>>587 「あ、・・あれは、やつが・・・どうしてもと言って、土下座して頼み込むから、仕方なく、一回だけしただけだ・・・。喜んでなど、断じて、いない!」と言えば、
「へえ、じゃ、俺も同じことして頼み込んだら、銜えてくれんのかなぁ」
空恐ろしいことを、高杉が言う。そんなこと、しやしないくせに。
「どうかな。試してみただろうだ」する気もないくせに。できるなら、してみたらどうだ。
「フン・・遠慮しとくぜ」ほら、やっぱり。プライドの高い貴様は、俺ごときに懇願などするはずもない。そんな価値を、俺に見いだしてない。そんなこと、分かってる。・・・。
のそのそと、着替えをして、あいつが抜き取った簪を手に取った。
畳の上に無造作に置かれたそれ。
そういえば。
あのときも、こいつは簪をとったっけ。
・・・その前に、
ふと疑問が浮かぶ。
前に、これを持っていってしまったことがあった。
一体どうして?
どうでも良い疑問なのに、妙に今日は気になった。
聞いてみようか。
・・・ばかばかしい。
でも、今聞かなければ。
「傷でも付いたか」
後ろから声がした。簪を握りしめたまま動かない俺をいぶかしんだのだろう。
「なあ、高杉・・」
ああ?と、気のない返事が聞こえる。
「いつだったか、貴様これを持っていったことがあっただろう。あれは、なぜだ」
言ってしまった。だが、振り向けない。
どんな顔をしているのだろう。きっと、そんなことあったっけ?と言うような表情なのだろうな。
「・・・覚えてねえ」長い沈黙の跡、素っ気なく高杉が答えた。そうだろうな。
予想通りの答えに、がっかりしたような、ほっとしたような。
振り向けば、すでに俺が出て行くことを予想しているのだろう。
高杉は定位置のように、窓際によって、煙管を握っている。
その行為が、早く行け、と言っているようで。
簪でまとめて髪を結い、
「ではな」と、ふすまを開けた。とたん、
見慣れた銀髪を見つけてしまった。
「・・・!!!」パシン!と、また、ふすまを閉める。
危うく、悲鳴を上げるところだった。
こんなところ、見られたら殺されるんじゃないか。
あいつの、独占欲は半端じゃない。