武装SS残虐行為総合スレッド

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ベラルーシ・ウクライナでの大虐殺、リディツェ村事件(これは
国防軍だったかな?)、
オラドゥール村事件、1944年ワルシャワ蜂起鎮圧の際の
(ディルレヴァンガー部隊らの)残虐行為などを語りましょう。
またSSのそれも。
2世界@名無史さん:02/09/18 11:17
ノルマンディへの無差別砲爆撃、ドイツ人と寝た女性への報復イジメ
ドレスデン、ミュンヘンへの歴史文化財徹底破壊爆撃など連合軍のやっ
た世界遺産へのダメージや非道行為を語りましょう
3世界@名無史さん:02/09/18 11:22
>>1
あのなー。残虐行為の殆どはアルゲマイネSSだろ!
サディストディルレヴァンガー以外のヴァッフェンSSは関係ねーよ!
元突撃隊ディルレヴァンガー率いる囚人部隊かっちょいい。
>3
いいや、オラドゥール事件には武装SS「ライヒ師団」も加担
している。
6世界@名無史さん:02/09/18 12:45
ん?ジーモンて一昨年だかブランデンブルク公国と帝政ドイツの成立とかで
書いてた人と同一人物?

ま、なにをどう書こうと勝ってだし、それなりに知識ある人物とは思うけど、
あんま荒れたカキコすると、あれだ、実生活の荒廃がすけてみえてくるから
気を付けなされ。
7世界@名無史さん:02/09/18 13:43
『武装SSによる「オラドゥール村」の虐殺事件』スレ
http://mentai.2ch.net/whis/kako/1020/10206/1020600321.html
8世界@名無史さん:02/09/18 13:54
>>7
15 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 02/05/05 23:22

>何も知らない女・子ども教会内部に押し込められ、火あぶりにされた。
>ナチは殺人だけでなく証拠を完全に隠蔽するため建物にも火を放ち、
>村全域を完全な廃墟にしてしまった。
>ナチは大虐殺の後、宴の席を設け貯蔵されていたワインを全て飲み干した。>1

こんな大虐殺の後、酒を飲んで宴会するドイツ人って…((((;゜Д゜)))ガクガク ブルブル
9世界@名無史さん:02/09/18 19:21
でもリアルディルレヴァンガーって
犯罪者や囚人を統率して、なおかつ
パルチザン狩りで一定の戦果をあげ続けたんだから
そうとうイカれたヤツだったんだろうな
顔写真からも想像つくが・・・
10世界@名無史さん:02/09/18 20:09
欧米のSM映画ではよく強制収容所ネタのものがある。
11世界@名無史さん:02/09/25 20:33
フランス映画の「追想」だっけか?
武装SSに妻子を殺された医者が単身立ち向かってショットガンでやっつける話。
SS兵達が女をもてあそんだ挙げ句、火炎放射器で焼き殺してたけど
フランス中であんな残虐非道なことしてたらそりゃ憎まれるわな>武装SS
12世界@名無史さん:02/09/25 20:50
ヨーヘン・ヴァイパー中佐は最後は誰に暗殺されたんだ?
たしかスイスで住んでいた筈。
モサドか?
殺害された米軍人の遺族関係者か?

ヴァイパー中佐をモデルにしたバルジ大作戦のへスラー大佐はイイ!!
13世界@名無史さん:02/09/25 22:06
>>11
武装SSにはフランス人部隊も存在した罠。
14世界@名無史さん:02/09/25 23:27
>>12
共産党です…マジレス

>>11
フランス戦線にはほとんど武装SSはいってないんだけどな…w
44年春に派遣され、7月には撤退した。
15世界@名無史さん:02/09/25 23:34
>>14
どこの共産党?
極左のテロ組織みたいなもん?
スイス警察の捜査で判明したん?
16世界@名無史さん:02/09/26 00:16
>>12
フランスに住んでたんじゃなかったっけ。
殺したのは極左グループの仕業だってことになってるけど
もっと大きい黒幕がいそう。

ヘスラーもいいけど、実際のパイパーはもっとハンサムな青年だから
どうもイメージが・・・
17世界@名無史さん:02/09/26 00:21
>>11
そう追想。
ちなみにその医師が、後にニュー・シネマ・パラダイスで映写技師役やってた
フィリップ・ノワレ(殺される奥さんのロミー・シュナイダーはオーストリア人)

最後SSに復讐を遂げた後、亡き妻子を想って泣き崩れるシーンが印象的だった…
18世界@名無史さん:02/09/26 00:31
>>16
>フランスに住んでたんじゃなかったっけ。

正解。フランスです。
政府の許可は取ってました。
事前に脅迫電話があったので家族を逃がした上で
自宅に残り、殺されました。
19世界@名無史さん:02/09/26 00:34
>>11
>フランス中であんな残虐非道なことしてたらそりゃ憎まれるわな>武装SS

映画だろ。現実と区別しろよ。厨
20世界@名無史さん:02/09/27 00:23
ナチヲタ必死だね。
21世界@名無史さん:02/09/28 03:51
ナチヲタ氏んだ?
22ぶれひと:02/09/28 04:11
ナチヲタの敗北を喜んでる場合じゃないぞ、諸君
社会が立ち直り平和になっても、
ナチヲタを悩ませたメス犬にまたサカリがついてるぞ
23世界@名無史さん:02/09/28 04:23
×ヴァイパー
○パイパー[Jochen Peiper]
24武装SS残虐事件簿@:02/09/28 21:55
【ラパラディの捕虜大虐殺】
1940年、北仏のラパラディという農村で、英第2師団第2ノーフォーク大隊は
ドイツ軍のトーテンコプフ師団第2髑髏連隊に降伏した。
捕えられた英軍兵98名は牧場に並ばせられ、ドイツ軍中隊長のクノッホラインの
命令一下火を吹いた機関銃にめった撃ちされた。さらに、まだ息のあるものは
銃剣で刺されたり、ピストルでトドメをさされた。
そして、何とか生き延びた英軍兵2人が脱走してフランス人に看護された後、
英軍に発見されて保護を受けた。
その2人の証言がもとになって、戦後証拠を集めた英検察局は
クノッホラインの罪状を証明。
'48年10月、ついにクノッホラインはハンブルクで絞首刑に処せられた。
25世界@名無史さん:02/09/28 22:04
戦争なんだから虐殺ぐらいで騒ぐな。
26世界@名無史さん:02/09/28 22:04
オデッサ・ファイルってどこらへんまでホント?
27THE AXIS OF RIGHT♪:02/09/28 22:29
敵兵を捕虜にするかしないかは、前線部隊指揮官の裁量によって決まる事は戦争の常識。
28世界@名無史さん:02/09/28 22:57
100人近く一斉に殺されて騒ぐな、か(w
29世界@名無史さん:02/09/29 00:01
>>27
正解。
降伏とは相手の部隊がそれを受け入れて始めて降伏したことになる。
この場合はドイツ軍SS側が、降伏を拒否しただけ。
よって、冤罪。
逆に降伏したSSやドイツ兵を虐殺した連合軍部隊もあるしね。
30ベンゼン中尉 ◆fjTeojqQ :02/09/29 00:24
独ソ戦では互いの捕虜となることは死を意味していた。
武装親衛隊の将校は捕虜になれば銃殺になることが分かっており、彼等は自決用の
青酸カリを入れたカプセルを常時携帯したのだ。
武装親衛隊に求められたのは他でもない、戦場の厳しさだったのだ。
31世界@名無史さん:02/09/29 01:07
スターリングラード包囲戦で降伏した帰還兵は
電波少年より過酷だったんだろうね
32世界@名無史さん:02/09/29 01:15
>>31
過酷。
それはソ連に強制連行され、抑留された日本人の悲惨な体験からも容易に想像可能。
33世界@名無史さん:02/09/29 02:00
>>29
この事件は、英軍が髑髏連隊との戦闘中、弾薬のなくなったため白旗を掲げ
それを髑髏連隊が目にし、戦闘を中止。
そしてドイツ軍は負傷者を含む英軍98名を捕虜にする。
ところが数分後、クノッホラインは彼らを牧場に並ばせ、一斉射撃。
(第二次大戦ブックス『ナチ武装親衛隊』より)

これだと、ドイツ軍が英軍側の降伏の意思を受け取って戦闘を中止して、
それを見て英側はドイツ側へ捕虜として身を委ねたわけだから、
英軍の捕虜としての扱いは当然ではないでしょうか?
34世界@名無史さん:02/09/29 02:24
ジーモンってユダ公なの?
35世界@名無史さん:02/09/29 04:53
>>33
白旗を掲げて、降伏しても捕虜にするかしないかは、現場の
部隊指揮官の裁量によって決まる。

36世界@名無史さん:02/09/29 11:56
>>33>>35
白旗は降伏を意味する旗ではありません。軍使を示す旗です。戦闘中に何か
伝えたい事があるので発砲されないように白旗は掲げるのです。大概は降伏交
渉です。両者間で降伏調印がなされた場合は国際法によって保護されます。但
し行われるのは指揮官による組織的降伏が条件となります。単なる一方的武装
解除や個人の降伏は指揮官の裁量により判断されます。
37世界@名無史さん:02/09/29 12:57
第三帝国紳士録
ttp://www.mirai.ne.jp/~ittaka/nazinohito.html

オスカール・ディルレヴァンガーはマジ悪人面
38世界@名無史さん:02/09/29 13:46
そうするとクノッホラインの行動は軍規に則ったもので、
処罰される筋合いはないというわけ?
39世界@名無史さん:02/09/29 14:22
>>38
SS側の解釈だとそうなると思う。
戦勝国による復讐裁判の可能性は有ると思う。
パイパーのマルメディの虐殺は死刑から無罪になったし。
マルメディの虐殺も連合軍がプロパガンダ宣伝で利用した。
40世界@名無史さん:02/09/29 14:31
>>38
クノッホラインが国際法違反になるとほとんどの俘虜処理が国際法違反
になります。ガダルカナルで俘虜となった日本兵は多数が射殺されてま
すし、サイパン・硫黄島・沖縄でも降伏の呼び掛けに応じて洞窟から出
てきた日本兵は機銃掃射で多数犠牲になってます。ある意味俘虜を射殺
せずに後方に移動させた本間中将は偉いと思いますよ。
41世界@名無史さん:02/09/29 14:48
>>40
それは合法。
部下について責任を負う指揮官がいなければ
殺してよい。
日本兵の場合はほとんどが敗残兵で個人による
降伏だった。
指揮官を伴なう降伏などほとんどなかった。
42世界@名無史さん:02/10/02 05:43
41氏が親ナチ系ウヨクたちに対する
スレッドストッパーとして機能したらしいな。
43世界@名無史さん:02/10/02 10:45
>>42
意味不明。ガ島の連合軍と
クノッホラインや南京の枢軸が
おなじことをやってかたや戦争犯罪で
かたや罪に問われてないんだから
どちらかといえばウヨに有利な発言だとおもうがな
44 :02/10/02 12:27
>部下について責任を負う指揮官がいなければ
>殺してよい。

南京事件なんて消滅しちゃうよね、この論理じゃ、、
45世界@名無史さん:02/10/02 14:17
作戦遂行上捕虜が邪魔、ってことは多々あると思われる。
だが、友軍あるいは自分が捕虜になった際に、保護してもらえる可能性を
少しでもageるためには捕虜は丁寧に扱ったほうがいい。敵に余計な口実を
与えないためにもだし、国際世論的にもね。

ただ、往々にして双方ジェノサイド合戦になってしまうことが…
46【^▽^】会津大将ジョーカー岩代守:02/10/02 14:20
原爆開発に成功してモスクワかレニングラードに落とし、
サリンなど化学兵器を赤軍にぶち撒けていりゃ、
少しはヒトラーを評価してやった。
どっちみち第三帝国には滅亡して欲しいがな。
471:02/10/02 16:37
青年時代のシュペーアにおフェラして欲しい。
48ベンゼン中尉 ◆fjTeojqQ :02/10/03 01:16
>>46
ヒトラーは化学兵器の使用を厳禁したそうだ。
彼のWW1時代に科学兵器による攻撃で負傷した為と言われているが!
しかし、WW2でドイツ軍が科学兵器を使用していたら、もっと独ソ戦は楽であっただろう。
毒ガスはユダヤ人を殺す為だけではないのだから!
49顔文字の某コテハン:02/10/03 01:41
俺もヒトラーに東部戦線で是非 化学兵器をフル活用して欲しかった。野蛮な露助平どもがゴキブリのように死んでいく姿は痛快だ。
50世界@名無史さん:02/10/03 23:26
クノッホラインについては、
指揮官ごと敵が降伏しても
文書調印してはないから、
戦時国際法違反では決してありえない、ってのが
このスレの結論で良いですよね?

