世界史における幕府的政権

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1世界@名無史さん
日本の幕府のように正統王朝を抑えて実質的に政権を握っていた政治形態が
あれば教えてください。
高麗の武臣政権とかイスラムのスルタン制が有名ですが他にもあるのでしょうか?
そしてその権威の維持の仕方なども議論できれば面白いと思います。
2金属バット珍走団:01/10/03 11:06



      /⌒彡
     /  冫、)いらっしゃい
     /   ` /
    /    。)`⌒\_ 
   / /_ 。)  >、  \ニ-_
    |__つー-―ヽ、 __,  __つ      
3世界@名無史さん:01/10/03 11:23
前にあったね。このスレ。ネタ切れで沈んだ。
42:01/10/03 11:40
立憲君主制国家全部
5世界@名無史さん:01/10/03 13:25
過去ログ探してきた。<3
「世界史上の幕府(みたいな政権)」
http://www.google.com/search?q=cache:hpeiu_4clus:mentai.2ch.net/whis/kako/982/982846715.html+&hl=ja
6世界@名無史さん:01/10/03 13:30
ムッソリーニ政権とヴィットリオ・エマヌエレ国王?の関係みたいなものか??
7世界@名無史さん:01/10/03 13:48
高麗の武臣政権
イスラムのブワイフ朝(アッバース朝から政権奪取首長アミール)
セルジューク朝トルコ(ブワイフ朝を倒してバクダード奪取、スルタン制度)
フランク王国のマヨル=ドムス(宮宰)
他にありますか?
8世界@名無史さん:01/10/03 14:37
>>7
それ以外で過去スレにあがってたもの(地方政権も含む)。

春秋時代の諸侯と周王
後漢の曹氏(魏王)と魏の司馬氏(晋王)
大理国後期(国王段氏に代わり高氏が執政)
黎朝ベトナム後期(黎氏を王に立てつつ北部は鄭氏、南部は阮氏が統治)
チベットのグシハン王朝(モンゴル人がダライラマの権威のもとに統治)
マラータ(ペーシュワーと呼ばれる宰相が国王より表に立つ)
ネパール(グルカ朝の世襲宰相ラナ家が1950年まで執政)
ハザール可汗国(カガンとベクという二重権力があったとされる)
キプチャク・ハン国下のモスクワ大公国(ハンの勅許を得てルーシを支配)
ティムール朝(名目上のハンを立てティムールは婿として統治)
マムルーク朝(アッバース朝の末裔をカリフに立て、名目上スルタンの上位に)
キョプリュリュ家(オスマン朝の半世襲大宰相家)
イタリアのファッショ政権(イタリア王の権威の下の統領ムッソリーニ)

(番外)
飛鳥時代の蘇我氏
鎌倉時代の得宗家→内管領
室町時代の三好氏
9世界@名無史さん:01/10/03 15:28
アフガニスタンのタリバソは?
10世界@名無史さん:01/10/03 15:37
アフガンの正統政権って北部同盟ですか?
亡命中の国王ですか?
11世界@名無史さん:01/10/03 17:32
>>9
あれは国王とも旧政権とも関係ない、ただの武装勢力の政権でしょ。
二重権力ではない。

>>10
国連に代表権を持ってるのはラバニ政権の名残じゃなかったっけかな。
だから、北部同盟がほぼ「正統政権」だと思う。
旧国王はタリバンに追っ払われたわけでも
ソ連に追放されたわけでもなく、
さらに以前にクーデタで王制が打倒されたので亡命している。
12世界@名無史さん:01/10/03 17:55
メリケン!
テキサスの資本家が影の実力者だ!
13世界@名無史さん:01/10/03 18:09
ムガール帝国の元の東インド会社
14世界@名無史さん:01/10/03 19:12
17世紀以降の神聖ローマ帝国は皇帝の実行支配はなく諸侯が実行支配していた
15世界@名無史さん:01/10/03 19:52
ゲルマン民族大移動後の旧ローマ帝国も名目上、各民族国家の酋長を
地方総督に任じただけで領土の侵食はなかったはずだよね。
16世界@名無史さん:01/10/03 20:47
国連を看板にしたアメリカの世界支配
17世界@名無史さん:01/10/03 22:11
日本を影で支配する神=俺とその日本に支配される資本主義諸国。
18ドイツにん:01/10/03 23:11
>>1
ある意味、とても興味深いテーマですね。武断政治とはなんぞや。
私はドイツ史を専攻しておりましたので常々、わが国の幕府に相応
するものは何だろうかと考えておりました。よく引き合いに出される
のはフランク王国時代の末期のメロヴィング朝であります。メロヴィ
ングの末期には、無為王とよばれる一連の国王が排出され、政治の
実権は宮宰(マヨル・ドムス)と呼ばれる、宮内行政官の長が握って
いたのですね。ところがメロヴィング朝最後の王、キルデリック3世
のとき、宮宰だったカロリング家のピピンがカトリック教会と結託し、
王国を乗っ取ったのであります。王座を追われたキルデリックはその
後、修道院へ送られ余生をそこで過ごしたのでありますが、この話な
んかは日本の幕府とはとても対照的ですね。徳川家康もこのピピン短躯
王のようにクーデタでときの天皇家も打倒できたはず。しかし、彼は
公家諸法度のようなお触れをだして、生かさず殺さずの方式で天皇制を
保持した。この点がドイツとわれわれ日本人の感性の違いなのか、何か
わかりませんが、実に面白い観点だと思われます。
19世界@名無史さん:01/10/04 08:51
下剋上、禅譲の一過程として、幕府的形態になることは多いかもしれませんね。
しかし、日本のように天皇の権威、イスラム圏のカリフの権威をバックに
安定政権を維持する形態に興味があります。
ブワイフ朝はシーア派(異端)なのにスンニー派(主流)のカリフを担いでいたのも
面白いですね。
20世界@名無史さん:01/10/04 13:39
東条政権
21世界@名無史さん:01/10/04 19:41
ヴァルダナ帝国のとタイタニア無地藩王とその連枝の四公爵家
22世界@名無史さん:01/10/04 20:28
>>19
話は少しずれるけど、シーア派とスンニー派って、どの辺から明確に分かれたの?
23世界@名無史さん:01/10/04 20:39
ウマイヤ朝が正統カリフ第4代アリーから王位を奪ったときからでしょう。
アリーの子孫のみを正統と考える人たちが、少数派シーア派となった。
スンニー派はマホメット以降のカリフを全て受け入れる人たちの総称。
シーア派はどのカリフを基礎とするかでまたまた無数に枝分かれします。
24世界@名無史さん:01/10/04 21:00
>>19
ヒンズー教であるマラータ同盟のシンディア家が
ムガール帝国の摂政になって、
イスラム教のムガール皇帝を担いでいるのは
もっと面白い。
25世界@名無史さん:01/10/04 21:11
マラータ同盟のシンディア家ってのが、実権者の宰相家?それとも王家?
26世界@名無史さん:01/10/04 22:05
>>25
マラータ5諸侯の1つ
27世界@名無史さん:01/10/04 22:13
マラータ同盟って部族国家の連合ですよね。
五諸侯ってのが主な部族国家のことですか?
しかしマラータ全体の国政を仕切ったのが、
その諸侯国家の中のいちばん有力国家の宰相家ペーシュワーなんでしょ?
でシンディア家ってのはこの内のどれにあたるの?
28世界@名無史さん:01/10/04 23:38
>>23
シーア派ではカリフではなくイマームと言います。

イマームの位はアリーから始まるので
ウマイヤ朝・アッバース朝のみならず
アブー=バクル・ウマル・ウスマーンの最初の三人のカリフをも非合法と見なし、
礼拝の際に呪詛します(今はどうかわかりませんが)。
そこがアリーまでの正統4カリフ時代を理想とするスンナ派との
決定的な違いでしょうね。
29世界@名無史さん:01/10/05 04:01
1が言いたいのは 建前の上の世襲の王の他に実質的な世襲の王がいるのは?って事ですよね。と考えたらあんまりいませんよね…。
30世界@名無史さん:01/10/05 08:49
>>26
おらぁ、答えんかい!
31世界@名無史さん:01/10/05 09:19
>30
マラータ同盟の中ではペーシュワー宰相国も有力だったが
シンディア家のグヮーリオル国も有力だった。
マラータ同盟は内部抗争が激しく、そこを東インド会社に
つけ入れられた。
32世界@名無史さん:01/10/05 09:24
>>31
ありがとう。
33世界@名無史さん:01/10/06 21:08
age
34キティ:01/10/06 21:11
http://www5d.biglobe.ne.jp/~musume/

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35age
あやめさん来ないかなあ。
age