マウントバッテン卿の遺族の協力を得てのDNA鑑定によれば,アナスタシアを名乗っていた
アンダーソン夫人(1984没)とアナスタシアの同一性は否定され,かねてよりこちらが本筋
ではないかといわれていたポーランド出身の女工(フランチェスカ・シャンコツフスカヤ)の
一族とのDNAのほうに一致した。
アンダーソン夫人がフランチェスカだったとして,次の疑問が残る。
@「ロマノフ家の最後」ではアンダーソン夫人はアナスタシアでなければまず知り得ない
情報をたくさん知っていたが,どうしてそれを知り得たのか。
ADNA鑑定以外の方法では,例えば耳殻の形はアンダーソン夫人と同一人物と断言できる
ほどの一致を見せていた。この点を説明できるか?
Bアナスタシア死亡としても,殺された皇女の数が合わない点の説明がつかない。
Cロマノフ家について,イギリス公文書館は資料の開示を頑として拒否している。何故か?
個人的には@に興味があります。アンダーソン夫人が出現して死亡するまでの時間は60年間。
この間,本ものか偽者かについてはかなり厳しく吟味されていたにもかかわらず,決着はつ
いていない。ニセ者をしたてるとして,ここまで巧妙に出来るかどうかが疑問だからです。
知識ある御仁の教示をお願いする次第です。
FUCK
3 :
世界@名無史さん:02/03/02 12:43
age
4 :
タチアナ・ボトキン:02/03/02 16:52
>1 理由は簡単。アンナは、アナスタシアだから。
5 :
世界@名無史さん:02/03/02 18:25
DNA鑑定がなけりゃあそう思うんだが…資料的にはDNAは問題なかったのかなあ?
>>1 「ロマノフ家の最期」前半は面白かったけど、
後半の信頼性はイマイチだった気がする。
DNA鑑定は実施方法等を吟味しないとなんとも言えないらしいけど
アンダーソン いこーるのっと アナスタシア が妥当な線でしょう
発見された遺体の中にアナスタシアのは無かったのではなかったっけ?
私としては
アナスタシアは脱出したもののどっかで死亡
説を取るのだが.
7 :
タチアナ・ボトキン:02/03/03 01:03
発見された遺体には、アレクセイとアナスタシアが無かった。アレクセイは、血友病
だったから後世まで生き延びた可能性はないと思う。
アンナが、アナスタシアでなかったとして(私は100%アンナはアナスタシアと
思っているが。)否定派のいう、ポーランド女工、フランツィスカ・シャンコフスカという
ことはないでしょう。
8 :
タチアナ・ボトキン:02/03/03 01:04
シャンツコフスカでした。スマソ
>>7 そのへん詳しくお願い。
アンナアンダーソン=ポーランド女工 説はどのへんが怪しいの?
アナスタシアはチェキストの手を逃れてバイカル方面に脱出、そこで元東条英機の側近を
していたがGHQに追われてシベリアに逃げてきた日本人と出会い、男子を出産しています。
11 :
タチアナ・ボトキン:02/03/03 18:08
1 アンナが自殺を図ったのが22年の2月17日、フランツッィスカ
が、姿を消したのが3月9日(ベルリン警察公式資料)
2 アンナを確認したフランツィスカの家族はフランツィスカであることを、明確に否定している。
3 アンナは、正確な英語を話した。(フランツィスカは、いつ英語を学んだのか)
4 大公女で無ければ知り得ない事項を、何故彼女は知っていたのか.
5 アンナをアナスタシアと認めた多くの人は、彼女の振るまいが、女工のそれとは
明かに違っていることを証言している。
その他、多数ある。裁判所の公式文書だけでも8000ページ。
12 :
世界@名無史さん:02/03/03 20:43
「アナスタシアの真実」という本に、DNA鑑定用のサンプルがすり替えられたと書いてあった。
アナスタシアは火葬にされたが、生前手術したときに腸の一部が病院に保存されていたからそれを鑑定に使ったと・・・。
私もアンナはアナスタシアだったんじゃないかと思ったけど、
ロシア人の大学教授(理系)にそれ言ったら笑われた。
>>11 了解。少なくとも1は重そうですね。
その事実に対して アンナ=女工派はなんていってるのでしょう?
ソースも教えてくれると嬉しいです。
ちなみに私の持ってる本では、
女工が姿を消したのが1920年2月15日、
アンナが自殺を図ったのが1920年2月17日、
となっています。
新事実が見つかったんでしょか?
今「ロマノフ家の最期」を掘り出してみて驚いた。
著者の一人がアンソニー・サマーズじゃないか。
内容が比較的まともっぽかったので気がつかなかった。
こりゃ要注意だな。
15 :
世界@名無史さん:02/03/04 00:27
みんなには悪いんだけど、どう考えても家族と共にボリシェヴィキに殺された
としか思えないんですが…
『ニコライ2世とアレクサンドラ皇后』の筆者によると、アナスタシアの伯母
(皇后の姉イレーネ)はアナスタシアを名乗る人に会ったらしい
ですが、この伯母は姪に似ているが、本物ではないと思ったようです。
>>15 まあそうなんだけど、少しは夢の部分を残さないと・・
皇女のうち一人(か二人)脱出した人がいる、
という噂を考慮して、「脱出したもののどこかで死亡」説なら
まだありうるかな、と。
17 :
世界@名無史さん:02/03/04 01:00
最期が余りにも痛ましいから
伝説を生んでしまうんだろうな。
「せめて一人くらいは生き残っていて欲しい」と。
でも現実は残酷だろうよ。
18 :
世界@名無史さん:02/03/04 08:15
当時何人も私がアナスタシアだって言い出した人いたんでしょ?
その最初のきっかけって何だったんですか?
19 :
ユロフスキー:02/03/04 16:30
11殿>
3,4の要素は重いですね。DNA鑑定では,アンナとフランチェスカの子孫のそれが関連を持つことが
証明されたとされていますが,原資料自体がすり替えの可能性もあると考えれば,謎はまだ残ってい
るんでしょうな。
…「陰謀」で説明するのはあまりに安易だと自分では思いますが…(笑)
20 :
タチアナ・ボトキン:02/03/04 20:58
>13さん
アンナ否定派は、基本的にその事実は無視しています。
私の知る限りでは、
否定派は、頻繁に
ワウトラウト・シャンツコフスカ(フランツィスカの姪)
の言葉を引用しています。
曰く「私の、叔母は、4人兄弟(注:実際は5人)のなかで、一番頭が良かった。
彼女は、女優として世に出ることを強く望んでいました。」
しかしながら、現在の知られているところでは、ワウトラウトは、フランツィスカ
には、一度も逢ったことが無いことがわかっています。
フランツィスカの兄、フェリックスは、公文書サインにおいて明確に否定しました。
そもそもアナスタシア裁判では、否定派は、アンナは、アナスタシアではない、ということは
強く主張していますが、アンナはフランツィスカだという主張は、初期をのぞいて、強く
ありません。(一部にはあった)
それゆえ、アンナをアナスタシアだと証言したものはいますが、アンナをフランツィスカ
と認めたもの(たとえばフランツィスカの友人等)は、いません。
確かにごく一部の資料には、フランツィスカのの失踪は2月とあるものもあるようですが
現在、正式に、わかっているのは3月です。(ベルリン警察の失踪届け資料)
(1922年ではなくて20年でした。)
邦訳はされていないようですが、PETER・CURTHの「ANASTASIA」などが、
読んで面白いと思います。
21 :
タチアナ・ボトキン:02/03/04 21:32
フランツィスカの兄は、バレリアンだね。スマソ。
ちなみに、フランツィスカは、1920年までに6回入院していることが
わかっている。
アンナが入院したとき、だれもフランツィスカとは認識できなかったのは何故か?
>それゆえ、アンナをアナスタシアだと証言したものはいますが、アンナをフランツィスカ
>と認めたもの(たとえばフランツィスカの友人等)は、いません。
Rosa Wingender(女工の下宿家の娘らしい)が長年にわたって
証言しているらしいのですが、そのへんはどう扱われているのでしょうか?
なにやら金目当ての証言ということになってるらしいですが。
>確かにごく一部の資料には、フランツィスカのの失踪は2月とあるものもあるようですが
>現在、正式に、わかっているのは3月です。(ベルリン警察の失踪届け資料)
このへんはCurth本に書いてあるのでしょうか?英語だったらなんとかなrかも。
探してみます。
23 :
世界@名無史さん:02/03/06 06:36
アンナとアナスターシャの元侍女が面通しをしたときに
二人しか知りえない行動をしたというのは本当なの?
24 :
世界@名無史さん:02/03/06 09:06
北里大学の長井教授の鑑定結果について誰も言及しないのは何故?
新聞にもあんなに大きく出ていたのに。
25 :
世界@名無史さん:02/03/06 15:53
そうです、ありがとうございます。
私は全くのしろうとなので、この結果がどの様に評価されているのか知りたいです。
皇帝一家と同一の家族構成の人たちが行方不明になった、という話もありましたよね。
まゆつばだと思っていましたが、これを読んで「!?」・・・
27 :
タチアナ・ボトキン:02/03/06 20:21
>22さん
ただ一人の例外、Doris Wingenderですね。彼女の証言には、Daily Nactusgabeが、金を支払って
います。
Daily naNachtaugabeは、アンナについての、クリースト伯爵夫人の証言を意図的に、変えて記事にしたのは、
有名な事実です。
ちなみに、DorisとLuise Wingennderは、「フランツィスカは、私達より背が
高かった。」と証言しています。(1927年)
彼女達は、5フィート3インチでしたが、アンナは、やっと5フィート2インチ
です。
フランツィスカの妹のガートルードは、アンナとアナスタシアの共通点であった、
生まれつきの足の外反母趾は、フランツィスカには無かったと証言しています。
フランツィスカのエピソードで有名な、WW1中、爆弾工場で手榴弾の爆発によって傷を負った
というのがありますが、これについての正式な記録は残っていないようです。
しかし、少なくとも、フランツィスカの体にはアンナのような傷はなかったと彼女は言っております。
>23さん。
そういう話しは、数多くあります。22さんの指していることは、
「香水を二人でつけて遊んだ」エピソードでしょうか。
その他としては、「ポケットの男」なども、裁判記録にのこっています。
しかしながら、そういうエピソードもDNA鑑定の前には、無力ですね。
結局、アンナをアナスタシアだと思っている人は、フランツィスカ説がどうしても
信じられません。
28 :
世界@名無史さん:02/03/06 22:07
>>27さん 具体的な説明をありがとうございます
色々説があってもDNAでの鑑定はひっくり返せないですよね
でも、しかしそんな奇跡のような話があってもいいなとも
思ってしまいます
29 :
幻想の語り部:02/03/07 06:52
>>28 DNA鑑定自体にマウントバッテン卿の一族が絡んでいるのでは信じるわけには
行きませんよ。
それとも生前の卿がアンナ・アンダーソン潰しにかかわっていたということを
知らないのですか?
まさかとは思いますが、アンナがアナスタシアだった場合、彼の一族(バッテンベルク家)
ヘッセン大公のスキャンダルで不名誉を被るうえ、エリザベス女王の婿を一族から出している以上、
英国王室(ジョージ五世)がロシア皇女の亡命資金を横領した事をも庇うためにアンナを
アナスタシアでないように手配する必要がある事ぐらいご存知でしょう?