>>31
ドイツ軍に捕ったソ連軍兵士の方が
より悲惨だぞ。
全収容人数に比して
解放時に判明した死亡率6割。
ジェノサイドに近いものがある。
ユダヤ人に次ぐ劣等民族スラブ人どもへの
当然の報いだったのだろう。
51世界@名無史さん:02/10/10 12:18
でも現実にはクノッホは検察局によって罪状を証明されてるけどな
52世界@名無史さん:02/10/13 23:44
クノッホラインは処刑されて、ノルマンディで英捕虜64人の殺害に関与した
ヒトラー・ユーゲントのクルト・マイヤーが処分されなかったのは何故?
53世界@名無史さん:02/10/13 23:51
>52
韋駄天マイヤーだったから
54世界@名無史さん:02/10/14 01:42
>>52



















あとで冤罪と判ったから
55世界@名無史さん :02/10/14 02:09
>52
目ビームで裁判長を幻惑したから
56ベンゼン中尉 ◆zydmbsoahk :02/10/14 03:01
連合国による軍事裁判は、とにかく不平等極まりない。
または、思念からくる死刑が多かったと言えるのかも知れない。
57世界@名無史さん:02/10/14 23:07
>>14、12
共産党じゃなくて赤軍派じゃなかった?
共産党みたいに選挙で革命を起こそうなんて生ぬるいこと考えていないもっと現実的(過激)な武闘派極左。
58世界@名無史さん:02/10/14 23:53
パイパーやマイヤーが実刑を免れたのはクノッホラインよりセレブだったから(嘘

にしてもパイパーは何でよりによって仏に住んでたのか
59世界@名無史さん:02/10/16 00:12
いやほんと、大戦末期の日本兵なんか殆ど捕虜として扱われる資格はなくなるな。

沖縄戦で捕虜になった日本兵の映像とか見たら
軍服どころか一般人と殆ど判別のつかない格好
時には褌だけで投降している。
それに指揮官の統率下、整然と部隊ごと降伏した例なんか殆どないしな。
60世界@名無史さん:02/10/16 00:20
>>59
そりゃ、日本兵は降伏した振りして隠し持っていた手榴弾爆破したりするからね。
普通そんなことする奴ら捕虜にしないよ。捕虜にしてくれた米軍は菩薩様の御使いだよ。(笑
61世界@名無史さん:02/10/16 00:23
結局

「便衣兵を殺すのは正当」
「指揮官の統率下にない降伏は認めるも認めないも勝手」
とか言ってたら、全部自分達に撥ね返ってくるじゃんか・・・。
62世界@名無史さん:02/10/16 01:01
戻るが、パイパーやマイヤーは連合軍にもその指揮を認めて応援する軍人がいたためと思われる。
63世界@名無史さん:02/10/16 01:22
>>59
降伏してから身包みはがされるじゃなかったっけ?
あと暑くて着てないだけとか
64世界@名無史さん:02/10/16 01:30
>>61
そういうことです。
コヴァは反省するべし。
65世界@名無史さん:02/10/16 01:48
パイパー=米軍→釈放
マイヤー=カナダ軍→釈放
クノッホライン=英軍→処刑

結論:英国を怒らせるとマズい。(どの国よりも復讐する気概が強く、
日本軍も英捕虜の取扱いで冤罪を含め、徹底的に処分・処刑された)
66世界@名無史さん:02/10/19 11:51
>63
前者でしょ
武器を持ってないか検査される
以前、どこかのページで全裸で検査される日本兵の写真を見た。
67世界@名無史さん:02/10/19 13:03
兵士の質および戦闘力・比較

降下猟兵>武装SS>>>>>日本兵>グルカ兵>ロシア兵>カナダ兵
>米兵>英兵>>チャンコロ兵>>>>>>>大阪兵=イタリア兵
68世界@名無史さん:02/10/19 14:14
米兵でも海兵隊は別物かと
69世界@名無史さん:02/10/20 09:13
>>67
俺としては日本兵<グルカ兵だと思う。
ジャングル戦においては確実に。
70世界@名無史さん:02/10/20 09:35
強い兵士ってのは
盲目的に上の言うことに従うってことで
ぜんぜん自慢できることではない
71世界@名無史さん:02/10/20 10:17
>70
そうだよな、日本兵やグルカ兵の強さって盲目的だよな・・
日本人なんて今でも主体性無いもんな・・
所詮、ドイツ人とは別の生き物か・・(自虐的か?
72世界@名無史さん:02/10/20 10:38
>>71
インパール作戦の記録とか読んでると思うのは、日本軍だって
決して現場の兵隊は盲目じゃないんだけど、社会(軍隊)のモラル的に
無茶な命令には反抗してもいいという空気が無い。

逆にノルマンディの武装SSの記録なんか読んでると、ドイツ軍の場合は
常に現場の指揮官が主体的に判断してる。
かといってすぐに逃げるかといえば、これが非常に粘り強い。
盲目的服従というより、主体性と理性によって踏み止まっている感じだな。
だから、戦術的に不合理な命令や無意味な死守命令は、現場が無視する
ケースもドイツ軍では少なくないみたいだ。
思うにドイツの社会ってのは、客観性や理性、論理性に基づいて互いに意見を
ぶつけ合うことを認める空気があるんじゃないかな。
「効果的に闘ってこそ軍隊」という、あたりまえの事が主張できる空気。
73世界@名無史さん:02/10/20 14:25
あれだけ左翼が「戦後民主主義」なるもので
洗脳しても
サラリーマンは組織のために過労死したり
会社の不祥事の隠蔽工作の犠牲になったりするんだから
戦前からの武士道精神は形を変えて生きているんだろうな
74世界@名無史さん:02/10/20 14:26
>>72
確かに。
第3次ハリコフのパウル・ハウサーなんかそうだよな
75世界@名無史さん:02/10/20 17:58
アラン・ムーアヘッド著「砂漠の戦争」より

「…彼ら(ドイツ兵)は個人で考え、個人で行動するという能力に欠けているように思われた。
彼らは集団として訓練されてきており、数年間に渡って、世界最強の戦闘集団の地位を
保ってきた。彼らは小グループ、あるいは自分だけで戦う訓練を全く受けていなかった。
ドイツ軍の組織は、アフリカ戦線のあらゆる局面において、奇跡的な正確さを発揮してきた。
そのため、彼らはその機構にべったりとよりかかり、それを信頼していた。
われわれ(英軍)のように、ちょっとした胸の躍るようなことは、けっしてなかった。
例えば、砂漠挺進隊のようなことである。彼らはゲリラ戦や夜間パトロールがうまくなかった。

こういったことは、ドイツ軍について述べているのだということを繰り返しておきたい。
イタリア軍は土壇場になると、ドイツ兵よりもはるかに主体性を示した。
実際のところ、若いイタリア兵士は、何ヵ所で、仲間のドイツ兵があきらめてしまった時、
ひどく腹を立てたこともあったくらいなのだ。
少なくとも、少数のイタリア兵は最後まで戦うことを望んだ―――ゲリラ方式で、死ぬまで」
76世界@名無史さん:02/10/20 18:40
>>75
イタリア軍は土壇場になると、ドイツ兵よりもはるかに主体性を示した。

>そうかぁ?(藁
極少数のイタリア兵じゃないの?あんまり聞いたことないなぁ。
すぐにイタリア軍の前線が敵に突破されるんで、ドイツ軍が補強しなければ
ならなかった、というにはよく聞いたけど。
77世界@名無史さん:02/10/20 19:13
>>75
なんで集団になるとチキンなの?イタリア軍
78世界@名無史さん:02/10/20 19:46
個人または小グループなら、

イタリア兵=英国兵>>>>>>ドイツ兵

ということでよろしいですね?
79世界@名無史さん:02/10/20 20:05
全然よくないんですが?
80世界@名無史さん:02/10/20 20:11
個人または小グループのイタリア兵、イギリス兵で
戦史に残るような戦果をあげた兵士がどれほどいる?

小人数、小グループあるいは個人で、脅威的な戦果を上げたドイツ兵は
戦史をひもとけばゴマンといるが?

結局、満足に働きもしなかったくせに「個人じゃ強いんだよ」とか
言い訳しているのが見苦しい、というのが結論だろう。
81世界@名無史さん:02/10/20 21:19
>>80
イタリア兵
特殊潜航艇で英海軍の戦艦を各坐させたはず

イギリス兵
ドイツのレーダー基地を襲撃して機材を持ちかえった
作戦は英空軍に大きな利点をもたらした

ドイツはスコルツェニーの部隊が有名だが、
個人名が有名になるということはそれだけ
小グループでの特殊作戦が少なかったからだろう
82世界@名無史さん:02/10/30 11:45
>>75
アラン・ムーアヘッドってエゲレス人?
知識なくてスマソ。
もしエゲレス人なら、相当割り引いて読まないと(藁
アフリカではDAKにボロ負け続きだったから、恨み骨髄だろ。
83世界@名無史さん:02/10/30 11:48
主体性なく集団性のみ(個人になると途端に弱い)=日本人
主体性なく個人性のみ(個人ベースでは強い)=イタリア人
主体性あり個人でも集団でも強い=ドイツ人

ってことになるか?
もしそうなら、ドイツは枢軸の相手をトコトン間違えたな。
84【^▽^】土佐迅衝隊幹部ジョーカー:02/11/03 15:37
イタリア人は個人主義とも違い、地域主義・親族主義だね。
だからマフィアとかカモッラとかヌドランゲダとかシカーリとか
犯罪秘密結社が強い。
85世界@名無史さん:02/11/03 17:48
マフィアはイタリア人じゃないぞ
86世界@名無史さん:02/11/03 18:44
>>83
日本人って一人ずつ隔離すると
世界で一番精神的にもろい民族らしいね
捕虜は我先に軍事機密をしゃべるし、
ちょっとした責めでゲロっちゃうし。
87世界@名無史さん:02/11/03 18:47
>>86
降伏するときも大概一人でした。
88世界@名無史さん:02/11/03 19:47
>>82
違うんですわ。エゲレス人は端からドイツ人風情がと馬鹿にして、
負けたことを絶対認めないんですよ。
(ドイツが優勢だった1940年にフランス戦で捕虜になった英兵でさえ、
英国は絶対勝つとドイツ兵に吹聴して譲らなかったくらいですから)
89世界@名無史さん:02/11/05 22:12
>>88
エゲレス人ってヤツは、
ほんと天上天下唯我独尊ですな、ハァ。
こういう無神経さと図太さを我が民族も持っていたかったものです。

