ソ連軍が満州やドイツで行なった強姦、輪姦【4】

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466世界@名無史さん
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『置き去り―サハリン残留日本女性たちの六十年』  吉武 輝子(著) 海竜社
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4759308792/250-6225082-6668210

 敗戦より60年目の夏を迎え、国家から見棄てられたため集団自決したり残留孤児になったりした<満州開拓移民>
の悲劇を思い出す人も少なくないだろう。しかし、同様の悲劇が、北方のサハリン(樺太)でもおきていたことを知る
人は多くなかった。吉武輝子さんのこの新著は、その北辺の戦争悲劇に、<聞き書>という方法をもって正面から
取り組んだ労作である。
 アイヌ民族やギリヤークなど自然民族の民住地だったサハリンは、19世紀にロシアが植民地とし、20世紀初頭、
日露戦争にによって日本が南半分を領有してからは40万の日本人が暮らしていた。その中には、太平洋戦争期
に入って強制連行されたりした朝鮮人4万人あまりも含まれていた。
 そして1945年の8月、ソ連の参戦=サハリン侵攻によって、在住の日本人・朝鮮人は地獄を体験、死者はおよそ
1万人にのぼった。15日の日本降伏の後にも、ソ連軍による空爆や潜水艦による引揚船攻撃は続き、多大の死者
が出ているのは、s寝そうの現場とはこのようなものなのだろうと察しられて、本当に慄然とさせれる。
 そしてそういう最初の悲劇の大波が引いたあとも、もっとも弱い立場にある若い日本女性の上には、新たな苦し
みの波が襲ったのだった。すなわち、日本敗戦により戦勝民族となった朝鮮人の中には、日本国家への反感憎悪
を近くにいる日本女性に向けて噴出させた人もいないわけではなかったからである。
 この状況において、若い日本の女性たちはどうしたか。彼女たちの多くは、生きるために朝鮮人男性の妻となり、
子供を生み、その家族愛に惹かされて、サハリンに留まり生きざるを得なかったのだた。そして吉武さんは、
今は70、80代に達した彼女たちに親しく接して、その事実と心情とを克明に記録された。消滅寸前の人間体験と
心情とが、辛うじて歴史化されたことを喜びたい。
(略

05・07・10日経読書欄 評者・山崎朋子(作家)
467世界@名無史さん:2005/07/10(日) 21:11:41 0
からふとに 露と消えたる 乙女らの 
        御霊安かれと ただいのりぬる

                  (和歌)香淳皇后
468世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:32:35 0
7 :  :02/03/26 08:30 ID:udSz507O
レイプじゃないけど意外と知られていないのが、サハリンの残留婦人。
終戦と同時に朝鮮人の乱暴が始まり、十代から二十代の
日本女性が無理矢理嫁にされて、10人からの子供を
産まされている。
子供がいるために日本へは帰れない。
それを左翼婆は、日本人が朝鮮人を差別していた事で
戦後に鬱憤が爆発してそういった行動に出たと説明してた。
おい!不満があったら何しても許されるのかよ。

事実を知れ

「在日と結婚し北に行った日本人妻」はほとんどが好きこのんで在日と結婚
したのでは無いよ。朝鮮進駐軍と名乗って在日が暴れ回っていた頃に結婚し
てる人がほとんど。なぜか? 在日が日本人女性を当時多く強姦してたから。
妊娠してしまい、親との縁を切られた人も結構いた。そういう人たちを奴ら
が嫁(事実上の奴隷)にしたんだよ。朝鮮人が日本人女性を嫁にする=征服、
という価値観が彼らにあったんだよ。
という書きこがあった。

自分はこの話しを信じる。なぜなら樺太に残留した日本人女性を支援する活動
をしているという女性が、NHKのラジオで同じようなことを話ていたからだ。

樺太に残留した日本人女性を支援する活動をしているという女性が、NHKのラジ
オで話ていた。 樺太に残留した日本女性は、ほとんどが終戦後レイプや脅迫によ
って朝鮮人の妻にさせられた女性です。脅迫というのは、自分と結婚しないと、ソ
連当局に密告して家族全員を収容所送りにしてやる、というような脅しだったらしい。
終戦から2年後ぐらい後に日本の船が日本人を迎えに行ったときは、すでに妊娠
していたため帰るのをあきらめたという。
469世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:33:05 0
468 :  :02/04/07 16:01 ID:i0xs1zcN
サハリンの韓国人問題については、この本に真相が詳しいそうだ。
読んでないけど。
「サハリンの韓国人はなぜ帰れなかったのか」 新井佐和子 (草思社 )

サハリンの日本人女性を支援している女性とは、新井佐和子だろ。
サハリンでは、ソ連支配の下で、日本人と朝鮮人の立場が逆転したそうだ。
それに、戦後、北朝鮮から労働力として提供された人達が多いそうだ。

864 862のつづき New! 2005/04/08(金) 13:01:30 ID:RF4Y4Gkc
640 :名無し :02/04/06 12:11 ID:zddC0P5U
朝鮮人はなぜ樺太に残ったのか。当時彼らは「戦勝国民」であったので樺太から
追い出されず、それで樺太に残ったにすぎないのに、今になってあたかも日本人
が彼らを置いてけぼりにしたような主張があることだ。

