中東はいつから、どうして、後進国に転落したのか

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57世界@名無史さん:04/12/17 10:40:58
中東は国じゃねえ
58世界@名無史さん:04/12/19 15:48:37
トルコはEUに入るんでしょうか?
どー考えても先進国じゃ無いけど大丈夫なのか?
(ブルガリア、ルーマニア然り)
59世界@名無史さん:04/12/27 23:17:26
十字軍の頃の西欧は中東の人々に「蛮族フランク」とか呼ばれていたと言うが
最近でも「鬼畜米英」とか言っていたくらいだから、他称から進歩の度合いを見て取る事はできない

と、思う
60世界@名無史さん:04/12/28 01:36:28
燃料にするために木を切りすぎて燃料不足を招いて
結果生産力が落ちたのも理由のひとつかと。

北中国もそれに近いが、石炭の採用で問題解決してる。
イギリスも産業革命直前には深刻な木材不足にあえいでいたそうだ。
日本も江戸中期に木材不足で苦労してる。

現代における石油の例を引くまでもなく、いつの時代もエネルギーは重要なんだよね。
61世界@名無史さん:05/01/06 12:30:50
>>59
実際医学が完全に停滞どころか失われ民間療法頼り(それすら度々異端審問や魔女狩り
の惨禍にあった)
ローマ法王が蒙古皇帝からの親書で初めて「紙」を見たような文化レベルだぞw
羊皮紙しか見たことなかったんだろうな。
62世界@名無史さん:05/01/08 14:41:25
当時の中東の医療は進んでいました

なに?医学典範とか今でも使ってんの?
63世界@名無史さん:05/01/13 21:23:03
逆にかつて文明が栄えた所為で、耕地を開拓しすぎて
土が痩せて砂漠化したからじゃないのか?

今はもう存在しないヨルダン杉の森とかと同じで。

でもイタリアは今でも農業国だな・・・気候の違い?
64世界@名無史さん:05/01/23 01:56:31 0
>>63
でしょう。あとやっぱ近くに水がないと土が入れ替わらないから。
カイロなんかはまだ都市として機能してるし
65世界@名無史さん:05/01/24 22:24:27 0
age
66世界@名無史さん:05/01/24 23:48:46 0
のわりには人口が
67世界@名無史さん:05/01/25 00:02:33 0
ごめん。中国スレと間違えた
68世界@名無史さん:05/01/25 00:08:01 0
>>63
レバノン杉
69世界@名無史さん:05/01/25 00:18:15 0
かって栄華を誇った後に衰退した文明で
また返り咲いたとこってある?
70世界@名無史さん:05/01/25 00:27:07 0
オスマンなどヨーロッパ交易で利を上げてた国は、
その現状に甘んじてても十分良かった
でもヨーロッパは香辛料など、直接仕入れる力を持ったことにより、
中東は存在意義を失っていく

中東の油断だったんじゃね?
71世界@名無史さん:05/01/25 01:08:27 0
それこそがヨーロッパ人が数百年かけて仕組んだ骨抜き政策だったんだよ!!!!
今の石油もその政策の直径子孫なんだ!!!!!
72世界@名無史さん:05/01/25 14:46:17 0
>>69
ギリシャ
エーゲ文明(繁栄期) → 北方民侵攻時代(衰退期) → ポリス時代〜ヘレニズム時代(繁栄期)
ヨーロッパ
ローマ(繁栄期) → 中世の暗黒時代(衰退期) → ルネサンス〜産業革命(繁栄期)
73世界@名無史さん:05/01/25 22:25:57 0
その図を利用するとこうだな

支那
中華文明(繁栄期) → 遊牧民侵攻時代(益々繁栄) → 近代(没落)
中東
オリエント文明(繁栄期) → 遊牧民侵攻時代(益々繁栄) → 近代(没落)

なんでだろ〜
74世界@名無史さん:05/01/26 00:57:08 0
>>73
前期の清は没落じゃないだろう。実際今の有史以来最大レベルに
膨れ上がった中国の国境線はその時に獲得したものじゃん。

あと、中東って18世紀終わりまでのオスマントルコは無視か?

どちらも没落は19世紀に入ってからじゃん。一度落ちると
あっという間だったけど。
75世界@名無史さん :05/01/26 01:15:26 0
ナポレオンがエジプトに攻め込んだのが転機では?
76世界@名無史さん:05/01/28 15:01:38 0
プラッシーの戦いが衰退の始まりじゃない?
イスラム王朝のムガル帝国が大英帝国に負けて、それ以来インドを
どんどん取られていったことは大きいと思うよ