ところで88さん、アハトアハトですね(^^)。
DAKの守護神でした。
90maro':02/11/07 21:34
>>80
エゲレスは置いといて、イタリア海軍Xa MAS部隊(デチマ・マス、第10駆潜艇
部隊)は海上特攻ボート、人間魚雷、特攻フロッグメンの戦果で知られて来てます。

フロッグメンの中には1943年の一夏に一人で3隻の輸送船(計2万t)を
吸着爆雷で撃沈した猛者もいますね。エジプト、アレッサンドリア港での
二人乗り人間魚雷(通称豚)による戦艦ヴァリアントの撃沈も有名。
特攻ボート部隊も日本の震洋・○レ部隊の設立を遡ること3年前の41年に
スダ湾で重巡洋艦ヨーク他1隻を撃沈したりしてます。

しかし戦果をあげても戦略的には価値が無かったりするのもイタリア的。
43年6月にも空軍空挺のコマンド2名がキレナイカ近郊のベニーナ空軍基地
に夜間降下してB-24を20機爆破してその後ちゃんと生きて捕虜になって
いたりするが、これまた戦局には大して影響を与えてはいない。この手の
降下作戦は空軍突撃空挺(ADRA)や陸軍突撃空挺(第10 ARDITI)部隊の
連係作戦等で結構アフリカ戦線で行われてます。また東部戦線では白い悪魔
と一応ロシア軍から一目置かれたモンテ・チェルビーノ スキ−旅団も
42年から43年にかけてコマンド的な働きをしている。

確かに集団戦より個人技に走るのが近代イタリア軍の伝統かも。
職人技はマエストロの伝統からか?同じ職人でも徒弟制度のしっかりした
組織を持つドイツのマイスター達とは一線を画す様。
91maro':02/11/08 11:01
>小人数、小グループあるいは個人で、脅威的な戦果を上げたドイツ兵は
>戦史をひもとけばゴマンといるが?

確かにドイツ兵の高い戦闘能力と志気は万人が認めるところで異存はないが、
戦史や軍事研究史での取り上げられ方がエゲレスやイタリアに関しては極端に
低い事も日本で知られていない要員にあるのでしょうか。

そもそもコマンドは英軍の物。上記のイタリア軍のような資料は日本の書物では
紹介されていないだけ。ドイツほどの特筆すべき(ここに当時のプロパガンダ
も絡むのだが)活躍はないものの日本も含めて各国地味に小グループのそれなりに
戦果をあげた戦史は在ると思います。世の中何ごとにも例外が在ると。
92maro':02/11/08 11:05
sage忘れ謝罪。
93世界@名無史さん:02/11/08 15:39
アフリカで何かと酷評されるイタリア軍も、空挺部隊は敵将・モンゴメリーから
大戦中最も優れた部隊とドイツ軍より好評価を得たとか。
また、伊潜水艇に襲撃された英海軍も、負けじとX艇(豆潜水艇)を使って、
フィヨルトに隠れたティルピッツに致命的な損害を与えて長期行動不能にさせている。
(他に二人乗りカヌーでドイツ艦に忍び寄って機雷を装着して6隻撃沈したと
いうのもあるが、こういうの挙げてくとキリがないのがこの手の個人・小人数で
活躍した話は幾らでもある)

英米伊のような個人主義で、失敗してもそのチャレンジ精紳を称えるお国柄と、
ハワイ作戦の小型潜航艇の攻撃で失敗して捕虜になることを厳禁し、
生きて捕虜一号となった酒巻少尉がいまなお国賊としての誹りを受ける国民性で、
大和や零戦といった極端なまでのハードウェア信仰と捨て鉢な特攻精紳とが
同居する日本で、それにやや近いフィロソフィーを持つドイツ戦記に
シンパシーを感じて人気があるのは当然かも
94世界@名無史さん:02/11/08 17:32
>アフリカで何かと酷評されるイタリア軍も、空挺部隊は敵将・モンゴメリーから
>大戦中最も優れた部隊とドイツ軍より好評価を得たとか。

エル・アラメイン戦線での地雷を担いでタコつぼから英軍戦車に特攻攻撃した
フォルゴーレ空挺部隊のことでつか。何か沖縄戦の日本陸軍の亀の子爆雷攻撃
を連想して泣。
95世界@名無史さん:02/11/10 12:16
>94
今イタリア本国でこの話の新作映画公開が話題になっていると聞く。
日本でDVDで見たいテスト。
96世界@名無史さん:02/11/10 12:43
イタリア人って自分と直接関係ない組織・思想の
歯車になるのをいやがる傾向にあると思う
あるいみこれは健全な考え方
97世界@名無史さん:02/11/10 13:41
>95
フォルゴーレ部隊のモデルは70年代に「空挺部隊」で映画化されてるけど、
リバイバルなのかな

あの映画で僚友ドイツ軍は伊軍に理不尽な要求をする高慢な連中として描かれてる。
98maro':02/11/11 11:11
>>97
70年代はカラーで、60年代にもほぼ同じようなストーリーで白黒作品
になっていて主人公が兄弟共に同じ戦線で戦う筋は同じ。今回の公開
作品は新作という噂もあります。

今年の6月2日の共和国記念日の軍事パレードにもチャンピ大統領の
肝煎りで歴史の再認識というお題目で二次戦のコスチュームでの
パレードもあって、フォルゴレ空挺もサンマルコ海兵も42年当時の
アフリカ戦の軍装で練り歩いて全国中継されていたりするので期待大。

この前の10月23日にはイタリア国内とエジプトの現地で盛大に第60回
エル・アラメイン戦線慰霊祭が執り行われ戦中のヴェテランも参加した
との事です。(エジプトには独・英米軍のヴェテランも参加)

99世界@名無史さん:02/11/24 14:56
>>75
>彼ら(ドイツ兵)は個人で考え、個人で行動するという能力に欠けているように思われた

リデル・ハートの本では「WW1ではドイツ兵は個人主義者としては良くなかったが、
WW2では一人または二人の行動してる時はしばしば相手より強かった」と
英軍将校が証言していて、見た人によってそれぞれ印象は違うのでは
(これは同じように英伊兵にも当てはまる)

ちなみにムーアヘッドは続編のイタリア戦線を描いた『神々の黄昏』で、
ムッソリーニをあれだけ担ぎ出して戦争を起しながら、いざ自分達に戦乱が及ぶと
被害者ヅラするイタ公どもの無節操ぶりをあきれて叩いている。
100ポポロ ディタリア:02/11/24 15:06
ムッソリーニ統帥の第二次世界大戦参戦演説より
「陸海空軍の戦士よ!革命的な黒シャツ隊員、在郷軍人、イタリア及びアルバニア王国の男女諸君よ、聞け!
 運命の時が、取り消すことのできない決定的瞬間が、われわれの祖国の空に鳴り響いている。
 われわれは、西ヨーロッパの金権的、反動的民主主義諸国との戦いに入った。
 彼らは、イタリア国民の前進をつねに阻み、またイタリア国民の存在そのものを、しばしば脅かす計画を立てた。
 …ベルリンでの記念すべき会談で、私はファシストの道義にしたがい、いったん友人となったからには、最後までともに歩むと誓った。
 われわれは、今までもそうしてきたし、今後はドイツ及びドイツ国民、そしてその勝利に輝く軍隊とともに進むであろう。
 …ファシストのイタリアは強く、誇りに満ち、かつてないほどに団結している。
 一つのハッキリした合言葉が、われわれ全てを結びつける。
 それはすでに空を飛び、アルプスからインド洋にいたる人々の心に灯されている−『征服せよ!』まさにその言葉である。
 われわれは征服し、最後には正義に基づいた永続的な平和を、イタリア、ヨーロッパ、さらに全世界に与えようではないか!
 イタリア国民よ武器をとれ!そして勇気とねばりと真価を発揮せよ!」

*ヴィーヴァ ドゥーチェ!!!!ヴィーヴァ イターリア!!!!!!
101世界@名無史さん:02/12/09 22:21
武装SSを弁護したり、擁護しようとする人々は、戦闘行動の優秀さと完璧さを
指摘するために、中核となっている所謂エリート師団、いいかえれば
伝統的師団の、戦功の数々を例にあげる。
確かにこれらの師団は、言われるまでもなく素晴らしかった。
いくつかの主要な戦闘は、武装SS軍団や師団がいなければ、全く違ったものに
なっていたことは確かである。
武装SSが投入された戦場では、勝敗はべつとして、彼らが戦闘を激烈に
したことは言うまでもない。

これについて武装SSを擁護する人々は、二つの要因をあげている。
一つは武装SS志願者に課せられた極めて厳しい選択基準であり、
もう一つは、特に要求度の高い戦闘綱領を、隊員が良く守ったことである。
隊員を選択する問題とこれに志願する問題は、複雑な内容を含んでいる。
それに比べて、綱領そのものは、漠然としてつかみ所のないもので、
それだけにいたって簡単である。
102世界@名無史さん:02/12/09 22:23
その信条は、次のように要約できよう。

「SS隊員の基本的態度は、戦闘のための戦士のものでなければならない。
SS隊員はすべて従順であるべきで、感情におぼれてはならない。
『人種的に劣等なもの』全てに侮蔑の念を持つべきであり、
当隊に入隊できなかったものをも侮蔑すべきである。
SS隊員は、当隊に属したもの、特に同僚の将兵に対しては、
最強の同志的結束感を持たねばならない。
また不可能なものは何もないと考えばならない」

これは、早く言えば超人の信条にほかならない。
103世界@名無史さん:02/12/09 22:25
・・・多くのSS隊員がどのような残虐行為に参加したこともなく、
また絶滅作戦や強制収容所の精度についても、アウトラインしか知らなかった
ことは多くの人が公平な立場で証言している。
隊員によっては、残虐行為があることさえ知らなかったかもしれない。
にもかかわらず、激しさと残虐さの匂いは、武装SSの回りから拭い去ることが
できない。
”ほんとう”の武装SS師団はうんと限定されるかもしれないし、
彼らが犯した残虐行為にも情状酌量の余地はあるかもしれない。
しかしヒムラーの兵士たちは他の兵士とはやはり違っていた。
彼らがことなる誓いをたてたとか、他とは違う制服を着ていたからではない。
他とは違った戦争哲学を信じていたからである。
104世界@名無史さん:02/12/09 22:31
この哲学の根は幾つにも別れている。
あるものは、ドイツの哲学者、フリードリッヒ・ニーチェの”超人の哲学”
から出ていた。
また叙事詩的な神話や伝説から根をだしたものもある。
さらにドイツ史に登場する英雄物語も基盤になっていたが、
なかでもフルンズベルクやゲーテは有名である。
同志的結合と、責任感も、青年の理想そのものと同様に、
武装SSの哲学の重要な構成部分だった。
これらの考えは、ともに第一次大戦後から第二次大戦直前までの
ドイツ青年運動の思想から出た賜物であった。

