由緒ある女装の歴史を語ろう
史料として画像や動画などもオーケー。
2 :
世界@名無史さん:04/03/04 13:52
難しいね。
ローマの皇帝が女装してた云々くらいか
男装はダメなんか?
オレは中学と高校の文化祭で女装しましたよ
嫌だ嫌だと言いつつ、意外に悪くないなと思ってました
5 :
世界@名無史さん:04/03/04 14:55
三橋純子のHPをみろ。
明代の長期広域強姦女装集団について、少し余裕ができたら書きますからね。
7 :
日本史ネタだが:04/03/06 23:17
平治の乱のとき、
平清盛は二条天皇を女装させて、
源義朝のもとから脱出させた。
8 :
世界@名無史さん:04/03/06 23:49
シュバリエ エオンとかな
西洋のロココ時代なんかは女装が流行ってたみたいで、聖職者のショワジーや
外交官・剣客・学者と多才なエオン-ド-ボーモンなんかが有名ですが、アンリ三世も
女装を好んだらしいです。うんと古代ではアキレスがトロイ戦争の兵役忌避で
女装してたのが、試されて思わず武器を択んでしまったので、遂にばれてしまった
例が知られています。
日本では武田佐和子さんが説いているように服装の本質的性差がなく、女装に
抵抗が殆どなかったようです。
日本の女装史で特異なのは女装バイオレンスが好まれた点です。
日本女装子第1号の日本武尊を始めとして、井筒女之介・犬坂毛野
など江戸時代の物語に頻出しますが、殊に女装deチャンバラが好きな
作者は河竹黙阿弥で、弁天小僧・お嬢吉三・梅若花子・小狐礼三など
枚挙に遑がありません。近いところでは中村雪之丞・春木春之助など
女形剣豪が活躍する大衆小説が受ける傾向が見られます。
そこゆくと支那では男色は語られることが多いのですが、そのウケ役が
女装している例は殆どないようです。京劇の旦角も歌舞伎の女形のように
舞台外でも振袖で生活してるなんてことはなく、男娼である「相公」も
基本的には平生は男の格好をしています。これは禁令があったからでは
ありますが、日本の女形だって立前は前髪を落とし月代をしてるんですが、
紫帽子で額を隠したり楽屋銀杏なんて髷を工夫して、男が目立つのを
誤魔化してるんです。
支那の小説の女装バイオレンスの唯一の例外は僅かに東方不敗くらい。
それも原作では格別さほど妖艶には描写されてなく、映画化されてから
女優の林青霞が扮してブレークしたみたいです。しかし原作者の金庸は
そういう扱いには同意していなかったとか。
女装というのは、イニシエーションの一つとして考えられていた節もありますよね。たぶん。
以前読んだ本、たぶん澁澤龍彦のエッセーにおいて、
古代ギリシア界隈、地中海沿岸にそのような風習があったという記述を見た記憶がありますので…
紀貫之は?
14 :
世界@名無史さん:04/03/09 22:06
アン女王の従兄弟でニュージャージー王室総督エドワード・ハイドは
妻の衣装をちょろまかし、女装し夜毎徘徊していた。
ニューヨークの博物館に彼の女装肖像画があるらしい。
またアメリカに遣わされたのは、アン女王が女装を嫌がったためとか。
史記にも女装の話が出てくるね。
16 :
世界@名無史さん:04/03/10 00:36
先生の
長期広域強姦女装集団
お話 禿しくキボン
>>14 ジェームズ2世の妃のアンの父のクラレンドン伯のことでしょうか?
エドワード-ハイドというと普通ジキル博士と入れ替わってしまう人物のことを
連想してしまいますが、関係はないんでしょうね。
写真つーか肖像画の写真ですね。
確か幼稚園のころかな。姉のスカートを履いたのが起源。
おかんにえらい怒られた。
21 :
世界@名無史さん:04/03/15 19:18
ヤマトタケルが出てないか。
趣味では無いけど。
あと俺も女装させられそうだった。
中止になって助かったけどw
22 :
世界@名無史さん:04/03/15 22:17
カトリーヌ・ド・メディチの息子アンリ3世。
腕輪に首輪に香水好き。パーティーでは女装。
ソドム殿下ですから。
23 :
世界@名無史さん:04/03/15 22:40
>ヤマトタケルが出てないか
出てますよ
>>9 アンリ3世も出てる
別の例を求む
あたりです
この話はいろんな書物に載せられ朝鮮にまで伝わりました。その演変もたどりたいと
思ってます。
27 :
世界@名無史さん:04/03/16 21:40
演劇においては女装が東西ともデフォルテというのが不思議。
ギリシア、京劇、シェークスピア・・・。
阿国が世界初の女優という説は本当なのかな?
リンゴなんざ知らないわと白を切ったイブとか言う女じゃないの?
29 :
世界@名無史さん:04/03/18 03:35
現代日本の一番偉い女装愛好家は中曽n うわsafなにをすr( やめr
裕仁殿下のドレス姿は有名
31 :
Cipher:04/03/18 09:30
ジャイアント馬場にも女装癖があったという話が
「噂の真相」に書かれてあったがどこまで本当かわからん。
ちなみにおいらも高校の文化祭で女装させられた経験あり。
32 :
世界@名無史さん:04/03/18 10:03
中曽根はホモらしいな
いいなー、漏れも文化祭とかで女装してみたかった。
漏れの高校は体育大会と文化祭を兼ねていたからそーゆーのないんだよ。
ローマ皇帝ヘリオガバルスって、女装してた?
