170 :
世界@名無史さん:
【 最大級の都市が二つあるが、互いに似ても似つかぬもので、
一方は「好戦国(アマモス)」、もう一方は「敬虔国(エウセペース)」と呼ばれている。
敬虔国の住民は豊かな富と平和に恵まれて生活し、犂も牛も用いずに大地の稔困りを
取り入れるが、耕したり種蒔きをする必要はない。一生健やかで病気を知らず、
笑いと愉快の裡に生を終えるという。彼らはまた進んで正義を守るので
神々もしばしば快く彼らの国を訪れて下さる。
他方、好戦国の住民は戦争の虫とも言うべく、生まれながらに武具を着け、
戦争に明け暮れ、隣国を屈服させて、一国でおびただしい部族を支配している。
二〇〇万人を下らぬ住民は病気で死ぬようなこともあるにはあるが、
それは稀で、大半は戦場で石や棍棒で殴られて命を落とす。
彼らは鉄では傷つけられないのである。金と銀は腐るほどあるので、
この国では金はわれわれのところの鉄ほどの値打ちもない。
さて、この者たちがある時、われわれの住む島々へ
渡ってこようとしたことがあったという。そして、一千万人ほどがオケアノスを漕ぎ渡り、
ヒュペルボレオイ〔極北人〕の国までやってきたが、
こちらの世界の中ではそれが最も幸せな民族なのだと聞かされ、
そのみすぼらしく貧しい生活ぶりにあきれかえって、
それ以上先へ進んでもつまらないと思った、というのである。】
171 :
世界@名無史さん:2005/11/30(水) 22:21:46 0
【 この他に、セイレノスはもっと驚くべき話もした。それによると、
向こうの大陸ではメロペス人とかいう名の部族が多数の広大な町を構えて住んでいるが、
その領土の最果てのところには「不帰の郷(アイストス)」と呼ばれる場所がある。
そこはぽっかりと口を開けた深淵にも似て、闇に閉ざされているのでもなく、
さりとて光に照らされているのでもなく、暗赤色を混ぜたような靄が一面に覆っている。
そこのまわりを二つの河が流れ、一方は「快楽川(ヘードネー)」、もう一方は
「苦痛川(リューペー)」と呼ばれるが、両河のほとりには
プラタナスの巨木ほどの高さの木が並んでいる。
苦痛川のほとりの木になる実がどんな性質を持っているかというと、
その実を味わった者は、とめどなく涙を流し、余生の限りを嘆き尽くし、
やつれて遂には死に至る。他方、快楽川のほとりに生えた木は
これとは正反対の性質の実を結ぶ。その実を味わった者は、それまで抱いていた
もろもろの欲望を捨て去り、愛した人のことも忘れて、少しずつ若がえり、
これまでの過ぎ去った年月をさかのぼっていく。つまり、老いを投げ捨てて壮年に戻ると、
さらに青年に、そして少年に回帰し、やがて胎児となって、
かくしてすっかり消滅してしまうのである、と。
キオス人〔テオポンポス〕のこうした話が信じられる人は信じるがよかろうが、
筆者はこれらの話にしても他の話にしても、
このキオス人は実に見事な物語作家であると思う。】
なお、キオスのテオポンポスの書物は大部分が消失しており、
この話もアイアノス(クラウディウス=アエリアヌス)の手記を通じてのみ
残っているだのようだ。