だが、なんといっても、武装SSの哲学にもっとも太く根を張ったのは、
ヒトラー若かりし頃の義勇軍のニヒルな伝統である。
その亡霊は、1945年4月、ベルリン総統府の廃虚で最後の戦いを敢行したのだった。
(ジョン・キーガン著『ナチ武装親衛隊』)
105荒らしよ!噴け!!:02/12/21 16:40
                \ │ /
                 /●\   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ─( ○∀○< 正義の枢軸の同志よ!
                 \_/   \_________
                / │ \
                    ∩ ∧ ∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\∩ ∧ ∧ \( ゚■゚)< 日国 獨国 伊国 は正しい!
正義の三国同盟!   >( ゚ム゚ )/ |<!>+/ \__________
________/ | ▼@〈 |   |
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106世界@名無史さん:02/12/21 18:17
漏れが1933年に20歳位のドイツ人だったら
迷わずSSに入隊していたな
107世界@名無史さん:02/12/21 21:52
その頃だと入隊基準が厳しくて確か180cm近くないと駄目なんじゃなかったかな
108世界@名無史さん:02/12/21 23:41
>>107
じゃ、大戦末期のSSにする。
ドイツ人じゃ無くても入れるだろ。
西アジア人でもOKだったよーな気がする。
じゃ、日本人でもOKだろ?
109世界@名無史さん:02/12/22 02:20
第364武装親衛隊旅団「ミカド」(日本人が中心)
110名無しさん:03/01/04 02:24
                     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
Λ_Λ  | 君さぁ こんなスレッド立てるから          |
( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ             |
( ΛΛ つ >―――――――――――――――――――‐<
 ( ゚Д゚) < おまえのことを必要としてる奴なんて         |
 /つつ  | いないんだからさっさと回線切って首吊れ     |
       \____________________/

(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)

(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)

(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)
111世界@名無史さん:03/01/04 02:39
大戦末期の武装SSはイスラム教徒までいたからなあ・・・
112世界@名無史さん:03/01/05 04:18
映画「コレリ大尉のマンドリン」で描かれた、
ケファリニア島でのドイツ軍によるイタリア軍将兵虐殺は両国でどのように決着してるのか?
映画では触れてなかったけど、捕虜になったイタリア軍兵士約3千名は島から輸送船で移送される途中、
輸送船が機雷に触れて沈没したことからほとんどが水死したとのこと。
113世界@名無史さん:03/01/05 04:24
>>1
どこの国だって戦時体制に入れば一緒だよ。
ロスケなんかポーランド人をカティンの森で1万人の大虐殺した。
しかもナチスに暴かれてやんの。
114113:03/01/05 04:26
後アメリカ軍のカーン爆撃も酷かったね。
ドイツ軍いないって情報が入ってるのに絨毯爆撃してフランス人大虐殺した。
ドレステンも非武装都市って戦前から宣言してるのにやっぱり絨毯爆撃したしね。
115113:03/01/05 04:32
>>112
そう言うのっていっぱいあるよ。
アフリカのカナリア諸島沖でドイツ海軍が間違って撃沈した捕虜輸送船の救助するから
アメリカとフランス(ビシー)とイギリスに一時休戦申し込んで、連合国側もそれを受諾いたのに
Uボートを撃沈するチャンスだって、いきなり爆撃開始しちゃうなんてことあった。
安心させておいて救助も協力するって言っていきなり奇襲だもんね。

それ聞いてデーニッツがカンカンに怒って、以降絶対救助しなくなったんだよね。
116世界@名無史さん :03/01/05 04:37
個人戦果でいうと、ハルトマンの三百数十機撃墜とか、ビットマンのイギリス戦車
25台タコ殴りとか思い浮かぶなあ・・・。
117112:03/01/05 04:39
118世界@名無史さん:03/01/05 04:41
残虐行為手当
119世界@名無史さん:03/01/05 04:42
ゲリラの拠点となる村を殲滅するのは当然だ。
不正規兵の温床であり、国家安全保障上
放置する事は愚劣の極み。

同様に新大久保や生野区も北が開戦同時に
殲滅すべし。
120世界@名無史さん:03/01/05 04:44
同時に沖縄戦で日本軍に関して
通牒の疑いで殺されたとかサヨクとか沖縄人がうるさいが、
通牒の疑いがある分子を殲滅するのは当然。

現地司令の判断で根絶する事はこらまた当然。
しいていえば、通牒の可能性がある琉球の土民は
国家安寧の礎になったと思いねえ。
121世界@名無史さん:03/01/05 04:45
逆に日本の長崎、広島は非戦闘員を大量殺戮した事で
不穏当。
同様に東京大空襲をはじめとする日本各地への空襲は
戦争犯罪である。

122世界@名無史さん:03/01/05 04:47
同様に戦後、引き上げの非武装民に対する暴行略奪は
非難されて当然。
三国人どもは弾劾されるべき。

結論
日本に過ちはない。
すべて諸国が悪い。そしてゲリラや通牒の疑いがあるものは
処分は当然。
これがファイナルアンサーだ。
123112:03/01/05 04:48
>>115
それは知りませんでした。連合国側の汚さを戦後ドイツは敢えて問わない空気があるみたいですね。
ケファリニア島駐留イタリア軍兵士の犠牲者は軽く1万人は超えるそうですよ。
バドリオ政権の政治的スタンスがハッキリ示されなかったことから来る悲劇なのですが、
戦艦ローマも同時期にドイツ空軍の雷撃によって沈められました。イタリア休戦直後に起きた事件って、
独伊関係にかなり影響すると思うのですが、どうなってるんでしょうね。
124世界@名無史さん:03/01/05 04:53
それは知りませんでした。連合国側の汚さを戦後ドイツは敢えて問わない空気があるみたいですね。

良いことですね。
三国人や琉球の豚どもに煎じて飲んで欲しいですな。
125世界@名無史さん:03/01/05 05:01
>>124
つーか、よく考えてみればチョソは連合国じゃないし・・・・・・・・・
126世界@名無史さん:03/01/05 05:02
連合国じゃないのに連合国気取りのチョソ逝ってよし
127世界@名無史さん:03/01/05 05:03
チョンは対馬の割譲を要求したんだよな。
戦勝国の当然の権利だとさ(ワラ
128112:03/01/05 05:04
>>116
ギネスプックにも載っているエーリヒ・ハルトマンの戦果は、ほとんどが独ソ戦中盤以降に挙げられたもの。
この頃のソ連空軍は開戦当初の壊滅的ダメージから立ち直って、制空権を回復しつつあったから、
ハルトマンのスコアは一方的なものとは言えないと思うよ。
ルーマニア上空で彼に部下を撃墜された米軍バイロットが、「ハルトマンに撃墜されたなら彼も喜んだはずだ」と回想録に書いている。
どうもパイロットの世界というのは、敵味方も国境も超えて互いを認めあう空気があるようだ。
129世界@名無史さん:03/01/05 05:06
パイロットの世界
連合国は皇軍兵士のパラシュートを翼で切りました。
すばらしいどくされですね。
130世界@名無史さん:03/01/05 05:13
皇軍兵士はパラシュートなどつんでいたか?
131世界@名無史さん:03/01/05 05:21
>>129
飛んでいる飛行機が、開いているパラシュートを破くことが出来るのか?
失速して墜落する危険が凄く高いと思うのだが。
132世界@名無史さん:03/01/05 05:26
夜明けも近いのにそんなこと言うなや
133世界@名無史さん:03/01/05 05:36
ごちゃごちゃいわずに嘘かどうか
軍事板の質問スレできいてこいや!
皇軍兵士を虐殺したのは事実じゃ!
134世界@名無史さん:03/01/05 08:04
>>118
あ〜、俺もそれ書こうと思ってたのに!
135世界@名無史さん:03/01/05 16:41
武装SSは残虐手当で随分稼いだろうな〜
136世界@名無史さん:03/01/05 22:06
>>112
なんで、ドイツ軍によるイタリア軍将兵虐殺になるの?
ドイツの機雷に触れたの?
そうだとしても、故意に沈めた訳では無いから保障は
難しいのでは?
単なる事故を虐殺とは言えない。
137世界@名無史さん:03/01/05 22:13
>>129
うそ臭い。
例えば、時速500`の戦闘機がパラシュートに
接触したら、墜落する。
至近距離を飛び、風でパラシュートを煽って
落とす位なら出来るかもしれんが。
いずれにしろ、かなり誇張された話だろう。
138世界@名無史さん:03/01/05 22:14
age
139世界@名無史さん:03/01/05 22:19
ドイツ本土に突入した赤軍は捕えた親衛隊員を捕虜とせずに戦車の前に投げこむなどして
「処分」したとか。見方によってはシベリア送りにされるよりましだったかもしれないが。
140世界@名無史さん:03/01/05 22:42
戦争なんだから人が死ぬのは当たり前。
虐殺が無かった戦争が知りたい
141世界@名無史さん:03/01/05 22:44
>139
自業自得、因果応報っすね
142世界@名無史さん:03/01/05 22:49
>>141
お前が糞。
これは立派な戦時国際法違反。
143世界@名無史さん:03/01/05 22:53
ソ連はジュネーブ協定に署名していないという理由で公然とドイツ兵捕虜を虐待した。
ドイツ側も赤軍捕虜を300万も餓死させたのでお互い様とも言えるが。
144世界@名無史さん:03/01/05 22:53
日本軍は国を守るため残虐行為が頻繁する戦場で必死に戦った。
彼らには感謝すべきである。
145世界@名無史さん:03/01/05 22:57
親衛隊員の多くがベルリン陥落まで徹底的に戦ったのは捕虜になっても殺されるという理由もある。
ベルリン包囲の赤軍に10万もの損害を与えたのも彼等の「決死の奮闘」があったからだろう。
146世界@名無史さん:03/01/05 23:00
てかベルリン戦後のドイツ人女性の妊娠率ってめちゃめちゃ高かったんじゃなかったっけ?
147>146:03/01/05 23:11
それは赤軍占領下の地域全体の問題であってベルリンは国際的に注目される街なので目立っただけ。
政治将校が士気を高める為に煽ったのも一因。
148世界@名無史さん:03/01/05 23:49
>>142
お前が糞。
149世界@名無史さん:03/01/06 02:30
>>121
原爆や都市爆撃を言うと、
重慶爆撃とか731部隊とか陸軍刑法違反の組織強姦部隊とか
ジュネーブ協定違反の連合軍捕虜虐待とか
サヨクが持ち出すのが諸刃の剣。
まあ非武装民に対する三国人武装民の襲撃に話を留めろってこった。
150世界@名無史さん:03/01/06 02:34
>>136
ヒトラーの「アラリック作戦」発動にナチスドイツの対イタリア政策がハッキリ示されている。
151149:03/01/06 02:38
まあ>>119-122
オウンゴールってこった。

>>149続き
もっとも戦時でないのに
大震災で非武装三国人やりまくった武装自警団を持ち出されるのが玉に傷。
まあこれがファイナルアンサーってこった。
152112:03/01/07 23:55
>>136
「コレリ大尉のマンドリン」をビデオ屋から借りて観てみそ。
ケファリニア島の事件に限らず、ムソリーニ罷免とバドリオ政権の休戦布告からドイツ軍イタリア占領にかけて、
独伊両軍の武力衝突はいくつも起きてるよ。このあたりのことは読みにくいけど、B.P.ポスケージ著「イタリア敗戦記」(新評論)
に詳しい(絶版かも)。数日遅れのレスでスマソ。
153世界@名無史さん:03/01/08 00:32
イタリア軍にだってパルチザンになって民間人をぶち殺してる奴らいたじゃん。
154112:03/01/08 01:01
イタリア映画「サンロレンツォの夜」では、黒シャツ隊とパルチザンが小麦畑で殺し合いをしておった。
お互い同じ村に住んでて顔も名前も知ってる間柄というのが悲惨だった。
スレ違いでスマソ。
155maro':03/01/08 01:23
イタリアでは昨年の終戦記念日あたりに今だに武装SSによるマルツァボット村
虐殺事件についてドイツは謝罪しる!と左派系のマスコミやプロ市民の方々が
息巻いて不毛な論争を展開しておりました。

>>153
イタリアのパルチザンは戦後数年たってもまだファシスト狩りをしてました。
1945年5月以降でその虐殺の犠牲者の総数は万単位に達しております。
156112:03/01/08 01:29
武装親衛隊復員兵の恩給問題って今どうなってるんだろう?
157世界@名無史さん:03/01/08 01:47
2002年4月25日のイタリア解放記念日を前に、ヨハネス・ラウ・ドイツ連邦
共和国大統領は、ボローニャ県にあるコムーネ、マルツァボットを訪れた。
1944年ナチス親衛隊は、マルツァボットの住民1800人以上をレジスタンスに
対する報復として虐殺した。
ラウ大統領は、遺族や生存者にドイツ国民の名において謝罪した。

「ドイツ人は暴力と計り知れない悲しみをもたらした。後の世代もこの罪を
直視し続けなければならない」(朝日, 2002年04月19日)

ドイツ人はヨーロッパの鼻つまみモノ
158世界@名無史さん:03/01/08 02:01
というかあの辺りのゴチックラインの山中はパルチザンの巣窟だった訳で
ドイツ軍は掃討作戦を行ったにすぎないのでは。
159世界@名無史さん:03/01/08 02:08
ゲリラ戦やったら民間人が殺されるのは世の常だと思う
160世界@名無史さん:03/01/08 03:03
エチオピアで毒ガスばら撒いていたのはパドリオ元帥という皮肉。
161世界@名無史さん:03/01/08 19:22
ゲリラ戦に巻込まれて死亡するのと、腹いせに住民を意図的に射殺するのとでは
根本的に違うと思う。
162世界@名無史さん:03/01/08 22:20
>>161

奇麗事言ってんじゃねーよ
163世界@名無史さん:03/01/08 22:50
>>161
いや、悪いのは判っているが、住民はみなパルチザンの
手先に決まってる。少なくとも、何らかの協力はしているはず。
164世界@名無史さん:03/01/08 22:51
>>160
うわ・・・(・ω・)ショボーン
165【^▽^】足軽浪人ジーモン:03/01/08 22:56
俺はナチが大嫌いだが、ラウ大統領、シュレーダー首相、
フィッシャー外相ら社民党・緑の党を政権の座から
引きずり降ろすべし。
外国人と犯罪に甘過ぎるから、9・11同時多発テロ犯どもの
温床にもなったのだ。
166スイマセンが:03/01/08 22:56
>>160
×パドリオ元帥 → ○バドリオ元帥
エチオピア敗戦もイタリア休戦もみんなこいつが元凶。
167世界@名無史さん:03/01/08 23:13
第二次大戦に情報将校として従軍したアメリカ人の本を読んだが、日本で言われている
よりも日本兵の捕虜というのは割と多く存在していたとのこと。
また、米軍の反攻がはじまった頃は、軍が日本兵の捕虜を尋問のために後方に移送さ
せようとしても、途中で飛行機から捕虜を放り出すのがはやっていて、なかなか尋問でき
ずに困ったという話が載っていた。
この話を読んでから、日本軍やドイツ軍の残虐行為というのはかなり連合国側の宣伝と
いうか、プロパガンダが入っていると思うようになったな。
168世界@名無史さん:03/01/08 23:32
親衛隊はローマでも報復という名目で何百人もの住民虐殺を行っているね。
(それで今もローマ市民は観光客がドイツ人だとわかると”ハイルヒトラー!”
と囃して馬鹿にしてやるそうな)

実戦の一級エリート部隊であるLAH(アドルフ・ヒトラー師団)が、
休戦後のイタリアで武装解除をしてボヴェス村でパルチザンを追い込んで
民間で死者が出た際、(これこそ民間人がゲリラ戦に巻込まれた例だが)
戦後戦犯として作戦を指導したパイパーが起訴されている。
(その弁護に、イタリアでナチス党員から助けたユダヤの司教ラビが
証人として借り出されたのは何とも皮肉)
169世界@名無史さん:03/01/10 15:15
>>163
武装親衛隊が市に進駐して
パルチザンの容疑者を告発させるなど
選別手続きして簡易軍事裁判記録も取った上で殺害していたら、
不正規戦に対する当然の軍事的対応として
戦時国際法違反容疑への反駁も可能だったろう。
少なくとも市の代表者だけに通謀責任を問うて、
みせしめに公開処刑でもしていたら
大統領がわざわざ市を訪問して今更、謝罪する謂れは無かったろう。
4桁も殺した、その性別や年代の内訳が、どういうものだったかも知りたいが。
まあ武装親衛隊にとって身から出た錆びでもあるし、かつ負ければ賊軍とも言える。
170山崎渉:03/01/11 12:50
(^^)
171世界@名無史さん:03/01/11 14:02
     __
     /∬ _⊥
    ∠=√゚Д゚) よ〜し、>>170は壁に向かって手をつけろ!
     ( つ≠∩ヨ===┷
      |iioii|  \   ∩_∩
     |   | ⊂′ ̄ ̄(,,,゚ω゚) <バウバウ
      ┗ ┗ U U ̄ U U
172vvv:03/01/11 14:06
◆◇◆◇◆最新情報◆◇◆◇◆
http://yahooo.s2.x-beat.com/linkvp/linkvp.html
173世界@名無史さん:03/01/23 18:10
保守
174世界@名無史さん:03/01/30 10:39
93歳元ナチに禁固7年。(ドイツ)

ドイツ北部のハンブルク地方裁判所は5日(2002年7月)、第2次世界大戦中に
イタリア人捕虜らを殺害した罪で、同市在住の元ナチス親衛隊将校
フリードリッヒ・エンゲルス被告(93)に禁固7年の判決。
判決によると、イタリア北部ジェノバで44年5月、ドイツ兵らが襲撃され、
死亡したことへの報復として、ナチスがイタリア人捕虜59人を虐殺した事件に、
エンゲル被告は親衛隊の地元責任者として参加。
同被告は戦後ナチス戦犯追及では証拠不十分として責任を問われなかったが、
新たな目撃証言が出て独検察が捜査を再開した。
イタリアの裁判所は99年に、欠席裁判で同被告に終身刑を宣告していた。
175世界@名無史さん:03/02/01 12:45
>>174
武装親衛隊のみなさんの老後が
すべて安らかでありますように。
176世界@名無史さん:03/02/01 13:46
オラドゥール、リディツェ、マルツァボット、ジェノバ、ローマ、ワルシャワ…

一体どれだけ人を殺せば気が済むんだ・・・・
177世界@名無史さん:03/02/01 14:48
>>176
つか、パルチザンやレジスタントからの攻撃を
受けた報復だろ。
こいつ等に武器を供与したのは連合軍。
国際法を守れない者は、国際法を適用しない
という姿勢をとっただけで、一方的に悪いとは
言い難い。
例えば、大戦中にヒトラーはイギリス軍の
SASを捕虜として扱わず処刑するように
命じたけど、これはSASが捕虜を殺害する様に
命令を受けていて、実際に殺害していたから。
ナチス戦犯は弁護人とか就いているのか?
結構、重い判決が出ているような気がする。
178世界@名無史さん:03/02/01 18:03
>>177
過去ログからコピペ
>169 :世界@名無史さん :03/01/10 15:15
 >>163
 武装親衛隊が市に進駐して
 パルチザンの容疑者を告発させるなど
 選別手続きして簡易軍事裁判記録も取った上で殺害していたら、
 不正規戦に対する当然の軍事的対応として
 戦時国際法違反容疑への反駁も可能だったろう。
 少なくとも市の代表者だけに通謀責任を問うて、
 みせしめに公開処刑でもしていたら
 大統領がわざわざ市を訪問して今更、謝罪する謂れは無かったろう。
 4桁も殺した、その性別や年代の内訳が、どういうものだったかも知りたいが。
 まあ武装親衛隊にとって身から出た錆びでもあるし、かつ負ければ賊軍とも言える。

この種の真実に目を背らせるか、どうか、
日本であれドイツであれ真の愛国者の価値はそこで決まるのではなかろうか。
もちろん日本はドイツと違って人道に反する犯罪は犯してないし、
実際、東京裁判でもその罪状で訴追されはしなかったが。
179武装親衛隊兵士とその戦後:03/02/01 18:04
レミ・シュライネンSS上等兵
1944年6月26日

第一波
ソ連軍戦車隊+タンクデサントが陣地へ殺到→T34×6両撃破して撃退
(このときすでに、砲員で生き残っていたのは彼一人)
第二波
ソ連軍歩兵部隊の大群が接近→砲兵射撃で撃退
JS2+T34、約30両が接近→JS2×4両 T34×4両を撃破
(最後に撃破したJS2と相討ちとなり負傷、そののち友軍に収容)

最後まで砲に踏み止まり義務を果たした
まことに対戦車砲兵の鏡のような人物である。

戦後はSSと外国人という身分から捕虜の身分規定が適用されず、英米軍人及び、
母国のベルギー人警官からライフルやこん棒で殴られて拷問されたと言っている。
(ドイツ赤十字のベルギー人看護婦が20年刑務所に入れられたという例も)

戦後抑留されたシュライネンは、1950年に一旦恩赦で釈放されたが再びぶち込まれ、
結局1955年まで拘留されて、これに懲りてその後故国を捨てドイツへ渡ったという。
戦後ベルギーで師団の仲間の大半が処刑、もしくは刑務所に抑留されたとのこと。

ナルヴァ戦線でのシュライネンの防戦は、デミヤンスク包囲網における髑髏師団、
ノルマンディのヒトラーユーゲントらと並ぶ特筆すべきものである。
(カーンの戦闘で武装SSは英米加軍に自軍より6倍の損害を与えてたとか)
武装SSは攻撃だけではなく、重要拠点の防衛や陣地防衛に対し悪鬼の如く奮戦し
たとされる。
180ほっぺ戦闘団:03/02/01 20:17
>>58
>にしてもパイパーは何でよりによって仏に住んでたのか

亀レスだが、故郷だからだよ。

つまり故郷が、戦後、フランス領になったからです。



181世界@名無史さん:03/02/01 21:34
>180
パイパーはベルリン生まれだし、
http://www.nazi-lauck-nsdapao.com/BE106.htm
これによると釈放後、ポルシェやVWで働いてたのをその都度左翼支持者などに
放逐を扇動され、辞める羽目になって、もうこれ以上ドイツにいられないという
ことでフランスに家族とともに移ったとある。
(死体は黒焦げで手足が切断され、犯人は見つからなかったという。…合掌)
182世界@名無史さん:03/02/01 21:40
>>178
>もちろん日本はドイツと違って人道に反する犯罪は犯してない。
>東京裁判でもその罪状で訴追されはしなかった。

本当なの?
183世界@名無史さん:03/02/01 21:44
>>181

これはナチス党員かなんかのページ何ですか?
>>180
嘘吐いたんですか?
184世界@名無史さん:03/02/01 23:31
>>178
どう見ても、日本の方が異常だろ。
ドイツは飛行機に少年兵を乗せて、艦船に突っ込ませなかったし
地雷を抱えさせて戦車の下に飛び込ませたりはしなかった。
ドイツ軍は格好良く、パンツァーファウトで戦車を撃破し、フリッツXで
敵艦撃破、88で2000メートル以上の距離で戦車を破壊していた。
自国民を平気で殺している日本軍は異常。

>大統領がわざわざ市を訪問して今更、謝罪する謂れは無かったろう。

これにしても、誠実な態度の現われだろう。
185世界@名無史さん:03/02/05 16:11
>>184
自国民を平気で殺すより
他国民を平気で殺す方が
国際的評価は低くなるよな。
どうしたって。
186世界@名無史さん:03/02/05 16:40
>>184
ドイツも特攻をやってるよ。
大戦末期に空軍でエルベ特別攻撃隊という部隊を編成して、B−17に戦闘機による体当たり攻撃をかけている。
しかしほとんど戦果はなく、しかもヒトラーが兵士の命を無駄にするなと中止命令を出したので、一回だけで終了。
187世界@名無史さん:03/02/09 10:59
>>186
反論になってないような。
188世界@名無史さん:03/02/09 12:01
>>142
>お前が糞。
>これは立派な戦時国際法違反。

お前が立派な糞だよw
ハルダーの証言によれば、侵攻前、ヒトラーは対ソ戦は対西欧戦で用いた方法と異り、
捕虜の取扱いはヘーグ条約の条項に従わなくてよいと言って、
最初からドイツ側が国際戦時法を放棄しちゃってる。
(実際、570万の捕虜の内330万が過酷な状況で死んでいて、(死亡率57,8%)
反対にソ連に於けるドイツ捕虜の死亡率は11,8%で、遥かにソ連側の方が人道的。
http://www.skalman.nu/third-reich/statistics.htm
更にドイツ軍や絶滅部隊によって殺されたり暴行された市民の数は、
ソ連占領下のドイツの比ではない)
侵略者の立場でしか見れない142は白痴な上、投げた糞が自分に降りかかりました(藁
189世界@名無史さん:03/02/09 17:30
>>188

>ハルダーの証言

ハルダーって言ったらヒトラー総統の暗殺事件に
関わってダハウ収容所にぶち込まれていた裏切り者
だろうが。
で、戦後は反ヒトラーの英雄気取りしてた。
そんな奴の証言を全面的に信用するお前がウンコ。

>実際、570万の捕虜の内330万が過酷な状況で
死んでいて、(死亡率57,8%)

これは確かに事実だけど、戦局が極度に悪化した国に
どうやって食べさせていけば良いのか?
190世界@名無史さん:03/02/09 19:57
>>189
ヒトラーが41年3月31日に東部戦線従軍予定の高級将校250人を相手に、
「これは絶滅戦争だ。軍事法廷の問題ではない」と、
国防軍に対しあらゆる国際法や戦時法規の規定を無視するように述べて、
それをハルダーがメモしたものが公開されている。
(その訓令を命令化した書面に署名したのがハルダー)

これを虚言だと思い込むのは勝手だが、実際、これをドイツ軍は戦場で行なっている。
例えば6軍司令官ライヒェナウは、兵士に容赦ない民族理念の持主たれと呼びかけし、
ユダヤ人狩りに助力し、絶滅部隊の射殺に大いに貢献した。(これにマンシュタインも賛同)
また、44年5月の報告で、国防軍と陸軍の領域で合わせて100万以上もの
ソ連軍捕虜の集団死刑したと集計している。

これは食料不足とかいう問題ではなく、ドイツ側がソ連捕虜の意図的な大量死亡を
企図していたのは明白。(しかも捕虜の大半が死亡(200万)したのはまだドイツが
勝ってた緒戦の頃(41年6月から42年3月)。ドイツ軍は自国の供給以外に食料を
現地からも徴収して、ウクラナイナなどを飢餓に陥らせている)

食料についてはソ連は穀倉地帯を奪われたことと、プライオリティを軍需生産にして、
人手不足だったのでむしろロシア側の方が食料が不足していた。
191世界@名無史さん:03/02/10 01:47
マンシュタインって、あんまり罪が重くならなかったと
思うけど、どうして?
192芋嫌い:03/03/02 20:18
>184
少年を飛行機で敵艦に突入させはしなかったが、同じ少年や年金生活者を
香具師な戦車鉄拳1個支給しただけで赤軍の重戦車に立ち向かわせはした
よな?その実質においてコレのどこが「特攻」とちがうんだい?
他にも「特攻」と言わなかっただけの話で実質特攻兵器はくさるほどある。
ライヘンベルク、または有人V1を調べてみるといい。桜花のそっくりさ
んを発見するであろう。まだまだあるぞ。バッへムナッタ−、ネーガーとか
いくらでも。
フリッツX自体は確かにスマートな兵器だがDO217とフリッツXにとっ
て幸いな事があるのも忘れないように。彼等は我が神雷部隊と違い、洋上で
レーダー管制を受けた迎撃戦闘機と遭遇する事などないんだ。
どうも独逸ヲタは「世界に冠たる独逸」とか「独逸の科学は世界イチィィィ
!!」とか甚だしく勘違いしてる香具師が多いね。
193世界@名無史さん:03/03/02 21:11
フリッツXが伊戦艦「ローマ」を撃沈したのは丁度イタリアが降伏してた最中で、
艦艇を英海軍に引き渡す予定で、ドイツのDo217をてっきり英軍機と勘違いして、
やすやすと侵入させてミサイルを撃たせてしまったのが原因とか
(その証拠に防備のきつい米英海軍艇には損害を与えていない)
194世界@名無史さん:03/03/03 02:27
一度攻撃すれば絶対に死ぬ自爆攻撃より
いくらかでも離れた場所から対戦車ロケットを
ぶっ放すほうがマシだろう。
195世界@名無史さん:03/03/03 10:46
>>192
決死的攻撃と必死的攻撃との区別が
戦術評価において決定的なんだけど。
196世界@名無史さん:03/03/03 11:10
米軍でも洋上で被弾して帰れなくなった機体が敵艦に体当たりすることはあっても、
日本のような初めから体当たりを目的とする攻撃はなかった。
197世界@名無史さん:03/03/03 12:54
>>192パンツァー・ファウスト

竹槍よりはマシだろ?
198世界@名無史さん:03/03/03 21:02
>191
http://www.islandfarm.fsnet.co.uk/Generalfeldmarschall%20Paul%20Ludwig%20Ewald%20von%20Kleist.htm
マンシュタインは英軍の裁判でロシアの絶滅許可・命令の罪を受けなかったばかりか
禁固中に減刑され、1953年にドイツの刑務所を4年で釈放されたのに比べ、
ナチの絶滅計画を支持せず、コーカサスで現地民を対等に扱ったクライストは
ユーゴスラビアとソ連に送還され、終身刑の判決を受け、
1954年にモスクワの捕虜収容所で寂しく獄死してる。
199芋嫌い:03/03/04 00:25
>195
まず「戦術評価」とは片腹痛い。そういうのをな、「自己満足」と言
うのだよ。
まず、作戦レベル以下で決死的ないし必死的オプションの選択を強要
される羽目に至った戦略レベル以上での過誤や不足或いは無能がまず
問題だろうが(独逸と帝國はこのへんの思考が全くなっちゃいない。
特に独逸は‘2回も‘政略レベルの勘違いから戦略を誤り作戦レベル
以下がうまく機能しなくなり戦争自体に敗れて国自体が西に引っ越す
体たらくだ。全く何をやっとるんだか)。
200世界@名無史さん:03/03/04 11:49
>>199
お前が指揮してみろ!
イワンはとっくにベルリンに着いてるぞ!
201芋嫌い:03/03/04 22:57
亀レスでなんだが。
>194
ぶっ放す距離まで近寄れればおなぐさみだという事判ってる?
戦車は一面において盲目の巨人だ。だからこそ肉薄攻撃の余地がある。
しかしそれ故に戦車が単独で防御陣地に乱入するなどまず在り得べから
ざる珍事であって、ほぼ間違いなく随伴歩兵を伴う(赤軍は半軌装車等
の不足から戦車に跨乗歩兵をのっける事が多かったから尚更だな。もっ
ともそれ故に芋の阻止砲火で甚大な損害も出しているが)。「民族の嵐」
如きにこの状況で「まともな作戦行動に基づく戦果」を期待するのかね?
非情ですなあ芋ヲタはw)
>197
199レスと絡むが、もうちと大きな視点でみなよ。
芋はリア厨房や年金生活のおいちゃんにそれを実際にやらせるまで本土で
あがいた。ウチは沖縄という不幸な例外を除いて本土で竹槍であがく前に
止めた。戦略レベル以上でどちらがよりマシな判断をしたかは明瞭だろ?
結果は芋は分断国家になり、ワイマール共和国よりも更に「独逸」は縮ん
だ。ウチは沖縄、樺太、北方四島等周辺部を失ったが本土の殆どが残った
少なくとも「国の形が変わった」と実感するような目にはあってない。
>200
自暴自棄か?スチームローラーに踏まれた事がそんなに嬉しいか?
202世界@名無史さん:03/03/05 15:41
・・・アホ?
203芋嫌い:03/03/05 23:13
>193
残念ながら被弾例有り。米ブルックリン級軽巡洋艦のサヴァンナが
フリッツXを第3砲塔に被爆、大破した例がある。
といってもローマとコレ以外大きな戦果聴いた覚えないけどな。
>202
作戦レベル以上の思考ができない独逸ヲタにはそう写るかもな。
海洋国家群を贔屓にしてる漏れは、いかなる口実を用いても間抜けな
大陸国家=芋=独逸の悪口をいいたいんだから。
204山崎渉:03/03/13 13:26
(^^)
205世界@名無史さん:03/03/16 16:56
日本よりドイツを愛する痛い人がいる
スレッドをあげてみよう。
206世界@名無史さん:03/03/16 17:59
>日本よりドイツを愛する痛い人
別に普通じゃん。
日本になんか萌えられねーよ(ワラ
207山崎渉:03/04/17 10:02
(^^)
208山崎渉:03/04/20 04:46
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
209世界@名無史さん:03/05/10 22:29
ディルレヴァンガー師団に似たのが日本にもあって
上海児玉機関の児玉誉士夫は組織員を
東京のヤクザや右翼から徴募したらしい
で、中国人の家屋から資産を強奪してた
戦後は政界の黒幕に
ソ連に捕らえられシベリア送りなどにされた親衛隊員のその後の処遇や運命について誰も関心は無いのだろうか?
211世界@名無史さん:03/05/12 11:08
大量殺人、放火、強盗をやりまくった犯罪者が刑務所でどう処遇されてるかなんて誰も関心ないだろ
212山崎渉:03/05/21 22:33
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
213山崎渉:03/05/28 15:41
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
214世界@名無史さん:03/07/09 21:03
保守
ドイツ国防軍の方が非情ではなかっただけの話。
武装SSなど、捕虜になれば銃殺されるのは眼に見えていたからね。
イワンに対する対処も厳しいものであったようだ。
だが、腰抜け国防軍に代わって、武装SSがヒトラーの火消し役と呼ばれるだけの
大きな活躍をしたことは見逃せない。
イワンも怖れる、ドイツ軍部隊。それが武装SSであったのだ。
216世界@名無史さん:03/07/09 22:56
武装親衛隊の死傷率はソ連軍に次ぐほど高いと言われていて、
装備や補給では優遇されたが、負わされるリスクも高かった。
217世界@名無史さん:03/07/09 23:18
私が作ったよ〜♪
http://nuts.free-city.net/index.html
218世界@名無史さん:03/07/10 07:53
便ぜん中年
219世界@名無史さん:03/07/10 08:10
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030710-00000004-kyodo-int
独首相、伊バカンス中止 経済次官の失言に抗議

【フランクフルト9日共同】ドイツ首相府は9日、シュレーダー首相がこの夏に計画していたイタリア北部への家族旅行を中止すると発表した。イタリアの経済次官がドイツ人観光客を侮辱する発言を撤回しないため抗議の姿勢を示した。
イタリアのベルルスコーニ首相は2日、ドイツ出身の欧州議会議員に対し「ナチスの映画に出演することを勧める」と侮辱発言をしたばかり。ドイツのシリー内相らもイタリア旅行を中止するとみられ、両国関係が一段と悪化しそうだ。
ベルルスコーニ首相は自らの発言について、シュレーダー首相に「遺憾の意」を表明したものの謝罪は拒否している。
今回の経済次官の発言は「ドイツ人観光客は、酔っぱらいでごう慢。超愛国主義的」という内容。観光行政の責任者でもある次官に対して、ドイツ政府は「ドイツ人全体への侮辱だ」と謝罪を求めたが、次官は「一部のドイツ観光客を非難しただけ」と応じなかった。(共同通信)