あれは性転換皇帝だったかな。
35 :
世界@名無史さん:04/03/29 15:47
ときどき女装して、上野の成人映画館へ行ってます。
オッサンたちに痴漢されます。
この前も、大勢の目の前で逝かされてしまいました。
恥ずかしいけど、癖になっています。
女装経験は長いです。
初めて女装したのは、アウラングゼーブ帝の頃。
ウダイプールのバザールで無理矢理女装させられ、犯されました。
スカートでトランクスは腹こわす
>>30 ドレス姿は初耳ですが昭和天皇に限らず幼少時は稚児大師みたいなおかっぱに
袂の長めのキモノを着せられ、一見したところでは女児みたいな格好で育てられる
風習のようです。今上天皇のお稚児さん風の写真は見たことがあります。また
明治天皇も十代前半くらいは西洋人には女装と見えたらしく、テレビで明治初年の
皇室の写真を紹介したときも解説でそんなことを言ってました。ただし写真の中で
明治天皇のお姿が小さくて確認できませんでした。
参考までに稚児大師画像の一例を示します。
http://www.miho.or.jp/booth/html/artcon/00000008.htm
>>35 アウラングゼーブ帝のころから女装してる方なら御存知かしら、数年来
一般に知られるようになったインドの女装カーストのヒジュラ出身で
将軍になった人物がいるという情報を、「ウータン」だったか大衆
科学雑誌で見かけたことがあります。詳細を御存知なら教えてください。
39 :
世界@名無史さん:04/03/30 22:28
>38
ヒジュラ将軍の話は前「同性愛の歴史」にチラッと出たが、
そのときも詳しいレスはつかなかった。
『そこが変だよ日本人』のゲイ特集でインド人が「息子がホモだったら殺す。
女男だったら仕方がない」と力説していたのを思い出した。
ケレンスキーは?
41 :
世界@名無史さん:04/04/24 23:57
女装をするのは変態か英雄である
格言
42 :
世界@名無史さん:04/04/30 10:49
age
43 :
世界@名無史さん:04/05/01 07:37
そういやヘラクレスも女装してたな。
人間以外でもありならオーディン。
幼少時に北欧神話の髭モジャの壮年男性がセイズ習得のため何の躊躇いもなく堂々と女装する記述を読んでトラウマ。
44 :
世界@名無史さん:04/05/01 22:39
>41
変態か英雄って、別に同時に成立すると思うけど。
英雄で変態比率って、一般人よりずっと多いように思えます。
45 :
世界@名無史さん:04/05/05 21:21
マハーバーラタの英雄アルジュナは宦官に変装して、王女の踊りの師匠
をしてました。
宦官姿のまま戦車に飛び乗り、敵と戦いました。
西遊記の中に、三蔵法師のお供の龍(オス、普段は馬)が女官に化けて
妖怪に斬りかかる話しがありました。
46 :
世界@名無史さん:04/05/05 21:26
西遊記に孫悟空と猪八戒が、妖怪の生け贄に出される村娘に変装する
シーンもあった。
古事記の中にスサノオの命がヤマタノオロチの生け贄娘に化ける同様な
エピソードもあった。
>>46 >西遊記に孫悟空と猪八戒が、妖怪の生け贄に出される村娘に変装する
ドラゴンボールにも似たエピソードあったな。
元ネタがあったのか。
いつの時代か忘れたが岩見修太郎って奴が女装して女さらいのヒヒを退治したっていう伝承を聞いたことがある。
49 :
世界@名無史さん:04/05/09 05:46
石見重太郎のヒヒ退治なら知っているが
50 :
世界@名無史さん:04/05/25 12:36
たしか西遊記にも人身御供の娘に代わって孫悟空が化けてた、という話があったような。
51 :
世界@名無史さん:04/05/25 12:44
誰か教えて。
確か、天照大神が“女装して踊る”というお話があったかと思うんだが。
この、妙な響きがちょっと気になる。
確か日本書紀?
52 :
世界@名無史さん:04/05/25 12:49
ああ。あれは興奮したな
53 :
世界@名無史さん:04/05/25 13:01
アマノウズメノミコトの岩戸の踊りと勘違いしてない?
天照大神はスサノオノミコトが押しかけてきたとき、武装して(つまり男装)
迎えたという話はあったように記憶。
54 :
世界@名無史さん:04/05/25 13:04
天照大神が女性というのは、了解済みの前提という感じだが、文献上の
証拠が何かあるんだろうか?