大英帝国がヨーロッパやアジアに対して優位に立ち、
産業革命を推し進めていった原点もこの戦争だし
77世界@名無史さん:05/01/31 23:01:22 0
同時期に清朝とロシアによる中央アジア地域の分割があったのも関係しているのだろうか?
78世界@名無史さん:05/02/01 17:07:12 0
>>69
エジプトなんか、何回も、繁栄し、衰退し、また盛り返してる。
古王朝期(繁栄期)→第一中間期(衰退期)→中王朝期(繁栄期)→第二中間期(衰退期)
→新王朝期(繁栄期)→)→第三中間期(衰退期)→末期王朝期(小繁栄期)
→ペルシャ・マケドニア侵寇期(衰退期)→プトレマイオス王朝期〜帝政ローマ時代(繁栄期期)
→コプト時代〜イスラム帝国時代(衰退期)→トルコ人王朝期(繁栄期)→英仏支配期〜現代(衰退期)
79世界@名無史さん:05/02/10 22:35:33 0
トルコは近代でもそこそこだったけど
イランは近代からボロボロだよな
その影響からかトルキスタンも総じてトルコ化したわけで
80世界@名無史さん:05/02/10 23:37:18 0
トルコ化したから、トルキスタンなわけで……
8179:05/02/11 10:02:21 0
そういやそうだ…

「中央アジアも総じてトルコ化した」ですな
82世界@名無史さん:05/02/17 22:23:42 0
age
83世界@名無史さん:05/02/20 22:02:24 0
政教分離が出来てないことと水が無いことが要因
水がないと工業化は出来ない
84世界@名無史さん:05/02/21 22:49:01 0
労働の美徳が育たなかった。
つまりこれからの日本もやばいわけで
85世界@名無史さん:05/02/22 01:57:28 0
スエズ運河が数百年早く出来てればヨーロッパとアジアの利権をもっと
長く維持出来て技術的・経済的後進性ももう少しなんとかなったと妄想
してみる。
86世界@名無史さん:05/02/23 09:34:35 0
>>85
あまり知られていないが、スエズ運河建設以前にも古代から中世にかけてナイル川を経由して
地中海〜紅海を結ぶ運河はいくどか開削・補修されている。

137年にハドリアヌス帝がナイル川と紅海を結ぶ運河を開削していたらしい。

又聞き情報になってしまうが、
家島彦一教授(イブン・バットゥータの『大旅行記』を完訳された方)の論文に
7世紀に正統カリフ、アブー・バクルによって
エジプト征服司令およびエジプト総督になったアムル・ブン・アースが、

「定期的にヒジャーズヘ食糧輸送を続けるために、『アムニス・トラヤヌス運河』
と呼ばれた運河を改修・整備して、フスタートからビルバイス・ティムサーフ湖
・ビター湖を経由し、紅海の港クルズムに通じる水上輸送ルートを完成させ」ていた、
という記事があるらしい。

87世界@名無史さん:05/02/23 09:36:17 0
ビルバイスはカイロからのびるナイルデルタの東端の支流に位置する都市で、
ここからティムサーフ湖・ビター湖にまで続く運河が東西に開削され、
さらにビター湖から現在のスエズに東隣するクルムズにまで運河がもう一本南北に開削されていた。

カイロ・フスタートから発見されたゲニザ文書によれば、
ファーティマ朝時代には紅海経由でインド洋を往来していた艦船や積み荷がフスタートの港に集散し、
さらに紅海経由でインド洋へと往還したり、シリアやコンスタンティノープル、シチリア、
メッシーナなどにさらに発送されていたことが分かっている。

専門ではないのでプトレマイオス朝以前については分からないが、
探せば古代エジプト時代から開削されている可能性もるように思われる。

イブン・バットゥータがシリアへの旅でビルバイスを訪れているが、
運河については全くふれていないのでマムルーク朝時代は閉鎖されたか、
埋没してしまっていたと思われる。

オスマン朝支配時代についてはまったく不案内なので不明。
88世界@名無史さん:05/02/23 09:56:20 0
ファーティマ朝はナイルデルタ周辺の穀倉地帯を独占することによって
またアッバース朝から完全に独立し、経済的にも殷盛を極めた。
現在のカイロの起源がファーティマ朝にあることは周知の通り。

しかし、ファーティマ朝繁栄のもう一つの大きな要因は、
ナイル河・デルタ地帯を媒介にして紅海・インド洋貿易と地中海貿易とを
カイロを要として直結させたことによって、
海洋交易の莫大な利益を独占できたことにも大きく起因している。

これによってインド洋交易のそれまでの
バグダードを中心にしたペルシャ湾ルートが衰微し、
主要ルートがイェメン・紅海ルートに移行したことはすでに多く論じられている。

そのファーティマ朝が衰退するのは、十字軍によってシリア方面の情勢が不安定となり、
さらにナイルデルタ沿岸もたびたび侵攻されたことによって、
国内情勢が経済的に大きく動揺するようになってからだそうな。
89世界@名無史さん:05/03/06 20:58:52 0
オスマントルコはプレヴェザの海戦でキリスト教連合に勝つだけの海軍力をもちながら、
なぜ大航海時代に突入しなかったのでしょうか?
トルコがすでに交通の要所を押さえてて喜望峰を超える必要が無かったのはわかる。
けど、西欧が新大陸などで儲けまくってたわけでしょ?
大航海時代の初期はまだイスラム世界のほうが文明が進んでたはず、トルコも進出すればよかったのに。