いまだ欧州人にとって、ドイツ人=ナチ、傲慢というイメージか
220山崎 渉:03/07/15 12:42

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
222世界@名無史さん:03/07/23 00:43
>>219
これでシュレーダーが逆切れして「誰のせいで敗戦国になったんだ?」と日本の政治家みたいに失言すればますます面白かったのに。
223名無的発言者:03/08/16 12:11
保守
224名無的発言者:03/09/18 04:13
保守
225世界@名無史さん:03/10/23 02:12
・・・ベルガーの栄転に伴いSS主管本部兵員補充局長に就いたルードルフ・ブリルの
ニュルンベルク裁判での証言によれば、敗戦時点での武装SSの半数以上は強制によって
兵員になった者たちだったという。

1942年末の武装SSの二個師団増設は、ロシア戦線の逼迫を背景としていた。
南方で展開されていたドイツ軍の攻勢も行き詰まり、スターリングラードで6軍が完全に包囲されていた。
かかる戦況を背景にしての「ホーエンシュタウフェン」「フルンツベルク」の新師団の
登場であったが、ドイツ国内ではバルバロッサ作戦開始直前のいわゆる「五月行動」以来の
大規模な<人狩り>作戦となった。だが(SS兵員補充局長の)ベルガーの本音は、
この1925年生まれの2万6,000名をしのぐ6万名の獲得にあった。
兵役に耐えうるこの年次クラスの13パーセントのシェアを狙っていたのである。
SSの組織をフル回転させ地方警察の助けも借りて強行された募兵活動は、「志願」
予定者に対して、「(入隊の)署名を拒否する者こそ国家に対する裏切り者である」
(なんとなれば「SSは党であり、党は国家であり、したがってSSは国家である」からだ!)
という恫喝を行い、しかも両親に相談する機会も与えず強制入営させたのだった。
226世界@名無史さん:03/10/23 02:13
あたかもフリードリッヒ・ヴィルヘルム一世軍人王時代のごとく、
警察の圧力下で兵役を強制するという方法に対しては、若者達の両親、地区の聖職者の
間で不満・抗議の声が高まり、その憤激ぶりを伝える手紙がベルリンに殺到し、
一部はヒトラーの手許にまで達した。(略)

むろん若者たちの間でSSの軍人になろうという気分が決して強力なものでないことも
ベルガーたちは熟知していた。彼が端的に上げていたケースに従えば、
「親衛旗アドルフ・ヒトラー」師団の幹部候補生にさせられた者たちの場合、
武装SSの将校になりたいかと尋ねられて殆どの者が
「航空兵なら、捕虜になっても丁重に扱ってくれますが、SS将校と判明すれば射殺されます」と答えていた。
SSが「捕虜を作らない」組織であることはドイツの青年たちの間にも知れ渡っていたことを、
これは示している。(講談社選書メチエ、芝健介著『武装SS−ナチスもう一つの暴力装置』
227世界@名無史さん:03/10/28 14:53
・・・この事件(髑髏師団による、ル・パラディでの英軍捕虜約100名射殺)の翌日、
今度は「親衛旗アドルフ・ヒトラー」の隊員が、
フランス北部の街ヴォルムートで似たような犯罪を犯している。

「悪夢のようだった」と、生存者の一人、チャーリー・デイリーは語る。
多数の負傷者を含むイギリス人捕虜100名が納屋に押し込まれていた。
イギリス軍将校がこの不適切な待遇に抗議すると、武装SSの一人がこんな罵言を返した。
「きさまらがこれから行くところには、全員十分な場所があるさ」。
「やつら(武装SS)は我らを納屋を閉じ込めた。それから五人を外へ呼び出して銃殺した。
それからまた五人を呼び出す―――この五人も銃殺された。われわれは納屋の中で騒ぎ始めた。
すると、一人のドイツ人がかがんでブーツの胴から柄付き手榴弾を抜き出し、こちらに投げるのが見えた。」
(英軍兵士アルフレッド・トンブズ。生存者の一人)
目撃者のリチャード・バリーはそのときのことを記憶している。
「それから突然納屋のなかに手榴弾が飛んで来た。全部で五発だ。
私は納屋の裂け目から外へ這い出した」。生存者は外へ追い立てられた。
そこで、武装SSの銃口が火を噴いた。八十名を超えるイギリス軍兵士が無惨にも殺害された。
228世界@名無史さん:03/10/28 15:51
・・・たとえば「親衛旗アドルフ・ヒトラー」師団は、
複数のケースでアメリカ軍捕虜とベルギーの民間人を殺害している。

最も衝撃的な事件が起こったのは1944年12月17日、場所はマルメディの近く、
ボーニェの交差道路である。戦後訴追された武装SS兵士数名は、
「たんに」逃亡をはかったアメリカ軍捕虜を射殺しただけだ、と主張する。
だがウィリアム・メリケンが描く情景は違う。
メリケンは第285砲兵大隊所属の砲撃観測手で、大虐殺を生き延びた43名の一人である。
メリケンはこう語る。
「われわれは少人数のグループに分散して待っていた。
なにか乗り物がやって来て、われわれを載せて捕虜収容所へ連れて行くのだろう、と。
路上にはハーフトラックが一両と戦車が二両停車していた。我々を監視してるようだった。
すると、ハーフトラックのドイツ兵が一人立ち上り、拳銃で狙いを定めるのが見えた
―――その男はアメリカ兵を一人、二人、三人と射殺した。
二両の戦車は機銃掃射でわれわれをなぎ倒した。
わたしは銃弾には当たらなかったが、地面に倒れた。
229世界@名無史さん:03/10/28 15:53
連中はまだしばらく発砲を続けた。人体や周囲の地面に銃弾がめり込む音が聞こえた。
最後には車両の隊列が二列、通り過ぎざまにわれわれを銃撃していった。
それから静かになった。
やがてドイツ兵が二人、こちらにやって来るのが聞こえた。
二人はわたしのすぐ上に立った。わたしの足の上には誰かの身体が横向きにかぶさっていた。
その身体が動き、ドイツ兵の一人が発砲した。銃弾は上に乗っていた男の命を奪い、
わたしの膝に達した。だがわたしは動かなかった」。
しばらくして、メリケンは森の方へ逃走を試みた。
「片足を引きずりながら野を越えると一軒の家があり、わたしはその家を目指した。
堀に近づいたとき、SS将校が通りにやってきた。その将校はわたしを拳銃で狙い、
引き金を引いた。不発だった。
将校は通りを走って、他の兵士の逃走を阻止しようとした。
わたしはうまく塀を乗り越え、薪小屋に身を潜めた」。
殺害された七十二名のうち、四十名が至近距離から頭を撃たれ殺されていた。
230世界@名無史さん:03/10/28 15:55
この大虐殺のニュースは、アメリカ軍の間に瞬く間に広がった。
その結果アメリカ軍もまた、この数日間、捕虜を取るのをやめたのである。

戦後、「親衛旗アドルフヒトラー」師団の成員七十三名がダッハウで裁判にかけられた。
四十三名に死刑判決が、二十二名に終身禁固刑が下された。
だが事件の証明方法に疑問が生じ、その後すべての刑が減刑されることになる。
死刑判決は一つとして実行されていない。
1956年、有罪判決を受けた最後の一人として、ヨアヒム・パイパーも釈放された。

マルメディの虐殺はなぜ起こったのか。
(略)すなわち、またしても一人一人の個人が行過ぎた行為に走ってしまったのだ。
しかも彼らの知る限り、東部戦線やノルマンディーでは、武装解除され負傷した
アメリカ兵を殺害しても、なんら非難されることがなかった。
さらに目をひくのは、この事件もまた武装SSの「中核部隊」によって引き起こされたということだ。
この事実からは、武装SS部隊にはまだイデオロギーが浸透しており、
それが部隊の狂信的な行為を引き起こしたということが推測できる。
(「ヒトラーの親衛隊」グイド・クノップ著、原書房)
231世界@名無史さん:03/11/01 09:46
age
232【卍】(@▲@ワ:03/11/01 10:53
お前はお前自身の血を殺す者だぞ。もし対戦車壕が掘られなかったら、
ドイツの兵隊が死ぬんだ。兵隊はドイツの母親の息子ではないか。われわ
れの血ではないか!
233【卍】(@▲@ワ:03/11/01 11:35
ドイツの民族同胞、特に婦女子諸君に訴えるー戦地脱走の誘いに乗り、
あるいは東部から西部へ撤退しつつある脱走兵に対しては、断じて同情の
念を抱かないようにして頂きたい。戦線から離れた男子は、銃後の祖国か
ら一片のパンも与えられない。 ドイツ人婦女子にこそ、かかる男子に名誉心をかき立て、義務を果たさせ、
同情の代わりに軽蔑を浴びせ、手に負えない臆病者を雑巾棒ではたいて戦
線に追い返す使命がある。
234世界@名無史さん:03/11/01 11:44
(・∀・)<ライヒスフューラー∬イイ!!
235世界@名無史さん:03/11/05 00:33
当時わたしは武装SSに志願しようと思っていました。
けれども父がそれを知って激怒したのです。
父はこう言いました。
あそこに入ったらどうなるか、お前は知らないのだ、と。
―――マンフレート・ロンメル(エルヴィン・ロンメル元帥の息子)。当時ヒトラーユーゲント団員

自分らは特別な存在だと思っていた。
特別な英雄であり、国防軍最高の師団だと。
―――ベルンハルト・ハイジヒ。武装SS師団「ヒトラーユーゲント」兵士

あの人たちは命令について議論することがありませんでした。
わたしたちに対してはとても折り目正しく振舞っていました。
けれども、殺せという命令が下されたならば、きっと私たちを殺したことでしょう。
―――仏人女性、モニク・コルプレ・ド・ファルラン。SS装甲師団ヒトラーユーゲントとの遭遇を語る。
236世界@名無史さん:03/11/05 00:35
彼らは明らかに少年時代からヒトラーユーゲントで思想教育を受けてきた。
彼らの多くは我々は狂信者だと思った。
とくに彼らの後ろ盾になっていた士官・下士官はそうだった。
一般兵士は皆、退却や降参は許されないと知っていた。
でなければ銃殺されただろう。
捕虜になった者から聞かされたのだが、
仮に逃亡したりすれば、ドイツにいる家族がひどい目にあうとのことだった。・・・

捕らえられた我が軍の兵士の多くが、忽然と消えてしまった。
カナダ人捕虜が殺害されていたことは、1945年初めになってやっとわかった。
カナダ兵156名が捕まえられ、銃殺されたそうだ。
カナダ人捕虜を銃殺せよと主張する将校が何人かいた。
クルトマイヤーも多分そうした将校の一人だった。
マイヤーはおそらくロシアに動員された際にそう叩き込まれたのだろう。
東部戦線に従軍した士官や下士官の多くが、相変わらずそう考えていた。
そういう連中が第12SS装甲師団「ヒトラーユーゲント」の指揮を取り、
こんな考えを広めたからだ。
―――捕虜は邪魔だ。即刻消すのが一番だ、と。