>>54 たとえば
>>53で出ていた話の時、武装した天照大神をスサノオは 「姉」と呼んでいる。
また天照大神の名は大日女貴(おおひるめのむち)。更に『日本書紀』にはスサノオ
の乱暴によって死に追いやられる稚日女尊は天照と同一人物であるかのうような書
か れ方をしており、岩戸隠れを死んだ天照の墓所からの復活と見做す説があります。
もっとも「稚」とある事から、天照の妹としたという説も『先代旧事本紀』にあります
が、それにしても大日女に対するという意味ですから、天照女性説は揺らぎません。
但し『古事記』では高天原を統治しているのは高皇産霊尊と天照大神という事になっ
ていますが、どうも元々の神話では前者の方が強かったようで、これを南方系の女系
社会を反映したもの(高皇産霊尊は満州・朝鮮半島方面から来た北方系)という説も
あります。
男性説についても少々。こちらは江戸時代から言われていたもので、推古天皇の時代
に男性神(太陽神信仰は日本各地に存在していたらしい)を女性神に改めたというも
のです。折口信夫は「大日女貴」のムチを妻の意と解し、太陽神に仕えた巫女のイメ
ージが反映されたものとしました。
天照大神の子ではなく、その孫が地上の王権を継いだという話も、持統・文武天皇の
関係を反映したものだといいます(唱えた人は別に男性説を支持していた訳ではあり
ませんが、作為があったという点を主張する上では十分でしょう)。
しかし現時点では無理に「男性神」としなくても良いと言った方が無難でしょう。
皇祖神でない事もあって影の薄い共同統治者高皇産霊尊の方がお気の毒です。
ただ付け加えておくと、明治になって神代風の衣装を身につけた女性像が普及するま
での間、天照大神といえば『源平盛衰記』にも登場しているような、衣冠束帯姿の男
性神というイメージが一般的でした。
今言われている「神道」関連の像なんて近代につくられた新しい伝統がほとんど。
しかし一言多く言わせて頂くと、歴史板で質問なさるのならまず記紀には目を通して
おいて頂きたかった。
>衣冠束帯姿の男性神というイメージが一般的
江戸時代の通俗書の挿絵では日本古代の男の神様は束帯姿で、髪は総髪にして
額に玉を着けてるというイメージ。
それが明治以降になると神様のイメージは一変し、埴輪みたいな古代衣装に髪は
みずらやあげまき、勾玉のアクセというお姿。昔の西洋童話の本に出てくる神様まで
埴輪風に描かれてました。
で現在は「神様」といったらキリスト教的な観念になってしまってるみたい。
57 :
世界@名無史さん:04/06/07 22:51
捕手age
58 :
世界@名無史さん:04/07/03 19:00
除草age
ねーねー
蒋介石は女装してたの?
60 :
世界@名無史さん:04/07/19 17:31
周恩来だったか劉少奇だったかが京劇フリークで、女形やってたという話を読んだことがありまつ
61 :
世界@名無史さん:04/08/19 13:43
男装の歴史も語ってくれ
ジョルジュ・サンドが男装したのは、趣味ではなく、単に貧乏だったので、
婦人服より安かった男物の服を着てただけだそうだ。
ジャンヌダルクも男装を好んだようですが、それが神への冒涜として処刑
の根拠の一つになったんでしょう?
キリスト教ワケワカメ
ブルマー婦人は、女がスカートをはいてることが、女の行動の足かせに
なってると考え、トルコ人のズボンを真似て、スカートっぽいズボンを考案し
販売した。これがブルマの始まり。
ブルマー婦人は宣伝のためブルマをはいてパリの町を歩いたが、この
キチガイ女に石をぶつけることが、パリっ子どもの流行の遊びとなった。
65 :
世界@名無史さん:04/09/05 22:32
明清時代はけっこう男装が流行して、文人などにもてはやされてたみたいだ。
66 :
世界@名無史さん:04/09/07 00:16
男装の麗人といえばスウェーデンのクリスティーナ女王。
性同一性障害という気もするが。
67 :
世界@名無史さん:04/09/07 00:42
今は男が決まりきった服装で女は自由に選べる感じだが
つい100年前までは男の服装が千差万別だったのに対し
女はくるぶしまであるフレアーなスカートがデフォだった
要するに夫以外の男性に脚を見せてはならないということで
ズボンは脚の形を連想させる=両足の間の陰部を想像させる
のでアウト
>64
ブルマを考案したのはエリザベス・スミス・ミラーという女性。
アメリア・ジェンクス・ブルーマーが自身が発行していた雑誌「The Lily」で
宣伝し、奨励したため「ブルマ」の名前で有名になったようです。
ブルーマー女史は婦人参政権運動家。
69 :
世界@名無史さん:04/09/29 18:39:36
age
70 :
世界@名無史さん:04/09/29 18:45:34
18世紀の貴族の男の子は女装していた。
「幼年のベリー公とプロヴァンス伯」(ルイ16世と18世)のほか、史料多数。
子供を無事に育てるために女装させるのは、洋の東西を問わずかなりありますね。
少年の養育環境より、少女の養育環境のほうが成人に達する見込みが、実際に高かった
ということなんですかね。
むしろ、それがなんで「迷信」であると考えられるようになったのか興味あります。
マッカーサーも女装して登校し、馬鹿にされていましたね。
母親の実家のある南部の習慣であったとか。
上野でミニスカ女子高生女装を朝っぱらからみた。
錦糸町で自転車を疾走させるチャイナ女装を朝っぱらからみた。
OTL
女子の乳児死亡率が男子より低いからじゃねえの。
今川家はその後、徳川幕府に仕え高家(こうけ)として明治維新を迎えた。
東京都杉並区今川町の観泉寺には今川氏真以下歴代の墓がある。
墓所は、いまなお保存され、在りし日の栄光を今に伝えている。
明治20年には、直系の後継者がなく鎌倉時代からつづいた名家今川家の歴史は幕を閉じた。
