世界史なんでも質問スレッド 6

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1世界@名無史さん
スレッドを立てるまでもない質問はこちらでどうぞ。
過去ログとかは>>2にあります。(予備>>2-10
2世界@名無史さん:03/03/16 05:23
「くだらねぇ質問はここに書き込め!@世界史板 」
http://mentai.2ch.net/whis/kako/984/984814136.html
「世界史なんでも質問コーナー」
http://mentai.2ch.net/whis/kako/999/999874075.html
「世界史なんでも質問コーナー」2
http://academy.2ch.net/whis/kako/1011/10117/1011702958.html
「世界史なんでも質問コーナー」3
http://academy.2ch.net/whis/kako/1022/10221/1022151987.html
「世界史なんでも質問コーナー」4
http://academy.2ch.net/whis/kako/1032/10328/1032853642.html
「世界史なんでも質問コーナー」5(前スレ)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1040538142/l50
3世界@名無史さん:03/03/16 05:24
これらは関連スレです

中・高生用質問スレ Part4
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1040693271/l50
★★世界史板・統一雑談スレ Part 6★★★
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1047687402/l50
4前スレ987よりコピペ:03/03/16 05:25
質問です。
アフリカ、特にジンバブエの独立戦争のことについて知りたいのですが、
何かおすすめの書籍・サイト等あれば教えていただけないでしょうか。
よろしくおねがいします。
5Peak:03/03/16 08:12
>>1
乙です。
ご苦労さまです。
6Peak:03/03/16 08:37
>>4
国際情勢板に一応こんなスレがある。

ジンバブエってどうよ
http://society.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1016112452/l50

落ちるかもしれないぐらい下の方にあったからいちおうageておいたが、
このスレに質問するときはageてしたほうがいいよ。
一と月カキコ無しだった。あの板は今戦争関係で祭りなので。
それからジンバブエ関係の情報(主に英語)はイギリス関係のソースからなら
山ほどでて来るけれど(たとえばBBC) 何らかのバイアスはかかってると思って。
現在深刻に対立中。
7世界@名無史さん:03/03/16 19:26
ジンバブエって焼肉だと思ってた・・・・・
8世界@名無史さん:03/03/16 19:29
マジですか?
9世界@名無史さん:03/03/16 21:57
「焼肉 ジンバブエ」でググってみたら156件もヒットしてビクーリ。
スレ違いでスマソ。
10パシッチ ◆mWYugocC.c :03/03/16 22:56
アフリカかあ。
概説書としては講談社現代新書に「新書アフリカ史」ってのがあるけど、ジンバブエについては扱ってないみたい。
山川の世界各国史もアフリカはまだ出てないし……。
11世界@名無史さん:03/03/16 23:03
>9
マジ?
やってみるっす!
12世界@名無史さん:03/03/16 23:45
>>10
グレート・ジンバブエ遺跡の話なら載ってると思うよ。
ただ、あの遺跡は伝承などが全くなく、文明を受けついだ民族も
現存しないので、単に謎の遺跡として存在するだけのようだが。
13世界@名無史さん:03/03/16 23:56
質問ですが、
クラウセヴィッツの「戦争論」
読んだ方、いらっしゃいますか???

読んでみたいのですが(出来れば英語、日本語版)
なにしろ、未完成でなおかつ、癖のある文章だと聞いているので
それ相当の覚悟が必要とか・・・

それとも何か攻略本?でもあるのでしょうか???
ご教授お願いいたします。
14世界@名無史さん:03/03/17 00:21
>13
クラウゼヴィッツ「戦争論」で戦争を考察
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1028473784/
戦争論を一行に要約すると@軍事板
http://yasai.2ch.net/army/kako/987/987892929.html

「戦争論」で検索をしなかったな…おしおきだぞう…………(ククククククク
15世界@名無史さん:03/03/17 00:24
中公文庫、評判のわりに訳注が少ないので、意外と理解が難しい。
ぼくは個々の歴史的固有名詞に訳注入れてる岩波文庫のほうが好きだな

もっとも2000円くらいでニホンクラウゼヴィッツ協会とかが訳してる
もっといい単行本あるようだけど・・・
16世界@名無史さん:03/03/17 00:32
日本クラウゼウィッツ協会!!
世の中にはそんな団体があるのか……
17例の170:03/03/17 00:33
>>14
コヴァ板に逝っちゃうからじゃないの?
>>13
よけいなお世話だと思うけど、
『ミリタリズムの歴史 文民と軍人』福村出版
『戦争論』批判の珠玉。漏れはこれで『戦争論』を読む気無くなった。
18よろずこ:03/03/17 01:01
戦争論はクラウゼビッツが書いたんじゃないでしょ。
遺族がまとめたもの。
19世界@名無史さん:03/03/17 01:02
>>15
同意。
意外と中公文庫版読みづらい。
2013:03/03/17 01:30
>All
レス、ありがとうございます。今実は仕事してなくて時間がたっぷりあるんで読んでみたいなと・・・

文庫本も出ているのでしょうかね?大きな書店で見てみることにします。岩波文庫で探してみたいと思います。

学生時代、国際政治学の講義でよく話題に登っていたので前々から気になっていたのですが、先日ちいさな書店に
“よく解る「戦争論」”みたいな書籍があって、ざっとみた所、本文の記載が少なく、時代背景や彼の生い立ちなどが書いてあって
これよりはいい本があるのでは?と思い、ここで質問カキコさせて頂きました。

>>14
検索しませんでした。スミマセン。

とりあえず、孫子の「兵法」を読んでから、とします、笑。

お邪魔いたしました。
21世界@名無史さん:03/03/17 03:42
世界史板の過去に悪魔の辞典@世界史板という様な板は存在しましたか?

世界史関係ないのでsage
22世界@名無史さん:03/03/17 04:11
スリランカとインドって日本と中国みたいな位置関係なのに、なぜスリランカは
発展しなかったんですか?
23世界@名無史さん:03/03/17 07:57
>>22
そう言う位置関係にあると発展するのが必然と言う訳ではないからです。
24世界@名無史さん:03/03/17 11:23
世界史のレポートなんだけど
レポート用紙3枚くらいだけど何書けばいいかな
世界史関連ならなんでもOKらしい

25世界@名無史さん:03/03/17 12:32
>>24
フランス貴族のタイユ税免除特権についてを書きなさい。
内容は自分で調べる事。
26世界@名無史さん:03/03/17 17:44
殷代の甲骨文字が発見されたエピソードですけど、漢方薬販売の親父は平気でいろいろと記された「竜骨」を砕いていました。
ここ数千年間の間で貴重な資料が無知な匹夫によって紛失された可能性もあるのでしょうか?
27世界@名無史さん:03/03/17 17:58
あるだろうねえ。いっぱいあるだろうねえ。
血の涙が出るほどあるだろうねえ。
28世界@名無史さん:03/03/17 18:40
>22
スリランカでは民族・宗教対立が深刻なのを知りませんか?
武力衝突もちょくちょくおこってました。
29世界@名無史さん:03/03/17 19:23
今も無知な匹夫が破壊してます。開けちゃった所為で黴始めた古墳とか
30 ◆OabJU8b1b. :03/03/17 19:33
焦点のはっきりしない質問ですが、どなたかご意見を下さい。
どーもウッドロー・ウィルソンと言う人物が分からないのです。
彼はE.H.Carr から「ユートピアン」のレッテルを貼られるなど、
第一次世界大戦中および大戦後の国際政治の局面で、
現実社会から遊離した理想主義者だった、とよく形容されますが、
実際のところ、内政面ではどうだったーのでしょうか。
アメリカ内政についてはど素人です。よろすく
31世界@名無史さん:03/03/17 20:01
建造当初は全く同じ建造様式・構造・使用目的だった二つの施設が、
一つはすぐに放棄されて苔むすままに任され、もう一つは長く使用され続け、たびたび補修や技術革新による改造もされる。
時が経ち、前者が「数百年前の建造当初の姿をそのままにとどめる貴重な文化財」、後者が「ただの(使用中の)建物」になってしまうのはどうも歴史の皮肉を感じます。
32世界@名無史さん:03/03/17 20:14
>>30
こちらで質問されてみてはいかがでしょうか

合衆国大統領スレッド
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1031466769/l50
3330 ◆OabJU8b1b. :03/03/17 21:38
>>32
わかりますた。そちらで質問してみます。
34世界@名無史さん:03/03/18 02:42
宗教の「終末思想」が歴史に及ぼした影響を知りたいのですが、
ご教授よろしくお願いします。
35世界@名無史さん:03/03/18 03:20
>34
近世で最大なのは、やっぱマルクスが「歴史に終末がある」と
千年王国思想導入して、共産主義社会いうユートピアを
世界史のゴールに設定したことが一番じゃないかな
3634:03/03/18 05:13
光瀬龍のSF「百億の昼と千億の夜」に「終末思想」は人類を滅亡に
導く為のプログラムとして超越者が仕組んだ罠、とあったのを
読み、34の質問にいたりました。ユートピアというニセの餌で
一旦滅亡しろと洗脳するとはなるほど、とうなずいたものの、
今時「終末思想」といってもカルト宗教団体のお題目としかとらえにく
いので、歴史上にそれに類する出来事があったら興味深いと思った
次第です。

上記の作品には、キリストや阿弥陀如来がでてきますが、プラトンと
一緒にマルクスさんが登場しても面白かったかも。
ユートピアはどこにもない島らしいですが、結局、マルクスさんの
思い描いた共産主義国家は結局存在しなかったということでしょうか。
うってかわって、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」では
民主主義と市場経済を人類の終点としていますが、ユートピアとは
違い、今ここにある社会ですね。
でも、「終点」もなにか嫌な言葉です。
逆に「終末思想」をもたない宗教・思想の社会を検証すればいいのでしょうか。
37世界@名無史さん:03/03/18 05:30
     ∧_∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ( ´∀`)/<先生!こんなのがありました!
 _ / /   /   \___________
\⊂ノ ̄ ̄ ̄ ̄\
 ||\        \
 ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
 ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
http://saitama.gasuki.com/aomori/
38世界@名無史さん:03/03/18 21:57
ん? 終末って、文字通り世界の終わりだろ。ユートピア思想とは別だろうに。

ユートピア思想の考えでは、理想をめざした努力すれば、努力の先に描いた
理想社会がくる。そのとき自分は死んでいるかもしれないが、努力と実現の間
の関係が当人にとって慰めになる。

宗教的な終末論では、人間が善行をしてもすべて無に帰してしまうことが予定
されている。努力と楽園の関係が、切れている。善行は楽園入りのパスポート
入手手続きで、善行自体は気休めにすぎないことが保証されている。
39世界@名無史さん:03/03/19 04:10
こんにちは。質問させてください。
ソクラテスが生きていた時代の古代ギリシャに、以下の三つはあったでしょうか?
1貨幣制度
2奴隷制度
3学校

もし良いスレがありましたら、ぜひとも誘導を願います。
また、これらのことを知るための良い資料、良いHPなどがありましたら
ぜひともリンクをお願いします。ではよろしくお願いいたします。
40世界@名無史さん:03/03/19 06:07
>>38
それは現世的、かつ唯物的に捉えすぎだろうw
41世界@名無史さん:03/03/19 06:55
>>39
検索しても分からなかったの? 宿題?
42世界@名無史さん:03/03/19 07:04
>>39
ソクラテスの時代なんだな?
1:あった
2:あった
3:一応あった
以上。
43例の170:03/03/20 00:35
>>34
というより、むしろ世界中のほとんどの神話は終末思想を持っているぞなもし。
インド神話なんかモロだっぺ。
その後完全に「完結」する(スタートに戻ったり、新しい始まりがない)というならば確かにユダヤ・キリスト教は特別であります。
しかしその違いがどれほど人々の意識に影響を与えたかは疑問だべよ。
歴史・人類が進歩を続けるという世界観の「進歩主義」の方が世界に与えた影響は大きいと思われ。
「進歩主義」を生み出したことは確かにユダヤ・キリスト教の影響といえるかもしれないと言ってみるテスト。

むむ、一応マジレスですぞ。
44世界@名無史さん:03/03/20 01:33
新しい農業史について、調べています。
ご教示お願いいたします。
45例の170:03/03/20 01:48
>>44
なんのこっちゃ?
で、まずはどういうのが「古い」農業史で、「新しい」ってのは?
46世界@名無史さん:03/03/20 20:53
質問です。
人種差別時代の米国では、「White Only」(白人専用)と書かれた施設・設備
(バスとかトイレとか)に黒人が入り込むとボコボコにされていたというのは、
よく知られている話です。
では、逆に、「Black Only」とか「Colored」の場所に白人が入り込むことは
可能だったのでしょうか? また、可能だったとすれば、それは日常
よくあることだったのでしょうか?
47世界@名無史さん:03/03/20 21:23
>>46
可能だけど、君が挙げた状況の黒白が入れ替わるだけ。
有色人種が専門で使う施設や店にはマトモな白人は入らない。
そもそも、アメリカでは黒人と白人の生活に殆どプライベートな接点はない。
個人レベルでの例外はあるが、多くの白人は黒人に近づこうともしない。

つ〜か、そもそもスレ違いだろうがw
4847:03/03/20 21:24
ああ、時代が限定されてたな、誤読スマソ。
49例の170:03/03/20 21:46
中世インド(アレクサンドロス以後〜ヴァスコ・ダ・ガマ以前)や、スペイン進出以前の時代の東南アジアの社会体制を学ぶのにいい本ってありませんか?
軍事史や経済史についてであればサイコー
50例の170:03/03/20 21:50
>>44
う〜ん、漏れもいろいろ考えて自分なりに解釈してみたけど、こういう本はどう?
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/2/0268420.html
ていうか、ちょっと言い方キツすぎたかなって反省してる。スマソ
51世界@名無史さん:03/03/20 23:51
>46
ちょっとずれるけど。
奴隷貿易が盛んだったころのイギリスで描かれた裸婦画があるのね。
これ、とある貴族の夫人を描いているんだけど、脇に黒人の召使がかしずいている。
でも、この婦人はまったく気にも留めていない様子なんだな。

なにが言いたいのかというと、つまり、黒人差別が当然のように受け入れられている社会では、
黒人は人間とすらみなされていなかったのな。野良犬野良猫とおんなじ感覚。
だから、「マトモ」な人間であれば、黒人のいるところになんか近づかないし、
たまたま目の前にいたとしてもまったく人間としては意識してない。

このへん、俺ら日本人には理解できない感覚だよなぁ。
こんにちは。
質問させていただきたいのですが
最近「アメリカの帝国化」とか「帝国主義的ー」
などの言葉を良く見聞きするんですが
この「帝国」というのがイメージでしか理解出来ません。
「帝国」といのはどういう状態(?)なんでしょうか?
また言葉のイメージでこちらに質問してしまいましたが
板やスレ違いなら申し訳ないです。
どなたか教えていただけないでしょうか。よろしくおねがいします。
53世界@名無史さん:03/03/21 20:11
ネジやボルトって誰が発明したんですか?
すごい発明だと思うんですが。
54こうき ◆ZAU9ykhVbY :03/03/21 20:17
すいません。
お教えください。
他の板で話題になったのですが朝鮮半島を征服したモンゴルの王様は誰が正しいのでしょうか?
ジンギスカンなのかクビライカーンなのかフビライハンなのか。
スレの仲間達全員で考えましたが結局わかりませんでした。
おねがいします。
55世界@名無史さん:03/03/21 20:33
モンゴル帝国第五代皇帝フビライ=ハンです。
フビライは国号を中国風に元と改めたので、世祖とも言います。
クビライカーンというのは発音が違うだけで同じ人のことです。
ジンギスカン(チンギス=ハン)はフビライの祖父にあたります。
56世界@名無史さん:03/03/21 20:33
フビライ。
フビライとクビライは単なる発音違い。漢字では忽必烈。
カン、ハンは漢字では汗と書いて、モンゴルなどで支配者の称号。
57世界@名無史さん:03/03/21 20:39
リア厨しかいないスレってのも(略
58こうき ◆ZAU9ykhVbY :03/03/21 20:40
よくわかりました。
どうもありがとうございました。
59世界@名無史さん:03/03/21 22:48
>>54
朝鮮半島を「征服した」のが何年になるのかワカランのだが・・・

モンゴルが朝鮮半島に攻め込んだのは1231年(オゴタイ=ハン)
高麗がモンゴルに降伏して属国となったのは1259年(モンケ=ハン)
三別抄の反乱が鎮圧されたのは1273年(フビライ=ハン)
60例の170:03/03/21 22:59
>>52
漏れ的「帝国」の解釈。
周辺の領土、もしくは国を屈従させ、そこから搾取する。
そして果てしなき拡大志向。
自分をピラミッドの頂点に置き、他国をピラミッドの下辺におこうとする国。

これでいいかな?

それと、sageたい質問はこっちの方がいいかもしれないと思われ。

http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1040693271/l50
「中・高生用質問スレ Part4 」

なんかしらんがこっちに人来ないんよ。
せっかくageたのに・・・。
61世界@名無史さん:03/03/21 23:03
何で今のアラビアを「サウジアラビア」というのでしょうか?
「サウド朝アラビア王国」とはいわないのでしょうか?
62パシッチ ◆mWYugocC.c :03/03/21 23:26
>>61
私の持ってる本には「サウーディー王朝」って書いているのもありますけど、一般にはサウディ・アラビア"Saudi Arabia"ですね。
察するにそう自称しているのではないかと。

>>52
本来的には、「帝国主義」といえば19世紀の、植民地と政治・経済的に強く結びついて収奪する形態をいいます。
単に収奪ではなく、相互依存である(宗主国だって植民地がないとやっていけない体制になっている)という指摘もありますがまあ、それは別の話。
アメリカを「帝国主義的」という場合には、>>60さんの指摘の通り、他国を政治・経済的に従属下に置くということを指してるんだと思います。
あんまりいい意味で使ってないでしょうね。
63世界@名無史さん:03/03/22 06:49
まあしかし、最近流行の「帝国」論議はかつての帝国主義をイメージする帝国だけでは無くなって来た訳だが。
64世界@名無史さん :03/03/22 10:12
イラクのどの辺に歴史遺産がありますか?
6552:03/03/22 10:45
>>60 >>62
わかりやすく回答いただきました。
どうもありがとうございました。

>>63
そうみたいですね。ただどこがどう違うかはこれまた
雰囲気でしか理解していないんですが。
レスどうもありがとうございました。
66とてた:03/03/22 11:46
>>64
ど、どの辺って…。
これからの主戦場とみなされるユーフラテス川沿いに、メソポタミアの古代都市遺跡があちこちに…。
バグダッドだって、古都ですし。

そういや、前の湾岸戦争でも被害を受けてました(…遺跡の傍に基地があったり)。
67世界@名無史さん:03/03/22 11:55
バグダード
アッバース朝の都。ティグリス川中流左岸に造営された円形の都市。
イスラム世界の政治・経済・文化の中心として繁栄し、
最盛時には人口150万に達したとされる。

山川の用語集より。
68世界@名無史さん:03/03/22 14:20
今ある建物だって1000年後に残っていれば遺跡です。
69世界@名無史さん:03/03/22 16:05
誰か歴史能力検定受けたことある人いる?  B級くらいを目指したいんだけど難しいのかな?
70世界@名無史さん :03/03/22 16:25
メソポタミア歴史地図
>http://www.historylink101.com/ancient_mesopotamia/ancient_mesopotamia_maps.htm
現代の国境との関係は?
71世界@名無史さん:03/03/22 16:35
>>68
何百年、何千年経っていても現役の建物は遺跡ではありません。
たとえば法隆寺。現役の仏教寺院であって、遺跡とは言いません。
72世界@名無史さん:03/03/23 10:22
>>60
>>それと、sageたい質問はこっちの方がいいかもしれないと思われ。
>>ttp://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1040693271/l50
>>「中・高生用質問スレ Part4 」

中高校スレは常時アゲだから、サゲたい質問は駄目よ。
質問の回答ではないのでsage
73世界@名無史さん:03/03/23 14:49
別の所で質問したんですが答えがなかったのでこちらで質問させてください。

フランスの騎士の平騎士と軍旗持ち騎士の違いについて御教授下さい。
74世界@名無史さん:03/03/23 15:36
あの、ある中国史の漫画で
A「孫の子はなんといいますか?」
B「ひ孫だろ」
A「じゃあひ孫のひ孫は何と言いますか?」
B「ん?わからん」
A「そんな名前もわからない人に遺産を残す人がいますか」
これって誰の話でしたっけ?
75世界@名無史さん:03/03/23 17:29
>>74
孟嘗君
76今日勉強したこと:03/03/23 20:43
500万年前に、人類が出現。

40万年前に、古代型ホモ・ホモサピエンスが出現。

10万年前に、現代型ホモ・ホモサピエンスが出現。
77山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/03/23 20:46
>69
2級までなら一夜漬けでなんとかなります。少なくとも私の場合は。
>74
「史記」をお読み下さい。
78     ↑    :03/03/23 20:48

ということは、あと20万年前に、未来型ホモ・ホモサピエンスが出現。
となるのであろうか?
79     ↑    :03/03/23 20:59
ということは、あと20万年後に、未来型ホモ・ホモサピエンスが出現。
となるのであろうか?


80世界@名無史さん:03/03/23 22:27
科学に関する教育がおろそかにされているという事がしみじみと分かりました。
81世界@名無史さん:03/03/23 23:38
>>73
「軍旗持ち騎士」というのは多分バナレット騎士と言われたりするヤシだと思います。

「>フランスの」という質問の趣旨からずれるかもしれんが、
イギリスの資料しか手元にないので、参考までに、ということで。

1.平騎士〜バナレット騎士の区別は、13世紀ぐらいから登場したらしい。
2.バナレット騎士は10〜20騎ほどの平騎士の指揮権を持つ。
3.バナレット騎士は平騎士に比べてスクワイヤ(従士)・サージェント(補助兵)を多めに持てる特権がある。
4.バナレット騎士は(俸給を貰っている場合には)、平騎士の2倍ほどのサラリーをもらえる。
5.バナレット騎士は長方形の旗を掲げることができる。(平騎士は三角旗。)
6.平騎士〜バナレット騎士の区別は基本的に編成上のそれであり、身分的・血統的な区別を反映していない。
 したがって身分の低いものでも努力次第でバナレット騎士になることは可能であり、
 また逆に貴族と言えども自動的にバナレット騎士に成りうるわけではなかった。
7.バナレット騎士は、中世騎馬戦術の衰退と共に編成上の意義を失うが、
 一方で、「ナイトの中でちょっと格上の存在」を示す身分的なものに変質し、
 その呼称は17世紀中葉の内乱期まで残存する。
8273:03/03/23 23:48
>>81
回答ありがとうございます。
ついでにもうひとつお願いします。

国王も騎士であったりするという事を聞いた事があるんですが、
と言う事は公爵とかの爵位と、騎士というのはまったく別のラインの制度なのでしょうか?
83世界@名無史さん:03/03/24 00:38
>>82
難しい・・・

「貴族」「騎士」の概念がどの程度重なるか、という問題だと思うけど、
起源は明らかに別々と思われます。
ただ時代が下るに連れてこの2つの概念は部分的に融合するのも確かだし。

図式的に言うと
1.10〜11世紀
 「貴族=高貴な血統の持ち主 / 騎士=騎乗の戦士を指す語」
 ※この段階では多くの「高貴ならざる人物」が騎士に含まれる。
  (例:ドイツのミニステリアーレン=非自由身分の家人層)
2.盛期中世
 「貴族=騎士の融合」
3.後期中世〜近世初期
 「貴族の閉鎖化・階層化→下級貴族としての騎士身分の成立」
という感じだと思うけど。

藤原書店のA・ジェラール「ヨーロッパ中世社会事典」を参照するといいかと思います。 
84世界@名無史さん:03/03/24 03:44
19世紀〜20世紀くらいのオランダの歴史を取り扱ったホームページとか無いですか?
85世界@名無史さん:03/03/24 09:02
>84
>http://www.geerts.com/holland-history.htm

Holland とLowlandsの違い。
New Zeeland とZeelandの意味
86世界@名無史さん:03/03/24 21:51
世界史板の人たちが見るイラク攻撃、みたいな板って存在しないですか?
イラク板行ってもあんま意味のある議論がなかったです。
この板の住人がどんな議論をしているのかとても気になるです。
87世界@名無史さん:03/03/24 22:15
>86
意味のある議論をしてるかどうかはともかく、
それっぽいスレはいくつかあるよ。
タイトル見りゃわかると思うので、自分で探してみ。
88世界@名無史さん:03/03/25 11:07
貨幣の歴史について詳しく紹介してるサイトとかないですかね?
89世界@名無史さん:03/03/25 11:28
この領域は切手収集と同じに古いコインを骨董価値として
売買している市場があってそのサイトが山のようにありますが
検索してもそれにあたってしまいますね。
90世界@名無史さん:03/03/25 12:50
質問です。ヨーロッパでは昔はラテン語で学問をするのが当然であった
と聞きますが、ラテン語と現代のイタリア語ってのは、相当違う言語
なのでしょうか。

スレ違いだったらごめんなさい。
91世界@名無史さん:03/03/25 12:59
米国の政治史に詳しい方教えてください。

現在の共和党は南部の保守地盤を中心に白人優位を志向するWASP
層を中心的な支持基盤にしていますが、共和党の創始者であるエイブ
ラハム・リンカーンは黒人奴隷制度の廃止を掲げる理想主義的人物
のように思われます。

一方南北戦争でリンカーンと戦って独立を図った南部地盤
の(現在でいう)民主党勢力は奴隷制度を維持しようしましたね。

そういう歴史をもつ両政党が、今では民主党(=マイノリティを支
持基盤とするリベラル政党)、共和党(=白人中心、男性優位の
保守層)に変化したのはかなりの驚きなのですが、この経緯
についてご存知の方教えていただけないでしょうか。

参考になるサイトのリンク等でも結構です。
92世界@名無史さん:03/03/25 13:03
>>90
イタリア語はラテン語の妹、フランス語・スペイン語などはラテン語の娘。くらいかね。
ラテン語からの派生言語なので文法など似た部分も多いが、はるかに易化している。
借用語程度しか共通項のない英語などよりははるかにラテン語に近いが。

激しくスレ違いどころか板違い。逝って良し。オレモナー。
93アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo :03/03/25 13:15
>>90>>92
スレ違いでも板違いもないと思いますが。

近世までラテン語がヨーロッパ共通語で、大学の授業もラテン語でやってたし、
ラテン語さえできればヨーロッパ中旅が出来た。困った時は坊さんに頼めば
通訳してくれました。
もっとも、中世イタリアの坊さんはあまりラテン語を勉強しなかったらしい。
それだけイタリア語がラテン語に近かったってことですか。
94世界@名無史さん:03/03/25 15:05
>>91
リンカーンは理想主義者ではありません。かなりのリアリストです。
そもそもリンカーンと共和党は奴隷制の「廃止」については反対の立場でした
(奴隷州の拡大等、様々な点で南部・民主党と対立はしていたのだが)
リンカーンが奴隷制廃止に踏み切ったのは南北戦争開始後のことです。
その目的の一つは、もともとは経済的な利害の対立から独立を画策した
南部に対して、「奴隷解放の聖戦」という大義名分を掲げることにあったといいます。

フェデラリストとリパブリカンの対立からはじまる合衆国二大政党の
政策転換の歴史については、かなり長い話になりますので、
サミュエル・モリソンの「アメリカの歴史」などを読まれるのがよいでしょう。
95かなり短い話にしてみた:03/03/25 15:25
共和党=北部
民主党=南部

ニューディールまで
 北部の支配層=産業資本家=共和党支持
 南部の支配層=大農園主=民主党支持
 被支配層=いろいろ事情があって影響力が小さい
  *黒人=共和党支持(妨害されて投票権を持てない)

ニューディール後の変化
 産業労働者=民主党支持

公民権運動後の変化
 黒人=民主党支持
96世界@名無史さん:03/03/25 16:00
>91
レーガン・デモクラットと言ってレーガン政権の時、北部民主党のリベラリズムに馴染まない南部民主党員が大量に共和党に鞍替えした。
そもそもレーガン自身、民主党から共和党に移った人だし。
今では南部=民主党という構図は崩壊している。
2000年の大統領選挙では、北部が概ねゴア支持、南部が概ねブッシュ支持になり、二大政党の地域支持基盤は完全に逆転した。
97世界@名無史さん:03/03/25 17:35
>>93
質問自体は語学に関することだから、外国語板あたりでしょ。
そっちの人のほうが詳しいだろうし。粘着でスマソ。
98世界@名無史さん:03/03/25 20:11
「王昭君の悲劇」ですけど、王昭君が自分の境遇を哀れんでいたという匈奴時代の資料はあるのでしょうか?
のちの人々が、
「ああ、絶世の美女なのに蛮族の領域に送られてしまった。きっと悲しんでいるだろう、悲しんでいるべきだ、悲しんでいるに違いない、悲しんでいる」
と中華思想からくる匈奴への偏見で創ったお話だったりしませんか?
99世界@名無史さん:03/03/25 20:30
嫁いだ先の単于に寵愛されてそれなりに幸せな一生を送った、
という話を聞いたことがあるけど、これは何がソースなんだろ。

辺境の国といえど国母ともなればそれなりの地位だしねぇ。
100世界@名無史さん:03/03/25 20:34
後漢書南匈奴伝かと。
『昭君入宮数歳、不得見御、積悲怨。乃請掖庭令求行』
101世界@名無史さん:03/03/26 02:50
>100 わかりませーん
102世界@名無史さん:03/03/26 04:56
質問です。
世界には数多の城が存在すると思いますが、その中でもとびぬけて無敵(なんだそれ)な城ってどの城ですか?
つまり、難攻不落とか攻略不可能とか、そういった意味での「無敵」です。
そんな城がないとすれば、いったいどの城がもっとも戦争や略奪に強かったのですか?
一例を挙げていただけるだけでも嬉しいです。

当方、世界史に詳しくないもんで・・・。かなり意味不明な質問かと存じますが、どうかこの質問に答えていただけると嬉しいです。
10391:03/03/26 07:02
>94-96
ありがとうございました。
民主党の地盤が南部から北部に移動したのは、結構最近のことなんですね。
書籍等にもあたってみまーす。
104世界@名無史さん:03/03/26 07:43
ビザンティン帝国=東ローマ帝国
ランゴバルド=ロンバルド

で、合ってるのでしょうか?
105世界@名無史さん:03/03/26 09:29
>>102
確かによくワカラン。
あまり単純に考えないほうが良いと思われ。
絶対とか無敵なんてのは厨が好きそうな話だし(w
単に攻略が難しいってだけならそこらの山城でも良いわけだろうか。
大軍に長期間包囲されれば、落ちない城なんて皆無だろうし。
あのコンスタンティノープルですら数度陥落してるしなぁ…。
援軍のおかげで陥落を免れたのは強いといえるのかどうか?
106世界@名無史さん:03/03/26 09:40
>>100 >>101
昭君、宮に入ること数歳、御に見えるを得ず、悲怨を積む。乃ち掖庭の令に請ひて行くを求む。
107世界@名無史さん:03/03/26 10:50
貨幣の歴史に関する本
「貨幣システムの世界史」岩波歴史業書
>http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/4/0268410.html
108パシッチ ◆mWYugocC.c :03/03/26 10:58
>>104
>ビザンティン帝国=東ローマ帝国
おおむね正しいです。
ただし、ビザンティン帝国というのは東ローマの後期を指します。
東ローマ帝国はどんどん「ローマ帝国」じゃなくなっていくからです。
ローマを持っていないし、主に使用するのはラテン語ではなくギリシア語、と。

>ランゴバルド=ロンバルド
は合ってます。本来はランゴバルド族(長ひげの部族)と呼ばれたのが、イタリアで勘違いされてロンバルトと呼ばれたのだとか。
109K ◆IApAHNvIKg :03/03/26 14:18
世界史の考古学分野で写真・解説などがいろいろ詳しく
載っている資料集でなにかおすすめのものはありませんか?
貧乏学生なんであんまり高くないのでお願いします。
110世界@名無史さん:03/03/26 14:25
>109
考古学 写真で検索するといろいろあります。
図書館の使い方を覚えればタダです。
司書の人に相談しましょう。
111世界@名無史さん:03/03/26 14:40
ハコか何かに入ったまま一生を過ごした、
ローマかギリシャの賢人の名前が分かりません。
どなたかお願いします。
112パシッチ ◆mWYugocC.c :03/03/26 14:51
113102:03/03/26 15:02
>>105
いやぁ、我ながら厨な質問でしたね。でも答えてくださってありがとうございます。
最強とか無敵とか表現すると少し御幣があるかもしれない、でも歴史上鉄壁の守りをみせたとされる城にどんなものがあるか、
その一例を知りたかったのですが・・・。
簡単なことじゃないですよね。
114102:03/03/26 15:03
すいません、御幣じゃなくて語弊でした(w
115世界@名無史さん:03/03/26 15:10
>>113
有名どころではやっぱりコンスタンティノープルになるだろ。
116111:03/03/26 15:35
>>112
そいつです!ハコじゃなくて樽でしたね。
おかげさまで大爆笑できました。ありがとうございます。
117世界@名無史さん:03/03/26 16:16
お願いします。
第二次世界大戦の枢軸国が9ヶ国とありますが、どことどこでしょう?
ユーゴとか入るのでしょうか。タイは自分では日本の強制だから違うと主張してます。
118世界@名無史さん:03/03/26 16:22
日本、ドイツ、イタリア、ハンガリー、フィンランド、ルーマニア、ブルガリア
満州国 タイ
119世界@名無史さん:03/03/26 16:27
クロアチアは親ナチ、セルビアは反ナチ
120117:03/03/26 16:30
満州国も入るのですか?
国家認定されてなかった気がしますが。
121世界@名無史さん:03/03/26 16:30
>>117
タイについては日本の同盟国という立場もありますが
自由タイという組織もあり抗日活動を行っていました。
自由タイには王族・政府高官も絡んでいたとされているようです。

122世界@名無史さん:03/03/26 16:34
ヴィシー政権のフランスは?
123世界@名無史さん:03/03/26 16:36
「全部読む」を押しても表示されないスレッドがあるんだけど、自分だけ?
124世界@名無史さん:03/03/26 18:17
>>102
大坂城。
三国無双と評された天下の名城でした。
今あるあの大阪城とは全然別です。
125世界@名無史さん:03/03/26 21:48
フランスはドイツ方面には粘着に進出しているのに、スペイン方面には
あまり手を出さないのは何でですか? 仲悪いですよね、両国とも。
126世界@名無史さん:03/03/26 22:08
>>124
小田原城を忘れては困る
難攻不落とうたわれ、数ヶ月の篭城に耐えうる糧秣の備蓄と構造をしていた

結局は秀吉の大軍の前に戦わずして落ちたわけだが・・・
まあ、目の前にいきなりでかい城を建造されれば戦意を失うのも仕方ないか
127早良親王:03/03/26 22:17
北一輝なんかは軍人でもないのに裁かれてるのに、
なぜ、石原莞爾は戦犯として裁かれなかったのでしょうか?

当時の戦勝国の認識では満州事変や満州国建国は
侵略ではなかったのでしょうか?
128世界@名無史さん:03/03/26 22:21
>102
まあ、誰が最強、なにが一番なんて話は、いいとこ厨の妄想かおっさんの酒呑み話くらいの
価値しかないから、あまりしないほうがいいと思われ。

しかしそういうのが歴史だと勘違いしている香具師が多い、
というか日本の「歴史学者」ってそんな本しか書かない香具師が多すぎ。
129世界@名無史さん:03/03/26 22:22
>125
間にピレネー山脈があるから。
130世界@名無史さん:03/03/26 22:28
トゥール−ポワティエ間で勢力圏確定したまんまだもんな、いまだに
131世界@名無史さん:03/03/26 23:12
>>106 ありがとう。本人が志願して行ったということですね。
132世界@名無史さん:03/03/27 00:19
>>125
漏れもピレネーがあったから、に同意。

伝統的にフランス王権が熱心に国境線の拡張をはかったのは
北〜フランドル方面と、東〜ライン中流域方面。
いくつかの河川を除けばほとんど障害がないから首都パリ直撃の危険が大。

それでヴァロア朝後期ぐらいから、東方だと、
マルヌ川→ムーズ川→モーゼル川→ライン川
と(本人たちにしてみれば)必死で防衛ラインを外へ外へと広げていった。

ただスペイン方面への進出が0だったわけではない。
カロリング朝から13世紀ごろまで、名目的にではあれスペイン辺境伯領はフランスの宗主権下にあったし、
ブルボン朝も何度かカタルーニャへの進出を消極的ながら試みている。
133世界@名無史さん:03/03/27 00:39
スペイン継承戦争は?
134世界@名無史さん:03/03/27 01:33
>>127
舞鶴にとばされてたから
135パシッチ ◆mWYugocC.c :03/03/27 02:40
>>132
中世初期のラングドックは、フランスよりもむしろアラゴンとの関係が深かったとか。
この地方をさすがに「フランス化したスペイン」と呼ぶ気はありませんが、初期にはフランス王権は南への勢力拡大も行っていたということができるかと。
136世界@名無史さん:03/03/27 08:05
>>125
地理的にはピレネーが要因だろうが…
フランスはもともとドイツだった。フランクだからね。
で、ドイツは俺んちのものという意識が刷り込まれたのでは。
137106:03/03/27 10:39
>>131
もしかすると、誤解が・・・
「行く」は「御」と呼ばれる人が歩き回る場合も使うので(「行幸」など)
この場合は「御」が昭君のところへ夜伽に渡る意味で「行く」と表現した可能性有り。
138世界@名無史さん:03/03/27 16:07
帝王は愛妾や臣下から来てくれと言われてのこのこ行くことはあり得ない。
沽券に関わる。
あくまで帝王の自らの意志で夜伽の相手を選び、愛妾のもとへ行くのである。
139世界@名無しさん:03/03/27 16:16
>137>138
あとは漢文すれでやってくれ。
140世界@名無史さん:03/03/27 17:11
>>139 すれすれだね。
141早良親王:03/03/27 20:42
>>134
極東軍事裁判では@平和に対する罪A人道に対する罪という罪状で
戦犯を裁いたかと思いますが、平和に対する罪=侵略ってことですよね?

満州事変が侵略だと戦勝国が認識していたならば、
満州事変を計画し実行した張本人が戦犯にならないのはおかしいのではないか
という質問なんですけど、

>舞鶴にとばされてたから

なら、たとえ侵略を計画実行したとしても、
その後左遷されちゃえば罪はご破算になるってことなんですか?
142世界@名無しさん:03/03/27 22:28
>134
その問題は私も以前に疑問におもったのですが、極東軍事裁判が
太平洋戦争、日中戦争を扱うとした場合、盧溝橋から始まると
すると、満州事変は入らないのかと思いました。
143世界@名無史さん:03/03/27 22:42
[被告の選定]  
国際検察局は,マッカーサーの戦犯逮捕令ののち独自に7名の逮捕指令
を発し,被告選定作業にあたった。
被告選定の準備として,当初,〈A.1930〜36年1月〉〈B.1936年2月〜39年7月〉
〈C.1939年8月〜42年1月〉〈D. 財閥〉〈E. 膨張主義的超国家主義団体〉
〈F. 陸軍軍閥〉〈G. 官僚閥〉の7作業グループによって,戦犯容疑者の分類,
尋問,事実調査がなされた。主要な作業グループは A〜C で,
〈平和に対する罪〉を主眼点に被告の選定がなされたのである。

1930年から被告の選定が行われてますね。満州事変は1931年ですから入ります。
裁判では、それ以前の張作霖爆殺なども暴露されています。

石原の免責は以下の理由でしょう。
37年蘆溝橋事件がおきると,この構想実現のために戦闘不拡大を主張
し,参謀本部作戦部長から関東軍参謀副長に左遷された。
ここでも満州国のあり方をめぐって孤立し,翌38年舞鶴要塞司令官と
なる。この間,西安事件などを契機に中国民族運動に着目し,日中提携
による和平の方策として東亜連盟論を唱え,41年,第16師団長(中将)
で予備役になった後は,東亜連盟運動の指導に専念した。
144134:03/03/27 23:36
>>141
舞鶴に左遷されるまでのプロセスが重要なわけで・・・
>>143氏がすでに書かれているけど)

何せ、考え方が独特だしね。
満州事変を起こしておきながら、日中戦争には反対するし、
東条英機と激しく対立するし・・・・

「石原莞爾・世界最終戦論」あたりで検索すれば
石原莞爾の思想については検索できるかと。
145世界@名無史さん:03/03/28 17:57
とあるハプスブルク本に
ローマ人のドイツ王、ドイツ人のローマ王、そしてただのドイツ王と
三つの称号が出てきたんですが違いがよくわかりません。
誰か解説おねがいします。
146世界@名無史さん:03/03/28 21:36
以前、名前の意味や由来などを教えてくれるスレがあったと思うんですが、何処へいったんでしょうか。
147世界@名無史さん:03/03/28 21:55
>146
dat落ちしました。
白人の名前について
http://academy.2ch.net/whis/kako/995/995725135.html
【ジョン】 人名の歴史 II 【イヴァン】
http://academy.2ch.net/whis/kako/1027/10277/1027709628.html
148世界@名無史さん:03/03/29 00:16
李成民の兄たちって
李成民が自分の簒奪を正当化するために
必要以上にアホ扱いしたんだろ?

