テコンドーの歴史の主張方法は一般的に三つに分類できる。一つ目はテコンドーが元々あったが、日帝時代を通じて
日本人が我々の伝統武術、すなわちテコンドーを唐手(タンス)、または空手(コンス)と呼ばせたという主張と、二つ目
は解放以前までの韓国武術の歴史をそれがまるでテコンドーの歴史であるかのように記述する場合と、三つ目に
カラテの流入事実を認めつつ、同時にそれが伝統武術テッキョンと結合したと主張するものである。
三つの主張はすべて、結局はテコンドーは我々固有の武術だというのが結論だ。はたしてそうだろうか?
残念ながら、テコンドーという武術は1945年以前にはこの地に存在もしなかった武術であり、テッキョンの長所を結合
させたりもしなかったし、テッキョンから派生したものでもない。テコンドーは解放後、日本から留学生たちが戻ると
ともに、彼らが留学時代に習った空手道(コンスド)すなわちカラテを普及したのが韓国テコンドーの母体だ。
黄g(ファン・ギ)、李元国(イ・ウォングク)、盧秉直(ノ・ビョンジク)らがその代表的な人物であり、韓国テコンドーの
父と呼ばれる「蒼軒 崔泓煕(チェ・ホンヒ)」氏もやはりそのような部類の一人だった。当時の名称は空手道(コンスド)、
唐手(タンス)、拳法などを使い、以後に手道(テスド)と呼ばれてから、1960年代に入って拳道(テコンドー)という名称
の下に統合されて、黄g館長は「手道」という名称を持って渡米し、今でも「手道」という名称で活動しているのだ。
(以下略
テコンドーの歴史をもう少し詳しく知りたい方に推薦図書:
キム・ヨンオク教授の「テコンドー哲学の構成原理」
ヤン・ジンバン教授の「解放以後の韓国テコンドーの発達過程とその意義」
(ソウル大学体育教育と修士学位論文、1988)
金槌日報(掲示板ベスト)
http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/www_14.htm テコンドーの歴史
http://homepage1.nifty.com/OUTERHEAVEN/taek/history.htm