そして「今川」の地名は、愛知県幡豆郡西尾市今川町と東京都杉並区今川町の二箇所に残っている。
77 :
水銀燈 ◆Z0gCIcNLWQ :04/10/20 10:58:08
age
78 :
世界@名無史さん:04/10/20 19:20:36
乳幼児期を女装させて育てる習慣は洋の東西を問わずにある
男女の生まれる比率は52対48くらいで6歳あたりで50対50になる
男児は病気になりやすく死ぬ確率も高いからだね
俺の母方の祖母なんぞ男1人女8人の兄弟で他に幼児期に死んだ男児が2人いた
今は医学が進んで乳幼児期の死亡例が減ったから男余り状態になりつつある
79 :
世界@名無史さん:04/10/20 19:23:51
それから「一姫二太郎」も上の子は女の方がいいって意味
女児は育てやすいので初めての出産は女児、次に男児が理想ってことだね
男の子を女装させるのは神様にこの子は女ですよ、命を取らないでと
80 :
世界@名無史さん:04/10/21 03:35:29
女装とはちょっと違うけど南太平洋の方じゃまだ若衆宿の習慣が残ってる
日本にも昔はあったし世界中にあったんじゃないかな
若衆宿ではまだ髭の生えない年代の少年は年長者からバックを犯される
精を注入されることで一人前の男になれるという考えだね
>精を注入されることで一人前の男になれる
全く逆に、一度そうされると相手を支配する「おとこ」にはもう戻れない、
という考え方もあるみたい。
アラビアのロレンスが捕まったとき、そのような発想で犯されたとか。
男色、というのでなく支配・被支配の問題なんだって。
南アフリカで、男に対するレイプについての特集記事で読んだこと
新入り囚人が牢名主から受ける「あいさつ」も似た発想かな。
83 :
世界@名無史さん:04/10/30 12:31:41
男の子はしょっちゅう病気する。母上にお聞きください。
コンドルシェは病弱だったので7歳まで女装した、と書いてあるが5歳までの女装は
貴族社会では当たり前。
ネットでネカマやってて、シツコイ男がいたから
女装して写真送ってやったんだ。
そしてら余計シツコクなってきた。。
バイだったのか????
日本武尊の熊曾成敗は?
女装させて女の子みたいに育てれば統計的に死亡率下がると思う。
おいら、ガキの頃、五回は死にかけたし、元気すぎて生傷が絶えなかった。
今思うとガクブル・・・。
一昔前、「世界不思議発見」でカメルーンにおける女装の風習について紹
介していたんだけど、詳細について知りませんか?
長生き出来る様に爺さんを女装させる習慣は無いの?へんなの。
89 :
世界@名無史さん:04/11/01 02:22:06
>>88 オモロイネ。でも、あれって幼児死亡率を下げる意味合いだから、逆は無いんじゃないかしら。
まだ出てないの挙げると、柳生十兵衛だな。
将軍家光の辻斬りを止めさせる為に、女装して待ち伏せ。
五味康祐の柳生武芸帳っすか
上の方で出ていたけど、シェークスピアの場合は実生活じゃなくてお芝居上のことなので
ちょと事情が違う。
女性が舞台に出るのを許されてなかった中で、声変わりしてない男の子に女装させて役を
やらせるっていう現実的な理由。それと、乳母や名家の女性といった役をわざと筋肉質で
ガタイの良い役者にやらせて笑いを取るという目的もあった。
シェークスピアの話では「男装」の方が大きいと思う。女の子のキャラが男に変装するケースは
他の話にはあまり出てこない。
92 :
世界@名無史さん:04/11/30 20:56:00
ハムレットにも女形役者が出てくるわな
93 :
世界@名無史さん:04/11/30 21:41:32
>>86 ちょっと誤解があるようですが、男の子が元気がいいから事故死するので平均寿命が
短いわけではありません。
男子は女子よりも病気に弱く、死にやすいのです。
江戸時代の過去帳から統計を取った学者(本職は医者)がいますが、男児のほうが死亡率が高い。
精子の段階では男女差は男子(になる精子)が2倍、受精卵でも1,5倍くらいのようです。
94 :
世界@名無史さん:04/11/30 22:55:00
>>89 でもほら、爺さんより婆さんのほうが長生きだし。
美少年の女形が男装の麗人を演じる、という捻れた設定が受けたんだろうね。
そうか。ロミオとジュリエットの乳母があんなキャラなのは、そういう理由なのか。
これまで乳母が道化役ってことに違和感があったんだが、きれいに納得したよ。
ウインザーの陽気な女房たちなんか抱腹絶倒だったろうな。女形で観たいよお。
97 :
世界@名無史さん:04/12/03 18:20:45
ずっと後でも「薔薇の騎士」なんてキャラもある
98 :
世界@名無史さん:04/12/08 22:22:35
確かに「ばらの騎士」のオクタヴィアンを男が演じたら、女性になったときのマリアンデルは一層おかしく、
副題にいう「3幕の喜劇」というのを納得し易いかもしれない。
でも、このスレッドの主題とははずれるけど、
「ばらの騎士」はオクタヴィアンを女が演じて、大人の諦観を主題にした方があのワルツにもぴったりだと思う。
99 :
世界@名無史さん:04/12/10 09:09:52
女装の前提として、男女の衣装に差異があることが前提になると思いますが
上代の日本の衣装には殆ど男女差がないようなイメージがあります。
魏志倭人伝の記述でも服装に関しては男女まとめてだったような気がしますし、
埴輪などを見ても性別は衣装より体型の方がずっと特徴的です。
そういった意味で神話時代の女装というのは通常の方法では困難が伴うと思うのですが。
(そもそも当時の乙女が髪を垂らしていたかも怪しいし、ヤマトヒメノミコトにもらった
倭女の衣装で熊襲女に化けられるかという疑問もあります。)
ヤマトタケルの女装というのは、巫女のように女性のみが就ける職業のコスプレで神事が
らみの暗殺でもあったのかな?
