1 :
世界@名無史さん:
19世紀末、列強の中国分割の際、日本は福建省での優先権を得ましたが
これはその後どのように経営されたんでしょうか?
アメリカによって門戸開放、領土保全が唱えられるまでか
日露戦争後の満州権益獲得までの短い間だと思いますが、
経済面、政治面いろいろ語ってください。
なんでそんなこと語んなきゃならねーんだよボケ
3 :
世界@名無史さん:01/12/11 20:16
最初は日本−台湾−福建ルートを考えたんだろうが、
件の領土保全で出鼻くじかれ、
その後、日露戦争後には日本−朝鮮−満州ルートができたから
そっちに移ったんでは?
船より鉄道の方が何かと便利だろうし。
4 :
世界@名無史さん:01/12/12 01:53
なんかいつのまにか共産党の根城になってるよね。何があったんだ?
5 :
世界@名無史さん:01/12/12 03:54
福建省ってイギリスの勢力下だったんじゃないの?
あげ!
7 :
世界@名無史さん:01/12/12 11:29
ほんの20年前までちょんまげつけてた国がよくやるよな。。
8 :
世界@名無史さん:01/12/12 11:33
日本が得たのは清が福建省を割譲しないという約束で
実質的な権益はなかったのでは?
9 :
世界@名無史さん:01/12/12 15:56
誰か知らんのか?
10 :
世界@名無史さん:01/12/12 16:00
かなりマイナーなテーマだからなあ。
わかる人はここでも限られてくるんじゃないかなあ。
もっとテーマを拡大したらどうだい?
ちなみに俺は専門外なので答えられない。
スマソ。失礼しました〜
11 :
世界@名無史さん:01/12/13 00:25
福建は陸の孤島みたいなところで
交通の便も悪いし、そもそも福建省自体がド田舎だし
そもそもあそこは昔はビンと呼ばれてる地方で漢民族じゃない民族
(タイ族であるという説が有力)がすんでいたり、
山がちで貧しかったり、ETC・・・というとんでもない悪条件があるから
あそこを経済進出の基点にするのは無理でしょ。
そもそも当時は、輸出に値する工業製品など日本には何もなく
台湾ですら持て余していた日本が、わざわざ福建に進出する
必要もないっしょ。(台湾は地形的に戦略的価値があったから重要視されたけど)
あそこも厳密に言うと中国じゃないんだよねー本当は。
12 :
世界@名無史さん:01/12/13 02:58
ウーロン茶を飲んでいた
14 :
世界@名無史さん:01/12/13 11:07
でも福建の漁民は中国でも有数の海洋民で、清の水軍にここの出身者が多かったり、東南アジアの華僑に福建人が多かったりする。
中国には珍しい険しく緑豊かな山岳地帯は日本の風景によく似ているそうだが、それだけに中国から切り離された陸の孤島的地域。
中国史上も中央の統制に従わない傾向の強い難治の地。内戦時代は共産党の根拠地のひとつとなった。
しかし逆に海洋アジアに対しては開かれている。
また中国には珍しく同性愛公認の伝統があり、日本社会との共通性が指摘されたりする。
現在でもこの省出身の移民は極めて多い。木造船で日本まで来たりする。
江南や広東に比べると貧しくて産業も無いし。
中国というのはなかなか引き出しの多い国だね。
15 :
世界@名無史さん:
王道楽土・ビン国の建国