストテレスだし
そもそも三位一体の考えもギリシャ思想からきてる
ミサの受肉だって、ギリシャの神秘宗教だっオルフィック教からの影響とも言われてるしな
それと中世やアラビアの科学はギリシャ・ローマの継承レベルで飛躍的に進歩しなかった
ギリシャ・ローマの影響があまりに強すぎて
プリニウスの博物誌にバジリスクが載ってれば素直にそれを確かめもせず信じるレベルだったんだよ
事実よりもギリシャ・ローマの権威を信用した
そこでだいたい17世紀の科学革命によって
ギリシャ・ローマの権威を否定できるようになったんだ
そしてアリストテレスやプラトンの考えを否定する哲学がでてきた
ギリシャ・ローマは科学的にはかなり間違った考えをたくさん残して
それが後世に大きな足枷となった
数学はかなり発達していたがそれがために全てを実験によらず演繹のみによって真理を理解できると考えた
そういった考えを打ち破るのに千年以上かかってんだよ
それが古典古代の残したでっかい欠点
927 :
世界@名無史さん:2007/01/04(木) 19:46:51 0
ローマ人版アレテーというものがあって、彼らはそれをヴィルトゥ(virtu)と
呼んだのだが、この言葉を近代の道徳的意味での「徳性(virtue)」と翻訳したら
誤解を招くことになる。それは、市民たる者が国家の維持、拡大、および栄光の
ために必要とされることならどんなことでも遂行する、という目的で身に付けて
いるべき特殊な力量ないしは本領のことである。それは「徳性」よりもむしろ
「勇敢(courage)」に近い言葉であって、もちろん男性を意味するラテン語の
「ヴィル(vir)」に由来する。英語の「ヴィライル(virile)」すなわち「男らしい」
と同様であって、「ヴァーチャス(virtuous)」すなわち「有徳な」の場合とは
異なる。
バーナード・クリック『デモクラシー』(岩波書店)
やっぱり釣りじゃん。
929 :
世界@名無史さん:2007/01/04(木) 22:02:35 0
小説家対談少し見たけど。塩婆、5年程前より完全にボケ婆さんと化してた。
目力っつうのか、無い。 自分で決めた枠の中でおんなじ事ばっかり一辺倒で言ってる
人間の賞味期限が切れた感じ。五木寛之ってのも何も婆の話に引き込まれて無かった。
小説家という職業が終わったのを改めて見せられた感じですたよ。
>>923>>924 ある意味で、おまえのほうがギリシアローマを買いかぶりすぎだよw
ギリシア・ローマ古典古代の「ポリス的知性」というのは、
いわゆる実践学というもので(このネーミングそのものが同時代のものじゃないが)
「理系的」な科学技術、広義の魔術は元々大の苦手だ。
魔術はむしろ東方的専制帝国の得意とするところで、
実際に、アテネ民主政の全盛期の科学技術レベルはメソポタミアやエジプトの足許にも及ばない。
暦法など露骨で、ギリシアのそれは話にならないからね。これは共和政ローマも全く同じ。
ギリシア世界で科学技術が発展しだすのは、むしろ古典的民主政が崩壊しつつある時代の話。
段々僭主政化して民主政が崩れると共に、科学的知性の発展が見られるようになる。
これは、皮肉にも哲学でさえ言えることで、
アリストテレスやプラトンというのは、すでに「当然にポリス政治を営めない」
という状況になって初めて出現した「哲学者」ということになる。
というわけで、いわゆる科学革命というのは、
古典古代の実践学を基礎とする自由な議論・批判精神と、
数学的な魔術的厳密性という本来なら相容れないものを
見事にジョイントさせた近代西欧最大の独創と言って良い。
これを叩きまくったのは他でも無いキリスト教会そのものなんだけどなw
なお、この接合部分こそが「政治と科学」という近代社会、
特に社会科学における最大の難問となっている。
科学の発展には自由な政治体制が前提となるが、
科学による政治は究極の所では不可能だ。
「科学的な政治」を標榜すると不可避的にソ連のようになる。
民主政は理系思考だけでは押し切れない。N速+民は全然分かってないけどw
>>839(および、同人によると思われる書込み)も
>>897(同)も、
言ってることはそれほど相反してないな。
どちらも俺にとっては勉強になる。
なんか、(帰納的な考えかたができない?)ローマ人が演繹的に議論し、
批判精神を発揮して、都市国家の共和政治をしてたっていう図、
思い浮べてみると、素朴に井のなかの蛙っぽく、
独り善がりぽくってちょっとかわいい。
まあ「実践学」というものが、
実験的精神をスポイルするものだったかどうかはわからんけど、
文化や芸術は、時代の境目にしか生れないものだよね。
紀元前当時、都市国家がそれぞれ一神教を信じてたら、
もうそれで中世だったのかな(?)。
もう一つ言えば、キリスト教徒の近代西欧人にとっては、