所詮、神話ですけどね。
>上代の日本の衣装には殆ど男女差がないようなイメージがあります。
中古以降も、基本的な構造はほとんど変わりありませんからね。特に下着は。
『古今著聞集』巻八・好色より「後白河院の御所にして小侍従が懺悔物語の事」(原漢文)
後白河院の御所、いつもよりのどかにて、近習の公卿両三人、女房少々候ひ
て雑談ありける時、仰せに、「身にとりて、いみじくおもひ出でたるしのび
事、何事かありし。かつは懺悔のため、おのおのありのままに語り申すべし」
と仰せられて、法皇より次第に仰せられけるに、小侍従が番にあたりて、「
いかにも、ここにぞ優なる事はあらんずる」など、人々申しければ、小侍従
うちわらひて、「おほく候ふよ。それにとりて生涯の忘れがたき一ふし候ふ。
げに妄執にもなりぬべきに、御前にて懺悔候ひなば、罪かろむべし」とて、
申しけるは、
(注:小侍従=好色で知られた女房)
そのかみ、ある所より迎へを給はせたる事ありしに、すべておぼえぬほ
どにいみじく執し侍りし事にて、心ことにいかにせんと思ひしに、月冴
えわたり、風はだ寒きに、さ夜もやや深け行けば、千々におもひくだけ
て、心もとなさかぎりなきに、車の音はるかに聞えしかば、「あはれこ
れにやあらん」とむねうちさわぐに、からりとやりいるれば、いよいよ
心まよひせられて、人わろき程に急ぎのられぬ。さて行きつきて、車寄
せにさしよするほどに、御簾のうちより、にほひことにて、なえらかに
なつかしき人出でて、すだれ持てあげておろすに、まづいみじうらうた
く覚ゆるに、立ちながらきぬごしにみしといだきて、「いかなるおそさ
ぞ」とありしことがら、なにと申しつくすべしともおぼえ候はず。
さて、しめやかにうち語らふに、長夜もかぎりあれば、鐘の音もは
るかにひびき、鳥の音もはや聞ゆれば、むつごともまだつきやらで、
あさ置く霜よりもなほ消えかへりつつ、おきわかれんとするに、車
さしよする音せしかば、たましひも身にそはぬ心地して、我にもあ
らず乗り侍りぬ。帰りきても、又寝の心もあらばこそあかぬなごり
を夢にも見め、ただ世に知らぬにほひのうつれるばかりを形見にて
臥ししづみたりしに、その夜しも、人に衣置きかへられたりしを、
朝にとりかへにおこせたりしかば、うつり香の形見さへまたわかれ
にし心のうち、いかに申しのぶべしともおぼえず、せんかたなくこ
そ候ひしか。
と申したりければ、法皇も人々も、「まことにたへがたかりけん。このうへ
は、そのぬしをあらはずべし」と仰せられけるを、小侍従「いかにもその事
はかなひ侍らじ」とふかくいなみ申しけるを、「さては懺悔の本意せんかた
なし」とて、しひて問はせ給ひければ、小侍従うちわらひて、「さらば申し
候はん。おぼえさせおはしまさぬか。君の御位の時、その年その比、たれが
しを御使にてめされて候ひしは、よも御あらがひは候はじ。申し候ふむねた
がひてや候」と申したりけるに、人々とよみにて、法皇はたへかねさせ給ひ
て、にげいらせ給ひにけるとなん。
「女装」部分を語るには、少々長過ぎましたね。失礼致しました。
申し訳程度に、ドイツの事例でも。753年にとある修道院から出された布告
の中に、「月の朔月、祭の日、またこれらの日以外の日でも、鹿に仮装したり、
老女に仮装して徘徊してはならぬ。また、男子が女子の、女子が男子の服装を
してはならぬ」というのがありました。
105 :
世界@名無史さん:04/12/12 17:11:57
せっかく、山野さんからのレスがあったのに古文の読解能力が0で・・・まるでわからない^^;
なんとも残念です。
確かキリスト教では聖書に、男装や女装を神が良く思わないといった記述があったと記憶してますが、
それでもあらためて104のようなおふれが出るということは、(朔の時やお祭りのときは仮装や)
男装・女装が行われていたということなんでしょうね。
土着の風習なんでしょうか?また、現在はこれ似た風習というのは残っているのでしょうか。
ちょっと気になります。
また、話は変わってスレ違いなってしまいますが、夜に仮装して徘徊と聞くと、ハロウィンを
思い出してしまいますが今でも、マリア様の処女懐妊を80%が信じていたり、地球の歴史は
1万年未満だと信じている人が半分近いアメリカで、ハロウィンという異教徒の風習があれほ
ど浸透しているのはいったいどういうことなんだろう?とても不思議だ・・・
教会はハロウィンの夜とはいえ、仮装して徘徊するのはまかりならんとどうして言わないのだ
ろう?