そうとしか思えない
149呉大腸:03/03/29 00:48
既出かも知れんが、
諸葛亮を一般的に諸葛孔明と呼ぶのは変ではないかの?
関羽をわざわざ関雲長とは言わんじゃろ?
150世界@名無史さん:03/03/29 00:55
>>149
関雲長とか劉玄徳とか普通に使うよ。むしろ日本でよく使う関羽雲長のように
姓名と字を続けて呼ぶほうがおかしい。
151世界@名無史さん:03/03/29 00:59
>>149
あっちにも言霊思想があるから、
関羽なんてフルネームで呼んだらぶっ殺されますよ。
関雲長ならセーフ。
152世界@名無史さん:03/03/29 01:09
>>141
僕は単純に、石原が東条と徹底的に反目してた点が大きいと思います。
共産党員を重用したことしかり、GHQは戦前に体制を批判してた勢力や
人物を利用して、日本の国民意識を改造したかったんじゃないかな。
それに体勢側なら、戦争に否定的だった人物にもなんだかんだ難癖つけて
戦犯にしてましたし。
153お花見日和:03/03/29 09:33
☆★☆★☆★☆★☆★☆ WORLD PEACE NOW 4.5! ☆★☆★☆★☆★☆★☆

************4月5日(土曜日)************
◇ピースラリー(集会):11時〜12時 
◇ピースパレード出発:13時
◇場所:代々木公園けやき並木
◇パレードコース:渋谷〜表参道〜代々木(予定)
◇交通:JR原宿駅下車徒歩/
営団千代田線明治神宮前駅下車徒歩/営団千代田線代々木公園駅下車徒歩

フセインの恐怖政治支配も認めない! ブッシュの戦争も認めない!
いわゆる“右”の人も、いわゆる“左”の人も、仏教徒もキリスト教徒も
イスラムも、創価学会員も、ヲタクもヒッキーも! この事態をまじめに
考えましょう。2ちゃんねらー(モナー!見たぞ!)も、3月21日のパレードに
多数参加してるのを目撃しますた。なお“妄想厨”は、右翼・左翼の別を
問わず存在しております。やれ、糞サヨだの糞ウヨだのと、ウダウダ掲示板で
ほざくだけで行動力ゼロの奴らよりはなんぼかまし。一番下の“おまけ”
でも開けて少しは悩んでみそ。

http://www.worldpeacenow.jp/

 ■◇■なおパレード中の喫煙はご遠慮ください■◇■

↓ブッシュ大統領の所属教会も戦争に反対!!
http://www.asahi.com/international/update/0327/013.html
↓『ブッシュ妄言録』こんなお馬鹿に世界が振り回されて……。
http://www.fugafuga.com/kenkyu/index.html
↓も一つおまけ
http://www.brain-jack.com/sign/0210_sign.html
154世界@名無しさん:03/03/29 10:46
>153
くだらんことで乱入するな。
ピースと付くのは全部いかがわしい。
155島田新六 ◆89LYwifxfU :03/03/29 15:23
>149-151

姓名字を続けてよんではいけない、という大澤良貴と田中芳樹の説は根拠に乏しいんだよ。
『文選』・『三国志注』・『韓昌黎集』など、姓名字を連続して読んでいる史料は多数有るんだよね。
だから、諸葛亮孔明という言い方は必ずしも誤りではない。
あと、言霊云々は日本だけの概念。他人の言ったことを鵜呑みにしないように。
156146:03/03/29 21:54
>>147 ありがとうございます。もう無いのは残念ですが、楽しみに読んできます。
157アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo :03/03/29 22:15
>>155
民俗学をちょっとやると「何々云々はどこそこだけの概念」という説は皆怪しく
聞こえるんですが。言葉に出すのを畏れるのは、どこにもありますし。
「森鴎外」とも「森林太郎」ともいうけど、「森林太郎鴎外」とはいいませんね。

158MPLS:03/03/29 22:17
カッパドキアとモヘンジョダロとシナイ半島に核は落ちたんですか?
159MPLS:03/03/29 22:18
カッパドキアとモヘンジョダロとシナイ半島に核は落ちたんですか??
160世界@名無史さん:03/03/29 22:31
>>155
まぁ言霊云々はどうだか知らんが
諱(いみな)というように名は避けられていたし
明らかに上位の者しか名で相手を呼ばないことも確か。
161 :03/03/29 22:41
イスラエル人は
パレスチナの名前は反対から読めばナチスになるから
嫌がってるてきいたけど
本当ですか?
162アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo :03/03/29 22:48
>>160
泥棒の親分のトウセキ(変換できません)が孔子をつかまえて「丘よ」と
呼びつけるのは明らかに蔑称です。
「論語」のどこかにあります。
163世界@名無史さん:03/03/29 22:49
>161
あからさまに日本人しか考えつかないデマです。
164世界@名無史さん:03/03/29 22:50
palestina←anitselap
165早良親王:03/03/30 19:18
>>142-144
>>152
ご丁寧な回答有難うございます。
結局のところ、敵の敵は味方ということなんでしょうか?
しかし、石原の思想から行けば戦犯として裁かれた人たちよりも
米英ソにとって危険な思想だと思うんですが?
アメリカとの戦争に反対したのも時期尚早ということだし、
日中戦争に反対したのも真の敵は米英ソだからという事ですよね?
体制側にいなかったからとか、
東條と反目してたことが本当に免責の理由になるんでしょうか?
減刑になったのならともかく、まったくのお咎めなしというのが不思議なんですが。
日本が二度と欧米に歯向かわないようにするためには軍・財閥を解体するとともに
石原を抹殺する必要はなかったのでしょうか(北は処刑されましたよね)?
確か彼は弁護人として出廷して自分こそ戦犯として裁くべきだというようなことを
言ってますよね?
彼を戦犯として裁くことが連合国にとって何か不都合なことでもあったのでしょうか?
166あやめ:03/03/30 20:19
>>162
論語には無いんじゃなかしら
「莊子」の「盗跖」篇に孔子が盗跖を説諭に行ってあべこべにやり込められる
話が載ってますが、そこで盗跖は孔子さまに向かって「丘よ來たり前すめ」
とか言ってます
167世界@名無史さん:03/03/30 20:20
168世界@名無史さん:03/03/30 20:21
1691200:03/03/30 20:23
http://www.bunbun.ne.jp/~tk0608/
入手しました!!
未放送!エイココイケはみでてるって!
170(* ̄3 ̄)y─┛ ◆fRIhcbml0I :03/03/30 20:26
171世界@名無史さん:03/03/30 22:55
あの、板違いかもしれませんが
パレスチナ問題や宗教問題を説明しているHPを探してます。
前に、旧約聖書を元にしてるのがユダヤ教・新約聖書がイスラム教みたいなことを説明していて
パレスチナ問題を1ページで説明している分かりやすいHPを見ました。
ご存じないでしょうか?
172世界@名無史さん:03/03/30 23:02
>>171
>前に、旧約聖書を元にしてるのがユダヤ教・新約聖書がイスラム教みたいなことを説明していて

もし本当にそんなことが書いてあったのだとしたら
そんなHPは信用してはいけません。
他のところを探しましょう。
173世界@名無史さん:03/03/30 23:04
>172
禿同。

まあしかしあれだな、直接関係はない話だが、
わかりやすい説明こそ警戒したほうがいいのかもな。
174世界@名無史さん:03/03/31 00:08
コモドゥスはなんでマルクスを殺したの?
175世界@名無史さん:03/03/31 01:03
板違いだったらすみません
聖ロックがルネサンス初期、イタリアとフランスどっちでより
もてはやされていたのか?を知りたいのですが
本も何も見つけられません。
聖ロックに詳しい方誰かいたらお願いします。
176例の170:03/03/31 01:17
>>88
こんなんあったよん。

古代ローマ
http://www.augustus.to/
ローマonlyの貨幣中心のページ。
177世界@名無史さん:03/03/31 08:09
>>174
事実認識からして違う訳だが。
このマルクスとはマルクス・アウレリウスのことか。
それにしたって、コンモドゥスはマルクス・アウレリウスを殺していないが。
178アマノウヅメ ◆4cna7XPsQo :03/03/31 08:47
>>175
「聖ロック」という聖人については、見たことも聞いた事もありませんが。
なんか、昔「聖ロック祭」というわけわからんショーみたいなものをやって
騒ぎになったような記憶があるんですがね。
宗教板か音楽板で訊いて下さい。
179世界@名無史さん:03/03/31 08:50
>>174
マルクス兄弟に殺されました。
180bloom:03/03/31 08:56
181世界@名無史さん:03/03/31 09:17
ユダヤ人ってユダヤ教徒のことですか?
なぜ、ユダヤ「人」となるのでしょうか?
182例の170:03/03/31 16:56
>>181
ええっと長くなるんですが、まず「ユダヤ教」というのは(ディアスポラ以前は)「ユダヤ民族」固有の宗教だったのでユダヤ教徒=ユダヤ人=ヤハウェを信仰するモーセに率いられた集団の血脈、と単純に捉えられます。
なので旧約聖書にユダヤ教に改宗したカナン人が虐殺されているシーンがあるのです(((( ゜д゜;))))ガクガクブルブル
なお、ディアスポラで拡散したセム系ユダヤ人は現在「スファラディ」と呼ばれます。

話は飛びますが、6世紀あたりのウクライナにトルコ系遊牧交易半定住の「ハザール汗国」(ハザール可汗国とも)という国が出来ます。
そこはビザンツ帝国とイスラム帝国の両方に接していたため、汗国最盛期の8世紀には両国から(宗教について)圧迫を受けるようになりました。
キリスト教、イスラムどっちを国教としても角がたつ。そこで妥協案として双方の祖であるユダヤ教を国教とし、支配階層はユダヤ教に改宗しました。(一応公式には”各宗教の論客の論戦の結果”とされていました)
しかし逆効果だったようで、少なからぬ数の、すでにキリスト教、イスラムに改宗していた人間には総スカンを食らい、仲の良かったビザンツからは嫌われ、結局汗国は10世紀にはルース(ロシアの祖となったヴァイキング)の攻撃などで消滅、住民は離散します。
この国をルーツとする、白色人種系ユダヤ教徒を「アシュケナジー」と呼びます。

一般にイメージされる、金融、宝石商などの大金持ちは、商売のノウハウのある「アシュケナジー」の方です。
要するに旧約聖書の時代の定義から外れたユダヤ教徒であるアシュケナジーをユダヤ人として認めるため、ユダヤ教徒=ユダヤ人となったわけです。
183世界@名無史さん:03/03/31 17:59
という論争がこちらで・・・・

ハザールについての諸々のこと
http://mentai.2ch.net/whis/kako/992/992621247.html
184世界@名無史さん:03/03/31 20:56
>この国をルーツとする、白色人種系ユダヤ教徒を「アシュケナジー」と呼びます。

これも議論の尽きない問題のもとだね・・・。

>>181
182の説明は妥当かはともかくそれとして置いておいてこういう説明もできる。
近代西欧諸国は各国では同じ言葉を話す人間集団がまとまって
国民・民族形成していくという歴史をたどるのだが、
その過程で言語としては各国の言葉を受け入れても
異教徒で、ヘブライ語で行う儀式を守って、
特定の職業についている者が多くて金持ちで・・・というように
西欧社会のなかで少数派として浮き上がっているユダヤ教徒は
西欧の多数派であるキリスト教徒の各国民・民族からは
「あいつらはなんか違うグループだ」というふうに見なされて、
国民・民族一体化の流れから切り離されて
逆に別の民族、つまり国民国家のなかのよそ者として排除されていった。
そうした過程の結果、排除されたほうの「ユダヤ教徒」が
ドイツ語やフランス語を話してドイツやフランスに住んでいても
ドイツ人とかフランス人とかの民族とは異質な「ユダヤ人」という民族であるかのように
見なされるようになったのだ、と。
185例の170:03/03/31 23:46
>>183
うわははははは、過去ログあったのか!?

>>184
うん、その説明の方がいいかもしれない。

白色系ユダヤ人のハザール(カザール)起源説ってそんなに微妙な問題だったんか。知らなかった。
南京(ryと同じく政治が多分にかかるから正しいかどうかは当分断定できなそう。
儂のレスは「一つの俗説」程度に理解してくれ>>181
それにしてもハザールって渤海国みたいだ。
186174:03/04/01 00:53
>>177
>事実認識からして違う訳だが。

映画でやってたよ。
窒息死させてた。
187174:03/04/01 00:55
あとついでに
ルーシャス=ヴェルスはどういう皇帝になったの?
188世界@名無史さん:03/04/01 08:15
>>174
ははあ、グラディエイターですかな。
あれは史実からはまったくかけ離れておりますのでして。
189世界@名無史さん:03/04/01 09:53
明の文人祝允明は右手の指が六本あったと本で読み、吃驚しました
他にも歴史上の人物で六本指の人間がいたら教えてください
190山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/04/01 10:37
>189
豊臣秀吉。ルイス・フロイスの書簡や前田利家の発言を記した「国祖
遺言」によれば右手の親指が2本あった。
191世界@名無史さん:03/04/01 11:16
秀吉の六本指説は以前から興味があって、出典を探していました。
出典を他にも知っている人がいたらご教示下さい。この説は、誰から誰に話が
伝播したいったかを推定するのが面白いです。私は松田毅一教授が誤解した話が
妙に気に入ってしまって、忘れられません。

姜ハン『看羊録』(平凡社東洋文庫)p.14 テキスト確認済み
著者の朱子学的優越感から秀吉を見下したエスノセントリズムに溢れる叙述内容である。
姜ハンは秀吉を”賊魁”と呼んだ。

ルイス・フロイス『日本史』 豊臣秀吉編 I 第16章 テキスト未確認
前田利家の発言を記録した「国祖遺言」写本 京都大学所蔵 テキスト未確認
宣教師シャールボアの書翰 テキスト未確認
192世界@名無史さん:03/04/01 11:19
訂正

姜ハン『看羊録』(平凡社東洋文庫)p.148 テキスト確認済み

193山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/04/01 11:32
>191
「南蛮史料の発見」のことですか?
194世界@名無史さん:03/04/01 11:37
疑問点
秀吉は一つ多い指を切ったのか?姜ハンは秀吉が成長するに及び切断して
しまったと書いているが、切っていたらフロイスが書いたように、秀吉が六本指で
あると指摘する必然性が薄れる。天下人になった後も指を切らなかった
と考えるべきであろうか。

切断したとしたら、いつごろか。信長が秀吉のことを「六ツめ」と呼んで
いたことから分かるように、若いうちは指を切らなかったようである。
生涯、指を切断しなかったのだろうか。
195世界@名無史さん:03/04/01 11:50
>>193
な、な、なんと、井沢『言(ことだま)霊』(祥伝社)p.86がはじめて
見たソースです。松田毅一を知らなかったら俺は一生後悔したかもしれない。
『天正遣欧使節』(講談社学術文庫)には圧倒されました。
196世界@名無史さん:03/04/01 12:06
法王と教皇の違いについて教えてください。
今のバチカンのエライ人が法王で
教科書の歴史のなかでは教皇ってあった、
ぐらいの認識でしかないのですが。
197世界@名無史さん:03/04/01 12:14
>>196
同じものを別の言い方で呼んだだけかと思われ。
198世界@名無史さん:03/04/01 14:19
>190-195
有難う御座います
豊臣秀吉が多指だったとは知りませんでした。
どうして教科書は(r
ほかにも誰かご存知なら教えてください
199世界@名無史さん:03/04/01 17:36
多指多妻
200世界@名無史さん:03/04/01 21:27
>>182-185
詳しい説明ありがとうございます。
感謝。
201世界@名無史さん:03/04/01 21:35
>>196
歴史用語としては教皇、外交用語としては法王。そこからマスコミ用語も法王。
ちなみに日本カトリック教会では教皇と呼ぶようにと主張している。
202山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/04/01 22:10
>198
英国の教科書(20年前のもの)には載っておりましたけどね。
203ネオ麦茶R:03/04/02 00:35
以前から気に為って居たのですが、異人の名前で、ジャン=ピエールの様に名前に=が入るのは何故ですか?
204FJI:03/04/02 00:40
突然失礼いたします。
タダでお金がたまるちょっとお得な情報をお教えいたしますので
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得はしますが、絶対損はしません!
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ホントに得だからとりあえずメール送ってちょ
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205世界@名無史さん:03/04/02 03:07
教皇というのはキリスト教の首長として訳した言葉で
法王というのはキリスト教の首長として仏教に当てはめた場合に出てきた言葉
って学校のインチキ世界史教師が言ってました。
情報ソースについては特に問いませんでしたが
なにしろインチキ教師なのでたぶん彼の推測でしょう。
206世界@名無史さん:03/04/02 04:36
インチキ素人の推測だと、「皇」の文字がやばいんじゃねーの?
どこが文句いったかは知らないが。
207世界@名無史さん:03/04/02 11:26
11〜16世紀頃のヨーロッパって
まず国があって、○○泊領とかの県みたいなのがあって
さらに市っぽいものに別れていたのですか?市長=小領主みたいなのがいて
そこで働く人は税金をそこの領主に納めるとか大体そんな認識でいいでしょうか?
208世界@名無史さん:03/04/02 13:38
でも特に最盛期のカトリック教会には「教皇」こそ相応しいよやっぱ。
「法王権は太陽、皇帝権は月」じゃしまりが悪い。
209世界@名無史さん:03/04/02 17:41
210世界@名無史さん:03/04/02 17:55
近代史ファッションスレに質問するには、
話題の時代が昔かも?と思うので、こちらで質問させていただきます。

昔、ビートたけし演じるタケチャンマンというキャラがいましたね。
ttp://www.tccreo.co.jp/tc/ren/chara/14.htm
この衣装の元ネタは、多分昔の軍服か何かだと思うのですが
あの「肩のヒラヒラ」や、「胸の細長い布のついたボタン」などが
ついた服は、どこの国のいつ頃の衣装なのでしょうか。

ネット上で画像や資料を探したいのですが、
服飾にも歴史にも疎いので、どんなキーワードで
探せばいいのかわからないのです。よろしくお願いします。
211YMIM:03/04/02 18:52
>>207
少し括り方が大きすぎますね。
11世紀と16世紀では全くといっていいほど違うシステムの場合もありますし、
地域によってもちがいます。そもそも国も現在の国境線とは違うし一概に言えない。
まず以下のスレをじっくり読んでみることをおススメします。
過去スレ倉庫にあるほうからから読むといいでしょう。
中世ヨーロッパ人の暮らし
http://academy.2ch.net/whis/kako/981/981129811.html
中世ヨーロッパの暮らし(2)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1022771504/l50
212世界@名無史さん:03/04/02 20:10
>>203
複数の名前を持つ場合の慣用だと思うけど、「=」がないと「ジャンピエール」
というひとつの名前と間違えてしまう可能性があるからじゃないかな。
昔は「ジャン・ピエール」という書き方が多かったけどなぜ「ジャン=ピエール」
になったかは知らん。
213世界@名無史さん:03/04/02 20:14
言語学板より

325 名前:名無し象は鼻がウナギだ! 投稿日:03/03/01 00:02
西洋人の名前で、「レヴィ=ストロース」Levi-Straussみたいに
間をつないで書くのにはどういう意味があるんでしょうか?
レヴィ・ストロースと書いてはいけないんですか?



326 名前:名無し象は鼻がウナギだ! 投稿日:03/03/01 00:14
>>325
フルネームで「クロード・レヴィ・ストロース」と書いたとき
どこが苗字かわからないから、ということを建前としつつ、
「原語ではここにハイフンがありますよ」として
書き手の教養を誇示するためです。
214世界@名無史さん:03/04/02 20:29
>>213
でも教科書なんかではハイフンのあるなしに関わらず、性も名もみんな=でつなげ
ちゃってる場合が多いみたいだけど、「マルクス=アウレリウス=アントニヌス」
みたいに。
215パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/02 20:36
ソースは忘れたのですが、
原文のスペースを「・」に、
原文のハイフンを「=」にするのが基本、と聞いています。
216世界@名無史さん:03/04/02 20:42
>>207
中世ヨーロッパでは王国や帝国のタガはそんなに強くありません。
侯や伯、男爵や騎士などの貴族諸侯が行政権・裁判権を掌握した領国を
その地域で最大の諸侯である国王が宗主権をもって束ねたものというイメージが
おそらく中世の王国・帝国の実情に近いでしょう。
市は地域と時代によって定義が違うと思いますが、
一般に諸侯の領国の下部単位ではなく、
例えば中世ドイツでは領主を持たないで皇帝・国王の直属するかわりに
自治をすることを認められた町のことです。
217世界@名無史さん:03/04/02 20:48
>>211>>216
ありがとうございます。
218世界@名無史さん:03/04/02 20:52
>>215
たしかに一般の歴史書では「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」のような
書き方が一般的ですね。すると教科書の書き方が異常なのでしょうか。
219参考までに:03/04/02 20:53
世界史板では何度も話題になっていますが、日本語における西欧人の
氏(姓)名の表記方法について、特に定めがあるわけではありません。
ですから、あくまで慣習的な区分なのですが、最も一般的に行われてい
るのは、二重姓や称号含む姓を「=」で結ぶ表記法です。

よく挙げられる例としてはチャーチル Winston Leonard Spencerr Churchill
ウィンストン・レオナード・スペンサー=チャーチルがいますね。
チャーチルはスペンサー家とチャーチル家という2つの名家の血筋をひい
ているため、姓はスペンサー=チャーチルという二重姓が本名です。

二重姓の一部については、元々の表記でもハイフンで繋いでいる場合が
あります。
よく知られている例としては、レビ=ストロース Claude Levi‐Straussがい
ます。クロード・レビ=ストロースと表記されることが多いと思います。
ロイド=ジョージ Lloyd-George などもこの種の二重姓です。

もともとは「・」、「=」を書き分けるにはこのような意味があったのですが、
理解しないまま、すべて一律に=で区切るという表記をする人も出てきて
いるようなので、これが正しいという規範的な事ではありません。
220世界@名無史さん:03/04/02 21:01
>>219
ヨーロッパ以外の人名はどうなんでしょうか?

サラーフ=アッディーンとか、マハトマ=ガンディーとか、
ファン=ボイ=チャウとか。
221世界@名無史さん:03/04/02 21:07
日本で一番有名なフランス人、ジャン・ピエール・ポルナレフ。
噂では神のような存在になったと聞いたが。
222世界@名無史さん:03/04/02 21:52
>>220
サラディンはサラーフ(Salah)アッ(al-)ディーン(Din)と分解される、
二つの単語と一つの定冠詞があわさってできたひとつの名前だから
ハイフンでつなぐことに妥当性があると思われ。
他は知らん。
223世界@名無史さん:03/04/02 22:00
サラーフ=アッディーン・ユースフ・イブン=アイユーブ?
224世界@名無史さん:03/04/02 22:04
>>220
ファン=ボイ=チャウのようなベトナム人の名前って本来は漢字で書かれる
はずだよね。ホー=チ=ミンは漢字では「胡志明」だったはずだけど、胡が
姓で志明が名前なんだから「ホー・チミン」と書くべきなんじゃないのかな?
225詳しくはないのだが:03/04/02 22:21
まぁ、ガンジーの本名はモハンダス・カラムチャンド・ガンジー(Mohandas Karamchand Gandhi)
であって、マハトマ(Mahatma)というのはタゴールの詩に由来する尊称なのだから、称号と考え
れば、モハンダス・カラムチャンド・マハトマ=ガンジーという表記でもおかしくないのだが
226世界@名無史さん:03/04/02 22:27
岩波の「世界史小辞典」なんか見ると、
もう何でもかんでも=で繋がれてるね
というか・が使われているのが一つも無い
227世界@名無史さん:03/04/02 22:40
売国奴でおっちんだ松井やよりは中黒派だったようだ。
『女たちのアジア』(岩波新書)では中黒ばかり。
韓国女性のことを書いたところでは、母という字にオモニというルビが
振ってあって引いたよ。なんだこりゃ。
228世界@名無史さん:03/04/02 22:54
しかし、中黒とイコールを使い分けている本もあるんだよね。
例えば河野健二『フランス革命小史』(岩波新書)では、王妃マリー=アントワネット、
女帝マリア=テレサ、サン=ジュスト、ビヨー=ヴァレンヌ、ボワシー=ダングラなどで
イコールを使っている。

もっとも、河野は中黒も多用している。どうやらフランス語人名の場合は、ハイフンが
入る場所にイコールを使っているみたいだな。
229世界@名無史さん:03/04/02 23:11
ポル・ポトとシアヌークという名前は漢字でかけないなあ。

支那人の名前のルビは無意味極まりないな。文芸評論家の姚文元は、ようぶんげん
と読むそうだが、こんなの日本語でどう読もうがかまわないだろう。
ちょうもんげんと読むことにしよう。
230世界@名無史さん:03/04/02 23:17
>>229
みんなが勝手な読み方したらわけわからなくなるだろ。
まあ本来は中国語の発音で統一すべきと思うが。
231世界@名無史さん:03/04/02 23:19
ヤオ・ウェンユェン
232世界@名無史さん:03/04/03 01:20
>219
> 二重姓や称号含む姓を「=」で結ぶ表記法です。
故モブツ大統領とかすごいことになりそうだな…
233世界@名無史さん:03/04/03 06:08
世界の人種について詳しく説明してるサイトとかないでしょうか?
234世界@名無史さん:03/04/03 06:32
235世界@名無史さん:03/04/03 15:47
イエスキリストがユダヤ人って本当ですか?
JESUSは何語ですか?
236パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/03 16:28
>>235
何を持ってユダヤ人とするかによるが、彼自身はユダヤ人と自己認識していたらしい。
Jesusはラテン語。
237世界@名無史さん:03/04/03 16:36
キリストがユダヤ人だったため、キリスト教徒の人たちは、ユダヤ人に
激しい嫉妬心を燃やしているそうだ。ある意味では、ユダヤ人のほうが
キリストに近いとも考えられるからだろう。
238世界@名無史さん:03/04/03 16:47
イエス・キリストは神の子。ナザレのイエスはユダヤ人。
239235:03/04/03 16:48
レスありがとうございます。
240世界@名無史さん:03/04/03 17:29
ナザレのイエスはユダヤ人、ユダヤ教徒。
自分自身ではキリスト教を始めたなどとは夢にも思っていない。
弟子達がイエスの言葉を伝道し始め、その信者がキリスト者と呼ばれるようになった。
241島田新六 ◆89LYwifxfU :03/04/04 13:14
>アメノウズメさん
>民俗学をちょっとやると「何々云々はどこそこだけの概念」という説は皆怪しく
聞こえるんですが。言葉に出すのを畏れるのは、どこにもありますし。

うーむそういうものですか・・もう少し勉強して参ります。

>「森林太郎鴎外」

鴎外森林太郎という言い方をしている本をどこかでみたのですが・・

>160さん
>まぁ言霊云々はどうだか知らんが
諱(いみな)というように名は避けられていたし
明らかに上位の者しか名で相手を呼ばないことも確か。

確かにそうですね。僕が前のレスで挙げた例も全部「上位者が目下の者を姓名字続けて呼んでいるケース」ですね。
242204:03/04/04 13:54
皆さんレス激しく感謝!
243世界@名無史さん:03/04/04 14:36
日本はかつて韓国併合をしましたが、当時の朝鮮半島はどうなっていたんですか?
38度線で南北に分かれたのはWW2の後ですよね。
当時から北朝鮮も存在していたんですか?
244世界@名無史さん:03/04/04 15:09
えっ・・・・(絶句)

           :
        朝鮮王朝
1894〜95 日清戦争
1897    大韓帝国成立
1904〜05 日露戦争
1909    伊藤博文暗殺
1910    日韓併合条約
1945    日本敗戦 → 連合国軍の統治開始
1948    大韓民国成立
1948    朝鮮民主主義人民共和国成立
1950〜53 朝鮮戦争
245世界@名無史さん:03/04/04 15:30
>244 ありがとうございます。
現在の北朝鮮の領土は1897年時は”大韓帝国”だったんですね。
つまり”大韓帝国”が朝鮮半島を統一していた訳ですね。
246世界@名無史さん:03/04/04 15:38
・・・絶句(再び)・・・・

朝鮮半島の歴代諸王朝の歴史を書いた本はたくさんあります。
まずは千円未満の新書版あたりでどれかをお読みになって下さい。
245の理解とは大きく違うことがお分かりになるはずです。
247世界@名無史さん:03/04/04 15:49
248世界@名無史さん:03/04/04 15:50
>244
…1897年の大韓帝国の成立とは、それまでの李王朝が清王朝からの宗主権から脱し、
名目上の「独立国」となったことを指します。李王朝がそのまま継続しました。
ここで言う帝国とは「他国の宗主権下におかれない独立国」の意味で、
それに伴い、朝鮮王は大韓帝国皇帝を名乗りました。
249世界@名無史さん:03/04/04 23:14
>韓国女性のことを書いたところでは、母という字にオモニというルビが
振ってあって引いたよ。なんだこりゃ

韓国女性は名前がなくて、息子の名前の母をつけたんじゃないかな。
日本もそうだったのでは。
250世界@名無史さん:03/04/04 23:42
>>249
>韓国女性は名前がなくて、息子の名前の母をつけたんじゃないかな。
>日本もそうだったのでは。

そのツッコミは227の意図とポイントが完全にずれてるんじゃないか?
だいいち記録に残るような公的な名前を持っていなかっただけで
私的な名前はあったんじゃないの? 常識的に考えて。
251227:03/04/05 01:18
名前がないってなんのことだ。族譜に女の名前がのってないだけで名前は
ちゃんとあったみたいだぞ。金達寿『朝鮮』(岩波新書)29ページを参照せよ。
252世界@名無史さん:03/04/05 08:53
>>227
> 韓国女性のことを書いたところでは、母という字にオモニというルビが
> 振ってあって引いたよ。なんだこりゃ。

中途半端な隣国理解ということか、一種の進歩派的ポーズでしょうね。
韓国朝鮮語は、確かに言語的には日本語に近いのですが、日本語の訓
読みに相当するものはありません。
つまり「オモニ」という固有語はハングルで表記するものであって漢字の
「母」をそのように読むということはないのです。
韓国朝鮮では、漢字の読みは日本語の音読みに相当するものだけです
から、母にオモニというルビをふるのは全くのナンセンスということですね。

>>249
まぁ、韓国朝鮮でも日本でも、名前が残る女性は少なかったことは確か
で、大半が○○の妻とか○○の女(娘)という形で表記されていたという
ことでしょう。文献的、族譜や系図では、ただ女としか記載されていなか
ったり、そもそも記載されていないという事例が多かったようです。
また、日常的にも名前を呼ばれる、呼ぶ習慣があまりなかったということ
もあったでしょう。
ただ、250氏の指摘どおり、名前がなかったということ考えにくいので、記
録に残らなかったということだと思いますが。
253世界@名無史さん:03/04/05 14:11
> 母にオモニというルビをふるのは全くのナンセンスということですね。
脊髄反射でレスをするが、「全くのナンセンス」とは言い切れないよ。
日本語では、たとえば「自動化」に「オートメーション」と振るなど、
ある概念を分かりやすくするために、意図的に母国語と他国語の
折衷を行うことは多々ある。
254世界@名無史さん:03/04/05 15:04
気に入らない売文業者の名前にデマゴーグというルビを振るともれなく
仕事がもらえなくなるそうだ。くわばら、くわばら
255 ◆QkRJTXcpFI :03/04/05 15:08
日本がアメリカ大陸を「発見」していれば
大陸で国土を増やしていれば、日本人が現在
世界の覇権を手に入れていたかも、しれません。
でも、そうはなりませんでした。
・・・・・・・・・・
その原因の一つに大航海時代に突入しなかったこと、
が挙げられると、思うのです。

軍隊を持たず隣国にミサイルを頭越しに発射される
今のありさまが、僕には航海しなかった祖先の過ちのように思えてしまうのです。

そこで、質問です。
なぜ、日本は(西洋と同じく)大航海時代に突入しなかったのですか?
もし、突入していれば少なくとも新大陸を発見できるチャンスはあったのに、、、
256世界@名無史さん:03/04/05 15:11
>255
バルト海と地中海がなかったから
257 ◆QkRJTXcpFI :03/04/05 15:18
日本海とオーストラリアまで続く島々(沖縄、台湾、フィリピン、インドネシア)
がある。

日本はオーストラリアさえ、発見してない。
258世界@名無史さん:03/04/05 15:46
日本はインド産の胡椒を必要としていなかったからだろ。
259世界@名無史さん:03/04/05 15:49
だいたい、日本人の冒険航海の記録って、あるっけ?
中国には鄭和がいたけど。
260世界@名無史さん:03/04/05 15:52
>>259
遭難記録ならいくつか。宮本常一の『日本残酷物語』に収録されています。
始めてローマを見た日本人のベルナルドの日記が発見されたら、驚天動地の
発見になるでしょう。
261世界@名無史さん:03/04/05 15:56
>>259 それだ!
262世界@名無史さん:03/04/05 16:11
>259
遣隋使、遣唐使が一応いるけどね。

個人的な推測で言えば、「なぜ中南米文明はカリブ海で大航海時代に入れなかったのか?」
というのと問題が似ていると思う。
つまり、気象が荒いため、未熟な航海技術では外洋航海を行えなかった。
日本でも江戸期までに沿岸航海は結構発達したが、そこで培った技術を用いて
外洋航海に乗り出す前に、欧米に決定的な差をつけられてしまった。

欧米は地中海とバルト海という、2つの穏やかな海に恵まれていたから、
造船・航海技術を十分に発達させることができた。
263世界@名無史さん:03/04/05 16:15
>>255
 戦国時代末期には伊達正宗がスペインに使節送っているし、日本人町
が東南アジアに幾つかできていた訳だから、家康が大規模な船舶の建造
を禁止したのが、一番の問題では。

 それが良かったのか悪かったかは分からないけど。東南アジアで欧米
諸国と戦争になってたかもしれんからねぇ。
264世界@名無史さん:03/04/05 16:25
支倉常長は実は、長常が正しい。常長は間違いっぽいのですが、世間では定着して
世界史では常長って書かないと×になる。おかしな世の中だ。
265世界@名無史さん:03/04/05 17:20
>>255
いわゆる大航海時代は、アジアの豊かな物産に対する西欧人の執念に
端を発しているけれど、日本の場合、何か珍品を仕入れたいなと思ったら、
支那や朝鮮と交易しさえすればたいてい事足りた。
遠くまでわざわざ冒険的な航海をする必要がそもそもなかったってこと
もあるんじゃないの。
266世界@名無史さん:03/04/05 17:26
昔の日本人には「唐・天竺・南蛮」という三つしか外界認識がなかった。
自閉狂人のもつような世界観を長いこと頭から信じ込んでいたのが日本人。
これ案外衝撃ですよ。想像力が恐ろしく無かったんだなあ。
267世界@名無史さん:03/04/05 17:32
『漢字と日本人』というのは、実は、ものすごく危険な本なんです。
あれは漢字をとおして、日本人の滑稽さと、想像力の無さががんがん伝わってくる
から。漢字の歴史の本だと思って通りすぎた人は勿体無い。しかし、読まないほうが
いいところも多い。とにかく危ない本だ。
268世界@名無史さん:03/04/05 20:59
女教皇ヨハンナって、史実ですか?
それとも単なる伝説のたぐいでしょうか?
269世界@名無史さん:03/04/05 21:06
>>255
うーん、大航海時代に加わらなかったのは
日本は当時の欧米と違って豊かだったからでしょう。
あと、進歩という概念把握に欠けていた中世の世界で
発見、探索よりも国内の治安維持に重きをおくのも間違いとはいえません。
270世界@名無史さん:03/04/05 22:06
>>268
伝説だって。
Google検索したら 10分でわかったよ。
271世界@名無史さん:03/04/05 22:08
大航海時代について。一見関係のなさそうな昆虫の話から。
イナゴは、幼虫の時に密度の高い状態で育つと、胴が小さくて
羽根が長い成虫になる。昔は別種の昆虫かと思われていたほど
本来の姿と違うものになる。なぜかというと、より遠くに広が
ることができるように、飛行に適した形態に育つからだ。大発
生して移動し、蝗害を起こすのは、そういうイナゴだ。
要するに、イナゴには(そして多くの動物には)、自分たちの
密度が高くなりすぎると、それを調節するために周囲に広がる
機能と本能がある。
人間にも、その本能があるのだ。
大航海時代は、農業技術の進歩によってヨーロッパの人口密度
が高まり、そのためこの生物的本能が目覚めて起こったと、私
は考えている。江戸期までの日本はまだそこまでには至ってい
なかったのだろう。
272世界@名無史さん:03/04/05 22:15
>大航海時代
信長・秀吉・家康と東南アジアで、イスパニア諸国と競争して勝ってます。
国内政策の変更で海禁政策・禁教政策があったから、大航海しなかっただけです。
大航海時代は、参加可能で、また、途中まで参加したと考えてよいのかと。

中世日本は自由な海の民の海外交流が盛んでした。
273世界@名無史さん:03/04/05 22:32
>>271
日本の方が人口密度は高かったと思われ
274世界@名無史さん:03/04/05 22:39
>>273
米は栄養価が高いので、同量の小麦と比べてより多くの人間を養える。
同一面積から得られる収穫量も米の方が多い。

一概に人口密度だけでは推し量れないのでは?
275世界@名無史さん:03/04/05 22:48
>>271
そんな観念論でなくとも、あくまで一般的な解釈から
大航海時代の要因を語ってみる。

この時代のヨーロッパにおいて、キリスト教の持つ意味は
非常に大きい。もともとプレスタジョンの国を発見し、また
キリスト教を布教する目的から、エンリケ航海王子による探索が始まった。
バスコ=ダ=ガマのインド航路発見を経て、その後トスカネリの
地球球体説を信じるコロンブス(当時この説を信じて航海に出かけた人間は多い)
がアメリカ大陸をインドと勘違いする事件が起こる。
以後、新大陸侵略によってスペインは巨万の富を得ることになるのだが
簡単に航海の動機を探ると、
1.一攫千金
2.キリスト教の布教もしくは領土欲
3.国家の補助
4.他国からの圧迫(ポルトガルなど)
が挙げられる。日本が島国であり、海に新境地を求める必要がなかったこと、
秀吉の朝鮮侵攻の反動によるひきこもり、などいくつも原因はありますが、
一般市民の地球科学に対する認識の低さもひとつの重要なファクターでしょう。
276世界@名無史さん:03/04/05 22:57
271>273
日本は意外に広いよ。ヨーロッパ諸国の大半より面積は広い。
それに、ヨーロッパは都市が発達していたからね。
江戸の人口は多かったけど、日本全体としては人口のほとんどは
広い農村にいた。ヨーロッパじゃ、ゴミゴミした都市に居住する
人口が多かった。その都市部で育った者が、大航海の担い手に
なった。
277世界@名無史さん:03/04/05 23:06
キリスト教→自然科学→航海術→大航海時代

ヨーロッパ人の辿った大航海時代への路とは、キリスト教からはじまった。
日本にはキリスト教の伝統が無かったので航海時代に参加することはなかった
でしょう。
278世界@名無史さん:03/04/05 23:09
271>275
直接的にはそうだろうけど、その背景には私の言う本能が
あると思うのだ。
1の一攫千金などは、国内の商売でも目指せる。
それを海の向こうに求めたのは、外に広がる本能によるもの。
2の領土欲も、あらたに住む土地(というか、よけいな連中を
送り込める土地)が欲しいわけで、この本能に密接に関連する。
そういう動機を理解できるからこそ3の補助がある。
そして4、他国の圧迫も、とりあえず手近な隣国に広がろう
とするから起こる。
279世界@名無史さん:03/04/05 23:53
世界史の基本的な勉強には、(高校レベル)には、本は何がよいでしょうか?
山川の教科書なんでしょうか?
280世界@名無史さん:03/04/06 00:02
279
に追記。趣味で軽く、勉強できたらいいなって程度なんですが
281世界@名無史さん:03/04/06 00:57
>>279
オーソドックスな所では中公文庫の「世界の歴史」全13巻じゃないかな。
エピソードが豊富に載っている点で初心者向きだと思う。
ただ全部読むのは大変だから興味のあるところだけ抜き出して読めばいいと思う。
282世界@名無史さん:03/04/06 01:00
>>280
高校生には山川でも良し
もうひとつと感じるなら チャート 世界史 ←俺はこれがオススメ
これで日本の標準的な世界史観が形成される。
これじゃ不満で、オタとしての世界史を学びたいなら
図書館に行って書物を読み漁るのが一番。
283世界@名無史さん:03/04/06 01:00
>255

単に、大航海時代に入ったのがヨーロッパの方が先だったから、じゃない?

