中世ヨーロッパの暮らし(2)

このエントリーをはてなブックマークに追加
148Krt
中世庶民の娯楽というのは案外難しいテーマだと思う。スポーツ系(サッカーの原形)等に
ついては私も教えて欲しいし、「酒と女、見世物」系の娯楽はテーマがでかすぎるんで(笑)
ま、とりあえず遠慮しておく。となると146氏の関心対象である室内ゲーム、就中カードゲーム
ということになるが、これも正確なことを語るのは難しい。というのは「重要なことではない」
と同時代人に見なされた事というのは、案外記録に残らないからなんだと思う。

例えばボードゲーム系だと、バックギャモン、ソリティア、チェス等は起源の古いゲームだが
(特に前者はギリシャ・ローマ、その類似ゲームにいたってはは古代エジプトにまで遡れる)、
欧州で明確な記録が残っているのはチェスが11世紀、他は13世紀頃かららしい(参:増川宏一
「盤上遊戯」法政大学出版局)。ということは地域的同一性に基づく文化的継続性を考えると、
「記録に現れる」=その時点頃から始まった、ではなく「記録に現れる」=既にかなり流行、
と見た方が良いと思う(中東その他からの流入によるリバイバルもその原因として含めて)。

そういった視点からカードゲームを見てみると、これに言及している一番古い記録というのは
現時点では1329年の中部ドイツでカード賭博らしきものが修道士と修道尼に対して禁じられた、
というものらしいことがまずわかる(増川宏一「賭博U」法政大学出版局:1982:p188)。
149Krt:02/09/09 22:53
だが「禁じられた」ということは既にこの時点で流行っていたことで、調べればより以前の
記録も出てくる可能性は高い(現に増川の「賭博T1980」の方では最古の記録を1377年
としている程だ)。多分カードの伝来自体も「実際には13世紀にフランスに達している」
というトリジャルスキーの見解(「賭博U」ibid)が妥当な所だろう。

さて、ここで一つ問題になるのは、どのようなカードが使われていたのか、ということだ。
西洋のカードには大きく分けて現在我々が使っているトランプ系と、もう一つタロット系
という二系統のカードがあり、どちらが源流をなしているのか、という問題である。実は
タロットカードの使用記録は意外と新しく、現時点で最も古い資料でも15世紀初めまでしか
遡れない。だがタロットカードに関しては、十字軍遠征と共に東方から入ってきた、とか
ジプシーが中世に持ち込んだといった伝説が唱えられることも多いのである。
 増川氏もこの問題については明確な回答を与えていないが、幸い近年においてこの問題に
関するある程度明確な見解が生まれ、次第に定説化しつつある。それは、様々な神話伝説
にもかかわらず、タロット(tarocco/tarocchi pl.伊)は16世紀になってからの名称であり、
15世紀には単にcarte da trionfi(=cards with trumps 切り札付きカード)と呼ばれており、
実体としてもトランプ系カードの後に出来たものである、という説である。
150Krt:02/09/09 22:55
さらにこの説の論者達は、我々のタロットカードに関するイメージとは、かなりかけ離れた
結論をも併せて主張する。それは、タロットはその登場以後の最初の三世紀間はもっぱら
ゲーム専用の単なる(playing cards)であり、これが神秘めかした占いに使われるように
なったのは18世紀のフランスにおけるオカルトブームの中でだ、というものだ。
この説は英国におけるタロット研究の第一人者(?)マイケル・ダメットが最初に主張した
ものであり、現在では広範な支持を集めている。なお、マイケル・ダメットという名前で
同姓同名の哲学者(時には「天才」とも呼ばれる現代イギリスにおける言語哲学の重鎮)
を連想する人が居るかもしれないが、何を隠そう、実は同一人物なんである(笑)

彼はその大著(The Game of Tarot:Duckworth 1980)においてそれを主張し、この文字通りの
大著(なにせ、四折版600ページで持つと腕が痛くなる)における約200ページを費やして、
拾い集めた、タロットを使って行うゲームのルール解説を行っているのだが、これを見ると
タロットは本来ゲーム用、という彼の主張が正しいことはまず疑いないように思われる。
恐らく中世の人々はトランプカードを用いて様々な形で遊び、これに飽き足らなくなった
マニアが、さらなる楽しみを求めて上位互換性を持ったタロットカードを産んだのだろう。
ただその絵札デザインのあまりの蠱惑性が後世人を惑わす結果につながったのである。