>せっかく、山野さんからのレスがあったのに古文の読解能力が0で・・・まるでわからない^^;
では、おおよその内容をば。
後白河院の御所で、気心の知れた面々がマターリと過ごしていたところ、院が
「何か思い出深い密事は無いか。一つには懺悔のため、申してみよ」と仰れまし
た。それで法皇から順に語られたところ、とうとう往年のプレイガール、小侍
従の番となりましたので、「大層な艶事が聞けそうだ」と一同が注目しておりま
すと、当人が笑って「大層御座いますよ。それらの中でも、一生の思い出となっ
ておりますことを、(院の)御前で申し上げれば、罪も軽くなりましょう程に」
と前置きして、語ったことには、
『その昔、ある高貴な方よりお迎えを頂いた事が御座いましたが、全く何も考
えられぬほどにお慕いしておりましたので、思い乱れたまま、迎えの車の音を
聞くのももどかしく、着けば人目も憚らぬ様子で乗り込んだのでした。
着いてみると、御簾の中から、香りも高く、衣服も柔らかげな様子で、慕わし
い方が出て来られて、「何という遅さだ」と仰られた時の嬉しさなど、言い表し
様の無いもので御座いました。
さて、睦言を語って(性行為をして)おります程に、秋の長夜も限りがあります
ので、鐘の音・鳥の声がして、まだ名残りも尽きぬ内に、今度の車の音には魂
が抜けた様な気持ちになって、乗り込んだことでした。
帰ってみても、その方との睦言を夢にも見よう、移り香を嗅ごうと思うばかり。
前夜の睦言の後、『衣装を取り違えていた』のを、朝に御取り寄せになりました
時には、「またお別れしなくては」と、何とも言い表しようもなく、切ない気持
ちになってしまった事で御座いました。』
『 』内、和服に然程の男女差が無い為に生じた過ち。日本で女装が割とよく行
われたのも、これによるといわれる。
と申し上げたので、法皇も人々も「真に、耐え難い事であったろう。この上
は、相手の正体を明らかにする様に」と仰られたのに対し、小侍従は「どう
してもそれは致しかねます」と、強く断ったが、「それでは懺悔にならんで
はないか」と、強いてお尋ねになられたので、小侍従は(待ってました!と)
微笑んで、「それでは、申し上げましょう。憶えていらっしゃいませんか。
君(後白河院)が御在位の時、某年某の比、某を御使として私をお召しにな
られた事、よもや御否定はなさいませんでしょう。申し上げた事、間違って
おりましたでしょうか。」と申し上げたので、一同はどっと笑い出し、法皇
はいたたまれなくなってしまわれて、奥に逃げ込まれたという事です。
(もっと短い文章だと思っていたのですが、言いたい内容の割に本文が長過
ぎましたね。重ね重ね失礼致しました。)
108 :
世界@名無史さん:04/12/12 20:07:02
武田佐知子さんの御本などでも日本の服装に性差が薄いことは詳説されています
109 :
世界@名無史さん:05/01/03 16:07:37
山野保守
110 :
世界@名無史さん:05/01/17 01:12:03
女が男を求め、男が女を求める。
この普通の欲求が自らを異性に変えて自らの中に取り込む行為を生むのは自然。
ホモとかレズが異性装を毛嫌いするのも、この辺に事情があるんだろう。
でも、知り合いのレズで「きのうの夜、男に間違われて、風俗の客引きに声かけられたよ」って喜んでいたやつがいる。
おまえ、アホか? それじゃ、ビアンじゃなくナベだろ。
時々、こういう間違ったやつもいるけどね。
日本の女形、中国の旦、ローマのカストラート、イギリスのシェイクスピア時代の劇、
インドのヒジュラ、アラブにも女形の風習があったと記憶……
逆に、女形が存在しなかった地域ってどこなんでしょう?
遊牧民族系はなさそうな気もしますが。
114 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :05/02/03 12:53:50 0
板違いなスレであっても強制的な削除ではなく、スルーなどによる自然淘汰での消滅に委ねるべきだと思います
異性装萌えは昔からあるよね
禁じられているから、というだけではなさそう
116 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :05/02/23 17:24:29 0
117 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :05/02/23 17:35:16 0
118 :
世界@名無史さん:05/03/07 21:56:05 0
エラガバルス帝を忘れちゃイヤよ〜ん(は・あ・と)
119 :
世界@名無史さん:05/03/07 23:12:38 0
120 :
世界@名無史さん:05/03/07 23:28:56 ID:htSPp0C2 BE:27821827-#
ケレンスキーは女装ダイスキー
121 :
世界@名無史さん:05/03/13 23:53:21 0
イスラム女性のベールは、男性が正体を隠すのに利用できそうだが、
追われている者などは女に変装して難を逃れたりしたのだろうか?
イランでは満員女性バスに乗りたい一心でチャドルで全身を隠した青年が
乗車中にバレて女性客に引きずり降ろされて宗教警察へ突き出されたそうな(笑)
その後の彼の行方ははてさてどうなったやら。
日本でも、17〜18世紀頃までは女性が外出の際に布を被いていたので、
『義経記』の牛若は、稚児の姿が女性とそう変わらなかった事もあり、何度
も女性と間違われていますね。
落城時に扮した「女装」というのも、布被き込みと考えると分かり易い。
123 :
世界@名無史さん:05/03/14 00:10:43 O
春秋末期の斉の景公は女官に男装させる趣味があって、それが庶民の間でもブームになって一国総男装時代到来。晏子が羊頭狗肉で公自ら規範を示すよう諫めた故事があったような。
124 :
世界@名無史さん:05/03/19 23:09:39 0
ルイ十五世に「死ぬまで女装しとれ」といわれた、
シャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ=ティモテ・ド・ボーモン
125 :
世界@名無史さん:2005/03/24(木) 16:07:08 0
女装ハアハアのルイ15世素敵!
