銃・火砲の世界史

このエントリーをはてなブックマークに追加
250世界@名無史さん
589 Krt sage 04/04/24 14:21
次に当時の銃器の威力はどれぐらいだったのだろうか。もちろんこれが口径、銃身長、
火薬量、火薬の質といった多様な条件に左右されるのは言うまでもないことだろうが、
とりあえず各時代における標準的と思われる性能を持った銃の威力を数値化してみよう。
 初期のハンドガンは14世紀に登場するが、レプリカを造り実験したLassonのデータ等
から推測するに、50gの鉛弾丸に38gのuncorned powderを使用した (200x23mm)口径の
この銃ですら250J程のイニシャルエネルギーを持ち、現に実験では30mの距離で軽装甲
の鎧を貫通したという(*)。

(*)ただこの250Jという数値を持つ銃弾の破壊力が矢や弩のそれと同列には論じられない
ことは後で説明する。実は弾丸は鎧を「破壊」するのに矢などよりも大きなエネルギーを
要するのであり、この鎧(詳述されていない)はかなり脆弱なものだった可能性がある。

その後ハンドガンの火力は15世紀のフス戦争の際に大いに発達して500-1000Jに達したし
後に登場した長銃身の火縄銃やマスケット銃の威力は火薬の改良もあってさらに恐るべき
ものとなった(serpentine powder から燃焼速度の均一なcorned powderへの改良などで)
cf.Hall,Bert S.:Weapons & Wafare in Renaissance Europe chap.3:Johns Hopkins:1997
251世界@名無史さん:2005/10/12(水) 02:55:54 0
590 Krt sage 04/04/24 14:22
以下に各時代別の武器の威力の概算的な値をまとめて挙げておく。(Williams, p.922)

@時代      @武器            @イニシャル・エネルギー

全時代      剣、斧              60-130J
11-12C      ロングボウの矢          80-100J
         クロスボウのbolt         100-200J
14C     初期のHandgun+serpentine powder    250J
15C  フス戦争期のHandgun+serpentine powder    500-1000J
16C 火縄銃+serpentine powder    1300J
         火縄銃+corned powder      1750J
16C後期      マスケット+serpentine powder  2300J
         マスケット+corned powder    3000J

これを見ると15世紀以後の銃器の発達がどれほど戦争の内容を変えたか想像がつこう。
はたしてこれらの火力に対し同時代の鎧はどの程度対抗できたのだろうか?
252世界@名無史さん:2005/10/12(水) 02:56:30 0
591 Krt 04/04/24 14:23
Grancsayが強度実験のため自分の持ついくつかの鎧を、ホイールロック型マスケット銃、
draw-weight 30kgの弓、同じくdraw-weight330kgのクロスボウで5mの距離から試し打ち
したところ、その距離でも目標に対する角度が大きい場合、矢やboltは弾かれることが
わかったし(正面からなら貫通しても)、マスケットの弾丸の場合も2/3はhelmetや
brestplateを貫通したものの、16世紀の上質の鎧を貫通させる事はできなかったという。
彼が用いた火薬は20gのserpentine powderという比較的弱いものでイニシャルエネルギーは
マスケットなのに900J 程度だったと推測されるとはいえ、鎧は意外と効果的に見える。
また王侯貴族のような高級な鎧の注文者は15世紀においてはクロスボウに対する耐久力の
保証を、16世紀においては火器に対するそれをしばしば要求したことも記録されている(*)。

(*)そういう顧客の要望に応えるため当時の鎧制作者は注文の鎧をクロスボウやハンドガン
による近接射撃テストで安全を確かめてからマーク付きで販売する事もあった。ただこの
テストをクリアできたPistol-Proof鎧は高価で重い物ではあったが。(Williams, p.920)

次回はこういうプレートアーマーの強度を実際のmechanical testとシミュレーションから
算出しているWilliamsの論考を追ってみる事にする。(この項続く)
253世界@名無史さん:2005/10/12(水) 02:59:49 0
594 Krt@ sage 04/04/25 17:38
さて、博物館の鎧を破壊するわけにもいかないのでWilliamsの採った方法は以下である。