ヨーロッパが大航海時代に入らずにマターリしていればイスラムなり明なり日本なりが大航海時代に入ったかも

もちろん冒険的航海に伴うコスト=ベネフィットが全く違うけど
284世界@名無史さん:03/04/06 01:03
趣味で読むなら山川じゃ面白くないかもしれん。
いや、山川の用語集読んでるだけで楽しくて仕方ない、
っていうような人間もいるが。俺とか。
285世界@名無史さん:03/04/06 01:06
>279
なにを求めるかにもよるね。
歴史よもやま話的な物とか、武蔵と小次郎どっちが強いみたいな話でいいなら
専門書なんか読まず、旅行ガイド系ムックやPHP文庫みたいなので十分だし。

ま、図書館に行って、面白そうな奴から芋づる式に読み進めていけばいいんじゃないかな。
286世界@名無史さん:03/04/06 01:07
俺も高校時代、一番愛読したのは山川の用語集だった。それこそ擦り切れるまで読んだ。
287YMIM:03/04/06 08:30
いつもこの手の「お勧めの入門書」の質問が出るたびに
「好きなのを読みあさるのが一番」って回答が出て、それはまことに正解なんだけど、
それは世間とはちょっとずれてるか、なんて考える。
実はこの板の住人は本を読むのが基本的に大すきなんでまわりもそうだと思ってやしないか。
質問するひとは「まずなんでも読んでみて」が苦手だからここで聞いてるんではないだろうか。
芋づる式に、なんてのはアドバイスとしてはひょっとすると的が外れてるのかも。

いや、ちょっとした感想なんでスルーして。
288世界@名無史さん:03/04/06 10:22
>287
しかし本読むのが苦手な人間が歴史好き、
なんてのは矛盾していてありえないんじゃないか。
歴史漫画やドラマ、映画をいくら見ても、
それだけでは出来あがるのはせいぜいがただの講談好き。
289世界@名無史さん:03/04/06 10:35
なぜ、ナチスはユダヤ人迫害をしたのでしょうか?簡単いいので教えてください。
290世界@名無史さん:03/04/06 10:39
ユダヤ人だから
291世界@名無史さん:03/04/06 10:43
「簡単でいいので」なんていうとそんなもんできるか、と怒るヒトが多いだろうが…
適当に解説してみる。

もともとヨーロッパ各国には反ユダヤ感情が潜在していた。
ドイツも例外じゃなかったんだけど、ナチスは政権を取るに当たって、それを利用した。
つまり第一次大戦の賠償金と世界恐慌で深刻な不況に見舞われていた
ドイツの現状は、すべてユダヤ人が裏で糸を引いていたのが原因だ、と訴えたわけ。
292世界@名無史さん:03/04/06 10:49
293世界@名無史さん:03/04/06 10:59
シェイクスピア「ベニスの商人」を思い起こせ。
294あぼーん:03/04/06 11:00
295世界@名無史さん:03/04/06 11:07
>>291
ありがとうございました。確かに簡単な問題ではないですね。失礼しました
296世界@名無史さん:03/04/06 12:50
ヒトラーを落選させた美術学校の教師だかなんだかが
ユダヤ人であったから、という答えはNGですか?
297パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/06 14:01
それは(本当かどうかしらんけど)ヒトラーの個人的事情であって、ドイツ国民が受け入れた理由にはならないのでは?
298世界@名無史さん:03/04/06 14:57
>296
ナチスの政策をヒトラー個人の事情だけに動機付けてしまうのは問題ですな。
戦後ドイツはそうしたがっているようだけど。
それに、ユダヤ人の陰に隠れがちだけれど、ナチスは優性人種思想の元に
ジプシー(ロマ)や精神障害者、身体障害者も迫害しているしね。

と、ネタにマジレス。
299世界@名無史さん:03/04/06 16:10
世界の歴史上の人物の一覧表みたいなのが見たいのですが、うまくググれません。
いいことろしっていたら教えてください。
300世界@名無史さん:03/04/06 16:10
いいところ知っていたら教えてください。お願いします。
301世界@名無史さん:03/04/06 16:36
>299
「人名辞典」で調べてみたら?
ていうか、それならウェブよりも図書館行ったほうがはるかに早いと思われ。
ウェブが楽だってのはわかるけど、使い分けも重要だよ。
302299:03/04/06 16:41
>>301
人名辞典で組み合わせたら良いのが出て来ました。図書館ってのも頭に入れときます。
ありがとうございました。
303世界@名無史さん:03/04/06 16:42
ヒトラーに便乗。ヒトラーのあの片手上げるポーズの意味ってあるの?
あと卍みたいなマークの意味とか。前々から思ってた。だれか知ってますか?
304世界@名無史さん:03/04/06 16:48
あっという間にスレッドが落ちてしまったけど、
「世界歴史大事典」てどういう本なの?
今買えるの?
305世界@名無史さん:03/04/06 16:52
卍は太陽を意味しているときいたことがあるけど。

306世界@名無史さん:03/04/06 19:07
>>303
片手上げるポーズはヒトラーへの忠誠 かな?
307世界@名無史さん:03/04/06 19:13
李王家や愛新覚羅家の詳しい系図がでているサイトはありませんか?
308あぼーん:03/04/06 19:31
309佐々木健介:03/04/06 19:31
     ______
    /_      |
    /. \ ̄ ̄ ̄ ̄|
  /  /  ― ― |
  |  /    -  - |
  ||| (5      > |
 | | |     ┏━┓|   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| | | |     ┃─┃|  < こんなサイトを見つけた
|| | | |  \ ┃  ┃/    \  正直、スマンカッタ
| || | |    ̄         \_________
http://saitama.gasuki.com/hiroyuki/
310あぼーん:03/04/06 19:31
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http://saitama.gasuki.com/aomori/
311あぼーん:03/04/06 19:31
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        ∧_∧   | |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       (  ´Д`)//  < 先生!こんなのを発見シマスタ!
      /       /    |
     / /|    /      \  http://saitama.gasuki.com/koumuin/
  __| | .|    |         \
  \   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\     \_____________
  ||\             \
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
  ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
     .||              ||
312あぼーん:03/04/06 19:33
   ,.´ / Vヽヽ
    ! i iノノリ)) 〉
    i l l.´ヮ`ノリ <先生!こんなのがありました!
    l く/_只ヽ    
  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
http://muryou.gasuki.com/sinagawa/
313例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/06 22:33
>>303
片手を上げるポーズは、古代ローマ式の敬礼だと塩婆に聞いた。

逆卍(ハーケンクロイツね)は、インド・ペルシアで火とその神を表すとともに、印欧系の民族で広く使われた幸運のお守りだそうだ。
314303:03/04/07 01:19
>>313
どうも。いやーやっとモヤモヤが取れた感じ。ありがとうございました。
315世界@名無史さん:03/04/07 13:06
(4)正十字の線の末端が曲がっている鉤十字,またはギリシア文字のガンマが
四つ組んだ形なので,ガンマテ十字,ガンマディオン gammadion とよばれる
もの。
インドではスワスティカ,日本では〈卍(まんじ)〉とよばれている。古代では
正十字に次いで最も広く用いられ,右旋と左旋があり,右旋は白魔術,吉祥,
進行など,左旋は黒魔術,降魔,退行などを意味する。なお,鉤十字の一種で
よく知られたものにナチスの標章ハーケンクロイツ Hakenkreuz がある(図)。

 このように十字は太陽,月,星,空,水,火,風,大地,雷電,生命の樹,
豊饒,破壊と創造,復活と救済,吉祥,繁栄,超越,中心,統合などの象徴
として古代から最も広く用いられてきた図形であり,方向性と中心を示すこ
とによって,混沌から秩序を生みだす機能をもつものと考えられる。
C. G.ユングは,このように普遍的にみられる十字表象は,人間の心の深層
における所産であり,元型的な性格をもつとした
316世界@名無史さん:03/04/07 13:16
先日、BSで「ベン・ハー」を見ていて気がついたんですが、ローマ皇帝
を称える時、市民が「ハイル、シーザー!」と叫んで、右手を高々と挙げ
ていました。
もしかしてナチス式の敬礼というのは、古代ローマの敬礼を元にしたんでしょうか?

詳しくはしりませんが、そうだといわれています。同じく枢軸のイタリア
のムッソリーニのファシスト党は「ローマ帝国」の栄光を取り戻すという
のがスローガンなので敬礼はローマ式で、ナチスはこれを真似したんだったと思いました。
317世界@名無史さん:03/04/07 15:00
>>316
ヒトラーはオリンピックのころまでムッソリーニマンセーだったからね。
318 ◆QkRJTXcpFI :03/04/07 16:23
解答、ありがとう
319(´-ω-`):03/04/07 16:30
320世界@名無史さん:03/04/07 17:43
★★★★★★(・∀・)USA!!!!(・∀・)USA!!!!
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321世界@名無史さん:03/04/07 22:02
下らない質問スマソ。
山川の史料世界史(上・下)が欲しいんですが
近くの書店で見かけた方、いませんか?
322世界@名無史さん:03/04/07 22:20
アマゾンでは、現在取り扱いしてませんですた。
323世界@名無史さん:03/04/07 22:26
中古本サイトでは扱ってませんですた。
出版者に聞くか、中古やサイトに登録しておくか?
324321:03/04/07 22:45
322さん、323さん、ありがd。
版元(山川)、アマゾン、紀伊国屋、三省堂、古書店横断検索、
オークション横断検索、近場の本屋10軒以上、・・・、
あちこち探したんですが、ないんですよね、ふぅ〜。
325世界@名無史さん:03/04/07 23:09
資料世界史で検索すれば沢山でてくるじゃないか。
326世界@名無史さん:03/04/07 23:11
>>325
史料
327203:03/04/08 02:04
ヒトラー自身がユダヤ人を差別したのは、第一次世界大戦の敗北が共和制樹立に依る物と考え、
其の運動に積極的に加担して居たユダヤ人及び共産主義者を極端に差別した。
又、ヒトラーが大変影響を受けた経済学者のフェーダーが、とてもユダヤ嫌いであったのも一因と言える。
余談だが、ヒトラーのちょび髭もフェーダーの真似(早い話がパクリ)である。
328世界@名無史さん:03/04/08 20:09
age
329世界@名無史さん:03/04/08 21:46
オランダってボーア戦争のことはどう考えているの?
当時なんか反応を示したりはしたの?
330世界@名無史さん:03/04/09 05:29
チベット→独立国家だったが、中国から侵攻され、併合された。
ネパール、ブータン→インドからの侵攻を免れ、独立国家として現在に至る。
と、この違いはなぜ生じたのでしょうか?
ただ単に中国がDQNだったから、インドはまともだったから、こうなったのですか?
331世界@名無史さん:03/04/09 07:59
中国の方が貪欲だったから
332世界@名無史さん:03/04/09 12:34
1951年5月,中央人民政府とチベット地方政府とのあいだで17条からなるチベット
の平和解放に関する協定が結ばれた。
そこではチベットから帝国主義を駆逐し,チベット人民は中国の大家族に復帰し,
ダライ・ラマとパンチェン・ラマの固有の地位と,職務権限を維持し,信仰の自由
を保証し,チベット民族の言語,文字,教育を発展させることがうたわれ,民族
地域自治の実施が保証された。
その成果は,解放軍の協力による川蔵,青蔵自動車道の開通,農具や種子の支給,
学校の開設などの経済・文化の向上とともに,それらをさらにチベット族自身に
よって発展させていくためのチベット自治区準備委員会の発足となってあらわれる。
しかし,ダライ・ラマや農奴主の一部は協定の実施に反対し,〈チベット独立〉
をかかげ,59年3月反乱を起こした。反乱平定後ダライ・ラマはインドに亡命,
ただちに民主改革が行われ,農奴制がようやく廃止されるとともに,土地改革
などもすすんだ。
333世界@名無史さん:03/04/09 12:37
ネパール
ネパールの南および西への膨張は,その頃インドで拡大を続けていた
イギリス東インド会社を刺激し,1814‐16年,イギリス植民地軍が
ネパールに進攻した。いわゆるグルカ戦争(ネパール戦争)である。
これに敗れたネパールは領土割譲,イギリス駐在官の受入れを余儀なく
されたが,善戦したために植民地として併合されることなく独立を保った。

グルカは強くてイギリスにも善戦したんだね。
334世界@名無史さん:03/04/09 12:40
ブータン
18世紀にはいると中国およびイギリスの影響が及んでくる。まず1720年
の清朝の康熙帝によるチベット征服により,清朝はブータンに駐在官を
置き宗主権を行使することになった。72年にインドのコーチ・ビハール
王国の王位継承戦に介入したブータンは,ここでベンガル支配を進めて
きたイギリスと衝突した。翌73年にはコーチ・ビハール王国はイギリス
の保護国となった。1826年にはイギリスはアッサムを領有し,65年には
ドゥアール地方をめぐってブータン戦争が勃発した。同年のシンチュラ
条約により同地方は英領インドに編入され,ブータン領土は山岳地方に
押し込められることとなった。
 1907年にはトンサの領主ウゲン・ウォンチュックUgyen Wangchuk が
法王を兼ねる一元的な支配者となって現王朝を創始し,ドゥルック・
ギャルポ(国王)と称した。これにより俗権的権力の優位性が確立すると
ともに,それまでの群雄割拠体制に終止符を打った。10年にはイギリス
との条約により毎年補助金を受ける代わりに,外交面はイギリスにゆだね
ることになり,イギリスは外国人の立入りを厳しく制限した。
この関係はインド独立後のインド・ブータン友好条約(1949)にも継承され,
今日に及んでいる。このときインドは1865年に英領インドに編入された
領土の一部,デワンギリ地方(83km2)を返還した。
335世界@名無史さん:03/04/09 12:49
>>329
オランダは反応してないみたいね。反応できなかったのかな。

ちょっと、ずれてるけど、ボーア人て南アの実権持ってて、黒人差別の
先頭だったんだ・・・。知らんかった。

ボーア人
南アフリカ共和国でアフリカーンス Afrikaans 語を話すオランダ系の
白人住民。ブーア人とも称される。現在はアフリカーナー Afrikaner
あるいはアフリカンダー Afrikander と呼ばれている。ボーアとは
オランダ語で〈農民〉を意味し,17世紀にオランダ東インド会社がケープに
入植した後,オランダからの移民を奨励し,その移民の多くが農民であっ
たことに由来する。現在,南ア共和国の白人人口445万(1980)の約6割を占め,
政治的実権を握っている。1814年のイギリスのケープ占領により北方へ
の大移動(グレート・トレック)を行い,ナタール共和国(1838),トランス
バール共和国(1852),オレンジ自由国(1854)を建国した。トランスバール,
オレンジでダイヤモンド,金の富鉱が発見されたのでイギリスが戦争を
しかけ,ボーア人は敗北した(ボーア戦争)。以後,ボーア人民族主義を
掲げてイギリス系白人に対抗し,1924年の国民党・労働党連立内閣,
48年の国民党政権の誕生以来一貫して政権の座にあり,61年にはイギリス
連邦から脱退して共和国に移行した。
ボーア人のほとんどはオランダ改革教会派を信奉し,その教義から来る
極端な黒人蔑視は,人種差別政策(アパルトヘイト)を生み,国際社会の
激しい非難を浴びている。

ちと、古いが・・・。
336世界@名無史さん:03/04/09 18:30
詳説世界史研究(山川)↓コレは、どうですか?一通りの趣味の勉強としては、お願いします。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4634034204/249-6042848-5001952
337世界@名無史さん:03/04/09 18:33
それと、上ででてた資料集やつみつけましたよjこれではないですか?
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4634047608/qid%3D1044504016/sr%3D1-6/ref%3Dsr%5F1%5F2%5F6/249-6042848-5001952
338世界@名無史さん:03/04/09 22:13
a)伝統中国の代表的な歴史叙述の様式として、紀伝体と編年体とがある。
@紀伝体の代表作二例と編年体の代表作一例をとりあげ、それぞれの歴史書
について簡単に説明せよ。
Aまた二つの叙述様式を比較し、その長所と欠点との検討をつうじて、
それぞれの様式の特徴を明らかにせよ。

b)紀元前2000年紀からアカイメネス朝ペルシアによる統一にいたるまでの
古代東地中海の諸民族の活動について、以下の語句をすべて使用して論述せよ。
なお使用した箇所に下線を引いておくこと。

アッシリア  エーゲ文明  新バビロニア  ヘブライ人  ポリスの成立

c)中世ヨーロッパにおける「十字軍」運動について、次の3つの語句を
すべて用いて知るところを述べよ。なお、使用した箇所には下線を引いておくこと。

ヴェネツィア  クレルモン  騎士団

d)明代における中国の財政制度の変遷について、次の3つの語句をすべて用いて
知るところを述べよ。なお、使用した箇所には下線を引いておくこと。

里甲制  貨幣  一条鞭法
339338:03/04/09 22:20
↑のは、某大学の史学科の編入試験問題です。

今年度、私はこの大学の史学科に編入したい!…と思ったんですが
周りに史学科への編入にくわしい方がいなくてこまっています。
この板の方にお願いです。私が手に入れることができた過去問題は
上のa〜dの四題だけなのですが、この編入試験問題の、

●傾向 …出題範囲にくせがあるか、とか、大学入試ていどの世界史の
     知識が求められている、とか。
●対策 …この参考書を使え、とか。試験は9月上旬なので、いまから
     本番まで具体的な勉強方法をアドバイスしてください。

…の二点を、見てわかる範囲でいいのでアドバイスください。

いま私は、

●外語大の2回生で、英語科です。入試には世界史は選択しませんでした。
 進級に必要な授業は最低限出るので、それと両立させて勉強したいです。
●高校時代に1回、予備校時代に1回、世界史の授業を通して受講しました。
 センター試験の受験経験など無いので世界史の偏差値などわかりません。

よろしくおねがいします。m(__)m 試験は9月の上旬です。
340YMIM:03/04/09 22:32
レベルとしては高校程度の知識を問うものです。ごく基本的な内容ですね。
一般的な受験勉強と言うか大学入試用の問題集などで十分カバーできると思います。
もしいつもこのような傾向と仮定すれば
安心してオーソドックスな勉強をして下さい。素直な教科書通りの問題です。
教科書と参考書で基本事項を一通りさらったらあとは論述中心の問題集にするといいよ。
341世界@名無史さん:03/04/10 00:04
イラクの国旗に書かれている文字はどういう意味?
フセインと関係あるの?
342世界@名無史さん:03/04/10 00:12
>>341
アッラーフ・アクバル(allah akbar)「神は偉大なり」という意味。
サダム・フセイン自身とは何の関係もないが
もともと世俗国家を標榜していたイラクの国旗に
このような宗教的な文句が入れられたのは湾岸戦争のときだった。
そういうわけだからフセイン後のイラク国旗からは削られるんじゃない?
343世界@名無史さん:03/04/10 00:21
なるほど。確かに民衆が持っている国旗には
ないやつや手書きのがあるのか
344例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/10 00:36
>>342
>このような宗教的な文句が入れられたのは湾岸戦争のときだった。
というと、フセインは湾岸戦争を「聖戦」として前面に押し出したって事ですか?
345世界@名無史さん:03/04/10 01:34
次の悪の枢軸は
シリア、イラン、北朝鮮ですか?

シリアまじでやばいですか?
アサド今頃びくびくしてますか?
346世界@名無史さん:03/04/10 01:58
中東は危険だからあまりつつかない方が……
347世界@名無史さん:03/04/10 02:01
>345
別に3ヶ国じゃなきゃいけない理由はない。
もう少し想像力の翼をはためかせよう
348世界@名無史さん:03/04/10 02:29
じゃあ、イラク攻撃で散々足を引っ張ったフランスを次のターゲットにするという方針で。
349世界@名無史さん:03/04/10 02:33
とりあえず日本を脅して金を出させるという手もあり。
350世界@名無史さん:03/04/10 10:34
>>320のコピペ

星があと26個と横縞があと5本足らんぞ(w

どうでもいいんだが
351世界@名無史さん:03/04/10 21:49
星条旗だったのか。わからんかった。
正直、スマン。
352なぜ台湾攻略はおこなわれなかったか?:03/04/10 22:00
質問です。
日本敗戦後、中国共産党軍が蒋介石の中華民国を台湾におっぱらい
ましたよね。なぜそのとき共産党軍は台湾に攻め込んで将来の禍根
を絶たなかったんでしょう? 少々犠牲を払ったとしても、崩れて
敗走していった敵に、戦勝の勢いをかって最後のトドメをささなか
ったことが不思議です。別に共産党が好きとか台湾が嫌いとかそー
いうんじゃなくて…高校で習ったときから不思議で、先生にきいて
よく知らなさそうだったし、いろんな本読んでも余り出てこなかっ
た…。

大学で台湾からの留学生に質問してみたところ、彼も余りくわしく
なくてはっきりとした答えはかえってきませんでした。彼の意見と
いうか予想では、@共産主義の拡張を嫌ったアメリカが蒋介石を助
けた A共産党は大陸の治安維持にかかりっきりで台湾島まで戦力
がまわらず、そのうちに蒋介石が体勢をたてなおした B大陸の重
要な歴史的な芸術品などを蒋介石が台湾にもって逃げたので、その
破却を恐れて手がだせなかった…などでした。@はありえるなと思
うのですが、どなたか詳しい方がいれば教えて下さい。
353世界@名無史さん:03/04/10 22:01
YMIMさん、レスありがとうございます!!
354世界@名無史さん:03/04/10 22:14
>>352
地理的に海をはさんでいたことと、アメリカの軍事支援があったからです。
人民解放軍は陸軍主体ですから、台湾海峡を渡る能力は低いですし、歴史的
にも、陸軍主体の軍が海を渡って征服戦を行うことは困難なのです。
また、一旦は見捨てようとした台湾をふたたびアメリカが本腰を入れて支援する
ようになったのは、朝鮮戦争の過程で中共が明確な敵になったからです。
軍事的には、人民解放軍は何度か台湾に小手調べ的な手出しをしていますが、
何よりも制空権を取れなかったことで本格的な進攻を断念しています。
制空権が取れなかったのは、Mig15とその後継機の航続距離が短かったことと、
アメリカ製のサイドワインダーのためです。
355世界@名無史さん:03/04/10 22:22
>>349
世界的にガイシュツです。
356世界@名無史さん:03/04/10 22:52
>>345
つか、入れるならシリアよりリビアだろ。
357357:03/04/10 23:38
はじめまして。
最近単純に趣味で世界史にはまってまして・・・
そこでさっそく質問なんですが、
ヨーロッパにおける「皇帝」というものはいったい何なのでしょうか?
お聞きしたいことが6つほどありまして、
@その起源は
Aイギリスにはなぜ皇帝がいないのか
B「皇帝の格」といったもの
(例えば日本では源氏でないと征夷大将軍にはなれない、というようなもの)
があるのか?
Cナポレオン・ボナパルトの甥はなぜルイ・ナポレオンで名前が姓になっているのか?
D第一次世界大戦前あたりになると、
「皇帝」が同時期にたくさんいるような気がするのですが
(ドイツ皇帝とオーストリア皇帝とロシア皇帝など)これはなぜですか?
Eハノーバー選帝侯とは神聖ローマ帝国の7選帝侯ではないようですが、
それでは何の選帝侯なのですか?
という質問なのですが、教えてもらえませんでしょうか?
358パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/11 00:11
>>357
初めまして。
@ヨーロッパにおける皇帝は、基本的にはローマ皇帝を引き継いだものです。
実際には東西どちらの皇帝もキリスト教と結びつき、アウグストゥスや五賢帝時代の皇帝とは少し意味合いが違うのですが。
理念上は2人の皇帝がキリスト教世界の支配者です。国王より偉いってことです。
Aローマには2人しか皇帝はいなかったので、ヨーロッパにも東ローマ皇帝位を引き継いだビザンツ、そしてロシアの皇帝と、西ローマ皇帝位を引き継いだ神聖ローマ皇帝の2人しかいません。
Bローマの皇帝は市民(正確には元老院)によって選ばれる存在でした。したがって、そういった手続きが必要となります。
ビザンツについてはあまりよく知らないのですが、神聖ローマ皇帝が当初教皇によって選ばれていたのは、「ローマ市民の代表」教皇に選ばれる、という必要があったためです。
その後、神聖ローマ帝位は7選帝侯の選挙によることになりますが、7選帝侯がどのようにして決まったのかなどは未だに明らかではないようです。
Cルイ・ナポレオンという名前だと思ってたのですが……詳しい人説明キボン。
D前述のように、皇帝は2人だけだったのですが、ナポレオンは「市民によってえらばれた皇帝」というところに目をつけて、市民によって選ばれたんだから私も皇帝だ、と称しました。
これで皇帝は3人に増えたわけです。この時、ナポレオンに遠慮して神聖ローマ皇帝はオーストリア皇帝と名前を変えています。
E選帝侯はずっと7人だったのではありません。1623年にバイエルンが選帝侯位を得ます。ファルツ選帝侯が三十年戦争でプロテスタント側に与したため、皇帝がファルツの選帝侯位をバイエルンに与えたのです。
1648年にファルツは選帝侯位を回復しますが、バイエルンの選帝侯位はそのまま保持されました。これで8人になったわけです。
その後1692年にハノーヴァーが、1803年にヘッセン=カッセルとバーデン、ヴュルテンベルクが選帝侯位を与えられてます。
359世界@名無史さん:03/04/11 01:22
>352
共産党政権は台湾の軍事占領をもちろん考えたけど、>354氏の言うように
軍事力が足りずに実行できなかったんだよね。
実際、人民解放軍は中国本土からほとんど離れていない金門島に
武力攻撃を仕掛けているけれど、それさえ占領することができなかった。

蛇足だけれど海洋の天然の防衛線としての役割は非常に高い。
ヨーロッパ本土からわずか数十キロのドーバー海峡で隔てられているだけの
イギリスを、ナポレオンもヒトラーもついに征服できなかったし。
360世界@名無史さん:03/04/11 05:56
>>357
バシッチさんが丁寧にレスされていますが、やや補足すると、
@欧州語の皇帝という言葉はカエサル、あるいはインペラトール(ローマの軍事最高官)に由来します。
 東西両ローマ皇帝の継承者のみが皇帝と名乗れたのはバシッチさんの仰るとおりです。
Aそういう経緯から英国には皇帝はいませんが、ヴィクトリア女王は連合王国君主の称号とは別枠としてインド皇帝を称しました。
 以後、英国王はインド独立時のジョージ6世までインド皇帝を兼務しています。
B皇帝は王よりも格上です。王が民族の首長であるのに対し、皇帝は多民族国家の首長です。更にローマに起源を持つ、というのが欧州での暗黙の了解でした。
 ナポレオン以後は崩れますが。
Cナポレオン3世はフルネームで言えば、ルイ・ナポレオン・ボナパルトです。
D皇帝は王の中の王というニュアンスもありますから、プロイセン王はドイツ皇帝を称したわけです。
 ドイツ諸邦の君主たちはそれまでの称号を維持していました。例えばバイエルンの狂王ルートヴィヒも、帝国成立後もバイエルン王であり続けました。
 それらと差別化するためにプロイセン王は皇帝を称する必要があったのです。
361世界@名無史さん:03/04/11 06:28
まぁ、一般的な補足として。
地続きではない島へ渡るには、海底トンネルや渡河(海)橋といった大がかりなものを作らなければ
船・飛行機の移動手段に限定されます。
トライアスロンでもないし泳いで渡るには至極大変(荷物付きなら尚更てーか力尽きて溺れ死にます)
飛行機は人間と軽い物なら迅速に運べますが、かさばるものや大量輸送にはダメダメ。
船は重い物や大量輸送に向きますが、輸送にかかる日数は決して早くはありません。

船は制海権、飛行機も制空権を確保しなければ、安全に船・飛行機を移動・輸送できないため
それらの確保には敵よりも数多く、質の強い空軍・海軍を必要とするので
海を挟んで(渡って)侵攻する軍事行動は難しいとされるわけです。

ex.
第二次世界大戦のバトル・オブ・ブリテン、ノルマンディー上陸作戦、硫黄島など
362世界@名無史さん:03/04/11 06:48
>>361
その際も非常に大きな損害を被っている場合がほとんどです。

沖縄上陸戦(防衛失敗)、クレタ島空挺作戦(防衛失敗)、スマトラ空挺作戦(防衛失敗)
ガリポリ上陸作戦(防衛成功)、マルタ島(数多くの防衛に成功)など

マルタ島を巡っては中世より激しい防衛戦が展開されつづけてきましたが、
ことごとく外敵の進入を退けてきた天然の要害です。
防衛側が侵攻勢力を撃退するのに重要な要素は、援軍、ないしは海軍の助力
だといえます。この点は篭城と同じですね。
363世界@名無史さん:03/04/11 09:34
ナポレオン3世のフルネームはシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルト。
364世界@名無史さん:03/04/11 11:19
シャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルト Charles Louis Napolレon Bonaparte
365世界@名無史さん:03/04/11 21:28
typoだってわかるけどワラた(w
366世界@名無史さん:03/04/11 23:00
帝国と皇帝については、世界史板で繰り返し話題になるテーマとして、語り尽くされて
いるため、何を書いてもガイシュツなんでつが、指摘としてロシア皇帝(ツァーリ)につ
いては、ローマ皇帝の後継者としての性格とともにモンゴル帝国のハーンの性格をも
有しているというのがありましたね。
367世界@名無史さん:03/04/11 23:41
帝国と王国と皇国と公国の違いを教えてください。
368世界@名無史さん:03/04/12 00:02
皇帝が収めているのが帝国
王様または女王が納めているのが王国
天皇が治めているのが皇国
公爵が治めているのが公国
369357:03/04/12 01:15
皆さん有難うございます。
またよろしくお願いいたします。
370世界@名無史さん:03/04/12 03:01
361です。
>362 さん、適切な補足ありがとうございます。
371世界@名無史さん:03/04/12 04:40
最近新聞にイラク国内にトルクメン人がいることになってるが、これはトルクメニスタンの人とはあまり関係無いと思うのだが如何か?
先祖は同じかも知れんが、単にトルクメンと書いてもらったほうがしっくりくる。
372世界@名無史さん:03/04/12 06:10
「西洋」とは具体的にどこからどこまでを指すのでしょうか?
どなたか教えてください。
373世界@名無史さん:03/04/12 08:04
>>367
これも繰り返し語り尽くされた話題なんですが、>>368の中で、帝国と公国に
ついては注意が必要です。
西洋史限定ですが、帝国は皇帝がいなくてもなりたちます。帝国の語源となっ
たローマ帝国の初期は帝政ではなく、共和制でした。
つまり、皇帝の出現よりも帝国の成立のほうが早かったのです。
ですから、今日のアメリカ合衆国を帝国(アメリカン・エンパイア)と称して間違
ではありませんが、帝国主義といった言葉に悪い意味が付いてしまっているた
めに、そのように名乗らないということでしょう。

公国と訳される諸国の統治者は、公爵(Duke)ではない場合が多いです。
○○公が必ずしも公爵ではなくPrinceであったり、Grand Dukeであったり、侯
爵家が大国の保護のもとに統治していたりします。
374世界@名無史さん:03/04/12 08:58
>>372
東洋の西端から東端まで
375世界@名無史さん:03/04/12 10:42
>>373
共和制時代のローマは帝国ではないと思うが。それとも元首政は共和政という認識なのか?
帝国主義的な意味でアメリカを帝国とよぶことがあるとしてもアメリカ自ら帝国と名乗るはず
がないし正しい使い方とも思えない。
376世界@名無史さん:03/04/12 12:46
>>375
帝国という漢語に惑わされていますね。
ローマ帝国=Imperium Romanumが成立したのは、共和制の時代なんです。
ローマの覇権とでも訳せばいいんでしょうかね。英語ではthe Roman Empire
ですが、歴史的には先にローマ帝国があって、その世襲統治者がImperator
英語ならEmperorの皇帝となったのです。
ちなみに、英国は帝政ではありませんが、その絶頂期にはthe British Empire
と呼ばれていました。別に英国王がインド皇帝を兼ねていたからということでは
ありませんよ。
377世界@名無史さん:03/04/12 13:09
>>375
つーか、論理的に考えれば歴史上、最初の皇帝と帝国のどちらが先に出現した
のかは推測できると思うが。
継続して周辺国を間接的に支配する超大国が出現しなければ、帝国という概念
は存在しないし、帝国が存在しなければ皇帝は出現しないな。
名目のみの帝国の話なら、支配者が皇帝を名乗ることができれば、その国は帝
国ってことだろう。名前だけなら、エチオピアも韓国も帝国だったわけだが、歴史
的にはほとんど意味のない話だ。
かつてのローマは本来の意味で帝国だったし、全盛期のイギリスも現代のアメ
リカもその意味での帝国だな。
パクス・ロマーナ、パクス・プリタニカ、そしてパクス・アメリカーナの時代なんだ
から、将来の歴史家が現代のアメリカをthe American Empireと呼んでも不思議
はないだろな。
378世界@名無史さん:03/04/12 13:27
どうも「帝国」の概念があいまいになってるような、皇帝が支配する国としての帝国と
周辺国を支配する強大国としての帝国がごっちゃになっている気がする。
中世ヨーロッパにおいての「帝国」とはローマ皇帝の後継者である皇帝が支配する国
のことを意味するのではないか?
帝国主義時代以後やたら帝国という言葉が使われるようになるが本来の帝国の概念から
は離れているように思う。
379というか:03/04/12 13:50
>>378
本来の帝国の意味は、周辺国を支配する強大国、覇権国でしょうな。
名目的に統治者が皇帝を名乗っているため、形式的に細々と続いてるのは
本来の形ではないでしょう。
帝国主義といった用法の「帝国」も元首が皇帝を名乗っているか否かはあま
り関係ないどころか、政体が共和制でもかまわないわけでしょう。
中華帝国の朱子学的な名分主義に毒されて、西欧の帝国についてもローマ
帝国後裔の名義が立つかどうかを中心に考える人が多すぎます。
ごっちゃにしているのは、むしろ中華帝国の発想を西欧史に持ち込んでる人
のようにも思えますが。
380世界@名無史さん:03/04/12 14:03
>>379
>本来の帝国の意味は、周辺国を支配する強大国、覇権国でしょうな。

「本来の」というのが何を基準にしているのかよくわからないんだが。
たとえばフェリペ2世時代のスペインはヨーロッパ最大の「帝国」だったわけだが
みずから帝国を名乗ることはなかった。しかし現代の歴史家は便宜上「スペイン帝国」
という呼び方をすることがある。これは後から生まれた「帝国」概念を過去の時代に
あてはめているわけで、本来の使い方とは違うのではないだろうか。
381世界@名無史さん:03/04/12 15:15
歴史的には
中華帝国=BC221−1912

易姓革命=レボルーションじゃないからいくら
支配者が変わっても帝国という概念では同じ
382世界@名無史さん:03/04/12 15:34
「本来の」意味はローマのインペラトル=エンペラーも中国の皇帝も
世界全体を普遍的に支配する権威(インペリウム)の保持者、
という意味じゃないかと思われ。

>>372
「西洋」「東洋」は時と場合によって持つ意味合いの変わる概念で、
中国ではマレー半島を境に太平洋側を東洋、インド洋側を西洋と呼んでいたそうです。
現在の日本人のイメージでは、
西欧人の考えているオリエントの範囲つまりモロッコ・トルコから向こう側を東洋、
それよりこちら側(西側)を西洋とみなしている場合と、
伝統的な意味合いに近く東アジア・東南アジア(時に南アジアも)を特に限定して
東洋と考える場合がどちらもあるような。
後者の東洋はアジア、と言い換える場合もありますね。
383世界@名無史さん:03/04/12 15:35
>>372
ヨーロッパと北アメリカ大陸かな。
384世界@名無史さん:03/04/12 15:37
国語辞典的には、

せいよう(セイヤウ)【西洋】→〔先進国としての〕 欧米諸国。

用例・作例
―画・―人・―料理・―思想

反対語が
⇔東洋


385うわあああぁぁ・・・・:03/04/12 15:39
|  アメリカが帝国だって
|  なんでだろ〜♪
\____  _______________
        V     |
               |  なんでだろ〜♪
             \_____  _____
                      V
       _,ヾゝー'"'"'"ー、,;    ,.:-‐―‐-.、_
      ,ラ   、_    ヽ,、 /       \
      イ  r-'ー゙ "ー‐、,  ミ/          ヽ
      i!  ,!       i! ミi   ,ハ        i
      ,j i /ニ=、  ,r==、i ,,ハ ,ノヽi! ゙'レ>ヾ-、 ,!r'
      i V <(・)>i i!(・)>゙!,i  !!イ(・)) <.(・)>゙ i /!i
      ゙!ji!   ., j .i_   /j   i  。 。,      ト-'
      ,ィi:.  ;" ー-‐'   ト'   .!   ,.=、     / ̄ ゙̄ー-、_
    __ノ !ハ    : 0 ;  ,/ _,.-‐''\ ゙=''  ,/
  /   \\   ̄ ,//     ゙ー-‐‐"
/       \.゙ー-イ ,/
  _____∧_______________

|  イラク民主化
|  なんでだろ〜♪
\_______________∧_____
                /
                 |  なんでだろ〜♪
386tantei:03/04/12 15:40
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387382:03/04/12 15:42
>>384
そっか。西洋に先進国というニュアンスもあったね。
388世界@名無史さん:03/04/12 16:30
軍事板の範疇かも知れませんが、
戦略的な奇襲が発生した事例というのはどれぐらいあるのでしょうか。
389世界@名無史さん:03/04/12 16:47
>>388
戦略的な奇襲とは何なのか、もう少し具体的に言ってもらわないと答えようがないのでは。
390世界@名無史さん:03/04/12 17:28
>384
ちょっとスレ違いごめん。

それはどの辞書?
391世界@名無史さん:03/04/12 17:30
というか戦略レベルの話に奇襲だどーだという話はないね
>>388
戦略的という言葉を使わずに質問文を再構築してみた方がいい
392世界@名無史さん:03/04/12 17:53
戦略的奇襲でぐーぐるヒットが38件。
戦略的な奇襲だと7件。

奇襲、戦略的奇襲は防御側が稀にみる決定的な大過失を犯さないかぎり成功しない byクラウゼウィッツ
とかなんとか
393世界@名無史さん:03/04/12 18:38
第二次大戦初期のアルデンヌ突破作戦みたいなものをイメージしてるのかな>戦略的な奇襲
394世界@名無史さん:03/04/12 18:41
>>376
>英国は帝政ではありませんが、その絶頂期にはthe British Empireと呼ばれていました。
>別に英国王がインド皇帝を兼ねていたからということではありませんよ。

おそらくこれは両方ありでしょう、特にイギリス人の観点から見るとね。
概念的な覇権国としての Empire とは別の「皇帝国」の意味があるよ。
やたらと Imperial と頭につく組織があるからね。
だいたい19世紀の後半から20世紀前半にできた組織にこの名前が多い。
度量衡の Imperial Measurement もそうだ。
今のイギリスはインド失って帝国から「連合王国」になった、という意識もイギリス人にあるよ。
日本でも「帝国」とつく会社名は戦後どんどん消えて行ったでしょ?
395世界@名無史さん:03/04/12 19:37
中南米の先住民タイノ族のアルファベットの綴りを教えてください。
396世界@名無史さん:03/04/12 19:54
なんで三位一体で
「さんみいったい」が正解で
「さんいいったい」と言ったら間違いなんですか?