―――カナダ軍の第3歩兵師団将校ダグ・バリー。ノルマンディ上陸作戦に従軍
237世界@名無史さん:03/11/24 01:51

AGE
    
238世界@名無史さん:03/11/24 09:28
おいベンゼン あげとくから後は任す。
239世界@名無史さん:03/11/24 11:53
レームとSA幹部が粛清された事件、いわゆる「長いナイフの夜」の後は
SAは消滅したのですか?
SAの下士官達はSSに吸収されたと解釈してよろしいのでしょーか?
240世界@名無史さん:03/11/24 19:17
 武装SSの中でもヴィーキング師団のミューレンカンプは
戦後のドイツ連邦軍(西ドイツ軍)に居残ることができた
みたいだが、こういうケースって珍しいんだろうか。
まあ、武装SS隊員だったことを隠してドイツ連邦軍に再入
隊ってのはあるかもしれないけど。
ttp://www.mirai.ne.jp/~ittaka/kanpu.html
241240:03/11/24 19:21
>ドイツ連邦軍(西ドイツ軍)に居残ることができた
正しくは、ドイツ連邦軍(西ドイツ軍)に“入る”ことができた
の間違いでした。申し訳ありません。
242   :03/11/25 20:55
>>239
SAはその後も独立した組織として終戦までありました。
シュワルツネッガーの親父が元SA隊員だったのは有名。
243世界@名無史さん:03/11/25 21:05
ヒトラー崇拝者とカリフォルニア州知事選挙で攻撃されました。
244世界@名無史さん:03/11/25 21:18
>>240
モレもミューレンカンプが国家公務員(西ドイツ軍将校)になったのが不思議だ
まあアデナウアー内閣の官房長官もニュルンベルク反ユダヤ法の起草者だったし・・・
245世界@名無史さん:03/11/25 21:26
ヘルムート・コールは戦後成人したから、そういう過去はなかった。
246世界@名無史さん:03/11/26 20:25
あなたたちがヒットラー政権下のドイツに純粋なドイツ人として生まれて
いたら、SSに加入したいですか?
247世界@名無史さん:04/01/12 17:30
age
248(^■^ ラ 【卍】偉大な画家:04/01/12 18:42
★ソ連共産党中央委員会命令★1943年
党員及び党指導部は引き続き党批判者の活動妨害、信用失墜に励むこと。
手に負えぬような場合はファシスト、ナチ、ユダヤ人排斥者のレッテルを
貼ること…繰り返し反復することにより、われらの提示するものが大衆に
とっての「真実」となる。

※左翼メディアの手口だね!
249世界@名無史さん:04/01/12 21:10
>>155
超遅レス(一年越し)だけど、
イタリアパルチザンってかなりえげつないよね。
日本の駐伊武官も殺害されてる。
250世界@名無史さん:04/02/03 06:38
age
251世界@名無史さん:04/02/06 02:21
ナチ高官がユダヤ人のロリータを慰み者に…という
「愛の嵐」や「アドルフに告ぐ」みたいな、萌え萌えな史実はあったんですかね?
うぐぅ
252世界@名無史さん:04/02/06 02:37
武装SSは一概に悪人集団とは言えない部分もあるんだが
ナチ高官については大概クズ揃いだからな・・・
253世界@名無史さん:04/02/06 09:02
武装SSライプシュタンダルテの行進の映像
http://members.at.infoseek.co.jp/dasreich/sst.html
254へたれダイガクセイ:04/02/06 11:38
ヤンルークパンチョマって人しりませんか?
255世界@名無史さん:04/02/06 22:27
少し気合いの入った優秀な青年だったら、あの時代のあのドイツでは
、武装SSを目指したのではないかな。
当時の戦記をみると、
あと、パウル・カレルというドイツの戦記作家も、
軍人の回顧録も、みな武装SSの優秀さを賞賛していた。
連合軍側の戦記作家、コーねリアス・ライアンも。
記憶では、ライアンのアルデンヌの戦記でヨーヘン・パイパーが語っていたが
彼は、SSの警察部隊はののしっていたが、自分たちの戦いには誇りを持っていた。
また、独ソ戦は、双方が発狂していたから、残虐行為の応酬はしかたのない面も
あったのでは。

 個人的には、制服のデザインはかっこよすぎる。
 ちなみに、私はナチを賞賛しないけど

256世界@名無史さん:04/02/07 17:32
武装SS第12師団「ヒトラーユーゲント」
http://members.at.infoseek.co.jp/Hjugend/hj4.html
257ドイツ国防軍の指導に関する\(^■^ ラの布告(1938.2.4):04/02/07 18:40
全ドイツ国防軍に対する命令権は、本日以後、余自身が直接これを行使する。
*≦予_>
\(^■^ ラ
\《!》+【卍】
従来、ドイツ国軍務省内にあった国防軍部は、「国防軍総司令部」と改称
してその任務に就くものとし、直接余がこれに命令を授ける、余の軍事幕
僚部とする。
国防軍総司令部幕僚部の長官には、従来の国防軍部長を「国防軍総監」と
改称して、これに任ずる総監には国務大臣と同等の地位を与える。
国防軍総司令部は、これとともにドイツ国軍務省の業務を担当し、余の委
託により、従来の軍務省権限を行使するものとする。
平時における国防軍総司令部の任務は、余の指示に基づき、あらゆる分野
にわたり国防の統一的準備を行うものとする。
258世界@名無史さん:04/03/10 01:20
武装したセガサターンはヤバイナw
259世界@名無史さん:04/03/15 23:52
ディルレヴァンガーのプロフィール

犯罪者部隊として最も悪名高いディルレヴァンガー部隊の指揮官
オスカー・パウル・ディルレヴァンガーは1895年9月26日に
ドイツ・バイエルンのヴュルツブルクで
アウグスト・ディルレヴァンガーとパウリーネ・ディルレヴァンガー
の子供として生まれた。父親の職業は弁護士であった。
彼がアビトゥーアを卒業した時、WW1が勃発し従軍することになった。
彼は最初西部戦線に派遣されベルギーにいた。
前線では勇敢な兵士として振るまい、十回以上負傷したが、
すぐに前線へ戻りたがった。そのため数々の勲章を受けた。
1918年には東部戦線に配属されてウクライナにいて、敗戦後部隊と共に
ドイツ本国へ引き上げた。
折りしも帝政が崩壊したドイツでは共産主義者と反共産主義者の
街頭闘争が頻発しており、ディルレヴァンガーは反共産主義者の陣営、
つまりフライコープの一員として反共産主義運動に参加することになる。

つづく
260世界@名無史さん:04/03/30 07:09
>>253
「意志の勝利」ですね。
バーデンヴァイラー マーチのところがいいです。
「ヴァッフェンSS イム アインザッツ」のフィルムも秀逸。
261世界@名無史さん:04/03/30 15:44
学研M文庫『てきだんへい』発売記念あげ
262世界@名無史さん:04/03/30 19:46
パンツァー、パンツァグレナディーレ♪
パンツァグレナディーレ ユーバーラント!♪
装甲擲弾兵の歌
263世界@名無史さん:04/03/31 22:12
SSと国防軍ってどっちが強いの?
264(`ρ´):04/03/31 23:51
オルバース爆動か!?
265世界@名無史さん:04/04/01 06:23
ユダヤ人収容所だけど、一般親衛隊である経済管理本部が統括し、
武装親衛隊の所属である髑髏部隊は同所の現場責任者という位置
付けでいいんだろうか。そこらあたりのつながりがどうもわかり
にくい。
266世界@名無史さん:04/04/01 15:13
>262
Deutschland über alles(全てに冠たるドイツ)と混ざってないか?
267ドイチュ チュキ デチュ:04/04/01 16:24
>>266
ウムラウト記号どうやって出すのか教えて下さい
268世界@名無史さん:04/04/01 18:25
>>266
単純に英語に当てはめると、
All over in the world(世界に冠たるドイツ=国歌)
Over land(装甲擲弾兵)
269世界@名無史さん:04/04/02 12:24
>>265
1944年のSS組織図を見ると、一般SS司令部、武装SS司令部は、ハンス ユットナーのSS作戦本部に属する。
髑髏部隊は1940/41年に武装SSに併合されるが、1942年以降WVHA(経済管理本部)の一部門になる。ただし、実戦においてはSS作戦本部の指揮下に入る、とある。
ハインツ ヘーネ『SSの歴史』組織図より。
※WVHAはSSにおける役所のひとつ。「一般親衛隊である経済管理本部」という表記はおかしい。
270世界@名無史さん:04/05/11 12:22
>>269
ご返答いただき真に感謝いたします。自分は武装親衛隊以
外の、ナチス親衛隊における部署・部隊は全て「一般親衛
隊」と呼ばれるのかと思ってたんですが実際には違うんで
すね。
271亜美:04/05/12 22:20
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4056026432/
qid=1084367617/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-4322323-7193037
武装SS全史 によると日本国籍つまり日本人が二名在隊している。多分日本国籍を
取得した、ドイツ系日本人だと思われるが詳細は不明。複雑な事情があったん
だろうな。
272\(^■^[・ム・(○m○)/:04/05/12 23:36
↑別に驚くほどのことではない。
第一次大戦後失業したドイツ人の兵器技師が、ロシア、日本、中国等に技術指導に行ったことは歴史の真実。
彼らの子供がそこで生まれたとしても何ら不思議ではない。
かの超エース、エーリヒ・ハルトマン少佐も、ドイツ人医師の子として中国で生まれている。
三菱神戸造船所では今でも潜水艦を造っているが、Uボートの技術を取り入れて「伊号潜水艦」を造ったことは、有名な話である。
パンやビールばかりが伝えられたのではないゾ!
273バグダッドで駐留米軍兵士に対する:04/05/19 19:18
「イラク人虐待事件」への軍法会議が始まったゾ。
274世界@名無史さん:04/05/21 00:55
某書籍に書いてあったがソ連軍はワルシャワ蜂起をけしかけておきながら
援軍をワルシャワ直前の川で停止させてナチスによる虐殺を見物させていたとか。
スターリンはどうやらポーランド人による自治的革命勢力の成功を快く思っておらず
ナチスを利用してポーランド人の反ソ革命勢力をたたきつぶすつもりだったらしい。
そのことは戦後のソ連による衛星管理国化を見ても明らか。
おかげでワルシャワ市民は病院の中にまで押し入られ負傷者を殺害されたり、子供
を戦車の前に立たされた。ソ連軍がようやく動きだしたのは蜂起が失敗に終わった後。
275世界@名無史さん:04/05/21 01:32
>274
蜂起が失敗に終わった後ってのは違うナ。
ポーランド国内軍が死にかけ三分五厘までおいこまれてその「哀願」といって
よい「悲鳴」が世界に伝わりはじめたので、政治上、国内軍が降伏してしまう
とまずくなった為、その前に「偉大なる同志スターリンは無謀な冒険主義者を
寛大にも助ける為に」大仰にしかし技術上の問題で実効薄く行動してるんだが。
ディルレヴァンガー部隊や小川ツェレウスキーに触れられたくなくて赤に転嫁
するというのは芋ヲタか?
276世界@名無史さん:04/07/07 17:23
age
277☆ようこそ☆:04/07/07 18:03
((((((((☆ようこそ☆
,)∂ ∂((僕と遊びたい
(^▽^((のかい?OK
だよ。
☆よく僕のところに来たね。ABCを知ってるかい?
DEFG、Hの次にI(アイ)がくる!
ただ、思い切りやりたいことをしたい!
ということでも…なんて爽やかな純情なんだろう!
☆僕は君の思いを叶えてあげるよ。
278名無しの通りすがり:04/07/07 18:54
((((((((☆ようこそ☆
,)∂ ∂((僕と遊びたい
279【卍】正義の欧州同盟‖士‖
◆二十世紀は、正義の枢軸と国際共産主義との戦いの世紀であった!

1917 レーニンを封印列車で輸送⇒ロシア革命成功!

1941 対ソ戦争開始⇒ヨーロッパ十字軍

1945 欧州戦争終結⇒冷戦の開始

1992冷戦終結⇒欧州大連合の勝利

仏羅伊独諾勃芬匈クス