そういう説を広めたのは、「サハリン棄民」とかいう本を書いた、東大の大沼という
教授だ。大沼というやつは、学生のころは過激派だったらしい。それでNHKがこ
の話を取り上げて、当時の夜11からの番組で連続してサハリンの朝鮮人の取材
レポートを放送し、山根一真と道傳アナウンサが、神妙な顔つきで、サハリンに放
置された朝鮮人の方々のことを思うと胸が痛みますってなことを言ったんだ。

その結果、社会党政権のもとで、日本が300億円だったか700億円だったか金
を出して、サハリンから韓国に帰国する朝鮮人のための集合住宅を建ててやっ
たんだ。そしてそれが完成したときそのことをテレビで放送していた。だが確認は
していないが、その建物には、戦後北朝鮮から労働力としてサハリンに送られた
朝鮮人が、ソ連崩壊後北朝鮮でなく韓国に戻り、その建物に入っているというよう
な話も聞いたことある。嘘に騙されてマスコミが煽って自虐して金出してそれがま
た嘘を呼ぶ典型的な例だ。

被害者づらして騙しているけど、朝鮮人ってほんとに悪いことやっている。
470世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:33:55 0
 如何なる名乗りであらうと、朝鮮人は大暴れしました はっきり申しますが、高齢の
邦人女性が朝鮮人と結婚したのは全て強姦されたものと思って先づ間違ひ無く、だ
から誰もなれそめなどに触れません

 最も大々的に行はれた犯罪行為は、空襲で焼け野が原になった空地の不法占拠
です 余りにも頻發するので、わざわざ刑法改正して「不動産侵奪罪」を新設したくら
いです 現在駅前一等地で朝鮮人が営業してるパチンコ屋、焼肉屋は斯る來歴のも
のです


終戦後の第三國人どもは本當に酷かった 軍の兵器を盗んで來たらしく、三八式歩兵銃や
南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人
まで、経済犯、實力犯を中心にあらゆる悪事を重ねてゐた 

土地も屋敷も物資も操も、奪ひ放題であった 闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、殊には、
空襲や疎開で一時的に空いてゐる土地が片端から強奪された 今、朝鮮人が駅前の一等地
でパチンコ屋や焼肉屋を営業してゐるのは、皆、あの時奪った罹災者の土地だ 
471世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:34:17 0
☆編集者へ=つくば市の新井佐和子さん(元サハリン再会支援会代表・69歳)
から。(「サハリンの韓国人はなぜ帰れなかったのか」(草思社)の著者)

しかし、日本時代の樺太(サハリン)にいた韓国人(いまの韓国を故郷とする人
)は、前記一部の知識人が言っているような人たちではなく、大部分が、戦前戦
中を通じて好景気の樺太へ、競って出稼ぎに行った労働者とその家族です。な
かには戦争末期に徴用というかたちで強制労働に就かされた人もいますが、
それは百人にも満たない数です。

終戦時の総数は四万三千人でなく推定一万五、六千人ですが、ソ連軍に占領
されてから彼らは日本人と区別され、帰国は一切許されませんでした。と同時
に大陸部からロシア系の朝鮮人や、現北朝鮮からの労働者を移入させたので、
サハリンの朝鮮族の人口は、二年後には四万三千人にふくれあがりました。

ところで、日本政府が全面的に援助しているサハリン韓国人帰国支援事業です
が、その対象となる人は、終戦時樺太にいた韓国人のみでなく、前記のように戦
後移入してきてそのまま居ついた人や、サハリン以外の地にいた人でも一九四
五年以前に生まれた人なら皆含まれているようです。永住帰国とは別に十年前
からこれも日本政府が毎年一億円以上の予算をつけて行われている韓国への
一時帰国(里帰り)事業には、明らかにロシア大陸に一九三〇年代に強制移住
させられた人が含まれていたことを、私は数年前、韓国の新聞記事で確認して
います。
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2000/reader/05-r1.html

「戦後補償」の亡霊にとりつかれた日本のサハリン支援
産経新聞特集部次長 喜多由浩
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2005/0501/ronbun1-1.html
472世界@名無史さん:2005/07/10(日) 23:55:56 0
>>466 その書評の続き

読み終えて、わたしの強く思ったことは、戦争はしてはならない、「戦争を放棄する」と明記
した日本国憲法は、何としても守りたい ― ということだった。 (作家 山崎朋子)


「その家族愛に惹かされて、サハリンに留まり生きざるを得なかったのだった。」だなんて、
よくもそんなことを書けたもんだな。
どういう作家なのかと調べてみたら・・・


辻元清美さん、五島昌子さん、佐々木美枝さん、梅沢桂子さんの不必要な逮捕に抗議します
*俵萌子さん、吉武輝子さんらが8月5日東京地方検察庁に提出し記者会見して発表した
抗議文です。

賛同者
山崎朋子(作家)
吉武輝子(戦争への道を許さない女たちの連絡会世話人)
http://homepage3.nifty.com/tujimoto/navigator_009.htm