126 :
世界@名無史さん:2005/03/24(木) 21:46:16 0
128 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/03/26(土) 23:42:47 0
129 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/03/26(土) 23:54:41 0
130 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/04/23(土) 15:56:19 0
エオン-ド-ボーモンは政治学者でもあったんですが、窪田般弥さんの御本ではあまり
その方面の情報が載ってません。10年くらい前に古書市で岩波の「西洋人名事典」の
初版を見かけ、手にとって少しめくったら偶然ボーモンの項目が目に留まり、読んだら
末尾に彼の主要著作が挙げてありました。殆どは忘却してしまいましたが今でも記憶に
残ってるのは、英仏両国のインドにおける植民政策の比較論というもので、意外な方面の
関心を持っていたことに感銘しました。
131 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/04/23(土) 15:59:12 0
因みに岩波の「西洋人名事典」のその後の版ではボーモンの項目は削除されたようです。
133 :
世界@名無史さん:2005/05/08(日) 06:51:54 0
日本武尊が大和の大蛇を退治するとき。
生贄の女性に化けてた。
日本最初の女装では。
133さんへ。それはスサノオノミコトではありませんか。オロチは出雲では。
133を正しく直すと、
--------------------
スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治するとき。
生贄の女性に化けてた。
日本最初の女装では。
--------------------
かな。
記録に残る最古のものはそれであっても、女装巫女のほうが年代はもっと古そうな
気がしますが。
アーネスト・ヘミングウェイは幼い頃、女の子の
格好をさせられてたんだっけ
137 :
世界@名無史さん:2005/06/01(水) 23:48:54 0
ラスプーチンを暗殺したフェリクス・ユスポフ。
美形の彼は小さいころから女装させられ、成人してからもそれを好んだ。
そのカマっぽさでラスプーチンに可愛がられ、
それゆえ実行犯に推されたとか。
>>133 日本武尊の熊襲退治と須佐之男尊の大蛇退治がごっちゃになってる。
どちらも女装したのは同じだが。
記紀の神代の記述は非常にあやふや。
個人的な想像だけど、ヤマトタケルとスサノオの話は、
記紀の成立段階から「ごっちゃ」だったのではないか?
というか、元々同じ人格を別の神格に分けたイメージがある。
記紀の記述ってのは基本的に一部の人間しか読者として認めていないんだから
それに応じた表現であると推測すべきだろう。
ごっちゃになったのは中世からです。
あしからず。
そうかなあ、記紀の原文もかなり混乱しているように思えるけど?
二人の基本的人格は明確に差異があるけど、
挿話部分は原文がすでにごっちゃにしているとおもいます。
どちらかというと中世以降は、この混乱をなんとか整理する努力が払われたと見る方がいいのではないでしょうか?
先代旧事本紀や神風和記などは、記紀に比べるとだいぶ整理されている印象があります。
ここ、世界史板でしたね。しかも女装スレだし、ちょっとはずれすぎ。
ごめんなさい。
ところで、このスレ、かなりマニアックなのですが、
書き込んでいる人で、女装する人はいるのでしょうか?
私はたまにしてます。
>143
自分は性別:女性なので異性装をしてもそれほど奇異の目でみられることはありませんが…
それも、現代日本だからでしょうね
145 :
世界@名無史さん:2005/06/09(木) 01:34:26 0
男性→女性という普通の女装の場合、現代でも奇異の目で見られます。
特に男性は生理的嫌悪を抱く人が多いです。
歴史的にも、女装者の性的対象って、必ずしも男性とは限らないのですが、
一般的には女装者=男性好きのイメージが強いですね。
私は女装しますが、恋愛対象は女性です。
女性の服装というのが、そもそも男性を意識したものだから
わざわざそれを着る男性=男性を意識した男性とみられるのもしょうがなかろう。
本人がどう思っていようと、それはしょうがない。
>>138 は?スサノオは女装してないけど?
記紀にも先代旧事本紀にも中世日本紀にもそんなことかかれてない。
148 :
世界@名無史さん:2005/06/09(木) 16:52:04 0
>女性の服装というのが、そもそも男性を意識したものだから
それは服によるのではないでしょうか?
ドレスやワンピースなどは、その通りだと思いますが、
婦人服でも、性的アピールではなく、機能性を追求している服も多いと思います。
男性の目から見れば、婦人服の存在は、そういうふうに映るのかもしれませんが。
たぶん、男性が、女性服をセクシーと思うことと、
女性が男性を意識して、服を選ぶこととは、必ずしも一致しないと思います。
149 :
世界@名無史さん:2005/06/09(木) 23:07:34 0
>>148 >婦人服でも、性的アピールではなく、機能性を追求している服も多いと思います。
>男性の目から見れば、婦人服の存在は、そういうふうに映るのかもしれませんが。
制服美少女とか軍服の女性萌えなんかはまさにそれ。
本来機能性一点張りの服のはずだが、その禁欲的な雰囲気に萌えてしまう。
尼僧萌えとか喪服萌えってのもそれに近いかも知れぬ。
男心も結構複雑である。
>男心も結構複雑である。
確かに。
男性のそういう気持ちも一方で理解できるので、あまり責めたくはないけど、
やっぱり、「男を欲しがっている」と思われるのはつらいなあ。
奇異の目で見られるのもいやですが、
女装好き男性から、「どうせ男とやりたいんだろう〜」と迫られるのも、つらい。
まあ、世間に理解してもらえないのは、もともと覚悟の上なんですけどね。
ちなみに私はワンピース好きなので、よけいにそう思われるのも、しかたないのです…。
>>148 あくまで昨日一点張りの女性服なんかもあるにはある。女の着るジャージとか、
男女兼用の服とかね。
でも、あなたたちはそういう服に興味はないでしょう。
スカートや、「女性特有」の服に憧れているとすれば
それはその服によって導かれる自分の女性的な魅力を期待している、ということになる。
154 :
世界@名無史さん:2005/06/25(土) 16:11:24 0
>151
うーん、男女兼用もしくはユニセックスの服を愛用している、女装やGIDも多いですよ。
私もそうですし。
女性服を着る男性の人の半分くらいは、「女性的魅力のアピール」とかは気にしてなくて、
ごく自然な感じで服を選んでいます。
世間的では、マスメディアにでてくるような、極端に女性を意識した人が
イメージの中心でしょうけど、実際の女装の世界はだいぶ違います。
おかま言葉をしゃべる人もほとんどいないですしね。
155 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 17:25:36 0
>>135 スサノオが大蛇退治の際に女装してたなんてことは「日本書紀」にも「古事記」にも書いてないはずです。
クシナダ姫を櫛に変身させてミズラに差したというだけのことです。ミズラに櫛を挿すのも格別の
異装でもなく、ヤマトタケルのように女装したわけではありません。
156 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 17:55:50 0
>>154 GIDではなく全くの趣味で女装してる方は多いです。ジェンダーオリエンテーションが
女性に向かっていて(つまりメジャーな男性感覚)、女性が好きだから女性の優れた属性を
身に着けたいということから、一時的にでも女性的な美しさ優しさ柔らかさなどを自身の
生活に取り入れたいと女装の世界に入ったと語っている方もしばしば見かけます。また
男性としてのテンションとストレスに満ちた日常から逃避する方便として、或いは婦人服の
自由さやヴァラエティが感覚にフィットするなどの理由を挙げる方もいます。
性同一性障害の方でさえ性対象ではヘテロである場合も珍しくありません。
また女装者の趣味性向も意外に男性的だったりします。バイクマニアも多くオフロードを
マウンテンバイクで突っ走ったり、フリークライミングに凝ったり、古武道の修練に打込む
人もいます。ドイツ装甲車フリークの方が女子高生コスプレしたり、女装世界の様相は実に
多様でグラデーショナルと言うよりモザイキーといった感じです。
157 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 18:07:06 0
それと理系−殊に情報処理系の人が多いみたい。メカや情報処理言語の話題など
やたら飛び交ってる世界です。
158 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 18:13:22 0
思想的にも意外に右翼というか硬派な言説を展開したりする傾向も見られます。
159 :
世界@名無史さん:2005/06/30(木) 22:18:42 0
女装より武装を!!!!!!!!!
ううっ、スサノオ女装デマを流した厨房が謝罪に参りましたペコリ
ヤマトタケルの女装ばなしと孫悟空の生け贄女装ばなしを混同して
ヤマタノオロチ、スサノオ女装生け贄娘という虚偽の記憶が脳内に発生
してしまったようです。
スサノオの命とその子孫の方々に深くお詫びいたしまつ
161 :
あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/01(金) 10:38:30 0
そう言えば岩見重太郎のヒヒ退治の講談にも、人身御供の娘の身代わりになった重太郎が、
長持の中から赤い内掛けを羽織って現われる挿絵なんかがありましたね。その辺の連想から
スサノオも娘の服装で大蛇をごまかすというイメージに導かれたのかも。
岩見重太郎のヒヒ退治の原型のような話は「今昔物語」にもあるし、説話のパターンの一つ。
絵本が発達して、人身御供の身代わりを絵で表そうとすると女装になるかも。
『今昔物語集』では、箱に入ってはいるものの、女装はしておりませんね。
(しかし、岩見重太郎とは懐かしい。今は知名度が低くて・・・)
えっ!岩見重太郎が「今昔物語」に??? 彼は薄田隼人と称して大坂陣に参加してるはずですが。
娼家にしけこんでるとこを東軍に襲われ赤恥かいたりもしたらしい。
よく読んだら「原型」の話なんですね、早とちり御免なさい(ペコリ)
岩見重太郎=薄田隼人は後世言われ始めた話だった気が。
まあ、薄田について、信用出来る史料がいくらあるのか知りませんが。
>>166 出所は「立川文庫」あたりではないかと思いますが。それ以前は、多分講談。
父は子供時分に「立川文庫」を愛読してたそうです。あやめの場合は小学生高学年時に
お友達に株屋さんの娘がいて、そこのお宅には大衆小説や講談本が揃ってて「子供は
こういうの読んじゃいけないってお父さんに言われてる」という友達の制止を押切り、
こっそり耽読させてもらってました。当時は講談のお陰で徳川のタヌキ爺を憎むこと
肉親の仇の如くでした。それにしても忍術で姿を隠している猿飛や霧隠がせっかく
家康の傍まで接近してるのに、彼や徳川四天王の連中の頭を叩くなんて子供みたいな
悪戯しかやらず、暗殺を実行しなかったのかマジで残念がってたものでした。戦前の
忍術映画(お婆ちゃんに言わせると「カツドオ」)なんかでは忍術使いが巻物を口に咥え、
両手の指で印を結んで呪文を唱えると白煙が足元から起こって、フィルム編集による
トリックで姿が消えるというシーンが子供ばかりか大人にも受けてたようです。これも
お婆ちゃんは「宿り(いわゆる薮入り)に帰ったオタナモン(商家の奉公人)がカツドオを
楽しみにしてたからだよ」ということでした。
169 :
世界@名無史さん: