教科書が教えない朝鮮の歴史4

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95世界@名無史さん
ttp://tfm.seesaa.net/article/985912.html

>野平俊水氏によると「『わっしょい』が『ワッソ』から来たということを
>立証できる文献資料は存在しないばかりか、この学説自体も相当
>うさん臭い」(野平俊水『日本人はビックリ! 韓国人の日本偽史』
>小学館文庫 2002年5月刊)という。同氏はその根拠として同著において、
>語学的観点からの分析をもとに説明している(詳細は同著参照)。


韓国人の日本偽史―日本人はビックリ!

p60第2節 日韓合作偽史(2)より
お祭りの御輿を担ぐときの「ワッショイ」が韓国語の「ワッソ(来た)」からきたものだ、という俗説は広く知られている。
韓国学者の金思(火華)氏の「朝鮮語と日本語」(『古代日本語の謎』毎日新聞社、1973年)にもこの学説について
言及があるから、相当有名な話であることは確かである。しかし「ワッショイ」が「ワッソ」から来たということを立証で
きる文献資料は存在しないばかりか、この学説自体も相当うさん臭いということは全く知られていない
(中略)
従って、「ワッソ」という形態が現れるのは、早くて16世紀以後、「ワッソ」に至っては19世紀末以降ということになる。
「韓半島の古代文化」が伝えられ、四天王寺が建設された飛鳥時代には「ワッソ」などという形態はあり得なかったと
いうことである。
(中略)
聞くところによると、「四天王寺ワッソ」には日韓古代史の権威と言われる上田正昭・大阪女子大学教授(京都大学名誉
教授)が顧問として参加しているというが、はたしてこの「学説」に何らの疑問も抱かなかったのだろうか?所詮「国際親
善」と「古代史研究」は全く別次元のものということなのだろう。つまるところ「ワッショイ=ワッソ説」も日本人と韓国人が
一緒になってでっちあげた「日韓友好のための偽史」なのである。