861 :
世界@名無史さん:2009/03/13(金) 17:39:42 0
862 :
世界@名無史さん:2009/03/13(金) 20:16:11 O
>>861 そーなのか。
まぁ俺は十二年前くらいの学生時代にみた文献からだから、
Wikiにもある古い説を覚えてたんだな。
863 :
世界@名無史さん:2009/03/16(月) 13:18:48 0
864 :
世界@名無史さん:2009/05/05(火) 19:56:56 0
ひひーん
パカパカ
865 :
世界@名無史さん:2009/07/25(土) 22:52:16 0
866 :
世界@名無史さん:2009/07/26(日) 00:27:50 0
もしも馬が絶滅していたら
牛券狂の親父が競牛場に詰めかけ
バロン西がオリンピックの牛術で金メダル
867 :
世界@名無史さん:2009/07/26(日) 01:12:35 0
家畜化っていっても前よりも弱くなるって訳じゃ無いけどね、要はそれも進化だからな。
人の脳は小さくはなったけど脳自体はメッチャ発達したよそもそも脳は大きさで賢さの全てが
決まる訳じゃないから。
牛や豚も今みたいになったのは人が旨い肉になるように進化させてきたからで、結果一様繁栄はしている
、家畜として。
868 :
世界@名無史さん:2009/07/26(日) 02:54:48 0
ホルスタインは子牛を育てるのに必要な量の10倍は
ミルクを出すように改良されてるから、人間が朝夕
搾ってやらないと乳房炎になって死んじゃうんだよな
ヤックルの時代
870 :
世界@名無史さん:2009/07/26(日) 20:40:23 0
犬ぞりもルーツをさかのぼると馬そり、という説もあるので
極地の住人は行動半径が制約されそうだな…
ラクダやヤギが品種改良されて馬っぽくなるんじゃね
騎馬突撃がなくなったら戦場では弓矢一強になるんじゃないか?
馬と違って弓の取得費維持費なんてそんなにかからんし騎士階級武士階級が成立しないで民主化が早く…
…というより古代ギリシアの都市国家みたいなのがずっと存続してたんじゃないかと
つうか騎馬が有ろうが無かろうが普通に弓矢一強ですが・・・
あと機動戦術が使えなくなるから包囲殲滅や追撃も難しくなるな
通信網も江戸時代の飛脚や南米インカのチャスキみたいなシステムになるだろう
犬橇ならぬ犬車みたいな多数の犬に引かせる機動車両ならできるかも
自転車の発明が早くなる
877 :
世界@名無史さん:2009/10/11(日) 20:44:15 0
たぶん、もっと単純な数の国家数や民族数、文化様式に発展したと思う。
たとえば、欧州なんかで国や民族が乱立ということは今よりも少なかったと思う。
農業資源の多い国が多くの地域を制圧して。
いやーでもな・・・ちょっとわかんねw
878 :
世界@名無史さん:2009/10/12(月) 16:30:22 O
遊牧民族の力が弱いって事は文化交流や東西貿易が少なくなってそうだな。
あとラクダが品種改良されてただろう。
ラクダ、象、牛、ロバがいる。
880 :
世界@名無史さん:2009/10/12(月) 22:01:53 O
ロバ、ラクダいいな。
他は使いにくいか
今から約5000年前に、藁などの廃棄農産物を飼料に、牛を動力源として利用する事
が始まったと考えられている。灌漑用の水汲みや、犂(すき)をつけて耕作、粉ひき、
物資の輸送に使用された。約4000年前には、馬を移動用に使用し始めたと考えられている。
しかし、馬引き戦車のシャリオを除いて、乗馬用、荷駄用以外にはほとんど使えな
かった。欧州の中世になって肩幅が狭い馬にも牽引できるような馬具が開発されて
初めて、馬車など運搬用や耕作用に使用できるようになった。
一方、牛は馬ほど神経質ではなく、かつ肩幅が広くて牽引具が容易に装着でき、
移動速度も遅かったので扱いやすかった。また必要な食料も少なくてすみ、馬より
もずっと有用であった。牽引馬具の発明前、動力としての馬の利用は、人間の4倍の
荷を背負うことができるが、同時に人間の4倍の穀物を食べるため、農民から見ても
為政者から見ても、軍事用以外ではほとんど意味がなかった。
ところが、牽引馬具と蹄鉄の発明によって、馬車など牽引に使用すると人間の
約15倍の荷を運搬することが可能になり、一気に馬車文化が興隆した。アナール派
歴史学の代表格、ブローデルによると、15〜18世紀の欧州において、牛馬の牽引力
は全体でほぼ1000万馬力、すなわち、仮に牛馬が労働者の 15倍効率的とすると、
約1億5000万人分の労働力、すなわち当時の欧州人口の約2倍に相当した。
当然、牛馬の飼料用の農地は莫大な面積を占め、人間の食料用の農地と激しく
競合した。従って、牛馬を増やして農耕の効率を上げても、人口支持力は容易には
上がらない。英国では、約350万頭の馬が年間400万トンの穀物と干し草を食べ、
それに必要な農地面積は6万平方キロと、英国全面積の約3割をも占めることとなった。
これでは、人口が急増しようがない。
882 :
世界@名無史さん:2009/10/23(金) 14:16:33 O
ウマがいなけりゃロバをウマ化すればいい。
883 :
世界@名無史さん:2009/10/23(金) 17:59:10 0
日本は騎牛民族に侵略されていた
884 :
世界@名無史さん:2009/10/23(金) 18:16:36 O
牛は四つの胃で効率的に草を消化するので草は少なくて済む
しかし足はノロイ
885 :
世界@名無史さん:2009/10/23(金) 18:33:18 O
シカなんかも使えるかもな。
>>882 ロバは小柄なうえに従順性が低いから相当キツイぞ
887 :
世界@名無史さん:2009/10/23(金) 19:11:26 O
それを品種改良によりウマのようにするのだ。
888 :
世界@名無史さん:2009/10/23(金) 20:18:54 0
ウマの蹄鉄って、人間でいえば足の指か足の裏に五寸釘打たれてるようなもんだろ?