ギリシア・ローマというのは宗教面の根本的なところで
どうしようもなくキモイ面を感じざるを得ないんだが、
もともとルーズな多神教徒の日本人の殆どの場合、
この手のキモさはローマ古典を読んでもほとんど感じられない。
中国古典などよりずっと健全だし、中世キリスト教文献などよりも
意味不明さや神学上の違和感はずっと少ない。
日本人は、欧米人の常識である
パガニズムのステレオタイプから外れて読めると言う点では
古典古代文明の受容に関しては彼らよりも長所を持っているとさえ言える。
欧米人というのは「神像に祈りを捧げる」という文面を読むだけで
根源的なキモさをどうしようもなく感じてしまう人々だからな。
>>932 んん?共和政期のローマ人は演繹どころか「帰納しか出来ない」人々だよ。
初期のギリシア人も同じだけどね。
レス・プーブリカにしても、ポリス政体にしても、
その場における具体的事例の積み重ねだけが、それを生み出している。
ローマにおいては行き当たりばったりの伝承しか残っていないし、
ギリシアにおいては脚色大杉の神話のストーリーしか残っていない。
共和政期のローマ法なんて、裁判事例と個別制定法の
論理的には矛盾しまくった莫大な積み重ねだからね。
ギリシアにしてもローマにしてもそうなんだが、
なにか抽象的な理論からの演繹思考を始めるようになる時は
すでに共和政なりポリス政治なりが、
爛熟時代を過ぎて崩壊の危機に瀕している時。
結局、この時代になって初めて体系的な書物が記されることになるので
その後のヤシは、どうしても皆その「黄昏期の化石的体系書」に
引き摺られてしまう結果となる。塩野とて例外では無い。
中世の法体系のほうがもっと帰納的だけどな。
お前、その文脈でルネサンスを語ってみてくれないか?
936 :
世界@名無史さん:2007/01/05(金) 08:33:09 0
>キリスト教やイスラムは歴史的事実は別としてタテマエとしては人間の平等をといている
神の前の平等=人間の平等か?
>キリスト教は律儀にもギリシャ・ローマの思想を忠実に守って
>ガリレオやコペルニクスなど近代科学も迫害したw
・・・・・アリスタルコスって知ってるか?
オマエの脳内ではアリストテレスだけがギリシャ・ローマ思想なんだろうが
それは中世神学が採用したからってだけの話だろ。
>ギリシャ・ローマは帰納法が存在しないからな
>んん?共和政期のローマ人は演繹どころか「帰納しか出来ない」人々だよ。
あれ?同一人物じゃなかったのか。
今後も珍説を展開するつもりならトリップをつけてほしい。
>>935 塩婆の出発点はルネサンスだから、ギリシア・ローマ賛歌になるのは当然の成り行きだな。
>>934 >共和政期のローマ法なんて、裁判事例と個別制定法の
>論理的には矛盾しまくった莫大な積み重ねだからね。
ローマ法というのは本来、現代の英米法に近いやり方だったんだが、
大陸法は英米法と違って、あらかじめ、抽象的な法を作って、これを
具体的な事件に適用するよな。
ぶっちゃけギリシアはそれほど賛美してないと思うぞ>塩婆
カエサルの巻で、ブルートゥスを批判した下りに
「ローマでは奴隷と言えども才覚次第で解放されて自由の身になれ、
属州民も条件を満たせばローマ市民権を得ることが出来たが、
ギリシアではそうではなく、このローマ的慣習を推進していたカエサルに対し、
ブルートゥスはギリシア寄りの思考をしていた」
というような下りがあったし(うろ覚えなので曖昧だけれども)。
>>938 塩婆様は「帝国再評価」というスタンスだと思う。
あのころは「帝国」を語るのがブームだったからな。
山内昌之編『帝国とは何か』(岩波書店)
ドミニク・リーベン『帝国の興亡(上)(下)』(日本経済新聞社)
といった本が次々出版されていた。
940 :
世界@名無史さん:2007/01/05(金) 15:36:19 0
最初の頃のギリシアの件もアテナイ海上同盟(帝国)マンセーだったしな
モンテスキューは逆に共和政ローママンセーで帝政時代は評価していないな。
アダム・スミスも『国富論』で、ギリシアとローマの植民地の違いを説明して、
ギリシアの植民地はローマのそれと違って母都市から独立していたと書いている。
(ちなみに彼は英国はアメリカの独立を認めるべきという考えを持っていた)
942 :
世界@名無史さん:2007/01/05(金) 22:53:41 0
朝鮮の経済と精神文化が日本の統治時代を越えるのはいつの話になるんだろうねぇ
>>936 すまんかった。
>>839=
>>915=
>>930=
>>934=俺だよ。他にもあるけれどね。
>>934は
>>930末尾部分の説明ということになる。
まあ、俺もかなり煽って書いているから、
珍説扱いされても仕方ないところはあるけど、
基本的には北イタリアルネッサンス以来の人文主義の王道から
