世界史に残る国賊・売国奴をあげていくスレ

このエントリーをはてなブックマークに追加
124世界@名無史さん
 加藤紘一という男はあの北朝鮮における米支援の利権問題にも顔を出します。
1988年3月、梶山清六国家公安委員長は、数件の行方不明事件は、北朝鮮による拉致の疑いが濃厚と答弁します。政府は既に、北朝鮮による拉致事件を認知していたのです。
それなのに、90年に国賊の金丸信による「土下座外交」がおこなわれ、
そして、その後の1995年3月28日から30日の連立三与党訪朝団(自民、社民、さきがけ)においての事前折衝は、当時自民党政調会長の加藤が単独で行いました。
北朝鮮の米支援については、加藤は熱心に北朝鮮への米支援を推進し、在日朝鮮人から日本に帰化した北のエージェントである吉田猛に対して
「衆議院加藤紘一事務所 吉田猛」の名刺を持たせてこの連立三与党訪朝団とともに北朝鮮に行かせてるだけではなく、
加藤の名代として所得税違反で逮捕.有罪判決を受けた秘書の佐藤三郎とともに北朝鮮との事前折衝にあたらせています。
そして、6月に30万トン、10月に20万トンという大量の米を北朝鮮に有償・無償で支援しましたが、なにの役にも立たずに無駄金になってしまいました。
この加藤が先鞭をつけた犯罪国家である北朝鮮に対しての米支援は、国民の多くの反対にもかかわらず、95年だけで終わる事無く、96年6月1、5万トン97年6、7万トン、などと以降も続いていく事になります。
 石原都知事が昨年にテレビ出演のおり「北朝鮮への米支援でもうけた政治家がいる」と発言し、いろいろと物議を醸した事がありましたが、
その時の政治家というのは加藤紘一をさしているという話もあるようですが、その背景には加藤のこのような行動があるからなのでしょう。
 この吉田猛は、2003年12月20日21日にあの平沢勝栄など参加した支那・北京での北朝鮮との交渉には北朝鮮側の代表の一人として出席しています。
このような男に加藤事務所の名刺を持たせていたのですから、加藤紘一のアホウぶりがわかります。
 こういう国賊は早く、国会議員を辞めてほしいものです。