訳すときに「こういう風に呼べ」とか言われたのですか?
397世界@名無史さん:03/04/12 20:01
>>396
「さんい」じゃ言いづらいから「さんみ」と発音するようになった。
正三位や従三位なども「さんみ」と発音する。
398世界@名無史さん:03/04/12 20:04
>>396
連声(れんじょう)です。観音(かんおん→かんのん)とか反応
(はんおう→はんのう)と一緒。
399世界@名無史さん:03/04/12 20:15
それはそうだが
歴史の問題で「さんいいったい」と書いたら間違いというのは納得できない
そんなもん国語の問題だし
意味さえ分かれば歴史なんていいんじゃないのか?

中国でも
煬帝→「ようてい」
毛沢東→「けさわひがし」
が間違いなのはなっとくできない
毛沢東なんて何で「もうたくとう」が良くて「けさわひがし」が駄目なのかわからない
一般的なのはみとめるが本当は「マオツェドン」が正解で
「もうたくとう」も「けさわひがし」でも決して正しい答えじゃないんじゃないのか?
それなのに「もうたくとう」だけOKというのが…

テストで「項羽を項籍」や「ヌルハチをぬはち」と書いても×だったし
400世界@名無史さん:03/04/12 20:18
>>399
そう思うんならそれで通せば?
401世界@名無史さん:03/04/12 20:24
三位一体については歴史の問題じゃなくて、日本カトリック教会の
公式訳語だと思うが。
402世界@名無史さん:03/04/12 20:29
>>400
通しても間違いといわれるし、通じない

なんで「ぬはち」が間違いなのかがわからない
なんでカタカナがよくて英語圏のよみかたでひらがながいけないのか?

日中戦争をシナ事変と書いても×だし
403世界@名無史さん:03/04/12 20:31
別にカトリックだけの公式用語ではないが、
読み方は「さんい いったい」と読む教派もあります。
キリスト教の訳語としては、どっちでもふりがなできますよ。
404世界@名無史さん:03/04/12 20:36
日中戦争だけじゃなしに

日露戦争→露日戦争
満洲事変→9・18事変
張作霖爆殺→皇姑屯事件
明治天皇→睦仁
マッカーサー→マックァーサー
ペリー→ペルリ
5・15事件→犬養首相暗殺事件
国共内戦→共国内戦

と書いても日本のテストの多くじゃ×だね
405世界@名無史さん:03/04/12 20:40
>>404
孫文を孫中山と書いて×だったので
聞いたら孫文が正しいと言われた時は本気でキレた…
406世界@名無史さん:03/04/12 20:43
いるんだよな聞きかじりの知識をひけらかしたがる厨が。

407世界@名無史さん:03/04/12 20:43
その教師がモノを知らないだけだと思われ。
ユニバーサルに適用できマヘンで。

>>404
それはあんたの妄想
408世界@名無史さん:03/04/12 20:48
元寇をモンゴル軍襲来と書いたら間違いだった
何で?
409世界@名無史さん:03/04/12 20:50
>>403
それならますます「さんいいったい」が間違いなのが納得できないんだが
410世界@名無史さん:03/04/12 20:53
>>407
でも中国を「支那」か「シナ」と書けば決して正解はくれないだろ?
一般的ではないが決して間違いじゃないのに
411YMIM:03/04/12 20:57
China ならよいのか?それは採点基準が変ですな。
412世界@名無史さん:03/04/12 21:01
>>394
インドを失ったとの、事実上の覇権国、帝国の地位を失ったのはパラレルでょう。
それと、大日本帝国は敗戦で勢力圏を失い、地域覇権国としての地位を失ったし
呼称としても消滅したけど、天皇制は継続しているのだから、皇帝(天皇の英訳
はエンペラー、皇帝)は存続しても、帝国は存続していないという例ですね。
413世界@名無史さん:03/04/12 21:02
受験英語と実際の英会話が違うようなもの。
学校の試験で書く解答は、教科書や参考書に一般的に記載されてる
用語を書くべし。
正しい正しくないの問題ではなく、これは受験のテクニック。
414世界@名無史さん:03/04/12 21:03
批判点も多いマークシート採点方式だが、
こういうアホを排除するには良いやり方ではある
415世界@名無史さん:03/04/12 21:10
>>414

なるほど!
416よろずこ:03/04/12 21:13
トルコの歴史はなぜカッパドキアあたりから始まるの?
それは、アナトリア半島の歴史だろうが。

突厥あたりからはじめないといけないのでは?
417世界@名無史さん:03/04/12 21:23
>>416
トルコ人の歴史か、アナトリア史かによる。
極端な話、ドイツでアーリア人の歴史を学んだりはしないのと同じで
(するかも)日本のように、民族移動のなかった国とは歴史の捉え方が違うから
扱いが異なるのですよ。
418世界@名無史さん:03/04/12 21:25
トルコ民族ってのは有史以降にあんなにはっきりした形で
大規模な民族移動が行なわれている稀有な民族の一つだからな
419よろずこ:03/04/12 22:19
>>417
国の歴史なら、オスマンやセルジュクからはじめてもいい訳でしょ。
あるいは、アナトリア半島にきたころからでも。

質問の仕方が悪かったですね。
うろ覚えでカッパドキアなんて書いちゃったけど、
トルコ大使館にはカッパドキアのカの字も無い。変わりに旧石器時代の文字が。。
http://www.turkey.jp/info/history/


モンゴルの公式の歴史はどうなってるのかしらん。
420世界@名無史さん:03/04/12 22:27
日本人だって、今の日本人と直接のルーツのない
沖縄諸島の化石人類を日本史で語ったりするやん。
421世界@名無史さん:03/04/12 22:43
>>419
トルコ大使館は観光客をよぶのが目的なんだから、トルコ国内の遺跡を宣伝する
のは当然だろう。中央アジアのトルコ系民族の宣伝をしたところで仕方がない。
422世界@名無史さん:03/04/12 23:07
前から理解出来なかったのですが、
1917年のロシア革命は図式的にはブルジョア革命のはずなのに、
何ゆえはやばやと社会主義経済を取り入れてしまったのでしょうか?
そんな無理してもすぐ破綻するとか思わなかったのでしょうか?
423世界@名無史さん:03/04/12 23:31
>>422
マルクスが見落としたのは「欲」ですな。

マルクスの「資本論」はあくまでユートピア的な物で「思想書」です。

あの本には、共産「党」だの「革命」だのは実はいっていないんです。
高度に発達した資本社会が、議会によって転換すると・・・

でも、人間には欲ってのがあるんですわな。

424世界@名無史さん:03/04/13 00:56
>>423

それと、強引な社会主義経済導入とどういう関係が?
抽象的な神学論より、具体的な経過を知りたいのです。
425世界@名無史さん:03/04/13 01:08
>>424
まずはロシア革命の経過を一通り理解してから、質問を絞った方がいいと思われ。
でないとロシア革命の経過を一から説明しなければならなくなる。
426世界@名無史さん:03/04/13 01:43
>>419
トルコでも歴史の教科書なんかでは
ちゃんと自民族の歴史は匈奴、突厥から説き起こしているそうです。
中央アジアからやってきたトルコ民族が
今のトルコの国土に入ってアナトリア古代文明の遺産をも継承したのだ!
という立場なんでしょう、おそらく。
427世界@名無史さん:03/04/13 08:07
>>424
具体的な経過を知りたいなら検索すればすぐに出てくると思うが。
答えてもらっているのにちょっと失礼な物言いだぞ。

せめて2月革命と10月革命の違いくらいは踏まえてくれ
428世界@名無史さん:03/04/13 08:24
っつか、423さんはまさか質問者が具体的経過知らないのに
ああいう質問の仕方をしたとは思ってなかったのじゃないか?
自分でも>>422 の回答として経過を書こうとは思わないね。
>>422 は既に引き出したい答えがあるんではないのかと勘ぐってしまったよ。
429Peak:03/04/13 08:44
世界史板は「サヨの牙城だ」とか身構えて、
精いっぱい理論戦を挑んだつもりだったりしてな(w
430世界@名無史さん:03/04/13 10:30
>>423-429
質問の意味を誤解していると思う。

>>422が聞いているのは、

唯物史観を機械的に適用すると、当時のロシア国家は絶対王政なのだから
ブルジョア革命→プロレタリア革命という過程をとるべきなのに、なぜブルジョア
的資本主義段階を飛ばして一気に社会主義に移行しようとしたのか?

ということだろう。

俺は素人なので詳しくはないが、レーニンは資本主義がすでにロシア社会の
実質制度的構造として確立しつつあると考えていたのは理由のひとつだと思う。
(『ロシアにおける資本主義の発展』参照)
431世界@名無史さん:03/04/13 12:14
一応たてまえでは、2月革命がブルジョワ革命。10月革命が社会主義革命
となってるのかな。
セルゲイ・ウィッテの政策やらで労働者階級はだいぶ増えてたようですね。
432422:03/04/13 12:52
>>430

そういうことです。
レスしてくださった方に失礼な言い方をしてしまったのは申し訳ないです。

私が分からないのは、ロシアにおいて
>ブルジョア的資本主義段階を飛ばして一気に社会主義
というのは本来トロツキーの考えであってレーニン理論ではないのに、
何故レーニンの方が考えを変えて早々と工場の国営化とかに進んでしまったのか、
という点です。

これは>>423さんのおっしゃる欲とかは関係ないと思うのですが。
>>423さんの書き込みは「社会主義経済は人間の欲によって駄目になるということを予測出来なかった」
という意味だと思うのですが、私が聞きたかったのは、それ以前に、
後進国ロシアが社会主義に直進するのは物理的に無理だとレーニンは考えなかったのか、です。
433世界@名無史さん:03/04/13 13:04
>>432
社会主義革命成功にレーニンが一番びっくりしてたようです。
ただ、あの状況では、2月政府が戦争継続でしたから、ボリシェビキとしては
戦争即時中止で革命を起こすより選択肢がなかったのでしょう。

レーニンは、先進工業国ドイツの革命に期待を寄せ、
ドイツから世界革命へと考えていたようです。
ドイツの革命で、マルクスの予言どおりと思ったのでしょうね。
434422:03/04/13 13:08
>>433

なるほど。
ドイツの革命→世界革命とワンセットならロシアの社会主義も可能だと考えた訳ですか。
435世界@名無史さん:03/04/13 13:34
>>434
433
ドイツに期待したようです。
さらに言えば、革命ってのは勢いですから、「戦争から革命へ」の勢いに
乗って行けるとこまで行くとの考えだったのではないのかなと。
1905年ごろかロシア第一次革命は起きてますし、レーニンはWWTの
勃発でインターが崩れるのを見て「帝国主義」論を書きました。

ロシア革命史かレーニン伝のような本はいかがでしょうか。
ちなみに、レーニンはトロツキーを有能な指揮官として信頼して
内乱鎮圧を任せてます。
436世界@名無史さん:03/04/13 13:40
といかレーニンの二段階革命論は権力を握るまでの方法論に過ぎないんだから
権力を握った以上、社会主義化を進めるのが当然だと思うが。
437世界@名無史さん:03/04/13 13:54
2月革命はブル革でしょ
438世界@名無史さん:03/04/13 14:03
>>437
422は十月革命後の社会主義化を聞いているんだろ?
439世界@名無史さん:03/04/13 14:14
1995年に1年を通じて放送されたNHKスペシャル「映像の世紀」第1集〜最終集までの
録画ビデオ欲しい人いる。身の回りの整理をしていていらないから捨てようかなとおもうてるけど。
第1集 20世紀の幕開け(以下全部75minです)
第2集 大量殺戮の完成
第3集 それはマンハッタンから始まった
第4集 ヒトラーの野望
第5集 世界は地獄をみた
第6集 独立の旗の下に
第7集 勝者の世界分割
第8集 恐怖の中の平和
第9集 ベトナムの衝撃
第10集 民族の悲劇果てしなく
最終集 JAPAN

この年って世界初の動く映像「工場の出口」から100年の年であって
戦後50年でもあったのかな?上の年間シリーズは100年分の世界から集めた
動く貴重映像を元に世界史を語ったようなもので、米ABCと共同製作だったと思う
このシリーズと並んでNHKは独自に日本の戦後50年を貴重映像でまとめたような
年間シリーズを放送していたような。それぞれ隔週で放送していたから
毎週交互に放送されていた記憶が。


440388:03/04/13 14:26
すみません、書き直します。

戦争になるとは思ってもおらず、完全に不意をうたれ攻め込まれてしまった。
という事例はあるんでしょうか。

>>393
アルデンヌ突破は、「敵だとわかっている奴が思ってもいない方向から殴りかかってきた」んですよね。
そうではなく「奴に殴りかかられるとは思ってもいなかった」事例はあるんでしょうか、という質問です。
441世界@名無史さん:03/04/13 14:47
>>440
ビザンツが十字軍に急襲されたのは?
完全に裏切りだったでしょ。
442世界@名無史さん:03/04/13 14:53
>>440
古代なら結構ありそうだが、匈奴の冒頓単于が東胡を滅ぼした時とか。
>>440
敵だと思っていなかった相手に攻め込まれた例は少ない
が、湾岸戦争時のイラクのクエート進攻はほぼ該当する。

敵だとは思っていたが、まさか本当に戦争を仕掛けてくる
とは思わなかったというレベルなら朝鮮戦争時の北朝鮮
による進攻がそうだ。

潜在的には敵でも、条約上の中立を守るだろうと予想して
いたのに不意を衝かれた例は、ナチ・ドイツによるソ連進攻
に見られる。
ソ連による満州進攻も近いが、世界情勢から見て、条約上
の義務をソ連が遵守するというのは希望的観測だと考えて
よいだろう。
444世界@名無史さん:03/04/13 22:38
>>439 ものすごく欲しい。あれテーマ曲もいいんだよね。歴史のうねりを感じるような壮大な曲。もう再放送はないだろうな。
445世界@名無史さん:03/04/13 23:06
何でソ連はせっかく奪い取った満洲から撤退したんですか?
446 :03/04/13 23:33
今回、盗まれたハムラビ法典は数年前に日本で展示された奴ですか?
447世界@名無史さん:03/04/13 23:35
>444
いや、これからいくらでも観られると思うけど、多チャンネル化時代だし。
DVDも出てなかったっけ?
448世界@名無史さん:03/04/13 23:59
>>445
 ポツダム会談を守らないと、アメリカと戦争になると思ったからじゃない ?
 当時のスターリンとしては、東欧を自国の勢力圏として確立するのが最優先
で、アジアの優先度は低かったでしょうし。

 ただし、日本が満州に残した施設や物資の大半は、しっかり収奪していった
ので、後に蒋介石に非難されている > ソ連
449439:03/04/14 01:09
>>444
じゃあ、連絡ちょうだいよ
439みてちょ
450445:03/04/14 02:08
>>448
どうも。
451世界@名無史さん:03/04/14 05:23
>>439
1900年代のときにロシア人の海水浴かなんかで
ちんぽ丸出しじゃなかったっけ?
あれが唯一NHKで大人のちんぽを放送した例じゃないの?
452世界@名無史さん:03/04/14 09:41
>>451
4月8日NHKBSハイビジョン「地球と出会う・・・ボルネオ」で
山中の裸族の酋長などの大人や取材対象の若い女性の全裸をしっかりと
放送していましたが・・・
例の筒型のケースはつけていたりいなかったり。
453世界@名無史さん:03/04/14 11:45
赤壁の戦いでの曹操の敗因として東南の風説が挙げられますが
長江で突然風向きが変わるなんてことはありえるのですか?
454世界@名無史さん:03/04/14 15:34
バグダッドの国立博物館が略奪にあったという悲しいニュースが流れましたが、ところで
イラク国立博物館でしか見られないものとして有名なものにはどんなものがあったのでしょうか。
455世界@名無史さん:03/04/14 17:25
>>453
大規模な火計があったというのがそもそもフィクションなので
風向きが敗因ということはありえません。
456444:03/04/14 18:01
>>449 実は今携帯からしか見れないんで、週末まで待ってくれるなら漫喫からメール送れるんだけど。
457世界@名無史さん:03/04/14 21:54
>>453
そもそも日本人が思ってる三国志は基本的に作り話

劉備=善、曹操=悪
諸葛=天才、司馬=無能
という一方的な解釈もおかしい
458世界@名無史さん:03/04/14 22:08
>>457
いまどきそう考える人も少数派じゃないかな。
というか見たことないんだけどそんな人。
459世界@名無史さん:03/04/14 23:28
>>458
この前やってたNHKの歴史物で、もろ劉備=善、曹操=悪やってたよ
益州攻略なんか微妙な所と思われる箇所は全てカット
孔明をよく見せようとしたためか、仲達が無能って描写なかったけど
460世界@名無史さん:03/04/15 01:28
ちなみに吉川英治や横山光輝は、東南の風の正体を
貿易風としていた。
461世界@名無史さん:03/04/15 01:35
貿易風というのは季節に関係なく一定方向に吹く風なんだが。
北半球では北東風。南半球では南東風。
462世界@名無史さん:03/04/15 02:19
貿易風は中国大陸でもふくのか?「偏西風」の事とはちがうだろう。
463世界@名無史さん:03/04/15 02:39
中国大陸は季節風が優勢だから偏西風も貿易風もほとんど関係ないはず。
464世界@名無史さん:03/04/15 07:37
偏西風は南北の温度差が大きい冬半球に発達し,温度差が小さい夏半球
には弱くなる。さらに北半球が冬のときの方が,南半球の冬のときより
も風速が強く,逆に夏についてみると,南半球の方が北半球よりも強く
なっている。
このように北半球では偏西風の季節変動が大きいのに対し,南半球では
季節による差は小さい。これは両半球の陸地面積と山岳系の分布の違い
が関係していると考えられている。
冬の北半球では偏西風は発達し,平均風速は80m/sにも達し,偏西風の
極大値の位置も南に下がり,緯度30ツ くらいの所にある。また夏には
45〜50ツ と高い緯度にずれている。これは偏西風中にあるジェット気流
によるものとされている
465世界@名無史さん:03/04/15 07:40
貿易風
trade wind
緯度30ツ 付近にある亜熱帯高圧帯から西向きの成分をもって赤道に向かって
吹くほぼ定常的な風で熱帯東風とも呼ばれている。
北半球では北東の風,南半球では南東の風となっている。緯度30ツから5ツ
くらいの低緯度地方の地表において観測されるが,とくに海洋上で卓越する。
貿易風帯では一般に下降気流が卓越するため,2〜3kmの高度に気温の逆転層が現れ,
これより上では大気は乾燥している。この逆転は亜熱帯高気圧の南東部で顕著で,
南西部は南東部ほどではない。貿易風と大陸上の気温の高い気団との間につくる
前線を貿易風前線という。
 貿易風という名称は英語の trade wind の訳語であるが,trade の本来
の意味は〈道〉〈通り道〉であることから,繰り返し往復しよく知られ
ている航路のことになり,転じて,このようなことが可能になるほど,
一定の方向に吹く風のことを tradewind と呼ぶようになったものである。
したがって貿易風よりは岡田武松によって一時用いられた〈恒信風〉の
方が適当で,フランス語の alizレ やドイツ語の Passat にも適合する。
466(σ・∀・)σ:03/04/15 07:44
467世界@名無史さん:03/04/15 10:53
地球は東向きに回っている。そうすると大気は取り残される。
それを大地から見ると東から西への風となる。
これが最も自転速度の速い赤道付近で貿易風となる。
また、地球は丸いのでその風が外側へ逸れる。
逸れた風は回転がかかって、東北方向に流れる。これが偏西風である。
偏西風は北極へ流れ込み、上昇してやがて赤道へ帰って行く。
468世界@名無史さん:03/04/15 13:55
455は読解力がおかしいと思う。
469世界@名無史さん:03/04/15 14:34
455>>468
455は、453の質問の前提が違うことを指摘したもので、
453の質問自体に答えたものではないよ。
470世界@名無史さん:03/04/15 18:13
中国はその昔、磁器と竹で火をおこしていたの?
以下はIELTSという外国人がイギリスやオーストラリアの大学を受験するさいに
必要な英語テストの一部ですが、その中に
「竹で磁器をたたいて火をおこしていた」という記述がある。
ほんまかいな?そんなんで火なんかおこるか?
In Arctic North America, the Eskimos produced a slow-burning spark
by striking quartz against pyrites, a compound that contains sulphur.
The Chinese lit their fires by striking porcelain with bamboo.
In Europe, the combination of steel, flint and tinder remained the
main method of fire-lighting until the mid-19th century.
北米の北極圏ではエスキモーが石英を硫黄を含む硫化鉱に打ちつけることに
よってゆっくり燃える火花をつくった。中国人は磁器を竹で打ちつけること
で火を熾した。ヨーロッパでは鋼と火打ち石と火種の組み合わせが19世紀
半ばまで火を点ける方法として広く使われていた。
471世界@名無史さん:03/04/15 21:22
韓国の歴史について教えてください
472世界@名無史さん:03/04/15 21:39
>>471
簡潔にまとめてやろう
半万年まえに檀君という人がいました
彼は熊をレイープしますた
そして生まれた子供の子孫が朝鮮人(韓国人)です

ただ歴史を教えてくれといわれても困る
せめてどの時代のどういう事件についてかくらいは書いてくれ
473世界@名無史さん:03/04/15 21:47
袁世凱の家族って袁世凱の死後皆殺しにされたって本当?
474世界@名無史さん:03/04/15 22:10
>>473
家族はわからんかった。正直スマン。次のネタで勘弁。

袁世凱は国民代表によって満票で皇帝に推戴された。しかしこれは茶番劇
だった。岱鍔のひきいる雲南の護国軍が蜂起(第三革命)すると反袁の動き
が一挙に表面化した。
翌年元旦を期として洪憲元年と改元されたが,即位できぬまま83日間で
帝制は取り消され,6月,四面楚歌のうちに袁世凱は病没した。
彼の死ほど人びとに歓迎された死はない,と当時の新聞に報道された。
475世界@名無史さん:03/04/15 22:25
>ちなみに吉川英治や横山光輝は、東南の風の正体を貿易風としていた。
吉川英治と横山光輝を並べるなよ(w
476ロベスピエール:03/04/15 23:21
ロベスピエールについて
私の中で彼のイメージは「恐怖政治をした、すごい悪い奴!」だった。


そんなおり
おふくろが「ベルサイユのばら」の本を読んでいて、興味本位でパラパラと見た。

そうしたら、ロベスピエールが悪人顔でなくて、善人顔で登場してきた。

そこで質問!ロベスピエールは、歴史的に見て、善い人なのですか?

477世界@名無史さん:03/04/15 23:32
>>476
ロベスピエール 1758‐94
Maximilien Marie Isidore de Robespierre
フランス革命の指導的な政治家。北フランスのアラスで弁護士の家に生
まれた。6歳で母を失い,父もまもなく失踪したため,母方の祖父に引き
取られ,アラスの神学校で学んだ。1769年に給費生としてパリのルイ・ル
・グラン学院に入り,古典や法律を学んだほか,啓蒙思想に触れ,とくに
ルソーから大きな影響を受けた。81年に法学士となって故郷に帰り,弁護
士になり,貧しい者や弱い者の権利を守るために努力するうち,旧体制の
矛盾を痛感するようになった。89年に全国三部会の議員に選ばれたロベス
ピエールは,議会がベルサイユからパリに移ったので,パリの指物師(さし
ものし)の家に下宿し,生涯独身のまま〈清廉の士〉とあだ名されたほど
清潔で簡素な生活を送った。89年から91年にかけて,自由主義的貴族と
上層ブルジョアジーとの妥協によって有産者寡頭支配が樹立されたとき,
権利の平等を主張して制限選挙制に反対し,蜂起した民衆に対する弾圧に
反対するなど,政治的デモクラシーを実現するために活躍した。91年秋に
新しく立法議会が成立すると,議員ではなくなったが,早くから加入して
いたジャコバン・クラブを拠点として活動を続け,92年には,ドリビエなど
の影響を受けて社会経済問題にも関心をもち,革命を遂行するためには貧し
い民衆や農民と同盟することが不可欠であると考えるようになった。
478世界@名無史さん:03/04/15 23:32
 92年8月に王政が倒れて9月に国民公会が開かれると再び議員に選ばれ,
右翼のジロンド派に対抗する左翼の山岳派の指導者として,ブルジョア
ジーと民衆や農民との同盟によって革命を内外の敵から防衛するという
新しい路線を実現するために努力した。ブルジョアジーだけの利害を守
ろうとするジロンド派の方針に反対して,93年4月に独自の人権宣言私案
を提示したが,そこでは,社会構成員すべての生存権こそが最も尊重され
るべきであり,個人の所有権は他人の生存権によって制限されるべきで
あるという,社会的デモクラシーの思想が表明されている。同年6月,民衆
蜂起の力を借りてジロンド派を追放し,山岳派が権力を掌握すると,
議会内に設置された公安委員会の指導的メンバーになり,中央集権的
な革命政府を樹立して,革命遂行のための政策を次々に実施した。

 ロベスピエールは,反革命派やジロンド派などを即決裁判で断頭台
に送る恐怖政治を始めるとともに,革命政府の指導方針に従わない民衆
運動に対しても弾圧を加えねばならなくなった。そのため93年秋ころから,
山岳派内部に分裂が生じるようになった。そこでロベスピエールは,
94年春に左翼のエベール派と右翼のダントン派とを相次いで処刑したが,
それによって彼の支持基盤は狭くなるばかりであった。その結果,同年
7月27日(テルミドール9日),議会において反ロベスピエールのクーデタ
が生じ,翌日,同志とともに断頭台で処刑された。その死後長らく,
恐怖政治の元凶として非難され続けたが,
今日では,政治的・社会的デモクラシーの先駆者として高く評価されるに至った。
                        
479世界@名無史さん:03/04/15 23:46
孫文って結局は勢力を維持するために
袁世凱に革命を売り渡した張本人じゃないのですか?

1911年当時の日欧の動向もあったにせよ
その後の中国の最悪の流れじゃないの?
革命自体も中途半端に終わったし
480世界@名無史さん:03/04/16 01:09
>473
>袁世凱の家族って袁世凱の死後皆殺しにされたって本当?

殺されていない。
袁世凱には妻一人、妾9人。
男子17人の子供、女子は不明。
長男克定。一男二女。生存。
次男克文。
481Ryo:03/04/16 10:58
タイトルと関係ないですが、世界史好きな人が多そうなのでカキコさせてもらいます。
高校のときの世界史のノートを譲ってもらえませんか?
もちろんコピーでもオッケーです!
いいよ!って方、メール下さい。
482世界@名無史さん:03/04/16 11:09
>>479
北京,南京とも手づまり状況のもとで孫・袁間に電報談判が行われ,清国
皇帝の退位と袁世凱の共和制賛成を条件に,孫文は大総統位を袁世凱に譲
ることにした。2月12日,皇帝退位の上諭が発せられ,秦の始皇帝以来
の王朝支配の終焉をみた。孫文は袁世凱に位をひきつぐまえに民主的
な臨時約法(軍政から憲政にいたる過渡期の最高法規。憲法と考えてよい
)を作りあげた。立法機関(臨時参議院)は人権を確立し,民主を擁護する
ための多くの法律を制定した。4月初め,孫文は辞職し,南京の諸機関は
みな北京へと移り,新しい共和国は袁世凱のもとに統一された。
 革命の成果として誕生した民国では,人々は自由を享受し,未来への
希望にもえていた。政党の乱立,新聞の族生はその社会的現象であり,
辮髪の剪截,纏足(てんそく)の解放はその個人的表現だった。武昌蜂起
1周年に際し,北京では天壇が一般開放されたが,これほど帝国から民国
への移行を実感させることはなかったろう。孫文は袁世凱と協定を行い,
政治を袁世凱にまかせて,自分は10万kmの大鉄道網の建設に当たることに
したほどであった。
483世界@名無史さん:03/04/16 11:09
しかし,北洋軍閥の頭目と革命家が現実に歩調を合わせて前進すること
はできなかった。12年暮れから翌年初めにかけて中国最初の国会選挙が
行われ,袁世凱の与党が敗北した。勝利した国民党は中国同盟会を母体
としたものだったが,反袁というわけではなく,責任内閣制のもとで民
国を運営していこうと考えていたにすぎない。しかし袁世凱はそれも独
裁への障害であるとし,3月,国民党の中心人物である宋教仁を暗殺した。
 孫文はこの段階で反袁武装闘争の必要を認識したが,黄興をはじめ多
くは法律による解決を主張した。その間に袁世凱は国会の権限を踏みに
じってイギリス,ドイツ,フランス,ロシア,日本の5国銀行団から2500万
ポンドにもおよぶ善後借款を結び態勢をととのえた。列強は革命の勢い
の強いあいだは中立を装っていたが,今や公然と北洋軍閥を清朝にかわ
る中国での代理人に仕立てあげることにしたのである。7月,追いつめら
れた国民党側は九江,南京等で蜂起したが,いずれも簡単に袁世凱の手
でねじふせられた。いわゆる第二革命の敗北である。武昌蜂起から1年
有半,革命派は政権を握りながら国民の期待にほとんど応えられなかった
ことにより,孤立状態で蜂起したのである。たしかに彼らは,前も今も
反動的独裁者に対して闘争をしかけたのだが,前に彼らを支持した諸勢力
は,いまやほとんど背を向けてしまったのだから,その敗北も必然だっ
たわけである。
辛亥革命は民国を作りだし,民国は袁世凱に献げられたかのようにもみ
えたが,それは同時につぎの跳躍のための屈膝でもあった。
484世界@名無史さん:03/04/16 11:51
>479
>袁世凱に革命を売り渡した張本人じゃないのですか?

歴史の質問は過去の事実を問うものでその評価は個人でするしかない。
評価するためには、基礎知識が沢山必要になる。
岩波新書814 野沢豊著「辛亥革命」はいい本だが売ってないか。
図書館ででも、読めるでしょう。
現在読売新聞で連載している、「青山一髪」は孫文の話で面白いですよ。
485世界@名無史さん:03/04/16 13:20
ケネディ暗殺の黒幕は誰だったんですか?軍産複合体とかマフィアですか?
486世界@名無史さん:03/04/16 13:34
>>476
清廉で真面目すぎる人間が政権とると、周囲の政治家や国民にも
自分と同様の清廉さや真面目さを求めてしまい、けっきょくろく
なことにならない、という典型。
日本では松平定信なんかがこのタイプ。
487世界@名無史さん:03/04/16 14:10
ホントにあんなメイド服着てたメイドさんはいたんですか?
そしてゲームみたいにエロイことしてたんですか?
あと、頭のひらひらしたの、あれ何?なんの役に立つの?
488パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/16 15:24
>>481
そんなはずかしいもの見せられるか(笑

始業式ってまだだっけ?
489世界@名無史さん:03/04/16 15:28
>>485
謎だから、今でも本や映画のネタになってる。

>>487
変なもの見すぎだw。
日本でも使用人と旦那や息子との濡れ場はよくあるだろう。
そんなレベルだろ。
頭のキャップは制服の一部。看護婦キャップは最近は廃止が多いが。
490世界@名無史さん:03/04/16 16:23
同じ敗戦国のドイツ イタリアには軍備が許されて
日本に許されなかったのはなぜですか?
491世界@名無史さん:03/04/16 17:33
戦前日本は朝鮮を併合してますが、なんで朝鮮と戦争せずに併合できたのですか?
492世界@名無史さん:03/04/16 17:38
>>491
無益な戦はしないからw
493492:03/04/16 17:45
>>491
すこし真面目にこたえると、
当時の朝鮮には、日本に抗う国力がなかったからです。
日清戦争後の下関条約で清は朝鮮の独立を認め、
ポーツマス条約で日本の朝鮮に対する支配権をロシアに認めさせました。
以後、いわば恫喝によって三次に渡る日韓協約を韓国政府に認めさせ
1910年韓国併合条約締結にこぎつけたのです。
494世界@名無史さん:03/04/16 18:15
アメリカ皇帝について教えてください。
495世界@名無史さん:03/04/16 18:18
>>490
日本にはアデナウアーが居なかったから。

それはともかく、警察予備隊→保安隊→自衛隊で日本は事実上の再軍備を行っている。
496世界@名無史さん:03/04/16 18:39
>>490
ドイツは隣にソ連(旧東ドイツ)があったでしょ。
資本主義諸国にとってヨーロッパ防衛の要にあたります。
イタリアは途中で連合国側に鞍替えしたのでドイツや日本ほどの
制裁を受けることを免れたのです。
497世界@名無史さん:03/04/16 19:27
>>493
ありがとうございます、そんなに弱かったんですね…
ションボリ
498世界@名無史さん:03/04/16 19:48
>>494
アメリカ皇帝について教えてください。 と言う質問を思いついた理由を教えて下さい。
499パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/16 19:50
アメリカ皇帝っつーことは、やっぱノートン1世のことを聞きたいんでしょ。
ぐぐればすぐに出てくると思うが。
500世界@名無史さん:03/04/16 20:06
>>482-483
でも結局このときの決断が
結果として、国民党を誤解させ、革命理念を踏みにじられ、日本の侵略を許し、
ゆ支配者が清から袁ら軍閥にかわっただけじゃん
急ぎすぎてあせった結果がのちの40年におよぶ泥沼の内戦に続いたんじゃないの?

もちろん列強の動きは気になるところだけど
501世界@名無史さん:03/04/16 20:15
スコット・ノートン
502世界@名無史さん:03/04/16 21:20
前期倭寇は日本から西アジアまでにいたる海の民の大規模な反乱だったと聞いたのですが本当ですか?
503世界@名無史さん:03/04/16 22:34
>>502
「前期倭寇は,朝鮮半島を主舞台に,中国大陸の沿岸でも行動し,
高麗・朝鮮(李朝),元・明がそれぞれ被害をうけた」
が一般的ですね。

後期倭寇のほうが中国人を中心として、ポルトガル人も中国から「倭寇」
と呼ばれていましたから、広範囲の可能性は高いのではないかと。
504世界@名無史さん:03/04/16 22:40
>>500
この決断がなければ、清皇帝は退位しなかったんじゃないかな。
やむをえなかったと思うが。
侵略は列強・日本に責任ありだし、内乱は北伐で統一されるはずだったのでは。
何かあの時の対案は何かありますか?
505世界@名無史さん:03/04/16 22:47
>アメリカ皇帝
小麦相場の大暴落により、ノートンは一夜にして全財産を失うことにな
ったのでした
ノートンは、精神錯乱になり、姿を消してしまいました
数年後、ノートンは突如、サンフランシスコのとある新聞社を訪れ、
こう宣言をしたそうです
「私、ジョセフ・ノートンはアメリカの国民大多数の要望により、
ここにアメリカ合衆国皇帝になったことを宣言する」
言うまでも無く、アメリカは君主国家でないため、皇帝など存在しません
要は、たわごとで、「自称の皇帝」なのです
最初は全く相手にしなかった新聞社でありましたが
ノートンの堂々とした言動を見て、ニュースソースに飢えていた新聞社は
冗談半分で「合衆国の初代皇帝誕生・ノートン1世」を報じたのでした
http://www002.upp.so-net.ne.jp/osa0915/noton.htm

わりとおもろい。

506世界@名無史さん:03/04/16 22:51
ノートン一世についてなら、この本が面白いぞ

アメリカ皇帝になった男の話
佐山 和夫 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4267011729/
507世界@名無史さん:03/04/16 23:05
>>490です
>>495さん>>496さんレスありがとうございました。
508世界@名無史さん:03/04/16 23:23
日本の軍備が禁止されたのは日本国憲法が制定されたのが冷戦が激化する前の1946年
だったことが大きいのでは。連合国の占領下にあった西ドイツでは基本法(憲法)が
つくられたのが1949年で冷戦の激化からドイツ再軍備の必要がすでに認識されていた。
ドイツ再軍備が実施されたのは1954年で、日本の警察予備隊発足よりおそい。
509世界@名無史さん:03/04/16 23:37
>>508
タイミングの問題ってことか
ドイツの憲法制定が遅れたのは分割統治の影響か?
510世界@名無史さん:03/04/16 23:44
>>509
本来は東西ドイツをあわせて統一政府をつくる予定だったからね。
冷戦のためにそれができなくなってしまった。
511508:03/04/17 00:26
訂正、1949年のドイツ基本法でも戦力の不保持はもりこまれていたみたい。
1953年の基本法改正で再軍備が可能になった。
これは吉田とアデナウアーのやる気の差なのか。国民の反発の差なのか。

512世界@名無史さん:03/04/17 00:28
>>511
地理的要因もあるのでは?
国境を挟んで真隣と
海の向こう側。
513世界@名無史さん:03/04/17 01:09
ドイツって独立してから憲法作れたの?
514世界@名無史さん:03/04/17 01:30
ドイツの主権回復は1955年だから基本法(憲法)制定は独立前。
515世界@名無史さん:03/04/17 01:48
なんでリー将軍って北軍の指揮官の中ではマクラーレンを評価していたんですか?
516山崎渉:03/04/17 09:11
(^^)
517世界@名無史さん:03/04/17 11:12
age 救っておこう
518世界@名無史さん:03/04/17 12:24
>>511
吉田はわざとだよ。国民が再軍備には納得しないとのらりくらりとかわし、
商業国家を目指し、その後の復興の基礎とした。
519世界@名無史さん:03/04/17 12:37
なんで西独人は納得して
日本人は納得しなかったのか?

ところでドイツでも軍備全廃を訴える
絶対平和主義勢力は根強いようでつね。
520世界@名無史さん:03/04/17 12:46
国民性の違いだろうね。

日本人はヒステリー起こすけど基本的にはのほほんでヘタレだと思う。
521世界@名無史さん:03/04/17 12:48
ドイツの平和主義勢力は正義感とかそういうとこから来てるような気がする/
日本人の嫌戦感とはちょっと違うね。
522世界@名無史さん:03/04/17 12:49
剣道の起源は韓国にあり!?
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Acropolis/6963/
523世界@名無史さん:03/04/17 12:51
>>519
やはり分断されからじゃないの
524世界@名無史さん:03/04/17 12:52
>>523
同意。
分断は結構大きな要素だと思う。
525世界@名無史さん:03/04/17 13:04
東ドイツは当然のごとく戦後まもなく軍隊保持してたのかな?
526世界@名無史さん:03/04/17 13:15
>>525
第二次大戦後、ドイツは東・西ドイツに分割され、ソビエトの占領下に
入った東ドイツは一時まったく武装を解除されたが、終戦直後には人民
警察が創設され、1948年7月には人民警察組織の中に、将来の新国軍
編成に必要とする基幹要員(将校)を教育する機関として、特別国境警備隊
が設けられ、緊急時にはこれらの要員によって再軍備に必要な基幹部隊を編成
する準備が行われた。
 一方、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)がNATO軍への参加という形で再軍備
への動きをはじめたのに対して1955年9月22日、東ドイツ首脳部は
「東ドイツは祖国防衛のための軍隊を創設する」と発表、憲法の改定によって
祖国及び労働者の権利を守ることは「名誉ある人民的義務」であるとして、
翌56年1月、人民警察を人民軍に改編、国防省の創設とともに志願兵制
を施行した。
また、西ドイツ国防軍のNATO軍への編入に対抗するため、人民軍を
ワルシャワ条約統一軍に編入することが決定された。
新編成の人民軍の編成は、陸・海・空軍を合せて120,000名であり、
その後ソビエトの要求で90,000名に縮小したが、1961年9月、
ドイツ民主共和国々防法によって志願兵制から徴兵制に移行し、プロシア陸軍
の伝統を継承する精強な人民軍が造り上げられた。

527世界@名無史さん:03/04/17 13:18
>吉田の作戦
吉田内閣は第2次大戦後の日本経済の復興課題に取り組むため,経済テク
ノクラートを閣僚として迎える必要に迫られていた。そのために保守党
の資金を党人派にゆだねつつ,官僚機構とその人的要素に保守党の政策
展開を依存するという形を採ってきた。この戦後型保守党運営は吉田茂
によって確立されたものであった。
また,日本の安全保障をアメリカとの軍事ブロック化の方向に見いだし,
そのうえでアメリカの再軍備要請に適当に対応しながら日本経済の復興
を図ったその商人国家的発想は,高度経済成長段階において評価を受け
ることになった。
池田勇人内閣や佐藤栄作内閣段階に代表的に示された保守本流の政治路
線の原点は吉田内閣にあるとされ,池田,佐藤などの官僚出身政治家は
〈吉田学校〉の出身者とされている。その死は国葬をもって遇せられている。
528世界@名無史さん:03/04/18 00:29
>>504
袁世凱の野望を見抜けたなかった
あるいは信じていた孫文が痛い
彼は立憲元首で名誉職にしようとするつもりみたいだったけど

だいたい孫文は袁世凱の事知ってたのか?
日清戦争、戊戌政変、清末の袁世凱を観察していれば十分に予想できたこと

双十事変が予想外な事で急な決断を迫られたとはいえ
はっきり言って極めて下手糞ななやり方だったと思う

529世界@名無史さん:03/04/18 01:22
「今のユダヤ人(というかアシュケナジー?)はハザール由来で、旧約聖書に出てくるユダヤ人の子孫ではない」という説は本当なんでしょうか?
ユダヤスレ、ハザールスレを一通り見てみたところ、dデモ扱いされたりしているようですが、なぜdでもなのかいまいちよく分からないんです。
どなたか一まとめにして分かりやすく教えてくださいませんか。出来ればソースつきでお願いします。
530これよろ ◆eu.Ab21Mpk :03/04/18 13:25
領主が花嫁の初夜を独占できる初夜権や
ごく最近まで一部の地方であった
クリトリスを切除するという悪法まで
そんな性文化を知ってたらおしえてください。
531動画直リン:03/04/18 13:33
532世界@名無史さん:03/04/18 13:42
>>530
>ごく最近まで一部の地方であった
>クリトリスを切除するという悪法まで

まだアフリカとかでやってるんでしょ?
533世界@名無史さん:03/04/18 13:54
Female Genital Mutilationで検索汁
534世界@名無史さん:03/04/18 15:22
>>532
>アフリカでは以前、女性の割礼の風習がありました。
>これはクリトリスの一部を切断してしまうものです。
>家を守る女性が、外で命がけで狩猟をしている夫の留守の間、
>他の男と楽しむことがないようにということからなのです。
>こわいですねぇ、女性を不感症にするためなのですよ。

今はどうなんだろうね?あそこを少女時代に縫って、結婚初夜に糸を
はずすというのはテレビでやってた。ばい菌で死ぬ子が多いそうだ。

>>533
英語サイトしか出てこん。読めへん。訳すと雌生殖器切断か?
535世界@名無史さん:03/04/18 15:55
>>529 ここで虚々実々のやりとりが

http://mentai.2ch.net/whis/kako/947/947498176.html
アシュケナージはハザール人である!
536世界@名無史さん:03/04/18 16:11
ここに書いてあった
http://fair-port.com/tama/people12.html
女性の割礼とは、陰核を切除したり陰唇を切り取るか縫合する手術のこと。
アフリカでは少なくとも22ヶ国で約1億3千万人の女性が性器切除を受けている。
少女や幼女の数は年間200万人にも及ぶと言われる。
人権団体アムネスティ・インターナショナルは先頃、性器切除を人権侵害と認定、
欧米諸国ではこれを亡命の理由として認めるようになってきている。

日本の人口とほぼ同数が今も割礼しているんだね
537bloom:03/04/18 16:16
538これよろ ◆eu.Ab21Mpk :03/04/18 17:52
一応、日本にも夜這いという文化がありましたけど
海外にもこんなのあったんですかね?

あとよく映画とか漫画で、くの一が性的な技を
身に付けてるみたいな感じで描かれてたりしますが
実際、史実でこんな記録とかあるんでしょうか?
アホっぽくてすいませんが・・・・・
539世界@名無史さん:03/04/18 19:11
>>538 ちょっとちがうかな?

たとえば南インドのナヤール・カーストの妻訪形式をとる男・女の関係
は,夜をともにする性的関係にとどまり,居住,生産,消費や子ども
の養育,しつけなどは兄弟姉妹が一生を過ごす居住単位で行われてい
た。つまり,子どもたちはその〈生みの父〉を識別し,正当なカースト
の身分を得ても,その葬儀にも参加せず,それ以上の社会的経済的な
つながりはもっていなかった。ナヤールでは通ってくる男は1人とは
限らなかったので,いわゆる一妻多夫婚であった。さらに〈夫〉は男
とは限らず,アフリカでは女どうしの結婚の慣習をも認めている部族
がある。たとえばナンディ族(ケニア)で,息子をもたない未亡人は,
嗣子を得るため,普通の結婚と同じ形式にしたがって〈妻〉を迎える。
父系制をとるナンディ族では,家畜や土地などの財産を父から息子へ
均分相続で伝えるが,息子をもたず死亡した男の財産はいったん妻が
保有する。この財産を亡夫の弟など傍系の父系親族に渡さず,みずから
亡夫の身代りとなって〈妻〉をめとり,後継者を確保するのである。
実際にはこの新妻のもとには,愛人が通ってきて子を生ませるのである
が,性以外の日常生活では,同棲している〈夫〉が男主人として客を
接待し,力仕事は別に男を雇って自分の代りにやらせるなど男性の
役割を果たす。こうして,女どうしの〈夫婦〉間には通常の夫婦間
におけると同様の協力関係と感情が見られるという。
いっそう極端な例として,同じナンディ族において〈家との結婚〉
も行われる。これは未亡人が亡夫との間にもうけた娘に,家または
中央の柱を〈夫〉に見たて,それと結婚させる。実際には娘が自分
で選んだ愛人との間に生まれる息子が亡父の財産を相続する。
540世界@名無史さん:03/04/18 19:12
これは安いアダルトDVD一枚900円!!
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541世界@名無史さん:03/04/18 20:05
条約と協商と協約の違いを教えてくだされ
委任統治領と植民地と租借地の違いを教えてくだされ
542世界@名無史さん:03/04/18 21:46
>>541
悪いが、全部普通の百科事典に載っているので比較を。
引用すると定義づけでスペースをとりすぎてしまう。
543じゅけんせー:03/04/18 23:01
アメリカのことを『ローマ帝国の再来』だなんて表現するのをしばしば耳にします。
多分、「お前ら、ちょっとはわきまえないとローマみたく滅びるぞ」って意味だと思うのですが。
それを聞いて僕は「アメリカ人って、自分ら嫌われてることに気付かないのかな〜?」なんて思ってました。
でも、ふと我が身を振り返ってわかったんです。実は、本当にヤバイのって日本じゃねぇの?って。
そりゃ、アメリカもいつかは崩壊するのかもしれませんが、近々、日本が日本人の国じゃなくなるような気が。いや、もう始まってるのかも。
ローマ末期って、イタリア本土からは兵士を出しませんでしたよね?今の日本もアメリカに依存しまくってます。大金払ってね。これって、傭兵と同じことじゃないですか?
「パンとサーカス」なんて言葉もありますが、ちょっと前の日本もそんな勢いじゃないですか?国民の生活は満ち満ちていた、ってね。
アジアからは移民が続々来てるし、中国工場で優秀な人材は日本の本社でお偉くなっちゃったりして。
イタリアはいろんな民族に分割して治められましたよね、結局。教皇領は残ったけど。天皇は千年以上続く家だからって尊重されて東京だけは日本のままだったりして。大阪なんかは朝鮮人に占拠されたり・・・
なんてこと、あったりしますか?
544例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/18 23:21
>じゅけんせーさん
小林よしのりなんかはそれを叩いてますね。
「アメリカなんか頼りにするんじゃない」って。
でも、そういうレスはこっち向きです。

★★世界史板・統一雑談スレ Part 6★★★@世界史
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1047687402/l50
545世界@名無史さん:03/04/18 23:22
>アメリカのことを『ローマ帝国の再来』だなんて表現するのをしばしば耳にします。
>多分、「お前ら、ちょっとはわきまえないとローマみたく滅びるぞ」って意味だと思うのですが。
これ、違うんじゃない?そもそもアメリカ自身がローマ帝国を自分と重ね合わせてると思うが。
あとのことはしらん。個人的妄想を「あったりしますか?」とかいわれてもね。
546世界@名無史さん:03/04/18 23:48
>>543
545さんの言う通り。
欧米では、ローマ帝国のイメージは、栄光ある大国であって
滅亡寸前の国っていうイメージではないんだよ。
547世界@名無史さん:03/04/19 00:07
>>543
「パンとサーカス」は、ローマの詩人ユウェナリスが、国民が
それしか求めないと嘆いた言葉で、以降、およそ社会や政治を
批判する者がよく使うキーワードです。
が、よく考えてください。「パンとサーカス」が満ちているの
は、そんなにいけないことでしょうか?
パンとはすなわち生活の安定であり、サーカスとは娯楽です。
生活の安定と娯楽、これはむしろ、あって当然のものであり、
それを守るのは国として正しい方針とさえ言えます。
たとえば北朝鮮を見てください。日本と比べ、かの国の国民は
食料も娯楽も不足しているのはあきらかです。
あなたは、日本と北朝鮮、どちらの国民として暮らしたいと思
いますか? そして、両国のうちどちらが国として安定してい
ると思いますか?
548例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/19 00:22
>545-547
自治厨と言われそうだけど、こっちに行こうよ。盛り上がってきたし。

★★世界史板・統一雑談スレ Part 6★★★@世界史
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1047687402/l50
549世界@名無史さん:03/04/19 08:45
一重まぶたや胴長短足という身体的特徴は
人類が寒冷地に適応した結果だということですが、
ヨーロッパにも、このような寒冷適応した人々は
多いのでしょうか?
550動画直リン:03/04/19 08:46
551世界@名無史さん:03/04/19 13:36
>>549
胴長は草食と肉食の差では?
シベリア・アラスカ・カナダなどの北方先住民は一重瞼だね。
一重はモンゴロイドに多いそうです。いわゆるヨーロッパ人には少ないかな。
552世界@名無史さん:03/04/19 16:56
第二次大戦以前の東アジアで独立国家だったのは日本、中華民国、満州(?)、タイ
ですがタイって実質的にどんな状態でした?
英仏による満州国状態だったとか聞いたんで。
553世界@名無史さん:03/04/19 17:24
バクダッドにおける略奪による歴史遺産の損失を世界史板の皆さんはどんな
気持ちで見てますか?
554世界@名無史さん:03/04/19 17:40
ムスリムを皆殺しにすべきだと思います
555世界@名無史さん:03/04/19 17:43
>>553
形あるものはいつか滅びる。
過去も未来も現在もなくしたくないだなんて
おこがましいとは思わんかね?
556世界@名無史さん:03/04/19 17:53
ファーティマ朝が開かれた年から、パフレヴィー朝が開かれるまでの年数を
教えてください
557世界@名無史さん:03/04/19 17:55
「アジア ASIA」の語源は何ですか??
558世界@名無史さん:03/04/19 19:50
>>556
宿題ですか?

>>557
アッシリアもしくはフェニキアにおいて、エーゲ海東岸一帯をアス(日が昇る方向、東)と
呼び、西岸一帯をエレブ(日の沈む方向、西)と呼んだ。これが後にアジアとヨーロッパの
語源となった。
559世界@名無史さん:03/04/19 20:03
>>556
自分で年表開くぐらいしる。
560世界@名無史さん:03/04/19 21:55
>>552 タイはわりと頑張ってたようですよ。
4世王モンクット(在位1851‐68)は,先進資本主義諸国の自由貿易要求を受け
入れ,開国政策によって,近代化の契機を開いた啓蒙君主として知られる。
55年に締結されたボウリング条約は,支配層の伝統的経済基盤をゆるがせ,
タイに社会秩序の再編成を迫った。また米輸出の解禁は商品米の生産を刺激し,
やがて無人のチャオプラヤー・デルタをタイ最大の穀倉地帯へと変貌させた。
5世王チュラロンコン(在位1868‐1910)は,イギリス,フランス両植民地主義
勢力の圧力を受けながらも,巧みな外交政策によって植民地化の危機を回避し,
国内にあっては門閥の勢力を排除しつつ,タイを近代国家へと脱皮させること
に成功した。有能な王弟ダムロンを内相に起用して地方行政制度を整備せしめ
,タイ国史上初めて,絶対君主による領域支配の貫徹する集権的統治体制を確立した。
行政組織の近代化にあたっては,各国へ留学生を派遣して人材の養成を図る一方,
多数の〈御雇外国人〉を招聘(しようへい)している。日本からも政尾藤吉,
安井てつなど,刑法,女子教育,養蚕などの専門家が渡タイした。
 チュラロンコンのつくった近代的国民教育の基礎は,6世王ワチラウット
(在位1910‐25)の時代に〈初等教育法〉(1921)が成立し,義務教育制度が導入
されることによって確立した。外国留学を経験した最初のタイ国王である
ワチラウットは,文人としての評価はあるものの,すぐれた統治者とはいいが
たかった。とくに〈スアパー〉と称する国王直属の疑似軍隊をつくって軍人の
反感を買い,放漫な財政によって国家財政の危機を招くなどの失政は,のちに大
きな禍根を残した。1925年王位を継いだ7世王プラチャーティポック(在位1925‐35)
は,財政再建に苦慮したが,世界大恐慌の発生という不幸が重なり,行政整理,
官吏の減俸措置は伝統的な王族支配に対する批判を生み,ついに32年文武の若手
官僚を中核とする人民党のクーデタ(立憲革命)が発生してタイの絶対王政は終りを告げた。
561世界@名無史さん:03/04/19 21:56
>>552
[立憲革命以後]1932年以降のタイ現代史は,伝統的政治・文化と断絶のない
ままに,社会・経済的変化に適合する民主政治のあり方を模索した試行錯誤の
軌跡である。その営みの困難さは立憲革命後の30年間に繰り返された憲法の改廃
が,実に20回を超えるという事実のなかに明らかに示されている。38年までの
6年間は,人民党内部における武官派勢力がしだいに増大し,その領袖に推された
ピブンが権力を掌握していく過程である。首相の地位についたピブンは,伝統的
な国名〈シャム〉を廃し,これを〈自由〉を意味する〈タイ〉に改めるとともに,
近代国家の建設を目標に次々と国家主義的政策を打ち出した。太平洋戦争が勃発
すると,ピブンは日本の軍事行動に追随したが,日本の軍事的劣勢とともに
その勢力は衰え,44年ついに下野し,戦後は戦犯容疑に問われた。
562世界@名無史さん:03/04/20 04:20
「教科書に載ってるけど必要のない事柄」みたいなスレッドがあったと
思うのですが、どれかわかりませんか?
563山崎渉:03/04/20 04:33
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
564世界@名無史さん:03/04/20 06:50
最近、ソ連について知りたいと思ってます。
スターリンまでは判りやすく解説してるHPで
それなりにわかりました。
でも昔は日本に負けるぐらいだったのに、
一時はアメリカ以上(ロケットとか)の力を誇ってましたよね?
アメリカの歴史はなんだかんだで結構知ってますが、
ソ連ってなんでスターリン以降凄くなったのか、知りたいです。
565世界@名無史さん:03/04/20 08:49
山崎渉の書き込みは4:30から4:40あたりに集中して書き込んでいるな。
アドレスをファイル化してプログラムで一斉送信しているのではないか?
いずれにしても迷惑な奴だ。
566世界@名無史さん:03/04/20 08:51
>>565 しつれい。雑談スレと間違えた。
567世界@名無史さん:03/04/20 09:53
>>564
革命前のロシアは鉱工業のほとんどの分野でアメリカ,イギリス,フランス,
ドイツに遅れていたが,旧ソ連邦は,いくつかの分野でアメリカには劣るものの,
ヨーロッパでは第1位の鉱工業生産高を誇っていた。
アメリカと比べて経済発展度は1960年代以降急速に高まっていると自己認識され,
国民所得や工業力全体ではやや低いが,石油,鋼,化学肥料,セメント等々では
1980年代末までの20年ほどの間に〈追いつき追い越し〉たとされていたのである。
1970年代から欧米諸国が大量の失業者とインフレーションとの同時存在(スタグフレーション)
に悩まされていただけに,驚くほど長期間にわたり安定した物価水準を維持しつつ,
しかもかなりの成長を遂げていたソ連経済が,非マルクス系経済学者からも注目
されていたことは当然であった。革命前ロシアの外国資本による産業の分断支配,
革命後の内戦,干渉戦,さらに2000万人の死者を出したという第2次世界大戦
などでの困難を考慮すると,旧ソ連の経済的達成はまさに驚異的というべきものであった。

 鉱業,重工業を中心にしたこのようなソ連経済力の上昇が,独特の〈計画経済〉
制度に支えられてはじめて可能であったことはよく知られている。〈計画経済〉
の理念は,マルクス《資本論》が資本制社会を〈無政府的〉〈事後的調整〉の
社会と把握したことの否定面として形成されたが,ソ連邦でこれが現実に制度化
をみるのは1920年代の末からである(第1次五ヵ年計画は1928‐32年)。
1981‐85年第11次五ヵ年計画,86‐90年第12次五ヵ年計画というふうに
〈計画経済〉が積み重ねられてきていたのである。結果的には,第13次5ヵ年計画
に入った年にソ連邦は崩壊したことになる。

568世界@名無史さん:03/04/20 09:56
>>564
 土地をはじめとして重要産業部門をことごとく国有化し,教育・文化活動など
も国家的事業とされる独特の国家主義的社会の中で,このようにきわめて中央集権性
の強い指令型の計画経済が営まれていたわけである。鉱業の一大発展を支えた条件
の一つには,シベリアをはじめとした資源の豊富さがあったであろうが,それとともに,
ソ連政府が技術者・専門家を優遇し,一定の教育体系を用いて専門職種で熟練度の高い
有資格熟練労働者(クワリフィツィーロバンヌイ)を継続的に大規模に育てたことも
指摘されねばなるまい。あらゆる産業分野で有資格熟練労働者は優遇され,
一般に高教育水準=高資格=高賃金=管理上の高地位,といった連関の位階制
がみられ,それが全体の中央集権指令型の国民経済を支えていたのである。

計画経済・集団農業はある一定の時期までは有効です。
特にソ連は建前が農民と労働者の国家だったので熟練労働者形成を重要視した。
それをすぎると不効率が目立ち、伸び悩み、アボーン。
569世界@名無史さん:03/04/20 18:55
中国伝説時代の話で恐縮ですが。
夏王朝の誰かがお忍びで町をブラブラしてる時、「帝なんて知ったこっちゃねー」みたいな歌を老人が歌っているのを聞いて、自信喪失したみたいな話って、なんでしたっけ?
良政は民衆の関知するとこじゃない、みたいな教えだった思うのですが・・・ま、SARSの対応はマズかったと思いますが。あんま関係ないかな?
570世界@名無史さん:03/04/20 19:29
>>569
それは帝堯の話では? それに自信喪失したというのは全く逆。
堯は民衆の気持ちを知るために街中をお忍びで歩き、白髪の老人が
「帝力われに何かあらんや!」と楽しげに歌っているのを聞いて
これこそ自分の理想とする「為すなくして天下を治める」政治が
実現したと言って喜んだという話のはず。
571世界@名無史さん:03/04/20 20:37
ヨーロッパにおける征服者の多くはイギリスに手を出して程なく没落する
だったらあんな小さな島放置しといてもいいんじゃないかと思うんだけど
中国だってほとんど日本は放置してたわけだし
イギリス無視できない理由ってなんでしょう?
572世界@名無史さん:03/04/20 20:45
>>571
海軍力と経済力でしょ。
放置したくても、むしろイギリスの方が妨害に走ってるんじゃないの?
573世界@名無史さん:03/04/20 21:19
>>571-572
ナポレオンもイギリスに包囲網を引かれたね。
ナチスドイツは航空力が不足してた。
ローマのカエサルは成功してたんじゃなかったかな。

スペインの無敵艦隊撃破から、イギリスは無視できない存在となったね。
1588年かな。しかし、その後40年はまだスペインが大西洋支配してたらしいが。
574世界@名無史さん:03/04/20 21:29
>>573
カエサルはブリタニアに上陸したけどすぐに引き上げてるよ。
つーかカエサルの時代はイギリスと言う国が存在しないんだから比較対象にならんでしょ。
確かに1588年以後、イギリスは侵略されにくくなるね。
それ以前のイギリスはむしろ外敵に占領されることが多かった。
ローマ、アングロサクソン、デーン人、ノルマンディー公など。
575ゆうた:03/04/20 22:09
なんでファシズム勢力は共産主義が嫌いだったんですか?
576世界@名無史さん:03/04/20 22:28
似たもの同士だったから、近親憎悪
577世界@名無史さん:03/04/20 22:31
>>575
ヒトラーもムッソリーニも反共を叫ぶことで軍部やブルジョワの支持を得ることができたから。
578世界@名無史さん:03/04/20 22:38
>>575
第1次大戦終了直後の混乱のなかでロシア革命の成功に刺激されて,
多かれ少なかれ革命的な色彩をもった労働運動が各国で燃え上がったの
に対して,地主,軍人,右翼政治家,一部財界人の間に深刻な危機感が
生まれ,彼らが資金や信用を提供してファシズム運動を支援したという
事実も見のがせない。30年代の世界恐慌(大恐慌)は,そうした動きを
さらに世界中に広める役割を果たした。

財閥は国有化を、地主は農地解放を、それぞれ共産主義に恐れた。
ヒンデンブルク大統領が大嫌いだったヒトラーに首相任命の圧力を
かけて、イエスと言わせたのはドイツ地主階級代表者でした。
社会民主党や共産党の農地解放の立法案提出を恐れていました。
ドイツ財閥だけでなく、アメリカ財閥もヒトラーに寄付をしていた。
共産主義がソ連から広がらないように、ドイツと戦わそうとした。
579   :03/04/20 22:59
1.アメリカ独立宣言にある「幸福の追求」とは一般に何をさしているか。
2.アメリカ南部の経済を支えた労働形態で、独立宣言の理念と反していたものは何か。
3.ワシントン大統領は告別演説で政治的同盟関係を批判する一方で何を推奨したか。
4.憲法で連邦政府の管轄だと規定されない事項はだれの管轄として留保されるか。
5.アメリカ連邦政府は所得税を課すために何を修正しなくてはならなかったか。

おしえてください。おねがいします。
580世界@名無史さん:03/04/20 23:01
宿題ですか(w
581   :03/04/20 23:06
はい。むずいっす。
582569:03/04/20 23:07
>>570
ありがとうございます。具体的な出典とかって、わかりますでしょうか?
583ゆうた:03/04/20 23:09
>>578
じゃあ共産主義って弱いもののための素晴らしい思想なんじゃないですか?
アメリカは金持ちのために韓国やベトナムで戦ったんですか?
584世界@名無史さん:03/04/20 23:09
>579
とりあえず、2番目の問題は常識の範囲だと思うが。

585世界@名無史さん:03/04/20 23:13
>>582
俺が読んだのは河出書房の新十八史略だけど。
元ネタは多分、史記の五帝本紀じゃないかな。
586とてた:03/04/20 23:16
>>583
そう考えた(いる)人が多かったから、革命思想が世界中に蔓延したのです…。

現実は、理論通りにはいきませんし、その理論も古かったりします。
587世界@名無史さん:03/04/20 23:45
>>583
結局は弱いものの一部が金持ちになるだけ
588569:03/04/20 23:55
>>585
ありがとうございます。ちゃんと勉強してきます。
589世界@名無史さん:03/04/21 00:26
>>579
1 財産所有
2 奴隷制
3 孤立主義
4 州
5 憲法
590世界@名無史さん:03/04/21 01:10
>>583
資本主義とは、人間が人間を搾取するシステムである。
共産主義とは、資本主義と正反対のシステムである。

多分A.ビアス。
591世界@名無史さん:03/04/21 02:15
世界史に大きな影響を与えた十字軍ですが、
この板に専門のスレッドはありませんか?
592世界@名無史さん:03/04/21 02:19
>591
以前はあったんだけど、落ちちゃったかな。
593世界@名無史さん:03/04/21 07:02
過去スレ倉庫にあったよ
十字軍
http://academy.2ch.net/whis/kako/985/985526684.html

できれば新スレをたてずに既存スレを利用して。例えば

イスラム教圏対キリスト教圏(一番底に沈んでた!)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1028311431/l50
◎●◎キリスト教総合スレ◎●◎
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1012622120/l50
594世界@名無史さん:03/04/21 07:43
ローマ市内にある世界最小の国ってどこですか?
595世界@名無史さん:03/04/21 07:49
>>594
そこまで分かっていてなんでここで聞くかなあ?(w
そのままググったら出てくると思う。
596世界@名無史さん:03/04/21 08:04
>594
このバカチンが!
597世界@名無史さん:03/04/21 08:06
教えてください
ド忘れしました
598世界@名無史さん:03/04/21 08:11
実はマルタ騎士団国の事を聞いてたりしてな
599世界@名無史さん:03/04/21 08:51
あれ?おれも忘れた。バが付いたような気がするが…
600世界@名無史さん:03/04/21 09:41
バカチョン市国だよ
601591:03/04/21 17:20
>592-593 thx!
読んできます。
602世界@名無史さん:03/04/21 17:26
>>597

バチカン市国
603世界@名無史さん:03/04/21 17:27
テーベの斜形陣ってどんな効果があったんでしょうか?
レウクトラを見ても。
スパルタに弱い右翼をつかれた場合どうにもならんと思うのですが・・・
604第20軍団兵:03/04/21 18:11
スパルタ軍から見た配置で説明します。
「兵力の配置に重点を作って、一気に敵の主力を壊滅させる」事を目的にした戦術だと思います。
主力(右翼)を厚くする分、スパルタ側から見て、テーバイ左翼は戦列が薄く、短くなる部分がでるので、包囲を避けるため左翼は後ろに下げて時間稼ぎをします。
エパミノンダスにとって右翼(主力)を構成するテーバイ軍に自信があり、かつ、敵の主力(スパルタ軍)を壊滅させる事で勝利することができる。という読みがあればこその戦術です。
605例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/21 22:07
勝手に付け加えさせてもらっていうならば、ギリシアの戦術(隊形)「ファランクス」は、
横にずらっと隙間無く並び、体の右半分を隣の兵の盾で守ってもらうため、隊を横に
伸ばすのはまず(心理面からも)不可能。隊の一部を分離して別行動を取らせたり
するどころか、方向転換すら至難の業。
そんなんじゃ横に回り込むなんてほぼ不可能。(スパルタ側から見て)右を突こうとして
右側だけ突出させようとしても、隊列が崩れるのが怖くてそうはいかない。

ちなみに余談でしかも有名な話だけど、そのときのテーベ左翼最前線には「神聖兵団」
なるおホモ達たちの隊が置いてあったとか。
606世界@名無史さん:03/04/21 22:14
斜線陣つーか…
スパルタが右側に陣取っていたから、そこへ戦力を集中したわけで、
もしスパルタが横隊の真ん中にいれば、
逆V字の中央突破をかける陣形をとったんじゃないかな。

「斜線陣」というやつは、主力で敵をささえて翼をまわすって聞いたけど、
テーベのは主力で敵を突破してるし。違うんじゃないかと。
607世界@名無史さん:03/04/21 22:31
608例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/21 22:33
>606
ギリシアファランクスは、上で書いたように個々の兵士は体の右半分を、右側の兵の盾
で守ってもらうという構造上、最右翼はどうしても体右半分がガラ空きになるため、右翼が
脆弱になり、そのため、敵を支えきれなくなり最初に崩れるのは、往々にして最右翼だった。
テーベの斜型陣は、そのファランクスの構造を利用した者なんだ。
余談だが、そのため最右翼の兵士は、もっとも勇気と力ある者の場所だったとか。

あと、アラ探しになるけど、「斜線陣」とは誰もいってないぞ。「斜型陣」ね。
609世界@名無史さん:03/04/21 22:35
創価学会は100年後世界史にどのような影響を与えるでしょうか?
610第20軍団兵:03/04/21 22:40
社会的にも密集隊形から離れるのは、自分の右側の人間を危険に晒す行為なので、大変不名誉な事とされ、
ローマの昔話では戦列を離れて軍功を挙げたが、軍規違反という事で処刑されるという話も伝えられるている。
(つまり、市民たちはこういうお話を聞いて育つので、自然とルール違反という意識をもっている。)
逆に最も右側の兵士は身を守る盾がないので最も危険に身を晒す事になり、市民の中でも金持ちで多くの防具を揃える事の出来る者が担当した。

>606
それは片翼包囲では?
古代では「カンナエの戦い」でハンニバルが行った機動の事を指していると思います。
611世界@名無史さん:03/04/21 22:49
ルーズベルトって緩いベルトという意味ですか?
612世界@名無史さん:03/04/21 22:51
>>603
敵最右翼とテーバイ最左翼がトイメンで向かい合うとき、
テーバイが「斜線陣」を作るメリットは、
1.自軍の中央から右翼の弱い部隊が戦闘に巻き込まれるのを遅らせる
(604氏の言われる「時間稼ぎ」と多分同じ。)
の他に、
2.敵最右翼の左隣の部隊が、テーバイ最左翼部隊の包囲を行うのが困難である
という要素がある。
これは、敵の右翼から2番目の部隊が、テーバイ最左翼の右脇に包囲をかけた場合、
テーバイの左翼から2番目の部隊によって左側面を直ちにつかれることになるから。
(この点で自分は605氏と違って、ファランクスには多少の運動性はあったんじゃないかな、と思います。
 特に、M大学じゃないけど縦突進オンリーのボイオティア勢に対して、
 鍛えられたスパルタ軍はかなりのマヌーヴァを行うことが出来たであろうと。)

同様な事情になるが、テーバイ最左翼のさらに左には
騎兵や軽歩兵が、いわば「隠し味」として配置され、
テーバイ最左翼の左側面に対する敵の包囲を困難にさせるのが通例であった。

こうして、テーバイ最左翼は両側面からの包囲を恐れることなく、
スパルタ最右翼の精鋭と対面で衝突出来る。
後は、30〜50列vs8〜12列の数の違いがモノを言う。

結局、テーバイの「斜線陣」は、質的に優れた敵に対して、
数の優位を局所的にどう安定したものとして作り出すか、
に関わるアイデアだったんじゃないかな?
613例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/21 22:53
>610 第20軍団兵

いや、彼の言ってるのはフリードリッヒなんかの斜行戦術の事じゃあ?
ハンニバルの機動はどっちかって言えば「鎚と金床」戦術でしょう。

そういえば、ギリシアでは敗走するときに鎧や武器は捨ててもいいけど、盾を捨てると罰せられたとか。
614第20軍団兵:03/04/21 22:54
>608
ファランクスはアレクサンドロス大王の軍隊で有名になったサリッサ(5m前後の長槍)を持ち、盾を持たない編成の事では?
この頃のポリスの軍隊は重装歩兵密集隊形と呼ばれ、青銅の丸い大楯、1.5前後の槍を持っていて、よくギリシアの赤絵の壺に描かれているアレだと思います。
615例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/21 23:03
>614 第20軍団兵
あれは、「マケドニアファランクス」と一般に呼ばれます。それにマケドニアファランクス
でも盾は(用法が違うけど)使いましたよ。
「ファランクス」の訳語が「重装歩兵密集隊形」でしょう。
所詮後世の人間が勝手に付けた名前にすぎませんが。
616606:03/04/21 23:12
失礼、斜線陣と勝手に読んでしまった。
私が史料として読んでみたのはこれ。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/hellenica/hell6_4.html
スパルタは、マヌーヴァを開始しようとしたところに突撃くらってます。
騎兵戦でいきなり大負けしてる?し。

ハンニバルも同様な突撃を食らったけど、予期していたし、
騎兵は圧勝だし、軽歩兵も多いしで勝ったんじゃなかったっけ。
617世界@名無史さん:03/04/21 23:39
なんで中国の皇帝直属の軍隊のことを禁軍っていうの?
618第20軍団兵:03/04/21 23:45
>613
フリードリヒ大王型の斜行戦術は大砲の援護もあるし、戦闘距離も小銃の時代で古代に比べたらずっと遠い距離(100m前後で斉射を交わすことから始まる)で戦闘を行うので可能なのだと思っています。

戦闘の経過については以下のHPを参照させてもらってます。
ttp://www1.neweb.ne.jp/wb/kaname/aspar/leuktra.htm#b

片翼包囲っていう用語は「世界史を作った人々-ハンニバル」から引いたんですけど、兵科が違った場合、片翼包囲って用語は使えないんでしょうか?
619例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/21 23:45
>617
皇帝の住居を「禁」というからです。
「紫禁城」とか。

>616のサイトってなにげに凄いような。
620世界@名無史さん:03/04/21 23:47

>>611

Roosevelt だが。

621世界@名無史さん:03/04/21 23:48
ナチス・ドイツの幹部で、未だに行方不明な人物がいるって本当ですか!?
622世界@名無史さん:03/04/21 23:50
一般論的な歴史の上で、

善政=国民の勤労意欲大
悪政=国民の勤労意欲小

といった感じの法則のようなものは、存在するのでしょうか?
623世界@名無史さん:03/04/21 23:56
>>622
それは人間の社会だから、住みよければ勤労意欲もあがる「かも」だけどね。
問題はどうやって勤労意欲をはかるか、時代を超え地域を越え。
何が善政かもあるわな。Definition をどうするか。
一般論としてはともかく学問的には法則化は難しいと思うよ。
624例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/22 00:03
>618 第20軍団兵
なぁ、そのページの注意事項、どう解釈すればいいんだ?

あとは606の降臨を待つしかないけど。

>>621
せめて誰のことか個人名を挙げなさいよ。
625第20軍団兵:03/04/22 00:05
>616
「バルバロイ!!」のページをここでお目にかかるとは思いませんでした。
ハンニバルと同じ事を行えというのは無理があるのではないでしょうか?
(初めてこの戦術を使ったからこそハンニバルは戦史に残ったわけですし、
騎兵はヌミディア騎兵、歩兵も前列にガリア傭兵、後列に子飼いの傭兵隊と工夫に工夫を重ねてありますから)

>615
ホプリタイ=重装歩兵密集隊形
を直接指すと思っていました。勉強になりました。
626ホラント:03/04/22 00:15
聖界諸侯は本願寺のように世襲なのですか?
627(V)o¥o(V):03/04/22 00:20
エパミノンダスの斜行戦術はスパルタの右翼攻撃戦術に対抗すべく案出された戦術であり、
片翼包囲戦術ではないし、実際にレウクトラ戦においてもテーバイ軍は包囲機動を行っていない
当時のスパルタ軍は戦闘の初期段階において戦力を重点配備した右翼の衝撃力をもって敵の左翼を撃破して
敵の隊列を崩壊させることを慣用的な戦術としており、事実この右翼攻撃戦術でスパルタは
戦術的な優位を確立していた
この恐怖の右翼攻撃に対抗すべく、テーバイ軍は左翼に不合理に厚くそれ故に鈍重な戦列を展開させていた
後列の槍が前列に届かぬほどに分厚いテーバイ軍左翼はスパルタ軍右翼の衝撃力を正面衝突し、
一方で神聖隊を始めテーバイ軍左翼前列の兵の大半が死傷する大損害と引き替えに
スパルタ軍右翼の突撃を食い止めることに成功し、続いて戦力を温存していた後列の兵が
前列の兵の屍骸を踏み越えてスパルタ軍右翼を撃破した
エパミノンダスの斜行戦術は精緻な戦術機動にあるのではなく、単純な集団の力学と
夥しい損害を許容できたテーバイの古典的な軍制に依存した戦術であり、
極言すれば対スパルタ戦用に特化した戦術である
この点で、フリードリヒはエパミノンダスの斜行戦術を手本としたと述懐しているが、
テーバイの斜行戦術と七年戦争当時のプロイセンのそれとは実際には本質的に全く異なる
628第20軍団兵:03/04/22 00:20
>624
エパミノンダスに冠されているけれども、実際は彼個人に帰する訳ではないって事を言いたいのでは?
-スパルタのリュクルゴス制がリュクルゴス個人に帰せられない-というような意味合いだと思うけど。
629第20軍団兵:03/04/22 00:28
>626
聖界諸侯ってドイツの選定候の事?
それとも司教、大司教一般の事?
630例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/22 00:42
>628 第20軍団兵
そーじゃなくて、TOPの「始めに」の中の!

>627 (V)o¥o(V)
>この点で、フリードリヒはエパミノンダスの斜行戦術を手本としたと述懐しているが、
>テーバイの斜行戦術と七年戦争当時のプロイセンのそれとは実際には本質的に全く異なる

フリードリッヒはヒントを得た程度って事で。
フリードリッヒの斜行戦術は、どっちかってぇと、東洋の雁行陣のが近いのかな。
631(V)o¥o(V):03/04/22 00:50
>どっちかってぇと、東洋の雁行陣のが近いのかな。

雁行は防御的な戦闘展開のテンプレートであり、
攻勢戦術であるプロイセン斜行戦術とは全然違う
632606:03/04/22 01:08
>618 第20軍団兵
そのページ良いっすね。読んできます。

注の「…突撃中に全体が左から右にかけて傾斜しているような形に
なってしまった。斜形陣の伝説はこの時の陣形を…」
私はこの立場で喋ってました。本当はどうなんだろ。
でも。
単純な突撃=戦術がない=馬鹿=紀元4世紀のヘレネスはゴミ
と思ってるわけではないです。
633606:03/04/22 01:23
紀元4× 紀元前4○ …スンマセン
634世界@名無史さん:03/04/22 01:41
>>626
原則として世襲ではないんだが、特定の一門でたらい回しという例もあった。
例えば17世紀頃だと
ケルン選帝侯(ケルン大司教)・・・ヴィッテルスバッハ家
オスナブリュック司教・・・・一代おきにヴェルフェン家から
など。
635世界@名無史さん:03/04/22 20:09
>>621
最も有名なのはナチス政権下で官房長官を務めたマルティン・ボルマン。
ベルリン陥落時にヒトラーの地下壕からの脱出に失敗して死亡したとされるが、
死体が発見されなかったため、南米への逃亡説も流れている。
確実に逃亡した大物がハインリッヒ・ミューラーSS中将(ゲシュタポ長官)。
1945年4月29日のヒトラー総統自決後、逃亡して消息不明。
あと某事件で有名になったオスカール・ディルレヴァンガーSS准将。
フランス軍の捕虜になったのちかつての部下に殺害されたとも、捕虜収容所で
銃殺されたとも言われているが、脱走してエジプト軍最高司令部の技術顧問と
なったという噂がある。
636世界@名無史さん:03/04/22 20:56
家業が教会っつー貴族も結構いるな。
637世界@名無史さん:03/04/22 21:19
戦後、数十年たって、イスラエルのモサド?につかまって、死刑になったり
懲役受けた人いませんでしたっけ。
638_:03/04/22 21:22
  ∋8ノノハ.∩
   川o・-・)ノ <先生!こんなのがありました!
__/ /    /   
\(_ノ ̄ ̄ ̄\
||ヽ|| ̄ ̄ ̄ ̄||
 ...|| ̄ ̄ ̄ ̄||
http://www.muryou.gasuki.com/hiroyuki/index.html
639世界@名無史さん:03/04/22 21:39

★一重★目が細いか小さい★目頭がほとんど無い★ツリ目かトガリ目★
★ヨリ目★眉毛がかなり薄い★目と眉毛の間が広い★ハの字眉★
★肌が茶色い★ヒゲが薄いか生えない(男性限定)★
★歯が大きい、または出っ歯★スネ毛など体毛が薄いかほとんど生えない★
★頬骨が強く張っている★彫りが極端に浅く、起伏に乏しい★
★うりざね型の面長★絶壁頭(過短頭)★


以上のうち4つ以上該当すれば朝鮮
640パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/22 21:45
>>626
つかそもそも聖職者は妻帯しちゃダメですよ。
641パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/22 21:47
付け加えておくと、一門で1つの聖職を占有するという例は存在します。
例えばモンテネグロ公は同時にツェチニェの主教でもあった(主教公制)のですが、
この主教公制は叔父から甥に世襲され続けました。
642621:03/04/22 23:46
>>635
丁寧な解説、ありがとうございます。
「おお!」
と一瞬思いましたが、調べてみたところ、もうすでに寿命で全員死んでいるようですね。
安心、安心。
643世界@名無史さん:03/04/23 00:08
>>642
化けて出るかもよ w
644世界@名無史さん:03/04/23 00:19
バルビーは1980年頃に捕まって、確かフランスで裁判受けたという記憶が・・・。
スペルが同じなので、バービー人形をバルビーと言ってしまったことがw
645世界@名無史さん:03/04/23 01:09
昔、イギリスの判例は拘束力が強過ぎて柔軟な判決が出せなかった
為、「判例には拘束力があまりないという判例を出そう」とした
ところ、それではこの判例自体拘束力がなくなってしまい、意味が無い
ということになった。このときどうやってこれを乗り切ったのか?

などという話を教授にされ、答えをきけないまま授業が終わって
しまったのですが、この話の詳しいところを教えて頂けないで
しょうか?
646 ◆OabJU8b1b. :03/04/23 01:31
若干板違いと言うか、この板にも知ってる人はいるかもしれないけどね。
2ch には「法学」って板ないんだね。
「法律相談」とか「司法試験」板はあるけど。
それでも法律相談板とかで英米法の人を捕まえるのが早いかも。
自分もしらないです、ごめそ
647世界@名無史さん:03/04/23 02:49
>>644
映画「ラットレース」に「バービー博物館」というのが出てきて
それが実はナチスの幹部の記念館だったというオチなんだが
その人のことだね
648世界@名無史さん:03/04/23 05:30
>>640
プロテスタントや東方正教は妻帯OKです。
649世界@名無史さん:03/04/23 05:55
>>640
>モンテネグロ公は…叔父から甥に世襲され続けました。
>>648
>プロテスタントや東方正教は妻帯OKです。

モンテネグロは正教だったはず…。
どっちが正しい?
650世界@名無史さん:03/04/23 09:57
>>637
アイヒマン?
651世界@名無史さん:03/04/23 10:06
アイヒマン 1906‐62
Karl Adolf Eichmann
ナチス・ドイツ(第三帝国)において〈ユダヤ人問題〉解決の実行責任者となった
親衛隊将校。1932年,オーストリア・ナチ党入党,ユダヤ人問題科学博物館長を経て,
帝国保安本部秘密国家警察局でユダヤ人強制移住問題を担当,やがてワンゼー会議
Wannseekonferenz(1942年1月)にも出席し,いわゆるユダヤ人問題の〈最終的解決〉
(絶滅プラン)にも関係する。
第2次大戦後アルゼンチンに潜伏しているのをイスラエル特務機関によって発見され,
エルサレムでの裁判の結果,絞首刑。H. アレントの報告《イェルサレムのアイヒマン》
(1963)がある。            

もっと最近まで逃げてて、高齢なのに死刑になった人いなかったっけ?
652世界@名無史さん:03/04/23 10:10
>>649
「東方正教会の在俗司祭は妻帯するのが通例」と事典にありますた。
653世界@名無史さん:03/04/23 17:07
サバトって何ですか?
654世界@名無史さん:03/04/23 18:18
私は高校生ですが、漢文で「股肱の臣」の発表をやったのですが、質問をされて
困っています。1つは、五丈原の戦いで「魏が勝った」と簡単にまとめて
言ったのですが(だって実質勝ってるじゃねーか!と思ったので)、「その時歴史が
動いた」という番組で、「司馬仲達は逃げたというでけで、魏が勝ったという
言い方はしていませんでした」と言われ、真相を問われて困っています。
2つ目は、諸葛孔明は南陽、」つまり魏のある辺に住んでいてしかも無名だったのに、
なんで他国の蜀の劉備が、孔明のことを知ったのか、という質問です。
あと、「合肥の戦い」というサイトに五丈原のことが書いてあったので、参考文献
に書いておいたら、「合肥ってどこにあるんですか。その戦いは何ですか」
みたいなことを聞かれ、これも困っています。
どなたか助けて下さい。。。
655世界@名無史さん:03/04/23 18:25
>>654
精子飲め
656世界@名無史さん:03/04/23 18:31
>>654
三国志の正史とは言わないから、
演義でも日本製の小説マンガでもなんでもいいので
一度通しで読んでから質問に来い。
流れを理解できないヤシにいくら説明しても無駄。
657世界@名無史さん:03/04/23 18:32
で、結局シュメール人って何処から来たのよ?
658世界@名無史さん:03/04/23 18:40
>>657
宇宙
659世界@名無史さん:03/04/23 19:18
>>654
「その時歴史は動いた」は、長い間、小説「三国志演義」の影響を
受け続けた日本人の三国志観が、いまだに残っていて、蜀漢びいき
に作られていたもの。番組として楽しむならともかく、歴史の授業
で真に受けるな。
五丈原は、蜀漢が魏を攻めようと遠征し、魏がこれを迎撃した戦い
で、仲達が逃げたというのは戦術レベルの話。戦略レベルでは
(って、君、戦術と戦略の違い、わかる?)蜀漢軍は目的(魏への
攻撃)を達することができずに撤退し、一方、魏軍は、蜀漢軍を
追い返すという目的を達している。明らかに魏軍の勝利。
劉備が孔明を知ったのは、当時の文官・知識人階級には、今で言う
学閥のような人脈ネットワークがあり、孔明もそのネットワークに
連なっていたから。
660世界@名無史さん:03/04/23 19:25
根本的な勘違いを訂正せずに誤解するようなこと上塗りしてどうする
661世界@名無史さん:03/04/23 19:48
>>653
魔女・悪魔崇拝者の集会のこと。
662世界@名無史さん:03/04/23 20:01
お前ら、あんまりきついこと言うなよ。
ここで回答を得られないと単発質問スレ建てる奴が続出するんだからさ。
663世界@名無史さん:03/04/23 20:04
>>657
メソポタミア南部に世界最古の古代文明を築いた民族。シュメール人は
メソポタミアの原住民ではなく,おそらく前3500年前後に来住したと考
えられる。
原住地,来住経路,来住時期,言語系統などは不明で,一般に
〈シュメール問題〉と呼ばれる。
664世界@名無史さん:03/04/23 20:15
中・高生用質問スレ Part4
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1040693271/l50
665世界@名無史さん:03/04/23 20:40
>原住地,来住経路,来住時期,言語系統などは不明

言語系統はある程度わかってるでしょ?膠着語。
万葉仮名をシュメール語読みする、なんていうトンデモがあるくらいだし。

気候との兼ね合いで考えてゆくとユーラシア大陸のどこかの遊牧民もしくは流民など雑多な人々が
前5000年ぐらいから1000〜2000年かけて河岸まで来て現地民と融合したものと思われ。
というのもその時期、世界各地が乾燥期に入って砂漠が拡大してる。
それ以前はおおむね快適な気候で大陸各地に人がすんでいたようだから、
前5000年頃から一定地域が乾燥・砂漠化して住みづらくなってきて、
何処か住み易い場所(養える場所)に人口が集中するようになって文明ができたんだろう、と。
考えてみれば同時期に発生した3つの文明ともが大河の側、砂漠の程近くという地理条件を備えてる。
666世界@名無史さん:03/04/23 21:12
>>665
>>663とは”言語系統”の意味も使い方も違ってると思われ。
667世界@名無史さん:03/04/23 21:14
膠着語と言いたかっただけちゃうんかと小一時間…
668世界@名無史さん:03/04/23 21:17
日中戦争に突入した日本は、トラウトマンや桐工作などの和平工作を持ち出して
いますが、中国側に駐兵権を認めさせることに固執して全て失敗しています。
この駐兵権が持つ具体的な意味はなんなんでしょうか?
何か陸軍や日本政府などにメリットがあるのでしょうか?
669529:03/04/23 23:14
>>535
ありがとうございます。
そのスレの41の書き込みが正解って事でいいんでしょうか?
670世界@名無史さん:03/04/23 23:30
>654
孔明と劉備が出会った時は、劉備もが南陽の近くにいました。
何か一通り読んでみるといいよ。三顧の礼っていう故事もあるくらいだから。
先生も知っているはず。
671626:03/04/23 23:31
みなさんありがとうございました
672世界@名無史さん:03/04/24 00:15
>668   >駐兵権
アメリカ軍がイラクからすぐ出てってくれと言われても困るのと同じ。
673世界@名無史さん:03/04/24 00:20
教えてチャンすまそ。
ハーケンクロイツをデザインした人って誰なんでしょうか?
また、いつごろデザインが完成し、使用されるようになったのでしょうか?
674例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/04/24 00:30
>673
ここの>>315と、↓を。

なぜ 逆卍はいけないの?@民俗・神話学
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/min/1000882413/l50
675世界@名無史さん:03/04/24 00:45
長野オリンピックの時に善光寺かどこかのお寺の「卍」の
マークがテレビで中継されたら、そこはナチスの巣窟か、
と欧米で大騒ぎになったそうだ。
676世界@名無史さん:03/04/24 00:58
>>674
すごい、こんなに早くレスもらえるなんて。どうもありがとうございました。
民俗・神話学板へも逝ってみます。

>>675
素直に藁っていいのか、考えちゃいますね。しかし、これじゃあ、消防の社会科
教科書の地図記号なんて、危なすぎて欧米人に見せられない(w
677世界@名無史さん:03/04/24 02:49
夜遅くにすいません。課題で「アリストテレスの生命論について述べよ」
というのが出たのですが、いくらネットで調べても具体的に書いてある
ホームページが見つかりません。歴史家の皆様、どうか教えてください!
どうしても単位が欲しいんです!お答え、お待ちしています・・・
678世界@名無史さん:03/04/24 02:59
宿題をネットで済ませようというのが間違いだ。
図書館逝け
679世界@名無史さん:03/04/24 03:05
>いくらネットで調べても具体的に書いてあるホームページが見つかりません

Googleでそれらしいところがいくつか、すぐ見つかったが…?
ま、図書館いきなよ。もう6時間待てば開く。
680灰汁:03/04/24 03:56
18世紀半ばの、ルーブルの貨幣価値を教えてください。
681世界@名無史さん:03/04/24 08:29
>>677
板違いじゃないの?哲学板は優しいかもよ
682世界@名無史さん:03/04/24 09:51
アリストテレスの生命論
>http://www.enjoy.ne.jp/~masanori-m/minori/78.htm#3

Googleでアリストテレス 生命論で検索。図書館に行くまでも無く
山のようにでてくる。
683世界@名無史さん:03/04/24 11:04
682の追加
http://lab.phsc.jp/doc/nishiwaki/2000/2000-5-12.pdf
nisiwaki先生の3ページに生命論の問題点あり。
684パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/24 13:33
>>649
>>652
何い!? じゃあなんでモンテネグロ主教公は叔父から甥に継承されたんだろ……。
685世界@名無史さん:03/04/24 15:16
>>668
>この駐兵権が持つ具体的な意味はなんなんでしょうか?
>何か陸軍や日本政府などにメリットがあるのでしょうか?
満州国などのように、全中国の日本の傀儡政権化への一段階ですね。
だから、国民党政府側は即答を避け、重慶へ持ち帰った。
その返事が戻ってくる前に日本側は全土武力制圧を決意し、交渉を打ち切る。
686世界@名無史さん:03/04/24 15:20
>>680
こんなのならあったが?

ルーブルは,13,14世紀のころから銀の棒の形でロシアに入り,帝政ロシア
の時代,すでに16世紀ころには貨幣経済化現象の進展で,銀塊として流通していた。
1704年にピョートル大帝により正規の鋳貨(ルーブル銀貨)が制定されると同時に,
世界最初の十進法貨幣制度(1ルーブル=100カペイカ)が採用された。
53年には帝政ロシアの単一貨幣制度の計算単位としてルーブルが誕生した。
19世紀に入り,帝政ロシアは1839年に銀本位制を採用し,61年の農奴解放を
契機として金融制度の近代化を行った後,95年に金本位制に移行した
(1ルーブルの金価値は0.774234g)。
687世界@名無史さん:03/04/24 15:31
>>684
「東方正教会の在俗司祭は妻帯するのが通例」と事典にありますた。

「主教公は在俗司祭ではないから、妻帯は禁止」と、
逆解釈は?

688第20軍団兵:03/04/24 17:19
>687
A.修道士のように"神に身を捧げる"場合は妻帯しない。
B.主教のように下位聖職者を指導するような立場に立つものも妻帯しないって事では?
Bは推測ですが。

689世界@名無史さん:03/04/24 21:10
南京国民政府時代における
"北京"とはどういう存在ですか?

盧溝橋事件は誰が発砲したかは問題じゃなく、北京近くで起こったことが問題である
とよく言われますが…
690世界@名無史さん:03/04/24 21:46
>689
国民政府時代もしばらく首都でしたからね。
北京が北支の要衝ではあったのではないでしょうか。
691世界@名無史さん:03/04/24 21:55
要所だけど
捨てようと思えばいつでも捨てれたんじゃないの?
692世界@名無史さん:03/04/25 01:53
あえて捨てねばならない理由はないのでは?
693世界@名無史さん:03/04/25 08:08
>>653
サバトは、本来ユダヤ教の休日(土曜日)の意味。
これは、創世記で世界を創造した神が7日目に休みを取ったという記述に由来する。

しかし、キリスト教徒にとってユダヤ教は憎むべき異教。(だったw?)
その関係もあり、異教徒の休日→悪魔崇拝者の儀式の日 という図式で理解されるようになっていった模様。

絵図で描かれる黒山羊頭の悪魔は、古代ローマの神々の一人、サトュルヌス神に由来する。
この神は saturday 、つまり土曜日の語源なのだが、発音がサタンに似ていたこともあって混同されてしまった模様。
694693:03/04/25 08:46
英語でsaturn → saturday と、言いたかったw
695世界@名無史さん:03/04/25 13:18
>北京
1928年には内外城と四郊とを合わせた面積777km2をもって北平特別市とし,
30年にはさらに中央直轄市に昇格させた。
35年における人口は150余万,別に外国人居住者3000余と記録されている。
屈指の大都市。
696世界@名無史さん:03/04/25 22:06
楔形文字って解読されてるんですか?
697世界@名無史さん:03/04/25 22:14
>>696
されてます。
698696:03/04/25 22:33
>>697
ありがとうございますた。
699世界@名無史さん:03/04/25 23:13
[解読史]解読はまず古代ペルシアの楔形文字から着手された。古代ペルシアの
遺跡で発見される3種類の楔形文字のうち字数が最も少ない碑文で,アケメネス
朝時代のものと推定された刻文の中に,グローテフェントはある語がひんぱんに
繰り返されることに気づき,これを〈王〉の称号と推定した。
この語に規則正しく続く2群の語は父と息子という関係で結ばれた国王名と考え,
その語が同じ文字で始まっていない点を考慮して,キュロスとカンビュセスを除外し,
ダレイオスとクセルクセスの名を作業仮設として採用することによって解読の端緒を開いた。
このあと多くの学者,特にヒンクス Edward Hincks,オッペール JulesOppert,
ローリンソンらの努力により1846年にはペルセポリス碑文の全文字が解読された。
対訳が得られたことにより,アッシリアの楔形文字もグローテフェント,
ローリンソン,ヒンクス,オッペールらの努力で57年にその解読が公認されるにいたる。
また1929年北シリアのラス・シャムラで発見されたウガリト王国の楔形文字は,
ドルムEdouard Dhorme とバウアー Hans Bauer がフェニキア語の知識を援用
して,その翌年,解読に成功した。
700世界@名無史さん:03/04/25 23:50
>689
>南京国民政府時代における
"北京"とはどういう存在ですか?

辛亥革命、袁世凱の死後、北京にも南京にも中華民国が出来たので
首都が二つできてしまった。1928年6月15日北伐完了。
そこで蒋介石は、北京という言葉は北の首都という意味なので
北京を北平と呼び名を変えた。また北京のある省の直隷省をこれも
中心のニュアンスがあるので、河北省に変えて南京政府が正式だと
いうことを強調した。
701世界@名無史さん:03/04/26 02:24
「ロシアにおける日本年」という言葉が漫画で出てきたんですが
日本年って何ですか?
702世界@名無史さん:03/04/26 02:31
人生の成功において必要なことは、学歴でも地位でもありません。
知恵と勇気と冒険心です。
果敢に未知なる世界に挑戦し続ける事です。

http://www.h2.dion.ne.jp/~achooooo/index.html
703世界@名無史さん:03/04/26 04:55
>>700
申し訳ないが全然答えになってない…
そういうふうに変えていって、
で、19370707時点での北平はどういう存在だったの?
704動画直リン:03/04/26 05:18
705世界@名無史さん:03/04/26 09:28
>700
満州事変までは長城の外の紛争だったのが、長城内(関内)に
及んだと教科書に書いてある。
何か自分で期待している答えがすでにありそうですね。
岩波新書128 山本市朗著「北京三十五年、上下」はどうですか?
もう少し前は、ピエール・ロチ著「北京最後の日」東海大学出版会
盧溝橋事件の本は山のようにある。
706世界@名無史さん:03/04/26 10:09
ペルシア戦争について質問します。
なぜアテネがイオニアに支援したのかを教えてください。
宜しくお願いします。
707世界@名無史さん:03/04/26 11:18
地勢学的な安全保障上の理由。
交易安全圏の確保。
海防国家アテネの海上権益。
ギリシャ人にとっては「自由のための戦い」と理解されてた。

平民の政治参加に制度上の道を開き,市民団の団結を固める前提を整えていたこと,
有力な重装歩兵集団を擁したばかりか,ラウリオン銀山での大鉱脈の発見によって国庫が潤い,
艦船の増強に成功したこと,ミルティアデス,アリステイデス,テミストクレスといった
人材に恵まれたことなどの諸条件が幸いして,アテナイはこの戦争で抜群の働きを見せた。
708≠707:03/04/26 13:01
>>106
まー、平たく言うと、雑把になるんだけどね。

黒海方面との交易路はアテネの穀物獲得の生命線だったわけ。<交易安全圏の確保

イオニア諸都市がペルシアの宗主権に服してるとそれとなく脅威だったわけ。
当時のギリシアなんて後進貧乏国でさ、アレクサンドロスの頃ですらペルシア側にはギリシア人傭兵の部隊がいたりね。<地勢学的な安全保障上の理由。

しかも、ペルシア側はイオニア系諸都市の僭主制を後押ししてたわけ、宗主国としては管理し易いからね。
で、アテネは民主制擁護って題目をたてたわけ<ギリシャ人にとっては「自由のための戦い」と理解されてた

今のブッシュ政権の対テロ戦争と一緒でね、「民主制擁護」ってお題目を真剣に信じてた人、それなりに信じてた人、信じて無かったけどお題目として都合いいやって人、お題目なんてどうでもよくてともかくペルシア憎しの人、戦争で稼げればいいやって人。
いろいろ入り交じってたんだと思うよ。
<平民の政治参加に制度上の道を開き,市民団の団結を固める前提を整えていたこと

アテネの市民団の団結を高めるには効果的だっただろうね<「自由のための戦い」ってお題目
709世界@名無史さん:03/04/26 15:09
>>708
707だが、私のカキコを配慮した上でのつけくわえを感謝します。サンクス。
710世界@名無史さん:03/04/26 17:54
チョーサーのカンタベリ物語の中の騎士の話で『女性の一番望む物』が
書かれていると聞いたのですが、それって何か知ってますか?
誰か、物語の中での女性の一番望む物が何か知っている人がいたら教えて下さい!
711=708:03/04/26 18:17
>>707
いや。差し出た真似かなとも思いましたが。

どうも>>706の質問の仕方は、若い人風だと思ったもんで。
しゃしゃり出ましてすみません。

>>707さんは、専門にやってられる方だと思います。
>>708みたいな雑把な説明は、俺みたいなかつてちょっと齧ったくらいのヤシの方が向いてるかな、としゃしゃり出た次第。
ご容赦あれ。
712世界@名無史さん:03/04/26 18:18
>>710
悪いがその質問は文学板とかが専門ではないかな?
713とてた:03/04/26 20:50
三跪九叩頭礼や三鞠躬礼って、具体的にはどんな動作をするんでしょうか…。


ああ、厨だ。
714(××):03/04/26 20:55
>>713
三跪九叩頭礼については、
映画『ラストエンペラー』にやっているシーンがありますので
一度みてみてください。
715706:03/04/26 21:03
>>707さん
>>708さん

とても参考になりました有難うございました。
716とてた:03/04/26 21:15
>>714
天安門広場で、廷臣の人たちがやっていたのでしたっけ?

三鞠躬礼(さんかきゅうれい?)の方がまだラクなのかしらん。
717世界@名無史さん:03/04/26 23:57
>>710
『カンタベリ物語』は知りませんが、ブルフィンチの『中世騎士物語』
では、その問いにアーサー王が答えねば、国土を渡さねばならないとい
う状況になりました。
その話でのその答えは、「あらゆる婦人の切望は、すべての女が自分の
意志を持つということだ」でした。
ソースは岩波文庫『中世騎士物語』ブルフィンチ著、野上弥生子訳。
718世界@名無史さん:03/04/27 00:27
>三鞠躬礼

これと同じかどうかしらないが、数年前日本に東南アジアの
二文字の国名の王室の方が日本にいらした時、在日の大使か誰かが、
あいさつに訪問して、突然これを始めた。日本の警備の人が
病気か、ころんだのかとびっくりして、助け起こそうとした。

719世界@名無史さん:03/04/27 03:40
現在の韓国で
李承晩、金日成、金九、朴憲永、呂運亨
の一般的な評価ってどんなものですか?
720世界@名無史さん:03/04/27 03:48
韓国って光復のときになんで
民衆は決起して総督府の統治機構を接収しようとも、
「日帝」の犯罪を追及する裁判所を設置もしようともせず
憲兵、警察、検察などの治安機構、地方行政機構、学校、交通、
放送、新聞など言論機関は朝鮮総督府に掌握されていたままだったのですか?

民族的な問題はおいといて、
したくても出来なかった理由とかありますか?
721世界@名無史さん:03/04/27 03:57
>>720
日本が降伏した後も、同じであった。
日本は、8月15日、ポツダム宣言を受諾したが、日本帝国の朝鮮支配はまだ終わっていなかった。
「解放記念日」(光復節)といわれた8月15日も、日章旗は、日本の朝鮮支配のシンボルたる総督府にも、
李王朝のシンボルたる景福宮にも、役所にも工場にも学校にもひるがえっていたのである。
自由朝鮮の国旗たるべき太極旗はすぐにおろされてしまった。
これに対し、革命の指導者も、独立の志士も、何一つできなかった。
民衆も、昨日のごとく今日もありなんとばかり、座したままであった。
このことは銘記されなければならない。  

(中略)

アメリカが交渉として選んだのは、朝鮮総督府であり、
アメリカ軍が気にしたのは、上月良夫中将の朝鮮軍管区軍(もちろん日本軍)であった。
8月15日のポツダム宣言から9月9日の、朝鮮総督府、朝鮮軍管区軍の沖縄二十四軍団への降伏がなされるまで、
韓国における統治は、なお総督府の手にあり、朝鮮軍管区軍によって治安は保たれていた。
郡民蜂起もなく、いわんや革命もなかった。
韓国においては、8月15日は、解放記念日として祝われる。
ここから、すべての誤りがはじまる。
その第一の理由は、この日に、韓国、朝鮮は解放されたのではないからである。
そして韓国の根本的不幸はこの日からはじまったからである。
昭和20年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾した。
しかし、このことによって朝鮮が解放されたわけではなかった。
金九、暗殺の神様といわれ、植民地時代に、
独立を求める人々の希望の星として尊敬を一身に集めていた人物である。
彼は日本降伏の報に接した時、天を仰いで長嘆息した。
722世界@名無史さん:03/04/27 03:57
「韓国軍は日本軍を打ち破ることは一度もなかった。
私は日本軍を撃滅してわが同胞を解放したかった。
最後まで日本軍に制圧されたままの解放なんて結局何もなるまい。
日本帝国はひとたび滅びても、よりたくましく再建されるだろう。
そのとき日本人は庚戌国変(日韓併合のこと)のときより残酷にわれわれを奴隷にするだろう。
そのときわが同胞は日帝と闘う気力をもっているか。
自力で日帝から解放することもできなかったわが同胞に、とてもそんな力があるとは思えない。」

この金九の嘆き。ここに韓国人の対日感情の原点がある。
「解放」なんて言ったところで、決して、自力で「日帝」を追ったのではない。
本当のところ、ほとんど何も出来なかったのだ。
723世界@名無史さん:03/04/27 04:07
>>721-722
特に事情を知らない国民や
朝鮮にいた呂運亨あたりは
万歳運動おこすなり独立宣言なりすぐに行動を起こしてもいいと思うだが
総督府に押し入るとか
724世界@名無史さん:03/04/27 11:02
>>720-723
>呂運亨や国民
動いてたよ。

総督府は1945年8月14日に、独立派硬派の呂運亨を総督府第二面会所に「招待」して
「朝鮮民族が暴動を起こし、衝突しないための尽力と協力」を遠藤政務次官が
「懇請」している。
呂は政治犯釈放と食糧確保と新建設不干渉を条件に了解している。
独立パレードが各地で行われ、各地の神社は壊された。
総督府は「軍は断固たる処置を取る」「朝鮮軍は健在である」とラジオ放送。
しかし、38度線の北はすでにソ連軍に武装解除。ソ連主導の統治開始。

南は、アメリカ軍が、「反乱行為を避けることを望む」ビラを9月2日にまく。
アメリカ軍の統治機構利用方針のおかげで、南部はしばらく総督府が存在できた。

各地で日本統治への恨みで神社破壊や警察署襲撃が起こり、敗戦一週間で
総数1000近くになってる。
725世界@名無史さん:03/04/27 11:03
>>719
現在の韓国の評価(予想入り)

>李承晩
余り評価高くないもよう。独裁&反日。

>金日成
朝鮮戦争・分断の元凶、逝って良し。

>金九
不屈の独立闘争英雄、右派の頭目。

>朴憲永
抗日闘争は評価。後半生は北へ逃げた反米家。朝鮮戦争の引き金に一役。

>呂運亨
雄弁家。韓国解放後は、もっとも人気のある政治家だった。
726世界@名無史さん:03/04/27 20:26
>>725
朴憲永は南でも悲劇の人と思われてる?
朝鮮戦争の責任を全て押し付けられたって評価もあるし

李承晩は「南半分だけでも選挙」ってのがかなり非難されてる
「認めたくないが、やはりアメリカの都合のいい人物」ってのが韓国の本音じゃないの?

呂運亨はヘタレ、権力闘争に敗れた人と言う評価
727世界@名無史さん:03/04/27 20:43
すいません
テロの定義って何ですか?

自分の主張を聞いてもらうために無差別に攻撃するのなら
韓国の地下鉄放火や池田児童殺傷はテロじゃないのですか?
728世界@名無史さん:03/04/27 21:03
山田長政って架空の存在なんですか?
729世界@名無史さん:03/04/27 21:14
>>727
政治目的の為に暗殺などの暴力を用いること。池田児童殺傷事件は
政治的な要求を実現させるためとはいえないから、テロに入らない。
730世界@名無史さん:03/04/27 21:56
>>727
>>729さんのいうとおりで、定義は、
「組織的・集団的暴力の一形態であり,心理的威嚇や勢力の誇示といった
政治的効果をねらうため,政治集団により行使される暴力をいう」です。
731世界@名無史さん:03/04/27 22:00
>>728
>1621年(元和7)シャム国王が日本に使節を派遣し,通交を求めた際には,
>幕府の重臣に手紙・贈物をことづけて,両国の親善に尽力した。
と言う記述がよくありますので、日本に証拠があるのかもしれません。
ただし、似たような人物はいたが、「山田長政」は架空と言う説も強いです。
732__:03/04/27 22:01
733世界@名無史さん:03/04/27 22:03
>>730
オクラホマ爆弾事件や三木殴打事件や浅沼暗殺やラビン暗殺や伊藤暗殺は
は個人的な政治テロだね
734世界@名無史さん:03/04/27 22:15
>>726
>朴憲永は南でも悲劇の人と思われてる?
>朝鮮戦争の責任を全て押し付けられたって評価もあるし
微妙ですね。1946年まで反米闘争家で、1946年北へ脱出。
韓国内の朝鮮労働党を指揮。朝鮮戦争には多少は積極的だったのでは?
評価が分かれる人かもしれませんね。

>李承晩は「南半分だけでも選挙」ってのがかなり非難されてる
>「認めたくないが、やはりアメリカの都合のいい人物」ってのが韓国の本音じゃないの?
同意見です。

>呂運亨はヘタレ、権力闘争に敗れた人と言う評価
私の資料では、気骨ある社会主義者。上海、日本、半島をまたにかけて尽力。
解放後の南朝鮮での人気度は一番で47年7月に李相伴に暗殺される。とある。
独立運動で半島で3年の懲役。釈放後に中央日報の社長となり、36年に日章旗
抹消事件で廃刊。1945年8月、総督府に権力委譲を要求など、健闘したと思えるが。
権力闘争に敗れたとは何をさすのでしょうか?
735世界@名無史さん:03/04/27 22:36
>>733
浅沼暗殺の山口少年は、右翼集団に宿泊していた。
直前に大日本愛国党を脱党している。
テロ実行前に、組織を抜けておくのは、わりとよくあるのでは。
736世界@名無史さん:03/04/27 22:36
>>743
呂運亨は暗殺されたんだっけ?
1945-48の朝鮮半島の南半分の権力レースで
李承晩らのグループに追い落とされた
737世界@名無史さん:03/04/27 23:38
>>736
3つあったから、47年7月に暗殺は、間違いないと思われます。

左右合作に向けて活動していた呂運亨が、李承晩が放ったとされる刺客
により1947年暗殺される。
http://www.w-digest.com/mm/mm0002/bk/000001.html

1947年 呂運亨暗殺される(47.7)
http://plaza.rakuten.co.jp/nikkanv/003003

左右合作委員会の左派代表として合作に努力したが,
47年7月李承晩派に暗殺された。
(水野直樹・平凡社事典)
738世界@名無史さん:03/04/27 23:51
李承晩って実はとんでもない悪党じゃないのか?
呂運亨も金九も殺して、南半分だけで勝手に国をつくり既成事実化させたり
ある意味独立の際に関しては金日成あ朴憲永の方がかわいく見える

南北分断を固定化させたのは休戦協定だけど、
分断の原因は金日成と教えられてると思うが
本当はこいつの方がひどいんじゃないの?
権力闘争の行動を見てるとそう思う
739中一:03/04/28 00:43
紀元前18世紀って紀元前1700年代?
740中一:03/04/28 00:55
afe]
741世界@名無史さん:03/04/28 07:47
「ゼロの概念」はインドで生まれたと言れてますが、どういう経緯で他のどこでも無くインドなのか知ってる人
います?エジプト文明は治水工事の為に幾何学が発達したって説は有名ですけど…

それと、今でもインド人やパキスタン人の知識層は数学や物理に長けていてて、
マイクロソフト社員の30%がインド‐パキスタン系って話を聞いたんですが、何故でしょうか?
742灰汁:03/04/28 08:28
>>686
thanks!
743世界@名無史さん:03/04/28 10:09
>>739
紀元前1701年から紀元前1800年までが、紀元前18世紀かな?

744世界@名無史さん:03/04/28 10:11
>>742
インド以前に概念としては、メソポタミアや中国にもあったようです。
数的処理としての確立がインドのようです。

インドでのゼロの発見と他の文化圏との関係についても種々の議論がある。
メソポタミア,バビロニアからの刺激,ギリシアからの輸入,位取りの原則
への中国の算木の影響などがいわれるが,どれにもはっきりとした証拠はない。
インドにおける文献が極端に少ないこともあって,これらの議論に結着をつける
ことはむずかしいであろう。

>インド人やパキスタン人の知識層は数学や物理に長けていて
特にインドでは富裕層がいて、高いレベルの教育を受け、留学も盛んです。
他のアジア国に比べ、英語ができるのが強みのようです。
また、基本となる人口が異様に多いのでCPの得意な絶対数も多いのでしょう。
インド工科大学は、マサチューセッツ工科大学並みかそれ以上と言います。
国としても、力をいれ、IT大国と言えるでしょう。
経済全般としても、後発工業国から、新興工業国への離陸も時間の問題とみる
経済学者もいます。
745パシッチ ◆mWYugocC.c :03/04/28 19:18
sageでどうでもいい突っ込みやっとこう。

>>743
紀元前1800年から紀元前1701年までやね。
746世界@名無史さん:03/04/28 21:51
743だが。
サンクス。スマソ。
747世界@名無史さん:03/04/28 21:54
革命で無くなった、イラク、イラン、アフガンの
王族の出自をおしえてくれませんか?
また、これらの国とエチオピアの王政時の政治体制もおしえてくれませんか?
748741:03/04/28 22:40
>>744
サンクスです。文明が交わっててことですか…
誰かから聞いた話なんですが、現在インド人が外資に多いのは「カースト制度」
が背景に有る、って話を聞いたことがあります。
低いカーストの優秀な人材が、自分の資質を正しく評価している企業=外資に流出する、と言う構図がある
らしくて。ただ、人口が多いから優秀な人材の絶対数もって言ってしまうとじゃあ中国は?って話になりません?あ、それは英語使えるって話があるか。
749世界@名無史さん:03/04/29 01:38
>>747
イラク王家は11世紀ごろからメッカの太守を輩出した
預言者ムハンマドの子孫シャリーフ家の一族の出自。
第一次世界大戦時にイギリスと手を組んだメッカ太守フサインの長男で
アラビアのロレンスと一緒に戦ったことで有名なファイサルがイラク初代国王となる。
ファイサルの男系子孫はイラク革命時に絶えたため
現在王位継承権を主張する者は皆ファイサルの弟の子孫にあたる。
イランのパフラヴィー朝の初代レザー・シャーは
ロシア式常備軍カッザーク(コサック)部隊の兵士からの成り上がりで、
出自はカスピ海南岸地方の名も無い農民だとか。
アフガニスタンのムハンマドザイ朝は、
多数民族パシュトゥーン(アフガン)のうちのドゥッラーニー部族連合に属する
カーブル周辺を根拠とするバーラクザイ部族の有力家系出身。
750世界@名無史さん:03/04/29 09:00
クロニック世界全史って買いですか?
買おうかどうか迷ってるんですが
751動画直リン:03/04/29 09:18
752世界@名無史さん:03/04/29 09:54
>>749
ついでに同族のヨルダン王家も規模宇。
753世界@名無史さん:03/04/29 12:24
>>752
フサイン
ヒジャーズ王。在位1916‐24年。第1次世界大戦下のアラブ反乱の名目上の代表者。
預言者ムハンマドの後裔とされるハーシム家の生れ。オスマン帝国のアブデュルハミト2世
の命令でメッカに拘束されたが,1908年青年トルコ革命でシャリーフとしてメッカ知事となった。
アラブ民族主義者たちに推戴され,14年末よりカイロに密使を送ってイギリス側と接触
(フサイン=マクマホン書簡),戦後のアラブ王国独立の承認の約束をとりつけ,
息子のファイサル1世,アブド・アッラーフ・ブン・フサインらとともに反乱を
開始し,16年ヒジャーズ王となった。24年カリフ制廃止に即応して自らカリフを
宣言したが,ムスリム指導者間で孤立,同年サウード家のアブド・アルアジーズ
・ブン・サウードにメッカを攻められ,アカバに逃亡し,25年イギリス船でキプロス
に亡命した。31年アンマンで死去,エルサレムに埋葬された。

近代になって第1次世界大戦中にアラブの反乱を指導したメッカの知事フサイン
はハーシム家出身であることを強調し,彼の子孫が国王となっているヨルダン
は現在もヨルダン・ハーシム王国と称している。
754世界@名無史さん:03/04/29 15:06
歴史上の人物で「朝鮮びいき」だったヒトって
誰々いますかね?
755世界@名無史さん:03/04/29 15:38
http://www.tanpopo.sakura.ne.jp/~izu/cgi-bin/touhyou/tvote.cgi?event=dansei
おまいらここで田代まさしに一票入れてくれ!たのむ!!

田代お祭り会場はこちら↓
http://live5.2ch.net/test/read.cgi/festival/1051532542/-100
756世界@名無史さん:03/04/29 16:27
>>754
民藝運動の柳宗悦とか。
757 :03/04/29 18:10
チョンによる新説
満州はウリナラニダw

http://bbs.enjoyjapan.naver.com/jaction/read.php?id=enjoyjapan_8&nid=362469&work=list&st=&sw=&cp=1
spunkie00 閲覧数 : 10

韓 : 満洲占領が一番長かった民族は?(日本側史料反発)
作成時刻 : 2003.04.29 18:01:45


歴史的に満洲に来ると言う支配した民族はどこでしょうか?

古朝鮮記録上 2000年ほど(遺跡上証明されたことは 600年位です)
夭逝,満洲を支配したし, 高句麗は 600年ほど満洲と搖れを支配しました.
以後発しても満洲と沿海州を 200年位支配しました.
韓民族が占領した時期総 1400年ほどです.
758世界@名無史さん:03/04/29 21:49
>>754
浅川巧 1891‐1931(明治24‐昭和6)
あさかわたくみ
朝鮮民芸の研究家。山梨県生れ。山梨農林学校卒。1914年朝鮮に渡り,朝鮮総督府
林業試験場で養苗実験に従事するかたわら,柳宗悦(むねよし)とともに京城
(ソウル)に朝鮮民族美術館を設立した。また,朝鮮民芸を研究し《朝鮮の膳》
《朝鮮陶磁名考》を書いた。職場や地域の朝鮮人と親しく交わり,朝鮮および
朝鮮人の美点に視線を注いだ。《浅川巧著作集》全1巻(1978)がある。

759世界@名無史さん:03/04/29 21:51
>>754
柳宗悦 1889‐1961(明治22‐昭和36)
やなぎむねよし
哲学者,民芸運動の創始者。東京に生まれた。父は海軍少将で数学者の柳絃悦
(ならよし),母は勝子(柔道家嘉納治五郎の姉)。
学習院高等科のころ同窓生と《白樺》を創刊。その美術面をうけもち,宗教哲学,
心霊学についての論文を寄稿。《科学と人生》(1911)を東大在学中に刊行。
1913年東京帝国大学文学部心理学科を卒業。翌年,声楽家中島兼子と結婚。
学生時代からウィリアム・ブレークを研究し,14年《ヰリアム・ブレーク》を出版。

1909年,柳は李朝の壺に心をひかれ,やがて朝鮮在住の浅川伯教(のりたか)
と巧(たくみ)の兄弟と親しくなり,朝鮮を旅行し,日本の朝鮮政策を批判する
文章を発表。
22年には光化門取壊し反対の文章〈失はれんとする一朝鮮建築のために〉を
《改造》に発表した。19年の朝鮮の独立運動弾圧,23年の関東大震災での朝鮮人
虐殺をかなしみ,29年にはそれまであつめていた朝鮮美術を携えて京城景福宮
緝敬堂に朝鮮民族美術館を開設した。李朝の工人のつくった陶磁器の美しさに
目ざめた後,柳はひるがえって日本の日常雑器の中に,無名の工人のみごとな
作品を見いだした。それは千利休以来の茶道の受継ぎであり,現代の茶道の改革
への提言でもあった。
1926年陶芸家浜田庄司,河井寛次郎とともに高野山に旅して〈日本民芸美術館〉
設立の構想を得て,設立趣意書を発表。すぐれた器の蒐集,実作の調査にのりだし,
31年に雑誌《工芸》を創刊して49年までに120冊を出して終わった。これらの冊子は,
軍国日本の中にあって柳の守ったけじめを示している。大原孫三郎から寄付を得て,
36年に日本民芸館を創立。その後,日本のさまざまな場所に民芸館ができ,
民芸風は各地のみやげ物店や料理屋のスタイルに影響をおよぼした。
その間,初期大津絵,木喰,円空仏,沖縄の民芸の研究への道をひらいた。
760参考までに:03/04/29 21:57
まぁ、柳宗悦あたりを歴史上の人物と呼ぶのはちょと無理があるよう
にも思えるので、もちっとメジャーなところで福沢諭吉を挙げとこうか。
「およそ朝鮮人と聞けば、満腔の同情を惜しまなかった」と記録されて
いるな。
あとは、渋沢栄一なども朝鮮びいきだったとされている。
761世界@名無史さん:03/04/29 22:20
>>754
江戸時代の儒学者 雨森芳洲が有名ですね。
朝鮮通信使との書簡、ハングル学習書、朝鮮風俗についての書を残す。
762世界@名無史さん:03/04/29 22:41
十字軍がこともあろうかビザンツを攻めたわけを教えてください。
ネタスレでネタで聞いてみたのだけど、
ネタのつもりで聞いているうちに本当に知りたくなりまつた。
初歩的な質問でスマソ・・・
763世界@名無史さん:03/04/29 23:45
戦後すぐのアメリカにとって
将来確実にアメリカの経済的政治的脅威となるであろう蒋介石政権と
中国の共産化とどっちがいいと考えたの?
764というか:03/04/30 00:07
>>763
> 将来確実にアメリカの経済的政治的脅威となるであろう蒋介石政権

という前提評価がいったい何を根拠に出てきたのか知りたいもんだな。
765世界@名無史さん:03/04/30 00:07
>>762
十字軍がパレスチナに渡るために船を輸送を頼んだ先は海運大国
のヴェネツィア。そこの商人たちに唆されて・・というのが通説。
だけどそこにはおじに帝位を簒奪された少年皇帝がいて、正統な
王家を守り、あわよくば東西教会の統一を目論む意図があった・・

以上、塩野七生の「海の都の物語」より
766世界@名無史さん:03/04/30 00:40

皆でこの糞スレ潰してもらえませんか?
毎回色んなところにスレを立てては、1年以上に及びくだらないAAを披露しています
いい加減引導渡してやってください
http://aa.2ch.net/test/read.cgi/kao/1051619471/l50
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/mog2/1051595019/l50
http://school2.2ch.net/test/read.cgi/job/1051585806/l50
http://human.2ch.net/test/read.cgi/honobono/1051587752/l50
それと異常に自意識過剰な生き物なので、dできたスレのURLなど書くと喜んでしまいます
情報(エサ)は必要以上に与えない方向でおねがいします


みんなのアイドル まひら!

1 :まひら :03/04/29 11:35 ID:WewMKJMJ
/ 星 I
O ^ 。^I
  )ー  よろしくねぇ〜
767>>:03/04/30 01:01
テレビ、映画などの合戦シーンでは大抵敵味方入り乱れて乱戦になりますが、実際はあまりないのでは
768世界@名無史さん:03/04/30 01:21
>>764
人口の多さ
資源の豊富さ
周りの国への影響力
地政学的要素

蒋介石政権と言うよりも、
軍事政権→資本主義政策への過程で

今のアメリカで中国の資本主義導入ほどの脅威はないとか言われてるし
769世界@名無史さん:03/04/30 05:34
>>762
十字軍騎士たちは、ヴネツィアに海上輸送を依頼し、ヴェネツィアは
ちゃんと契約通り、船を用意して待ってました。
ところが十字軍は予想外に遠征資金が集まらず、契約した金を支払え
ません。「じゃあ、かわりに、うちの国がハンガリーに取られた
港町ザラを取り返してくれ」ということになって、まず最初の脱線。
ビザンツの亡命皇子が、この戦力は使える、と考え、「余を皇帝に
つけてくれれば、聖地までの遠征費用を出してやろう」ともちかけ
これにヴェネツィアの利害もからみ、十字軍は、そのままコンスタン
ティノープルへ。
で、皇子を皇帝につけてはみたが、ビザンティン帝国の国庫は空で
遠征費をやっぱり出せません。十字軍は怒って、コンスタンティノー
プルを攻略してしまいました。
770__:03/04/30 05:34
771世界@名無史さん:03/04/30 12:38
>>760
>福沢諭吉
脱亜論で、中国・朝鮮は悪い友人だから手を切って、列強の中国・朝鮮分割に積極的
に参加すべしようなこと言ってますが。
なんか韓国で嫌いな知識人、1位だそうです。

>渋沢栄一
朝鮮に会社出してるよね。
自然要因と低賃金狙い?
儒教道徳者ではあったが。
772世界@名無史さん:03/04/30 13:04
はじめ、福沢諭吉は朝鮮からの留学生らを積極的に受け入れ、その近代化を推進すべく人材の育成を図っていました。
しかし、近代化の為のクーデターが朝鮮人自身に潰されたり、近代化運動の為の資金を朝鮮人留学生が持ち逃げするとかあって、「ダメだコイツら」と思い『脱亜論』を・・・。

まあ、元々変わり身の早い人ではありましたが、先見の明があったが故かと。
773世界@名無史さん:03/04/30 15:18
>>765,>>769
サンクス。
おかげで疑問は解けたけど、なんだかなあ。本末転倒。
十字軍って、誇るべき歴史どころかヨーロッパの恥部ですね。
略奪しまくりだったという話は授業のとき聞いたことあるし・・・
774世界@名無史さん:03/04/30 15:39
つまり、十字軍などというものはヨーロッパの果ての田舎から
集団強盗をやりながらやってきた野蛮人ということで・・・
775世界@名無史さん:03/04/30 15:44
>>774みたいな見方はむしろステレオタイプですらあるわけで、
最近では逆に再評価の向きも……無いか。
776世界@名無史さん:03/04/30 16:43
いやいや、その集団強盗こそがヨーロッパの誇るべき歴史なのです。

今でも変わってないでしょ?
777世界@名無史さん:03/04/30 17:32
ブッシュがテロ騒動のときに「十字軍」って言葉を出して
あとでインドネシアまでご機嫌伺いに行くはめになったことがあったな
778世界@名無史さん:03/04/30 17:54
「新大陸発見」だの「インド航路発見」だのだって集団強盗への道だったわけで。
南北アメリカ、アフリカ、インドなどそれこそ国家を挙げての強盗に蹂躙されて・・・(以下略。
779ダメだこりゃ:03/04/30 19:17
>>771-772
なんとも情けないサヨク史観のステロタイプな受け売りしかできん
連中だな。きちんと史実を調べてごらん。

福沢諭吉が韓国で嫌われているということと、福沢が朝鮮の理解
者であったことは別に矛盾しないよ。
780というか:03/04/30 19:22
>>768
現在の状況で半世紀前の政策を判断したのでは、歴史ではないね。
残念ながら、歴史的な背景知識を欠き過ぎていて、説明する気にも
なれないな。
まず、当時の中国国民党政府がどのような状態であったか、自分で
調べなさい。

781世界@名無史さん:03/04/30 19:53
>>780
共産党史観だな
蒋介石=悪、毛沢東=善
と思ってんの?
782世界@名無史さん:03/04/30 20:04
>>781は脊髄反射のアフォ
783世界@名無史さん:03/04/30 20:12
中国は共産党政府になって正しかったと思ってる
たしかにそれで結果として数千万人死ぬ事になったけど
784世界@名無史さん:03/04/30 20:18
>>780
当時の民主党政権が
中国の人口にものすごく将来の脅威と思ってたことは事実
マーシャルやアチソンもそういう発言をしている

もちろん、中国が共産化するよりはましなのであって
それが共産党に肩入れした訳ではないが
785世界@名無史さん:03/04/30 20:23
マーシャルやアチソンとかよりも
ステティニアスとかのほうが中国の軍政と共産政権を天秤にかけて
批判されたんじゃなかったっけ?
786世界@名無史さん:03/04/30 21:19
オレが生まれる前に一度ロシアで時代は変わった
赤い旗は勝利を祝った、だが大半の人々にとっての革命はそこで終わった
正確には終わらせたかったんだ、なぜなら並大抵の犠牲を払ったわけじゃなかったから
植民地の弱者は沸き立った、第三インターナショナルには情熱が集まった
反比例するようににして理想の建設は進まなかった、ハンマーとカマに覇権主義がからまった
再び恐怖が訪れたモスクワに、祝日にもやってくる粛清の竜巻き
スターリン個人崇拝が浸透する間に プハーリンはうすぐらい処刑場行きの車に
裏切りと恨みの支配が寒さの裏に、ポーランド、ベルリン、アフガン、プラハに
旬粋な殉教者たちはみんなつかまり、KGBにカゲでラーゲリでほうむり去られ
体制を維持、発展させるという部分と、開放、共栄、共存との矛盾が
やるせなさといっしょに充満した、もはや革命の継続は悪循環でしかない
戸惑うかもしれないが本当の敵はロマノフじゃなかったことだけは間違いなく
ドアの奥 そこでこっそりととなりをのぞく心の弱さを持つ自分たちだったと言う
防ぐための壁は牢獄になった、 イデオロギーが生み出したのはアレルギーだけだった
人間らしさにすべてをかけた革命は結局その人間らしさに負けたんだ


Tha Blue Harbの「時代は変わるpt.2」という曲の歌詞の一部分です。
どういうことか解説してもらませんか
787203:03/04/30 21:54
>>783は馬鹿か?
チベット、東トルキスタンで何百万人死んだと思ってるんだ?
まあアカチャンコロなんて何億死のうが構わんが。
788世界@名無史さん:03/04/30 22:02
>>787
彼らがどんなけ死のうが日本やアメリカとしては
特に何にも変わらないわけで

チベットで何人死のうが
おそらく日本の戦後の歴史はほとんど変わらなかったはず

またそのような政権と結んだのは
ニクソンや田中は「台湾」という概念はあっても「チベット」という概念は全くなかったんだろ?
789世界@名無史さん:03/04/30 22:14
つーか国民党なんて軍の規律も悪いし、
一党独裁だし、内部の主導権争いもひどいし、
台湾に渡ってもさっそく二・二八事件おこしてるし、
蒋介石の後継いだのは蒋経国だし、

彼らが大陸を支配してたら(してても)、相当の国民は無為に死んだと思われ。
チベットやウイグルなんて弾圧受けるに決まってるしなー
>>779
勝手に代弁するがな。
>なんとも情けないサヨク史観のステロタイプな受け売りしかできん連中だな。
どこがやねん。ちゃんと嫁。んなニュアンスを貴様は一体どこから読みとった。小一時間問いつめるぞ。
>>790
春厨か、それともただのおせっかいヴァカか?
ウヨサヨやりたきゃ、よその板でヤレ
792ど〜でもいいけど:03/04/30 23:29
>>772
しかし、思想性の評価についてはともかく、福沢諭吉を評して変
わり身が早いというのはどのような論拠によるものだろう。

徹底した近代化指向と反封建主義を思想とし、同時に反権力主
義の志操も一貫していたとしか漏れには思えんが。

好きか嫌いかと言えば、やや軽騒な感じであまり好きではないが、
幕末の思想家として見れば、その先見性と、反権力主義というか
薩長の粟は食わずという姿勢は徹底しているぞぃ。

つーか、そもそも何をもって変わり身と言ってるんだ。朝鮮の革命
支援に失敗したら、外部注入をもっても近代化を強行するというの
は福沢諭吉にとっては一貫した政治思想だろ。
793世界@名無史さん:03/04/30 23:59
ホラは吹く沢、ウソは言う吉。
794世界@名無史さん:03/05/01 00:12
第二次世界大戦のアメリカの軍事予算は111億ドルだったんですけど、
実際はどれほどの戦費をつぎ込んでいたんでしょうか。

ゼミの宿題で明日までに調べなきゃならんので
どなたか教えてください。
795世界@名無史さん:03/05/01 00:17
大学生にもなって「宿題押しえてください」かよ・・・
すまない、たまには荒れさせてくれ。

>>791
>春厨か、それともただのおせっかいヴァカか?
もう春休みは終わっている。漏れはただのおせっかいヴァカだよ。
>ウヨサヨやりたきゃ、よその板でヤレ
おまえがな。最初からお前しかそんなこと言っとらん。

もうやりません、すみません皆さん・・・。
797世界@名無史さん:03/05/01 00:47
>>792
良い意味での変わり身のつもりだったが。
最初儒学→時代遅れだ→蘭学→もう役に立たん→英語
てな感じに変わっていったと思ったけどね。

当時としては、ずば抜けた先見。
それ故に変節漢呼ばわりされた事もあったような。
学問が「習い事」だった時代の視点から。
798世界@名無史さん:03/05/01 12:30
>福沢諭吉
確かに何度か変身してますな。変わり身と先見の明かは紙一重ですかな。
 
最初のアメリカ行から帰った年に福沢は幕府外国方に雇われ,1864年(元治1)
に召し出されて幕臣となった。幕府内外の情勢,とくに西洋列強の動向からして,
初め〈大名連邦〉による事態の打開を考えたが,やがて〈変革〉の目標を
〈大君のモナルキ〉,すなわち徳川将軍の絶対主義支配の下での統一国家に
求めた。しかし幕府にすでにその実力がないことを知り,他方,尊攘倒幕派
を盲目的な排外運動としかみることができなかった彼は,日本の将来を悲観し,
68年6月幕府に御暇願を出した。

《学問のすゝめ》に示された思想構造と違って,国際関係についての見方と
国内政治についての見方が分裂し,前者が優先する傾向がこれ以降の彼の思想
構造の中にしだいに強まっていく。
国際関係における国際法や西欧国家体系への幻滅から,そこに支配するのは
力のみという権力政治観に移行する。西洋列強の東アジア進出に対しても,
一方では朝鮮や中国の近代国家への変革に期待し,これらの国の独立を防壁
として日本の独立を確保する道を模索していたが,84年甲申政変によってかねて
支援してきた朝鮮開化派が敗北すると翌年〈脱亜論〉(《時事新報》3月)を著し,
日清戦争(大金を寄付したね)に際しては軍事的介入による朝鮮の〈文明〉化を説き,
戦後には列強の中国分割への割込みを唱えるにいたる。
799世界@名無史さん:03/05/01 19:14
質問があります。ほんとにわからなくて困ってます。
1.プラトンは何故哲人政治を唱えておきながら、自分は哲学者なのに参政してないのか。

2.ソクラテスは、完全なものは神のみだと考えるが、ソクラテスの言う神ってのは、
どんな神なのか。例えば宗教によっても神は違うし、どの神なんですか。

3.プラトンが理想国家論を唱えた後、多少なりとも哲学者が政治をすることは
実際にあったんですか。


お願いです。どなたか教えて下さい。
800世界@名無史さん:03/05/01 19:35
>>799
2は哲学板で聞いたほうがいいと思うぞ

3は、もっとも有名な例として
ローマ五賢帝の一人に「哲人皇帝」
マルクス・アウレリウス・アントニヌスがいる
『自省録』 という著作がよく知られている
801世界@名無史さん:03/05/01 22:00
>>799
3は数多いだろうね。
皇帝なら当然、多少なりとも哲学の素養はあるだろうし。
啓蒙専制君主もそれに当たるか。
ただ、厳密な意味でただの哲学者から皇帝になった、ってのはどうだろう?
802世界@名無史さん:03/05/01 22:11
>>799
>1
ソクラテスの死後、12年遍歴し、哲学王の思想にたどり着き、シチリアなどで
政治に参加している。失敗後は教育に力を尽くしているが。

前367年,ディオニュシオス1世が死去し,同2世が王位を継ぐと,かつてプラトン
に深く共感したディオンが,この若い君主を教導することによって哲人王の理想
が実現できると考えて,プラトンに協力を要請してきたのである。
結果は,プラトンの予測どおり不首尾に終わり,ディオンも後に暗殺(前354)
されることになるが,プラトンはその間,高齢をおして2度(前367,前362)も
シュラクサイに渡り,生命すらおびやかされながら,ねばり強い努力を傾けている。
晩年のプラトンは,現実をさらに厳しい目で見つめつつ,アカデメイアでの研究教育
と対話編の執筆という本来の仕事に専念し,その旺盛な思索力は80歳で世を去るまで,
少しも衰えを示さなかった。

>2
『エウテュプロン』では,いくつかの答えが退けられた後でソクラテスが
エウテュプロンに対し次のように問うている。
「果して敬虔なものは,敬虔なものであるから神々によって愛されるのであろうか,
それとも愛されるから敬虔なものであるのだろうか。」
この主張こそ先の神観念を裏書きしているとVlastosは考える。
「ソクラテスはエウテュプロンに勧めて,敬虔の本質──つまり理性によって
見出され得る敬虔の本性──は神々がたまたま敬虔を愛するという事実に依存
してはいないことに同意するよう言っているのである。」

ソクラテスの神概念
http://homepage2.nifty.com/eleutherion/eu/node2.html
では、ソクラテスの述べる神は、多くが神々と複数です。
となると、天神ゼウス、アテネ神アテナ、ソクラテスは賢いとの神託を出した
デルフォイの神託所の崇拝神アポロンなどギリシアの神々の概念と思えます。

803世界@名無史さん:03/05/01 22:11
そういやセネカが皇帝ネロの側近をしていたな。
あれはいちおう政治に参加していたと見なせるか。
804799:03/05/01 22:30
おお!こんなにレスがついてるとは思わなかった!
みなさん詳しい説明ありがとうございました!助かりました!
805Krt:03/05/01 23:19
>>799
>1.プラトンは何故哲人政治を唱えておきながら、自分は哲学者なのに参政してないのか。
(802氏の説明ともだぶるが)
これは「哲人政治」の中身とプラトンの生涯について大まかなことを知っていればとうてい
出て来ない質問だと思う。まず哲人政治だが,、これは(1)長期間の教育によって哲学的訓練を
積んだ者たちが交代で政治指導者になるか(理想)、(2)王が哲学を学ぶか(現実に可能)、
のどちらかを意味する(「国家」参照)。プラトンが哲人王の思想にたどり着いた時点で、
民主主義国アテナイでは、(1)はもちろん不可能だった。というより、このような「貴族主義」
的発想こそ、アテナイが長年に渡って政治的に排除してきたものだったのである。
それゆえプラトンは単に哲学研究に打ち込むだけでなく、教育機関アカデメイアを設立し
その学頭として、諸ポリスで将来、政治的指導者になる可能性の高い若者を育てる道を選んだ。
 のみならず彼は、縁あって生涯において三度、シチリアのポリス、シュラクサイに渡り、
宮廷で哲人政治の理想を説いたり(一度目)、摂政ディオンの求めに応じて王に哲学教育を
施そうとしたり(二度目)、あるいは王とディオンの和解の橋渡し役を任されたり(三度目)
するなど、現実政治に深く関わると同時に、それが元で政治的反対派によって暗殺寸前まで
追い込まれたりしている(第七書簡)。「哲学者なのに参政していない」どころではないのだ。
806Krt:03/05/01 23:19
>2.ソクラテスは、完全なものは神のみだと考えるが、ソクラテスの言う神ってのは、
>どんな神なのか。例えば宗教によっても神は違うし、どの神なんですか。

これは単純には答えられない質問だ。そもそもソクラテス本人は何一つ物を書いていない。
「ソクラテスの思想」などというのは、プラトンやクセノフォン、その他の著作から、
慎重に彼らの思想による潤色を取り除く作業の末にようやく見えてくるものなのだ。
従って君が「ソクラテスは、完全なものは神のみだと考える」などと述べる場合にも、
だれが、どの著作で、どのような文脈において、正確にはどのように言っているのかを
明らかにしてくれなくては、あとの方の質問にもきちんとは答えようがない。
ただ一般論としては、クセノフォン「ソクラテスの思い出」I-1-2に見られるように
国家の認める神々を信奉していたこと。その上で、同書IV-3-13に見られるように、
ソクラテスは「われわれにいろいろの善い福を持って来てくれる神々」と区別された、
「森羅万象を整然と統一して維持する神、そこには一切の美なる物前成るものが存し、
これらをいかに人々が使用するとも永遠に不損、無染、不老の状態で供給しつづけ、
想いよりも速やかに過つことなく奉仕せしむる神」を想定していた可能性はある。
これは初期のみならず後期のプラトンの神概念にも相通じる点で興味深い。
807世界@名無史さん:03/05/01 23:23
日露スレではスルーされていますが、明石元二郎が日露戦争時に行った工作について。
以下のようなことが行われた可能性はあると思いますか?

1.明石が使った工作費は百万でなく桁が一桁違う。(当時の国家予算の数分の一だった)
2.工作費の一部は欧米の世論対策に使われた。(日本贔屓の国際世論はこのため)
3.ロシアの諜報機関を丸ごと買収に成功した。(日露末期の連戦連勝は露の情報洩れまくりのため)
808世界@名無史さん:03/05/01 23:59
>>807
明石のロシア革命派に対する扇動工作、結果として失敗した。
これまでの高い評価は、失敗はしたけれども、必死に努力したという、
「実績」ではなく「努力」に対する評価だったことがわかる。
http://www.jsmcnet.com/NCSJ/ygg/data/200012.html

100万でも大きいですよ。国家予算歳入は2億5千万ですから。
809世界@名無史さん:03/05/02 19:29
うお、krt氏久々に見たようなw
810世界@名無史さん:03/05/03 11:44
Gwアゲ!
811世界@名無史さん:03/05/03 11:50
>>807
漫画で読んだことを鵜呑みにされてもねえ・・・
812世界@名無史さん:03/05/03 13:52
なんて漫画?どこに出てるの?
813名無しさん@3周年:03/05/03 20:00
ローマにサンタマリア・インマコラータ・コンセチオーネという教会があって、
修道僧が亡くなると、その死体の骨を集めて、展示品を作り骸骨寺と言われてる
ようです。私の調べた範囲では、1626年にカプチーノ派が作った。この
僧は茶色の服に白い帽子をつけてるので、ミルクを乗せたコーヒーの名前の
由来になった。帽子の無いエスプレッソ派というのもあるらしい。
IMMACOLAT CONCEZIONEという名前はガレリオ等の科学思考の時代にも
処女受胎は正しいという主張をしたのではと想像してみました。
これ等に関して、何かありましたら教えてください。
814世界@名無史さん:03/05/04 11:09
>>813
これはどうかな?

カプチン会
Ordo Fratrum Minorum Capuccinorum[ラテン]
カトリック教会の一托鉢修道会。その名は会員が着用する先のとがった頭巾(カプッチョ)
に由来する。
フランシスコ会から分派した修道会であり,1525年マテオ・ダ・バシオ Matteo da Bascio
(1492か95‐1552)によって始められ,28年7月3日教皇クレメンス12世によって認可された。
アッシジのフランチェスコの精神の厳格な伝統を遵守し,自己聖性と使徒活動
をめざしてキリストに従うことを目的とする。
1982年現在,全世界に修道院1519,会員1万1944を有す。1947年来日,那覇司教区
で教会司牧に従事している。なお1538年クララ会から分派した女子カプチン会がある。

ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ教会が処女受胎主張をしてるのはありました。
815世界@名無史さん:03/05/04 16:14
>>812
斬鬼 乱という時代劇系漫画雑誌の別冊

>>811
別に鵜呑みにしてねー。
作者も又聞きだからフィクションと考えてくださいって書いてるし。
ただ、作者の祖父が明石の部下だったのは確かのようだから、
酒の席の戯言とはいえ、現在の定説とどんくらい違うのか確認したかっただけ。
816813:03/05/04 18:46
>814
どうもありがとうございました。
日本にも関係者がいるようですね。
この話は、コーヒーの話と骸骨の話と二重に興味があります。
エスプレッソ派修道会があるとは、書いた自分でも半信半疑です。
のんびり調べていきます。
817世界@名無史さん:03/05/04 22:08
カプチン会はカプッチョ(帽子)からと思います。
エスプレッソ派というのは、存在するとすれば、たぶんあだ名でカプチン会
と対比された組織ではないかと思います。

キモイのがあったので貼っておきます。
>12,13世紀ごろ,貴人が遠隔地で死ぬとよく煮て骨だけを故郷に送り,
>内臓と煮だし汁はその地に葬る風習があって,くり返し禁ぜられたにも
>かかわらず国王や司教もこの風習に従い,イギリスやフランスでは15世紀
>にも続けられたという(ホイジンガ《中世の秋》)。
818山野野衾 ◆F6mxNHihgE :03/05/04 22:09
>817
ルイ9世と倅もそうなっていたはず。
819世界@名無史さん:03/05/04 23:23
教皇と法王はどう違いますか?
820世界@名無史さん:03/05/04 23:29
>>819
>>196あたりから読むべし。
821世界@名無史さん:03/05/04 23:36
>820 ありがとうございました
822世界@名無史さん:03/05/05 00:02
中国はなんで同じ名前の国があったりするんですか?
厨房過ぎてごめんなさい。
823水 ◆rDhngbng2E :03/05/05 00:43
>>822
地(域)名がそのまま国名にされたからじゃないの?
824世界@名無史さん:03/05/05 03:36
>>822
漢〜宋の中華王朝の国号は、基本的には、その創始者が
受封された土地にちなみます。
たとえば、三国時代の魏なら、前王朝の漢から、曹操が
まず魏公に封じられ、やがて形式的な禅譲で国を譲り受け
ました。
まあ、乱暴なたとえをするなら、たとえば、フランス王が
実力のある家臣をノルマンディー公に封じ、そのノルマン
ディー公が下克上でフランスを乗っ取って王になったとし
ます。以降、その国全体がフランスではなく、ノルマン
ディーと呼ばれるようになる、と、そのようなルールが
中国にはあったのだと考えてください。
ちなみに、満州族の金・清、モンゴル人の元、創始者が農民
出身の明、太平天国などは、前王朝に受封されたことがない
ので、縁起のよい字を勝手に国号にしています。
また、「劉」姓の人間が国を建てると、国号を漢にしたがる
傾向があります。
825世界@名無史さん:03/05/05 04:04
たとえば、「宋」王朝の場合、
劉宋は武帝が宋公(後に宋王)に封じられたこと、
趙宋は太祖が宋州節度使に任じられたことに因る、だっけ?
826世界@名無史さん:03/05/05 04:05
ジョージ・リンカーン・ロックウェル
827世界@名無史さん:03/05/05 16:10
北宋の太祖は禅譲前の職が帰徳軍節度使で、
この職の任地が春秋時代の宋の故地であることから。
828世界@名無史さん:03/05/05 23:05
芸術家であるとともに科学者でもあった偉人というのはダビンチ以外にもいますか?
829世界@名無史さん:03/05/06 10:22
>>828
彼の残した物の3/4は科学・技術・自然観で、1/4が芸術だそうです。
ですから、科学の合間に芸術をしたともいえる。
「レオナルドの前にも後ろにもレオナルドはいない」と言われています。
830世界@名無史さん:03/05/06 10:29
文明国は非文明国に対してどのような政策・対応をとっていったのですか?
日本は非文明国として扱われていたようですが、文明国にはどの
831世界@名無史さん:03/05/06 10:30
クロード・ベルナールは科学者にして文学者。
832続き:03/05/06 10:30
ような対応をしたのか教えてください
833スケベ大王:03/05/06 10:32
               ∧_∧∩ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
              ( ´∀`)/< 先生もろDVDはどこですか?
           _ / /   /   \___________
          \⊂ノ ̄ ̄ ̄ ̄\
           ||\        \
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              .||          ||         (´Д` )  <  http://www.dvd01.hamstar.jp だ!
                              /   \   \___________
                              ||  ||  
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                       || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||  ||
                       || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||  ||
                       ||    教卓         ||  ||
                       ||                ||

834世界@名無史さん:03/05/06 11:38
ユリにマルコポーロって名前付いていますよね?
あれはどうしてなのかご存知の方いらっしゃいましたら教えて下さい。
835世界@名無史さん:03/05/06 18:57
オリエンタルハイブリッドの一種で最近つくられたものだから、
歴史的意味はない。もっと興味があれば、園芸方面へ行きましょう。
836世界@名無史さん:03/05/06 19:52
フランス人権宣言の人と市民の違いを教えてください。
人が自然権的なもので、市民が政治的なものなのでしょうか?
837世界@名無史さん:03/05/06 21:00
フランスの名門貴族モティエ家はラ・ファイエット伯爵からいつのまにか
ラ・ファイエット侯爵に爵位が上がってますがどうやってそんなことをした
んでしょうか。
838世界@名無史さん:03/05/06 21:10
>828
どこから芸術家とされるのか、ってのでいろいろと…
寺田寅彦とかもこの範疇に入るとは思うんだけど
839世界@名無史さん:03/05/06 21:27
ウィンストン・チャーチル

国文学者、指揮者、画家、煉瓦積み職人、領主、政治家。
840世界@名無史さん:03/05/06 21:57
医学博士で漫画家なんて奴もいたな。
841828:03/05/06 22:02
ありがとうございました。
挙げてもらった人物について自分なりに調べてみようと思います。
842世界@名無史さん:03/05/06 22:11
いろいろな条約とかの公的文書ってどこで見れますか?
843YMIM:03/05/06 22:24
>>813 亀レススマソ
>IMMACOLAT CONCEZIONEという名前はガレリオ等の科学思考の時代にも
>処女受胎は正しいという主張をしたのでは

これはイエスの処女懐胎の事ではないんです。

「マリアの無原罪の懐胎」(英語だとImmaculate Conception)といって、
イエスを生んだ母マリアは原罪なくしてマリア自信の母の胎に宿ったということです。
キリスト教(西方教会は特に)では人間はアダムとイブの誘惑により生まれながらにして
罪を背負っていると考えますが、カトリック教会では聖母マリアの神格化の過程で
「マリアだけは原罪とは無関係に生まれた」という教義が造り出されたようです。
この教義はおそらくいま一番問題になっている
「マリアはキリストとともに世界の罪を背負って救った」(マリアの共同贖罪の教義)が
ローマカトリックで正式な競技になる前の段階と考えられています。
(詳しくは宗教板いけばいくらでもその関係のスレが立ってます)

イエスの処女懐胎はそれがなくなるとキリスト教ではないので、
いまでも正しいというか、事実だと信じられていますよ。
教会がそれを事実だといわなくなったら、それはキリスト教最後の日です。
844世界@名無史さん:03/05/07 02:48
人間が服を着るようになったのはいつの時代から?
とりあえず、胴体を一周し且つ面積の過半を被う衣服はいつの時代のどこの地域から?
845842:03/05/07 08:03
日米平和友好条約のコピーみたいのがみたいってことなんですが。。。
846世界@名無史さん:03/05/07 09:23
>>844
それを明らかにすることはほとんど不可能。
土器や貝塚とちがって発掘しても分解しているのがほとんど。
特に2番目の質問は誰も分からない。
そもそも衣服を最初に身に付けた(獣の皮)人々が地球のある一地方にいて、
そこからよそへ伝播して広まった、とは考えられない。
847__:03/05/07 09:40
848世界@名無史さん:03/05/07 10:14
第二次世界大戦のナチスドイツの作戦で
ヨーロッパ全域の天候操作か、天候予知が、
グリーンランドで行われていたとなんかうろ覚えで聞いたような気がするんですが。
事実なんでしょうか。
その頃って、そんなに天気予報でさえ当たりませんでしたよね?
ドイツの科学は世界一?
849世界@名無史さん:03/05/07 10:38
>>842
国立公文書館
http://www.archives.go.jp/
850世界@名無史さん:03/05/07 10:47
>>836
そうですね。フランス人権宣言の、解釈の関係部分を貼っておきます。

宣言は,政治的結合すなわち国家形成の目的たる自然的権利として自由,所有,
安全,圧制への抵抗の四つを掲げ(2条),それぞれの具体的内容として人身,意見,
表現の自由(7,10,11条),所有の不可侵(17条),罪刑法定主義,無罪の推定(8,9条),
抵抗の正当性(16条)等を宣明するとともに,
国家形成上の最も基本的な原則として国民主権(3条),法律の支配(6条),武力(12条),
租税(13,14条),行政報告(15条)について規定した。
宣言の表題にいう〈人の権利〉は前者=自然的権利を,〈市民の権利〉は後者をさす。
851東方の3白紙:03/05/07 11:00
>処女懐胎・・・
実はご想像のとおり、誰ともわからない男に強姦された結果でして。
ひとつ、ここは穏便に・・・
852世界@名無史さん:03/05/07 11:30
>>848
ドイツの H. W. ブランデスは初めて天気図を作った。
1854年クリミア戦争のとき,黒海にいたフランス戦艦アンリ4世号が
暴風に襲われ沈没した。パリ天文台長 U. J. J. ルベリエが調べたところ,
この暴風はイベリア半島で発生し,東へ移動していったものであり,
定期的に天気図を作り,変化を追跡していけば,この暴風の襲来が予測
できて被害をまぬがれただろうということがわかった。
これが近代的な天気予報の始まるきっかけとなった。フランスでは1858年
に天気図による天気予報が始められ,それが各国に広がった。
日本では1883年 E. クニッピングの尽力で初めて天気図が作られ,同年
5月26日には最初の暴風警報が出され,84年6月1日からは日々の天気予報
が出されるようになった。
 その後,天気図による天気予報の技術はしだいに進歩し,1919年には
ノルウェーの J. A. B. ビャークネスが低気圧波動論を提唱し,気団や
前線などの概念が生まれた。
第2次大戦のころを境とし,天気予報の技術はさらに大きく進んだ。
ラジオゾンデによる高層気象観測が各地で行われ始め,大気の立体解析
ができるようになった。また,気象レーダーが発明され,半径300kmくらい
の雨域がブラウン管に写るようになり,雨域の移動や,雨域のらせん状
の形から台風の移動などもすぐに観測できるようになった。
853__:03/05/07 11:42
854848:03/05/07 12:34
>>852
・・・ありがとうございます。
あのう、それでナチスはグリーンランドで、やはり基地を作って、
ヨーロッパの天候予測とか天候操作とかしていたんですか?
そこがとても知りたいです・・・。
855世界@名無史さん:03/05/07 14:58
>>844
人間は、進化の過程で直立歩行するようになったため、
性器という急所が前面に出てしまいました。特に男性
は深刻でした。
そこで、性器を獣皮などで保護したのが、衣服の始ま
りと思われます。
856842:03/05/07 15:40
>>849
ありがとうございます。
でもそこにはなぜかなさそうです。
e-govとかもみたのですが、
どうやら↓でないと私の読みたいものはなさそうです。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/
857林檎園の蛇:03/05/07 15:42
エデンの園の林檎をつまみ食いして、
自分が裸だったのを自覚してからでは?
858世界@名無史さん:03/05/07 20:57
>>854
>1941/10/11,昭和16/10/11
>アメリカ軍が、グリーンランドのドイツ気象観測所を占領する。
ってのを見つけた。結構苦労したぞ。関連記事はなかった。
つまり、気象観測所はあった。
当然、天候予測はしてただろう。
天候操作は、今でも不確実な難問だから、当時はさらに難しかっただろう。
そして、1941年にすでにアメリカ軍に取られている。
859世界@名無史さん:03/05/07 21:08
江戸時代の武士は常備軍ですか?
860世界@名無史さん:03/05/07 21:25
「予備役」兼「役人」。
861世界@名無史さん:03/05/07 22:25
>854
>858に補足。
なんでドイツがグリーンランドなんて辺鄙なところに気象観測基地を作ったかというと、
単純な話で「ヨーロッパの天気は西から東へ移り変わるから」。
つまり、グリーンランドのようにヨーロッパの西にあるところで気象観測をしていれば、
数日先のヨーロッパ本土の天気が予想しやすくなるというわけ。
別に、人里はなれた地であやしげな実験をするためではないよ(笑
862世界@名無史さん:03/05/07 22:50
ルクセンブルク大公の臣下は爵位を持つのでしょうか?
863世界@名無史さん:03/05/08 01:08
最近「ヘウレーカ」という漫画を読みました。
アルキメデスが作った兵器を使ってローマと戦おうとするシラクサを舞台にした話だったのですが、
「エウリュアロスの車輪」という兵器の威力に驚かされました。
劇中では人の頭程もある石を物凄い速度で飛ばし、
ローマの歩兵部隊をそれだけで全滅させてしまいました。
それ程の威力がこの兵器には実際にあったのでしょうか?
誰か、原作を読んでない人で構いません。
この兵器について詳しく教えて下さい。

864世界@名無史さん:03/05/08 02:49
アルキメデスが妙な新兵器を開発していたのは史実らしいですが
威力や実績のほどはよく分からないというのが実際のところかと。

結論からいえばシラクサはあっけなくローマに滅ぼされていますし。
865世界@名無史さん:03/05/08 03:36
じゃあ、判ってる限りで、最古の衣服か衣服があった証拠が出土したのは、
どこの地域のどの時代の遺構
866世界@名無史さん:03/05/08 03:40
あちらの方には理論は通用しないよ。
どんなことでも捻じ曲げて自分たちの物にしようとする。
んで、日本の国民性で「触らぬ神に祟りなし」ってのがあって
放置しようとする。するとどんどん付け上がって悪乗り。
いままでこのパターンでどれだけやられてきたか…
なんでニダーなんてキャラが2chで生き続けてるのか分かった気がするよ。

チマチョゴリを破かれたって事件も自作自演の可能性もあるらしいよ。
ttp://www.hehehe.net/library/D-00035.TXT
ハングル板行ってみ。とりあえずいま熱い板は
ttp://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1052298885/l50
かな。他も見てみるといいよ。
867848:03/05/08 10:55
>>858
>>861
本当にありがとうございました!
感謝のため、ディスプレイに何度も頭を下げている次第です。
どの資料をあたっても見つからなかった疑問が解決しました。
本当に、本当にありがとうございました。

868世界@名無史さん:03/05/08 13:30
日本とチリの友好関係が伺えるような歴史上のエピソードとかありませんか?
869世界@名無史さん:03/05/08 17:10
>>868
4.日本がチリから購入した軍艦
1883年チリが太平洋戦争(対ペルー、ボリビア)に勝った後売りに出した軍艦
「アルトゥーロ・プラット」を日本が購入して「筑紫」と命名。同艦は日清戦争で大活躍。
また1884年には、チリの「エスメラルダ」を購入、「和泉」と命名されたこの軍艦は、
日清・日露の戦争、特に後者で活躍し、殊勲艦となった。


11.日本国連加盟に際してのラテンアメリカの支援
1956年我が国の国連加盟に際しては、ラテンアメリカ諸国が力を添えてくれた。
まず同年12月、第11回国連総会に提出された「日本の加盟のための34カ国共同
決議案」にはペルーが参加し、続いてブラジルなど6カ国も加わって積極的に
実現に貢献したのみならず、決議案の採択に当たりその他の13カ国も全て賛成
票を投じた。
又これが、その後の国連場裡での各種選挙、決議案採択などに際しラテンアメリカ
諸国が1つの安定した勢力として一貫して好意的対日姿勢を維持してくれること
の発端でもあり、さらには国連の各専門機関、その他の国際機関における日本
とラテンアメリカとの今日の幅広い協力の発端ともなった。



870世界@名無史さん:03/05/08 22:02
外国の国王で同名の人は「ナントカ一世」「ナントカ二世」という呼び方をしますが、
「ナントカ二世(以降)」がいない段階で「ナントカ一世」という呼び方をしますか?
871世界@名無史さん:03/05/08 22:04
>>870
しません。
872世界@名無史さん:03/05/08 22:06
500年後、どの国が覇権を握ってますか?
873世界@名無史さん:03/05/08 22:10
オーストリア帝国なんか、皇帝が4人いて4人とも○○1世。
874世界@名無史さん:03/05/08 22:11
>872
この板の守備範囲外です
875世界@名無史さん:03/05/08 22:17
>>873
具体的に名前をだしてくれ
876動画直リン:03/05/08 22:20
877世界@名無史さん:03/05/08 22:21
>>870 >>871 するだろうよ。

オーストリア帝国歴代皇帝
 フランツ1世
 フェルディナント1世
 フランツ=ヨゼフ1世
 カール1世
878世界@名無史さん:03/05/08 22:26
1世しかいない人々。

 中央アフリカ皇帝 ボカサ1世
 エチオピア皇帝  ハイレ・セラシエ1世
 アメリカ皇帝   ノートン1世 
 
879世界@名無史さん:03/05/08 22:32
                国王・皇帝
                  │
                  │
                  │
                  /\
                 │ │
                 │ 大諸侯◎
                 │  \
                ./│   諸侯
               /  │     │
             諸侯◎│    騎士
             /\  │ 
            /   \│
           騎士   騎士◎


社会科の資料集に「封建社会の構造」と題され、このような図がありました。
本当はこの下にさらに線が延びて、それぞれが「○○領」を持っていることが示されています。
またさらに、「経済は荘園中心の自給自足」と記されていたのですが、下位の身分のものは自分より上位のものへ年貢を「上納」していたのでしょうか?
また、「◎」がついているものは「皇帝・国王の命令支配が及ぶ範囲」となっていたのですが、
ついていない人に命令支配が及ばないのはどうしてですか?
880第20軍団兵:03/05/09 01:08
>>870
フランス王の場合,王が直接ルイx世と名乗ることはないと思います。
署名する場合「ルイ・ド・フランス,神の恩寵によりて,その名を持つx番目の王」
法律,あるいは勅令の場合「神の恩寵によりて,フランス王たる余ルイは--(本文)--が良きことと考え,--を望み,命じる。 (日付)」

後代の人間が王のことを指すときは一般にはあだ名です。ル=ベル,とか,ル=ボン等々。
ほかの国は知りません。どなたかフォローよろしく。
881世界@名無史さん:03/05/09 02:01
質問です。
大津事件(日本ですが・・)のあと、ロシアが日本に
攻めてこなかったのはなぜでしょうか?
ずっとなぞです。
882世界@名無史さん:03/05/09 04:02
大津事件で切られた王子がロシア皇帝になったときに、日露戦争になってるではないか。
883世界@名無史さん:03/05/09 10:53
>>879
荘園領主制においては、荘園内で下位の者が上位の者へ物納し、
荘園が誰かさらに上位の者の借地であれば、借地の対価を払ってたでしょう。

ただし、国王⇔諸侯⇔騎士の関係は、独立人の自由契約であり、
軍事契約が中心で、「年貢の上納」はなかったと考えられます。

また、命令権・支配権については、「典型的な封建国家では,第1に国王の支配は
その直属封臣だけに及び,国王と陪臣や一般人民との直結関係は存在しない」
となりますので、直接主従契約を結んでない相手には支配権は及びません。
国王⇔大諸侯、大諸侯⇔諸侯、諸侯⇔騎士と、それぞれ別の軍事契約が成立
してたと考えられます。
884世界@名無史さん:03/05/09 11:02
>>881
1891年と言う時期が、微妙だったと思われます。
日清戦争前で、ロシア・清・日本・朝鮮・極東を狙う列強のパワーバランスが
微妙だったのだとお思います。
対馬を借りて、ロシア海軍基地を作るために日本と仲良くしたいなどとの
思惑もあったかと思われます。

次のような策をロシアは考えてたようです。
「ロシア皇帝は日本が約言(実は、皇太子訪問前に何かあったら日本皇族
不敬罪適用を約束してた)を守り,津田に死刑を宣告してロシアに対する
礼儀をつくせば,ロシアが減刑を申し出ることにより皇太子殺害未遂事件
を日露親善の契機に転じようとしていた」

この時期、ロシアは日本を引き寄せたかったようですね。秋波を送ってる感じです。
885世界@名無史さん:03/05/09 15:11
国史・東洋史・西洋史から日本史・世界史になったのはいつですか?
886世界@名無史さん:03/05/09 19:34
逆に、二世がいないから一世じゃない王様の典型が
英国のジョン王
887世界@名無史さん:03/05/09 20:33
>>885
戦後の昭和二十年代に国史が日本史と言い換えられるとともに
日本以外の歴史を教えるための新しい中等教育用の科目として
東洋史と西洋史をくっつけた世界史ができた。
混同してはいけないのは国史・東洋史・西洋史の区分法が無くなって
日本史・世界史の新しい区分法に変わったわけではないってこと。
大学の史学科は日本史・東洋史・西洋史で区切ってるじゃないの。
888世界@名無史さん:03/05/09 22:37
>>887
史学科でないので質問なのですが、東洋史と西洋史で分けて不便と言うか、
トータルに世界史を学べるんですか?
イスラム社会や、アフリカ史、アメリカ大陸史はどちらに入るのですか?
889世界@名無史さん:03/05/09 22:55
>>887
それでか……
ペルシャは東洋史、エジプト、ギリシャは西洋史。
アレキサンダー王の攻めたのはペルシャの何王朝でだったか、
そのアレキサンダー王に攻め込まれるまでのペルシャが攻め取った
エジプトは第何王朝か、すぐ出てこないんだよなぁ。
890世界@名無史さん:03/05/09 23:05
>>888
その問いはナンセンスかもしれない。
史学科の外国史は高校までの世界史とはある意味別物で、
そもそもトータルな世界史教育・研究を志向してませんから。
トータルな世界史は研究対象になりにくく、
外国史研究者は中国史研究、中央アジア研究というように
地域史の専門家になるのが普通。
(もっとも、そもそも高校の世界史の中身も
トータルな世界史というよりは地域史の集合体に近いけど)

それからイスラム社会は東洋史、アメリカ史は西洋史に入るのが普通。
アフリカ史は微妙だなー。アフリカ研究者は人類学者ばかりだし。
エチオピア方面をやってる研究者が東洋史学科にいたりするんだけど。
891世界@名無史さん:03/05/10 06:31
>>890
何世紀とか、世紀(時代)専門家ってのもいるんですか?
892世界@名無史さん:03/05/10 13:37
チャンドラグプタはどうよ
マウリヤ朝のチャンドラグプタが、いて
グプタ朝のチャンドラグプタ一世もいる
おまけとしてチャンドラグプタ二世までいる
893世界@名無史さん:03/05/10 14:38
イギリスの国王もノルマン征服以前のサクソン王家は別にして数えてますが、
これもなぜなのかよくわかりません。ノルマン征服以前はイングランド王国
ではないのでしょうか。だれか教えて下さい。
894世界@名無史さん :03/05/10 14:42
ヨーロッパ人が海外に進出したとき、人間か猿か議論した種族が
あったようです。この種族は、どこの何という種族なのでしょう
か?
895世界@名無史さん:03/05/10 14:54
>>893
支配層が完全に入れ替わったからではないでしょうか。

イングランドは異民族ノルマン人の王の支配下に入り,従来の支配階級
アングロ・サクソンの貴族はほとんど一掃された。ウィリアムに従って来島
したノルマンの貴族・騎士がこれに代わり,支配層は完全に交替した。
イングランドではそれ以前から社会の封建化が進みつつあったが,
ウィリアムは当時フランスで行われていた制度,すなわち貴族に土地
(封土)を分与する代りに軍役を奉仕させるという封建制度を導入して
統治したので,この国は名実ともに封建国家となった。
896世界@名無史さん:03/05/10 15:14
>>894
スペイン人がインディオに対してのようです。
コロンブスは、インディオ奴隷売買を始めてます。
ラス・カサスのような、インディオの自由と生存権のために働き、
彼らの中に白人が失った人間の大切な者を見い出していた同時代人もいましたが。
897世界@名無史さん:03/05/10 15:32
中国の皇帝の正妻が皇帝の死後、お妾さんの目、耳、鼻、腕、足
を斬って、人間便器にしたそうです。
あまりに残酷ですが、他にそのような残酷なことをした支配者が
いますか?
898世界@名無史さん:03/05/10 15:47
トイレの下の糞食い豚にしたのでは?
日本でも、切れない刀で少しずつ相手大将の首を切ったとか、
キリシタン責めとか、結構あるのでは・・・。
小林多喜二も警察の拷問で、キリの穴を足にたくさんさされ、指の骨は
何本も折られ、アザだらけの死体になって、警察から家に投げ込まれた。
899世界@名無史さん:03/05/10 15:56
清朝時代の府・州・県のちがいについて教えてください。
900世界@名無史さん:03/05/10 16:01
>>897
一つ一つは普通に刑罰なのでは
901世界@名無史さん:03/05/10 19:33
>>899
清朝スレで質問したほうがいいかも。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1027552099/
902世界@名無史さん:03/05/10 21:18
>897

この話は漢の高祖、劉邦の正妻、呂后についてですよね?
たしか第二夫人の戚夫人を両手両足切断、目玉をくりぬいて耳を切り取る(焼くだっけ?)
喉をつぶして便所に落とすというとんでもないことをやった人物(鼻は切り落としたっけ?)
これで生きていた戚夫人もすごいといえばすごいかもw

まぁひどいことをやった人間は多々あるが、これ程のはあまり聞かないですね。
しかも権力をバックにした私怨というのがまたすごい。
そう言う意味では>900さんは間違っていますね。刑罰ではないですから。
903世界@名無史さん:03/05/10 21:19
>>899 少しだけだが・・。
中国本土は18省に分かれ,長官として総督,巡撫(じゆんぶ)が置かれた。
総督は1〜2省に1名,巡撫は1省に1名であるが,その管轄地域と職務は重複して
おり,しかもそれぞれ別個に皇帝に直属していた。省には省長ともいうべき
布政使(行政)・按察使(あんさつし)(司法)が置かれた。
省は府に,府は州・県に分かれ,それぞれ知事が置かれた。この点,日本の府
と県が同格の行政区であるのとは異なっている。
州・県の知事は,兵権をのぞき,最末端の行政・司法の全権をにぎって人民に
直接のぞむわけで,いわば地域の小皇帝ともいうべき権力者である。
このほか省に学政(教育),省と府の中間に数名の道員(道台),塩政,税関監督,
織造など特殊な官職もあった。東北は3省に分かれて東三省とよばれ,将軍による
軍政がしかれた。モンゴル,回部,チベットの藩部には将軍,辧事大臣らが
駐在した。
904世界@名無史さん:03/05/10 21:45
北の情報機関関係者は日本や韓国から拉致されてきた女性と結婚するケースが多いそうだ。
韓国の情報機関幹部が統一狂会の日本人女性信者と結婚したというのもある。
南北揃ってろくでもねえ民族。統一狂会自体、南北チョーセンジンのそういう卑しい民族性を
象徴している。

その佐々木さんのことは先日テレ朝スーパーモーニングで特集してた。
その元幹部も証言してたよ。佐々木さんは大変な美人だった。
彼女は銀行への出勤途中、バス乗車後に失踪してる。
直前に銀行に電話入れて休みたいということ、電話があったら席をはずしていると
答えるようにと依頼してたそうだ。彼女は結婚してすぐの頃失踪。

その失踪の経緯から連想せざるを得ないのは、室蘭女子高生失踪事件だ。
これはうり二つの経緯を辿っている。

千田 麻未(ちだ あさみ)さん
http://www.tanteifile.com/dragnet/mikaiketsu/missing/001_050/001_2001_03_06/

ちなみにこのケースもFRIDAYでだいぶ前に北朝鮮拉致疑惑として特集してた。
失踪後、北朝鮮船舶が行き来してる近くの海岸で彼女とよく似た女性が目撃されてる。
その特集では千田さんの他に、北海道で失踪した主婦のケースも。外出後、タクシー使用
以外に辿りつけないような土地のバス停近辺で目撃されたのを最後に一切情報なし。
パスポート他全部家に残ってるとかいう内容。また失踪後、人が寄りつかず、かつ自殺には
適さない海岸の崖の上にバッグ(パスポート・財布など全部入ったまま)と靴を残して不明の主婦も。

北海道ではこのような不可思議失踪事件が多発していて、北朝鮮の拉致疑惑が囁かれている。
北の貿易船の往来が頻繁なためだ。
元工作員の証言では、北工作船はオホーツク海に一旦出てから活動に向っているらしい。
905堕天使:03/05/10 21:53
906世界@名無史さん:03/05/10 21:56
ヨーロッパ人は海外に進出して植民地を広げます。
コロンブスは、インディオ奴隷売買を始めるわけですが、初めはイン
ディオが人間か猿かで議論したようです。
人間と認められて良かったのですが過酷な支配が待っていました。
その支配を支えたのがキリスト教です。キリスト教が反抗心を弱める
役割をしました。まさに宗教はアヘンです。
この植民地時代のキリスト教をどのように考えればいいのでしょうか?
またキリスト教の神父または牧師になったのはどのような人々でしょ
うか?
地位の高い人が植民地に入ってとは考えにくいのですが。
907世界@名無史さん:03/05/10 22:13
>>906
2面性あると思います。1面は侵略の手段。2面は被抑圧民の心の支え。
この2面性で広まったと言えます。
カトリックの積極性の背景に、反宗教改革運動があるといえます。イエズス会を例にします。
「反宗教改革のにない手となったイエズス会は,イグナティウス・デ・ロヨラ
が起こしたもので(1540認可),これは〈戦闘部隊〉という意味でカンパニア
と称された。1558年の会憲によれば,総会長の上に教皇が絶対の首長となり,
会士はその命令に絶対に服従しなければならない。また特別な神学的訓練
と徹底した霊操(心霊修行)が要求された。イエズス会は各地でプロテスタント
に対抗しただけでなく,〈神の栄光のために〉の一念をもって海外に多く
の布教師を送り,この点ではプロテスタントに一歩先んじた。
日本伝道のザビエル,中国伝道のマテオ・リッチ,インド伝道のノビリ
などが著名」
ロヨラは元軍人です。ザビエルはバスク人で苦難の子ども時代です。
ただ、誠実度は高かったらしく、ザビエルなどはオーラを日本人に感じさせたようです。
908世界@名無史さん:03/05/10 22:24
第3回ポエニ戦争のきっかけになった、カルタゴが攻めた都市国家の名前って何でしたっけ?
909世界@名無史さん:03/05/10 23:11
>>908
第3回ポエニ戦争のきっかけは北アフリカのヌミディア王国がカルタゴに侵攻し、
カルタゴがそれを迎撃したこと。ローマの仲介でいったん停戦したものの、
その後カルタゴ軍がヌミディア領内に侵攻したため、ローマはカルタゴに現在の
カルタゴ市を引き払って内陸に移住することを要求する最後通牒を突きつけた。
カルタゴがこれを拒否したため、ついに戦争となりカルタゴは滅亡した。
910世界@名無史さん:03/05/10 23:17
ヨーロッパ都市の広場にあるオベリスクについて。
1、あれは何教のものですか?
2、あれを建てた意味は?
  他の宗教のシンボルをキリスト教に屈服している象徴としての意味
  ということで、いいですか?
911世界@名無史さん:03/05/10 23:30
ローマ皇帝がエジプトのオベリスクのレプリカを建てまくった。
イギリスとかニューヨークのはエジプトから分捕ってきた。
912そりはちょと:03/05/11 00:23
>>910
オベリスクはヨーロッパの各都市にあるわけではありません。
屋外に現存する歴史的なオべりスクは全部で27本、約半数の13本は
ローマに集中していて、残りはエジプトに6本あるほか、以下の都市等に
1本づつあるだけです。

イスラエル(ローマによるレプリカ)、イスタンブール、パリ、ニューヨーク
ロンドン、フィレンツェ、ウルビーノ、ウインボーン(イギリス)

あと、ワシントンD.C.にあるのはここには入らない近代製のパチモンです。

ですから、ローマ皇帝が作ったレプリカで残っているものは、ローマ市内
の何本かとイスラエルのもので、あとはワシントンのようにずっと新しい後
世のパチモンか、エジプトからオリジナルを運んだものですから、あちこち
の都市にローマ皇帝が作らせたレプリカがあるというのは誤解です。
913世界@名無史さん:03/05/11 01:08
>>891
ナントカ時代のナントカ地域の専門家、という感じになるでしょうな。
歴史学の基本的な道具は文献で、
文献はその地域ごとの言語で書かれていて、
言語は地域と時代によって変遷が激しいから
研究の細分化はある意味必然。(日本史だって研究分野は細分化されてるんだけどね)
それから東洋史と西洋史の区分ですが、おおよそ
東洋史=漢文(中国語)やアラビア語などアジア諸語の文献を用いて研究する分野
西洋史=ヨーロッパ諸語の文献を主に用いて研究する分野
という区別が原則だと思ってください。
914第20軍団兵:03/05/11 02:52
>>906
この頃のスペインでは一般に、インディオ擁護=キリスト教サイド。"奴隷化"推進=人文主義者です。
キリスト教で中心的な役割を果たしたのがドメニコ会です。
(ビトリアのサマランカ大学での講義、ラス=カサスの「インディアス破壊についての簡潔な報告」は有名ですね)
キリスト教サイドは"人間は神の前に平等である"の例のテーマを前面に出し、人文主義者サイドはアリストテレスに発する
"劣ったものは、優れたものに従うべきである"にその根拠を見出しました。
両者の主張が最も整理されているのは、インディアス新法をにらんで開かれたバヤドリード審議会でしょう。
ターゲットになった問題は"人身御供"カリバニズム(=人食い)"インディオは文明人?or野蛮人?といった所です。
(これ以上は自分で調べてください。解釈の問題が出てきますので)
915第20軍団兵:03/05/11 03:01
>914続き
この時代のキリスト教をどう考えれば良いか?ですが、人文主義/キリスト教ともに大航海時代によって、古典時代以上の知識を得たことで
"古典を紐解けば答えが見つかるという時代が終わった"という方向と"神の考えられていることは人間の知っていることを遥かに超える"
という2つの心性が起こったといえるでしょう。
いずれにしてもヨーロッパ人が自分の今現在の目と頭で物事を判断し始めた。といえると思います。
916第20軍団兵:03/05/11 03:11
>>914
どのような人が宣教師として新世界に行ったかですが、出身身分を貴族とブルジョワ
に持つ人がほとんどです。
托鉢修道会(ドメニコ会&フランチェスコ会)とはブルジョワに支えられた組織ですし、
イエズス会も司祭として叙任されるまで長期の勉学を要求されます。
まあ、読み書きする階級に生まれないと、そもそも新世界くんだりまで宣教に出ようなんて考えない訳です。
目の前には新教の危険が迫っている訳ですから。
917世界@名無史さん :03/05/11 14:55
ローマはカルタゴを皆殺しにしました。
皆殺しではなく、人間から別の動物に変えて飼いならそうとしたことはない
ですか?
漢の高祖、劉邦の正妻、呂后が第二夫人の戚夫人の両手両足切断、目玉をくり
ぬいて耳を切り取ってトイレの下の糞食い豚にしたことがありましたが。
狼から犬、猪から豚をつくった人間だから、人間から別の生き物と考えてもお
かしくないような気がします。
918世界@名無史さん:03/05/11 15:03
>>917
カルタゴの市民は皆殺しになったわけではありませんよ。降伏して生き残った市民も
5万人ほどいました。彼らは奴隷として売られましたが、古代では奴隷はある意味
「ものを言う道具」とみなされてましたから、人間でない存在にされたとも言えます。
919世界@名無史さん :03/05/11 18:12
人類発祥の地はインドなのでしょうか?
920世界@名無史さん:03/05/11 19:17
そう思う根拠は?
921世界@名無史さん:03/05/11 20:55
ローマ時代の奴隷は、大航海時代〜アメリカ南北戦争の奴隷のような不自由な存在では
なくい、寧ろ、今で言うと、賃金労働者や小作農に近い存在。
身体の自由がないわけではないし、奴隷が財産や家庭・家族をもっていたりもする。
売買されるのも身体・生命ではない。いわば、雇用権が売買される。野球やサッカーの
選手の移籍金のようなものだ。
奴隷が自分自身を買い戻したり、貢献のあったご褒美に奴隷から解放されたりする。

戦争で負けると、土地の耕作権や参政権を失って奴隷にされるけれども、決して牛馬の
ような形で使役されるわけではないぞ。
922世界@名無史さん:03/05/11 21:32
ヨーロッパで「内助の功」的活躍をした王妃っていないんでしょうか?
イメージとしては去年の大河ドラマのおねとかまつ(って偏ってますが)、
あと中国・明の馬皇后みたいな感じで。
ヨーロッパの歴史に出てくる王妃や女性君主って、夫がいないか、いても
当てにならないから自分が仕切るイメージの人が多くて、
夫も立派だけど妻も頑張ったという人がちょっと思いつかないんです。
スペインのイザベル女王くらいかなあ。
でも彼女もちょっと夫の影が薄い・・・。
923世界@名無史さん:03/05/11 21:50
>>921
そりゃあ言い杉だろう。
待遇はあくまで主人次第。
ローマ奴隷の財産のうち法的に保障されるのは神殿に寄託した財産だけ。
生命や家族やその他の財産の保障は、あくまで主人のお慈悲次第。
924世界@名無史さん:03/05/12 00:21
>>922
過去スレからのコピペだけど

42 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 01/11/04 21:09

勿論!
ユスティニアヌスとテオドラでしょう
夫の危機を救う元ヌードダンサーの果断



43 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 01/11/05 00:03

>42 詳細キボーン



44 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 01/11/05 00:44

>>43
ユスティニアヌス大帝の地中海再征服に伴う戦費調達の為の
増税策は市民の反発を買い、遂に「ニケの乱」として爆発。
大帝は首都からの逃亡を図るが、それに待ったをかけたのが
ストリッパーから皇后にまで登りつめたテオドラである。
「陛下、逃亡は難しくはありません。しかしそこまでして
生き延びたとしても、それが死に勝る名誉でありましょうか?
むしろ、『帝衣は最上の死装束』ではありませんか!」
この皇后の叱咤激励により大帝は奮起し、暴徒に対する
容赦ない虐殺を決断。かくして反乱は見事に鎮圧された。

まさにビザンツの北条政子(w
925世界@名無史さん:03/05/12 00:24
なんでアクセスできないんだ?
http://www.lib.kobe-du.ac.jp/student/thesis/data/96M007_t.html
HTTP エラー 403
403.6 許可されていません: IP アドレスが拒否されました
サーバーがアクセスを禁止している IP アドレスの一覧を持っており、
この一覧にある IP アドレスを使ってアクセスした場合にこのエラーが発生します。


926世界@名無史さん:03/05/12 03:26
>>922
イングランドのエドワード3世妃、フィリッパなんてどう?
夫エドワード3世は、英仏百年戦争を起こし、クレシーの戦いで
フランス軍を破った英雄。
そして、その王妃フィリッパは百年戦争にあたり、フランドルの
織物業者をイングランドの味方につける工作を行い(当時、羊毛
の輸出が主要産業だったので、フランドルがフランス側についた
ら死活問題だった)、また、フランドルに頼らなくてすむように
織物業者をイングランドに招致して殖産興業を図る。イングラン
ドの織物工業と石炭鉱業は、彼女が興したもの。
さらに、夫の留守中に南下してきたスコットランド軍を、ネヴィ
ルズ・クロスの戦いで撃破。学問の分野でも、歴史家フロワサー
ルをイングランドに招いている。
当時の王妃の最大の務めは、世継ぎを残すことだが、この点も合
格。英雄エドワード黒太子をはじめ、多くの子を産んでいる。
結婚時には多額の持参金をもたらしたが、逆に金を払ってもよかっ
たとまで言われるほどの賢夫人だった。
927世界@名無史さん:03/05/12 03:28
>>921
家内奴隷とか農場の奴隷なんかはそうだが、
鉱山奴隷とガレー船の漕ぎ手は消耗品扱い。
928世界@名無史さん:03/05/12 07:16
質問です。
フランス革命で、君主であるルイ16世が処刑されたのが、当時の
ヨーロッパ社会ではかなり大きな衝撃だったようですが、君主の
処刑というならすでに英国のピューリタン革命のチャールズ1世
の例があります。なぜルイ16世の方が、周辺諸国に大きな衝撃を
与え、チャールズ1世はそれほどでもなかったのでしょうか?
929パシッチ ◆mWYugocC.c :03/05/12 08:57
>>927
皇帝なんかの奴隷は、一般市民よりよっぽど良い生活をしていた。
貴族階級が商業をしてはいけなかったらしく、貴族に商業を任されて財をなした奴隷もいたらしい。
まあ、奴隷といってもいろいろってことやね。
930世界@名無史さん:03/05/12 09:15
>>928
あなたがチャールズ一世の処刑が周辺諸国に
「それほど衝撃を与えなかった」と仮定しているのはなぜ?
その前提をもう少し説明してもらわないと、何を答えたらいいのか見えない。
931922:03/05/12 10:57
>>924
テオドラ、すっかり忘れてました。
その話は聞いたことあります。

>>926
その人は初耳。そういう話を待ってました。
誰の娘ですか? かなり頭良さそうですね。

いずれにしてもどうもありがとうございました。
932世界@名無史さん:03/05/12 11:50
926>>931
フランドルの、エノー伯ギョームの娘。
933世界@名無史さん:03/05/12 13:50
>928
チャールズ1世の処刑も衝撃を与えましたよ。
ただし、ドイツ・オーストリアは30年戦争がようやく終わって疲弊しまくっていた時期であり、
フランスは幼王ルイ14世が即位したばかりで、まもなくフロンドの乱にみまわれます。
イングランドに干渉している余裕はなかったのですね。
スペインも急速に凋落していく時期ですし、オランダではヤン・デ・ウィットの指導による事実上の共和政治が行われていた時期です。
934世界@名無史さん:03/05/12 19:10
WW2後日本ではGHQの指導により非民主的とされた複線型学制が廃止されて
単線型に意向させららたけど
西独では複線型が存続したのはなぜ?
935世界@名無史さん:03/05/12 19:44
単線型=アメリカ
複線型=ヨーロッパ
だからじゃないの。
936世界@名無史さん:03/05/12 21:12
>>928
「革命」の論理の違いじゃないでしょうか?

チャールズの場合。
イングランドの「古来の国制」=議会と国王の協調体制を壊して「暴君」と化した、
というのが処刑理由。

ルイの場合。
「理性」に基づく単一不可分の共和政体においては、国王はそもそも存在することが罪、という極論。

言い換えれば、フランス革命は、どこまででも「普遍的に」伝染していくペスト・コレラの類であるから、
隣国は防疫に躍起になったのに対し、
イングランド内乱は、いわば不摂生による糖尿病とか肝炎のようなもので、伝染性はない。
隣家の主人が亡くなったのは、それはまあ気の毒だが、とりあえず自分には関係ない。
せいぜいウチも健康には気をつけなきゃ、と思う程度だった、と。

もちろん、「暴君である」ゆえに「死刑だ」というのは17世紀でも相当強引な理屈であり、
列国は一様に不快感を表明するわけですが、
割と簡単に国家理性の立場(=大人のお付き合い)に復帰します。
937世界@名無史さん:03/05/12 22:02
>>934
ドイツでは1907年,社会民主党が,学校の階級的性格を排除した統一学校制度
を提唱し,第1次大戦後ワイマール共和国は憲法(1919)で,万人に共通の基礎学校
Grundschule の上に中等・高等学校が構築されること,その学校は職業の多様性
に応じてつくられること,またそこへの入学のさい家庭の経済的・社会的地位や
宗派が基準とされてはならないことなどが定められた。

1、ナチ以前に民主教育があった。
2、職業倫理・職人価値が学校と社会で確立している。
3、現在では、敗者復活ルートなどあるらしい。
938世界@名無史さん:03/05/12 22:05
日本の複線型は階級的だったのか?
939世界@名無史さん:03/05/12 22:30
>>936

あまりにも乱暴な比較と比喩だと思う。

時代も150年ちがう。
国もちがう。
病気の例え方も一面的。
これ以上アフォ臭くて書く気にはならん。
こういう答え方は本当に慎むべきだと思う。

940というか:03/05/12 22:34
単純にドイツを分割占領したのが、英米仏ソの4カ国で、日本は実質的に
アメリカ一国に占領されたからじゃないのか。
英仏の学校制度から見れば、ドイツの学校制度はなんら違和感のない制
度だったのだから、教育内容はともかく、学校制度を変更する必要性は感
じなかっただろう。
それと、ファシズムの本質からいけば、社会制度的な大衆性を有していた
のだから、たとえファシスト政権下での学校制度が存続していても、それが
非民主(大衆)的ということはあたらない。
日本の場合は、教科書的には「日本型ファシズム」といっても、大衆動員の
手法が君主制の神格化イデオロギーによったもので、本来のファシズム
運動のような大衆化を特徴とする社会的改革を伴ったものではなく、占領
国であるアメリカ軍の目からは、旧学制が君主制国家の階級社会の再生
産機構に見えたということだろうな。
実質的には、明治維新以降の日本の学制は、社会的流動性を十分保証し
ていたから、アメリカ流の単線化がどれだけ意味があったかは評価が難し
いところだ。

(・3・) ヘェー 亜種誕生だYO!質問者と回答者待ってるYO!
雑談もOKだYO!
【祭り板】ぼるじょあ(・3・)質問箱【開店休業】                 .
http://live5.2ch.net/test/read.cgi/festival/1052647151/
942936:03/05/12 23:36
>>939
>時代も150年ちがう。
>国もちがう。
そういうことを書いたつもりなのですが・・・・
フランス革命を主導したイデオロギー(天賦人権説に基づく革命権の思想)に比べて、
啓蒙思想を通過していない17世紀のイングランド内乱を主導した「古来の国制」論は普遍性・応用可能性に乏しい、
故に後者は前者に比して他国の危機感を煽らなかった・・・ということですね。

病気の比喩に関しては、すみません。
ウケ狙いで書きましたが、自分で思ったほど面白くなかったようですね。
943世界@名無史さん:03/05/13 02:08
日本における、ノブレッス・オブリージュはあったのでしょうか?
944_:03/05/13 02:09
945世界@名無史さん:03/05/13 02:18
 私は宗教関係から、欧米を見て見たいと思います。お助け下さい。
946世界@名無史さん:03/05/13 02:21
>>945
欧州の歴史はこれすなわちキリスト教の歴史ですが。
見るだけならバチカンの観光でもしてきたらどうか。
947世界@名無史さん:03/05/13 02:31
>>946様 どうもレス有難うございます。
プロテスタント的、ノブレッス・オブリージュ(高貴なる者の義務)
を多少知りたくて。カトリックはキリスト教的キリスト教ですよね。
それに対し、プロテスタントは支配者の論理による、ユダヤ教的キリスト教
では、ありませんか? 違ったらご教授下さい。
948世界@名無史さん:03/05/13 02:42
947は宗教改革の概略を知った上で聞いているんだろうか?
949世界@名無史さん:03/05/13 02:44
アメリカはなんでまた南北分かれて戦争したんだっけ?
950世界@名無史さん:03/05/13 02:45
宗教的な堕落は、知ってますけど、その後は違ってくるのでは、ないだろうか
と思いまして。>>948
951世界@名無史さん:03/05/13 02:52
アメリカのプロテスタントはの人々は、新大陸にあって伝統の束縛もうけずに、平等の論理を
極端なまでに貫きましたよね。
952世界@名無史さん:03/05/13 02:52
>>949
奴隷制度をめぐる考え方の違いというのを建前としつつ
南部と北部で経済的利害が対立していたから、
というのが現代においてありがちな解釈
953世界@名無史さん:03/05/13 02:53
プロテスタント=支配者の論理=ユダヤ教的キリスト教
というのはどこから発想されたんですか?
954世界@名無史さん:03/05/13 02:55
 欧米って、過去においては、支配者、被支配者民族があったから、自由があってもいいし
それによる、支配者の論理が明確にあったからそうできたのでは、ないのですか?
955世界@名無史さん:03/05/13 02:59
>>954
意味が分からん
たわごとを並べるのはもう少し実際の歴史を学んでからにするといい。
956世界@名無史さん:03/05/13 03:03
 ある宗教学者の言葉です。日本以外の国では、これは支配民族と被支配民族とになる。
そして、支配民族はみずからのノブレッス・オブリージュを自覚する。支配民族がノブレッス
・オブリージュを自覚しないと、彼らは被支配民族の上に君臨し、支配する事はできません
よね。
 アメリカのプロテスタントがいかにユダヤ教てき クリスチャンであるか見れば明白かと
おもいまして。
957世界@名無史さん:03/05/13 03:05
強烈な電波を感じる。
958世界@名無史さん:03/05/13 03:09
>>947 = >>951 = >>954 だろうか?

かなり脳内で不思議に組み立ててしまっていると思いますよ。

以下の事をさらってから、もう一度質問しぼって出直して下さい。
1. プロテスタントとはどういう人々か。
2. プロテスタントとファンダメンタリストの関係
3. キリスト教シオニズムについて。

多分質問の方向はブッシュ政権絡みと思いますが、
人に分かるように聞かなければ答えは貰えない。
959世界@名無史さん:03/05/13 03:13
マジレスしていいものかどうか悩むが
一般に、プロテスタンティズムの顕著な特徴と
されているものは「禁欲」と「公共精神」の二つだ。

アメリカニズムというか、あの国の清教徒的性質を
理解する際にはこの視点が絶対に外せない。
960世界@名無史さん:03/05/13 03:15
 私は宗教的、哲学史については詳しいかと思い、此処であえて聞いてみました。
未熟者でしたね。できれば、考察を貰えれば嬉しかったのです。
961世界@名無史さん:03/05/13 03:26
 キリスト教的キリスト教=カトリック 上等な人間 下等な人間とは 無縁
 ユダヤ教的キリスト教=プロテスタント 上等な人間を作る事が、キリスト教の使命。
 しかしキリスト教は、もともと一般大衆について来なさいといっただけですよね。
962世界@名無史さん:03/05/13 03:32
 金持ちには敵意さえもってますよね、キリストは、らくだが針の穴をとうること、よりむずか
しいといいました。今のプロテスタントがまさにそうですよね。
963第20軍団兵:03/05/13 03:34
ノーブレス・オブレージの場合、ストア哲学の影響も忘れることができないと思いますが。
964世界@名無史さん:03/05/13 03:36
遡ればプラトンかな?エリート主義というものは。
965世界@名無史さん:03/05/13 03:36
>>961
聖職者と俗人をはっきり区別し、聖職者の中にも位階制度(ヒエラルキー)
を設けているのがカトリック。
万民司祭主義に基づいて信者は基本的に平等なのがプロテスタント。
根本的に誤解しているような気がする。



966世界@名無史さん:03/05/13 03:37
変なカルトの考え方に汚染されまくってる感じだな。
筋も通ってなけりゃ辻褄も合ってないし何より実態を知らなすぎる。
967世界@名無史さん:03/05/13 03:40
 禁欲については、キリストは想像上だけでも、駄目だとおっしゃっています。つまりは神の子
には、とうていちかずけないのだから、ひたすら従えとキリストはいいます。
公共性に関しては、その根底は選民意識の公共性ですよね、ユダヤ教ならではの。
968世界@名無史さん:03/05/13 03:41
>>962
蓄財を容認したのがカルヴァン派の特徴と学校で習わなかったのか?
リア厨?
969世界@名無史さん:03/05/13 03:43
 自由ゆえにかってな解釈もできるって、ありませんか?
970世界@名無史さん:03/05/13 03:45
 私のキリストの宗教観は、仏教徒であり印度哲学学者のひろ さちやの本から
引用しています。高名な学者だとおもいます。
971_:03/05/13 03:47
972世界@名無史さん:03/05/13 03:48
 ここで書いたのも、すべて彼の引用です。彼は仏教、イスラム教の専門家です。
それば、キリスト教にかんしても専門家です。少なくとも、私はそう思います。
973世界@名無史さん:03/05/13 03:50
新スレ立てますた。

世界史なんでも質問スレッド 7
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1052765276/
974世界@名無史さん:03/05/13 03:52
 彼は現在のプロテスタントは、ユダヤ教的キリスト教と明言しています。
975世界@名無史さん:03/05/13 03:53
基本的にこの板の人ではないような気がするが
お花畑系か?日本語も少し....(中国人かと思った)
976世界@名無史さん:03/05/13 03:54
 プロテスタントって旧約の引用が多すぎはありませんか?
977世界@名無史さん:03/05/13 03:56
ひろさちや氏は面白い論者だが
アホにかかるとアホに読まれてしまうという一例か
978世界@名無史さん:03/05/13 04:01
 カルトと思うならそう思ってください。
そうであるなら、あなたは、ひろさちやをカルトと言ってる訳です。
979世界@名無史さん:03/05/13 04:02
 基本的には、彼は哲学者です。
980世界@名無史さん:03/05/13 04:04
 史学だけでは、民族性は掴めないと思った事はありませんか?
981世界@名無史さん:03/05/13 04:06
 このスレは、たぶんプロが多いでしょうけど、ひろさちやより高名な学者さんがいたのですか・・・・
982世界@名無史さん:03/05/13 04:07
>>978
ひろさちやのどんな本を読んだのですか?
983世界@名無史さん:03/05/13 04:09
 このスレは ひろさちや アホ認定スレでいいのですね?
984世界@名無史さん:03/05/13 04:11
新潮選書  どの宗教が役に立つか  ひろ さちや

私は ひろ さちや ファンです
985世界@名無史さん:03/05/13 04:14
それ以外にも
仏教とキリスト教
仏教と神道
キリスト教とイスラム教
なぞ、読みました。
986世界@名無史さん:03/05/13 04:22
 私にとっては、哲学者の視点を信じていましたが、受け入れられなかった様ですね。
プロテスタント=ユダヤ的キリスト教って事が書いてある、どの宗教が役立つか
って本もいいと思います。寝ます。
987世界@名無史さん:03/05/13 04:25
>>986
もういちどひろさちやの本をじっくり読み直した方がいいと思うよ。
たぶん色々誤解してると思う。
988世界@名無史さん:03/05/13 05:43
プロテスタントの教義って、ユダヤ教よりも、むしろ、敵対しているはずの
イスラム教と似ている。
北欧やドイツやクエーカーみたいな極端な原理主義ほど、戒律至上のイスラムの
主流に思考が似ているような
989世界@名無史さん:03/05/13 06:47
>>988
>北欧やドイツやクエーカーみたいな極端な原理主義ほど

完全に間違っているが。

ドイツ北欧のプロテスタントは温和派(ルター派が主流)
クエーカーも原理主義なんかではない。どこで調べたやら。

原理主義は主にアメリカの南部バプテスト系。

990_:03/05/13 06:55
991世界@名無史さん:03/05/13 08:05
辛亥革命のとき、列強軍は何をしていたんですか?
992_:03/05/13 08:30
993世界@名無史さん:03/05/13 08:42
列強は革命の勢いの強いあいだは中立を装っていたが,北京の袁世凱軍閥と南の国民党が対立すると、
公然と北洋軍閥を清朝にかわる中国での代理人に仕立てあげることにした。

特に日本の反応が過敏だった、中国分割論,あるいは列強との強調による保全論
が叫ばれ,さらには犬養毅らによる日中提携論も唱えられた。
また革命による君主制の打倒が天皇制と家族制に及ぼす影響を憂慮するむきも多かった。
忠孝,男尊女卑等の封建的綱常体系の崩壊が恐れられたわけだが,やがて
袁世凱による逆コースの開始とともに,この方面の論議は下火になった。
994_:03/05/13 09:57
995_:03/05/13 11:24
996_:03/05/13 12:52
997_:03/05/13 14:19
998世界@名無史さん:03/05/13 15:00
990, 992, 994, 995, 996, 997=五月蠅
999世界@名無史さん:03/05/13 15:01
ちゃんとスレッドの目的たる質問を入れなさい。
1000世界@名無史さん:03/05/13 15:03
えー、この件に関して何か質問はありますか?
10011001
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。