≪
>>7から続き≫
その濡れた頬に、佐原がそっと唇を寄せ、涙を飲んだ。
植野「……!」
佐原「直ちゃんは、汚くなんかないよ。いつでも一生懸命な直ちゃんが、私は好きだった。
そりゃあ、道を間違うときはあるかもしれないけど、これからは、私が、一緒に…」
植野「…えっ、ちょっ、ちょっと、待って、…この流れは……あ…」
そのまま佐原は植野を押し倒し
佐原「私、直ちゃんが、ほんとは優しくてきれいな心なの知ってる。だって、ずっと…」
糸が切れた人形のように、突然眠った。
植野「…へっ?」
佐原「…ずっと追いかけてきた。直ちゃんは…私のもの…」寝言でつぶやく。だいぶ酔っていたようだ。
その様子を見て、植野はほっと胸をなで下ろし、仰向けのまま佐原を抱き留める。
植野「……佐原、小学校のとき、ごめんね。ずっと謝りたかったけど、私、本気で謝ったことがないから、謝り方がわからないの。
昔の自分を、否定するのが怖くて…そこから目を逸らし続けてきたから……。
…西宮さんのこと、馬鹿にできないね」
そのまま、一日の疲れが押し寄せてきて、植野は瞳を閉じる。
――髪がまた、伸びたらいいな。そうすれば、私は私を好きになれるかな。
中学を卒業した頃、鏡の前で髪の端をつまみながら、ひたすら変わろうとしていた自分の姿が、闇の中に浮かんで消えた。
翌日
曙光は、ふたりを目覚めさせなかった。陽が高く登ったころ、植野はようやく瞳を開いた。
隣で眠る佐原を起こさないよう、そっと離れる。すっかり乾いてきれいになった服を着て、玄関に向かう。
「…石田くんのところ、行くの?」いつの間にか目覚めた佐原が声をかけた。植野はうなずく。
佐原「…石田くんは、しょーちゃんが好きなんだよ」俯いて、そう零す。
植野「わかってる。でも、だからこそ、西宮さんに任せておけない。あいつも、石田を傷つけるから…。
花火大会の日、私は一度あきらめたの。私が関わらない方が石田も幸せになれるんじゃないかって。
それで、どこかほっとして、すっきりしてた自分が、……今は許せない…」
佐原「…わかって、ないよ」
植野「遊園地での石田、あの日の橋での石田を見たとき、あいつがどんだけ傷ついてるか、わかった。
あれは私の責任でもあるんだ。その時に決めたの、もう見てるだけは嫌、私が石田を救わなくちゃって。
私は、まだどうすればいいかわからないけど、それだけは、変えられない道標。だから、例え私がワルモノになっても、石田を救う。
……いろいろありがとうね、佐原。でも、もうこんなことは言わない」
佐原「……」
植野「佐原はさァ、私にとっての最っ高の友達なんだ。友達にわざわざ礼はいらないだろ」
佐原は、はっと目を見開いて、その後静かにうなずいた。
植野「…またね」そう言って部屋を出る。
外へ出るとき、玄関に設置された小さな鏡を植野は見た。
泣きはらした目、ひどい顔……。まるで迷子の子ども……。
自分がどこにいるのか、どこに向かっているのかもわからない、それでも。
植野「それでも、私は石田を救わなくちゃ、いけないから」
植野はひとり、歩き出した。
佐原に“きれい”と言われた自慢の髪を、サラと風になびかせて。
≪第46話につづく≫