(1)まず現代の軟質鋼板(厚さ2mm、炭素0.15%、硬度235VPH)を用意し、これに各種の武器
(主に当時の模造品)によって攻撃を加えてデータを取り、様々な厚さのこの種の鋼板が
矢と弩のbolt、及び弾丸に対して発揮しうる抵抗力の基本数値を測定&シミュレートする。
(2)著者が長年に渡って調査した当時の鎧に関するデータと、(1)におけるデータに基づき
(i)鎧の厚さ(ii)形状(これにより当たる角度が変化する)(iii)硬さ(iv)スラグの混入
といった諸要因が持つ強度への影響力を具体的に数値化する修正強度算定式を作る。
(3)対象の鎧に(1)の基本数値と(2)の数式を当てはめて、当時の鎧の強度を計算する。

ただ「鎧の破壊」の定義だが、実際問題としてこれが矢と弾丸では同一でない事は明白
である。例えば矢やboltはある程度先端が食い込めば「中の人」に致命傷をも与え得るが
銃弾は全体が完全に正面装甲を貫かなければ「中の人」を傷つけられないし(打撃力に
よるショックは無視する)弾丸は変形でエネルギーをロスすることも考慮せねばならない。
それゆえWilliamsは矢系の場合それが鎧に40mm食い込めばdefeatedとみなしたが、弾丸は
装甲を完全に貫通した場合にのみそうみなしている。(以下「破壊」に替えdefeatを使用)
254世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:00:19 0
595 Krt@続き sage 04/04/25 17:40
矢(及びbolt)に対する現代軟質鋼板の抵抗力の表(defeatするのに必要なエネルギー)

      鉄板の厚さ1mm    2mm    3mm    4mm
垂直正面       55J    175J   300J    475J
角度30°       66J    210J   360J    570J
角度45°       78J    250J   425J    670J

弾丸に対する(現代軟質鋼板の)抵抗力の表(defeatするのに必要なエネルギー)

      鉄板の厚さ1mm    2mm    3mm    4mm
垂直正面      450J    750J   1700J   3400J
角度30°      540J    900J   2000J   4000J
角度45°      630J    1050J   2300J   4700J

これを基に前述の鎧の強度を左右する要因である(i)鎧の厚さ、(ii)形状、(iii)硬さ、
(iv)スラグの混入、の影響度を具体的な数値で見てみる事にしよう。
255世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:00:53 0
596 Krt sage 04/04/25 17:41
(i)鎧の厚さ
上の表からでは読み取り難いが抵抗力は厚さの約1.6乗に比例することがわかっている。
(cf.:Atkins,A.G.& Blyth,P.H.:Stabbing of Metal Sheets by a Triangular Knife:
International Journal of Impact Engineering:2001 の研究によるWilliams, p.928f.)
具体的には1mmの抵抗力を1とすると1.5mmなら1.9、2mmなら2.9、2.5mmで4.1、3mmで5.5
3.5mmで7.0、4mmで8.6、4.5mmで10.3、5mmで12.1、5.5mmで14.1、6mmでは16.1である。

(ii)鎧の形状
上記の表からも判るように平らな板の垂直正面に命中する場合と角度がある場合とでは
defeatに要する力はまるで異なる。(a)鎧には丸みを帯びたものがあるし、中にはさらに
(b)竜骨的形状をを付加したものもある。図を書いてみれば理解できるだろうが、一般に
角度Aで板に当たった場合のエネルギーはcosAを掛けたものになる。逆を言えば、平板
ならEのエネルギーでdefeatされる場合、角度Aで板にぶつかった場合defeatに必要な
エネルギーE’=E/cosAであり、これを実際に(a)や(b)のような形状をした鎧を撃つ
場合に当てはめてみると、(a)には1/cos30=1.2、(b)には1/cos45=1.4を掛けたものが
実際のdefeatに必要な修正値となることが確かめられている。(Williams, p.930)
256世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:03:21 0
597 Krt sage 04/04/25 17:42
(iii)鎧の硬さ、と(iv)スラグ混入の影響とは「鋼の質」で一括して数値化しよう。
容易に想像されるように、鎧の材質にとって重要なのは単に硬いだけではなく強靱で
あることであり、これは鋼の熱処理の過程が優れているだけではなくスラグの混入が
少ない事も重要な条件である。Williamsは調査対象となった鎧の成分検査と平行して
現代の鉄にスラグを混入したものを造って、それが強度に及ぼす影響を実験した。
 この結果に基づいて彼は当時の材質をおおよそ四段階に分け、前記の現代における
軟質鋼板の強度を1とした場合に、それらの材質が示す強度修正係数を算出している。
従ってそれぞれの材質カテゴリーでできた鎧の板金をdefeatするためには同じ厚さの
現代軟質鋼板をdefeatするのに必要なエネルギーに以下の係数を掛ける必要がある。