そんなに極端に外れてはいないはずだ。
>>935 中世カノン法が帰納的となw(麿のAA略)
>>937 それが「ルネッサンス」の「ル」の部分なんだよね。
Digestaにしても、直接的な演繹の前提に置けるような代物ではないので
ルネッサンス期にしても法学の議論はかなり柔軟だったわけだが、
やはり数百年を概観すればどうしても大陸法は演繹スタイルへの道筋を辿っている。
古典に対して一番不真面目だった英国の法制が、見方によっては
一番ローマ的精神をよく受け継いでいるというパラドックスもここに生まれる。
一番生真面目だったドイツは概念法学というガチガチの演繹体系を生んだがw
「帝国」ブームのころはオスマン帝国やハプスブルク帝国がやたらマンセー
されていたが、
最近はそのいきすぎに対して批判的な意見もちらほら出てきているな。
>>938 結局塩野が言いたいことはそれに尽きるんだよな。「開放性」。
だが、彼女の議論は全く粗雑で、ポリスやレス・プーブリカを運営するためには
人(市民)と土地(都市)を、何らかの方法(擬制を含む)でもって
必ずどこかで閉じておく必要があるという
実は誰の目にも明らかな当たり前の問題を完全に捨象している。
実際、ローマは確かにギリシアほど明確に市民団を閉じていなかったが、
市民的自由の「重さ」が違ったし、市民団を緩く閉じる庇護制度を破壊する
「わたくしの奴隷解放」に対しては共和政ローマは特に強烈な拒否反応を示した。
スッラの外道性というのはこの面から見るとあまりにも際立つはずなのだ。
やっぱり塩野は
レス・プーブリカの根本的なところが全然分かっていない気がする。
分かってないのか、敢えて却下しているのか、その辺りは明らかでない。
そもそもレス・プーブリカ主義者じゃないからいいのかもしれないがw
西洋の社会は二重構造になっているというか、
上層に“自由な市民”がいて、下層に奴隷だの植民地人だの発展途上国の
人間だのがいる。
947 :
世界@名無史さん:2007/01/06(土) 09:05:32 0
西洋史専攻でないものですが、なぜ西ローマ帝国滅亡後ルネッサンス(文芸復興)が興るまで約千年期間が必要だったか教えてください。
>中世カノン法が帰納的となw(麿のAA略)
カノン法なんて一般法に過ぎないだろ。
ゲルマン慣習法が帰納的でなけりゃなにが帰納的なんだ。
949 :
世界@名無史さん:2007/01/06(土) 13:17:41 0
対談みたけど、塩野さん、すてきな年のとりかたしているじゃない。
エレガント!
>934
>レス・プーブリカにしても、ポリス政体にしても、
>その場における具体的事例の積み重ねだけが、それを生み出している。
近世オランダの連邦共和国という体制は、外国から新たな君主を招く計画が
すべて潰えたあとにやむなく選ばれたものだったし、イギリスの責任内閣制も、
ハノーヴァーから来たジョージ1世がDQNだったから出来上がったもの。
近世のイギリスは、ピューリタン革命→クロムウェルの独裁→王政復古→
名誉革命→ハノーヴァー朝と責任内閣制の成立と、さまざまな試行錯誤を
経ている。
政治とは本来こういうものなのかな。
952 :
世界@名無史さん:2007/01/07(日) 05:20:16 0
ベリサリウスの側近が書いたっつー「ゴート戦記」って、
ガリア戦記みたく、どっかから出版されてないの?
>>951 そう思う。というか各時代の先進国家の宿命みたいなもので、
モデルにするべき国がなければ必然的に自国内で試行錯誤を繰り返すことになるんでないかと。
大陸法国家は、ローマ法を骨格だけ残してモデル化(抽象化)した形で継受したから
演繹法的な法の制定や運用が可能になったんだと思う。
>>953 古代〜中世の日本もそうだな。
三世一身法→墾田永年私財法→荘園の発達・不輸不入の権→武士の成長→
平将門の乱→延久の荘園整理令と荘園公領制→院政の開始→平氏政権→源平の
争乱→鎌倉幕府の成立
明治維新の功罪はいろいろあらうが、一つ大きな忘れものをした。それまで
千年余に亙ってお隣の大国に兄事し師事して来た間はその精神の根帯から
学んでゐたのに、ヨーロッパという舟に乗り換えてからは、ただその最新の
成果だけを穫入れようとした。法制、経済、技術、医学その他の自然科学、
すべて産業革命以後の木末に生じた実であって、それらの根幹を成す三千年の
精神はないがしろにされて来た。西欧の物質文明、東洋の精神文化などと言ふが、
西欧に物質文明しか見なかつたのはほかならぬ日本人ではなかつたか。僅か
一世紀ばかりの間に電子工学や工業技術で西洋に追ひつき、追越した(?)のも
一種の精神の力には違ひないが、その間終始人文精神は置き去りにされてゐた。
澤柳大五郎『ギリシア美術襍稿』(美術出版社)
長ったらしい引用を張り付けるのはやめて欲しい。スレ違い。うざい。死ね。