90世界@名無史さん:05/03/06 23:48:00 0
明清もそうだけど
必要なものは大概調達出来た
ってのがトルコの海洋進出を促さなかった理由では
91世界@名無史さん:2005/03/26(土) 08:43:57 0
age
92世界@名無史さん:2005/03/26(土) 09:53:22 0
日本が大航海時代に出ていたら南北アメリカを占領して国力を蓄え、
シナ天竺を平らげてイスラムを駆逐しヨーロッパを駆逐する。
最後にいつ裏切るかわからない半島人を根絶する。
93世界@名無史さん:2005/03/26(土) 15:46:54 0
スエズ運河の元祖みたいのがあったけど、工事費+維持費>貿易による利益
になって歴史から消えちゃったみいたいだね。結局大航海時代以降、特に近代
のように人と物が大きく動く時代にならんと運河って作られたり使用されない
って事が結論かな。
94世界@名無史さん:2005/03/26(土) 15:53:13 0
大運河の消滅は土砂の堆積が原因と聞いた。
95音楽奴隷 ◆5c/UstWSY. :2005/03/26(土) 16:40:00 0
>>89
イスラム圏は宗教の戒律が厳しくて、
利子を取れなかったことが大きいと思う。
「大西洋をずーっと西に行けばインドへ着きます!
 間違いない!だから投資して下さい!」
みたいな冒険野郎に半信半疑で金を貸して、
成功した暁にはマージンを貰う、ってことを
ほとんどしなかった。スペインやポルトガルとは対照的。
海上ルートが、当時としては充分だったのも大きい。
宗教改革以後にヨーロッパ資本主義が発達して、
相対的に中東は遅れを取ってしまった。
イスラム教は、その勃興期には新しい宗教で、
大勢力を築き上げたが、近代資本主義の
発達にはついて行けなかった。
96世界@名無史さん:2005/03/26(土) 20:22:18 0
ムスリムの代りにユダヤ人やアルメニア人が活躍してたやんけ
9796:2005/03/26(土) 20:29:06 0
逆に言うと今の彼等はムスリムに叩かれまくって受難だな
その辺が後進国に転落した理由、かもね
98世界@名無史さん:エジプト暦2329年,2005/04/03(日) 17:26:35 0
あげ
99朱由檢:エジプト暦2329年,2005/04/03(日) 18:22:10 0
初期オスマン帝国の悲願は「黄金の林檎の都(ローマ)」を征服して、
ローマ帝国を再現することであり、大航海には無関心。

スレイマン時代には属州の反乱とサファヴィー朝の侵攻が頻発し、
ヨーロッパ方面に戦力を集中できないようになり余裕がない。
ピリー=レイスが新大陸や南極大陸?まで描かれた世界地図を献上
したのに黙殺。興味ないのかな〜。

ヨーロッパが小康期に入ると天下泰平を謳歌するラーレ時代に突入。
オスマン帝国の支配地域は現在のアメリカ合衆国に匹敵するわけで、
一人のスルタンを満足させるには十分だったのみたい。
100朱由檢:エジプト暦2329年,2005/04/03(日) 18:23:55 0
>99訂正
オスマン帝国の支配面積は現在のアメリカ合衆国に匹敵するわけで
101世界@名無史さん:エジプト暦2329年,2005/04/04(月) 18:12:16 0
なんでオスマン帝国はヨーロッパが帝国主義時代に入る前にアフリカの植民地化をしなかったの?
ザンジバルとかあるし東アフリカぐらいなら十分いけそうなのに
102世界@名無史さん:エジプト暦2329年,2005/04/04(月) 19:55:59 0
当時は植民地化してもうまみが少なかったからでは。
103世界@名無史さん:エジプト暦2329年,2005/04/04(月) 23:36:47 0
>101
歴代イスラム諸国が支配しようとしなかったスーダンとかにも手を付けていたような気が…
104世界@名無史さん:2005/04/06(水) 01:26:44 0
>>103
あれはムハンマド=アリが勝手にやっちゃっただけじゃなかったっけ?
105世界@名無史さん:2005/04/07(木) 00:10:17 0
>>101
東アフリカはオマーン国際が頑張っていたから無理でしょう
むしろなんでオスマン帝国はオーマン責めをしなかったのか?
(イエメンに出張っているのに…)
106世界@名無史さん
アフリカのムスリムではセネガル辺りは結構うまくいっているみたいだが
これも「仕事はした方がえらいよー」って感じのムーリッド派だから
と聞いた事があるが、どうなのでしょう?