PS:DNA鑑定がどうのこうのという前に、その鑑定に関わった連中のプロフィール
ぐらい調べなさい。(呆
30 :
ユロフスキー:02/03/07 12:17
29殿>
キツイ表現ですが同意します。私,大学で刑事訴訟法の研究をしておる者ですが,
DNA鑑定に限らず鑑定結果が証拠能力を持つことの大前提として,@原資料の管理
及び入手経路につき問題がないこと,A鑑定方法が当該学問領域において一般的
承認を得ていること,B鑑定者の中立性が問題となります。
アナスタシア事件でのDNA鑑定では,@がなによりもまず問題でしょう。
「陰謀」を歴史的事件の背景を説明する根拠にするのは本意ではないですが,
アンダーソン夫人の腸の一部が保管中に「すりかえられた」こともありうる
わけですから(爆)
「ロマノフ家の最後」のマンゴールド,サマーズの調査は,「アナスタシア=
アンナ」という仮説を,非常に厳しく帰謬的に検証していったと思います。
主要な状況証拠について非常に厳しく反対仮説を立ててチェックしている点は,
刑事裁判以上だと感動すら覚えましたな。
でもまあ世の人がDNAという言葉に引っ張られすぎるのもわかります。
しかしいずれにせよ,上記要件が厳格に認定された上で初めて「科学的
信用性」の問題を論じることが出きるという点は,もう少し知れ渡って
欲しいですな。
まあそのうち原資料の不確かさが論証される可能性も出てくるかもしれ
ないですな…
>>27 28
>>29さんじゃあないですが
DNA鑑定を盲信するのには躊躇いがありますね。
「科学的鑑定」とやらが実は結構いいかげん、というのはよく聞く話です。
それこそ査読付学会誌レベルの報告書でも見ないことには信用できそうに無い。
(見てもわからないけど(笑))
同じような例でルイ17世の心臓のDNA鑑定ってのがありましたね。
これも怪しげな鑑定で、とても信用できそうになかった。
とはいえ、やはりアンナ いこーるのっと アナスタシアだろうし
おそらく アンナ いこーる 女工(名前,難しい)だという気がする。
>>27さん
微妙に名前が違うようですね。
もちょっとして暇になったらcurth本探してみますが、あと一つ教えてください。
Knopfの調査では、アンナは22年8月、身を寄せていたKleist家から遁走し
Wingender家に一時立ち寄ったことになっています。Rosa Wingenderはその時の
アンナの衣服を保存していました。後にKleist夫妻はその衣服をアンナに与えたものであると
確認しています。
このへんも knopf-wingenderの陰謀?
32 :
タチアナ・ボトキン:02/03/07 20:50
>31さん
それどころか、伯爵夫人は、アンナの服の刺繍は、自分が縫ったことまで証言した
事になっています。しかし、夫人は、のちに(1929年)宣誓した上で、それを
否定していますよ。
>29さん
私と、全く同じ意見じゃないですか。(w)
私が、「DNAの前には、無力」といった表現をしたのは、おそらく、
世間的には、かなり強力な新事実の発見がなくては、
それを覆せないだろうということです。
今年の夏には、マリア・シュワイツアー・ボトキン女史に
逢えそうです。もともと、アンナのDNA鑑定を依頼したのは
彼女ですから、なにかわかるかもしれません。
まあ、それよりも、ミーハー的な感覚の方が、大ですが。
>>32 あ、おもしろそ。
顛末聞かせて。
といいながら、ボトキン女史が誰だかわからない
例の侍医の関係者でしょうか?
ふと気付いたらこのスレ関係者のハンドルでいっぱいだ。
34 :
世界@名無史さん:02/03/08 02:47
>>29-30 お叱りごもっともです
まだ最近になってこの謎についてかじりだした駆け出しものですので、
そのへんはご容赦ください
35 :
世界@名無史さん:02/03/08 02:48
↑は28を書き込んだものからのレスでした
36 :
世界@名無史さん:02/03/08 03:07
DNA鑑をした当局が「エカテリンブルクで抹殺した事」としたいベクトル
をもって情報を流してるんでしょうが同時に、一部の懐古趣味者を除いて、
世界的に誰もロマノフ家の皇室としての復権なんぞ望んでない以上そのべク
トルが正史として定着するものと思ってるのですが、、。
34殿>
30の書きこみをした者です。お叱りなんてとんでもない。(笑)
38 :
世界@名無史さん:02/03/08 19:14
30殿>
説明、とても解りやすかったです。
また色々教えて下さいねー♪
お返事遅くなりましたが、わかりやすい説明に感謝します
大きい書店に行ったら関連の書籍をもっと漁ってみるようにします
太刀穴・ボトキン殿
amazone.comで調べてみました。
"Anastasia : The Riddle of Anna Anderson" Peter Kurth; Paperback;
でよろしいのでしょうか?
どなたか、他にお勧めの本ありますでしょうか?
DNA鑑定について詳しくかかれてる本とか無いかなあ
42 :
世界@名無史さん:02/03/16 07:42
どっちにすんだ?俺もこの話し興味ある
ルールを決めましょう。
1)議論はあくまで客観的に。
2)引用には必ず文献名、該当ページをつける
3)可能な限り原資料をあたる
この問題の場合、3)は事実上無理だと思いますが
1)2)は充分可能なのでは。
先に立てた方に統一が筋でしょう。
よって、こちらは終了。続きは41でどうぞ。