     @材質のカテゴリー   @現代軟質鋼板を1としたときの修正係数(W)

(*)  (最低品質の)鉄製兵卒用甲冑           0.5
(**)  (中品質の)低炭素鋼の鎧             0.75
(***) (ミラノ式の)中炭素鋼の鎧            1.1
(****)(インスブルックの)熱処理で硬化された中炭素鋼の鎧 1.5
257世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:03:55 0
598 Krt sage 04/04/25 17:43
現実にはさらに考慮すべき要因がある。
(1)鎧下などの緩衝材の効果:
十六折りのリネンが鎧の下にあると、刃物に対しては+80Jの、槍の切っ先に対しては
+50Jの追加防御効果の存在が検証されている。

(2)肉体に深手を負わせる事自体に必要なエネルギー:
戦闘中に軽い傷を負っても相手は戦いをやめないだろう。だが「深手」をモノとしての
肉体に負わせるには、さらに50-60Jのエネルギーが必要だと考えられる。

それゆえ、単に鎧をdefeatするのに必要なエネルギーだけではなく(1)と(2)とを併せて
(余裕を見て)150J程度の付加的エネルギーが現実の戦闘においては必要と考えられる。
従って、Eを同じ厚さの現代軟質鋼板をdefeatするのに必要なエネルギーとすると
(中の人のdefeatに必要なエネルギーである)E'=(EW/cosA)+150J、となり、
T^1.6を厚さ(mm)の1.6乗を表すとすると矢の場合は、E'=(55WT^1.6/cosA)+150J
弾丸ではE'=(450WT^1.6/cosA)+150J、剣ではE'=(80WT^1.6/cosA)+150J
となる。(Williams,p.935)(原文には弾丸の場合の数字が155になっているが訂正した)
258世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:05:16 0
599 Krt sage 04/04/25 17:44
次にmail及び非金属製の鎧の耐久力(defeatに必要なエネルギー)について触れる。
ただしmailはプレートの場合と異なり下にキルトのlinen jackを着けての評価である。
なおここでのbladeは、剣ではなくハルバード著者が長年に渡って調査した当時の鎧に関するデータに基づきを模したものによる実験結果である。

@材質      @対Blade   @対Lance   @対矢   @対弾丸
現代の材質でのmail >200J     >200J    120J     400J
15世紀のmail    170J      140J    120J      −
buff leather    70J       −     30J      −
hardened leather  50J       20J     −      −
horn        120J       −     50J      −
cuir-bouilli    80J       30J     −      −
(padding)      80J       50J     −      −
jack        200J      −      −

hardened leatherとcuir-bouilli(革を蝋につけて硬化したもの)は5mm厚のもの。
paddingは16x21cmで60gのlinenの16折。jackは12.5x15cmで171gの物がテスト対象。
259世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:06:44 0
600 Krt sage 04/04/25 17:45
さて、最後に具体的な戦闘状況におけるWilliamsによるケーススタディを紹介しつつ
当時の鎧の総合的な防御力について考察してみる事にしよう(これまでの表を参照)。