いてててて
伸びきった足の爪に何かめり込んでるだけでは?
爪の先にマニキュア塗るようなもん
>>887 品種改良する前からある程度使えないと途中で諦めるんじゃね
892 :
世界@名無史さん:2009/10/26(月) 12:03:07 O
他にいなかったら諦めないでしょ。
893 :
世界@名無史さん:2009/10/26(月) 12:07:13 O
犬ゾリはどうかな
>>886 ロバは、馬に比べて非常に素食で、力は強いので、中国や中東では
馬に並ぶ家畜になっている。特に貧しい農民にとっては非常に重宝した。
ロバの気性は荒いとか気まぐれとよく言われているが、それは他人に対してで
子供の時から世話してくれる飼い主に対しては非常に従順。
だから余り売り物にはならず、育てた農民が一生飼う家畜。
第二次世界大戦のアフリカ戦線で自由フランスの司令官ルクレルクはラクダの竜騎兵を率いてリビアのオアシス都市やトリポリを占領してるよ。
896 :
世界@名無史さん:2010/01/05(火) 18:13:00 0
インド北西部では荷車としてのラクダ車も現役。
897 :
世界@名無史さん:2010/01/05(火) 21:51:53 0
>>894 なぜ日本人はロバを使わなかったのですか?
898 :
世界@名無史さん:2010/01/11(月) 01:34:12 0
(江戸時代までの)日本にロバいた?
ロバもいない方向で話を進めないと馬の代用でロバ使うだけになっちまう
900 :
世界@名無史さん:2010/01/25(月) 01:59:29 0
江戸時代までの日本でロバは使役されなかった。稀に輸入はされたものの。
現在もごく少数しかいません。
ロバのパン屋って知ってる? あれも馬車曳いてたのは正確にはロバじゃなかったらすい
902 :
世界@名無史さん:2010/01/31(日) 21:44:16 0
903 :
世界@名無史さん:2010/01/31(日) 22:07:28 O
馬刺しが食えないのは悲しいな
904 :
世界@名無史さん:2010/02/15(月) 18:39:46 0
http://www.yakitori-jp.com/encyclopedia/histry/hhtml/edo14.html 江戸時代の辞書にみる牛
江戸時代の辞書にみる馬
◇和漢三才図会
大抵関東には、馬多く牛少し。
関西には牛多く馬少し。
京師には天子・皇后・三公の御車を牽き、市中の車牛は米穀・薪木等を運送す。
皆特牛(ことひ)を用う。農牛は田を耕して人力を助すく。
関東にてはすなわち馬をもってこれに代う。
◇本朝食鑑
大抵参州・遠州以東から奥州・夷にかけては、馬が多く牛は少ない。
それで、耕耘運転には皆馬を用いる。
尾州・濃州以西より海辺の国にかけては、牛が多く馬は少ない。
それで、耕耘運転には皆牛を用いる。
就中、播州・備州は最も牛を産出するところで、盛んに蕃息(はんしょく)する。
馬は関東の産が上い。
したがって奥州・常州の産が第一で、信州・甲州・上野・下野・上総・下総の産がそれに次ぐ。
関西の産は劣弱であって関東産に及ばない。
カンガルーを騎乗できるように調教してだな、
いや、言ってみただけ。w
騎兵突撃。
907 :
世界@名無史さん:2010/04/11(日) 17:11:24 0
/ ̄ ̄\
. ./ _ノ ヽ
| ( ●) (●)
| (__人__) ∫
| `⌒´ノ ∬ 休憩中だろ常識的に考えて・・・
. ヽ } | ̄| 休憩中
ヽ ノ |_|)
____/ イー┘ |
| | / / ___/
| | / / |
| | (  ̄ ̄ ̄⌒ヽ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
>>150 硝子窓の外には大きな庭園が連なっており、
男爵が四頭立の縞馬の馬車を馭して散歩したという有名な話はこのパークの中で生まれたのである。
縞馬は野生の動物であるから、普通の馬のように飼い慣らすことは絶対にできないといわれていたが、
男爵は、縞馬が分類学上驢馬にきわめて近い点などからして、必ず人に慣れるという自信を持っていた。
そしてついにその説を証拠立てることができたのである。
しかし男爵の話では、これを実用化することは残念ながら思い留まらねばならなかったという。
その理由は、トリングの町で普通の馬車に出会ったとき、その馬のほうが吃驚してしまい、
却って普通の馬を使っている方で、意外の怪我人ができたりなんかしたからだという。
ただしロスチャイルド男爵の実験はたちまちアフリカで実用化されるに至った。
南アのズールーランドには縞馬が非常に多いが、生け捕られたものは、初め驢馬の傍らで次第に仕込まれ、
八頭立の馬車として実用化されるようになった。
――蜂須賀正氏『南の探検』
909 :
世界@名無史さん:2010/07/18(日) 14:54:32 0
祝七周年じゃ!
馬をひけい!
910 :
世界@名無史さん: