以下の話は本来なら鎧スレ向きかも知れないのだが、見るとむしろこちらの方で何度も
話題に上りながらも立ち消えしてしまった話のようなので、ここに書かせてもらいたい。
それは、<<西洋の中世から近世にかけて用いられた武器の威力はどの程度のものなのか
そして鎧はその攻撃にどれぐらい耐えられたのか>>という基本問題である。
以下の叙述については下記の本が主なネタ元だが、上記のテーマに関心が深い人には
購入を勧める。かなり高価(279$)だとはいえ科学史畑出身の著者による大判で954p.の
この本には、質と量の両面で十分値段に見合った情報が詰め込まれていると思うからだ。
Williams,Alan:The Knight and the Blast Furnace:A History of the Metallurgy
of Armour in the Middle Ages & Early Modern Period:Brill:2002:90-04-12498-5
(以下における参照及び引用で「Williams, p.○○」とあるのはこの本のことである)
私はこのスレの諸氏ほど鎧や武器、及び戦史や戦術に明るくないので、不十分な記述も
多々あるかと思うがその点はご容赦願いたい。だがこと金物としての鎧の強度と武器との
力関係に関してならば、きちんとmechanical testを行った上でのシミュレーションに
基づいて書いているこの本の方がネット上や邦語文献の情報よりも信頼性は高いと思う。
ではまず装甲用金属について基本的な事実を確認しておこう。対象は銅と鉄である。
基本的に装甲用金属の強度を高める方法は、成分の工夫、鍛造、熱処理の三つである。
まず銅に関して言うと純銅の硬さは40VPH(Vickers Pyramid Hardness(kg/mm^2)だが、
錫の添加によってその硬度は増加し錫を10%含む青銅の場合110VPH程度にまで達する。
さらに銅及び銅合金は冷鍛が硬度向上において効果的であり、純銅を厚さが70%減少
するまで冷鍛を行うと硬度は約100VPHに高まるし、青銅の場合も同様に冷鍛によって
硬度は増大し錫10%の青銅では270VPHに達する。(Williams p.5f.)
なお銅合金の場合、焼き入れによる硬度の向上が可能なものと(ある種の黄銅系合金)
逆に柔らかくなってしまうもの(銅ーアルミ、銅ー金系)があり、青銅は錫の量にも
拠るが、錫が7-8%を超えるものでは急冷でかえって柔らかくなる可能性があるようだ。
(参:鹿取一男:工芸家のための金属ノート p.28f.:アクネ社:4-900041-03-3)
これに対して鉄はどうかというと、実は純鉄の硬度は60-80VPH程度に過ぎない。
だがこれに炭素を吸収させる事で漸次硬度が増すのは周知の通りで(いわゆる鋼鉄)、
空気中で徐々に冷まされた炭素1%含有の鋼鉄の場合、硬度は230VPH程度に達する。
(ただ昔の鉄はスラグが多いため脆いが硬度に関しては低炭素でも100VPH以上あった)。
だが鋼鉄といえど、このままでは必ずしも鍛造された青銅に硬度の点で及ばないことが
わかるだろう。実際、前6世紀ギリシャの9-11%の錫を含んだ青銅鎧の史料は平均で
155VPHを示しており、これは16世紀のドイツで低炭素鋼によって作られた大量生産の
兵卒用甲冑(munition armor)の硬度に匹敵するほどなのである。(Williams, p.8)
従って鎧の素材としての青銅が鉄に駆逐された原因としては、古代においてはコスト、
特に近東の資源が枯渇して以後はイギリス南部まで赴かざるを得なくなったことによる
錫のコスト高に帰因する面が大きいと思われる(刃物ではなく鎧の素材としての話)。
(cf.Embrey,P.G.& Symes,R.F.:Minerals of Cornwall & Devon p.16f.:British Museum)
だが鋼鉄の実力はこんなものではない。もちろん鉄にも鍛造は効くが、鋼鉄の場合、
焼き入れという遙かに効率的なやり方によって大幅に硬度を増す事が出来るからだ。
即ち800-900度に熱した鋼を水で急冷することにより、僅か0.1%程度の低炭素鋼ですら
約300VPHにまで、そして炭素含有量を増すにつれ硬度は上に凸の放物線を描いて増大し
炭素1%の鋼では1000VPH近くに達するのである。だからスラグの多い昔の鋼でも容易に
300-700VPHを得られただろう事は、強靱さを増すため焼鈍しで硬度を落した15世紀末
以後のインスブルック製良質鎧がなお400-500VPHを示していることからも明かだろう。
この焼き入れ技術自体は紀元前からあったものなのに、鋼鉄のプレートアーマーが
14世紀末あるいは15世紀初めまで作られなかったのには冶金学的な理由がある。
それは人類が長い間、鉄を完全に溶かす事が出来ず、鉄鉱石を比較的小さな炉の中で
木炭による還元を利用するやり方によって小さな塊(bloom)状態で鉄を得ていたため、
この塊鉄の大きさが最終製品である装甲板の大きさを限界づけていたのである。
この不純物を含んだ塊鉄から最終製品としてできる鉄の量はおよそ1/2〜1/4(研究者
によって見積もりが異なる)である。仮に1/3とすると、リベットでつなぎ合わせながら
ブレストプレートを構成するやり方をとっても、その鉄板を作るのに必要な3〜4kgの鉄
を得るためには最低10kgの塊が必要だが、高炉技術の発達によってこれ以上の塊が
安定的に得られるようになったのがまさに14世紀末頃なのだ。(Williams P.877f.)
実は帝政時代のローマでも、ほぼこの水準の塊鉄が作られ始め、lorica segmentataを
超えるような板金鎧の製造も可能になる寸前だったのだが、平均的な炉の能力がその
水準に及ばなかったのか、それとも戦術思想の問題だったのか、結局実現しなかった。
そしてその後は製鉄技術の衰頽のため大きな鉄塊が得られなくなったせいで中世の鎧は
長い間、chain mail等の形で発達せざるを得なくなったのである。
では、当時のロングボウやクロスボウ、さらにはピストルや火縄銃、マスケット銃は
どの程度の威力があり、同時代の鎧との力関係はどのようなものだったのだろうか。
まずはロングボウとクロスボウの放つ矢の威力から話を始めよう。
種々の武器による打撃力を比較するには運動エネルギーとして一般化するよりない。
一般に、運動エネルギー(J)=1/2x質量(kg)x速度(m/sec)x速度(m/sec)、であるが、
古代から中世にかけての剣、槍、斧の出せるエネルギーは60-130Jであったことが
(Blyth,P.H.:unpublished PH.D.Thesis, University of Reading:1977)
の実験によって検証されている。
もちろんインパクトエリアはエネルギーと同じぐらい重要な問題で、同エネルギー
なら、あたるポイントが小さいほど貫通の脅威は増大する。
例えばPope,Saxon:Bows & Arrows rep.1974、によればロングボウの矢のエネルギーは
draw-weight50lbのものが10ft地点で170J、75lbので212Jであるが、矢頭については
ソフトな目標にはbroadhead型のものが、装甲化された目標にはbodkin(尖った)
タイプのものがエネルギーは同じでも、より効果的であったという。
ではこれは当時のmail系の鎧に対してどれぐらいの効果があったのだろうか?
Popeの実験では75lbの弓で7ヤードの距離からbodkinタイプの矢を撃ったところ、
松板の箱に張られた重量25lb、直径13mmで22ゲージワイヤの輪からなるmail shirt
を貫き、さらに箱の両面をもぶち抜いたという。ただ彼の数字はやや過大であるか
あるいは弓が材料等の関係で歴史上の長弓より過剰な性能が出ていた可能性がある。
なぜならMcEwen et al:Experimental Archery in Antiquity,62(1988)pp.658-70
の実験によれば、draw-weight36kg(80lb)のイチイ製のロングボウで射られた50gの
field arrowの初速は53m/sec、90gのbroad-head arrowは43m/secにすぎずイニシャル
エネルギーも計算上それぞれ約70Jと83J程度だからである。なお彼らはクロスボウに
ついても考量しており、41kg(90lb)draw-weightのクロスボウから発射された100gの
boltの初速は62m/secに達し192Jのエネルギーを得るとした(*)。(Williams p.919)
(*)ただこれは初速であり空気抵抗を受けた矢やboltは徐々に減速するが、この抵抗は
矢より短く太い形をした弩のboltの方が著しく、例えば50mの地点では最初43m/sec
だった矢が37m/secに減速しエネルギーは83J→61Jとなるのに対して、同じ地点での
boltの速度は62m/secから41m/secへと減少し運動エネルギーも192J→101Jへと急減する。
次に当時の銃器の威力はどれぐらいだったのだろうか。もちろんこれが口径、銃身長、
火薬量、火薬の質といった多様な条件に左右されるのは言うまでもないことだろうが、
とりあえず各時代における標準的と思われる性能を持った銃の威力を数値化してみよう。
初期のハンドガンは14世紀に登場するが、レプリカを造り実験したLassonのデータ等
から推測するに、50gの鉛弾丸に38gのuncorned powderを使用した (200x23mm)口径の
この銃ですら250J程のイニシャルエネルギーを持ち、現に実験では30mの距離で軽装甲
の鎧を貫通したという(*)。
(*)ただこの250Jという数値を持つ銃弾の破壊力が矢や弩のそれと同列には論じられない
ことは後で説明する。実は弾丸は鎧を「破壊」するのに矢などよりも大きなエネルギーを
要するのであり、この鎧(詳述されていない)はかなり脆弱なものだった可能性がある。
その後ハンドガンの火力は15世紀のフス戦争の際に大いに発達して500-1000Jに達したし
後に登場した長銃身の火縄銃やマスケット銃の威力は火薬の改良もあってさらに恐るべき
ものとなった(serpentine powder から燃焼速度の均一なcorned powderへの改良などで)
cf.Hall,Bert S.:Weapons & Wafare in Renaissance Europe chap.3:Johns Hopkins:1997
以下に各時代別の武器の威力の概算的な値をまとめて挙げておく。(Williams, p.922)
@時代 @武器 @イニシャル・エネルギー
全時代 剣、斧 60-130J
11-12C ロングボウの矢 80-100J
クロスボウのbolt 100-200J
14C 初期のHandgun+serpentine powder 250J
15C フス戦争期のHandgun+serpentine powder 500-1000J
16C 火縄銃+serpentine powder 1300J
火縄銃+corned powder 1750J
16C後期 マスケット+serpentine powder 2300J
マスケット+corned powder 3000J
これを見ると15世紀以後の銃器の発達がどれほど戦争の内容を変えたか想像がつこう。
はたしてこれらの火力に対し同時代の鎧はどの程度対抗できたのだろうか?
Grancsayが強度実験のため自分の持ついくつかの鎧を、ホイールロック型マスケット銃、
draw-weight 30kgの弓、同じくdraw-weight330kgのクロスボウで5mの距離から試し打ち
したところ、その距離でも目標に対する角度が大きい場合、矢やboltは弾かれることが
わかったし(正面からなら貫通しても)、マスケットの弾丸の場合も2/3はhelmetや
brestplateを貫通したものの、16世紀の上質の鎧を貫通させる事はできなかったという。
彼が用いた火薬は20gのserpentine powderという比較的弱いものでイニシャルエネルギーは
マスケットなのに900J 程度だったと推測されるとはいえ、鎧は意外と効果的に見える。
また王侯貴族のような高級な鎧の注文者は15世紀においてはクロスボウに対する耐久力の
保証を、16世紀においては火器に対するそれをしばしば要求したことも記録されている(*)。
(*)そういう顧客の要望に応えるため当時の鎧制作者は注文の鎧をクロスボウやハンドガン
による近接射撃テストで安全を確かめてからマーク付きで販売する事もあった。ただこの
テストをクリアできたPistol-Proof鎧は高価で重い物ではあったが。(Williams, p.920)
次回はこういうプレートアーマーの強度を実際のmechanical testとシミュレーションから
算出しているWilliamsの論考を追ってみる事にする。(この項続く)
ブラボー!
すばらしい!
さて、博物館の鎧を破壊するわけにもいかないのでWilliamsの採った方法は以下である。
(1)まず現代の軟質鋼板(厚さ2mm、炭素0.15%、硬度235VPH)を用意し、これに各種の武器
(主に当時の模造品)によって攻撃を加えてデータを取り、様々な厚さのこの種の鋼板が
矢と弩のbolt、及び弾丸に対して発揮しうる抵抗力の基本数値を測定&シミュレートする。
(2)著者が長年に渡って調査した当時の鎧に関するデータと、(1)におけるデータに基づき
(i)鎧の厚さ(ii)形状(これにより当たる角度が変化する)(iii)硬さ(iv)スラグの混入
といった諸要因が持つ強度への影響力を具体的に数値化する修正強度算定式を作る。
(3)対象の鎧に(1)の基本数値と(2)の数式を当てはめて、当時の鎧の強度を計算する。
ただ「鎧の破壊」の定義だが、実際問題としてこれが矢と弾丸では同一でない事は明白
である。例えば矢やboltはある程度先端が食い込めば「中の人」に致命傷をも与え得るが
銃弾は全体が完全に正面装甲を貫かなければ「中の人」を傷つけられないし(打撃力に
よるショックは無視する)弾丸は変形でエネルギーをロスすることも考慮せねばならない。
それゆえWilliamsは矢系の場合それが鎧に40mm食い込めばdefeatedとみなしたが、弾丸は
装甲を完全に貫通した場合にのみそうみなしている。(以下「破壊」に替えdefeatを使用)
矢(及びbolt)に対する現代軟質鋼板の抵抗力の表(defeatするのに必要なエネルギー)
鉄板の厚さ1mm 2mm 3mm 4mm
垂直正面 55J 175J 300J 475J
角度30° 66J 210J 360J 570J
角度45° 78J 250J 425J 670J
弾丸に対する(現代軟質鋼板の)抵抗力の表(defeatするのに必要なエネルギー)
鉄板の厚さ1mm 2mm 3mm 4mm
垂直正面 450J 750J 1700J 3400J
角度30° 540J 900J 2000J 4000J
角度45° 630J 1050J 2300J 4700J
これを基に前述の鎧の強度を左右する要因である(i)鎧の厚さ、(ii)形状、(iii)硬さ、
(iv)スラグの混入、の影響度を具体的な数値で見てみる事にしよう。
(i)鎧の厚さ
上の表からでは読み取り難いが抵抗力は厚さの約1.6乗に比例することがわかっている。
(cf.:Atkins,A.G.& Blyth,P.H.:Stabbing of Metal Sheets by a Triangular Knife:
International Journal of Impact Engineering:2001 の研究によるWilliams, p.928f.)
具体的には1mmの抵抗力を1とすると1.5mmなら1.9、2mmなら2.9、2.5mmで4.1、3mmで5.5
3.5mmで7.0、4mmで8.6、4.5mmで10.3、5mmで12.1、5.5mmで14.1、6mmでは16.1である。
(ii)鎧の形状
上記の表からも判るように平らな板の垂直正面に命中する場合と角度がある場合とでは
defeatに要する力はまるで異なる。(a)鎧には丸みを帯びたものがあるし、中にはさらに
(b)竜骨的形状をを付加したものもある。図を書いてみれば理解できるだろうが、一般に
角度Aで板に当たった場合のエネルギーはcosAを掛けたものになる。逆を言えば、平板
ならEのエネルギーでdefeatされる場合、角度Aで板にぶつかった場合defeatに必要な
エネルギーE’=E/cosAであり、これを実際に(a)や(b)のような形状をした鎧を撃つ
場合に当てはめてみると、(a)には1/cos30=1.2、(b)には1/cos45=1.4を掛けたものが
実際のdefeatに必要な修正値となることが確かめられている。(Williams, p.930)
(iii)鎧の硬さ、と(iv)スラグ混入の影響とは「鋼の質」で一括して数値化しよう。
容易に想像されるように、鎧の材質にとって重要なのは単に硬いだけではなく強靱で
あることであり、これは鋼の熱処理の過程が優れているだけではなくスラグの混入が
少ない事も重要な条件である。Williamsは調査対象となった鎧の成分検査と平行して
現代の鉄にスラグを混入したものを造って、それが強度に及ぼす影響を実験した。
この結果に基づいて彼は当時の材質をおおよそ四段階に分け、前記の現代における
軟質鋼板の強度を1とした場合に、それらの材質が示す強度修正係数を算出している。
従ってそれぞれの材質カテゴリーでできた鎧の板金をdefeatするためには同じ厚さの
現代軟質鋼板をdefeatするのに必要なエネルギーに以下の係数を掛ける必要がある。
@材質のカテゴリー @現代軟質鋼板を1としたときの修正係数(W)
(*) (最低品質の)鉄製兵卒用甲冑 0.5
(**) (中品質の)低炭素鋼の鎧 0.75
(***) (ミラノ式の)中炭素鋼の鎧 1.1
(****)(インスブルックの)熱処理で硬化された中炭素鋼の鎧 1.5
現実にはさらに考慮すべき要因がある。
(1)鎧下などの緩衝材の効果:
十六折りのリネンが鎧の下にあると、刃物に対しては+80Jの、槍の切っ先に対しては
+50Jの追加防御効果の存在が検証されている。
(2)肉体に深手を負わせる事自体に必要なエネルギー:
戦闘中に軽い傷を負っても相手は戦いをやめないだろう。だが「深手」をモノとしての
肉体に負わせるには、さらに50-60Jのエネルギーが必要だと考えられる。
それゆえ、単に鎧をdefeatするのに必要なエネルギーだけではなく(1)と(2)とを併せて
(余裕を見て)150J程度の付加的エネルギーが現実の戦闘においては必要と考えられる。
従って、Eを同じ厚さの現代軟質鋼板をdefeatするのに必要なエネルギーとすると
(中の人のdefeatに必要なエネルギーである)E'=(EW/cosA)+150J、となり、
T^1.6を厚さ(mm)の1.6乗を表すとすると矢の場合は、E'=(55WT^1.6/cosA)+150J
弾丸ではE'=(450WT^1.6/cosA)+150J、剣ではE'=(80WT^1.6/cosA)+150J
となる。(Williams,p.935)(原文には弾丸の場合の数字が155になっているが訂正した)
次にmail及び非金属製の鎧の耐久力(defeatに必要なエネルギー)について触れる。
ただしmailはプレートの場合と異なり下にキルトのlinen jackを着けての評価である。
なおここでのbladeは、剣ではなくハルバード著者が長年に渡って調査した当時の鎧に関するデータに基づきを模したものによる実験結果である。
@材質 @対Blade @対Lance @対矢 @対弾丸
現代の材質でのmail >200J >200J 120J 400J
15世紀のmail 170J 140J 120J −
buff leather 70J − 30J −
hardened leather 50J 20J − −
horn 120J − 50J −
cuir-bouilli 80J 30J − −
(padding) 80J 50J − −
jack 200J − −
hardened leatherとcuir-bouilli(革を蝋につけて硬化したもの)は5mm厚のもの。
paddingは16x21cmで60gのlinenの16折。jackは12.5x15cmで171gの物がテスト対象。
さて、最後に具体的な戦闘状況におけるWilliamsによるケーススタディを紹介しつつ
当時の鎧の総合的な防御力について考察してみる事にしよう(これまでの表を参照)。
(1)mailを着用した11-12世紀の騎士の場合。
@刃のついた武器で彼の鎧(の中の人)をdefeatするためには少なくとも200Jが必要。
(mailと下のjackは170Jでdefeated、それ以上の分が人体を直接傷つける力となる)
200Jは極めて力の強い男が両手で斧や剣を振るった時かろうじて可能かも知れぬ数値。
@弓矢の場合は120Jでmailと下のpadding双方をdefeatできるが、これは例外的な力
を持った射手の強弓でないと不可能。ただクロスボウなら片手用のでも可能であろう。
(2)増大するクロスボウの脅威に対抗してmailに加え別の鎧も着けた13世紀の騎士の場合。
@cuir-bouilliによる補強。これで対抗できる運動エネルギーは120+30=150Jにすぎず
近距離からのクロスボウの攻撃に対抗するには不十分。
@厚さ2mm、材質カテゴリー(*)のcoat of iron plateによる補強。不快なほど重いが
120+175x0.5=207.5J、でなんとか対抗できそうである。
(3)15世紀初めのミラノ式鎧に身を包んだ騎士。2mm厚で丸い形状(cos30°が適用可能)
鎧の材質カテゴリーは(***)以上だが、焼き入れ硬化はされていない場合。
@矢の場合は、210(=175/cos30)x1.1(材質***による修正)=231J+50J(padがあれば)=281J
これは鋼鉄製のクロスボウでもdefeat困難な値である。
@フス戦争期の1000J級のハンドガンに対しても、900x1.1+50=1040Jでかろうじて安全。
だがこのマージンは時代とともに喪失するし、これ以下の材質の鎧では近距離では危険。
(4)16世紀半ばのニュルンベルク式の歩兵用鎧に身を包んだラントクネヒトやスイス人
パイクマンで2.5mm厚、材質(**)、竜骨的形状(cos45°が適用可能)の鎧着用の場合。
@矢に対しては、78x4.1(2.5mm厚の係数)x0.75(**修正)=240+50(pad)=290Jで安全。
@弾丸に対しては、630x4.1x0.75=1937+50(pad)=1987J、で火縄銃にも安全なことになる。
(原書には、矢の場合260J(+50=310J)、銃弾の場合の耐久力は1250Jで後者に関しては
当時の火縄銃(1300-1750J)でも危険だ、としているのだが計算根拠が判らない)
(5)Zutphen(1584)の戦いにおいて鎧を着ないで銃弾を受けたSir Philip Sidneyを巡って
当時の軍事専門家達によるマスケット銃に対する鎧の有効性に関する論争が行われた。
彼が着用していたのが3mm厚、(***)材質、竜骨的形状のミラノ式の鎧なら弾への耐久力は
2300x1.1=2530J+50J(pad)となるがこれでは近距離からのマスケット銃を防げないだろう。
しかし他の条件が同一で材質が(****)であるグリニッジやインスブルックの良質鎧なら、
2300x1.5=3450+50(pad)=3500Jでマスケット銃の弾のエネルギー3000Jを上回る事になり、
安全マージンが存在する事になる、というのが我々の結論ということになる。
(後者の耐久力は原書では3000Jでぎりぎり安全、としてるがこれも計算根拠わからず)
(6)十七世紀の胸甲騎兵の場合。彼らのブレストプレートは厚さ4mmほどだが、財質は(*)
形状は丸形であった。それゆえ耐久力は、4000x0.5=2000+50程度でマスケット銃には
近距離では全く敵し得なかったことがわかる。(故にもっと厚い胸甲を着けた者もいた)
これらの情報を総合すると、クレシーなりアジャンクールなりにおいて、ロングボウは
当時の最高の鎧を着た騎士達をも圧倒した、といった類の主張に対してはいささか懐疑的
にならざるを得ない。恐らくロングボウの矢が倒し得た者は比較的貧弱な鎧を着た者か、
射手の超絶的技量によって鎧の隙間を射られた者達で、それ以上の戦果はむしろ他の要因
に帰しうるのではないか、というのが上記から得られる私の平凡な結論である。(終)