阿部謹也の「世間論」てどうよ?

このエントリーをはてなブックマークに追加
331世界@名無史さん
今、『日本人の歴史意識 ーー「世間」という視角から』(岩波新書)
読んでるけど、前作の『学問と「世間」』より一段とシビアな内容で
あるという印象を受ける。

日本には不変の世間があるため社会が事実上存在しない。日本の個人は
世間の原理(贈与・互酬、長幼の序、時間の共有)に拘束されている点
で、欧米の自律的な個人の在り方とは異なると。要は世間(絆としがら
み)という不透明な被膜によって、個人同士の関係も個人と社会の関係
も遮られている。
歴史はそうした世間の外側を流れていく存在として把握されるため、個
人が歴史に参加して、それを創り出していくという発想が希薄なのが日
本人の歴史意識の特質だと。

世間の歴史的な固定性=不変性やその個人に対する拘束性=抑圧性が、
強調されすぎていて、その結果やや悲観的なトーンになっているような
気がする。確かに、従来のような西欧的な個人を基準として、日本にもそれと同型
の個人を創出しようという戦後(というより明治以来の)発想が、反省
されるべきなのは理解できるけど・・・・。