(1)mailを着用した11-12世紀の騎士の場合。
@刃のついた武器で彼の鎧(の中の人)をdefeatするためには少なくとも200Jが必要。
(mailと下のjackは170Jでdefeated、それ以上の分が人体を直接傷つける力となる)
200Jは極めて力の強い男が両手で斧や剣を振るった時かろうじて可能かも知れぬ数値。
@弓矢の場合は120Jでmailと下のpadding双方をdefeatできるが、これは例外的な力
を持った射手の強弓でないと不可能。ただクロスボウなら片手用のでも可能であろう。

(2)増大するクロスボウの脅威に対抗してmailに加え別の鎧も着けた13世紀の騎士の場合。
@cuir-bouilliによる補強。これで対抗できる運動エネルギーは120+30=150Jにすぎず
近距離からのクロスボウの攻撃に対抗するには不十分。
@厚さ2mm、材質カテゴリー(*)のcoat of iron plateによる補強。不快なほど重いが
120+175x0.5=207.5J、でなんとか対抗できそうである。
260世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:07:50 0
601 Krt sage 04/04/25 17:46
(3)15世紀初めのミラノ式鎧に身を包んだ騎士。2mm厚で丸い形状(cos30°が適用可能)
鎧の材質カテゴリーは(***)以上だが、焼き入れ硬化はされていない場合。
@矢の場合は、210(=175/cos30)x1.1(材質***による修正)=231J+50J(padがあれば)=281J
これは鋼鉄製のクロスボウでもdefeat困難な値である。
@フス戦争期の1000J級のハンドガンに対しても、900x1.1+50=1040Jでかろうじて安全。
だがこのマージンは時代とともに喪失するし、これ以下の材質の鎧では近距離では危険。

(4)16世紀半ばのニュルンベルク式の歩兵用鎧に身を包んだラントクネヒトやスイス人
パイクマンで2.5mm厚、材質(**)、竜骨的形状(cos45°が適用可能)の鎧着用の場合。
@矢に対しては、78x4.1(2.5mm厚の係数)x0.75(**修正)=240+50(pad)=290Jで安全。
@弾丸に対しては、630x4.1x0.75=1937+50(pad)=1987J、で火縄銃にも安全なことになる。
(原書には、矢の場合260J(+50=310J)、銃弾の場合の耐久力は1250Jで後者に関しては
当時の火縄銃(1300-1750J)でも危険だ、としているのだが計算根拠が判らない)

(5)Zutphen(1584)の戦いにおいて鎧を着ないで銃弾を受けたSir Philip Sidneyを巡って
当時の軍事専門家達によるマスケット銃に対する鎧の有効性に関する論争が行われた。
261世界@名無史さん:2005/10/12(水) 03:11:02 0
602 Krt 04/04/25 17:48
彼が着用していたのが3mm厚、(***)材質、竜骨的形状のミラノ式の鎧なら弾への耐久力は
2300x1.1=2530J+50J(pad)となるがこれでは近距離からのマスケット銃を防げないだろう。
しかし他の条件が同一で材質が(****)であるグリニッジやインスブルックの良質鎧なら、
2300x1.5=3450+50(pad)=3500Jでマスケット銃の弾のエネルギー3000Jを上回る事になり、
安全マージンが存在する事になる、というのが我々の結論ということになる。
(後者の耐久力は原書では3000Jでぎりぎり安全、としてるがこれも計算根拠わからず)

(6)十七世紀の胸甲騎兵の場合。彼らのブレストプレートは厚さ4mmほどだが、財質は(*)
形状は丸形であった。それゆえ耐久力は、4000x0.5=2000+50程度でマスケット銃には
近距離では全く敵し得なかったことがわかる。(故にもっと厚い胸甲を着けた者もいた)

これらの情報を総合すると、クレシーなりアジャンクールなりにおいて、ロングボウは
当時の最高の鎧を着た騎士達をも圧倒した、といった類の主張に対してはいささか懐疑的
にならざるを得ない。恐らくロングボウの矢が倒し得た者は比較的貧弱な鎧を着た者か、
射手の超絶的技量によって鎧の隙間を射られた者達で、それ以上の戦果はむしろ他の要因
に帰しうるのではないか、というのが上記から得られる私の平凡な結論である。(終)