余談 宵闇の客
(桂と銀時の子供“金時”が生まれて間もないころ)
夕方。
ほんのりと街の明かりがともり、日はすっかり沈んでいるが、
薄暗い紫色に街が包まれている頃。
スナックお登勢に、ふらりと男が立ち寄った。
ガラガラガラ・・・
引き戸が開くと、
「まだ、開店前だよ」
と、店の奥からお登勢が言った。
買い物に出ていてキャサリンは居ない。
銀髪頭が来たのかもしれない。それにしては、何も声がかからない・・・
お登勢が不審に思って、カウンターにでてきて店を見ると、ふらふらと、こちらへ近づいてくる男の姿がある。
偉く、派手な着物を着て。
最初、酔っぱらっているのかと思った。
「ちょっとあんた・・・」
男は、よろよろと、カウンターの出入り口のところに座り込んだ。
印象が違いすぎて、分からなかったが、近くで見て、分かった。
高杉だ。
「ちょっと、なんだってんだい」
と、カウンターの出口をふさぐ男にお登勢が声を掛ける。
俯いたまま、顔を上げない。しかし、印象深い包帯がちらちらと、髪の間から見えている。
「酒を飲みに来た訳じゃないんだ・・・」
偉く弱々しい声で言う。
「ねえ、あんた」
何か嫌な予感がする。そっと近づく。
「ちょっと頼みがあってねぇ・・・あんたにしか・・・頼めなくてねぇ、綾乃サン」
言うと、ごそごそなにやら懐から取り出そうとしている。
言い回しこそ、この男独特のものであるが、どうも声にあの憎々しいほどの張りがない。
「これを、あいつに渡してくんねぇか・・・俺からじゃ、受け取らねぇんでね・・・」
高杉が、何かを差し出した。受け取ってみると、坂田 松之助名義の印鑑と通帳、キャッシュカードだ。・・・しかも、ところどころ、血が付いている。
「あんた!!!怪我しているのかい??!!」
確かめようと、肩に手を掛ける。と、力無く振り払われた。手負いの獣が、警戒するかのように、ギロリと睨んで、近寄らせない。
その、目だけは、爛々と光輝いている。
「してねぇよ・・・それより、頼むよ・・・」
「何言ってンだい!普通じゃないんだろ。こっちにあがんな。手当てしてやるから」
と言った時、ガラガラガラ・・と、引き戸が開いた。
「すいやせーーーん、ちょっとお聞きしまさぁ??」
と言って、入ってこようとする人の気配。お登勢は、反射的に、高杉をまたいで、かばうように出て行く。
「なんだい」
「真撰組でさあ。ここに、片目包帯で隠した男、きやせんでしたか?」
真撰組の、沖田だ。
「さあ、見てないねえ」
とっさに嘘が出る。
「・・・怪我してると思うんですがね」
「知らないよ」
「そうですかぃ。なんか、引き戸に血が付いていたモンでしたから・・・念のため、中あらためさせてもらっても良いですか?」
「はあ?何言ってンだい!あたしゃ、歌舞伎町四天王のお登勢だよ!あたしを嘘つき呼ばわりする気かい?ただじゃすまないよ。」
「信じてねえ訳じゃねぇんでさ・・・探しているのが、やっかいな奴でしてねえ」
話している間も、中をうかがう沖田。
「とっちらかってるんだ。あとにしな」
と、ぴしゃりと言うと、
「わかりやした・・・まあ、ここよりよっぽど二階が怪しいんで。失礼しまさぁ。だが、気を付けて下せえ。あいつは何分危険な男なんで」
それだけ言って、去っていった。
お登勢がカウンターの入り口に戻ると、高杉がうなだれている。
そうか、どうしてここに座ったのか今分かった。万が一にも、ドアから死角になるところ。こんな状態で、状況判断だけはしっかりしている。
「あんた、しっかりしな」
と言えば、ハッとしたように、顔を上げて。
「・・・は、やっぱり思ったとおりだ・・・あんたは、やっぱり、いい女だ・・・俺が気に入っただけのことはある・・・」
と笑った。
「何言ってるんだい。自信だけは一人前だね。追われてるくせに・・・」
「は・・・俺は、人を見る目があるんでねぇ・・・あ、さっきの・・・あいつがいらねえって言ったら、あんたが使ってくれて、構わねえ・・と、番号は、・・今日の日付だ」
「なんだい、偉く気前が良いじゃないか」
「だいぶ、世話になったようだしな・・・俺にゃ、もう、必要ないんでねぇ・・・っっ!!」
ごほごほと、咳き込む。
「もうだめだよ、医者を呼ぶよ」
電話に立とうとすると、
「いらねえ!」
ぴしゃりと言った。あまりに強い言い方に、お登勢は振り返る。
「呼ぶなら、医者じゃねえ・・・あいつを・・・呼んでくれ」
「月子を?そんな場合じゃ・・・」あんた、立ち上がることも出来ないじゃないか。
「ハァ・・・頼むよ。綾乃サン・・・時間がねぇんだ。分かるだろ・・・」
息が荒い。
お登勢は直感した。・・・ああ、そうだね。あんたはもう長くない。
「まってな」
それだけ言うと、お登勢は二階に駆け上がった。
「月子!月子!ちょっと!」
気がはやる。なのに。
「うるせーーー!!ババア!!さっき帰ってきたばっかりなんだ、後にしろ!」
と、銀時が叫ぶ。ああもう、こんな時に。こいつは。
「こっちも急ぎなんだよ!月子!」
と言えば、なにやらもめる声がして、
「後で必ず見るから」
と言ったあと、白い割烹着姿の月子が出てきた。
こういう時、この子の義理堅い性格に感謝する。銀時には、すぎた嫁さんだよ、ホント。
説明する時間も惜しいので、連れだって下に行く。
遠くから、「すぐ戻せよ、ババアーーー!!」などと、銀時の怒声が聞こえた。
「いいかい、言うとおりにさせておやり」と、スナックの戸の前でお登勢はそれだけ言った。
月子は、不思議そうな目をしたが、早く開けるよう促すと、引き戸を開けた。
と、そこに??????